Coolier - 新生・東方創想話

カザミとユウカ

2012/12/27 22:09:23
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前作『彼女の愛した幻想郷』の続きとなっております。未読の方は全くよくわからない内容となっていますので、是非是非そちらから


 遠く。暗闇の中に一つ、灯火が浮かび上がっている。徐々に近づいてくるそれは、誰かの訪れを示していた。
 優しげな気配。ゆっくりとした足取り。ああ、もしかしてあの人が帰ってきたのだろうか。そう幻想を抱いた自分の思いを砕いたのは、提灯の明かりに照らされたその顔がはっきりと浮かび上がった時であった。
 深い皺の刻まれた顔。曲がった腰。体を支える杖。かつての黒髪は雪が降ったかのように真っ白になった巫女―――博麗霊夢。

「止まりなさい。そこから一歩前に踏み出した場所から此方は、何人も踏み入れることの許されない場所よ」
「あら。ならここなら大丈夫かしら?」

 とても長い年月、彼女とは会っていなかった気がする。見た目とは裏腹に変わらない話し方。それがなんとなく寂しいものに思えてしまうのは、人と妖怪の関係だからだろうか。

「そう身構えなくても、昔のように出会いがしらに弾幕をぶつけるようなことはしないわ」
「悲しいものね。貴方も、幻想郷も変わらずにはいられない」
「変わった。そうね。何もかも変わっていった。変わらないものなんてない。でも変わることは決して悪いことじゃない」
「変わらないものもあるわ。この場所と、私とユウカの想いはこれからも変わらない」
「ふふ。外見と口調はかなり変わったようね。まるで孫の成長を見届けてきたような気がするわ。チルノ」
「私の名前はカザミよ。霊夢。それでわざわざ何をしに来たの?」

 彼女の顔から、微笑みが消える。昔の彼女はよく笑っては、何かよくわからないことを言って弾幕を打ち込んできた。
 霊夢のこんな顔は、見たことが無い。皺で刻まれた柔和な顔が、ひどく恐ろしいものに見える。

「……単刀直入に聞くわね。里の人間がこの場所へ来なかった?」

 カザミはわかっているくせに、という言葉を飲み込んだ。
 見えていないはずがないのだ。霊夢の足元には、まさにその里の人間の死体が転がっている。

「こんなおばあちゃんでも、私はまだ博麗の巫女」
「それで?」
「妖怪退治は博麗の巫女の役目。このまま放置しておくのも、巫女としてどうかと思ってね」
「戦うつもり?」
「さてね」
「私達はこの場所に踏み込むものを排除しているだけ。そちらが動かなければ、私たちだって動かない」

 この場所を護る。あの人との大切な約束。
 手段は選ばない。この場所を奪おうとするものがいるのなら、ただ排除するだけ。

「……綺麗な場所よね。本当にあの頃の幻想郷そのものだわ」
「今更なにを……! 貴方だってあの人を退治するために里にいたんでしょう! 幻想郷を変えようとする考えを貴方が否定すれば、霊夢さえ首を横に振れば。そうすれば幻想郷も、あの人だって―――」
「私は博麗の巫女。変化を求めているのが幻想郷であるなら、私はそれに従うだけ」
「この世界はもう幻想郷じゃない! こんな汚れた空気にまみれた汚い世界が、幻想郷のわけがない!」
「幻想郷よ。変化を受け入れた幻想郷。姿形は変わっても、私やあんたみたいに本質までは変わらない。この世界は紛れも無く幻想郷なのよ」

 霊夢は提灯の明かりに照らされた、首をもたげる向日葵に視線を移すと、ふっと懐かしむような表情をした。
 それがなにを、誰を懐かしんでいるのかが、カザミにもわかった。

「あいつは不器用だった。何でも知っているようで、何も悩んでいなさそうで。それでいて人一倍何かを悩んでいて、誰にも頼らず答えを出してしまった」
「だから、なに」
「自身が幻想郷に影響を与えることの出来ない存在だと、勝手に思い込んでしまった。馬鹿なやつよ。人里を襲い、有力者達が集まることを見越したうえでの大異変を起こし、あいつは高らかに宣言していたわ。幻想郷は変わってはいけないと」
「だからなに!」
「今のあんたが同じ立場ならどうしたかしら。カザミ」

 唐突な質問に、カザミはとっさに答えを出すことが出来ず口をつぐんだ。

「変化と利便化を求める者が盛り上がる。しばらく傍観しようとするものが大半いる。そのなかで、あんたはどんな答えを出すのかしら」

 霊夢はだたじっとカザミを見つめ、答えを待っていた。それは、かつてのように無邪気で気ままに動く妖精にではなく、自身で考え動く一人の大妖怪にたいする質問であった。
 しばらくの間、カザミは考えていた。
 カザミには唯一無二の親友であるユウカがいる。まずユウカに相談をするだろう。しかし、あの人にはいなかった。傍にいたのは、力の無い妖精であった二人。
 妖怪の山の天狗のように組織を持っているわけでもなく、頼る者もいない。まして幻想郷の中では一つの妖怪としてか見られていない。一人その中で反対の声をあげても耳を貸すものはいないかもしれない。

「あいつもきっとそうやって考えて、悩んでいた。私はそれに気づけなかった」
「……」
「時間が経てば経つほど、かつての幻想郷には見慣れないものが増えていったわ。それを目の当たりにすれば、焦るのもわかるわ」

 変わっていく幻想郷。それを目の当たりにしてあの人は何をおもっただろうか。

「あいつは、自分の声が誰にも届かないと思い込んでいた。だからあんな異変を起こした……。実力を行使して、自分の声を無理やり聞かせようとした」
「……それは可笑しいことなの? 護りたいものを護ろうとすることが、そんなに可笑しいことなの?」
「方法なんていくらでもあった。幻想郷が変わるべきじゃないと思った妖怪はあいつ一人じゃなかったのよ。声を上げれば賛同するやつらだってたくさんいた」
「ならなんで霊夢は―――!」
「私は博麗の巫女なのよ。楽園の素敵な巫女。幻想郷は私の物ではないし、まして紫の物でもない。幻想郷に住まう者達が幻想郷を変える。私は、ただそれを見守り、幻想郷を守護するだけなのよ」
「幻想郷? これが? こんな世界を幻想郷だなんてずいぶんぼけたものね」
「やっぱり貴方達とは分かりあえないか……」

 覚悟を決めるような意思が霊夢の表情に表れていた。

「なによ。やるつもり?」
「もとよりそのつもりよ」
「元妖精だからって舐めるんじゃないわよ。人間」
「余り人間を舐めるんじゃないわよ。妖怪」

 提灯が落ちる。トサリと音を立てて地面にそれが横たわった瞬間。カザミはとっさにしゃがみ、杖が頭上を切る音を聞いた。
 続けざま、顔面に迫る彼女の足。両腕でその一撃を防ぐも、正面に彼女の姿はもう無かった。
―――頭上!
 亜空穴。霊夢が使用する移動手段であり、奇襲に最も適したもの。
 昔ならきっと彼女の一撃に倒れ、地面に横たわっていただろう。だが、今は違う。妖精のように非力ではなく、妖精のように頭が回らないわけでもない。
 霊夢が言うように、自分も変わった。子供から大人へと。妖精から妖怪へと。護られる存在から護るものへ。
 今頭上から振り下ろされる彼女の杖を自らの腕で弾くことくらい、造作もないことだ。
 バキリという木の割れた音が響き、霊夢が隣に着地する。
 
「驚いたわ。私は歳をとったけれど、まだまだ現役のつもりだったわ」
「現役よ霊夢。あんたほど強い人間なんて、普通存在しないわ」
「手加減、してくれたのね」
「……早々にここから出て行きなさい。貴方が今足を踏み入れている場所は、幻想郷なのよ」
「逃がしちゃうの? カザミちゃん」

 残念そうな声が、暗闇に響いた。
 カザミは、しまったとばかりに唇をかんだ。ざりざりと地を踏み分ける音が迫ってくる。

「ユウカ……」
「霊夢さんも知っているでしょう? ここは何人も立ち入ってはならない最後の幻想郷」
「ええ、知っているわ」
「では霊夢さんの足は、体は今どこにありますか?」

 霊夢の後方で、落ちた提灯が燃えている。その微かな光が、その場にいた三人の存在を照らし出していた。
 浮かび上がる彼女の笑み。感情の篭らない張り付いた笑顔。身長も伸びた。頭の横で纏めていた長い髪を切り、セミロングに揃えたその姿は、否が応でもあの人を連想させてしまう。

「悪かったわ。すぐ退散するわよ」

 霊夢の顔がこわばる。霊夢とはいえど、霊夢だからこそ彼女の恐ろしさが伝わっている。
 数多の異変を解決し、様々な妖怪や神と戦った彼女から余裕を奪うほどの異様さ。

「霊夢さんの住んでいる幻想郷にルールがあるように、この幻想郷にもルールがあるのです」

 これ以上はいけないと、カザミはどうにか霊夢を逃がせないかと思案した。
 かつてカザミと共にすごしてきた彼女に残っているのは、激しい憎悪と使命感。
 あの人のいなくなった時から、ユウカは全てのものを二つに分けた。
 排除するべきものか、そうでないものか。たとえそれが誰であろうと容赦はしない。

「ここに立ち入った人には、死んでもらいます」

 その声は、カザミの背後ではなく正面から聞こえた。霊夢の後ろに、居た。彼女が妖精時代から使えた瞬間移動だ。
 手にはクナイを持って、彼女を首を―――。
 風を切る音が静寂な暗闇に大きく響き、赤い軌跡を描いた。

「……はずした」

 霊夢は素早く後方へ下がっていた。老人の見た目とは考えられない程の動きに、カザミはほっと心の中で安堵の息を吐く。
 両脇の向日葵よりも奥に霊夢はいる。それはつまりカザミもユウカも、手出しをしない安全圏だということだ。

「まだ私も死ねないのよ。だから最後に、教えてあげる」
「何をですか?」
「紫は、別の世界に新しい幻想郷となりえる場所を見つけ、幻想郷を新たに作ったのよ。この意味がわかるかしら」

 カザミにはわからなかった。だが、ユウカは理解したと端から見てもわかるほどの、反応ぶりだった。
 どういうことだろうか。
 新しい幻想郷を作った。その意味は、何故ユウカが顔を歪ませるほどの意味を持っているのか。

「つまり八雲紫は最初から……」
「そう。紫は始めから幻想郷がこうなることを知っていた。知っていて、やらせた。文明を推進したがるものはいずれ出てくる。だからそれを抑圧せずにやらせ、そして結果をまざまざと突きつけたのよ」
「次の幻想郷で、同じように文明の推進をさせないために?」
「そう。今回の一件で、紅魔館も守矢神社も妖怪の山の連中も、推進派の連中は今まで築き上げてきた権威も、発言力も、影響力も、面子も全てを失う。幻想郷を、居場所を失った者達の楽園を壊す事態へ導いてしまったもの。そして次の幻想郷は、二度と文明の発達しない、あのときの幻想郷が続くでしょうね。やらせず不満をつのらせるよりも、やらせて結果を突きつける。あいつのやりそうなことでしょ?」

 怒りで我を失いそうになるのを、必死で堪えた。
 つまりあの人は、風見幽香は、大妖精チルノは、死ぬ必要なんて無かったのだ。在りし日の日常は失われずにすんだ。
 あの人と遊んで、お茶を飲んで、そんな日々はずっと続いたはずなのだ。

「あ、ああ、ああああ……」

 口からは嗚咽しか漏れてこなかった。こんなことがあっていいはずが無い。あの人は何のために戦ったのか。何のために死んだのか。

「移住はもうとっくに始まっているわ。博麗神社の境内から、紫がスキマを繋げてるのよ」
「なら……この世界は……」
「文字通り捨てられることになるのよ。博麗の巫女無しでは幻想郷は支えられない。時代の巫女は既に新しい幻想郷に居るわ」
「貴方は、行かないんですか?」
「色んな奴から来るように誘われたけど、断ったわ。私まで行くのは、この幻想郷をあれほどまでに愛していたあいつへ顔向けできないもの」
「……」
「紫は幻想郷が行き着くところまで行った後、残った妖怪達を次の幻想郷へ導く算段をたてていたのよ。主立って反対したものには、内密に話をして次の幻想郷へ移ってもらったのよ。でも幽香だけはわからなかった。動く気配も無く、ありのままを受け入れているようで、そうではなかった。誰も幽香の心だけはわからなかった」

 涙で歪んだ視界では、霊夢の表情は見て取れなかった。ただその声は、後悔のような、嘆きのような響きを孕んでいた。

「次代の巫女も新しい幻想郷にいる。私はこの幻想郷の最後の巫女」
「待ってください。幻想郷は博麗の巫女無しでは存在し得ない。じゃあこの幻想郷に残った貴方が死んだら?」
「この幻想郷は無くなるでしょうね」
「そんな―――」

 無くなる。今度こそ全部無くなってしまう。
 幽香とすごしたこの幻想郷が、護ってきたこの幻想郷が、思い出が、全部。

「私ももう少し生きるつもりだけれど、いつまで持つかは保障できないわ。伝えることは、これだけ。じゃあ、ね」

 寂しげに踵を返し、ゆったりとした足取りで帰っていく霊夢の姿を、ただ見つめていることしか出来なかった。
 ユウカは動かない。霊夢が立ち去った方向ではない暗闇をただじっとみつめている。

「ユウカ」
「カザミちゃんはどうする?」
「なにが……」
「新しい幻想郷に行くかどうかってこと」
「ユウカはどうするのさ」
「行くと思う?」
「ううん」

 振り返ったユウカの頬には涙が伝っていた。その光景にカザミは驚きを隠せなかった。もう何十年も見ていなかった彼女の表情だ。

「新しい幻想郷には何も無い。思い出も、あの人も……。私は約束を守れなかった。この場所を守るとあの日に約束したはずなのに!」
「……」
「この場所で遊んで! 一緒に紅茶を飲んで! 名前まで交換して約束をした! 大切な人はいなくなってこの場所まで無くなってしまう!」
「ユウカ、もういい!」

 駆け寄って抱きしめたユウカの体は震えていた。
 彼女の叫びは、カザミの心にも突き刺さっていた。思いは同じなのだ。二人の違いは見た目だけ。いつの間にか傍にいて一緒に居た相手。

「妖精か蓬莱人じゃなければ永遠なんて得られない。私達だっていつかは死ぬ。死を知ったその日から私達は妖怪になったんだもの。終わりが近づいただけ。私達はやり遂げたよ。この場所を誰の手からも護り切って来たんだから」

 言いながらカザミは自己嫌悪した。こんな言い訳めいた言葉を使うのは自分らしくも無いと。

「一緒に残ろう。私は―――あたいはまだ信じてるもん。会いにきてくれるって」
「懐かしいねその喋り方」
「終わりが近いならせめて、昔のように遊ぼうよ。鬼ごっこをして、紅茶を飲んで、カエルを凍らせてさ」
「……そうだね」

 手を繋いで家へ向かう彼女達は気づかなかった。
 日が沈み、頭を垂れていたはずの向日葵たちが彼女達を見ていたことを。




 大きな地震と音と共に目を覚ましたのは、残暑に入りかけた日のことだった。
 慌てて外へ飛び出した二人が目にしたのは、大地も空もまるで瓦礫のおもちゃが崩れていくかのような光景だった。
 言わずとも二人にはわかっていた。霊夢が亡くなったのだと。

「今日が最後か……あっという間だったね」
「本当に。でもあたい楽しかったよ」
「私も」

 向日葵の妖精達が助けを求めるようにユウカやカザミにひっつくが、二人は気にもかけず二人手を繋いで崩壊を眺めていた。
 その時だった。遠くから誰かが歩いてきていた。
 最後に霊夢と会った日から誰もその手にかけることなく遊んでいた二人は、その人物を襲うわけでもなく、この世界に人が残っていたのかと驚いていた。
 だがその驚きは、さらに大きなものになる。
 思わず駆け出した二人は、はっきりとその視界に映る人物に飛びついた。

「すり抜けない! 幽霊じゃない!」
「嘘……どうして」
「抱きついておいてその反応は酷いわ」

 ずっと会いたかったその人が、いる。
 二人で抱きしめる腕の中に。

「よくやったわね二人とも」

 頭を撫でられるその心地よさと再会の喜びに涙が止まらない。

「でもどうして……遺体はあたい達が埋めたはずなのに」
「優しい閻魔様が粋な計らいをしてくれたのかもしれないし、暑さと向日葵が見せる蜃気楼かもしれないわね。なんてったってここは、幻想郷だもの」
 
 相変わらずよくわからないことをいう。
 でも今は、せめてこの時は―――。

「あたい達聞いて欲しいことがいっぱいあるのよ!」
「そうです。お別れの次の日から今日まで、色んなことがあったんです」

 崩れていく世界のことも忘れ、家へ戻った二人は紅茶を用意し、語りだす。
 であったその日からの思い出を。
 最後の幻想郷が崩壊するそのときまで。






 息を切らせて向日葵の間を走り抜けていく。
 誰かが近づいてくる気配はない。大丈夫。まだ逃げ切れている。
 一刻も早く逃げ出さなければならない状況下だが、少しだけなら休憩しても大丈夫だろうという甘美な誘惑に襲われ、思わず地面に膝をついて深呼吸を繰り返した。
 だがそれはやはり、やってはならないことであった。

「……みーつけた」
「!!」

 耳元で囁くように放たれたその言葉に、落ち着きを取り戻していた体はビクンと跳ね上がり、その声の正体を確かめる間もなく、できる限り最も遠くへと瞬間移動を行った。

「はーっ、はー……」

 乱れきった呼吸はすぐには戻らない。なるべく音を立てないように、それでいて呼吸を正すために大きく息を吸い、吐く。
 息が整ったとき、彼女の思考はようやく人並みに回るようになっていた。
 途中ではぐれてしまい、置いてきてしまった友人はどうなってしまっただろうか。
 自分は瞬間移動ができても、友人はできない。
 もしかすると今頃―――。

「瞬間移動は一回だけかしら?」

 わかっていた。追っ手からは逃げ切ることができないことを。
 もてる限り最大の距離を一瞬で移動した反動は、体中の力を一気に奪い去ってしまっていた。
 もう動けない。ぐっと歯を食いしばり目を閉じる。
 一歩、また一歩と近づいてくる足音が聞こえる。
 終わりの時は近づいている。
 そのときだった。

「大ちゃん逃げて!」

 思わず目を開けた先には、空から氷のつぶてが降り注ぎ、追っ手の行く手を遮っていた。

「チルノちゃん……!」
「ほら、あたいを追ってきなよ! あたいは大ちゃんのように簡単には捕まらないよ!」
「あら、威勢のいい事。なら貴方から先に捕まえてあげましょうか」

 彼女なりの挑発、なのだろうか。しかし追っ手の意識はチルノちゃんの方へと向けられている。逃げるなら今しかない。

「ごめんね……チルノちゃん」

 そう呟き、渾身の力をこめて再び瞬間移動を行った。


 体は、もう動かない。
 まだ日は高いにもかかわらず、へたり込んだ自分を向日葵たちが見ていた。太陽の方へではなく、その大輪を自分の方へと向けている。
 初めから逃げられるはずなど無かったのだ。目を閉じて耳を澄ませば今にも聞こえてきそうだ。この向日葵たちの声が。
 妖精はここにいるよ、と。

「チルノちゃんは大丈夫かな」
「他人の心配をする余裕があるとはずいぶんと舐められたものね?」
「―――!」

 いつの間にかそこにいた。目の前に。
 笑顔が大妖精の背筋を凍らせ、四肢の動きさえも奪う。疲労を訴える肉体の痛みはどこへやら、ただただ恐怖の前に動くことも出来ない。

「ずいぶんてこずったけれど、貴方達は仲良く―――」

 彼女の持つ日傘が閉じられる。

「一回休み!」

 視線では追えない速度で日傘が首目掛けて振られ、最後に何か声にならない声をあげて彼女の視界は暗転した。

「鬼ごっこは私の勝ち、ね」

 やり遂げたような表情で日傘を再びさし、彼女は向日葵の中へ戻っていく。

「ねぇ。私が居なくなったら、せめて彼女達に何かしてあげられないかしら?」

 彼女の言葉を聞くものは、咲き乱れる向日葵しかいなかった。
 しかし向日葵は太陽を眺める頭を上下に振り、まるで理解したといわんばかりの動きを彼女に見せた。

「そう。よろしく頼むわね」

 立ち去っていく彼女を向日葵達は見つめていた。そして彼女の声を聞いていた向日葵達は、彼女の言葉を聞いていない仲間に囁くようにその大輪を横に向け始めるのだった。
 ややしばらくもすれば、向日葵は全てが太陽を見上げていた。
投稿現在、季節は冬。なのに舞台は夏。独活の小木です。
頭にある妄想を書き始めると何故かうまく形に出来ない現象にそろそろ名前がついてもいいと思います。
書きたいものは色々あるけどルナチャイルドの話もオワッテナイシドウシヨー。
いずれにせよ何か投稿できればと思っています。

独活の小木でした。


>>3さん
あばば。まさかまた間違えるとは……。修正しました。
独活の小木
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コメント



0.430簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
まさか続きが来るとは……!!
緊迫感があって面白かったです。続き、ゆっくり待ってますよー
3.90名前が無い程度の能力削除
だからルナ・チャイルドじゃなくルナチャイルドだってば。>後書き

まだ続きそうな、これでおわりなのか……
4.100名前が無い程度の能力削除
綺麗な物語でした。
7.80奇声を発する程度の能力削除
おおお、続編ですか
面白かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
続きがまさか読めるとは