「もしもし私メリーさん。今、貴方の後ろにいるの」
我が家(という名の寮の一室)に帰るために作業的に動かしていた足を止め、振り向いて後方を確認した。
無機質な電気の光が照らす京都の町並みが見えるがしかし、そこに人影はない。
当たり前だ。いくら首都機能を持たされて都市化が進んだ京都であっても、丑の刻より数分足りないこの時間帯に街から寮へつながる近道を通る人物などいるわけがない。この抜け道自体、知っている人は数えるほどしかいない。
声の主でもある相棒の姿はそこには無い。
当たり前だ。だってメリーは、マエリベリー・ハーンは今、ゼミの仲間たちとともに今日から出張中で、三日は帰ってこないのだから。
こんな所にいようはずもない。
あるいは、彼女は私の相棒の声を真似た本物の都市伝説のメリーさんなのかもしれない。
ならば、そっちのほうが面白い。
私は電話の向こうの都市伝説に語りかけてみる。
「私の後ろには誰もいないわよ?人違いじゃないかしら」
「いいえ、私は確かに宇佐見蓮子の後ろにいるわ」
どうやらこの都市伝説、私の名前を知っているらしい。
どうやって知ったのか気にはなるが、今大事なのはそこじゃない。
「つまり、同姓同名の宇佐見蓮子さんがそこにいるのね?それは会ってみたいわ。メリーさん、貴方は今どこにいるの?」
物は試しとばかりに都市伝説の居場所を聞いてみる。
本当にそこに同姓同名の宇佐見蓮子が居たら驚くが、本当に都市伝説のメリーさんが居たらその驚きは宇佐見蓮子二号の比ではない。
しかし
「今、貴方の後ろにいるの」
成る程。
その返し方があったか。
ふむ、と蓮子は顎に手を当て、何を言ってみるか考える。
私が何かを言う前に、メリーさんは私に言った。
「ねぇ、蓮子。どうして貴方の後ろに私はいないと分かるの?」
何故?
そこに存在しているか否かは実際に目で見てみることで確かめるのが普通だ。電子だか量子の世界ではそうもいかないらしいが。
私は手鏡を取り出したり、カーブミラーを覗いたり、気配を察知したり、その場で前方に飛び上がってアクロバティックに宙返りをしつつ体を反転させて両足と片手を地面に擦りつけながらスライド着地して機敏な動きで首を持ち上げたりというような真似はせず、ただ普通に上半身を捻り、首を回して真後ろを確認してその存在の是非を確認した。
そしてそこに人影はなかった。ただそれだけの話なのである。
「後ろを見たからじゃ、駄目なのかしら?」
「どうやって後ろを見るの?人間の目は、前しか映せないのに」
言いたいことは分かった。
つまり、この都市伝説とやらは私が視点を180度回転させたとき、同じ、もしくはそれ以上の早さで私のまわりを180度回ると言っているのだ。流石、都市伝説ともなればやることが違う。
確かに人の目は、正面しか映せない。……だが、私の目は違う。
「訂正しなさい、メリーさん。私の目は正面と……時間と、場所を映せるのよ」
「あっそう」
スルーされた。
まぁこんなもの、ただのジョークである。
結局のところ、私の眼は後ろを見られるようには出来ていないのだ。
「ところでメリーさん。貴方は人の目が前しか見えないから後ろを見られないと言ったわね」
「言ったわね」
「じゃあ目を増やしましょう」
「三つ目になるの?困ったことがあるたびに目を増やしていると、貴方はそのうち百目になるでしょうね」
「さてメリーさん。今、私の側には私のゼミの教授である岡崎教授が居ます」
嘘である。が、関係はない。
「教授曰く、私の後ろには誰も居ないそうです」
「ええ、そう言うでしょうね。だって岡崎教授には蓮子に私の存在を教えないようにって事前に言っているもの」
嘘だろう。が、それも関係ない。
「成る程ね。きっと聡明な貴方なら北白河助教授にも告げ口済みなんでしょうね」
「え?ああ、もちろんよ。私は地球上のすべての生命体に同じ告げ口をしてあるわ」
「つまり、私が誰かに後ろを確認してもらうには宇宙人を探すしかないのね」
「前言撤回。実はすでに全惑星の全生命体に告げ口しているわ」
「万能すぎるわねメリーさん。貴方実は地球最強の生物じゃないかしら。ところで参考までに聞いておきたいんだけど、宇宙人ってどんなのだった?」
「えっと……うさぎの耳が頭に生えてた」
「あらかわいい」
人間造形の生物にうさ耳をつけたのを想像したからかわいく思えただけで、アメリカの映画で見るようなエイリアンにウサ耳をつけたところで微塵もかわいくはないだろうが。
さて、他人の目を借りる作戦は失敗。ならば私は次なる手に打ってでる。
「次。えー、こちらに取り出したりますは私愛用の手鏡」
お酒買いにコンビニまで繰り出した私の持ち物に手鏡などあろうはずもない。そもそも手鏡を持ち歩くほどお洒落に気を使うタイプでもない。
だが、ここに鏡があれば自分の背後を確認できるというわけである。言ってしまえば寮に着いてからでも普通にできる。
さぁ、どうする?都市伝説メリーさんは鏡すら欺けるのかしら?
「衝撃の新事実!!メリーさんは吸血鬼だったのよ!!」
「な、なんだってーーーーーーーーーーーーーーー!?」
新説すぎるだろ。それは苦しいだろ、いくら何でも。
「後ろからガブリといかれちゃうのかしら?」
「まぁ首筋ぺろぺろくらいならやるわよ」
それはただの変質者だ。
「ふふ、これでいい加減分かったでしょう、蓮子。私は今貴方の後ろに居るの」
「そう。じゃあぺしゃんこにしちゃいましょう」
「は?」
話しながら歩くこと数十分。ようやく寮についた蓮子はしかし、中には入らず、その扉に背中を預けて見せた。
「大丈夫かしら?私の後ろにいるというメリーさん。私は無慈悲にも貴方を私の背中と壁に挟み込んでぺしゃんこにしてやったわ」
「ええっと……ふ、ふふふ、メリーさんは吸血鬼だから霧に姿を変えれまーす!」
「ふぅ~ん?だったらなんで振り向くたびに私の背後に回る必要があるのかしらね?」
「だからぁ……それは……」
ネタ切れだろうか、それ以上言葉が出てこない。屁理屈の応酬は私の勝ちだ。
蓮子は寮の自室に入り、買ってきていた缶ビールの蓋を開け、一口飲む。
「っぷはぁ~」なんて声が漏れた時、あるいはそのつもりもないその声に急かされたような気持ちに出もなったのか、メリーさんはようやく口を開いた
「……私、メリーさん。今貴方の後ろに居るの」
「いや、やり直してどうすんのよ」
また静寂が訪れる。携帯の通話時間は20分を超えていた。
もういいだろう。そう思って蓮子は電話の向こうのメリーさんの"中の人"に言う
「ねぇメリー」
「私、メリーさん。姿は見えないけど、いつでも貴女の傍にいるの」
「…………」
なんというか。
くさいというか、こっぱずかしいというか。
でもまぁ、そんなメリーさんなら悪い気はしないかもしれない。
「それを言うためにわざわざ電話をかけてきたの?メリー」
秘封倶楽部単身赴任(?)編第一夜に、「私たち、離れててもずっと一緒だよ」みたいな学園ドラマの卒業式回みたいな台詞を貰うことになるとは思ってもみなかった。
そもそも秘封倶楽部単身赴任(?)編は第三夜で最終回だ。大げさじゃないのかと蓮子は思った。
「蓮子と離れてから改めて思うことがあってね」
「なに?もしかしてメリーぼっちなの?」
「なわけないでしょうが!」
「あら、私はてっきりゼミの仲間たちと旅行に行ったけど友達いなくて暇だからかけてきたものだと」
「蓮子、帰ったら覚えてなさい」
「冗談よ」
こうして話してみれば電話越しでも私たちはいつも通りの私たちの会話をしていた。
違うとすればメリーの平手が飛んでこないくらいだ。メリーはあれでもすぐ人を叩く。KARATEをやらせると化けるかもしれない。
そうとも。離ればなれになったから何だ。私たちはこうして電話越しに声を交わしている。
わざわざ近くにいなくたって、メリーさんは電話の向こうで電波で繋がっている。
メリーは言う
「不思議ね。遠く離れたところにいるはずの貴女を、電話越しに身近に感じてる」
「そういう時代なのよ」
「ねぇ、蓮子」
改まったように、メリーは言った。
「隣に居れば、手を繋げばいい。遠くに居るなら、電話を繋げばいい。じゃあ、手も、電波も繋がらないような、もっと遠いどこかまで離れたら、どうやって繋げようかしら?」
何を言い出すのだろう。
また言葉遊びか謎掛けでも始めるつもりなのか。
「……今日び地球上の人口の99%以上が持っている携帯端末の電話機能は、一秒で地球の裏側まで電波を繋ぐわ。例えそこが山でも、森でも、地下でも、水中でさえもね。そんな時代に、繋げない場所なんて何処にあるのかしら?」
「どこかにあるわ。私には見えるのよ、その場所が」
「……成る程」
結界の向こう。夢の世界。
私とメリーはその世界に幾度となく足を踏み入れ、そして帰ってきた。
もしも。
もしも、私達がその世界でお互いを見失う事があったら。
夢と現をまたいで、離れ離れになることがあったら。
メリーは、それを恐れているのではないだろうか。
私とて考えたことが無かったわけではない。
それが起こりうる可能性を否定できる理由は無いのだから。
その時、私に何が出来るだろう? メリーは何をするだろう?
きっと私は探すだろう。何とかして、探そうとするだろう。
その時、繋がりは道標となる。
そして繋がりが無ければ、その探すと言う行為に成果を得るなんて不可能だ。
世界は無慈悲なまでに広いのだから。
でも、繋がっていると分かれば、いつか辿り着ける。絶対に。
ならば、私は決して諦めないだろう。
「メリー。手を繋がなくても、電話を繋がなくても、いつでも繋がっているものが私達にはあるわ」
「いつでも繋がっているものね……心、かしら?」
「ロマンチストねメリー。私も流石に四六時中メリーの事しか考えてない訳じゃないわよ。メリーもそうでしょ?」
「……当然よ」
「なんで間があったのかは置いておくわ。さて、それじゃあ私達をいつも繋げているものといえば?」
「いいから早く教えなさいよ」
「せっかちね。それとも焦っているのかしら?」
「別に焦っているわけじゃ」
「大丈夫よ、メリー」
とびっきり優しい声で、私は言ってやった。男に聞かせたら一発で惚れるに違いない。
もっとも相手がメリーで、電話の向こうのメリーがどんな顔をしているかが脳裏に浮かんだからこそ出た声なんだけど。
また少しの間があって、メリーは少し落ち着いた声色になって返した
「だ……大丈夫って何がよ」
「別に何でも無いわ。いい? メリー、私達を繋げているものは、名前よ」
「名前?」
「秘封倶楽部。私達二人で決めた名前じゃない。他ならぬこの名前が、私達を繋げている。私が秘封倶楽部の宇佐見蓮子である限り、サークルメンバーとして私達は繋がっているのよ」
「…………」
返事は無い。
驚いているのか、呆れているのか、もしかしたら感極まって泣いてたりとか。
最後のは流石に無いか。
「そう、ね」
小さな声が、電話の向こうから聞こえた。
その表情を伺い知ることは叶わないが、暗い顔はきっとしていないだろう。
その後、旅行先の様子はどうだったとか、お土産は何がいいとか、最近あった面白い話とか、テレビ話とか……そんな他愛のないことを喋って電話を切った。
メリーが帰ってくる三日後に、また秘封倶楽部の活動をすることを約束して。
「メリーも向こうで楽しくやってるそうね……」
一つ、安心したことを確かめるように私は誰もいない部屋で一人呟いた。
持ち帰ったビニール袋に入っていた缶ビールを開け、一口。
「はぁ……」
息を吐く。
気持ちのいい吐き方ではなかった。
「ああ~」
意味もなく喘ぐ。
沈黙の続く孤独の空間に耐えられなかったのだろう。と、自己分析してみた。
さっきまで愛しの相棒と話していたから、それが余計に静寂さを促進させる。
……私も、本当は寂しかった。
たった三日。たった三日である。
し明後日……いや、日付はもう回っているので明後日だ。
明後日メリーは帰ってくる。
それまでの辛抱。
なのに、やけにこの静寂が寂しく思えたのだ。
別に24時間メリーと一緒に過ごしていた訳でもない。この部屋に来たら私は一人だ。
でも、今日は一日一人で過ごした。明日も一人だろう。
電話で話そうと思えば話せる。けど、「寂しいから」なんて理由で電話をかけたくないと思う自分もいるわけで。
そんな孤独が、思っていた以上に堪えていた。
「……………」
私たちは秘封倶楽部という名前で繋がっている。
メリーに贈ったあの言葉は、案外自分に向けたものだったのかもしれない。
でも、その秘封倶楽部の名でさえ、きっと永遠ではない。
ならば、"その時"私は……
不意に、情報端末のバイブ機能が働く。
振動するそれを手に取ると、振動はぴたりと止んで、画面に一文表示する
"新着メールが一件あります"
私は流されるように端末を操作し、メールを開いた。
---------------------------------------------------------
From:メリー
ありがとう蓮子。実はちょっとダウナーになってたの。
直接言うのは恥ずかしいからメールで言わせて頂戴ね。
帰ってきたらまた活動しましょう。
素敵な冒険を期待しているわ!
---------------------------------------------------------
「……そうだね、メリー」
私は心が楽になっていくのを感じながら返信のメールを返し、「よしっ」という掛け声とともに立ち上がる。
手に持っていた缶ビールを飲み干して、秘封倶楽部のスケジュール表を開いた。
いつか終わりが来るとしても、それは今じゃない。
なら、今出来ることをやろうじゃないか。
そうとも。私たちはまだ秘封倶楽部だ。いつか秘封倶楽部じゃなくなるときまでは、私たちは秘封倶楽部なのだ。
いつか来るその日までに、この秘封倶楽部の活動日誌をたくさんの思い出で埋めていこう。今度は、思い出で繋がれるように。
その一ページを埋めるために、私は次の活動予定を考え始める。
そして二日後、また二人で素敵な冒険をすることを私はメールでメリーに誓った。
我が家(という名の寮の一室)に帰るために作業的に動かしていた足を止め、振り向いて後方を確認した。
無機質な電気の光が照らす京都の町並みが見えるがしかし、そこに人影はない。
当たり前だ。いくら首都機能を持たされて都市化が進んだ京都であっても、丑の刻より数分足りないこの時間帯に街から寮へつながる近道を通る人物などいるわけがない。この抜け道自体、知っている人は数えるほどしかいない。
声の主でもある相棒の姿はそこには無い。
当たり前だ。だってメリーは、マエリベリー・ハーンは今、ゼミの仲間たちとともに今日から出張中で、三日は帰ってこないのだから。
こんな所にいようはずもない。
あるいは、彼女は私の相棒の声を真似た本物の都市伝説のメリーさんなのかもしれない。
ならば、そっちのほうが面白い。
私は電話の向こうの都市伝説に語りかけてみる。
「私の後ろには誰もいないわよ?人違いじゃないかしら」
「いいえ、私は確かに宇佐見蓮子の後ろにいるわ」
どうやらこの都市伝説、私の名前を知っているらしい。
どうやって知ったのか気にはなるが、今大事なのはそこじゃない。
「つまり、同姓同名の宇佐見蓮子さんがそこにいるのね?それは会ってみたいわ。メリーさん、貴方は今どこにいるの?」
物は試しとばかりに都市伝説の居場所を聞いてみる。
本当にそこに同姓同名の宇佐見蓮子が居たら驚くが、本当に都市伝説のメリーさんが居たらその驚きは宇佐見蓮子二号の比ではない。
しかし
「今、貴方の後ろにいるの」
成る程。
その返し方があったか。
ふむ、と蓮子は顎に手を当て、何を言ってみるか考える。
私が何かを言う前に、メリーさんは私に言った。
「ねぇ、蓮子。どうして貴方の後ろに私はいないと分かるの?」
何故?
そこに存在しているか否かは実際に目で見てみることで確かめるのが普通だ。電子だか量子の世界ではそうもいかないらしいが。
私は手鏡を取り出したり、カーブミラーを覗いたり、気配を察知したり、その場で前方に飛び上がってアクロバティックに宙返りをしつつ体を反転させて両足と片手を地面に擦りつけながらスライド着地して機敏な動きで首を持ち上げたりというような真似はせず、ただ普通に上半身を捻り、首を回して真後ろを確認してその存在の是非を確認した。
そしてそこに人影はなかった。ただそれだけの話なのである。
「後ろを見たからじゃ、駄目なのかしら?」
「どうやって後ろを見るの?人間の目は、前しか映せないのに」
言いたいことは分かった。
つまり、この都市伝説とやらは私が視点を180度回転させたとき、同じ、もしくはそれ以上の早さで私のまわりを180度回ると言っているのだ。流石、都市伝説ともなればやることが違う。
確かに人の目は、正面しか映せない。……だが、私の目は違う。
「訂正しなさい、メリーさん。私の目は正面と……時間と、場所を映せるのよ」
「あっそう」
スルーされた。
まぁこんなもの、ただのジョークである。
結局のところ、私の眼は後ろを見られるようには出来ていないのだ。
「ところでメリーさん。貴方は人の目が前しか見えないから後ろを見られないと言ったわね」
「言ったわね」
「じゃあ目を増やしましょう」
「三つ目になるの?困ったことがあるたびに目を増やしていると、貴方はそのうち百目になるでしょうね」
「さてメリーさん。今、私の側には私のゼミの教授である岡崎教授が居ます」
嘘である。が、関係はない。
「教授曰く、私の後ろには誰も居ないそうです」
「ええ、そう言うでしょうね。だって岡崎教授には蓮子に私の存在を教えないようにって事前に言っているもの」
嘘だろう。が、それも関係ない。
「成る程ね。きっと聡明な貴方なら北白河助教授にも告げ口済みなんでしょうね」
「え?ああ、もちろんよ。私は地球上のすべての生命体に同じ告げ口をしてあるわ」
「つまり、私が誰かに後ろを確認してもらうには宇宙人を探すしかないのね」
「前言撤回。実はすでに全惑星の全生命体に告げ口しているわ」
「万能すぎるわねメリーさん。貴方実は地球最強の生物じゃないかしら。ところで参考までに聞いておきたいんだけど、宇宙人ってどんなのだった?」
「えっと……うさぎの耳が頭に生えてた」
「あらかわいい」
人間造形の生物にうさ耳をつけたのを想像したからかわいく思えただけで、アメリカの映画で見るようなエイリアンにウサ耳をつけたところで微塵もかわいくはないだろうが。
さて、他人の目を借りる作戦は失敗。ならば私は次なる手に打ってでる。
「次。えー、こちらに取り出したりますは私愛用の手鏡」
お酒買いにコンビニまで繰り出した私の持ち物に手鏡などあろうはずもない。そもそも手鏡を持ち歩くほどお洒落に気を使うタイプでもない。
だが、ここに鏡があれば自分の背後を確認できるというわけである。言ってしまえば寮に着いてからでも普通にできる。
さぁ、どうする?都市伝説メリーさんは鏡すら欺けるのかしら?
「衝撃の新事実!!メリーさんは吸血鬼だったのよ!!」
「な、なんだってーーーーーーーーーーーーーーー!?」
新説すぎるだろ。それは苦しいだろ、いくら何でも。
「後ろからガブリといかれちゃうのかしら?」
「まぁ首筋ぺろぺろくらいならやるわよ」
それはただの変質者だ。
「ふふ、これでいい加減分かったでしょう、蓮子。私は今貴方の後ろに居るの」
「そう。じゃあぺしゃんこにしちゃいましょう」
「は?」
話しながら歩くこと数十分。ようやく寮についた蓮子はしかし、中には入らず、その扉に背中を預けて見せた。
「大丈夫かしら?私の後ろにいるというメリーさん。私は無慈悲にも貴方を私の背中と壁に挟み込んでぺしゃんこにしてやったわ」
「ええっと……ふ、ふふふ、メリーさんは吸血鬼だから霧に姿を変えれまーす!」
「ふぅ~ん?だったらなんで振り向くたびに私の背後に回る必要があるのかしらね?」
「だからぁ……それは……」
ネタ切れだろうか、それ以上言葉が出てこない。屁理屈の応酬は私の勝ちだ。
蓮子は寮の自室に入り、買ってきていた缶ビールの蓋を開け、一口飲む。
「っぷはぁ~」なんて声が漏れた時、あるいはそのつもりもないその声に急かされたような気持ちに出もなったのか、メリーさんはようやく口を開いた
「……私、メリーさん。今貴方の後ろに居るの」
「いや、やり直してどうすんのよ」
また静寂が訪れる。携帯の通話時間は20分を超えていた。
もういいだろう。そう思って蓮子は電話の向こうのメリーさんの"中の人"に言う
「ねぇメリー」
「私、メリーさん。姿は見えないけど、いつでも貴女の傍にいるの」
「…………」
なんというか。
くさいというか、こっぱずかしいというか。
でもまぁ、そんなメリーさんなら悪い気はしないかもしれない。
「それを言うためにわざわざ電話をかけてきたの?メリー」
秘封倶楽部単身赴任(?)編第一夜に、「私たち、離れててもずっと一緒だよ」みたいな学園ドラマの卒業式回みたいな台詞を貰うことになるとは思ってもみなかった。
そもそも秘封倶楽部単身赴任(?)編は第三夜で最終回だ。大げさじゃないのかと蓮子は思った。
「蓮子と離れてから改めて思うことがあってね」
「なに?もしかしてメリーぼっちなの?」
「なわけないでしょうが!」
「あら、私はてっきりゼミの仲間たちと旅行に行ったけど友達いなくて暇だからかけてきたものだと」
「蓮子、帰ったら覚えてなさい」
「冗談よ」
こうして話してみれば電話越しでも私たちはいつも通りの私たちの会話をしていた。
違うとすればメリーの平手が飛んでこないくらいだ。メリーはあれでもすぐ人を叩く。KARATEをやらせると化けるかもしれない。
そうとも。離ればなれになったから何だ。私たちはこうして電話越しに声を交わしている。
わざわざ近くにいなくたって、メリーさんは電話の向こうで電波で繋がっている。
メリーは言う
「不思議ね。遠く離れたところにいるはずの貴女を、電話越しに身近に感じてる」
「そういう時代なのよ」
「ねぇ、蓮子」
改まったように、メリーは言った。
「隣に居れば、手を繋げばいい。遠くに居るなら、電話を繋げばいい。じゃあ、手も、電波も繋がらないような、もっと遠いどこかまで離れたら、どうやって繋げようかしら?」
何を言い出すのだろう。
また言葉遊びか謎掛けでも始めるつもりなのか。
「……今日び地球上の人口の99%以上が持っている携帯端末の電話機能は、一秒で地球の裏側まで電波を繋ぐわ。例えそこが山でも、森でも、地下でも、水中でさえもね。そんな時代に、繋げない場所なんて何処にあるのかしら?」
「どこかにあるわ。私には見えるのよ、その場所が」
「……成る程」
結界の向こう。夢の世界。
私とメリーはその世界に幾度となく足を踏み入れ、そして帰ってきた。
もしも。
もしも、私達がその世界でお互いを見失う事があったら。
夢と現をまたいで、離れ離れになることがあったら。
メリーは、それを恐れているのではないだろうか。
私とて考えたことが無かったわけではない。
それが起こりうる可能性を否定できる理由は無いのだから。
その時、私に何が出来るだろう? メリーは何をするだろう?
きっと私は探すだろう。何とかして、探そうとするだろう。
その時、繋がりは道標となる。
そして繋がりが無ければ、その探すと言う行為に成果を得るなんて不可能だ。
世界は無慈悲なまでに広いのだから。
でも、繋がっていると分かれば、いつか辿り着ける。絶対に。
ならば、私は決して諦めないだろう。
「メリー。手を繋がなくても、電話を繋がなくても、いつでも繋がっているものが私達にはあるわ」
「いつでも繋がっているものね……心、かしら?」
「ロマンチストねメリー。私も流石に四六時中メリーの事しか考えてない訳じゃないわよ。メリーもそうでしょ?」
「……当然よ」
「なんで間があったのかは置いておくわ。さて、それじゃあ私達をいつも繋げているものといえば?」
「いいから早く教えなさいよ」
「せっかちね。それとも焦っているのかしら?」
「別に焦っているわけじゃ」
「大丈夫よ、メリー」
とびっきり優しい声で、私は言ってやった。男に聞かせたら一発で惚れるに違いない。
もっとも相手がメリーで、電話の向こうのメリーがどんな顔をしているかが脳裏に浮かんだからこそ出た声なんだけど。
また少しの間があって、メリーは少し落ち着いた声色になって返した
「だ……大丈夫って何がよ」
「別に何でも無いわ。いい? メリー、私達を繋げているものは、名前よ」
「名前?」
「秘封倶楽部。私達二人で決めた名前じゃない。他ならぬこの名前が、私達を繋げている。私が秘封倶楽部の宇佐見蓮子である限り、サークルメンバーとして私達は繋がっているのよ」
「…………」
返事は無い。
驚いているのか、呆れているのか、もしかしたら感極まって泣いてたりとか。
最後のは流石に無いか。
「そう、ね」
小さな声が、電話の向こうから聞こえた。
その表情を伺い知ることは叶わないが、暗い顔はきっとしていないだろう。
その後、旅行先の様子はどうだったとか、お土産は何がいいとか、最近あった面白い話とか、テレビ話とか……そんな他愛のないことを喋って電話を切った。
メリーが帰ってくる三日後に、また秘封倶楽部の活動をすることを約束して。
「メリーも向こうで楽しくやってるそうね……」
一つ、安心したことを確かめるように私は誰もいない部屋で一人呟いた。
持ち帰ったビニール袋に入っていた缶ビールを開け、一口。
「はぁ……」
息を吐く。
気持ちのいい吐き方ではなかった。
「ああ~」
意味もなく喘ぐ。
沈黙の続く孤独の空間に耐えられなかったのだろう。と、自己分析してみた。
さっきまで愛しの相棒と話していたから、それが余計に静寂さを促進させる。
……私も、本当は寂しかった。
たった三日。たった三日である。
し明後日……いや、日付はもう回っているので明後日だ。
明後日メリーは帰ってくる。
それまでの辛抱。
なのに、やけにこの静寂が寂しく思えたのだ。
別に24時間メリーと一緒に過ごしていた訳でもない。この部屋に来たら私は一人だ。
でも、今日は一日一人で過ごした。明日も一人だろう。
電話で話そうと思えば話せる。けど、「寂しいから」なんて理由で電話をかけたくないと思う自分もいるわけで。
そんな孤独が、思っていた以上に堪えていた。
「……………」
私たちは秘封倶楽部という名前で繋がっている。
メリーに贈ったあの言葉は、案外自分に向けたものだったのかもしれない。
でも、その秘封倶楽部の名でさえ、きっと永遠ではない。
ならば、"その時"私は……
不意に、情報端末のバイブ機能が働く。
振動するそれを手に取ると、振動はぴたりと止んで、画面に一文表示する
"新着メールが一件あります"
私は流されるように端末を操作し、メールを開いた。
---------------------------------------------------------
From:メリー
ありがとう蓮子。実はちょっとダウナーになってたの。
直接言うのは恥ずかしいからメールで言わせて頂戴ね。
帰ってきたらまた活動しましょう。
素敵な冒険を期待しているわ!
---------------------------------------------------------
「……そうだね、メリー」
私は心が楽になっていくのを感じながら返信のメールを返し、「よしっ」という掛け声とともに立ち上がる。
手に持っていた缶ビールを飲み干して、秘封倶楽部のスケジュール表を開いた。
いつか終わりが来るとしても、それは今じゃない。
なら、今出来ることをやろうじゃないか。
そうとも。私たちはまだ秘封倶楽部だ。いつか秘封倶楽部じゃなくなるときまでは、私たちは秘封倶楽部なのだ。
いつか来るその日までに、この秘封倶楽部の活動日誌をたくさんの思い出で埋めていこう。今度は、思い出で繋がれるように。
その一ページを埋めるために、私は次の活動予定を考え始める。
そして二日後、また二人で素敵な冒険をすることを私はメールでメリーに誓った。
後書き見た瞬間、まさかと思いましたが嘘で良かった…
誤字報告です。
>その声に急かされたような気持ちに出もなったのか、
“出”ではなく平仮名の“で”ですかね。
するっと軽い読み心地でした。良かったです。
やめてくださいこのままだと秘封に萌えていた俺の心がしんでしまいます
可愛い秘封でした。