※さとりが例によって壊れております。綺麗なさとりちゃんが好きな方はご注意下さい。
(前回までのあらすじ)
(フランドール・スカーレットはワラキアンテクノロジーの力により4人に分裂することが出来る、萌え力の変わらないたった一人の吸血鬼である。
そのフランドールの力に目をつけたウィンストン・サー・チャーチルノ(通称チルノ)は彼女を甘言と50円玉とRGゼータガンダムでだまくらかし、私兵とすることに成功した。
彼女らが後に、情け無用の残虐行為手当集団「フランドー」と呼ばれる部隊として、中東やアフリカを縦横無尽に渡り歩くことになることを、チルノはまだ知らない…)
「…おやつ食べる?」
「食べるー!」
おかしい。
私のサード・アイの前では、例え誰であろうと、その心を隠すことは出来ない。
それ故に私は忌み嫌われ、近しいものは片手で数えられるくらいしかいないのだが…まあ、それはいい。
問題は目の前で地獄銘菓・地底饅頭を食べるこの少女、フランドール・スカーレットの心が、まるで読み取れないということである。
いや、読めてはいるのだが…まるで関係の無い思考しか流れてこない。例えば今なら、饅頭の味や食感、甘さなどについての思考が見えるはずなのに。
頭では全く別のことを考えているということの証左であるが、に、しても…これは異常だ。
大体なんだ、前回までのあらすじって…それにRGゼータガンダムっていつ出たんだクソァ! これだから地底は!
「美味しい?」
「おいしい!」
「そう、それはよかったわ…お燐、牛乳があったわね、出してあげて」
私はそうオーダーするついでに、傍らにいた燐の心を読んでみることにする。
まさかサード・アイの故障でもあるまい。きっとめんどくさいとかかったるいとか、そういった心の声が聞こえてくるはずだ。
紅茶をゴズズと一啜りして、その優雅な香りを楽しみつつ、発動。
(パンチーンゴー ンガァンホンチー ペンチョッ ヤッサンチィ
ラゥホンヒュッ チョンチャクサム チョィチャム ダァイーイー
サァンメン チョッドウチュ ラゥハリュ イェンホングシー
ヤーゥワァン ギングァッヘィ
ンゴンボゥグ パァチィセングシー!
チョンチィンホゥィー
チュンボゥ ダッサッチーヤゥ チュンサムチィ
クヮボゥセェン
ワンセェンゴ イゥホゥィセ~
メンチ!)
「おぶふォ!?」
頭の中に大音量で流れ込んできた、映画『ポリスストーリー』(1985年製作)の主題歌、『英雄故事』のイカしすぎるメロディに、私は思わず紅茶を吹き出してしまった。
何という香港…何というジャッキー…燐のサード・アイ対策がここまで研ぎ澄まされていたとは驚きだ。伊達に長く私のペットをやっていないということか。
しかしそれでも、エンドロールのNGシーンまできっちりと再生されては、怒るに怒れない。
ジャッキーが嫌いな存在など、この地霊殿…いや、幻想郷にいるはずないのだから。
ああ、ジャッキー! 危ない!
「おら小娘、牛乳イレタゾ、ノミヤガレ」
「わぁい牛乳! フラン、牛乳だぁいすき!」
「牛乳はいいぞ、カルシウムが摂れるしなにより美味い」
「おっぱいも大きくなるんだよね! 美鈴がお風呂上りにいっつも飲んでるよ! あれ以上大きくしてどうするのかなあ」
「チョバムアーマーにでもするんじゃねえの?」
口ではそう言いつつも、フランドールの心は引き続き別のものを映し出していた。
(なんでこの歌手がボーイ・ジョージなんだ? ガール・ジョージならすっきりするのに──)
(どうぞ、回してみて下さい。いい音でしょう。余裕の音だ、馬力が違いますよ──)
(アリアスに幾らもらった? 10万ドル、ポンとくれたぜ──)
フランドーならぬコマンドーの場面が、『英雄故事』をBGMとしながらランダムに再生され、私はその度に紅茶を吹き出す。
アジアとアメリカの生み出した傑作アクション映画が、まさか今の世になって悪魔合体するとは誰にも予想出来まい。
私はびっちゃびちゃになったテーブルと口元を拭きつつ、燐の尻尾をかた結びにする少女を、ここで受け入れる羽目になった時のことを思い出していた。
◇
あれは一週間ほど前のこと、地上にある『どら焼きドラマチックパーク』で行われた、クリケットの試合の後のことだ。
お世辞にも娯楽の多いとは言えないこの幻想郷において、クリケットは大変な人気を誇っている。
紳士のスポーツと呼ばれ、野球と麻雀を組み合わせた全く新しいエクストリームな競技は、プロリーグから少年チームまであり、その愛好者は同じくらいの人気を誇る『G-1グランプリ』と比肩しても遜色の無い数であった。
無論我々地霊殿も例外でなく、『地霊サードアイズ』というチームを結成し、トップリーグである幻想郷リーグ(略してゲ・リーグと呼ばれる)を戦う日々である。
とは言え私は、身体を動かすことは得意でないので、普段は専ら監督に専任し、大事な場面では抑えの切り札として、数イニング登板するのみだが。
そしてこの日の対戦相手は、幻想郷最強とも名高い、紅魔館率いる紅魔スカーレッツであった。まるで時でも止めたかの様な機動力を持つメイドや、安易な引っ掛けにはまず乗ってこない鉄壁の門番…そして攻守において高い次元で完成されている、吸血鬼の姉妹…それらを擁するスカーレッツと、我がサードアイズの試合は苛烈を極めた。
結果は僅差での敗北となってしまったが、全力を尽くしたあとというのは、大変に気分がよい。
そして我々は球場の傍にある居酒屋で、飲めや歌えの大宴会に流れていった。
「貴女にも妹がいるのね、サトゥルヌス」
「ええそうよ、レミー島田さん」
スカーレッツの監督兼エースのレミリア・スカーレットがそう言って話しかけてきたのは、2次会でのカラオケの席であった。
正にサードアイズのテーマと言っても過言ではない『?(ハテナ)のブーメラン』が爆音で流れる中、レミリアの声はよく聞き取れなかったが、かといって第三の目を使う訳にもいかない。
私は適当に受け答えをしながら、彼女の言葉を待つ。
「同じ姉同士、貴女とは気が合いそうね?」
「フランドールちゃんだっけ? 可愛らしいけど、元気すぎて手に余るんじゃなくて?」
大人しい上に何を考えているのか判らず、またあちこち出歩いて帰ってこないこいしと違って、彼女の妹…フランドールは、大層腕白であるらしい。
吸血鬼の身体能力に加え、反則的な能力も所持しているとか聞いた。さぞかし手のかかることだろう。
まあそういったデンジャーなものが、うちにもいない事は無いのだが、あれは頭が弱いのでどうということはない。
「そうなのよ、今日も死人が出なかったのが不思議な位だわ」
「…確かに、私も空が鉄山靠で吹っ飛ばされた時は流石にヒヤリとしたわ。球場が蒸発するんじゃないかってね」
私とレミリアはそう言って、お互いに苦笑する。
どうやら、どこにでも手のかかる者はいるらしい。
「でも何だかんだ言ったって、手のかかる方が可愛いものね。サトゥルヌス、貴女もそう思うでしょ」
「ふむ…そういうもの? ウチのアレは全く手がかからないけれど、それなりには可愛いわよ。それなりに、だけど」
「あら、不仲というわけでは無さそうだけど…」
「不仲ではないと思うわ。けれど…」
正直なところ、私はこいしを持て余しているフシがある。
無論可愛くないとか、疎ましいだとか、そういう思いは無いが、どう接するべきかと、不安に駆られることもままある。
彼女が心を閉ざしていても、何を望んでいるのかくらいは判りたい、判ってあげたいのだが。
心は読めない、口でも言わない妹に対して、姉としてどう接するべきか。それは今でも判らない。
ネガティブシンキングが顔に出てしまったのか、レミリアは私に肩を寄せると、じっと目を見つめて口を開いた。
「ねえ、一つ提案があるのだけれど」
「うん…?」
◇
レミリアのした提案…それは妹の交換であった。
特に深い意味はない、と彼女は言ったが、それでも何かしらの裏を考えてしまうのが私の性分だ。
フランドールの持つ力を以ってすれば、この地霊殿を制圧することも容易いのかもしれない。日の光を嫌う吸血鬼にとって、地底はある意味理想の環境とも言える…ここを奪うメリットが無いわけでもあるまい。
「牛乳もっと飲みたいなー」
「おういいぞ、飲め飲め」
しかし、本当にそんなことを考えて、妹の交換を申し出てきたのだろうか。
一週間の期限付きで…
(何処で使い方を習った? 説明書を読んだのよ──)
(ただのカカシですな──)
(追ってくるぞ、あの馬鹿!──)
相変わらず流れる玄田哲章のシブい声。コマンドーの名場面。大変味わい深いものではあるが、これでは埒があかない。
私はサード・アイとの接続を切り、フランドールと向き合うようにして姿勢を正す。
「ねえフランドールちゃん」
「フランでいいよ。その代わり私も、さとりさんのことお姉ちゃんって呼んでいい?」
おおう…何というトゥーピュアピュアな眼差しか。
世紀末成分が地上よりも濃い地底の住民の中に、この様な綺麗な瞳を持つ者はいない。
それに加え、こいし以外の者から発せられた『オネエチャン』という言葉は、私の心を酷く揺さぶった。
ああ、そうだ…私は姉なんだ。ボニーに対するクライド、ベニーに対するユキーデ、フライドに対するポテトの様に、妹に対することの出来る唯一の存在なんだ…妹より優れていることの出来るたった一つの存在、それが姉。
この古明地さとり凄いよォ! さすがフランドールのお姉さぁん!
改めてそう認識した私は、若干照れくさいながらも頷いて、
「い、いいわよ。じゃあえーと、フラン…」
そう、彼女の名を呼んだ。
「なーに?」
「貴女、例えば…お姉さんに何か言われてたりしない?」
「お姉様から? んーと、宿題やりなさい、歯磨きなさい、風邪ひかないように…とか?」
「…それだけ?」
「あとはえーと…うん。ちゃんといい子にしてるよ」
あとは人様の家での過ごし方云々であろう。
まあ、無難な線だが…しかし、彼女が嘘をついていないとも言い切れない。
私は今さっき切ったばかりのサード・アイを再び起動させ、改めてフランを見つめる。
燐は生意気にも精神障壁を張っているが、こちらはほぼ初対面で、私の能力も知らない少女だ。心を読むことなど赤子の手をアームロックするより容易いことだろう。
さぁ、全てを曝け出しなさいフランドール!
(パンチーンゴー ンガァンホンチー ペンチョッ ヤッサンチィ
ラゥホンヒュッ チョンチャクサム チョィチャム ダァイーイー
サァンメン チョッドウチュ ラゥハリュ イェンホングシー
ヤーゥワァン ギングァッヘィ
ンゴンボゥグ パァチィセングシー!
チョンチィンホゥィー
チュンボゥ ダッサッチーヤゥ チュンサムチィ
クヮボゥセェン
ワンセェンゴ イゥホゥィセ~
メンチ!)
「お前もかよ!!!!」
私は叫んだ。妖怪なりに叫んだ。酒があれば浴びるように飲んだかもしれぬ。例えそれが工業用アルコールであっても。
しかしそれでも『英雄故事』をバックに、古今東西における最強武器・椅子(ジャッキー専用)で戦うジャッキーの姿が鮮明に再生されれば、怒りと疑問はたちまちの内に霧散し、私は1985年の香港へとトリップしてゆく。
だが私はすぐに我に返り、傍らにいた燐を睨みつけて叫んだ。
「お燐ッ!」
「うん?」
「ちょっとどっか行ってて頂戴。この子と大事な話があるわ」
「…どっか、とは」
「どこまでも!」
「トゥモローか…よし判った。火焔猫燐大勝利、希望の未来へレディーゴーと行くか。じゃあな小娘、また後でな」
「うん!」
燐は牛乳の瓶を持つと、そう言って部屋を出て行く。トゥモローでもフューチャーでもいい、今はフランと二人きりになることが重要である。
私はソファに身を沈め、フランを隣に座るように促す。
そして勢いよくソファに飛び込んだフランを抱くようにして、零距離でサード・アイを発動させた。
燐はもういない。何がしかのマジカル火車パワーで、燐の精神障壁が伝播するということもないだろう。
さぁ、改めて…丸裸にしてあげるわドゥフフ…
(パンチーンゴー ンガァンホンチー ペンチョッ ヤッサンチィ
ラゥホンヒュッ チョンチャクサム チョィチャム ダァイーイー
サァンメン チョッドウチュ ラゥハリュ イェンホングシー
ヤーゥワァン ギングァッヘィ
ンゴンボゥグ パァチィセングシー!
チョンチィンホゥィー
チュンボゥ ダッサッチーヤゥ チュンサムチィ
クヮボゥセェン
ワンセェンゴ イゥホゥィセ~
メンチ!)
「クルルァーーーーーー!!!!!」
「ひっ!」
「ジャッキーはもういいよ! ジャッキーのことは考えないでいいよ!」
私は勢いよく噴出した、紅茶の香りが残るロイヤル鼻水を袖で拭い、フランの両肩を掴んで揺さぶる。
もしやこの小娘、私の能力を察知した上での行動か。だとすれば相当なツワモノであることは間違いない。例えるならラスボスの後に出てくる裏ボスくらいの激闘者(おとこ)と判断してもよい。
だが私とて妖怪さとりとしてのプライドがある。読めぬ心などありはしない。読めぬのは焚き火からスライダー気味に飛び出してくる枝とグラップラー刃牙の展開くらいのものだ。私は許しませんよーっ!
「ジャ、ジャッキーって…なに…? 車持ち上げたりするやつ…?」
「それはジャッキ!」
「お肉を乾燥させたやつ…?」
「それはジャーキー!」
「デブゴン?」
「それはサモハン! ってかもうジャッキー関係無いし! いやあるけど! いいこと? ジャッキーってのは1954年4月7日生まれの世界的アクションスターよ! この幻想郷に足りないものの一つでもあるわ…って、それはいいのよ。忘れなさい」
「う、うん」
「いい? 何も言わず、お姉ちゃんの目を見つめなさい…リラックスして…いいわ…何も考えず…いや…何かこう考えてもいいわ…ジャッキー以外なら…」
今度こそ。今度こそ彼女の心を読んでみせる。サイコメトラーKOMEIJIというタイトルで漫画になるくらい…いや…私のこれはテレ…テレ…何だっけ? テレンス・T・ダービー?
『Exactly(そのとおりでございます)』
ダービー(弟)先生ーッ!
ええいままならねー、ともかくリードハー!
(プ…)
よし、見えてきた見えてきた。
「…プ?」
「?」
(プル…)
「プル…何かしら」
(プルトニウムはゴクゴク飲んでも大丈夫!)
「オルルァアーーーーー!!!!!!」
私は座ったままの姿勢で飛び上がると、いつの間にやら入ってきて牛乳をラッパ飲みしていた空の顔面を蹴り飛ばした。
パンツ一丁に肩タオルという恥じらいもクソもない格好の空が、牛乳の海に沈んだのを確認するまでもなく、私はソファに舞い戻る。
「お、お姉ちゃん…?」
「気にしないでいいのよフラン。お空は何度言っても風呂上りにああするの。だから貴女が真似しないように、古明地式ローリングソバットによる教育的指導を加えたってワケ」
「痛いですよさとりさまー」
「でも今のローリングソバットは特殊な訓練を受けた私だから出来うる、極めて安全なローリングソバットなの。だからお空も無傷…ってウツホォオオオオイ!」
私の可憐で純情で例えるなら究極菓子ポテロングのような手足では、フィジカル面においてゴリラオブゴリラこと星熊勇儀にも匹敵するお空に対して、有効打を与えることは出来ない。
お空は側頭部を擦りながら、それでも笑顔でソファの後ろから私に腕を回してきた。
「ヒャア、空さんもおっぱいでっけぇー!」
「あはは! フランドールちゃんは私のオパイに興味津々ですよさとりさま! 何かこう、新鮮なキモチですよ!」
「ハーーーーつべこべうるせーこのヤドロクがァアアア! オパイなんぞ私にもフランにも付いてるただのカタマリだから別に珍しクルァアアー! お空! あんたもうどっか行ってなさい!」
「…どっか、とは?」
「どこまでも!」
「かしこまり! じゃあ『どこまでも』って書いたプラカード持ってヒッチハイクしてきます! じゃあねフランドールちゃん!」
「またねー!」
どいつもこいつもろくでもない連中ばかりだ。地底のフリーダムさ故か? それとも私の育成方針に甘えがあったのか?
しかしこれで、この部屋には私とフランの二人きり…惜しむらくは彼女がイケメンでなく同性であるところだが、それは今はどうでもよいことだ。
今度こそ。今度こそ彼女の心の奥の奥、恥ずかしいあんなところやこんなところを白日の下に晒してやれるというもの…フフフ…全く小学生は最高ね。
「紅魔館もにぎやかで楽しいけど、チレーデンも負けてないね」
「フランが来たから、皆はしゃいじゃってるのよ。それはともかく、さっきの続きよ…深く深呼吸して…そう…目を閉じてもいいわ」
「お姉ちゃん鼻毛出てるよ」
「なッ!? ば、馬鹿な…」
「ウソでしたー」
くッ、レミー島田の言っていた通り、腕白というのは間違い無いようね…こいしとは比べ物にならないあばれはっちゃけっぷりだわ…
しかし姉の矜持というものを見せ付け、尚且つ深層心理を覗いて、しかるべき行動に移してやれば…もう私を実の姉以上にリスペクトしてしまうのは時間の問題!
よーしよーし落ち着け私。コンセントレーションさとり。コマンドーだろうがジャッキーだろうがどんと来い。何が来ても揺るがぬ鉄の精神を信じろ私。
「乙女に毛の話は厳禁よフラン…さぁ、もう一度…息を吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー」
「すぅー、はぁー」
「イイヨイイヨーいい感じダヨー、はいもう一度、吸ってー、吐いてー」
「すぅー、はぁー」
…見えた! 水の一滴!
(お姉ちゃんの…)
「ア、キタ、キタコレ! きちゃってる! お姉ちゃんの何!? もっと深く考えてナウ!」
(お姉ちゃんの腕が)
「テメーッ!」
「ひっ!」
「腕の話はやめろォ! 何だか判らないけど傷つくことしきりなんでやめてください!」
「え、な、何で…お姉ちゃん、私の考えてること…わかるの?」
思わず怒鳴ってしまった。
我に返ると、そこには悲しげな表情を浮かべたフランが、私をじっと見つめていた。
しかし腕の話はダメだ。他の話はよくても腕はダメだ。
私はどっと押し寄せてきた疲れに、身をソファに投げ出す。フランは涙さえ浮かべそうな目で、それでも私の動きを追う。
「…わかるのよ…さとりって、そういうものなの」
「ノーリョクの話?」
「ええ…私はねフラン、この能力のせいで、誰からも疎まれているのよ…でも貴女がここにきて…地底の仲間以外のお客様なんて本当に久しぶりだったから…」
鉄の精神がどうとかほざいておきながら、ちょっとアレな話になるとすぐ頭に血が上ってしまう己の浅薄さが身に染みる。
心を読まれているなどとは露ほども知らなかったフランが、何を考えようと、諏訪湖くらいの広い心で受け入れなければならなかったのだ。
そういった思いが胸の中で渦巻き、私はとうの昔に忘れていたはずの、『自己嫌悪』に全身を支配された。
初めて己の能力を知り、使い方を知り、そして周りの誰からも距離を置かれていると知った、遠い昔に味わったあの感覚だ。
「だから、貴女が望むことをしてあげたいって、躍起になっちゃってたのよね」
「…よくわからないけど、それって便利なノーリョクなんじゃないの…?」
「そうよ。でもね…それ以上に、誰からも嫌われる力だわ…そうでしょう? 秘密にしておきたいことや、嫌なこと…そんなものまで、全て知られてしまうのだから」
ゆっくりと、己を落ち着かせるように。
私は訥々と語った。フランは余計な質問を挟もうともせず、ただうんうんと頷くのみである。
私がそういうものであると語り終えれば、彼女もまた、私を拒絶するであろうことは想像に難くない。
「隠しておけばいいのだけれどね…お燐にも言われるわ、私はいつも一言多いって。言わなくてもいいこと、しなくてもいいことを…なまじ相手の心が読めてしまうから、してしまう」
性分であるとは自覚している。直さねばなるまいとも思う。
しかしこの地の底で、もはや気を遣う必要の無い者達とだけ関わっていると、ついそれを失念してしまうのだ。
「ともかく、ごめんね。もう心を読んだりしようとはしないから」
「え、どうして…何か知りたいことがあるんでしょう?」
「あった、ような。でも、もういいの」
訴えるようなフランの目を直視出来ず、私は自分でも判るくらい情けない顔で笑った。
だがフランはそんな私の手を強く握って、にっこりと笑う。
「さっきね、どうしてお姉ちゃんが怒ったのか判らないの。別に変なことを考えたつもりもなかったし…だから、もう一度、心を読んで?」
腕が、という思考に、何か続くものでもあったのだろうか。
英語で言うとショート以外の何かがあるというのか。私にはとても想像がつかない。
しかし彼女の言葉には、少なくともジャッキーも哲章も嘘も含まれていないように思える。
「…わかったわ。じゃあ、強く…さっき思ったことの続きを考えて」
「うん」
フランは身を寄せ、私の腕をとって自分の肩に回す。
私は心を落ち着かせ、そしてサード・アイを起動した。
(お姉ちゃんの 腕が)
来た。
ぐっと唇を噛む。誰のせいでもない、生来のものであり、如何ともしがたいその…長さであるが…ここは耐えよう。
(お姉ちゃんの 腕が あたたかい)
「…え…」
「わかった?」
「え…あ、うん…」
拍子抜けというか、何と言うか。
英語で言うとショートな単語が飛び出してくるものだと思っていたばかりに、私は呆気にとられてしまった。
「お姉ちゃんの腕、こうして触ってると、とっても温かくて気持ちいいんだ。体温が高いんだね」
「え、そ、そうかな…」
「私ね、お姉様にこう言われたの」
フランは私の手に頬ずりするようにしつつ、静かに語り始めた。
曰く、相手の狙いを悉くかわし、的確な投球をしてくる私のピッチングの秘密を探ってくるように、と。
スカーレッツの連覇にはそれが必要不可欠であると。
「で、でもそれって、言っちゃいけないことなんじゃ…」
「うん。だけどお姉ちゃんには隠し事が出来ないんでしょ? だったら言っちゃっても同じかなって」
なるほど。
何の脈絡もなく、フランをここに送り込んでくるはずもない…そう思ってはいたが、まさかそういう事情であったとは。
これも所謂ところのストーブリーグというものか…
「でもね、私はクリケットなんてどうでもいいんだ。紅魔館じゃずうっと地下にいて退屈だったから、外の世界はどんなことでも楽しいよ」
「フラン…」
私がレミー島田の策に対し、どのような対抗手段を講じるかと考えていると、フランが手をきゅっと握る。
我に返った私は、フランの言葉を受けて彼女の顔を見た。
屈託無く笑うフランがまぶしい。その笑顔には裏も表も無い…そう信じることができる。
そして完全に独り相撲をとっていた己の迂闊さを、私は恥じた。
私がほう、とため息をつくと、フランが笑顔のまま私の顔を覗き込み口を開く。
「フフ、じゃあねじゃあね、私が今考えてること、当ててみて?」
「ほう…この私に見えぬ心など、ありはしないと知っての挑戦ね?」
「言うのはちょっとだけ、恥ずかしいから…」
あぁん…なにこの可愛い生き物…!
そうとなれば最初からサード・アイの力を全開だ! この古明地さとり容赦せん!
(お姉ちゃんの)
うんうん、私の…?
(パンツが脱げている)
パンツが脱げている。
パンツが脱げている?
そう読み取った私は、おもむろに己の下半身を見た。
「ゲェーッ!?」
普段履いているドロワーズではなく、来客用にと気合を入れてチョイスした黒いレース地の下着が、左の足首の辺りに引っかかっているではないか。
ば、馬鹿な…!? さっき空に蹴りを入れた時に脱げたのか? 地底のおパンティはそこまで脆弱だったとでも!?
むしろ私の方に甘えがあったのか?
い、いやその前に、それ以前に…! なんかしんみりした語りや、よそ様の妹とのハートウォーミングなやりとりを、私はノーパンで行っていたというのか?
「あ、あばばば、こ、これは違うのよフラン…これはえーと…」
「やっぱお外って面白いね! 真面目な話をしてても、パンツを脱いでする人がいるんだもん!」
「あ、いや、ちが、違うのよフラン…! これは…!」
「私も脱いだ方がいいかなー、ねえお姉ちゃん?」
「あ、いや、ちょ、脱がない! 脱がないでいいから! そういう場面じゃないから今! ア、アー!」
◇
~エピローグ~
ここは地底ではないどこか…
「ここがエソテリアけぇ…なんともチンケな街(とこ)だのぅ!」
「この街にはどんな能力者(しょうじょ)がいるかなぁ」
どっかへと行くことに成功したお燐とお空が、そのどっかで新たなる激闘(たたかい)に巻き込まれつつあることを、飼い主であるさとりは未だ知らない…。
おわる。
(前回までのあらすじ)
(フランドール・スカーレットはワラキアンテクノロジーの力により4人に分裂することが出来る、萌え力の変わらないたった一人の吸血鬼である。
そのフランドールの力に目をつけたウィンストン・サー・チャーチルノ(通称チルノ)は彼女を甘言と50円玉とRGゼータガンダムでだまくらかし、私兵とすることに成功した。
彼女らが後に、情け無用の残虐行為手当集団「フランドー」と呼ばれる部隊として、中東やアフリカを縦横無尽に渡り歩くことになることを、チルノはまだ知らない…)
「…おやつ食べる?」
「食べるー!」
おかしい。
私のサード・アイの前では、例え誰であろうと、その心を隠すことは出来ない。
それ故に私は忌み嫌われ、近しいものは片手で数えられるくらいしかいないのだが…まあ、それはいい。
問題は目の前で地獄銘菓・地底饅頭を食べるこの少女、フランドール・スカーレットの心が、まるで読み取れないということである。
いや、読めてはいるのだが…まるで関係の無い思考しか流れてこない。例えば今なら、饅頭の味や食感、甘さなどについての思考が見えるはずなのに。
頭では全く別のことを考えているということの証左であるが、に、しても…これは異常だ。
大体なんだ、前回までのあらすじって…それにRGゼータガンダムっていつ出たんだクソァ! これだから地底は!
「美味しい?」
「おいしい!」
「そう、それはよかったわ…お燐、牛乳があったわね、出してあげて」
私はそうオーダーするついでに、傍らにいた燐の心を読んでみることにする。
まさかサード・アイの故障でもあるまい。きっとめんどくさいとかかったるいとか、そういった心の声が聞こえてくるはずだ。
紅茶をゴズズと一啜りして、その優雅な香りを楽しみつつ、発動。
(パンチーンゴー ンガァンホンチー ペンチョッ ヤッサンチィ
ラゥホンヒュッ チョンチャクサム チョィチャム ダァイーイー
サァンメン チョッドウチュ ラゥハリュ イェンホングシー
ヤーゥワァン ギングァッヘィ
ンゴンボゥグ パァチィセングシー!
チョンチィンホゥィー
チュンボゥ ダッサッチーヤゥ チュンサムチィ
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メンチ!)
「おぶふォ!?」
頭の中に大音量で流れ込んできた、映画『ポリスストーリー』(1985年製作)の主題歌、『英雄故事』のイカしすぎるメロディに、私は思わず紅茶を吹き出してしまった。
何という香港…何というジャッキー…燐のサード・アイ対策がここまで研ぎ澄まされていたとは驚きだ。伊達に長く私のペットをやっていないということか。
しかしそれでも、エンドロールのNGシーンまできっちりと再生されては、怒るに怒れない。
ジャッキーが嫌いな存在など、この地霊殿…いや、幻想郷にいるはずないのだから。
ああ、ジャッキー! 危ない!
「おら小娘、牛乳イレタゾ、ノミヤガレ」
「わぁい牛乳! フラン、牛乳だぁいすき!」
「牛乳はいいぞ、カルシウムが摂れるしなにより美味い」
「おっぱいも大きくなるんだよね! 美鈴がお風呂上りにいっつも飲んでるよ! あれ以上大きくしてどうするのかなあ」
「チョバムアーマーにでもするんじゃねえの?」
口ではそう言いつつも、フランドールの心は引き続き別のものを映し出していた。
(なんでこの歌手がボーイ・ジョージなんだ? ガール・ジョージならすっきりするのに──)
(どうぞ、回してみて下さい。いい音でしょう。余裕の音だ、馬力が違いますよ──)
(アリアスに幾らもらった? 10万ドル、ポンとくれたぜ──)
フランドーならぬコマンドーの場面が、『英雄故事』をBGMとしながらランダムに再生され、私はその度に紅茶を吹き出す。
アジアとアメリカの生み出した傑作アクション映画が、まさか今の世になって悪魔合体するとは誰にも予想出来まい。
私はびっちゃびちゃになったテーブルと口元を拭きつつ、燐の尻尾をかた結びにする少女を、ここで受け入れる羽目になった時のことを思い出していた。
◇
あれは一週間ほど前のこと、地上にある『どら焼きドラマチックパーク』で行われた、クリケットの試合の後のことだ。
お世辞にも娯楽の多いとは言えないこの幻想郷において、クリケットは大変な人気を誇っている。
紳士のスポーツと呼ばれ、野球と麻雀を組み合わせた全く新しいエクストリームな競技は、プロリーグから少年チームまであり、その愛好者は同じくらいの人気を誇る『G-1グランプリ』と比肩しても遜色の無い数であった。
無論我々地霊殿も例外でなく、『地霊サードアイズ』というチームを結成し、トップリーグである幻想郷リーグ(略してゲ・リーグと呼ばれる)を戦う日々である。
とは言え私は、身体を動かすことは得意でないので、普段は専ら監督に専任し、大事な場面では抑えの切り札として、数イニング登板するのみだが。
そしてこの日の対戦相手は、幻想郷最強とも名高い、紅魔館率いる紅魔スカーレッツであった。まるで時でも止めたかの様な機動力を持つメイドや、安易な引っ掛けにはまず乗ってこない鉄壁の門番…そして攻守において高い次元で完成されている、吸血鬼の姉妹…それらを擁するスカーレッツと、我がサードアイズの試合は苛烈を極めた。
結果は僅差での敗北となってしまったが、全力を尽くしたあとというのは、大変に気分がよい。
そして我々は球場の傍にある居酒屋で、飲めや歌えの大宴会に流れていった。
「貴女にも妹がいるのね、サトゥルヌス」
「ええそうよ、レミー島田さん」
スカーレッツの監督兼エースのレミリア・スカーレットがそう言って話しかけてきたのは、2次会でのカラオケの席であった。
正にサードアイズのテーマと言っても過言ではない『?(ハテナ)のブーメラン』が爆音で流れる中、レミリアの声はよく聞き取れなかったが、かといって第三の目を使う訳にもいかない。
私は適当に受け答えをしながら、彼女の言葉を待つ。
「同じ姉同士、貴女とは気が合いそうね?」
「フランドールちゃんだっけ? 可愛らしいけど、元気すぎて手に余るんじゃなくて?」
大人しい上に何を考えているのか判らず、またあちこち出歩いて帰ってこないこいしと違って、彼女の妹…フランドールは、大層腕白であるらしい。
吸血鬼の身体能力に加え、反則的な能力も所持しているとか聞いた。さぞかし手のかかることだろう。
まあそういったデンジャーなものが、うちにもいない事は無いのだが、あれは頭が弱いのでどうということはない。
「そうなのよ、今日も死人が出なかったのが不思議な位だわ」
「…確かに、私も空が鉄山靠で吹っ飛ばされた時は流石にヒヤリとしたわ。球場が蒸発するんじゃないかってね」
私とレミリアはそう言って、お互いに苦笑する。
どうやら、どこにでも手のかかる者はいるらしい。
「でも何だかんだ言ったって、手のかかる方が可愛いものね。サトゥルヌス、貴女もそう思うでしょ」
「ふむ…そういうもの? ウチのアレは全く手がかからないけれど、それなりには可愛いわよ。それなりに、だけど」
「あら、不仲というわけでは無さそうだけど…」
「不仲ではないと思うわ。けれど…」
正直なところ、私はこいしを持て余しているフシがある。
無論可愛くないとか、疎ましいだとか、そういう思いは無いが、どう接するべきかと、不安に駆られることもままある。
彼女が心を閉ざしていても、何を望んでいるのかくらいは判りたい、判ってあげたいのだが。
心は読めない、口でも言わない妹に対して、姉としてどう接するべきか。それは今でも判らない。
ネガティブシンキングが顔に出てしまったのか、レミリアは私に肩を寄せると、じっと目を見つめて口を開いた。
「ねえ、一つ提案があるのだけれど」
「うん…?」
◇
レミリアのした提案…それは妹の交換であった。
特に深い意味はない、と彼女は言ったが、それでも何かしらの裏を考えてしまうのが私の性分だ。
フランドールの持つ力を以ってすれば、この地霊殿を制圧することも容易いのかもしれない。日の光を嫌う吸血鬼にとって、地底はある意味理想の環境とも言える…ここを奪うメリットが無いわけでもあるまい。
「牛乳もっと飲みたいなー」
「おういいぞ、飲め飲め」
しかし、本当にそんなことを考えて、妹の交換を申し出てきたのだろうか。
一週間の期限付きで…
(何処で使い方を習った? 説明書を読んだのよ──)
(ただのカカシですな──)
(追ってくるぞ、あの馬鹿!──)
相変わらず流れる玄田哲章のシブい声。コマンドーの名場面。大変味わい深いものではあるが、これでは埒があかない。
私はサード・アイとの接続を切り、フランドールと向き合うようにして姿勢を正す。
「ねえフランドールちゃん」
「フランでいいよ。その代わり私も、さとりさんのことお姉ちゃんって呼んでいい?」
おおう…何というトゥーピュアピュアな眼差しか。
世紀末成分が地上よりも濃い地底の住民の中に、この様な綺麗な瞳を持つ者はいない。
それに加え、こいし以外の者から発せられた『オネエチャン』という言葉は、私の心を酷く揺さぶった。
ああ、そうだ…私は姉なんだ。ボニーに対するクライド、ベニーに対するユキーデ、フライドに対するポテトの様に、妹に対することの出来る唯一の存在なんだ…妹より優れていることの出来るたった一つの存在、それが姉。
この古明地さとり凄いよォ! さすがフランドールのお姉さぁん!
改めてそう認識した私は、若干照れくさいながらも頷いて、
「い、いいわよ。じゃあえーと、フラン…」
そう、彼女の名を呼んだ。
「なーに?」
「貴女、例えば…お姉さんに何か言われてたりしない?」
「お姉様から? んーと、宿題やりなさい、歯磨きなさい、風邪ひかないように…とか?」
「…それだけ?」
「あとはえーと…うん。ちゃんといい子にしてるよ」
あとは人様の家での過ごし方云々であろう。
まあ、無難な線だが…しかし、彼女が嘘をついていないとも言い切れない。
私は今さっき切ったばかりのサード・アイを再び起動させ、改めてフランを見つめる。
燐は生意気にも精神障壁を張っているが、こちらはほぼ初対面で、私の能力も知らない少女だ。心を読むことなど赤子の手をアームロックするより容易いことだろう。
さぁ、全てを曝け出しなさいフランドール!
(パンチーンゴー ンガァンホンチー ペンチョッ ヤッサンチィ
ラゥホンヒュッ チョンチャクサム チョィチャム ダァイーイー
サァンメン チョッドウチュ ラゥハリュ イェンホングシー
ヤーゥワァン ギングァッヘィ
ンゴンボゥグ パァチィセングシー!
チョンチィンホゥィー
チュンボゥ ダッサッチーヤゥ チュンサムチィ
クヮボゥセェン
ワンセェンゴ イゥホゥィセ~
メンチ!)
「お前もかよ!!!!」
私は叫んだ。妖怪なりに叫んだ。酒があれば浴びるように飲んだかもしれぬ。例えそれが工業用アルコールであっても。
しかしそれでも『英雄故事』をバックに、古今東西における最強武器・椅子(ジャッキー専用)で戦うジャッキーの姿が鮮明に再生されれば、怒りと疑問はたちまちの内に霧散し、私は1985年の香港へとトリップしてゆく。
だが私はすぐに我に返り、傍らにいた燐を睨みつけて叫んだ。
「お燐ッ!」
「うん?」
「ちょっとどっか行ってて頂戴。この子と大事な話があるわ」
「…どっか、とは」
「どこまでも!」
「トゥモローか…よし判った。火焔猫燐大勝利、希望の未来へレディーゴーと行くか。じゃあな小娘、また後でな」
「うん!」
燐は牛乳の瓶を持つと、そう言って部屋を出て行く。トゥモローでもフューチャーでもいい、今はフランと二人きりになることが重要である。
私はソファに身を沈め、フランを隣に座るように促す。
そして勢いよくソファに飛び込んだフランを抱くようにして、零距離でサード・アイを発動させた。
燐はもういない。何がしかのマジカル火車パワーで、燐の精神障壁が伝播するということもないだろう。
さぁ、改めて…丸裸にしてあげるわドゥフフ…
(パンチーンゴー ンガァンホンチー ペンチョッ ヤッサンチィ
ラゥホンヒュッ チョンチャクサム チョィチャム ダァイーイー
サァンメン チョッドウチュ ラゥハリュ イェンホングシー
ヤーゥワァン ギングァッヘィ
ンゴンボゥグ パァチィセングシー!
チョンチィンホゥィー
チュンボゥ ダッサッチーヤゥ チュンサムチィ
クヮボゥセェン
ワンセェンゴ イゥホゥィセ~
メンチ!)
「クルルァーーーーーー!!!!!」
「ひっ!」
「ジャッキーはもういいよ! ジャッキーのことは考えないでいいよ!」
私は勢いよく噴出した、紅茶の香りが残るロイヤル鼻水を袖で拭い、フランの両肩を掴んで揺さぶる。
もしやこの小娘、私の能力を察知した上での行動か。だとすれば相当なツワモノであることは間違いない。例えるならラスボスの後に出てくる裏ボスくらいの激闘者(おとこ)と判断してもよい。
だが私とて妖怪さとりとしてのプライドがある。読めぬ心などありはしない。読めぬのは焚き火からスライダー気味に飛び出してくる枝とグラップラー刃牙の展開くらいのものだ。私は許しませんよーっ!
「ジャ、ジャッキーって…なに…? 車持ち上げたりするやつ…?」
「それはジャッキ!」
「お肉を乾燥させたやつ…?」
「それはジャーキー!」
「デブゴン?」
「それはサモハン! ってかもうジャッキー関係無いし! いやあるけど! いいこと? ジャッキーってのは1954年4月7日生まれの世界的アクションスターよ! この幻想郷に足りないものの一つでもあるわ…って、それはいいのよ。忘れなさい」
「う、うん」
「いい? 何も言わず、お姉ちゃんの目を見つめなさい…リラックスして…いいわ…何も考えず…いや…何かこう考えてもいいわ…ジャッキー以外なら…」
今度こそ。今度こそ彼女の心を読んでみせる。サイコメトラーKOMEIJIというタイトルで漫画になるくらい…いや…私のこれはテレ…テレ…何だっけ? テレンス・T・ダービー?
『Exactly(そのとおりでございます)』
ダービー(弟)先生ーッ!
ええいままならねー、ともかくリードハー!
(プ…)
よし、見えてきた見えてきた。
「…プ?」
「?」
(プル…)
「プル…何かしら」
(プルトニウムはゴクゴク飲んでも大丈夫!)
「オルルァアーーーーー!!!!!!」
私は座ったままの姿勢で飛び上がると、いつの間にやら入ってきて牛乳をラッパ飲みしていた空の顔面を蹴り飛ばした。
パンツ一丁に肩タオルという恥じらいもクソもない格好の空が、牛乳の海に沈んだのを確認するまでもなく、私はソファに舞い戻る。
「お、お姉ちゃん…?」
「気にしないでいいのよフラン。お空は何度言っても風呂上りにああするの。だから貴女が真似しないように、古明地式ローリングソバットによる教育的指導を加えたってワケ」
「痛いですよさとりさまー」
「でも今のローリングソバットは特殊な訓練を受けた私だから出来うる、極めて安全なローリングソバットなの。だからお空も無傷…ってウツホォオオオオイ!」
私の可憐で純情で例えるなら究極菓子ポテロングのような手足では、フィジカル面においてゴリラオブゴリラこと星熊勇儀にも匹敵するお空に対して、有効打を与えることは出来ない。
お空は側頭部を擦りながら、それでも笑顔でソファの後ろから私に腕を回してきた。
「ヒャア、空さんもおっぱいでっけぇー!」
「あはは! フランドールちゃんは私のオパイに興味津々ですよさとりさま! 何かこう、新鮮なキモチですよ!」
「ハーーーーつべこべうるせーこのヤドロクがァアアア! オパイなんぞ私にもフランにも付いてるただのカタマリだから別に珍しクルァアアー! お空! あんたもうどっか行ってなさい!」
「…どっか、とは?」
「どこまでも!」
「かしこまり! じゃあ『どこまでも』って書いたプラカード持ってヒッチハイクしてきます! じゃあねフランドールちゃん!」
「またねー!」
どいつもこいつもろくでもない連中ばかりだ。地底のフリーダムさ故か? それとも私の育成方針に甘えがあったのか?
しかしこれで、この部屋には私とフランの二人きり…惜しむらくは彼女がイケメンでなく同性であるところだが、それは今はどうでもよいことだ。
今度こそ。今度こそ彼女の心の奥の奥、恥ずかしいあんなところやこんなところを白日の下に晒してやれるというもの…フフフ…全く小学生は最高ね。
「紅魔館もにぎやかで楽しいけど、チレーデンも負けてないね」
「フランが来たから、皆はしゃいじゃってるのよ。それはともかく、さっきの続きよ…深く深呼吸して…そう…目を閉じてもいいわ」
「お姉ちゃん鼻毛出てるよ」
「なッ!? ば、馬鹿な…」
「ウソでしたー」
くッ、レミー島田の言っていた通り、腕白というのは間違い無いようね…こいしとは比べ物にならないあばれはっちゃけっぷりだわ…
しかし姉の矜持というものを見せ付け、尚且つ深層心理を覗いて、しかるべき行動に移してやれば…もう私を実の姉以上にリスペクトしてしまうのは時間の問題!
よーしよーし落ち着け私。コンセントレーションさとり。コマンドーだろうがジャッキーだろうがどんと来い。何が来ても揺るがぬ鉄の精神を信じろ私。
「乙女に毛の話は厳禁よフラン…さぁ、もう一度…息を吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー」
「すぅー、はぁー」
「イイヨイイヨーいい感じダヨー、はいもう一度、吸ってー、吐いてー」
「すぅー、はぁー」
…見えた! 水の一滴!
(お姉ちゃんの…)
「ア、キタ、キタコレ! きちゃってる! お姉ちゃんの何!? もっと深く考えてナウ!」
(お姉ちゃんの腕が)
「テメーッ!」
「ひっ!」
「腕の話はやめろォ! 何だか判らないけど傷つくことしきりなんでやめてください!」
「え、な、何で…お姉ちゃん、私の考えてること…わかるの?」
思わず怒鳴ってしまった。
我に返ると、そこには悲しげな表情を浮かべたフランが、私をじっと見つめていた。
しかし腕の話はダメだ。他の話はよくても腕はダメだ。
私はどっと押し寄せてきた疲れに、身をソファに投げ出す。フランは涙さえ浮かべそうな目で、それでも私の動きを追う。
「…わかるのよ…さとりって、そういうものなの」
「ノーリョクの話?」
「ええ…私はねフラン、この能力のせいで、誰からも疎まれているのよ…でも貴女がここにきて…地底の仲間以外のお客様なんて本当に久しぶりだったから…」
鉄の精神がどうとかほざいておきながら、ちょっとアレな話になるとすぐ頭に血が上ってしまう己の浅薄さが身に染みる。
心を読まれているなどとは露ほども知らなかったフランが、何を考えようと、諏訪湖くらいの広い心で受け入れなければならなかったのだ。
そういった思いが胸の中で渦巻き、私はとうの昔に忘れていたはずの、『自己嫌悪』に全身を支配された。
初めて己の能力を知り、使い方を知り、そして周りの誰からも距離を置かれていると知った、遠い昔に味わったあの感覚だ。
「だから、貴女が望むことをしてあげたいって、躍起になっちゃってたのよね」
「…よくわからないけど、それって便利なノーリョクなんじゃないの…?」
「そうよ。でもね…それ以上に、誰からも嫌われる力だわ…そうでしょう? 秘密にしておきたいことや、嫌なこと…そんなものまで、全て知られてしまうのだから」
ゆっくりと、己を落ち着かせるように。
私は訥々と語った。フランは余計な質問を挟もうともせず、ただうんうんと頷くのみである。
私がそういうものであると語り終えれば、彼女もまた、私を拒絶するであろうことは想像に難くない。
「隠しておけばいいのだけれどね…お燐にも言われるわ、私はいつも一言多いって。言わなくてもいいこと、しなくてもいいことを…なまじ相手の心が読めてしまうから、してしまう」
性分であるとは自覚している。直さねばなるまいとも思う。
しかしこの地の底で、もはや気を遣う必要の無い者達とだけ関わっていると、ついそれを失念してしまうのだ。
「ともかく、ごめんね。もう心を読んだりしようとはしないから」
「え、どうして…何か知りたいことがあるんでしょう?」
「あった、ような。でも、もういいの」
訴えるようなフランの目を直視出来ず、私は自分でも判るくらい情けない顔で笑った。
だがフランはそんな私の手を強く握って、にっこりと笑う。
「さっきね、どうしてお姉ちゃんが怒ったのか判らないの。別に変なことを考えたつもりもなかったし…だから、もう一度、心を読んで?」
腕が、という思考に、何か続くものでもあったのだろうか。
英語で言うとショート以外の何かがあるというのか。私にはとても想像がつかない。
しかし彼女の言葉には、少なくともジャッキーも哲章も嘘も含まれていないように思える。
「…わかったわ。じゃあ、強く…さっき思ったことの続きを考えて」
「うん」
フランは身を寄せ、私の腕をとって自分の肩に回す。
私は心を落ち着かせ、そしてサード・アイを起動した。
(お姉ちゃんの 腕が)
来た。
ぐっと唇を噛む。誰のせいでもない、生来のものであり、如何ともしがたいその…長さであるが…ここは耐えよう。
(お姉ちゃんの 腕が あたたかい)
「…え…」
「わかった?」
「え…あ、うん…」
拍子抜けというか、何と言うか。
英語で言うとショートな単語が飛び出してくるものだと思っていたばかりに、私は呆気にとられてしまった。
「お姉ちゃんの腕、こうして触ってると、とっても温かくて気持ちいいんだ。体温が高いんだね」
「え、そ、そうかな…」
「私ね、お姉様にこう言われたの」
フランは私の手に頬ずりするようにしつつ、静かに語り始めた。
曰く、相手の狙いを悉くかわし、的確な投球をしてくる私のピッチングの秘密を探ってくるように、と。
スカーレッツの連覇にはそれが必要不可欠であると。
「で、でもそれって、言っちゃいけないことなんじゃ…」
「うん。だけどお姉ちゃんには隠し事が出来ないんでしょ? だったら言っちゃっても同じかなって」
なるほど。
何の脈絡もなく、フランをここに送り込んでくるはずもない…そう思ってはいたが、まさかそういう事情であったとは。
これも所謂ところのストーブリーグというものか…
「でもね、私はクリケットなんてどうでもいいんだ。紅魔館じゃずうっと地下にいて退屈だったから、外の世界はどんなことでも楽しいよ」
「フラン…」
私がレミー島田の策に対し、どのような対抗手段を講じるかと考えていると、フランが手をきゅっと握る。
我に返った私は、フランの言葉を受けて彼女の顔を見た。
屈託無く笑うフランがまぶしい。その笑顔には裏も表も無い…そう信じることができる。
そして完全に独り相撲をとっていた己の迂闊さを、私は恥じた。
私がほう、とため息をつくと、フランが笑顔のまま私の顔を覗き込み口を開く。
「フフ、じゃあねじゃあね、私が今考えてること、当ててみて?」
「ほう…この私に見えぬ心など、ありはしないと知っての挑戦ね?」
「言うのはちょっとだけ、恥ずかしいから…」
あぁん…なにこの可愛い生き物…!
そうとなれば最初からサード・アイの力を全開だ! この古明地さとり容赦せん!
(お姉ちゃんの)
うんうん、私の…?
(パンツが脱げている)
パンツが脱げている。
パンツが脱げている?
そう読み取った私は、おもむろに己の下半身を見た。
「ゲェーッ!?」
普段履いているドロワーズではなく、来客用にと気合を入れてチョイスした黒いレース地の下着が、左の足首の辺りに引っかかっているではないか。
ば、馬鹿な…!? さっき空に蹴りを入れた時に脱げたのか? 地底のおパンティはそこまで脆弱だったとでも!?
むしろ私の方に甘えがあったのか?
い、いやその前に、それ以前に…! なんかしんみりした語りや、よそ様の妹とのハートウォーミングなやりとりを、私はノーパンで行っていたというのか?
「あ、あばばば、こ、これは違うのよフラン…これはえーと…」
「やっぱお外って面白いね! 真面目な話をしてても、パンツを脱いでする人がいるんだもん!」
「あ、いや、ちが、違うのよフラン…! これは…!」
「私も脱いだ方がいいかなー、ねえお姉ちゃん?」
「あ、いや、ちょ、脱がない! 脱がないでいいから! そういう場面じゃないから今! ア、アー!」
◇
~エピローグ~
ここは地底ではないどこか…
「ここがエソテリアけぇ…なんともチンケな街(とこ)だのぅ!」
「この街にはどんな能力者(しょうじょ)がいるかなぁ」
どっかへと行くことに成功したお燐とお空が、そのどっかで新たなる激闘(たたかい)に巻き込まれつつあることを、飼い主であるさとりは未だ知らない…。
おわる。
ピッチングの秘密とかで「フフッ」って変な笑い出た
いつも元気をくれてありがとう
レミこいを楽しみにしてます
面白かったです
素晴らしいクリスマスプレゼントですね。
それでは良いお年を。
なんかもうすごい方向にぶっ飛んでるw
あとジャッキーとユキーデ様ってウッチャンナンチャンだよね。主に顔が。
さとりがリリーフってとこも一致してるから多分参考にしてくれたんだよね?
使ってくれてありがとう!
あなたの書くさとりんが大好きです。
脳内再生しちゃったじゃないですか!
何故だかお燐の声が小倉久寛で再生されたのは私だけでいい
1>>略してNG節と書くと残念であり妥当とも言える。なおアニマルズは書いていて楽しいです。
2>>キムタクことモテモテ王国は多分全てのギャグ漫画の中で一番好きなんで、どうしても影響が出てきてしまうという…ファーザーポジって誰ですかね、オンナスキーはマミゾウですけど(眼鏡のみ一致)
4>>ありがとうございます。レミこい編は春までには何とか…
5>>ありがとうございます。
6>>屋良有作版が収録されてるとか何とか…でもやっぱメイトリクスは玄田哲章でないと! なおBD版をよく確かめずに買って吹き替えが収録されてないと知った時の怒りは…
13>>人類はさすがに言い過ぎかとw スパロボとかでも出てますし…ってゴーショーグン最近見ないな…
14>>やはりサードアイと言えばベルエスダムラルオムニスノムニスベルエスホリマクじゃろ?
17>>アリガト!
18>>ケロケロ諏訪っぴがどうしたって!?(空耳
ユキーデはナンチャンか…確かにどこか…(画像を見つつ)
19>>そのネタも入れたかったんですけどねw ちなみに僕は堤が好きです。
20>>毎回そんなんばっかでホントすいません…
21>>あのスレ面白いですよね。あなたも含めてセンスある方ばかりでいっつもニヨニヨしながら見てます。なおチーム名などは無意識に使用してしまった模様。これも全部古明地こいしって奴のせいなんだ。
22>>燐「おめぇの台詞じゃねえからそれ!」
○○大勝利~は使いやすくていいネタですね。
23>>僕も目標とする先達が2名ほどいるのですが、その方々の作品を読む際は液体は禁物です。僕も多くの人にとってそういう存在になりたいと思うので頑張ります。
27>>今ウィザードに出てますね小倉久寛さん。んじゃ僕の作品における燐のCVは小倉さんということにして、他の面々は…
ダメだ、玄田哲章と石丸博也しか出てこねーーー!
次も頑張って書きますのでどうかよろしくお願いいたします。
ジャッキー脳内再生余裕でした
段々さとり様までファーザー化してくるとはー!
このままでは地霊殿がアンゴルモア大王に侵略される日もそう遠くないんじゃよー!