※以前投稿した「焼き鳥屋台・鳳翼天翔(仮) 開店計画」と「不良天人の汚名返上(?)」の間に入るお話です。
「藤原妹紅! 貴女に決闘を申し込むわ!」
夕方、人間の里にて。
屋台の開店準備を始めている妹紅、そこへミスティア・ローレライも自身の屋台を運んで来て、開口一番にそう告げた。
「決闘……ねぇ」
妹紅は準備の手を止めると、ゆっくり屋台から出てきて、おもむろに屈伸と腕のストレッチを行い……
「本気でやるの? それとも弾幕?」
右手に炎、左手にスペルカードを構えて質問する。
「いやこっちだって屋台引いて来てんだから空気読みなさいよ!」
蓬莱人相手にそんな決闘を持ちかけるなど、後者はともかく前者は自殺行為だ。
ミスティアの少々理不尽かつ必死の叫びに妹紅は炎を消し、カードをしまって、ミスティアの屋台を眺める。
「んー? ああ、売上勝負とか? そっか、あんたも屋台なんだから商売敵ってわけね」
「それだけじゃないわ、私の屋台は焼き鳥屋台撲滅という崇高な目的があるのよ!」
「え? 何それ」
「え? 言ってなかったっけ?」
ミスティアの屋台に妹紅が訪れた事もある。
そこからてっきり知っているものかと思っていたが……
「そっか、そういう事なんだったら悪かったね、商売敵の上に気に入らない商品ってんじゃ怒りもするか」
ぺこりと頭を下げる妹紅。
「あ、その……うん」
しおらしく詫びられるなどと考えてはいなかったため、ミスティアは戸惑ってしまった。
「でも、すまないけどだからって、店をたたむなんてわけにもいかないのよね。 これ、慧音のおかげでやれるようになったんだから」
それを聞いてミスティアは勢いを取り戻す。
「だから勝負なのよっ! 私が勝ったら否が応にも店をたたんでもらうわ!」
理不尽な言い分だ。 が、妹紅は即はねつける事もせずに腕を組んで考え出した。
「んー、まぁとりあえず勝負はしないと、あんたもすっきりしないでしょうね。 けどさ、売上勝負ってのはちょっとねぇ」
「ふふん、怖気づいたの?」
妹紅の屋台は開店して間もない、それに対してミスティアの屋台は一日の長がある。
提供できる食品の質はこちらが上だろうという自負が、ミスティアにはあった。
「いや、そっちが不利じゃないかなと」
「は?」
意外な言葉にミスティアは呆気にとられた。
次いで、その自信に怒りがこみ上げて来た所に妹紅の言葉が続く。
「うちはもらった助言からジュースを出したり、あと焼きおにぎりとか炒飯とか団子とかもあるし、酒呑み以外も食べて行けるように出来てるけどさ、そっちは八目鰻におでんに酒……あからさまに呑んべぇしか狙ってないでしょ?」
言われてみれば確かに、人気がどうとか味がどうとか、それ以前に受け入れられる客層の幅に差がある。
「ここで食べて行こうと思ってくれる人がこっちの方が多そう……って状況なんだから、売上勝負はちょっと条件が平等じゃないね。 どっちが勝つにせよ、納得出来る形じゃないとすっきりしないもの」
妹紅は既に勝負を受けるつもりで、しかもこちらの不利に気付いた上で、それを見過ごさなかったようだ。
「そ、そんな紳士的な事したって認めないわよ!」
「うん、だから勝負、でしょ? しかし困ったね、どうすれば同じ条件でって言えるかな……それに私が負けた時に、どうするかも折り合いをつけないといけない。 とりあえずさ、今日は並んで店開いて、明日にでも慧音に相談しない?」
勝負を挑まれているというのに、妹紅の提案はのんきなものだった。
「な、並んで出店だなんて!」
「いや、周り見てみなよ」
言われて辺りを見渡すと、騒ぎを聞きつけてか人だかりが出来ている。
「どっちか、もしかしたら両方を目当てに、食べに来てくれてる人もいるんだろうから、いつまでも揉めて待たせてちゃ悪いからね」
そう言われてはこれ以上文句を言うわけにもいかない、ミスティアは釈然としない気分を引きずりつつも店の準備を始めた。
しばらくの間は要求を投げつけていた余韻が尾を引いていたが、接客しているうちにミスティアはだんだんと冷静さを取り戻していった。
そして気付く、妹紅の言っていた通り客足に差がある。
勢いに任せて是が非でも売上勝負を、と押していれば今この場で既に決していた事だろう。
翌日の夕方頃、ミスティアと妹紅は寺子屋で合流した。
「おーい、慧音ー……今大丈夫?」
「あら? どうされました?」
妹紅からミスティアの要求が説明された。
「焼き鳥屋台撲滅、ですか……」
慧音は困った表情を浮かべた、しかしミスティアは譲るつもりはない。
「鳥達が食べられるのを見過ごせないのよ。 だから八目鰻屋台にたくさんお客さんが来るようにして、焼き鳥で商売なんか出来ないようにしようとしたの」
「気持ちは解ります。 私も里の人達を守ろうとした事だってありますから。 しかし、貴女のその主張は危険だと思いますよ……?」
「え?」
危険だとは、思いもよらぬ指摘だ。
鳥を食べる事を好む強い力を持った妖怪に因縁をつけられるとでも言うのだろうか……ミスティアはそう考えたものの、さしあたってそんな相手は思い浮かばない。
「同胞が食べられてしまうのが耐えられないから、相手を無理矢理止める……その主張が罷り通るのであれば、人間達が博麗の巫女などを戴いて、人を食べる妖怪を根絶やしにするという暴論もまた是となります。 貴女の場合は八目鰻屋台の商売によって淘汰する事を狙いとしていたようですが、このように直接かかわって潰そうとする手段を取ると、最悪の場合……貴女の目的に人間が煽られてしまうかもしれないとスキマ妖怪が危惧し、何らかの対策を取られかねません」
「え、ええー……?」
スキマ妖怪こと、八雲紫の強さは身をもって知っている。
過度に活動をすると大変な事になる……
それを受けてミスティアは混乱してしまった。
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「焼き鳥屋台撲滅という目的は有名なんですか?」
「どうなんだろ、私は屋台に食べに行った事あるけど知らなかったね」
「え、えーっと……」
慌てながらもミスティアは思い出す、この目的についてどう触れた事があったかを。
大っぴらに語った事があるのは天狗の取材を受けた時だ、更に思い返すと……結局その時くらい。
天狗の新聞とあれば人目にはつきやすく、それ故に周知の事実と勘違いしてしまった……恐らくそんな所だろうと結論付ける。
「一応新聞に載った事があるけど……多分、それ程知られてないと思うわ」
「そうですか……しかし、それなら彼女も知ってはいるでしょうね。 勝負をして勝ったら店をたためとまで言って、片っ端から勝負をしかけるのは恐らく……」
慧音は表情を曇らせる。 続ければ危ないのだと、濁しての沈黙が雄弁に語っていた。
「妹紅の他に対しても、屋台の存続をかけての勝負をしようとしていたのですか?」
「いえ、違うわ。 新しく屋台を始めたのを見かけて目についたからとりあえず、っていうだけ」
「でしたら、とりあえず妹紅とは雌雄を決さなければ……すっきりしないですよね?」
「まぁ……それはそうね」
慧音は少しの間考えてから口を開いた。
「店をたためという程の強硬な要求がよくないのですから、もう少し平和的に行きましょう。 貴女に妥協を強いる形ですが、諦めろというよりは多少は良いかと」
慧音による提案は……
お互いが納得した時に勝負開始が成立。
勝負を行うにあたり、設けるべき間隔は問わず、前回から今回の期間を、ミスティアが勝った場合の妹紅のペナルティ期間とする――初回はまず試す意味ももって一日だけ。
ペナルティ内容はミスティアの屋台での雑用係兼焼き鳥以外のメニューの提供、また、ある程度の給料を払う事。
「……というのはどうでしょう」
店をたたむ、という程ではないが、勝てばその間焼き鳥は出せないという事になる。
しかもそれ程の負担なく一人手伝いが増えるのだから、一石二鳥とも言えるかもしれない。
「うん、それならいいわ」
「そうですか、じゃあ次は勝負の内容ですね」
「あ、ちょっと待って。 私が負けたらどうすればいいの?」
勝負をしかけて熱くなっていたため、自分が負けるという点については一切考えていなかった。
しかし慧音のおかげで冷静になった今は、そこが気になった。
「そうですね……同様に妹紅の所で働く、というわけにもいきませんし……貴女は生活費のための屋台、ではないんですよね?」
「そうね、飽くまで目的は焼き鳥屋台撲滅だし」
それを聞いて慧音は表情を明るくする。
「では、貴女が負けた場合は妹紅の家でお世話をしてあげて下さい。 家の掃除や、食事を作ったり。 勿論食事に鶏肉を使えなどと言ったりはしませんし、避けて構いません」
「え? そんなのでいいの?」
こちらは店を畳めとまで言って勝負を仕掛けに来たというのに、随分と穏便だとミスティアは感じた。
「ええ、妹紅は放っておくと、とんでもない生活態度で過ごしてしまうので。 私がいつも行く事も出来ませんから、勝負の結果貴女が行ってくれるとなれば大助かりなんですよ」
「ふーん、解ったわ。 じゃあそれで」
「では、次に勝負の内容ですね」
次いで出された慧音による勝負の内容の提案、その内容は……
訪れたお客さんの人数の合計に対して、料理を「美味しい」と言ってもらえた回数、接客などに「有難う」と言ってもらえた回数などの割合。
新メニューを考案し、注文された数に対して、好意的な印象を得られた回数の割合。
その数字で勝敗を決める……客足の差があるという点を考慮したものだった。
「確かに、それならお客さんの数に差があっても比べられるわね」
「これらは飽くまで提案ですので、貴女達が考えてお互い納得するやり方があれば、他の内容で勝負するのも良いでしょう」
「うーん、すぐには思いつかないし、まずは提案してくれた……「美味しい」って言ってもらえた回数の割合で、勝負しようかな」
「解りました、妹紅もそれでいいですか?」
「ああ、構わないよ」
勝負は早速明日行う事になった。
ミスティアは慧音にお礼を言うと寺子屋を後にした。
妹紅が何か慧音に言いたそうにしていたので、その場に残って聞こうとするのも無粋と思って早めに出たという面もある。
「……絶対に勝ってやるんだから!」
ミスティアは空に向けて拳を突き出し、気合を入れた。
翌日の昼過ぎ頃……
勝負が始まるのはまだ後だが、ミスティアはなんとなく里を訪れていた。
ここの事は多少知っているし、下見が必要となるような勝負でもないのだが、勝負に向けて程よく熱くなった気持ちと時間を持て余しての事だ。
(そういえば勝負をする事を、ここの人達に知らせるんだっけ……?)
昨日の話の中では出ていなかった。
ミスティアは勝負をしているうちに、噂が広がって人が集まるだろうと考えていたが、昨日のやり取りではどうもミスティアが気付かない事を、妹紅と慧音両名共気付いて考えていた節がある。
この点もあの二人は想定していたのでは、と、ミスティアの脳裏によぎる……もしや帰り際に妹紅が何か言おうとしていたのはこの事だろうか……
(ん?)
足元で何か、かさっと紙を蹴ったような音がした。
拾い上げて見てみると……
「八目鰻屋台店主 ミスティア・ローレライと焼き鳥屋台店主 藤原妹紅の誇りをかけた戦い……?」
そんな人目をひくような言葉が使われて、昨日決まった勝負の内容と、今日行われる旨が記されている。
文章からすると天狗が作ったもののようであるが、印刷ではなく手書きで作られている。
つまり天狗の用意したものではないだろう。
(一体誰が……)
興味を持ったミスティアは、恐らくこれを配っている人物が作ったのだろうと想像して、里を歩き始めた。
「八目鰻と焼き鳥の勝負! これを逃しちゃみんな明日の話に乗っかれないよー!」
やがて、威勢のいい宣伝文句が聞こえてきた。
「……なんで貴女がこれを宣伝してんの?」
六十年周期の大結界異変の際に顔をあわせた事がある、記憶は危ういが相手が永遠亭のてゐであると、ミスティアは思い出した。
「お? 丁度いい、ちょっとここに立っててよ」
「え?」
ミスティアに気付いたてゐは挨拶もせずに、ミスティアを横に立たせて肩に触れ腕に触れ、立ち位置と姿勢を調整する。
「さー! こちらに現れましたは件の八目鰻の屋台店主ミスティア・ローレライだー! 妹紅の愛想は悪いが味の良い焼き鳥もいいもんだけど、このおかみすちーの八目鰻だって負けちゃいないよー!」
「お、おかみすちー?」
「女将と、ミスティアから取って「みすちー」」
「ああ、そういう……でもなんで急にそんな呼び方してんのよ」
てゐと親しくしているわけでもないのに、いきなり妙なあだ名(?)をつけられて戸惑うミスティア。
「だってあんた、妖怪相手に商売してばかりで、ここじゃ有名じゃないでしょ? 親しみを持ってもらわないとね」
言われてみれば人間相手というと、霊夢や魔理沙が来た事はあるが、里の人間となると印象が薄い。
「それもそうね、わざわざ有難う」
「私個人としては、あんたに勝ってもらった方が面白そうだと思うからね、応援してるよ」
「へ? そうなの?」
宣伝をしてくれて、しかも応援もしているという。
いや、そもそも何故この兎は勝負の件を知っているのか……
「貴女、どうしてこの勝負の事知ってるの?」
「ああ、慧音がうちに来て教えてくれたんだ。 で、うちの姫様が宣伝手伝ってやんよ、って具合に乗っかっちゃってねー……」
どうやら宣伝チラシは永遠亭製らしい。
「それって、手書きなんでしょ……?」
問いはしたが一目瞭然だ、てゐの持っているチラシは先程目にしたものと比べて、字の書かれ方が大分違う。
それでも問わずにいられなかったのは、持っているチラシがかなりの枚数だからだ。
「うん、私や鈴仙も含めて、うちの兎達総動員だよ」
「そ、それは悪かったわね、私のせいで……」
宣伝については全く意識していなかった、こんな大仰な事になっていたと知ってミスティアは萎縮してしまう。
「あー、構わないよ。 こっちだって結構楽しんでやってたんだしさ」
言って、てゐはチラシを受け取りに来る人の切れ目を狙って、パラパラとチラシをめくって何枚か取り出した。
「ほら、こんな具合に装飾書き込んで、誰のが一番、見た人に行こうって気にさせられるか……だなんて勝負したりね」
両名の名前の所に絵がついていたり、勝負開始が夜であるという記述に派手な線が引かれていたり、確かに書いた者が茶目っ気を見せてやったと伺える内容だ。
「どうしてそこまで……」
「姫様が言いだしちゃったらやるっきゃないもん。 ま、あんたは今晩やる勝負の事だけ考えてればいいよ」
ぽん、と、背中を叩かれる。
「……有難う」
この兎が来てくれたらサービスしないと……そう思いながらミスティアは里を後にした。
夜、里の一角にミスティアと妹紅が並んで屋台を設置した。
屋台の席のみでは数人程度しか応対出来ないため、周りに椅子やテーブルを配置している。
また、ミスティアと妹紅がそれぞれ屋台に専念出来るようにと……
「手伝いに来たよ。 と、言っても人数を数えるだけなんだけどね」
ミスティアの方にはてゐがついた。
「姫様から伝言よ。 負けたら屋台に食べに行って、大笑いしてやるから勝ちなさい……ですって」
そして妹紅には鈴仙。
「あー、それじゃ負けるわけにはいかないねぇ」
そう言いつつも妹紅の声音は軽い。
ミスティアは溢れんばかりの敵愾心で妹紅に勝負を挑んだというのに、当の妹紅の方は昨日もそうだが、ずっとこんな具合だ。
(私なんか敵じゃないとでも言うの……?)
眼中に無いと言われているような扱い、そう思いかけたが、それにしては今の発言と態度は妙だ。
苛立ちと不可解さの混じった感覚……しかし今はそれにとらわれている場合ではない。
「どうしたのさ、難しい顔しちゃって」
てゐの横槍が入った。
そうだ、この兎は何か知ってるのではないだろうか……そう思い、ミスティアは訊ねてみた。
「ああ、それね。 妹紅ってばなんか、あんまり怒らなくなったっていうか……まぁ、あんたの事なんとも思ってないってんじゃないし、この勝負をどうでもいいと思ってるわけでもないよ」
「? よく解らないわね」
「勝っても負けても、後で訊けるさ。 それよりも、来るお客さんに美味しいもの食べさせたげないとね」
なんとも思っていないわけではない、それは一昨日の事を思い返せばミスティアも納得出来た。
何せこちらの気付いていなかった不利を、敢えて指摘してきたのだから。
まだ納得出来てはいないが、とりあえずミスティアはてゐの言葉に従って準備を進めた。
始まって間もなく、ミスティアは勝負内容に後悔する羽目になった。
妹紅の屋台へは子供連れも多い。
「おとう、これおいしいね!」
「うん、おいしいなぁ」
……と、こんな具合に子供はよく褒める。
それに対してミスティア側は、主に大人がくだを巻きつつ飲み食いしている。
この寒いのに家の戸の立てつけがどうとか、信夫さんの調子がどうとか、磯野さんの店がどうとか……この勝負の趣旨を知っているのかどうか、首を傾げたくなるような者もいる有様だ。
時折誰かが幾分かわざとらしく「おいしい」と言うと、周りからも思い出したように料理をほめる声があがっていたものの……
「勝者妹紅ー」
規定時刻になって、てゐと鈴仙が来客数・ほめた人数の割合を出すと妹紅の勝利だった。
「うぐぐ……」
客足の差を意識するだけでは足りなかったと言えよう。
しかしだからと言って、慧音や妹紅を責める事は出来ない。
ミスティア自身気付いていなかったのだから。
「まぁ、その、残念だったね。 次はもっときちんと考えた内容で行こうか」
「え?」
こちらが再戦を口にする前に、妹紅の方から「次」と言葉が出て、ミスティアはきょとんとした表情を浮かべる。
「ん? いや、ほら、今日の展開じゃすっきりなんて出来ないでしょうしね。 近いうちにまたやるでしょ?」
「と、当然よ! 明後日すぐにだって!」
「うん、じゃあ……まず片づけようか。 今話してたら片づけるの面倒になっちゃうし」
その日は屋台を片付けて解散となり、翌朝……
ミスティアはまず里を訪ね、慧音と合流した。
一応、妹紅の家への道のりは昨日のうちに教えてもらっているが、それでも迷わないとは限らないという事で、確実を期すため慧音が連れて行く事になっていた。
「おはようございます、昨日は残念でしたね」
……本当に気付いていなかったのだろうか、ミスティアの胸の内に疑心がよぎる。
「……負けちゃったものは仕方ないわ、約束通り妹紅の面倒を見てあげる」
約束は約束だ、ペナルティはきちんとこなす。
口にしたのは疑心を打ち消そうとしてでもあった、心に浮かべたままでは苛立ちが起こりそうと思っての事だ。
「ありがとうございます」
慧音はお礼を言って頭を下げる。
それを見てふと思った。
「ねぇ、私が妹紅の所に行ってなんかあるとは思わない?」
「何か、ですか?」
「ええ、だって焼き鳥屋台やめろーって言ってたのに負けちゃって、こうなったら実力行使! ……は、流石に一昨日の話があるからやらないとしても、何か妹紅に嫌がらせしそうだとか、思わない?」
そう聞いて慧音は、表情を曇らせるどころか笑みを浮かべる。
「もし何かしたら……酷い目に遭いますよ?」
(目が……笑ってない!?)
酷い目に遭うと言うが、妹紅の仕返しで、ではなく慧音に何かされるのではないか……そんな気がしたが、追及するのも恐ろしく、ミスティアはこの話には触れない事にした。
「重大な事であれば、今言った通りですが……軽い悪戯程度では、妹紅はものともしないと思いますよ? 例えば落とし穴にはめられても、表情一つ変えずに穴から出てきますし」
落とし穴は「軽い悪戯」だろうか?
「解ったわ、何もしないから安心して」
「それがいいですね」
再び慧音は笑みを浮かべる、今度はちゃんと笑っていた。
妹紅の家に到着すると……
「お、いらっしゃい。 早速だけどさ、あの後考えたんだ。 あんたんとこ、炒飯作ってみない?」
「は?」
戸を開けて妹紅は出迎えつつも、いきなり提案をしてきた。
しかも何やら嬉しそうとも楽しそうとも取れる、やたらと前向きな表情で。
「八目鰻の切れ端とか使ってさ。 まぁうちんとこのと同じ発想になっちゃうけど、毛色の違うものが増えればお客さんも……」
「妹紅、まずはミスティアを家にあげましょう?」
慧音の声音はやや不機嫌そうだと、ミスティアにも解った。
(よくわかんないけど、この人怒らせない方がいいんじゃないの……?)
先程の恐ろしさを覚えるような笑みを思い返し、ミスティアは思わず妹紅を心配してしまう。
「おっと、そうだった、すまない。 じゃ、二人共あが……って、慧音は時間大丈夫なの?」
「ええ、掃除や食事をと話してはいますが、その実例を見て頂こうと思っていましたので」
そう言うと、慧音はさっさと家の中に入っていってしまった。
「……? あんた、なんか慧音怒らせでもしたの?」
「ついさっき、私が貴女に悪戯とかするんじゃないかって思わない? って訊いたら、ちょっと怒りかけたみたいにはなったけど、その後はごく普通だったから……私のせいじゃないと思うわよ?」
そう口にしてみると、ミスティアには慧音の不機嫌の理由は想像もつかないと再確認になった。
「えー? ……なんかまずい事したかな……?」
これから説明を受けるらしいというのに、とばっちりを受けなければいいが……
しかしその心配は杞憂に終わった。
まず初めに台所で料理についての話をしたが、その時にはもう慧音は不機嫌さを打ち消したように見えた――少なくともミスティアには。
「説明は以上です。 何か質問はありますか?」
調理器具の置かれている場所や、食材の購入は妹紅からお金をもらう事等、一通りの説明が終わった。
「うーん、ちょっと関係ない話なんだけど……家は大分年季入ってるみたいなのに、道具がやけに新しくない?」
古くなったから変えた、とも思いにくかった。
何故なら一つ二つではなく、殆どが使われだして間もないとしか見えなかったからだ。
ミスティアも屋台歴はそれ程長いとは言い難いが、それよりももっと近い時期……それどころか最近まとめて用意された……そのように感じた。
「妹紅は料理らしい料理をしていませんでしたから、屋台を始めるまでは」
「ふーん、よっぽど急いだのね……私はその準備をしてたなんて、全く知らなかったくらいだし」
「ふふ、一週間で開店に漕ぎ着けましたからね」
「……気付かないはずだわ」
「料理らしい料理をしていなかった」者が「一週間で屋台を始めるようになった」という点は非常に不可解だったが、あまり追求すると、ミスティアにもある料理人としての心がへし折れそうな気がして、敢えて問わない事にした。
一通り、実演して見せつつの説明を終えると、慧音は妹紅の家を後にした。
話す所ではない状態で、手持無沙汰そうにしていた妹紅は、隅っこの方で壁に背を預けて腕組みし目を閉じていた。
(……寝てる?)
「ん? 終わったの?」
寝ていたわけではないようだ。
「うん、慧音は帰ったわよ」
「そっか」
先程の話をするのかと思えば、妹紅はまた目を閉じてしまった。
「……何してるの?」
話しかけて邪魔をするのも悪い、という気持ちもあったが、それ以上に興味が勝った。
「ああ……あんたに言っていいもんかな……? 昨日の屋台での事を思い出して、もっと良いやり方がないか、直すべき所がないか、考えてるんだ」
「……焼き鳥の?」
妹紅が屋台を思い出しているのだから、言わずもがなの事だ。
「うん、一応店は出してるとはいっても、私の腕はまだまだだからね」
より良い品質での提供に向けての努力……これが焼き鳥でさえなければ、ミスティアも素直に感心出来たのだが。
「随分と熱心なのね」
褒めるような言葉を口にしたが、胸中は複雑だ。
「あいつらの命をもらってるわけだから、無駄にはしたくないもの」
「あいつら?」
「鶏」
妹紅の思いはミスティアにとっては意外だった。
焼き鳥屋台という商売のための存在であり、そこに特別な意識があろうなどとは全く思っていなかったのだ。
「……なんだか知り合いみたいな言い方ね」
戸惑いながらも口にした言葉、何を言っているんだとミスティアは胸中で自身に毒づく。
「知り合いじゃないけど、まぁ……もしかしたら顔合わせた奴もいるのかもね、里で養鶏やってる人のとこに買いに行ってんだし」
「……それで、あんたはその鶏を見て、何か思う事はあるの?」
「鶏肉として買って、その時に心の中で「有難う」と言うようにはしてるね。 ああ、そうだ、あんたとしてはどう思う? これ」
「え? どうって?」
問い返されるとは思わなかったため、その意味にとっさに気付けず、ミスティアはおうむ返ししてしまった。
「鶏達自身が食われるために殺されるなんて、当然望みゃしないでしょ? だから結局の所、お礼を言ってみたり、無駄にしないようにと心がけたりしたって、そんなのはただの自己満足だ。 あんたは鶏に親身になってるから、こんな事言ってる私の事を、鶏側に近い感覚で見られるんじゃないかなとね」
「……そりゃ、なんとも思ってないのに比べりゃマシよ。 だからって、認めはしないけど」
「そうか……」
短くそう言うと、妹紅は屋台での行動を思い出す練習に戻った。
何か言おうにも、この話の後では言いづらく、ミスティアは居た堪れなくなって家の外へ出てしまった。
しかし妹紅の面倒を見る約束があるため、その場を離れる事はせず、少し散歩程度に周囲をうろつく程度と決めた。
妹紅の練習とやらが、どれだけ続くものかは解らないが、頻繁に様子を見に戻ればいいだろうと結論付け……
歩き出そうとした所で、背後から草を蹴ったような、がさっという音が聞こえた。
(……? 誰か隠れてる?)
歌で惑わして逃げられないように……は、まずい、ここでは屋内の妹紅に影響がある。
彼女への心証からすれば、ちょっと巻き込む程度なら、むしろやってしまいたいとも思ったが、妙に穏やかな妹紅とて怒るかもしれないし、後で慧音から酷い目に遭わされかねない……しかもそのリスクを負って、相手が妖怪で効果なし、では目も当てられない。
ミスティアは普通に家の周りを一周してみた。
(誰もいない……?)
と、思いきや、再びがさっと音がし、そして一周……やはり誰もいない。
気のせいだろうかとミスティアが考えた所で……
「何やってんの?」
「見つかったッ!?」
家の裏手側で妹紅とてゐの声がした。
「姫様に言われてね、あんた達が喧嘩でもしてないか見て来いって」
家にあがって、てゐはまずそう話した。
「喧嘩なんてしないわよ」
ミスティアはすぐに否定するが、後に続けようとした「慧音に酷い目に遭わされるかもしれないし」という言葉は飲み込んだ。
「うん、心配は要らないよ。 わざわざ済まないね」
「いやいや、これはこれで楽しそうだしいいってー。 ひとっ走り紅魔館まで行って、メイド服でも借りて来ようか?」
服を着る事自体は何ら問題ないが、主と従者のように振る舞わなければならなくなるとしたら、流石にそれは面白くない。
余計な事を、と、ミスティアはてゐを睨んだが……
「いや、別にそんなの用意しなくても、普段通りでいいでしょ。 それにあんただって、あそこまで行ってくるってのは、楽しむためとは言っても面倒じゃないの?」
「む、そうだね、命拾いしたねおかみすちー」
妙なあだ名はあの場だけでは終わらなかったらしい。
「おかみすちー?」
「女将、とミスティアをもじったあだ名」
「里の人間に親しみをもってもらわないと、って言ってたけど、ここでまだそう呼ぶだなんて、あんた私と仲良くしたいの?」
妹紅が受け入れれば、それなりの屈辱を味わっていただろう提案をした事は、ミスティアにとってはマイナスだ。
「んー? そうだねぇ、これからあんた達面白くなりそうだし、近くでお付き合いしていきたい所だね」
「それなら、私が嫌な事は提案したりしないでよ」
それを聞いて、てゐはニヤっと笑う。
「メイド服着るの恥ずかしいって?」
「そうじゃないわよ、焼き鳥を作る奴に「ご主人様」ってしたくないだけ」
「妹紅の事は嫌い?」
ミスティアは返す言葉に詰まった。
少し考えて、結論を出す。
「……嫌いじゃ、ないわ。 うん、敵愾心を見せた私を気遣いすらしてたんだから、いい奴だと思う。 でも焼き鳥は認めないわよ!」
屋台で出しているのが焼き鳥でさえなければ……ミスティアはまたもそう考えた。
そもそも妹紅が焼き鳥屋台でなければ、妹紅と接点がなかったであろう事には気付かずに。
「いい奴だってさ、良かったね妹紅」
妹紅の肩に手を置いて、てゐはそう言った。
その後、妹紅に昼食を作り、里から永遠亭へ用がある者の案内の間留守番し、夕飯を作り……
「今日は屋台出さないの?」
夜、妹紅は出かける素振りを見せなかった。
「ああ、そのつもり。 あんたと話でもしようかと思って」
「私と話……? 何を話そうっての?」
「いや、焼き鳥は認めないって怒ってるからさ……今私が屋台出したら、ここで一人で怒りっぱなしでいなきゃならなくなるでしょ?」
確かに、勝負に負けて妹紅の世話を、という事になっている以上は、先程と同様に留守番をしなければならない。
そして妹紅が屋台で焼き鳥を、と思えば苛立ちを抱えたまま、ここでただ待つばかりとなる。
「……貴女、なんでそんな気を遣ってんの?」
「……自分の事を話すのは好きじゃないけど、そうも言ってられないか……」
妹紅はそう言うと、腕組みをして少し考えてから言葉を続けた。
「勝負の時に永遠亭のてゐと鈴仙が手伝ってくれてたでしょ? あいつらの言ってた「姫」永遠亭の輝夜と私は、長い間喧嘩してたんだ」
「どれくらい?」
「どれくらいだっけなぁ、二百年? いや、もっとだったか……ああ、多分三百年くらいだ」
「ず、随分とスケールの長い喧嘩ね、流石は蓬莱人……」
ミスティアも知る連中の一部を、産まれてすらいない頃と表現出来る程だ。
一口に「喧嘩」と片づける範疇ではないとしか思えなかった。
「それも含めて私って、後悔か怒りか憎しみか……その三つのどれかに捕らわれて生きてた事しかなかったんだよ、最近まで」
「解決したの?」
「うん、慧音のおかげで輝夜との喧嘩をやめられたんだ。 そうなって初めて気付いたよ。 私にとって当たり前だった、怒りや憎しみを何かに向け続けて生きる事って、凄く辛そうに見えるものなんだね」
「……」
怒りを向けて、という点は妹紅に対して、焼き鳥屋台をやめろと言った、ミスティア自身にも当てはまる。
「そうやって落ち着いて見られるようになって、怒りにくくなったみたいだね、慧音やてゐに指摘されたよ。 それと、怒ってる人を見ると、なんで怒ってるんだろうって……どうすればすっきり出来るんだろうって、考えるようになった」
「それで、私の事で色々と気が付いていたのね」
つまり妹紅は、ミスティアから怒りを向けられても、最初から全く反発せずに、むしろミスティアの事を心配していたという事になる。
そう思うと、ミスティアの胸のうちに少し罪悪感がよぎった。
「そういう事。 だけど、今回は難しいね。 屋台は慧音のおかげだから、こればかりは私も譲る気はないし……」
それを聞いて、ミスティアはあっさり前言撤回し、やはり焼き鳥は認めたくないと思い出す。
しかし……
「なんだかよく解らなくなっちゃったわ」
「何が?」
「焼き鳥を出してるのは嫌、だけど、あんたいい奴なんだもん。 怒るに怒れない、でも、焼き鳥は嫌……で、頭の中でぐるぐる回っちゃってるわ」
「そっか、何かお互いに丁度良い妥協を見つけないとね」
妹紅が気にかけてくれた以上、こちらも何か譲らねばならないだろうか……ミスティアにそんな気持ちが沸き起こった。
「……ところで、さっき私が来た時に、炒飯がどうとかって言ってたのは?」
ミスティアは話題の転換を試み、結局詳しく訊けずじまいだったそれを訊ねる。
妹紅は忘れてしまっていたのか、少しばつが悪そうに頭を掻いて答えた。
「ああ、ほら、呑んべぇってひとしきり呑んだ後に、最後にお腹に溜まるものを食べたがったりするじゃない? だからあんたのとこで出せば、結構いい線行くんじゃないかなーって気がしてさ」
「そういうもんなの?」
「うん、うちのとこでは酒呑みは結構、最後に注文してたりするね。 あと炒飯って気分でもない人は、うちで飲み食いした後に、あそこの屋台で締めどうですかー、なんて言って出てく人なんかもいるよ」
ミスティアの場合、主な客層が妖怪相手でやっていたせいか、あまりそういう場面を見た記憶がない。
妹紅との勝負は里で、人間に対して行っているのだから、この点に関しては主に里で屋台を開いている、妹紅の言う事の方が実情を捉えているはずだ、と、ミスティアは感じた。
「じゃあ、採用させてもらおうかしら」
「そうすると、次の勝負は新メニュー対決だね。 うちのはどうしようか……」
妹紅は腕組して……考え始めたのかと思いきや、じっとこちらを見ている。
「何?」
「いや、そっちのは私が考えたんだし、うちのもそっちに考えてもらわないと、公平じゃないかも? って思って」
言われてみれば、と、ミスティアは納得したものの、それでも公平ではないとは感じていなかった。 手を横に振って妹紅に答える。
「大丈夫でしょ、貴女はちゃんと考えて言ってくれたんだし、もしこれで結果が良くなかったとしても、あんたのせいだ! なんて言ったりはしないわ」
「そうか……」
妹紅は安心したように表情を緩めた。
「まぁ、なんか考えてくれっていうなら……」
言いながらミスティアは少し考えようとして……
「……悪いけど、そっちは自分で考えてくれる?」
焼き鳥屋台である、という事実から、どうしても焼き鳥がちらつく。
「うん、わかった。 ……あ、そうそう、言い忘れてたけど……炒飯にするんなら、とりあえずうちのカセットコンロ使いなよ。 私は火の術が使えるからなくても大丈夫だし」
そして翌日の夜、早速再戦が行われた。
ミスティアの方は妹紅の提案による炒飯、それに対して妹紅が何を出すのかを、ミスティアは知らない。
鶏肉を用いた何かを作るだろう、そう予想され、そうであれば少なからず嫌な思いに捕らわれる。
そうなるのは避けておきたかった。
幸いにもというべきか、今回の勝負はてゐから、すぐ隣でやっていては、勝負の行方が想像出来てしまって面白くないだろう、という提案により少しだけ離れているため、敢えて近づこうとさえしなければ知らずに済む。
「今回は私が手伝うわ、よろしくね」
またもカウント役に駆り出されたらしいてゐと鈴仙。
今回はミスティア側に鈴仙がついた。
「ええ、よろしく」
てゐと同じく鈴仙とも、大結界異変の際に会った事がある。
だが普段の交流はなく……
「……」
「……」
やたらと馴れ馴れしいてゐと違って、あまりしゃべらないらしい。
(な、なんか気まずいわ……)
てゐがついていた事が比較対象になってしまうため、尚更だった。
「えーっと、悪いわね、私達の勝負に付き合ってもらっちゃって」
「別に……姫様にやらされるのは、もっと大変な事ばかりだし、これくらいなら大丈夫よ」
……どこか冷たいように感じる。
勝負に意識が向いていたため、妹紅と鈴仙の間柄に注意を払わないでいたミスティアは、鈴仙が妹紅の方ではどのような態度だったのだろうと考え、そこで閃いた。
炒飯の準備をしつつ、八目鰻の蒲焼を用意すると鈴仙に手渡す。
「え?」
戸惑いの表情を浮かべる鈴仙に、ミスティアは笑みを浮かべて言った。
「お礼も兼ねてサービスよ、うちの八目鰻を味わってみて」
まじまじと八目鰻を見つめる鈴仙、やがて意を決したようにぱくりと口にする。
「……へぇ、普通の鰻よりも歯ごたえがあって……滋養のありそうな味ね、うな重みたいにご飯と、は相性がよくなさそう……お酒と一緒に食べるのも頷けるわ」
「気に入ってくれたかしら?」
問いかける言葉でこそあるが、鈴仙の反応から確信を持ったミスティアは胸を張った。
「ええ、どんなものかって不安だったけど、美味しい……」
「それはよかったわ」
功を奏したらしく、鈴仙の態度は少し軟化したように見え、作業を続けていると今度は鈴仙から声がかかった。
「貴女は妹紅を嫌っているの?」
てゐにも訊かれた事だが、その答えを鈴仙は聞いていないらしい。
「嫌いじゃないわ。 ただ、焼き鳥が嫌なだけ」
てゐへの答えと違い、今度は即答する。
「……そっちはどうなの?」
案外仲が良くて、談笑していたりしたのだろうか。
ミスティアはそう考えたものの、この鈴仙がにこやかに話している様は、いまいち想像し辛かった。
「私は嫌いだった……けど、最近はそうでもないわね……」
「へえ、どうして?」
認識を改める出来事があったのなら、聞かせてもらえば、自分の事にも役立てられるかもしれない……そう思ってミスティアは問いかける。
「姫様との関係は知ってる?」
輝夜と喧嘩をしていたという件か、ミスティアは頷いた。
「お互いに死なないって言っても、殺し合いだなんて……だから苦々しく思ってたのよ、お師匠様やてゐは気にしてなさそうに見えたし……」
「ああ、蓬莱人だから死なない、って……それにしても殺し合い、ねぇ……近くで見てたら気が休まらないでしょうね……」
妹紅からは喧嘩としか聞いていなかったため、物騒な字面にミスティアは驚いたものの、二人が蓬莱人である事を思い出して、取り乱すには至らなかった。
「それがこの間、焼き鳥屋台出店の挨拶に来てから、二人ともそんな事なかったみたいになっちゃって」
「慧音のおかげで喧嘩をやめられた、って言ってたわね……」
「そう、やめるようにと諭されたから、殺し合いはやめようって妹紅が姫様に言ったの。 その後、挨拶に来た時に何か話したんでしょうね……私とてゐはその場に居なかったけど、あの後から姫様がやけに妹紅に気を許してるみたいで」
(なんだか妹紅が一方的に怒ってたようにも聞こえるわね……)
聞いた話からすると、以前の妹紅は怒ってばかりいたらしい、恐らくその通りなのだろう。
「姫様がそんなだから、私やてゐも頻繁に妹紅の所に行かされるようになったんだけど……姫様を殺す程憎んでた奴だなんて思えない、ってくらいに人柄が丸くなっちゃってて、盛んに気遣ってるし、すっかりいい奴、って感じなのよ……まだ二人が顔を合わせると、ちょっと喧嘩腰になる事もあるけど」
どうやらミスティア自身の場合と似たような流れで、毒気を抜かれてしまったようだ。
「成程ねぇ……そっちはいいわねぇ、一番大事な部分がなんとかなってて」
「どういう事?」
「私も妹紅がいい奴だ、とは思ってるんだけど……私の場合気に入らないのは焼き鳥屋台で、それについては、慧音のおかげで出来るようになったから、やめるつもりはないって」
「それは……妹紅はあの先生に頭があがらないみたいだし、難しそうね……」
それが難点だ、と、ミスティアは思う。
しかし不意に気付いた。
慧音のおかげで出来るようになった屋台、だからやめるつもりはない、そこを譲りはしないとしても、慧音に相談して代案を出してもらう事は出来ないだろうか、と。
勝負の最中に、ミスティアの屋台の方へも妹紅側の噂が届いた。
何か手ひどい失敗をやらかしたらしい。
鶏の命を無駄にしたくないなどと言っていたが、一体どうしたのだろう。
気になったが、ミスティアは必死で目の前の勝負に専念した。
その甲斐もあって……
「勝者、ミスティアー」
てゐの腕にひかれて、ミスティアの拳が高々と天に向けられた。
「なんか……そっち酷い事になってたって、お客さんが言ってたんだけど……一体何があったの?」
「あー……えっと……」
ミスティアに大仰な事を言った後で気まずいのか、妹紅は口ごもってしまう。
「具入りの焼きおにぎりをやってみたんだけど、肉は生焼け、葱は辛い、おまけになんで団子入れてんの、って具合のボロボロっぷりだったよー」
散々なその内容を、いかにも楽しそうにてゐが説明した。
「なまじ慣れてきたせいで、出来る気になって練習せずに、そのままやっちゃったのが駄目だったね。 慧音もいなかったし、あんたに試食してもらうわけにもいかなかったし」
そう聞いて、ミスティアは避けずに付き合っていればよかったか、と思いがよぎった。
勿論焼き鳥を用いたメニューに付き合うつもりはないが、妹紅ならば思いついてもその類は避けて、別のものを入れた焼きおにぎりを出していた事だろうし、火の通っていない野菜を指摘出来ていれば、結果は多少違ったはずだ。
「まぁ、仕方ないね。 前回の勝負内容に偏りがあったのと、似たようなものだよ」
ミスティアの思いを余所に、妹紅はあっさりと切り替えてみせた。
「さてさて、おかみすちーの勝利って事はー……妹紅が屋台を手伝うんだよね?」
てゐが妹紅に擦り寄りつつ訊ねる。
何やら楽しくて仕方ない、といった風情の笑みを浮かべていた。
(何か碌でもない事企んだりしてるのかしら……)
災難だなぁ、と、他人事のような感想を胸に妹紅を見ていると、鈴仙が言葉を続ける、それはミスティアに向けてだった。
「姫様から、貴女が勝ったらお願いして欲しい事があると、伝言があるの」
「何?」
「姫様・お師匠様・私・てゐ・慧音の五名で貸切にさせて欲しい、と。 毎回とは言わないけれど、最初の一回目は是非お願い、ですって」
「ああ……やっぱそうなるのか……」
鈴仙の伝言を聞いた妹紅は頭を抱えた。
「里の人達を納得させておいてくれるなら、別に構わないわよ」
妹紅が困る様を見てみたい、と思ったミスティアは迷わず承諾した。
翌日の夜、竹林の妹紅宅前に屋台が二つ並んだ。
ミスティアの屋台だけでは五人も座るには狭い、それに妹紅も焼き鳥以外を提供するという事になっているため、こうするのが都合が良いという結論に至った。
「それでは、ミスティアの勝利にかんぱーい!」
輝夜が心底楽しそうにそう告げると、同席した各位と、酒をついだコップを打ち鳴らした。
このような言い方をしては、慧音が不機嫌になるのではないかと、ミスティアは気になったものの、当の慧音は少し困ったような笑いを浮かべつつも、コップを掲げる行為に参加している。
とはいえその内心はミスティアには想像出来ない、客として訪れた五名でただ一人、苦々しく思いながら参加しているのではないか、その上鬱屈とした思いを抱えていって、酒の勢いもあって、最後には怒って周囲と喧嘩でもしてしまうのではないか……心配に思い、訊ねてみる事にした。
「ねえ慧音、こんな風に言ってるけどいいの?」
「妹紅が負けたのは事実ですし、それに二人共、もう喧嘩をしていませんから大丈夫ですよ」
「そう、それならいいんだけど」
とりあえず参加している面々、加えて妹紅も、乱闘をするような事態は無さそうだ……一応は。
それを受けて、ミスティアは意識を切り替えた。
「それじゃ、みんな、妹紅が使われる様を肴にするのもいいけど、うちの八目鰻もちゃんと堪能していってね」
「そりゃ勿論、面白い事と、美味しい食べ物があってこそ、お酒は美味しいんだしね」
妹紅の様子を見る事を、一番楽しんでいそうな輝夜が真っ先に同意した。
「勝負の時に、手伝いのお礼にと頂きましたけど、美味しかったですよ。 お酒に合う味だと思います」
「それは楽しみね」
鈴仙の感想に永琳が笑みを返す。
すっかり気に入ってくれているらしい、こう言われるとミスティアとしても嬉しいものだ。
少し経って、各々酒を飲み、八目鰻を口にして……
「まずは二回の勝負で、お互い一勝ずつですね。 やってみてどうでした?」
ミスティアと妹紅の様子を見つつも、マイペースにしていた慧音が不意にそう訊ねてきた。
「まだなんとも言えないわねぇ、二回共、どっちかが不利な状態だったし」
「妹紅はどうです?」
「同じ意見だね。 これじゃあんた、すっきり出来てないんじゃない?」
「うーん……」
妹紅に問われてミスティアは考える。
確かに焼き鳥については、まだ良い結論に至っていないが……
「それでも、最初に怒鳴り込んだ時に比べれば、随分マシよ」
「そう? それはよかった」
そもそもは、とりあえず目についた新しい妹紅の屋台をやめさせる事……それしか考えていなかった。
それを「やめさせる」ように、直接働きかけると危険を招く可能性が高そうだ、と教えられ……
妹紅とはそれなりに納得のいく勝負で、穏便に、一時的とはいえ「やめさせる」事も出来る形に至り……
その勝負は里で行っている、これならミスティアの屋台の知名度も上がり、相対的に他の焼き鳥屋台のシェアを奪う事になり、「焼き鳥屋台撲滅のための八目鰻屋台」という目的が一歩前進したはずだ。
……結果として、最良でこそないが、かなり良い選択に至っているのではないだろうか……ミスティアはそう思った。
(あとはもう一つの問題……)
ミスティアは、作業に戻っている妹紅をちらりと見やった。
この状況になっても、妹紅は文句一つ言わずに真面目に補助役をしている。
それどころか、またも「すっきり出来てないんじゃない?」などと気遣われた。
最早、ミスティアにとって「藤原妹紅」という個人については、申し分のない印象なのが正直な感想となっている。
「……ねえ、慧音」
「どうされました?」
「妹紅の屋台って、生活費のためなんでしょ? やめてもらってうちで雇っちゃ駄目?」
ミスティアの言葉に、慧音は目を瞬かせた。
「おー? 愛人が旦那を奥さんから掻っ攫おうってーのかい?」
などと、てゐから妙な横槍が入る。
「誰が旦那だ」
「誰が奥さんですか」
息の合った言葉と共に、てゐの頭に妹紅と慧音の拳骨が落ちた。
「そうよ、何言ってんのてゐ、もこたんの妻はこの私よ」
既に出来上がっている……というよりも、悪ふざけに乗った、といった様子で輝夜が楽しそうに口を挟んだ。
「いやいくらなんでもそれは今でもまだぞっとするからやめてくれ頼むから」
妹紅は本当に寒気を覚えたように身を震わし、早口で懇願する。
「あともこたんってなんだ」
「可愛くていいあだ名じゃない?」
「なんか落ち着かない……」
「私じゃなく慧音が言ったら、似合いそうな気がするわね」
「え? 私が……ですか?」
輝夜とてゐがにやにやしながら慧音に詰め寄る。
「はい、そこまで」
輝夜とてゐに向けられ降ろされた永琳の拳が ごすっ と鈍い音を立てた。
「おぉぉぉぉぉ……夫婦パンチより痛いぃぃぃぃ……」
のた打ち回るてゐと、無言で頭を押さえてしゃがみこむ輝夜。
「ミスティアが慧音に質問したのに、邪魔してふざけてちゃ駄目でしょう?」
「大丈夫ですか? 姫様」
鈴仙が輝夜の隣にしゃがんだ。
ごほん、と、慧音が一つ咳払いした。
のた打ち回っていたてゐすら、ぴたりと動きを止めて、一同の視線が慧音へ集中する。
「貴女が妹紅と共に、屋台を切り盛りしたいと思って下さった事は、とても喜ばしいと思います。 ですが、私の一存でとはいきません。 妹紅の屋台は、里の人々の感謝の現れであると共に、既にその味を気に入って下さっている方もいらっしゃいます」
「折角貴女達のために、って用意したのに、始めてすぐやっぱりやめます、なんて事になっちゃ、用意してくれた里の連中もがっかりするでしょうねぇ」
頭の痛みなどないかのように、輝夜がしゃがんだまますらすらと付け加えた。
「ええ、しかし勝負の結果であれば、皆納得しているようですね。 里での大々的な宣伝もして頂きましたし、屋台で飲食しつつ自分達がその結果を担う、という点に楽しさもあるようです」
「そういえば、二回の勝負も特に妹紅に贔屓してる事もなさそうだったね」
審判役も務めたてゐの言、その点に間違いはないだろう。
妹紅は里で知られた屋台、それをやめさせようと勝負を仕掛けたミスティアの屋台、いわば敵地とも言える状況だったのだと、ミスティアは今になって気付いて冷や汗をかいた。
「……じゃあ、方法は一つしかないってわけね……」
妹紅や慧音個人が決めるわけにはいかないのであれば……
「勝負を挑んで、勝ち続ける!」
「おー、頼もしい、頑張れおかみすちー」
「おかみすちー?」
「女将、とミスティアをもじったあだ名」
おうむ返しする永琳に説明するてゐ。
「毎回そうやって説明しなきゃならないんなら、そのあだ名やめれば……?」
そう言いつつも、だんだん悪くないという気になってきたミスティアだった。
そうだ、勝ち続ければ、妹紅はその間屋台を出せない。 つまりは焼き鳥を作らない。
勝ち続ければ、問題無い。
そう結論付けたミスティアは、上機嫌に五名の注文に応えて八目鰻やおでん、酒を振る舞った。
しばらくして……
(あれ? てゐがいない……?)
手元に視線を落とした作業に区切りがついて、屋台を見渡すと、てゐの姿が見当たらなかった。
しかしすぐにどこからか戻ってきて席につく。
「どこいってたの?」
「鈴仙の友達の妹が来てたからね、ちょっと八目鰻をわけてあげながら話してきたんだ」
誰かが声をかけてきた様子はなかった、後ろを通った所を察知でもしたのだろうか。
「ふーん」
「里の者じゃないからね……あっちの事情はここと違うし、気を付けた方がいいよってねー」
「気を付ける? 何を?」
「ま、そのうち解るよ」
思わせぶりな事を言うてゐに、ミスティアは疑問符を浮かべるばかりだった。
妹紅との勝負へ士気を高めたミスティアだったが、その後すぐに、思わぬ形で妹紅の屋台は一時休業する事になる。
当初の目論見が叶ったとも言えるが、ミスティアの心中は晴れやかなものではなかった。
「……戻ってきてまた屋台出したら、覚悟しておきなさいよ。 絶対負かしてやって、うちの屋台で働かせてやるんだから!」
「って、伝えておいてくれる?」
「はいはい、気になってんならうちに来りゃいいのに、慧音と一緒に避難してきてるんだから……」
「藤原妹紅! 貴女に決闘を申し込むわ!」
夕方、人間の里にて。
屋台の開店準備を始めている妹紅、そこへミスティア・ローレライも自身の屋台を運んで来て、開口一番にそう告げた。
「決闘……ねぇ」
妹紅は準備の手を止めると、ゆっくり屋台から出てきて、おもむろに屈伸と腕のストレッチを行い……
「本気でやるの? それとも弾幕?」
右手に炎、左手にスペルカードを構えて質問する。
「いやこっちだって屋台引いて来てんだから空気読みなさいよ!」
蓬莱人相手にそんな決闘を持ちかけるなど、後者はともかく前者は自殺行為だ。
ミスティアの少々理不尽かつ必死の叫びに妹紅は炎を消し、カードをしまって、ミスティアの屋台を眺める。
「んー? ああ、売上勝負とか? そっか、あんたも屋台なんだから商売敵ってわけね」
「それだけじゃないわ、私の屋台は焼き鳥屋台撲滅という崇高な目的があるのよ!」
「え? 何それ」
「え? 言ってなかったっけ?」
ミスティアの屋台に妹紅が訪れた事もある。
そこからてっきり知っているものかと思っていたが……
「そっか、そういう事なんだったら悪かったね、商売敵の上に気に入らない商品ってんじゃ怒りもするか」
ぺこりと頭を下げる妹紅。
「あ、その……うん」
しおらしく詫びられるなどと考えてはいなかったため、ミスティアは戸惑ってしまった。
「でも、すまないけどだからって、店をたたむなんてわけにもいかないのよね。 これ、慧音のおかげでやれるようになったんだから」
それを聞いてミスティアは勢いを取り戻す。
「だから勝負なのよっ! 私が勝ったら否が応にも店をたたんでもらうわ!」
理不尽な言い分だ。 が、妹紅は即はねつける事もせずに腕を組んで考え出した。
「んー、まぁとりあえず勝負はしないと、あんたもすっきりしないでしょうね。 けどさ、売上勝負ってのはちょっとねぇ」
「ふふん、怖気づいたの?」
妹紅の屋台は開店して間もない、それに対してミスティアの屋台は一日の長がある。
提供できる食品の質はこちらが上だろうという自負が、ミスティアにはあった。
「いや、そっちが不利じゃないかなと」
「は?」
意外な言葉にミスティアは呆気にとられた。
次いで、その自信に怒りがこみ上げて来た所に妹紅の言葉が続く。
「うちはもらった助言からジュースを出したり、あと焼きおにぎりとか炒飯とか団子とかもあるし、酒呑み以外も食べて行けるように出来てるけどさ、そっちは八目鰻におでんに酒……あからさまに呑んべぇしか狙ってないでしょ?」
言われてみれば確かに、人気がどうとか味がどうとか、それ以前に受け入れられる客層の幅に差がある。
「ここで食べて行こうと思ってくれる人がこっちの方が多そう……って状況なんだから、売上勝負はちょっと条件が平等じゃないね。 どっちが勝つにせよ、納得出来る形じゃないとすっきりしないもの」
妹紅は既に勝負を受けるつもりで、しかもこちらの不利に気付いた上で、それを見過ごさなかったようだ。
「そ、そんな紳士的な事したって認めないわよ!」
「うん、だから勝負、でしょ? しかし困ったね、どうすれば同じ条件でって言えるかな……それに私が負けた時に、どうするかも折り合いをつけないといけない。 とりあえずさ、今日は並んで店開いて、明日にでも慧音に相談しない?」
勝負を挑まれているというのに、妹紅の提案はのんきなものだった。
「な、並んで出店だなんて!」
「いや、周り見てみなよ」
言われて辺りを見渡すと、騒ぎを聞きつけてか人だかりが出来ている。
「どっちか、もしかしたら両方を目当てに、食べに来てくれてる人もいるんだろうから、いつまでも揉めて待たせてちゃ悪いからね」
そう言われてはこれ以上文句を言うわけにもいかない、ミスティアは釈然としない気分を引きずりつつも店の準備を始めた。
しばらくの間は要求を投げつけていた余韻が尾を引いていたが、接客しているうちにミスティアはだんだんと冷静さを取り戻していった。
そして気付く、妹紅の言っていた通り客足に差がある。
勢いに任せて是が非でも売上勝負を、と押していれば今この場で既に決していた事だろう。
翌日の夕方頃、ミスティアと妹紅は寺子屋で合流した。
「おーい、慧音ー……今大丈夫?」
「あら? どうされました?」
妹紅からミスティアの要求が説明された。
「焼き鳥屋台撲滅、ですか……」
慧音は困った表情を浮かべた、しかしミスティアは譲るつもりはない。
「鳥達が食べられるのを見過ごせないのよ。 だから八目鰻屋台にたくさんお客さんが来るようにして、焼き鳥で商売なんか出来ないようにしようとしたの」
「気持ちは解ります。 私も里の人達を守ろうとした事だってありますから。 しかし、貴女のその主張は危険だと思いますよ……?」
「え?」
危険だとは、思いもよらぬ指摘だ。
鳥を食べる事を好む強い力を持った妖怪に因縁をつけられるとでも言うのだろうか……ミスティアはそう考えたものの、さしあたってそんな相手は思い浮かばない。
「同胞が食べられてしまうのが耐えられないから、相手を無理矢理止める……その主張が罷り通るのであれば、人間達が博麗の巫女などを戴いて、人を食べる妖怪を根絶やしにするという暴論もまた是となります。 貴女の場合は八目鰻屋台の商売によって淘汰する事を狙いとしていたようですが、このように直接かかわって潰そうとする手段を取ると、最悪の場合……貴女の目的に人間が煽られてしまうかもしれないとスキマ妖怪が危惧し、何らかの対策を取られかねません」
「え、ええー……?」
スキマ妖怪こと、八雲紫の強さは身をもって知っている。
過度に活動をすると大変な事になる……
それを受けてミスティアは混乱してしまった。
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「焼き鳥屋台撲滅という目的は有名なんですか?」
「どうなんだろ、私は屋台に食べに行った事あるけど知らなかったね」
「え、えーっと……」
慌てながらもミスティアは思い出す、この目的についてどう触れた事があったかを。
大っぴらに語った事があるのは天狗の取材を受けた時だ、更に思い返すと……結局その時くらい。
天狗の新聞とあれば人目にはつきやすく、それ故に周知の事実と勘違いしてしまった……恐らくそんな所だろうと結論付ける。
「一応新聞に載った事があるけど……多分、それ程知られてないと思うわ」
「そうですか……しかし、それなら彼女も知ってはいるでしょうね。 勝負をして勝ったら店をたためとまで言って、片っ端から勝負をしかけるのは恐らく……」
慧音は表情を曇らせる。 続ければ危ないのだと、濁しての沈黙が雄弁に語っていた。
「妹紅の他に対しても、屋台の存続をかけての勝負をしようとしていたのですか?」
「いえ、違うわ。 新しく屋台を始めたのを見かけて目についたからとりあえず、っていうだけ」
「でしたら、とりあえず妹紅とは雌雄を決さなければ……すっきりしないですよね?」
「まぁ……それはそうね」
慧音は少しの間考えてから口を開いた。
「店をたためという程の強硬な要求がよくないのですから、もう少し平和的に行きましょう。 貴女に妥協を強いる形ですが、諦めろというよりは多少は良いかと」
慧音による提案は……
お互いが納得した時に勝負開始が成立。
勝負を行うにあたり、設けるべき間隔は問わず、前回から今回の期間を、ミスティアが勝った場合の妹紅のペナルティ期間とする――初回はまず試す意味ももって一日だけ。
ペナルティ内容はミスティアの屋台での雑用係兼焼き鳥以外のメニューの提供、また、ある程度の給料を払う事。
「……というのはどうでしょう」
店をたたむ、という程ではないが、勝てばその間焼き鳥は出せないという事になる。
しかもそれ程の負担なく一人手伝いが増えるのだから、一石二鳥とも言えるかもしれない。
「うん、それならいいわ」
「そうですか、じゃあ次は勝負の内容ですね」
「あ、ちょっと待って。 私が負けたらどうすればいいの?」
勝負をしかけて熱くなっていたため、自分が負けるという点については一切考えていなかった。
しかし慧音のおかげで冷静になった今は、そこが気になった。
「そうですね……同様に妹紅の所で働く、というわけにもいきませんし……貴女は生活費のための屋台、ではないんですよね?」
「そうね、飽くまで目的は焼き鳥屋台撲滅だし」
それを聞いて慧音は表情を明るくする。
「では、貴女が負けた場合は妹紅の家でお世話をしてあげて下さい。 家の掃除や、食事を作ったり。 勿論食事に鶏肉を使えなどと言ったりはしませんし、避けて構いません」
「え? そんなのでいいの?」
こちらは店を畳めとまで言って勝負を仕掛けに来たというのに、随分と穏便だとミスティアは感じた。
「ええ、妹紅は放っておくと、とんでもない生活態度で過ごしてしまうので。 私がいつも行く事も出来ませんから、勝負の結果貴女が行ってくれるとなれば大助かりなんですよ」
「ふーん、解ったわ。 じゃあそれで」
「では、次に勝負の内容ですね」
次いで出された慧音による勝負の内容の提案、その内容は……
訪れたお客さんの人数の合計に対して、料理を「美味しい」と言ってもらえた回数、接客などに「有難う」と言ってもらえた回数などの割合。
新メニューを考案し、注文された数に対して、好意的な印象を得られた回数の割合。
その数字で勝敗を決める……客足の差があるという点を考慮したものだった。
「確かに、それならお客さんの数に差があっても比べられるわね」
「これらは飽くまで提案ですので、貴女達が考えてお互い納得するやり方があれば、他の内容で勝負するのも良いでしょう」
「うーん、すぐには思いつかないし、まずは提案してくれた……「美味しい」って言ってもらえた回数の割合で、勝負しようかな」
「解りました、妹紅もそれでいいですか?」
「ああ、構わないよ」
勝負は早速明日行う事になった。
ミスティアは慧音にお礼を言うと寺子屋を後にした。
妹紅が何か慧音に言いたそうにしていたので、その場に残って聞こうとするのも無粋と思って早めに出たという面もある。
「……絶対に勝ってやるんだから!」
ミスティアは空に向けて拳を突き出し、気合を入れた。
翌日の昼過ぎ頃……
勝負が始まるのはまだ後だが、ミスティアはなんとなく里を訪れていた。
ここの事は多少知っているし、下見が必要となるような勝負でもないのだが、勝負に向けて程よく熱くなった気持ちと時間を持て余しての事だ。
(そういえば勝負をする事を、ここの人達に知らせるんだっけ……?)
昨日の話の中では出ていなかった。
ミスティアは勝負をしているうちに、噂が広がって人が集まるだろうと考えていたが、昨日のやり取りではどうもミスティアが気付かない事を、妹紅と慧音両名共気付いて考えていた節がある。
この点もあの二人は想定していたのでは、と、ミスティアの脳裏によぎる……もしや帰り際に妹紅が何か言おうとしていたのはこの事だろうか……
(ん?)
足元で何か、かさっと紙を蹴ったような音がした。
拾い上げて見てみると……
「八目鰻屋台店主 ミスティア・ローレライと焼き鳥屋台店主 藤原妹紅の誇りをかけた戦い……?」
そんな人目をひくような言葉が使われて、昨日決まった勝負の内容と、今日行われる旨が記されている。
文章からすると天狗が作ったもののようであるが、印刷ではなく手書きで作られている。
つまり天狗の用意したものではないだろう。
(一体誰が……)
興味を持ったミスティアは、恐らくこれを配っている人物が作ったのだろうと想像して、里を歩き始めた。
「八目鰻と焼き鳥の勝負! これを逃しちゃみんな明日の話に乗っかれないよー!」
やがて、威勢のいい宣伝文句が聞こえてきた。
「……なんで貴女がこれを宣伝してんの?」
六十年周期の大結界異変の際に顔をあわせた事がある、記憶は危ういが相手が永遠亭のてゐであると、ミスティアは思い出した。
「お? 丁度いい、ちょっとここに立っててよ」
「え?」
ミスティアに気付いたてゐは挨拶もせずに、ミスティアを横に立たせて肩に触れ腕に触れ、立ち位置と姿勢を調整する。
「さー! こちらに現れましたは件の八目鰻の屋台店主ミスティア・ローレライだー! 妹紅の愛想は悪いが味の良い焼き鳥もいいもんだけど、このおかみすちーの八目鰻だって負けちゃいないよー!」
「お、おかみすちー?」
「女将と、ミスティアから取って「みすちー」」
「ああ、そういう……でもなんで急にそんな呼び方してんのよ」
てゐと親しくしているわけでもないのに、いきなり妙なあだ名(?)をつけられて戸惑うミスティア。
「だってあんた、妖怪相手に商売してばかりで、ここじゃ有名じゃないでしょ? 親しみを持ってもらわないとね」
言われてみれば人間相手というと、霊夢や魔理沙が来た事はあるが、里の人間となると印象が薄い。
「それもそうね、わざわざ有難う」
「私個人としては、あんたに勝ってもらった方が面白そうだと思うからね、応援してるよ」
「へ? そうなの?」
宣伝をしてくれて、しかも応援もしているという。
いや、そもそも何故この兎は勝負の件を知っているのか……
「貴女、どうしてこの勝負の事知ってるの?」
「ああ、慧音がうちに来て教えてくれたんだ。 で、うちの姫様が宣伝手伝ってやんよ、って具合に乗っかっちゃってねー……」
どうやら宣伝チラシは永遠亭製らしい。
「それって、手書きなんでしょ……?」
問いはしたが一目瞭然だ、てゐの持っているチラシは先程目にしたものと比べて、字の書かれ方が大分違う。
それでも問わずにいられなかったのは、持っているチラシがかなりの枚数だからだ。
「うん、私や鈴仙も含めて、うちの兎達総動員だよ」
「そ、それは悪かったわね、私のせいで……」
宣伝については全く意識していなかった、こんな大仰な事になっていたと知ってミスティアは萎縮してしまう。
「あー、構わないよ。 こっちだって結構楽しんでやってたんだしさ」
言って、てゐはチラシを受け取りに来る人の切れ目を狙って、パラパラとチラシをめくって何枚か取り出した。
「ほら、こんな具合に装飾書き込んで、誰のが一番、見た人に行こうって気にさせられるか……だなんて勝負したりね」
両名の名前の所に絵がついていたり、勝負開始が夜であるという記述に派手な線が引かれていたり、確かに書いた者が茶目っ気を見せてやったと伺える内容だ。
「どうしてそこまで……」
「姫様が言いだしちゃったらやるっきゃないもん。 ま、あんたは今晩やる勝負の事だけ考えてればいいよ」
ぽん、と、背中を叩かれる。
「……有難う」
この兎が来てくれたらサービスしないと……そう思いながらミスティアは里を後にした。
夜、里の一角にミスティアと妹紅が並んで屋台を設置した。
屋台の席のみでは数人程度しか応対出来ないため、周りに椅子やテーブルを配置している。
また、ミスティアと妹紅がそれぞれ屋台に専念出来るようにと……
「手伝いに来たよ。 と、言っても人数を数えるだけなんだけどね」
ミスティアの方にはてゐがついた。
「姫様から伝言よ。 負けたら屋台に食べに行って、大笑いしてやるから勝ちなさい……ですって」
そして妹紅には鈴仙。
「あー、それじゃ負けるわけにはいかないねぇ」
そう言いつつも妹紅の声音は軽い。
ミスティアは溢れんばかりの敵愾心で妹紅に勝負を挑んだというのに、当の妹紅の方は昨日もそうだが、ずっとこんな具合だ。
(私なんか敵じゃないとでも言うの……?)
眼中に無いと言われているような扱い、そう思いかけたが、それにしては今の発言と態度は妙だ。
苛立ちと不可解さの混じった感覚……しかし今はそれにとらわれている場合ではない。
「どうしたのさ、難しい顔しちゃって」
てゐの横槍が入った。
そうだ、この兎は何か知ってるのではないだろうか……そう思い、ミスティアは訊ねてみた。
「ああ、それね。 妹紅ってばなんか、あんまり怒らなくなったっていうか……まぁ、あんたの事なんとも思ってないってんじゃないし、この勝負をどうでもいいと思ってるわけでもないよ」
「? よく解らないわね」
「勝っても負けても、後で訊けるさ。 それよりも、来るお客さんに美味しいもの食べさせたげないとね」
なんとも思っていないわけではない、それは一昨日の事を思い返せばミスティアも納得出来た。
何せこちらの気付いていなかった不利を、敢えて指摘してきたのだから。
まだ納得出来てはいないが、とりあえずミスティアはてゐの言葉に従って準備を進めた。
始まって間もなく、ミスティアは勝負内容に後悔する羽目になった。
妹紅の屋台へは子供連れも多い。
「おとう、これおいしいね!」
「うん、おいしいなぁ」
……と、こんな具合に子供はよく褒める。
それに対してミスティア側は、主に大人がくだを巻きつつ飲み食いしている。
この寒いのに家の戸の立てつけがどうとか、信夫さんの調子がどうとか、磯野さんの店がどうとか……この勝負の趣旨を知っているのかどうか、首を傾げたくなるような者もいる有様だ。
時折誰かが幾分かわざとらしく「おいしい」と言うと、周りからも思い出したように料理をほめる声があがっていたものの……
「勝者妹紅ー」
規定時刻になって、てゐと鈴仙が来客数・ほめた人数の割合を出すと妹紅の勝利だった。
「うぐぐ……」
客足の差を意識するだけでは足りなかったと言えよう。
しかしだからと言って、慧音や妹紅を責める事は出来ない。
ミスティア自身気付いていなかったのだから。
「まぁ、その、残念だったね。 次はもっときちんと考えた内容で行こうか」
「え?」
こちらが再戦を口にする前に、妹紅の方から「次」と言葉が出て、ミスティアはきょとんとした表情を浮かべる。
「ん? いや、ほら、今日の展開じゃすっきりなんて出来ないでしょうしね。 近いうちにまたやるでしょ?」
「と、当然よ! 明後日すぐにだって!」
「うん、じゃあ……まず片づけようか。 今話してたら片づけるの面倒になっちゃうし」
その日は屋台を片付けて解散となり、翌朝……
ミスティアはまず里を訪ね、慧音と合流した。
一応、妹紅の家への道のりは昨日のうちに教えてもらっているが、それでも迷わないとは限らないという事で、確実を期すため慧音が連れて行く事になっていた。
「おはようございます、昨日は残念でしたね」
……本当に気付いていなかったのだろうか、ミスティアの胸の内に疑心がよぎる。
「……負けちゃったものは仕方ないわ、約束通り妹紅の面倒を見てあげる」
約束は約束だ、ペナルティはきちんとこなす。
口にしたのは疑心を打ち消そうとしてでもあった、心に浮かべたままでは苛立ちが起こりそうと思っての事だ。
「ありがとうございます」
慧音はお礼を言って頭を下げる。
それを見てふと思った。
「ねぇ、私が妹紅の所に行ってなんかあるとは思わない?」
「何か、ですか?」
「ええ、だって焼き鳥屋台やめろーって言ってたのに負けちゃって、こうなったら実力行使! ……は、流石に一昨日の話があるからやらないとしても、何か妹紅に嫌がらせしそうだとか、思わない?」
そう聞いて慧音は、表情を曇らせるどころか笑みを浮かべる。
「もし何かしたら……酷い目に遭いますよ?」
(目が……笑ってない!?)
酷い目に遭うと言うが、妹紅の仕返しで、ではなく慧音に何かされるのではないか……そんな気がしたが、追及するのも恐ろしく、ミスティアはこの話には触れない事にした。
「重大な事であれば、今言った通りですが……軽い悪戯程度では、妹紅はものともしないと思いますよ? 例えば落とし穴にはめられても、表情一つ変えずに穴から出てきますし」
落とし穴は「軽い悪戯」だろうか?
「解ったわ、何もしないから安心して」
「それがいいですね」
再び慧音は笑みを浮かべる、今度はちゃんと笑っていた。
妹紅の家に到着すると……
「お、いらっしゃい。 早速だけどさ、あの後考えたんだ。 あんたんとこ、炒飯作ってみない?」
「は?」
戸を開けて妹紅は出迎えつつも、いきなり提案をしてきた。
しかも何やら嬉しそうとも楽しそうとも取れる、やたらと前向きな表情で。
「八目鰻の切れ端とか使ってさ。 まぁうちんとこのと同じ発想になっちゃうけど、毛色の違うものが増えればお客さんも……」
「妹紅、まずはミスティアを家にあげましょう?」
慧音の声音はやや不機嫌そうだと、ミスティアにも解った。
(よくわかんないけど、この人怒らせない方がいいんじゃないの……?)
先程の恐ろしさを覚えるような笑みを思い返し、ミスティアは思わず妹紅を心配してしまう。
「おっと、そうだった、すまない。 じゃ、二人共あが……って、慧音は時間大丈夫なの?」
「ええ、掃除や食事をと話してはいますが、その実例を見て頂こうと思っていましたので」
そう言うと、慧音はさっさと家の中に入っていってしまった。
「……? あんた、なんか慧音怒らせでもしたの?」
「ついさっき、私が貴女に悪戯とかするんじゃないかって思わない? って訊いたら、ちょっと怒りかけたみたいにはなったけど、その後はごく普通だったから……私のせいじゃないと思うわよ?」
そう口にしてみると、ミスティアには慧音の不機嫌の理由は想像もつかないと再確認になった。
「えー? ……なんかまずい事したかな……?」
これから説明を受けるらしいというのに、とばっちりを受けなければいいが……
しかしその心配は杞憂に終わった。
まず初めに台所で料理についての話をしたが、その時にはもう慧音は不機嫌さを打ち消したように見えた――少なくともミスティアには。
「説明は以上です。 何か質問はありますか?」
調理器具の置かれている場所や、食材の購入は妹紅からお金をもらう事等、一通りの説明が終わった。
「うーん、ちょっと関係ない話なんだけど……家は大分年季入ってるみたいなのに、道具がやけに新しくない?」
古くなったから変えた、とも思いにくかった。
何故なら一つ二つではなく、殆どが使われだして間もないとしか見えなかったからだ。
ミスティアも屋台歴はそれ程長いとは言い難いが、それよりももっと近い時期……それどころか最近まとめて用意された……そのように感じた。
「妹紅は料理らしい料理をしていませんでしたから、屋台を始めるまでは」
「ふーん、よっぽど急いだのね……私はその準備をしてたなんて、全く知らなかったくらいだし」
「ふふ、一週間で開店に漕ぎ着けましたからね」
「……気付かないはずだわ」
「料理らしい料理をしていなかった」者が「一週間で屋台を始めるようになった」という点は非常に不可解だったが、あまり追求すると、ミスティアにもある料理人としての心がへし折れそうな気がして、敢えて問わない事にした。
一通り、実演して見せつつの説明を終えると、慧音は妹紅の家を後にした。
話す所ではない状態で、手持無沙汰そうにしていた妹紅は、隅っこの方で壁に背を預けて腕組みし目を閉じていた。
(……寝てる?)
「ん? 終わったの?」
寝ていたわけではないようだ。
「うん、慧音は帰ったわよ」
「そっか」
先程の話をするのかと思えば、妹紅はまた目を閉じてしまった。
「……何してるの?」
話しかけて邪魔をするのも悪い、という気持ちもあったが、それ以上に興味が勝った。
「ああ……あんたに言っていいもんかな……? 昨日の屋台での事を思い出して、もっと良いやり方がないか、直すべき所がないか、考えてるんだ」
「……焼き鳥の?」
妹紅が屋台を思い出しているのだから、言わずもがなの事だ。
「うん、一応店は出してるとはいっても、私の腕はまだまだだからね」
より良い品質での提供に向けての努力……これが焼き鳥でさえなければ、ミスティアも素直に感心出来たのだが。
「随分と熱心なのね」
褒めるような言葉を口にしたが、胸中は複雑だ。
「あいつらの命をもらってるわけだから、無駄にはしたくないもの」
「あいつら?」
「鶏」
妹紅の思いはミスティアにとっては意外だった。
焼き鳥屋台という商売のための存在であり、そこに特別な意識があろうなどとは全く思っていなかったのだ。
「……なんだか知り合いみたいな言い方ね」
戸惑いながらも口にした言葉、何を言っているんだとミスティアは胸中で自身に毒づく。
「知り合いじゃないけど、まぁ……もしかしたら顔合わせた奴もいるのかもね、里で養鶏やってる人のとこに買いに行ってんだし」
「……それで、あんたはその鶏を見て、何か思う事はあるの?」
「鶏肉として買って、その時に心の中で「有難う」と言うようにはしてるね。 ああ、そうだ、あんたとしてはどう思う? これ」
「え? どうって?」
問い返されるとは思わなかったため、その意味にとっさに気付けず、ミスティアはおうむ返ししてしまった。
「鶏達自身が食われるために殺されるなんて、当然望みゃしないでしょ? だから結局の所、お礼を言ってみたり、無駄にしないようにと心がけたりしたって、そんなのはただの自己満足だ。 あんたは鶏に親身になってるから、こんな事言ってる私の事を、鶏側に近い感覚で見られるんじゃないかなとね」
「……そりゃ、なんとも思ってないのに比べりゃマシよ。 だからって、認めはしないけど」
「そうか……」
短くそう言うと、妹紅は屋台での行動を思い出す練習に戻った。
何か言おうにも、この話の後では言いづらく、ミスティアは居た堪れなくなって家の外へ出てしまった。
しかし妹紅の面倒を見る約束があるため、その場を離れる事はせず、少し散歩程度に周囲をうろつく程度と決めた。
妹紅の練習とやらが、どれだけ続くものかは解らないが、頻繁に様子を見に戻ればいいだろうと結論付け……
歩き出そうとした所で、背後から草を蹴ったような、がさっという音が聞こえた。
(……? 誰か隠れてる?)
歌で惑わして逃げられないように……は、まずい、ここでは屋内の妹紅に影響がある。
彼女への心証からすれば、ちょっと巻き込む程度なら、むしろやってしまいたいとも思ったが、妙に穏やかな妹紅とて怒るかもしれないし、後で慧音から酷い目に遭わされかねない……しかもそのリスクを負って、相手が妖怪で効果なし、では目も当てられない。
ミスティアは普通に家の周りを一周してみた。
(誰もいない……?)
と、思いきや、再びがさっと音がし、そして一周……やはり誰もいない。
気のせいだろうかとミスティアが考えた所で……
「何やってんの?」
「見つかったッ!?」
家の裏手側で妹紅とてゐの声がした。
「姫様に言われてね、あんた達が喧嘩でもしてないか見て来いって」
家にあがって、てゐはまずそう話した。
「喧嘩なんてしないわよ」
ミスティアはすぐに否定するが、後に続けようとした「慧音に酷い目に遭わされるかもしれないし」という言葉は飲み込んだ。
「うん、心配は要らないよ。 わざわざ済まないね」
「いやいや、これはこれで楽しそうだしいいってー。 ひとっ走り紅魔館まで行って、メイド服でも借りて来ようか?」
服を着る事自体は何ら問題ないが、主と従者のように振る舞わなければならなくなるとしたら、流石にそれは面白くない。
余計な事を、と、ミスティアはてゐを睨んだが……
「いや、別にそんなの用意しなくても、普段通りでいいでしょ。 それにあんただって、あそこまで行ってくるってのは、楽しむためとは言っても面倒じゃないの?」
「む、そうだね、命拾いしたねおかみすちー」
妙なあだ名はあの場だけでは終わらなかったらしい。
「おかみすちー?」
「女将、とミスティアをもじったあだ名」
「里の人間に親しみをもってもらわないと、って言ってたけど、ここでまだそう呼ぶだなんて、あんた私と仲良くしたいの?」
妹紅が受け入れれば、それなりの屈辱を味わっていただろう提案をした事は、ミスティアにとってはマイナスだ。
「んー? そうだねぇ、これからあんた達面白くなりそうだし、近くでお付き合いしていきたい所だね」
「それなら、私が嫌な事は提案したりしないでよ」
それを聞いて、てゐはニヤっと笑う。
「メイド服着るの恥ずかしいって?」
「そうじゃないわよ、焼き鳥を作る奴に「ご主人様」ってしたくないだけ」
「妹紅の事は嫌い?」
ミスティアは返す言葉に詰まった。
少し考えて、結論を出す。
「……嫌いじゃ、ないわ。 うん、敵愾心を見せた私を気遣いすらしてたんだから、いい奴だと思う。 でも焼き鳥は認めないわよ!」
屋台で出しているのが焼き鳥でさえなければ……ミスティアはまたもそう考えた。
そもそも妹紅が焼き鳥屋台でなければ、妹紅と接点がなかったであろう事には気付かずに。
「いい奴だってさ、良かったね妹紅」
妹紅の肩に手を置いて、てゐはそう言った。
その後、妹紅に昼食を作り、里から永遠亭へ用がある者の案内の間留守番し、夕飯を作り……
「今日は屋台出さないの?」
夜、妹紅は出かける素振りを見せなかった。
「ああ、そのつもり。 あんたと話でもしようかと思って」
「私と話……? 何を話そうっての?」
「いや、焼き鳥は認めないって怒ってるからさ……今私が屋台出したら、ここで一人で怒りっぱなしでいなきゃならなくなるでしょ?」
確かに、勝負に負けて妹紅の世話を、という事になっている以上は、先程と同様に留守番をしなければならない。
そして妹紅が屋台で焼き鳥を、と思えば苛立ちを抱えたまま、ここでただ待つばかりとなる。
「……貴女、なんでそんな気を遣ってんの?」
「……自分の事を話すのは好きじゃないけど、そうも言ってられないか……」
妹紅はそう言うと、腕組みをして少し考えてから言葉を続けた。
「勝負の時に永遠亭のてゐと鈴仙が手伝ってくれてたでしょ? あいつらの言ってた「姫」永遠亭の輝夜と私は、長い間喧嘩してたんだ」
「どれくらい?」
「どれくらいだっけなぁ、二百年? いや、もっとだったか……ああ、多分三百年くらいだ」
「ず、随分とスケールの長い喧嘩ね、流石は蓬莱人……」
ミスティアも知る連中の一部を、産まれてすらいない頃と表現出来る程だ。
一口に「喧嘩」と片づける範疇ではないとしか思えなかった。
「それも含めて私って、後悔か怒りか憎しみか……その三つのどれかに捕らわれて生きてた事しかなかったんだよ、最近まで」
「解決したの?」
「うん、慧音のおかげで輝夜との喧嘩をやめられたんだ。 そうなって初めて気付いたよ。 私にとって当たり前だった、怒りや憎しみを何かに向け続けて生きる事って、凄く辛そうに見えるものなんだね」
「……」
怒りを向けて、という点は妹紅に対して、焼き鳥屋台をやめろと言った、ミスティア自身にも当てはまる。
「そうやって落ち着いて見られるようになって、怒りにくくなったみたいだね、慧音やてゐに指摘されたよ。 それと、怒ってる人を見ると、なんで怒ってるんだろうって……どうすればすっきり出来るんだろうって、考えるようになった」
「それで、私の事で色々と気が付いていたのね」
つまり妹紅は、ミスティアから怒りを向けられても、最初から全く反発せずに、むしろミスティアの事を心配していたという事になる。
そう思うと、ミスティアの胸のうちに少し罪悪感がよぎった。
「そういう事。 だけど、今回は難しいね。 屋台は慧音のおかげだから、こればかりは私も譲る気はないし……」
それを聞いて、ミスティアはあっさり前言撤回し、やはり焼き鳥は認めたくないと思い出す。
しかし……
「なんだかよく解らなくなっちゃったわ」
「何が?」
「焼き鳥を出してるのは嫌、だけど、あんたいい奴なんだもん。 怒るに怒れない、でも、焼き鳥は嫌……で、頭の中でぐるぐる回っちゃってるわ」
「そっか、何かお互いに丁度良い妥協を見つけないとね」
妹紅が気にかけてくれた以上、こちらも何か譲らねばならないだろうか……ミスティアにそんな気持ちが沸き起こった。
「……ところで、さっき私が来た時に、炒飯がどうとかって言ってたのは?」
ミスティアは話題の転換を試み、結局詳しく訊けずじまいだったそれを訊ねる。
妹紅は忘れてしまっていたのか、少しばつが悪そうに頭を掻いて答えた。
「ああ、ほら、呑んべぇってひとしきり呑んだ後に、最後にお腹に溜まるものを食べたがったりするじゃない? だからあんたのとこで出せば、結構いい線行くんじゃないかなーって気がしてさ」
「そういうもんなの?」
「うん、うちのとこでは酒呑みは結構、最後に注文してたりするね。 あと炒飯って気分でもない人は、うちで飲み食いした後に、あそこの屋台で締めどうですかー、なんて言って出てく人なんかもいるよ」
ミスティアの場合、主な客層が妖怪相手でやっていたせいか、あまりそういう場面を見た記憶がない。
妹紅との勝負は里で、人間に対して行っているのだから、この点に関しては主に里で屋台を開いている、妹紅の言う事の方が実情を捉えているはずだ、と、ミスティアは感じた。
「じゃあ、採用させてもらおうかしら」
「そうすると、次の勝負は新メニュー対決だね。 うちのはどうしようか……」
妹紅は腕組して……考え始めたのかと思いきや、じっとこちらを見ている。
「何?」
「いや、そっちのは私が考えたんだし、うちのもそっちに考えてもらわないと、公平じゃないかも? って思って」
言われてみれば、と、ミスティアは納得したものの、それでも公平ではないとは感じていなかった。 手を横に振って妹紅に答える。
「大丈夫でしょ、貴女はちゃんと考えて言ってくれたんだし、もしこれで結果が良くなかったとしても、あんたのせいだ! なんて言ったりはしないわ」
「そうか……」
妹紅は安心したように表情を緩めた。
「まぁ、なんか考えてくれっていうなら……」
言いながらミスティアは少し考えようとして……
「……悪いけど、そっちは自分で考えてくれる?」
焼き鳥屋台である、という事実から、どうしても焼き鳥がちらつく。
「うん、わかった。 ……あ、そうそう、言い忘れてたけど……炒飯にするんなら、とりあえずうちのカセットコンロ使いなよ。 私は火の術が使えるからなくても大丈夫だし」
そして翌日の夜、早速再戦が行われた。
ミスティアの方は妹紅の提案による炒飯、それに対して妹紅が何を出すのかを、ミスティアは知らない。
鶏肉を用いた何かを作るだろう、そう予想され、そうであれば少なからず嫌な思いに捕らわれる。
そうなるのは避けておきたかった。
幸いにもというべきか、今回の勝負はてゐから、すぐ隣でやっていては、勝負の行方が想像出来てしまって面白くないだろう、という提案により少しだけ離れているため、敢えて近づこうとさえしなければ知らずに済む。
「今回は私が手伝うわ、よろしくね」
またもカウント役に駆り出されたらしいてゐと鈴仙。
今回はミスティア側に鈴仙がついた。
「ええ、よろしく」
てゐと同じく鈴仙とも、大結界異変の際に会った事がある。
だが普段の交流はなく……
「……」
「……」
やたらと馴れ馴れしいてゐと違って、あまりしゃべらないらしい。
(な、なんか気まずいわ……)
てゐがついていた事が比較対象になってしまうため、尚更だった。
「えーっと、悪いわね、私達の勝負に付き合ってもらっちゃって」
「別に……姫様にやらされるのは、もっと大変な事ばかりだし、これくらいなら大丈夫よ」
……どこか冷たいように感じる。
勝負に意識が向いていたため、妹紅と鈴仙の間柄に注意を払わないでいたミスティアは、鈴仙が妹紅の方ではどのような態度だったのだろうと考え、そこで閃いた。
炒飯の準備をしつつ、八目鰻の蒲焼を用意すると鈴仙に手渡す。
「え?」
戸惑いの表情を浮かべる鈴仙に、ミスティアは笑みを浮かべて言った。
「お礼も兼ねてサービスよ、うちの八目鰻を味わってみて」
まじまじと八目鰻を見つめる鈴仙、やがて意を決したようにぱくりと口にする。
「……へぇ、普通の鰻よりも歯ごたえがあって……滋養のありそうな味ね、うな重みたいにご飯と、は相性がよくなさそう……お酒と一緒に食べるのも頷けるわ」
「気に入ってくれたかしら?」
問いかける言葉でこそあるが、鈴仙の反応から確信を持ったミスティアは胸を張った。
「ええ、どんなものかって不安だったけど、美味しい……」
「それはよかったわ」
功を奏したらしく、鈴仙の態度は少し軟化したように見え、作業を続けていると今度は鈴仙から声がかかった。
「貴女は妹紅を嫌っているの?」
てゐにも訊かれた事だが、その答えを鈴仙は聞いていないらしい。
「嫌いじゃないわ。 ただ、焼き鳥が嫌なだけ」
てゐへの答えと違い、今度は即答する。
「……そっちはどうなの?」
案外仲が良くて、談笑していたりしたのだろうか。
ミスティアはそう考えたものの、この鈴仙がにこやかに話している様は、いまいち想像し辛かった。
「私は嫌いだった……けど、最近はそうでもないわね……」
「へえ、どうして?」
認識を改める出来事があったのなら、聞かせてもらえば、自分の事にも役立てられるかもしれない……そう思ってミスティアは問いかける。
「姫様との関係は知ってる?」
輝夜と喧嘩をしていたという件か、ミスティアは頷いた。
「お互いに死なないって言っても、殺し合いだなんて……だから苦々しく思ってたのよ、お師匠様やてゐは気にしてなさそうに見えたし……」
「ああ、蓬莱人だから死なない、って……それにしても殺し合い、ねぇ……近くで見てたら気が休まらないでしょうね……」
妹紅からは喧嘩としか聞いていなかったため、物騒な字面にミスティアは驚いたものの、二人が蓬莱人である事を思い出して、取り乱すには至らなかった。
「それがこの間、焼き鳥屋台出店の挨拶に来てから、二人ともそんな事なかったみたいになっちゃって」
「慧音のおかげで喧嘩をやめられた、って言ってたわね……」
「そう、やめるようにと諭されたから、殺し合いはやめようって妹紅が姫様に言ったの。 その後、挨拶に来た時に何か話したんでしょうね……私とてゐはその場に居なかったけど、あの後から姫様がやけに妹紅に気を許してるみたいで」
(なんだか妹紅が一方的に怒ってたようにも聞こえるわね……)
聞いた話からすると、以前の妹紅は怒ってばかりいたらしい、恐らくその通りなのだろう。
「姫様がそんなだから、私やてゐも頻繁に妹紅の所に行かされるようになったんだけど……姫様を殺す程憎んでた奴だなんて思えない、ってくらいに人柄が丸くなっちゃってて、盛んに気遣ってるし、すっかりいい奴、って感じなのよ……まだ二人が顔を合わせると、ちょっと喧嘩腰になる事もあるけど」
どうやらミスティア自身の場合と似たような流れで、毒気を抜かれてしまったようだ。
「成程ねぇ……そっちはいいわねぇ、一番大事な部分がなんとかなってて」
「どういう事?」
「私も妹紅がいい奴だ、とは思ってるんだけど……私の場合気に入らないのは焼き鳥屋台で、それについては、慧音のおかげで出来るようになったから、やめるつもりはないって」
「それは……妹紅はあの先生に頭があがらないみたいだし、難しそうね……」
それが難点だ、と、ミスティアは思う。
しかし不意に気付いた。
慧音のおかげで出来るようになった屋台、だからやめるつもりはない、そこを譲りはしないとしても、慧音に相談して代案を出してもらう事は出来ないだろうか、と。
勝負の最中に、ミスティアの屋台の方へも妹紅側の噂が届いた。
何か手ひどい失敗をやらかしたらしい。
鶏の命を無駄にしたくないなどと言っていたが、一体どうしたのだろう。
気になったが、ミスティアは必死で目の前の勝負に専念した。
その甲斐もあって……
「勝者、ミスティアー」
てゐの腕にひかれて、ミスティアの拳が高々と天に向けられた。
「なんか……そっち酷い事になってたって、お客さんが言ってたんだけど……一体何があったの?」
「あー……えっと……」
ミスティアに大仰な事を言った後で気まずいのか、妹紅は口ごもってしまう。
「具入りの焼きおにぎりをやってみたんだけど、肉は生焼け、葱は辛い、おまけになんで団子入れてんの、って具合のボロボロっぷりだったよー」
散々なその内容を、いかにも楽しそうにてゐが説明した。
「なまじ慣れてきたせいで、出来る気になって練習せずに、そのままやっちゃったのが駄目だったね。 慧音もいなかったし、あんたに試食してもらうわけにもいかなかったし」
そう聞いて、ミスティアは避けずに付き合っていればよかったか、と思いがよぎった。
勿論焼き鳥を用いたメニューに付き合うつもりはないが、妹紅ならば思いついてもその類は避けて、別のものを入れた焼きおにぎりを出していた事だろうし、火の通っていない野菜を指摘出来ていれば、結果は多少違ったはずだ。
「まぁ、仕方ないね。 前回の勝負内容に偏りがあったのと、似たようなものだよ」
ミスティアの思いを余所に、妹紅はあっさりと切り替えてみせた。
「さてさて、おかみすちーの勝利って事はー……妹紅が屋台を手伝うんだよね?」
てゐが妹紅に擦り寄りつつ訊ねる。
何やら楽しくて仕方ない、といった風情の笑みを浮かべていた。
(何か碌でもない事企んだりしてるのかしら……)
災難だなぁ、と、他人事のような感想を胸に妹紅を見ていると、鈴仙が言葉を続ける、それはミスティアに向けてだった。
「姫様から、貴女が勝ったらお願いして欲しい事があると、伝言があるの」
「何?」
「姫様・お師匠様・私・てゐ・慧音の五名で貸切にさせて欲しい、と。 毎回とは言わないけれど、最初の一回目は是非お願い、ですって」
「ああ……やっぱそうなるのか……」
鈴仙の伝言を聞いた妹紅は頭を抱えた。
「里の人達を納得させておいてくれるなら、別に構わないわよ」
妹紅が困る様を見てみたい、と思ったミスティアは迷わず承諾した。
翌日の夜、竹林の妹紅宅前に屋台が二つ並んだ。
ミスティアの屋台だけでは五人も座るには狭い、それに妹紅も焼き鳥以外を提供するという事になっているため、こうするのが都合が良いという結論に至った。
「それでは、ミスティアの勝利にかんぱーい!」
輝夜が心底楽しそうにそう告げると、同席した各位と、酒をついだコップを打ち鳴らした。
このような言い方をしては、慧音が不機嫌になるのではないかと、ミスティアは気になったものの、当の慧音は少し困ったような笑いを浮かべつつも、コップを掲げる行為に参加している。
とはいえその内心はミスティアには想像出来ない、客として訪れた五名でただ一人、苦々しく思いながら参加しているのではないか、その上鬱屈とした思いを抱えていって、酒の勢いもあって、最後には怒って周囲と喧嘩でもしてしまうのではないか……心配に思い、訊ねてみる事にした。
「ねえ慧音、こんな風に言ってるけどいいの?」
「妹紅が負けたのは事実ですし、それに二人共、もう喧嘩をしていませんから大丈夫ですよ」
「そう、それならいいんだけど」
とりあえず参加している面々、加えて妹紅も、乱闘をするような事態は無さそうだ……一応は。
それを受けて、ミスティアは意識を切り替えた。
「それじゃ、みんな、妹紅が使われる様を肴にするのもいいけど、うちの八目鰻もちゃんと堪能していってね」
「そりゃ勿論、面白い事と、美味しい食べ物があってこそ、お酒は美味しいんだしね」
妹紅の様子を見る事を、一番楽しんでいそうな輝夜が真っ先に同意した。
「勝負の時に、手伝いのお礼にと頂きましたけど、美味しかったですよ。 お酒に合う味だと思います」
「それは楽しみね」
鈴仙の感想に永琳が笑みを返す。
すっかり気に入ってくれているらしい、こう言われるとミスティアとしても嬉しいものだ。
少し経って、各々酒を飲み、八目鰻を口にして……
「まずは二回の勝負で、お互い一勝ずつですね。 やってみてどうでした?」
ミスティアと妹紅の様子を見つつも、マイペースにしていた慧音が不意にそう訊ねてきた。
「まだなんとも言えないわねぇ、二回共、どっちかが不利な状態だったし」
「妹紅はどうです?」
「同じ意見だね。 これじゃあんた、すっきり出来てないんじゃない?」
「うーん……」
妹紅に問われてミスティアは考える。
確かに焼き鳥については、まだ良い結論に至っていないが……
「それでも、最初に怒鳴り込んだ時に比べれば、随分マシよ」
「そう? それはよかった」
そもそもは、とりあえず目についた新しい妹紅の屋台をやめさせる事……それしか考えていなかった。
それを「やめさせる」ように、直接働きかけると危険を招く可能性が高そうだ、と教えられ……
妹紅とはそれなりに納得のいく勝負で、穏便に、一時的とはいえ「やめさせる」事も出来る形に至り……
その勝負は里で行っている、これならミスティアの屋台の知名度も上がり、相対的に他の焼き鳥屋台のシェアを奪う事になり、「焼き鳥屋台撲滅のための八目鰻屋台」という目的が一歩前進したはずだ。
……結果として、最良でこそないが、かなり良い選択に至っているのではないだろうか……ミスティアはそう思った。
(あとはもう一つの問題……)
ミスティアは、作業に戻っている妹紅をちらりと見やった。
この状況になっても、妹紅は文句一つ言わずに真面目に補助役をしている。
それどころか、またも「すっきり出来てないんじゃない?」などと気遣われた。
最早、ミスティアにとって「藤原妹紅」という個人については、申し分のない印象なのが正直な感想となっている。
「……ねえ、慧音」
「どうされました?」
「妹紅の屋台って、生活費のためなんでしょ? やめてもらってうちで雇っちゃ駄目?」
ミスティアの言葉に、慧音は目を瞬かせた。
「おー? 愛人が旦那を奥さんから掻っ攫おうってーのかい?」
などと、てゐから妙な横槍が入る。
「誰が旦那だ」
「誰が奥さんですか」
息の合った言葉と共に、てゐの頭に妹紅と慧音の拳骨が落ちた。
「そうよ、何言ってんのてゐ、もこたんの妻はこの私よ」
既に出来上がっている……というよりも、悪ふざけに乗った、といった様子で輝夜が楽しそうに口を挟んだ。
「いやいくらなんでもそれは今でもまだぞっとするからやめてくれ頼むから」
妹紅は本当に寒気を覚えたように身を震わし、早口で懇願する。
「あともこたんってなんだ」
「可愛くていいあだ名じゃない?」
「なんか落ち着かない……」
「私じゃなく慧音が言ったら、似合いそうな気がするわね」
「え? 私が……ですか?」
輝夜とてゐがにやにやしながら慧音に詰め寄る。
「はい、そこまで」
輝夜とてゐに向けられ降ろされた永琳の拳が ごすっ と鈍い音を立てた。
「おぉぉぉぉぉ……夫婦パンチより痛いぃぃぃぃ……」
のた打ち回るてゐと、無言で頭を押さえてしゃがみこむ輝夜。
「ミスティアが慧音に質問したのに、邪魔してふざけてちゃ駄目でしょう?」
「大丈夫ですか? 姫様」
鈴仙が輝夜の隣にしゃがんだ。
ごほん、と、慧音が一つ咳払いした。
のた打ち回っていたてゐすら、ぴたりと動きを止めて、一同の視線が慧音へ集中する。
「貴女が妹紅と共に、屋台を切り盛りしたいと思って下さった事は、とても喜ばしいと思います。 ですが、私の一存でとはいきません。 妹紅の屋台は、里の人々の感謝の現れであると共に、既にその味を気に入って下さっている方もいらっしゃいます」
「折角貴女達のために、って用意したのに、始めてすぐやっぱりやめます、なんて事になっちゃ、用意してくれた里の連中もがっかりするでしょうねぇ」
頭の痛みなどないかのように、輝夜がしゃがんだまますらすらと付け加えた。
「ええ、しかし勝負の結果であれば、皆納得しているようですね。 里での大々的な宣伝もして頂きましたし、屋台で飲食しつつ自分達がその結果を担う、という点に楽しさもあるようです」
「そういえば、二回の勝負も特に妹紅に贔屓してる事もなさそうだったね」
審判役も務めたてゐの言、その点に間違いはないだろう。
妹紅は里で知られた屋台、それをやめさせようと勝負を仕掛けたミスティアの屋台、いわば敵地とも言える状況だったのだと、ミスティアは今になって気付いて冷や汗をかいた。
「……じゃあ、方法は一つしかないってわけね……」
妹紅や慧音個人が決めるわけにはいかないのであれば……
「勝負を挑んで、勝ち続ける!」
「おー、頼もしい、頑張れおかみすちー」
「おかみすちー?」
「女将、とミスティアをもじったあだ名」
おうむ返しする永琳に説明するてゐ。
「毎回そうやって説明しなきゃならないんなら、そのあだ名やめれば……?」
そう言いつつも、だんだん悪くないという気になってきたミスティアだった。
そうだ、勝ち続ければ、妹紅はその間屋台を出せない。 つまりは焼き鳥を作らない。
勝ち続ければ、問題無い。
そう結論付けたミスティアは、上機嫌に五名の注文に応えて八目鰻やおでん、酒を振る舞った。
しばらくして……
(あれ? てゐがいない……?)
手元に視線を落とした作業に区切りがついて、屋台を見渡すと、てゐの姿が見当たらなかった。
しかしすぐにどこからか戻ってきて席につく。
「どこいってたの?」
「鈴仙の友達の妹が来てたからね、ちょっと八目鰻をわけてあげながら話してきたんだ」
誰かが声をかけてきた様子はなかった、後ろを通った所を察知でもしたのだろうか。
「ふーん」
「里の者じゃないからね……あっちの事情はここと違うし、気を付けた方がいいよってねー」
「気を付ける? 何を?」
「ま、そのうち解るよ」
思わせぶりな事を言うてゐに、ミスティアは疑問符を浮かべるばかりだった。
妹紅との勝負へ士気を高めたミスティアだったが、その後すぐに、思わぬ形で妹紅の屋台は一時休業する事になる。
当初の目論見が叶ったとも言えるが、ミスティアの心中は晴れやかなものではなかった。
「……戻ってきてまた屋台出したら、覚悟しておきなさいよ。 絶対負かしてやって、うちの屋台で働かせてやるんだから!」
「って、伝えておいてくれる?」
「はいはい、気になってんならうちに来りゃいいのに、慧音と一緒に避難してきてるんだから……」
夜雀なりの同胞たちへの思いは良くわかった