初夢。多くは一月一日から二日にかけて見る夢の事を指して言う。
その内容がどんなものになるのか、誰もが密かに心の中で楽しみにしているのではないだろうか。
白玉楼のお嬢様、幽々子もその例に漏れなかった。
元旦には妖夢と一緒に仲良くお節を食べ、その後は幻想郷の各所に挨拶をしに行き、最後は博麗神社の新年の大宴会に参加する。
そうして気持ちよく酔っぱらいながら帰宅して、初夢に思いを馳せて床に就く。
どんな夢を見るだろうか。良い夢だったらいいな。
去年の初夢の内容は覚えていないが、楽しみなのは変わらない。
妖夢におやすみの挨拶をして布団に入ると、疲れと酔いからあっという間に意識を手放した。
幽々子は今、深夜の東京の上空にいた。
星の光を霞ませるほどの灯りを足元にして、ビル群より少し高いところに浮いている。
先程まで布団の中にいたから、これは夢なのだろうかと幽々子は首を傾げる。
あまりにもはっきりとした視界、冷えた風を受け止める感覚、夢というにはあまりにも現実的なそれに、思い当たることが一つあった。
八雲紫、境界を操る大妖怪だ。こんな事をできるのは彼女しかいない。
幽々子の夢と外の世界の現実を繋げているのだろう。
ちょっと変わった初夢のプレゼントでもしたいのだろうか。
そんな親友の悪戯であると思い至り、幽々子は思うが侭に外の世界を楽しむことにした。
幽玄の世界とは真逆の穢れゆく街。
どこからか聞こえてくる、獣が唸るような低い音。
地上を高速で走り回る鉄の塊。
消えることのない眩しいほどの光。
深夜だろうと、止まることなく歩き続ける人間。
どれもこれも、冥い闇の中へと沈んでいく。
見ていてあまり愉快なものではないが、紫の話でしか外の世界をしらない幽々子には十二分に楽しめるものだった。
しかし同じものを延々と見ていれば必ず飽きはくる。
何か面白いものはないかと辺りを見回すと、遠くに高い塔が見えた。
特に他に当てがあるという訳ではないので、とりあえず幽々子はその塔を目指すことにした。
ふわりふわりと塔に向かって飛んでいく。
そこまで離れていないと幽々子は思っていたが、蜃気楼の様に姿は見えているのに中々近づけない。
それはまぎれもなく、その塔がとんでもなく高いことを表していた。
数刻飛び続けてやっとの思いで塔に辿り着いたが、その時には先程まで真っ暗だった空が薄らと明るくなりかけていた。
夢の終了が近いことを察した幽々子は、最後の楽しみとして塔の頂上を目指して上昇を始める。
昨日はいつもどおり眠っていた為に初日の出を見ておらず、一日遅れの初日の出を見たいと思ったからだ。
ひたすらに、上へ上へ。
高く高く、上り詰めていく。
好奇心の赴くままに。
儚く輝く星を掴むように。
青い蝶が、天を目指す。
重力に逆らい、穢れた地を抜け出す。
月まで届いているのではないかと、本気で考えてしまう程に高い塔を上っていく。
そうしてついに塔の先端に着いた幽々子は、はるかに低い地上を初めて見下ろす。
星を覆い隠す程の街の光が、米粒のように瞬いている。
あんなに絶え間なく聞こえていた喧騒が、今はまったく耳に届かない。
土の匂いのない風が鼻をくすぐる。
不意に、淡い光が静まり返った東京を照らしだす。
冥い街に光が隙間なく差し込んでいく。
亡霊の彼女の姿すらも明るく照らし、太陽が遠い地平線から顔を出す。
その眩しいこと。幽々子は目を細めてそれを見つめる。
彼女の記憶にここまで美しい太陽を見た思い出はない。
桜色の髪を風が揺らす。
幽々子はふと、後ろを振り向いた。
太陽とは逆の西の方向を見る。
単に風につられたのか、太陽の光の行く先が気になったのか、ただの思いつきか。
彼女の目には、塔に負けないほど高い、穢れ無き霊峰が映った。
尽きることのない不死の山、富士山。
文化が発展しても今尚その存在は忘れられることはなく崇められ、昔の姿のまま聳え立っている。
光を受けて白く輝くその山を、目を見開いて食い入るように見つめる。
話でしか聞いたことのない、その霊山を。
“死”という幻想に溢れた幽々子とは、正反対の存在を。
「消えることのない幻想、ね」
ポツリとそう呟いた時、にわかに幽々子の体は宙に投げ出された。
世界から色がなくなり、視界が狭くなる。
流れ星の様に塔から落ち続け、地面に体を打ち付ける直前、彼女の意識は闇へと融けた。
ぱた、ぱた、ぱた。
妖夢の足音が寝室に聞こえてくる。
見慣れた天井の木目が幽々子の視界を埋める。
ああ、夢から覚めたのかと気付いて彼女は体を起こす。
現のような夢を見たが、不思議と体に疲れはない。
それにしても縁起の良い面白い夢だったと、幽々子は目を閉じて想う。
どんなに文明が進んでもあの霊峰がある限り、完全に幻想が消えることはないのかもしれない。
どこまでも美しい、外の世界に残る幻想が忘れられませんように。
幽々子はひとり願い、親友への礼を何にするか考えながら床を出た。
今年も良い年になりそうだ。
了
その内容がどんなものになるのか、誰もが密かに心の中で楽しみにしているのではないだろうか。
白玉楼のお嬢様、幽々子もその例に漏れなかった。
元旦には妖夢と一緒に仲良くお節を食べ、その後は幻想郷の各所に挨拶をしに行き、最後は博麗神社の新年の大宴会に参加する。
そうして気持ちよく酔っぱらいながら帰宅して、初夢に思いを馳せて床に就く。
どんな夢を見るだろうか。良い夢だったらいいな。
去年の初夢の内容は覚えていないが、楽しみなのは変わらない。
妖夢におやすみの挨拶をして布団に入ると、疲れと酔いからあっという間に意識を手放した。
幽々子は今、深夜の東京の上空にいた。
星の光を霞ませるほどの灯りを足元にして、ビル群より少し高いところに浮いている。
先程まで布団の中にいたから、これは夢なのだろうかと幽々子は首を傾げる。
あまりにもはっきりとした視界、冷えた風を受け止める感覚、夢というにはあまりにも現実的なそれに、思い当たることが一つあった。
八雲紫、境界を操る大妖怪だ。こんな事をできるのは彼女しかいない。
幽々子の夢と外の世界の現実を繋げているのだろう。
ちょっと変わった初夢のプレゼントでもしたいのだろうか。
そんな親友の悪戯であると思い至り、幽々子は思うが侭に外の世界を楽しむことにした。
幽玄の世界とは真逆の穢れゆく街。
どこからか聞こえてくる、獣が唸るような低い音。
地上を高速で走り回る鉄の塊。
消えることのない眩しいほどの光。
深夜だろうと、止まることなく歩き続ける人間。
どれもこれも、冥い闇の中へと沈んでいく。
見ていてあまり愉快なものではないが、紫の話でしか外の世界をしらない幽々子には十二分に楽しめるものだった。
しかし同じものを延々と見ていれば必ず飽きはくる。
何か面白いものはないかと辺りを見回すと、遠くに高い塔が見えた。
特に他に当てがあるという訳ではないので、とりあえず幽々子はその塔を目指すことにした。
ふわりふわりと塔に向かって飛んでいく。
そこまで離れていないと幽々子は思っていたが、蜃気楼の様に姿は見えているのに中々近づけない。
それはまぎれもなく、その塔がとんでもなく高いことを表していた。
数刻飛び続けてやっとの思いで塔に辿り着いたが、その時には先程まで真っ暗だった空が薄らと明るくなりかけていた。
夢の終了が近いことを察した幽々子は、最後の楽しみとして塔の頂上を目指して上昇を始める。
昨日はいつもどおり眠っていた為に初日の出を見ておらず、一日遅れの初日の出を見たいと思ったからだ。
ひたすらに、上へ上へ。
高く高く、上り詰めていく。
好奇心の赴くままに。
儚く輝く星を掴むように。
青い蝶が、天を目指す。
重力に逆らい、穢れた地を抜け出す。
月まで届いているのではないかと、本気で考えてしまう程に高い塔を上っていく。
そうしてついに塔の先端に着いた幽々子は、はるかに低い地上を初めて見下ろす。
星を覆い隠す程の街の光が、米粒のように瞬いている。
あんなに絶え間なく聞こえていた喧騒が、今はまったく耳に届かない。
土の匂いのない風が鼻をくすぐる。
不意に、淡い光が静まり返った東京を照らしだす。
冥い街に光が隙間なく差し込んでいく。
亡霊の彼女の姿すらも明るく照らし、太陽が遠い地平線から顔を出す。
その眩しいこと。幽々子は目を細めてそれを見つめる。
彼女の記憶にここまで美しい太陽を見た思い出はない。
桜色の髪を風が揺らす。
幽々子はふと、後ろを振り向いた。
太陽とは逆の西の方向を見る。
単に風につられたのか、太陽の光の行く先が気になったのか、ただの思いつきか。
彼女の目には、塔に負けないほど高い、穢れ無き霊峰が映った。
尽きることのない不死の山、富士山。
文化が発展しても今尚その存在は忘れられることはなく崇められ、昔の姿のまま聳え立っている。
光を受けて白く輝くその山を、目を見開いて食い入るように見つめる。
話でしか聞いたことのない、その霊山を。
“死”という幻想に溢れた幽々子とは、正反対の存在を。
「消えることのない幻想、ね」
ポツリとそう呟いた時、にわかに幽々子の体は宙に投げ出された。
世界から色がなくなり、視界が狭くなる。
流れ星の様に塔から落ち続け、地面に体を打ち付ける直前、彼女の意識は闇へと融けた。
ぱた、ぱた、ぱた。
妖夢の足音が寝室に聞こえてくる。
見慣れた天井の木目が幽々子の視界を埋める。
ああ、夢から覚めたのかと気付いて彼女は体を起こす。
現のような夢を見たが、不思議と体に疲れはない。
それにしても縁起の良い面白い夢だったと、幽々子は目を閉じて想う。
どんなに文明が進んでもあの霊峰がある限り、完全に幻想が消えることはないのかもしれない。
どこまでも美しい、外の世界に残る幻想が忘れられませんように。
幽々子はひとり願い、親友への礼を何にするか考えながら床を出た。
今年も良い年になりそうだ。
了
面白かったです。
東京は東京の美しさがあるということに気づいて欲しかったな。酷く個人的な感想だけども。。。
雰囲気だけでもとても楽しめました。