「ふふふ…」
ここは地霊殿執務室。目の前にあるのはひとつの瓶。中にはあめ玉大の黒い塊が三つほど入っている。
私、古明地さとりが地上から取り寄せた物だ。
「これで私の悲願が達成できる…」
こんな素晴らしいものが地上にあるだなんて思っても見なかった。やはり地上は侮れない。
これを使ったあとのことを考えると笑いを押さえきれないのであった。
さとりと添い寝
最近誰も一緒に寝てくれない。
昔は違った。妹のこいしやペットたちと一緒に寝ていた。もふもふふかふか。お燐の柔らかい毛並みに、お空の包み込むような羽、こいしの柔らかい肌と高めの体温。すごく幸せだった。
しかし、こいしが目を閉ざし、ペットたちが成長すると段々一緒に寝る機会は減っていった。
せっかくのキングサイズのベッドも買ったのに、最近は一人寂しく寝る日々だ。
ある日、ボーダー商事のやっているスキマ通販のカタログを見ていたところ、永遠亭の胡蝶夢丸ナイトメアタイプを扱っていた。
素晴らしい悪夢を演出します。日常に飽きたあなた、いかがでしょうか? という煽り文句に、最初はそんなもの誰が買うのかと思ったものだ。
その胡蝶夢丸ナイトメアタイプが私の目の前にある。ふと思いついたのだ。これを使えば、またみんなと添い寝できるのではないかと。
私の考えた添い寝計画はこういうものだ。
①これをペットや妹に飲ませる。
②悪夢を見る。
③目を潤ませて「一緒に寝て……」と言ってくる。
④見せられないよ!!
⑤朝チュン
か、完璧すぎる計画ですね。自分の才能が怖いです。読心と策謀で地底をまとめあげ、妖怪たちが恐れる怨霊すらも、恐れ怯ませるこの力、とくと見るがいい!
早速行動です。まずは空に使ってみることにしましょう。
---
ココアを2つ準備する。片方に薬を入れて、早速空の部屋を訪れる。
ノックして中に入ると、猫柄のかわいいパジャマを着た空がいた。
「こんばんは空、ちょっといいかしら?」
「こんばんはさとり様。なんですか?」
お風呂上りなのでしょう。髪が濡れている。
ちゃんと乾かさないとダメといつも言っているのですが…… 全くしょうがないですね。
ココアをおいて、横にかけてあったバスタオルで空の髪を拭く。
「ちゃんと拭かないと風邪を引きますよ」
「うにゅうにゅ」
なされるがまま、気持ちよさそう拭かれる空。成長して体格も大きくなったが、こういうところはまだ子供っぽい。
あらかた拭き終わる。濡羽色の艶ある長い髪は羨ましいですね。
「さてこんなところでしょうか」
「ありがとうございます、さとりまま!」
あの小さかった小鳥が、とてもいい子に育ったものだ。
こんな子に悪夢を見せるのは心苦しいが、添い寝のためだ。やるしかない。
持ってきたココアを差し出す。
「ところで、ココア入れたのですが、一緒に飲みませんか?」
「わーい! 飲みます!」
ココアを美味しそうに飲む空。日々の仕事の話や、ペット達のことなどたわいもない雑談をする。
ふっふっふ。今夜が楽しみですね。
---
草木も眠る丑三つ時。
「おりーん!!」
「ごふっ!?」
熟睡していたあたいのベッドに、隣室のお空が核反応制御不能ダイブをしてきた。
胸に飛び込んできたお陰で、どうにか耐えきれた。
胸のないさとり様だったら即死だったに違いない。
「お、お空……?」
「お燐……お燐……!!」
あたいの胸に顔をうずめて、泣きじゃくるお空。
「あのね、怖い夢みたの。みんないなくなっちゃう夢……」
どうやら怖い夢をみたようだ。
お空はこう見えて結構繊細なところがある。悪夢など見たときにこうやってあたいのベッドに潜り込んでくることもしばしばだ。
普段はもう少しおとなしく入ってくるのだが、今夜は随分激しい。よっぽど怖い夢でもみたのだろうか。
「お燐……居なくなったりしないよね……?」
「親友だからね。何があろうとずっと傍にいるよ」
しばらく抱きしめていると、寝息が聞こえてくる。
どうにか落ち着いたようだ。
「おやすみ、お空」
---
一晩中部屋で待っていたが、空は来なかった。お陰で今日は徹夜だった。
「お燐? あーんして」
「お空は甘えんぼだなぁ。あーん」
「あーん」
眠い目をこすりならが、朝ごはんを食べに食堂に行く。そこで繰り広げられる、燐と空がいちゃつく光景。
ああ、どうやら空は昨日、燐の部屋へいったようだ。時代はおりんくうだというのだろうか。空さとは時代に反するとでも言うのだろうか。
呆然としている私の前で、更にエスカレートしていく。
「お空、ご飯粒ついてるよ」
「えっ? どこ?」
「とってあげるよ」
ちゅっ
「お燐、恥ずかしいよ」
口で頬についたご飯粒をとるという高等テクニックをする燐。冷やかすほかのペット達。このリア獣どもめ! ばくはつしろ!
惚れ気に当てられお腹がいっぱいになってしまった私は、そうそうに部屋に戻るのであった。
部屋に戻って失敗の原因を考える。立地に問題があることがすぐに判明した。
私の部屋は地霊殿の一番奥にあり、玄関近くのペット達の部屋とは離れた位置にある。悪夢を見て、人恋しくなれば、私のところではなく、隣室で寝ている親友のお燐のベッドに潜り込むのが普通だろう。
計画にこんな穴があったとは。このサトリの目をもってしても見抜けぬとは!
今夜はお燐に使おうかと思ったが、同じ失敗することが見え透いている。
やはりこれはこいしに使うしかないようだ。こいしの部屋は私の部屋の隣であり、悪夢をみたこいしは私のベッドに潜り込んでくるにちがいない。
神は言っている。時代はさとこいだと。
「神と聞いてやって来ました!」
急に現れる生焼き芋の香りがする神様
「歩いてお帰り」
さて、こんどこそ上手くやらないと。
---
ココアを2つ準備する。こいしは甘党なので、砂糖を大さじ二杯入れる。
片方に薬を入れて、こいしの部屋に訪れる。
ノックして中に入ると、真っ白なパジャマを着たこいしがいた。
「おねえちゃん? どうしたの?」
ベッドに寝転がりながら、何か本を読んでいるこいし。
「いえ、ココアを入れたので一緒に飲もうかとおもいまして」
「飲む~ ありがとうおねえちゃん♪」
ベッドに腰掛け、渡したココアを美味しそうに飲むこいし。
妹の信頼を裏切るようでちょっと心苦しいが、これも添い寝のためだ。
こいしの隣に座って、今日の夕飯の話や旧都で売っていた綺麗な装飾品など、他愛のない雑談をする。
やけに甘く感じるココアを飲みながら、今夜こそ決めてみせると誓うのであった。
~~~
草木も眠る丑三つ時。
部屋のドアがノックされる。こいしだろう。
「どうしました?」
赤い髪に猫耳。あら? こいしじゃない?
「夜分遅くにすいません、さとり様」
ペットの燐だ。こんな遅くにどうしたのだろう。はっ、まさか私の願望を嗅ぎつけて添い寝してくれるとか!? なんとできたペットなんでしょう。さすがお燐。
「どうしたのかしら?」
「今日限りで御暇を頂きます」
おいとま……? 想像していた単語と全く逆の単語が、燐の口から飛び出す。
あまりの展開に、私の頭が理解することを拒否する。
「さとり様には愛想が尽きました。ペット全員地霊殿から出ます。今までお世話になりました」
呆然としている私の前で、無情にも閉められるドア。
我に帰ってドアを開くが既に誰もいない。走って玄関から外に出る。やはり誰もいない。
ペット達の部屋を回る。燐の部屋、空の部屋、他のペットの部屋……どの部屋ももぬけの殻だ。
「燐~!? 私泣いちゃいそう! 早くでてきて!」
静まり返った地霊殿。いきものの気配が全くしない。
皆が出ていったという現実を認めることができない私は、地霊殿中をさまよう。
「空~!? 一緒にゆで玉子食べましょう! たくさんありますよ!」
地霊殿に響きわたる私の声。しかし反応はない。
涙が溢れてくる。階段で転んで膝を擦りむく。血が滲むがだれも助けに来てくれない。
何も考えたくなくなってうずくまる私。
「おねえちゃん?」
目の私の前に影が差す。
「こいし……」
妹のこいしだ。大騒ぎしていたから、心配して来てくれたのだろうか。
そうだ、ペットが全員出ていったとしても二人で頑張っていた昔に戻るだけだ。反省して生きていれば、いずれペット達も帰ってきてくれるかもしれない。そう考えると少し元気が出てくる。
「こいし、すいませんが……」
「お燐達に誘われたから、私も地霊殿を出るよ。おねえちゃん、これから一人で頑張ってね」
チレイデンヲデル? コイシハナニヲイッテイルンダ?
フッ、と目の前から消えるこいし。無意識を操る力を使ったらしい。
我に返る。いくら見回してもこいしは見つからない。
「こ、こいし? お願い! 私を一人にしないで! こいし! こいし!」
喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。しかし誰も返事をしてくれない。
私の慟哭が地霊殿にむなしく響きわたるのであった。
~~~
夜遅く、私の部屋のドアがノックされる。
ドアを開けるとそこにはおねえちゃんが。
「ご、ごいじ……」
ぐすぐすと泣きじゃくりながら、小動物のように震えているおねえちゃん。いったい何があったのだろう。
さっきのココアのせいだろうか? 無意識にいやな予感がしたから無意識におねえちゃんのとすり替えたのだが、きっとろくでもないものがはいっていたのだろう。
「どうしたの? こんな遅くに」
「み、みんないなくにゃる夢をみだんでじゅ、今晩はいっひょに寝てくだしゃい」
呂律も回らなくなっている。非常にかわいい。
おねえちゃん部屋に招き入れ、ベッドに押し倒す。
「怖い夢ぐらいで妹を頼るなんて、へたれてるなぁ」
「へたりぇててもいいんれしゅ、みんなといっしょにいたいれしゅ…」
普段は主の威厳とかを気にして、冷静な態度を取り繕っているのに。こんなに動揺するおねえちゃんを久しぶりにみた。
ギュッと抱きついてくるおねえちゃん。背中を撫でていると、落ち着いたのだろうか。すぐに寝息が聞こえてくる。
もう夜も遅いし、私もおねえちゃんを抱き枕にして寝ようっと。
「おやすみ、おねえちゃん」
おねえちゃんのいい匂いに包まれて、私も眠りに落ちるのであった。
---
翌日
「さておねえちゃん? この薬はいったいなにかな?」
私は正座させられ、こいしに説教されていた。
起きたあと、こいしに根掘り葉掘り聞かれた挙句、部屋を一通り探られた。胡蝶夢丸はすぐに見つかってしまった。
「悪夢をみせるお薬です……」
「そんな物騒な薬をおねえちゃんはなんでもってたのかな?」
「あのですね…… 悪夢を見せてですね…… こう、みんなと添い寝しようかと」
「まったくろくでもないことかんがえるね。このしょうもないダメおねえちゃん」
けちょんけちょんに言われておちこむ私。
ついでに足もしびれてきた。
「だって、だってだって……」
「だってもロッテもありません」
「一人で寝るのは寂しいんですよ!」
人肌が恋しいんです! もう旧都に添い寝相手募集という張り紙でもしようか。 でも鬼とか酒臭そうですしねぇ。
「おねえちゃんペット達に構いすぎ。みんなプライベートもあるんだし、もうちょっとペット離れしないと」
「だってだってなんだもん……」
「うるせえハ○ーフラッシュぶつけんぞ!」
足を突っつかれる。じ~んと嫌な感覚が足中に響く。痛みと悲しみで視界が滲む。
だけど涙が出ちゃう。女の子だもん。
「うう……ごいじぃ……」
「しかたないなぁ。私がしばらく一緒に寝てあげる」
涙目の私に罪悪感を感じたのか、一転してデレるこいし。さすが私の妹、ツンデレまで極めているとは。
「や、約束ですよ?」
「はいはい、今夜からおねえちゃんの部屋で寝るからよろしくね」
明日からはしばらくは、ベッドの上で寂しい思いをしなくて済みそうだ。
ここは地霊殿執務室。目の前にあるのはひとつの瓶。中にはあめ玉大の黒い塊が三つほど入っている。
私、古明地さとりが地上から取り寄せた物だ。
「これで私の悲願が達成できる…」
こんな素晴らしいものが地上にあるだなんて思っても見なかった。やはり地上は侮れない。
これを使ったあとのことを考えると笑いを押さえきれないのであった。
さとりと添い寝
最近誰も一緒に寝てくれない。
昔は違った。妹のこいしやペットたちと一緒に寝ていた。もふもふふかふか。お燐の柔らかい毛並みに、お空の包み込むような羽、こいしの柔らかい肌と高めの体温。すごく幸せだった。
しかし、こいしが目を閉ざし、ペットたちが成長すると段々一緒に寝る機会は減っていった。
せっかくのキングサイズのベッドも買ったのに、最近は一人寂しく寝る日々だ。
ある日、ボーダー商事のやっているスキマ通販のカタログを見ていたところ、永遠亭の胡蝶夢丸ナイトメアタイプを扱っていた。
素晴らしい悪夢を演出します。日常に飽きたあなた、いかがでしょうか? という煽り文句に、最初はそんなもの誰が買うのかと思ったものだ。
その胡蝶夢丸ナイトメアタイプが私の目の前にある。ふと思いついたのだ。これを使えば、またみんなと添い寝できるのではないかと。
私の考えた添い寝計画はこういうものだ。
①これをペットや妹に飲ませる。
②悪夢を見る。
③目を潤ませて「一緒に寝て……」と言ってくる。
④見せられないよ!!
⑤朝チュン
か、完璧すぎる計画ですね。自分の才能が怖いです。読心と策謀で地底をまとめあげ、妖怪たちが恐れる怨霊すらも、恐れ怯ませるこの力、とくと見るがいい!
早速行動です。まずは空に使ってみることにしましょう。
---
ココアを2つ準備する。片方に薬を入れて、早速空の部屋を訪れる。
ノックして中に入ると、猫柄のかわいいパジャマを着た空がいた。
「こんばんは空、ちょっといいかしら?」
「こんばんはさとり様。なんですか?」
お風呂上りなのでしょう。髪が濡れている。
ちゃんと乾かさないとダメといつも言っているのですが…… 全くしょうがないですね。
ココアをおいて、横にかけてあったバスタオルで空の髪を拭く。
「ちゃんと拭かないと風邪を引きますよ」
「うにゅうにゅ」
なされるがまま、気持ちよさそう拭かれる空。成長して体格も大きくなったが、こういうところはまだ子供っぽい。
あらかた拭き終わる。濡羽色の艶ある長い髪は羨ましいですね。
「さてこんなところでしょうか」
「ありがとうございます、さとりまま!」
あの小さかった小鳥が、とてもいい子に育ったものだ。
こんな子に悪夢を見せるのは心苦しいが、添い寝のためだ。やるしかない。
持ってきたココアを差し出す。
「ところで、ココア入れたのですが、一緒に飲みませんか?」
「わーい! 飲みます!」
ココアを美味しそうに飲む空。日々の仕事の話や、ペット達のことなどたわいもない雑談をする。
ふっふっふ。今夜が楽しみですね。
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草木も眠る丑三つ時。
「おりーん!!」
「ごふっ!?」
熟睡していたあたいのベッドに、隣室のお空が核反応制御不能ダイブをしてきた。
胸に飛び込んできたお陰で、どうにか耐えきれた。
胸のないさとり様だったら即死だったに違いない。
「お、お空……?」
「お燐……お燐……!!」
あたいの胸に顔をうずめて、泣きじゃくるお空。
「あのね、怖い夢みたの。みんないなくなっちゃう夢……」
どうやら怖い夢をみたようだ。
お空はこう見えて結構繊細なところがある。悪夢など見たときにこうやってあたいのベッドに潜り込んでくることもしばしばだ。
普段はもう少しおとなしく入ってくるのだが、今夜は随分激しい。よっぽど怖い夢でもみたのだろうか。
「お燐……居なくなったりしないよね……?」
「親友だからね。何があろうとずっと傍にいるよ」
しばらく抱きしめていると、寝息が聞こえてくる。
どうにか落ち着いたようだ。
「おやすみ、お空」
---
一晩中部屋で待っていたが、空は来なかった。お陰で今日は徹夜だった。
「お燐? あーんして」
「お空は甘えんぼだなぁ。あーん」
「あーん」
眠い目をこすりならが、朝ごはんを食べに食堂に行く。そこで繰り広げられる、燐と空がいちゃつく光景。
ああ、どうやら空は昨日、燐の部屋へいったようだ。時代はおりんくうだというのだろうか。空さとは時代に反するとでも言うのだろうか。
呆然としている私の前で、更にエスカレートしていく。
「お空、ご飯粒ついてるよ」
「えっ? どこ?」
「とってあげるよ」
ちゅっ
「お燐、恥ずかしいよ」
口で頬についたご飯粒をとるという高等テクニックをする燐。冷やかすほかのペット達。このリア獣どもめ! ばくはつしろ!
惚れ気に当てられお腹がいっぱいになってしまった私は、そうそうに部屋に戻るのであった。
部屋に戻って失敗の原因を考える。立地に問題があることがすぐに判明した。
私の部屋は地霊殿の一番奥にあり、玄関近くのペット達の部屋とは離れた位置にある。悪夢を見て、人恋しくなれば、私のところではなく、隣室で寝ている親友のお燐のベッドに潜り込むのが普通だろう。
計画にこんな穴があったとは。このサトリの目をもってしても見抜けぬとは!
今夜はお燐に使おうかと思ったが、同じ失敗することが見え透いている。
やはりこれはこいしに使うしかないようだ。こいしの部屋は私の部屋の隣であり、悪夢をみたこいしは私のベッドに潜り込んでくるにちがいない。
神は言っている。時代はさとこいだと。
「神と聞いてやって来ました!」
急に現れる生焼き芋の香りがする神様
「歩いてお帰り」
さて、こんどこそ上手くやらないと。
---
ココアを2つ準備する。こいしは甘党なので、砂糖を大さじ二杯入れる。
片方に薬を入れて、こいしの部屋に訪れる。
ノックして中に入ると、真っ白なパジャマを着たこいしがいた。
「おねえちゃん? どうしたの?」
ベッドに寝転がりながら、何か本を読んでいるこいし。
「いえ、ココアを入れたので一緒に飲もうかとおもいまして」
「飲む~ ありがとうおねえちゃん♪」
ベッドに腰掛け、渡したココアを美味しそうに飲むこいし。
妹の信頼を裏切るようでちょっと心苦しいが、これも添い寝のためだ。
こいしの隣に座って、今日の夕飯の話や旧都で売っていた綺麗な装飾品など、他愛のない雑談をする。
やけに甘く感じるココアを飲みながら、今夜こそ決めてみせると誓うのであった。
~~~
草木も眠る丑三つ時。
部屋のドアがノックされる。こいしだろう。
「どうしました?」
赤い髪に猫耳。あら? こいしじゃない?
「夜分遅くにすいません、さとり様」
ペットの燐だ。こんな遅くにどうしたのだろう。はっ、まさか私の願望を嗅ぎつけて添い寝してくれるとか!? なんとできたペットなんでしょう。さすがお燐。
「どうしたのかしら?」
「今日限りで御暇を頂きます」
おいとま……? 想像していた単語と全く逆の単語が、燐の口から飛び出す。
あまりの展開に、私の頭が理解することを拒否する。
「さとり様には愛想が尽きました。ペット全員地霊殿から出ます。今までお世話になりました」
呆然としている私の前で、無情にも閉められるドア。
我に帰ってドアを開くが既に誰もいない。走って玄関から外に出る。やはり誰もいない。
ペット達の部屋を回る。燐の部屋、空の部屋、他のペットの部屋……どの部屋ももぬけの殻だ。
「燐~!? 私泣いちゃいそう! 早くでてきて!」
静まり返った地霊殿。いきものの気配が全くしない。
皆が出ていったという現実を認めることができない私は、地霊殿中をさまよう。
「空~!? 一緒にゆで玉子食べましょう! たくさんありますよ!」
地霊殿に響きわたる私の声。しかし反応はない。
涙が溢れてくる。階段で転んで膝を擦りむく。血が滲むがだれも助けに来てくれない。
何も考えたくなくなってうずくまる私。
「おねえちゃん?」
目の私の前に影が差す。
「こいし……」
妹のこいしだ。大騒ぎしていたから、心配して来てくれたのだろうか。
そうだ、ペットが全員出ていったとしても二人で頑張っていた昔に戻るだけだ。反省して生きていれば、いずれペット達も帰ってきてくれるかもしれない。そう考えると少し元気が出てくる。
「こいし、すいませんが……」
「お燐達に誘われたから、私も地霊殿を出るよ。おねえちゃん、これから一人で頑張ってね」
チレイデンヲデル? コイシハナニヲイッテイルンダ?
フッ、と目の前から消えるこいし。無意識を操る力を使ったらしい。
我に返る。いくら見回してもこいしは見つからない。
「こ、こいし? お願い! 私を一人にしないで! こいし! こいし!」
喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。しかし誰も返事をしてくれない。
私の慟哭が地霊殿にむなしく響きわたるのであった。
~~~
夜遅く、私の部屋のドアがノックされる。
ドアを開けるとそこにはおねえちゃんが。
「ご、ごいじ……」
ぐすぐすと泣きじゃくりながら、小動物のように震えているおねえちゃん。いったい何があったのだろう。
さっきのココアのせいだろうか? 無意識にいやな予感がしたから無意識におねえちゃんのとすり替えたのだが、きっとろくでもないものがはいっていたのだろう。
「どうしたの? こんな遅くに」
「み、みんないなくにゃる夢をみだんでじゅ、今晩はいっひょに寝てくだしゃい」
呂律も回らなくなっている。非常にかわいい。
おねえちゃん部屋に招き入れ、ベッドに押し倒す。
「怖い夢ぐらいで妹を頼るなんて、へたれてるなぁ」
「へたりぇててもいいんれしゅ、みんなといっしょにいたいれしゅ…」
普段は主の威厳とかを気にして、冷静な態度を取り繕っているのに。こんなに動揺するおねえちゃんを久しぶりにみた。
ギュッと抱きついてくるおねえちゃん。背中を撫でていると、落ち着いたのだろうか。すぐに寝息が聞こえてくる。
もう夜も遅いし、私もおねえちゃんを抱き枕にして寝ようっと。
「おやすみ、おねえちゃん」
おねえちゃんのいい匂いに包まれて、私も眠りに落ちるのであった。
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翌日
「さておねえちゃん? この薬はいったいなにかな?」
私は正座させられ、こいしに説教されていた。
起きたあと、こいしに根掘り葉掘り聞かれた挙句、部屋を一通り探られた。胡蝶夢丸はすぐに見つかってしまった。
「悪夢をみせるお薬です……」
「そんな物騒な薬をおねえちゃんはなんでもってたのかな?」
「あのですね…… 悪夢を見せてですね…… こう、みんなと添い寝しようかと」
「まったくろくでもないことかんがえるね。このしょうもないダメおねえちゃん」
けちょんけちょんに言われておちこむ私。
ついでに足もしびれてきた。
「だって、だってだって……」
「だってもロッテもありません」
「一人で寝るのは寂しいんですよ!」
人肌が恋しいんです! もう旧都に添い寝相手募集という張り紙でもしようか。 でも鬼とか酒臭そうですしねぇ。
「おねえちゃんペット達に構いすぎ。みんなプライベートもあるんだし、もうちょっとペット離れしないと」
「だってだってなんだもん……」
「うるせえハ○ーフラッシュぶつけんぞ!」
足を突っつかれる。じ~んと嫌な感覚が足中に響く。痛みと悲しみで視界が滲む。
だけど涙が出ちゃう。女の子だもん。
「うう……ごいじぃ……」
「しかたないなぁ。私がしばらく一緒に寝てあげる」
涙目の私に罪悪感を感じたのか、一転してデレるこいし。さすが私の妹、ツンデレまで極めているとは。
「や、約束ですよ?」
「はいはい、今夜からおねえちゃんの部屋で寝るからよろしくね」
明日からはしばらくは、ベッドの上で寂しい思いをしなくて済みそうだ。
翻弄されるさとり様が可愛らしかったです
あと、一カ所、『ベッドの燐』なる魅力的すぎる寝具が登場しちゃってますが誤字かしら……?
作風をはもちろんですが、それを引き立てる文章テンポが特によかったです。
あっ、夢かよっ!!!
一部はかなり似ていますが、悪夢→添い寝は結構メジャーパターンですし、悪夢の内容は…なんとも言えないなぁ。
作者さんのコメント待ちっすな
可愛らしいお話で和みました。
上で長文を書くと鬱陶しいかもしれないので、こちらにコメント返しさせて頂きます。
名前から推測し拝見させていただきましたが、初めて見るものでした。
悪夢→添寝というパターンや、ペット達が出ていくという悪夢は、結構メジャーパターンであり、単なる偶然の一致だと思います。
こいしの目が開く点など、余り悪夢の内容も一致してるようには私は思えませんでした。
どうも創想話の地霊姉妹は変態率が高い気がする
>時代はおりんくうだというのだろうか。空さとは時代に反するとでも言うのだろうか。
残念ながら……