「われらー、みょーれーんじーの三勇士ー」
「きょうこ!」(イェイェイ)
「こがさ!」(イェイェイ)
「…………」
「ちょっとおー! ナズーリン! どうしたのさ!?」
「……この歌、必要なのかい?」
「いるよー! 盛り上がるじゃんか!」
「正直、とっても恥ずかしいんだよ」
げんなりしているネズミの賢将さん。
響子は竹箒を、小傘は傘を、ナズーリンはNEWSロッドを肩に担いでいる。
各々それとは別に何やら荷物を持ち、二人は元気にてくてく、一人は少し離れてとぼとぼ歩いている。
「めーざーすーわ こーまかーん」
「きゅーけつきーを やあっつけーろー」
「だから待てって! やっつけるのは絶対無理だって!
見に行くだけだろ?
……ねえ、やっぱりやめない?」
『響子、きゅーけつきって知ってる?』
多々良小傘が幽谷響子に聞いた。
『まだ食べたことないなー』
ことの前日、命蓮寺の夕飯はつつがなく終わり、ちょっと一息タイムに入っていた。
いつものようにお呼ばれされた小妖二体が、いつものようにピントのズレた会話をしている。
本日の片づけ当番はムラサとぬえの甘酸っぱコンビ。
他の連中も居間から下がっており、ナズーリンと寅丸星がお茶を飲みながらのんびりと二人の話を聞いていた。
『吸血鬼だよ、きゅー・け・つ・き!』
『えー、しらなーい』
吸血鬼。
魔物の中でも最上層で君臨する圧倒的な存在。
これほど多くの伝説や迷信に彩られた怪奇は他にないだろう。
幻想郷で吸血鬼と言えばあの麗姉美妹のことだ。
小傘が続ける。
『血を吸うんだよ』
『うえー! そんなのおいしくないじゃん!』
『血を吸われたモノはたいてい死んでしまうんだって』
『ひえー!』
『もし死ななかったら、あ、間違えた、死ねなかったら、えーえんに吸血鬼の子分になるんだって』
『そんなのヒドいよー!』
『しかも狙われるのは綺麗な女のヒトばっかりらしいよ』
『ふえ? あー良かったー!
そんじゃ私たち、へーきじゃん!』
『……【私たち】? え? ……そ、そう、だよね……』
微妙な表情の小傘。
見ていたナズーリンは、ぷっと吹き出してしまった。
二人とも愛嬌があってなかなか可愛いのだが【綺麗】と言われるにはまだまだ時間がかかるだろう。
小傘ちゃんは若干、自意識が高いのかもしれない。
『でもさー、そんな危ない魔物、ほっといていいの!?』
『退治するヒトがいないみたい』
『それじゃ、退治したらほめられるかな!?』
『カッコいいかもね』
その後もきゃいきゃいと吸血鬼談義が続く。
『こーまかんに住んでいるらしいよ』
『湖の向こう側にある大きなお屋敷だよね!』
『行ってみようか?』
『行ってみよう!!』
ここまでは苦笑しながらも黙って聞いていたナズーリンだが、たまりかねて口を挟んだ。
『あのね、キミたち、遊び半分で紅魔館に行ったらエラいことになるよ?』
もっともな忠告だが、基本、能天気な化け傘と山彦はその意味が理解できない。
『ナズーリンたら、怖いの?』
『こわいんだー!』
『なんだよその言い草は。
キミたちのために言ってあげたのに』
『私たちは行くからね』
『れっつ、ご、ごぉーー!』
『だーかーらー、やめておけってー』
うんざりしているナズーリンに寅丸星が告げる。
『ナズーリン、ついて行ってあげなさい』
『はあ? 私が? なんで?』
『言い聞かせても納得しないでしょうし、これもお勉強だと思います。
それに何か粗相があってはいけませんからね。
貴方が一緒なら大丈夫でしょう、ね? ナズ、お願い』
そんなこんなで本日この時に至る。
(はああー)
心の中で盛大にため息をつく小さな賢将。
自分を含めたこの一行、いかにも頭が弱そうで、まるで【三ばか大将のお宝探し】のようだ。
自分も世間からはそう見られているかと思うと賢将ナズーリンは泣けてきた。
こんなピンぼけ訪問者、普通に行けば門前であしらわれて終わりだろう。
ナズーリンは、一応、手を打っておいた。
『はたて君、今日は図書館に行く日だろ?』
今朝、いつものように命蓮寺で朝食(朝汁)を摂っていた姫海棠はたてに話しかけた。
『その予定ですが、なにか調べ物ですか、デスク?』
命蓮寺の番記者とも言われる姫海棠はたて。
引きこもりだった自分を一端の新聞記者にまで鍛え上げてくれた厳しくも優しい【ナズーリンデスク】のことを心の底から尊敬している。
はたてはおよそ週に一回、大図書館を訪れる。
元々の目的は資料集めだったが、今は日陰の魔女との逢瀬の口実になりつつある。
『そのついでに私とツレ、小傘と響子がうかがうと、レミリアどのと咲夜どのに伝えておいて欲しいんだが』
『おやすいご用ですけど、珍しい組み合わせですね』
『うん、まぁ、目的は吸血鬼見学なんだがね』
命蓮寺の面々を良く知っているはたては、今回のメンバーとナズーリンデスクの気乗りしていなさそうな顔を見てだいたいの事情を察した。
(デスク、いつも面倒ごとのご担当で大変ですね。
でも、文句言いながらも断らないし、結局最後まで付き合ってくれるんですよね。
だから我らがデスクは素敵なんですよねー)
敬愛するデスクのサポートをできるだけしようと心に決めた自称一番弟子のツインテール天狗だった。
「吸血鬼の弱点、たくさん持ってきたもんね!
十字架、ニンニク、銀のスプーンもあるよ!」
小傘の発言に思わす突っ込んでしまう賢将。
「ちょっと待て、銀のスプーンってなんだい?」
「吸血鬼は銀に弱いんだよ、ホントは銀のナイフか銀の弾丸がいいんだけど、お寺にはなかったからスプーンを借りてきたの」
寅丸星が、小傘達にねだられて貸し与えたのだろう。
「そして、ひっさつあいてむ! BL漫画ーー!!」
今度は響子。
ナズーリンは二秒ほど固まってしまった。
「……その弱点、いや、そもそも吸血鬼のこと、誰に聞いたんだね?」
「ぬえさん」
(やっぱりそうか、……ったく、アイツは)
お寺のトラブルメーカー封獣ぬえが小妖たちにロクでもないこと吹き込むのはいつものことだが、今回は、いや今回もとばっちりはナズーリンが被りそうだった。
(くそー、あの、かまってちゃんめ、覚えておけよ)
「他にも弱点を教えてくれたよ」
「ロクでもなさそうだが一応聞いておこうか」
「わがままで、気まぐれで、自分の間違いを素直に認めないんだって」
「それは弱点じゃなくて欠点だろ?
声に出して言うには失礼な話だぞ!」
やっぱりロクでもなかった。
「あー、なにあれ?」
小傘が指さす空に黒い塊がふよふよと漂っている。
ほぼ球形の黒い塊、直径は数メートルはあろうか。
「あれは妖怪だね」
ナズーリンが答える。
暗闇妖怪ルーミア。
さほど強いわけではないが、今は封印された状態とも聞くし、本来はかなりヤバい妖怪だとも聞く。
すすんで関わる必要はないだろう。
「あの暗闇の中の妖怪は外の様子が分からないようだね。
時間もない、黙って通り過ぎるとしよう」
二人が素直にコクコクと頷く。
三人が歩き出すと、辺りが急に冷え込んできた。
ナズーリンが小さく舌打ちをする。
(確かに湖の近くだし、アイツのテリトリーだけど、実にタイミングの悪いことだな)
「おーい! ルーミア!」
氷精チルノだった。
「ルー……あ、ナズーリンじゃんか!」
こちらに気づいてしまった。
最強妖精が降りてきた。
一段と冷え込んだ。
勝ち気そうな瞳で命蓮寺の一行を睨みつけている。
「ナズーリン、今度は手下を連れて挑戦か!?
あたいはいつでも受けて立つよ!
また、負かしてあげるからね!」
腕組みしてふんぞり返っているチルノの横に闇フィールドを解除したルーミアが降り立った。
「チルノ、どうしたんだー?」
「勝負だよ!
だんたいせんになったらルーミアも手伝ってよ!」
「おおー」
あちゃーっと額に手をやるナズーリン。
面倒なことになってきた。
「ナズーリン、あのコに負けたの?」
「う……まぁ、そう言うことになるのかな」
寺の縁日でアイスキャンディー製造をチルノに頼んだ際、なぞなぞ勝負を挑まれ、さんざん振り回された。
チルノの頭の中では【ナズーリンに勝った】ことになっており、ネズミ妖怪は自分より頭の悪い格下の相手として刷り込まれている。
「それなら私たちが仇をとってあげるよ!」
「そうだ、そうだー!」
小傘と響子がファイティングポーズを取る。
「まぁ、待ちたまえ、今日はこんなことにかまけている場合じゃないだろ?」
「あ、そうだ、こーまかんに行かなくちゃだ」
「そーだねー! 今日のところは見逃してやるかー!」
そのやりとりを聞いていたチルノが怒鳴った。
「逃げるつもり!?」
闇と氷のコンビ、そこそこ強く、意外とやっかいだ。
ここは力押しでは通れないと見て取ったナズーリン。
「二人ともミスティアが呼んでいたよ?」
もちろん嘘。
ここは命蓮寺に縁があり、取引もあり(雀酒といなり寿司の物々交換だが)ナズーリンとも親交のあるミスティア・ローレライに仲立ちを頼むことにした。
「みすちーが?」
「屋台で奢ってくれるそうだよ、食べ放題だってさ」
言いながらメモに状況を書いているナズーリン。
メモをちぎって小さく折り畳み、チルノに渡す。
「この手紙をミスティアに渡すと良い。
間違いなく奢ってくれるよ」
「ホントかー!? ラッキー!!」
「うなぎだー、うなぎだー」
ミスティア・ローレライは小妖だが、道理をわきまえ、ヒトの気持ちを思いやれる娘だ。
ナズーリンの【手紙】を見れば理解してくれるはずだ。
だが、チルノとルーミアの飲み食いの分は、後日ナズーリンが払わなくてはならないだろう。
(やれやれ、つまらない出費だな)
厄介なチンピラをやり過ごして湖のほとりに出た一行。
本当なら紅魔館まで飛んで行けば済むところだが、幽谷響子は実はそれほど飛ぶのが得意ではない。
空妖に近い小傘や、何千年も探索行をしてきたナズーリンにとっては何という距離ではないが、響子にとってはかなりシンドい道のりだった。
それに気づいていた優しい小傘は何も言わずに徒歩での進軍を選んだ。
もちろんナズーリンは異を唱えなかった。
対岸に紅魔館が見えてきた。
「ここらで腹ごしらえをしておこうか」
ちょうどお昼時、寅丸星から持たされお弁当を広げる。
小振りのチャーハンおにぎりが三つずつ。
炒り卵、焼き豚の細切れ、京人参、ネギ、柴漬け。
ぱくぱく むしゃむしゃ
「寅丸さんのお弁当、おいしいよねー。
寅丸さんって、ちょっと慌てモンだけど、お料理じょーずだし、とっても優しい」
「そうだよねー!
ぼんやりしてるけど美人で力持ちだし!
ご飯! とってもおいしいー!!」
色々と引っかかる物言いだが、寅丸星の従者で恋人であるナズーリンは黙って聞いている。
(見た感じだけだとそんな印象なのかな、ご主人の本当の魅力は…………まぁ、いいか)
紅魔館の入り口に大柄な女が立っていた。
響子がいつものように元気よく挨拶する。
「こおん、にちわーー!!」
ちょっとビックリしながらも挨拶を返す紅美鈴。
「はいはい、こんにちは、元気がいいですねー。
いらっしゃいませー。
……おっとと、そうじゃなかったですね。
えーっと、……私は紅美鈴(ほんめいりん)!
この紅魔館に何用ですか!?」
門番として最低限の職務を果たそうとする。
「かそだに、きょーーこ、でーす!!」
「多々良小傘でーす」
「そうですか、きょうこさんに、こがささんですね?」
相手の目を見ながら丁寧に挨拶を返す。
その後ろで軽く手を振るナズーリンに美鈴は会釈した。
こちらは顔見知り。
「このヒト、なんだか寅丸さんみたーい!」
山彦が言ったら、化け傘が同調する。
「そーだね、大きくてノンキそうで優しそうだよね」
(まぁ、確かに雰囲気は似ているけどね)
ナズーリンは複雑な表情。
愛する主人が褒められているのか、馬鹿にされているのか、判断が微妙なところだ。
小傘と響子が美鈴をじっと見ている。
顔ではなく、胸の辺りを。
小傘が囁いた。
(ねえ、このヒト、おっぱい、大きいよね)
「うん! でかい! でっかーい!
ぱいおつ、かいでー、かいでーっ!!」
この山彦にひそひそ話は無理だ。
「なにそれ?」
「ギョーカイよーごだって、ぬえさんが言ってたー!」
「寅丸さんと同じくらいかな?」
「そーかもー! どっちがでっかいかなー!?」
そう言って改めて門番の胸をまじまじと見つめる。
美鈴は思わず胸を隠した。
幻想郷の【乳八仙】の一人と謳われているらしいが、面と向かって言われるとさすがに恥ずかしい。
「くおらっ! キミたち! 失礼にもほどがあるぞ!
女性の美しさ、特に固有の部位は陰で愛でるものだ!
じろじろ眺めるなど不作法にもほどがある!
それに、ご主人のは美鈴どのより質量は一割減だが、ハリと艶は勝っている!」
「ナズーリン、よく分かんないよ」
「そーだよー! なにが言いたいんだー!?」
美鈴も胸を隠したまま、汚らわしいモノを見るような顔でナズーリンを見ている。
(し、しまった、ご主人の乳の話題が出たから我を忘れてしまった。ここは話を逸らさねば)
「ま、まぁ、この話はどうでもいいだろう。
美鈴どの、我々のことは聞いておられるかな?」
少し前に来館した姫海棠はたてから、そして十六夜咲夜からも来客の予定を聞いていた紅美鈴がうなずく。
「はい、うかがっております、お通しするようにと」
まだ胸を隠している美鈴に小傘が問いかける。
「ねえ、美鈴さんはどんなお仕事しているの?」
「私は門番です、この館にやってくるヒトの出入りを見張り、不審なモノには声をかけ、用件を問いただします」
「じゃあ、私とおんなじだー!」
響子が、そのくりくりした目を美鈴に向けた。
「え? そうなんですか?」
「私、お寺の門でおそーじしてるのー!
来るヒトにごあいさつして、ご用件を聞いてるの!」
「それでは響子さんとは同業者、ご同業ですね」
体の緊張を解いた美鈴が少し屈み、響子の目線にあわせながら穏やかに言った。
「ごどーぎょー、ごどーぎょー!」
嬉しそうにぴょこぴょこ跳ね回る山彦。
楽しそうな二人を見て、ちょっと寂しくなった小傘が遠慮がちに言った。
「あ、あの、あちきも、お寺のお墓の番人……みたいなことしてるんだよ」
「では、私たち三人は門番組合ですかね」
小傘に向き直ってニッコリ笑った。
「くみあい?
よくわかんないけど、仲良しってこと!?」
「そう言うことですね」
美鈴の穏やかで包容力のある雰囲気にあっと言う間に打ち解けてしまった二人。
この風景を見て、これはこれで良し、うんうんと頷くナズーリンだった。
「ところで皆さん、お通しするよう言われていますが、ご用はなんですか?」
一頻り手を取り合って喜んだ後、美鈴が本来の職務を思い出して言った。
「私たちはこれから吸血鬼を退治するんだよ」
(へえー、って……なんですかそりゃ)
こんな小妖に退治される主人ではないし、通して良いとも言われているが、【退治する】って言われて、ホントにすんなり通してしまっていいのかな?
後でメイド長にしこたま怒られるんじゃないかな?
「だから違うって! 会ってアイサツするだけだろ!」
懊悩している門番に判断の突破口が提示された。
(うん、そうよね、アイサツだけなら通して良いわよね)
ちょいちょい訪れるネズミの妖怪。
先ほどのお乳の話には驚いてしまったが、紅魔館では賓客扱いだ。
当主とその妹の関係を飛躍的に改善させ、図書館魔女の恋愛事情をいー感じに後押ししていると聞いている。
そしてなんと言ってもあの排他的なメイド長がどう言う訳か絶大な信頼を置いているらしい。
つまり、紅魔館にとってはベリーウエルカムなお客。
ただ、近隣のイタズラ妖精たちからの評価は高くない、いや低い。
特にチルノは『ナズーリンっていうネズミは頭が弱いからいじめちゃダメだよ』と言っていた。
このギャップ、訳が分からない。
「ところで美鈴どの、つまらないものだがこれを受け取ってほしい」
ネズミ妖怪から手渡された四角い包み。
「開けてよろしいんですか?」
「もちろん」
和菓子の詰め合わせだった。
寅丸星特製のとらまる焼きが五つ、その他に、豆大福、芋羊羹、落雁、霰餅が品良く詰められている。
和菓子に目のない紅美鈴にとっては宝箱に匹敵する。
「あ、あの! これ、これって!?」
「今後とも色々よしなに取り計らっていただきたい」
これは完全な賄賂だ、受け取ったことが主やメイド長にバレたらモノスゴく叱られるだろう。
……いや? 叱られるだけですむなら、この宝石箱は十回分の叱責にも勝るんじゃないか?
美鈴の激しい葛藤を見越したように鼠悪魔が囁く。
「もちろんレミリアどのや咲夜どのには内緒のことさ」
そう! それが聞きたかったのだ!
そこんところが保証されるなら迷うことなど何もない。
収賄に手を染める決心をした悪代官紅美鈴(w)。
「ないしょだよ」
「なーいしょ! ないしょー!」
小傘と響子も請け負ってくれるようだが、却って不安が再沸してきた。
(ホ、ホントにだいじょうぶかしら?)
そんなこんなで門をくぐった命蓮寺の三勇士を玄関前で待っていてくれたのは幻想郷が三千大世界に誇るスーパー・アルティメット・メイド、十六夜咲夜だった。
「命蓮寺のご一行様、ようこそいらっしゃいました。
当館のメイド頭、十六夜咲夜でございます」
よく響くメゾソプラノと完璧なお辞儀で迎えてくれた。
「こんちわー、あ、このヒト、このあいだお寺に来たおねーさんだよね?」
「あ! そうだ! あのときの美人のおねーさんだー!」
以前、ナズーリンを訪ねてやってきた美の化身のことを二人とも覚えていた。
まあ、忘れられるはずもないのだが。
今度は咲夜の顔をまじまじとみる化け傘と山彦。
「うわ! やっぱ! びっじーーん!!」
「ほわあー」
そばで見ても美しい、ドアップに耐えられる。
と言うか十六夜咲夜に至近距離で見つめられながら何か願い事を囁かれたらいったい何人が抗えるだろう。
しかし先ほどの美鈴の時といい、今回といい、この二人、素直というか無遠慮というか。
ナズーリンはヒヤヒヤ、ハラハラしっぱなしだ。
「恐れ入ります」
小妖たちの賞賛を余裕で受け止める月華麗人。
咲夜は、美人といわれることには慣れている。
このように記すといかにも傲慢に聞こえるが、彼女自身、実は外見の美醜にさほど頓着していない。
立ち居振る舞いや、考え方、その生き様の美醜こそが遙かに大事であるとの信念に従って生きているからだ。
だから己の外見を褒められても、照れもしないし、自惚れもしない。
つまり、並の美人さんとは最初から立っているステージが違うのである。
でなければ幻想郷で唯一の黒い星五つは冠されない。
《注※黒い星五つとはナズーリンのイイ女評価の最高点》
「優しそうで、スゴい綺麗なおねーさんだよね。
ひじりさまと同じくらい綺麗」
「ホント、ホントー!」
これは聖白蓮至上主義、ひじりさまだいすきーの小傘たちにとって最大級の賛辞である。
「こら、あんまりはしゃぐんじゃないよ、迷惑だろ。
それにキミたちはこのヒトの恐ろしさを知らないんだ」
「ナズーリン、バッカじゃないの?
こんな綺麗なヒトが怖い訳ないじゃん」
少し釘を刺そうと小声で忠告したナズーリンに思いも寄らないカウンターが返ってきた。
ちょっと引きつりながらも努めて冷静に助言めいたことを言ってみるネズミ妖怪。
「綺麗なバラにはトゲがあるんだよ」
「綺麗なバカにはボケがあるの? なにそれ?」
「カレーのバナナはコゲがあるの!? へんなのー!」
もう、なにがなんだか。
たとえ話は意味を成しそうにない。
咲夜には何度も怖い目にあわされているナズーリンは再び小声で爆裂コンビに告げる。
「咲夜どのにきちんとご挨拶したまえ。
そして、いいかい?
くれっぐれも余計なことを言うんじゃないぞ!」
「おーけー、おーけー まかしといて」
「まっかせって、おっきたっまへーー!」
うわ……スゴく不安。
「ナズーリンがいつもお世話になっております」
「おせわになってまーーす!」
二人とも両手を前で揃えてぺこりとお辞儀した。
おっ、なかなか良いじゃないか。
「こちらこそナズーリンさんには並々ならぬご厚情を賜っております」
「いえいえこちらこそ。
ナズーリンの枕元には咲夜さんの写真がおいてあって、なんだか色々お世話になっているんですよー」
爆発した。
大都市の中心部で最大級の傘爆弾が炸裂した。
どれほどの被害になるのか想像もできない。
さすがのナズーリンでも咄嗟に反応ができない。
「私の写真ですか?」
咲夜が先に反応してしまった。
「ま、待て! あれは違うんだ! 人里の茶店から女給にメイド服を着用させてみたいと相談されて、メイドの完成体である咲夜どのの姿を参考にユニフォームのデザインを考えていたのだ!」
いささか説明臭いが、これは本当のことであった。
小傘がなぜ咲夜の写真をナズーリンの居室で見つけたかは分からないが、今はそれどころではない。
いまだ大炎上中のナズーリン市はようやく緊急防災宣言を発する。
二次災害は絶対起こしてはならない。
「おい! このことはご主人には漏れていまいな!?」
「寅丸さん? 知らないんじゃないかな?」
寛容で聡明な寅丸星は、ナズーリンが他の女性と一緒にいても何も言わないが、十六夜咲夜だけは別だった。
本能が言っているのか、あるいは咲夜のポテンシャルをある意味一番理解しているからか、咲夜が絡むとただごとではないほどヤキモチを焼く。
ナズーリンを信じている、でも、十六夜咲夜はとっても危険だと感じている。
あの完璧メイドが本気になったら最愛のナズーリンを奪われてしまうのではないか。
思い込みの激しい寅丸星は二人の接触に過敏に反応、いや、あからさまに警戒している。
だったらナズーリンを紅魔館に行かせるなよ、と言いたいが、そこは【うっかりタイガー】。
小傘と響子のため、と思ったときには咲夜のことを失念していたわけ。
ホントお人好しな【うっかりタイガー】。
そんな寅丸星の間違った思い込みをなんとなく理解していたナズーリンは主人を悩ませたくはないので、なるべく十六夜咲夜とは距離を置くようにしていた。
なのに、なぜかニアミスが多い。
それも毎回毎回命が削れるほど際どい接触なのだ。
「ナズーリンさんが私の写真を……
これは私の自慢話にさせていただきますね」
そう言って、ホントに嬉しそうに微笑んだ。
クラっ、とするほどキレイな笑顔だ。
小妖三人はパカっと口を開けて見入っている。
最初に正気に戻ったネズミが訴える。
「ちょっ! ちょっとー! 他言は勘弁して欲しい!」
咲夜にとってナズーリンは紅魔館の危機や難題を奇跡のように解決してくれた夢のスーパーヒーローなのだ。
そしてほとんど見返りを求めないストイックな無敵の勇者にして万能の賢者。
咲夜の信念に照らせば、ナズーリンこそが真に美しく、素晴らしい、憧れの存在なのである。
思い込みや勘違いが、たっっっくさんあるが。
「でも、賢将ナズーリンさんが私の写真を愛でてくださるなんて、幻想郷の中心で声高に自慢したいです」
「だから! 待ってって!!
ねえ!? 私の説明、聞いていたでしょ!?」
どうしていっつもこのヒトは肝心なところを抜かして勝手に解釈するのか!?
咲夜の重心が後ろに移った。
このまま逃げられたらマジヤバい。
追いかけようと前に出たナズーリンはぴょこぴょこ落ち着きのない響子の足にけっつまづいた。
ぽふ、思わず抱きついてしまった。
十六夜咲夜に。
「こ、これは失礼!」
慌てて離れようとして見上げた先に魔瞳があった。
「光栄でございます」
ぎゅ。
咲夜に優しく抱かれている。
身動きができない。
ほんのりと香る上品なフレグランス、しなやかな肉体、そしてすべてを溶解させる強く妖しい瞳。
(あ……なにもかも持って行かれそう……)
♪いーってやろ~いってやろ~寅丸さんにいってやろ
♪いーってやろ~いってやろ~寅丸さんにいってやろ
地獄の童歌(合唱)が聞こえてきた。
♪いーってやろ~いってやろ~寅丸さんにいってやろ
♪いーってやろ~いってやろ~寅丸さんにいってやろ
ようやく我に返ったナズーリン、咲夜から身を離す。
「た、たのむ! 言わないでくれ! たのむーー!!」
何とも情けない懇願。
血の出るような熱弁(詭弁)でなんとか四方を丸く納めたナズーリンがようやく本題を口にする。
「して、レミリアどのは?」
「お嬢様はまだお目覚めではありません。
もう少しだと思いますので、その間、図書館に行かれてはいかがですか?
はたてさんもいらしてますよ」
(この二人を図書館に? 面倒なことになりそうだなあ)
激闘を終え、疲労困憊のナズーリンだが、休息の時はまだ先になりそうだった。
難しい顔をしているパチュリー・ノーレッジ。
小悪魔がその耳元で囁く。
(パチュリー様、スマイル、スマイル。
ここは大人の魔女の余裕を見せましょう)
咲夜に連れられてやってきた小妖三人組。
一人は顔見知りのネズミ妖怪だが、あとの二人は初見。
元気がよいのは分かったが、良すぎる。
特に犬耳の娘は悪意があるんじゃないかってほどの大音量だった。
「こおんにちわーー!!」
手前の方にある本棚がビリビリと振動していた。
すかさずネズミ妖怪に頭を叩かれていたが、全く悪びれていない。
姫海棠はたてが小さく手を振っている。
「あ、はたてさんだ! ぃやっほーー!!」
「響子! いい加減にしないか! ここは図書館だぞ!」
パチュリーのこめかみがピクピクしている。
週に一度のはたてとのスイートタイムをなんでこんな連中に邪魔されなきゃならないのか。
パッチェボムは爆発寸前だ。
パチュリーの手をそっと握ったのはそのはたてだった。
「パチュリー館長、響子さんは山彦なんです。
ですからあの声は生来のものなんですよ。
今日だけはご辛抱いただけませんか?」
「そ、そうは言っても我慢には限界があるわよ」
この世でただ一人、心を許してもいいかなと思っている優しく可愛い鴉天狗に手を握られて鼓動が激しくなってきた日陰魔女さん。
「そこをなんとか、ね?」
握る手に力と熱がこもる。
「あ、あなたがずっと手を握ってくれているなら、す、少しは辛抱できるかもしれないわね」
「了解です、今日はずっと手をつないでいましょうね」
そう言ってクスっと笑ったはたて。
視界ギリギリのところで小悪魔が親指をグッと立てているのが見えた。
(はたて君、すまないな、恩に着るよ)
さりげなくバックアップをしてくれた一番弟子に心の中で手を合わせたナズーリンだった。
「響子、アナタ、字、読めるの?」
「ひらがなはぜんぶ読めるよー」
「ふふん、勝ったね、私、カタカナも読めるもん。
一輪姉さんに教わったから」
「えーー! ずるーーい!」
意外と面倒見の良い雲居一輪は、暇を見ては小妖たちに読み書き算盤を教えている。
きゃいきゃい言いながら絵本を物色していた二人だが、それぞれ気に入ったモノが見つかったらしく、やがて静かに読み始めた。
「ふう、やっと静かになったわね」
パチュリーがつぶやく。
「ここは面白い本がいっぱいありますからね」
返事をしたはたての吐息が頬をくすぐった。
ずっと手をつなぐと約束したので、今日は一つの本を息がかかるほどの近さで一緒に読んでいる。
たまにたはたてが質問してくるが、甘い吐息を吸い込むのに忙しくて内容なぞ、ほとんど頭に入ってこない。
パチュリーにとっては至福の時間だった。
「お嬢様がお目覚めになりました。
皆さんをお呼びです」
完璧メイド長が図書館の扉を開いて言った。
読書タイムは終了だ。
「この本ください」
「わたし、これーー!」
それぞれに本を掲げている。
「……キミたち、ホント、いい加減にしたまえよ」
この遠慮のなさと常識のなさ、ナズーリンは恥ずかしくなってきた。
「あげるわけにはいかないけど、気に入ったのなら持って帰って結構よ。
読み終わったらはたてに預けてくれたらいいわ」
驚いたのはナズーリンだった。
動かない大図書館にしては破格の大サービスだ。
よほど機嫌が良いのだろう。
「やったー、ありがとうございます、……えーと」
「パチュリーさんだよ」
「ありがとうございます、ぱちゅりーさん!」
「ぱーちゅりーーさーん! ありがとー!」
「さあ、二人とも行くぞ、本日のメインイベントだ」
ーーーー同刻、紅魔館で最上級の客室ーーーー
当主、レミリア・スカーレットが邪悪な笑みを浮かべながら客人を待っていた。
「ネズミの騎士の頼みだもの、たっぷりおもてなししないとね、クックックックッ……」
「めーざーすーわ こーまかーん」
「きゅーけつきーを やあっつけーろー」
「キミたち、まだそれを歌うのかい?」
ついにラスボスの登場、今回のクエストの最終目標だ。
なのにこの緊張感のなさはなんなのか。
(いくら根回ししてあると言っても、あまりふざけていると紅魔館の住人たちに失礼してしまうよな。
やはり、少しは怖い目を会わせた方が良いのかな。
仕方ない……レミリアどのに一枚かんでいただくか)
色々とバランスに悩む苦労性の献将、いや賢将だった。
「こちらでございます」
十六夜咲夜が案内してくれたのは上等な客室だった。
戸を開けたメイド長に続いて三人が入室する。
広い部屋の奥正面の大きな椅子に腰掛けている。
フリルの多い白いドレスをまとった少女が。
「ようこそ命蓮寺の勇士たち。
私が紅魔館当主、レミリア・スカーレットよ」
声は少女のものだが、一言一言が心の敏感な部分に響いてくる。
三人を順番にゆっくりと眺めるレミリア。
ナズーリンのところで少し時間をとった。
ネズミ妖怪が化け傘と山彦をちょんちょんと指さし、もう片方の手で自分の胸の辺りを掴む仕草をしている。
「そこのネズミは見たことがあるわね。
今日は何の用向きかしら?」
普段はお互いを【レディ・スカーレット】【ネズミの騎士】と呼び合い、どこまで本気か分からない【ごっこ】遊びに興じるのだが、今日はお休みだ。
「我々はこの世に仇なす吸血鬼を退治しにきたのだ!」
ナズーリンの宣言にビックリしたのは小傘と響子。
さっきまで『あいさつだけ』と散々言っていたのに。
「クックックックッ、それは面白いわ」
「この日のために抜かりなく準備をしてきた!
オマエの命運もここまでだ!」
「ほう? 楽しみだこと、クックックックッ」
小傘が響子に耳打ちする。
「あのヒト具合が悪いのかな? くっくっくって」
「うん、苦しそうだねー」
緊張感のない二人にナズーリンが怒鳴った。
「そうじゃないよ、ああいう笑い方なんだ!
てか、なんだよ! キミたち!
せっかく盛り上げてやっているのに!」
「そっかー、笑ってたんだ?」
「ふーん」
聞いていた美少女吸血鬼が、むーっと口を尖らせる。
どうにも盛り上がりにくい状況だ。
「ったく、ほら、さっさと弱点アイテムを出したまえ!」
「あ、そうだよね」
二人が背負っていたバックを下ろし、しゃがんでゴソゴソやっている。
このもたつき感、間が持てないったらない。
ナズーリンは目線で(ちょっと待ってて)と申し訳なさそうにレミリアに伝える。
「じゃーん! 十字架! ニンニク!」
「銀のスプーーン! そして、BLまんがー!!」
それぞれの手に掲げた四つのアイテム。
顎に手をやり、物憂げに見ていたレミリアがしばらくして口を開く。
「アナタたち、名前は?」
「多々良小傘!」
「幽谷響子!」
「そう……では……こがさ!! きょうこ!!」
突然大きな声で自分の名前を呼ばれた二人は、反射的にレミリアの顔を、目を見てしまった。
そこには真っ赤に光る魔眼があった。
吸血鬼に対峙したとき、初っ端で、もっとも警戒しなければならないのがこの魔眼だ。
これを跳ね返すほどの魔力、妖力、胆力等がない限り、一度捉えられれば吸血鬼の意のままに操られてしまう。
レミリアがゆっくりと席を立ち、近づいてくる。
もちろん、二人とも身動きができない。
ロクに声も出せない。
「ひ、ぃぃ……」
「か、ぁぁ、くっ」
二人が持ってきた【吸血鬼の弱点】を手に取る紅魔。
「十字架は信仰心の象徴なんだから、信仰を持たない者が持っても意味はないわ。
それに私たち、あの宗教とは無縁だもの」
「ニンニクは好物よ。
臭いに敏感な魔物が嫌がるって言われているわね。
でもね、好みの問題にすぎないのよ」
「銀のスプーン? 銀なら何でも良いわけじゃないのよ?
ナイフや弾丸なら良かったでしょうに」
「BL漫画? 何の冗談かしら?
まあいいわ、これは貢ぎ物としていただいておくわね」
魔眼に縫い止められている小傘と響子に、ことさらゆっくりと話しかける。
「さあ、手足を少しずつ、少しずつ、ちぎられていく痛みにどこまで耐えられるかしら?
妖怪も痛みを感じるのかしらね?
とても興味深いわ。
……では、まず、指からいくわね?」
そう言って小傘と響子の指をそっとつまんだ。
だが、恐怖を増幅されていた二人にとって、その感触は本当に指を引きちぎられる痛みとして伝わった。
「ぎゃっ!!……」
二人とも白目を剥いて倒れてしまった。
「レミリアどの!」
ようやくナズーリンが声をかける。
「あら…… やりすぎたかしら?」
ナズーリンは、少し寝かしておけば大丈夫と見立てた。
心に深刻なダメージを受ける手前で気を失ったようだ。
「私、悪くないわよ」
紅魔館当主がぶすっくれて言い放った。
「だって、アナタが【怖い目にあわせてくれ】って合図送ってきたからやったんだもの」
ナズーリンの胸を掴む仕草をほぼ正確に理解していた聡明なレディだったが、少々やりすぎだった。
「んー、まぁ、そうだね、私がもう少し早く止めに入れば良かったかな」
ちょっと反省しているナズーリン。
「でも、これでこのコたちも吸血鬼は怖いって分かったでしょう、勉強になったはずよ、あら?……」
レミリアが身の回りを確認している、何か探している。
「お嬢様、これはいけません」
少し離れたところで十六夜咲夜が手にしているのは件のBL漫画だった。
「さ、咲夜! 返しなさい! 私がもらったのよ!」
そう言えば、ずーっと小脇に抱えていたね、お嬢様。
「まだ早うございます、年齢制限がございますゆえ」
「なに言ってんの!?
私は500歳を越えているのよ!?」
「この本はR600です」
「そっ! そんな本、あるわけないでしょ!」
「健全なご成長には毒なだけです」
「こういったモノを糧にして成長する女もいるわよ!
パチュリーだってきっと、たくさん持っているわ!」
「パチュリー様は、ある意味健全に腐っていらっしゃるので良いのです」
「健全に腐るって、意味分かんないわよ!」
「チーズや納豆のようなものですね」
二人とも日陰の魔女に対し、失礼極まりない。
いいから返しなさい!
ダメなモノはダメです
じゃ、半分だけ!
それでは、前半分でよろしいですね?
なにいってんの!? 後ろ半分が重要でしょうが!
ドバーーン!
客間の扉が勢いよく開いた。
「お姉さま! 私の出番は!?」
フランドール・スカーレット。
紅魔館のEXボスがしびれを切らしてやってきた。
「あ、フラン、ごめんなさい、終わっちゃったの……」
レミリアがひっくり返っている小傘と響子を指さしながら大ざっぱに状況を説明する。
「えー!? もおー、私も遊びたかったのにー!
あ……」
本当はもっと文句を言いたかったが、憧れの【ネズミの騎士様】の存在に気づき、物わかりの良いレディを演じることにした。
「今回は仕方ありませんね。
お姉さま、次は私も誘ってくださいな、ふふふ」
フラン本人は目一杯上品に言ったつもりだが、なんだか逆にスゴく怖い。
「フランドールどの」
「は、はひ!」
ネズミの騎士に呼びかけられ、声が上ずってしまった。
「本日は余興もかねてまかりこしたつもりですが、あいにく主役の二人がこの様でございます。
かわりの座興としては小振りでございますが、こちらはいかがでしょうか?」
背嚢から取り出した大きめの箱を開ける。
ナズーリンがパタパタと箱を広げ、中のオモチャを手際よく組み立てていくと立体ジオラマになった。
これは幻想郷か?
フランドールもレミリアも食い入るようにナズーリンの手先と作られていく幻想郷を見ている。
「あ、これって紅魔館だ!」
「左様でございます、ではこれは?」
粗めの芝生の中に小さなお屋敷。
「分かった! 永遠亭!」
出来上がったのはいくつもの升目の上に配置された幻想郷の名跡。
「これは【幻想郷すごろく~秋の陣~】でございます。
各々、登場人物の駒を選び、仲間を増やし、異変を解決し、お金を稼いでいただき、【楽】ポイントを集めます。
異変を起こす側になっても結構です。
最後は【楽しんだもの】の勝ちでございます」
立体ジオラマのスゴロクゲームだが、サイコロの目だけではなく、途中にいくつもある分岐点の選択、チームプレイ、お金の貯め方、使い方、判断することがたくさんある結構複雑なゲーム。
レミリアとフランはすでにやる気満々だ。
二人してテーブルや椅子の支度をしている。
やがて小傘と響子が意識を取り戻した。
二人ともキョロキョロと辺りを見回している。
ダメージはないようだ。
ナズーリンが寸劇の種明かしをしたが、理解できているかどうか。
それよりも【幻想郷すごろく】に目を奪われている。
命蓮寺で何度もやったことのあるこのゲーム、小妖二人は即参加できる。
「クックックックッ、どんなゲームでも私が一番だと教えてあげるわ」
「ねえ、お姉さま、前から思っていたのだけど、その笑い方、似合っていないと思うの」
がーーん
「だ、だって、定番だって聞いたし……」
「ありきたりって言うか、わざとらしいって言うか、んー
なんだかお間抜けな感じ」
結構練習したのに。
「じゃあ、どうやって笑えばいいのよ?」
「なんで笑う必要があるの?」
「不敵で邪悪な笑いは悪魔に付き物でしょ?」
「私は嫌」
「うー」
「あ、そうだ、ゲームでお姉さまの能力は禁止だからね。
運命を操るの無しだからね」
当たり前と言えば当たり前だが。
暗くなるまで遊んだ。
食事をしていきなよ
お夕飯はお寺でたべるんだよー
では今度はきっと一緒にご飯ね
うん、指切りげんまーん
フランと小傘と響子はあっという間に仲良くなった。
レミリアは自分は紅魔館当主なので、フランと同じようにフランクに接してはいけない立場だと思い込んでいる。
ゲームは楽しかった。
序盤こそ、小妖二人は警戒を露わにしていたが、ナズーリンのハンドリングですぐに打ち解けることができた。
だからこそ面白くない。
指切りげんまんで楽しそうな輪に入れない自分が面白くない。
誰か私を慰めなさいよ!
横を向いたまま右手を差し出す。
その意を察したナズーリンが片膝をつき、その手の甲に優しく口づける。
「レディ・スカーレット、本日の無礼の数々、どうかご寛恕を賜りたい。
この償いは必ず致します。
今宵はこれにて失礼つかまつります」
鷹揚にうなずくレミリア。
(償いなんていらないのに。
だって、とっても楽しかったんだから。
でも、償うって言うのなら期待しちゃおうかな?)
三勇士の帰り道。
「吸血鬼って優しいんだねー!」
「お姉さん吸血鬼はちょっと怖かったけど、妹は優しかったよね」
「うん! 怖くなかったー!!」
ナズーリンは本日の心労をどっかりと背負ってヨタヨタ歩いていた。
やれやれ、ホントにやれやれだ。
苦労人、ナズーリン。
あ、語呂が似てるかな?
苦労人ナズーリンが今日も行く、ひゅるり~。
(やめてくれよ! このオチかた定番になったら嫌だからね!)
了
「きょうこ!」(イェイェイ)
「こがさ!」(イェイェイ)
「…………」
「ちょっとおー! ナズーリン! どうしたのさ!?」
「……この歌、必要なのかい?」
「いるよー! 盛り上がるじゃんか!」
「正直、とっても恥ずかしいんだよ」
げんなりしているネズミの賢将さん。
響子は竹箒を、小傘は傘を、ナズーリンはNEWSロッドを肩に担いでいる。
各々それとは別に何やら荷物を持ち、二人は元気にてくてく、一人は少し離れてとぼとぼ歩いている。
「めーざーすーわ こーまかーん」
「きゅーけつきーを やあっつけーろー」
「だから待てって! やっつけるのは絶対無理だって!
見に行くだけだろ?
……ねえ、やっぱりやめない?」
『響子、きゅーけつきって知ってる?』
多々良小傘が幽谷響子に聞いた。
『まだ食べたことないなー』
ことの前日、命蓮寺の夕飯はつつがなく終わり、ちょっと一息タイムに入っていた。
いつものようにお呼ばれされた小妖二体が、いつものようにピントのズレた会話をしている。
本日の片づけ当番はムラサとぬえの甘酸っぱコンビ。
他の連中も居間から下がっており、ナズーリンと寅丸星がお茶を飲みながらのんびりと二人の話を聞いていた。
『吸血鬼だよ、きゅー・け・つ・き!』
『えー、しらなーい』
吸血鬼。
魔物の中でも最上層で君臨する圧倒的な存在。
これほど多くの伝説や迷信に彩られた怪奇は他にないだろう。
幻想郷で吸血鬼と言えばあの麗姉美妹のことだ。
小傘が続ける。
『血を吸うんだよ』
『うえー! そんなのおいしくないじゃん!』
『血を吸われたモノはたいてい死んでしまうんだって』
『ひえー!』
『もし死ななかったら、あ、間違えた、死ねなかったら、えーえんに吸血鬼の子分になるんだって』
『そんなのヒドいよー!』
『しかも狙われるのは綺麗な女のヒトばっかりらしいよ』
『ふえ? あー良かったー!
そんじゃ私たち、へーきじゃん!』
『……【私たち】? え? ……そ、そう、だよね……』
微妙な表情の小傘。
見ていたナズーリンは、ぷっと吹き出してしまった。
二人とも愛嬌があってなかなか可愛いのだが【綺麗】と言われるにはまだまだ時間がかかるだろう。
小傘ちゃんは若干、自意識が高いのかもしれない。
『でもさー、そんな危ない魔物、ほっといていいの!?』
『退治するヒトがいないみたい』
『それじゃ、退治したらほめられるかな!?』
『カッコいいかもね』
その後もきゃいきゃいと吸血鬼談義が続く。
『こーまかんに住んでいるらしいよ』
『湖の向こう側にある大きなお屋敷だよね!』
『行ってみようか?』
『行ってみよう!!』
ここまでは苦笑しながらも黙って聞いていたナズーリンだが、たまりかねて口を挟んだ。
『あのね、キミたち、遊び半分で紅魔館に行ったらエラいことになるよ?』
もっともな忠告だが、基本、能天気な化け傘と山彦はその意味が理解できない。
『ナズーリンたら、怖いの?』
『こわいんだー!』
『なんだよその言い草は。
キミたちのために言ってあげたのに』
『私たちは行くからね』
『れっつ、ご、ごぉーー!』
『だーかーらー、やめておけってー』
うんざりしているナズーリンに寅丸星が告げる。
『ナズーリン、ついて行ってあげなさい』
『はあ? 私が? なんで?』
『言い聞かせても納得しないでしょうし、これもお勉強だと思います。
それに何か粗相があってはいけませんからね。
貴方が一緒なら大丈夫でしょう、ね? ナズ、お願い』
そんなこんなで本日この時に至る。
(はああー)
心の中で盛大にため息をつく小さな賢将。
自分を含めたこの一行、いかにも頭が弱そうで、まるで【三ばか大将のお宝探し】のようだ。
自分も世間からはそう見られているかと思うと賢将ナズーリンは泣けてきた。
こんなピンぼけ訪問者、普通に行けば門前であしらわれて終わりだろう。
ナズーリンは、一応、手を打っておいた。
『はたて君、今日は図書館に行く日だろ?』
今朝、いつものように命蓮寺で朝食(朝汁)を摂っていた姫海棠はたてに話しかけた。
『その予定ですが、なにか調べ物ですか、デスク?』
命蓮寺の番記者とも言われる姫海棠はたて。
引きこもりだった自分を一端の新聞記者にまで鍛え上げてくれた厳しくも優しい【ナズーリンデスク】のことを心の底から尊敬している。
はたてはおよそ週に一回、大図書館を訪れる。
元々の目的は資料集めだったが、今は日陰の魔女との逢瀬の口実になりつつある。
『そのついでに私とツレ、小傘と響子がうかがうと、レミリアどのと咲夜どのに伝えておいて欲しいんだが』
『おやすいご用ですけど、珍しい組み合わせですね』
『うん、まぁ、目的は吸血鬼見学なんだがね』
命蓮寺の面々を良く知っているはたては、今回のメンバーとナズーリンデスクの気乗りしていなさそうな顔を見てだいたいの事情を察した。
(デスク、いつも面倒ごとのご担当で大変ですね。
でも、文句言いながらも断らないし、結局最後まで付き合ってくれるんですよね。
だから我らがデスクは素敵なんですよねー)
敬愛するデスクのサポートをできるだけしようと心に決めた自称一番弟子のツインテール天狗だった。
「吸血鬼の弱点、たくさん持ってきたもんね!
十字架、ニンニク、銀のスプーンもあるよ!」
小傘の発言に思わす突っ込んでしまう賢将。
「ちょっと待て、銀のスプーンってなんだい?」
「吸血鬼は銀に弱いんだよ、ホントは銀のナイフか銀の弾丸がいいんだけど、お寺にはなかったからスプーンを借りてきたの」
寅丸星が、小傘達にねだられて貸し与えたのだろう。
「そして、ひっさつあいてむ! BL漫画ーー!!」
今度は響子。
ナズーリンは二秒ほど固まってしまった。
「……その弱点、いや、そもそも吸血鬼のこと、誰に聞いたんだね?」
「ぬえさん」
(やっぱりそうか、……ったく、アイツは)
お寺のトラブルメーカー封獣ぬえが小妖たちにロクでもないこと吹き込むのはいつものことだが、今回は、いや今回もとばっちりはナズーリンが被りそうだった。
(くそー、あの、かまってちゃんめ、覚えておけよ)
「他にも弱点を教えてくれたよ」
「ロクでもなさそうだが一応聞いておこうか」
「わがままで、気まぐれで、自分の間違いを素直に認めないんだって」
「それは弱点じゃなくて欠点だろ?
声に出して言うには失礼な話だぞ!」
やっぱりロクでもなかった。
「あー、なにあれ?」
小傘が指さす空に黒い塊がふよふよと漂っている。
ほぼ球形の黒い塊、直径は数メートルはあろうか。
「あれは妖怪だね」
ナズーリンが答える。
暗闇妖怪ルーミア。
さほど強いわけではないが、今は封印された状態とも聞くし、本来はかなりヤバい妖怪だとも聞く。
すすんで関わる必要はないだろう。
「あの暗闇の中の妖怪は外の様子が分からないようだね。
時間もない、黙って通り過ぎるとしよう」
二人が素直にコクコクと頷く。
三人が歩き出すと、辺りが急に冷え込んできた。
ナズーリンが小さく舌打ちをする。
(確かに湖の近くだし、アイツのテリトリーだけど、実にタイミングの悪いことだな)
「おーい! ルーミア!」
氷精チルノだった。
「ルー……あ、ナズーリンじゃんか!」
こちらに気づいてしまった。
最強妖精が降りてきた。
一段と冷え込んだ。
勝ち気そうな瞳で命蓮寺の一行を睨みつけている。
「ナズーリン、今度は手下を連れて挑戦か!?
あたいはいつでも受けて立つよ!
また、負かしてあげるからね!」
腕組みしてふんぞり返っているチルノの横に闇フィールドを解除したルーミアが降り立った。
「チルノ、どうしたんだー?」
「勝負だよ!
だんたいせんになったらルーミアも手伝ってよ!」
「おおー」
あちゃーっと額に手をやるナズーリン。
面倒なことになってきた。
「ナズーリン、あのコに負けたの?」
「う……まぁ、そう言うことになるのかな」
寺の縁日でアイスキャンディー製造をチルノに頼んだ際、なぞなぞ勝負を挑まれ、さんざん振り回された。
チルノの頭の中では【ナズーリンに勝った】ことになっており、ネズミ妖怪は自分より頭の悪い格下の相手として刷り込まれている。
「それなら私たちが仇をとってあげるよ!」
「そうだ、そうだー!」
小傘と響子がファイティングポーズを取る。
「まぁ、待ちたまえ、今日はこんなことにかまけている場合じゃないだろ?」
「あ、そうだ、こーまかんに行かなくちゃだ」
「そーだねー! 今日のところは見逃してやるかー!」
そのやりとりを聞いていたチルノが怒鳴った。
「逃げるつもり!?」
闇と氷のコンビ、そこそこ強く、意外とやっかいだ。
ここは力押しでは通れないと見て取ったナズーリン。
「二人ともミスティアが呼んでいたよ?」
もちろん嘘。
ここは命蓮寺に縁があり、取引もあり(雀酒といなり寿司の物々交換だが)ナズーリンとも親交のあるミスティア・ローレライに仲立ちを頼むことにした。
「みすちーが?」
「屋台で奢ってくれるそうだよ、食べ放題だってさ」
言いながらメモに状況を書いているナズーリン。
メモをちぎって小さく折り畳み、チルノに渡す。
「この手紙をミスティアに渡すと良い。
間違いなく奢ってくれるよ」
「ホントかー!? ラッキー!!」
「うなぎだー、うなぎだー」
ミスティア・ローレライは小妖だが、道理をわきまえ、ヒトの気持ちを思いやれる娘だ。
ナズーリンの【手紙】を見れば理解してくれるはずだ。
だが、チルノとルーミアの飲み食いの分は、後日ナズーリンが払わなくてはならないだろう。
(やれやれ、つまらない出費だな)
厄介なチンピラをやり過ごして湖のほとりに出た一行。
本当なら紅魔館まで飛んで行けば済むところだが、幽谷響子は実はそれほど飛ぶのが得意ではない。
空妖に近い小傘や、何千年も探索行をしてきたナズーリンにとっては何という距離ではないが、響子にとってはかなりシンドい道のりだった。
それに気づいていた優しい小傘は何も言わずに徒歩での進軍を選んだ。
もちろんナズーリンは異を唱えなかった。
対岸に紅魔館が見えてきた。
「ここらで腹ごしらえをしておこうか」
ちょうどお昼時、寅丸星から持たされお弁当を広げる。
小振りのチャーハンおにぎりが三つずつ。
炒り卵、焼き豚の細切れ、京人参、ネギ、柴漬け。
ぱくぱく むしゃむしゃ
「寅丸さんのお弁当、おいしいよねー。
寅丸さんって、ちょっと慌てモンだけど、お料理じょーずだし、とっても優しい」
「そうだよねー!
ぼんやりしてるけど美人で力持ちだし!
ご飯! とってもおいしいー!!」
色々と引っかかる物言いだが、寅丸星の従者で恋人であるナズーリンは黙って聞いている。
(見た感じだけだとそんな印象なのかな、ご主人の本当の魅力は…………まぁ、いいか)
紅魔館の入り口に大柄な女が立っていた。
響子がいつものように元気よく挨拶する。
「こおん、にちわーー!!」
ちょっとビックリしながらも挨拶を返す紅美鈴。
「はいはい、こんにちは、元気がいいですねー。
いらっしゃいませー。
……おっとと、そうじゃなかったですね。
えーっと、……私は紅美鈴(ほんめいりん)!
この紅魔館に何用ですか!?」
門番として最低限の職務を果たそうとする。
「かそだに、きょーーこ、でーす!!」
「多々良小傘でーす」
「そうですか、きょうこさんに、こがささんですね?」
相手の目を見ながら丁寧に挨拶を返す。
その後ろで軽く手を振るナズーリンに美鈴は会釈した。
こちらは顔見知り。
「このヒト、なんだか寅丸さんみたーい!」
山彦が言ったら、化け傘が同調する。
「そーだね、大きくてノンキそうで優しそうだよね」
(まぁ、確かに雰囲気は似ているけどね)
ナズーリンは複雑な表情。
愛する主人が褒められているのか、馬鹿にされているのか、判断が微妙なところだ。
小傘と響子が美鈴をじっと見ている。
顔ではなく、胸の辺りを。
小傘が囁いた。
(ねえ、このヒト、おっぱい、大きいよね)
「うん! でかい! でっかーい!
ぱいおつ、かいでー、かいでーっ!!」
この山彦にひそひそ話は無理だ。
「なにそれ?」
「ギョーカイよーごだって、ぬえさんが言ってたー!」
「寅丸さんと同じくらいかな?」
「そーかもー! どっちがでっかいかなー!?」
そう言って改めて門番の胸をまじまじと見つめる。
美鈴は思わず胸を隠した。
幻想郷の【乳八仙】の一人と謳われているらしいが、面と向かって言われるとさすがに恥ずかしい。
「くおらっ! キミたち! 失礼にもほどがあるぞ!
女性の美しさ、特に固有の部位は陰で愛でるものだ!
じろじろ眺めるなど不作法にもほどがある!
それに、ご主人のは美鈴どのより質量は一割減だが、ハリと艶は勝っている!」
「ナズーリン、よく分かんないよ」
「そーだよー! なにが言いたいんだー!?」
美鈴も胸を隠したまま、汚らわしいモノを見るような顔でナズーリンを見ている。
(し、しまった、ご主人の乳の話題が出たから我を忘れてしまった。ここは話を逸らさねば)
「ま、まぁ、この話はどうでもいいだろう。
美鈴どの、我々のことは聞いておられるかな?」
少し前に来館した姫海棠はたてから、そして十六夜咲夜からも来客の予定を聞いていた紅美鈴がうなずく。
「はい、うかがっております、お通しするようにと」
まだ胸を隠している美鈴に小傘が問いかける。
「ねえ、美鈴さんはどんなお仕事しているの?」
「私は門番です、この館にやってくるヒトの出入りを見張り、不審なモノには声をかけ、用件を問いただします」
「じゃあ、私とおんなじだー!」
響子が、そのくりくりした目を美鈴に向けた。
「え? そうなんですか?」
「私、お寺の門でおそーじしてるのー!
来るヒトにごあいさつして、ご用件を聞いてるの!」
「それでは響子さんとは同業者、ご同業ですね」
体の緊張を解いた美鈴が少し屈み、響子の目線にあわせながら穏やかに言った。
「ごどーぎょー、ごどーぎょー!」
嬉しそうにぴょこぴょこ跳ね回る山彦。
楽しそうな二人を見て、ちょっと寂しくなった小傘が遠慮がちに言った。
「あ、あの、あちきも、お寺のお墓の番人……みたいなことしてるんだよ」
「では、私たち三人は門番組合ですかね」
小傘に向き直ってニッコリ笑った。
「くみあい?
よくわかんないけど、仲良しってこと!?」
「そう言うことですね」
美鈴の穏やかで包容力のある雰囲気にあっと言う間に打ち解けてしまった二人。
この風景を見て、これはこれで良し、うんうんと頷くナズーリンだった。
「ところで皆さん、お通しするよう言われていますが、ご用はなんですか?」
一頻り手を取り合って喜んだ後、美鈴が本来の職務を思い出して言った。
「私たちはこれから吸血鬼を退治するんだよ」
(へえー、って……なんですかそりゃ)
こんな小妖に退治される主人ではないし、通して良いとも言われているが、【退治する】って言われて、ホントにすんなり通してしまっていいのかな?
後でメイド長にしこたま怒られるんじゃないかな?
「だから違うって! 会ってアイサツするだけだろ!」
懊悩している門番に判断の突破口が提示された。
(うん、そうよね、アイサツだけなら通して良いわよね)
ちょいちょい訪れるネズミの妖怪。
先ほどのお乳の話には驚いてしまったが、紅魔館では賓客扱いだ。
当主とその妹の関係を飛躍的に改善させ、図書館魔女の恋愛事情をいー感じに後押ししていると聞いている。
そしてなんと言ってもあの排他的なメイド長がどう言う訳か絶大な信頼を置いているらしい。
つまり、紅魔館にとってはベリーウエルカムなお客。
ただ、近隣のイタズラ妖精たちからの評価は高くない、いや低い。
特にチルノは『ナズーリンっていうネズミは頭が弱いからいじめちゃダメだよ』と言っていた。
このギャップ、訳が分からない。
「ところで美鈴どの、つまらないものだがこれを受け取ってほしい」
ネズミ妖怪から手渡された四角い包み。
「開けてよろしいんですか?」
「もちろん」
和菓子の詰め合わせだった。
寅丸星特製のとらまる焼きが五つ、その他に、豆大福、芋羊羹、落雁、霰餅が品良く詰められている。
和菓子に目のない紅美鈴にとっては宝箱に匹敵する。
「あ、あの! これ、これって!?」
「今後とも色々よしなに取り計らっていただきたい」
これは完全な賄賂だ、受け取ったことが主やメイド長にバレたらモノスゴく叱られるだろう。
……いや? 叱られるだけですむなら、この宝石箱は十回分の叱責にも勝るんじゃないか?
美鈴の激しい葛藤を見越したように鼠悪魔が囁く。
「もちろんレミリアどのや咲夜どのには内緒のことさ」
そう! それが聞きたかったのだ!
そこんところが保証されるなら迷うことなど何もない。
収賄に手を染める決心をした悪代官紅美鈴(w)。
「ないしょだよ」
「なーいしょ! ないしょー!」
小傘と響子も請け負ってくれるようだが、却って不安が再沸してきた。
(ホ、ホントにだいじょうぶかしら?)
そんなこんなで門をくぐった命蓮寺の三勇士を玄関前で待っていてくれたのは幻想郷が三千大世界に誇るスーパー・アルティメット・メイド、十六夜咲夜だった。
「命蓮寺のご一行様、ようこそいらっしゃいました。
当館のメイド頭、十六夜咲夜でございます」
よく響くメゾソプラノと完璧なお辞儀で迎えてくれた。
「こんちわー、あ、このヒト、このあいだお寺に来たおねーさんだよね?」
「あ! そうだ! あのときの美人のおねーさんだー!」
以前、ナズーリンを訪ねてやってきた美の化身のことを二人とも覚えていた。
まあ、忘れられるはずもないのだが。
今度は咲夜の顔をまじまじとみる化け傘と山彦。
「うわ! やっぱ! びっじーーん!!」
「ほわあー」
そばで見ても美しい、ドアップに耐えられる。
と言うか十六夜咲夜に至近距離で見つめられながら何か願い事を囁かれたらいったい何人が抗えるだろう。
しかし先ほどの美鈴の時といい、今回といい、この二人、素直というか無遠慮というか。
ナズーリンはヒヤヒヤ、ハラハラしっぱなしだ。
「恐れ入ります」
小妖たちの賞賛を余裕で受け止める月華麗人。
咲夜は、美人といわれることには慣れている。
このように記すといかにも傲慢に聞こえるが、彼女自身、実は外見の美醜にさほど頓着していない。
立ち居振る舞いや、考え方、その生き様の美醜こそが遙かに大事であるとの信念に従って生きているからだ。
だから己の外見を褒められても、照れもしないし、自惚れもしない。
つまり、並の美人さんとは最初から立っているステージが違うのである。
でなければ幻想郷で唯一の黒い星五つは冠されない。
《注※黒い星五つとはナズーリンのイイ女評価の最高点》
「優しそうで、スゴい綺麗なおねーさんだよね。
ひじりさまと同じくらい綺麗」
「ホント、ホントー!」
これは聖白蓮至上主義、ひじりさまだいすきーの小傘たちにとって最大級の賛辞である。
「こら、あんまりはしゃぐんじゃないよ、迷惑だろ。
それにキミたちはこのヒトの恐ろしさを知らないんだ」
「ナズーリン、バッカじゃないの?
こんな綺麗なヒトが怖い訳ないじゃん」
少し釘を刺そうと小声で忠告したナズーリンに思いも寄らないカウンターが返ってきた。
ちょっと引きつりながらも努めて冷静に助言めいたことを言ってみるネズミ妖怪。
「綺麗なバラにはトゲがあるんだよ」
「綺麗なバカにはボケがあるの? なにそれ?」
「カレーのバナナはコゲがあるの!? へんなのー!」
もう、なにがなんだか。
たとえ話は意味を成しそうにない。
咲夜には何度も怖い目にあわされているナズーリンは再び小声で爆裂コンビに告げる。
「咲夜どのにきちんとご挨拶したまえ。
そして、いいかい?
くれっぐれも余計なことを言うんじゃないぞ!」
「おーけー、おーけー まかしといて」
「まっかせって、おっきたっまへーー!」
うわ……スゴく不安。
「ナズーリンがいつもお世話になっております」
「おせわになってまーーす!」
二人とも両手を前で揃えてぺこりとお辞儀した。
おっ、なかなか良いじゃないか。
「こちらこそナズーリンさんには並々ならぬご厚情を賜っております」
「いえいえこちらこそ。
ナズーリンの枕元には咲夜さんの写真がおいてあって、なんだか色々お世話になっているんですよー」
爆発した。
大都市の中心部で最大級の傘爆弾が炸裂した。
どれほどの被害になるのか想像もできない。
さすがのナズーリンでも咄嗟に反応ができない。
「私の写真ですか?」
咲夜が先に反応してしまった。
「ま、待て! あれは違うんだ! 人里の茶店から女給にメイド服を着用させてみたいと相談されて、メイドの完成体である咲夜どのの姿を参考にユニフォームのデザインを考えていたのだ!」
いささか説明臭いが、これは本当のことであった。
小傘がなぜ咲夜の写真をナズーリンの居室で見つけたかは分からないが、今はそれどころではない。
いまだ大炎上中のナズーリン市はようやく緊急防災宣言を発する。
二次災害は絶対起こしてはならない。
「おい! このことはご主人には漏れていまいな!?」
「寅丸さん? 知らないんじゃないかな?」
寛容で聡明な寅丸星は、ナズーリンが他の女性と一緒にいても何も言わないが、十六夜咲夜だけは別だった。
本能が言っているのか、あるいは咲夜のポテンシャルをある意味一番理解しているからか、咲夜が絡むとただごとではないほどヤキモチを焼く。
ナズーリンを信じている、でも、十六夜咲夜はとっても危険だと感じている。
あの完璧メイドが本気になったら最愛のナズーリンを奪われてしまうのではないか。
思い込みの激しい寅丸星は二人の接触に過敏に反応、いや、あからさまに警戒している。
だったらナズーリンを紅魔館に行かせるなよ、と言いたいが、そこは【うっかりタイガー】。
小傘と響子のため、と思ったときには咲夜のことを失念していたわけ。
ホントお人好しな【うっかりタイガー】。
そんな寅丸星の間違った思い込みをなんとなく理解していたナズーリンは主人を悩ませたくはないので、なるべく十六夜咲夜とは距離を置くようにしていた。
なのに、なぜかニアミスが多い。
それも毎回毎回命が削れるほど際どい接触なのだ。
「ナズーリンさんが私の写真を……
これは私の自慢話にさせていただきますね」
そう言って、ホントに嬉しそうに微笑んだ。
クラっ、とするほどキレイな笑顔だ。
小妖三人はパカっと口を開けて見入っている。
最初に正気に戻ったネズミが訴える。
「ちょっ! ちょっとー! 他言は勘弁して欲しい!」
咲夜にとってナズーリンは紅魔館の危機や難題を奇跡のように解決してくれた夢のスーパーヒーローなのだ。
そしてほとんど見返りを求めないストイックな無敵の勇者にして万能の賢者。
咲夜の信念に照らせば、ナズーリンこそが真に美しく、素晴らしい、憧れの存在なのである。
思い込みや勘違いが、たっっっくさんあるが。
「でも、賢将ナズーリンさんが私の写真を愛でてくださるなんて、幻想郷の中心で声高に自慢したいです」
「だから! 待ってって!!
ねえ!? 私の説明、聞いていたでしょ!?」
どうしていっつもこのヒトは肝心なところを抜かして勝手に解釈するのか!?
咲夜の重心が後ろに移った。
このまま逃げられたらマジヤバい。
追いかけようと前に出たナズーリンはぴょこぴょこ落ち着きのない響子の足にけっつまづいた。
ぽふ、思わず抱きついてしまった。
十六夜咲夜に。
「こ、これは失礼!」
慌てて離れようとして見上げた先に魔瞳があった。
「光栄でございます」
ぎゅ。
咲夜に優しく抱かれている。
身動きができない。
ほんのりと香る上品なフレグランス、しなやかな肉体、そしてすべてを溶解させる強く妖しい瞳。
(あ……なにもかも持って行かれそう……)
♪いーってやろ~いってやろ~寅丸さんにいってやろ
♪いーってやろ~いってやろ~寅丸さんにいってやろ
地獄の童歌(合唱)が聞こえてきた。
♪いーってやろ~いってやろ~寅丸さんにいってやろ
♪いーってやろ~いってやろ~寅丸さんにいってやろ
ようやく我に返ったナズーリン、咲夜から身を離す。
「た、たのむ! 言わないでくれ! たのむーー!!」
何とも情けない懇願。
血の出るような熱弁(詭弁)でなんとか四方を丸く納めたナズーリンがようやく本題を口にする。
「して、レミリアどのは?」
「お嬢様はまだお目覚めではありません。
もう少しだと思いますので、その間、図書館に行かれてはいかがですか?
はたてさんもいらしてますよ」
(この二人を図書館に? 面倒なことになりそうだなあ)
激闘を終え、疲労困憊のナズーリンだが、休息の時はまだ先になりそうだった。
難しい顔をしているパチュリー・ノーレッジ。
小悪魔がその耳元で囁く。
(パチュリー様、スマイル、スマイル。
ここは大人の魔女の余裕を見せましょう)
咲夜に連れられてやってきた小妖三人組。
一人は顔見知りのネズミ妖怪だが、あとの二人は初見。
元気がよいのは分かったが、良すぎる。
特に犬耳の娘は悪意があるんじゃないかってほどの大音量だった。
「こおんにちわーー!!」
手前の方にある本棚がビリビリと振動していた。
すかさずネズミ妖怪に頭を叩かれていたが、全く悪びれていない。
姫海棠はたてが小さく手を振っている。
「あ、はたてさんだ! ぃやっほーー!!」
「響子! いい加減にしないか! ここは図書館だぞ!」
パチュリーのこめかみがピクピクしている。
週に一度のはたてとのスイートタイムをなんでこんな連中に邪魔されなきゃならないのか。
パッチェボムは爆発寸前だ。
パチュリーの手をそっと握ったのはそのはたてだった。
「パチュリー館長、響子さんは山彦なんです。
ですからあの声は生来のものなんですよ。
今日だけはご辛抱いただけませんか?」
「そ、そうは言っても我慢には限界があるわよ」
この世でただ一人、心を許してもいいかなと思っている優しく可愛い鴉天狗に手を握られて鼓動が激しくなってきた日陰魔女さん。
「そこをなんとか、ね?」
握る手に力と熱がこもる。
「あ、あなたがずっと手を握ってくれているなら、す、少しは辛抱できるかもしれないわね」
「了解です、今日はずっと手をつないでいましょうね」
そう言ってクスっと笑ったはたて。
視界ギリギリのところで小悪魔が親指をグッと立てているのが見えた。
(はたて君、すまないな、恩に着るよ)
さりげなくバックアップをしてくれた一番弟子に心の中で手を合わせたナズーリンだった。
「響子、アナタ、字、読めるの?」
「ひらがなはぜんぶ読めるよー」
「ふふん、勝ったね、私、カタカナも読めるもん。
一輪姉さんに教わったから」
「えーー! ずるーーい!」
意外と面倒見の良い雲居一輪は、暇を見ては小妖たちに読み書き算盤を教えている。
きゃいきゃい言いながら絵本を物色していた二人だが、それぞれ気に入ったモノが見つかったらしく、やがて静かに読み始めた。
「ふう、やっと静かになったわね」
パチュリーがつぶやく。
「ここは面白い本がいっぱいありますからね」
返事をしたはたての吐息が頬をくすぐった。
ずっと手をつなぐと約束したので、今日は一つの本を息がかかるほどの近さで一緒に読んでいる。
たまにたはたてが質問してくるが、甘い吐息を吸い込むのに忙しくて内容なぞ、ほとんど頭に入ってこない。
パチュリーにとっては至福の時間だった。
「お嬢様がお目覚めになりました。
皆さんをお呼びです」
完璧メイド長が図書館の扉を開いて言った。
読書タイムは終了だ。
「この本ください」
「わたし、これーー!」
それぞれに本を掲げている。
「……キミたち、ホント、いい加減にしたまえよ」
この遠慮のなさと常識のなさ、ナズーリンは恥ずかしくなってきた。
「あげるわけにはいかないけど、気に入ったのなら持って帰って結構よ。
読み終わったらはたてに預けてくれたらいいわ」
驚いたのはナズーリンだった。
動かない大図書館にしては破格の大サービスだ。
よほど機嫌が良いのだろう。
「やったー、ありがとうございます、……えーと」
「パチュリーさんだよ」
「ありがとうございます、ぱちゅりーさん!」
「ぱーちゅりーーさーん! ありがとー!」
「さあ、二人とも行くぞ、本日のメインイベントだ」
ーーーー同刻、紅魔館で最上級の客室ーーーー
当主、レミリア・スカーレットが邪悪な笑みを浮かべながら客人を待っていた。
「ネズミの騎士の頼みだもの、たっぷりおもてなししないとね、クックックックッ……」
「めーざーすーわ こーまかーん」
「きゅーけつきーを やあっつけーろー」
「キミたち、まだそれを歌うのかい?」
ついにラスボスの登場、今回のクエストの最終目標だ。
なのにこの緊張感のなさはなんなのか。
(いくら根回ししてあると言っても、あまりふざけていると紅魔館の住人たちに失礼してしまうよな。
やはり、少しは怖い目を会わせた方が良いのかな。
仕方ない……レミリアどのに一枚かんでいただくか)
色々とバランスに悩む苦労性の献将、いや賢将だった。
「こちらでございます」
十六夜咲夜が案内してくれたのは上等な客室だった。
戸を開けたメイド長に続いて三人が入室する。
広い部屋の奥正面の大きな椅子に腰掛けている。
フリルの多い白いドレスをまとった少女が。
「ようこそ命蓮寺の勇士たち。
私が紅魔館当主、レミリア・スカーレットよ」
声は少女のものだが、一言一言が心の敏感な部分に響いてくる。
三人を順番にゆっくりと眺めるレミリア。
ナズーリンのところで少し時間をとった。
ネズミ妖怪が化け傘と山彦をちょんちょんと指さし、もう片方の手で自分の胸の辺りを掴む仕草をしている。
「そこのネズミは見たことがあるわね。
今日は何の用向きかしら?」
普段はお互いを【レディ・スカーレット】【ネズミの騎士】と呼び合い、どこまで本気か分からない【ごっこ】遊びに興じるのだが、今日はお休みだ。
「我々はこの世に仇なす吸血鬼を退治しにきたのだ!」
ナズーリンの宣言にビックリしたのは小傘と響子。
さっきまで『あいさつだけ』と散々言っていたのに。
「クックックックッ、それは面白いわ」
「この日のために抜かりなく準備をしてきた!
オマエの命運もここまでだ!」
「ほう? 楽しみだこと、クックックックッ」
小傘が響子に耳打ちする。
「あのヒト具合が悪いのかな? くっくっくって」
「うん、苦しそうだねー」
緊張感のない二人にナズーリンが怒鳴った。
「そうじゃないよ、ああいう笑い方なんだ!
てか、なんだよ! キミたち!
せっかく盛り上げてやっているのに!」
「そっかー、笑ってたんだ?」
「ふーん」
聞いていた美少女吸血鬼が、むーっと口を尖らせる。
どうにも盛り上がりにくい状況だ。
「ったく、ほら、さっさと弱点アイテムを出したまえ!」
「あ、そうだよね」
二人が背負っていたバックを下ろし、しゃがんでゴソゴソやっている。
このもたつき感、間が持てないったらない。
ナズーリンは目線で(ちょっと待ってて)と申し訳なさそうにレミリアに伝える。
「じゃーん! 十字架! ニンニク!」
「銀のスプーーン! そして、BLまんがー!!」
それぞれの手に掲げた四つのアイテム。
顎に手をやり、物憂げに見ていたレミリアがしばらくして口を開く。
「アナタたち、名前は?」
「多々良小傘!」
「幽谷響子!」
「そう……では……こがさ!! きょうこ!!」
突然大きな声で自分の名前を呼ばれた二人は、反射的にレミリアの顔を、目を見てしまった。
そこには真っ赤に光る魔眼があった。
吸血鬼に対峙したとき、初っ端で、もっとも警戒しなければならないのがこの魔眼だ。
これを跳ね返すほどの魔力、妖力、胆力等がない限り、一度捉えられれば吸血鬼の意のままに操られてしまう。
レミリアがゆっくりと席を立ち、近づいてくる。
もちろん、二人とも身動きができない。
ロクに声も出せない。
「ひ、ぃぃ……」
「か、ぁぁ、くっ」
二人が持ってきた【吸血鬼の弱点】を手に取る紅魔。
「十字架は信仰心の象徴なんだから、信仰を持たない者が持っても意味はないわ。
それに私たち、あの宗教とは無縁だもの」
「ニンニクは好物よ。
臭いに敏感な魔物が嫌がるって言われているわね。
でもね、好みの問題にすぎないのよ」
「銀のスプーン? 銀なら何でも良いわけじゃないのよ?
ナイフや弾丸なら良かったでしょうに」
「BL漫画? 何の冗談かしら?
まあいいわ、これは貢ぎ物としていただいておくわね」
魔眼に縫い止められている小傘と響子に、ことさらゆっくりと話しかける。
「さあ、手足を少しずつ、少しずつ、ちぎられていく痛みにどこまで耐えられるかしら?
妖怪も痛みを感じるのかしらね?
とても興味深いわ。
……では、まず、指からいくわね?」
そう言って小傘と響子の指をそっとつまんだ。
だが、恐怖を増幅されていた二人にとって、その感触は本当に指を引きちぎられる痛みとして伝わった。
「ぎゃっ!!……」
二人とも白目を剥いて倒れてしまった。
「レミリアどの!」
ようやくナズーリンが声をかける。
「あら…… やりすぎたかしら?」
ナズーリンは、少し寝かしておけば大丈夫と見立てた。
心に深刻なダメージを受ける手前で気を失ったようだ。
「私、悪くないわよ」
紅魔館当主がぶすっくれて言い放った。
「だって、アナタが【怖い目にあわせてくれ】って合図送ってきたからやったんだもの」
ナズーリンの胸を掴む仕草をほぼ正確に理解していた聡明なレディだったが、少々やりすぎだった。
「んー、まぁ、そうだね、私がもう少し早く止めに入れば良かったかな」
ちょっと反省しているナズーリン。
「でも、これでこのコたちも吸血鬼は怖いって分かったでしょう、勉強になったはずよ、あら?……」
レミリアが身の回りを確認している、何か探している。
「お嬢様、これはいけません」
少し離れたところで十六夜咲夜が手にしているのは件のBL漫画だった。
「さ、咲夜! 返しなさい! 私がもらったのよ!」
そう言えば、ずーっと小脇に抱えていたね、お嬢様。
「まだ早うございます、年齢制限がございますゆえ」
「なに言ってんの!?
私は500歳を越えているのよ!?」
「この本はR600です」
「そっ! そんな本、あるわけないでしょ!」
「健全なご成長には毒なだけです」
「こういったモノを糧にして成長する女もいるわよ!
パチュリーだってきっと、たくさん持っているわ!」
「パチュリー様は、ある意味健全に腐っていらっしゃるので良いのです」
「健全に腐るって、意味分かんないわよ!」
「チーズや納豆のようなものですね」
二人とも日陰の魔女に対し、失礼極まりない。
いいから返しなさい!
ダメなモノはダメです
じゃ、半分だけ!
それでは、前半分でよろしいですね?
なにいってんの!? 後ろ半分が重要でしょうが!
ドバーーン!
客間の扉が勢いよく開いた。
「お姉さま! 私の出番は!?」
フランドール・スカーレット。
紅魔館のEXボスがしびれを切らしてやってきた。
「あ、フラン、ごめんなさい、終わっちゃったの……」
レミリアがひっくり返っている小傘と響子を指さしながら大ざっぱに状況を説明する。
「えー!? もおー、私も遊びたかったのにー!
あ……」
本当はもっと文句を言いたかったが、憧れの【ネズミの騎士様】の存在に気づき、物わかりの良いレディを演じることにした。
「今回は仕方ありませんね。
お姉さま、次は私も誘ってくださいな、ふふふ」
フラン本人は目一杯上品に言ったつもりだが、なんだか逆にスゴく怖い。
「フランドールどの」
「は、はひ!」
ネズミの騎士に呼びかけられ、声が上ずってしまった。
「本日は余興もかねてまかりこしたつもりですが、あいにく主役の二人がこの様でございます。
かわりの座興としては小振りでございますが、こちらはいかがでしょうか?」
背嚢から取り出した大きめの箱を開ける。
ナズーリンがパタパタと箱を広げ、中のオモチャを手際よく組み立てていくと立体ジオラマになった。
これは幻想郷か?
フランドールもレミリアも食い入るようにナズーリンの手先と作られていく幻想郷を見ている。
「あ、これって紅魔館だ!」
「左様でございます、ではこれは?」
粗めの芝生の中に小さなお屋敷。
「分かった! 永遠亭!」
出来上がったのはいくつもの升目の上に配置された幻想郷の名跡。
「これは【幻想郷すごろく~秋の陣~】でございます。
各々、登場人物の駒を選び、仲間を増やし、異変を解決し、お金を稼いでいただき、【楽】ポイントを集めます。
異変を起こす側になっても結構です。
最後は【楽しんだもの】の勝ちでございます」
立体ジオラマのスゴロクゲームだが、サイコロの目だけではなく、途中にいくつもある分岐点の選択、チームプレイ、お金の貯め方、使い方、判断することがたくさんある結構複雑なゲーム。
レミリアとフランはすでにやる気満々だ。
二人してテーブルや椅子の支度をしている。
やがて小傘と響子が意識を取り戻した。
二人ともキョロキョロと辺りを見回している。
ダメージはないようだ。
ナズーリンが寸劇の種明かしをしたが、理解できているかどうか。
それよりも【幻想郷すごろく】に目を奪われている。
命蓮寺で何度もやったことのあるこのゲーム、小妖二人は即参加できる。
「クックックックッ、どんなゲームでも私が一番だと教えてあげるわ」
「ねえ、お姉さま、前から思っていたのだけど、その笑い方、似合っていないと思うの」
がーーん
「だ、だって、定番だって聞いたし……」
「ありきたりって言うか、わざとらしいって言うか、んー
なんだかお間抜けな感じ」
結構練習したのに。
「じゃあ、どうやって笑えばいいのよ?」
「なんで笑う必要があるの?」
「不敵で邪悪な笑いは悪魔に付き物でしょ?」
「私は嫌」
「うー」
「あ、そうだ、ゲームでお姉さまの能力は禁止だからね。
運命を操るの無しだからね」
当たり前と言えば当たり前だが。
暗くなるまで遊んだ。
食事をしていきなよ
お夕飯はお寺でたべるんだよー
では今度はきっと一緒にご飯ね
うん、指切りげんまーん
フランと小傘と響子はあっという間に仲良くなった。
レミリアは自分は紅魔館当主なので、フランと同じようにフランクに接してはいけない立場だと思い込んでいる。
ゲームは楽しかった。
序盤こそ、小妖二人は警戒を露わにしていたが、ナズーリンのハンドリングですぐに打ち解けることができた。
だからこそ面白くない。
指切りげんまんで楽しそうな輪に入れない自分が面白くない。
誰か私を慰めなさいよ!
横を向いたまま右手を差し出す。
その意を察したナズーリンが片膝をつき、その手の甲に優しく口づける。
「レディ・スカーレット、本日の無礼の数々、どうかご寛恕を賜りたい。
この償いは必ず致します。
今宵はこれにて失礼つかまつります」
鷹揚にうなずくレミリア。
(償いなんていらないのに。
だって、とっても楽しかったんだから。
でも、償うって言うのなら期待しちゃおうかな?)
三勇士の帰り道。
「吸血鬼って優しいんだねー!」
「お姉さん吸血鬼はちょっと怖かったけど、妹は優しかったよね」
「うん! 怖くなかったー!!」
ナズーリンは本日の心労をどっかりと背負ってヨタヨタ歩いていた。
やれやれ、ホントにやれやれだ。
苦労人、ナズーリン。
あ、語呂が似てるかな?
苦労人ナズーリンが今日も行く、ひゅるり~。
(やめてくれよ! このオチかた定番になったら嫌だからね!)
了
あと俺は確信したぞ。咲夜さんはわざとだ。あれはわざとに違いねぇ
>慌てモンだけど
>ぼんやりしてるけど
貴様らァ!
年越し前に氏の新作が読めて良かった
来年もキャッキャウフフを宜しくお願いします
い、イベントに参加していた……だと……?
何処のイベントだー!(血涙
ありがとうございます。ホント困った子たちです。咲夜は天然設定なんですが……自信がなくなってきました。
2番様:
お待ちいただいて恐縮です。来年は本編新作をドシドシ投稿します、ええ、多分。
レモン汁様:
ありがとうございます。イベント参加はサイトでご案内してます(宣伝w)。次はナズラン8ですかね。
奇声様:
いつもありがとうございます。
9番様:
乙パチはサイトでも新作を繰り出しております(また宣伝)。ちょい先ですが、はたてが紅魔館にお泊りするお話でパッチェさんのライジングマイティキックが炸裂します。
子供の可愛さってずるい。パチュはたとかナズ寅とかとは違う意味で、にやけっぱなしになる(結局のところは、皆可愛いのですが)
今後も色々とニヤニヤできる作品を期待しています。
紅川さんの紅魔館組は最高だなー♪
R600って、咲夜さんは時間を止めてこっそり見ちゃったんでしょうか。
美鈴はちゃんと賄賂を食べれたのかなー。
本編も超楽しみにしています!
いやあもう面白いな。一言でいえばみんな可愛い。
ホントにこの世界観というかキャラがみんな最高だな。
だから咲夜さんは取り上げたのね。
ありがとうございます。この二人、ちょっと気に入っています。
これからも命蓮寺を引っ掻き回すと思います。
あ、ご購入ありがとうございました。
次もご期待に添えるよう精進いたします。
19番様:
紅魔館の皆さんはやっぱり鉄板でしょうかね。この後もたくさんネタを仕込んでいます。
本編も乞うご期待(w)
ぺ師兄:
先日はありがとうございました。紅川がオッサンで驚かれたでしょう?
世界観とキャラを評価いただけることが何よりの励みです。
これからもボッチラボッチラ書き続けますね。
22番様:
あははは、BLに興味があるレミリアってどうかな?って小ネタです。
拾っていただいてありがとうございます。