Coolier - 新生・東方創想話

不良天人の汚名返上(?)

2012/12/23 00:05:39
最終更新
サイズ
112.2KB
ページ数
1
閲覧数
4059
評価数
5/12
POINT
770
Rate
12.23

分類タグ

※以前投稿した「変装異変」「鈴仙・優曇華院・イナバ 2回目の逃亡」「美鈴がぬえを皆と仲良くさせようとする話」「焼き鳥屋台・鳳翼天翔(仮) 開店計画」の後のお話です。

※展開上、地震を起こす部分があります。


 最近の比那名居天子には悩みがあった。
一族丸ごと天人となった事から天子は天人になるための修行はしておらず、世俗の垢にまみれきったまま天界に住む事となったために、改められる事のなかった自由奔放さをして周りの天人からは「不良天人」と評された。
……が、悩みはそこではない。
そんな扱いを受けていたにも関わらず、最近妙に天人達から誘いの声がかかるのだ。
天界での生活は歌って踊って遊んで暮らすもの……と、言えば自由奔放たる天子にはうってつけの環境とも言えそうなものだが実情はそうではない。
厳しい修行を積んで悟りに至らぬとはいえ欲を捨てた連中だ、何をするにも節度を弁えている。 弁えすぎている。
それが天子にとっては退屈でならなかったが、これまで冷たくされていたのに理由は解らないが受け入れられている。 無碍にするのも気が引けてしまって付き合ってはいるが、退屈に加えて面倒だった。

以前は説教臭い所のある永江衣玖を煙たがっていたものだが、天人達に比べれば衣玖すら俗っぽく、天子にとって一服の清涼剤となっていた。
「はぁ、今日もお上品な宴会だったわ……」
「お疲れ様です」
 かつて天子の起こした異変の際に捜索に当たった事もあって、衣玖は仕事として以前よりも頻繁に天界に訪れて天子の相手になっている。
「ねえ衣玖、貴女何か聞いてない? なんで私こんな人気者になっちゃってんの……?」
 そう問われて衣玖は難しい顔をして宙を見やった。
「恐らく……退屈なあまりまた異変でも起こされてはたまったものではないという思惑と、それ程に退屈なら相手になってやろうという気遣いと、人それぞれに思って総領娘様に声をかけているのでしょう」
「どっちにしたって私には拷問みたいなもんよ……」
 だらしなく寝そべってしまう天子、他の天人に見られれば何がしか言われそうではあるが、衣玖は敢えて咎める事はしなかった。
「連日句を詠んだり詩を詠んだり舞踊を見させられたりやれと言われてすっ転んだり酒はあれども羽目は外さず……あー……息苦しい!! ……どれくらい経つんだっけ、この生活」
「まだ2ヶ月強ですね」
 それだけしか経っていないのか、というのが天子の感想だった。 そして後どれだけこれが続くのだろうと思うと気が重くなる。
「せめてたまにはお墨付きをもらって地上に出向きたいものだけど」
「以前起こした異変があってからは周りの目も厳しいですし、天人の言葉を地上の者に与える役を務めたければ、一念発起して天人らしくしなければいけないでしょうね」
 天人が地上の者へ忠言を与える事もあるが、今の天子がそうしようとすれば「天人」という存在へのイメージが落ちてしまう、と、周りに止められるだろう。
 取り付く島も無い言葉を返され、天子は歯噛みして悔しがる。
「うぐぐぐ……なんとかならないかしら、こんなのが続いちゃそれこそ異変でも起こしたくなっちゃうわよ……」
 衣玖としては正直に言えば天子には天界で大人しくしていてもらいたい所だ。 地上で自由に動かれては非常に面倒くさい。
しかしこうも辛そうにされては何か手助けをしたくもなってしまうというもの。
 今朝感じた面倒くさくなりそうだという空気はつまりこういう事かと胸中で呟いて、衣玖は一つため息をつくと覚悟を決めた。
「仕方ないですね、私からも口添え致しますから嘆願に参りましょうか」

 天子にはやはり天界の流儀による過ごし方だけを強いていては苦痛であり、時には地上に降りたいと思っていて、このまま抑圧していては過日のように退屈しのぎで大変な事をやらかしてしまう可能性がある。
そこで自分が目付け役として同行するので地上の様子を見て、何か天人からの言葉を与える必要があれば投げかけて回る事を許してはもらえないだろうか、と、そんな内容で衣玖は天人達の説得にあたった。
当然ながら天人達は苦い顔をしたものの、「天子の不満が溜まれば絶対に何かやる」という認識は共通だったらしく、また衣玖が同行するとあって短期間という条件で渋々了承した。

「衣玖、有難う!」
 満面の笑みで天子はお礼を言った。
こう喜ばれると悪い気はしない。
「手放しに喜んで良いものではありませんよ。 何か問題を起こせば次はないものと思った方がいいですから」
「解ってるわよー」
 天子は至って上機嫌だ、水を差したくはないが、敢えて言わねばならない。
「いいえ、総領娘様は解っておられません。 上手い事定期的にと望むのであれば念入りすぎる程に慎重にならねばいけませんよ?」
「むぅ、例えば?」
「神社を倒壊させた事がありますし、そういった被害が出れば特に心証が悪いでしょうね」
「そんな事しないってー」
 天子は笑って否定するが、衣玖は不安だ。
何かしら熱くなってしまう事情があればあっさりと緋想の剣を振り回したり要石を突き刺したりしそうに思えてならない。

 不安ではあるが、しっかり見張りつつ状況に合わせて動けば問題は起こらないだろう、起こさせてたまるものかと決意した衣玖だったが……
地上へ向かう途中、不意に天子が歩を止めた。
「……ねえ、衣玖」
「どうされました?」
「誰かついてきてるみたいなんだけど……」
 特に注意を払っていたわけではないとはいえ、衣玖はここまででそのような気配は感じなかった。
後ろを振り返って辺りを見渡しながら確認する。
ざっと見て・空気を読んでみた限り何者かが潜んでいる様子はない。 それでも天子が言うからには誰か居るのかと、少し念入りに確認をするがやはり……
「誰も居……」
 誰も居ない。 そう、天子さえも。
 後ろを確認しだした瞬間全力で逃げたようだ。
「な、なんて古典的な手を……!」
 自分がついている事を条件にしていたし、問題があれば次はないだろうと釘を刺した。
その事で少なくとも同行する事については天子も受け入れているだろうと思ったのが甘かったようだ。 意識していれば1人で出て行こうとしている事にも気付けただろうに。
悔いても仕方がない、とりあえず衣玖は天子の後を追おうと動きだし……
足元で何かを蹴飛ばす音がした。
天子がいつも持ち歩いている緋想の剣が無造作に置かれていたのを気付かず蹴ってしまったらしい。
これが置かれているという事はつまり……何かあっても周囲に被害を与える程に暴れたりはしないから心配はいらない、という天子なりの意思表示だろうか。
(でもこんな風に足元に転がして、気付かなかったらどうするつもりだったのかしら……)
 天人にしか扱えない道具であり、何者かに拾われても悪用される心配はないが、うっかり落としてしまったとして咎められはするだろう。
そのままにしておくわけにもいかない、衣玖は緋想の剣を拾うと、改めて天子の後を追いかけ始めた。

天界と地上への行き来には2通りのルートがある。
妖怪の山へ直接下りるか、冥界から三途の川・中有の道と経て妖怪の山の裏手に出るか……
地上に早く行くのなら山へ直接降りる方が得策だろう。 が、侵入者を排除する妖怪の山とあって降りてからの足止めを受ける可能性が高い。 天からの遣いといった風情の者であればその限りではないかもしれないが、天子の場合そんな風格は全くないという情けない事実のせいでただで通されるとも思いにくい。
逃げこそしたが問題を起こすべきではないと天子なりに思っていると考えれば荒事に巻き込まれる可能性のある妖怪の山ルートは通らないはず……
そして冥界ルートであれば……

「え? お宅のお転婆娘さん?」
「通ってませんよ?」
 白玉楼の主従・幽々子と妖夢は揃って天子が通ってはいないと答えた。 衣玖にはそれが嘘とは感じられなかっただけに肩を落とした。
「どうやら重要な選択を外したようですね……」
「2人で出て来ようとしたけど置いていかれたのね? 初動で欺かれたのならもう探すのも大変でしょうし、よければ話を聞かせてくれないかしら?」
 楽しそうだと感じている事を隠さずに幽々子はそう言う。 それを見て多少協力してくれそうだと感じた衣玖は素直に話す事にした。
「実は最近総領娘様が妙によくお誘いの言葉をかけられていたのですが、誘いに乗っても天人としての堅苦しい遊びしかない事に結局また退屈さを訴えだしたのですよ」
「あら? てっきり地上の様子を見て我慢できなくなったのかと思ったけど違うのね」
「地上の様子? 何かあったんですか?」
 最近は知らせて回る規模の地震もなかった事に加えて天子のそばに居る事が増えていたのもあって、衣玖はすっかり地上の出来事に疎くなっていた。
「ここしばらく宴会ブームなのよね、2か月ちょっとになるかしら」
「2か月ちょっと……」
 衣玖は眉間を抑えた。 天人達が天子に盛んに声をかけだした時期と一致する。
つまり、地上の様子を見てあの輪に飛び込みたいと思われるのを避ける意味もあったのだ。
……中には天人の遊びで天子が満足していると疑っていなかった者もいたかもしれないが、それはこの際置いておくとして。
悪い意味ですっかり疲弊して地上を覗く気力もなかった天子はこの事を知らなかった。 皮肉にも地上の様子に気づかせない目的は果たしていたようだ。
恐らくは宴会ブームが天子の限界前に収縮しなかったのは天人達の誤算なのではないだろうか。
天子の限界が思ったより早かったのか、宴会ブームが長かったのか……前者とはあまり思いたくない所だ。
「……ん? 宴会ブームが2か月ちょっと?」
 こちらの事情と合わせると合点の行く話だったので流してしまう所だったが、妙だと衣玖は気付いた。
「それってどういう事ですか……?」
 宴会をする事が流行っているのだとしても2か月以上も続いているとはどういう事だろう、衣玖には聞いただけでは想像がつかなかった。
「うーん、立ち話で済ませるにはちょっと込み入ってるし、上がっていかない?」
「……そうですね、もう1秒すら惜しいというような段階ではなくなってしまいましたし、落ち着いて聞かせて頂くとしましょう」

 一方天子はと言うと……
衣玖の予想は冥界ルートだろうと読んだ上で妖怪の山直行ルートを取った。
しかし降りてきてから気付いた。 単独行動という目的ばかりに目が行っていたので侵入者と見られ襲いかかられた場合の事を考えていなかった。
しかも緋想の剣を置いてきてしまっていて攻撃能力が落ちている状態だ。 即撃退して逃げるのも厳しいだろう。
とはいえ留まっているわけにもいかない、とりあえず山の領域から離れるべく移動していると、程無くして侵入者対策か、天狗が現れた。
「ちょっと困りますよ、下からでなく上から侵入だなんて斬新な事しないで下さい」
 天子もいつぞや写真を撮影された事がある、天狗のブン屋・射命丸文の事は知っていた。
「あ、丁度よかった。 麓へ降りたいんだけど粗っぽい事はしたくないのよ。 どうにか出来ない?」
 無茶な要求だが、一考する価値があるのか文は即答せずに少し考えた。
「条件を3つ飲んでいただければ」
「へぇ、何?」
「1つ、復路は妖怪の山を通らないで頂く事。 1つ、私の取材を受け、用件が済んで後に新聞にするのを許可する事。 そしてもう1つ、見つかると面倒なので全速力で運びます。 天人の体であれば問題ないでしょうけれど少し辛いかもしれません」
 なんだその程度か、と、天子は胸中ひそかに安心した。
「解ったわ、じゃあお願い」

「でもこんな密約交わしていいもんなの?」
 しっかり麓まで運んでもらった上で天子は質問した。
「ただの人間なら沽券に係わりますが、あなたみたいに人間臭い天人が上から入ってきたとあっては扱いに困りますから、誰も知らなかったことにして片づけた方が都合が良いんですよ」
 天子の立ち位置は天界内ですら微妙な所だ。
ましてや外部となればもてなすべきか追い返すべきかも決めにくいものだろう。
「成程ね……って、新聞はいいの?」
「ここを通った事にしなければいいんですよ」
「つまりそこの口裏合わせも込みってわけね」
「その通りです」
 天子側としては特に困る事もない。
「では今度はこちらから、一体どういった用件で降りてきたのです?」
「期待してるとこ悪いけどそんな面白いもんじゃないと思うわよ?」
 天界での生活に退屈していて限界に達して地上へ降りようとした所で、衣玖の口添えのおかげで天人達を納得させて短期間ながら真っ当な方法で出て来る事が出来た、と天子は話した。
「へぇ、そういった事情で。 確かに理由としては面白味に欠けますが、貴女が地上に降りてきたというだけで珍事ですから取材の価値はありますね」
 文にとっても美味しい話のようだ。 そうであれば天子にも都合が良い。
「衣玖が言ってたけど、地上で何か問題を起こしたとなるとまた出て来るのが難しくなるから、私が天人の品位を貶めたと見えるような内容は避けてほしいわね」
「続報記事が書けなくなって私にも面白くない事になる、と。 ですが真実を世に伝える文々。新聞に嘘を書けというのは……」
 食い下がる文に、天子は自覚する程に表情を変えた。 胡散臭い、と。
「貴女の新聞、嘘だらけって専らの噂なんだけど?」
「事実は小説より奇なりと申しますから」
「……記事の事実関係を広く調査出来る人がいないから嘘にしか見えなくて嘘呼ばわりされてるっていうの?」
「想像にお任せしますよ」
 神出鬼没な存在といえば天子の知る限り他に伊吹萃香が密と疎を操る能力で、八雲紫が境界を操る能力で実現出来るが、行動するかどうかではこの天狗の右に出る者はいない。 少なくとも幻想郷内の出来事に関する知識についてはトップクラスだろう。
「おー、お前ら何やってんだー?」
 そこへ魔理沙が現れた。
「あ、強欲魔法使い」
「随分なご挨拶だな、お前達里へ行くのか?」
「特に考えてなかったけど、なんで?」
「ならいいんだ、今あそこに行くのはお勧めしないぜ」
 一方的にそう告げると、魔理沙は妖怪の山へと入っていった。
「あ! こら! 何勝手に入ってるんですか!
 すみません天子さん、先にこの道真っ直ぐ行ってて下さい。 すぐ追いつきますので!」
「あ……」
 天子の反応を待たずに文は魔理沙を追いかけていった。

天子が一人で道を進みだして然程かからずに文は追いついてきた。
文が聞いた魔理沙の発言によると、「魔法の森できのこを集めるのに飽きたから妖怪の山のきのこを採りに来た」らしい。
 流石に今日は相手をしていられないので本気で追い出しにかかった所、魔理沙も面倒臭がって早々に退散したという話だった。

 しばらく天子と文の二人でゆっくりと浮遊しながら進んで行くと、その先に更にゆっくりと歩いている人物が見えてきた。
「あれは……?」
「何故彼女がここに……?」
 三途の川の船頭・小野塚小町だ。
「おや、珍しい組み合わせだねぇ」
 天人は皆迎えに来た死神を追い払ってその寿命を延ばしているため死神からの評判はよろしくない。 しかし小町は案内役の自分には関係ないという事なのか天子に別段悪い感情を持ってはいなかった。
「冗談だった門番の例とは違ってついに解雇されたんですか?」
 無遠慮に文が問いかけたが、小町は気を悪くした様子もなく答える。
「そういうわけじゃないけど暇を出されてねぇ。 最近死者が少ないもんだから怒られる事なく休憩してられると思ったんだけど、この状況でもサボるんだったらいっそ少し暇をやるから戻ってきたら覚悟しておけ、ってな具合でさぁ」
「死者が少ない……?」
 流行り病などによって増えるという例はあるが、減るというのは珍しい。
「折角大手を振って仕事せずにいられるんだから里に出て昼間っから一杯ひっかけようかと思ってね、あそこに行けば死者が少ない理由も何か解るかもしれないし」
 文に指示されるままに通っていたこの道は人間の里に通じているようだ。
 魔理沙に止められてはいるが、目的地の無かった天子はこのまま同行する事にして3名は里へと共に行く事になった。
……そして、人間の里では目を疑う光景が広がっていた。

「元々は私達が宴会をしだしたのがきっかけだったの」
 幽々子は衣玖への説明をそのように切り出した。
「貴女はうちと紅魔館へは出向いていたわね、そんな風に力を持った妖怪や人間が居を構えている場所が他にもあって、それぞれが紆余曲折を経て3通りに宴会をしたのよ」
「有名人達が宴会をした事でそれを真似たという事ですか?」
 幽々子は頷いて続けた。
「そうね、最初のうちは私達が相手に対して何かしてあげたからそのお礼にという形だったのを真似て宴会を行っていたようなんだけど、いつしかそれが形骸化していき、ついにはもう面倒くさい前置きなんか抜きにして呑んで騒いで遊ぼうといった体たらくになってしまったわけ」
 建前もなく連日宴会だけしているようではこれではまるで……
「天人の真似事のようだわ……」
 衣玖は声に出して呟いていた。
天界では働く事も悩む事も必要がない、それ故に天人は務めもなく過ごしていられるが、地上の民はそうはいかない。 このような事を続けていれば生きていく事も出来なくなる。
「なんとか改めさせるようにはしていないのですか?」
「私も幽々子様に何度かその事を窺っているのですが……」
 妖夢が横から口をはさんだが、その様子だと幽々子は何もしていないらしい。
「こんな事長続きするわけがないもの。 何かする必要はあるけど、それをするのは私達じゃないわ。 ……でも、ちょっと事情が変わったわね」
 幽々子は少しの間考えるような仕草を見せ……
「うん、まずは紫の所へ行きましょう。 貴女は……ついてきてくれるかしら?」
「え? 私が? どうしてです?」
 状況を教えてもらったら天子を探しに行くというつもりでいた衣玖、ついてくるか、ではなく一緒に来て欲しいというその言葉に戸惑った。
「貴女の状況に即座に馴染んで場を乱さない能力が、多分この先必要になるのよ」
「このような事態では総領娘様捜索があるので断りますとも言いづらいですね、解りました」
「有難う」
 お辞儀をすると、幽々子は部屋を出た。
 後に続く様子の無い妖夢を見て衣玖は疑問に思い訊ねる。
「ついていかなくていいんですか?」
「紫様の所へ行こうという時は何か合図を送って、紫様の能力であちらまで呼び出して頂くという手段を取っているんですよ」
「便利ですねぇ」
 今回のような例には天子も出来る事なら利用したがる所だろうが叶う事はないはずだ。 以前起こした異変で紫は天子に本気で怒っていた。

人間の里に到着した天子達3名。
そこではいたるところで乱痴気騒ぎが繰り広げられていた。
まだ陽も高いというのに右を見ても左を見ても酔っぱらった里人が楽しそうにしている。
「こ、こりゃ一体?」
 大きなめでたい出来事があったという噂もないにも関わらずのこの光景は異様であった。
「一言で言うと、もう建前作んのも面倒くさいし兎に角宴会しようぜ、といった具合に陥っています」
 ブン屋と名乗るだけあって文は事情を知っていたようだ。
「ああ、それで死者が減っているのか……」
 小町はそれだけ聞いて合点が行った。
要するに飲んで遊んで騒いでいる分鬱憤が発散されて殺傷沙汰が減っていたり、心身の弱った連中が活力を取り戻して生き長らえたりしているのだろう。
 こういう事が長く続けば堕落した意識に飲まれて荒み、今度は事件事故の類が増えて多忙となる……映姫はそう読んでそのタイミングが近くなったこの頃合いに「戻ってきたら覚悟しておけ」と自分に暇をやった、あわよくば解決に一枚噛ませる結果になったなら御の字だ、と、そんな流れだと小町は理解した。
「元々は人のために何かをして、そのお礼に宴会を、という形だったんですけどね。 一度楽を覚えると転がり落ちる人間の性、でしょうか」
 異様さに目を奪われるが、よくよく見れば真っ当に過ごしている者もいるらしい。
酔っ払いに絡まれないようにか肩身をすぼめて足早に通り過ぎる者、足取りは確かで酔っているようには見えない。
宴会の後に打ち捨てられたと思しき落ちているゴミを拾っている者、これもまた同様か人目の少ない場所を狙ってやっていると見える。
その姿に天子の胸に救われたような気持ちが沸き起こった。
「誰も彼もみんなで大騒ぎ、ってわけじゃないみたいね」
「以前は慎ましく真面目な者ももっと居たんですが、やはりだんだん減ってきていますね。 真面目に過ごしていても宴会をしている連中からは付き合いが悪いと言われたり、良い子ぶってるのかなどと言われたりするようで、苦労しても孤立するだけならいっそ、と」
 見事に悪循環に陥っている。
この体たらくを見るとあれだけ退屈で面倒に思えた天人達の遊びも良いものに見えて来てしまうから不思議なものだ。
(私を見るあいつらの気持ちってこういうものなのかもね……)
 胸中で呟く天子。 自身の行動を改めるつもりはあまり無いが。
「さてこの状況、如何致しましょうか天人様」
 そう言う文の表情には悪戯を思い浮かんだかのような悪い笑みが浮かんでいた。
「無論の事、不良だとか言われても一応天人の端くれよ。 こんなもの見て黙ってはいられないわ」
 地上の者への忠言が云々と話していたのをまさか実際にやる事になろうとは思っていなかったが、それこそ天人の端くれたる天子にはこの程度アドリブでどうとでもなる。
「箔をつけるならあたいも鎌持って格好良いポーズでもとってみようかねぇ」
 小町も悪ノリする気満々の笑顔を見せた。
「じゃあ折角だし貴女が居るこの状況も生かす方向でちゃんと取り決めてやってみようかしら」
 かくして3人は小芝居の打ち合わせを始めた。

「よっこらせ」
 人目につきにくい路地裏に要石を差し込んだ。
「それって……地震を起こすんですよね」
「ええ、地震を起こすためのエネルギーをこの要石が溜め込んで、抜き取る時にその溜め込んだエネルギーが放出されて地震を起こす、と」
「そんなものをここで使って大丈夫なのかい?」
 小町は不安というより、興味津々といった様子で要石をつんつんと指でつついた。
「まぁそこは加減してあるし、それにちょっと驚かすくらいだからすぐ抜けばいいのよ」
 そう言うと今しがた差し込んだばかりの要石をもう抜き取った。
ゴトン!!
と、大きなゆれが里を襲った。 しかしほんの一瞬の事。
「もういっちょー」
 天子は再び要石を差し込む。
「またやるんですか?」
「今のみたいに強いけど一瞬で終わるの1回じゃ気のせいだって思われるかもしれないしね……3、4回くらいやっとけば騒ぎにもなるでしょ」

 天子の言う通り、揺れを起こす事を繰り返すうちに路地裏にもどよめきが聞こえてきた。
「そろそろよさそうですね」
「ええ、じゃあ手はず通りに」
 天子はその場に要石を突き刺すと、1人で里の上空へと飛んでいった。
今しがた起こっていたのは地面の揺れ、空に注意を払う人も少なく、気付かれた様子は無い。
「聞け! 地上の人間よ!」
 不意に空から浴びせられる大音声に里の人々は天子の方を見上げた。
「顕界に在りて生を享受しながら天人の真似事を始め酒池肉林に興じようとは、炮烙を抱いての死が望みか!?」
 すると俄かにごうごうと風の音が響き、次の瞬間突風が里を襲った。 勿論文が起こしたものだ。 怪我をさせぬように一瞬で止める。 その隙をついて天子は人々から見えない位置へと移動し……
「お前達の為しように天も地も怒りを覚えているぞ!」
 と、言葉を残して要石の元へ戻り、抜き取る。
ゴトン!
また強い揺れが里を襲った。
騒然とする人々、上空に今度は小町が出て来ていた。
「天人様がお怒りだねぇ、あたい達死神もお迎えの準備は出来ているよぉ……?」
 いっひっひと不気味に笑って小町は里を離れるように飛び去っていく。

……当然ながら里は騒然となったが、その時には既に天子はその場にいなかった。
天子と小町は表に出てひと芝居打った関係上その場で隠れて様子を伺っていて見つかるとまずい、演じた後はすぐに里から離れていた。
 物陰から風を起こしただけの文が里に留まり様子を伺い、天子達と合流して結果を知らせるという手はずとなっている。

 しかしこの芝居には一つ穴があった。 小町の存在だ。
里でも小町が三途の渡し……つまり、お迎え担当の死神ではないと知る者は少なくない。 流石にサボりで来はしないが休日に顔を出すことがあるからだ。

それでも敢えてこの方針で通したのは、一旦は恐慌に陥っても冷静になって考えれば天や地の怒りなどではなく知人達から壮大な悪ふざけで諭されていると気付く余地を残すためであった。
これ程の状況に陥っている以上はただ忠告しても聞き入れられない可能性が高いと判断し、否が応にも反省するような状況にしてから安心させれば受け入れやすいだろう、と、そういった狙いだ。
「ちょっとまずいかもしれません」
 合流した文の第一声はこうだった。
「え? どうなったの?」
「すっかり萎縮してしまって宴会どころじゃない雰囲気に包まれたまではよかったんですが、天地に滅ぼされるくらいならいっそ死ぬまで宴会してやろうと言い放つある意味剛の者が幾分か出てますね」
 流石に天子もこれには呆れた。
「あれを見ておいてまだそんな事言えるなんて……」
「そしてそういった者は声も大きいのが相場ですからね、一旦は勢いも収まるでしょうけれど遠くないうちに元に戻ってしまうかもしれません」
「……どうするんだい?」
 こうなっては今の自分達には更なる手を打つ事は出来ないだろう。 天子は少し考えてから2人に告げた。
「博麗神社に、行きましょう……」
 最早これは異変と言っていいと天子は感じた。 異変と言えば博麗の巫女、彼女ならきっとなんとか出来るのではないかと期待して。

白玉楼で紫が状況を捕捉するのを待っている衣玖達。
幽々子は部屋に準備をしてきたと言ってすぐに戻ってきた。 それからしばらく経つが何か起こる気配は一向にない。
待つだけにも抵抗を覚えた衣玖が急ぐことは出来ないかと問いかけようとした頃になって不意に視界が揺らいだ。
次の瞬間正面に座っていたはずの幽々子・妖夢に変わって八雲藍の姿があった。
「呼び出して頂けたようですね」
 妖夢の声が隣から聞こえた。 それは衣玖に向けての言葉だった。
「お二人共ようこそいらっしゃいました。 紫様は幽々子様とだけお話になるそうです。お二人へは私が代わりにと仰せつかっております」
「私とは話したくない理由があるのですか?」
 蔑ろにされたとも言える形だが衣玖の声音は穏やかだ。 事を荒立てる意味はない。
「ええ、例の天人をまだ完全に許してはおらず、貴女の前でその素振りを見せたくはない、と」
 天子が紫を怒らせたその異変の際に衣玖も紫と顔を合わせている。 非常に胡散臭い輩だが激情に囚われるタイプには見えなかった……天子の所業はやはり、紫にとって余程の事だったらしいと衣玖は再確認した。
「成程、解りました」
「紫様は人里の有様についてどうお考えなんです?」
 妖夢が質問する。 藍は淀みなく答えた。
「憂うべき事態と思われておいでです。 しかし御自ら里へ出向く形で収拾をつけるのは最後の手段であると仰っていました」
「まだ最後の段階ではない、と」
 実際の状況こそ目の当たりにしてはいないが、衣玖にしてみれば地上の者が天人のように連日遊んでばかりというのは堕落も極まれりといった状況にしか思えない。
「はい、霊夢に動いてもらおう、と仰っていましたね」
 博麗の巫女、霊夢といえば異変を解決している者と衣玖も知っているが、聞く活躍は黒幕を弾幕で物理的にぶちのめしているという事ばかりだ。
倒すべき黒幕がおらず、物理的手法での解決も望めなさそうなこの件で何をしてもらおうというのだろう。 懲りずに宴会を続けようというつもりの人間・妖怪を全てぶちのめして回ってもらおうと思っているなどという事は確実に有り得ない。

「さーて、忙しくなるわよー」
 衣玖・妖夢の所へ戻ってきた幽々子はいきなりそう言った。
「あれ? 何かするのは私達じゃないって仰っていたのにですか?」
 妖夢が質問した。 確かに今の発言は自ら動くつもりとしか思えない。
「急がないといけなくなったみたいなの。 だから裏でお膳立てを私達でね」
「はぁ……」
 そのお膳立てとやらに自分の能力が必要なのか、と、衣玖は納得した。
「藍、有難うね」
「いえ、こちらこそご協力頂き有難うございます」
 互いにお辞儀する、と、そこで紫が部屋に入ってきた。
「じゃあ幽々子、そっちはお願いね。 竜宮の使いさん、貴女も」
「え? あ、はい」
 一瞬視界が揺らぎ、それが収まると衣玖達は白玉楼に戻ってきていた。
「まずは休業した屋台の主を見つけないとね」

 結局の所何をすれば良いのかを聞かされていない。 紫にそっちはお願いと自分に対しても言われたが目的が解らなければどうしようもない。
 衣玖は幽々子に何をしようとしているのかを訊ねた。
「里のみんなに宴会だけする毎日をやめてもらうために、霊夢の呼びかけという形で一つやろうとしてる事があるの。 それに賛同する者として名前を出してもらって協力を仰ごうというわけ」
「そこで私の能力で穏便に話を進める必要があるんですか」
 幽々子は頷いた。
「私みたいにあっけらかんとしてるんじゃなくて、状況と雰囲気にすっかり滅入っちゃってるのもいるからねー」
「幽々子様は余裕がありすぎるんですよ……」
 確かに危機的状況であるという意識を持っているらしいのだが、そう言われても信じられない程だと衣玖は思う。
「因みにまずはどちらへ?」
「竹林……に、いなければ永遠亭。 だから途中で里も通るわね」

 里に着くと、とてつもなく暗い雰囲気が辺りを支配していた。
 連日宴会をしていたというだけあってか酒臭さが辺りに漂い、人々の多くは生気を失った表情をしていて、僅かに居る素面であろうと見て取れる者達も一様にその表情は悲壮感に溢れている。

里で何か話して人々に聞こえるとまずいとの幽々子の制止があったので、通り過ぎてから衣玖は言った。
「この世の終わりが来たかのようでした……これ程ですら、まだ、彼女が動く程ではないのですか?」
 むしろ手遅れではないかとすら思えてしまう衣玖だが、幽々子は否定する。
「実はあれ、あの子がやったのよ」
「あの子……まさか、総領娘様!?」
 里を包む絶望感、あれを招いたのが天子だというのか、衣玖は愕然としてしまったが幽々子は笑って続けた。
「あの子なりに里のみんなを懲らしめようときっつーいお灸をすえたのよ」
 笑って言っているのだから悪い行動ではなかったらしい。 そこにまず衣玖は一つ安心した。
「……ん? 総領娘様の行いによりこうなったというのでしたら、今日私をまいて行った後まずここに来て何かしてたという事ですか?」
「ええ、紫が見てたそうよ。 癪だけど良い働きだったわってちょっとご機嫌に言ってたの」
 紫・幽々子の両名が認める、天子の働き。
天子の普段の自由奔放で身勝手な振る舞いを思うと、衣玖には何をしたのか想像がつかなかった。
とりあえず羽目を外した宴会を目の当たりにすれば羨んで怒りはするだろうとは思うが。
「あの状況が良い働き、なんですか」
 妖夢が納得いかない様子で呟いた。
確かに見た限りだとむしろとどめを刺したようだとも言える。
「兎に角宴会しようって堕落した雰囲気は一応沈静化しているでしょう? だから急がないといけないの」
「成程、あの空気に包まれている所で博麗の巫女と名だたる面々からの言葉として提案があれば素直に受け入れられる状況だというわけですか」
 里の人間に衝撃を与える必要があったものの紫や幽々子が自ら動くわけにはいかないために誰かに動いてもらおうとしていたが何かの理由で実践に至る事が出来ずにいた、そこへ思いもよらぬタイミングで天子がそれを実現してしまった。 故に紫は機嫌が良く、幽々子は「急がないといけない」と認識を改めたという所だろうか。
「……? 機嫌がよかったのなら何故彼女は私を同席させる事を避けたんですか?」
「まだ許してないって思わせておきたかったんじゃない?」

 天子達一行が博麗神社に到着した。
縁側で霊夢が日向ぼっこをしながらお茶をすすり、萃香が寝仏のような姿勢で横になっている。
人里の有様を見た後だと良い意味で平和な光景に見えた。
「なんか嫌な予感しかしない組み合わせなんだけど?」
「天人に天狗に死神、堕落した人間に打つ手をなくして巫女を頼りに来たのかい?」
 霊夢はともかく萃香は明らかに里の様子を把握している。
「仰る通りで。 一つ脅しをかけてきたのですが一時しのぎになっただけでした」
 文の言葉を聞いて萃香は起き上がった。
「へぇ、何して来たの?」
 人里での芝居を文が話すと、萃香は腹を抱えて笑った。
「あはははは、遊び呆けた連中にはさぞかし効いただろうねぇ。 見てみたかったもんだ」
「でもそれだけでみんな反省するには至らなかった、と、まぁ……当然ね」
 霊夢は完全には上手く行かなかった事を当然のことと思っているようだが、天子はその発言から、霊夢の里の人々へ向ける目が冷たいように感じて反発を覚えた。
「貴女、異変を解決している博麗の巫女であって人間の味方でしょう? そんな言い方していいの?」
「たまたまぶちのめす相手に妖怪が多いだけで人間の味方だけするって事じゃないわよ。 それにこういう事になったらなかなか抜け出せないからこそ人間でしょ?」
 後半のくだりは確かに一理あると天子も思った。 つまり今の里の人々の肩を持つ発言をしても意味はなく、霊夢は現実を捉えて言っただけなのだ。
「まぁまぁ、こんな状況で険悪になったっていい事はないよ」
 小町が天子と霊夢の間に割って入った。
「ところで博麗の巫女はこの異変と言っていい現状に何かするのかい?」
「今の所は何も考えてないわ」
 天子には意外な答えだった。 しかし周りの面々は特に驚いた様子もない。
「私が何かした方がいいんなら紫がなんか言いに来てるし、来てないって事は私に向いた解決法は今の所無いって事でしょ」
「ついでに勘がささやく所もないと」
 文の付け加えた一言に頷く霊夢。
「でも何もしないってのも問題ありなんじゃないの?」
「私はただの神社の巫女よ? どっかの聖人だとか住職だとかああいったのと違って人を直接感化させるようなものは持ってないわ。 出来る事といったらちょっとの神事と、あとは叩きのめす事くらい。 「天人様のお言葉」ですら決定的な効果ではなかったのなら尚更まだ私の出る幕はないわ。 今は大人しくしてりゃいいのよ」
 それでも何かしてやれと言えばそれはつまり里の人間全員に物理的に反省させろという事になるだろう。 天子は納得しきれない気持ちを残しながらもそれ以上は言わなかった。
「ま、そういうわけだからあんた達も他になんか浮かばないってんならちょっとゆっくりして行きなさい。 まずはお茶くらい出すわよ」

 5人でちゃぶ台を囲みつつお茶をすすり、煎餅をかじる。
先程までと一変してのんびりとしたひと時に天子も深く息をついた。
「これは単純に興味本位で訊ねるのですが」
 不意に文がそんな事を言い出した。
身を乗り出して霊夢に向けて言葉を続ける。
「霊夢さんはどのような手段で今回の件が収まると予想されます?」
「どうって……」
 うーん、と腕組をして唸ってしまう霊夢。
「私は紫とかみたいに胡散臭く先を考えたりしてないわよ?」
「ええ、承知しておりますよ。 ですので単に世間話みたいなものです。 黙ってるだけなのも退屈ですしね」
 そう答える文は手帳を取り出していない。 本当にただ話すだけのつもりのようだ。
「そうねぇ……これまで散々宴会をやってだらだらしてたんだから……まずはみんなそれぞれ元通りに働いてもらわないといけないのよね」
 更に数秒唸ってから閃いたといった表情をした。
「何か餌で釣るとか。 よく頑張った人には特別に美味しいおさ……お酒は駄目ね、宴会が問題になった直後なんだから。 美味しいお茶辺りで」
「ぶっぶー。 はい霊夢さん不正解」
 どう思うか答えろと促した割にあんまりな反応を返す文。
「えー、駄目かしら?」
「働かずに遊ぶ事に走ってしまった人々にそんな物欲を刺激する案を提示してもこの雰囲気の尾を引かせてしまいますよ」
 これはまさか皆それぞれ想像して言ってみろという流れになるのだろうか、天子も人里の状況に決着をつけるとしたらと考え始めた。
「では次小町さん」
「え? あたいも? そうだねぇ……物で釣るのが駄目なら、よく頑張った人には休暇を進て」
「ぶっぶー」
「早ッ!?」
 言い終わる前に不正解判定が出た。
「人それぞれ役目が違うのに杓子定規に休暇を与えるなんてしたら破綻しますよ……さて、次は」
 天子と萃香を交互に見やる文。
「不正解って言うけど、正解あんの? これ」
「解りませんよ。 ただお二人のは確実に不正解というだけです」
 霊夢の問いかけは実も蓋もなく切り捨てられた。
「では天子さんに」
「えーっと……じゃあ、よく頑張ったら1日天界体験ツアーにご招待、なんてどう?」
「ほほぅ」
 即不正解は出されなかった。 それを受けて天子は続ける。
「私にとっては退屈な場所だけど、地上の人々には憧れる場所でしょ? 真面目に過ごして徳をつめば死後こういう所に行けますよって感じで……」
「悪くはないかもしれませんね」
 不正解といわれずにほっと胸を撫で下ろす天子。
「天界に生きた人間を入れるというのが非常に難しいであろう点を除けば」
 天子はその点をすっかり忘れていた事に気付いて頭を抱えた。
「ああ、そうだった……! 私が良いと思っても他の連中が許すわけないわ!」
「すっかり仕切ってるあんたは何かいい案があるのかい?」
 萃香が何故か得意気な顔をしている文に訊ねる。
「面白い話をしているわね」
 しかし文が答えるより先に別の声が割り込んだ。
 スキマを用い、紫が現れた。

 衣玖達3人は目的地の竹林に着いたものの、訪ねた家は留守だった。
「いないわねー、永遠亭まで行きましょ」
「目的の方はどのような人物なんですか?」
 衣玖はこの家に住んでいる妹紅とは面識がない。 その質問に妖夢が答えた。
「こちらには最近宴会があると焼き鳥屋台を出店していた妹紅さんが住んでいるのですが……」
 妖夢が続ける言葉を探している間に幽々子が付け加える。
「人里で寺子屋の先生をしている上白沢慧音が、里の堕落した現状に耐えかねて妹紅の所へ逃げ込んでたんだけど、ここは里の者も知っていて宴会に誘いにでも来てたんでしょうね。 多分この奥の永遠亭に避難しているはずよ」
「ご両名とも里にとってなくてはならない人物ですから影響力は大きいですね」
 幽々子の言う通り、既に呑みながら誘いに来たものがいたようで少しだがゴミが散乱していた。
 その様に顔をしかめてしまう衣玖だった。

 永遠亭に到着すると、玄関の辺りが何やら騒がしい。
「離せ妹紅! 今からだって遅くない! あいつらに頭突きをくらわせてやって一人一人解らせてやらないと!」
「何言ってるんだ慧音! あんな状況になってちゃあいつらだって聞きゃしない! そんな事したって嫌な思いするだけだ!」
 目的の2人がいると入らなくても解るやりとりだった。
「お取込み中失礼するわねー」
 場違いな程緩い声音と共に幽々子が入っていく。 ごく普通に後に続く衣玖と、慌ててついてくる妖夢。
 やや長身の女性を羽交い絞めして止めているそれより身長の低い女性という構図。
止められているのが慧音で止めているのが妹紅か、と、衣玖は頭の中で顔を名前を一致させる。
 それはいいとしてやや廊下側で座布団に正座してのんきにお茶をすすりながらこの両名を見ている子供のような体躯の少女と艶やかな長い黒髪の女性は何なのだろう。
両名が永遠亭のてゐ・輝夜である事を衣玖は知らない。
「あらー、幽々子がうちに来るなんて珍しい」
「そこのじゃれあってるお二人の力を借りに来たの」
「なんだ、じゃあ観戦は終了ね」
「命拾いしたねぇ姫様」
 一体何の事を言っているのだろう。 疑問だが訊ねられる空気ではないと衣玖は諦めた。

「先程は見苦しい所をお見せしました」
 永遠亭の一室に通されると輝夜・永琳・慧音・妹紅、そして衣玖・幽々子・妖夢、7人で大きな卓を囲う形で座った。
「いいえ、誰も悪くは思ってないわよ、ね」
 幽々子は輝夜を見ながらそう言った。
「そちらの方は?」
 永琳が質問した。
「竜宮の使いの永江衣玖さんよ。 こんな時に地上に来ちゃったせいで私と紫の企みに巻き込まれちゃったの」
「お初にお目にかかります。 本来は地上に降りてきた天人・比那名居天子様の後を追いかけていたのですが、人里の状況を伺い、目の当たりにして幽々子さんのお手伝いをする事に致しました」
 企みなどと言ってしまうと何か悪い事を考えてるような雰囲気だと思い、衣玖は敢えて事細かに説明した。
「ああ、妹紅と慧音が匿ってくれって来た時は何事かと思ったけど……例の件、解決させるのね」
 輝夜の言に幽々子が頷いた、それに合わせて衣玖が言葉を続ける。
「つきましては里への影響力の強いお二方に御助力頂きたい、というわけですね」
「私達に何か出来るのですか?」
 慧音の声音は弱弱しかった。
先程の取り乱しようからして恐らく穏便な方法で宴会を沈静化させようとして失敗した経緯があるのだろうと衣玖は考えた。
「ええ、紫が霊夢を通して、博麗の巫女からの呼びかけという事で里へ向けて提案を出そうとしてるそうなの。 それに賛同する者として名を連ねて欲しいのよ」
「何をしようっていうの?」
 妹紅が訊ねるが幽々子は首を横に振った。
「それが任せなさいって言って中身までは教えてくれなかったのよ」
「何それ、そんな状況で賛成集めて来いって無茶要求されたの?」
 そういえば先程話していた時も内容までは言っていなかったが、本当に知らないのだろうか……衣玖は幽々子の思惑に注意を払おうとしたが、意識をそこにばかり向けるわけにもいかない、諦めて話の流れに集中した。
「あのスキマ妖怪はいつだって胡散臭いわね」
 輝夜・永琳はどちらかといえば懐疑的と判断した衣玖はここが出番と判断して述べた。
「以前総領娘……もとい、天子様が博麗神社を倒壊させる異変を起こした事があり、その際紫さんは激怒なさっていたと聞きます。 私の愚見を申せば、誰より幻想郷を愛する彼女がこの状況で悪い企みを持つ事はないかと」
「……成程、確かに里があんな事になってちゃ人間と妖怪の関係もおかしくなるし、素直に解決のためと考えるはずね」
 輝夜は賛成に動いたようだ。
そして輝夜が永琳を見ると、永琳は頷いた。
「私は賛成します。 それが里のためになるのなら」
 慧音がそう宣言した事で、これなら大丈夫そうだと衣玖は判断した。
「私と永琳も賛成ね。 まぁ、うちがそういったって大した価値ないだろうけど」
 輝夜も賛意を示し、輝夜・永琳・慧音の視線が妹紅に注がれた。
「みんな賛成してるわけだし、私も特に反対の理由はないね。 早いとこ慧音にまた里のみんなと仲良くしてもらいたいもの」
「うん、みんな有難う。 じゃ、早速この書面に署名をお願いね」
 幽々子が取り出した1枚の書面、それは紫が用意したものだった。

以下に名を連ねるは人間の里の危機を憂い、状況の改善を志す者達である。
博麗霊夢より提言された内容に全面的に賛成し、また、実現に向けて骨身を惜しまず力を尽くす事をここに誓うものとする。

「……で、私に何を提案しろっていうの?」
 紫から渡された書面を胡散臭そうにひらひらさせて霊夢は訊ねた。
「まだ秘密」
「内容も明かさずに名前だけ使わせろってわけ?」
「反対する理由がある?」
「う……」
 今の所出来る事がないから待てばいいなどとのんきな事を言ってはいたが、里がより酷い状況になれば困るのも事実、霊夢に反対する理由は無い。
ただ、肝心の所を明かさないというのが霊夢には不安だった。
「それに事態は切迫しているのよ」
 紫はおもむろにスキマを開くとそこへ上半身だけ突っ込んだ。 すぐに体を戻すと書面を1枚新たに手に持っていた。
「既に賛同者は出ているわ」
 霊夢に続いて天子達も紫の取り出した書面を見やると、記入欄には幽々子・輝夜・永琳・慧音・妹紅の名がある。
 皆がそれを見たのを確認して、紫はまたスキマに上半身を突っ込んで書面を戻した。
「幽々子が賛成集めに動いてくれてるのよ。 そこの不良天人が同行させなかった竜宮の使いの協力を得てね」
「え? 衣玖が? 追いついてこないと思ったら……」
 冥界ルートと予想して白玉楼に寄った時に人里の状況を聞いて、協力を求められて断れなかったんだろうなぁと天子は考えた。 場を乱す行動をとらない衣玖は、頼まれる形だと弱い所がある。
「つまりあんたのやろうとしてる事に乗るしかないって事ね」
 霊夢は不満そうな声音だが協力するつもりらしい。
「ええ、そうしてくれると助かるわ。 他のみんなはどうかしら?」
 紫は残る天子達4人を見渡す。
「訊くまでもないと思うよ? この3人はなんとかしようと里でひと芝居打ったわけだし……あ、私も賛成ね」
 不満げな霊夢に対して、萃香は軽い調子で賛成した。
「宴会の異変を起こしたというのに前向きね」
「宴会は楽しくやるもんさ。 あいつらのやってるのは違う。 それにあんたがやろうとしてるのは多分私も得する事だし」
 天子達の芝居によって里は絶望感に包まれる事になったが、その前の状況は天子には楽しそうに見えていた。 しかし萃香から見れば楽しんでいるものではなかったらしい。
「じゃあ決まりね、貴女達も署名をして頂戴」
 それぞれ名前を書き込むと、紫は満足げに頷いた。
「後は……」
「幽々子が各地を回ってるんでしょ?」
「ええ、そうなんだけど……慧音と妹紅、守矢神社、命蓮寺と、里に影響の強い所だけを頼んでるのよ」
「他の連中は?」
「それをどうしようかと思って。 特に紅魔館は里とあまりかかわらない上に人間の危機に比較的煽りを受けづらいけど、声をかけなければ拗ねるでしょうし」
 紫と霊夢の会話を少し他人事のように眺めていた天子だったが、不意に紫に視線を向けられた。
「な、何?」
「乗りかかった船だし、貴女行ってみない?」
「へ? なんで私が?」
 知らない仲ではない者も多いが、適役は他にいると思えてならず、何故紫が自分を指名するのかと天子は戸惑った。
「どうせまずはこの下準備をしなきゃならないし、貴女もこのままでは地上で楽しむどころではないから各地を回るに向いている、普段見かけない「天人」に協力を求められれば危機感も増すはず……と、役が揃ってるのよ」
 そう言うと紫はちらりと文を見た。
「ついていけという事ですか?」
「言わなくてもついていくでしょう?」
「勿論、そうですね」
 天子の答えを待たずに、天子が行く事が決定しているような話の流れになっている。
「貴女は?」
 と、紫は小町の方を向いた。
「そうだねぇ、お前さんはこれとは別に何か準備したり企んだりするんだろう?」
「まぁ、貴女達の方はほっといて任せていいのなら有り難いのは確かね」
「そういう事なら、交渉の必要があればこのブン屋が楽しみながらこなすだろうし、移動についてはあたいがさっと済ませるようにしてやろうじゃないか。 そうすればこっちの事はほっといて大丈夫だね」
 小町も乗り気だ。 最早天子に拒否権はないようだ。
(確かに乗りかかった船だし、手伝える事があるのは悪くないけど)
「そう、じゃあ貴女達にお願いするわ」

 事態は切迫していると紫は言っていた。
決まってすぐに天子達一行は出発する事になり、博麗神社を後にする。
「そんじゃ、ちょっと本気を出しますかねっと」
 小町がそう呟いた後、一行が数歩程歩くと……
「え?」
 視界に紅魔館が見えた。 ここからならもう飛ばずに歩いてすぐに着く程近い。
「あれ? 貴女瞬間移動の能力なんて持ってるんだっけ?」
「いやいや、あたいのは距離を操る能力だよ。 三途の川では渡し賃によってかかる時間が違うっていうだろう?」
 要するに博麗神社のそばから紅魔館近くのこの場所までの距離を極端に縮めたために、あたかも瞬間移動したかのように錯覚したようだ。
「じゃあさっきのんびり歩いてたのは?」
「折角休暇をもらってのぶらり旅を一瞬で終わらせちゃ風情がないからねぇ」
 こうも一瞬で済む程も可能なら、確かに風情もへったくれもないと天子は納得した。
紅魔館の前まで来たが、挨拶の声はかからなかった。
 門番の美鈴が……寝ていた。
「ここは平和なんですね」
 皮肉を込めてか文がしみじみと言う。
「よいしょー」
 天子がおもむろに要石を地面に突き刺した。
「驚かしてやるのかい?」
「面白そうでしょ?」
 得意げな顔をして小町の方へ顔を向けると親指を立てる天子。
 少しだけ待ってから、要石を引き抜く。
ゴトン!!
「!? 本棚抑えな……い、と?」
 眠っていた割にやたらと機敏な動きで、恐らく夢の世界ではそこにあったであろう本棚を抑える仕草をする美鈴。
「ここは図書館じゃなくて門の前ですよ」
 にやにやしながら文が言った。
「あ、みなさんどうもおは……こんにちわ」
 寝ていた事から起き抜けの珍事までが無かったかのように美鈴は平然と挨拶した。
「この身のこなし……お前さん……ねらーだね?」
「ね、ねらー? って、なんですか?」
「居眠りの超上手い人」
 美鈴と同じく評判になる程のサボり癖の持ち主たる小町には何か共感する所があったらしい。
「え? 何々? 初対面で好敵手の匂いを感じ取ったって奴?」
 何かと重たい雰囲気が訪れがちだっただけに小町の悪ふざけに目を輝かせてしまう天子だった。
「いや、初対面ではないんだけど高名な紅魔館の門番の居眠りを初めて見たんだ。 この所作は間違いなく噂通りの手練れだね」
「凄いという意味を込めて仰っているのは解るのですが、褒められている気が全くしません」
「自覚はあるのね」
 こののんびりとしておふざけを含んだ空気にもう少し身を任せていたい天子だったが、受けた役目を果たすため、美鈴にレミリアへの取り次ぎを願った。

主の間へ通された。
レミリアは椅子に腰かけ、悪魔の館の主であるぞと言わんばかりに圧倒的な雰囲気を放っている。
横には澄ました顔で咲夜が控えていた。
主の座に幼い少女が座っている事にも全く違和感を覚えない、こういう雰囲気を出せる事を、天人らしさを持たないと自覚する天子は密かに羨んだ。
「今日は天界に属する者としてではなく、幻想郷に住まう一員として貴女にお願いに来たの」
 天子は毅然とした態度でそう言った。
すると、レミリアの雰囲気が一瞬で丸くなる。
仕草は同じ、表情もそう変わってはいない、が、明らかに空気が変わっていた。 空気を読む――大気の流れからその場の雰囲気までを即座に把握する衣玖とは違う天子にもはっきりと解る程だ。
「で、何すりゃいいの?」
 敵意を放つ事をやめて用件を聞く姿勢を取ったとも取れる。 まず天子は件の紫が用意した書面を見せた。
レミリアは受け取ると文面を読む。 程なくして困ったような表情を天子に向けた。
「……で、何すりゃいいの……?」
 弱い声音で同じ台詞を繰り返した辺り、協力する気はあるが内容が全く解らず困っているようだ。
「実は私達も、それに霊夢ですら知らされてないのよ。 あのスキマ妖怪がまだ秘密、って」
「成程ねー、ま、いいけど」
 レミリアは咲夜に合図し、すぐに取り出されたペンでさっと署名した。
「え? そんなあっさりいいの?」
「里がああなった原因はうちにもあるんだから責任はとるわよ。 幻想郷に住まう一員として、ね」
 レミリアはにやりと笑って天子に書面を差し出した。 あまり里に馴染みがないし関係も薄いと渋られる事も考えていただけに有り難い事だった。

天子達が出て行って主の間に主従のみが残されてから……
「そもそも紅魔館が第一の模倣犯みたいなものですしね」
「あの場で言いやしないかって気が気じゃなかったわよ……」

 一方衣玖達は命蓮寺を訪れていた。
外にいたぬえ・マミゾウによって中へ案内され、ぬえはマミゾウに頼まれ白蓮へ声をかけに行った所だ。
「里の件で来たとあらば、白蓮もすぐに来るじゃろうな」
「白蓮は大丈夫なの?」
 命蓮寺も里に近い存在、ましてや白蓮の性格では慧音の例のように心を痛めている事だろう。
「それなりに冷静さを欠いてはおったのう、仏門の教えをもってすれば治められると目論むも宴会の勢いに負け、人々の堕落が増してくると力づくでも止めようなどと言い出し……儂と星がなんとか落ち着かせてこういった機会を待つようにとなだめたのじゃ」
 衣玖はここへ着くまでの道中に、白蓮は命蓮寺の住職で柔和な人物であり、里のためであれば協力は惜しまないだろうと聞かされていた。
今の内容を受けて頭の中のメモに「怒ると怖そう」と書き足す。

少し経って白蓮が現れた。
初対面の衣玖にも疲労がたまっていると見て取れる。
「折角お越しいただいたのに冴えない顔をしていて申し訳ありません」
 白蓮は頭を下げる。 お辞儀の後には笑みを見せたものの、それも少し辛そうに見えた。
「さっき里でとんでもない事があったのは御存知?」
「はい、天の使いが現れて滅びを予言し、更に死神も舌なめずりをしていたとか……」
 早速噂に尾ひれがついている。
「それなんだけど実は……まず死神というのが小野塚小町、三途の川の渡しなのよ。 村紗が三途の川の渡し舟にちょっかいだしてたらしいけど知らないかしら? ともあれ、お迎え担当の死神じゃないから里の人に彼女が何かするわけじゃないの」
「つまり悪戯だったと?」
「悪戯っていうよりは、質の悪い忠告かしらね。 で、天の使いというのがこちらの衣玖さんの所の天人さんで……」
 幽々子が手振りを示しつつ衣玖を見た。
言葉を次げという意図があると見て衣玖は続けて話す。
「天人は比那名居天子様ですね。 私と共に地上へ降りてくる途中で一人で自由に地上を見て回りたいと思ったようで私をまいて先に行ってしまったんですよ。 そこで里のあの様子を目の当たりにして活を入れようとしたようでして」
「成程、今里はこの世の終わりが来たかのように言われているようですし、効きすぎたんですね」
「ええ、里がこのままであったとしても天地によって滅ぼされるような事はありません」
 白蓮にとっては悩みの一つだったのか、安心したように深く息をついた。
「で、今私達はこういう事をしてるのよ」
 言って、幽々子は紫の用意した書面を取り出した。
「もう一つ手を打って、立ち直ってもらおうという算段なのですね」
「ええ、そうよー」
「ですが、肝心の何をするのかが書かれていませんね」
 里のためであるなら協力する意思はある。 しかし内容が解らなければ賛成出来ない……そう思ったのだと衣玖は察した。
「因みに既にご記入頂いている方々も何をするのかを御存知ありません。 幽々子さんや私も同様に、です」
「まだ実際に取る対策は決定されていないものの、事態が急を要するので並行して賛同を集めているといった理解でよろしいですか?」
「そのように捉えてよろしいかと、ここへ来る途中に紫さんがスキマから顔を出して博麗神社で天子様達にも協力を求めているとおっしゃっていました」
 実際の所は博麗神社に霊夢・萃香・天子・小町・文がいたから例の書面の説明をするためもう書いてある方をちょっと貸してほしい、といったような発言だった。
まだ不明瞭な内容への疑いがある白蓮へはこう言った方がいいだろうと判断しての事だったが、もうひと押しが要りそうだと見えた。
「里があのような空気に包まれていますし、おそらくは一度大宴会を開こうとしているものかと愚考致します」
「宴会ねぇ、紫の事だからそういう方法にしそうだわー」
 衣玖の予想に同意する幽々子。
「宴会を?」
 それを聞いて白蓮は顔を曇らせる。
「ええ、それきりにしてまた真面目な生活に戻るよう、といった所かと」
「それは……」
 既に散々宴会をして酷い状況になっているとあって白蓮には抵抗があるようだ。
「人間は誘惑に弱いもので、一度転げ落ちればそこから抜け出すのは困難を極めます。 ましてや今回の件、貴女や命蓮寺に学ぶ人妖とは違い胸に教えを持たぬ者も多い。 よりどころを持たない人間には急に目の前の好餌を取り上げられて真っ直ぐに歩けと言われても酷な話でしょう……貴女達のように強くは無いのですから。 故にこれを最後、という線を引くけじめが要ると妖怪の賢者は考えるのではないでしょうか」
 衣玖は滔々と語った。
「……」
 白蓮は黙って考え込んでいる。
誰もが白蓮の答えを待って沈黙し……やがて白蓮が口を開いた。
「解りました。 私も賛成致しましょう」
「では私も賛成で」
 部屋の入り口からひょこっと別の人物が顔を出した。
「あら、神子さん、お早い決断で」
「私は元々、里のためにと何かをするのであれば出来る事があれば協力するつもりでした。 例え私の考えとは異なるものであったとしても新参者の私が至るのとは違った正解なのでしょうし。 部屋の外で白蓮さんの決定を待たせて頂いたのも、貴女の判断に余計な影響を与えたくなかったのです」
 言い回しが自信に溢れているが、その立ち居振る舞いを前に聞くと不思議と嫌味に感じない、大物であろうと衣玖は察した。
 神子と呼ばれた人物は部屋に入って来て一礼すると白蓮の隣に座った。
「紹介が遅れました。 里に時折出て行って助言をしている豊聡耳神子です。 出来る事といえば道教の術の心得がある事と人の欲の声を聞く程度で然程助けとはなれないでしょうけれど、協力いたしますよ」

 天子達は紅魔館の次に地霊殿を目指した。
旧都にある飲み屋に行った事があるからとここでも小町は距離を縮めて地底への洞窟の前までの移動を短縮していた。
 洞窟を進み、縦穴を降り、そこで……
「おっと、ここから先は立ち入り禁止だ」
 検問に引っかかった。
勇儀・パルスィが数名の地底の荒くれ者と共に縦穴の底・旧都への出入り口に立っている。
「立ち入り禁止? 地底に何かあったんですか?」
「逆よ、地上……人間の里があんな妬ましい事になっているからほとぼりがさめるまで情報を遮断してるってわけ」
「こっちも通してもらわないと困るのよね」
 天子はそういうと、一行の前に立って通すまじと意思を示している勇儀に紫の書面を見せた。
「……ほー、一向に収まったって話がなかったけど、ついに動くのか」
「そうそう、で、正直里にはあんまり関係ないって思ってるとこにも声かけて、名前出しといてもらわないと意識に壁が出来かねないじゃない?」
「話は解った。 さとりに取り次いでやろう」
 勇儀が地霊殿の方へ向かい、しばらくして許可が出たと戻ってきた。

勇儀に先導されて地霊殿の前に到着した。
「お二人はさとりさんの事を御存知で?」
文が訊ねる。 地底に来た事のない天子は勿論の事、どうやら小町も知らないようだった。
「さとりさんは心を読む力を持っていて、しかもそれを用いて意地悪な事を言って楽しむお方ですので、何か言われても怒ったりせずに適度に困ってあげて下さい」
 中々に難しい注文だ、しかし……
「今回は個人的じゃない用件で来てるし、怒ったりゃしないさ」
 小町が答える。 天子も同じ気持ちだ、文へ向けて頷いて見せた。

天子が地霊殿をノックしようとした瞬間。
ぎぃと音を立てて扉が開いた。
「皆さんようこそいらっしゃいました。 私がここの主、古明地さとりです」
 あまりに良すぎるタイミング、気付いて扉の前に控えていたのかと天子が疑うと、さとりはにやりと笑った。
「地上の件の協力を求めに来たと伺っていますが……今この場ですぐに署名をするわけにもいきませんので、少し待っていて頂けますか?」
「それは構わないけど」
「では、勇儀さんと旧都へ出ますので、皆さんはお茶でも飲んでゆっくりなさっていて下さい」

 さとりは天子一行を食堂に通すと、館の者に何か命じてから勇儀と慌ただしく出て行った。
「協力してくれるけど、独断でやっちゃいけないって事なのかしら。 でも、ここが地底の代表なんでしょ?」
 疑問に思った事を知っていそうな文に問いかける天子。
「確かに地霊殿が代表で、さとりさんが怨霊の管理をしていなければ地底は大混乱、首根っこ掴んでる形ですからお伺いを立てる必要はないとも言えるでしょうね。 それでもある程度歩調を合わせる方がやりやすいのでしょう」
「そういう事だったのね」
 少しの間取り留めのない話をしていると、空と燐が現れた。
「地上からのお客さんだね、こんにちは!」
「この元気なのがお空で私はお燐、さとり様のペットの烏と猫だよ。 よろしく」
「私は比那名居天子、たまたま地上に遊びに来てた天人よ」
「あたいは小野塚小町、サボタージュの泰斗とはこのあたいの事だ!」
 何故か得意げに妙な名乗り口上をあげた小町に、天子は白けた視線を向けた。
「なんでそんな妙な自己紹介してんのよ」
「いやぁさっきっからの堅苦しい空気を払拭できるかなとねぇ」
 先程から行く先々で悪ノリしている小町だが、天子もそれに乗ったり食いついたりもしているのでそれ以上は言えなかった。
「お姉さん面白いねぇ……ここの所地上との行き来が禁止になってるのをうちでも守ってるものでね」
「遊びに出られなくて退屈だったんだけど、丁度いいから話し相手になってもらえって!」
「……多分これ署名料みたいなものですね」
 文が天子に耳打ちした。
「話し相手、ねぇ。 私も似たようなものだからあんまり話せる事ってないのよね」
 空の言う「遊びに出られなくて退屈だった」は天界で過ごしている時の天子の心情とも一致する。
「え? それってどういう事?」
「私は天人で、天界に住んでるの。 だけど天界にいるのは私みたいなのじゃなくって厳しい修行を積んで欲を捨て去ったような頭の固い奴らばかり、息が詰まるようでね」
 共感を覚えてつい饒舌になってしまう天子。
「貴女も外に出ちゃいけないって言われてたの?」
「うん、でも自業自得なんだけどねー。 前に博麗神社を倒壊させて異変を起こした事があって、その頃は少しは自由があったけど、異変なんてやっちゃったから周りの目が厳しくて……あ、この際ついでに教えて欲しいんだけど、ここの怨霊が地上に湧き出したっていうあの異変って……私が地震を起こしたせい……?」
 時期が近い事もあって、以前から天子は両異変の因果関係を気にかけていた。 思わぬ形で当事者に訊ける事になったが……
「違うよ? お姉さんのせいじゃない。 お空が山の神様から、とある神様の力をもらった事で灼熱地獄跡を温めたら凄い事になっちゃったって所だね」
 はっきりと関係ないと否定された。 気がかりだった事が解消されて天子は胸をなでおろす。
「ところで貴女達はどんな用で来たの?」
 空の様子からは地上がどうなっているのかを知らないようにも思えた天子はとっさに言葉が出なかった。
「ちょっとさとりさんにお手伝いして頂きたい事がありましてね。 まだどうするのか私達もよく解らないのですが一応手伝ってくれるかどうかと訊ねに来たのです」
「何それ、よくわかんないね」
「ええ、よく解りません」
 文がとても強引に誤魔化した。
「でも地上との行き来が禁止になってる事と関係あるんでしょ? あれはなんとかなりそうなの?」
 誤魔化しきれなかったらしく別の質問が出た。
「それは近いうちになんとかなるでしょうね、そのために今回こうして協力を求めに来ているわけですし」
「何するんだか解らないけど、さとり様の能力があれば頼りになるだろうしね」
「ま、そういう事です」

地上との行き来についての話が済んでからは雑談程度の話をして過ごしていた一同。
しばらくしてさとりが戻ってきた。
「お待たせしました、では天子さん、すみませんが少し書斎までお越しください」
「え? 私だけ?」
「はい、すぐ済みますから文さんと小町さんはお空とお燐の相手をお願いします」
 さとりに連れられて食堂を後にする。
「お手数をおかけしてすみませんね」
「別にかまわないけどなんで?」
 単に署名をするだけなら食堂でもいいのではないだろうかと天子は訝しむ。
「天狗と違って筆記用具を持ち歩いてはいないので。 書面を受け取って1人で行ったら私が何か細工をしないとも限らないですしね」
「不正はしないからちゃんと見ておけと」
「はい」
 疑いなんてしないのになぁと天子は考える。 心を読んでいるさとりは特に何も言わなかった。

言葉の通りに書斎で筆記用具を取り出すとさとりはすぐに署名をして天子に書面を返した。
「書きましたよ、お待たせしてすみません」
「大丈夫よ、個人的には得るものもあったし」
 不安が一つ解消されたのは天子には思わぬ収穫だった。
「そうですか、それはよかった」
 ふと、窓の外、旧都の方角が目に入った。
「地上は大変な事になってたけど……こっちはまだ大丈夫なの?」
 そして浮かんだ疑問を問いかける。
「ええ、地上と地底とは元々は行き来が禁じられていて、間欠泉騒ぎ以降に少しずつ交流が増えていた程度でまだ盛んという程でもありませんでした。 地上からの来客が減ったと噂がささやかれだした頃、その原因が節度を失った宴会であると把握していたので封鎖に踏み切ったのです。 地底の荒っぽい者達がその宴会を真似てはすぐに治安が悪化しますからね」
「早い対応のおかげで未然に防げたってわけね」
 交流が然程ないように言った割に情報をつかむのが早い、ブン屋と何か繋がりがあったのだろうかと天子は漠然と考えた。
「文さんではなく私の妹・こいしのおかげですね。 他者から感知されない能力を使いながら無意識にあちこち行っている事がこんな形で役に立つとは皮肉なものです」
 こいしの能力について考え始める天子、すぐにさとりが言葉をつづけた。
「簡単に言えばすぐそこに居ても非常に気付かれにくいという能力を持っていて、具体的な例を挙げれば妖怪の山を天狗や妖怪に気付かれずに登り切った事があります」
「凄いわね……」
 地上に降りてきてまず最初にその問題にあたっただけに、とっさに羨望のような気持ちが浮かんでしまう天子だった。
「加えて何か惹かれる事気になる事などがあると無意識の行動で行ってみて何かを見聞きしているようで、思いもよらぬ事を知っていたりする事がありますね。 今回の里の件もその例です」
「……ところでなんでそんなに事細かに教えてくれるの?」
「実は私、話すのが好きなんですよ。 ここの所元々少ない地上のお客さんが少ないどころか皆無でしたからね」
 表情を変えずにそう答えるさとりを見て、天子ははぐらかされているのではないかという気がした。

妖怪の山の麓に到着した衣玖達。
「ここは立ち入る者を侵入者とみなし、排除しようとすると聞いていますが……」
「まずは入ってみて、事情を話してみましょ。 それでも駄目そうだったら……まぁ、その時考ようかしらね」
 完全に行き当たりばったりだが小町の居る天子側とは違ってこちらの面子では能力で無理矢理かつ何事もなく抜けるのも不可能だ。
 山の領域に入って飛ぶ事しばし、天狗の哨戒が現れた。
「この先は危険です。 引き返して頂きましょうか」
 白狼天狗の犬走椛だ。 手にした剣と盾の構えは進むつもりなら力ずくで止めると主張している。
「あら、早速ね」
「どうします? 話しても許可してくれなさそうに感じますけれど」
 衣玖から見ればいかなる理由があろうと認めないといった空気を感じた。
「そうね、話しても無駄だというのなら……妖夢」
「とても嫌な予感がするのですが」
「ええ、今方法を考えたの」
 幽々子は扇子で口元を隠しつつ、笑顔で言った。
「立ちふさがる障害は斬り払って通らないとね」
「はぁ、どうせこんな事だろうと思いましたよ」
 妖夢はしぶしぶといった様子で衣玖・幽々子の前に出た。
「そういうわけですので、お手合わせ願います」
「引き返すつもりはない、と。 では、お相手致しましょう」
 互いに構えて向き合う。
どちらからともなく剣を振るって弾を放つと、両者一気に間合いを詰めた。
巧みに弾を交わしながら妖夢は椛の足を狙った斬撃を放った。 それに対し椛は跳躍するような姿勢で交わしざまに下段突きを放つ。 斬りつける流れそのままに妖夢は駆け抜け、椛の剣は空を切った。
両者初撃をやり過ごし、逆転した位置関係で再び構えてにらみ合う。
今度は妖夢が先手を取った。 半霊を凄まじい速さで椛に向けて飛ばす。 椛はそれを盾で往なした。
しかし半霊による攻撃はそれだけで終わらない。 弾かれるもそのまま至近距離に留まり周囲に短射程の弾を放つ。 椛は姿勢を低くして前方に抜け……そこには一気に間合いを詰めた妖夢がいた。
妖夢の袈裟斬りが椛を襲う。 椛は逆袈裟に剣を振るってそれを受けた。 そのまま身を捻って盾で足を狙うも、妖夢は後ろにさがってかわす。 続けざまに椛は突きを放った。 半身をさげて突きをかわしつつ楼観剣の柄で腹を狙った打撃は盾により防がれた。
 両者間合いを離して再びにらみ合う……が、椛は剣をおさめた。
「……よくわかりました。 やめにしましょう」
「あら? 見事な剣舞なのにもう終わり?」
「だからこそです。 良い勝負が出来そうですが、後に2人も控えていては手に負えません。 上司に報告へ行きますのでこれにて失礼します」
 椛はぺこりと頭を下げると山の奥の方へと飛んでいった。
「あ、じゃあ侵入者は白玉楼の2人と竜宮の使いだって伝えておいてねー」
 遠ざかる椛が顔だけこちらにむけてこくりと頷いた。

その後は障害もなく守矢神社の近くまで来る事が出来た。
「全く邪魔が入りませんでしたね……」
 追っ手が来ると思っていたのか妖夢は拍子抜けしたといった様子だ。
「私が本気出すと死屍累々だもの」
 さらっと物騒な事を言う幽々子。
「すると、山の天狗達はその能力を知った上で、私達が制止を聞かずに立ち入る意思を見せた以上は手を出すと危険であると判断したという事ですか」
 急を要する状況とはいえ随分と形振り構わぬ方法だ。
「そういう事でしょうねぇ。 後で新聞屋さんを通して菓子折りでも送らないといけないかしら」

 守矢神社の境内には誰もいなかった。
入って行っても出迎えはない。 が、衣玖は屋内に複数人の存在を感じ取った。
「中に居るようですね」
「何かあったのかしら……?」
 敷地内に入ってもやはり反応はない。
「お邪魔するわよー。 みんな元気ー?」
 幽々子が玄関をくぐりつつ声をかける。
そこでようやく奥から慌しく足音がした。
「ああっ! 幽々子さんに妖夢さん、よくいらっしゃいました!」
 足早にやってきた早苗が妖夢に抱きついた。
「ど、どうしたんですか?」
「あら? 早苗、私と衣玖さんにはなし?」
「え? あ、お二人だけでなかったのですね、失礼しました」
 慌てて居住まいを正す早苗。
「神奈子と諏訪子にも紹介しないといけないし、まずはあがらせてもらおうかしらね」
「はい、皆さんどうぞ」

 居間には神奈子と諏訪子が座っていた。
なにやら難しい顔をして腕組しているが、特に調子が悪いといったような事はないように見える。 守矢神社の3柱の身に何かがあったというわけではないようだ。
「ああ、よくきたね」
 神奈子の声音は不機嫌そうだった。
「機嫌悪そうねぇ」
「里があんな事になってから、人間からの信仰が明らかに減ってるってずっと機嫌が悪いんですよ……」
「私なんかもう祟っちゃおうかと思ったくらいだけど、早苗に止められて踏みとどまったんだよ」
 天地よりも先に神によって酷い目に遭いかねない所だったようだ。
「成程、こんな調子の中で板ばさみだったから妖夢を見て思わず抱きついちゃったのね」
「お恥ずかしい限りで」
「すると、私達の目的を果たす事は難しそうですね」
 衣玖がそういうと、神奈子と諏訪子は幾分か不機嫌さを薄めた。
「そういえばそちらさんは?」
「イライラしてて挨拶が遅れちゃったね」
「いえ、お気になさらず。 私は竜宮の使いの永江衣玖、地上に降りた天人の比那名居天子様を追いかける際に、幽々子さんから地上の状況を伺ってお手伝いをする事になりました」
 諏訪子は意外そうな顔をした。
「天人が地上に危機感を覚えて忠言に来たの?」
「いえ、ただ退屈だったからというだけで私はそのお目付け役です」
「退屈って、変わった天人さんだね」
 神奈子も腑に落ちないらしい。
「博麗神社を倒壊させた張本人ですから」
「あー、そうか」
 どうやら面識がないせいで一般的な「天人」をイメージしていたようだ。 異変の事は知っていたらしくこの一言で納得した素振りを見せた。
「貴女達は里の問題を解決しようとしてるんでしょ? 私達に何かさせようってここへ来たの?」
 諏訪子の問いかけに幽々子が紫の書面を取り出した。
「ちょっと署名のお願いにね」
 ちゃぶ台の上に置くと、守矢神社の面々が覗き込んだ。
「ふーん、スキマ妖怪が何かしようとしてる、と」
 書面では文責について触れられておらず、霊夢の名しか挙がっていないが神奈子は見てすぐに察したようだ。
「と、なると当然のように何をするつもりなのかはまだ明かされてないんだよね?」
 幽々子は頷いて答える。
「署名を集めるように頼まれてる私、それにこうして名前を挙げられてる霊夢も、何をするんだか解ってないの。 だからこれまで署名してくれた人達も同様に知らないわ」
「他の連中もそれだけ危機感を抱いているって事ね」
 衣玖は言葉の端々に神奈子・諏訪子も里の状況を案じていて解決を望んでいるように感じたが、同時に2柱揃ってこの件への賛意は薄いようにも感じた。
「……何か賛同しにくい理由がおありなのですか?」
 問いかけると2柱の神は少しばつが悪そうな顔をする。
「あーうー……なんとかしてあげて元通りになってもらうというなら協力も吝かではないんだけど……」
「私達は神だからねぇ、信仰の薄くなった奴らに何かしてやるってのも道義にもとるんだよ」
「それこそ祟るんなら問題ないんだけどね」
 宴会騒ぎにかまけて一時的に信仰を示さなくなっている連中が多くいる、そういった手合いのためにと動くのは神のなすべき事ではない、と。 衣玖は守矢神社の面々を視線だけ動かし見渡して、少し考えてから言った。
「早苗さんは神奈子さんと諏訪子さんの力を行使出来んですよね」
 衣玖がここに来る途中に受けた説明では早苗が異変解決に赴く際に神奈子・諏訪子の力を使っていたと聞かされていた。
「はい、そうですね」
早苗の纏う雰囲気は「お二人が動けないなら私だけでも」と主張している。
「今回の件は最早異変と言うに十分かと。 異変解決のため早苗さんに力を貸すという意味合いならばどうでしょうか」
「詭弁だね」
 提案を切り捨てるような言葉、しかし神奈子は笑っていた。
「だけど乗るには十分だ」
「大丈夫なんですか?」
 詭弁と断じてもそれに乗ろうとしている事に、他人事ながらも不安そうな様子を見せる妖夢の問いかけ。 神奈子は笑って答える。
「古今東西いかなる宗教も信仰を集めるに建前や詭弁を使う部分だってあるんだ、丸く収めるための手助けの言い訳には十分さ」
 斯くして守矢神社の面々も書面に名を記入した。

夕方、博麗神社に天子達と衣玖達が揃った。
 2枚の書面を合わせ、紅魔館・白玉楼・永遠亭(慧音・妹紅)・守矢神社・地霊殿・命蓮寺(神子)……各地の面子が一堂に会した。
「1日で全部集まったわね、上出来よ。 これで動かせるわ」
 紫は上機嫌そうな様子を隠さず言った。
「んで結局何すんのよ」
霊夢が問うものの、紫は得意げな顔をすると
「まだ秘密」
「この期に及んでまだも何もないでしょうが」
「明日の朝一番に始めるわよ、とりあえず今日は終わり。 明日に備えて英気を養っておきなさい」
 鰾膠もなく言う事を言い終えると紫はスキマを用いて帰ってしまった。
「何だってんだか全く……」
 未だにはっきりしない事に霊夢は不機嫌そうだ。 そして不機嫌そうなまま天子の方へ向き直る。
「何?」
「あんた地上でどこに滞在するか決まってんの?」
「あ、そういえば何も考えてなかったわ」
「全くもう……いいわ、うちに泊まっていきなさい」
 八つ当たりでもされるのかと思っただけにその提案に天子は驚いてしまった。
「いいの?」
「宿無しで野宿ってのも寝覚めが悪いし……どうせ明日から紫に振り回されるんだからうちにいた方が動きやすいでしょ?」
「あ、じゃああたいもいいかい?」
 小町が便乗して来た。 霊夢はあからさまに面倒くさそうな表情を向ける。
「なんであんたもなのよ。 帰ればいいでしょ」
「そう言わないでおくれよ、折角休暇なんだからお泊りでもしたいのさ」
 霊夢は深々とため息をついた。
「しょうがないわね。 但しあんたらみんな同室よ」
 天子・衣玖・小町を指さしそう言った。

翌朝、人間の里は昨日とは違った意味で騒然となった。
空から大量の書面が降ってきたのだ。
内容は3種類、うち2種は天子・衣玖が協力して集めた署名だったが、残る1種は最後まで明かされなかった里への提案が記されていた。

3日後に幻想郷に住まう者全てが参加自由の大宴会を開催する、会場及び移動手段、酒・食品の手配は賛同した署名者で行う。 この宴会を終えてからは皆元通りの真面目な生活に戻る事、守らぬ場合はぶちのめす……という旨が記されていた。

「どうすんのよこれ!」
 何食わぬ顔でスキマで博麗神社の居間に現れた紫に霊夢が詰め寄る。
「どうって?」
 いけしゃあしゃあとおうむ返しする紫。
「幻想郷の全員ってどんだけ広い会場とたくさんのお酒と食べ物がいると思ってんの! しかもそれを私達だけで用意するなんて!」
「協力すれば不可能じゃないわ。 そのために署名をもらってきたんだから」
 まるでもう事が済んだかのような気楽ささえうかがえる紫の声音、不足なく開催できると疑っていないようだ。
「もう準備は始まってるわよ?」
 言うと、紫は無造作に畳に手を触れ、地面を開けた。
「これは神子達の?」
「そう、道場のとは別に仙界の空間を用意してもらったの。 さ、入って頂戴」
 霊夢が入っていったのに続いて、成り行きを見ていた天子達も続いた。

果てがあるかも解らない広大な空間、その一角に幾つか結界が張られ、大量の棚が置かれていた。
棚は大きさこそ統一されているが造形が様々になっている、この自由な作りは恐らく河童製だ。
「あ、巫女だ」
「おはよう、私達も手伝うわ」
 チルノとレティだ。
冷気を操る妖精と寒気を操る妖怪、似通っているとも言える力を持つ両者が協力の意思を示しつつこの異空間にいるのは……
「準備こそ可能とはいえ実行するのは少人数、今から食材の用意をしなければならない。 傷んでしまわないようにこの2人の出番というわけ」
 紫はそう説明した。
「私が冷蔵保存担当でチルノが冷凍保存担当、取ってきた食材を置く時は間違えないようにお願いね」
「レティよりもたくさん冷やしてあたいの方が上だって証明してやる!」
「ふふん、やれるものならやってみなさい」
「保存、はいいんだけど、3日間ぶっ通しで能力を使うって事?」
 天子は紫に質問した。
「それについてはほら」
 紫がレティと結界の間を指し示した。
目を凝らして見るとレティと結界の間に何か光の線のようなものが見える。
「魔女の力でこの空間に居さえすればあの結界の中に能力を自動的に発動するようにしてあるの。 無理なくやれるようにサポートも頼んであるわ」
 指差す先でパチュリーが持ち込んだと思しき大量の本を積み上げつつ安楽椅子に座って本を読んでいた。
「私も居ますよー」
 美鈴が控えめに主張してくる。
「この紅美鈴が番をしている限り、つまみ食いなどさせません!」
 各結界の見張りを受け持っているらしいが、恐らくチルノの相手役兼この空間に滞在する面々の和ませ役といった所だろう。
「お主らにもこれを渡しておこう」
 更に別の声が横からかかった。
いつの間にか布都が何かの装置のようなものを手にして近寄ってきていた。
「我々の仙界への扉を開く術を、古道具屋の霖之助とやらが道具によって行えるようにしたものだ。 地面に布などで狭い隙間を作った後に、この引出の中の石を四方に置いて、ここの突起を押すと作動するようになっておる。 ここから出る時も同様だ。 扉を作った後は石の回収を忘れぬようにな」
「大体解ったかしら? じゃ、戻るわよ」
 紫の後に続いて霊夢・天子・衣玖・小町は博麗神社へと戻った。

「というわけだから、貴女達は適当に食材調達担当に回って頂戴」
 そう言い残して紫はスキマでどこかへと去った。
後に残される天子達4名。
「……なんだかすごい事になってたわね」
 霊夢が圧倒された様子で呟いた。
「あんなの見たらなんだか、出来そうな気になっちゃうわ」
 能力を有効活用しての準備、名だたる面々がそろっているのだからその組み合わせ次第でどうにでも出来るだろうと、仙界の食糧貯蔵庫を目の当たりにした今天子はそう思えた。
「紫さんが既に事をなしたといった空気を纏っていたのも納得出来ました……」
「ところで食材を用意しろって言われたけどどうするかねぇ」
「あ、それなら私に提案があるわ」
 天子の言葉に一同の視線が集中した。
「釣りしましょうよ、みんなで」
「お、いいねぇ、のんびりしながらも貢献できる」
 腕に覚えがあるのか小町は釣れる事前提で賛同した。
「私だけ行かないってのも難だしついていこうかしらね、萃香ももうどっか行ってなんかしてるみたいだし」
 霊夢も参加を表明し、4名で釣りに行く事になった。

とはいえ博麗神社に4人分の釣り具はない。
一行は香霖堂を訪ねて不足分の釣り具を借り受けてから妖怪の山へと向かった。

妖怪の山の入り口まで到着した所で……
「あ」
 不意に天子が声をあげた。
「ん? どうしたの?」
 霊夢の問いかけに天子はばつが悪そうな顔をした。
「そういえばブン屋にここ通るなって言われてるんだったわ……」
 天子は昨日地上に降りてきてからの文とのやり取りを話した。
「そんな事があったのね。 みんなちょっと待ってなさい」
 そう言うと霊夢は一人で奥へと入っていった。

しばらくすると文を引き連れて戻ってきた。
「大丈夫よ、入っていいって」

 渓谷まで向かう道すがらでの文の話によると、今朝早くに萃香と勇儀が現れて、3日後の宴会の準備のために山に入らせてほしいと頼んでいたらしい。
 言葉こそ頼む形ではあったがかつて山を支配していた鬼の言葉とあっては実質的に「入らせてほしい」ではなく「入るぞ」と言っているようなものだ。
「で、そのままなし崩し的に宴会の準備のために来る者限定で立ち入りを許可するという事になってしまいまして」
 天狗達にとってはなんとも災難な話だ。
到着する間際になって、文は問題があった場合に備えて控えていなくてはならないからと去っていった。

渓谷では萃香と勇儀が場違いなパイプのそばで何かしていた。
「おー、霊夢もこっち来たんだー」
「無茶を押し通したらしいけど、こういう事だったのね」
 パイプで清流の水をひいて、それを伊吹瓢に注いで酒にし、星熊盃で酒の質をあげて、2人の後ろに置かれた大量の甕に入れていっているようだ。
「水をお酒に変えているんですか、良い連携ですね」
 衣玖が感心して言うと萃香はえっへんと胸を張った。
「水をひいてるこれは河童にやらせたのかい?」
 小町が問うと勇儀が頷いた。
「突貫工事でぱぱっと作ってもらったよ」
 どうやら災難なのは天狗だけではなかったらしい。
「私達は釣りに来たの。 折角だしここでやろうかしらね」

 適度にばらけて釣りを開始……と、思いきや、小町は天子の近くに位置取ろうとしているらしく天子についてきていた。
「……なんでそんな近くに寄りたがるの?」
「天人は釣りが好きと聞くから是非その腕前を近くで拝見しようとね」
「ほーぅ」
 提案にも真っ先に乗っていた、つまり競いたいのだろうと天子は思った。
「いいわ、貴女の挑戦受けて立とうじゃないの」

 対抗心を燃やしてみたとて勢いよくこなしていけるわけでもなく、所詮は魚の気分次第。
釣竿を動かしてみたりしながらも雑談で時間を潰す事になる。
「しかしお前さんとお付きの竜宮の使い、すっかり今回の件の功労者だねぇ」
「そうかしら?」
 これから本番の宴会準備では大した事も出来なさそうだと思っていた所に褒められて、天子は少し照れくさい気持ちになった。
「あっちは幽々子に頼まれて同行してその場その場で適した発言をして口説き落としたっていうし、お前さんも先頭に出て頑張ってたじゃないか」
「流れで与えられちゃった役目を果たそうとそれなりに頑張ってただけよ」
「謙虚だねぇ」
 水の流れる音だけが辺りを支配し、少しの沈黙が続き……
「あ、来た」
 呟くと、手早く竿を動かし、天子は見事最初の獲物を釣り上げた。
「おー、先手はそっちだね」
「早く釣らないと置いてっちゃうわよ?」
「こりゃ頼もしい」
 再び沈黙……
今度は天子が口を開いた。
「私達を功労者だって言うけど、貴女だってそうじゃない」
「あたいが?」
「ええ、あの距離を操る能力がなければ結構面倒だったんじゃない?」
「そりゃそうだけど必要不可欠ってもんでもなかったはずさね、お前さんには及ばないよ」
 褒めるつもりが重ねて褒められてしまった。
「遊びに来たはずだったんだろう? こんな騒動に巻き込まれて災難だねぇ」
「それは貴女もそうでしょ、休暇のはずがすっかり厄介ごとに首を突っ込んでるわ」
「幽霊を連れてく仕事の日々に比べればこれだって新鮮さ」
「奇遇ね、天界で退屈な日々に比べればこれだって新鮮だわ」
 二人のあまり静かでない戦いはまだ続く。

一方衣玖は一人で釣っていた。
天子のやりようを見てそれなりに真似てみようかと思っていたのだが、小町がついていきたがっている空気を察して離れたのだ。
 霊夢についていけば文句を聞かされそうだし、鬼の近くではついでとばかりに飲まされそうなので避難した形でもある。
ふと、近くに何者かの気配を感知して振り返る。
……妙だ、注意を凝らすと確かにそこに誰かが居ると空気は知らせているのだが姿はない。
「どなたかそこに隠れているのですか?」
「ひゅい!?」
 妙な声があがった。 見えないが確かに居るようだ。
「な、なんで解ったの?」
 誰も居なかった場所にいきなり姿が現れた。
「私は空気を読む能力を持っていますので、見えてはいませんでしたがそこに誰かが居るとだけ解ったんです」
「そういう事かぁ、いや、悪かったね。 巫女みたいに釣ってるから知り合いなのかなーと思ってつい。 私はここにすんでる河童の河城にとりだよ、よろしく」
 手を差し出され、衣玖は握手を交わした。
「鬼に働かされて大変だったようですね」
「あー、あれねー」
 にとりは先程萃香と勇儀が作業をしていた方角を見やった。
「モノ自体はそう難しいものでもなかったんだけど、何せ鬼の依頼だからね……失敗でもあっちゃ酷い目に遭うって所だけが辛かったねぇ」
 言葉に反して単に嫌がっているとだけにも見えないと衣玖は感じた。
「上下関係が厳しいんですね」
 対して衣玖の方はといえば時に天子に辛辣な事を言いもするし、天子が起こした異変の際にはお灸を据えると戦った事すらあった。
この河童に比べればある意味では楽なのかもしれないなどと考える。
「そう、厳しいんだ。 その上下関係が影響しないような立場で来てくれりゃいいんだけどさぁ……ちょっと遊びに来て呑んでいく、とか」
 今しがた感じたものはこういう事だったらしい。 つまり遊びに来る分には吝かでもないのだろう。
「ですが鬼に付き合って呑んでいたら大変な事になるのでは?」
「たまにならそれも悪くないよ……たまにならね」
 頻繁に付き合うのは真っ平御免のようだ。
「それにしてもスキマ妖怪が妙な事してたと思えばこれを見据えていたとはねぇ」
「彼女が何かしていたんですか?」
「私ら河童に対して依頼をしてきたんだ。 家で使う棚が欲しいけど折角だから良いものにしたい、そこで河童達にこの寸法で自由に作ってもらって全て引き取り、一番良いものを使わせてもらう。 一番良いとして選んだものを作った河童にはきゅうり100本を進呈……とね。 鬼の2人が言うには実際は不合格だった棚をどこぞの広い場所で有効活用してるって話しじゃないか。 ちゃんときゅうり100本もらえたからいいけどさ」
 きゅうり100本を得たのはにとりのようだ。
「ああ、成程。 おかげさまで助かっていますよ」
 あの仙界貯蔵庫の結界内に置かれた自由な棚はそういう事情で用意されいたらしい。
下準備をしつつきっちり自分を益を得ている辺り抜け目がない。
「ところであんたは釣りは初心者なのかな?」
「はい、そうです。 ……やっぱり解りますか」
「そりゃそうだよ、ただ垂らして放っておくだけじゃ物好きな奴しか食いつきゃしない。
 どれ、ちょっと一肌脱いでやろうか」
そう言うとにとりは竿を手に取り……釣り方の講義をしてくれるのかと思いきや、糸を引いて回収し、地べたに置いた。
「さぁ釣竿よ! 河童印のハイテクロッドに生まれ変わるがいい!」
 改造するつもりのようだ。
「あ、すみません、そういう事なら少し待っていただけますか?」
「おん?」
 工具を取り出してはその辺にぽいぽいと放っていたにとりが手を止める。
「それ、霊夢さんの持ち物ですから勝手にやると怒られるかもしれません」
 実際は衣玖の分は香霖堂で借りたものなのだが、そう言っておいた方が手を止めてくれやすいだろうと敢えて衣玖は嘘を言った。
「げげ! 危ない所だった……」
「ちょっと訊いて来ますね」
 衣玖は釣竿を手に霊夢の元へ向かった。

「というわけなのですがどうしましょうか」
「河童の改造ねぇ、魚がよく釣れるようになるなら問題ないわ。 でも霖之助さんとこのを勝手に改造するわけにもいかないしね、私がそれ使うから、こっちのうちにあった分にやってもらっておいてくれる?」
「はい、解りました」

「こちらであれば改造して構わないそうです」
 霊夢から借り受けた釣竿をにとりに手渡す。
「おお、許可が出たんだね。 じゃあ心置きなくやるとしようか」

 太陽が空の頂点に達した頃、天子達は合流してそれぞれの釣果を確認しあった。
「……」
「……」
 天子と小町が唖然としている。
それもそのはず、衣玖が天子・小町の釣果の倍近くを釣り上げていたのだ。
「ああ、私の方はこれのおかげなんです」
 と、衣玖はにとりが改造した竿の事を説明した。
「入れ食い状態な上に釣り上げるにもボタン一押し労力要らず……とんでもないものを作って行ってくれたものです」
 あまりによく釣れるからと適当に切り上げた、その結果で倍近くだった。
「ある意味では運を味方につけた勝利とも言えるねぇ」
「衣玖は私達と勝負してたってわけじゃないけどね」
 天子はこれで衣玖に負けていたとは認めたくないらしい。 衣玖の方も実力ではないため天子に勝ったとは言いたくない気持ちがあった。
「目的は宴会の準備なんだから勝ち負けなんてどうだっていいわよ、それより早く魚を置きに行きましょ」
 霊夢は布都からもらった装置を使用して仙界への扉を開いた。

「あら、貴女達は何を持ってきたの?」
 幽々子が仙界に来ていた。 普段から何かと楽しそうにしているが今日はそれに輪をかけている。
「妖怪の山の渓谷で釣りをしてきたのよ」
 天子は自分の釣った魚を入れた魚籠を見せる。
「大漁ね」
「あんたこんなとこで何してんのよ」
「極楽浄土でも見られないであろう光景を楽しみに、ね」
 そう言って結界の方を指した。
他の面々も結果を搬入しだしているようで結界の中には食材が増えてきている。
「見てるだけで心躍るわねー」
「それは結構だけどあんたもなんか手伝いなさいっての」
「妖夢が山を駆けてお肉調達を担当してるわよ。 適材適所ね」
 自分は食べる担当だ、と、言わんばかりだ。
「はぁ……つまみ食いだけはやめときなさいよ?」
「勿論よー。 それはそうと、作業場が増えてるわよ、貴女達も見て行ったら?」

 魚を搬入してから入り口近辺に居た布都に増えた作業場とやらについて訊ねて入り口まで案内をしてもらうと……
「え?」
 入った先には農場があった。
作業場が増えた、というからには新たに作ったものであろうに既に様々な野菜が実をつけている。
異空間に用意された農場という構図は天界暮らしになれた天子にも現実離れしている光景に見えた。
「いらっしゃーい」
「こんにちは、ようこそ永遠亭による農場へ」
 出迎えたのは輝夜とリグルだった。
「これ、あんた達が?」
 霊夢の問いかけに輝夜は得意気な表情を浮かべる。
「2割くらいは!」
 それは得意気にしていい数字なのだろうか。
天子は突っ込みたくなったが衣玖に視線で制止された。
「内訳としては諏訪子が土壌を用意して、永琳が肥料を用意して、私が時間を早めて、リグルが作物の受粉ってとこね」
「そして1日過ぎた事になった畑には私達も手伝って水遣り、と」
 てゐが疲労感溢れた声で付け足した。 鈴仙と共にぐったりしている。
「極端に広くはないと言っても、何度も何度もやるから大変で……」
「貴女達情けないわねぇ」
「普段動きたがらないくせになんで一番元気なんですか姫様……」
 蓬莱人は死なないが故に倒せない、しかし疲弊はするものなのだが……
「ま、頑張ってね。 こっちはこっちで頑張っておくわ」
 あまり長居をするとてゐ・鈴仙に助けを求められそうな気がしたのか霊夢は早々に切り上げた。

「凄かったでしょー?」
 貯蔵庫の空間に戻ってくると幽々子が相変わらず楽しそうに声をかけてきた。
「無茶苦茶な事するわねぇ」
 天子は素直な感想を漏らした。
もしかしたら誰かと能力を組み合わせると自分も何か思いも拠らぬ活用法があるのでは、と思いがよぎったものの、自然災害を起こす・鎮めるといった内容では難しそうだ。
「皆さんお疲れ様です」
 そこへワゴンを押して咲夜が現れた。
「調理の方も当日だけでは追いつきませんので既に始めています」
 疑問を予測してかそう言って、ワゴンを開けると湯気を立てた料理が見えた……が、一瞬の事で、すぐに消える。
 時を止めて搬入したのだろう。
「保管場所は時を止めておりますのでご心配は要りません」
「チルノとレティは勝手に能力が発動するようにって準備したらしいけどあんたは?」
「お気遣い有難うございます。 ですが私はこの程度、慣れておりますので」
 事も無げに言う咲夜。
「それに調理担当を地霊殿も受けて下さっていて主力はあちらですから、思ったよりも大分楽をさせてもらってますよ」
「あー、あんたんとこ妖精だからあんまり役に立たないんだっけ」
「今回ばかりはよくやってくれていますがね、いつもこうだと有り難いんですが……」
 咲夜は苦笑いを浮かべる。 衣玖はそういう所も悪くはない、といった空気を感じたものの口には出さないでおいた。

仙界から出ると先程の渓谷に出た。
どうやら布都達が実際に術を用いるのと違って「入ってきた時の場所」で固定されているらしい。
「やっぱり本物よりもちょっと不便なのね」
「自由な場所に出られるって所まで再現してくれればいいのに」
 天子と霊夢が各々不満を漏らす。
「まぁまぁ、お前さん達はまだいいじゃないか、あたいがついてるから手早く移動出来るんだし」
「まぁね」
 一行は萃香と勇儀――いつの間にか川魚を取って焼いて呑みながら作業していた――に別れを告げつつ博麗神社に戻った。

 博麗神社に戻ると……
「おーっす」
「お邪魔してるわよ」
 魔理沙とアリスが上がりこんでいた。
 しかも勝手にお茶を飲んでいる。 霊夢が凄い勢いで文句を言うのだろうと思った天子だったが……
「はい、これ」
 アリスが可愛らしい装飾の施された袋を差し出した。 霊夢が開いて覗き込むとともに辺りに甘い香りが漂う、天子達には中身は見えなかったが作って持参したお菓子のようだ。
「アリスは解ってるわね、それに比べて魔理沙と来たら……」
「ん? 対価を寄越せっていうならきのこ持って来てやろうか? きのこティーってのも乙なものだぜ?」
(興味は湧くけどきのこってだけで恐ろしいわね……)
 胸中密かに呟く天子。
「そんなもんで喜ぶのはあんたくらいでしょうに」
「貴女達も宴会の準備をなさっているのですか?」
 衣玖が訊ねると、魔理沙が頷いた。
「ああ、ここの所暇だったもんだからついきのこ採集にも精が出ていてなぁ……で、その成果を置いてきた」
「里があんな具合でみんな暗いし行けない所もあるし面白くないって言って、うちに来るか紅魔館に行くかきのこ採ってるかって生活してたのよね」
 ここで言う「みんな」とは永遠亭に居た慧音・妹紅や守矢神社・命蓮寺を指しているのだろう。
昨日天子が妖怪の山の麓で会ったのはそういう事情のきのこ採集の一環だったらしい。
「集めた食材は仙界に集めているのに、どうやって行ったんだい?」
 小町が訊ねるとアリスが例の装置を取り出した。
「里に落ちてきた告知で知ったはいいけど手伝うにはどうすればいいか解らない、霊夢なら知ってるんじゃないかってここに来たら紫が教えてくれたってわけ」
「で、そのまま居座ってお茶飲んでたのね」
「とりあえずきのこの納品をしたけどこの後どうしようかと思ってなぁ」
 更にきのこを持っていくという選択肢は無いらしい。 最近盛んに集めていたというだけあってさしあたって今はやりたくないのだろう。
「こっちはこっちで釣りをして戻ってきたばかりなのよねぇ」
 天子が言うと、一瞬魔理沙は嬉しそうな顔をしたものの……
「それじゃあこの後また釣り行こうぜってのも難だよなぁ」
 参加したかったようだ。
「ところで貴女達、お昼は食べた?」
 不意にアリスがそう尋ねた。
「戻ってきたばかりだし、まだ食べてないわね」
「じゃあ仙界に行きましょ」

 アリスに言われるがままに再び仙界に入った一行。
 つい先程来たばかりだが……
「まさかみんなで運んだ食材から分けてもらうって話じゃないわよね?」
「という事は、知らないのね」
 天子が尋ねるとアリスは意味深な事を言った。
先程訪ねた永遠亭の面々による農場への入り口とは違う場所に拡張した空間への入り口があった。
入ってみると……
「あら? バレちゃった」
「ん? ああ、いらっしゃい」
 妹紅の焼き鳥屋台があった。
 幽々子が席について焼き鳥を頬張っている。
「ついさっきここの事を全く言っていなかったのは隠していたんですか」
 衣玖がそういうと幽々子は肩を落とした。
「短い独り占めだったわ」
「幽々子さんも悪気があっての事ではないんですよ。 久しぶりに屋台を出す前の練習……の、前の練習に付き合って下さっていたんです」
「そうそう、最初から人数多くても辛いだろうと、ね」
 慧音の助け船に乗る幽々子。
「あんたの場合これ幸いとばかりに自分が楽しんでるんでしょうが」
 しかし霊夢の冷静な指摘が入った。
「さっき昼頃から始めるつもりだって教えてもらったから来ちゃったけど、そういう事なんだったら急にこんな人数で押しかけちゃ悪かったかしら?」
 アリスが妹紅に訊ねる。 確かに幽々子を含めると7人の大所帯だ。
「本番はこんなもんじゃないだろうし、焦がした肉も食べてやろうって言ってくれるんなら構わないわ」
「じゃ、お言葉に甘えましょ」

 屋台に加えてテーブルと椅子4つが3セット、15、6人程を想定しているようだ。
 幽々子が屋台席を譲る素振りを見せた所で霊夢に「あんた達は初めてでしょ?」と天子・衣玖が屋台席を譲られた。
あと1人屋台席に、という所でアリスが希望しなかったために小町が座る事になった。
「こうしてまた屋台をやれるのもあんた達のおかげだね、有難う」
「別に……私達はたまたま流されるままやってただけよ、あのスキマ妖怪がなんか企んでなかったらこんな風にはなってなかったわ」
 妹紅にお礼を言われて照れくさくなってしまう天子。
「いずれにせよなんとかなりそうで良かったですね」
「ああ、あの里の様子を見た時は手の施しようがないんじゃないかとすら思ったよ」
 衣玖と小町も思い思いに語る。
「そのうち人のために何かをしてそのお礼に、という形は崩れるだろうとは思っていましたが、あれ程まで収拾がつかなくなるとは思いませんでした……」
 慧音はため息をつく。
 敢えて里の者との接触を避けて永遠亭に逃げ込み、そこでも取り乱していた、余程辛かったのだろう。
衣玖が注意を払ってみてみると、今は幾分か元気を取り戻しているようだった。
「何だったんだろうね、宴会宴会ってずっとやってりゃ生活も立ち行かなくなるってみんなもわかっていたろうに」
「ここの所10季程、1、2季に1度は何か異変が起こっていて人々の心も疲れていたのではないでしょうか」
 博麗の巫女を含む数名が解決に赴くような異変が頻発している。 里にも直接影響のあったもの、間接的に影響の出そうだったもの、影響のないものと様々あるが、本格的に危機に見舞われれば抗う力がない・足りない者からすると気が気ではないはずだ。
「勿論皆が皆そう思っているわけではなく、なんだかんだでなんとかしてもらえるだろうと思っている者もまた少なくは無いのでしょうけれど」
「成程、そのようにも考えられますね」
 衣玖の考えは正に異変を起こした当事者である天子には耳が痛い。
「そういう背景があっての事なら、あたい達の芝居の後にそれなら死ぬまで宴会してやろうって声があったらしいのも頷けるねぇ」
「なんとかなりそうなんだから、こんな暗い話しなくったっていいじゃない」
 天子としては針の筵に座るようで落ち着かない、話題の転換を試みる。
「準備は具体的に誰が何担当って決まってるの?」
「スキマ妖怪から直接協力を依頼されてる連中を除けば特に決められてるわけじゃなくて各自が出来る事を勝手にやってるようだね、私が知ってる限りだと……」
 妹紅の説明によれば
紅魔館が美鈴・見張り、パチュリー・能力補助、咲夜・調理と料理保存
白玉楼が妖夢・妖怪の山で肉調達
永遠亭が全員(とリグル)で農場運営
守矢神社が諏訪子・農場の土壌生成
 地霊殿がさとり・パルスィ主導で人形態を持つ妖怪ペットが調理
神子達が仙界空間の維持・拡張管理
といった具合だった。
天子達が見聞きしてきた事とあまり変わらない。
挙げられなかった部分を足せば……
チルノとレティ・食材の保存
慧音と妹紅・当日調理の準備兼食事提供
萃香と勇儀・妖怪の山で酒生成
魔理沙とアリス・魔法の森のきのこ納品
 霊夢と天子達・妖怪の山で川魚調達
 と、なる。
「今の所命蓮寺は何もしてないのね」
「まぁあそこは酒も御法度だし、宴会にゃ向いてないからね」
 更に能力も宴会の準備向きではない。
「多くの方が動いていますがまだ全てが揃っているとは言えないでしょう、彼女達も何か自分達に出来る部分の不足を見つけてそこを補うように動くかと思われます」

 妹紅の屋台で昼食を済ませ、一行は博麗神社へと戻ってきた。
「で、この後はどうするんだ?」
「釣りは行ってきたばかりだし、どうせなら他の何かをしたい所だけど」
 魔理沙の問いに天子がそう言うと……
「何も浮かばないんだったら私の家に来ない?」
 と、アリスが提案した。
「お前の家に? 何をするんだ」
「何も呑んで食べる事の準備だけが宴会のためじゃないでしょ? 余興だって必要よ」
 何か企んでいるような笑みを浮かべるアリス。
「あー、そういう事か」
「私はやらないわよ」
 魔理沙と霊夢は察しがついたらしい。 霊夢はつれない返事を返した。
「人形劇でもするの?」
「ま、それは来てのお楽しみという事で」
「他に案も浮かんでないし、行ってみようかね」
 乗り気な小町を見て天子も前向きにさせられる。 顔に出ていたのかアリスは小町・天子を見て頷いた。
「じゃあ行きましょうか、霊夢が来ないんだったら魔理沙も待っててね」
「着いてっちゃ駄目なのか?」
「2人で他の案を考えておいて頂戴」
 衣玖にはそれが霊夢への気遣いであると察する事が出来た。

アリスの家に着くと応接室ではなく作業部屋に通された。
魔法ではなく人形の衣装について何か作業を始めようとしていたのか色とりどり材質も様々な布が置かれている。
「早速だけど貴女達、コスプレって知ってる?」
「ああ、白玉楼と守矢神社が宴会したって時のアレだね」
「噂として知ってるくらいで詳しくは解らないわね」
「それなら……」
 呟くと、アリスは書架からスクラップブックを取り出した。 パラパラとめくって目的の記事を見つけたらしく、開いて天子に差し出す。
天子は衣玖に向けて半分差し出すようにして2人で並んで記事を見た。
 そこには幽々子が守矢神社でコスプレを披露した際の文々。新聞の記事があった。
「……何か物語の人物の格好を私達に?」
「そういう事」
「あー、それなら誘ってもらってすまないんだけど、映姫様の前ではちょっとやりたくない事情があってねぇ……」
 小町は困ったように頭をかきながら言う。
「そう、じゃあ仕方ないわね」
 あまり羽目を外しすぎると怒られる……というわけではないだろう、今回は幻想郷全てを巻き込もうという規模の宴会という事になっている。 そんな場面でなら白黒はっきりさせる彼女は存分に楽しめというはずだ。
(からかわれでもするのかな?)
 気になる所ではあったが、それ以上に……
「面白そうね、是非やらせて」
「総領娘様がやろうと仰るのであれば私も参加しないわけには参りませんね」
 衣玖は言葉こそ仕方なく付き合うといった言い方をしているが、いつもこういう発言をする際の面倒臭そうな様子とは少し違った。
(あ、やりたいんだ)
 指摘すれば否定して、やっぱりやらないという事にもなりかねない、天子は気付かないふりをした。
「解ったわ。 でも流石に今回はパチュリーが仙界に待機してて紅魔館の図書館から探してもらうのも難しいでしょうし、まとめさせてもらった資料から選んでもらうわね」
 そう言ってアリスは資料を机に並べる。
白玉楼・守矢神社の件の際の物語から採用しなかった分や、それらの系統をまとめて幾つか増えているようだが……
「私達だと和装の剣客だとか宇宙だとかって柄じゃないわよねぇ」
「じゃ、こっちのをもっと増やしましょうか」
 幽々子が演じた2つの物語の分が片付けられ、妖夢が演じていた系統が置かれる。
「あ、これ結構好みかも」
 と、天子が選んだのは牧場の秘書兼医師の少女だった。
「何故これを?」
「いつもの私の服装よりも白くてひらひらしてて可愛いじゃない。 帽子も可愛いのがついてるしね」
 医師、というだけあって永琳の帽子と似ていると衣玖は思ったが、楽しそうにしている天子に指摘するのも無粋であろうと言わない事にした。
「では私はどうしましょうかね……」
「これなんかどう?」
 天子が指差したのはスラム街の花売りの女性だ。
「……一応候補に入れておきましょうか」
 服装のサイズがきつめに見えるデザインだからと共通点を見出して安直に選んだとしか思えなかったものの、冷たくあしらうわけにもいかない衣玖だった。
「じゃあこれは?」
 今度は命蓮寺の一輪が持つチャクラムを何倍も大きくしたようなものを持ったツインテールの少女。
 まさか帽子から長く伸びたリボンに共通点を見出したというのだろうか。
「これも候補に入れましょうかね」
 しかし天子が言っていたような自分と違った格好という意味ではそれなりに魅力があった。
「むぅ、ぱっと決まらないわね、じゃあこれ」
 続いて選んだのは同族の仲間を探す青年剣士を連れた記憶喪失の少女。
今度は特に衣玖と共通項を見つけてのものではないようだ。
「お姫様よお姫様!」
 決め手はそこだったらしい。
「ではこれまでの3つから選びましょう」

 結局「姫」という柄ではないという結論になって2つ目の候補を衣玖は選択した。
 実は2つ目も姫だとアリスは知っていたがおおよそそれらしくないキャラクターをしているため敢えて指摘しなかった。
 天子・衣玖両名のサイズを測るとアリスは早速衣装の作成に入り、天子達はアリス宅を後にした。

博麗神社では霊夢が考え込んでいる様子を見せ、魔理沙がこたつに突っ伏して唸っていた。
 特に案は浮かばなかったようだ。
「おう、おかえり」
 だらしなく突っ伏したままで魔理沙が言った。
「その様子だと何も浮かんでいないようですね」
「そうね、私達の能力じゃ食材準備も余興も、永遠亭のみたいに大規模な事も出来ないし」
「普段やる事っても釣りやきのこ採りと大差ないしなぁ」
「ま、何もなければ無いで、こうしてだらだらしてるわけにもいかないし、釣るかきのこ採るかするしかないわね」
「うへぇ……」
 流石に3日間同じ事だけというのは天子としても歓迎出来ない事態だ。
 きのこ採集は1度2度体験してみるのもいいとして、あと1つ2つ、せめて1つだけでもバリエーションが欲しい。
「採ってくる側が駄目なら、作る方はどう?」
「作るって言っても何すんのよ。 料理は地霊殿と紅魔館がやってるでしょ?」
 食事やつまむ物といった類は料理担当と妹紅の屋台で事足りるだろう。
「……もう1度仙界に行かない? 何か浮かぶかもしれないし」

「また来たの?」
 と、相変わらず飽きもせずに食材を眺めていたらしい幽々子に迎えられた。
「やる事が浮かばないのよ」
「釣りときのこ採集じゃ駄目なの?」
「落ち着きの無い2人が同じことだけ続けんのを嫌がってんの」
 霊夢は天子と魔理沙を指し示した。
「そうねぇ……それなら、お菓子でも作ってみない?」

 毛色の違う提案に天子と魔理沙は賛成した。
 しかし流石に永遠亭農場も米・麦・砂糖といった類は作っていない。
そのためか幽々子は布都からもらった装置と同様のもの――但し色が違う――を使用して扉を開くと一行について来るよう促しつつ入っていった。
出た先は同じく仙界の空間のようだが、他と違って物がなく、大量にスキマが開いていてどこか圧迫感のある空間になっている。 各地の監視と移動のためだろうか。
大量のスキマの中央に紫が椅子に腰かけて視線を泳がせていた。
「紫ー。 ちょっと手伝ってほしいの」
 幽々子の声に紫が振り向いた。
「……貴女達、単に幽々子に焚き付けられたわけじゃないわよね?」
 幽々子が手伝ってほしいと依頼に来た事である程度は察しがついたらしい。
「ええ、やれって言われたからじゃなくて、私達が準備の手伝いで釣りときのこ採集の他に出来る事ないかって訊いたのよ」
「貢献しようという姿勢は殊勝だわ。 それで幽々子、お菓子作らせようって事ね?」
「ええ、そうよ」
 にこやかに答える幽々子に紫は小さくため息をついた。
「特別よ?」
 そう言うと新たにスキマを開いて上半身を突っ込んだ。 紫が体を戻すと手には懐紙入れのようなものと袋が握られていた。
再びスキマを開くと今度は完全に入っていって、すぐにスキマが閉じる。
魔理沙が「何しに行ったんだあいつ」などと不満を漏らしだして更に少し経った頃に紫が戻ってきた。
「白玉楼に置いてきたわ」
「神社じゃないのね」
「この際だから用意した分全部きっちりやってもらうわよ。 幽々子、貴女も連絡役は御役御免、言いだしっぺなんだからこの子らに付き合いなさい。 妖夢は役目があるからやらせちゃ駄目よ? 応援を呼ぶなら署名した面々と関係者までで、手の空いてる者からね」
 あわよくばのつもりが墓穴を掘った幽々子はがっくりと肩を落とした。

幽々子が持っていた装置(通常版)で一行は白玉楼にやってきた。
「げ」
「うわ……」
 天子と衣玖が驚きの声を上げる。
白玉楼の一室、用途を疑うような一際大きなちゃぶ台に所狭しと薄力粉・中力粉・強力粉・上新粉・砂糖・バターといった類が置かれている。 
見慣れないデザインの箱・袋からして外の世界へ出向いて直接買い付けて来たようだ。
「量はともかくとして、用意してくれた事に関しては感謝しないといけないようね」
 言葉の通り特別な処遇だった事を感じてか霊夢がそんな事を言った。
「しかしこりゃ……多いな、アリスもいないと手が回らなさそうだぜ」
「全部きっちりと言っていたね、使い切れとは骨が折れそうだ」

 洋菓子を食べる事はあれども作る事は経験の無い面々、ひたすらに団子を作る事になった。
「慧音に作り方聞いておいたのが役に立ったわー」
 先程はがっくりとしていた割に、もうご機嫌な様子で生地をこねている幽々子。
「あんたが知っててよかったわね、慧音は妹紅の隣で忙しいんだろうし」
 天子はついじっと霊夢の手つきに見入ってしまった。
「……? 何よ、じっと見つめて」
 身構えて半身を引く霊夢。
「手馴れてるなぁと思って」
 怒られそうなので「意外だ」とは言わないでおいた。
 天界では桃を食べてばかりで団子を作るなど経験出来るものではなかったため、天子の作る団子は不格好だ。
「あんた達と違ってこっちは食べたいものがあれば誰かに作ってもらうか、自分で作るかしないといけないんだもの、そりゃ私だって多少の心得はあるわ」
 そう言って霊夢は天子の後ろに回った。
「これくらいなら少しコツを教えられるわ。 ほら、生地をちぎって手に取って」
 と、天子の手を取り生地を取らせ、手を添えて指導する霊夢。
そんな様子を見て衣玖は自然と頬が緩んでいた。
「嬉しそうだね」
 小町から声がかかった。
「一昨日の夜は天界でひどくやさぐれていましたからね、ああも楽しそうにしているのを見ると、いろいろありましたが来てよかったと素直に思います」
「まるでお姉さんだね」
「総領娘様があんな性格で、長く一緒にいますしね……否定はしませんよ」
 仕事の事となると面倒くさがる節のある衣玖だが天子に対してはその枠を越える事が往々にしてある。 今回のきっかけもただ仕事であればわざわざ口添えなどしていなかったであろう。
「今回は特例って話だって言ってたねぇ」
「ええ、私がつく事を条件に短期間、と」
「地上の危機を救うに一役買ったんだから、完全に自由にとはいかないにせよ定期的に出て来るくらいは許されるんじゃないかい?」
「そうかもしれませんね、戻ったらお願いしてみましょうか」
 地上に降りてくる前の天界での事を話したからか、衣玖は緋想の剣を自分が持ったままであると思い出した。 振るうような機会は今回の地上滞在では起こり得ないだろう、適当に折を見て返しておこうと決めた。

翌朝、アリスが早くも仕上げた衣装を携えて博麗神社に現れた。
 天子と衣玖、それぞれ別々にサイズがきちんと合っているかの確認程度で、実際に着たまま行動するのは当日の楽しみにとっておこうという事になって一同が居間に会する。
酒の準備を継続しているのか戻ってきていない萃香、まだ顔を出していない魔理沙を除いて霊夢・天子・衣玖・小町・アリスの5人で卓を囲む。
「あの後白玉楼でお菓子を作るって事になったのよ」
 霊夢がアリスにそう切り出した。
「やる事、見つかったのね」
「幽々子に提案されてそうする事になったのはいいんだけど、紫が大量の材料を用意してきて全部使いきって準備しろだなんて言っててね……」
 小さくため息をつく霊夢、アリスは考えるように宙を見やって訊ねた。
「メンバーは……貴女達4人と魔理沙と幽々子?」
「ええ、そうよ」
「……洋菓子作れないでしょ、貴女達。 じゃあ小麦粉余らせちゃってるとか?」
「察しがいいわね。 なら何が言いたいかも……」
「もちろん手伝うわよ」
 当然と言った様子でクールに言い放つアリスを見て天子は頼もしさを感じてしまった。
「今日も午後からって事になってるから、お願いするわ。 午前中はどうするか決めてないけどどうせ魔理沙が来て釣りしようぜって言うでしょ……ああ、あんた達はそれいい?」
「ええ、構わないわ」
 昨日は衣玖がとんでもない成果を見せていたので有耶無耶になってしまった小町との競争を、今日はきちんとやりたいと内心思う天子だった。

しばらくして訪れた魔理沙を加えて6人、香霖堂で更に釣り具を2つ借りて一行は午前中釣りをした。

そして成果を納品しに訪れた仙界にて。
「皆さんこんにちわ」
 と、入って出迎えたのは神子だった。
「紫さんから連絡役を依頼されましてね、待機しているんです」
 昨日幽々子に連絡役は御役御免と言っていた、その代役を依頼されたようだ。
「貴女達もこき使われて大変ね」
 霊夢が紫への文句なのか労っているのか微妙な言葉をかけると神子は笑みを浮かべて返す。
「いえいえ、私達もこの一大事に御役に立てて嬉しい限りですよ」
 皮肉っぽい言い回しだがその所作に嫌味さはない。
「そういえばあんたは命蓮寺と仲良くしてたわよね、昨日ちょっと話に挙がったんだけど寺の連中は出来る事見つかった?」
「それでしたら丁度良いですね、農場で今朝から始めていますよ」
 畑の世話役だろうかと天子は考えた。

しかし農場に入ると予想は外れていた。
「こんにちは、お疲れ様です」
 白蓮の表情は一昨日衣玖の見たそれとは違い晴れやかだ。
 命蓮寺の面々が総出で壺に入れた何かをこねている。
「野菜を分けて頂いて須須保利……もとい、糠漬けを作っています」
 よく見れば一風変わった面子も参加していた……レミリアとフランドールだ。
フランドールは入口から少し奥・ぬえの近くで作業していたので霊夢は手近なレミリア――位置からすると恐らく白蓮の指導を受けていたのだろう――に話しかけた。
「あんた達なんでここに参加してんの」
「そりゃ咲夜とパチェと美鈴を派遣したから義理は果たしたなんて言えるわけないもの、私だって何かしないとね」
 言いながらもレミリアは糠床を混ぜている。
先日のオーラ溢れる当主の顔もどこへやらといった様相を呈しているが……
(こうやって嫌がる人も多そうな事をやるからこそ慕われてるのかな?)
 そう天子は想像した。
「フランと一緒に来てみたら寺の連中がこれ始めるみたいだったから、フランはぬえと仲がいいでしょ? で、それなら私もここで一緒にってわけ」
「因みに時間経過は私の出番よ!」
 寺の面々にまぎれて様子を見ていた輝夜が無駄にポーズを取って補足した。
「ふーん……糠床の準備から始めてるんなら100回以上それやる必要があるけど、頑張ってね」
「ふふふ……甘いわ霊夢」
 レミリアは得意げに胸を張る。
「念入りにかきまぜなくともそこそこ混ざったら奇跡的になんとかなる運命を手繰ればそれ程大変じゃないのよ!」
 紅魔館と永遠亭の主の能力を有効活用した糠漬けという事になる。 なんとも贅沢な話だ。

白玉楼へ移動して団子作り……の、前に。
「成程ねー……こりゃ大変だわ」
 紫の用意した材料を見てアリスが呟いた。
「じゃ、幽々子、霊夢と魔理沙をこっちに貸して頂戴」
「人を物みたいに言ってくれるなぁ」
 魔理沙がぼやく。
「利子は十一ね」
「対抗して人をお金みたいに言ってんじゃないわよ。 私達の1割ってどういう事?」
「うーん、実物の10分の1の大きさの霊夢人形と魔理沙人形?」
 ここには居ない面子に多少需要がありそうだ。

アリスが霊夢・魔理沙を連れ3人と人形とで持てるだけの材料を持っていき、白玉楼には天子・衣玖・小町・幽々子が残って団子を作った。

翌日は午前中きのこ採集・午後団子作りで準備に貢献し、そして……

宴会当日となった。

 流石にこの日は萃香は出かけておらず、魔理沙も前日から博麗神社に泊り込んでいた。
会場設営の方には全く関わっていないが、準備側として何かやるべき事があるかも知れず、一同揃って早朝から仙界へと向かう。
「おはようございます。 会場へはこの先の入り口をご利用下さい」
 出迎えた神子が奥の方を指し示した。
「会場案内」と腕章をつけている。
「……とんでもなく面倒くさそうな役割ね」
「ですが、適役ですよ。 10人の声を同時に聞ける私をおいて他におりましょうか」
 面倒で地味な担当だが誇りを持っているようだ。
「ところで里の人達なんかはどうやってここに来るの?」
「人間の里や妖怪の山など、様々な場所にここへの入り口を設置してありますので」

奥で更に別の空間への入り口をくぐると……
「わ、何これ……」
「凄い……」
 しっかりと土壌の用意された周囲を傾斜で囲まれた広い盆地状の場所、傾斜部には様々な花が植えられていた。
惜しむらくは時期のせいかまだつぼみのものも多く見栄えで言えば少し寂しい。 しかしそれ故にここが異空間という事を忘れさせるとも言える。
 そして異空間らしからぬ理由がもう1つ、風が穏やかに吹いていた。 早苗の能力かそれとも文か、或いは両方だろうか。
「来たわね、さ、貴女達はこっちよ」
 紫が現れて霊夢と天子の手を引いた。
「え?」
 何か言葉を返す間もなく、スキマに連れ込まれ……出た先は会場内の傾斜の上に設えられた雛壇だった。 ただ会場に向けて声を発する場というだけではないようで、少し広めのスペースかつテーブルと椅子が用意されていた。
「どういう事?」
「貴女達にも開始の挨拶をしてもらうわよ」
 ぐいぐい押されて椅子に腰掛けされられる。
 同様に挨拶をしろといわれたのか神奈子とレミリア、それに鈴仙も来ていた。
「人間代表・天人代表・神代表・妖怪代表といったところね」
 指し示した4名に鈴仙は含まれていない。
「あ、私は貴女達の声の波長をいじって向こうまで聞こえるようにするだけで、挨拶はしないから」
 補助役として招かれただけのようだ。
「……私、大勢を前に挨拶って柄じゃないんだけど……」
 霊夢は肩を落とした。 強く反発しないのは言っても無駄だと悟っているからだろう。
天子は先日の芝居よろしくその気になればなんとかなるし、神奈子・レミリアは元々こういった事は形は違えど得意分野だ、霊夢だけが不得手という事になる。
「普段通り私達相手にするみたいな形で適当にそれらしく言っておけばいいのよ。 貴女の提案って事になってるんだから貴女からの言葉なしには始められないわ」
 軽く紫は言うが……
「そういわれてはいそうですかってやれたら苦労しないっての」
「まぁお前さんが上手くやれなくても私達が後からフォローするさ、当たって砕けるといいよ」
 神奈子は笑いながら霊夢の背中をバンバンと叩く。 やけに機嫌が良さそうな辺り、信仰は戻っていそうだ。
「あんた達はどうせ上手くやるんでしょうが、それじゃ先頭の私が失敗したら良い晒し者じゃない」
「晒し者だっていいじゃないの、少しは失敗して見せた方が親しみを持ちやすいわよ?」
 そう返すレミリアはどこか得意気だ。
(多分誰かの受け売りなのね)
「うぎぎ……ねぇ、こういう時の定番ってなんか無い?」
 と、急に霊夢が天子に助けを求めた。
「え? そうねぇ……皆さんお集まりいただき有難うございます、今日は心行くまで楽しみましょうとかそんな感じ?」
「それごく普通の宴会じゃない……」
 実際天人に招かれての規模の然程大きくなく上品な――天子談――宴会ばかりだったのだから仕方ない。
「開始までは時間があるわ、それまでゆっくり考えなさい」

流石にそれぞれが行き当たりばったりで言いたいことを言うと後続とかぶる羽目になりかねないので軽く打ち合わせた4人。
天子が歴史を引き合いに出して先人の過ちを繰り返さぬようにと語る・神奈子が信仰の話を絡めて神に恥じる事ない生き方をするようにと語る・レミリアが今回の準備には各地の面々が尽力したものだから皆楽しむようにと語る、という所まではすんなり決まった。
しかし霊夢がどうするか、緊張と戸惑いがあるのか一向に決まらずにいた。
やがて会場に人妖が集まり、開始の頃合となった。
「鈴仙、お願いね」
 紫がそう言って前に出た。
「そろそろ集まってきたようだから開始しましょうか。 4名から始めの挨拶をもらう事になっているわ。 皆、一時歓談をやめ聞くように」
 言い終えると紫は下がってきて霊夢の肩を叩く。
「頑張ってね」
「……ああ、もう……破れかぶれだわ!」
 大股でずんずんと前に出る霊夢。
「……あー、みんな今日はようこそ。 準備側の人間代表って事でなんか一言って言われてるけどそういう柄じゃないのよね。 ……まぁ、アレよ、みんなほんとは宴会だけして騒いでんの良くないって思ってたんでしょ? 今日を限りに明日からは真面目にやりましょう。 ……その代わり、今日は思い切り楽しんで行くといいわ。 ……と、こんな所で」
 会場からは盛大に拍手があがった。 恥ずかしくなったのか霊夢はうつむきながら席に戻る。
一言からかってみたくなった天子だが次の出番だ、諦めて入れ替わりに前に出た。
「先日里を騒がせた天人とは私の事、名を比那名居天子と言う。 お前達が今日この日をもって心を入れ替えると聞き天地もその怒りを鎮める事だろう。 だが肝に銘じておくが良い、先の例に述べた酒池肉林に興じた殷の紂王は周の武王に誅される末路を辿った。 為すべき事を為さずに生きる事はしてはならない。 楽しみは極むべからず、楽しい事とてそれのみを続けていれば苦ともなる、それを人間であるお前達は痛感していたはず。 これに懲りたら心を入れ替えて生きる事だ」
 淀みなく言い終えると毅然とした所作で席に戻る、内容が内容だけに会場は水を打ったようになり、その背に拍手が贈られる事はなかった。
 霊夢が面食らったような顔をして見ていたのが気になった天子だが、今は私語を挟む余裕はないだろうと訊ねる事はしなかった。
続いて神奈子の番だ。
「守矢神社の八坂神奈子だ。 まず宴会に興じ続けていた者に一つ考えてもらいたい。 楽しんでいる間も変わらず信心を持っていたと胸を張って言えるかと。 ……答えは要らない、私自身よく解っている事だ。 そんな折に天地の怒りを告げられて何を思ったか。 神に助けを求めた者も居よう、しかしそれは恥じる事なき声であったか。 ……悔いる気持ちがあれば、繰り返さぬように願う」
 最後にレミリアが前に出る。 
「紅魔館のレミリア・スカーレットよ。 前の2人は重たい話をしていたけれど、何も貴方達をいじめようって事じゃないわ。 それだけ大変な事をしたのだから反省をしろというだけ。 今回の件は博麗神社を筆頭に人も妖も神もなく……そう、仏頂面の巫女や威張り散らした天人や神、そして私も含めて皆がそれぞれに力を尽くして準備したものよ。 思い切り楽しみなさい。 それがあいつらや私への礼儀となるわ」
 天子・神奈子の言葉もあってレミリアへの拍手はぽつりぽつりといった程度だったが、やがてそれは辺りに広まり万雷の拍手となった。

 4人からの挨拶が終わり、宴会が始まった。

「レミリアのはまだいつもに近い、神奈子は営業モードとして、天子、なんであんたもあんなしゃべり方してたのよ」
 先程霊夢が面食らった顔を浮かべていたのはその疑問故だったようだ。
「里で芝居して来ちゃったし、あそこで地を出したらまずいでしょ? 少しはそれっぽかったかしら?」
「良い演説だったわよー」
 幽々子の声だ、その方向を見ると紫が幽々子・輝夜・諏訪子・さとり・白蓮・神子を連れてきていた。
「あん? なんでこっちにつれてきてんの?」
「ちょっとした演出のため、しばらくここで楽しんでて頂戴。 そうね、四半刻もしたら下に戻してあげる」
 霊夢の問いかけに紫ははっきりとは答えない。
「訪れる皆さんに私達が手助けをした事をよく認識させるためでしょう。 高い所からというのは少々趣味が悪い気もしますが」
 付け加えたのは神子だった。
「反省してもらわなければならないんだもの、これくらいは印象づけないと」
「どうせ言い出したからにはしっかり30分居させるつもりなんでしょ? 時間は守んなさいよ」

 一風変わった要求を強いたから、なのか、紫が配膳係を務めるという珍事となった。
天子は自身に対してはどうなるのかと心配したものの、紫は特に他の面々と変わる事なく接してきた。
会場を見下ろしながら酒を呑み、料理を食べる。 天界から地上の様子を肴に呑んでみるのもいいかもしれないなどと漠然と思う。
「ねえねえ、貴女異変起こした時みんな返り討ちにしたんだって?」
 そう楽しそうに声をかけてきたのは輝夜だ。
「あー、一応ね、萃香が天界で宴会やるって声かけて回ってたらしくてどんどんやってきた連中を片っ端から」
「へぇー、強いのねぇ。 霊夢まで倒しちゃったって聞くけど」
「ちょっと待って、その話なら一つこっちから問題よ」
 持ち上げられて天狗になってしまうとしっぺ返しが怖い状況と思った天子は自ら切り出した。
「問題?」
「そう、当初私はみんなにわざと負けていたけど、異変が終わった後の天界では来る連中を倒し、更に神社で霊夢にも勝った。 そんな私が本気を出しても勝てなかったのが一人だけ、居るのよ……誰だと思う?」
 輝夜はきょとんとした表情を浮かべる。
「誰って……紫じゃないの?」
「え? 知ってたの?」
 様子からすると知っていたと考えるのが自然だが輝夜は首を振った。
「貴女の異変の頃に行動してた奴で「みんな倒したけど一人無理だった」なんてなりそうなのは限られるしね」
「さっきっから妙に紫を意識してるように見えると思ったらそういう事だったのか」
 神奈子がニヤニヤしながらそう言う。
 こういう振る舞いをされてしまうと、紫の顔を立てなければと思っていた事が間違いだったような気がしてしまう天子だった。
「このめでたい席で喧嘩だなんてしてはいけませんよ、からかうのは今日はなしで行きましょう」
 さとりが横から忠告した。
輝夜が心の内で突っ込みを入れたのかさとりは輝夜の方を見るとにやっと笑う。
「でもこういう話だと気になっちゃわない? ここにこうして揃った名だたる面々、最強は誰だー! ってね」
 祟り神のくせに屈託の無い笑顔で、諏訪子はそんな話題を出した。
「ちょっと、それこそ喧嘩になりそうな話題じゃないの」
「本当に最強が決まるような機会があれば、それは里のみならず幻想郷の危機でしょうね」
 霊夢と幽々子がそれぞれ止めようという意図を持ってかそう言う。
「あら? 最強ならもう決まってるようなものでしょ?」
 蒸し返すような事を言ったのは紫だ。 自信がありでもするのかニヤニヤしている。
「どなたですか?」
 白蓮の問いかけを受けて紫は席を立ち上がると大仰に一歩ずつテーブルの周りを歩く。
「そもそもここで言う最強とは。 天人の強さに端を発しているのだから当然「最後に立っている者」を勝者であり最強と見るのが自然、とすれば……」
「あー、それだったら確かに答え出てるわね」
 横槍を入れたレミリアの声音は少し面白くなさそうだ。 つまりレミリアではない。
「成程そういう事ですか」
 神子も察しがついたらしい。
「輝夜、貴女ね」
 ぽん、と、紫は輝夜の肩に手を置いた。
「……あ、そうか。 なんだか雰囲気に呑まれて私って発想が浮かばなかったわ」
 にへーっと笑って頭を掻く。
「言いだしっぺが無自覚に栄冠を掻っ攫っていったわね」
「今日からこの私こそが最強よ!」
 無駄にポーズを決める輝夜。
「とはいえそれも「最強」の定義次第。 能力の相性・立ち会う場面・勝負の内容……それ如何によっては誰だって最強になり得るわ」
 見事に持ち上げて落とされた形の輝夜は格好良いポーズのまま固まってしまった。
「それに「最強」だなんて他人を蹴落とすような事考えたってねぇ……今回の事でみんな一つ解ったでしょう? 私達はそれぞれの能力を組み合わせれば思いも拠らぬ事が出来る、と。 そっちの事を考える方が建設的というものよ」
 最強談義は紫によってまとめられ、穏便な話題が提供された。
「あー、それねー。 今回私意外と出来る事あったねぇ。 仙界でやるって聞いた時は出番ないかなーと思ってたけど」
 想定外の出番があったからか諏訪子は機嫌がよさそうだ。
「私はなかったけどね」
 と言って神奈子はいじける仕草をしてしまった。
「なかったなどという事はありませんよ。 最初の挨拶という大任の一役を担ったではありませんか」
「折角だから準備の方も手伝いたかったんだけどね、諏訪子ってば一人で頑張っちゃって」
 神子のフォローによってとりあえずいじける仕草はやめる神奈子。
「永遠亭の皆さんは良い仕事をなさっていましたね。 この時期に美味しいお野菜を用意してくださるなんて」
 命蓮寺による手伝いも永遠亭の農場があってこそだった、感謝の意を強く持っているのか白蓮ににこやかに輝夜を褒めた。
「私も運命操作なんてどこに使えるかって正直思ってたけど、まさか糠床混ぜるのに使えるとはねぇ」
「咲夜が見たら喜びそうだったわね」
 しみじみと言うレミリアに幽々子が妙な事を言った。
「……なんで?」
「それは秘密」
 扇子で口元を隠し笑いながら返す。
「みんなで協力するなんてそうそうある事じゃないし、中々楽しかったわねぇ」
 面倒くさがりの輝夜がやけに働いていたのは楽しんでいたからのようだ。
「時間操作を利用してとても貢献していたそうですね、宴会開催にこぎつける段階の功労者が天子さんと衣玖さんなら、準備の段階の功労者は輝夜さんと言って良いでしょう」
「私は自然災害を起こしたり鎮めたりって能力だから釣りとかする程度だったけど、ちょっと羨ましかったわね」
 さとりの輝夜を褒める言葉に、天子も羨望を素直に語った。
「って、最強談義に続いてまた栄冠掻っ攫ってるわよこの半引きこもり」
「最強云々はたまたまとしても、準備でよく働いていたのは事実じゃない」
 霊夢の突っ込みに紫が反論する。
「今日からこの私ははたら……」
 乗せられてうっかり言いそうになった台詞をすんでの所で飲み込む輝夜だったが……
「働き者? 永琳にしっかり伝えておかないといけないわね」
「あー! やめて! それはやめてー!!」
 幽々子の言葉に懇願する輝夜の絶叫、下の会場まで聞こえてはいないだろうかと心配してしまう天子だった。

「……ねぇ、あんたさっきっから結構良い勢いで呑んでるけど大丈夫なの?」
「へ? あ、ええ、大丈夫だけど?」
「鬼の酒だからね、割らずにやってると後で利いてくるわよ?」

「さて、そろそろ頃合かしら……」
 と言いつつも、つい話が弾んで約束の四半刻はとうに過ぎている。
 紫は席を立つと会場の方を眺めた。
「良さそうね、みんなよく楽しんでもうこっちを気にしなくなってきてるわ。 じゃあ下に……」
 紫の発言が途中で止まった。
「……それ、大丈夫?」
 天子が体をゆらゆらさせている。
「どう見ても休憩させた方が良さそうだけど」
「ま、まーだ大丈夫よー」
「宴は長いんですから無理はいけません。 下に戻ったらまず衣玖さんや永琳さんに介抱してもらうべきですね」
 宴は長い、さとりのその言葉を聞いて流石に天子も少し休んでおこうかという気になった。

 紫のスキマにより会場の方に移動し、天子の目に飛び込んで来たのは宴会を楽しむ人妖の姿。
 ふらつく程の酔い・慣れぬ程の多くの人の姿・視界の揺らぐスキマ移動……これだけ揃えば十二分というものだ。
「!? 紫! 天子どっかにやって!」
 霊夢の叫び。 天子の視界は再び揺らいで……

誰も居ないどこかの草原で、天子の胸に熱いものがこみ上げた。

 天子の意識がはっきりした時、どこか室内に寝かされていた。
「……う、あれ? ここは?」
「気付かれましたか。 もう夜ですよ」
 すぐ隣に衣玖がいた、看病してくれていたらしい。
「あ、そうか。 私あの後寝ちゃってたのね……」
 枕元においてあった緋想の剣を手に取ると、それを支えにするようにして天子は立ち上がった。
「白玉楼の一室をお借りしています。 ここからなら帰るのもすぐですし」
「あー……勿体無い事しちゃったなぁ、折角楽しい宴会だったのに」
「楽しい宴会だったからこそやってしまったのでしょう、次はもっと大人しくしませんとね。 ……ああ、それと映姫さんが話せずに残念がっていました」
「映姫って、小町のとこの?」
 そういえば参加していた面々の中に見かけていないと天子は気付く。
「ええ、仕事を終えてから遅れての参加だったんです。 その頃総領娘様は既に酔いつぶれた後でしたから」
「あー、そっか……」


 ……天界に戻ってから。
 今回の天子の行動は少しやりすぎではあったものの、地上の人間が天人を軽視するような事態ではなかった。
これを汲んでそれなりに自由に出向く事は許して良いのではないか、と、天人達の間で天子を見る目が変わった。
大宴会も過去の事になった頃、天人と死神が一緒に釣りをしている事が文々。新聞の記事になった。


「……ねえ紫」
「なぁに? 霊夢」
「あんたさぁ、あの宴会を毎年やろうって言い出してたけど」
「それが何か?」
「なんかその日って拘る理由あったかしら? まだ花見って時期でもないのに」
「あら? おめでたい日よ? 知らなかった?」
「全然知らないわよ、何の日?」
「それは秘密」
これにて「変装異変」から続いた一連の展開は一応の終わりとなります。
お付き合い頂き有難うございました。

過去作ではスペルカードルールに則って戦っていたにも関わらず、今回妖夢と椛がガチバトルっぽい事をちょっとしてるのは、非想天則とかで殴り合いしてるんだから問題ないんじゃないかな? と思ったためです。

5つの話を9月半ばから11月初めにかけて書いて、仲間内でだけ見せていたものを投稿した、という経緯で……(勿論公開したものではありません)
現在は、幽々子が一人で買い物に出て、守矢神社以外の所と仲良くなる展開→永遠亭と紅魔館も別の所と関係を持つIFストーリー(最後にこの話と繋げる予定)的なものを少しずつ書いている所です。
しかしこれについては、ただひたすらゆるい展開をやっていくばかりの作風に、過去の話と重なる部分がある以上マンネリ化が凄いのではないかという危惧が合わさって、今の所投稿しようとは思っておりません。

さしあたって、前回の話に頂いたコメントから前回・今回の間に入るおまけ話程度のものを書いてみようかと思っています。
HYN
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.320簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
全部読ませていただきました。すごく面白く、もう一度通して読みたいと思った作品は久しぶりです。
とくにお礼として宴会をするというほのぼのとした習慣が、広がるうちにだんだんただ宴会をするだけになるのが、どこか寂しく、心に残りました。
IFストーリーも是非発表して頂ければ。
2.100名前が無い程度の能力削除
シ〇マ、エ〇リス、ミ〇ト、真〇姫とか懐かしすぎるw
作者さんと私はおそらく同年代
7.90名前が無い程度の能力削除
神子さん日本語ちょっと間違ってますよ、こんにちはですよ
10.80名前が無い程度の能力削除
面白かったです
12.90ななな削除
なかなかの良作