- 前作までのあらすじ -
いつも世話になっている永琳に20万円のマッサージチェアをプレゼントするために、妹紅に雇われて毎日飲む味噌汁の塩分を増やすという自分抹殺業務に就いた輝夜。
しかしその月給は1円。あまりのマゾさに嫌気がさした輝夜はてゐに師事して詐欺を習得しようとするも、永琳にばれて逆に大目玉を喰らい水泡に帰す。
一発逆転を目指した輝夜は守矢神社の主催する「大ボケさんいらっしゃい大会」に出場、ツッコミ役の早苗にはトラウマが残ったものの見事に優勝。その賞金でマッサージチェアをプレゼントし、大願を成就した。
だがその反動で燃え尽き症候群にかかってしまった輝夜は、早苗の迷惑を顧みない鈴仙の提案で守矢神社へホームステイすることになる。
困り果てた早苗に連れて来られた間欠泉地下センターで空に芸を仕込む内に輝夜が見つけた夢は、ペットのブリーダーだった。
嫌がる早苗に頼んで地霊殿で働けるよう交渉してもらうが、さとりは「保護者として早苗が付く事」を条件として提示してくる。
これを断固拒否する早苗と、夢を諦めきれず早苗に懇願する輝夜の言い争いの中で、ひょんな事から何故か守矢神社でヘビやカエルの世話をする事に決まった。
ただし折しも季節はヘビもカエルも眠る冬。ブリーダーの仕事など有りはしない。そこで、退屈した輝夜は早苗の制止を振り切って諏訪子に「おて」をさせようとする。
これが早苗の差し金だと勘違いして怒った(?)諏訪子は、早苗の巫女職を解いて輝夜と一緒に守矢神社から追い出してしまった。
早苗と輝夜、二人三脚での職探しの末に見つけたのは命蓮寺での仕事。二人は白蓮のトンデモ面接に見事合格したが、早苗から外の世界のことを聞いた白蓮は・・・
↑これだけ分かっていれば、前作を読む必要はありません
夜の博麗神社境内。
二つの人影が足音を殺しながら神社に近づいていた。
・・・抜き足、差し足、忍びドテッ
「いたぁい!」
裾を踏んづけて転んだ人影は輝夜。そしてもう一つの人影は…
「静かにしろと言っただろう!君はバカか!?」
「あぁ~、またナズちゅうがバカって言ったー!!」
もう一つの影は早苗ではない。どうやらナズーリンのようだ。
輝夜が命蓮寺で働くようになってまだ日は浅い。
今回はナズーリンと一緒に特殊任務ということで、こんな時間に忍者ごっこだ。
まだ寒いが、季節はもうすぐ春。
頭の中が年中春めかしい輝夜にとっては、ホームグラウンドと言える(?)。
「バカをバカと言って何が悪いんだ!それから私はナズーリンだ。変なあだ名で呼ばないでもらいたい」
「ナズちゅうをナズちゅうと言って何が悪いのよ」
「私はナズちゅうではないからナズちゅうと言ったら悪いだろう」
「じゃあ私だってバカじゃないからバカと言ったら悪いよね!」
「いいや君はバカだ!」
「また言ったー!!」
何だか分からない言い争いが白熱しかけた時、ナズーリンのダウジングロッドが反応した。
「まずい、誰か来た。隠れるぞ」
二人が茂みに隠れて様子を窺っていると、間もなく誰かが神社に近づいて来た。
うっすら影が見えるだけだが、ふさふさの尻尾がたくさんある…九尾の藍だ。
(へぇ、こんなところに八雲の式神が・・・こりゃいよいよ怪しいな)
藍は軽く辺りを見回すと、博麗神社の賽銭箱に手をかけた。
(賽銭箱・・・?何をする気だ)
そして徐に賽銭箱を横にずらす。
(えっ)
するとその下から地下へ続く階段が現れたではないか。
藍はもう一度辺りを見回すと階段を降り、下から賽銭箱を元に戻した。
「ふぅ・・・博麗神社が怪しいとは思っていたが、まさかあの空っぽの賽銭箱にそんな意味があったとは・・・巫女が無駄に大事に扱うわけだ」
「ねーねーナズちゅう」
「私はナズーリンだ」
「楽しいね。かくれんぼみたい」
「遊びじゃないんだぞ」
「ナズちゅうはいつもこんな仕事をしてるの?」
「今回は特別任務だ。あと私はナズーリンだ」
「ナズちゅうでもいいじゃない。何がそんなに気に入らないのよ」
「その『ちゅう』っていうのは何なんだ」
「・・・ネズミの『ちゅう』」
「安易すぎるだろう!!」
「でもねずみは『ちゅう』って鳴くでしょ?」
「私をそんじょそこらのネズミと一緒にしないでくれないかな」
「そんじょそこらにはいないけどネズミだよね」
「え」
「ネズミなんだよね?」
「あ、あぁ・・・」
「で、ネズミは『ちゅう』って鳴くよね?」
「まあ・・・鳴くかな・・・」
「よってナズちゅう。証明終」
「待ちたまえ最後の理屈は飛躍しすぎている」
「う~ん、イナバは割とあっさり受け入れたのになぁ」
「・・・もういい、今は静かにして九尾が出てくるのを待とう。バカと一緒ではこれ以上の深追いは危険だ」
「うわぁん、またナズちゅうがバカって言った~!早苗ちゃんと一緒に仕事がしたいよぉ・・・」
「何をしてるのか知らないが、東風谷は聖に付きっ切りだ。諦めたまえ」
命蓮寺。輝夜がナズーリンの手伝い(?)をしている間、早苗はずっと白蓮の側にいるのが仕事だった。
「なるほどねぇ・・・外の世界では理解できない事が横行しているのねぇ」
「いえ、『そんなの関係ねぇ』とか叫ぶ半裸の男なんてその一人だけです。しかもそういうのは『一発屋』って呼ばれていて、すぐに忘れ去られるんですよ」
「忘れ去られたら幻想郷にも来るのかしらねぇ」
「こちらで見かけないからまだ頑張ってるんですかね。私が見た外の世界も、だいぶ過去のことになってしまっていますから・・・」
「いいえ~、早苗さんの話はとても参考になるわぁ」
白蓮はお団子を口に頬張ってお茶をすする。
話が一旦途切れたので、早苗は何の気なしに、就職して以来疑問だったことを聞いてみた。
「・・・あの、一つ伺ってもいいですか?」
「いいわよぉ」
「白蓮さんとお話しているだけでお仕事だって言っていただけるのは楽なので有難いんですが、本当にこれでお給料をもらっていていいんですか?」
「いいのよぉ。だって早苗さんは大事な情報源なんですものぉ」
「外の世界の情報なんて、幻想郷では役に立ちませんよ。私は幻想郷に来て以来、そのことをよ~~~~~く、」
「幻想郷では役に立たなくても、外の世界では役に立つのよねぇ」
「・・・え?」
「もうすぐ幻想郷と外の世界の障壁を無くすわぁ」
「・・・は?」
どこまで本気で言っているのだろうか。ただ白蓮に嘘や冗談を言うような知能があるとも思えない。
本気なのかも知れないと思った瞬間、早苗の背中に冷たい汗が走った。
とりあえず何を言えばいいのか分からずに口をパクパクしている早苗の苦悩を知ってか知らずか、白蓮はまた団子をつまむ。
「だから外の世界の話をもっと聞かせてねぇ」
「ちょっ、ちょっと待ってください!本気で言っているんですか!?」
「お姉さん、嘘とか冗談とかは言わないのよぉ」
「博麗大結界を破るという事ですか?そんな事ができると思っているんですか!?」
「方法はナズーリンに色々と調査させているから、その内何とかしてくれると思うわぁ。輝夜さんをアシスタントにつけたから大丈夫よぉ」
「輝夜さんにそんな仕事を・・・確かに何かをやらかしそうな気はしますが・・・って、そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて?」
「そんな事をしたらどうなると思っているんですか!?」
「そうねぇ。みんなが仲良くできるわぁ」
「・・・何ですって?」
「昔はねぇ、妖怪は人間を襲うし、人間は妖怪を退治するし、それはもう酷い世界だったのよぉ。でも、今の世界は人間も妖怪も、仲良くできているじゃない~」
「ええ、それも博麗大結界のおかげです!」
「きっと今なら、幻想郷と外の世界が一緒になってもみんな一緒に仲良くできるわぁ。離れているよりその方がいいに決まってるものねぇ」
「外の世界から来た私が断言します!外の世界の人間は絶対に妖怪を受け入れません!」
「でも早苗さんは今こうやって、みんなと仲良くできているでしょぉ?」
「私は元々風祝だったから・・・」
「それはつまり早苗さんが外の世界で特殊な変人だったから、幻想郷にもすぐ馴染めたってことぉ?」
「ち、違います!私は外の世界でも幻想郷でも常識人です!!」
「あららぁ?そうなのぉ?」
「ええそうです。もう個性が無いのが悩みなくらいです」
「そうだったのねぇ」
「はい。外の世界の典型的な女の子です。日本を代表する平均女子です」
「その早苗さんが妖怪と仲良くできてるなら、やっぱり安心ねぇ」
「・・・違います、そんなことにはなりません!!」
「それは早苗さんが変人だからぁ?」
「わ、私は常識人です!!」
「あらそう、それは安心だわぁ」
「うあああああ、私はどうすれば・・・」
「うふふ、早苗さんは心配性ねぇ。大丈夫よぉ。こういうのを案ずるより産むが安しって言うのよぉ」
終始笑顔を崩さず最後に団子を一つまみすると、白蓮はゆっくりと部屋を後にした。
一方あまりの事態に愕然として座布団から立ち上がれずにいる早苗の顔は真っ青だ。
と、いつまでも途方に暮れている場合でもない。
神奈子達に報告するか・・・いやいや、今は破門の身だった。
こんな時間に行っても門前払いされるかも知れない。
その場合、登山にかける時間がもったいない。
「・・・霊夢さんに相談しよう」
もはやこれは異変と呼んでもよいレベルだろう。
自分でも異変は解決できなければならないと常々思ってはいるが、今回の異変は一人で収拾できる気がしない。
早苗は異変解決のベテランに会うため、奇しくも輝夜たちのいる博麗神社へ向かった。
その頃博麗神社では、輝夜とナズーリンが茂みの中で息を潜めて、神社の地下へ入って行った藍が出てくるのを待っていた。
「ねぇナズちゅう」
「私はナズーリンだ」
「ひまぁ」
「今は仕事中だぞ」
「暇な仕事だね」
「忍耐力の必要な仕事と言ってくれないか」
「嫌にならないの?」
「忍耐力があるからね」
「私は無い」
「無くても仕事だろう」
「仕事だけど暇」
「暇だけど仕事だ」
「ナズちゅうも暇なの?」
「私はナズーリンだ」
「で、暇なの?」
「暇さ」
「忍耐力があるのに?」
「忍耐力があっても暇は暇だ」
「暇なら遊ぼうよ」
「仕事中だぞ」
「仕事だけど暇なんでしょ?」
「暇だが忍耐力があるんだ」
「忍耐力があっても暇なんでしょ?」
「忍耐力があるから暇でも仕事を頑張るんだ」
「私は忍耐力が無いから暇だと仕事を頑張れない」
「なら暇つぶしに忍耐力をつけるんだ」
「どうやるの?」
「ここで静かに待つんだ」
「うん、分かった」
「・・・」
「ねぇナズちゅう」
「私はナズーリンだ」
「ひまぁ」
「無限ループって怖くないか?」
ナズーリンが自慢の忍耐力で輝夜の相手をしつつ見張りを続けていると、再びダウジングロッドが反応した。
「しっ、静かに!どうやら九尾が地下から出てくるみたいだ」
賽銭箱が動き出し、その下からぬっと藍が顔を出す。
ちらちらと周囲を見渡しながら全身を現し、賽銭箱を元に戻すと、藍はどこかへ去って行った。
恐らく帰ったのだろう。
「・・・行ったな?よし、私達も入ってみよう」
「ナズちゅう、楽しいね!」
「私はナズーリンだ」
藍が去って行ったのをもう一度確認すると、二人は賽銭箱の下に広がる地下へ。
地下には長い螺旋階段が続いていた。
霊力で明かりを灯して足元に注意しながら一段一段降りていく。
忍耐力のあるナズーリンにとっては大した段数ではなかったが、輝夜はもうすぐ文句を言いそうだ。
・・・と、そこで階段が終わり、次は短い廊下が姿を現した。
その廊下の先には、いかにも開きそうにない石の扉。
藍が賽銭箱の下に入ってからナズーリン達が待機していた時間とこの階段の往復にかかる時間を考えると、藍もこの扉に到着後すぐに取って返したと考えるのが妥当だろう。そうなると藍の目的は単なる見回りといったところか。
扉の方は二人がかりで押したり引いたりしたが、まるで動く気配が無い。
ナズーリンがもうそろそろ諦めようとしていた時。
「二人とも、そこで何をしてるんですか!!」
「早苗ちゃん!」
「何だ東風谷か。どうしてこんな場所へ?」
背後から現れたのは白蓮の側にいるはずの早苗だった。
二人が地下へ入った時に賽銭箱を元に戻していなかったため、あっさり隠し階段を見つけることができたのだ。
「どうしてもこうしてもありません!白蓮さんから話は聞かせてもらいました。博麗大結界を破るなんて見過ごす訳にはいきません!」
「君は聖に雇われている身だろう?雇い主に逆らうとはどういう了見だい」
「博麗大結界を破るなんてどういう了見なのか、こっちが聞きたいですよ!とにかくそこから離れてください!」
輝夜とナズーリンの両肩を掴んで順番に扉から引き離すと、早苗は扉の前に立ってばっと両手を広げた。
その瞬間。
「あ」
「あ」
「え?」
早苗の背後からゴゴゴと何やら重い音が響いた。
少しひんやりとした空気が早苗の背中に流れてくる。
早苗が恐る恐る振り返ってみると・・・
「扉、開いたね」
「・・・」
「よくやったぞ東風谷、お手柄だ」
「・・・」
何が何だか分からないが、開いてしまったものは仕方ない。
閉じる方法も分からない早苗は一歩踏み出した。
扉の向こうには小さな部屋があるだけだった。
空気が冷たいのに、なぜか少し眠気を感じる。
部屋の壁には結界のような柄が描かれているが、今は結界として機能していないようだ。
それ以外には中央に寝台があるだけ・・・だが、その上には一人の女性が横たわっている。
恐る恐る近寄ってみると、どうやら眠っているだけのようだった。
「それは先代の博麗の巫女。今は博麗神社の御神体。そしてこの世界そのものよ」
声に驚いて早苗達が振り返る。
「紫さん・・・!」
いつからいたのだろうか、そこには紫がスキマから顔を覗かせていた。
「あなた達、とんでもない事をしでかしてくれたわね。藍もちゃんと監視しておけって言ったのに・・・後でお仕置きしないと」
・・・相当ご機嫌斜めのようだ。
「あのう・・・とんでもない事とは?」
「今こうやって幻想郷を崩壊させようとしてることよ」
「えええ!?」
あなた達は、「幻想郷が存在する」という事がどれだけ大変な事か分かっているかしら?
外の世界と別に世界を存在させるには、外の世界との間に境界さえ創ればいいってものではないのよ。
それでは一つの世界を区切っただけ。外の世界から境界が丸分かりだし、悪意を持った者がいれば干渉もされてしまう。
幻想郷は、外の世界からその存在さえ認識されてはいけないのよ。
だから、外の世界を切り取るのではなく、新たに世界を構築する必要があった。
でも私に境界を操ることはできても、世界を構築することはできない。
そこで私は人間の持つ特殊能力、「夢」を使うことにした。
人間は眠っている間に、自分の中に夢の世界を構築する。
それは目が醒めれば簡単に崩壊してしまう脆弱なものだけれど、それでも一つの世界には変わりない。
私は夢と現実の間の境界を補強し、皆が住める世界として確立した。
それが博麗大結界の正体。
夢を見続けることで世界を維持しているのは、代々その名に「夢」の一字を戴く博麗神社の巫女・・・を卒業した御神体。
この部屋はその御神体が半永久的に目を醒まさぬように久眠結界を施した部屋。
そしてその部屋の結界を破って御神体を夢から醒まし、幻想郷を崩壊させようとしているのがあなた。
「という訳。お分かりいただけて?」
「そんな・・・この世界が夢だったなんて」
「少し違うわね。幻想郷の存在は紛れもない現実よ。ただ世界の構築に夢を利用しているだけ。そんなことより・・・」
紫が扇子で口元を隠して早苗を睨み付ける。
「未だかつて無い最悪の悪戯をしてくれた腕白小娘ちゃんには、どんなお仕置きが必要かしら」
「ちょ、ちょっと待ってください!これには深~い理由が!!」
「い~けないんだ~いけないんだ~♪」
「輝夜さん、どっちの味方なんですか!!」
「東風谷、見損なったよ」
「え、そこで責任転嫁しちゃうんですか!?」
「私が聖から命令されたのは『外の世界との境界を無くす方法』を探すことであって、君がやらかしたのは『この世界を無くす方法』だからね」
「んな無茶苦茶な!!」
紫が扇子を閉じ、緩んでいた口元を戻した。
「冗談はさておき。」
「冗談かいっ!」
「今回の件は私の見通しの甘さにも責があるわ。久眠結界をそう簡単に破られないように「強い霊力」を持った「人間」にしか解けないようにしたのが裏目に出た・・・次に御神体となるべく部屋の扉を開ける博麗の巫女以外に、そんな人間が現れると思ってなかったのよ」
「は、はぁ・・・」
「過去を悔いるより、今は早く手を打たないと。久眠結界が破れてから御神体が目を醒ますまで三時間くらいは猶予があるわ。それまでに結界を再生するのよ。今回は別の結界も重ねがけしてね」
「意外と簡単なんですね」
「あら、簡単じゃなくてよ。どんな強い力でも、妖怪には破れない結界。その施し方には一工夫必要なのよ」
「と言うと?」
「結界の仕上げは、部屋の内側からしなければならない」
「え」
「普段結界を施す時・・・つまり御神体の交代の時は、前の御神体を眠ったまま部屋から運び出して、新たな御神体が部屋の内側から結界を完成させ、そして永き眠りにつくという手順を踏んでいるの。けれど今回、御神体は既に眠っている。彼女を起こして結界を仕上げてもらう訳にはいかない」
「それってつまり・・・」
「つまり、誰かが部屋の内側で結界を完成させて、そのまま部屋に閉じこめられなければならない。言い換えれば、封印されなければならない」
「・・・スキマで何とかならないんですか?誰かが内側から結界を完成させて紫さんにスキマから助けてもらうとか、紫さん自身が結界を完成させてスキマから脱出するとか」
「無理よ。部屋の内側にスキマを開いた時点で結界が破れてしまうもの。そしてその縫合はやはり内側からしかできない」
「そんな・・・」
「さて・・・誰がいいかしらね。部屋の内側で結界を完成させ、御神体と一緒に封印される人は」
紫が悩んだポーズでチラチラと早苗を見る。
「あぁ~、どこかにいないものかしら。今回の事件の犯人で、責任感があって、自分で犯した事の決着ぐらい自分でつけるのが当然です!って言うような『常識』のある人」
「うぅ・・・」
「いないかな~?『常識』のある人はここにいないのかな~?」
「・・・あの、参考までに・・・封印されるのって何年くらいですか・・・?」
「大丈夫、もう今の御神体もだいぶ眠っているから、あと十年で霊夢と交代ってところよ。その時に助け出せるわ」
「十年・・・」
「・・・」
「・・・」
早苗は拳を握って紫を真っ直ぐ見据えた。
「分かりました・・・やります。悪気は無かったとは言え一応私が扉を開いたんだし、それに何だかんだで誰かがやらないと幻想郷が崩壊してしまうんですよね?」
「・・・ええ。悪いわね。人間にとって十年という歳月がどれだけ長いか、本当は理解しているつもりだけれど」
紫も少し声が低くなった。早苗を見る目が心持ち優しい。
「でも一つだけお願いがあります。三時間は猶予があるんですよね?・・・神奈子様と諏訪子様に、この事を報告しに帰りたいんです」
「構わなくてよ。あなたなら逃げることもないだろうし・・・くれぐれも遅れないようにしてね」
「分かってます・・・」
一時間後、早苗は久しぶりの守矢神社へ帰ってきていた。
ナズーリンは白蓮に報告するため命蓮寺へ戻ったが、輝夜は早苗と一緒だ。
「そう・・・あの部屋を早苗が開けてしまったんだね」
「神奈子様は幻想郷の正体をご存知だったんですか?」
「一応ね。隠す事でもないけど、語る事でもないから特に話さなかった・・・でも今は早苗には教えておくべきだったと反省してる。知っていれば近づかなかっただろうからね」
「はぁ~、十年かぁ。思春期の一番からかい甲斐のある時期に封印されちゃうんだねぇ」
「諏訪子様・・・こんな時によくニタニタ笑っていられますね」
「早苗は『寂しいよぉ』っておいおい泣きつく私が見たい?」
「それはそれでちょっと見たいです」
「うそん」
「こら諏訪子、あんまり茶化さない」
「最後に暗い顔の早苗なんて見たくないからね」
「というわけで、神奈子様、諏訪子様」
早苗が畏まって正座した。神奈子と諏訪子も改めて姿勢を正す。
「しばらく神社を空けますことをお許しください。・・・行って参ります」
「うん、いってらっしゃい」
「十年後、寄り道せずに帰って来るんだよ」
早苗は三つ指をついて頭を下げ、次にスラッと立ち上がると、そこから一度も振り返ることなく守矢神社を後にした。
その後ろ姿は、既に十年後の成長した大人の女性のように、神奈子と諏訪子の目には映っていた。
「いつの間にか大きくなったんだね」
「うん」
「・・・」
珍しく何も言わずにこの様子を一部始終見届けていた輝夜も、早苗について出て行った。
守矢神社の鳥居をくぐったところで、輝夜が口を開いた。
「ここで私と早苗ちゃんは出会ったんだね」
「大ボケさんいらっしゃい大会ですか?」
「あの時は八百長してくれてありがとう。おかげで永琳にマッサージチェアを買ってあげられたわ」
「八百長?」
「ろくにボケなんてできない私を優勝させてくれたでしょ」
「・・・あんな破滅的なボケは初めて見ました。今でもトラウマです」
「まだそんな事言って。まあ、そうでも言わないとインテリ系美人の私が優勝するなんておかしいもんね」
「はは・・・そうですね・・・」
「その後は私を守矢神社にホームステイさせてくれたわね」
「あれもトラウマです」
「私達が親友になったのもあの時からだよね」
「私の不幸連鎖が始まったのはあの時からだと思います」
「おかげでブリーダーという天職が見つかったわ」
「まぁあれはトレーナーですけどね」
「で、私の夢を叶えるために地霊殿までついてきてくれて」
「それもトラウマです」
「でもずっと二人で一緒にいられる守矢神社で働こうって誘ってくれたんだよね」
「そんなこと一っっっ言も言いませんでしたけどね」
「そこで二人して諏訪子さんに『おて』をさせようとしたのがバレちゃって」
「『二人して』の部分は訂正してほしいんですが」
「二人とも守矢神社をクビになっちゃって」
「それで輝夜さんの無職生活に巻き込まれたんですよね。ええトラウマです」
「就職先が無くてどうなることかと思ったけど、運良く命蓮寺の募集を見つけて」
「なんでこの私が命蓮寺なんかの門をくぐらなきゃいけなかったのか・・・もちろんトラウマです」
「面接も無事に受かって・・・白蓮さんがいい人で良かったね」
「確かに輝夜さんとは馬が合いそうでしたね・・・あの面接も言わずもがなトラウマです」
「・・・早苗ちゃんさっきからトラウマばっかり」
「最初は大勢の前で大恥をかくところから始まって、色々振り回されて、職を失って、元商売仇に頭を下げる羽目になって・・・全部トラウマに決まってるじゃないですか」
「色々あったけど、今となっては良い思い出ね」
「違います」
「早苗ちゃん」
「何ですか」
「・・・これでしばらくお別れだね」
「そうですね・・・」
夜が明けようとしていた。
早苗が久眠結界を破ってから、そろそろ三時間だ。
早苗と輝夜、そして紫の三人が、博麗神社地下の部屋の前にいた。
「既に結界の準備はできているわ。後は扉を閉めて、あなたが内側から扉に霊力を送るだけ」
「はい」
「心の準備はよくて?」
「よくないですけど、時間がありませんから」
「そう・・・そうね。じゃあ閉めるわよ。部屋に入って」
「はい」
早苗が深呼吸して、一歩部屋に踏み入る。と、その時。
輝夜が早苗の腕を掴んだ。
「ねぇ、早苗ちゃん」
「・・・何ですか?こんな時に」
「早苗ちゃん封印されたくないの?」
「そりゃそうですよ。これからたくさん友達も作りたいし、今いる友達とも離れたくないし、恋だってしたいし・・・。でも、仕方ないことですから」
「じゃあ私が代わってあげる」
「え」
「え?」
「代わるって、何をですか?」
「何をって、部屋の内側から結界を仕上げるのを」
「そしたら輝夜さんが封印されちゃうんですよ?」
「でもその間寝ていればいいだけなんでしょ?」
「そうっちゃそうなんですけど、十年ですよ?」
「前も言ったじゃない。私は億単位という歳月を生きてるのよ?十年寝るぐらいまばたきするようなものよ」
「いやその理屈はおかしい」
「どっちにしても早苗ちゃん、封印されるのは嫌なんでしょ?」
「はい」
「私は嫌じゃない」
「・・・」
「だから代わってあげる」
「それは・・・えっと・・・」
「ニンジン嫌いな人が、ニンジン好きな人に、ニンジンをあげるようなものでしょ」
「そう・・・なのかな・・・?」
「そろそろ時間が無いわ。どっちでもいいから早くして下さるかしら」
紫が少し早口で言った。
「はいはい!私が入るわ」
「か、輝夜さん」
輝夜が躊躇いもなく部屋に入る。
「じゃあ扉を閉めるから、閉まりきったらすぐに内側から霊力を送るのよ?いい?」
「はーい」
「輝夜さん!」
「あなたには迷いがある。あのお姫様には迷いが無い。そして今、もう迷っている時間は無い。・・・選択肢は一つしかないのよ」
「はい・・・」
紫が扉に手を当てると、ゴゴゴと重い音が響いて、扉がゆっくり閉まり始めた。
「あ、そうだ早苗ちゃん、最後に聞きたいことが」
「何ですか?もう閉まっちゃいますよ?」
「早苗ちゃんは、私の親友だよね?」
「・・・え?」
「私、その言葉をまだ早苗ちゃんから聞いてない」
「そ、それは・・・」
「早く!扉が閉まっちゃう!」
「えっと・・・私は・・・私は、」
ズン、と一際重い音と共に、扉が完全に閉まった。
次の瞬間、閉まった扉が青く光る。
「ちゃんと内側から結界を完成させたみたいね。一件落着だわ」
「私は・・・私は、輝夜さんの・・・」
「次に会う時には、ちゃんと答えてあげなさいな」
「はい・・・」
「もし自分でも答えが分からないのなら、その涙にでも聞いてみなさい」
「そんなの、聞かなくたって分かってます・・・言おうと思えば言えたのに・・・言ってあげなきゃいけなかったのに・・・輝夜さん・・・」
守矢神社。
早苗は神奈子と諏訪子に事の顛末を報告していた。
「それで結局、輝夜さんが身代わりになって封印されてしまったわけ」
「はい・・・」
「これはしばらく永遠亭に足を向けて寝られないね」
「ここへ戻ってくる前に永遠亭へ伺って、報告とお詫びをしてきたんですけど・・・」
「永琳さんに何か言われた?」
「静かに笑って『わざわざ連絡ありがとう』とだけ」
「そう・・・あの人は相変わらずだね」
神奈子が早苗にハンカチを渡すと、そこで初めて早苗は知らない間に自分の瞳から涙が零れていることに気づいた。
諏訪子がニヤニヤしながら横から早苗の顔を覗き込む。
「そーれーでー、早苗ちゃん?」
「何ですか?」
「輝夜さんの最後の質問に対する答えは~?」
「答え?」
「とぼけちゃって~。早苗と輝夜さんは親友なのかな?かな?」
「ああ、それですか」
諏訪子はこうやってまた早苗を困らせようとしているのだろう。
「秘密です」
だが早苗はそんな諏訪子に対して、涙が吹き飛ぶような笑顔で答えた。
「その答えは、最初に輝夜さんに教えてあげるんです!」
主を失って一層静かになった永遠亭の縁側では、永琳と鈴仙が月を見ながら座っていた。
「お師匠様、抗議しないんですか?」
「何を?」
「私達に何の断りも無く姫様を封印しちゃったんですよ?」
「それは姫が選んだことでしょう?相談する時間も無かったみたいだし」
「う~ん、私は納得できないなぁ・・・」
「多分姫は、早苗さん一人に背負わせるのが我慢できなかったのね」
「だからって姫様が一人で背負わなくても」
「姫自身も言ってたらしいけど、早苗さんの十年と姫の十年では価値がまるで違うわ。・・・姫は絶対に、大事なことを間違わない。姫が判断したという時点で、私に何も言う事はないわ」
「でもぉ・・・」
「いいじゃないの。寝ているだけで皆の役に立つ・・・探していた『天職』がやっと見つかったのだから」
「・・・そういう言い方をすれば確かに・・・姫様にぴったりの仕事ですね」
「でしょ」
月を見上げていた永琳と鈴仙は、互いに顔を見合わせて笑った。
こうして、輝夜の長い職探しは、「眠るだけ」という仕事を得ることで幕を閉じた。
「仕事」とは、直接的であれ間接的であれ、皆に幸せを与える作業でなくてはならない。
そういう意味では、職探しの過程で輝夜が周囲にばら撒いたドタバタも、「仕事」と呼べたのかも知れない。
輝夜の「仕事」は、皆様を少しでも幸せにできただろうか。
少なくとも筆者は、彼女と出会えて幸せであったと思う。
了
ねぇママ、みんなでどこに行くの?
今からねぇ、ママのお友達を起こしに行くのよ
こんな所で寝てるの?変なの~
クスッ・・・そうね、変なお友達ね
変なの~変なの~♪
さぁ霊夢、心の準備はよくて?
はいはい。次の博麗の巫女も育ったし、もう異変解決しなくていいかと思うとせいせいするわ
そう・・・じゃあ扉を開けて頂戴
起きろー!ママのおともだちー!
・・・
姫様、朝ですよ。帰ってまたみんなで朝ご飯を食べましょう
・・・
姫、お勤めご苦労様でした
・・・
輝夜さん・・・輝夜さん、起きて下さい。あの時の答え、聞いてくれますよね
・・・
・・・
う~ん、あと5年・・・
ええ加減にせいっ!!
いつも世話になっている永琳に20万円のマッサージチェアをプレゼントするために、妹紅に雇われて毎日飲む味噌汁の塩分を増やすという自分抹殺業務に就いた輝夜。
しかしその月給は1円。あまりのマゾさに嫌気がさした輝夜はてゐに師事して詐欺を習得しようとするも、永琳にばれて逆に大目玉を喰らい水泡に帰す。
一発逆転を目指した輝夜は守矢神社の主催する「大ボケさんいらっしゃい大会」に出場、ツッコミ役の早苗にはトラウマが残ったものの見事に優勝。その賞金でマッサージチェアをプレゼントし、大願を成就した。
だがその反動で燃え尽き症候群にかかってしまった輝夜は、早苗の迷惑を顧みない鈴仙の提案で守矢神社へホームステイすることになる。
困り果てた早苗に連れて来られた間欠泉地下センターで空に芸を仕込む内に輝夜が見つけた夢は、ペットのブリーダーだった。
嫌がる早苗に頼んで地霊殿で働けるよう交渉してもらうが、さとりは「保護者として早苗が付く事」を条件として提示してくる。
これを断固拒否する早苗と、夢を諦めきれず早苗に懇願する輝夜の言い争いの中で、ひょんな事から何故か守矢神社でヘビやカエルの世話をする事に決まった。
ただし折しも季節はヘビもカエルも眠る冬。ブリーダーの仕事など有りはしない。そこで、退屈した輝夜は早苗の制止を振り切って諏訪子に「おて」をさせようとする。
これが早苗の差し金だと勘違いして怒った(?)諏訪子は、早苗の巫女職を解いて輝夜と一緒に守矢神社から追い出してしまった。
早苗と輝夜、二人三脚での職探しの末に見つけたのは命蓮寺での仕事。二人は白蓮のトンデモ面接に見事合格したが、早苗から外の世界のことを聞いた白蓮は・・・
↑これだけ分かっていれば、前作を読む必要はありません
夜の博麗神社境内。
二つの人影が足音を殺しながら神社に近づいていた。
・・・抜き足、差し足、忍びドテッ
「いたぁい!」
裾を踏んづけて転んだ人影は輝夜。そしてもう一つの人影は…
「静かにしろと言っただろう!君はバカか!?」
「あぁ~、またナズちゅうがバカって言ったー!!」
もう一つの影は早苗ではない。どうやらナズーリンのようだ。
輝夜が命蓮寺で働くようになってまだ日は浅い。
今回はナズーリンと一緒に特殊任務ということで、こんな時間に忍者ごっこだ。
まだ寒いが、季節はもうすぐ春。
頭の中が年中春めかしい輝夜にとっては、ホームグラウンドと言える(?)。
「バカをバカと言って何が悪いんだ!それから私はナズーリンだ。変なあだ名で呼ばないでもらいたい」
「ナズちゅうをナズちゅうと言って何が悪いのよ」
「私はナズちゅうではないからナズちゅうと言ったら悪いだろう」
「じゃあ私だってバカじゃないからバカと言ったら悪いよね!」
「いいや君はバカだ!」
「また言ったー!!」
何だか分からない言い争いが白熱しかけた時、ナズーリンのダウジングロッドが反応した。
「まずい、誰か来た。隠れるぞ」
二人が茂みに隠れて様子を窺っていると、間もなく誰かが神社に近づいて来た。
うっすら影が見えるだけだが、ふさふさの尻尾がたくさんある…九尾の藍だ。
(へぇ、こんなところに八雲の式神が・・・こりゃいよいよ怪しいな)
藍は軽く辺りを見回すと、博麗神社の賽銭箱に手をかけた。
(賽銭箱・・・?何をする気だ)
そして徐に賽銭箱を横にずらす。
(えっ)
するとその下から地下へ続く階段が現れたではないか。
藍はもう一度辺りを見回すと階段を降り、下から賽銭箱を元に戻した。
「ふぅ・・・博麗神社が怪しいとは思っていたが、まさかあの空っぽの賽銭箱にそんな意味があったとは・・・巫女が無駄に大事に扱うわけだ」
「ねーねーナズちゅう」
「私はナズーリンだ」
「楽しいね。かくれんぼみたい」
「遊びじゃないんだぞ」
「ナズちゅうはいつもこんな仕事をしてるの?」
「今回は特別任務だ。あと私はナズーリンだ」
「ナズちゅうでもいいじゃない。何がそんなに気に入らないのよ」
「その『ちゅう』っていうのは何なんだ」
「・・・ネズミの『ちゅう』」
「安易すぎるだろう!!」
「でもねずみは『ちゅう』って鳴くでしょ?」
「私をそんじょそこらのネズミと一緒にしないでくれないかな」
「そんじょそこらにはいないけどネズミだよね」
「え」
「ネズミなんだよね?」
「あ、あぁ・・・」
「で、ネズミは『ちゅう』って鳴くよね?」
「まあ・・・鳴くかな・・・」
「よってナズちゅう。証明終」
「待ちたまえ最後の理屈は飛躍しすぎている」
「う~ん、イナバは割とあっさり受け入れたのになぁ」
「・・・もういい、今は静かにして九尾が出てくるのを待とう。バカと一緒ではこれ以上の深追いは危険だ」
「うわぁん、またナズちゅうがバカって言った~!早苗ちゃんと一緒に仕事がしたいよぉ・・・」
「何をしてるのか知らないが、東風谷は聖に付きっ切りだ。諦めたまえ」
命蓮寺。輝夜がナズーリンの手伝い(?)をしている間、早苗はずっと白蓮の側にいるのが仕事だった。
「なるほどねぇ・・・外の世界では理解できない事が横行しているのねぇ」
「いえ、『そんなの関係ねぇ』とか叫ぶ半裸の男なんてその一人だけです。しかもそういうのは『一発屋』って呼ばれていて、すぐに忘れ去られるんですよ」
「忘れ去られたら幻想郷にも来るのかしらねぇ」
「こちらで見かけないからまだ頑張ってるんですかね。私が見た外の世界も、だいぶ過去のことになってしまっていますから・・・」
「いいえ~、早苗さんの話はとても参考になるわぁ」
白蓮はお団子を口に頬張ってお茶をすする。
話が一旦途切れたので、早苗は何の気なしに、就職して以来疑問だったことを聞いてみた。
「・・・あの、一つ伺ってもいいですか?」
「いいわよぉ」
「白蓮さんとお話しているだけでお仕事だって言っていただけるのは楽なので有難いんですが、本当にこれでお給料をもらっていていいんですか?」
「いいのよぉ。だって早苗さんは大事な情報源なんですものぉ」
「外の世界の情報なんて、幻想郷では役に立ちませんよ。私は幻想郷に来て以来、そのことをよ~~~~~く、」
「幻想郷では役に立たなくても、外の世界では役に立つのよねぇ」
「・・・え?」
「もうすぐ幻想郷と外の世界の障壁を無くすわぁ」
「・・・は?」
どこまで本気で言っているのだろうか。ただ白蓮に嘘や冗談を言うような知能があるとも思えない。
本気なのかも知れないと思った瞬間、早苗の背中に冷たい汗が走った。
とりあえず何を言えばいいのか分からずに口をパクパクしている早苗の苦悩を知ってか知らずか、白蓮はまた団子をつまむ。
「だから外の世界の話をもっと聞かせてねぇ」
「ちょっ、ちょっと待ってください!本気で言っているんですか!?」
「お姉さん、嘘とか冗談とかは言わないのよぉ」
「博麗大結界を破るという事ですか?そんな事ができると思っているんですか!?」
「方法はナズーリンに色々と調査させているから、その内何とかしてくれると思うわぁ。輝夜さんをアシスタントにつけたから大丈夫よぉ」
「輝夜さんにそんな仕事を・・・確かに何かをやらかしそうな気はしますが・・・って、そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて?」
「そんな事をしたらどうなると思っているんですか!?」
「そうねぇ。みんなが仲良くできるわぁ」
「・・・何ですって?」
「昔はねぇ、妖怪は人間を襲うし、人間は妖怪を退治するし、それはもう酷い世界だったのよぉ。でも、今の世界は人間も妖怪も、仲良くできているじゃない~」
「ええ、それも博麗大結界のおかげです!」
「きっと今なら、幻想郷と外の世界が一緒になってもみんな一緒に仲良くできるわぁ。離れているよりその方がいいに決まってるものねぇ」
「外の世界から来た私が断言します!外の世界の人間は絶対に妖怪を受け入れません!」
「でも早苗さんは今こうやって、みんなと仲良くできているでしょぉ?」
「私は元々風祝だったから・・・」
「それはつまり早苗さんが外の世界で特殊な変人だったから、幻想郷にもすぐ馴染めたってことぉ?」
「ち、違います!私は外の世界でも幻想郷でも常識人です!!」
「あららぁ?そうなのぉ?」
「ええそうです。もう個性が無いのが悩みなくらいです」
「そうだったのねぇ」
「はい。外の世界の典型的な女の子です。日本を代表する平均女子です」
「その早苗さんが妖怪と仲良くできてるなら、やっぱり安心ねぇ」
「・・・違います、そんなことにはなりません!!」
「それは早苗さんが変人だからぁ?」
「わ、私は常識人です!!」
「あらそう、それは安心だわぁ」
「うあああああ、私はどうすれば・・・」
「うふふ、早苗さんは心配性ねぇ。大丈夫よぉ。こういうのを案ずるより産むが安しって言うのよぉ」
終始笑顔を崩さず最後に団子を一つまみすると、白蓮はゆっくりと部屋を後にした。
一方あまりの事態に愕然として座布団から立ち上がれずにいる早苗の顔は真っ青だ。
と、いつまでも途方に暮れている場合でもない。
神奈子達に報告するか・・・いやいや、今は破門の身だった。
こんな時間に行っても門前払いされるかも知れない。
その場合、登山にかける時間がもったいない。
「・・・霊夢さんに相談しよう」
もはやこれは異変と呼んでもよいレベルだろう。
自分でも異変は解決できなければならないと常々思ってはいるが、今回の異変は一人で収拾できる気がしない。
早苗は異変解決のベテランに会うため、奇しくも輝夜たちのいる博麗神社へ向かった。
その頃博麗神社では、輝夜とナズーリンが茂みの中で息を潜めて、神社の地下へ入って行った藍が出てくるのを待っていた。
「ねぇナズちゅう」
「私はナズーリンだ」
「ひまぁ」
「今は仕事中だぞ」
「暇な仕事だね」
「忍耐力の必要な仕事と言ってくれないか」
「嫌にならないの?」
「忍耐力があるからね」
「私は無い」
「無くても仕事だろう」
「仕事だけど暇」
「暇だけど仕事だ」
「ナズちゅうも暇なの?」
「私はナズーリンだ」
「で、暇なの?」
「暇さ」
「忍耐力があるのに?」
「忍耐力があっても暇は暇だ」
「暇なら遊ぼうよ」
「仕事中だぞ」
「仕事だけど暇なんでしょ?」
「暇だが忍耐力があるんだ」
「忍耐力があっても暇なんでしょ?」
「忍耐力があるから暇でも仕事を頑張るんだ」
「私は忍耐力が無いから暇だと仕事を頑張れない」
「なら暇つぶしに忍耐力をつけるんだ」
「どうやるの?」
「ここで静かに待つんだ」
「うん、分かった」
「・・・」
「ねぇナズちゅう」
「私はナズーリンだ」
「ひまぁ」
「無限ループって怖くないか?」
ナズーリンが自慢の忍耐力で輝夜の相手をしつつ見張りを続けていると、再びダウジングロッドが反応した。
「しっ、静かに!どうやら九尾が地下から出てくるみたいだ」
賽銭箱が動き出し、その下からぬっと藍が顔を出す。
ちらちらと周囲を見渡しながら全身を現し、賽銭箱を元に戻すと、藍はどこかへ去って行った。
恐らく帰ったのだろう。
「・・・行ったな?よし、私達も入ってみよう」
「ナズちゅう、楽しいね!」
「私はナズーリンだ」
藍が去って行ったのをもう一度確認すると、二人は賽銭箱の下に広がる地下へ。
地下には長い螺旋階段が続いていた。
霊力で明かりを灯して足元に注意しながら一段一段降りていく。
忍耐力のあるナズーリンにとっては大した段数ではなかったが、輝夜はもうすぐ文句を言いそうだ。
・・・と、そこで階段が終わり、次は短い廊下が姿を現した。
その廊下の先には、いかにも開きそうにない石の扉。
藍が賽銭箱の下に入ってからナズーリン達が待機していた時間とこの階段の往復にかかる時間を考えると、藍もこの扉に到着後すぐに取って返したと考えるのが妥当だろう。そうなると藍の目的は単なる見回りといったところか。
扉の方は二人がかりで押したり引いたりしたが、まるで動く気配が無い。
ナズーリンがもうそろそろ諦めようとしていた時。
「二人とも、そこで何をしてるんですか!!」
「早苗ちゃん!」
「何だ東風谷か。どうしてこんな場所へ?」
背後から現れたのは白蓮の側にいるはずの早苗だった。
二人が地下へ入った時に賽銭箱を元に戻していなかったため、あっさり隠し階段を見つけることができたのだ。
「どうしてもこうしてもありません!白蓮さんから話は聞かせてもらいました。博麗大結界を破るなんて見過ごす訳にはいきません!」
「君は聖に雇われている身だろう?雇い主に逆らうとはどういう了見だい」
「博麗大結界を破るなんてどういう了見なのか、こっちが聞きたいですよ!とにかくそこから離れてください!」
輝夜とナズーリンの両肩を掴んで順番に扉から引き離すと、早苗は扉の前に立ってばっと両手を広げた。
その瞬間。
「あ」
「あ」
「え?」
早苗の背後からゴゴゴと何やら重い音が響いた。
少しひんやりとした空気が早苗の背中に流れてくる。
早苗が恐る恐る振り返ってみると・・・
「扉、開いたね」
「・・・」
「よくやったぞ東風谷、お手柄だ」
「・・・」
何が何だか分からないが、開いてしまったものは仕方ない。
閉じる方法も分からない早苗は一歩踏み出した。
扉の向こうには小さな部屋があるだけだった。
空気が冷たいのに、なぜか少し眠気を感じる。
部屋の壁には結界のような柄が描かれているが、今は結界として機能していないようだ。
それ以外には中央に寝台があるだけ・・・だが、その上には一人の女性が横たわっている。
恐る恐る近寄ってみると、どうやら眠っているだけのようだった。
「それは先代の博麗の巫女。今は博麗神社の御神体。そしてこの世界そのものよ」
声に驚いて早苗達が振り返る。
「紫さん・・・!」
いつからいたのだろうか、そこには紫がスキマから顔を覗かせていた。
「あなた達、とんでもない事をしでかしてくれたわね。藍もちゃんと監視しておけって言ったのに・・・後でお仕置きしないと」
・・・相当ご機嫌斜めのようだ。
「あのう・・・とんでもない事とは?」
「今こうやって幻想郷を崩壊させようとしてることよ」
「えええ!?」
あなた達は、「幻想郷が存在する」という事がどれだけ大変な事か分かっているかしら?
外の世界と別に世界を存在させるには、外の世界との間に境界さえ創ればいいってものではないのよ。
それでは一つの世界を区切っただけ。外の世界から境界が丸分かりだし、悪意を持った者がいれば干渉もされてしまう。
幻想郷は、外の世界からその存在さえ認識されてはいけないのよ。
だから、外の世界を切り取るのではなく、新たに世界を構築する必要があった。
でも私に境界を操ることはできても、世界を構築することはできない。
そこで私は人間の持つ特殊能力、「夢」を使うことにした。
人間は眠っている間に、自分の中に夢の世界を構築する。
それは目が醒めれば簡単に崩壊してしまう脆弱なものだけれど、それでも一つの世界には変わりない。
私は夢と現実の間の境界を補強し、皆が住める世界として確立した。
それが博麗大結界の正体。
夢を見続けることで世界を維持しているのは、代々その名に「夢」の一字を戴く博麗神社の巫女・・・を卒業した御神体。
この部屋はその御神体が半永久的に目を醒まさぬように久眠結界を施した部屋。
そしてその部屋の結界を破って御神体を夢から醒まし、幻想郷を崩壊させようとしているのがあなた。
「という訳。お分かりいただけて?」
「そんな・・・この世界が夢だったなんて」
「少し違うわね。幻想郷の存在は紛れもない現実よ。ただ世界の構築に夢を利用しているだけ。そんなことより・・・」
紫が扇子で口元を隠して早苗を睨み付ける。
「未だかつて無い最悪の悪戯をしてくれた腕白小娘ちゃんには、どんなお仕置きが必要かしら」
「ちょ、ちょっと待ってください!これには深~い理由が!!」
「い~けないんだ~いけないんだ~♪」
「輝夜さん、どっちの味方なんですか!!」
「東風谷、見損なったよ」
「え、そこで責任転嫁しちゃうんですか!?」
「私が聖から命令されたのは『外の世界との境界を無くす方法』を探すことであって、君がやらかしたのは『この世界を無くす方法』だからね」
「んな無茶苦茶な!!」
紫が扇子を閉じ、緩んでいた口元を戻した。
「冗談はさておき。」
「冗談かいっ!」
「今回の件は私の見通しの甘さにも責があるわ。久眠結界をそう簡単に破られないように「強い霊力」を持った「人間」にしか解けないようにしたのが裏目に出た・・・次に御神体となるべく部屋の扉を開ける博麗の巫女以外に、そんな人間が現れると思ってなかったのよ」
「は、はぁ・・・」
「過去を悔いるより、今は早く手を打たないと。久眠結界が破れてから御神体が目を醒ますまで三時間くらいは猶予があるわ。それまでに結界を再生するのよ。今回は別の結界も重ねがけしてね」
「意外と簡単なんですね」
「あら、簡単じゃなくてよ。どんな強い力でも、妖怪には破れない結界。その施し方には一工夫必要なのよ」
「と言うと?」
「結界の仕上げは、部屋の内側からしなければならない」
「え」
「普段結界を施す時・・・つまり御神体の交代の時は、前の御神体を眠ったまま部屋から運び出して、新たな御神体が部屋の内側から結界を完成させ、そして永き眠りにつくという手順を踏んでいるの。けれど今回、御神体は既に眠っている。彼女を起こして結界を仕上げてもらう訳にはいかない」
「それってつまり・・・」
「つまり、誰かが部屋の内側で結界を完成させて、そのまま部屋に閉じこめられなければならない。言い換えれば、封印されなければならない」
「・・・スキマで何とかならないんですか?誰かが内側から結界を完成させて紫さんにスキマから助けてもらうとか、紫さん自身が結界を完成させてスキマから脱出するとか」
「無理よ。部屋の内側にスキマを開いた時点で結界が破れてしまうもの。そしてその縫合はやはり内側からしかできない」
「そんな・・・」
「さて・・・誰がいいかしらね。部屋の内側で結界を完成させ、御神体と一緒に封印される人は」
紫が悩んだポーズでチラチラと早苗を見る。
「あぁ~、どこかにいないものかしら。今回の事件の犯人で、責任感があって、自分で犯した事の決着ぐらい自分でつけるのが当然です!って言うような『常識』のある人」
「うぅ・・・」
「いないかな~?『常識』のある人はここにいないのかな~?」
「・・・あの、参考までに・・・封印されるのって何年くらいですか・・・?」
「大丈夫、もう今の御神体もだいぶ眠っているから、あと十年で霊夢と交代ってところよ。その時に助け出せるわ」
「十年・・・」
「・・・」
「・・・」
早苗は拳を握って紫を真っ直ぐ見据えた。
「分かりました・・・やります。悪気は無かったとは言え一応私が扉を開いたんだし、それに何だかんだで誰かがやらないと幻想郷が崩壊してしまうんですよね?」
「・・・ええ。悪いわね。人間にとって十年という歳月がどれだけ長いか、本当は理解しているつもりだけれど」
紫も少し声が低くなった。早苗を見る目が心持ち優しい。
「でも一つだけお願いがあります。三時間は猶予があるんですよね?・・・神奈子様と諏訪子様に、この事を報告しに帰りたいんです」
「構わなくてよ。あなたなら逃げることもないだろうし・・・くれぐれも遅れないようにしてね」
「分かってます・・・」
一時間後、早苗は久しぶりの守矢神社へ帰ってきていた。
ナズーリンは白蓮に報告するため命蓮寺へ戻ったが、輝夜は早苗と一緒だ。
「そう・・・あの部屋を早苗が開けてしまったんだね」
「神奈子様は幻想郷の正体をご存知だったんですか?」
「一応ね。隠す事でもないけど、語る事でもないから特に話さなかった・・・でも今は早苗には教えておくべきだったと反省してる。知っていれば近づかなかっただろうからね」
「はぁ~、十年かぁ。思春期の一番からかい甲斐のある時期に封印されちゃうんだねぇ」
「諏訪子様・・・こんな時によくニタニタ笑っていられますね」
「早苗は『寂しいよぉ』っておいおい泣きつく私が見たい?」
「それはそれでちょっと見たいです」
「うそん」
「こら諏訪子、あんまり茶化さない」
「最後に暗い顔の早苗なんて見たくないからね」
「というわけで、神奈子様、諏訪子様」
早苗が畏まって正座した。神奈子と諏訪子も改めて姿勢を正す。
「しばらく神社を空けますことをお許しください。・・・行って参ります」
「うん、いってらっしゃい」
「十年後、寄り道せずに帰って来るんだよ」
早苗は三つ指をついて頭を下げ、次にスラッと立ち上がると、そこから一度も振り返ることなく守矢神社を後にした。
その後ろ姿は、既に十年後の成長した大人の女性のように、神奈子と諏訪子の目には映っていた。
「いつの間にか大きくなったんだね」
「うん」
「・・・」
珍しく何も言わずにこの様子を一部始終見届けていた輝夜も、早苗について出て行った。
守矢神社の鳥居をくぐったところで、輝夜が口を開いた。
「ここで私と早苗ちゃんは出会ったんだね」
「大ボケさんいらっしゃい大会ですか?」
「あの時は八百長してくれてありがとう。おかげで永琳にマッサージチェアを買ってあげられたわ」
「八百長?」
「ろくにボケなんてできない私を優勝させてくれたでしょ」
「・・・あんな破滅的なボケは初めて見ました。今でもトラウマです」
「まだそんな事言って。まあ、そうでも言わないとインテリ系美人の私が優勝するなんておかしいもんね」
「はは・・・そうですね・・・」
「その後は私を守矢神社にホームステイさせてくれたわね」
「あれもトラウマです」
「私達が親友になったのもあの時からだよね」
「私の不幸連鎖が始まったのはあの時からだと思います」
「おかげでブリーダーという天職が見つかったわ」
「まぁあれはトレーナーですけどね」
「で、私の夢を叶えるために地霊殿までついてきてくれて」
「それもトラウマです」
「でもずっと二人で一緒にいられる守矢神社で働こうって誘ってくれたんだよね」
「そんなこと一っっっ言も言いませんでしたけどね」
「そこで二人して諏訪子さんに『おて』をさせようとしたのがバレちゃって」
「『二人して』の部分は訂正してほしいんですが」
「二人とも守矢神社をクビになっちゃって」
「それで輝夜さんの無職生活に巻き込まれたんですよね。ええトラウマです」
「就職先が無くてどうなることかと思ったけど、運良く命蓮寺の募集を見つけて」
「なんでこの私が命蓮寺なんかの門をくぐらなきゃいけなかったのか・・・もちろんトラウマです」
「面接も無事に受かって・・・白蓮さんがいい人で良かったね」
「確かに輝夜さんとは馬が合いそうでしたね・・・あの面接も言わずもがなトラウマです」
「・・・早苗ちゃんさっきからトラウマばっかり」
「最初は大勢の前で大恥をかくところから始まって、色々振り回されて、職を失って、元商売仇に頭を下げる羽目になって・・・全部トラウマに決まってるじゃないですか」
「色々あったけど、今となっては良い思い出ね」
「違います」
「早苗ちゃん」
「何ですか」
「・・・これでしばらくお別れだね」
「そうですね・・・」
夜が明けようとしていた。
早苗が久眠結界を破ってから、そろそろ三時間だ。
早苗と輝夜、そして紫の三人が、博麗神社地下の部屋の前にいた。
「既に結界の準備はできているわ。後は扉を閉めて、あなたが内側から扉に霊力を送るだけ」
「はい」
「心の準備はよくて?」
「よくないですけど、時間がありませんから」
「そう・・・そうね。じゃあ閉めるわよ。部屋に入って」
「はい」
早苗が深呼吸して、一歩部屋に踏み入る。と、その時。
輝夜が早苗の腕を掴んだ。
「ねぇ、早苗ちゃん」
「・・・何ですか?こんな時に」
「早苗ちゃん封印されたくないの?」
「そりゃそうですよ。これからたくさん友達も作りたいし、今いる友達とも離れたくないし、恋だってしたいし・・・。でも、仕方ないことですから」
「じゃあ私が代わってあげる」
「え」
「え?」
「代わるって、何をですか?」
「何をって、部屋の内側から結界を仕上げるのを」
「そしたら輝夜さんが封印されちゃうんですよ?」
「でもその間寝ていればいいだけなんでしょ?」
「そうっちゃそうなんですけど、十年ですよ?」
「前も言ったじゃない。私は億単位という歳月を生きてるのよ?十年寝るぐらいまばたきするようなものよ」
「いやその理屈はおかしい」
「どっちにしても早苗ちゃん、封印されるのは嫌なんでしょ?」
「はい」
「私は嫌じゃない」
「・・・」
「だから代わってあげる」
「それは・・・えっと・・・」
「ニンジン嫌いな人が、ニンジン好きな人に、ニンジンをあげるようなものでしょ」
「そう・・・なのかな・・・?」
「そろそろ時間が無いわ。どっちでもいいから早くして下さるかしら」
紫が少し早口で言った。
「はいはい!私が入るわ」
「か、輝夜さん」
輝夜が躊躇いもなく部屋に入る。
「じゃあ扉を閉めるから、閉まりきったらすぐに内側から霊力を送るのよ?いい?」
「はーい」
「輝夜さん!」
「あなたには迷いがある。あのお姫様には迷いが無い。そして今、もう迷っている時間は無い。・・・選択肢は一つしかないのよ」
「はい・・・」
紫が扉に手を当てると、ゴゴゴと重い音が響いて、扉がゆっくり閉まり始めた。
「あ、そうだ早苗ちゃん、最後に聞きたいことが」
「何ですか?もう閉まっちゃいますよ?」
「早苗ちゃんは、私の親友だよね?」
「・・・え?」
「私、その言葉をまだ早苗ちゃんから聞いてない」
「そ、それは・・・」
「早く!扉が閉まっちゃう!」
「えっと・・・私は・・・私は、」
ズン、と一際重い音と共に、扉が完全に閉まった。
次の瞬間、閉まった扉が青く光る。
「ちゃんと内側から結界を完成させたみたいね。一件落着だわ」
「私は・・・私は、輝夜さんの・・・」
「次に会う時には、ちゃんと答えてあげなさいな」
「はい・・・」
「もし自分でも答えが分からないのなら、その涙にでも聞いてみなさい」
「そんなの、聞かなくたって分かってます・・・言おうと思えば言えたのに・・・言ってあげなきゃいけなかったのに・・・輝夜さん・・・」
守矢神社。
早苗は神奈子と諏訪子に事の顛末を報告していた。
「それで結局、輝夜さんが身代わりになって封印されてしまったわけ」
「はい・・・」
「これはしばらく永遠亭に足を向けて寝られないね」
「ここへ戻ってくる前に永遠亭へ伺って、報告とお詫びをしてきたんですけど・・・」
「永琳さんに何か言われた?」
「静かに笑って『わざわざ連絡ありがとう』とだけ」
「そう・・・あの人は相変わらずだね」
神奈子が早苗にハンカチを渡すと、そこで初めて早苗は知らない間に自分の瞳から涙が零れていることに気づいた。
諏訪子がニヤニヤしながら横から早苗の顔を覗き込む。
「そーれーでー、早苗ちゃん?」
「何ですか?」
「輝夜さんの最後の質問に対する答えは~?」
「答え?」
「とぼけちゃって~。早苗と輝夜さんは親友なのかな?かな?」
「ああ、それですか」
諏訪子はこうやってまた早苗を困らせようとしているのだろう。
「秘密です」
だが早苗はそんな諏訪子に対して、涙が吹き飛ぶような笑顔で答えた。
「その答えは、最初に輝夜さんに教えてあげるんです!」
主を失って一層静かになった永遠亭の縁側では、永琳と鈴仙が月を見ながら座っていた。
「お師匠様、抗議しないんですか?」
「何を?」
「私達に何の断りも無く姫様を封印しちゃったんですよ?」
「それは姫が選んだことでしょう?相談する時間も無かったみたいだし」
「う~ん、私は納得できないなぁ・・・」
「多分姫は、早苗さん一人に背負わせるのが我慢できなかったのね」
「だからって姫様が一人で背負わなくても」
「姫自身も言ってたらしいけど、早苗さんの十年と姫の十年では価値がまるで違うわ。・・・姫は絶対に、大事なことを間違わない。姫が判断したという時点で、私に何も言う事はないわ」
「でもぉ・・・」
「いいじゃないの。寝ているだけで皆の役に立つ・・・探していた『天職』がやっと見つかったのだから」
「・・・そういう言い方をすれば確かに・・・姫様にぴったりの仕事ですね」
「でしょ」
月を見上げていた永琳と鈴仙は、互いに顔を見合わせて笑った。
こうして、輝夜の長い職探しは、「眠るだけ」という仕事を得ることで幕を閉じた。
「仕事」とは、直接的であれ間接的であれ、皆に幸せを与える作業でなくてはならない。
そういう意味では、職探しの過程で輝夜が周囲にばら撒いたドタバタも、「仕事」と呼べたのかも知れない。
輝夜の「仕事」は、皆様を少しでも幸せにできただろうか。
少なくとも筆者は、彼女と出会えて幸せであったと思う。
了
ねぇママ、みんなでどこに行くの?
今からねぇ、ママのお友達を起こしに行くのよ
こんな所で寝てるの?変なの~
クスッ・・・そうね、変なお友達ね
変なの~変なの~♪
さぁ霊夢、心の準備はよくて?
はいはい。次の博麗の巫女も育ったし、もう異変解決しなくていいかと思うとせいせいするわ
そう・・・じゃあ扉を開けて頂戴
起きろー!ママのおともだちー!
・・・
姫様、朝ですよ。帰ってまたみんなで朝ご飯を食べましょう
・・・
姫、お勤めご苦労様でした
・・・
輝夜さん・・・輝夜さん、起きて下さい。あの時の答え、聞いてくれますよね
・・・
・・・
う~ん、あと5年・・・
ええ加減にせいっ!!
と思ったが最後なのか…お疲れさまっした
あんたの純粋と言うか邪気の無い輝夜好きだったぜ
ツッコミが大変だけど一人ツッコミ増えたみたいだし(ナズちゅう)
しかし聖の天然のレベルがやべぇよ…やべぇよ…
物語にはそれぞれ楽しみ方があるのでしょうけれど、この物語の楽しみ方が分かりませんでした。
この作品を〆にするようですが、この作品からはものすごい適当で投げやりな気持ちしか感じません。
もうちょっとどうにかしてほしかったです。
歯車が噛みあってない感じがしてちょっと残念でした
完走お疲れ様でした! ありがとうございます
まさか最初に読んだのがよりにもよってシリーズ物の最後だなんて……
あらすじが面白かったです。纏め方もなかなか。
二次創作なら可もなく不可もなしなレベルだろ
そんなに大層な作品が読みたいなら本屋にでも行けばいい
それができないからここに吹き溜まってるんだろうが