◆終章【隠密ツアーコンダクター】
地の底にあるはずの旧都にも、冬になれば何故か雪が降る日もある。
一説には怨霊の持つ目立とうとする邪な気質が影響した結果だとか、無意識の境地にある者が気質を使って天候操作した結果だとか言われているが、真相は分からない。
今分かるのは、これから大それたことをしようとしているあたいの意気に水を差す邪魔物ってだけだ。
「まったく、おくうに一体何があったのかねぇ。よりによって、あんな危なっかしい神霊を取りこんでいるだなんてさ」
「ワカンネー。ソノコロオレハ、カマノナカ」
あたいの愚痴に、連れてきた怨霊のうちの一体が答える。
ここにいる怨霊は皆、地獄の釜で欲望を熔かし出されてなお、消滅しなかった異端ぞろいだ。
たださとり様が第三の目を通して診断したところ、何者に対しても恨みを抱くことなく、何故か総じて温泉好きになったとか。
おまけに見た目の上でも禍々しい髑髏骨格がすっかり消えて、今ではしまりの無いツラになってしまっている。
だがそういう奴らだからこそ、今回の目的には都合が良かった。
「なんにせよ、地上を支配するなんて宣言したら、勇儀姐さんやさとり様に何をされるか分かったもんじゃないよ」
「オリン、アナタツカレテルノヨ。チョットシンパイシスギダワ」
……そうかもしれない。あたいが地上から持ち込んだスペルカード決闘は、今や地底全域でそれなりに盛んに行われている。
いざおくうが地上に行かんとした時も、懸念しているほど悲惨な結果に終わることはないのかもしれない。
だが、管理者という立場にある者は時として非情な決断を下すことがあるのも事実だ。
「それにあいつの有頂天っぷりを見ていると、誰か地上の奴に負けないかぎり、このままずっと地上を侮り続けるような気がするんだよねぇ。
そうなると厄介だ。いまやあいつのせいでそこら中から間欠泉が地上に噴き出している。だからどこか、誰にも知られていない道が出来ているかもしれない。
んでもって不満を燻ぶらせたおくうがそこから出て行ったらと考えると、ね」
「ソウカ。マ、ヒマダカラツキアッテヤルヨ。
デ、ココカラノボッテイケバイイノカ?」
「ああそうさ。もうちょっと進みゃ橋姫さんがいるんだけど、それはあたいが引きつけよう。そんで合図したら一斉に飛んでいっておくれ。
そのまま道なりに進んでいきゃ、神社に噴き出ている間欠泉にたどり着くはずだから」
「ワカッタワ」
「で、地上に出てからはなるべく大人しくしてちょうだいな。間違っても妖怪とか人間とか妖精とかに手を出すんじゃないよ」
「ヤクソクシヨウ。ヨーカイ、ニンゲン、ヨーセイニハゼッタイサワラナイ」
これでなんとか怨霊の地上旅行の手はずは整った。後は地底の異常を察して、一体どんな奴がやってくるやら。
地上には妖怪以外にも、妖怪退治専門の人間がいるとリグルが言っていた。おそらく慧音センセイがそれに近いように思われる。
センセイ……か。最初にあたいを見つけた時の視線は実に険しかったねぇ。子供達が傍にいたからかな?
ただその後、猫かぶったあたいには親切だったけど。
「やれやれ、事は重大極まりないね。地上からの旅人を思い通りに誘導するためにゃ、そいつをよ~く観察しないといけないか」
知りたいのは強さと寛容さ。それらを状況を変えながら何度か挑んで量るとしようかね。
そうと決まりゃ、取り返しのつかない事が起きる前にツアコン事業の旗揚げといこうか。
叶うならばあたいの企てたこの旅路が、誰にとってもいずれ訪れる転生前あるいは没後の語り草とならんことを……ってのは虫が良すぎる話かね。
寺子屋の生徒達やリグル、怨霊との会話が可愛らしくて良かったです。
キャラがみんな地に足が着いていて、全く違和感が無かったのも印象的でした。
何重もの意味で興味深く読ませていただきました。
ここじゃあ戦闘描写はなかなか見ないから貴重だね
地底にスペルカードが普及した理由を上手く解釈したお話ですね
強いて言うとすれば特にページ分けはしなくてもよかったかなというくらい。良作でした。