※この作品は、全て魂魄妖夢の視点で進行していきます。
その見出しが目に入ったのは僥倖だった。偶然にも、机上に捨て置かれていた、我が主の読みかけの新聞を見つけたのである。
新聞曰く、幻想郷に流れ着きし人間あり。その人間、腰に刀を帯びた剣客さながらの格好であるという。
この一文に、私――魂魄妖夢の心は躍った。
自分が修めてきた剣術を、試せるかもしれない――と。
その人間の居場所についても、ご丁寧なことに例の新聞に記載されていた。
記事の真偽も確かめずに白玉楼を飛び出した私は、その居場所――博麗神社へと向かった。
長い石畳の階段を上り神社の境内を覗くと、案の定、社殿の縁側に腰かけて座る、紅白の巫女姿をした少女が目に入った。
そして、その傍らには目的の人物と思しき、胴着に袴姿の若い女性が佇んでいた。
「女性……?」
新聞記事の内容からして、我ながら、てっきり強面の屈強な男性かと勘違いしていたようだ。予想と反したその姿に、動揺を隠しきれず唖然としていた時。
「えぇーっと、あんたは……あ!そうそう、魂魄妖夢といったかしら?」
私の姿を見とめるや否や、少しふざけた口調で、巫女姿の少女――博麗霊夢が声をかけてきた。
「はぁ、いい加減に覚えてくださいよ。もう何度もお会いしているのに」
「ごめんなさいねぇ~人の顔と名前を覚えるのがイチイチ面倒くさくって。それで、今日は何の用事?」
嘘か真か、或いは彼女なりの挨拶の仕方なのか。ともあれ、改めて話を切り出す。
「実はそちらの方に、お話がありまして……」
長い黒髪を揺らし、少し苦笑した様子で私達のやりとりを見ていた女性に、私の身の上を説明した後、実戦さながらの剣術試合を申し込みたいという旨を伝えた。
既に何合打ち合っただろうか。神社の境内に、鉄の激しくぶつかり合う音が響く。
この試合に課せられたルールは、以下の通り。
スペルカードルールの不採用、刀剣は本物を使用(今回は互いに一刀流を使用)、そして、試合の決め手は相手に一太刀浴びせること。
これらのルールに対し、意外なことに彼女は二つ返事で応えてくれた。
ともすれば、命を失いかねない条件を快諾してくれたのだ。故に、互いの実力を見込んだ上とはいえ、初めは侮られているのかと推考した。
しかし、そのような浅はかな考えは、杞憂で済むどころか、一瞬にして吹き飛んだ。
事ここに及んで、彼女は一切の油断も見せず、ただ真剣に私との試合に臨んでいる。
これまで自分が修めてきた剣術を、スペルカードによる弾幕ではなく、真っ向から発揮できる、またとない機会。
(相手にとって、不足なし……!!)
試合は熾烈を極めた。
何合か剣戟を交わした後、鍔迫り合いへと移行。
一旦、仕切り直すために、相手の刃をいなし、後方へと距離をとる。相手も同様のことを思考したのか、執拗な追撃はなかった。
しかし、相手との距離を離した、ここからが問題である。
現在のところ、相手と自分との技量の差はなく、ほぼ互角。
――無論、相手が己の実力を欺瞞している可能性もあるが。
ともかく、技量が拮抗しているならば、後は如何なる手管を弄して相手を打ち負かすか、という結論になる。
(そうは言っても、この方を相手にどのような策を練ればいいものか……)
次なる一手を繰り出すために、有効な策を張り巡らそうとした、その一瞬。
相手の手先が動く。
刀の構えが、――変わった。
(……!! この型は……)
――示現流。初太刀にて対敵を絶命に至らしめる、二の太刀要らずの必殺剣。
かつて読破した剣術書に、この型と同様のものが記述されていたことを思い出す。
極端な八相の構えから繰り出される斬撃は、非常に速く重い。
咄嗟に刀で受け止めたところで、そのまま押し切られるか、最悪の場合、自分の刀が自身の頭部にめり込み死に至る。
しかし、その凄まじい斬撃を繰り出せる代償として、身体の正面はガラ空きとなり、防御には決して向かない。ただ、それは問題にはならない。
なぜならば、この流派の使い手達は、己の命を賭してまで対敵の命を奪うという、相殺の覚悟の元に刀を振るうからである。
――以上の分析を踏まえた上で、自身の勝利への最適解を導き出す。
無策にて相手の間合いに入ることは、自殺行為。
かといって、その場で手を拱いていても、相手から間合いを詰められ一刀の下に両断されるだろう。
ふと、ここでひとつの疑問が浮かび上がる。
先手必勝を教えとする流派の型を、何故最初から使用しなかったのか? もし、この型がハッタリであったとしたら?
様々な憶測が、頭の中で渦を巻く。
真相はどうであれ、この現実を見据え、有効な策を早急に決断し、覚悟を決めなければならない。
(ならばッ……!!)
剣先を、地面にそっと下ろす。
――地摺りの正眼。後の先を取る為に特化した、刀の位置を下段に置く構え。
この構えに対し、相手が迂闊にも剣戟を打ち込もうとするならば、下段より繰り出す斬撃によってそれを弾くか、
相手の斬撃の軌道を読んだ上で、こちらからカウンターとして鋭い突きを繰り出すことが可能となる。
とはいえ、鍛練を極めた示現流の使い手の斬撃を、この構えで弾くことはおろか、斬撃を外して避けることは、先程の分析からして不可能に等しい事実。
この状況下では、決して有効な策とはいえない。
――だが、僅かながらにも勝機といえるものはあった。
空気が重く張り詰め、静寂が境内を支配する。
――遂に、相手の足が緩やかに地を蹴った。
(来たか……!!)
距離が次第に縮まる。
相手は臆さず、一貫した速度で疾駆する。
(まだッ……!!)
間もなく、相手の間合いに入る。
刀が振り下ろされるか否か、その瞬間――。
焦らず、静かに息を吸う。
(……ッ!!)
直後、地を蹴り、突きの体勢で相手の左側面に飛び込む。
――先の先。地摺りの正眼はブラフ。相手が、刀を振り下ろさんとする刹那よりも先に、こちらの突きを当て、右前方へと抜ける。
それは、賭けにも等しい行為。機先を制しなければ、後に待つのは死のみである。
だが、これが現状における最善策。そう判断したからには実行しなければならない。
迷うことも許されない。迷いは恐れを生み、恐れは己の死に直結する。
裂帛の気合と共に放たれた、決死の突き。
――同時に、ほんのわずか。一秒にも満たない時間をおいて。
神速の域にまで高められた剛剣の一振りが、自身の左側面を擦過する。
一方、自分の手の中には肉を抉る感触が、握る刀を通して伝わった――。
「はぁ……」
試合を終え、博麗霊夢に包帯を巻かれている彼女を横目で見やると、後腐れのない満足気な表情をしていた。
――結果、見事機先を制した私の突きは、彼女の左肩を掠める程度に済んだ。程度で済んだというほど、気が楽なものではなかったが。
承知の上とはいえ、怪我を負わせたことに対する謝罪をしたところ、彼女は爽やかな笑みで私の勝利を称えてくれた。
剣術の腕もさることながら、彼女の寛大な心に、私は尊敬と憧憬の念を抱かずにはいられなかった。
(このような方に剣術の指南をして頂ければ、未熟な私もいずれは……)
先程の試合を思い返しながら、ぼんやりと考えに耽っていたところ。
「それにしても、まさか妖夢と互角に戦える人間が居るとはねぇ~」
治療を終えたらしい博麗霊夢が、彼女に話を持ちかけていた。
「あっ、そうだ! あんた、まともに寝る場所もないみたいだからさ、ウチで用心棒として働かない? 剣の腕も立つみたいだし」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 是非とも白玉楼に来て頂いて、剣術の指南を……」
咄嗟の勢いで、本音を口走る。しまった、と思ったが時既に遅し。
「はぁ~ん? あんた、もしかしてこいつのこと気に入ったの?」
「!? そ、そういうことでは……」
何故だか分からないが、激しく動揺した感情が顔に出る。
「はいはい、ごちそうさま。全く、素直じゃないんだから」
「ちょっ、か、勝手な思い込みで決めないで下さいよぉー!!」
かくして、偶然にも始まった今回の試合は、私の剣術修行にとって、ひとつの起爆剤となり得た。
これからは、更なる研鑽を積まねばならないだろう。
(見ていてください。私は、必ずや一人前の剣士に……)
誰にともなく、そう、心の奥で誓ったのだった――。
その見出しが目に入ったのは僥倖だった。偶然にも、机上に捨て置かれていた、我が主の読みかけの新聞を見つけたのである。
新聞曰く、幻想郷に流れ着きし人間あり。その人間、腰に刀を帯びた剣客さながらの格好であるという。
この一文に、私――魂魄妖夢の心は躍った。
自分が修めてきた剣術を、試せるかもしれない――と。
その人間の居場所についても、ご丁寧なことに例の新聞に記載されていた。
記事の真偽も確かめずに白玉楼を飛び出した私は、その居場所――博麗神社へと向かった。
長い石畳の階段を上り神社の境内を覗くと、案の定、社殿の縁側に腰かけて座る、紅白の巫女姿をした少女が目に入った。
そして、その傍らには目的の人物と思しき、胴着に袴姿の若い女性が佇んでいた。
「女性……?」
新聞記事の内容からして、我ながら、てっきり強面の屈強な男性かと勘違いしていたようだ。予想と反したその姿に、動揺を隠しきれず唖然としていた時。
「えぇーっと、あんたは……あ!そうそう、魂魄妖夢といったかしら?」
私の姿を見とめるや否や、少しふざけた口調で、巫女姿の少女――博麗霊夢が声をかけてきた。
「はぁ、いい加減に覚えてくださいよ。もう何度もお会いしているのに」
「ごめんなさいねぇ~人の顔と名前を覚えるのがイチイチ面倒くさくって。それで、今日は何の用事?」
嘘か真か、或いは彼女なりの挨拶の仕方なのか。ともあれ、改めて話を切り出す。
「実はそちらの方に、お話がありまして……」
長い黒髪を揺らし、少し苦笑した様子で私達のやりとりを見ていた女性に、私の身の上を説明した後、実戦さながらの剣術試合を申し込みたいという旨を伝えた。
既に何合打ち合っただろうか。神社の境内に、鉄の激しくぶつかり合う音が響く。
この試合に課せられたルールは、以下の通り。
スペルカードルールの不採用、刀剣は本物を使用(今回は互いに一刀流を使用)、そして、試合の決め手は相手に一太刀浴びせること。
これらのルールに対し、意外なことに彼女は二つ返事で応えてくれた。
ともすれば、命を失いかねない条件を快諾してくれたのだ。故に、互いの実力を見込んだ上とはいえ、初めは侮られているのかと推考した。
しかし、そのような浅はかな考えは、杞憂で済むどころか、一瞬にして吹き飛んだ。
事ここに及んで、彼女は一切の油断も見せず、ただ真剣に私との試合に臨んでいる。
これまで自分が修めてきた剣術を、スペルカードによる弾幕ではなく、真っ向から発揮できる、またとない機会。
(相手にとって、不足なし……!!)
試合は熾烈を極めた。
何合か剣戟を交わした後、鍔迫り合いへと移行。
一旦、仕切り直すために、相手の刃をいなし、後方へと距離をとる。相手も同様のことを思考したのか、執拗な追撃はなかった。
しかし、相手との距離を離した、ここからが問題である。
現在のところ、相手と自分との技量の差はなく、ほぼ互角。
――無論、相手が己の実力を欺瞞している可能性もあるが。
ともかく、技量が拮抗しているならば、後は如何なる手管を弄して相手を打ち負かすか、という結論になる。
(そうは言っても、この方を相手にどのような策を練ればいいものか……)
次なる一手を繰り出すために、有効な策を張り巡らそうとした、その一瞬。
相手の手先が動く。
刀の構えが、――変わった。
(……!! この型は……)
――示現流。初太刀にて対敵を絶命に至らしめる、二の太刀要らずの必殺剣。
かつて読破した剣術書に、この型と同様のものが記述されていたことを思い出す。
極端な八相の構えから繰り出される斬撃は、非常に速く重い。
咄嗟に刀で受け止めたところで、そのまま押し切られるか、最悪の場合、自分の刀が自身の頭部にめり込み死に至る。
しかし、その凄まじい斬撃を繰り出せる代償として、身体の正面はガラ空きとなり、防御には決して向かない。ただ、それは問題にはならない。
なぜならば、この流派の使い手達は、己の命を賭してまで対敵の命を奪うという、相殺の覚悟の元に刀を振るうからである。
――以上の分析を踏まえた上で、自身の勝利への最適解を導き出す。
無策にて相手の間合いに入ることは、自殺行為。
かといって、その場で手を拱いていても、相手から間合いを詰められ一刀の下に両断されるだろう。
ふと、ここでひとつの疑問が浮かび上がる。
先手必勝を教えとする流派の型を、何故最初から使用しなかったのか? もし、この型がハッタリであったとしたら?
様々な憶測が、頭の中で渦を巻く。
真相はどうであれ、この現実を見据え、有効な策を早急に決断し、覚悟を決めなければならない。
(ならばッ……!!)
剣先を、地面にそっと下ろす。
――地摺りの正眼。後の先を取る為に特化した、刀の位置を下段に置く構え。
この構えに対し、相手が迂闊にも剣戟を打ち込もうとするならば、下段より繰り出す斬撃によってそれを弾くか、
相手の斬撃の軌道を読んだ上で、こちらからカウンターとして鋭い突きを繰り出すことが可能となる。
とはいえ、鍛練を極めた示現流の使い手の斬撃を、この構えで弾くことはおろか、斬撃を外して避けることは、先程の分析からして不可能に等しい事実。
この状況下では、決して有効な策とはいえない。
――だが、僅かながらにも勝機といえるものはあった。
空気が重く張り詰め、静寂が境内を支配する。
――遂に、相手の足が緩やかに地を蹴った。
(来たか……!!)
距離が次第に縮まる。
相手は臆さず、一貫した速度で疾駆する。
(まだッ……!!)
間もなく、相手の間合いに入る。
刀が振り下ろされるか否か、その瞬間――。
焦らず、静かに息を吸う。
(……ッ!!)
直後、地を蹴り、突きの体勢で相手の左側面に飛び込む。
――先の先。地摺りの正眼はブラフ。相手が、刀を振り下ろさんとする刹那よりも先に、こちらの突きを当て、右前方へと抜ける。
それは、賭けにも等しい行為。機先を制しなければ、後に待つのは死のみである。
だが、これが現状における最善策。そう判断したからには実行しなければならない。
迷うことも許されない。迷いは恐れを生み、恐れは己の死に直結する。
裂帛の気合と共に放たれた、決死の突き。
――同時に、ほんのわずか。一秒にも満たない時間をおいて。
神速の域にまで高められた剛剣の一振りが、自身の左側面を擦過する。
一方、自分の手の中には肉を抉る感触が、握る刀を通して伝わった――。
「はぁ……」
試合を終え、博麗霊夢に包帯を巻かれている彼女を横目で見やると、後腐れのない満足気な表情をしていた。
――結果、見事機先を制した私の突きは、彼女の左肩を掠める程度に済んだ。程度で済んだというほど、気が楽なものではなかったが。
承知の上とはいえ、怪我を負わせたことに対する謝罪をしたところ、彼女は爽やかな笑みで私の勝利を称えてくれた。
剣術の腕もさることながら、彼女の寛大な心に、私は尊敬と憧憬の念を抱かずにはいられなかった。
(このような方に剣術の指南をして頂ければ、未熟な私もいずれは……)
先程の試合を思い返しながら、ぼんやりと考えに耽っていたところ。
「それにしても、まさか妖夢と互角に戦える人間が居るとはねぇ~」
治療を終えたらしい博麗霊夢が、彼女に話を持ちかけていた。
「あっ、そうだ! あんた、まともに寝る場所もないみたいだからさ、ウチで用心棒として働かない? 剣の腕も立つみたいだし」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 是非とも白玉楼に来て頂いて、剣術の指南を……」
咄嗟の勢いで、本音を口走る。しまった、と思ったが時既に遅し。
「はぁ~ん? あんた、もしかしてこいつのこと気に入ったの?」
「!? そ、そういうことでは……」
何故だか分からないが、激しく動揺した感情が顔に出る。
「はいはい、ごちそうさま。全く、素直じゃないんだから」
「ちょっ、か、勝手な思い込みで決めないで下さいよぉー!!」
かくして、偶然にも始まった今回の試合は、私の剣術修行にとって、ひとつの起爆剤となり得た。
これからは、更なる研鑽を積まねばならないだろう。
(見ていてください。私は、必ずや一人前の剣士に……)
誰にともなく、そう、心の奥で誓ったのだった――。
幻想入りした人間が何故元の世界に帰ろうとしないのか?何故そこまで強いのか?といった部分に疑問を感じました。
頑張るみょんは応援したくなる。ゆゆ様はいいポジションにおられるよ。本当に!
面白かったです