幻想郷の東の端、幻想郷唯一ではなくなった神社、博麗神社は、今まさに新年を迎えた。
「あけましておめでとうさん」
「ん、おめでとう」
「しかし、今年も妖怪神社だな」
魔理沙が冷やかすと霊夢が顔をしかめる。悪友の言うとおり、神社の境内では、妖精・妖怪たちによる屋台が並び、そこで楽しんでいるのもほぼ妖精・妖怪ばかりであった。
「来年は違うわよ」
「おいおい、新年早々、来年の話か? 食屍鬼まで笑うぜ」
「今年は仕込んでるのよ」
堂々と言い放った霊夢に魔理沙は興味を覚えた。「何をだい」
「おみくじ」
去年もあっただろう。
内心そう思ったが、口には出さず、話を接ぐ。
「どう違うんだい」
「大吉・中吉・吉・小吉・末吉・凶・大凶と準備したわ」
それは、普通だろう。
今度は口に出した。
「おみくじってそういうもんなんじゃないのか? むこうの神社や寺じゃ普通に揃ってるだろ?」
「まあ、それだけならね」
顔の前で指を振り、舌を打つ。
チッチッ。
魔理沙も、舌を打つ。
「ほう、じゃあ何があるんだい?」
「今年のテーマは一点突破よ」
「一点突破? こよりにでもすると何か起こるのかい?」
「なわけないでしょ。項目を一つに絞ったのよ」
「一つ?」
「そ、健康なら健康、安全なら安全、仕事なら仕事とか、一つ」
振っていた指を止め、魔理沙の鼻先に突きつける。
「そこに、」
突きつける、
「気合いを、」
突きつける、
「込めました」
突きつける。
ウゼッ。
と思わないでもなかったが、まあ、言わないでおいた。
「まあ、楽しみに引かせてもらうさ」
「ちゃんと、お金払ってね」
「へえへえ。ところで、お前は引いたのか?」
「当たったら見せてあげるわ」
「なんだそりゃ」
其の一
安全
末吉
衝突多し。混雑時には余裕を持って。焦るな動くな。
「本当に一つなのか……」
みくじ筒から振り出し、開いたおみくじには、項目はただ一つ。手書き。墨痕鮮やかなトメ・ハネは確かに気合いが入ってる、ように見える。
しかし、安全。
混雑時と言われてもいまいちピンとこない。人里でそんなことは祭り以外にはあまりないし、空ともなればもっと空いている。
「あら、おみくじ?」
声と、砂利を踏んで近づいてくる足音に振り向くと、魔理沙と同じく魔法使いであるアリスだった。
「ああ、ごらんの通りだ」
「末吉。普通に無難であなたらしいわね……あら、何これ? 欠陥品?」
見咎めるアリスに、一応、霊夢の意図を説明してやる。
「一点突破だそうだ」
「穴を空けた手抜きってことかしら?」
「さあ、どうなんだか。本人曰く、その分、気合いを入れてるらしいぜ」
「ふーん、あら当たってるじゃない」
「どこがだよ?」
「衝突、多いでしょ?」
「人にぶつかったことなんてないぞ?」
「人にはね。でも、弾になら? 弾幕ごっこの」
「う」と変な声が出た。心当たりは、ありすぎる。
「それは、安全っていうのかか?」
「弾に当たるのは危険でしょ? なら当たらないのは?」
「……安全?」
なるほど、そう考えれば、頷けないことも、ない。
「だからって、『焦るな、動くな』ってのはどういうことだい」
「動きすぎなのよ、あなた」
「動かずにどうかわすんだ?」
「そういう発想をする人がいるから、動かずにかわせる弾がくるのよ。黙ってれば、避けていく弾があるでしょ」
アリスが体の前で手を交差させる。なるほど、そんな軌道の弾もあるような気がする。
「性に合わないぜ。勝手によける弾をかわせば、相手にも精神的ダメージを与えられるだろう」
「悪い性格ねえ。そのために弾に当たっちゃ、頭まで悪いわよ」
「火中の栗を拾う」
「せいぜい粟ぐらいよ、その思考で拾えるのは」
「ま、今度からは気をつけるさ」
「頼むわよ」
ポンと肩を叩く。心配して、というより、何か押しつけるようなニュアンスが籠もっていた。
「何をだよ」
「何かあったら頼むかもしれないし」
シレっとそんなことを言い出すアリス。
熱がこもって暑いし、普段は気にする必要もない落石があったりで難儀だった地底に送り込まれたことを思い出す。
「自分で動けよ、そういうことは」
「焦らず、動かずよ。ほら、動かない方が安全でしょ?」
其の二
中吉
健康
難多しで、ますます健康。
「何よ、これは」
鈴仙・優曇華院・イナバは顔をしかめた。
中吉というのは、おみくじ界のなかでそれなりに良いところにランクされているという知識は鈴仙にもある。
「おお、どうしたい」
いつの間にかおみくじを持ったてゐが、飛びかかってくるウサギをあしらいつつ、背伸びでのぞき込んでくる。
鈴仙の疑問に、しかし、てゐは納得顔でうなずいている。
「これなら私のも期待できそうかな。博麗の巫女様の本気も大したもんだ」
「どこがよ。中吉って難多しとか書かれるほど悪いもんじゃないでしょう」
「鈴仙さ、今、健康だよね?」
「まあ、そうだけど?」
「それは、なんで?」
「なんでって、規則正しい生活とか、栄養バランスのとれた食事とか」
健康の構成要素を指折り数える。
「ほうほうそれからそれから?」
「それからって、お師匠様の……」
そこで、指が止まる。
てゐが鈴仙の指に手を伸ばし、ゆっくりと折る。
「お師匠様の?」
「薬」
そして、肩を落とす。
永琳の薬は、結果として鈴仙の健康増進に大きく貢献していたものの、副作用と言うべきか、その過程において、やたらとハイになる、寝込む、舌が食べてもないのにミラクルフルーツ化等々の効果ももたらしていた。
「ああ、結局いつもと一緒か」
「大幅に肉体がビルドアップされたり、指が一関節余計に増えたり、いいお出汁がとれるようになったりするかもしれないよ?」
「それ健康とかそういう問題じゃないでしょう……ところで、そのくじは何だったの?」
「んー?」
ゴソゴソとくじを開く。
其の三
吉
出産
安産、ただしご利用は計画的に。
「おお、めでたい」
「へ?」
喜びに飛び跳ねるてゐの持つくじの字面を見た瞬間、鈴仙の耳がピンと立った。
出産。
安産。
それは、つまりは、てゐはそういうことで、どういうこと?
「いつの間に? 相手は?」
「あー、ピーター……だったかな?」
ピーター、たしか永遠亭のウサギの一羽である。が、しかし、それは聞いた瞬間どうでもいいことになってしまった。
「だったかな」とは一体どういうことだ。
相手が誰だか特定できない、そんな状況だったと言うのか。
「ど、どういうシチュエーションでそうなったのよ?」
「どういうって言われても……そのときは寝てたからなあ。そういうのは分かんないや。詳しい話は当事者に聞かないと」
寝てた。
睡眠中。
眠らされていた?
どうして? 何で?
真相もそうであるし、鈴仙は、日頃からフリーダム、フリーダムとは思っていたが、出産という一大事だというのに、その原因となった出来事をまるで他人事のように話すてゐに怒り、そして悲しみもしていた。
「ねえ、てゐ。自分をもっと大事にしなきゃ」
だから親友として忠告すべきだと思った。
が、鈴仙の真摯な言葉に、あろうことかてゐはそっぽを向いている。どころか、キョロキョロとあちこちを見回している。
「ちょっとてゐ! 人が真面目な話をしてるんだから、ちゃんと聞きなさいよ」
「お、いたいた」
「なにがいたのよ」と舌打ち混じりに、てゐの視線を追うと、そこには一羽のウサギ。先ほど、てゐに飛びかかっていたウサギと同じウサギだ。たしか、名前はフィー。
「こらー。引きたいって言うから、引かせてやったのに……いや、それはすぐ開かず、話し込んだ私も悪かったけどさ」
おむずがりのフィーをなだめるてゐ。
引かせて、やった?
「ええと、もしかしてそのおみくじはこの子の」
「そうだけど。んん……鈴仙ちゃんはどういう想像をしてたのかなあ? どういうアラレもない私の姿を妄想しちゃってたのかなあ?」
「うるさい! あんたが紛らわしいこと言うから悪いんでしょ。無駄に混乱しちゃったじゃないの」
「まあ、生活と健康には適度の刺激も必要だよ?」
健康はともかく、難は多いらしい。
鈴仙は、深くため息をついた。
其の四
大凶
失せ物
なくしたものは見つからず。諦めるが吉。
妖夢の鼻先に、主人である幽々子が突きだしたおみくじには、そう書かれていた。
「大凶で吉ですって」
「あらら、残念でしたね」
素敵なパラドクスに涙目の二歩手前ぐらいの瞳をした主人を慰める。
「でも、失くし物があっても探そうとしなければ吉ってことよね、これは?」
まあ、そういうことではあるのだろうが。
「全部、私に押しつけないでくださいよ」
「見つからないものを探そうとするのは無駄って書いてあるわよ」
「じゃあ、失くさないようにしてください!」
失礼かともチラリと思うが、こうでもはっきり言わないとズルズルと自分のペースにしてしまうのが西行寺幽々子だ。妖夢は、反論を抑えるように、自分のおみくじを開いた。
其の五
吉
家庭
がんばれば安泰、多忙。
あ、引かなきゃよかったな。そんな感じ。安泰なのはおめでたい。前と後ろから漂う、虎と狼感。
いつも通り、のような気もする。同じく従者である十六夜咲夜も言っていた。
結局、日常を切り盛りしていくのに、頼りになるのは自分だけ。
主の非日常=無茶振りを支えるのも従者の仕事、とも言っていた。無茶振りを前提とした従者業というのも無茶振りの一種かとも思えたが、いかんともしがたいことに、
「あらあら、今年もよろしくね、妖夢」
おみくじを取り上げる幽々子の白い指を止める気にはならなかった。
「はあ……わかりました。今年もお任せください、幽々子様」
「あら、頼りになるわ。さすが妖夢」
再び屋台巡りを敢行した後、おみくじを結びながら、幽々子が呟いた一言は、妖夢の耳には届かなかった。
「それにしても、私は何を失くすのかしら?
それとも、もう、なくしてるのかしら?」
其の六
凶
転居
折り悪し。不動心で。
くじを開いた瞬間、三妖精は目を丸くし、口々につぶやいた。
「きょー」「てんしょんさがるわー」「よだんをゆるさぬ?」「ゆだんもすきもない」「ふだんのどりょくがひつよう?」
「まあ、現実逃避はこれぐらいにしておいて」
パチリとルナチャイルドが手を打った。
「凶は凶でいいとして」
「あまりよくないと思うけど」と茶々を入れるのはスターサファイア。「よくないから、対策を立てなきゃいけないんでしょ」とルナが返す。
「でもさ、転に居って何かしら」
サニーミルクの疑問に、二人の言葉が詰まる。知識量においては妖精の中では引けを取らない自信があるが、しかし、やはり妖精。どうしても、知っていること知らないことにムラがあり、このおみくじに書かれた二文字は後者にあたるものだった。
「転ぶ、転がす?」
サニーが口を付くと、ルナがこね、スターが繋ぐ。
「居は……家?」
「家が転がる?」
三妖精の共通したイメージは、幻想郷を縦回転で転がっていく、彼女たちの家である大木。
「随分、ダイナミックね。大型台風でも来るのかしら」
「そしたら、神社にでも逃げ込む?」
ルナの声に神社を見やる。じっくりと観察する。
Q・どっちが安全?
A・その設問、いらなかった
「そもそもあの大木が転がるぐらいの台風が来るなら、それは凶じゃなくて大凶じゃないかしら」
スターが指摘すると、サニーもルナもそれにのっかった。そもそも、そのレベルのことなら、自分たちでどうにかできるとも思えなかった。
「考え方が違うんじゃないの? 転がるじゃなく、転ぶ。家の中で転ぶのよ」
ルナの言葉に、サニーとスターは「よく転ぶルナらしい発想の切り替えだな」と納得しつつ、うなずいた。
「ああ、なるほど。それなら凶っぽいわね」
「つまり、つまづくような物を床に置かなきゃいいのかな?」
「整理整頓が今年のテーマ?」
まとまりかけたところで、スターが最後の一文を指さす。
「でも、この不動心って言うのは?」
「動かない?」
「じっとしてろってこと?」
「それじゃあつまんない」
サニーがふくれ、ルナがドリルロールを縦に揺らして同意する。
「こういうのはどうかしら。うかつに動くと、巫女に襲われて怪我してふらふらになるから、家の中で転ぶ」
スターの提案に、二人は手を叩く。
「それだ」
「つまり、うかつに動かなければいいのね」
「計画的に慎重に」
「じゃあ、巫女の動きをしっかり見てないと」
「そう考えると、あの家に住んでるのって便利ね」
「うん、あそこにいるのが一番ね」
「よーし、じゃあ新年もあそこを拠点にがんばりましょう」
当初の凶対策からころころと転げ落ちた三妖精は、妖精基準で計画でな慎重なイタズラを試しては、騒ぎを起こし、その評判がおみくじの評価を吹き飛ばすぐらい里に伝わることにのだが、それは別の話。
「あけましておめでとうさん」
「ん、おめでとう」
「しかし、今年も妖怪神社だな」
魔理沙が冷やかすと霊夢が顔をしかめる。悪友の言うとおり、神社の境内では、妖精・妖怪たちによる屋台が並び、そこで楽しんでいるのもほぼ妖精・妖怪ばかりであった。
「来年は違うわよ」
「おいおい、新年早々、来年の話か? 食屍鬼まで笑うぜ」
「今年は仕込んでるのよ」
堂々と言い放った霊夢に魔理沙は興味を覚えた。「何をだい」
「おみくじ」
去年もあっただろう。
内心そう思ったが、口には出さず、話を接ぐ。
「どう違うんだい」
「大吉・中吉・吉・小吉・末吉・凶・大凶と準備したわ」
それは、普通だろう。
今度は口に出した。
「おみくじってそういうもんなんじゃないのか? むこうの神社や寺じゃ普通に揃ってるだろ?」
「まあ、それだけならね」
顔の前で指を振り、舌を打つ。
チッチッ。
魔理沙も、舌を打つ。
「ほう、じゃあ何があるんだい?」
「今年のテーマは一点突破よ」
「一点突破? こよりにでもすると何か起こるのかい?」
「なわけないでしょ。項目を一つに絞ったのよ」
「一つ?」
「そ、健康なら健康、安全なら安全、仕事なら仕事とか、一つ」
振っていた指を止め、魔理沙の鼻先に突きつける。
「そこに、」
突きつける、
「気合いを、」
突きつける、
「込めました」
突きつける。
ウゼッ。
と思わないでもなかったが、まあ、言わないでおいた。
「まあ、楽しみに引かせてもらうさ」
「ちゃんと、お金払ってね」
「へえへえ。ところで、お前は引いたのか?」
「当たったら見せてあげるわ」
「なんだそりゃ」
其の一
安全
末吉
衝突多し。混雑時には余裕を持って。焦るな動くな。
「本当に一つなのか……」
みくじ筒から振り出し、開いたおみくじには、項目はただ一つ。手書き。墨痕鮮やかなトメ・ハネは確かに気合いが入ってる、ように見える。
しかし、安全。
混雑時と言われてもいまいちピンとこない。人里でそんなことは祭り以外にはあまりないし、空ともなればもっと空いている。
「あら、おみくじ?」
声と、砂利を踏んで近づいてくる足音に振り向くと、魔理沙と同じく魔法使いであるアリスだった。
「ああ、ごらんの通りだ」
「末吉。普通に無難であなたらしいわね……あら、何これ? 欠陥品?」
見咎めるアリスに、一応、霊夢の意図を説明してやる。
「一点突破だそうだ」
「穴を空けた手抜きってことかしら?」
「さあ、どうなんだか。本人曰く、その分、気合いを入れてるらしいぜ」
「ふーん、あら当たってるじゃない」
「どこがだよ?」
「衝突、多いでしょ?」
「人にぶつかったことなんてないぞ?」
「人にはね。でも、弾になら? 弾幕ごっこの」
「う」と変な声が出た。心当たりは、ありすぎる。
「それは、安全っていうのかか?」
「弾に当たるのは危険でしょ? なら当たらないのは?」
「……安全?」
なるほど、そう考えれば、頷けないことも、ない。
「だからって、『焦るな、動くな』ってのはどういうことだい」
「動きすぎなのよ、あなた」
「動かずにどうかわすんだ?」
「そういう発想をする人がいるから、動かずにかわせる弾がくるのよ。黙ってれば、避けていく弾があるでしょ」
アリスが体の前で手を交差させる。なるほど、そんな軌道の弾もあるような気がする。
「性に合わないぜ。勝手によける弾をかわせば、相手にも精神的ダメージを与えられるだろう」
「悪い性格ねえ。そのために弾に当たっちゃ、頭まで悪いわよ」
「火中の栗を拾う」
「せいぜい粟ぐらいよ、その思考で拾えるのは」
「ま、今度からは気をつけるさ」
「頼むわよ」
ポンと肩を叩く。心配して、というより、何か押しつけるようなニュアンスが籠もっていた。
「何をだよ」
「何かあったら頼むかもしれないし」
シレっとそんなことを言い出すアリス。
熱がこもって暑いし、普段は気にする必要もない落石があったりで難儀だった地底に送り込まれたことを思い出す。
「自分で動けよ、そういうことは」
「焦らず、動かずよ。ほら、動かない方が安全でしょ?」
其の二
中吉
健康
難多しで、ますます健康。
「何よ、これは」
鈴仙・優曇華院・イナバは顔をしかめた。
中吉というのは、おみくじ界のなかでそれなりに良いところにランクされているという知識は鈴仙にもある。
「おお、どうしたい」
いつの間にかおみくじを持ったてゐが、飛びかかってくるウサギをあしらいつつ、背伸びでのぞき込んでくる。
鈴仙の疑問に、しかし、てゐは納得顔でうなずいている。
「これなら私のも期待できそうかな。博麗の巫女様の本気も大したもんだ」
「どこがよ。中吉って難多しとか書かれるほど悪いもんじゃないでしょう」
「鈴仙さ、今、健康だよね?」
「まあ、そうだけど?」
「それは、なんで?」
「なんでって、規則正しい生活とか、栄養バランスのとれた食事とか」
健康の構成要素を指折り数える。
「ほうほうそれからそれから?」
「それからって、お師匠様の……」
そこで、指が止まる。
てゐが鈴仙の指に手を伸ばし、ゆっくりと折る。
「お師匠様の?」
「薬」
そして、肩を落とす。
永琳の薬は、結果として鈴仙の健康増進に大きく貢献していたものの、副作用と言うべきか、その過程において、やたらとハイになる、寝込む、舌が食べてもないのにミラクルフルーツ化等々の効果ももたらしていた。
「ああ、結局いつもと一緒か」
「大幅に肉体がビルドアップされたり、指が一関節余計に増えたり、いいお出汁がとれるようになったりするかもしれないよ?」
「それ健康とかそういう問題じゃないでしょう……ところで、そのくじは何だったの?」
「んー?」
ゴソゴソとくじを開く。
其の三
吉
出産
安産、ただしご利用は計画的に。
「おお、めでたい」
「へ?」
喜びに飛び跳ねるてゐの持つくじの字面を見た瞬間、鈴仙の耳がピンと立った。
出産。
安産。
それは、つまりは、てゐはそういうことで、どういうこと?
「いつの間に? 相手は?」
「あー、ピーター……だったかな?」
ピーター、たしか永遠亭のウサギの一羽である。が、しかし、それは聞いた瞬間どうでもいいことになってしまった。
「だったかな」とは一体どういうことだ。
相手が誰だか特定できない、そんな状況だったと言うのか。
「ど、どういうシチュエーションでそうなったのよ?」
「どういうって言われても……そのときは寝てたからなあ。そういうのは分かんないや。詳しい話は当事者に聞かないと」
寝てた。
睡眠中。
眠らされていた?
どうして? 何で?
真相もそうであるし、鈴仙は、日頃からフリーダム、フリーダムとは思っていたが、出産という一大事だというのに、その原因となった出来事をまるで他人事のように話すてゐに怒り、そして悲しみもしていた。
「ねえ、てゐ。自分をもっと大事にしなきゃ」
だから親友として忠告すべきだと思った。
が、鈴仙の真摯な言葉に、あろうことかてゐはそっぽを向いている。どころか、キョロキョロとあちこちを見回している。
「ちょっとてゐ! 人が真面目な話をしてるんだから、ちゃんと聞きなさいよ」
「お、いたいた」
「なにがいたのよ」と舌打ち混じりに、てゐの視線を追うと、そこには一羽のウサギ。先ほど、てゐに飛びかかっていたウサギと同じウサギだ。たしか、名前はフィー。
「こらー。引きたいって言うから、引かせてやったのに……いや、それはすぐ開かず、話し込んだ私も悪かったけどさ」
おむずがりのフィーをなだめるてゐ。
引かせて、やった?
「ええと、もしかしてそのおみくじはこの子の」
「そうだけど。んん……鈴仙ちゃんはどういう想像をしてたのかなあ? どういうアラレもない私の姿を妄想しちゃってたのかなあ?」
「うるさい! あんたが紛らわしいこと言うから悪いんでしょ。無駄に混乱しちゃったじゃないの」
「まあ、生活と健康には適度の刺激も必要だよ?」
健康はともかく、難は多いらしい。
鈴仙は、深くため息をついた。
其の四
大凶
失せ物
なくしたものは見つからず。諦めるが吉。
妖夢の鼻先に、主人である幽々子が突きだしたおみくじには、そう書かれていた。
「大凶で吉ですって」
「あらら、残念でしたね」
素敵なパラドクスに涙目の二歩手前ぐらいの瞳をした主人を慰める。
「でも、失くし物があっても探そうとしなければ吉ってことよね、これは?」
まあ、そういうことではあるのだろうが。
「全部、私に押しつけないでくださいよ」
「見つからないものを探そうとするのは無駄って書いてあるわよ」
「じゃあ、失くさないようにしてください!」
失礼かともチラリと思うが、こうでもはっきり言わないとズルズルと自分のペースにしてしまうのが西行寺幽々子だ。妖夢は、反論を抑えるように、自分のおみくじを開いた。
其の五
吉
家庭
がんばれば安泰、多忙。
あ、引かなきゃよかったな。そんな感じ。安泰なのはおめでたい。前と後ろから漂う、虎と狼感。
いつも通り、のような気もする。同じく従者である十六夜咲夜も言っていた。
結局、日常を切り盛りしていくのに、頼りになるのは自分だけ。
主の非日常=無茶振りを支えるのも従者の仕事、とも言っていた。無茶振りを前提とした従者業というのも無茶振りの一種かとも思えたが、いかんともしがたいことに、
「あらあら、今年もよろしくね、妖夢」
おみくじを取り上げる幽々子の白い指を止める気にはならなかった。
「はあ……わかりました。今年もお任せください、幽々子様」
「あら、頼りになるわ。さすが妖夢」
再び屋台巡りを敢行した後、おみくじを結びながら、幽々子が呟いた一言は、妖夢の耳には届かなかった。
「それにしても、私は何を失くすのかしら?
それとも、もう、なくしてるのかしら?」
其の六
凶
転居
折り悪し。不動心で。
くじを開いた瞬間、三妖精は目を丸くし、口々につぶやいた。
「きょー」「てんしょんさがるわー」「よだんをゆるさぬ?」「ゆだんもすきもない」「ふだんのどりょくがひつよう?」
「まあ、現実逃避はこれぐらいにしておいて」
パチリとルナチャイルドが手を打った。
「凶は凶でいいとして」
「あまりよくないと思うけど」と茶々を入れるのはスターサファイア。「よくないから、対策を立てなきゃいけないんでしょ」とルナが返す。
「でもさ、転に居って何かしら」
サニーミルクの疑問に、二人の言葉が詰まる。知識量においては妖精の中では引けを取らない自信があるが、しかし、やはり妖精。どうしても、知っていること知らないことにムラがあり、このおみくじに書かれた二文字は後者にあたるものだった。
「転ぶ、転がす?」
サニーが口を付くと、ルナがこね、スターが繋ぐ。
「居は……家?」
「家が転がる?」
三妖精の共通したイメージは、幻想郷を縦回転で転がっていく、彼女たちの家である大木。
「随分、ダイナミックね。大型台風でも来るのかしら」
「そしたら、神社にでも逃げ込む?」
ルナの声に神社を見やる。じっくりと観察する。
Q・どっちが安全?
A・その設問、いらなかった
「そもそもあの大木が転がるぐらいの台風が来るなら、それは凶じゃなくて大凶じゃないかしら」
スターが指摘すると、サニーもルナもそれにのっかった。そもそも、そのレベルのことなら、自分たちでどうにかできるとも思えなかった。
「考え方が違うんじゃないの? 転がるじゃなく、転ぶ。家の中で転ぶのよ」
ルナの言葉に、サニーとスターは「よく転ぶルナらしい発想の切り替えだな」と納得しつつ、うなずいた。
「ああ、なるほど。それなら凶っぽいわね」
「つまり、つまづくような物を床に置かなきゃいいのかな?」
「整理整頓が今年のテーマ?」
まとまりかけたところで、スターが最後の一文を指さす。
「でも、この不動心って言うのは?」
「動かない?」
「じっとしてろってこと?」
「それじゃあつまんない」
サニーがふくれ、ルナがドリルロールを縦に揺らして同意する。
「こういうのはどうかしら。うかつに動くと、巫女に襲われて怪我してふらふらになるから、家の中で転ぶ」
スターの提案に、二人は手を叩く。
「それだ」
「つまり、うかつに動かなければいいのね」
「計画的に慎重に」
「じゃあ、巫女の動きをしっかり見てないと」
「そう考えると、あの家に住んでるのって便利ね」
「うん、あそこにいるのが一番ね」
「よーし、じゃあ新年もあそこを拠点にがんばりましょう」
当初の凶対策からころころと転げ落ちた三妖精は、妖精基準で計画でな慎重なイタズラを試しては、騒ぎを起こし、その評判がおみくじの評価を吹き飛ばすぐらい里に伝わることにのだが、それは別の話。
よいお年をッ!
おみくじを引きたくなりますね。
全体、うまくまとまってますね。