旧都から持ち帰った習慣で、何かあるとつい人を殴りつけたくなる。
地底の妖怪は偏屈者ばかりであったから、尼僧と知るとすぐ見くびった。見くびった相手には終始ずるいのが地底である。地獄では説法などするだけ虚しいので、生活の必要上喧嘩ばかりしていた。人に会ってはポカリポカリと拳骨を食らわせていたので、つい習慣になって今日まで来た。
腹の立つことがあると、姐さんの前でさえ手が出かかる。時々は出かかるどころではない。実際に出る。ぬえが書机の硯を引っ掛けて畳を汚したことがあった。知らん顔をして立ち去ろうとした現場へ、ちょうど私が居合わせて、うっかり習慣を遂行した。ぬえが姐さんにこぶを見せて、私は大変叱られた。悪い習慣である。改めないうちはどうしても悟られない。地底に居た頃なら連中頑丈であったからまだよかったが、地上の人を相手に勢い余って雲山で小突いたりなどすれば最後である。そのときはもう悟るどころではない。今度こそ地獄に落ちなくてはならない。姐さんにとっても迷惑になる。是非改めないわけにはいかない。
そう固く決心して、私は今更に僧の非暴力主義を掲げた。ぬえの悪巫山戯にも、ムラサの無謀にも、星の頑愚にも、柔らかく諭すに止まった。拳ではなく手のひらを見せて利害の所在を根気よく主張する。ぬえのぞんざいな態度にも気をつけてこらえる。実践してみると意外な疲労を感じた。一度相手をやっつける感覚を知ると、なかなか衝動は抑えがたい。それでも修行だからできるだけ忍んだ。二ヶ月忍ぶと、だんだん落ち着いてきた。熱病から回復するように、胸中すっきりとして高潔なものを感じた。心なしか姐さんも重用してくれる。地底にいた頃は、喧嘩負けなしの一輪入道さまで通してきたものだが、自身を尊敬する機会はあまり無かった。やはり喧嘩などは、しないで済むならしないが爽快だと思った。長い封印時代を通して地底の価値観に染まっていたのかもしれない。ここへきて、地上へ復活したことの自覚が、ようやく湧き起こってきた。
地獄土産の悪習も、どうやら改まったかなと思われた頃、命蓮寺に御客ができた。胸中の泰平は、この変化に良からぬ弾みをつけた。悪習もまた復活を兆した。佐渡島を治める化け狸の総大将、二ツ岩マミゾウ親分が居候に入ったのだ。
両手に抱えた鞄二つと肩から掛けた瓢箪一つ、春先の玄関に現れた日の印象は、温和な人らしく見えた。「白蓮和尚に御用でしょうか」と応対に出て訊ねてみたが、けったいな御客は何とも答えず、ずれた眼鏡を直してくれろとふさがった手でよじり指した。おかしな人だなと思いつつも、縁の下からそうっと触れて、軽く支えて差し上げると、思うより眼鏡は持ち上がりすぎて、ややと見る間に飛び上がり、薄紙よりも軽い様子でひらひらと廊下を舞っていった。
「一輪ちゃん、ちょうちょは好きかのう」
あっけにとられているところへ、御客はにやにやと笑いながら言った。
「私をご存知なのですか?」
訊けば、「なに、ぬえから聞いておるのよ」と言うので、この御客があの曲者の関係と知れた。知れるなり嫌な予感がしたものだ。奥間へ案内する道中、丸眼鏡はあざけるように私の頭上にひらめいていた。
結局、遠路を遥々出向いてきたこの大妖怪が、ぬえの早とちりから呼ばれた無用の援軍であったと分かると、しかし姐さんはあえてこれを寺に引き留めた。今しばらくここに残って世話を焼かれてくれと頼んだ。宗教家同士の形成は未だ安定しておらず、うちにも腕の立つ用心棒が是非欲しいというのが言い様であったが、私はこれをぬえの保護者役としての雇用だと察した。居候部屋を決める際、せっかくだからぬえと相部屋が良いでしょうとして即決させたことからも、姐さんの期待は窺える。
相談決して、東側に面する八畳敷きの空き部屋が、二人のためにあてがわれた。これは、私とムラサが寝起きする六畳と、廊下を隔てて差し向かいである。
「ねえ、なんで同じ二人部屋なのにそっちは二畳広いのさ」
八畳の埃を掃きながら、ムラサがふと気付いて苦情を入れた。
「そりゃあムラサお前、見れば解るでしょうよ」
親分の寝具を運び込んで、ぬえが不親切な答弁をした。見ればというので見てみれば、ぬえは服の開いた背を反らして、肩甲骨から突き出した変な羽を各々勝手にうごめかす。なるほど結構な飾りだ。親分の尻尾と同室してはかさばって仕方が無いだろう。二畳分くらいの余地は確かに要る。ちょっと納得しかけた。
「そんなもん、どっかに仕舞っとけばいいじゃんか」
しかしムラサは肝心を忘れない女である。私も少々気が付いた。正体の無い鵺をして姿形が言い分になるはずが無い。変化自在の化け狸も同じことだ。見れば解ると挑発されるまま、説明も受けずにこっちで勝手に納得していては曲者の策に落ちるところだ。引越しが済んでしまえば後から一畳寄こせと言っても今更になる。引っ越す前に申し立てなかったこっちの手落ちということになる。
「ムラサの言うとおりよ。誤魔化されないんだからね」
私も脇から相棒に加勢した。大小の自在なもので領地が決まるようなら、うちは雲山を含めて三人部屋ということになる。八畳はこっちこそ引き移りたいところだ。こんな悪戯者を寝かすのに四畳は奮い過ぎだ。大人しくさせたければ物置にでも詰めてやれ。こんなことを考えてこんなことを言った。二人してぬえをへこましていると、まったくいつから居たものか、廊下側のふすまを開けてにやにや笑いの親分が顔を出した。
「ぬえや、何の話をしとるのかのう」
「向かいの二人が何か言いたいんだって」
「ほう、向かいとな。一輪ちゃんとムラサ船長かい。ご両人あっちで相部屋を? そりゃ良いわい。世話になるさけよろしゅうな。こっちゃ無作法者二人じゃてすまんがな、わしなぞ夜は寝言も言うさけうるさかろうがな、まあよろしゅうよろしゅう」
親分、ここまでを一気呵成に述べ立ると、私とムラサの肩を叩いてしきりによろしゅう頼んだ。私とムラサはただ聞かされて、一言挨拶を挟む間も無い。その後も親分はなんだか故郷での暮らしやら幻想郷の感想やらを噺家さながらに演説すると、終いは姐さんのことを「別嬪じゃのう」と評してちょっと口を閉じた。
「……して、何か言いたいとな?」
私もムラサも返事をしかねた。間を置いて促されると恥ずかしい苦情だと思った。御客相手ということでもあるが、修行中の身があまり物欲しそうなことを言うのも浅ましくって良いものではない。とうとう部屋の話はそれきりになった。
しかし、またしばらく間を置いて考えてみると、二人ともなんだか巧く丸め込まれたような気がした。あの時の親分にしても見計らったように現れたので、実際見計らっていたのではないかと思った。
その後一月ほどの間は、親分は御客らしくに和やかに愛想良くして接待を受けていた。次の一月は気まぐれに遊び歩いていた。その次の月になると、することも無くて退屈なのか、常に微醺を帯びて巫山戯ていた。居候とはいえ名のある妖怪であって、命蓮寺の門下に属すわけでもないので、誰のお咎めも受けなかった。ぬえの相手にもなってくれているので、姐さんも概ね感謝の風であった。
しかし、四月経って夏になり、だんだん寺の暮らしに慣れてくるうちに、この親分の厄介な性状が現れてきた。化け狸の本能なのか、何かと悪戯を仕掛けて嬉しがるようになった。はじめは檀家の子供相手に手品を見せてからかうくらいのもので、例の飛ぶ眼鏡などを披露して得意だったが、それも無聊を慰めなくなると、寺の弟子達を引っ掛けるようになった。皆時々の戯れと思っていたから、化かされる度に苦笑いしてお見事ですと褒めておいたが、その戯れも繰り返すうちに仕掛ける頻度が増していった。化かしの術で名を成しただけあって日常的に人をたばかる。どうも油断がならない。親分はぬえ以上の悪戯者になった。
同室のぬえだが、これらを殊勝にして見ていたのかと言えばそんなはずはない。昔の化け仲間と再会してこちらもだんだん調子付いてきた。親分と連携して一層悪戯をやる。夜は二人で寺を抜け出して里の酒場を飲み歩く。姐さんの当ては外れたらしい。私は例の衝動が頭をもたげて、ついまたポカリとやりたくなってきた。
そのぬえが意地悪くけしかけるのか、初日によろしゅう頼んだ気安さからか、悪戯の標的は私とムラサが多いようだ。ムラサなどは、初めて眼鏡に引っ掛かった時の反応が良くて大変気に入られたらしい。その時分のような冗談なら、私もムラサも気にはしなかったが、盆が過ぎる頃になると、親分の悪戯はしだいに非常な大胆さを、また不敵さを現してきた。
夏が終わり秋になる頃のこと、戌時過ぎて私は風呂をあがり、洗い髪を拭きながら廊下を歩いて六畳へと帰った。ふすまに手をかけて閉じようとすると、横合いからムラサが手振りでこれを制した。「なんなの」と訊けば、ムラサは布団を持ち出して頭からすっぽり被り込み、「一輪ちょっと」と言って私まで中へ招く。あんまり滑稽であったから写真でも撮って残したい気がしたが、生憎写真機の持ち合わせはなく、ムラサの方は真面目な声でしきりに「中へ」と誘うので、写真は諦めて滑稽図に仲間入りした。中へ入るとムラサは声をひそめて、最近、丑三つ時になるとふすまの向こうから声がするのを知っているかと訊く。知らないと答えると、「するんだよ」と力まれた。ついでに一輪は神経が太いとも言われた。なんでもムラサが声に気付いたのは一週間ほど前のことで、人の声だけでなく獣の吼える声や鳥の騒ぐ声もして大変喧しいそうだ。ふすまを開けて廊下へ出てみると声はぱたりと止むと言う。状況から見て、差し向かいの住人二人、親分とぬえの悪戯に違いない。ムラサは現場を押さえるべく、今夜は声が聞こえたら音を殺して八畳間へ這い寄り、不意を打って中に踏み込むと言う。無音で廊下を渡るためには、丑三つまでうちのふすまは開けておかなければならないと言う。この作戦を聞かれないように布団を被って声をひそめるのだと言う。私はこれを莫迦だなと思いつつ、痛快だなとも思ったので、ふすまは開けたままにして、ついでに作戦を見届けることにした。秋口のこと、少々寒かったが、布団に包まってじっと待った。
丑三つ時、確かに声はした。廊下には何も無い。声は八畳間からするらしい。けらけらわいわいきいきいぎゃあぎゃあと百鬼夜行でもあるようだ。この騒ぎを枕元に聞きながら平気で寝ていたとなれば、鈍感の謗りも免れ得ないところである。ともかく、ムラサは匍匐で発進した。その表情は緊張感に満ち満ちて、戦場へでも行くような真剣さがあった。床板の軋まないよう注意しながら短い地雷原を突破して、ムラサは首尾よく八畳間のふすまを暴いた。はたして声は中からする。布団を敷いて寝る親分とぬえが大口を開けて雑音を唱していた。八畳間は暗かったが、私が後ろから燭台を掲げていたので確かだ。これはしめたと思い、日頃の仕返しとばかりに問い詰めたが、親分もぬえも恬然として動じない。親分がにやにやしながら「ちと寝言がうるさかったかのう」と平気で言った。春に断っておいた用件を秋になって持ち出してきた。この部屋へ移った初日にいびきではなく寝言と言われた時の違和感が、火の後のすすけのように薄く香った。
八畳を出てふすまを閉じるとくすくす笑う声がした。どうせこれも寝言だろう。なんだか無性に気が落ちた。ずるい連中だと思った。これが地底に居た頃ならムラサと二人してやっつけてやるところだと思った。しないで済む喧嘩も、できないとなると不愉快に感じた。
何日かして、私の不愉快がどうかこうか紛れた頃、またしてもこの天下の詐欺師は、得意の術と妙論を巧みに組み合わせた新たな悪戯を披露したという。
私がまた風呂からあがって六畳へ入ると、珍しくもムラサが机に向かって鉛筆を手に何かを懸命に書き付けている。どうかしたのかと訊けば、また親分を懲らしめる策を練っているのだと言う。さすがに元自縛霊だけあって執念深いものだと思って聞いていたが、どうやら先日の寝言事件の怨みではないらしい。ムラサはこんな話をした。
椛が色付いたので、ムラサは山を散歩していた。向こうからも歩いてくる人があって、見れば親分である。お互い挨拶を交わして、秋になったの寒いの赤いのと他愛ない世話ばなしをした。ふとした会話の流れの中に、親分が「船長、椛は好きかのう」と聞いた。べつだん葉っぱに好意は無いが、敵意も無いので「好きです」と答えたら、親分は袂から包みを取り出して「これをお食べ」と言った。見れば生菓子の椛である。喜んでほおばったムラサだったが、くしゃくしゃと紙のような食感があるばかりでどうも不味い。吐き出して見ると生菓子ではない。まさしく椛、楓の紅葉であった。思わずげっとなって親分の顔を見ると「よっぽど椛が好きなんじゃのう」と例のにやにやを浴びせられた。
かわいそうに、ムラサは椛も生菓子も嫌いになったと言う。かくして八畳間は再びムラサの敵陣となったらしい。私はこの話を聞くに同情を覚えたが、まだ拳骨封印を誓っていたので、ムラサ司令に従って戦争に加勢することは自重した。ムラサは残念がったが、気を取り直してまた鉛筆を走らせた。覗き込めば、『饅頭に泥をつめて食わす作戦』というのが目に入った。どうやらムラサは敵の悪戯に対してこちらも悪戯で対抗する気らしい。私は相棒の背中を見ながら、心では我らが六畳間の勝利を願っていたが、安直なムラサと狡猾な親分ではもとより分が悪かろうと思えば、実際的な期待は持てなかった。
それから数日が過ぎ、見るたびにムラサの口中を不味くしたあの楓の紅葉も落ち尽くしてしまったが、はたしてムラサの復讐作戦は何らの戦果もあげられない。策略家でない以前に役者でなかったムラサは、どんなに罠を仕掛けても挙動の不審さを嗅がれてしまう。簡単に回避されてしまう。ムラサは親分の敵ではなかった。
親分はさすがだ。ムラサがもたもたしているうちに、私の方まで隙を突かれて大いな被害をこうむった。
冬になり、正月の準備に追われて里のあちこちや寺の周囲を奔走していた時期で、寒いおもてから寺へ戻って奥間の戸を開けて中へ入ると、親分が火鉢に炭をついでいた。私は大変疲れていたのと風に吹かれて冷え切っていたので、火鉢にあたって「親分、すみませんがお茶を一杯」とお願いした。親分は快諾して台所へ立ち、しばらく待つと湯呑に利休色を満たして持ってきた。私は受け取ってお礼を言い、くっと流し込んで飲み下したが、どうやらこれはお茶ではない。お湯割りである。「これ、お酒じゃないですか。お茶と言ったんですよ」と注意して、私は湯呑を押し戻した。親分はにやにや笑って「ははは、引っ掛かりおったな。ほれ今度はお茶じゃ」と急須から注ぎなおしてまた出した。飲んでみるとこれも酒である。修行中の身なので人には隠しているが、昔から無類の酒好きで、実を言うとこれも大変美味かったのだが、鉄の意思力で突き返し「親分、今度こそお茶を入れてください」と言った。親分は頭を掻きながら「やあ、すまん。うっかり間違えたわい。こっちがお茶の急須じゃ」と言って背中から別の急須を取り出した。注がれた湯呑を受け取ってあおると、やっぱり美味い。またしても酒である。「親分、良い加減にしてください。お茶と言ったらお茶です」と言い、空の湯呑を放りつけた。これでも僧なので御多分に漏れず三度までは許す。「すまんすまん。これで終いじゃて」と親分は三つ目の急須を取り出して湯飲みに注ぐ。これが証拠とばかりに自分でも口をつけて見せる。「うん、お茶じゃ。間違いないぞきっとたぶん」と言うので、信用して飲むと酒だった。親分は「あんまり飲み慣れておるから間違えたわい」と言う。日頃の修行の成果が出たのか、私は怒ることもなく底無しの寛容さで許した。そんなことを繰り返しているとだんだん気分がふわついてきて、どうやら悟ったかなと思った。親分は急須を取り替えては何度となく間違える。私は悟ったから何度でも許してやる。
ところへ、戸を開いて姐さんが現れたのでかなり弱った。悟りましたと言おうにも室内は酒気で満ちている。言い訳をしようにも悟った頭にそんな卑俗な言葉は思い浮かばない。ここへきて怖ろしいのは習慣の力で、勝手に手が伸びて親分の頭をポカリとやってしまった。結局叱られた。姐さんはにやにやしている親分を見て「困ります」と言い困った顔をした。私は正座して聞く膝の上に、さっき飛び出した拳骨を据えて眺め、ちょっと泣きそうになった。
これをきっかけに、とうとう私もムラサ司令の陣営で戦争に加わることにした。いくら御客だってあんな悪戯者では姐さんの煩いになるばかりだ。ぬえの呼び込んだ面倒事がぬえの面倒など見るはずがなかったのだ。先日開いた悟りは、一晩寝たらほぼ消えてしまった。残った真理はただ一つ、『親分は悪戯をする』という一文のみである。どうせ拳骨の封印も解いてしまったついでだから、また戒める前にもう一発お見舞いしておこう。連日の失敗にすっかりしょげていたムラサだったが、私が肩に手を置いて励ますと、気力を復活して立ち直った。打倒八畳間の大義を掲げて六畳間同盟は結束したが、作戦会議をする段になって、ムラサがまた布団を被って手招きし始めたので、これを司令にはしておけないなと今更ながら失望した。私は布団を剥ぎ取って参画初日から指揮権を奪った。
以来、布団を被っての密談はしない。一輪司令の作戦会議は親分とぬえが飲みに出て不在となった夜に行われる。万が一に備えて雲山を見張りに立てておく。作戦内容を紙に書く愚はおかさない。機密の保持はこれで良かったが、残念なのは、漏えいして困るほどの名案がなかなか浮かんでこないことだ。ムラサの話を聞いていると、さすがに親分は一国の総大将だけあって隙がないらしい。陥れる算段はついても、実現できるかはまた別の問題になる。正正堂堂を信条にしてきた私なので、ムラサほど拙くはないにせよ、親分を前にして意図を隠し通せるかといえば不安が残る。親分に油断があるとすれば、私に警戒をはらっていない最初の一回のみだろう。作戦はいよいよ完全なものでなくてはならない。しかし何日悩んでも名案は出ない。
二人とも廊下側のふすまを睨んで、その向こうにある八畳間を怨んだ。向こうを怨むとこっちの部屋まで嫌になった。畳の数でもめた時に誤魔化されたことがまだ悔しい。こうしてこの六畳間にただ座っているだけでも、それが間抜けの表明になる気がする。そのうちに夢さえ見た。夢の中で六畳間を掃除していると、天井から木の葉が剥がれて驚いた。私達が六畳だと思っていた部屋は、親分の術にかかった幻で、現実には二畳であった。ムラサが狭い所に布団を持ち出して「狭いから一緒に被ろう」と言ったら、頭がくらくらして目が覚めた。
夜明け前に目を覚まして、悪夢を振り切ろうと洗面所へ向かった。鏡を見ると顔に落書きがされている。ぬえの悪戯だろう。水で洗ったがなかなか落ちない。もう年の瀬も近いので水はかなり冷える。今に雪が降るだろうと思い、はっとした。私はこの時、この雪の想像の中にようやく待ち望んだ名案を見出したのだ。
手筈はこうである。ムラサがあらかじめ庭の一角に柄杓の水を撒いておく。一晩待てば大方凍るだろう。雪の降る日を待って私が親分を庭へ呼び出す。親分が氷の一角を雪の積もった上から踏んだ時、物陰に隠れて見ていたムラサが『水難事故を引き起こす程度の能力』を発動する。舟幽霊の呪われた水は生き物を引き込む底なし沼へと変わり、親分は薄氷を踏み抜いて溺れる。ムラサの能力だけに少々過激なようだが、あの親分に参ったと言わせるにはこれくらいの目にはあってもらう必要がある。私達には狸のような化かしの術は使えないが、雪を利用すれば落とし沼を隠すことができるだろう。
この作戦ならほぼ確実だ。聞かせると相棒もうなずいた。後は細部を打ち合わせて決行できる日を待った。
師走、三十日、大晦日の前日になって好機は訪れた。雪は大降りの大積もりである。私は八畳間を訪ね、横になって本を読んでいる親分に「ちょっと手伝ってくださいな。蔵から炭を運び出すんです」と邪気の無い感じで声をかけた。これは普段からよく人を駆り出している用事なので、親分も怪しんだ様子はない。「うむ、丁度こっちの部屋のも切らしたところじゃ」と、後から立ってついて来た。どうやら上手くいきそうだ、と私は内心ほっとしたが、親分の嗅覚は侮れない。玄関で藁ぐつを履くのにてこずって、「先に行ってておくれ」と言った。これには少しひやりとした。ひやりとしたが少しである。あらかじめムラサが水を撒いたのは蔵の入り口周辺である。これが普通の落とし穴なら、私はなんとしても親分を先に立てて蔵へ向かわなくてはならないが、しかし、この落とし沼の作動は垣根の裏に居るムラサの随意なのである。私が先に行って罠を踏んでも沼に落ちることはない。私は未練も無さそうに装って「それじゃあお先に」と玄関を出た。雪を踏み分けながら、親分が警戒しないよう、蔵までまっすぐに足跡をつけた。ここまで演じきればもはや成功は目前である。
蔵に入って炭を掴むための軍手を探そう。親分が正面に誘い込まれるよう、蔵の扉はいっぱいに開けておこう。こう考えて、蔵へ向かったまでは、良かった。急に、足元からきりりと音がして、まさかそんなと思う間に、氷が割れて私の足は雪の中に落ち込んだ。
「ムラサ! 違うわ! 私よ!」
叫んだ時すでに遅し、冷たい底なし沼が胸まで迫った。雪の浮かぶ水面を見て驚いた。映っているのは私ではない。その顔は、マミゾウ親分だった。どうやら、玄関まで歩いてくる途中で、隙を見て化けさせられていたらしい。全てを察した瞬間、肩口までも沼に飲まれた。雲山を呼び出そうにも間に合わない。悔し紛れに拳骨を振り上げて水面に波立つ顔に叩きつけたが、当然何の手応えも無い。気が遠くなって、もう後は分からなくなった。
目が覚めると、布団に寝かされていた。全身ぐったりと萎えて起き上がれない。右を向くと枕元にムラサが座っている。左を向くと親分が座っている。二人とも平生に似合わず黙りこくって何とも言わない。天井の広さを見て、ここは六畳間だなと気付いた。
「一輪、あけましておめでとうございます」
視界を逆さに覗き込んで、そう言ったのは姐さんである。どうやら年をまたいで丸二日も寝込んでいたらしい。とんだ寝正月になった。姐さんはまずつまらない企てをした私を叱り、続いて、今日は親分にも語気を厳しくして注意した。最後にムラサの方を向いて、特別に強く叱った。聞いているとなんでも、私を誤って沼に落とした後、あわてて駆けつけて助け出したが、私の意識が無いことに逆上して、つい親分に掴みかかったらしい。私は聞いているだけでも、なんだか居たたまれなくて仕方がなかった。ムラサは姐さんに促されて「親分ごめんなさい」と言ったが、下げた頭は私を向いていた。
姐さんが六畳を去った後、親分がぽつぽつと話し始めた。
「いや、本当、すまんかった。これは、わしが、全く悪いんじゃ。ああ、すまん。調子に乗っておったんじゃ。これでも名のある妖怪が、恥ずかしいこと、じゃ。迷惑じゃったろう。嫌な、客じゃろう。すまんかった。このとおりじゃ」
そう途切れがちに詫びる親分の声は、可笑しいほどうわずっていた。私はこれを聞きながら、ああ、謝ることに慣れていないのか、この人は、と思った。ムラサは変な顔をしていた。
「じゃが、しかしなのじゃ、これだけは信じて欲しい。わしは、船長の沼のこと、は、し、知らんかった。狸の誇りに誓って、知らんかった。一輪ちゃんを化けさせたのは、ちょっとした、その、冗談で、ああ、わしが沼に嵌っておれば、良かったんじゃ。それがとんだことに、すまん」
親分はしきりに頭を下げたが、私の方はもう、姐さんがきつく言ってくれた時点でとうに毒気を抜かれていたので、詫びの言葉を聞くよりも、この人が泣きはしないかと、そちらの方が気にかかった。「親分、もう良いです。心配お掛けしてすいません」と言ってやると、親分、俯いていた顔を上げて、また何か言おうとしたが、私がもう良いと断ってしまったので、ちょっと考え直してうなずくだけにした。
六畳間が沈黙すると、窓の外から笑い声が聞こえた。響子と星が羽根を突いているらしい。羽根突き、この遊びは、ムラサにやらせると意外に上手い。昔は正月ごとに勝負したものだが、私はてんで下手なので、そのうち嫌になってやめてしまった。私は、回復したら久しぶりにこれで遊ぼうと思った。その時は、きっと親分も誘おうと思った。考えてみれば、はじめからそうして気兼ねなどせず、六畳間も八畳間も関係なく、廊下を行き来して遊んでいれば良かったのだろう。布団の上で一つ悟った。
「いよー、一輪起きたって? この寒いのに水遊びなんて馬鹿だねえ。そりゃ風邪もひくよ。ムラサじゃないんだから」
沈黙を破って現れたのはぬえである。開けたふすまも閉めないままに私の枕元へにじり寄ると、冷たい手で私のひたいを軽く打った。そうして「起きたなら羽根突きやろうよ。四人でさあ」と平気で言う。こいつは少々悟りすぎているようだ。億劫ながら、布団から手を出してポカリとやろうと思うと、親分が目配せしてこれを制した。
「一輪ちゃん、大した物ではないがの、ほれ、お詫びのしるしじゃ」
言って袂から包みを出した。見れば、白糖をまぶした雪見大福である。私は「せっかくだけど、雪見は当分ごめんだわ」と断って、「ムラサ食べても良いわよ」とすすめた。ムラサは解りやすく苦い顔をして「好きじゃないんだ」とようやく言った。
「なんだよ二人とも、マミゾウがくれるってのに。いらないなら私がもらうから」
そう言ってぬえは手を伸ばすと、包みの大福を掴んで口に放り込んでしまった。そうしてちょっとの間もぐと口を動かしたが、たちまち顔をゆがめると、猛然、窓へ飛びついて雪の塊を外へ吐き出した。喉の奥から、何に似ているとも比しがたいような、極めて不味そうな、極めて冷たそうな、奇妙な鵺流の声を発した。
「無作法者じゃてすまんがな、なにとぞよろしゅう」
「いえいえ、こちらこそ、今年もよろしくお願いします」
「ありゃ大福が嫌いになるよ」
三人、顔を見合わせてにやにやと笑った。この元旦を忘れない。
旧都から持ち帰った習慣で、何かあるとつい人を殴りつけたくなるが、近頃はこの悪習もそう邪魔にならない。修行不足故になかなか改まらないが、飼い慣らす方法が解ってきた。
地底の妖怪は偏屈者ばかりであったから、尼僧と知るとすぐ見くびった。見くびった相手には終始ずるいのが地底である。地獄では説法などするだけ虚しいので、生活の必要上喧嘩ばかりしていた。人に会ってはポカリポカリと拳骨を食らわせていたので、つい習慣になって今日まで来た。
腹の立つことがあると、姐さんの前でさえ手が出かかる。時々は出かかるどころではない。実際に出る。ぬえが書机の硯を引っ掛けて畳を汚したことがあった。知らん顔をして立ち去ろうとした現場へ、ちょうど私が居合わせて、うっかり習慣を遂行した。ぬえが姐さんにこぶを見せて、私は大変叱られた。悪い習慣である。改めないうちはどうしても悟られない。地底に居た頃なら連中頑丈であったからまだよかったが、地上の人を相手に勢い余って雲山で小突いたりなどすれば最後である。そのときはもう悟るどころではない。今度こそ地獄に落ちなくてはならない。姐さんにとっても迷惑になる。是非改めないわけにはいかない。
そう固く決心して、私は今更に僧の非暴力主義を掲げた。ぬえの悪巫山戯にも、ムラサの無謀にも、星の頑愚にも、柔らかく諭すに止まった。拳ではなく手のひらを見せて利害の所在を根気よく主張する。ぬえのぞんざいな態度にも気をつけてこらえる。実践してみると意外な疲労を感じた。一度相手をやっつける感覚を知ると、なかなか衝動は抑えがたい。それでも修行だからできるだけ忍んだ。二ヶ月忍ぶと、だんだん落ち着いてきた。熱病から回復するように、胸中すっきりとして高潔なものを感じた。心なしか姐さんも重用してくれる。地底にいた頃は、喧嘩負けなしの一輪入道さまで通してきたものだが、自身を尊敬する機会はあまり無かった。やはり喧嘩などは、しないで済むならしないが爽快だと思った。長い封印時代を通して地底の価値観に染まっていたのかもしれない。ここへきて、地上へ復活したことの自覚が、ようやく湧き起こってきた。
地獄土産の悪習も、どうやら改まったかなと思われた頃、命蓮寺に御客ができた。胸中の泰平は、この変化に良からぬ弾みをつけた。悪習もまた復活を兆した。佐渡島を治める化け狸の総大将、二ツ岩マミゾウ親分が居候に入ったのだ。
両手に抱えた鞄二つと肩から掛けた瓢箪一つ、春先の玄関に現れた日の印象は、温和な人らしく見えた。「白蓮和尚に御用でしょうか」と応対に出て訊ねてみたが、けったいな御客は何とも答えず、ずれた眼鏡を直してくれろとふさがった手でよじり指した。おかしな人だなと思いつつも、縁の下からそうっと触れて、軽く支えて差し上げると、思うより眼鏡は持ち上がりすぎて、ややと見る間に飛び上がり、薄紙よりも軽い様子でひらひらと廊下を舞っていった。
「一輪ちゃん、ちょうちょは好きかのう」
あっけにとられているところへ、御客はにやにやと笑いながら言った。
「私をご存知なのですか?」
訊けば、「なに、ぬえから聞いておるのよ」と言うので、この御客があの曲者の関係と知れた。知れるなり嫌な予感がしたものだ。奥間へ案内する道中、丸眼鏡はあざけるように私の頭上にひらめいていた。
結局、遠路を遥々出向いてきたこの大妖怪が、ぬえの早とちりから呼ばれた無用の援軍であったと分かると、しかし姐さんはあえてこれを寺に引き留めた。今しばらくここに残って世話を焼かれてくれと頼んだ。宗教家同士の形成は未だ安定しておらず、うちにも腕の立つ用心棒が是非欲しいというのが言い様であったが、私はこれをぬえの保護者役としての雇用だと察した。居候部屋を決める際、せっかくだからぬえと相部屋が良いでしょうとして即決させたことからも、姐さんの期待は窺える。
相談決して、東側に面する八畳敷きの空き部屋が、二人のためにあてがわれた。これは、私とムラサが寝起きする六畳と、廊下を隔てて差し向かいである。
「ねえ、なんで同じ二人部屋なのにそっちは二畳広いのさ」
八畳の埃を掃きながら、ムラサがふと気付いて苦情を入れた。
「そりゃあムラサお前、見れば解るでしょうよ」
親分の寝具を運び込んで、ぬえが不親切な答弁をした。見ればというので見てみれば、ぬえは服の開いた背を反らして、肩甲骨から突き出した変な羽を各々勝手にうごめかす。なるほど結構な飾りだ。親分の尻尾と同室してはかさばって仕方が無いだろう。二畳分くらいの余地は確かに要る。ちょっと納得しかけた。
「そんなもん、どっかに仕舞っとけばいいじゃんか」
しかしムラサは肝心を忘れない女である。私も少々気が付いた。正体の無い鵺をして姿形が言い分になるはずが無い。変化自在の化け狸も同じことだ。見れば解ると挑発されるまま、説明も受けずにこっちで勝手に納得していては曲者の策に落ちるところだ。引越しが済んでしまえば後から一畳寄こせと言っても今更になる。引っ越す前に申し立てなかったこっちの手落ちということになる。
「ムラサの言うとおりよ。誤魔化されないんだからね」
私も脇から相棒に加勢した。大小の自在なもので領地が決まるようなら、うちは雲山を含めて三人部屋ということになる。八畳はこっちこそ引き移りたいところだ。こんな悪戯者を寝かすのに四畳は奮い過ぎだ。大人しくさせたければ物置にでも詰めてやれ。こんなことを考えてこんなことを言った。二人してぬえをへこましていると、まったくいつから居たものか、廊下側のふすまを開けてにやにや笑いの親分が顔を出した。
「ぬえや、何の話をしとるのかのう」
「向かいの二人が何か言いたいんだって」
「ほう、向かいとな。一輪ちゃんとムラサ船長かい。ご両人あっちで相部屋を? そりゃ良いわい。世話になるさけよろしゅうな。こっちゃ無作法者二人じゃてすまんがな、わしなぞ夜は寝言も言うさけうるさかろうがな、まあよろしゅうよろしゅう」
親分、ここまでを一気呵成に述べ立ると、私とムラサの肩を叩いてしきりによろしゅう頼んだ。私とムラサはただ聞かされて、一言挨拶を挟む間も無い。その後も親分はなんだか故郷での暮らしやら幻想郷の感想やらを噺家さながらに演説すると、終いは姐さんのことを「別嬪じゃのう」と評してちょっと口を閉じた。
「……して、何か言いたいとな?」
私もムラサも返事をしかねた。間を置いて促されると恥ずかしい苦情だと思った。御客相手ということでもあるが、修行中の身があまり物欲しそうなことを言うのも浅ましくって良いものではない。とうとう部屋の話はそれきりになった。
しかし、またしばらく間を置いて考えてみると、二人ともなんだか巧く丸め込まれたような気がした。あの時の親分にしても見計らったように現れたので、実際見計らっていたのではないかと思った。
その後一月ほどの間は、親分は御客らしくに和やかに愛想良くして接待を受けていた。次の一月は気まぐれに遊び歩いていた。その次の月になると、することも無くて退屈なのか、常に微醺を帯びて巫山戯ていた。居候とはいえ名のある妖怪であって、命蓮寺の門下に属すわけでもないので、誰のお咎めも受けなかった。ぬえの相手にもなってくれているので、姐さんも概ね感謝の風であった。
しかし、四月経って夏になり、だんだん寺の暮らしに慣れてくるうちに、この親分の厄介な性状が現れてきた。化け狸の本能なのか、何かと悪戯を仕掛けて嬉しがるようになった。はじめは檀家の子供相手に手品を見せてからかうくらいのもので、例の飛ぶ眼鏡などを披露して得意だったが、それも無聊を慰めなくなると、寺の弟子達を引っ掛けるようになった。皆時々の戯れと思っていたから、化かされる度に苦笑いしてお見事ですと褒めておいたが、その戯れも繰り返すうちに仕掛ける頻度が増していった。化かしの術で名を成しただけあって日常的に人をたばかる。どうも油断がならない。親分はぬえ以上の悪戯者になった。
同室のぬえだが、これらを殊勝にして見ていたのかと言えばそんなはずはない。昔の化け仲間と再会してこちらもだんだん調子付いてきた。親分と連携して一層悪戯をやる。夜は二人で寺を抜け出して里の酒場を飲み歩く。姐さんの当ては外れたらしい。私は例の衝動が頭をもたげて、ついまたポカリとやりたくなってきた。
そのぬえが意地悪くけしかけるのか、初日によろしゅう頼んだ気安さからか、悪戯の標的は私とムラサが多いようだ。ムラサなどは、初めて眼鏡に引っ掛かった時の反応が良くて大変気に入られたらしい。その時分のような冗談なら、私もムラサも気にはしなかったが、盆が過ぎる頃になると、親分の悪戯はしだいに非常な大胆さを、また不敵さを現してきた。
夏が終わり秋になる頃のこと、戌時過ぎて私は風呂をあがり、洗い髪を拭きながら廊下を歩いて六畳へと帰った。ふすまに手をかけて閉じようとすると、横合いからムラサが手振りでこれを制した。「なんなの」と訊けば、ムラサは布団を持ち出して頭からすっぽり被り込み、「一輪ちょっと」と言って私まで中へ招く。あんまり滑稽であったから写真でも撮って残したい気がしたが、生憎写真機の持ち合わせはなく、ムラサの方は真面目な声でしきりに「中へ」と誘うので、写真は諦めて滑稽図に仲間入りした。中へ入るとムラサは声をひそめて、最近、丑三つ時になるとふすまの向こうから声がするのを知っているかと訊く。知らないと答えると、「するんだよ」と力まれた。ついでに一輪は神経が太いとも言われた。なんでもムラサが声に気付いたのは一週間ほど前のことで、人の声だけでなく獣の吼える声や鳥の騒ぐ声もして大変喧しいそうだ。ふすまを開けて廊下へ出てみると声はぱたりと止むと言う。状況から見て、差し向かいの住人二人、親分とぬえの悪戯に違いない。ムラサは現場を押さえるべく、今夜は声が聞こえたら音を殺して八畳間へ這い寄り、不意を打って中に踏み込むと言う。無音で廊下を渡るためには、丑三つまでうちのふすまは開けておかなければならないと言う。この作戦を聞かれないように布団を被って声をひそめるのだと言う。私はこれを莫迦だなと思いつつ、痛快だなとも思ったので、ふすまは開けたままにして、ついでに作戦を見届けることにした。秋口のこと、少々寒かったが、布団に包まってじっと待った。
丑三つ時、確かに声はした。廊下には何も無い。声は八畳間からするらしい。けらけらわいわいきいきいぎゃあぎゃあと百鬼夜行でもあるようだ。この騒ぎを枕元に聞きながら平気で寝ていたとなれば、鈍感の謗りも免れ得ないところである。ともかく、ムラサは匍匐で発進した。その表情は緊張感に満ち満ちて、戦場へでも行くような真剣さがあった。床板の軋まないよう注意しながら短い地雷原を突破して、ムラサは首尾よく八畳間のふすまを暴いた。はたして声は中からする。布団を敷いて寝る親分とぬえが大口を開けて雑音を唱していた。八畳間は暗かったが、私が後ろから燭台を掲げていたので確かだ。これはしめたと思い、日頃の仕返しとばかりに問い詰めたが、親分もぬえも恬然として動じない。親分がにやにやしながら「ちと寝言がうるさかったかのう」と平気で言った。春に断っておいた用件を秋になって持ち出してきた。この部屋へ移った初日にいびきではなく寝言と言われた時の違和感が、火の後のすすけのように薄く香った。
八畳を出てふすまを閉じるとくすくす笑う声がした。どうせこれも寝言だろう。なんだか無性に気が落ちた。ずるい連中だと思った。これが地底に居た頃ならムラサと二人してやっつけてやるところだと思った。しないで済む喧嘩も、できないとなると不愉快に感じた。
何日かして、私の不愉快がどうかこうか紛れた頃、またしてもこの天下の詐欺師は、得意の術と妙論を巧みに組み合わせた新たな悪戯を披露したという。
私がまた風呂からあがって六畳へ入ると、珍しくもムラサが机に向かって鉛筆を手に何かを懸命に書き付けている。どうかしたのかと訊けば、また親分を懲らしめる策を練っているのだと言う。さすがに元自縛霊だけあって執念深いものだと思って聞いていたが、どうやら先日の寝言事件の怨みではないらしい。ムラサはこんな話をした。
椛が色付いたので、ムラサは山を散歩していた。向こうからも歩いてくる人があって、見れば親分である。お互い挨拶を交わして、秋になったの寒いの赤いのと他愛ない世話ばなしをした。ふとした会話の流れの中に、親分が「船長、椛は好きかのう」と聞いた。べつだん葉っぱに好意は無いが、敵意も無いので「好きです」と答えたら、親分は袂から包みを取り出して「これをお食べ」と言った。見れば生菓子の椛である。喜んでほおばったムラサだったが、くしゃくしゃと紙のような食感があるばかりでどうも不味い。吐き出して見ると生菓子ではない。まさしく椛、楓の紅葉であった。思わずげっとなって親分の顔を見ると「よっぽど椛が好きなんじゃのう」と例のにやにやを浴びせられた。
かわいそうに、ムラサは椛も生菓子も嫌いになったと言う。かくして八畳間は再びムラサの敵陣となったらしい。私はこの話を聞くに同情を覚えたが、まだ拳骨封印を誓っていたので、ムラサ司令に従って戦争に加勢することは自重した。ムラサは残念がったが、気を取り直してまた鉛筆を走らせた。覗き込めば、『饅頭に泥をつめて食わす作戦』というのが目に入った。どうやらムラサは敵の悪戯に対してこちらも悪戯で対抗する気らしい。私は相棒の背中を見ながら、心では我らが六畳間の勝利を願っていたが、安直なムラサと狡猾な親分ではもとより分が悪かろうと思えば、実際的な期待は持てなかった。
それから数日が過ぎ、見るたびにムラサの口中を不味くしたあの楓の紅葉も落ち尽くしてしまったが、はたしてムラサの復讐作戦は何らの戦果もあげられない。策略家でない以前に役者でなかったムラサは、どんなに罠を仕掛けても挙動の不審さを嗅がれてしまう。簡単に回避されてしまう。ムラサは親分の敵ではなかった。
親分はさすがだ。ムラサがもたもたしているうちに、私の方まで隙を突かれて大いな被害をこうむった。
冬になり、正月の準備に追われて里のあちこちや寺の周囲を奔走していた時期で、寒いおもてから寺へ戻って奥間の戸を開けて中へ入ると、親分が火鉢に炭をついでいた。私は大変疲れていたのと風に吹かれて冷え切っていたので、火鉢にあたって「親分、すみませんがお茶を一杯」とお願いした。親分は快諾して台所へ立ち、しばらく待つと湯呑に利休色を満たして持ってきた。私は受け取ってお礼を言い、くっと流し込んで飲み下したが、どうやらこれはお茶ではない。お湯割りである。「これ、お酒じゃないですか。お茶と言ったんですよ」と注意して、私は湯呑を押し戻した。親分はにやにや笑って「ははは、引っ掛かりおったな。ほれ今度はお茶じゃ」と急須から注ぎなおしてまた出した。飲んでみるとこれも酒である。修行中の身なので人には隠しているが、昔から無類の酒好きで、実を言うとこれも大変美味かったのだが、鉄の意思力で突き返し「親分、今度こそお茶を入れてください」と言った。親分は頭を掻きながら「やあ、すまん。うっかり間違えたわい。こっちがお茶の急須じゃ」と言って背中から別の急須を取り出した。注がれた湯呑を受け取ってあおると、やっぱり美味い。またしても酒である。「親分、良い加減にしてください。お茶と言ったらお茶です」と言い、空の湯呑を放りつけた。これでも僧なので御多分に漏れず三度までは許す。「すまんすまん。これで終いじゃて」と親分は三つ目の急須を取り出して湯飲みに注ぐ。これが証拠とばかりに自分でも口をつけて見せる。「うん、お茶じゃ。間違いないぞきっとたぶん」と言うので、信用して飲むと酒だった。親分は「あんまり飲み慣れておるから間違えたわい」と言う。日頃の修行の成果が出たのか、私は怒ることもなく底無しの寛容さで許した。そんなことを繰り返しているとだんだん気分がふわついてきて、どうやら悟ったかなと思った。親分は急須を取り替えては何度となく間違える。私は悟ったから何度でも許してやる。
ところへ、戸を開いて姐さんが現れたのでかなり弱った。悟りましたと言おうにも室内は酒気で満ちている。言い訳をしようにも悟った頭にそんな卑俗な言葉は思い浮かばない。ここへきて怖ろしいのは習慣の力で、勝手に手が伸びて親分の頭をポカリとやってしまった。結局叱られた。姐さんはにやにやしている親分を見て「困ります」と言い困った顔をした。私は正座して聞く膝の上に、さっき飛び出した拳骨を据えて眺め、ちょっと泣きそうになった。
これをきっかけに、とうとう私もムラサ司令の陣営で戦争に加わることにした。いくら御客だってあんな悪戯者では姐さんの煩いになるばかりだ。ぬえの呼び込んだ面倒事がぬえの面倒など見るはずがなかったのだ。先日開いた悟りは、一晩寝たらほぼ消えてしまった。残った真理はただ一つ、『親分は悪戯をする』という一文のみである。どうせ拳骨の封印も解いてしまったついでだから、また戒める前にもう一発お見舞いしておこう。連日の失敗にすっかりしょげていたムラサだったが、私が肩に手を置いて励ますと、気力を復活して立ち直った。打倒八畳間の大義を掲げて六畳間同盟は結束したが、作戦会議をする段になって、ムラサがまた布団を被って手招きし始めたので、これを司令にはしておけないなと今更ながら失望した。私は布団を剥ぎ取って参画初日から指揮権を奪った。
以来、布団を被っての密談はしない。一輪司令の作戦会議は親分とぬえが飲みに出て不在となった夜に行われる。万が一に備えて雲山を見張りに立てておく。作戦内容を紙に書く愚はおかさない。機密の保持はこれで良かったが、残念なのは、漏えいして困るほどの名案がなかなか浮かんでこないことだ。ムラサの話を聞いていると、さすがに親分は一国の総大将だけあって隙がないらしい。陥れる算段はついても、実現できるかはまた別の問題になる。正正堂堂を信条にしてきた私なので、ムラサほど拙くはないにせよ、親分を前にして意図を隠し通せるかといえば不安が残る。親分に油断があるとすれば、私に警戒をはらっていない最初の一回のみだろう。作戦はいよいよ完全なものでなくてはならない。しかし何日悩んでも名案は出ない。
二人とも廊下側のふすまを睨んで、その向こうにある八畳間を怨んだ。向こうを怨むとこっちの部屋まで嫌になった。畳の数でもめた時に誤魔化されたことがまだ悔しい。こうしてこの六畳間にただ座っているだけでも、それが間抜けの表明になる気がする。そのうちに夢さえ見た。夢の中で六畳間を掃除していると、天井から木の葉が剥がれて驚いた。私達が六畳だと思っていた部屋は、親分の術にかかった幻で、現実には二畳であった。ムラサが狭い所に布団を持ち出して「狭いから一緒に被ろう」と言ったら、頭がくらくらして目が覚めた。
夜明け前に目を覚まして、悪夢を振り切ろうと洗面所へ向かった。鏡を見ると顔に落書きがされている。ぬえの悪戯だろう。水で洗ったがなかなか落ちない。もう年の瀬も近いので水はかなり冷える。今に雪が降るだろうと思い、はっとした。私はこの時、この雪の想像の中にようやく待ち望んだ名案を見出したのだ。
手筈はこうである。ムラサがあらかじめ庭の一角に柄杓の水を撒いておく。一晩待てば大方凍るだろう。雪の降る日を待って私が親分を庭へ呼び出す。親分が氷の一角を雪の積もった上から踏んだ時、物陰に隠れて見ていたムラサが『水難事故を引き起こす程度の能力』を発動する。舟幽霊の呪われた水は生き物を引き込む底なし沼へと変わり、親分は薄氷を踏み抜いて溺れる。ムラサの能力だけに少々過激なようだが、あの親分に参ったと言わせるにはこれくらいの目にはあってもらう必要がある。私達には狸のような化かしの術は使えないが、雪を利用すれば落とし沼を隠すことができるだろう。
この作戦ならほぼ確実だ。聞かせると相棒もうなずいた。後は細部を打ち合わせて決行できる日を待った。
師走、三十日、大晦日の前日になって好機は訪れた。雪は大降りの大積もりである。私は八畳間を訪ね、横になって本を読んでいる親分に「ちょっと手伝ってくださいな。蔵から炭を運び出すんです」と邪気の無い感じで声をかけた。これは普段からよく人を駆り出している用事なので、親分も怪しんだ様子はない。「うむ、丁度こっちの部屋のも切らしたところじゃ」と、後から立ってついて来た。どうやら上手くいきそうだ、と私は内心ほっとしたが、親分の嗅覚は侮れない。玄関で藁ぐつを履くのにてこずって、「先に行ってておくれ」と言った。これには少しひやりとした。ひやりとしたが少しである。あらかじめムラサが水を撒いたのは蔵の入り口周辺である。これが普通の落とし穴なら、私はなんとしても親分を先に立てて蔵へ向かわなくてはならないが、しかし、この落とし沼の作動は垣根の裏に居るムラサの随意なのである。私が先に行って罠を踏んでも沼に落ちることはない。私は未練も無さそうに装って「それじゃあお先に」と玄関を出た。雪を踏み分けながら、親分が警戒しないよう、蔵までまっすぐに足跡をつけた。ここまで演じきればもはや成功は目前である。
蔵に入って炭を掴むための軍手を探そう。親分が正面に誘い込まれるよう、蔵の扉はいっぱいに開けておこう。こう考えて、蔵へ向かったまでは、良かった。急に、足元からきりりと音がして、まさかそんなと思う間に、氷が割れて私の足は雪の中に落ち込んだ。
「ムラサ! 違うわ! 私よ!」
叫んだ時すでに遅し、冷たい底なし沼が胸まで迫った。雪の浮かぶ水面を見て驚いた。映っているのは私ではない。その顔は、マミゾウ親分だった。どうやら、玄関まで歩いてくる途中で、隙を見て化けさせられていたらしい。全てを察した瞬間、肩口までも沼に飲まれた。雲山を呼び出そうにも間に合わない。悔し紛れに拳骨を振り上げて水面に波立つ顔に叩きつけたが、当然何の手応えも無い。気が遠くなって、もう後は分からなくなった。
目が覚めると、布団に寝かされていた。全身ぐったりと萎えて起き上がれない。右を向くと枕元にムラサが座っている。左を向くと親分が座っている。二人とも平生に似合わず黙りこくって何とも言わない。天井の広さを見て、ここは六畳間だなと気付いた。
「一輪、あけましておめでとうございます」
視界を逆さに覗き込んで、そう言ったのは姐さんである。どうやら年をまたいで丸二日も寝込んでいたらしい。とんだ寝正月になった。姐さんはまずつまらない企てをした私を叱り、続いて、今日は親分にも語気を厳しくして注意した。最後にムラサの方を向いて、特別に強く叱った。聞いているとなんでも、私を誤って沼に落とした後、あわてて駆けつけて助け出したが、私の意識が無いことに逆上して、つい親分に掴みかかったらしい。私は聞いているだけでも、なんだか居たたまれなくて仕方がなかった。ムラサは姐さんに促されて「親分ごめんなさい」と言ったが、下げた頭は私を向いていた。
姐さんが六畳を去った後、親分がぽつぽつと話し始めた。
「いや、本当、すまんかった。これは、わしが、全く悪いんじゃ。ああ、すまん。調子に乗っておったんじゃ。これでも名のある妖怪が、恥ずかしいこと、じゃ。迷惑じゃったろう。嫌な、客じゃろう。すまんかった。このとおりじゃ」
そう途切れがちに詫びる親分の声は、可笑しいほどうわずっていた。私はこれを聞きながら、ああ、謝ることに慣れていないのか、この人は、と思った。ムラサは変な顔をしていた。
「じゃが、しかしなのじゃ、これだけは信じて欲しい。わしは、船長の沼のこと、は、し、知らんかった。狸の誇りに誓って、知らんかった。一輪ちゃんを化けさせたのは、ちょっとした、その、冗談で、ああ、わしが沼に嵌っておれば、良かったんじゃ。それがとんだことに、すまん」
親分はしきりに頭を下げたが、私の方はもう、姐さんがきつく言ってくれた時点でとうに毒気を抜かれていたので、詫びの言葉を聞くよりも、この人が泣きはしないかと、そちらの方が気にかかった。「親分、もう良いです。心配お掛けしてすいません」と言ってやると、親分、俯いていた顔を上げて、また何か言おうとしたが、私がもう良いと断ってしまったので、ちょっと考え直してうなずくだけにした。
六畳間が沈黙すると、窓の外から笑い声が聞こえた。響子と星が羽根を突いているらしい。羽根突き、この遊びは、ムラサにやらせると意外に上手い。昔は正月ごとに勝負したものだが、私はてんで下手なので、そのうち嫌になってやめてしまった。私は、回復したら久しぶりにこれで遊ぼうと思った。その時は、きっと親分も誘おうと思った。考えてみれば、はじめからそうして気兼ねなどせず、六畳間も八畳間も関係なく、廊下を行き来して遊んでいれば良かったのだろう。布団の上で一つ悟った。
「いよー、一輪起きたって? この寒いのに水遊びなんて馬鹿だねえ。そりゃ風邪もひくよ。ムラサじゃないんだから」
沈黙を破って現れたのはぬえである。開けたふすまも閉めないままに私の枕元へにじり寄ると、冷たい手で私のひたいを軽く打った。そうして「起きたなら羽根突きやろうよ。四人でさあ」と平気で言う。こいつは少々悟りすぎているようだ。億劫ながら、布団から手を出してポカリとやろうと思うと、親分が目配せしてこれを制した。
「一輪ちゃん、大した物ではないがの、ほれ、お詫びのしるしじゃ」
言って袂から包みを出した。見れば、白糖をまぶした雪見大福である。私は「せっかくだけど、雪見は当分ごめんだわ」と断って、「ムラサ食べても良いわよ」とすすめた。ムラサは解りやすく苦い顔をして「好きじゃないんだ」とようやく言った。
「なんだよ二人とも、マミゾウがくれるってのに。いらないなら私がもらうから」
そう言ってぬえは手を伸ばすと、包みの大福を掴んで口に放り込んでしまった。そうしてちょっとの間もぐと口を動かしたが、たちまち顔をゆがめると、猛然、窓へ飛びついて雪の塊を外へ吐き出した。喉の奥から、何に似ているとも比しがたいような、極めて不味そうな、極めて冷たそうな、奇妙な鵺流の声を発した。
「無作法者じゃてすまんがな、なにとぞよろしゅう」
「いえいえ、こちらこそ、今年もよろしくお願いします」
「ありゃ大福が嫌いになるよ」
三人、顔を見合わせてにやにやと笑った。この元旦を忘れない。
旧都から持ち帰った習慣で、何かあるとつい人を殴りつけたくなるが、近頃はこの悪習もそう邪魔にならない。修行不足故になかなか改まらないが、飼い慣らす方法が解ってきた。
ムラサ好きなので面白かったです。
あなたが書いたから面白いのであって、自分含めた他の人が書いても面白くない、或いは悪くない、程度の感想で収まってしまうんだろうなと言う感があります(もっと上手く料理する人がいるかもしれませんが)
書き方一つでこんなに変わるものなのかと感銘を受けました
次も楽しみに待ってます。
一輪の気性から、どうしてもあの先生を連想せずにはいられません。
すげえ。
それもこれも作者の描き方が良いからですね。面白かったです。
説明というかナレーション主体だから落ち着いた雰囲気になってて
じっくり読める、と。
面白かったです
皆個性的でとてむ楽しかったです。
一輪が悟ってしまう場面は声だして笑ってしまいました。
悪戯が聖にばれて、鉄拳はそっちからもらうとかでも面白かったかも。
お詫びの印にマミゾウが大福を渡してから最後までの流れも素敵です
みんな生き生きしてて面白かったです。
落ち着いてじっくり読めるんでしょうか。
良かったです
いやぁ、面白かった。見事です。
各キャラクターが原作通りであるにもかかわらず、クスッと微笑ましい一面が描かれている。
狐と狸の化かし合いといった分かりやすいテーマなのに、陳腐さは微塵もない。
マミゾウさんもどこか憎めない一本筋が通った性格に感じます。
これが作者様の文才なんだと思います。二次創作とはこうあるべきだと、改めて認識いたしました。
気を悪くしたらごめんなさいね、でも誉め言葉なんですww
生き物というのは、烈しい感情でなくとも微細な仕種に満ち満ちている。
この作者は地の文において情緒をころがすのが巧い。
その情景の中に人物の感情があり、生き物臭さがある。
ころころよく転がるから、すとんと情景が入ってくる。
作者氏はきっと人間を描くのが好きなのですよね?
応援します。御馳走様でした。
昔の文学小説のようで歯切れがよく、読みやすかった。
ムラサが布団をかぶっているところを想像してつい笑ってしまいました。
オチも良かったです。
レトロモダンなとても面白い作品でした!
掌編の名手ですね。
文体は少し古い感じを覚えましたが読みにくい事は無く良かったと思います。
ストーリーを作るためにキャラクターが動かされてるような気がしたのでもう少し自由にキャラを遊ばせてみたらいかがでしょうか。