Coolier - 新生・東方創想話

幽々子と妖夢 亡き母の為の子守唄

2013/01/11 20:03:42
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 一人の人間の少女が、この白玉楼へやって来たのは、一週間ほど前のことだろうか。
 目の前、布団に横たわるか細い少女。
 弱々しい呼吸を繰り返す少女を見つめながら、私、魂魄妖夢は思い出す。
 少女の顔は発熱し、全身の発汗は留まることを知らず、敷布団はじっとりと湿っていた。
 同じ室内に居るだけなのに、こちらまで息苦しくなってきてしまう程の熱気。
 一体どれ程の熱病に魘されているのか。そう思っていたのだが、医師の診断によると、ただの風邪とのことであった。
 ならば、妖夢が自ら看病を買って出る言われなど何処にもない。使用人の幽霊にでも任せておけばいい。
 そもそも、妖夢に応急処置以外の医術の心得などないのだから、ここは使用人に任せておくのが賢明だろう。
 しかし、少しでも目を離せば少女は直ぐにでも亡くなってしまうような、そんな嫌な予感に捉われている自分がいたのだ。
「妖夢、少し休みなさい。その娘の看病に疲れて、貴女まで風邪をひいては元も子もないわ」
 いつの間に室内に入っていたのか、幽々子様が私に優しげに告げる。
「しかし、幽々子様――」
 主の言葉に口答えをしたことなど数えるほどしか無かった。
 奴隷や機械人形のように無心で主に従っていたわけではなく、その必要がなかっただけなのだが。
 そんな、魂魄妖夢の反応は、主である西行寺幽々子にはどう映ったのであろう。
「妖夢」
 普段のおっとりとした幽々子の雰囲気からは想像も付かぬ、厳格な口調。
 妖夢は我に返ったかのように、己の言動を恥じた。
「……すいません。幽々子様」
「別に叱っているわけではないのよ。ただ、貴女のことを心配している人も居るということを忘れないで」
 厳しい。
 などと言うつもりはない。幽々子様の瞳に映る一抹の優しさを、私が見逃せる筈ないのだから。
「はい。ありがとうございます」
「後の事は使用人に任せなさい」
「はい」
 己の無力さを痛感する。
 せめて少女が目を覚ました時、話くらいは聞いてみよう。そう思った。


 時は、少女との出会いまで遡る。
 毎年、春になれば多くの観光客で賑わうここ白玉楼。そこには多くの人間達の姿もあった。
 桜が咲き乱れ、人間も妖怪も、種族の隔たりなど関係なく歌い踊る。そんな美しい景色があった。
 しかし、生憎と季節は冬目前。紅葉の季を逃し、庭先に聳え立つ木々は、枝先の葉を落とし身を軽くしていた。
 こんな季節外れ、ここ白玉楼を訪れる酔狂な人間などそうそう居ない。
 だが、その日は違った。人間の、それも年端もいかない少女が一人、白玉楼を訪れていたのだった。
 少なくとも、観光目的ではないことは確かだろう。
 それに、いくら観光名所といっても人里からの距離も相当ある。少女が、一人で足を運んだのだとしたら、大層な時間がかかったことだろう。
 その時、私はというと、庭木に冬囲いしている最中だった。
 庭の木々を寒さや雪から守るという理由もあるのだが、それ以上に、冬の風物詩として庭を彩るためだ。
 そんな私に、後ろから声をかけてきたのが、他ならぬこの少女だった。 
「……あなたが、さいぎょーじゆゆこさんですか?」
「え? いやいや私は――」
 声に反応し、振りむいた私を待っていたのは虚空。
 はて、幽霊にでもからかわられただろうか? その時はそんな風に思った。
 姿形が見えぬくらい別に珍しくも何ともないのだが、悪戯されたとあっては良い気はしない。
「こっちです」
 音源は、もう少し下だった。視線を下げると、少女が私を見上げている。
「これは失礼」
 つまり何が言いたかったのかと言うと、あまり背の高い方ではない私から見ても、少女はかなり小柄だったということだ
「残念ながら、私は幽々子様ではありません。幽々子様に何か御用ですか?」
「はい」
 礼儀正しいと言うよりは、単に口数が少なかっただけだろう。
 しかし、少女らしからぬ凛とした態度に、私は思わず敬語で返してしまったのを覚えている。
「どのような御用事で?」
「わたしの、ははに会わせてほしいのです」
 そう言うと、少女は動力の途切れたカラクリ人形の様にパタリと倒れてしまう。
 唐突過ぎる出来事。
 事態を把握するのに秒針数刻分の時間を要した。
「ちょ、ちょっと!? 大丈夫ですか!?」
 私と少女の異変に気づいた使用人の霊が駆けつけてくれる。
 その霊と二人で、少女を私の寝室へと運んだ。
 私は、少女の身体を支えた時、人間の子供とはここまで軽いものなのか、という驚きを隠せなかった。


 敷布団に横たわる少女の裸体を見て思う。この少女に一体何があったのかと。
 別に、下心があって履き物を脱がしたわけではない。
 少女の衣があまりにみすぼらしかった為、幽々子様にお願いし、替えを用意して貰ったのだが――、
 もう一度、少女の身体を見つめてしまう。
 少女は痩せこけていて、全身の骨が浮き彫りになっていた。特にあばら骨にそれが顕著に表れており、見ていて痛々しいほどだ。
 良く見ると、少女の身体は傷だらけだ。道中出来たであろう切り傷や擦り傷の他に、痣や火傷など、明らかに人為的に付けられたであろう傷もあった。
 少女が倒れた原因は、栄養失調であった。
 体付きを見れば、それも当り前の話だ。白玉楼に辿り着けたこと自体、奇跡的だったのではないだろうか。
 何が少女にそこまでさせたのか。
『わたしの、ははに会わせてほしいのです』
 少女の言葉を思い出す。
 私は、幽々子様に事のあらましを話すことにした。


「失礼します」
 そう声をかけ、襖を開き、会釈する。
 幽々子様は、そんなに固くならなくても良いと言うが、流石にそれでは従者として示しが付かない。
「妖夢? どうしたのかしら。まだ御昼には早いようだけど」
 基本的に彼女は食事を中心に物事を考える。時間も例外ではなかった。
 私は幽々子様に、例の少女の話をした。
「詳しい事情を聞いてみないと何とも言えないけど……、そんな幽霊いたかしら」
 幽々子様の反応は芳しくないものであった。
 うーん、と唸りながら、顎の下に手を当てる幽々子様。
 そして一頻り悩んだあと、でも、と口火を切った。
「仮に、この白玉楼にその幽霊が居たとしても、逢ってどうこうするって言うのは余り関心しないわ」
「どうしてですか?」
「生きている人間は、死人と会話すべきではないの。如何なる理由があろうとも」
「彼女は、わざわざ人里からこの白玉楼に来たんですよ?」
「そうみたいね」
「だったら――」
 私の言葉を遮り、幽々子様は云った。
「妖夢に免じて、話くらいは聞いてあげるわ。でも、それとこれとは別の話」
 何時に無く冷たい幽々子様に、しかし私は何も言い返すことは出来ず、ただ部屋を後にしたのだった。
 秋の乾いた冷たい空気が、私の瞳の水気を奪い、少しだけ涙が零れそうになった。


 少女の乱入によって中断を余儀なくされていた庭囲い。それが終る頃には少し遅い昼食、という時間も過ぎていた。
 日は沈みかけ、使用人たちは夕餉の支度を始めている。
 私は屋内に戻り、冷えた身体を温める為に茶をいただく。
 と同時に、夕餉の前に軽く食事することにした。
 食堂へ行くと、何故か幽々様の姿が。
「遅かったわね、妖夢」
 待ち草臥れたわ、と付け足すように。
 見ると幽々子様の前には食事の準備があった。
 はて、まだ夕餉には早い筈だが……
「ど、どうされたんですか? 幽々子様」
 三度の飯より食事が好きな幽々子様が、まさか自分が食堂に現れるのを待っていたとは思えない。
「何よ、その反応。妖夢ったら……。せっかく、妖夢の昼食がまだみたいだったから待ってたのに」
 まさか、そんな言葉が出かけて、寸でのところで口を紡ぐ。
「ほ、本当ですか?」
「えぇ。私が待っていたのは三時のオヤツだけど」
 そんなことだろうとは思っていた。
 三時のオヤツの筈なのに、明らかに私の昼食より量が多いのは如何なものか。
 これが標準であるのだが。
「ありがとうございます」
 最早何に対する礼かは分からないが、少なからず主を待たせていたのは事実なので一応。
 先ほどの件もあり、自然と口数が少なくなってしまう自分がいた。
「折角の食事なのに、どうして妖夢はそんなにムスっとしているのかしら?」
 丼ほどある器に並々注がれた白玉の善哉を流し込む様に口にしながら、訊ねてくる幽々子様。
 私の知る白玉善哉はもう少し趣のある菓子だったように思える。
「……いえ、先ほどのことが気懸りで」
「私が、死者と生者は相対すべきではない。と言ったこと?」
「はい」
 私の返事に呼応するように、息を吐く幽々子様。
 丼を脇に避けているのを見るに、どうやら善哉は食べ終えたようだ。
 次は、大人の握り拳ほどはある大福を、金平糖を呷るように食していく。
「生きる目的を見失いかねないのよ」
「……は?」
 まるで魔法の様に次々と消失していく大福に目を奪われていて、何の話をしていたか一瞬忘れてしまっていた。
「そんな顔したって、大福はあげないわよ!」
「いえ、大丈夫です。是非、幽々子様がいただいてください」
 私がそう言うと、何故か拗ねたような顔をする幽々子様。膨らんだ頬は大福を詰め込み過ぎたわけではないだろう。
 そして何を思ったか、私の茶碗(米が半分残っている)に大福を入れてくる。
「死後の世界。それも、冥界の白玉楼の様な世界があると知ってしまうと尚更」
 真面目な方の話が再開したので、大福の方は一先ず閑話休題。
「でも、現世で真面目に働かなければ、冥界には来れないのでは?」
「そうね。だけど、現世より魅力的な死後というのは絶対にあってはならない。
 冥界に憧れた人間が、自殺し地獄に堕ちていくのを、私は少なからず目撃している。
 そして、彼女が望むのは母との再会なのでしょう? 少女はもしかしたら、母親と同じ存在になる事を望むかもしれない。
 生きる気力を無くした人間ほどみすぼらしいものはないのよ」
 私の十数倍の時間、幻想郷に存在し続けていた幽々子様の言葉に、やはり私は何も言い返すことが出来なかった。
 そして幽々子様は一口サイズに切り分ける前の羊羹を、太巻きの様に食べていくのであった。
「死後の楽しみは、死後知るべきなのよ。私たちは忘れ気味だけど、生きている人間には、その短い生を全うする義務がある。
 私たちは絶対に、その邪魔をしてはならないの」
 そう言い残すと、幽々子様は食堂を後にする。
 丁度食事を終えた私は、幽々子様に渡された大福を一口齧る。
 さらさらとした白粉の舌触りに、甘い餡子の風味が口内に広がる。
 なるほど、幽々子様が私に大福を渡した意味が分かった気がした。
「誰かと一緒に食べる和菓子は格別ですものね」
 ――少女は何故、独りきりだったのだろう。


 次の日。
 外気の温度は下がり続ける一方だ。息を吐くと、それは白い煙となって大気に拡散されていく。
 日に日に太陽が顔を出す時間が短くなっていく。
 朝稽古の最中、朝日が昇る時間帯もここ数日で随分と遅くなった。
 冬支度は早々に済ませておくべきだろう。
 私は、目を覚ました少女に水を飲ませ、粥を食べさせた。
 そして少女は再び、安心しきった表情で眠ったのだった。


 次の日。
 朝露を纏った草木に、明朝の朝日が当たりきらきらと輝いていた。
 気温は零度近く。運動中の私の肌から蒸気が上がる。
 私の掛声と、びゅうっとふく風の音。
 そして遠くから、使用人たちが慌しく朝餉の支度をしている喧噪が聞こえる。
 私が朝の稽古を行っていると、少女が縁側から私を眺めているのを見つけた。
「体調は如何ですか?」
「だいじょーぶです」
 何をもって大丈夫とするのか。
 自分の身体が壊れるまで歩き続けることの出来る少女の自己判断など、端から信じるに値しないことを思い出す。
 使用人に言って粥でも作らせようか、そんなことを考えていると、
「ははに会いたいんです」
 少女は言った。
 初日のように力強く。真っ直ぐな瞳で私を射止める。
「起きられるようになったのなら、幽々子様に直接言った方が早いでしょう」
「なら、ゆゆこさまに会わせて」
 早朝、それも朝食もまだ済ませていない段階で、少女を主に会わせるのは如何なものか。
 逡巡していると、何処からともなく現れた幽々子様が少女の背後に立っていた。
「おはよう。あなたが例の女の子ね」
「おはようございます。あなたがゆゆこさま?」
「そうよ。私が幽々子。西行寺幽々子よ。よろしくね」
「よろしくおねがいします」
「折角だから、一緒に食事にしないかしら? 妖夢も一緒に」
 突然の申し出に、少女は面を食らっているようだった。
「あ、と言っても貴女はまだお粥くらいしか食べられないかしら……」
 少女の表情から、見当違いな心配に至った幽々子様。悩める乙女の表情に、私の頭が痛くなってくる。
「取り敢えず、朝の空気は冷えます。お身体に障りますから二人とも早く中に入ってください」
「そうね、行きましょうか」
 言って、幽々子様は少女の手を取り食道へと向かう。
 その姿が、まるで親子のようだったなんて言ったら、幽々子様は怒るだろうか。
 稽古で流した汗を軽く拭い、履き物を着換える。
 私が食堂に着くと、どうやら丁度朝食が運ばれてきたところらしい。
 粥から上がる湯気が初々しい。
「いただきます」
 三人分の合掌が合わさり、小気味良い音を奏でた。
 献立は、焼き魚に煮豆腐、白菜の漬物にお味噌汁だ。少女の方は、粥に梅干しを乗っけた簡単なもの。幽々子様は一々挙げていてはキリがないので省略する。
「それで、貴女は母に会いたいんだそうね」
「はい」
「お母様は、いつ亡くなられたの?」
「つい、一か月前に」
「貴女、名前は?」
 少女がその問いに答えると、幽々子様の表情が険しくなった。
 しかし、それも一瞬のこと。その険しさは、普段の穏やかの表情の裏に隠れてしまう。
「残念だけど、貴女と、貴女の母を会わせる事は出来ないわ」
「どうして?」
 少女は臆面もなく訊ねる。ここに来れば、母に会えると、信じて疑わなかったのだろう。
「規則だから」
 その様な規則など、聞いたことはなかったが、私は口を挟まず黙って聞いていることにした。
「どうすれば会えるの?」
「……どうやったって会えないわ」
 もしかしたら、少女は泣き出すかもしれない。そう思ったのだが、意外な事に少女の目から光が潰えることはなかった。
「そう。なら良い。じぶんでさがすから」
 少女はそう言い残し、とてとてと、食堂を出て行く。
 探すと一言で言ったって、冥界自体決して狭いものではない。
 人ならざる者も多く存在し、人間の少女が一人でほつき歩いて無事で済むとも思えない。
「放っておきなさい」
「でも!」
「私たちが、そこまでしてあげる義理はないわ。それに、中途半端な優しさは、あの娘の為にならない」
 余りにも、冷酷過ぎやしないか。
 確かに、一人の少女の生死など私たちの知ったところではないし、増してや彼女の願いとあれば尚更だ。
 そこには義理も道理も存在しない。
 だけど――
「だけど、流石に女の子が一人で冥界を歩くのは関心しないわね。妖夢、少しだけで良いから様子を見てきてくれないかしら」
 一握りの人情くらいは在っても良いんじゃないだろうか。
「は、はい! わかりました、幽々子様」
 私は、少女の後を追って走り出した。


 しかし、私の先ほどの考えは杞憂に終わるのだった。
 私は、白玉楼からそう離れていない地点で、少女が倒れているのを発見したのだから。
 幾分か体力が回復したといっても、少女の容態は全快からは程遠い。
 やはり軽すぎる少女の身体を背負い、私は白玉楼へと戻ったのだった。
 門の前、まるで全て分かっていたかのように立っていた幽々子様。
「この娘がすぐに倒れると気づいてらしたんですか?」
「まさか。その娘の根性なら、もう少し遠くまではいけると思ってたのだけど」
「どちらにしろ、倒れるとは思ってたんですね」
「……えぇ」
 憂いを帯びた主の表情。
 どうして幽々子様が、そのようなお顔をなさるのですか……?


 少女を元の部屋に横たえる。
 安らかな寝顔に、母を亡くした子の不安さは見られなかった。
 一体こんな小さな身体のどこに、あそこまでの行動力があるのだろう。
 しかし、この少女の無謀な試みが仇となったのか、それとも朝の冷え込む時間帯に庭先に出たのが祟ったのか、少女の容態は悪化の一途を辿ることとなった。
 連日連夜寝込むほどの。


 そして、現在。
 私は、当然寝入ることも出来ず、布団の中で物思いに耽っていた。
 良くない考えばかりが頭を過る。ぐるぐると。くるくると。
 不安、当惑、焦燥、危惧、憂慮、そして心配。
 そんな気持ちが、暗闇の中で大きく育つ。
 緊張が祟って、厠に向かった時だった。
 廊下を歩いていくと、私の足音以外にも、何やら物音がする事に気付く。
 音の発信源を探すと、障子から漏れる蠟燭の灯りに気が付いた。
 少女が眠っている筈の部屋に明かりが灯され、少女と幽々子様の話し声が聞こえた。
 もう少し近づけば、会話の内容も把握出来たが、流石にそれは行儀が悪い。
 聊か内容は気になるが、幽々子様は少女と二人で話すことを狙って私に席を外させたのかもしれない。
 そう思い、私は静かにその場から離れたのだった。


 次の日。
 朝の稽古を行っていた私に、少女は白玉楼から出て行く旨を伝えた。
 少女の顔色は、初日に出会ったときよりも遥かに良くなっていた。
 これなら一人で出歩いても大丈夫だろうが、私の気懸りは別にあった。
「もうお母さんは良いんですか?」
「はい、さくばん、ははと話すことができましたから」
「……え」
 思い当たる節はあった、昨晩幽々子様と少女が話していた時だ。
 もしかしたらあの時、幽々子様はこの少女の霊を連れて来たのかもしれない。
 幽々子様も人が悪い。それならそうと、私に一言教えてくれれば良かったのに。 
 それに、この少女の母親が、どんなお人なのか興味もあった。
「よーむさんも、ほんとーにありがとうございました」
「い、いえいえ。私は何もしてませんし」
「たすけていただきました」
「それは、人として当然のことをしたまでで……」
「おれいもできず、もうしわけないです」
「それなら、貴女の母親がどんな人だったか教えていただけませんか?」
「それが、おれい?」
「そうですね。貴女が構わなければですけど」
「いいよ」
 そう言って、少女は話してくれた。
 少女の母親を。そして、少女が白玉楼を訪れることになった原因を作った事件を。


 少女の家は、裕福とは言えないまでも、衣食住に困るほど貧乏というわけでもなく、所謂中流家庭だったらしい。
 少女はそこで、愛には不自由することなく、幸せに暮らしていた。
 しかし、父親の両親が亡くなったことがきっかけになって、少女の家庭、そして少女の人生は狂いだした。
 職を失い、アルコール漬けになった父は、家財を賭博に打ち込むまで落ちぶれていった。
 その過程で、家族へ暴力を働くようになったようだ。
 少女の身体に刻まれた傷はその時のものだろう。
 少女の母親は、なるべく少女に危害が加えられないように、いつも少女を庇っていたらしい。
 少女の母親への執着はその為だろう。
 そして、免れ得ない悲劇が起こったのだった。
 父親が、暴行に耐えきれなくなった少女と母親。少女の身体は衰弱しきっており、死を迎えるのも時間の問題であった。
 何が起きたのかは、それほど想像に難くない。
 少女の母親が、何を諸悪の根源としたのか。少女の母親が、包丁を握りしめて、何をしたのか。
 それは、少女にとって然程戦慄すべき出来事では無かったのだろう。
 何故なら、少女はこうして、母親の死を語るのだから。
 何事もなかったかのように、この白玉楼を訪れたのだから。
 少女はここに来れば、母親と再開できると信じていたのだから。
 まだ少女だから。
 この世の道理も知らぬ、少女だから。
『人を殺した人間は、須く地獄へ落ちる』
 少女は、この白玉楼で、母親と再開など出来る筈もないのに。


 そして、少女が独りだった理由も合点がいった。
 独りなのに、母親の霊との再会しか求めないこと自体が答えだったのだ。
 話し終えた少女は、晴れやかな顔で言う。
「らいねんの春。また来ていいですか?」
「是非、いらして下さい。白玉楼の桜は、幻想郷一ですから」
 また、母に会えたら良いな。
 そう言い残し、少女は白玉楼を後にしたのだった。


 朝餉の席、私は幽々子様に訪ねた。
「幽々子様には、初めから分かっていたんですね」
 幻想郷の閻魔大王、四季映姫によって冥界の幽霊の管理を任されているのは、他ならぬ私の主、西行寺幽々子様だった。
 そんな主が、少女の母親の存在を見逃す筈がないのだ。
「何のことかしら?」
 幽々子様はあくまでしらを切るつもりらしい。
 少女が白玉楼に訪れたあの日、
『人間と幽霊は出会うべきではない』
 そう言っていたのはきっと、少女の母親が地獄に落ちていることを知っていたから……。
 きっとそうだろう。
 あの言葉には、少なからず彼女の本心が入っているだろうが。本当の目的は、少女の母親から『規則』と言う存在へ私たちの意識を向ける為。
「少女の母親のことです」
 私の言葉にぴくりとも反応せず、幽々子様は何事もなかったかのように続ける。
「私には妖夢が何を言っているのかさっぱりだわ」
 私は、何故、今回の件について幽々子様が冷たかったのかを理解する。
 一人で悪役の皮を被ろうとしていたのだろう。
 冷酷な、白玉楼の主を演じることで、母親の尊厳を守ろうとしたのだ――
「私に一言くらい話してくれても良かったんじゃないですか」
「妖夢は直ぐに表情に出るんだもん。ナイーブな話とか苦手だし」
「そ、それは――」
「でもね、妖夢。あの娘は昨晩、母親に逢えたそうじゃない? それはどう説明するの?」
 挑戦的な瞳。幽々子様は私を試すように見つめる。
 ――しかし、幽々子様のその試みは失敗に終わるのだ。少女の真っすぐで、純真な、母への想いの前で。
「幽々子様……ですよね?」
「ん?」
「幽々子様が、あの娘の母親を演じられたんですよね? きっと」
 私が昨晩見かけた、二人の対話はきっと、その時のものだったのだろう。
「さあ。やっぱり私には、妖夢が何を言っているのかさっぱりだわ」
 幽々子様は私の数倍の量を食べておきながら、私よりも早く食事を終え、早々にその場から立ち去った。
 私の主は私と違ってすっ呆けるのが上手くて敵わない。
 だけど、私は、私だけは、主の優しさを知っているから。
 だから、私が一緒に悲しむから。
 だから幽々子様。
 そんなに悲しげな顔を、しないで下さい――

  了
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コメント



0.200簡易評価
2.60名前が無い程度の能力削除
話は綺麗で良いと思うのですけど、ラストをもう少し余韻のある感じにしてほしかったです。
3.70名前が無い程度の能力削除
綺麗なお話ですが、時系列がわかりにくいことが気になります。
冒頭の風邪のシーンは必要だったのかなと。いっそ「お母さんに会いたい」ということを先に書き、地獄が云々を種明かしにする、とすれば話に起伏もつくのではないでしょうか。
構成にいささか難あれど、心情や景色は綺麗で良いなと思いますので次作を期待しています。
4.70奇声を発する程度の能力削除
風景や雰囲気は綺麗で良かったです
6.90名前が無い程度の能力削除
雰囲気がすごいよかった。
7.無評価綾加奈削除
>2 >3 >4 >6さんコメント有難う御座います。
この二人で、綺麗な話を書きたいと思って書き始めた話なので、そう言っていただけると嬉しいです。
>3さん
そうですね、思いつくままに書いた結果だったのですが、場面が飛び過ぎてしまっていたかもしれません。ご指摘有難う御座います。
10.603削除
文章は悪くないと思うのですが、少女の正体が最初からバレバレなのがあれなのか、どうにも惹かれるものが少なかったです。こんな感想ごめんなさい。
ただ大福を妖夢に分けてあげる幽々子様は素敵だと思いました。
11.100非現実世界に棲む者削除
良い話...ゆゆさまの優しさと妖夢の想いがひしひしと伝わってきて、感動しました。
惜しむらくは誤字が多いこと。
でも作品は良かったので、満点をつけます。
ゆゆみょん最高!