※前作の「聖」人の目に映るもの。から流れを汲んでいたり、前作の話もちらほらありますが、
なんやかんやあって、命蓮寺組と仙界道場の者の仲が良いと、それだけ頭に入れて頂ければ、本作はお読みいただけるかと思います。
無縁塚のすぐ近くを歩いていくと、殺風景な風景の中にポツンと建っている掘っ建て小屋が見えてきた。
この小屋の住人であるナズーリンは、毘沙門天の代理である寅丸星の部下だが、寺には住まず、こっちへ移り住んでいる。
以前、妖怪寺の尼僧、聖白蓮から聞いた話によると、
「彼女は寺で修行する必要が無いので、自由に生活できる方を選んだようですね」との事。
しかし、寒くはないのかしら。もう寒さも厳しいのに、こんな掘っ建て小屋で生活出来るはずがないと思う。
まあ、彼女は妖怪だから大丈夫なのでしょう。
扉をノックすると中から「今出るよ」と声がした。
すると扉が開き、可愛らしい耳を揺らしながらナズーリンが出てきた。
「…おや?珍しいね。君が私を訪ねるなんて思いもしなかったよ」
彼女が少し驚いた顔をした。
私、聖徳王である豊聡耳神子が彼女に頼みごとをする為に会いに来たのだ。
妖怪が畏れる聖人である私。彼女を少し驚かせてしまったかもしれない。申し訳無いわね。
でも、良かった。星の言うとおり、お昼前のこの時間。彼女はここに居た。
「突然訪ねてごめんね。探し物をするなら貴女に頼めば良いと評判を聞いたの。
本当は寺経由で貴女に依頼が届くそうだけれど、今日は直接私から話したくて…ね」
私が命蓮寺にお邪魔した時に彼女とは何回かあった事がある。
幼い少女の見た目とは裏腹に、博学な者で冷静な判断を下せる。(欲を読み解けば些か臆病な部分も見出せたが…)
最初に出会った時は警戒されていたが、今ではこうして突然訪ねても、
「ん、とりあえず中へ入ってくれ。外は寒かっただろう」
と、暖かく迎えてくれる。
彼女と多少だが交流がある、という事もあるが、もっと大きい理由としては、
人妖問わず手助けしてきた事が、彼女や他の妖怪の警戒度を下げたのだ。
…ふふ。このあたりは白蓮に影響された結果かしらね。
ともかく、中へ入るように促してくれる彼女に従い、「お邪魔しま~す」と小屋へ入る。
…驚いた。ここ、掘っ建て小屋だったよね?
中へ入ると、とても綺麗に整頓され、清潔な部屋が見える。何もないという訳ではない。
上品な調度品が並んでいるし、居心地がよさそうなテーブルに椅子。奥の部屋は寝室だろうか、扉が少し開いている。
一言で言えば「趣味が良い」内装だ。それにとても暖かい。上着を脱いで丁度いい感じ。
…ここ掘っ建て小屋だったよね?
「驚いたかい?これでも毘沙門天の部下だからね。これぐらいの温度調整は法力で出来るのさ。
あぁ、外套はそこに掛けておいてくれ。」
小さい背丈を少しでも偉く見せようと自慢げに話す。
その口調と言動が見た目とギャップがあり可愛い。なるほど鼠なのに嫌われない訳だ。可愛い。
「えぇ。それにとても綺麗な調度品ね。これらも無縁塚で拾ってくるのかしら?」
タンスの上に飾られているキノコの様な傘のついたランプを眺めてみる。
傘の部分に花の模様が描かれていた。
「あぁ。要らないものなんかを拾っても里で売れば良い駄賃になるよ。
さ、そこの椅子に座って待っててくれ。二日前にご主人が紅茶の葉を持ってきてくれたんだ。今淹れてくるよ」
そう言うとトコトコと台所に向かっていった。
なんだか気を遣わせちゃってるね。
言われた通り椅子に座って待たせてもらう。珍しい物が多いのでどうしてもキョロキョロとしてしまうわ。
すると、奥の部屋が覗けた。この位置からだと丁度、中途半端に開いた扉から中が覗けてしまう。
悪いと思いつつ気になったりした訳で、つい覗いてしまった。
やはり奥は寝室だったようで、洋服用タンスにベットが見え…!ま、枕が二つ!?
ど、どういうことかしら。まあ一人で使っていると言われたら解るけれど…。
驚いていると、ナズーリンが台所から「お待たせ」と言って、紅茶カップ二つにポットを載せたお盆を持って来てくれた。
「あ、ありがとう。頂くわ…。
ところでナズーリン。不躾ながらに聞くけれど、君は誰かと一緒にこの小屋に住んでいるのかしら?」
私の突然の質問に首をかしげる彼女。でも私の視線と中途半端に開いた寝室の扉を見て納得したのだろう。
恥ずかしそうに頬を掻きながら答えてくれた。
「や、時々ご主人が泊まりに来るのさ。なんだかんだ千年近く二人だけで一緒に暮らしてきた仲だからね。
私は寺に積極的に行くつもりは無いからご主人が来てくれるんだ」
……一つのベットに二つの枕、という疑問はあえて問わないでおきましょう。
彼女に向き直り「頂きます」と言い注いでくれた紅茶を飲む。
あら、美味しい。
我が仙界道場の母たる存在、蘇我屠自古もお茶を入れるのが上手だけれど、それに負けないぐらい美味しい。
寒い外を歩いてきた私の体が温まるわ。
そんな私の顔を見て、彼女も得意げに紅茶を飲んで言う。
「そういえば、聖達は元気かい?ご主人が呼ぶ以外にあまり寺には行かないから近況を知らなくてね。
噂では、君と聖が仲睦まじく過ごしていると聞いているが」
ニヤニヤと私を見つめるナズーリン。
べ、別に私と白蓮はそんなんじゃない………のかな。
「えぇ、お世話になっているしお世話しているわ。
ただ、もうすぐクリスマスだとかで白蓮達は忙しそうよ。
君も愛おしいご主人様から手伝ってほしいって要請されるかもね」
そう言うと「べ、別に私とご主人はそんなんじゃない!」と頬を染めつつプィっと顔をそむける。
とても分かりやすい反応ね。さっきの仕返しよ。
「…ってクリスマス!?聖達は仏教徒だ。なんで異国の宗教違いのイベントをするんだ?」
ナズーリンが驚いた顔でこっちへ向きなおす。
私も白蓮から聞いた時、全く同じ感想を抱いた。
「里でね、近年クリスマスがブームになっているって聞いたことあるよね?
でもブームになっているのはその宗教がって訳では無くて、イベントそのものみたいなの。
だから宗教は関係なく、お祭り感覚で盛り上げるみたい。で、命蓮寺でも里で開かれるお祭りに協力するそうよ」
どんな協力をするかと言えば、いつものお祭りと一緒。
参道に屋台のスペースを貸してあげ、命蓮寺の庭にある背の高い木を飾り付けてクリスマスツリーにし、
そのまま広間と庭を宴会会場にするらしい。
いつも通りのお祭り感覚だから、きっと人混みが凄いでしょう。
迷子が出るかもしれないので、寺がそのあたりの協力をするというのだ。
「…えっ。屋台?クリスマスに屋台?宴会はまだ分かるけど…」
ナズーリンが困惑している。どうやら外の世界のクリスマスとは少し違うらしい。
「いや、まあこれが幻想郷方式なのだろう、うん。
…ハッ!じゃあサンタクロース姿のご主人を見れるかもしれないじゃないか!
そんな話は聞いていないか?神子!」
「へっ!?あ、あ~そう言えば白蓮が、星に着せる為に紅魔館からサンタ衣装を借りるとかなんとかを、言ってたような…」
そう答えると、ナズーリンが小さくガッツポーズした。
そんなに見たいのかしら?サンタクロース姿の星を。
「えっと、ナズーリン。私が今日訪ねたのはそのクリスマスに関する事なの」
「…ん?私が出来る事は探し物だが。
なにかクリスマスに向けて用意したものでも無くしてしまったのかい?」
そう、私は今探し物をしている。期限付きの探し物。
どうにかしてクリスマスまでに見つけたいの。
「クリスマス当日。寺の庭で開かれる宴会に、私たち仙界道場に住んでる者も招待してくれたの。
ただ、プレゼント交換?するみたいで、何か品を用意しないといけないの。まあ、宴会参加料みたいなものね。
宴会のお開き近くになると、参加者にランダムで配られるらしいわ。誰が誰のプレゼントを受け取るのかを楽しむって事なのね」
私の道(タオ)の師匠、霍青娥がそれを聞いて邪悪な笑みを浮かべたのを、私は忘れない。
彼女のプレゼント用の箱はきっちり覚えておく事にしよう。
「それとは別のを用意して、私は…その、白蓮に直接プレゼントしたいのよ。
別に深い意味は無いのよ?ただ、何となくってだけで…」
「ほほぉ~」と再びニヤニヤと私を見るナズーリン。
うぅ、相談する相手を間違えたかしら。
「なるほどね、神子。君が聖に『特別な』プレゼントをしたい事は解ったよ。
…でも、それで私はどうすればいいのかな?」
「…ナズーリン。私の能力は知っているよね?あっ、ありがとう」
ナズーリンはおかわりの紅茶を、私と自分のカップに注ぎながら頷いた。
「この間あの吸血鬼、レミリア・スカーレットに善戦したそうじゃないか。その相手の欲を聞く能力で。
トラブルがあって決闘は中止したって聞いているけどね」
…そう、私の能力は相手の十欲を聞き、その者の資質、考え、過去と未来を見抜く。
この能力があれば、プレゼントなんかするとき、的確に相手の欲しい物を選べるだろう。
まさに、今回のクリスマスなんかにはうってつけよ。
…相手が物欲を捨てた尼僧でなければ…ね。
「…あ~、大体事情が解ってきたよ。
一応聞いておくけれど、何か聞いたかい?聖の物欲か何かの欲をさ」
「…残念ながら、ね」
そう、白蓮は物欲が無かった。だから何をプレゼントすればいいのかさっぱり分からない。
今ままで能力に頼り過ぎた結果かしら。彼女が欲しい物でなくとも、喜んでくれる物をプレゼントしたいのに考え付かない。
「…ちょっと待った。神子、まさか君が私を訪ねてきたのは…」
「察してくれたようね、ナズーリン。
君の思った通り、私の探している物は『聖白蓮の喜ぶプレゼント』よ!
頼れるのは君の力なの。お願い、探し当ててくれないかしら。お礼はきちんとするわ!」
そこで私は思いついた!
解らないなら探せば良いじゃない。そして幻想郷における探し物のプロを私は知っている。
きっと彼女の力があれば、白蓮を喜ばせて上げられるわ!
「探し物って…えっ。そういう意味の探し物?」
「えっ。そういう意味の探し物だけれど…?」
…?ナズーリンが困った表情をしている。
えっと、何か彼女を困らせるような事を言ってしまったかしら?
* * *
きっとそうに違いありません。だから最近、神子さんが私のお誘いを断るのでしょう。
「いやいや聖、考え過ぎですよ。
そもそも困らせるような事言った覚えが無いって言ったじゃないですか」
目の前に居た寺の住人の舟幽霊、村紗水蜜が続けて言います。
「ほら、明日にはもう寺でクリスマス祭りでしょう?
招待した人妖皆が、明日に向けてプレゼントを模索しているみたいなの。
屠自古も今の時代ではどのような贈り物が喜ばれるのかって私に相談しに来たし、
神子もきっとプレゼントを探しているに違いありません」
確かに、私も用意するプレゼントは迷ってしまいますね。
昼下がり。
寺の居間で水蜜と一緒にお茶を飲んでいます。すっかり寒くなったので炬燵を出しました。ぬくぬくです。
里の方からクリスマスのお祭りの協力をしてほしいと要請されたので、命蓮寺はここ最近準備で忙しかったです。
ですが、準備を始めたら案外早く終わってしまいました。
この幻想郷において、空を飛べない弾幕少女は居ません。
なので高所の飾り付けなんかは皆で協力すれば、あっという間でした。
予定が早く繰り上がってしまいましたので、暇が出来てしまった訳です。
なので、最近会えなかった神子さんと会おうと思ったのですが、何か用事があるらしく、断られてしまいました。
一度や二度ならまだしも、先程で三度目。段々不安になってきたのです。
「プレゼント…ね。私は今年、神子さんに宴会用とは別のプレゼントをしたいのですよ」
私がそう言うと、水蜜がニヤニヤした顔で私を見ました。
「あらあら、聖にしては積極的なアプローチですね。
とうとうアタック開始ですか?」
…?あぷ、え、なんでしょうか。
「あぷなんとか、かどうかは解らないですけれど、普段から神子さんにお世話になっているので、
お礼をする良い機会だと思ったのですが…」
私がそう言うと、はぁ~、と溜息をつく水蜜。
そのままお茶をずずっと飲んで、剥いて置いていた蜜柑を食べました。
そして私に苦笑いしながら口を開きます。
「いや~。私も以前はですね。聖が神子と仲良くしているって聞いた時は正直、どうして?嫌だ!って思いましたよ。
でも話してみると中々話せる連中じゃありませんか。
聖が封印しようとしたのですから、もっと妖怪を手当たり次第に滅したりすると思いきやそんなことも無く、
封印しようとした事を怨んで仕返しをしてくることも無い。
物部布都はこの間から妖怪とのトラブルも無くなってきたし、
蘇我屠自古も…まあ時々私とは喧嘩もしますけれど情に厚く脆い、そして良い奴だと私は知っています。いえ、知りました」
…?急にどうしたんでしょうか。
確かに水蜜の言うとおり、神子さんに限らず仙界道場の方々と我が命蓮寺の者と仲良くして頂いています。
青娥さんは…あれから「神子さんの為」ではなく「自分の暇つぶしの為」にまたフラフラと出掛けるようになったようですけれど…。
彼女に付き従う宮古芳香さんの気苦労が多そうです。…キョンシーに気苦労なんてあるのかは知りませんが。
「聖。私や寺の者が、貴女が神子と仲睦まじく過ごす事にもはや不安なんてありません。
ぬえ…封獣ぬえがやや不満そうですけれどね」
「え、えぇ。」と、とりあえず返事をします。
でも水蜜は一体何が言いたいのでしょうか。
すると急に、炬燵の向こうから身を乗り出して彼女が言いました。
「ただですね…聖!見ていて歯がゆいのですよ!
二人が普通の友人以上の雰囲気を出しているのに、一向に進展が無いじゃないですか!」
ふ、普通の友達以上って…。
べ、別に私と神子さんとはそんなんじゃ……いえ、そうだと嬉しいかも。
そうだといいな…。
「ほらぁ、聖だって。そうやって顔を赤くするじゃないですか」
うぅ、確かに頬が熱くなっている気がします。
「で、でも神子さんはきっと、私の事なんかそんな特別に思っていませんよ。
私としては…その…。これからも仲良く一緒に居て頂けるだけで良いのですよ」
そうです。それでも私としては特別な関係も、言葉も、約束も…欲しいかどうかはともかく、必要ではありません。
ただ、一緒に居るだけで私は十分幸せなのです。
「…ま、今はまだ。これで良いのかもしれませんね」
ふぅ。と小さなため息をつき、蜜柑向きに改めて集中する水蜜。
わ、私だって…その…。
「そ、それよりも、何か神子さんの喜びそうなものって何か心当たりはありませんか?
私は彼女がなにかしら欲している場面をあんまり見なくて…」
「う~ん…。あいつも聖と一緒で、物欲あるような奴に見えませんしね」
本当に心当たりなさそうに顔を悩ます水蜜。
やはり直接ご本人に聞こうかしら…もしくは屠自古さんや青娥さんに相談するのも…。
「儂は知っておるぞ?」
…!吃驚しました。
急に横から声がしたと思えば、最近外の世界から来られた妖怪狸、二ッ岩マミゾウさんが居らっしゃいました。
気配なく居間に入ってくるなんて、少し意地が悪いお方です。
水蜜も吃驚して蜜柑を取りこぼしてしまいました。
「ほっほっ。驚かせて悪かったのう。しかし、儂はそういう妖怪じゃからな」
化け狸の方は人を驚かせると大変喜ぶと聞きますが、マミゾウさんも例に漏れませんね。
「ほんと、もうやめてよね?マミゾウ。
…で何を知っているの?」
炬燵に入り込んでこられるマミゾウさんと私に、剥き終わった蜜柑を三つに分けて配ってくれる水蜜が言います。ありがとうね。
マミゾウさんもお礼を言って、コホンと咳払いをして仰いました。
「外の世界では、物質が溢れた世界となっている。
というのは、以前の三者対談で山の上の神様が言ってたのを覚えておるかのう?」
山の神様…八坂神奈子さんのお話ですね。外は物質も情報も溢れた世界なんだとか。
「しかしのう。外の世界でも、欲していても手が届かないものはまだいくらでもあった。
それはこの幻想郷へと消えていってしまった物もあれば、この幻想郷でもまた、手に入りにくい物もあるな」
水蜜が「あっ」と言ってマミゾウさんに言います。
「それが神子の欲しい物ってこと?」
そう言うとマミゾウさんが「ほっほっ」とご機嫌そうに笑います。
正解のようですね。
でも、それは一体何なのでしょうか。
「水蜜の言うとおり、外の世界でもこの幻想郷でも、それはとても手に入りにくい。
しかし、皆が皆、与える事が出来るものでもあるのう…。
聖殿はそれを神子に渡すと良いのじゃ。
…さて、聖殿。明日の祭りの夜、神子に『指輪』を渡すと良い」
…?どうしてでしょうか。手に入りにくい物?
確かに、人里にある細工屋さんの指輪は若者に人気があります。
それも最近になって指輪の注文がとても増えたのだとか。流行なのですね。
では、神子さんは元々、綺麗な腕輪などをしていらっしゃって華やかです。
今さら指輪などは必要が無い様に見えますけれど…。
要領を得ない私に、マミゾウさんが続けて仰いました。
「そしてのう。人気のないロマンティックな場所で、こう言うんじゃ…。
『これから私が生きていく間、ずっと貴女と一緒に居ます』…とな」
…一寸の間を置いて、水蜜が「たっはっは!」と大きく笑いました。
「なるほどね。外でも幻想郷でもそれは手に入りにくいわ!
『プロポーズ』なんて欲しい人は本当に欲しいのに、求めるには難しいものね!
でも駄目駄目、マミゾウ!神子にそんな台詞を言ったら、また一千年近く眠りこんじゃうわよ。
私、里で見たもん。神子が聖と頑張って手を繋ごうとして手を近付けたら当たっちゃってさ、頬染めちゃって慌てて手を引っ込めるのを!」
「ほっほっほっ。そういえば水蜜。儂も神子が聖殿と里のクレープ屋で一緒に食べているのを見たのう。
聖殿の頬についたクリームを神子が指で取って舐めてな?それを見た聖殿が顔真っ赤にして、つられて神子も…」
と言い、マミゾウさんも水蜜と実に楽しそうに笑いあいます。
そういえばあの時やこの時。こんな二人も見た。
いやあ、あれは見ていて歯がゆかったと、初々しいと随分と盛り上がってらっしゃいます。
…ところで、私が法界に封印されていた頃に創り上げた、「魔人経巻」という巻物があります。
この巻物、紙ではなく御経や呪文そのものが巻かれており、
また「振りかざしただけで唱えた事になる」オート読経モードにする事が出来ます。
「あははっ。いやあ最近二人が良く一緒にいるので色んな場面を見てしまうよね、マミゾウ」
「ほっほっ。いや、二人が仲睦まじい事は良い事じゃのう。
儂も佐渡からこうして、その神子の打倒の為に呼ばれた訳じゃが、そんな二人を見てると応援したくなってのう」
そのオート読経モードにより、私は、いつでも、すぐに、身体強化の魔法を使用する事が出来るのです。
いつも持ち歩いている物なので、勿論今も手元にありますよ。
……ようやく水蜜とマミゾウさんが落ち着いたようですね。
「…ところで聖殿。その、いつもきらきらとした綺麗な巻物を持って立ち上がって、どうしたんじゃ?」
立ち上がった私を、笑いで目じりに涙をためた目で、見上げるマミゾウさん。
まだマミゾウさんは、この魔人経巻を知りません。
しかし、水蜜は勘付いたようです。
冷や汗をかきながら、私から距離を取ろうとゆっくり炬燵から出ますね…。
「…あっいえ、聖。その…悪気は無かったんですよ。
ふ、二人を見ていると微笑ましい気持ちが湧きあがって…その…なんといいますか」
水蜜の様子を見て勘付かれたのでしょう。
マミゾウさんも同じように、ゆっくり炬燵から離れながら仰います。
「わ、儂も少し調子に乗りすぎたかのう…?
い、いやあ、こういうときの化け狸の性はいかんのう…ほっ……ほっほっ」
ですが、かつて幻想郷最速の射命丸文さんを、初速の反応限定ではありますが仕留めた私の速度に対して、
距離を取るには、些かこの部屋は狭かったようです…。
「あぁ聖。たった今、居間の方でなにか大きな音がしませんでしたか?」
寺の廊下を歩いていると、星と会いました。
「星、気にしないでください。それよりも…ナズーリンに招待状を渡し忘れたでしょう?
紅茶の葉と一緒に渡してって言ったのに…」
そういうと星が「しまった」という顔をしました。
彼女は基本優秀なのですが、時々抜けてしまう部分がありますね。
五日前に、里でお祭り用の備品を買い足していた所、彼女と出会いました。
「聖。最近急に欲しくなった物は無いかい?」なんて聞かれたので吃驚しましたけれどね。
「ナ、ナズーリンは怒っていませんでしたか?
彼女を仲間外れにするつもりなんて無かったのですが…」
眉を八の字にして心配そうな顔をする星。ナズーリンはそんな事で怒りませんよ。
貴女の事を、きっと私以上に理解しているのでしょうから。
…ですが、ナズーリンの事ですから少し、自分のご主人様を苛めてしまうでしょうね。
「さあ、直接本人にお聞きした方が良いんじゃないかしら。
それでは、私は今から人里へ向かいますね。切れかけていた炭等を買い足しに行ってきます」
あぅぅ、と星が唸ります。
先程のお二人と同じように、星も少し反省するべきでしょう。
* * *
「反省する良い機会ではないでしょうか。
太子様のその能力は、確かに素晴らしい物でございますが、今回のように逆に振り回されてしまう事もあるでしょう。
それも、きっとこれからも、です」
全く屠自古の言うとおりね。白蓮からの三度目のお誘いをついさっき断ってしまったばっかり。
未だにプレゼントが思いつかないわ。
今、我が家である仙界道場、屠自古の部屋で彼女に相談『している』。
情けない…いつもは私が相談されているのに。頼られる立場なのに…。
でも、私が困った時は大抵彼女や青娥にしている。布都は…うん。た、頼りにしているわよ?
今回は相談の内容が白蓮の事なので青娥に相談は出来ない。彼女、最近は白蓮にやや厳しいんだもの。まるで姑みたいに突っかかる。
それに、私が相談したい時は、清潔で落ち着ける彼女の部屋の様な場所が良い。
ナズーリンの淹れてくれた紅茶に負けないぐらい、美味しい緑茶も出てくるのがなお良い。
「…まあ、これからお気を付けになると良いでしょう。
本題ですが、聖殿の喜ぶクリスマスプレゼント…ですか。
あの方は神子様も欲をお聞きした通り、きっと物欲など既に捨て去っているでしょう。
そういえば…えっと、ナズーリン殿でしたよね?彼女から何か聞けなかったのですか?」
そう、結局ナズーリンの協力を仰げなかった。
具体的な、色形を説明できる、失せ物の様なものを探し当てる能力であり、今回のような抽象的なものは無理らしい。
…ちょっと考えれば、そりゃあそうよね。自分で言うのも変だけれど、それほど焦っているのね、私。
とはいえ、彼女も白蓮の仲間の一人。なにかしら心当たりは無いか聞いてみた。
「白蓮はね…物質的な喜びはとても薄いみたいなの。
例えば、手土産のお菓子なんかでも、そのお菓子を食べる事に喜ぶのではなく、
そのお菓子を持ってきてくれた者や、寺の者と一緒に味わう事に喜びを感じる人…。
でもね、これは言われなくても、白蓮を少しは知っている者からしたら当たり前って感じね」
屠自古も「うんうん」と頷く。
ナズーリンも頑張って協力してくれたんでしょうけれど、内容が内容だけに悩ませてしまって、この答えだった。
とんだ難題をふっかけてしまったわね。今度一言、改めて謝っておきましょう。
あ、でもこれって逆に言えば、そう、精神的な物。
例えば強いメッセージ性のある物なんかは喜んでくれるんじゃないかしら。
「…太子様。何かお気づきになられたか?」
ちょっとした私の表情の変化に、彼女が気付いた。
今、思いついた事を彼女に言ってみる。
白蓮の喜ぶ、メッセージ性の強いプレゼントとは一体どのような物なのか…。
「…なるほど。意味を込めた贈り物は確かに、あの方も喜びそうですね。
とはいえ、一体何に意味を込めるのか…ですか。
まあ、貴女様の贈り物ならば、どのようなものでも喜ぶと思いますけれどね」
でも、なんでも良いとなると逆に何も思い浮かばなくなるわね…。
自由は時として人を縛るのよ…私はもう人ではないけど。
私達が悩んでいると、廊下をトコトコ歩く音が聞こえてきた。
この足音は…布都ね。
足音が襖の前でとまると、部屋の中へ声をかける事も無く開かれた。
「屠自古、少し良いか?実は太子様を探しておるのだが……ぃひゃい!」
入ってきた布都に、小さな雷の矢を一切の躊躇無く放つ屠自古。
布都の額に当たったそれは、小さく「パチッ」と弾けた。
「こらっ!人の部屋に断りなく入るんじゃない!」
屠自古が正しいわね。布都が可哀そうだけれど。
「うぅ。確かに悪かったが、言葉で言えば分かるぞ…。あ、太子様。こちらにいらしたか」
布都が私に気が付く。私を探しているって言ってたけど、どうしたのかしら?。
「太子様…む、その様子だとまだ贈り物は決まっておらぬようですな。
ふふふ。しかし!我は見つけましたぞ。これならきっと、聖殿も喜ぶであろう!」
そういって布都が差しだしたのは天狗の新聞だった。
屠自古と一緒に覗きこむと、そこに書かれていた物は…指輪?
最近の流行物、贈り物についての記事がそこに書いてあった。
「おい布都。指輪なんて最近の流行物ではないか。少し浅はかではないか?」
屠自古が言う。そう、人里の細工屋では最近、指輪が人気なの。
でも確かに買った人妖(そう、妖怪も買っている)は大切な人に贈っていると良く聞くけれど…?
すると布都はしたり顔で言った。
「ふふん。屠自古、太子様。知っておるか?指輪と言う物はな、付ける指によってそれぞれ意味を持つのだ!」
「知っているぞ」
「知っているわ」
「そうだろう。我も知らなかっ…え?」
私と屠自古が黙り、しばしの沈黙。
布都が気まずそうに眼を背ける。
…布都。私は貴女の事をとても大切に思っています。だから、そんな悲しそうな顔をしないで。
「太子様。一緒に布都を苛めるのは、これぐらいにしておきましょう」
ばれてた。
「でも布都。これは丁度良かったのかもしれません。お手柄よ?」
慰めるように私が言うと、パッと顔を輝かせる布都。可愛い。
布都には、今私がメッセージ性の強い贈り物にしようと決めた事。そしてこの情報のタイミングが良かった事を伝えた。
彼女の言うとおり、指輪はそれぞれ、付ける位置によってその意味が変わる。
その意味を伝えながら、白蓮に渡すと良い贈り物になるかもしれません。
屠自古も「先程はああ言ったが、確かに良いかもしれないな」と言っている。
「でも白蓮は尼僧だから、余り派手な物では駄目ね…。いや、質素すぎると失礼だし…」
私が悩んでいると屠自古が言いました。
「新聞では判りづらいので、里の細工屋に直接見に行って選びましょう。布都、お前も一緒に行くか?」
屠自古の誘いに布都は首を振る。
「いや、道場を無人にしすぎると用事のあるものが困るだろう。
留守番は我に任せて、ゆっくりと選ばれると良い」
「…布都がこう言ってくれるのだから、ここはお言葉に甘えましょうか、屠自古」
夕餉の買い物を、屠自古がしたいのを知っての申し出でしょう。
屠自古も分かっているようで、そのまま二人で仙界道場を出ます。
入り口を開ける場所は、人里広場ね。
* * *
もうこの時期になりますと、年末年始に向け買い溜めをする奥様方が忙しいですね。
人里広場にある商店通りの入り口付近は、多くの人と少しの妖怪でごった返しています。
「姐さん…これは私だけで行った方がよさそうですね」
寺を出てすぐ、仲間の一人である入道使い、雲居一輪と出会いました。
買い物に行くと言ったら手伝ってくれると言ってくれたので、こうして一緒に人里まで来たのです。
しかし、
「えっと…お、お願いできますか?一輪」
「…よし!任せて下さい!少し、この広場で待ってて下さいね!」そういって一輪が人混みへ果敢に入っていきました。
私はといえば、人混みに巻き込まれるとしばらく抜け出せなくなるのです。
昨年、同じような時期に、星や水蜜と買い物へ行ったのですが、夕暮れ時になるまで私は人混みから抜け出せませんでした。
一輪曰く「姐さんは他人の行く道を譲り過ぎるのです!多少、無理矢理に進まないと移動できませんよ?」との事。
…でも、誰かを怪我させるかもしれないので、強気で行けないのですよ…。
そんな理由もあるので、広場にあるベンチで座っています。一輪に申し訳ないわ…。
そういえば、神子さんへのクリスマスプレゼント、どうしようかしら。
もう祭りは明日。時間はありません。…う~ん。
「御悩み事かい?聖さん」
声がした方へ目を向けると、綺麗な長い白髪に、紅いモンペが特徴的な女性が立っていらっしゃいました。
蓬莱人であられる藤原妹紅さんです。
寺子屋の上白沢慧音さんのお知り合いで、以前の命蓮寺子供お泊まり会で途中参加なさって手伝ってくださいました。
慧音さんと仲がよろしいということでも有名ですね。実際、お二人の仲はとても羨ま…とても微笑ましかったです。
「あら妹紅さん、お久しぶりです。いえ…悩みと言うほどでは…」
…いえ、参考までに聞いておこうかしら?彼女は永遠を生きる蓬莱人です。
不老不死を目指してらっしゃる神子さんと何か通じる部分があるかもしれません。
それとなく、さりげなく聞いてみましょう。
「そう?なんだか気難しい顔をしてたからそう思っちゃったわ。それじゃあまた…」
「あっ!待って下さい妹紅さん。あの…その…。
なんとな~く、お聞きしますけれど。今度の寺で開かれるクリスマスのお祭り。
妹紅さんはその…どのような物を貰ったら嬉しいでしょうか?」
「…なんだ、そんな事で悩んでいたのね」と言って、彼女は私の隣に座ります。
…わかりやすい人とよく言われますが…う~ん。
「でも、不老不死の私にそんなこと聞くなんて…聖さんも珍しい人ね。
この幻想郷では不老長寿の種族は珍しくは無いけれど、私なんかじゃあ参考にならないかもしれないわよ?」
どうして、今度の宴会で贈り物に悩む人妖の方が多いのかと言うと、ここでしょう。
不老長寿の方が多い。望むものは時間をかければ大抵手に入ります。
名誉、大きな妖力、永遠の命、伝説級の品物。そういった物ぐらいでしょうかね、妖怪の方が特別に欲するものはと言えば。
「いえ、妹紅さんのお答えでしたらきっと、参考になると思います」
神子さんはまだ修行を為さっているとお聞きします。ゆくゆくは神霊として天界へ行かれるのでしょうか…?
永遠を生きる存在として。
「そう…私の答えが参考になるのね…」
…?妹紅さんが私の顔を…いえ、目でしょうか。ほんの一瞬、じっと見つめられた気がします。
「そうね。私が一番、貰って嬉しかったのは…約束かな。貰うって表現は少し違うけれどね」
約束、ですか。
「…永い永い時間を生きているとね。時々、思い出せなくなるのよ。
私はこの年齢の時、どこに居たのか、誰かと一緒にいたのか、もし誰かと居たならその人はどんな人だったのか…」
…私とは逆ですね。長い時間、法界に閉じ込められた私と、うつろいゆく世界を生きた彼女。
きっと妹紅さんは、数えきれぬ人と出会い、過ごし…………別れてきた。
「でもね、時々居たのよ。今でも思い出せて、きっとこれからも忘れられない様な人妖が…。
それはとても嬉しかったり、悲しかったり、怒り怨んだり……楽しかったりした思い出ね。
ある意味では、私の中で永遠を生きるのかも。その人妖たちは」
「…嬉しかった思い出が、約束ですか?」
「つい最近の事ね」
気が付けば、周りに人が少なくなって来たようです。喧騒が遠のいて、とても静か。
妹紅さんの声が頭に深く響く様で、不思議な感覚でした。
彼女の話は続きます。
「数年前、この幻想郷で夜が明けない日があったの。後に永夜異変と呼ばれる事件ね。
その数日後。私がいる竹林に、肝試しに来たって言う人間と妖怪の二人組が何組か来たわ。
そのうちの一組がね、吸血鬼とメイドだったのよ」
あ、きっとレミリアさんと彼女の従者、十六夜咲夜さんですね。
「その二人組に弾幕ごっこで負けちゃってさ。吸血鬼が私の生き肝をメイドに勧めたのよ。
酷いでしょ?不老不死にならないかってね」
「…そのメイドさんは、なんとお答えになったのでしょうか」
妹紅さんが「クスッ」と笑いました。その時の事を思い出されたのでしょう。
「『私は一生死ぬ人間ですよ。大丈夫、生きている間は一緒に居ますから』ですって。
こう見えて、私も結構長く生きてるけどね。あんな台詞、聞いたことも無かったわ…。
…あの時は顔にも声にも出さなかったけれど…羨ましかったな…あの吸血鬼がね」
…不老不死を目指す道士の神子さん。もう不老不死を望まない、いつか死ぬであろう私…。
「慧音に……言ったのよ。少し、感傷的になっていたからかしらね。
昔から、本当に遥か昔から他人にそんな弱音みたいな事を言わなかったのに。…それが羨ましいなってね」
…あぁ。きっと慧音さんは…お答えしたのでしょうね。
「…ふふ。わかったかしら?
今はね、もうあの吸血鬼を羨ましいなんて思ってないわ。いいえ、自慢だってしてやれる!
きっと永遠に忘れない彼女のくれた約束。本当に…嬉しかった…。
…あははっ!なんだかしんみりさせちゃったわね。
こんな事、聖さんだから話したんだからね。天狗なんかに言ったらタダじゃおかないわよ?」
こちらへそう、微笑むながら仰ると、ヒョイッとベンチから立ち上がる妹紅さん。
いつの間にか周りに喧騒が戻っていました。
「参考になったら…する事が、もし出来るのなら、私も嬉しいよ。聖さん」
そういって彼女は、里から出る門へ向かって歩いていきます。
「妹紅さん!」
振り返らず、立ち止った彼女。
「……参考にさせて頂きます!ありがとうございました!」
振り返らないので、彼女の表情は見えませんでしたが…なんとなく、笑ったような気がします。
私に向かって、でしょう。片手を挙げて、行ってしまわれました。
…生きている間は…一緒に…ですか。
「姐さ~ん!お待たせしま…?姐さん?」
「え、あぁ。お疲れ様でした、一輪。さ、荷物を分けて下さい」
戦場から戻ってきた一輪。両手には炭をはじめとした暖房用の消耗品など多くの買い物がありました。
これほど戦果を挙げるとは、流石一輪。伊達に命蓮寺の台所事情を担ってはいませんね。
「やっぱり冬は昼が短いですね。寺に戻る頃にはもう薄暗くなってますよ」
一輪の言うとおり、もう日が傾いていますね。
今日の夕ご飯は、忙しい明日に向けて水蜜が、特製カレーを作ってくれています。(明日の屋台でも出すようですね)
真っ直ぐ寺に帰って、明日に備えましょう。
そうそう。寺の門をくぐると、参道に屋台や飾りつけが綺麗になされています。
あの道を通る度に、きっと祭り当日は多くの人妖、明かりや音楽で活気づくのだ、と思うのです。
今から明日が、とても楽しみです。
* * *
ふふっ、とても楽しみね。もうすぐ白蓮の喜ぶ顔が見れるもの。…でも少し、不安でもある。
私も、現代に蘇ってから大分経つけれど、未だに何が良い素材で悪い素材なのかが分からない時がある。
この前の博麗神社の宴会の時も、キノコを模したチョコレート菓子とタケノコを模したチョコレート菓子。
この二つの優劣を周りに聞いてみたら大論争が起きてしまった。
未だにこの現代では、私が知らない、把握しきれていない事柄が多すぎる。
「大丈夫ですよ、太子様。今夜の宴会ではきっと、聖殿を喜ばせる事が出来ます。
ナズーリン殿のアドバイスは、私が聞いても納得の物ばかりでしたし、何より貴女様が自分で選んだもの。
あの方が嬉しくないはずがありません」
屠自古もこう言ってくれてるし…うん、大丈夫でしょう。
昨日の事。指輪を求める為に、人里広場へ仙界の入り口を開いて出た。
真っ先に目に飛び込んできた光景は、商店通りへの入り口に人混みの塊。(少し表現がおかしい気もするがこんな感じ)
仙人の主食は霞なので、無理して食事を作る必要も無かったし、何よりあの主婦たちの聖戦に挑む勇気は湧かなかったわ。
買い物は諦めることにしたの。
少し、そんな光景を見て呆気に取られていると、「やあ、買い物かい?今からだと余りいい物は残っていないよ?」と声を掛けられた。
声のした方向へ顔を向けると、無縁塚の品を里に売りつけに来たナズーリンが居た。
「そ、そうよね。彼女に紹介してもらった細工屋も良い雰囲気だったし、買った物も悪くは無いはずよね?」
ナズーリンには二つ、お世話になった。
一つは白蓮の指のサイズを教えてもらった事。以前、彼女も私と同じように、彼女の御主人様に指輪を贈ったのだ。
その際、こっそり渡す為に、白蓮に協力を仰いだらしい。指の間接に糸を巻いて印を付けて貰って…。
ついでに寺の皆の指のサイズを測った所、星と白蓮のサイズが殆ど一緒だったと彼女が言った。
もう一つは細工屋を紹介してくれた事。里で人気が高かった為に、なかなか買える店が見つからないらしい。
でも、ナズーリンのお陰で良い店を探しだせた。種類もあったし、後悔せずに選ぶ事が出来たと思う。
以前、彼女に相談した甲斐があった。きちんと今度お礼をしよう。
買った指輪はパッと見、一本の地金で作られているように見えるけれど、良く見ると二つの輪が微妙に交差して造られている。
人間と妖怪を繋ごうとする白蓮。この交差する指輪を見た時、彼女の生き方を思い出した。
「えぇ、太子様。パッと見ても派手に見えず、しかし良く見ると細かい意匠が施されています。
贔屓目に見なくても良い物だと思いますよ…。だからこそ、今夜中にはちゃんと渡すのですよ?」
命蓮寺で今、開かれているクリスマス祭りの宴会。
背の高い木に妖力で輝く装飾がなされており、すっかり夜が更けている今でも、会場全体は明るい。
参加した人妖は数多く、寺の庭にまで料理やお酒が広がっている。
庭でも篝火も焚かれている上、とても賑わっているのであんまり寒くは無い。(それでも人間には寒さが厳しいので屋内に人が多い)
因みに私の宴会参加料(という名の提供プレゼント)は適当に見繕った飛鳥時代から伝わる宝物の鏡。
今はもう必要ないし、記念品程度には価値があるでしょう。
そして…青娥の持って来た箱。私達仙界道場の者、命蓮寺の者等、彼女を知る者は皆、それを警戒していた。
注意深く見、特徴を覚え、それが配られる際、距離を置くつもりだ。
…至って普通の大きさ、普通の装飾、普通の箱。余りにも普通なのがとても不気味。キチンと覚えておこう。
「あぁ、神子さん。やっと探しだせました」
私と屠自古が縁側(屋内はとても騒がしい故)で飲んでいると、白蓮が声を掛けてくれた。
彼女は祭りの管理側でもあったので、参加が遅れてしまったらしい。
「それでは私は水蜜の所にでも~…」
あら?屠自古がささっと違う場所へ行ってしまった。
白蓮を避けているのかしら?
「神子さん…あの…その」
…?少し様子がおかしいわね、白蓮。まあともかく、今が彼女に指輪を渡せるチャンス。
「ねえ白蓮。実は今日、私…」
「違う!!そうじゃないんだ!御主人っ!」
…庭先からナズーリンの叫ぶ声が聞こえた。
見れば、「サンタクロースを忠実に再現した寅丸星」の前で、ナズーリンが膝を折っていた。
何事かと思ったけれど、ナズーリンの欲を聞けばよくわかった。
…外の世界では女性用サンタ服というものがあるらしく、それはミニスカートで可愛らしいと同時に扇情的なのだそうだ。(情報ソースはナズーリンの欲)
しかし、星が着ている服はしっかり男性用。それだけでなく、服の中を詰め物で膨らませ、付け髭までしていた。
きっと彼女の期待した姿からは程遠かったでしょう。
そして彼女の様子に慌てふためく星、混乱する周り…。
「…場所、移しましょうか。神子さん」
賛成ね。
「…なんだか、懐かしいですね」
言われて気が付いた。
寺で開かれた宴会の夜。月明かりが差す、会場とは逆の方にある縁側で二人きりで座っている。
…あの夏の日、私が彼女を見守ろうと決めた日の再現のようね。
「うん、あの日からあっという間に時間が過ぎた様ね…」
あの日から、彼女と一緒に居る時間がとても多くなった。
彼女の生き方に、私が感化された部分も少なくないのかもしれない。
実際、それで私が助けられている部分もある。
白蓮がこちらへ向き直って言う。
「あれから、神子さんにはとても多くお世話になっています。感謝します」
「私だって、貴女に助けられているのよ?お互い様ね」
…彼女と出会えて良かった。自信を持って言える。
勿論、仙界道場の仲間も大切だし、これからこの幻想郷で生きていく中、同じように思える人妖も居るかもしれない。
それでも、こんな気持ちになれるのはきっと、白蓮だけだと思…。
…あぁ、そっか私。白蓮の事…。
…うん。これからも、彼女と一緒に居よう。きっと幸せに過ごせていけると思う。
ちょっと恥ずかしいけれど、今、指輪を贈ろう…。きっと喜んで…?
これからも?
これからも…って、それはいつまで?
* * *
「神子さん、今年は貴女とこうしてお話しできるようになって、私はとても嬉しいです。
寺の者も、貴女方と和解できました。本当に良い一年でしたよ。
新年のあいさつにはまだ早いですけれど、これからも宜しくお願いしますね」
「…………」
「…?神子さん?」
どうなさったのかしら。神子さんが黙ってしまいました。それに俯いて表情が良く見えません。
何か、御気に障る事を言ってしまったのかしら。
「…ねぇ、白蓮。貴女は不死にはもう興味が無いって、言ってたよね?三者対談の時」
「え?…はい、確かに私はそう言いましたし、そのつもりです」
昔は、弟の死を目の当たりにし恐怖しました。
故に若返りの力…不死の力を求めたのですが、今はもう違います。
寺の仲間たち、彼女たちの心に触れ、今は利他行の精神で生活しています。
「…白蓮。私はこれからも、不老不死を目指し、修行するつもりです」
「はい…。それは存じ上げていますけれど…」
「…いつまで、一緒に居られるのかしら」
………。
「急にこんな変な事、ごめんね?
遠い未来。私が不老不死となった世界に貴女は…きっと…いない。
だけど!今からでも、貴女も不死を目指したって遅くは…!」
「神子さん。今日は貴女にお渡しするものがございます」
「…えっ?」
「宴会用の交換プレゼントとは別ですよ?私から貴女への物です。
受け取って貰えるかどうか不安ですけれど、お渡ししますね」
私がそういうと、彼女が戸惑います。それはそうでしょう。
今、私は何も持ってはいないのですから。
「あの、白蓮?受け取ってって言われても…」
「お渡しするのは約束です、神子さん。
永遠に生きる事はない…私から貴女への約束です。
『これから私が生きていく間、ずっと貴女と一緒に居ます』
…受け取ってくださいますか?」
「…白…蓮」
神子さんがじっと、私の顔を見つめます。
咲夜さんや慧音さんの気持ち、私にもわかります。
信じる宗教も、寿命も、種族も関係ありません。
とても大切で…ただ一緒に居たい。
以前の夏の日、この場所で、私が神子さんに対しての気持ちがやっと分かった気がします。
その気持ちは彼女と過ごしていく中で確かな存在となったのでしょう。
私は、もう不死を望みません。生きてから、いなくなります。そう決めました。
それでも私は、彼女に酷かもしれませんけれど、私は…。
やっと今、それを彼女に伝える事が出来ました。
後は、神子さんが…。
「…『貰った』からには、私もお返ししないといけないわね」
えっ!今…神子さん。
そういうと彼女は、小さな箱を上着から出しました。
目の前で開かれたそこにあった物は…。
「…指輪、ですか?」
それは、良く見れば二つの輪を交差させてある指輪でした。
とても綺麗です。でも私の苦手な派手さは無いので、仕事以外で身につける分には良いものでしょう。
「白蓮。受け取って貰えるなら、右…いえ、左手を出してくれる?」
…左手を、神子さんの前に差し出します。
彼女は指輪を手に取り、薬指へと…!
「み、神子さん。あの…」
ナズーリンに頼まれて星の指のサイズを測った時がありました。
その時、水蜜が指輪の意味についての蘊蓄(うんちく)を披露してくれたのです。
付ける指、それぞれに持つ指輪の意味。
覚えてますよ。左手の薬指…。
「…私だって、意味を知らずに付けたつもりは無いわ…その」
「…ありがとうございます。ずっと…大切にしますね」
……いつか、別れるその時まで。
* * *
「さあ!!名残惜しいですが、もうお開きの時間です!
皆さんから募ったプレゼントを配りなおしますので、
宴会会場に入った時にお配りした番号札の順番に受け取りに来て下さい!」
サンタ服を着た星が、会場全体に行き渡るように大声でアナウンスしている。
私と白蓮が会場に戻って来た時は、ちょうどお開きの時間のようだった。
彼女の左手の薬指には、今は指輪を着けている…。本当は右手の予定だったけれど、今は良かったと思える。
庭へ出ると、配りなおされるプレゼントを受け取る為に、五、六人ずつ番号を呼ばれていた。
「そういえば、白蓮。貴女は何をプレゼントとして提供したの?」
白蓮が恥ずかしそうに「あの…私あんまり買い物もしなければそういった気の利いたものも持っていなくて…」
と言い淀んでいると、
「すいません、師匠。これって何かの暗号か何かでしょうか?」
「あぁ、これは写経ね。良かったじゃない鈴仙。これを機会に仏門に入って見たらどう?」
と、声が聞こえた。
白蓮に視線を向けると、目をそむけられた。
…クリスマスの宴会に参加して、プレゼントを受け取ったらそれは写経でした…って。
「み、神子さんは何を提供なさったのでしょうか?」
「私?私はね…」
急に後ろから大声がした。
「さ、早苗!それ、外の世界だと国宝級だぞ!?テレビで見た事ある!」
「え、ちょ、え、どうしましょう神奈子様!こ、こんな貴重な物、私貰っても…!」
え~。そんな貴重な物を祭りや宴会に提供する?
余りにも勿体ないじゃない。
振り返って、早苗の手元を見ると、私の知っている鏡があった。
「まあ。豪気な御方もいらしたものですね。…それで神子さんは一体なにを?」
「…た、玉虫厨子よ。飛鳥時代のものだけれど、今でもとても綺麗よ?」
「まあ、私が当たったらどうしましょう」なんて微笑む白蓮。
な、なんであんな古い鏡が貴重なのかしら。不思議ね…。
…ん。今呼ばれた番号は…っと。
「白蓮、私の番号呼ばれたから行ってくるわね」
プレゼントを受け取る場所は、会場の入り口付近。皆プレゼントを貰っても、そのまま帰らず、皆と見せ合いをしている。
驚いたり、喜んだり、微妙な顔をする者。みんなそれぞれ反応が違うけれど、それでも、楽しんでいることには変わりない。
…こんな良い時代に復活できたのは、そのきっかけをくれた白蓮のお陰ね。
人はこれを皮肉なんて言うかもしれないけれど…私は感謝している…。
「あ、神子さん。こんばんは!さ、どうぞ」
…!!星が箱を差しだしてくれている。
その奥で、水蜜がランダムにプレゼントを並べているのだけれど、私が受け取る予定のもう一つ後は…青娥の持ってきた箱…危なかった。
「それでは次の方~」
すれ違ったのは、確か山の方に住んでいる河童。白黒魔法使い、霧雨魔理沙と仲が良かったのが印象に残っている。
…まぁ。青娥も流石にそこまで変な物は、いれな
「ひゅい!?う、動いたよ、この箱!」
…彼女からは距離を置きましょう。
申し訳ないけれど、彼女みたいに変な物に当たらなくて良かったわ。安心ね。
「神子さん。お帰りなさいませ。何を受け取ったのですか?」
白蓮と庭の会場の真ん中あたりに居る。
二人でクリスマスツリー(和風)を見ようと、会場に戻る前に決めていたの。
「いえ、まだ開けていないわ」
…う~ん。結構ずっしりしている感じかな?
赤と青の二つのリボンで装飾された…茄子色の箱…セ、センスはあまり良くないわね。
「あら?なんだか見た事のある色の組み合わせですね」
白蓮が首を傾げる。私も…なんだか見覚えが…。
「まあ、とりあえず中身を見てみましょうか」
…手に持ってると重いわね。地面に置いてあけましょうか。
リボンを紐解いて…。
「青娥さ~ん。アドバイスありがとうございました!」
プレゼントについて、ざわめく会場の中。一際元気な声が後ろから聞こえた。
「あら、小傘ちゃん。お礼はいいわよ?
いつも芳香と仲良くして貰っているこちらからのお礼ですわ」
「えへへっ!受け取った人は吃驚するかな?」
白蓮と一緒に振り返る。
付喪神、多々良小傘と青娥が二人で話している。
小傘のオッドアイと、彼女が手に持つ傘の色。
青娥のアドバイス。
私が今、開けようとしている箱の色。
* * *
飛びのいた神子と白蓮。
それと同時に、箱の蓋が勝手に開き、中から空へ向けて筒が飛び出した。
次の瞬間、筒から何かが発射された。
それは「ヒュルル~」と大きな音を立てて夜空へ昇り…弾けた。
クリスマスツリーが照らす宴会会場を、一際明るく照らすそれは、大きく、優雅で綺麗な花を二度、三度咲かせた後、夜空へと散っていった。
会場は驚きの声の後、笑い声や拍手の音で包まれた。
間近にいた神子と白蓮は尻もちをついてしまっていたが、周りと同じように、顔を見合せながら笑った。
神子の手の上にのせられた白蓮の手。
その手にある指輪が、花火とツリーの光で静かに煌めいていた。
なんやかんやあって、命蓮寺組と仙界道場の者の仲が良いと、それだけ頭に入れて頂ければ、本作はお読みいただけるかと思います。
無縁塚のすぐ近くを歩いていくと、殺風景な風景の中にポツンと建っている掘っ建て小屋が見えてきた。
この小屋の住人であるナズーリンは、毘沙門天の代理である寅丸星の部下だが、寺には住まず、こっちへ移り住んでいる。
以前、妖怪寺の尼僧、聖白蓮から聞いた話によると、
「彼女は寺で修行する必要が無いので、自由に生活できる方を選んだようですね」との事。
しかし、寒くはないのかしら。もう寒さも厳しいのに、こんな掘っ建て小屋で生活出来るはずがないと思う。
まあ、彼女は妖怪だから大丈夫なのでしょう。
扉をノックすると中から「今出るよ」と声がした。
すると扉が開き、可愛らしい耳を揺らしながらナズーリンが出てきた。
「…おや?珍しいね。君が私を訪ねるなんて思いもしなかったよ」
彼女が少し驚いた顔をした。
私、聖徳王である豊聡耳神子が彼女に頼みごとをする為に会いに来たのだ。
妖怪が畏れる聖人である私。彼女を少し驚かせてしまったかもしれない。申し訳無いわね。
でも、良かった。星の言うとおり、お昼前のこの時間。彼女はここに居た。
「突然訪ねてごめんね。探し物をするなら貴女に頼めば良いと評判を聞いたの。
本当は寺経由で貴女に依頼が届くそうだけれど、今日は直接私から話したくて…ね」
私が命蓮寺にお邪魔した時に彼女とは何回かあった事がある。
幼い少女の見た目とは裏腹に、博学な者で冷静な判断を下せる。(欲を読み解けば些か臆病な部分も見出せたが…)
最初に出会った時は警戒されていたが、今ではこうして突然訪ねても、
「ん、とりあえず中へ入ってくれ。外は寒かっただろう」
と、暖かく迎えてくれる。
彼女と多少だが交流がある、という事もあるが、もっと大きい理由としては、
人妖問わず手助けしてきた事が、彼女や他の妖怪の警戒度を下げたのだ。
…ふふ。このあたりは白蓮に影響された結果かしらね。
ともかく、中へ入るように促してくれる彼女に従い、「お邪魔しま~す」と小屋へ入る。
…驚いた。ここ、掘っ建て小屋だったよね?
中へ入ると、とても綺麗に整頓され、清潔な部屋が見える。何もないという訳ではない。
上品な調度品が並んでいるし、居心地がよさそうなテーブルに椅子。奥の部屋は寝室だろうか、扉が少し開いている。
一言で言えば「趣味が良い」内装だ。それにとても暖かい。上着を脱いで丁度いい感じ。
…ここ掘っ建て小屋だったよね?
「驚いたかい?これでも毘沙門天の部下だからね。これぐらいの温度調整は法力で出来るのさ。
あぁ、外套はそこに掛けておいてくれ。」
小さい背丈を少しでも偉く見せようと自慢げに話す。
その口調と言動が見た目とギャップがあり可愛い。なるほど鼠なのに嫌われない訳だ。可愛い。
「えぇ。それにとても綺麗な調度品ね。これらも無縁塚で拾ってくるのかしら?」
タンスの上に飾られているキノコの様な傘のついたランプを眺めてみる。
傘の部分に花の模様が描かれていた。
「あぁ。要らないものなんかを拾っても里で売れば良い駄賃になるよ。
さ、そこの椅子に座って待っててくれ。二日前にご主人が紅茶の葉を持ってきてくれたんだ。今淹れてくるよ」
そう言うとトコトコと台所に向かっていった。
なんだか気を遣わせちゃってるね。
言われた通り椅子に座って待たせてもらう。珍しい物が多いのでどうしてもキョロキョロとしてしまうわ。
すると、奥の部屋が覗けた。この位置からだと丁度、中途半端に開いた扉から中が覗けてしまう。
悪いと思いつつ気になったりした訳で、つい覗いてしまった。
やはり奥は寝室だったようで、洋服用タンスにベットが見え…!ま、枕が二つ!?
ど、どういうことかしら。まあ一人で使っていると言われたら解るけれど…。
驚いていると、ナズーリンが台所から「お待たせ」と言って、紅茶カップ二つにポットを載せたお盆を持って来てくれた。
「あ、ありがとう。頂くわ…。
ところでナズーリン。不躾ながらに聞くけれど、君は誰かと一緒にこの小屋に住んでいるのかしら?」
私の突然の質問に首をかしげる彼女。でも私の視線と中途半端に開いた寝室の扉を見て納得したのだろう。
恥ずかしそうに頬を掻きながら答えてくれた。
「や、時々ご主人が泊まりに来るのさ。なんだかんだ千年近く二人だけで一緒に暮らしてきた仲だからね。
私は寺に積極的に行くつもりは無いからご主人が来てくれるんだ」
……一つのベットに二つの枕、という疑問はあえて問わないでおきましょう。
彼女に向き直り「頂きます」と言い注いでくれた紅茶を飲む。
あら、美味しい。
我が仙界道場の母たる存在、蘇我屠自古もお茶を入れるのが上手だけれど、それに負けないぐらい美味しい。
寒い外を歩いてきた私の体が温まるわ。
そんな私の顔を見て、彼女も得意げに紅茶を飲んで言う。
「そういえば、聖達は元気かい?ご主人が呼ぶ以外にあまり寺には行かないから近況を知らなくてね。
噂では、君と聖が仲睦まじく過ごしていると聞いているが」
ニヤニヤと私を見つめるナズーリン。
べ、別に私と白蓮はそんなんじゃない………のかな。
「えぇ、お世話になっているしお世話しているわ。
ただ、もうすぐクリスマスだとかで白蓮達は忙しそうよ。
君も愛おしいご主人様から手伝ってほしいって要請されるかもね」
そう言うと「べ、別に私とご主人はそんなんじゃない!」と頬を染めつつプィっと顔をそむける。
とても分かりやすい反応ね。さっきの仕返しよ。
「…ってクリスマス!?聖達は仏教徒だ。なんで異国の宗教違いのイベントをするんだ?」
ナズーリンが驚いた顔でこっちへ向きなおす。
私も白蓮から聞いた時、全く同じ感想を抱いた。
「里でね、近年クリスマスがブームになっているって聞いたことあるよね?
でもブームになっているのはその宗教がって訳では無くて、イベントそのものみたいなの。
だから宗教は関係なく、お祭り感覚で盛り上げるみたい。で、命蓮寺でも里で開かれるお祭りに協力するそうよ」
どんな協力をするかと言えば、いつものお祭りと一緒。
参道に屋台のスペースを貸してあげ、命蓮寺の庭にある背の高い木を飾り付けてクリスマスツリーにし、
そのまま広間と庭を宴会会場にするらしい。
いつも通りのお祭り感覚だから、きっと人混みが凄いでしょう。
迷子が出るかもしれないので、寺がそのあたりの協力をするというのだ。
「…えっ。屋台?クリスマスに屋台?宴会はまだ分かるけど…」
ナズーリンが困惑している。どうやら外の世界のクリスマスとは少し違うらしい。
「いや、まあこれが幻想郷方式なのだろう、うん。
…ハッ!じゃあサンタクロース姿のご主人を見れるかもしれないじゃないか!
そんな話は聞いていないか?神子!」
「へっ!?あ、あ~そう言えば白蓮が、星に着せる為に紅魔館からサンタ衣装を借りるとかなんとかを、言ってたような…」
そう答えると、ナズーリンが小さくガッツポーズした。
そんなに見たいのかしら?サンタクロース姿の星を。
「えっと、ナズーリン。私が今日訪ねたのはそのクリスマスに関する事なの」
「…ん?私が出来る事は探し物だが。
なにかクリスマスに向けて用意したものでも無くしてしまったのかい?」
そう、私は今探し物をしている。期限付きの探し物。
どうにかしてクリスマスまでに見つけたいの。
「クリスマス当日。寺の庭で開かれる宴会に、私たち仙界道場に住んでる者も招待してくれたの。
ただ、プレゼント交換?するみたいで、何か品を用意しないといけないの。まあ、宴会参加料みたいなものね。
宴会のお開き近くになると、参加者にランダムで配られるらしいわ。誰が誰のプレゼントを受け取るのかを楽しむって事なのね」
私の道(タオ)の師匠、霍青娥がそれを聞いて邪悪な笑みを浮かべたのを、私は忘れない。
彼女のプレゼント用の箱はきっちり覚えておく事にしよう。
「それとは別のを用意して、私は…その、白蓮に直接プレゼントしたいのよ。
別に深い意味は無いのよ?ただ、何となくってだけで…」
「ほほぉ~」と再びニヤニヤと私を見るナズーリン。
うぅ、相談する相手を間違えたかしら。
「なるほどね、神子。君が聖に『特別な』プレゼントをしたい事は解ったよ。
…でも、それで私はどうすればいいのかな?」
「…ナズーリン。私の能力は知っているよね?あっ、ありがとう」
ナズーリンはおかわりの紅茶を、私と自分のカップに注ぎながら頷いた。
「この間あの吸血鬼、レミリア・スカーレットに善戦したそうじゃないか。その相手の欲を聞く能力で。
トラブルがあって決闘は中止したって聞いているけどね」
…そう、私の能力は相手の十欲を聞き、その者の資質、考え、過去と未来を見抜く。
この能力があれば、プレゼントなんかするとき、的確に相手の欲しい物を選べるだろう。
まさに、今回のクリスマスなんかにはうってつけよ。
…相手が物欲を捨てた尼僧でなければ…ね。
「…あ~、大体事情が解ってきたよ。
一応聞いておくけれど、何か聞いたかい?聖の物欲か何かの欲をさ」
「…残念ながら、ね」
そう、白蓮は物欲が無かった。だから何をプレゼントすればいいのかさっぱり分からない。
今ままで能力に頼り過ぎた結果かしら。彼女が欲しい物でなくとも、喜んでくれる物をプレゼントしたいのに考え付かない。
「…ちょっと待った。神子、まさか君が私を訪ねてきたのは…」
「察してくれたようね、ナズーリン。
君の思った通り、私の探している物は『聖白蓮の喜ぶプレゼント』よ!
頼れるのは君の力なの。お願い、探し当ててくれないかしら。お礼はきちんとするわ!」
そこで私は思いついた!
解らないなら探せば良いじゃない。そして幻想郷における探し物のプロを私は知っている。
きっと彼女の力があれば、白蓮を喜ばせて上げられるわ!
「探し物って…えっ。そういう意味の探し物?」
「えっ。そういう意味の探し物だけれど…?」
…?ナズーリンが困った表情をしている。
えっと、何か彼女を困らせるような事を言ってしまったかしら?
* * *
きっとそうに違いありません。だから最近、神子さんが私のお誘いを断るのでしょう。
「いやいや聖、考え過ぎですよ。
そもそも困らせるような事言った覚えが無いって言ったじゃないですか」
目の前に居た寺の住人の舟幽霊、村紗水蜜が続けて言います。
「ほら、明日にはもう寺でクリスマス祭りでしょう?
招待した人妖皆が、明日に向けてプレゼントを模索しているみたいなの。
屠自古も今の時代ではどのような贈り物が喜ばれるのかって私に相談しに来たし、
神子もきっとプレゼントを探しているに違いありません」
確かに、私も用意するプレゼントは迷ってしまいますね。
昼下がり。
寺の居間で水蜜と一緒にお茶を飲んでいます。すっかり寒くなったので炬燵を出しました。ぬくぬくです。
里の方からクリスマスのお祭りの協力をしてほしいと要請されたので、命蓮寺はここ最近準備で忙しかったです。
ですが、準備を始めたら案外早く終わってしまいました。
この幻想郷において、空を飛べない弾幕少女は居ません。
なので高所の飾り付けなんかは皆で協力すれば、あっという間でした。
予定が早く繰り上がってしまいましたので、暇が出来てしまった訳です。
なので、最近会えなかった神子さんと会おうと思ったのですが、何か用事があるらしく、断られてしまいました。
一度や二度ならまだしも、先程で三度目。段々不安になってきたのです。
「プレゼント…ね。私は今年、神子さんに宴会用とは別のプレゼントをしたいのですよ」
私がそう言うと、水蜜がニヤニヤした顔で私を見ました。
「あらあら、聖にしては積極的なアプローチですね。
とうとうアタック開始ですか?」
…?あぷ、え、なんでしょうか。
「あぷなんとか、かどうかは解らないですけれど、普段から神子さんにお世話になっているので、
お礼をする良い機会だと思ったのですが…」
私がそう言うと、はぁ~、と溜息をつく水蜜。
そのままお茶をずずっと飲んで、剥いて置いていた蜜柑を食べました。
そして私に苦笑いしながら口を開きます。
「いや~。私も以前はですね。聖が神子と仲良くしているって聞いた時は正直、どうして?嫌だ!って思いましたよ。
でも話してみると中々話せる連中じゃありませんか。
聖が封印しようとしたのですから、もっと妖怪を手当たり次第に滅したりすると思いきやそんなことも無く、
封印しようとした事を怨んで仕返しをしてくることも無い。
物部布都はこの間から妖怪とのトラブルも無くなってきたし、
蘇我屠自古も…まあ時々私とは喧嘩もしますけれど情に厚く脆い、そして良い奴だと私は知っています。いえ、知りました」
…?急にどうしたんでしょうか。
確かに水蜜の言うとおり、神子さんに限らず仙界道場の方々と我が命蓮寺の者と仲良くして頂いています。
青娥さんは…あれから「神子さんの為」ではなく「自分の暇つぶしの為」にまたフラフラと出掛けるようになったようですけれど…。
彼女に付き従う宮古芳香さんの気苦労が多そうです。…キョンシーに気苦労なんてあるのかは知りませんが。
「聖。私や寺の者が、貴女が神子と仲睦まじく過ごす事にもはや不安なんてありません。
ぬえ…封獣ぬえがやや不満そうですけれどね」
「え、えぇ。」と、とりあえず返事をします。
でも水蜜は一体何が言いたいのでしょうか。
すると急に、炬燵の向こうから身を乗り出して彼女が言いました。
「ただですね…聖!見ていて歯がゆいのですよ!
二人が普通の友人以上の雰囲気を出しているのに、一向に進展が無いじゃないですか!」
ふ、普通の友達以上って…。
べ、別に私と神子さんとはそんなんじゃ……いえ、そうだと嬉しいかも。
そうだといいな…。
「ほらぁ、聖だって。そうやって顔を赤くするじゃないですか」
うぅ、確かに頬が熱くなっている気がします。
「で、でも神子さんはきっと、私の事なんかそんな特別に思っていませんよ。
私としては…その…。これからも仲良く一緒に居て頂けるだけで良いのですよ」
そうです。それでも私としては特別な関係も、言葉も、約束も…欲しいかどうかはともかく、必要ではありません。
ただ、一緒に居るだけで私は十分幸せなのです。
「…ま、今はまだ。これで良いのかもしれませんね」
ふぅ。と小さなため息をつき、蜜柑向きに改めて集中する水蜜。
わ、私だって…その…。
「そ、それよりも、何か神子さんの喜びそうなものって何か心当たりはありませんか?
私は彼女がなにかしら欲している場面をあんまり見なくて…」
「う~ん…。あいつも聖と一緒で、物欲あるような奴に見えませんしね」
本当に心当たりなさそうに顔を悩ます水蜜。
やはり直接ご本人に聞こうかしら…もしくは屠自古さんや青娥さんに相談するのも…。
「儂は知っておるぞ?」
…!吃驚しました。
急に横から声がしたと思えば、最近外の世界から来られた妖怪狸、二ッ岩マミゾウさんが居らっしゃいました。
気配なく居間に入ってくるなんて、少し意地が悪いお方です。
水蜜も吃驚して蜜柑を取りこぼしてしまいました。
「ほっほっ。驚かせて悪かったのう。しかし、儂はそういう妖怪じゃからな」
化け狸の方は人を驚かせると大変喜ぶと聞きますが、マミゾウさんも例に漏れませんね。
「ほんと、もうやめてよね?マミゾウ。
…で何を知っているの?」
炬燵に入り込んでこられるマミゾウさんと私に、剥き終わった蜜柑を三つに分けて配ってくれる水蜜が言います。ありがとうね。
マミゾウさんもお礼を言って、コホンと咳払いをして仰いました。
「外の世界では、物質が溢れた世界となっている。
というのは、以前の三者対談で山の上の神様が言ってたのを覚えておるかのう?」
山の神様…八坂神奈子さんのお話ですね。外は物質も情報も溢れた世界なんだとか。
「しかしのう。外の世界でも、欲していても手が届かないものはまだいくらでもあった。
それはこの幻想郷へと消えていってしまった物もあれば、この幻想郷でもまた、手に入りにくい物もあるな」
水蜜が「あっ」と言ってマミゾウさんに言います。
「それが神子の欲しい物ってこと?」
そう言うとマミゾウさんが「ほっほっ」とご機嫌そうに笑います。
正解のようですね。
でも、それは一体何なのでしょうか。
「水蜜の言うとおり、外の世界でもこの幻想郷でも、それはとても手に入りにくい。
しかし、皆が皆、与える事が出来るものでもあるのう…。
聖殿はそれを神子に渡すと良いのじゃ。
…さて、聖殿。明日の祭りの夜、神子に『指輪』を渡すと良い」
…?どうしてでしょうか。手に入りにくい物?
確かに、人里にある細工屋さんの指輪は若者に人気があります。
それも最近になって指輪の注文がとても増えたのだとか。流行なのですね。
では、神子さんは元々、綺麗な腕輪などをしていらっしゃって華やかです。
今さら指輪などは必要が無い様に見えますけれど…。
要領を得ない私に、マミゾウさんが続けて仰いました。
「そしてのう。人気のないロマンティックな場所で、こう言うんじゃ…。
『これから私が生きていく間、ずっと貴女と一緒に居ます』…とな」
…一寸の間を置いて、水蜜が「たっはっは!」と大きく笑いました。
「なるほどね。外でも幻想郷でもそれは手に入りにくいわ!
『プロポーズ』なんて欲しい人は本当に欲しいのに、求めるには難しいものね!
でも駄目駄目、マミゾウ!神子にそんな台詞を言ったら、また一千年近く眠りこんじゃうわよ。
私、里で見たもん。神子が聖と頑張って手を繋ごうとして手を近付けたら当たっちゃってさ、頬染めちゃって慌てて手を引っ込めるのを!」
「ほっほっほっ。そういえば水蜜。儂も神子が聖殿と里のクレープ屋で一緒に食べているのを見たのう。
聖殿の頬についたクリームを神子が指で取って舐めてな?それを見た聖殿が顔真っ赤にして、つられて神子も…」
と言い、マミゾウさんも水蜜と実に楽しそうに笑いあいます。
そういえばあの時やこの時。こんな二人も見た。
いやあ、あれは見ていて歯がゆかったと、初々しいと随分と盛り上がってらっしゃいます。
…ところで、私が法界に封印されていた頃に創り上げた、「魔人経巻」という巻物があります。
この巻物、紙ではなく御経や呪文そのものが巻かれており、
また「振りかざしただけで唱えた事になる」オート読経モードにする事が出来ます。
「あははっ。いやあ最近二人が良く一緒にいるので色んな場面を見てしまうよね、マミゾウ」
「ほっほっ。いや、二人が仲睦まじい事は良い事じゃのう。
儂も佐渡からこうして、その神子の打倒の為に呼ばれた訳じゃが、そんな二人を見てると応援したくなってのう」
そのオート読経モードにより、私は、いつでも、すぐに、身体強化の魔法を使用する事が出来るのです。
いつも持ち歩いている物なので、勿論今も手元にありますよ。
……ようやく水蜜とマミゾウさんが落ち着いたようですね。
「…ところで聖殿。その、いつもきらきらとした綺麗な巻物を持って立ち上がって、どうしたんじゃ?」
立ち上がった私を、笑いで目じりに涙をためた目で、見上げるマミゾウさん。
まだマミゾウさんは、この魔人経巻を知りません。
しかし、水蜜は勘付いたようです。
冷や汗をかきながら、私から距離を取ろうとゆっくり炬燵から出ますね…。
「…あっいえ、聖。その…悪気は無かったんですよ。
ふ、二人を見ていると微笑ましい気持ちが湧きあがって…その…なんといいますか」
水蜜の様子を見て勘付かれたのでしょう。
マミゾウさんも同じように、ゆっくり炬燵から離れながら仰います。
「わ、儂も少し調子に乗りすぎたかのう…?
い、いやあ、こういうときの化け狸の性はいかんのう…ほっ……ほっほっ」
ですが、かつて幻想郷最速の射命丸文さんを、初速の反応限定ではありますが仕留めた私の速度に対して、
距離を取るには、些かこの部屋は狭かったようです…。
「あぁ聖。たった今、居間の方でなにか大きな音がしませんでしたか?」
寺の廊下を歩いていると、星と会いました。
「星、気にしないでください。それよりも…ナズーリンに招待状を渡し忘れたでしょう?
紅茶の葉と一緒に渡してって言ったのに…」
そういうと星が「しまった」という顔をしました。
彼女は基本優秀なのですが、時々抜けてしまう部分がありますね。
五日前に、里でお祭り用の備品を買い足していた所、彼女と出会いました。
「聖。最近急に欲しくなった物は無いかい?」なんて聞かれたので吃驚しましたけれどね。
「ナ、ナズーリンは怒っていませんでしたか?
彼女を仲間外れにするつもりなんて無かったのですが…」
眉を八の字にして心配そうな顔をする星。ナズーリンはそんな事で怒りませんよ。
貴女の事を、きっと私以上に理解しているのでしょうから。
…ですが、ナズーリンの事ですから少し、自分のご主人様を苛めてしまうでしょうね。
「さあ、直接本人にお聞きした方が良いんじゃないかしら。
それでは、私は今から人里へ向かいますね。切れかけていた炭等を買い足しに行ってきます」
あぅぅ、と星が唸ります。
先程のお二人と同じように、星も少し反省するべきでしょう。
* * *
「反省する良い機会ではないでしょうか。
太子様のその能力は、確かに素晴らしい物でございますが、今回のように逆に振り回されてしまう事もあるでしょう。
それも、きっとこれからも、です」
全く屠自古の言うとおりね。白蓮からの三度目のお誘いをついさっき断ってしまったばっかり。
未だにプレゼントが思いつかないわ。
今、我が家である仙界道場、屠自古の部屋で彼女に相談『している』。
情けない…いつもは私が相談されているのに。頼られる立場なのに…。
でも、私が困った時は大抵彼女や青娥にしている。布都は…うん。た、頼りにしているわよ?
今回は相談の内容が白蓮の事なので青娥に相談は出来ない。彼女、最近は白蓮にやや厳しいんだもの。まるで姑みたいに突っかかる。
それに、私が相談したい時は、清潔で落ち着ける彼女の部屋の様な場所が良い。
ナズーリンの淹れてくれた紅茶に負けないぐらい、美味しい緑茶も出てくるのがなお良い。
「…まあ、これからお気を付けになると良いでしょう。
本題ですが、聖殿の喜ぶクリスマスプレゼント…ですか。
あの方は神子様も欲をお聞きした通り、きっと物欲など既に捨て去っているでしょう。
そういえば…えっと、ナズーリン殿でしたよね?彼女から何か聞けなかったのですか?」
そう、結局ナズーリンの協力を仰げなかった。
具体的な、色形を説明できる、失せ物の様なものを探し当てる能力であり、今回のような抽象的なものは無理らしい。
…ちょっと考えれば、そりゃあそうよね。自分で言うのも変だけれど、それほど焦っているのね、私。
とはいえ、彼女も白蓮の仲間の一人。なにかしら心当たりは無いか聞いてみた。
「白蓮はね…物質的な喜びはとても薄いみたいなの。
例えば、手土産のお菓子なんかでも、そのお菓子を食べる事に喜ぶのではなく、
そのお菓子を持ってきてくれた者や、寺の者と一緒に味わう事に喜びを感じる人…。
でもね、これは言われなくても、白蓮を少しは知っている者からしたら当たり前って感じね」
屠自古も「うんうん」と頷く。
ナズーリンも頑張って協力してくれたんでしょうけれど、内容が内容だけに悩ませてしまって、この答えだった。
とんだ難題をふっかけてしまったわね。今度一言、改めて謝っておきましょう。
あ、でもこれって逆に言えば、そう、精神的な物。
例えば強いメッセージ性のある物なんかは喜んでくれるんじゃないかしら。
「…太子様。何かお気づきになられたか?」
ちょっとした私の表情の変化に、彼女が気付いた。
今、思いついた事を彼女に言ってみる。
白蓮の喜ぶ、メッセージ性の強いプレゼントとは一体どのような物なのか…。
「…なるほど。意味を込めた贈り物は確かに、あの方も喜びそうですね。
とはいえ、一体何に意味を込めるのか…ですか。
まあ、貴女様の贈り物ならば、どのようなものでも喜ぶと思いますけれどね」
でも、なんでも良いとなると逆に何も思い浮かばなくなるわね…。
自由は時として人を縛るのよ…私はもう人ではないけど。
私達が悩んでいると、廊下をトコトコ歩く音が聞こえてきた。
この足音は…布都ね。
足音が襖の前でとまると、部屋の中へ声をかける事も無く開かれた。
「屠自古、少し良いか?実は太子様を探しておるのだが……ぃひゃい!」
入ってきた布都に、小さな雷の矢を一切の躊躇無く放つ屠自古。
布都の額に当たったそれは、小さく「パチッ」と弾けた。
「こらっ!人の部屋に断りなく入るんじゃない!」
屠自古が正しいわね。布都が可哀そうだけれど。
「うぅ。確かに悪かったが、言葉で言えば分かるぞ…。あ、太子様。こちらにいらしたか」
布都が私に気が付く。私を探しているって言ってたけど、どうしたのかしら?。
「太子様…む、その様子だとまだ贈り物は決まっておらぬようですな。
ふふふ。しかし!我は見つけましたぞ。これならきっと、聖殿も喜ぶであろう!」
そういって布都が差しだしたのは天狗の新聞だった。
屠自古と一緒に覗きこむと、そこに書かれていた物は…指輪?
最近の流行物、贈り物についての記事がそこに書いてあった。
「おい布都。指輪なんて最近の流行物ではないか。少し浅はかではないか?」
屠自古が言う。そう、人里の細工屋では最近、指輪が人気なの。
でも確かに買った人妖(そう、妖怪も買っている)は大切な人に贈っていると良く聞くけれど…?
すると布都はしたり顔で言った。
「ふふん。屠自古、太子様。知っておるか?指輪と言う物はな、付ける指によってそれぞれ意味を持つのだ!」
「知っているぞ」
「知っているわ」
「そうだろう。我も知らなかっ…え?」
私と屠自古が黙り、しばしの沈黙。
布都が気まずそうに眼を背ける。
…布都。私は貴女の事をとても大切に思っています。だから、そんな悲しそうな顔をしないで。
「太子様。一緒に布都を苛めるのは、これぐらいにしておきましょう」
ばれてた。
「でも布都。これは丁度良かったのかもしれません。お手柄よ?」
慰めるように私が言うと、パッと顔を輝かせる布都。可愛い。
布都には、今私がメッセージ性の強い贈り物にしようと決めた事。そしてこの情報のタイミングが良かった事を伝えた。
彼女の言うとおり、指輪はそれぞれ、付ける位置によってその意味が変わる。
その意味を伝えながら、白蓮に渡すと良い贈り物になるかもしれません。
屠自古も「先程はああ言ったが、確かに良いかもしれないな」と言っている。
「でも白蓮は尼僧だから、余り派手な物では駄目ね…。いや、質素すぎると失礼だし…」
私が悩んでいると屠自古が言いました。
「新聞では判りづらいので、里の細工屋に直接見に行って選びましょう。布都、お前も一緒に行くか?」
屠自古の誘いに布都は首を振る。
「いや、道場を無人にしすぎると用事のあるものが困るだろう。
留守番は我に任せて、ゆっくりと選ばれると良い」
「…布都がこう言ってくれるのだから、ここはお言葉に甘えましょうか、屠自古」
夕餉の買い物を、屠自古がしたいのを知っての申し出でしょう。
屠自古も分かっているようで、そのまま二人で仙界道場を出ます。
入り口を開ける場所は、人里広場ね。
* * *
もうこの時期になりますと、年末年始に向け買い溜めをする奥様方が忙しいですね。
人里広場にある商店通りの入り口付近は、多くの人と少しの妖怪でごった返しています。
「姐さん…これは私だけで行った方がよさそうですね」
寺を出てすぐ、仲間の一人である入道使い、雲居一輪と出会いました。
買い物に行くと言ったら手伝ってくれると言ってくれたので、こうして一緒に人里まで来たのです。
しかし、
「えっと…お、お願いできますか?一輪」
「…よし!任せて下さい!少し、この広場で待ってて下さいね!」そういって一輪が人混みへ果敢に入っていきました。
私はといえば、人混みに巻き込まれるとしばらく抜け出せなくなるのです。
昨年、同じような時期に、星や水蜜と買い物へ行ったのですが、夕暮れ時になるまで私は人混みから抜け出せませんでした。
一輪曰く「姐さんは他人の行く道を譲り過ぎるのです!多少、無理矢理に進まないと移動できませんよ?」との事。
…でも、誰かを怪我させるかもしれないので、強気で行けないのですよ…。
そんな理由もあるので、広場にあるベンチで座っています。一輪に申し訳ないわ…。
そういえば、神子さんへのクリスマスプレゼント、どうしようかしら。
もう祭りは明日。時間はありません。…う~ん。
「御悩み事かい?聖さん」
声がした方へ目を向けると、綺麗な長い白髪に、紅いモンペが特徴的な女性が立っていらっしゃいました。
蓬莱人であられる藤原妹紅さんです。
寺子屋の上白沢慧音さんのお知り合いで、以前の命蓮寺子供お泊まり会で途中参加なさって手伝ってくださいました。
慧音さんと仲がよろしいということでも有名ですね。実際、お二人の仲はとても羨ま…とても微笑ましかったです。
「あら妹紅さん、お久しぶりです。いえ…悩みと言うほどでは…」
…いえ、参考までに聞いておこうかしら?彼女は永遠を生きる蓬莱人です。
不老不死を目指してらっしゃる神子さんと何か通じる部分があるかもしれません。
それとなく、さりげなく聞いてみましょう。
「そう?なんだか気難しい顔をしてたからそう思っちゃったわ。それじゃあまた…」
「あっ!待って下さい妹紅さん。あの…その…。
なんとな~く、お聞きしますけれど。今度の寺で開かれるクリスマスのお祭り。
妹紅さんはその…どのような物を貰ったら嬉しいでしょうか?」
「…なんだ、そんな事で悩んでいたのね」と言って、彼女は私の隣に座ります。
…わかりやすい人とよく言われますが…う~ん。
「でも、不老不死の私にそんなこと聞くなんて…聖さんも珍しい人ね。
この幻想郷では不老長寿の種族は珍しくは無いけれど、私なんかじゃあ参考にならないかもしれないわよ?」
どうして、今度の宴会で贈り物に悩む人妖の方が多いのかと言うと、ここでしょう。
不老長寿の方が多い。望むものは時間をかければ大抵手に入ります。
名誉、大きな妖力、永遠の命、伝説級の品物。そういった物ぐらいでしょうかね、妖怪の方が特別に欲するものはと言えば。
「いえ、妹紅さんのお答えでしたらきっと、参考になると思います」
神子さんはまだ修行を為さっているとお聞きします。ゆくゆくは神霊として天界へ行かれるのでしょうか…?
永遠を生きる存在として。
「そう…私の答えが参考になるのね…」
…?妹紅さんが私の顔を…いえ、目でしょうか。ほんの一瞬、じっと見つめられた気がします。
「そうね。私が一番、貰って嬉しかったのは…約束かな。貰うって表現は少し違うけれどね」
約束、ですか。
「…永い永い時間を生きているとね。時々、思い出せなくなるのよ。
私はこの年齢の時、どこに居たのか、誰かと一緒にいたのか、もし誰かと居たならその人はどんな人だったのか…」
…私とは逆ですね。長い時間、法界に閉じ込められた私と、うつろいゆく世界を生きた彼女。
きっと妹紅さんは、数えきれぬ人と出会い、過ごし…………別れてきた。
「でもね、時々居たのよ。今でも思い出せて、きっとこれからも忘れられない様な人妖が…。
それはとても嬉しかったり、悲しかったり、怒り怨んだり……楽しかったりした思い出ね。
ある意味では、私の中で永遠を生きるのかも。その人妖たちは」
「…嬉しかった思い出が、約束ですか?」
「つい最近の事ね」
気が付けば、周りに人が少なくなって来たようです。喧騒が遠のいて、とても静か。
妹紅さんの声が頭に深く響く様で、不思議な感覚でした。
彼女の話は続きます。
「数年前、この幻想郷で夜が明けない日があったの。後に永夜異変と呼ばれる事件ね。
その数日後。私がいる竹林に、肝試しに来たって言う人間と妖怪の二人組が何組か来たわ。
そのうちの一組がね、吸血鬼とメイドだったのよ」
あ、きっとレミリアさんと彼女の従者、十六夜咲夜さんですね。
「その二人組に弾幕ごっこで負けちゃってさ。吸血鬼が私の生き肝をメイドに勧めたのよ。
酷いでしょ?不老不死にならないかってね」
「…そのメイドさんは、なんとお答えになったのでしょうか」
妹紅さんが「クスッ」と笑いました。その時の事を思い出されたのでしょう。
「『私は一生死ぬ人間ですよ。大丈夫、生きている間は一緒に居ますから』ですって。
こう見えて、私も結構長く生きてるけどね。あんな台詞、聞いたことも無かったわ…。
…あの時は顔にも声にも出さなかったけれど…羨ましかったな…あの吸血鬼がね」
…不老不死を目指す道士の神子さん。もう不老不死を望まない、いつか死ぬであろう私…。
「慧音に……言ったのよ。少し、感傷的になっていたからかしらね。
昔から、本当に遥か昔から他人にそんな弱音みたいな事を言わなかったのに。…それが羨ましいなってね」
…あぁ。きっと慧音さんは…お答えしたのでしょうね。
「…ふふ。わかったかしら?
今はね、もうあの吸血鬼を羨ましいなんて思ってないわ。いいえ、自慢だってしてやれる!
きっと永遠に忘れない彼女のくれた約束。本当に…嬉しかった…。
…あははっ!なんだかしんみりさせちゃったわね。
こんな事、聖さんだから話したんだからね。天狗なんかに言ったらタダじゃおかないわよ?」
こちらへそう、微笑むながら仰ると、ヒョイッとベンチから立ち上がる妹紅さん。
いつの間にか周りに喧騒が戻っていました。
「参考になったら…する事が、もし出来るのなら、私も嬉しいよ。聖さん」
そういって彼女は、里から出る門へ向かって歩いていきます。
「妹紅さん!」
振り返らず、立ち止った彼女。
「……参考にさせて頂きます!ありがとうございました!」
振り返らないので、彼女の表情は見えませんでしたが…なんとなく、笑ったような気がします。
私に向かって、でしょう。片手を挙げて、行ってしまわれました。
…生きている間は…一緒に…ですか。
「姐さ~ん!お待たせしま…?姐さん?」
「え、あぁ。お疲れ様でした、一輪。さ、荷物を分けて下さい」
戦場から戻ってきた一輪。両手には炭をはじめとした暖房用の消耗品など多くの買い物がありました。
これほど戦果を挙げるとは、流石一輪。伊達に命蓮寺の台所事情を担ってはいませんね。
「やっぱり冬は昼が短いですね。寺に戻る頃にはもう薄暗くなってますよ」
一輪の言うとおり、もう日が傾いていますね。
今日の夕ご飯は、忙しい明日に向けて水蜜が、特製カレーを作ってくれています。(明日の屋台でも出すようですね)
真っ直ぐ寺に帰って、明日に備えましょう。
そうそう。寺の門をくぐると、参道に屋台や飾りつけが綺麗になされています。
あの道を通る度に、きっと祭り当日は多くの人妖、明かりや音楽で活気づくのだ、と思うのです。
今から明日が、とても楽しみです。
* * *
ふふっ、とても楽しみね。もうすぐ白蓮の喜ぶ顔が見れるもの。…でも少し、不安でもある。
私も、現代に蘇ってから大分経つけれど、未だに何が良い素材で悪い素材なのかが分からない時がある。
この前の博麗神社の宴会の時も、キノコを模したチョコレート菓子とタケノコを模したチョコレート菓子。
この二つの優劣を周りに聞いてみたら大論争が起きてしまった。
未だにこの現代では、私が知らない、把握しきれていない事柄が多すぎる。
「大丈夫ですよ、太子様。今夜の宴会ではきっと、聖殿を喜ばせる事が出来ます。
ナズーリン殿のアドバイスは、私が聞いても納得の物ばかりでしたし、何より貴女様が自分で選んだもの。
あの方が嬉しくないはずがありません」
屠自古もこう言ってくれてるし…うん、大丈夫でしょう。
昨日の事。指輪を求める為に、人里広場へ仙界の入り口を開いて出た。
真っ先に目に飛び込んできた光景は、商店通りへの入り口に人混みの塊。(少し表現がおかしい気もするがこんな感じ)
仙人の主食は霞なので、無理して食事を作る必要も無かったし、何よりあの主婦たちの聖戦に挑む勇気は湧かなかったわ。
買い物は諦めることにしたの。
少し、そんな光景を見て呆気に取られていると、「やあ、買い物かい?今からだと余りいい物は残っていないよ?」と声を掛けられた。
声のした方向へ顔を向けると、無縁塚の品を里に売りつけに来たナズーリンが居た。
「そ、そうよね。彼女に紹介してもらった細工屋も良い雰囲気だったし、買った物も悪くは無いはずよね?」
ナズーリンには二つ、お世話になった。
一つは白蓮の指のサイズを教えてもらった事。以前、彼女も私と同じように、彼女の御主人様に指輪を贈ったのだ。
その際、こっそり渡す為に、白蓮に協力を仰いだらしい。指の間接に糸を巻いて印を付けて貰って…。
ついでに寺の皆の指のサイズを測った所、星と白蓮のサイズが殆ど一緒だったと彼女が言った。
もう一つは細工屋を紹介してくれた事。里で人気が高かった為に、なかなか買える店が見つからないらしい。
でも、ナズーリンのお陰で良い店を探しだせた。種類もあったし、後悔せずに選ぶ事が出来たと思う。
以前、彼女に相談した甲斐があった。きちんと今度お礼をしよう。
買った指輪はパッと見、一本の地金で作られているように見えるけれど、良く見ると二つの輪が微妙に交差して造られている。
人間と妖怪を繋ごうとする白蓮。この交差する指輪を見た時、彼女の生き方を思い出した。
「えぇ、太子様。パッと見ても派手に見えず、しかし良く見ると細かい意匠が施されています。
贔屓目に見なくても良い物だと思いますよ…。だからこそ、今夜中にはちゃんと渡すのですよ?」
命蓮寺で今、開かれているクリスマス祭りの宴会。
背の高い木に妖力で輝く装飾がなされており、すっかり夜が更けている今でも、会場全体は明るい。
参加した人妖は数多く、寺の庭にまで料理やお酒が広がっている。
庭でも篝火も焚かれている上、とても賑わっているのであんまり寒くは無い。(それでも人間には寒さが厳しいので屋内に人が多い)
因みに私の宴会参加料(という名の提供プレゼント)は適当に見繕った飛鳥時代から伝わる宝物の鏡。
今はもう必要ないし、記念品程度には価値があるでしょう。
そして…青娥の持って来た箱。私達仙界道場の者、命蓮寺の者等、彼女を知る者は皆、それを警戒していた。
注意深く見、特徴を覚え、それが配られる際、距離を置くつもりだ。
…至って普通の大きさ、普通の装飾、普通の箱。余りにも普通なのがとても不気味。キチンと覚えておこう。
「あぁ、神子さん。やっと探しだせました」
私と屠自古が縁側(屋内はとても騒がしい故)で飲んでいると、白蓮が声を掛けてくれた。
彼女は祭りの管理側でもあったので、参加が遅れてしまったらしい。
「それでは私は水蜜の所にでも~…」
あら?屠自古がささっと違う場所へ行ってしまった。
白蓮を避けているのかしら?
「神子さん…あの…その」
…?少し様子がおかしいわね、白蓮。まあともかく、今が彼女に指輪を渡せるチャンス。
「ねえ白蓮。実は今日、私…」
「違う!!そうじゃないんだ!御主人っ!」
…庭先からナズーリンの叫ぶ声が聞こえた。
見れば、「サンタクロースを忠実に再現した寅丸星」の前で、ナズーリンが膝を折っていた。
何事かと思ったけれど、ナズーリンの欲を聞けばよくわかった。
…外の世界では女性用サンタ服というものがあるらしく、それはミニスカートで可愛らしいと同時に扇情的なのだそうだ。(情報ソースはナズーリンの欲)
しかし、星が着ている服はしっかり男性用。それだけでなく、服の中を詰め物で膨らませ、付け髭までしていた。
きっと彼女の期待した姿からは程遠かったでしょう。
そして彼女の様子に慌てふためく星、混乱する周り…。
「…場所、移しましょうか。神子さん」
賛成ね。
「…なんだか、懐かしいですね」
言われて気が付いた。
寺で開かれた宴会の夜。月明かりが差す、会場とは逆の方にある縁側で二人きりで座っている。
…あの夏の日、私が彼女を見守ろうと決めた日の再現のようね。
「うん、あの日からあっという間に時間が過ぎた様ね…」
あの日から、彼女と一緒に居る時間がとても多くなった。
彼女の生き方に、私が感化された部分も少なくないのかもしれない。
実際、それで私が助けられている部分もある。
白蓮がこちらへ向き直って言う。
「あれから、神子さんにはとても多くお世話になっています。感謝します」
「私だって、貴女に助けられているのよ?お互い様ね」
…彼女と出会えて良かった。自信を持って言える。
勿論、仙界道場の仲間も大切だし、これからこの幻想郷で生きていく中、同じように思える人妖も居るかもしれない。
それでも、こんな気持ちになれるのはきっと、白蓮だけだと思…。
…あぁ、そっか私。白蓮の事…。
…うん。これからも、彼女と一緒に居よう。きっと幸せに過ごせていけると思う。
ちょっと恥ずかしいけれど、今、指輪を贈ろう…。きっと喜んで…?
これからも?
これからも…って、それはいつまで?
* * *
「神子さん、今年は貴女とこうしてお話しできるようになって、私はとても嬉しいです。
寺の者も、貴女方と和解できました。本当に良い一年でしたよ。
新年のあいさつにはまだ早いですけれど、これからも宜しくお願いしますね」
「…………」
「…?神子さん?」
どうなさったのかしら。神子さんが黙ってしまいました。それに俯いて表情が良く見えません。
何か、御気に障る事を言ってしまったのかしら。
「…ねぇ、白蓮。貴女は不死にはもう興味が無いって、言ってたよね?三者対談の時」
「え?…はい、確かに私はそう言いましたし、そのつもりです」
昔は、弟の死を目の当たりにし恐怖しました。
故に若返りの力…不死の力を求めたのですが、今はもう違います。
寺の仲間たち、彼女たちの心に触れ、今は利他行の精神で生活しています。
「…白蓮。私はこれからも、不老不死を目指し、修行するつもりです」
「はい…。それは存じ上げていますけれど…」
「…いつまで、一緒に居られるのかしら」
………。
「急にこんな変な事、ごめんね?
遠い未来。私が不老不死となった世界に貴女は…きっと…いない。
だけど!今からでも、貴女も不死を目指したって遅くは…!」
「神子さん。今日は貴女にお渡しするものがございます」
「…えっ?」
「宴会用の交換プレゼントとは別ですよ?私から貴女への物です。
受け取って貰えるかどうか不安ですけれど、お渡ししますね」
私がそういうと、彼女が戸惑います。それはそうでしょう。
今、私は何も持ってはいないのですから。
「あの、白蓮?受け取ってって言われても…」
「お渡しするのは約束です、神子さん。
永遠に生きる事はない…私から貴女への約束です。
『これから私が生きていく間、ずっと貴女と一緒に居ます』
…受け取ってくださいますか?」
「…白…蓮」
神子さんがじっと、私の顔を見つめます。
咲夜さんや慧音さんの気持ち、私にもわかります。
信じる宗教も、寿命も、種族も関係ありません。
とても大切で…ただ一緒に居たい。
以前の夏の日、この場所で、私が神子さんに対しての気持ちがやっと分かった気がします。
その気持ちは彼女と過ごしていく中で確かな存在となったのでしょう。
私は、もう不死を望みません。生きてから、いなくなります。そう決めました。
それでも私は、彼女に酷かもしれませんけれど、私は…。
やっと今、それを彼女に伝える事が出来ました。
後は、神子さんが…。
「…『貰った』からには、私もお返ししないといけないわね」
えっ!今…神子さん。
そういうと彼女は、小さな箱を上着から出しました。
目の前で開かれたそこにあった物は…。
「…指輪、ですか?」
それは、良く見れば二つの輪を交差させてある指輪でした。
とても綺麗です。でも私の苦手な派手さは無いので、仕事以外で身につける分には良いものでしょう。
「白蓮。受け取って貰えるなら、右…いえ、左手を出してくれる?」
…左手を、神子さんの前に差し出します。
彼女は指輪を手に取り、薬指へと…!
「み、神子さん。あの…」
ナズーリンに頼まれて星の指のサイズを測った時がありました。
その時、水蜜が指輪の意味についての蘊蓄(うんちく)を披露してくれたのです。
付ける指、それぞれに持つ指輪の意味。
覚えてますよ。左手の薬指…。
「…私だって、意味を知らずに付けたつもりは無いわ…その」
「…ありがとうございます。ずっと…大切にしますね」
……いつか、別れるその時まで。
* * *
「さあ!!名残惜しいですが、もうお開きの時間です!
皆さんから募ったプレゼントを配りなおしますので、
宴会会場に入った時にお配りした番号札の順番に受け取りに来て下さい!」
サンタ服を着た星が、会場全体に行き渡るように大声でアナウンスしている。
私と白蓮が会場に戻って来た時は、ちょうどお開きの時間のようだった。
彼女の左手の薬指には、今は指輪を着けている…。本当は右手の予定だったけれど、今は良かったと思える。
庭へ出ると、配りなおされるプレゼントを受け取る為に、五、六人ずつ番号を呼ばれていた。
「そういえば、白蓮。貴女は何をプレゼントとして提供したの?」
白蓮が恥ずかしそうに「あの…私あんまり買い物もしなければそういった気の利いたものも持っていなくて…」
と言い淀んでいると、
「すいません、師匠。これって何かの暗号か何かでしょうか?」
「あぁ、これは写経ね。良かったじゃない鈴仙。これを機会に仏門に入って見たらどう?」
と、声が聞こえた。
白蓮に視線を向けると、目をそむけられた。
…クリスマスの宴会に参加して、プレゼントを受け取ったらそれは写経でした…って。
「み、神子さんは何を提供なさったのでしょうか?」
「私?私はね…」
急に後ろから大声がした。
「さ、早苗!それ、外の世界だと国宝級だぞ!?テレビで見た事ある!」
「え、ちょ、え、どうしましょう神奈子様!こ、こんな貴重な物、私貰っても…!」
え~。そんな貴重な物を祭りや宴会に提供する?
余りにも勿体ないじゃない。
振り返って、早苗の手元を見ると、私の知っている鏡があった。
「まあ。豪気な御方もいらしたものですね。…それで神子さんは一体なにを?」
「…た、玉虫厨子よ。飛鳥時代のものだけれど、今でもとても綺麗よ?」
「まあ、私が当たったらどうしましょう」なんて微笑む白蓮。
な、なんであんな古い鏡が貴重なのかしら。不思議ね…。
…ん。今呼ばれた番号は…っと。
「白蓮、私の番号呼ばれたから行ってくるわね」
プレゼントを受け取る場所は、会場の入り口付近。皆プレゼントを貰っても、そのまま帰らず、皆と見せ合いをしている。
驚いたり、喜んだり、微妙な顔をする者。みんなそれぞれ反応が違うけれど、それでも、楽しんでいることには変わりない。
…こんな良い時代に復活できたのは、そのきっかけをくれた白蓮のお陰ね。
人はこれを皮肉なんて言うかもしれないけれど…私は感謝している…。
「あ、神子さん。こんばんは!さ、どうぞ」
…!!星が箱を差しだしてくれている。
その奥で、水蜜がランダムにプレゼントを並べているのだけれど、私が受け取る予定のもう一つ後は…青娥の持ってきた箱…危なかった。
「それでは次の方~」
すれ違ったのは、確か山の方に住んでいる河童。白黒魔法使い、霧雨魔理沙と仲が良かったのが印象に残っている。
…まぁ。青娥も流石にそこまで変な物は、いれな
「ひゅい!?う、動いたよ、この箱!」
…彼女からは距離を置きましょう。
申し訳ないけれど、彼女みたいに変な物に当たらなくて良かったわ。安心ね。
「神子さん。お帰りなさいませ。何を受け取ったのですか?」
白蓮と庭の会場の真ん中あたりに居る。
二人でクリスマスツリー(和風)を見ようと、会場に戻る前に決めていたの。
「いえ、まだ開けていないわ」
…う~ん。結構ずっしりしている感じかな?
赤と青の二つのリボンで装飾された…茄子色の箱…セ、センスはあまり良くないわね。
「あら?なんだか見た事のある色の組み合わせですね」
白蓮が首を傾げる。私も…なんだか見覚えが…。
「まあ、とりあえず中身を見てみましょうか」
…手に持ってると重いわね。地面に置いてあけましょうか。
リボンを紐解いて…。
「青娥さ~ん。アドバイスありがとうございました!」
プレゼントについて、ざわめく会場の中。一際元気な声が後ろから聞こえた。
「あら、小傘ちゃん。お礼はいいわよ?
いつも芳香と仲良くして貰っているこちらからのお礼ですわ」
「えへへっ!受け取った人は吃驚するかな?」
白蓮と一緒に振り返る。
付喪神、多々良小傘と青娥が二人で話している。
小傘のオッドアイと、彼女が手に持つ傘の色。
青娥のアドバイス。
私が今、開けようとしている箱の色。
* * *
飛びのいた神子と白蓮。
それと同時に、箱の蓋が勝手に開き、中から空へ向けて筒が飛び出した。
次の瞬間、筒から何かが発射された。
それは「ヒュルル~」と大きな音を立てて夜空へ昇り…弾けた。
クリスマスツリーが照らす宴会会場を、一際明るく照らすそれは、大きく、優雅で綺麗な花を二度、三度咲かせた後、夜空へと散っていった。
会場は驚きの声の後、笑い声や拍手の音で包まれた。
間近にいた神子と白蓮は尻もちをついてしまっていたが、周りと同じように、顔を見合せながら笑った。
神子の手の上にのせられた白蓮の手。
その手にある指輪が、花火とツリーの光で静かに煌めいていた。
永夜抄のレミリアと咲夜の会話もきちんとラストに繋がりましたし。
こんなに原作設定を尊重されて書いておられる方は他にはなかなかいらっしゃらないんじゃないでしょうか。
なので、後書きのことに関しては、個人的にはこの調子で突っ走って頂きたいなぁ、なんて考えております。
また読ませて下さい。
みこびゃく美味いです!
お話も纏まってて面白かったです
ガチ百合チュッチュはちょっと苦手なんで出来ればこの位か、少し抑えめで2828出来る感じだと大変嬉しいです