Coolier - 新生・東方創想話

森の魔法使いと試作型の自動人形

2012/12/30 00:39:16
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 昼下がり。
 霧雨魔理沙は香霖堂を訪れた。目的が特にある訳じゃない。ただの冷やかしだ。何か面白いものでも入荷していたら、ちょいと拝借しようとも思っているが。
 まあ、何も入荷していなくても、霖之助の話を聞いていれば、あるいはからかっていれば、それはそれで楽しい時間を過ごせる。
「よう香霖。何か面白い物がないか見に来たぜ」
 カランカランと、ドアに掛けられた呼び鈴が香霖堂に響いた。
 カウンターの奥では、いつも通り霖之助が本を読んでいた。客が居ないのもいつも通りだった。
「いらっしゃい。生憎と君が前に来たときから、まだ仕入れには行っていないから新しい物は特にないよ」
 本から目を放すこともなく、霖之助がそう言ってくる。
「何だよ。職務怠慢だな。まあ、相変わらず何も売れてないんだろうし、わざわざ在庫を増やすこともないのは確かだと思うけど」
 軽く挑発をしてみる。霖之助の眉が跳ね上がった。
 嘆息混じりに霖之助がカウンターに本を置く。その顔は平静に見えるけれど、その反応はまさしく挑発を無視しきれなかったものだ。霖之助にしてみれば誤魔化し切れているつもりかも知れないが、長い付き合いなので、魔理沙には通じない。
 そして、霖之助がそんなことで本気で腹を立てることも有り得ないことも魔理沙はよく知っている。
「それを言うなら、君の方こそ何でも屋の仕事をほったらかしにしているじゃないか、いったい日中のいつ家にいるというんだい? 職務怠慢にもほどがあると思うけれどね?」
「いや違う。私のは営業活動だ。こうして旧知に顔つなぎをして情報を収集しているのさ。香霖も何かあれば、いつでも何でも請け負うぜ?」
「生憎と、何もないよ。というか、どう考えても僕が君にとっていいお客とも思えないけどね? それともう一つ言っておくことがある」
「うん?」
「僕は近いうちに、また仕入れに出掛けるつもりだ。在庫を増やす必要があるからね。新しい物は無いけれど。売れた物ならあるんだ」
「なん……だと?」
 ふふんと、得意げに霖之助が笑みを浮かべてきた。
 魔理沙は額に手を当て、天井を仰いだ。大きく溜息を吐く。
「何て事だ。これは、異変の前触れに違いない。まさか私の知り合いが異変に荷担するなんて……人生ってのは、つくづく残酷なものだな」
「……おい」
 半眼になって霖之助が睨んでくるが、魔理沙は気にしない。
 そして、彼女はにやりと笑みを浮かべた。八卦炉を手にして、霖之助へと向ける。
「さあ、異変の黒幕よ。痛い目に遭いたくなければ、何を誰に売ったのかを私に言うんだぜ」
 はぁ、と霖之助は大きく溜息を吐いてきた。
「お客のプライバシーを吹聴するなんて、そんな真似をすれば、客に対する僕の信用はガタ落ちになるじゃないか。そんなものを向けられても、僕は絶対に教えないよ」
「命あっての物種とは思わないのか?」
「金は命より重い……!」
 揺るぎのない口調で発せられた言葉と鋭い目つきに、魔理沙は一瞬だが気圧される。ざわ……ざわ……とした幻聴を気がした。
 だが、それも所詮は一瞬のこと。

“それで? アリスは何でまた『情報技術基礎論‐ノイマンの時代から未来に向けて‐』とかなんとかいう本を買っていったんだ?”

 その問い掛けに、霖之助は答えてこない。ただ、無表情に見詰め返してくるだけだ。肯定していいのか否定していいのか、迷っている結果がこれなのだろう。魔理沙にしてみれば、否定してこないだけで、正否はもはや明らかなのだが。
「一応聞いておくけれど、君は僕の店の品揃えをすべて把握でもしているのかい?」
「まさか。でも売れなくて代わり映えのない店内から、いきなり本が消えていたのならそれぐらいは気付くさ」
 魔理沙は胸を張った。霖之助は呆れたような感心したような表情を浮かべてくる。本気で、気付かれないと思っていたのだろうか?
「いや……女性は男性と違ってそういった僅かな違いにもすぐに気が付くと聞いたことはあったけれど、改めてこうして目の当たりにすると……やはり驚くね。ふむ、魔理沙も女の子だったか」
「おいこら香霖? お前は今さら何を言っているんだ? 花も恥じらう乙女に向かっていう言葉じゃないだろう?」
「ああ勿論、君を侮辱するつもりで言ったわけではないよ。気に障ったのなら謝る。気に障るとも思えないから、謝らないけどね」
 魔理沙は半眼を作った。
「……香霖は私のことをなんだと思っているんだ?」
「花も恥じらう女の子だろ?」
 真顔で言い切ってくる霖之助に、魔理沙は小さく溜息を吐いた。
「香霖にとって、女の子というのはどういう存在なんだ?」
「さて? それを僕が口に出して説明するのは難しいな。説明出来る程に自分の心すべてを把握仕切れている訳でもないし、仮に語ったとしても僕のイメージ通りに語れるとも思えない。そういうのは作家や哲学者の仕事であって、僕は道具屋だからね。それに、言葉というものは人それぞれによって抱いているイメージが異なる以上、何を言っても僕のイメージする『女の子』という言葉が、正しく伝えられる可能性は皆無だろう」
 顎に手を当て、霖之助は小首を傾げた。
「つまり、私に言う気はないと言うことなのか?」
「結論だけを言ってしまえば、そうなるね。意地悪ではなく、語る方法が無いからだと付け足しておくけれど」
「そうか、それなら私はそういうことにしておくさ」
 魔理沙は苦笑を浮かべた。
 まさか本気で男だと思っていたわけではないだろうし、その言葉も自分に対する気安さから発せられたのだろうと魔理沙は理解している。釈然としないものは残っているが……もしも、それを払拭する為に霖之助から歯の浮くような台詞でも吐かれたら、それこそ気色が悪い。そんなことになったら、幻想郷が壊滅するに違いない。
「それと魔理沙。売れた本については君の観察眼によって説明がつくとして、どうして君は買ったのがアリスだと思うんだい?」
「ああ、そんなのは簡単な話さ」
 説明しよう、と魔理沙は人差し指を立て、かぶっている帽子のツバを上に押し上げた。
「アリスの奴、この前こともあろうに私の買ったコンピューターを盗んだからな。挙げ句の果てにここに持ち込んで、香霖達と一緒に分解しようとまで……。そこまで興味津々なら、ノイマンというのが誰だか知らないけど、きっと外の世界の魔法使い……式神使いだろ。そいつの名前が載っている本だ。買うとしたらアリスだ」
「なるほどね。でもあれは、アリスが盗んだんじゃなくて、君が彼女に押し付けたんじゃないか。動かないからって……。確かに、彼女は人形とコンピューターはよく似ているからと興味を持って、ここに持ち込んできたようだけれどね。そして結局、君が惜しくなって無理矢理取り返したけど……あれからどうしたんだい?」
「ああ、あれなら準備中だ」
「準備中? ……しかし、押し付けたことについては否定しないんだな」
「過去に起こった真実を見せることが出来ない以上、言っても水掛け論にしかならないからな。そんなことで不毛に時間を潰す趣味は私には無いのぜ」
 魔理沙は肩をすくめてみせた。
「それで? 君はどんな準備をしているというんだい? 山の神様達が安定的な電力を用意するのを待っているのか?」
「いいや、そんなことはしない」
 魔理沙は首を横に振った。
「漬け物石だとか、ベッドのそばに置いて本置き用の棚にしている」
「……それのどこが準備なんだ?」
「放っておけば、そのうち付喪神となって妖怪化するだろ? そうしたら、紫あたりに式を貰って、式神にするんだ」
「待て……それじゃあ、外の世界の技術をまるで使っていないじゃないか。そもそも、そんなことで本当に付喪神になるとは思えないし」
 霖之助は大きく溜息を吐いた。
「というか、よくよく考えたら君だってコンピューターを持っているんじゃないか。君の方こそ、ノイマンの本を手に入れたがっても不思議はないと思うのだけれど?」
「私は買ってない」
「知っているよ」
「永遠に、借りるだけさ」
「ちゃんと、お金を払ってくれっ!」
 香霖堂に霖之助の……怒りと悲鳴が混じったツッコミが響き渡った。それを聞きながら、魔理沙はけらけらと笑う。
 ともあれ、アリスがコンピューター関係の本を買っていった。そのことは間違いないだろうと魔理沙は確信した。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ドアが開き、アリスが玄関から姿を現した。
「よっす☆」
 にこやかな笑みを浮かべて、魔理沙はアリスに右手を挙げて見せた。
「ふんぬっ!」
「おわっ!?」
 勢いよくアリスがドアを閉めようとするのを慌てて魔理沙は足を挟んで食い止めた。
 ちっ! とアリスが舌打ちしたのが聞こえてくる。
「あんたねえ。悪質な訪問販売みたいな真似するんじゃないわよ」
「おま……何だよ。『ふんぬっ!』とか、キャラ違いすぎるだろ? そんな、パワーキャラみたいな台詞……」
「そんなこと言いながら、無理矢理入ろうとしてくるんじゃないわよ。……まったく」
 強引に体をねじ込み、魔理沙はアリスの家に入った。
 はぁ、とアリスが深く溜息を吐いてくる。
「それで? 一体何の用なのよ? いきなり押しかけてきて……異変でもあったのかしら?」
 こくりと、魔理沙は頷いた。
 アリスがちょっとだけ目を細め、神妙な表情と浮かべた。
「落ち着いて聞いてくれ、このままでは幻想郷が崩壊する」
「な、なんですってー?」
 声に抑揚は無いものの、アリスは驚いたような表情を浮かべてきた。その瞳からは光が失せいていたけれど。
「香霖堂で品物が売れたんだ。これは、大異変の前触れに違いない」
「へー、それは大変ねー。異変の黒幕は分かっているの?」
「ああ、私のよく知る相手さ」
「ふぅん? 誰なの?」
 気軽な口調でアリスが訊いてくる。

“残念だよ。アリス”

 素早く、早撃ちガンマンの如きスピードで魔理沙はポケットから八卦炉を取り出し、アリスに向けた。
「そうね……魔理沙」
 感情のこもらない口調で、アリスがそう言い返す。
 魔理沙が八卦炉を取り出すのと同時に、アリスの人形達が魔理沙の周囲を囲んでいた。互いに、身動きは取れない。
 そんな格好で約十秒。沈黙に先に折れたのは、アリスだった。
「それで? 冗談はそこまでにして、本当は何の用なのよ?」
「うむ、アリスが香霖堂でコンピューター関係の本を買ったっていうからさ、どんなものなのか私にも見せて欲しいと思ったんだ」
 魔理沙がそう言うと、アリスは怪訝な表情を浮かべた。
「え? 霖之助さんが魔理沙に話したの? いくら商売下手だからって、そんな真似する人には見えないんだけど?」
「いいや? 香霖は何も言っていないぜ? 私が推理したんだ」
「……本当に目聡いわね、あなたって」
 やれやれと、アリスは肩をすくめて見せた。
 と、それと同時に魔理沙を囲んでいた十体以上の人形達が離れていく。家具の上などに戻っていく人形達を見送って、魔理沙も八卦炉をしまった。
「先に言っておくけれど、あの本は貴重なものだから、あなたにそう易々とは見せられないわ。コンピューターを沢山抱えている霖之助さんも興味津々だったから……それを説得して、ようやく手に入れたのよ? 分かったことは教えるっていう条件で」
「よろしい、ならば弾幕だ」
「だから、何でそう何でもかんでも短絡的に話を進めるのよ? 私が分かった限りのことなら教えてあげるから、それで我慢しなさい」
「ちぇー。でも、今日はそれで勘弁してやるかー」
 アリスはパチュリーのように大量のマジックアイテムや魔道書は手元に持ってはいない。その代わり、本当に選りすぐりのものだけを誰の目にも触れられないような場所に厳重に保管している。それ故に、見つけ出して持っていくのは至難の業だ。パチュリーの蔵書のようにはいかない。もっとも、パチュリーも本当に人目に晒せないものは、図書館でもそうそう持ち出せないような場所にあるのだろうし、これまで借りることが出来たものはそういうのとは違うものなのだろうけれど。
「お茶ぐらい入れてあげるから、テーブルについて待っていなさい」
「不味いお茶は勘弁な」
「美味しいお茶しかないわよ」
 お前はどこのメイド長だと、魔理沙は心の中でツッコミを入れた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 アリスは紙と鉛筆を持って、魔理沙の隣に座った。
「あれ? 美味しいお茶は出ないのか?」
「しばらくしたら出てくるわよ、それまで待っていなさい。ほら、紙と鉛筆。メモしたいことがあったら、メモしていいわよ? というか、私も紙があった方が説明し易いかもって思うし」
 そう言って、アリスは紙と鉛筆を魔理沙の前に置いた。
「何を取りに行ったのかと思えば、紙と鉛筆かよ? 普通、研究ノートとかそんなんじゃないのか?」
 そうツッコミを入れると、アリスが半眼で小さく溜息を吐いた。
「そういう、狼に羊の番を頼むような真似、するわけないでしょ?」
「……お前は私のことをなんだと思っているんだ?」
 アリスは答えてこない。だが、どうやらまだ怒りと警戒は解けていないようだ。コンピューターを取り返して、それなりに日は過ぎたはずなのだが……。
 少しだけ居心地が悪いものを魔理沙は感じた。
「ところで魔理沙? あなた、どれくらい人形魔法とかコンピューターのこと知っているのかしら?」
「いきなりそういうこと言われてもな……人形魔法は研究していないし、私のコンピューターは相変わらず動かないから、説明出来るほどは知らないぜ? 私が知っているのはせいぜい、人形はお前がやっているように操る必要があって、コンピューターは香霖が言うように式神だって……それくらいだな。私には、結局あまり違いが分からないんだが」
「でしょうね。霖之助さんが完全に間違ったことを言っている訳じゃないし、魔理沙が混乱するのは私にも原因があるもの」
「ん? それはどういうことだ?」
 魔理沙は小首を傾げた。
「霖之助さんはこう言っていたでしょ? 『式神は命令通り動くことで、別の力を得るもの』だって」
「ああ、確かにそんな感じのことを言っていたな。それに対して『人形は操られているだけだ』とか、『式神はパターンを創ることで心を道具に変えるもの』とも言っていたぜ?」

“だから、魔理沙は混乱するのよ。私の人形は『人形に式を宿して道具とする』っていうものだから”

「……何だって?」
「一言で言ってしまえば、霖之助さんの説明する概念は、古いのよ。あなたがコンピューターを取り返したときにも、どうせ盗み聞きしていたんでしょうけど……いちいち、人形を歩かせるのに『腕上げて』『右脚出して』『左脚出して』みたいな細かい動作を制御してられないわよ。魔法で思考分割するにしても、限界が出てくるしね。でも、それが一世代前の人形魔法の常識だったわけ」
 ちょっとだけ得意げに、アリスは人差し指を立ててきた。
「私の人形魔法は、人形に式を宿してあるの。人形に式を覚えさせられるわけがない? そんな古い常識を覆した、最新の人形魔法。それが、私の人形魔法よ」
 要するに、簡便な命令……式、あるいはパターンは人形に覚えさせてしまい、ごく単純な命令や操作でやってもらいたい作業を人形に頼むことが出来るということなのだろう。
 さらに、アリス自身が器用だったり、人形を効率的に操ることが出来るような魔法を自分に使っているのだろうが。
「ああ、香霖の奴……言っていたな。『人形に式を覚えさせられるわけがない』って。古い頭してんだなー、あいつ。幻想郷では常識に囚われてはいけないというのに」
 魔理沙は苦笑を浮かべた。見ると、アリスも同様の表情を浮かべていた。
「ん? とすると、やっぱりアリスの人形は式神みたいなものなのか?」
「式……創られたパターンを持っているっていう意味では、その通りね。コンピューターは式を宿し、簡便な命令を与えたらそれを実行するの。だから、さっきも言ったけど、あなたは式神とどう違うのか混乱してしまったのよ。式神みたいに、心をパターンにしている訳じゃないから、やっぱり違うと言えば違うけれど」
「何て事だ。香霖のおかげで、すっかり混乱していたぜ」
 やれやれと、魔理沙は肩をすくめて溜息を吐いた。
「あれ? それじゃあ、コンピューターは人形? いやいや、人形はコンピューターなのか? それとも、やっぱり式神か? 香霖は、コンピューターのことを『パターンを創ることで道具を心に変えるもの』だって言っていたぜ?」
 疑問符を浮かべる魔理沙に、アリスは微苦笑を浮かべた。
「コンピューターはコンピューターでしょ? あの人にとって、この幻想郷の中で一番概念的に近いものが式神だったのだろうと思うけれど、共通点があるものをそれだけで同一のものとして扱うのはどうかと思うわね。そういう真似は理解の手助けにもなるけど、ときには正しい理解の邪魔をすることにもなりかねないわ。ただでさえ、外の世界なら幻想郷に存在していない概念が数多くあるでしょうし……未知の概念を既知の概念だけで括ろうというほうが、無茶があるでしょ」
「あー、なるほど。確かに、場合によってはそのまんま真っ正直に認識してしまうのが手っ取り早いかも知れんな」
 うんうんと、魔理沙は頷いた。
 今度会ったとき、香霖にも言ってやろうと思った。どんな顔をするか少しだけ楽しみだ。
 そんな事を考えながら、魔理沙は鉛筆を使って紙にメモを書いていった。
「あ、そういえばアリス。お茶はまだなのか?」
 いつもなら、こうやって話ながらでもアリスは人形を使ってお茶を淹れているはずだ。それこそ、自分は指一つ動かずにだ。しかし、今日は台所に人形達はいない。
「大丈夫よ。忘れている訳じゃないわ。そろそろ、時間かしら?」
「時間?」
 どういうことなのか、魔理沙にはいまいちピンとこない。
 そんな魔理沙に、アリスは微笑む。
「ん?」
 アリスの後ろ、魔理沙から見てやや死角になっているタンスの影から、一体の人形が現れた。
 等身大のその人形は、とことこと台所へと向かった。そして、釜戸に薪をくべて火を付け、食器棚からティーカップと茶葉を取り出した。
「何だ、また新しい人形を作ったのか? でも、今度のは結構大きいんだな。倉庫にいるゴリアテほどじゃないけど」
 アリスが作る人形は、主に手乗りサイズのものが多いように魔理沙は思っている。実際、家具や窓辺にメジロのように並ぶ人形達はそんなサイズだ。
「まあね。そして、あの子が香霖堂から買った本を参考に作ってみた魔法を宿した子よ」
「そうなのか?」
 改めて魔理沙は台所に立つ人形を眺めた。
「なあ、今までの人形とは何が違うんだ?」
「そうね、見ただけじゃ分からないと思うけれど……あの子に私は今、本当に全く何もしていないのよ」
「何だって? それはつまり……操っていないということか?」
 目を見開く魔理沙に、アリスは頷いた。
「ひょっとしてあれか? 自動人形?」
「その通りよ」
 そう言って、アリスは肯定してきた。
 そうは言われても、魔理沙にはにわかには信じられない。何しろ、アリスは指一本動かさずに沢山の人形を操れるのだから。
 そういう意味では、アリスの言葉を信じるしかないのだが……。
「なあ、私の思い違いでなければ……お前、結構長い間、ああいう風に操られずに動く人形を作る研究って詰まっていたよな? それが何でまた急に出来るようになったんだ? 本の中に、そういう魔法でも載っていたのか?」
「まさか、外の世界の本に魔法のことなんて書いてあるわけないでしょ? あなたも分かってて言ったんでしょうけど」
「当たり前だ」
 魔理沙はちょっとばかりムッとした表情を浮かべた。別にアリスが自分を小馬鹿にしている訳じゃないというのは、分かっているのだけれど。
「買ってきた本の中に、『ロボット』っていうものが書いてあったのよ。これは人の代わりに、パターンに則って……ある程度なら自律的にも、自動で作業を行う機械でね? 人の腕だけを模したものとか、それこそ人や動物の形をしたものに、プログラム……言うなればコンピューターの式ね、それを宿らせたり、使ったりして命令を与えて作業を実行させるものよ」
「ロボット……だと? そういえば、その言葉は早苗から聞いたことあるな。確かに、人の代わりに色々と作業をするって言っていた。あとは巨大ロボに乗ってビームやドリル、ミサイルは浪漫とか、耳を無くした青狸とかそんなことばかり言っていたから、式については何も聞いた覚えないんだが……って、アリス?」
 ふと、アリスと見ると彼女の目の焦点は魔理沙から外れていた。
 どこか遠くを見るような目で、当然とした表情を浮かべている。
「大地を灼くゴリアテビーム……天を貫くゴリアテドリル……巨岩を砕くゴリアテミサイル。いけっ、ゴリアテ……薙ぎ払え……うふ、うふふふふふふふ……。いい……凄くいいわ」
 背景にお花畑を背負い、ほわほわとお花を頭から湧かせている……そんな感じに見えるアリスに、魔理沙は半眼になった。
「おい、アリス? 何を妄想しているのか知らんが、さっさと現実に戻ってこい」
 冷静な口調で言ってやると、アリスはビクリと震えた。
 顔を真っ赤にして、げふんげふんと咳払いをしてくる。そんな彼女を見ながら、早苗と話が合いそうだなーなどと魔理沙は思った。
 ビームやドリルは、そこまで心を虜にする響きがあるというのか。
「と、とにかくっ! 外の世界では既にロボットという名前で自動人形の研究は進められていたの。パターンがプログラムか魔法か、動力源が電気か魔力かという違いはあるけれど、概念的にはかなり近いものよ」
「ふむふむ。じゃあ……ロボットっていうのは、コンピューターの仲間なのか?」
「ある意味、そうでしょうね。魔理沙が持っていたり、霖之助さんのお店に転がっているようなものは、パターンに則って行った作業の結果をモニターっていう……ほら、あの真っ黒なガラス面のある箱に表示するとか……物理的な動作が必要のない作業をやらせる機械で、ロボットは逆に物理的な動作が必要となる作業をやらせる機械ってところね」
「なるほどなるほど」
 頷きながら、魔理沙は紙にロボットや自動人形といったキーワードをならべ、その説明を隣に書いていった。
 と、かちゃりと乾いた音を立ててテーブルの上にティーカップとポットが置かれた。紅茶の臭いが湯気に乗って魔理沙の鼻をくすぐる。
「お、サンキューな」
「ご苦労様」
 そう言って労ってやるが、人形は無表情にその場に立ち尽くすのみだ。返事が返ってこないのは当然分かっているのだが、それでもついそんな言葉を言ってしまうのは何故なのだろうかと、魔理沙はふと思う。
「で? そう言えば結局、どうして本を手に入れたらこいつを作ることが出来るようになったんだ?」
「ああ、そういえばそこは言っていなかったわね。人形やロボットがどういうものかをまず説明してからって思ったけど……そっちの話で忘れていたわ」
 アリスは顔をしかめた。
「でも、結局はそれ……あまり大した話じゃないのよね。結局、ロボットのことを知るまで、私が自動人形ってものを作るのにどれだけの魔法が必要なのか……凝りすぎて整理出来ていなかったってだけだから」
「凝りすぎ?」
「ええ、そうよ。ただ決まった作業をさせるっていうだけでいいのに、外の世界の技術だと人工知能っていうのが近いのかしら……? 心そのものを模造したパターンを魔法として組み上げようとかしちゃって……外の世界でも多くの人達が研究して色々理論があるらしいんだけど……とても、私一人だけで思い付いて実装出来るものじゃないわね。そもそも『心』とはなんぞや? みたいな、哲学にも陥っちゃったし。もっとこう……単純な作業をさせるだけなら、単純な式だけでよかったのよ。ロボットすべてがそんな高度な人工知能を宿している訳じゃなかったし。あーもぅ……」
 アリスは小さく嘆息した。我ながらどうしてこんな事で時間を棒に振っていたのかと自己嫌悪しているように見える。
 そんなアリスを見て、魔理沙は苦笑を浮かべた。悪意は無い。確かに、必要とする技術の見積もりに失敗して藻掻いたその姿は滑稽ではある。だが努力した姿でもあり、魔理沙には……アリスのそんな賢明な姿を垣間見たようで、好ましいものように思えた。
「それと、あと残念なのは、あの本はロボットのことはほとんど書いてなかったのよねー。今度はなるべく、ロボットがタイトルに書いてあるような本を仕入れて貰うように霖之助さんに頼んでみようかしら? まあ、記憶領域の拡張とか処理能力の向上、命令伝達の信頼性向上アルゴリズムは参考になるし、それはそれで役に立っているけど」
「なるほどなあ。でも結局、一人だけ……狭い幻想郷だけでは色々と行き詰まるって事なのかも知れないな。香霖も『長いものに巻かれよ』とかなんとか……外の世界に言ってみたいとか言うんだが、そういうことなんだろうな、やっぱり」
 魔理沙は人形の入れた紅茶に口を付けた。
 むぅ……と魔理沙は心の中で呻いた。美味かった。アリスには言わないけれど。
「ところでアリス? この人形ってお茶を入れることだけしか出来ないのか?」
「そんなことはないけれど、あまり大した機能はまだ付けてないわよ? 私の中では試作型っていう位置づけだもの。せいぜい、時間通りに起きて朝に部屋の掃除をする、お昼過ぎにお茶を入れる、週に一回他の人形を手入れするくらいのことしかまだ出来ないわ。まあ……人工知能の研究と一緒に、自動人形の作製にはそれらの機能も研究していて……それは大きく流用出来たから、よかったけれど」
「そーなのかー」
「魔理沙?」
 アリスが怪訝な表情を浮かべた。
 にやりと魔理沙は笑みを浮かべ、ティーカップをテーブルに置いた。
 ごとん、とテーブル下から音が響く。
「……何?」
 何事かと、アリスはテーブル下を覗き込んだ。
 その次の瞬間、アリスの家は太陽の如く白く眩い光に包まれた。魔理沙がスカートの中に隠していた閃光弾(のようなもの)が爆発したのだ。
「きゃああああああああぁぁぁっ!? 目が……目が……目がああぁぁぁっ!?」
 アリスの悲鳴が響き渡る。
 だが、魔理沙はそんな悲鳴にはまるで耳を貸すことなく素早く椅子から立ち上がった。

“ちょっとこいつ、借りてくぜ~☆”

 人形を脇に抱え、魔理沙はダッシュで玄関へと走っていく。
「ちょっ? あんた、こらああぁぁぁぁっ~!?」
 アリスの怒声。そして、立ち上がろうとしてテーブルに頭をぶつけたのだろう。ごちんという音が魔理沙の後ろから聞こえてきた。
 そしてそのまま、魔理沙は外へと飛び出していった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 その夜。
 ふんふ~ん♪ と鼻歌を歌いながら、魔理沙はアリスの自動人形をあれこれ触っていた。
 腕を上げたり、脚を折り曲げたりしてみたが……至って普通の人形に見える。
「しっかし、あいつやっぱり器用だなー。こんな服から何から……これもあいつの手作りだよな? 人形に着せるのは勿体ないくらいだぜ」
 と、魔理沙は自分の家を見渡す。
 蒐集物で溢れかえったその部屋は……何というか、知らない人間にとっては凄まじいの一言だった。魔理沙自身にとっては、何がどこにあるかよく分かっているのだが。
 とはいえ、これではなかなか掃除に手間が掛かったりする。
「明日は頼むぜ? 何、掃除が終わったらすぐに返してやるから、安心しろ」
 ふぁ、と魔理沙は欠伸をした。
 そろそろ寝るかなと、魔理沙はタンスへパジャマを取り出しに向かった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 翌朝。
 その音は突如として、けたたましく、騒がしく、そして甲高く鳴り響いた。鉄砲水のように魔理沙の耳へと押し寄せてくる。
「な、何事だっ!?」
 とても、寝ていられるような音ではない。魔理沙は慌てて飛び起きた。
 部屋を見渡す。
「……え?」
 魔理沙は目の前の光景に声を失った。部屋の中が荒れ果てている。確かに、他人から見れば昨夜までの様子もそんなものだったのだろうが……魔理沙の視点では、まったくそうではない。
 魔理沙の中では確かにあった、ここは本を置くスペース、ここには小道具を置くスペースといった……そんな秩序が崩壊している。それだけではない、魔法に使う試料やら何やらまで床にぶちまけられていた。
 そして……これがさっきの音の原因だろう。台所では食器棚から食器がことごとく雪崩れ落ちていた。床には無惨に砕け散った食器が散乱している。
「な……何やってんだお前えええぇぇぇぇ~~~~っ!?」
 悲鳴混じりで叫びながら、魔理沙はベッドから抜け出し、台所へと駆け出していく。目は一発で覚めた。
 人形の元へと辿り着き、その両肩を掴んで人形を揺らす。
「ど、どうしてくれるんだよこれっ!? あの魔法薬、材料を集めるのにも作るのにも、私が……私がどれだけ苦労したと思ってるんだっ! それに、食器まで……ああああ、私の部屋が……元通りにするのに、どれだけ……どれだけ……」
 怒りと悲しさで、魔理沙の感情が沸騰する。その瞳からは涙すら滲んだ。
 しかし、そんな魔理沙の感情など欠片も感じていないのか……それは、感じていないのだろうが、人形はやはり無表情に魔理沙を見返すのみだ。
 そして、一切の感情を見せることなく、人形は魔理沙に向かって歩みを進めていこうとする。ただひたすらに、淡々と。まるで話を聞いている様子がない。
「くっ……この……」
 そんな人形の態度に魔理沙の感情は逆撫でられる。再び叫ぼうと――
 その瞬間、魔理沙の視界を赤い光が灼いた。
 激しい衝撃と共に、魔理沙の上半身が大きく仰け反る。
「かっ……かっ……かはっ!?」
 火薬の臭いと黒煙が魔理沙の周囲に漂う。
 魔理沙の両手は空を掴んでいる。肩を抱いていた人形は爆裂四散し、無惨な姿となっていた。
 けほけほと魔理沙は黒煙の中で咳き込む。「おめでとう、魔理沙はアフロ魔理沙へと進化した」とか、そんな幻聴が聞こえた気がした。

“アリスううううううぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~っ!!”

 朝の魔法の森に、魔理沙の怒りの咆吼が響いた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 アリスは自宅の前で、青空を眺めていた。
 静かで澄み切った朝の空気を堪能する。
「んー、いい天気ねー」
 微笑みながら、アリスは隣に浮かぶ小さな人形へと目を向けた。
「まあ、どうなっても仕方ないわよねー。高度な人工知能なんてまだ実装出来ないし、私の家用にしか使えないものねえ、あの子」
 ね? とイイ笑顔を浮かべてアリスは人形に同意を求めた。返事は無い。だが、それでも満足だ。
「人形は確かに勿体ないけど、魔法のバックアップはちゃんと用意してあるから、問題ないわよ? すぐに、同じものを作ることは出来るわ」
 うんうんとアリスは頷く。
「自爆装置っていうのも浪漫よねー。絶望的な窮地での最終手段。感動的で絵になるわよね」
 今のところ、研究を続けて世に出した結果どうなるのかは想像の付かない技術だ。もし万が一、そんなものを悪用されることになっては大変だ。なので、考えられないほどに使用環境が変わるような……そんなイレギュラーがあった場合は、自爆するような命令を仕込んであった。
 アリスは小首を傾げた。
「え? 魔理沙は大丈夫なのかって? ま、大丈夫でしょ? 火薬は一応、死なない程度に抑えてあるし、魔理沙は丈夫だもの。殺したって死なないわ」
 アリスは再び空へと顔を上げる。
 そして、家の中からぞろぞろと……百は軽く越える人形達が出てきた。どの人形も武装している。
「さあみんな、多分……もうそろそろだと思うわ。気合い入れていくわよ」
 その掛け声に応じて、人形達はその手にした武器を掲げた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 それが「魔法の森、火の七日間戦争」と呼ばれた戦いの始まりであった。


 ―END―
 どうも、漆沢刀也です。
 魔理沙のコンピューターは、東方香霖堂で彼女が買ったものです。魔理沙がアリスにコンピューターを押し付けた云々の話は、こちらになります(http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=198371)。もし、ご興味がありましたら読んでやって下さいませ。ここの存在を知る前に書いたものなので、今作だけでも話が分かるように気を付けたつもりではありますが。
 アリスの人形の設定については、霖之助の説明とは相反しますが、実際はこんなところではないかと自分は思っています。それに、香霖堂で書かれたような説明はあるのですが、それとは別のところで、ZUNさん自身がアリスの人形にはパターンが組み込まれていることを想像させるような説明をしていたような気がします。出所を思い出せないのが問題ですが。
 あと、自分の中では魔理沙とアリスは割と犬猿……というか、互いに無視出来なくてついつい突っかかり合うようなイメージで書いています。険悪でもないし、ある意味では仲がいいんでしょうけどね。
 文もみも同様に、割と軽いノリ(表面上は)の文に、生真面目な椛がついつい突っかかっていくようなイメージですね、自分の中では。原作に沿わせようとして、険悪でもないけど、犬猿にしたいと思うと、自分ではこうなります。
 季節もへったくれも無い話ですが、ちょっとでもお楽しみ頂けたのなら幸いです。みなさま、よいお年を。
漆沢刀也
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コメント



0.930簡易評価
7.100名前が無い程度の能力削除
工学系の人が作ろうとしているなんでもやってくれるロボットみたいなものが、いわゆるアリスの求める自律人形だなあというのは自分も思っていたので同じ世界観を共有できて楽しかったです。
物理学的アプローチから迫る「我々」と魔力的アプローチのアリスとどちらが先に目標にたどり着くか楽しみです。
8.80奇声を発する程度の能力削除
こういう観点からのお話も面白いですね
12.90名前がない程度の削除
爆発オチw
なんだろうすごく読みやすかったデス!
17.無評価漆沢刀也削除
まずはお詫びを。返事が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
年末からお正月にかけて実家に帰っていたので、PCが触れなかったので。

>7さん
>世界観を共有できて楽しかったです。
最初、自分は香霖の言う式神が「コンピューター」の幻想郷的な説明ではちょっと違うんじゃないかなあと思ったのがこの話を書く切っ掛けでした。
そして、考えていく内にアリスの人形は、まさしくロボットに近いものだよなあと自分は思いました。

自分だけではなく、他にも同じ世界観を持っておられる方がいることを知ることが出来、自分も嬉しいです。
「我々」外の人間が今後のアリスの研究にどのような影響を与えるのか、はたまた、もしもアリスが外の世界に来ることがあったとしたら、どんな影響を与えてくれるのか、それを考えると楽しくなります。
拙作をお読み頂き、ありがとうございました。

>奇声を発する程度の能力さん
東方香霖堂を読んで思ったのですが、霖之助の言うことが合っているかどうかはともかくとして、色々と推察をする楽しさがあの本にはあったと思います。
そんな楽しさを書いてみたいと考え、この話を考えました。
楽しんで頂けたようで、嬉しい限りです。お読み頂き、ありがとうございました。

>12さん
前作でアリスから魔理沙が無理矢理コンピューターを取り返す……みたいな真似をやらかしているので、今度はアリスの逆襲……というか、魔理沙にちょっとだけ痛い目を見せたかったです。
創作仲間曰く「東方のキャラはみんな我が儘で懲りない連中」だそうですし、自分もそう思うので、魔理沙もこれで借りパクを自重はしないと思いますがね。
読みやすいと言っていただけて嬉しい限りです。なるべく、軽くてさくさく読める書き方を目指しているもので。
拙作をお読み頂き、ありがとうございました。
18.無評価名前が無い程度の能力削除
空にそびえるゴリアテZが楽しみです
22.803削除
やりとりがとてもそれらしかったと思います。
落ちをそこに持ってくるか! やられました。
たまに入るパロネタは蛇足感がありました。上手く構成出来ているだけにもったいない。