Coolier - 新生・東方創想話

哀緑のカラミティ 鬼の泉と龍の滝

2012/12/19 05:21:53
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※この作品は哀緑のカラミティ 序章の設定を受け継いでいます。




曰く、彼女のことを見てはいけない。
曰く、彼女のことを口にしてはいけない。
曰く、彼女に近づいてはいけない。

そう、それらの行為は全て禁忌。
不幸になりたくないのであれば、彼女に関わってはいけない。
厄災を身に纏い、深い森の暗がりで一人佇む彼女に……。












人間の里。幻想郷の中で一番、人の活気に溢れる場所。
そして幻想郷の中で一番、人にとって安全な場所。
だけど妖怪や妖精がいないというわけではない。ある意味で人と妖が共存している場所。

現に私は里を歩いてる。そしてそのことを気に留める人も、驚き逃げる人もいない。
いいえ、違う、違うの。私の場合はそうじゃない。そういう理由じゃない。
見てしまえば、気にしてしまえば、話しかけてしまえば、不幸になってしまうから。

里に設けた無人販売所、そこに先日修復した雛人形を並べに里に降りてきたのだけれど。
ここに来ると少し寂しい。ホントなら買い物だってしたいし、世間話で盛り上がってみたい。
自分の手で雛人形たちを送り出すことも、ホントならやってみたい。

だけど、だけど。それは人を不幸にしてしまうから。纏った厄が流れ出てしまうから。
私は確かにここにいる。だけど私はここにいない。それが私の背負う業。
なんだか謎掛けみたいね?そう思うと少し口元が緩んでしまう。

さて、用事も済んだしどうしようかしら?まだお昼を過ぎたばかりで、今から帰るのは流石にもったいない。
あれこれ思案しながら、私は里の出口へと足を進める。流石にお昼時は活気がすごい。
私は迷惑にならないように、自然と人の少ない方へと、小さな路地へと入る。

この路地は私のお気に入りだったりする。人が全然いないというわけもなく、かと言って多くなく。
そしてこの路地にひとつ、こじんまりとした店があるのだけれど、そこの店主がうわさ話好きで。
必ずといっていいほど、誰かしら店主の話を聞きに来ている。私もその一人。

そうは言うけど、私は通り過ぎながら会話の断片を聞いているだけ。立ち止まってしまうことはできないから。
前方に店が見えてくる。今日は子どもたちが集まって店主の話を聞いているみたい。
なるべく話を長く聞きたい、そういう思いが自然と歩みを遅くする。今日はどんな話が聞けるのかしら。

「……でだ、山に神様が降りてきて、妖怪達の信仰を集めるための社を構えたわけだ。
そしてな、お前らも知ってるだろうが、巫女が禊してた泉ってのがあるだろ?あれが山の奥、
森を越えて川を越え、滝を越えて行った先にあるらしいんだがな?」

「そこは元々鬼の泉と呼ばれててな、まだ鬼達が山を支配していた頃に鬼が水浴びしていた場所らしいんだ。
普段はなんの変哲もないただの綺麗な泉なんだがな、それだけじゃあないんだ。
満月の夜その泉に行くとな、この世のものとは思えない美しい光景が広がっているらしい」

「ちょうど今夜は満月だ、お前らも行って見てきてみるといい。そして俺にどんな景色だったか教えてくれ!」
「なにいってんだよー、山になんていけるわけないじゃん!」
「そうだそうだ!山に入る前に妖怪に食われておしまいなんだぞ!」

「おっちゃんだって見たことないのに、どうしてそんなこと知ってるんだよー?」
「おっちゃんが見てくればいいじゃん!あぁでも僕もみたいなぁ……」
「そりゃワシだってみたいさ。だが鬼の泉だ、人間に見ることはできんだろうなぁ…………」

店主と子どもたちのはしゃぐ声が遠のいていく。いや、私が遠ざかっているだけ。
あの店主、あの子たち、不幸にするわけにはいかないから。幸せでいてほしいから。
それにしても、なかなか興味深い話を聞けたわね。この世のものとは思えない景色、ねぇ。

「どこまで本当なのかしらねぇ……?」
ぽそり、ひとりごちる。人が山の情報を知るだなんて、そうそうあることではない。
知れるとしたら、御阿礼の子が纏めている書物か、烏天狗の新聞くらいではなかろうか。

「うわさはうわさ、かしら……ね」
けれど、けれど。私は人間ではない。このうわさが真実かどうか、確かめる術がある。
「なんて都合のいい話なのかしらね?今からでも確かめに行けるだなんて」

歩くステップを変えて、くるりと廻転する。気分が高揚しているみたい。
赤いリボンがふわりと揺れる。私のココロもふわりと浮かぶ。
「予定も決まったし、少し早めの晩御飯でも作らなきゃね」

顔が綻んでいるのがわかる。山に登るだなんてこと、これまでほとんどしてこなかったから。
宝探しにでも出かける子どものような、はたまた大冒険に繰り出す勇者のような。
そんな楽しい感情が、自然と歩みを速くする。ふわり、ふわり、ココロが踊る。

里の出口を過ぎた辺りで、ふと思い至る。
「あの巫女の禊の記事の話、あんな子どもたちまで知ってるのね……厄いわねぇ」
人の口に戸は立てられない、か。どうやら信仰集めも簡単ではないみたいね?











夕暮れ時の未踏の渓谷。沈み行く夕日の朱に染まる水面を眺めながら、私は空を飛ぶ。
この辺りは河童の住処。とても綺麗な澄んだ水、眺めていると吸い込まれそうになるくらい。
私は下流の方で暇を持て余したときに釣りをする程度で、上流にまで来るのは初めてだったりする。

下流の方でもたまに河童を見かけることはあるけれど、彼らはすぐに身を隠してしまう。
今日もちらほら見かけたけれど、それぞれが水に溶け込んで姿を消してしまった。
彼らも確かにここにいる。けれど彼らはここにいない。

「なんだか似たもの同士みたいね?私たち……ふふっ」
どうせ聞こえていないだろうと知りつつも、私は水面に向けて話しかける。
まるで返答を望んでいるように。返答されても困るのだけれど。

ふわり ふわり
私は川を遡る。朱に染まる川を、ただまっすぐに。ただひたすらに。
滝の音が耳に届く。そろそろ上へと水の階段が伸びる頃。

ふわり ふわり
風に吹かれて紅葉が踊る。さながら私のココロのように。
水面に落ちて朱が濃くなっていく。さながらお城の絨毯のように。

そして私は辿り着く。渓流の始まり、九天の滝、その根元に。
鼓膜を揺さぶる恐ろしいほどの轟音。巻き上がる霧にも似た水飛沫。
朱を映した巨大な滝は、さながら赤龍が空へと還る姿のようで。

少しの間、見惚れてしまう。轟音も、水飛沫も、ここまで来た目的すら忘れて。
視線を上へ、上へと持っていく。どこまで昇っていくのかしらね、この龍は。
頭すらどこにあるのか分からない赤龍は、日が沈むのと同時に姿を消してしまった。

「……。さて、私も昇って行こうかしらね」
まさか鬼の泉に辿り着く前に、素敵な光景に出会えるとは思っていなかった。
店主の話がデマだったとしても、ただのうわさ話だったとしても。

「……ふふっ」
そんなことは関係ないわ。私のココロは満たされているから。
出会えてよかったわ、赤龍さん。またそのうち会いましょうね?

私は滝を昇っていく。朱に染まった巨大な龍の昇っていった、その道筋に沿って。
龍は確かにそこにいた。けれど龍はそこにいなかった。
それでも私は龍の道を辿る。この目で確かに見たのだから。そこにあってそこにない、美しい幻想を。











「待たれよ!ここから先は天狗の領域……痛い目にあいたくなければ今すぐに立ち去れ!」
淡い月明かりの中、恐らくは滝の中間ぐらいだろうか。そこまで登ったときに、頭上から怒声が響いた。
一旦登るのを止めて、上を眺める。天狗の領域と言うことは、哨戒部隊の白狼天狗かしらね。

満月を背に、予想通り白狼天狗がそこにいた。月光を浴びて煌めく白銀の髪。暗がりでも分かる鋭い眼光。
身の丈に似合わぬ巨大な刀、紅葉のあしらわれた円形の盾。紅のスカートを風に靡かせながら、彼女はそこにいた。
ガシャン。こちらに切っ先を向けてくる。なるほど、白狼天狗の名前は伊達ではない、と。正に狼ね?

「貴様は厄神であろう?我らの里に仇なす輩は全力で排除するまで!早々に立ち去れ!」
威勢よく捲し立てる彼女。なるほど、狗だけあってよく吠えるものなのね?
平静を保とうと冗談めいたことを思い浮かべるけれど、これはよろしくない展開ね。

天狗といえば、妖怪の中でも力の強い種族。独自の社会を築き上げていて、しかも仲間意識が強いときている。
彼女一人であれば私でもなんとかなるかもしれないけれど、他の天狗を呼ばれてしまったらどうしようもない。
出来れば出会いたくないとは思っていたのだけど、どうやら天狗の目は許してくれないみたい。

引き返すか、倒して進むか。はたまた別の方法を模索するか。少し、少し考える時間が欲しい。
時間が欲しいだなんて要求、目の前の彼女は確実に許してくれないだろうけど。
ならば……それならば。

「別に貴女たちの縄張を侵そうとか、不幸を撒き散らそうとか、そういう用件で来ているのではないわ。
私はただ、この滝の上に用事があるだけなのだから」
彼女へ私は返答する。これで見逃して貰えないだろうかという甘い考えと、時間を稼げないかという狙いを込めて。

「滝の上に用事?先日の巫女といい魔法使いといい、どうして山に登りたがるのか……。
貴様が山の社に興味があるとは到底思えないのだが……。まぁそれは良い。
だが厄神、貴様を里に近づけることすら私は嫌悪感を抱く、他の皆もそうだろう」

「というわけで、だ。何の用かは知らぬが帰っていただこうか」
表情を多少和らげながらも、警戒を解かず彼女は言い放つ。どこか苦笑も見えつつも。
うん、困ってしまった。先に進みたいのだけれど、彼女の言い分も理解できてしまう。

私は厄神。不幸事の化身。私の抱く厄災は人にも妖怪にも等しく分け与えられてしまう。
もちろん、私にその気はないのだけれど。とはいえ、禁忌に触れてしまったモノには……ね。
そして目の前の白狼天狗、このままでは彼女も何らかの厄に見舞われるでしょうね。

けれど……けれど。
「そうね、貴女の言い分はよく分かるわ。私は厄神だからね。
けれど、私の用事も今夜でなければダメなのよ。だから……ね」

「そこ、押し通らせてもらうわよ?」
速攻でケリをつけて、私は進む。目的の達成、彼女に長く関わるべきではない、いろんな思いを抱えて。
本当は退いたほうが賢いのにね、わざわざ荒事に巻き込まなくてもいいのにね、いろんな苦悶も抱えて。

けどね、どうしても知りたいの。里の子どもたちが憧れたもの、それが何なのかを。
大きな滝を昇っていった大きな龍。そこにあってそこにない、幻想が昇っていったその道の先。
そこにあるであろう鬼の泉、そこに広がる美しい幻想を。人々の求めた幻想を。

「……ならば、参る!」
私の言葉を受けて、白狼天狗も戦闘態勢に入る。鋭い切っ先が月明かりを浴びて鈍く光る。
夥しい殺気。天狗の下っ端といえど天狗。そのものの持つ潜在能力たるや恐ろしい。

「えぇ……早々に終わらせましょう?」
ふわり。私を中心にして生ぬるい風が吹く。……否、厄が舞う。
普段纏っている厄、それを周囲に拡散させて、私も臨戦態勢へと移る。

ふっ と、白狼の姿が消える。それとほぼ同時、左上から感じる圧迫感。
それを感知した瞬間に私は右前方に身体を流しながら弾幕を放つ。
ビュオッ という空を切り裂く音、さっきまで私のいた位置に刀が振り下ろされていた。

難なく私の弾幕を交わしつつ、距離を置き弾幕を放つ彼女。そしてまた姿が消える。
赤黒い血の色の弾幕と、どこか白がかった青の弾幕が、混ざり合う。
次は右後方から白狼の圧迫感。それを急上昇して距離を置き、追加の弾幕を放つ。

風切り音と共に彼女の舌打ちが聞こえた。天狗の速度、その斬り込みが当たらないことに苛ついているのか。
私の周囲に渦巻く厄が、彼女の居場所を教えてくれる。だから彼女の斬撃は当たらない。
とはいえ、流石に天狗のような速度のある攻撃を何度も避けれるほどの自信はない。

気配を察知できたとしても、身体がそれに反応できなかったら。考えるだけでも恐ろしい。
弾幕を放ち、気配を察知し、避ける。そして弾幕を放つ。たったこれだけの単純作業でも、一瞬足りとも気が抜けない。
しかし、しかし。このままでは短期決戦は難しい。私に有効な攻撃手段がないのだから。

彼女ほどの速度の持ち主ならば、弾幕を当てることすら困難だろう。だとすると……。
斬りつけてきた際、彼女との距離が近くなる瞬間、そこにしか勝機がない。
次の一撃で勝負を決めよう。そうしなければ……彼女が大きな厄にまみれてしまう。

「創符『流刑人形』」
スペルカードを私は使う。全方位に固定弾幕を放つこのスペルカードならば、白狼の牙の方向も絞れる……!
だけど、これは隙を見せるということ。白狼の弾幕が身体に当たる。痛い。痛い。痛い。耐えろ、耐えるんだ。

痛みに顔を歪めながら私は弾幕を放ち続ける。なるべく弾幕の形が崩れないように。勝機を求めて。
そしてその瞬間が訪れる。右後方から襲い来る牙の感覚。なるべく引き付けるようにしつつ、私は身体をくるりと流す。
刀が通り過ぎる、そのギリギリへと。そして即座に濃厚な厄を右手に収束させる……!

刀が通り過ぎた瞬間、右手で峰の部分を掴んで厄を解き放つ。そして即座に白狼から距離を置く。
「チィッ!?」
焦った声を上げながらも、左下から切り上げた彼女の刀が、私の左腿を浅く斬りつける。

つぅ。血の流れる感覚がする。痛みをあまり感じないのは、戦いで興奮しているからか、刀の切り傷だからなのか。
けれど、けれど。なんとか一撃与えることができた。この程度の傷で済んだのは僥倖かもしれない。
「悪いのだけれど、弾幕ごっこもここで終わりのようね?」

にこり、私は笑う。あまりの疲労感で、上手に笑えているか分からないけれど。
「なるほど……!貴様もこれで手負い、無益な勝負は終わりということだな!?」
哨戒の任を全うしたと思ったのか、荒々しい息で叫びながらも彼女は笑顔だった。

「いいえ、手負いなのは貴女の方ね」
しれっと、私は言ってのける。ピクリ、彼女の顔から笑みが消える。
「何を言うか!?貴様の攻撃など、先の一度しか当たっておらぬではないか!」

「そうね?」
「それも刀にだ!そんな攻撃が私に何の影響を与えると!?」
「じきに分かるわよ?」

私はわざと彼女を怒らせる。刀に打ち込んだ厄災の方向性、それをある程度誘導するために。
「ならば分からせてもらおうか!まだ勝負は終わってないようだからな!」
ガシャン。白狼は再びその刀を私へと向ける。厄を打ち込まれた、白狼の牙を。

ピシ……
「あぁ、語弊があったかしらね?ひとつ、訂正させてもらうわね?」
「……?」

ピシ……
「手負いなのは貴女じゃないわ」
「だから手負いなのは貴様だろうに!」

ピシピシ……
「それも違うわ。手負いなのは……」
「……!?なっ……き、貴様……!」

バキイィィィン……!
「貴女の刀、ね」
「……!!」

峰から折れた白狼の牙は、くるくると廻りながら夜の滝へと落ちていく。
「……あ、クッ!」
しばらく呆然としていたが、折れた牙を追いかけるように、白狼は滝壺の方へと姿を消した。

「人や妖怪、モノにも等しく厄災を降り注がせる、か……ふぅ」
溜息をついて、切り傷を止血する。お気に入りのスカートも切られちゃったし、厄いわね。
だけど、だけど。本当に厄いのは白狼の方。自身の牙を折られたのだから。

「悪いことしちゃったわね……」
厄を恐れず戦いを挑んできた彼女。そのココロを折るようなマネをしたのだから、後味が悪い。
鬼の泉にあるものが、そこまでして見る価値のあるものなのかは分からない。けれど、けれど。

「きちんと見届けなきゃね……」
その価値を見出さなければ、白狼の彼女に顔向けできないような気がして。まぁ私は厄神だから顔向けできないのだけど。
それもきっと、私の自己満足なのだろうけれど。それでも先に進もうと、改めて決意できた。

そこにいていいもの、そこにいてはいけないもの。
そこにあって、そこにないもの。
結局私はどちら側なんだろうね?そう自問しながら、私は再び滝を昇り始めた。












龍の道の終点、そこに辿り着いてから上昇を止めて、泉のありそうな場所を探す。
下流の渓谷とは違った雰囲気を見せる大きな流れは、夜ということもあってか深い闇を映しているようで。
少し不気味。厄神である私が言えたことではないけれど、なかなか不気味。

泉があるとすれば、この流れの分岐した先にあるのだろうから、探すのに骨が折れそうね。
そんなことを思いながら進んでいると、遠くに灯りのともった何かを見つけた。
篝火のいくつも点いているその何かは、かなり大きな社のようで、ここからでも荘厳な印象を与えてくる。

なるほど、あれが山の神社ね。と、すると……そこから巫女の禊の泉はそう遠くないはず。
社の近辺に当たりをつけて、私は目的地である鬼の泉を探す。
後戻りはもうできないから。嬉しさや感動、苦しさや後悔、白狼のこと……多くを背負ったから。

「ん……なにかしら?」
川から少し外れた森の中、少し木々のぽかりと拓けたその土地に。なにか、なにかが淡く光っている。
篝火のような激しい光ではなく、月明かりのような優しい光。何かに惹かれるように、私は光へ近づいていく。

「……見つけた」
上空から見て、森のぽっかり開いた口。その中に、光を放つ泉を見つけた。
光っているのは、満月を映した水面。それと……何?まるで水面の月から湧き出るように、光を帯びて舞っているものがいる。

トスッ と、泉のそばに足を下ろす。
目線を変えてみると更に不思議で、光は本当に水面の満月から浮かびあがり、光り舞い、しばらくして消えていく。
しかもその光の数がすごい。湧き出ては舞って消えて、湧き出ては舞って消えて。

限界なんてないんじゃないかってくらい、たくさん舞っていて。その光で水面が踊るように光っていて。
なんだか泉自体が舞っているようで。満月に喜び、嬉しそうに踊っているようで。
風が吹くだけで踊りは様子を変えて、また違うテンポで輝き出す。常に変わりゆく光の舞は正に幻想の舞で。

「………………」
言葉にならない。滝の龍を見たときとは、また違う感情が胸に渦巻いている。
不思議で仕方ない。ここは幻想郷、数多の幻想が生きている。そういう場所なのは理解している。

けれど、けれど。自分の世界の狭さを思い知らされてしまった。
人や妖怪と多く関わることなく過ごしてきた。その世界の狭さを。
一歩、ほんの一歩。世界へ踏み出すだけで、私の知らない何かに出会える。

……そういったことを改めて、思い知らされてしまった。
近くの木に寄りかかるように私は腰を下ろす。傷ついた左足を庇いながら。
ぼうっと幻想の光景を眺めてみる。湧いては舞って消えていく、光たちの舞を眺めてみる。

私は厄神。誰かと触れ合うことが、どれだけ危険かはわかってる。
誰も不幸にしたくない。私のそんな願いが叶わなくなるかもしれないってこともわかってる。
けれど、けれどね?

落とし所も見つかるんじゃないかなって。私が厄を振り撒かない方法だってあるかもしれない。
人や妖怪を厄まみれにしない方法も見つけ出すことができるかもしれない。
だって、だってね?幻想郷にはまだまだ知らないことがたくさんありそうだから。

今後、私の進む道は茨の道かもしれない。苦しいこと、悲しいこと、いっぱいあるかもしれない。
誰かに迷惑をかけるかもしれない。誰かを不幸にしてしまうかもしれない。
……諦めてしまいそうになることもあるかもしれない。

けれど……今まで何もせずに諦めてきてたんだから。
せめて、私のココロが折れるまでは。欲を言えば、落とし所を見つけるまでは。
頑張ってみてもいいんじゃないかなって。夢見てもいいんじゃないかなって。

この不思議な光景を見ていると、そんなふうに思ってしまった。
「ふふ……」
小さな笑いが漏れる。けれど少し困った顔で私は笑っているんだろう。

一縷の希望と膨大な不安に満ち溢れた未来への思い。
夢だけを描いて動くことのなかった過去からの脱却。
そして、目の前に広がる幻想へかけるひとつの願い。

「満月の夜にだけそこにある幻想。ちゃんとあったよ?いつか見れるといいわね……?」
里の子どもたちを思い浮かべながらひとりごちる。
いつか、いつの日か。あの子たちにそう言えると良いなと思いながら。



鬼の泉と龍の滝 完
初めましての方も、お久しぶりの方も、こんにちは。厄インディスです。

椛と絡ませたい!と思って書いたらこんなんなりました。絡みとはこんな殺伐としていていいんでしょうか。

さて、雛ちゃんの周囲の環境が変わったのが前回の序章で、今回は心境の変わる回となりました。多くの幻想の渦巻く世界に、雛ちゃんの求める未来を見出すことができるんでしょうか。私にもわかりません。

冗談はさておき。
哀緑のカラミティというシリーズもので書いているわけですが、なるべく妙な設定を作らず単品でも読めるよう頑張っています。
が、巫女の禊の件は序章を引っ張っているので、完全にそうとは言えないのです……。その点についてこの場を借りて謝罪をさせて頂きます。

追記:
コメントありがとうございます。

>>3
ありがとうございます、その言葉に救われます。
厄インディス
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