※以前投稿した「変装異変」「鈴仙・優曇華院・イナバ 2回目の逃亡」の後のお話です。
「咲夜、ちょっと休暇をあげるから命蓮寺に数日泊まってきなさい」
ある日の紅魔館の朝。
起き抜けの身支度を整えてくれている従者、十六夜咲夜へ向けて紅魔館の主、レミリア・スカーレットは命じた。
「……」
レミリアが思いつきで無茶な事を命じるのは日常茶飯事と言っていい程だ。
それも黙って聞き入れるのは従者の役目。
だが、主が間違っているのであればそれを正すのも従者の役目。
これは、どちらであるか。
咲夜は咄嗟には判じかね、黙ってしまった。
どちらでもあるのだ。
時間にして1秒程の迷いの後に咲夜は口を開いた。
「幽々子が神奈子・諏訪子と、輝夜がさとりと宴会したのが羨ましいからじゃあうちは命蓮寺。 と、そういう事なんですね?」
図星だったらしく、命じた得意気な顔そのままでレミリアは固まった。
「むぅー、大体なんであいつらはうちを避けるようによそを選んだんだ」
朝一番の命は咲夜を納得させられなかったために立ち消えとなったが、不満の方は消えてはくれない。
不機嫌さを隠さず居住まいを崩して主の椅子に腰掛けるレミリア。
「彼女らは別に避けたわけじゃありませんよ、結果としてそうなったんです」
白玉楼と守矢神社、永遠亭と地霊殿。
それぞれ繋がりとなるきっかけがあり、出来事に発展したからこそ宴会を開いて親睦を深めたのだ。
そしてそこに紅魔館は……前者は多少絡んだが、後者は全く知らない内に進んでいた出来事だった。
「じゃあその「結果」を作ってやる!」
レミリアは運命を操る程度の能力を持っている、それを用いて「うちで盛大な宴会を開く」という運命でも作ろうというのか。
「手繰らねばならない運命が多すぎて現実的ではないでしょう。 もっと簡単な手段をとった方が良いかと思われます」
「ぐぬぬ……じゃあどうしろって言うのさ」
レミリアは飽くまで宴会を開きたい一心のようだ。
せめてそれらしい建前でも作ってもらいたいものだけど、と、咲夜は胸のうちで呟いた。
「命蓮寺と交流を持つという事自体は私も賛成なのです。 ですが、私が行ってはお嬢様のお世話を満足にこなせなくなりましょう。 ……ですので、美鈴に」
紅魔館の門番、紅美鈴。
今日も館の門の前に立ち、侵入者に備えている。
だが、他ならぬレミリアが異変を起こした過去の例ならいざ知らず、今の紅魔館は敵に備える必要はなく、そういう意味では「門番という役目」は不要であると言える。
故に、敷地内の花畑の世話・本館への来客の門での応対・紅魔館ではなく美鈴に用がある者への応対を除いては概ね暇を持て余している。
それでも美鈴は門の前に立って責務を果たし続け……そして割とよく居眠りする。
(本人はこの役に不満を持っていないけど、何か別の役割も与えた方がいいのかしら)
太陽が空の頂点を過ぎてもいないというのに華麗にシエスタを決め込んでいる。
あまりに平和な雰囲気に自分も引きずり込まれたくなる欲求が咲夜の胸中に僅かによぎったが、振り切る。
「えい」
とすっ
投げたナイフが美鈴の額に刺さる。
人間なら大変な事になっているが、妖怪の美鈴には然したる問題ではない。
「痛ッ!? あ、咲夜さん。 い、いかがなさいました?」
居眠りしてしまっていた所を見つかってばつが悪そうだ。
「お嬢様の命よ。 命蓮寺に滞在して来なさい」
「はい、命蓮寺にお使いで……って、あれ?滞在?」
何かを届けに行くだけだと思ったのか「滞在」なのが不可解らしい。
美鈴は首を傾げ疑問符を浮かべている。
「ええ、上手い事やってあわよくばうちで宴会を開こうという魂胆なのよ、白玉楼と永遠亭の2件みたいに」
次いで出そうだった「だからこの任務、重要よ。 失敗は許されないわ」という言葉をすんでの所で飲み込む咲夜。
美鈴の場合変にプレッシャーをかけてはぎこちなくなるだろうと予想しての判断だ。
今回の目的は飽くまで親しくなって宴会を開く事。
この人当たりの良い門番ならむしろ自然体で臨んでもらった方が上手くやるだろう。
「はぁ、要件は解りましたが……まさか急に押しかけて2、3日泊めて下さい! ってやればいいって話じゃないですよねぇ……」
「門番の職務中に寝てしまったから暇を与えられて行く当てがない……という理由辺りどうかしら?」
にこやかに凄みを利かせる咲夜に、美鈴は苦笑いを浮かべて明後日の方向を見やる。
「いやあのあれはその……!」
「冗談よ。冗談だけど……口実としてはいいと思わない?」
美鈴が内外どこから見ても「門番」としては失格である様を見せる事があるのは周知の事実、それを逆手にとってやろうという寸法のようだ。
「成程、ついに堪忍袋の緒が切れたと、見せかけるわけですね!」
咲夜には心なしか「見せかける」の部分を力強く言ったように聞こえた。
「まぁそんな所ね、白蓮といえばさも善人と世間で通っている事だし、かなりの確率で保護してもらえるでしょうね」
「なんだかそのまま仏教への改宗を迫られそうな気がする所が怖いんですが」
白蓮は人へも妖へも仏教を教えている。
「そこはまぁ、解雇という青天の霹靂に昨日まで家族同然だった者達と分かれる事を強いられ、心が千千に乱れており気持ちの整理がつくまでは道を修める事は叶いません……とか適当に断っておきなさい」
「よ、よくそんな理由ぽんぽん出せますね……」
まるで用意していたかのようにすらすらと言い放つ咲夜。
「私が行く事になった場合の手段の一つとして、ね。 さっと考えておいてたのよ」
どうやら本当に用意していたものをリサイクルしたようだ。
「ふむふむ……」
美鈴は館の面子の不在中の伝言メモ等に用いている手帳に今の発言を書き込んでいた。
はたと手を止める、何かに気付いたらしい。
「家族同然……?」
「それ以上言ったら、解るわね?」
物騒にもナイフをちらつかせて脅す咲夜だった。
ナイフで脅されてしまったので逃げるように紅魔館を後にした美鈴。
打ち合わせは不十分であると言わざるを得ないが、「ある程度の付き合いを持ち、宴会を開くに至らせる」という相手の出方による部分も大きい目的ではいずれにせよ十全を果たして臨めるものではない。
上手くやれるかという不安はあるが、行ってみる他なかった。
命蓮寺を目指し、まず人里の方角へ向かう道すがら……
向かいから買い物袋を提げた人が歩いて来る。
うつむいて機嫌が悪そうに何かぶつぶつと呟いていてこちらに気付く気配はなかった。
「わぁ!」
そして派手に転んだ。
袋から果物が幾つか転がり落ちる。
美鈴は素早く拾い集めると、件の人物に話しかけた。
「お怪我はありませんか?」
「お、おお……大丈夫じゃ、すまない……ちと考え事をしておってな」
「何やら機嫌が悪そうな感じでしたけど……どうかなさいました?」
目的があり動いている最中とあって関わるべきではなさそうにも美鈴は思ったが、見なかった事にするのも忍びなくてつい訊ねてしまった。
すると件の人物、一瞬嬉しそうな表情を浮かべたが……すぐさましょんぼりと落ち込んだ。
「いや、気持ちは有り難いのだが……市井の者には解るまい」
とんでもなく上から目線で助けの手を払われた。
流石にこういう言い方をされると美鈴としても内心穏やかではない。
但し、怒りという意味よりは、役に立たないかはやってみなければ解らないだろうという意味合いで。
「全くあやつらめ……太子様を、我らを何だと思っておるのだ……」
引き続きぼやき出した。
それが美鈴にはヒントとなった。
「何方かに、仕えている主を軽んじられたのですか?」
「む……?」
食いついた、多分。
「私の所も、主が幼く見えるからって子供扱いみたいにされる事があって、悔しい思いをする事があるんですよ」
だがこれは美鈴にとっては嘘だ。
正直に言えば子供扱いされて悔しがるレミリアは可愛いのでもっとやってほしいとすら思う事がある。
間違っても絶対に口にするわけにはいかないが。
「おお、お主も……主を小ばかにされて悔しく思う経験があったのか。 ただの民草と思ってしまい……失礼した」
「いえ、お気になさらず。 それよりも、もし何か力になれそうなら相談に乗りますが」
美鈴がそう言うと、相手の人物は嬉しそうな顔をしたが、今度はすぐさま困ったような表情に変わった。
「うむ、実は……その、なんというか……」
話してみようという気になったようだが言いにくいようだ。
数秒程悩むような考えるような時間を経て、再び口を開く。
「主や、仕える我らをよく知らぬ者達の間で、我らの発言が一人歩きしてるようなのだ」
「はぁ……」
と、これだけではまだよく解らなかった。
「確かに我らは普段仙界にて過ごしていて人目にはつかん。 知らぬも道理と言えよう。 だが……何故、市井の者達の間で太子様が「戯れは終わりじゃの人」と呼ばれ、屠自古が「やってやんよの人」と呼ばれ、その扱いの中我に至っては「誰だっけ……?」などと言われねばならんのだ!!」
「あー! そ、それって貴女達だったんですか!?」
美鈴も門番職務の傍ら聞いた事があった。
氷精・チルノを筆頭に、流行っているのかと思う程度に「戯れは終わりじゃ」「やってやんよ」を聞くので、図書館に本を「借り」に来ようとしていた白黒魔法使い・魔理沙をなんとか引っ捕らえて話を聞いてみた所……
そもそもは過日の神霊の異変の際、黒幕が本気を出した際と呼び出した従者が共に弾幕を放つ際とで言っていた発言らしい。
その一派はいつもの幻想郷の展開よろしく、一戦弾幕を交えてからは平和的にここに腰を据える構えを見せている。
しかし「仙界」という僅かな隙間から無限の広がりを持てる世界で道場を構えて過ごしているためその姿を見た事がない人も多い。
そこで誰がそうしだしたのかは解らないが便宜上「戯れは終わりじゃ」の人、「やってやんよ」の人、というような呼び方をしていたら、その扱いが定着した挙句に「戯れは終わりじゃ」と「やってやんよ」の台詞が人里に限らず幻想郷の多くの場所で流行ってしまった……
その元凶の一人とこんな形で出会おうとは。
美鈴は聞かされた事の次第を説明した。
「な、なんという事だ……あの里に住む市井の者だけに留まらぬとは……」
愕然としている。 美鈴としても流石に同情した。
「今こうして話してて気付いたんですが、多分一番の理由は「実際の貴女達を知らないから」という所が大きいのだと思います」
「確かに、もっと姿を見せておればきちんと名前で認識され、発言を引用される事もそう多くはなかったであろう」
発言が流行る事は避けられなかったんじゃないかなーと美鈴は思ったが、言ってしまうと明らかにややこしくなるため口にはしないでおいた。
「ふむ……おかげで少し、見えた気がするな……そなたのおかげじゃ、礼を言おう」
「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」
お互いに頭を下げる妙な光景。
「そうじゃな、こういう時は……茶を馳走するのが世の慣わしなのであろう?」
「ふぇ?」
面食らう美鈴をよそに、件の人物は懐から大きめの布を取り出して広げると、四方に小石を乗せて飛んでしまわないようにしてから何やら念じながら詠唱を始めた。
すぐに終えて、手前側の小石2つを取って布を持ち上げる。 そこには異界への扉が出来ていた。
「さぁ、我らの住まう仙界へと招待しよう」
なんだかここで断ってしまうと落ち込まれそうな気がする。
そう思った美鈴は招待を素直に受ける事にして、人里で買ってきたものらしい買い物袋を代わりに持って入っていった。
仙界に道場を建ててそこに住んでいるのだ、と聞かされた。
入ってきてすぐ入り口の前だったため建物の外観はほぼ見る事が出来ていないが、応接間のような小部屋に通される間に辺りを見た限りでも相当な広さを持っていると窺える。
そしてその内装や小物の類は美鈴には見慣れない作りばかりだった。
浮世離れしていて、狸や狐に化かされているのだと言われても納得してしまいそうだと思った。
少し待っていると先程とは違う人物が部屋へと入ってきた。
変わった耳当てをつけて、リボンのように髪がはねた特徴的な姿。
優しい笑みを湛えている。 場所柄やその姿もあって色々な意味で只者ではないと美鈴は感じた。
「初めまして、豊聡耳神子と申します。 貴女には「戯れは終わりじゃ」の人、と言うと解り易いでしょうね」
つまりここの主。 紅魔館で言えば咲夜にティータイムへご招待されたと思ったらレミリアが出てきたような事態。
いきなりの主の登場に美鈴は少なからず慌てたが、態度に出さぬよう努めた。
「初めまして、紅魔館の門番をしている紅美鈴です」
「お出かけの途中だというのに引き止めてしまって申し訳ありません。 布都……貴女が出会った彼女は一つ決めるとそれにひた走る嫌いがありましてね」
つまり真面目すぎるという事だろうか、少し話しただけの美鈴も納得の行く思いだった。
「いえ、それは構いませんよ。 急ぐ事でもないですからね。 伺ったお話では、皆にきちんと覚えてもらえていなくて、そんな状態の中発言だけ引用されていて小ばかにされているように感じているとか……?」
「私自身は然程気にしてはいないのですが、布都にとってはそうもいかないようですね」
紅魔館でこういった主従の意識のズレが起こるとしたら、レミリアが怒っているが咲夜は涼しい顔で受け止めているという形になるだろう。
美鈴にとっては慣れないパターンだ。
「そういった話はもう一人、蘇我屠自古……「やってやんよ」の人が参りますから、4人でお話といきましょう。固くならずに普段通りになさって下さいね」
少しの間美鈴と神子が他愛のない話をしていると、やがて布都と屠自古がそれぞれお盆を携えて入ってきた。
それぞれの前に浅めで幅広の湯のみと小さく四角いお茶菓子が置かれる。
紅魔館では「お茶」と言えば紅茶、よそでは煎茶といったパターンだが、出されたお茶は美鈴には馴染みのないものだった。
煎茶のような透明感のある緑色ではなく、鮮やかな色で透明ではなく、そして量が少ない。
「さぁ、遠慮なく堪能するとよいぞ」
と、布都は促す。
何か作法でもあるのだろうか、と、美鈴は他の面々の様子をそれとなく伺うが、とりあえず堅苦しいものではないらしい。
湯のみを手に取り、少し啜る。
「!?」
苦い、物凄く苦い。
慌ててお茶菓子を手に取り口に放り込む。
苦味を打ち消す甘みが口の中に広がっていく。
が、それもほんの一瞬で、今度はお菓子の強い甘さが口の中に残る。
「何をしておるのだ、お主……」
布都はやや呆れ顔だ。
「こういうものだと知らなかったのでしょう? ほら、まずはお茶で口直しして……少しずつ、苦みも甘みも度が過ぎないようにして御覧なさい?」
屠自古が優しく説明してくれた。
「あ、ありがとうございます……」
美鈴は改めて、説明された通りに少しずつお茶とお菓子を口に運ぶ。
先程とは違い、苦味が、甘みが、口の中で調和していく。
「……お察しの通りこういったお茶を頂くのは初めてだったのですが……感動しました。こういうものもあるんですね……」
「おお、左様か。 気に入ったようで何よりじゃ」
布都が得意気な顔で胸を張った。
「それでは自己紹介を、私は蘇我屠自古。布都と一緒に太子……神子様の元で修行をしたり遊んだりしています。 二人と違って私は亡霊だから……ほら、足がない」
布都に比べると軽い調子の人物のようだ。
「助言を乞うたり茶を用意したりで紹介がまだであったな、我は物部布都。 太子様に仕える身じゃ。 因みに屠自古の言うように太子様と我は死して後復活した身……尸解仙じゃな」
次いで、美鈴が自己紹介を始める。
「私は紅美鈴、紅魔館の門番をしている妖怪です」
と、美鈴が名乗ると布都の表情が変わった。
「よ、妖怪……? 貴様もしや太子様を食らおうと……!」
「はい?」
美鈴にも解る程に布都の様子は尋常ではない。 逃げた方が良さそうとも思ったが、神子が横から制止の句を告げた。
「落ち着いて下さい、布都。 もし仮に私の身を狙う手合いであれば一目見て解ります」
勿論美鈴はこの3人に危害を加えようなどというつもりは毛頭ない。
だが、布都はそれでも釈然としない様子だ。
「むぅ……妖怪……太子様を食らおうというつもりではない……では一体何を目的に我に近づいたというのだ……」
美鈴に向かって問いつめているのではなく、呟きながら自問自答しているようだ。
「布都の妖怪嫌いが顔を出してしまったようね」
屠自古が肩をすくめた。 よくある事のようだ。
「折角来ていただいたのに申し訳ありません。
今回はお引取り頂けますか? 私からよくよく言い聞かせておきますので、よろしければまた後日いらして下さい」
神子が申し訳なさそうに頭を下げた。
「た、太子様!? 妖怪相手に斯様な……!」
確かに、このままでは収まりそうもない。
後日、とは言うが大丈夫なのだろうか……
「……解りました。 では、今回はこれで……」
神子が布都をなだめている間に屠自古が仙界から出る扉を開いてくれた。
「ごめんなさいね、布都は妖怪に対してやけに敵愾心を持ってるものだから……」
「成程」
過去に何かあったのだろうかと疑問に思う美鈴だったが、今はまだ訊ねるわけにもいかないだろうと言葉を飲み込む。
「太子様が落ち着かせれば貴女を見る目も変わるでしょうし、どうか気を悪くしないで……できればまた来て欲しいわ」
「ええ、勿論ですよ。 ……ですが、ここって貴女方でないと入り口を開く事が出来ないですよね?」
「あ、そうね……少し待って下さる?」
言うと、屠自古は奥へと行き……すぐに何かを携え戻ってきた。
手早く用意した物を広げる。
人の形をした紙と、水の入った器と……道教の術で何かしようとしているようだ、門外漢の美鈴にはよく解らないが紙に術を込めているらしい。
「じゃ、この紙に貴女の名前を書いて……それと、術の類は何か使える?」
「術、ですか……? 私は気を操る程度しか出来ないですねぇ」
「それで十分だわ、名前を書いたら貴女の気を紙に込めてもらえるかしら?」
言われたとおり、頭部の辺りに「美鈴」と筆で書き込み、紙に気を込め、屠自古に手渡した。
「後は仕上げを……」
何か念じるような所作をしたと思えば、すぐに水を口に含んで紙へ吹きかけた。
すると、紙人形が動き出して屠自古の手を離れ、美鈴の肩に乗ってきた。
「うわぁ」
可愛いような、不気味なような、とても微妙なラインだ。
「貴女がその紙にまた気を込めたら、それを察知して私の元へ戻ってくるように術を仕掛けたわ。 あと、貴女から離れないようにとも。 どこかで落としてしまっても大丈夫よ」
「成程、また来たい時にこの紙人形を戻らせればいいわけですね」
肩から取って手のひらに乗せてみると、「我にお任せを!」とばかりにぴょこんと手を上げた。 ……可愛いかもしれない。
屠自古が開いてくれた扉を越えると、先程いた場所だった。
まだ陽は高い、これから命蓮寺に向かうにも問題はないだろう。
美鈴は紙人形をポケットにしまうと、予定通り命蓮寺へと歩を進めた。
「こんにちは~~!!」
到着するなり、元気の良すぎる挨拶が出迎えた。
仏門に入り、命蓮寺に通っている幽谷響子だ。
「こんにちは」
「声が小さぁぁぁい!!」
挨拶を返した美鈴だったが、駄目出しをされてしまった。
「こんにちはー!」
大きな声で再度挨拶をする。 満足したのか響子は頷いた。
「挨拶は心のオアシス、きちんとしないとね」
「そうですね、ろくでもない事をする人は挨拶してません」
図書館から色々と拝借してホクホク顔の魔理沙が美鈴の脳裏によぎる。
大きな声のやりとりに気付いてか山門の方から誰かが出てきた。
遠目にもよく解るグラデーションのかかった頭髪、聖白蓮だ。
「あら、美鈴さん。 こんにちは」
「こんにちは」
命蓮寺に住む妖怪、封獣ぬえの退屈しのぎの悪戯に紅魔館も被害にあった事があり、ぬえを伴って謝罪に訪れた白蓮とは美鈴も面識があった。
「打診なしに身一つでの訪問……何かお困りの事でもあっていらしたのですか?」
正に美鈴にとっては渡りに船だ。
「実は……お恥ずかしい話なのですが、門番の仕事中に居眠りをしてしまっていたらついに暇を出されてしまいまして」
「あらまあ、それで行くあてがなく困ってついここへ、と?」
良い展開だ、出来過ぎている程に。
このまま何ら労せずしばらく泊まっていけと言われるのではないかと美鈴は思った。
「ええ、考えてみると私は紅魔館の門番として過ごしていたばかりで、こういう時にどうすればいいか解らなくて……気が付いたらここにフラフラと」
実際の所そうなったとして頼る相手が全くいないわけではない。
例えば白玉楼へ行けば妖夢の後輩が出来るわね、などとあっさり拾われるだろう。
「まあ、それは大変ですね。 紅魔館に戻るのか、それともどこかよそへ行くのか、解決するまでこちらで過ごされてはどうですか?」
本当にあっさり提案された。
「いいんですか? ぜひお願いしたいです」
とりあえず第一関門突破。 苦労せずここまで至った事に美鈴は心の内でガッツポーズを取った。
「決まりですね。 ……では、一つお願いしたい事があります」
「お願いしたい事……?」
やけにすんなり行ったかと思えばただでとは行かないらしい。
「ここで過ごしている間、お手すきの時はぬえの相手をしてやって頂けませんか? 後から入門してきたせいで他の者と馴染めずにいるようで、神霊の異変の後に連れてきたマミゾウさんと一緒にいてばかりなのですよ」
「はぁ、成程。 ですが外部の者である私では、余計に他の皆さんから浮く事にはなりませんか?」
命蓮寺の古株からすれば、新入りが余所者2人とつるんでいる事になる。
良い感情は持たないのではないだろうかと美鈴は思ったが、白蓮は返す言葉で否定した。
「貴女は紅魔館の門番として立つ傍ら、訪れる人達と仲良くしていると聞きました。 面倒見の良いマミゾウさんと一緒になら、なんだか上手くやってくれそうな気がするんです」
どうやら白蓮は美鈴の人柄を高く買ってくれているらしい。
少しこそばゆい気もする美鈴だった。
響子・白蓮と共に本堂へ入ると、雲居一輪・村紗水蜜・寅丸星がいた。
いずれも命蓮寺に属する面々だが、美鈴は初対面だ。
「ナズーリンは無縁塚の方の家かしら?」
「ええ、今日は特に用事もなかったので」
白蓮の問いに星が答える。
「小傘は?」
「さっき墓地にいましたね」
「ぬえとマミゾウさんは?」
「僧堂で退屈そうにしてました」
立て続けに問い、答える。
随分と人数が多い。 美鈴が頭の中で初対面の人数を数えると、響子を入れて6人。
ぬえとの仲を取り持ってやらねばならないとなると、1人1人とやっていくではないにしても一筋縄ではいかなさそうだ。
しかしこの依頼、こなす事が出来れば即ち美鈴の目的も果たす事となるだろう。
「そう、じゃあみんな呼ばないといけないわね。 この方は紅魔館の門番の紅美鈴さん。 訳あってしばらくうちに留まって頂く事にしたの。 みんな、仲良くしてあげてね」
「紅美鈴と申します、みなさん、よろしくお願いします」
お辞儀をして、視線だけ動かして辺りを見回す。
とりあえず嫌そうな表情をしている者はいないようだ。
命蓮寺の面々は互いに顔を見合わせる。
言葉を交わさずに指差しと顔の動きでコンタクトしてやがて一輪が一歩前に出た。
紹介の順番を打ち合わせて、結局美鈴に近い位置順にしたようだ。
「私は雲居一輪。 それと……」
一輪が何か合図を送るような仕草をした。
すると、雲の塊のようなものが屋内へ入ってくる。
「この雲の塊みたいなのが見越入道の雲山。 二人で用心棒みたいな役割をしているわ」
6人じゃなくて7人だった! と、美鈴は焦ったが……
「雲山は兎に角寡黙で喋ろうとしないから……まぁ、人が多くて覚えるのも大変でしょうし、私とセットの雲とでも覚えておいてくれれば問題ないわ」
酷い扱いだ。 が、美鈴としては色々な意味で有り難い。
「私は村紗水蜜。 この命蓮寺が形を変える前の聖輦船の船長をしていました。 今はその役割もほぼ無いですし、修行の傍ら舟幽霊としての本分を中途半端に果たしつつ過ごしていますね」
舟幽霊と言えば「舟を沈める」という程度にしか知らない美鈴には「中途半端に」の意味は解らなかった。
それぞれの紹介の流れに割り込むのも無粋であろうと問いはせず、残る1人の紹介を待つ。
「私で最後ですね、寅丸星と申します。 元々は一介の妖怪だったのですが、毘沙門天の代理となりここ命蓮寺で祀られています。 しかし同時に僧として聖の弟子でもあります。 ……ややこしいですが、命蓮寺の看板を背負っている時は私が上、私的な立場としては聖が上、とでも覚えておいて下さい」
本当にややこしい、一気に覚えなければいけないというのに。
仕方なく美鈴は強引に紅魔館での役割に当てはめてそれぞれを覚えようと試みた。
一輪は美鈴、村紗はパチュリー、星は咲夜といった具合だ。
「そんな難しい顔をして、一度に把握しようとしないでも大丈夫ですよ。 みんな、ちょっと間違えたり忘れたりしたって怒ったりしませんから」
白蓮が助け舟を出してくれた。
「有難うございます。 門番生活をしてるとどうも、こういった形で多くの方と一度に知り合う機会が少なくて……」
「聖の言う通りですよ、しかも私達は身の上が複雑な者が多いですし。 明日にでも顔をあわせて名前を間違えられたって構いません。
まだあと4人も居るんですしね」
一輪・村紗も星のフォローに同意のようだ。
「有難うございます、なるべく早く覚えられるよう、頑張りますね」
本堂ではそれきりとなり、僧堂のぬえとマミゾウの所へ向かった。
雲の雲山さんと一緒にいて私っぽいのが一輪さん、セーラー服で船長でパチュリー様っぽいのが村紗さん、虎柄で咲夜さんっぽいのが星さん……
と、美鈴は頭の中で繰り返し考える。
そうしているうちに僧堂・ぬえとマミゾウの部屋に到着した。
ぬえはだらしなく床に伸びてぐでーっとしている。 マミゾウは杯と酒瓶を手にしていた。 暇を持て余すあまり飲んでいたのだろうか。
寺で酒は御法度であろうが、美鈴が居るからか白蓮は咎める様子はなかった。
「おや、客人かえ?」
「あ、門番だ。 ちわー」
マミゾウは杯と酒瓶を脇に置いて居住まいを正したが、ぬえは相変わらずぐったり横たわったままだ。
「これ、少しはしゃっきりせんか」
「へーい」
もそもそと起き上がると、だるそうにその場に座る。
「ぬえはもう面識があるけど、マミゾウさんは初めてかしらね。 紅魔館の門番の美鈴さんよ。 しばらくうちに居てもらう事になったの」
「紅美鈴です。 紅魔館から暇を出されてしまったのでしばらくこちらでお世話になります。 よろしくお願いします」
美鈴の挨拶と共に、美鈴・白蓮・響子はぬえ・マミゾウと向かい合うように座った。
そういえば何故響子は当たり前のようについてきているのだろうと美鈴が視線を向けると、なんだか少し楽しそうにしていた。 あまり意味はないようだ。
一方、しばらくうちに居てもらう、と聞いたぬえとマミゾウは目を輝かせた。
ちょうど暇を持て余していた所、良い退屈しのぎだというわけか。
「儂は佐渡の二ッ岩じゃ」
それだけ言うと、マミゾウは白煙を発し、姿を変えた。
「このように化ける事が出来る」
ぬえの姿で同じようにだらしない座り方をしてみせた。 尻尾が隠せるものであればシンメトリーのようだ。
「私は前に会ってるし紹介なんていいよね」
ぬえは面倒くさそうだ。 元の姿に戻ったマミゾウがそれを窘める。
「悪戯して、謝りに行く時に顔を合わせた程度であろう? きちんと挨拶せねばいかんぞ」
「えー、めんどいなー」
面倒と言いつつも、ぬえは居住まいを正して美鈴に目を向けた。
「封獣ぬえよ。 マミゾウとは逆に私はこんな事が出来るわ」
そう言って、ぬえはポケットを漁る。
差し出した手には美鈴のポケットに入れてあるはずの紙人形があった。
「!? ど、どうして貴女がそれを!?」
頭には「美鈴」の文字。 間違いなく美鈴が受け取ったものだ。
慌てて自分のポケットを探る美鈴。
すると、ぬえが持っているはずの紙人形が確かにある。
「あ、あれ?」
「もう一度よく見てごらん?」
ぬえの手をまた見てみると、そこには紙人形ではなく綺麗な小石があった。
「これは一体……?」
「正体を解らなくする力を使ったのよ。 ポケットから出した「石」だって事を解らなくしたの」
ぬえはニヤッと笑うと小石をポケットにしまい……素早く美鈴が探っていたポケットから紙人形を抜き取った!
「あっ!?」
「つまり貴女は自分のポケ……何これ」
「これは……道教の術?」
白蓮はどういうものか解るようだ。
「道教、と言えば彼奴らよな。 ぬえが儂を呼び寄せた理由の」
なんだかよく解らないがとてもまずい事になっている気がする。 美鈴は冷や汗を垂らした。
「なんだって? じゃあお前はあいつらの手先?」
ぬえの目つきが険しいものへと変わる。
「えーっと……すみません、話がよくわからないのですが……」
「ぬえ、そう決めつけて怒るものではないわ。
まずは美鈴さんにどういう事か説明して頂かないと」
「やだ!」
白蓮の制止もむなしく、子供のような反発の言葉を残してぬえは全速力でどこかへ逃げてしまった。
「あ……」
「……まぁ、お主が悪しき陰謀を腹に秘めてここに来てるとは少なくとも儂は思えんのだが。」
呆然としてしまっている美鈴にマミゾウがそう告げた。
「……信用してくださるのですか?」
「信用ではないのう、人を化かしていた狸の勘じゃ。 「こいつはカモだ」と一目見た時から言うておる」
「カ、カモ……?」
フォローしてくれてるのだろうとは美鈴も思ったが、それにしても随分な言い方だ。
「そうじゃ、いかにも真っ直ぐ正直でといった雰囲気がにじみ出ておる。 ここでなく夜道で出会っていたらどう化かしてやろうかと涎が止まらん程じゃな」
「うう……怒られるよりマシだけど、酷い」
肩を落とす美鈴。 白蓮と響子が笑いをこらえていた。
とりあえず美鈴は紙人形を受け取った経緯を説明した。
「はー、成程あそこの頭でっかちに怒られたとな」
「それは災難でしたね」
「神子さんがなだめた後に来れば大丈夫といった事を屠自子さんがおっしゃってましたが……びっくりしましたよ」
「ふむふむ、話は解った。 で、館を追い出されたというのは?」
「ああ、それはう……」
正直に話して説明するという構えで話してきた所で不意に紅魔館の話が出てきて、咄嗟に切り替えられずに「嘘」だと言いかけてしまった美鈴。
ハッとして口元を抑えるが手遅れだった。
「もののついでにと鎌をかけてみれば見事に刈り取られおって、やはりカモではないか」
マミゾウはニヤニヤしている。
「どういう事です? 美鈴さん……」
困っているからと善意で迎え入れたが企みを持っているが故の嘘だった、とあって白蓮の声音は怒気を含んでいるように美鈴に聞こえた。
「あ、そ、それはですね……」
こうなっては仕方ない。
美鈴は命蓮寺を訪れた理由を正直に話した。
「うはははははは!!」
話を終えると、途中から既に笑いをこらえていたマミゾウが腹を抱えて爆笑した。
「なんと可愛らしい陰謀か! 宴会したいから潜入して仲良くなって来いとは、ははははは!」
美鈴がちらりと白蓮を見やると、少し申し訳なさそうな顔をしていた。 悪い事を考えているのではないかと疑った事に罪悪感があるようだ。
「親睦を深めたいのであれば言ってくだされば、こう回りくどい事をしなくても私達はお受けしましたよ?」
美鈴は首を横に振る。
「いいえ、それではお嬢様は納得しないと思います。 白玉楼と守矢神社は妖夢さんと早苗さん、永遠亭と地霊殿は鈴仙さんとさとりさんの交流をきっかけに宴会をしていました。
それに倣って「うちの者によくしてくれたお礼に」という形を取りたいのだと思うんですよ。」
相変わらず腹を抱えて悶絶しているマミゾウと、次ぐ句の出ない様子の白蓮、面白がって残っているのか退席するタイミングを逃しただけなのか解らないが一応神妙な顔をしている響子。
それぞれが何も言わない様子なのを見て美鈴は続けた。
「ですから私は、先程白蓮さんからぬえさんの事を頼まれたのを果たしたいと思っています。 そうすれば名実共に宴会を開くに値すると思うんです」
美鈴がそう告げると、マミゾウが不意に真面目な表情に変わった。
「一つ、訊きたい」
「な、なんですか?」
大笑いしていたのにいきなり真面目になったマミゾウに思わず気圧される美鈴。
「お主のしている事は主の命に沿っているだけ、というように聞こえるのじゃが……単に命に従うだけが目的かの?」
「いいえ、違いますよ」
きっぱりと、そう言った。
「まぁ、お嬢様の望みを叶えるのが第一ではあるんですけど……門番をしてるだけだったら会えなかったかも知れない方と共に過ごせるんですから、折角ですし私個人の願いとしても皆さんと仲良くしたいです」
黙して腕組しながら聞いていたマミゾウ、1秒弱の沈黙の後、呵呵大笑しながらがしっと美鈴の肩を組んだ。
「ふぉっふぉっふぉっ。 只のカモかと思えばとんだ大物じゃな、気に入ったぞ、儂も手伝おうではないか。 大船に乗ったつもりでいると良い。 泥船ではないぞ?」
「そうおっしゃって頂けると心強いですね」
皮肉や揶揄の類でなく、本心からそういう美鈴。
ぬえの理解者であり化かし合いに長けたマミゾウが協力してくれるなら、白蓮の言葉のようになんとか出来そうな気がした。
「もちろん私も、ぬえのためにと動いて下さるのであれば協力は惜しみません」
白蓮も協力を申し出た。
そして3人の視線が響子に集中する。
「う……わ、私も協力するよ! 何が出来るか……解らないけど」
とても弱気に声が小さくなっていった。
ヤマビコらしからぬ振る舞いだ。
「うむ、それではまず儂がぬえの誤解を解いて来よう」
そう言うと、マミゾウはどこかへ飛んで行ったぬえを追いかけていった。
こういう時にどこか決まった場所でいじけていたりするのだろうかと美鈴は考え、脳裏にクローゼットの中で膝を抱えて座っているレミリアの姿が浮かんだ。
「そういえば、マミゾウさんは特にぬえさんが馴染めるようにとはしてなかったんですか?」
美鈴はふと浮かんだ疑問を訊いてみた。
「あまり積極的ではありませんでしたね。 老成したような振る舞いの自分がしゃしゃり出ると、孫と仲良くしてやってくれとおばあちゃんが出てきたみたいになってしまってかえって浮くのではないか、と」
「あー……」
見た目こそ若々しいが言動がいちいち年寄り臭い、しかもぬえの前では保護者然としていた。
確かにおばあちゃんみたいと言って納得出来る、と、美鈴は思った。
「……と、ところでこの後はどうするんですか?」
納得した態度を見せるのも失礼かと思った美鈴は無理矢理話題を変える。
「そうですねぇ、色々ありましたし、まずは休憩なさってはどうです?」
「あ、はい、ではお願いします」
案内してもらった部屋は一人で居るには広い程だった――因みに響子は真面目な空気に疲れたのか掃除に戻ると言って外へ出て行った――
聞けば同じ構造の居住用の部屋が幾つもあり、基本的には先程のぬえ・マミゾウのように2人部屋として用いているのだと言う。
「私はお寺に馴染みがないんですが、どこもこういった作りなんですか?」
「いいえ、違いますね。 一応建物の用途に合わせた呼称ではありますが……実はこの命蓮寺は一風変わった遍歴を経てまして……」
昔、白蓮が封印される前、弟の命蓮がとある長者の蔵を意趣返しにその建物だけ頂いてしまったものを……
舟幽霊として舟を沈めて人を困らせていた村紗の未練を解消させた際に村紗が生前乗っていた船に似せて改造し……
宝船の異変の後に変形・この場所に着地させる事で命蓮寺となった。
「蔵から船、船から寺と強引に改造してますし、それに加えて妖怪へ向けても門戸を開いています。 忠実にお寺としてしまうと閉鎖的禁欲的過ぎて文字通りの三日坊主となるばかりの可能性がありますからね。 色々な部分を本来よりも緩くしてあるんです」
「へぇ……」
確かに妖怪は自由きままな者が多い。
規律と修行に縛られる生活を望まぬ者もまた多いだろう。
「上手く行ってるんですか?」
「まぁ、部屋が空いてるくらいですから……」
出家信者は然程居ないという事か。
「あれ? でもなんだか、人気があるみたいな話を聞いた事がありますよ?」
宝船が変化した縁起のいいお寺として、里の人間の信仰を集めたため、博麗神社にはますます人が来なくなったとか、縁日が開かれた際は盛況であったとか、そういった話は美鈴も耳にしていた。
「うーん、人気があるのは確かですね」
あまりはっきりと言いたくはないのか歯切れが悪い。 美鈴はこれ以上追及しない事にした。
「そうですか……案内頂き有難うございます。とりあえず休憩させていただきますね」
「ええ、ごゆっくり」
自覚は無かったがやはり疲れていたらしく、美鈴はいつの間にか眠っていた。
一方、紅魔館では。
「さーくーやー」
廊下を歩いていた咲夜に向けて、フランドールがとんでもない勢いで駆け寄ってきた。
「おや? どうされましたか?」
「美鈴がいないけどどうしたの?」
素直に答えれば確実に「私も行く!」となる展開だと咲夜は瞬時に確信した。
「忙しかったので代わりに買い物を頼んだのですよ。 しかし帰りが遅いですね、どこで道草を食っているのだか」
「ふーん、どこかで寝ちゃってるのかもね」
けらけらと笑う。 ある意味では正解だ。
とりあえずはこの答えで納得したようでそれ以上の追及はなく、フランドールは再びとんでもない勢いで廊下を走ってどこかへ行ってしまった。
(地下に篭るだけでなく、外に興味を持って下さったのはいいけど……)
レミリアが羨ましがったり便乗したがったり拗ねたりする事があるのが問題だ。
かつてレミリアが起こした異変の前は、レミリアがフランドールを屋敷の外へ出そうとしておらず、また、フランドールも外に興味はないようで出ようとはしない軟禁とひきこもりがあいまいに合わさった状態だった。
それが霊夢や魔理沙と出会った後は、レミリアの態度は柔らかくなり、出ても構わないといった様子で、フランドールの方もきっかけがあれば外へ出たがる事があり、魔理沙と夜の空を散歩する事もあるようだ。
レミリアの耳に通しておくべきだと判断した咲夜は主の間へと向かった。
「行きたがるようだったら、行かせてもいいんじゃない?」
意外な答えだった。
「あの子も地下室から出て私達と遊んだりするようになり、時に外へ出て館の中では得られないものに触れるようになり、無闇やたらとドカーンドカーンしてた頃と比べれば随分丸くなったわ。 それに美鈴がいるなら程よく手綱を引いてくれるでしょうし」
そこまでは咲夜も思ったが、だからといってレミリアが許可を出すとは思っていなかったというのが正直な所だ。
「ふふふ……咲夜が驚いた顔を見せるなんて珍しいわね」
「……失礼しました。 今朝の様子からてっきり宴会を第一にお考えかと思いまして」
そう言葉を返した咲夜に違和感がよぎった。
一度何かしたい・欲しいといった願望を持つとそれを叶えようと躍起になるのがいつものレミリアのはずだが、途中で急に一歩引いたような事を言い出している……
(すると、おそらく……何かの影響)
「私だってたまには妹を大切に」
得意げに語るレミリアがぴたりと動きを止めた。
咲夜が時間を停止させた事によるものだ。
メモ帳を取り出すと「私だってたまには妹を大切に」という発言を書き込み、切り取って宙に浮かせる。
そのまま咲夜は主の前から退出し、一旦自室に戻ると置いてあった文々。新聞を読み始めた。
昨日レミリアが読んだ後に受け取っていたが、まだ読んでいなかった。 妙な命令は今朝一番の事、昨日の夜に読んでいたこれの影響を受けた可能性が高いと咲夜は睨んでいた。
永遠亭と地霊殿の宴会に至る顛末が記されている。
大口の仕事の後に疲れで朦朧とした鈴仙が、永琳の薬に用いる素材の不足のぼやきを聞きつけて夢遊病のように採集へ向かって永遠亭を出て行ってしまった際に、通りかかったこいしが眩しさに目の痛みを訴える鈴仙を陽の光の届かぬ地霊殿に連れて行き、永琳の依頼を受けた文の尽力により発見後はそのまま地霊殿で仕事疲れの養生に当たっていた……
(まるでお嬢様が運命を操作したかのような偶然ね)
そしてこいしが鈴仙を連れて行った事が判明した点にこんな記述があった。
「鈴仙氏を地霊殿に連れてきたのがこいし氏であると判明した背景には、さとり氏とこいし氏の夜のお茶会があった。 血縁関係にあっても交流の少ない者もいるこの幻想郷だが地霊殿には仲睦まじい姉妹愛が存在する」
「あ、これだわ」
思わず呟いた。
血縁関係~のくだりは何も紅魔館の例のみを指しているわけではないだろうが、おそらくレミリアには自分達の事を揶揄されたと見えたはずだ。
ペンを取り出すと「仲睦まじい姉妹愛が存在する」の部分に下線を引いて、更に余白に「一時の煽情に終わらせず是非継続なさいませ」と書き込んだ。
書き込みを入れたページを持つと自室を出て行きレミリアの寝床の棺桶に忍ばせ、主の前に戻った。
始めに浮かべておいた確認が長くかかった場合に備えての直前の発言メモをポケットに回収し……そして時間停止を解除する。
「する所だって見せるわよ?」
「ええ、許可が出たと知れば妹様も喜びましょう」
何食わぬ顔で相槌を打つ咲夜だった。
いつの間にか寝ていたのだと、美鈴は天井を見ながら理解した。
「おお、目が覚めたか」
マミゾウの声だ、寝ている間に戻ってきていたらしい。
「あ、これは失礼しました」
身を起こすと、マミゾウの隣には気まずそうにしているぬえがいた。
もじもじしながら前に出て……
「その……さっきはごめんなさい。 あいつらに協力してるってわけじゃないって聞いて……」
しおらしく謝罪した。
「気にしないでください。 私だって、紅魔館に仇なす輩が立場を隠して潜入してきただなんて場面があったら冷静ではいられませんしね、きっと」
ぬえはうつむいてしょんぼりとしてしまっている。
マミゾウの方を見やると身振り手振りで「抱きしめてやれ」と指示している。
悪戯が好きで、幼い振る舞いをしているぬえには子供をあやすような行動が効果的という事だろうか、美鈴は指示通りにする事にした。
びくっと体を震わせたが抵抗する様子はない。
「ぬえさん、私は白蓮さんから暇な時は貴女の面倒を見るようにと頼まれました。 ですが、それとは関係無しに貴女と……だけでなく命蓮寺の皆さんとも、ですが、友達になりたいと思っています」
「私と……友達に?」
ぬえは顔をあげた。 美鈴は微笑んで続ける。
「ええ……私は怒ったりしてないですし、貴女はちゃんと謝ったんですから、そんなにしょんぼりしてないでいつも通り元気な所を見せて下さい」
「……えっと、その……」
ぬえはそれでもまだ気まずそうにしている。
そっと美鈴から離れると、用箪笥の引出を開けて手鏡を取り出した。
再び美鈴に近づくと、顔が見えるように手鏡を差し出す。
「……ごめんなさい」
再び謝るぬえ。 美鈴は自分の顔を見て納得した。
美鈴の帽子にある星に「龍」の字がかかれたマークのように、額に黒い線で星とその内側に「中国」と書かれていた。
「ぷっ」
自分が悪戯をされたというのに思わず笑ってしまう美鈴。
「あー、因みに儂が提案したんじゃ。 あまりにも無防備に寝てたものでな」
「怒ってなかったって聞いたから……」
「もっといろいろ落書きして大変な事になってたならともかく、これくらいならいいですよ」
いっそこのままにしておいた方が後で皆と顔を合わせる時に笑いが取れていいのではないかとすら美鈴は思った。
ただ、ぬえへの心証が悪くなるかもしれない、気付いた上で許し、わざと残したとは言っておかなければなるまい。
「しかしぬえ、お主いつもならそのまま隠して、後で発覚して慌てる様を見てざまあみろと楽しむ所であろう? いきなり謝るとはお主らしくないのう」
マミゾウはニヤニヤしながらぬえにそう言った。
「う……わ、私にだってそういう気分な事もあるってだけよ。 別におかしくなんてないでしょー?」
「ほーう」
「うー……じゃあ、確かに謝ったからね! また後でね!」
ここにいてはマミゾウにからかわれると思ってかぬえは足早に逃げてしまった。
今度は飛んでいない、自室かどこかへ退散したのだろう。
「……よかったのう、お主ぬえに認められたようじゃぞ」
「そうですか、よかった……有難うございます、マミゾウさん」
逃げて行かれてしまった時はどうなる事かと思ったが、無事に丸く収まったらしく美鈴は安心した。
「ところでお主、やらせた儂が言うのも難じゃがその落書き、消さぬのか?」
「あ、それなんですが……」
美鈴は先程、残した方が良いのではないかと思った事を説明した。
「ほう、悪くないやもしれんのう。 寺の者でなく客人への悪戯とあっては寺の連中も普段より腹を立てる所じゃろうが、初日に気にしないと姿勢を見せれば幾分か印象も和らぐか……それなら単に気付かぬままであったふりをするよりも……」
マミゾウの演技指導が入ってから、白蓮には伝えておいた方がいいだろうという事で、報告がてら実際にやってみる事になった。
眉の辺りまで帽子をかぶった状態にスタンバイして待つ美鈴。
やがてマミゾウが上機嫌な様子で戻ってきた。
「お誂え向きに自室に一人でおったぞ」
「丁度いいですね……では、すみませんが案内をお願いします」
白蓮の部屋は案内されていないために知らない美鈴、マミゾウの先導について行く。
誰かに鉢合わせはしないかと二人で注意を払いながらの移動だったが、誰とも会わずに到着する事が出来た。
「白蓮さん、少々よろしいですか?」
「あら、美鈴さん。 どうぞお入り下さい」
目深にかぶった帽子がずれたり落ちたりしないようにしながらなので少し不自然な歩き方になる。
白蓮はその様を不思議に思ってか首をかしげた。
「どうかなさいました?」
「実はですね……」
帽子を取る。 そして露になる星のマークと「中国」の文字。
「ぷっ」
白蓮も笑ってしまった。
「先程白蓮さんが出て行かれた後につい居眠りしてしまいまして……」
「そこに儂がぬえを連れて戻り、あまりに無防備なのを見てぬえに書かせたというわけじゃ」
マミゾウが後から入ってきて補足した。
「またマミゾウさんはあの子を焚きつけて……」
「こやつが見せたお人よしぶりを受けて問題ないと思っての事じゃよ」
いけしゃあしゃあと言ってのける。
褒められているのだかからかわれているのだか、美鈴の胸中は少し複雑だ。
「しかもこの落書きでもって今お主にしたように、皆の前でもやって見せて自ら笑い者になろうとしておる」
「場の雰囲気を和ませて打ち解けるのに使えるかなーって思ったんですけど、大丈夫でしょうか……」
美鈴としては不安もある。
マミゾウは悪くないだろうと言ってはいたが、こういったおふざけを嫌う者が居れば空気が悪くなりかねない。
「そうですねぇ……お客さんに対してぬえが悪戯をしたとなると星が良い顔をしないかもしれませんけれど、貴女がそう思ってやった事と知れば問題ないと思いますよ」
「白蓮さんのお墨付きとは、心強いですね」
何せここの主であり、白蓮もまた真面目なタイプ、これなら問題ないだろうと美鈴は思った。
「ほう、儂では頼りないと?」
「うぇっ!? い、いえそんな事ないですよ!?」
「冗談じゃ、気を悪くはしておらんよ」
「うふふ」
白蓮は二人のやり取りを見て楽しそうに笑った。
「もうお二人はすっかり打ち解けてますね」
「うう、すっかりからかわれる位置な上に慣れてる自分がちょっと悲しいです……」
美鈴は紅魔館に居て自分をからかうような事をする事のある住人・訪問者の面々をざっと思い出してみた。
パチュリー・咲夜・レミリア・魔理沙・幽々子・文……
「あ、あれ? もしかして私接点の多い方の大半にいじられてる……?」
しかも性格上いちいちからかう側が面白がるような反応をしている。
「お主、苦労しておるのう……」
マミゾウが説得力のない事をニヤニヤしながら言った。
白蓮は夕餉の席には皆が揃った所で出てきてもらってそこで残る者へ紹介しようと思っていたと話した。 それを受けてのマミゾウの思いつきで、悪戯は更にエスカレートする事になった。
「美鈴さん、みんな揃いましたのでお願いしますね」
「はい、わかりました」
先程と同じように帽子を目深にかぶった状態で白蓮に先導される美鈴。
食堂には既に皆が揃って座っている。 美鈴は白蓮の隣に座る事になるようだ。
膳から2歩程離れた位置で美鈴は足を止める。
「みんな、改めて紹介するわ。 紅魔館の美鈴さん。 しばらくうちで過ごしてもらう事になったから、仲良くしてね」
「紅美鈴です。 皆さん、よろしくお願いします」
深々とお辞儀をすると、かぶっていた帽子が落ちた。
そして顔をあげると……
「ぷっ」
どこからか笑いが漏れた。 ざっと見る限り、ぬえも含めまだ面食らっているという意味の方が強いらしい。 何かもうひと押ししなければ。
「おっと、今笑ったのはどなたですか? 俑にしてお墓にしまっちゃいますよ?」
……「中国」に絡めたつもりの美鈴だったが反応は芳しくない。
「俑って、唐の古い皇帝などの副葬品ですよね」
「成程、紅魔館から追い出された腹いせに皇帝を名乗って反旗を翻そうというわけか、とんでもない奴じゃな」
「レミリアさんにご報告しないといけませんねぇ」
白蓮とマミゾウがフォローなのかからかっているのか微妙なやり取りをした。
「えぇっ!? ちょっと冗句がすべっただけじゃないですか! そんな事やめてくださいお願いします!」
「もうひと押しすれば良い雰囲気になったであろうに、お主ゆーもあのせんすが無いのう」
笑いでもって温かい空気とするはずが、すっかり生温かい空気になってしまった。
膳を前にいつまでもしゃべっていては冷めてしまうとまず食事を済ませ、それからナズーリン・小傘の紹介が始まった。
「私はナズーリン、毘沙門天の部下の者だ。
毘沙門天の代理として働く御主人……星の配下兼お目付け役という立場さ。 普段は無縁塚の近くの小屋に住んでいるけど御主人から呼ばれた時は命蓮寺に来ている。 だからいつも居るってわけじゃないんだ。 あまり顔を合わせる機会はないかもしれないね」
白蓮・星の関係もそうだったがまたややこしい。
「私は多々良小傘よ、ここに住んでるわけじゃなくて裏の墓場によく居るからこうしてお呼ばれする事も多いの。 でも、忘れ傘の妖怪だから人を驚かせてないとお腹は膨れないんだけどね」
……これでようやく、一通りの挨拶が終わった。
ぬえと仲良くさせるに与しやすそうな相手は、と、美鈴は考えようとしたが、物思いにふけるわけにもいかないので考えを中断する。
「ところでさっきの珍妙な行動、その落書きはぬえにされたのかい?」
ナズーリンが訊ねた。 ちらりとぬえの様子を確認すると、うつむいてしまって少し居た堪れないように見えた。
「ええ、そうなんですけど、実はこれを上手く使えば皆さんを笑わせられていい雰囲気に出来るかなーって思ってたんですよ。 ぬえさんのおかげで、って言えるようにしたかったのに見事にすべりました……」
ぬえが視線だけ美鈴の方に向けた。
美鈴がそれに小さく微笑み返すと、ぬえはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「へぇ、ぬえの悪戯に怒ったり、気にしないと言ったりするのが大体だけど、それを有効利用しようってのは……珍しいわね」
「利用も何もないようなやり方も多いしね、正体不明にする能力で罠にかけて驚かせたり転ばせたりとか……そういう意味じゃ美鈴さんは運が良かったとも言えますね」
一輪と村紗が思い思いに語るのを聞いて美鈴はまたぬえを見やる。 皮肉のようとも取れる物言いだったがこれに関してぬえは特に気にしていないように見えた。
「発案はマミゾウさんだそうですけどね……」
「料理しがいのある良い寝顔じゃったぞ」
「いやそこは得意気に言う所じゃないですよね!?」
「なんだかお二人共随分仲が良さそうですね、以前からお知り合いだったのですか?」
既に板についている感のあるやり取りに疑問を持ったのか、星が問いかけた。
「いんや、さっき初対面じゃよ? 儂は人を食ったような振る舞いをいつもしていて、こやつはよく周りの者にいじられておるらしい。
丁度良い具合に噛み合ったのじゃな」
「……美鈴さんとしてはよろしいのですか?」
マミゾウにからかわれている事が嫌ではないかと気がかりなのか、星は心配の言葉を投げる。
「慣れてますから気にしてはいないです。マミゾウさんも私を目にかけてくださっての事ですし」
「気持ちの良いお人よしっぷりじゃな」
「成程、それならぬえとも上手くやれそうでしょうか」
急に名前を出されてぬえが顔を向けた。
「うむ、きっと良い友となろうなぁ」
そう答えてマミゾウはニヤっと笑ってぬえを見る。
そしてぬえはまたそっぽを向く。
あっちを向いたりこっちを向いたり忙しいなぁ、などと美鈴は思った。
「美鈴さんはどんな力を持った妖怪なの?」
マミゾウの言で空いた少しの間に、小傘が別の話題を出した。
「私は気を使う程度、ひいては武術をたしなんでいるというくらいでして……弾幕はあまり得意じゃないんですよね、正直言って」
「へぇ……気を使う、っていうとどんな事が出来るの?」
「うーん、例えば素手で岩を砕いたりも出来ますけど、そんなものですから披露もしにくいですねぇ」
「そっかぁ、残念……」
特に、拳に気を込めた技は試し撃ちで紅魔館の塀を打ち砕いて大目玉を食らった事がある。 壊していい大岩でもその辺に転がってるというなら話は別だが、そう都合よくあるものでもない。
「……実は手合わせ願いたいとちょっと思ってたんだけど、スペルカードを用いない勝負だと大威力の技であっさり沈められそうな気がしてきたわ」
一輪が悔しそうに言った。
「ふふ、弾幕遊びじゃなくて直接戦うならそう負けはしませんよー」
珍しく胸を張って得意気に言ってみせる美鈴。
「弾幕だと黒星の方が多いとしか思えないですが」
だがすぐさま肩を落とした。
「誰しも得手不得手があるものですよ、気に病む事はありません」
星がそのフォローをする。
「うう……有難うございます」
「得手不得手、ねぇ……ナズーリンと美鈴さんが組んだら結構いいコンビだったり?」
星の言を受けて村紗がそんな事を言った。
「ナズーリンがお宝の気配を察知して、でもそれが凄く固い岩の下だったら……」
「成程、叩き割ってもらえばいいわけだね」
そういう能力の使い方もあるか、と、美鈴は我が事ながら感心したが、割れない程固い岩盤だったらどうしようと不安にも思ってしまうのだった。
「じゃあ私とは何か一緒に出来ないかなぁ?」
と、小傘が言う。
「岩を割るだとかそういうのだと驚かすっていうよりも怯えさせてしまうんじゃ……」
一輪の言葉に小傘が「うらめしやー」と飛び出した側で岩が割れ、それを見て怯え出す里の人間という構図が浮かんでしまう美鈴。
「うーん、誰かと組んで驚かすなら響子さんとの方がやりやすそうじゃないですか?」
今度は美鈴が提案した。
「えーっと、例えばですね、響子さんの山彦で「うらめしやー」って遠くから聞こえるように見せかけて、何の声だろうとか遠くに幽霊でもいるのかとか思っている所をすぐ後ろから「うらめしやー」って出て行ったら……」
「あ、それ結構いいかも」
「響子に「返事を返してもらう」んなら先に「うらめしやー」って言わなきゃならないだろう?
そんな事したら居場所がバレるんじゃないかな」
ナズーリンの指摘が入る。
「あ、そういえばそうですね……」
穴のある提案だったようだ。
「それじゃあ……ぬえさんの能力はどうです?」
美鈴に言葉にぬえがまたこちらを向いた。
「正体不明にした何かを道の先に置いて、それを見つけた人が警戒した所を後ろから「うらめしやー」と……」
「それなら無理なく驚かせられそうだね。 うまい事警戒するようなものを置かないといけないし、話題になりでもすればすぐに使えなくなる手だろうけど」
今度はナズーリンからも及第点が出たが、いわば使い捨てにしかならない手段のようだ。
「うーん、ぬえさんや響子さんの能力、それにマミゾウさんの知恵も加われば何かもっと良い手段が浮かびそうな気がするんですが……」
人を驚かすだとか、そういう事を普段しない美鈴にはなかなか浮かばなかった。
「なんだかその面子が揃うと凄い事がやらかせそうな気がするねぇ、必要なら雲山にも何かしてもらおうか?」
「何かあったらお願い!」
一輪が協力を申し出るような事を言い、小傘は快諾した。
悪戯を企むような話の割に皆やけに協力的だ。
「そういえば小傘さんが悪戯をするのは問題ないんですか?」
「小傘の場合驚かせるという事そのものが食事のようなもので、死活問題ですからね」
星が補足した。
「じゃあその協力という形ならぬえさんも大手を振って悪戯に興じる事が出来るという事ですよね、肝心な部分は小傘さんが決めるという制約はついてしまいますが」
美鈴の言葉に命蓮寺の面々は顔を見合わせた。
「それは良い案じゃな」
「ええ、私もぬえの遊びたいという気持ちが誰かの役に立つ形になるのは良い事だと思います」
敢えて会話に参加せず成り行きを見守っていた白蓮も賛意を示した。
「どうじゃ、ぬえ、小傘のために一肌脱いでみんか?」
「……いいよ、やってみる」
そう答えるぬえには少し戸惑いがあるように見えた。
翌朝……
寺の朝は早い、それに合わせての早くの起床――と言っても客扱いになっているので他の面々よりは遅かった――と朝食の後、美鈴は境内で体操をしていた。
「居眠りして追い出された……が、理由としてまかり通るような生活をしておるのであれば、起こしに行っても一向に起きずに結局寝坊するかと思っておったが」
美鈴の体操を眺めながらマミゾウがぼやく。
その展開を期待していたのだろう、声音は少し残念そうだ。
「就寝や起床に関しては多分人並みだと思いますよ。 居眠りについては……門の前に立っていても敵襲などがあるわけでもなく、平和ですからねぇ。 更にお客さんも来なかったりすると立ってるか軽く体を動かすかくらいですし」
「お主が居眠り出来るくらいが一番良いという事じゃな」
「居眠り出来るくらいに平和だけど、居眠りしないで済む程度にお客さんも来るのが一番……ですね」
レミリアは日傘をさせば日中でも出歩けるが不便なせいかあまり積極的には出たがらないし、出ても博麗神社を目指す事が多く、つまり余所との付き合いがあまりない。
故に必然的に来客も少なくなる。
今回の件が上手くいけば命蓮寺の面々が紅魔館に遊びに来るようにもなるかもしれない。
「しかし太極拳の動作は眠気を催すのう、二度寝したくなるわい」
動きの変な緩い踊り、などと称された事もあった美鈴の太極拳の動き。 緩やかな動きは見る者に眠気を催すとも言えるかもしれない。
「マミゾウさんって随分自由にしてますねぇ」
「僧として在籍しとるわけではないからの。 ぬえがここで暮らし、そのぬえに連れて来られた縁で世話になっとる」
あまりだらしなくしていては周囲に示しがつかないと白蓮に怒られはしないだろうかと美鈴は気になったが……
「こういっただらけた言動は元より寺におる面々との間でしかしておらん」
「それって……大丈夫なんですか? 真面目に修行してる方からすれば……」
特に星辺りからは煙たがられそうだ。
「まぁ、そうじゃな、良い顔はされんよ。 じゃが儂は仏門に入る気は今の所は毛頭無いし、そんな心構えでそれらしく振舞おうとてふりをしているだけにしかならん。 それでは、真面目にやっているあやつらを侮辱する行為ではないか?」
「そこまでお考えの上での行動だったんですか」
「さてのぅ、お主に小言を言われんように誤魔化すための方便かもしれんぞ?」
言ってマミゾウは笑ってみせた。
あまり追求しても煙に巻かれそうに思った美鈴はこの話を続ける事はなかった。
その後はそのまま境内で響子の掃除を手伝い始めた美鈴。
寺の修行といえば座禅を組んでの瞑想……そしてうっかり居眠りして警策で叩かれる、というイメージのある美鈴としては、体験修行的な軽いものも極力避けたい所だった。
掃除と言っても今は冬、落ち葉が大量に落ちているでもなく比較的楽な時期だろう。
手伝い自体は不要かもしれない。
「一人でやるよりも二人の方が楽しいなぁ」
しかし響子はそう言った。 作業量の問題よりも誰かがそばに居る事が嬉しいようだ。
「響子さんはいつも一人で境内の掃除をしているんですか?」
「いつも一人でやるお仕事として割り当てられているんじゃないけど、一人でやってる事が多いねぇ」
一人でやっていたらそれなりに時間もかかると見て取れる命蓮寺の境内。
「修行にはあまり参加していないんですか?」
「……実はあまり、楽しくなくて……」
そういえば昨日美鈴の訪問を楽しそうにして紹介周りにもついてきていた。 代わり映えせず修行を続けるのは苦手なのだろうかと美鈴は思う。
(門番の仕事を一緒にやってみたら退屈だーって長続きしないのかな?)
逆に言うと居眠りこそすれど毎日毎日門に立ち続けている美鈴は修行に向いていると言えるかといえばそうでもないだろう。
「じゃあ、ここで修行する日々に鬱憤を溜め込んでしまっているとか……?」
「あ、それは大丈夫だよー。 夜雀のミスティアちゃんと鳥獣伎楽ってバンドを組んでて思いっきり歌ってるから」
どこかのんびりしているように見える響子が歌っているとはどんなものか、美鈴は気になったが……
「うーん、是非とも拝見したい所ですが紅魔館に戻るとちょっと厳しそうですね……フラン様が夜の散歩をせがんで来るのとタイミングが合えば……」
「うん、機会があったらでいいから美鈴さんも是非来てね! きっとびっくりするよ!」
そう話す響子は嬉しそうだ、よっぽどそのバンド活動が楽しいのだろう。
「美鈴さん、外にいらしたのですね」
いつの間にか白蓮が近寄っていた。
急に響子は誤魔化すようにあわただしく箒を動かし始める。
白蓮には聞かれるとまずい話だったのだろうか。
「あ、すみません断りもいれずに。 日課の体操の後そのまま掃除の手伝いをしていました」
「有難うございます。 確認したい事がありまして……」
「確認?」
「はい、紅魔館を解雇されたわけではないのでしたら、戻るために何かしたり、他の行き先を探したりする必要もないという事ですよね」
当初はそう言って迎えてもらった事を半ば忘れていた美鈴。 騙そうとした形だった事に今更罪悪感が小さくよぎる。
「ええ、そうですね……」
「その分の空いている時間は何をなさるか決めていらっしゃいますか?」
これはもしかして修行を体験してみないかというお誘いが来るのだろうか、美鈴の胸中に不安がよぎる。
「一応は皆さんと親睦を深めるための行動に当てられたらとは思っていますが……」
「ですが修行をしている時間だとそうも行きませんよね」
とても誘い易い流れを自ら作ってしまっている。 美鈴は内心慌てた。
「うーん、美鈴さんは特に仏門の教えには興味をお持ちでないようですし、どうしましょうか……」
どうやら白蓮は美鈴を誘おうというつもりはなく単純に暇を持て余さないかが気になったらしい。
「あ、邪魔にならないようにしますからどうぞお構いなく……それにぬえさんの側にいる時間も多くもてるという事になりますし」
「そうですか……有難うございます」
昨日のやり取りから小傘の悪戯を響子・ぬえ・マミゾウ――と、時間が合えば一輪も――が協力して何かしてみようという話になっているため、美鈴はそれにはついていかないつもりでいた。
行っても足手まといになるだろうと思っての事だ。 しかしこう話した以上はついていかなければならないだろう。
しかししばらくして状況は変わった。
「ちょっと美鈴を借りていってもいいかい?」
ナズーリンが訪れてそう願い出たからだ。
「あら? 宝探しに付き合ってもらおうというの?」
白蓮は賛成も反対もしない。 美鈴がどう答えるか次第という事のようだ。
「まぁ、そんな所だね」
「じゃ、お部屋まで案内するわ」
美鈴は割り当てられた部屋で机に向かい紙面に何かを書いていた。
「美鈴さん、よろしいですか?」
部屋の外から白蓮が声をかける。
「はーい、どうぞー」
その答えと共に白蓮とナズーリンが部屋へと入った。
「やあ美鈴、気分転換に宝探しでもどうだい?」
「え、肉体労働担当の宝探しですか?」
昨日のやり取りからすると美鈴が活躍するとすれば物理的な障害を力任せにぶち破るという役。 簡単な事ではないのは明らかであるため誘われても咄嗟にしり込みしてしまった。
「いやいや、ここの客人にそんな無茶をさせるつもりはあんまりないよ」
あるにはあるらしい。
「修行に付き合ってみるにせよ、ただ客人としているだけにせよ、どっちにしたってここでずっと過ごしてると余所者には禁欲的な空気が息苦しいかと思ってね」
額面通りに受け取っていいかはともかく、誘う言葉は気遣いによるものらしい。
「そうでしたか、でしたら折角なのでご一緒させていただきたいです」
「よし、決まりだね。 それじゃあ借りていくよ」
「夕餉の頃には戻って下さいね」
白蓮は二人をにこやかに送り出した。
普段ナズーリンが外の世界の物品を探している無縁塚まで飛んで移動する道すがら……
「忌憚なく答えて欲しいんだが……実際の所どうなんだい? あそこには馴染めそうかい?」
ナズーリンが美鈴へ質問した。
「ええ、おかげさまで。 皆さん良い方ですし」
掛け値なしの言葉だ。 美鈴は昨晩の件から要する時間がどれ程かは解らないが上手くやっていけそうだと思っていた
問題なのは「要する時間がどれ程かは解らない」その点だ。
時間をかければ打ち解けてはいけるだろうが、紅魔館を長く離れるわけにもいかない。
とはいえ急いても仕方の無い事、成り行きに任せつつ好機を見逃さないようにするしかないだろう。
「じゃああんまり心配いらなかったかな……うちのご主人を筆頭に、実態は緩いとこあるくせに外面が結構お堅いからねあそこの連中は。 真面目な面々と馴染めないからってぬえやマミゾウの方とだけつるんでいたら過ごしにくくなるかと思って、それについて話しておこうかと思ったんだけど……」
目的それ自体が不要だったという事になる。
ナズーリンはわしわしと頭を掻いた。
「まぁ、考えなくていいんなら、無縁塚の品々でも見ていくといい。 紅魔館の門番をしているだけじゃあんまり見る機会もないだろうし、それに何より寺の修行よりは刺激的さ」
ナズーリンの掘っ立て小屋での時間は瞬く間に過ぎていった。
美鈴にとっては見慣れない珍しい代物ばかり、そして子供のようにはしゃぐ美鈴の反応を見てナズーリンもついうれしくなり、あれこれと見たりいじったり解説したり物品の正体に一緒に悩んだりしているうちにもう夕方になっていた。
「あれ? もうこんな時間……」
「おや、楽しい時間は早く過ぎるというが無粋な事だねぇ。 少しは宝探しも付き合ってもらおうかと思っていたけど……仕方ないね、命蓮寺まで送るよ」
小屋を出て、命蓮寺へ向けて飛び立つ。
「今日は有難うございます、ナズーリンさん。 とても楽しかったですよ」
「喜んでいただけたかい、それはよかった」
「でも、どうしてこんなよくして下さるんですか?」
白蓮は皆へ向けて美鈴を手厚くもてなすようにだなどとは言ってはいないにも関わらず、ナズーリンは心配してくれた上に貴重な品々を見せてくれた。 美鈴はそれが何故なのか、気になった。
「命蓮寺に客人として滞在する、という例は珍しいからね。 その客人に良くすれば寺の連中に「あまり命蓮寺にいないナズーリンも命蓮寺のために行動をするのだ」というように見られるかもしれない。 要は打算による行動だったのさ」
直接美鈴のためというわけではなかったらしい。 そういわれて気分を害する美鈴ではないが……
「はぁ、それ私に言っちゃっていいんですか?」
「一つに、マミゾウが君を人が好いと評している。 これを言ったからって怒ったりはしないし、告げ口もしないだろう?」
確かに、ナズーリンの行動がいわば点数稼ぎを狙ってのものだなどと白蓮や星へ話しはしないだろうと美鈴も思った。
「そしてもう一つ、これは質問の答えとは違うが……私も君の人柄にやられてしまったよ。 素直で、私が掘り出してきた品を見て子供みたいに目を輝かせてはしゃいで、心地の良い奴だね君は。 だから打算に利用しようとした事を詫びよう」
ナズーリンはぺこりと頭を下げる。
「いえ、そんな、顔をあげて下さい。 そういう意味で利用されたとしても私にとっては良い時間を過ごさせてもらったのは事実ですから気にする事はないですよ」
美鈴も外の世界の品に触れる機会はごくたまにならあるが、今回の件程自由にしかも長時間に渡り色々と見る事が出来たのは初めてだった。
「そうかい、じゃあまたいずれ珍しい品々でもてなしをさせてもらうとするかな」
ナズーリンは嬉しそうに笑った。
「……あ、そうだ、ぬえさんを招待した事はありますか?」
そう美鈴が問いかけると、ナズーリンは表情に疑問符を浮かべた。
「ぬえを?」
「ええ、ぬえさんなら多分、私の場合みたいに珍しいものを見たらすごく喜びそうな気がしたので」
そう言葉にしている間に美鈴は一つ、昨日見たものを思い出した。
自身の能力を話していた時にぬえがポケットから出したのは「綺麗な小石」だった。
一人で散歩などをしている際に、珍しいものを見ると拾っているのではないだろうか。
そうだとすれば、打ち解けるきっかけに出来るかもしれない。
「ぬえ、かぁ……いや、実は悪戯か何かで壊されるとか、或いは小さいものなんかをちょろまかされたりしそうな気がして声をかけていないんだ。 そういう心配さえなければ、私もぬえは喜びそうに思えるから招待するのもやぶさかではないんだけど」
流石に勝手に取る事はないはずだが、勝手にいじったら壊れた、という事はありうるかもしれない。 その程度であれば……
(私やマミゾウさんが一緒に居れば大丈夫、かな?)
マミゾウが言うにはぬえは美鈴を認めているらしく、どういうわけかしおらしい振る舞いになるようだ。 その状態であれば勝手にいじる事も無い……と思いたい所だった。
「多分私とマミゾウさんが居ればぬえさんも勝手にあれこれ触ったりはしなさそうに思えるんですが、どうでしょう」
「ああ、そうだねぇ……ぬえとマミゾウがセットだなんてぞっとしないけど、君がそこにつくんならまぁ、マシにはなるかな」
提案こそしたものの、美鈴本人は自分が居る事で抑止効果になる事を期待するでしかなく、もしぬえやマミゾウが本気で悪戯しようとしたり、こっそり拝借してそれを隠蔽しようと立ち回られたら何も出来ないとしか思えなかった。
「君たちさえよければ明日でも構わないよ」
ナズーリンの方は大分乗り気のようだ。
「じゃあとりあえず白蓮さんにお話ししておかないといけませんね」
上手く抑えられるかは不安だが、ぬえとの接点を築くにはいい機会でもある。
(白蓮さんには話せるとしても、マミゾウさんと相談する余裕はあるかなぁ……)
命蓮寺に戻ると、まず二人で白蓮の元へ向かった。
「おかえりなさい。 宝探しはどうでした?」
「それが、発掘したものを見せてもらって二人で盛り上がってたらいつの間にか夕方になってしまっていて……」
それを聞いた白蓮は優しい笑顔を浮かべた。
「二人とも楽しんでいたのね、良かったわ」
「それで一つ相談があるんだが……」
と、ナズーリンが美鈴とマミゾウにぬえの手綱を引いてもらい、ぬえに発掘品を見せる事を提案した。
「……そういう話が出るとしたら美鈴さんからになると思っていたわ」
白蓮は驚きを隠せないようだ。
「私だって他の連中の事を全く考えていないって事はないよ。 まぁ提案自体は美鈴によるものなんだけどね」
名を挙げられ、美鈴はとっさに会釈した。
「貴女もぬえと仲良くしようとしてくれるのならうれしい事だわ……じゃあ、すみませんが美鈴さん、ぬえとマミゾウさんに話してきてくれますか? 多分二人とも昨日案内した自室に居るはずですので」
「あ、はい、解りました」
ぬえとマミゾウに釘を刺そうとする様はナズーリンには見られない方がいいだろうと美鈴が思った矢先……
「ナズーリンはちょっと、お願いしたい事があるから一緒に来てくれる?」
「何か失せ物でもあるのかい?」
白蓮がナズーリンに別の用事を頼んだ。
「ええ、お客さんなんてあまり来ないし、来客用のお菓子をどこにしまっていたかを忘れてしまって」
「……忘れる程にしまっておいてあるお菓子なんて出して大丈夫なのかねぇ?」
疑問を漏らしながらも勝手を知っているようで先に奥へと向かうナズーリン。
白蓮は美鈴の方を見ると、ウインクをしてからナズーリンの後を追っていった。
ぬえ・マミゾウと話しやすい状況を作ってくれたらしい。
美鈴は白蓮の背に向けて頭を下げると、ぬえとマミゾウの部屋へと向かった。
「おー、戻ったか」
「おかえりなさーい」
部屋に通されるなり美鈴は面食らった。
ぬえが明らかに上機嫌だ。
「小傘の悪戯は大成功じゃったぞ、儂も久方ぶりに大義名分を得て人の慌てふためく様を見る事が出来るとあって、知恵袋役を遺憾なく勤め上げてやったわ」
「小傘が墓場でも出来ないくらいたくさん驚かせる事が出来たって凄く喜んでたよ。 「これであと10年戦える!」とか言っちゃって凄かった」
「それ程上手く行きましたか……」
もしかして上手く行くんじゃないか、くらいの気持ちで提案した美鈴だったが上手く行きすぎたらしい。
あまり大事になると巫女にぶちのめされる事になりはしないかと別の心配がよぎった。
「おっと、忘れる前に……お二人に相談があります」
美鈴はナズーリンの家からの帰路での話を伝えた。
「……お主、人たらしの才でも持っておるのか? 小傘も響子も感謝しておったし、更にナズーリンも籠絡とは……」
「珍しい物……」
ぬえは興味津々らしい。 遠くを見てナズーリンの家にある珍しい物へと思いを馳せてしまっている。
マミゾウが身振り手振りで「撫でてやれ」と指示を出した。 ちょうどぬえに釘を刺そうとしていた所、美鈴はその指示に従った。
今度は反応を示さず受け入れている。
「でもぬえさん、興味を惹くような珍しいものが目についても勝手に触ったりしちゃ駄目ですよ? ナズーリンさんにとって大切なものなのかもしれませんし、そうだったら怒られてしまう事にもなりかねないですからね」
「うん、解った」
やけに聞き分けが良い。 これもマミゾウが言う所の認めてもらえている、それ故だろうか。 良い事ではあるが美鈴自身には何故なのか解らなかった。
一方、紅魔館では。
今日は一日中雨が降っていた。
「折角夜が来て気兼ねなく外に出られるはずが……」
「空の機嫌ばかりは仕方ないわね」
図書館の長机に突っ伏すフランドールに、パチュリーが本に視線をやったまま言った。
だがこの雨はパチュリーの魔法によるものだ。
フランドールが美鈴の後を追う事をレミリアは許可したが、咲夜の提案をレミリアが承諾する形でこの処置を取った。
1日2日程度ではまだ命蓮寺の面々の誰からも美鈴が受け入れられてはいないとも考えられ、その状況でフランドールが加わっては事が上手く行かなくなる可能性があるとの判断だ。
それ故に送り出すのは早くとも明日、引き延ばせるようならもう少し経ってからという事で、パチュリーの魔法により紅魔館の周囲に雨を降らせて出ていけない状況にしているのだった。
「うー、お姉様が美鈴の所に行っていいって言ったのに」
昨日から帰ってきていないと心配するフランドールに、レミリアは自分の命で命蓮寺へ行かせているのだと既に教えていた。
「不満不平を漏らしても天気が変わってくれるものではない。 出られないんだから本でも読んで過ごしたら? お望みの物を出してきてあげるわよ」
自分のせいでという引け目もあって、パチュリーなりにフランドールへ気を遣っている。
そこへレミリアが咲夜を伴って現れた。
「フラン、ここにいたのね」
「あ、お姉様、雨雲ドカーンしていい?」
開口一番に物騒な事を言ってのける。
「天に仇なす者は必ず滅びるって言うじゃない。 そんな事してこっちに雷でも落ちてきたら大変だからやめておきなさい」
「うー……」
フランドールの不満は収まらないようだ。
「パチェ、何か姉妹で読むのに良い本はある?」
「姉妹で? 姉妹愛が描かれた話辺りかしら?」
「貴女がこれだと思うものなら何でもいいわよ」
席につきながらレミリアは無茶な要求を出した。
「……解ったわ」
特に文句も言わずにパチュリーは本を探しに飛んでいく。
「フラン、美鈴の代わりにといっては難だけど、私が一緒に居てあげるわよ」
昨日、咲夜がレミリアの寝床に新聞を忍ばせておいた効果があったのか、やけにフランドールの事を気にかけていた。
「妹様、出かける事が出来ないのは残念でしょうけれども、お嬢様と過ごされては如何でしょう。 あまりお二人で過ごす事もありませんし」
咲夜もレミリアの発言を援護する。
「うーーー……」
だがフランドールは不満そうだ。
「……フラン、貴女……私よりも美鈴と居る方がいいの?」
「うん!」
即答だ。 しかも力強く。
レミリアが固まった。 咲夜が時を止めたわけではなく、あまりに迷いのない即答故に。
「……では妹様、逆に妹様がお嬢様と一緒に居てあげるというのはどうでしょう」
咲夜があっさりとフランドール側についた。
「えー、どうしようかなー」
ニヤニヤしながらレミリアを見やるフランドール。
固まっていたレミリアはうつむいて震えだした。 そこに咲夜が耳打ちする。
(お嬢様、こういった場面もぐっとこらえて一緒に居る事もまた姉妹愛です。 普段は抑圧する方が多いのですから、姉として妹に寛大な所もたまには見せねば)
レミリアは更に1秒程ぷるぷると震え、ゆっくりと顔をあげて……
「フ、フラン? お姉ちゃんと一緒に本を読まない?」
やはり屈辱的だという感は捨てきれないようで声が震えている。
「そうねぇ、一緒に本を読んで下さいフラン様って言ったらいいよ」
「うぎぎ……」
姉の威厳もどこへやら、すっかり立場が逆転している。
「折角姉妹仲良く過ごそうと思っていたのに、貴女がそんな態度に出るならいいわよ!」
レミリアは乱暴に席を立つと、大股にのしのし歩いて出て行ってしまった。
「ふふふ……いつも意地悪するからよ」
フランドールは満足そうに笑う。
「妹様、貴女はお嬢様と仲良くしたいとはお思いですか?」
そう問いかける咲夜の声音はいつもより更に厳しかった。
「え? ……う、うん、そりゃ……同じ家に住んでて話もあんまりしないよりは、仲良く……していたいけど」
「では、連れ戻して参りますので私めに一つ約束をして下さいませ。 お嬢様に謝ると」
フランドールの目を真っ直ぐに見据えて、咲夜は言う。
「う……でも、お姉様はいつも……」
「もし今ここに居るのが私でなく美鈴だとしたらどう言っていたかは、妹様も想像に難くないでしょう?」
もし美鈴なら、今のフランドールの態度を優しく咎めるはずだ。 フランドールもそう思ったのか一瞬ハッとした表情を浮かべた。
「私はあの子のようにとは行きませんが、私なりに、その代わりとして申しております。 美鈴を大切に思うなら、美鈴が妹様へ投げかけたであろう言葉も大切になさって下さい」
咲夜は内心、少々方便が過ぎるかとも思ったものの、フランドールが納得するに十分だったらしい。 がっくりとうなだれてしまった。
「……ごめんね、咲夜」
「その言葉、是非お嬢様へも」
立ち上がり、一礼すると、咲夜はレミリアの元へ向かった。
少し話して時間が開いてしまった。
咲夜は時間を止めて館内を移動したが、予想した通りの場所にレミリアはいた。
主の間の椅子に座ってぶすーっと不満気な表情を浮かべて頬杖をついている。
「遅かったわね、咲夜」
「ええ、妹様に少しお灸を据えておりました」
「貴女、さっきフランの方を持ち上げてたわよね。 いっそフランに鞍替えしたら?」
どうやら今回はいつもより重度のようだ。
「フランだってそうよ、美鈴に「フラン様」って呼ばせるようにして贔屓しちゃってさ、私の事なんてどうだっていいみたいにして……」
咲夜は瞬時にどうやって落ち着いてもらうべきかと思考をめぐらせるが、やめた。
結局レミリアも子供のような考え方をしてしまうのだ。 ならばむしろ、これ程こじれているなら美鈴の流儀に倣う方がいいと咲夜は判断した。
「お嬢様、まず念頭において頂きたい事がございます」
「……何よ」
但し、咲夜は美鈴のように優しくとはいかない、倣うのは思うがままを包み隠さず正直にという方針だ。
「私の主はレミリア・スカーレット様に御座います。 フランドール・スカーレット様では御座いません」
「ふん、ならどうしてあんな事を言ったんだか」
嗜虐的な笑みを浮かべるレミリア、しかし咲夜の主を見据える視線は揺るがない。
「そこなんですが、お嬢様は幸運ですよ?」
「は?」
予想外の発言だったらしい、レミリアは呆気に取られている。
「まず妹様は、好奇心旺盛ならぬ破壊欲旺盛である等、ちょっと気が触れてる節があるというのを主な理由として地下室に長く篭っていた背景がありますよね」
「え、ええ」
訳が解らない、という点に上手い事飲まれてくれたようだ。 咲夜はそのまま続けた。
「そしてその地下室暮らしは、妹様本人が外に興味がなかったからという理由もありますが、先の理由を主としてお嬢様と妹様、それに館の者も含めて「お嬢様が外へ出る許可を出さずに軟禁している」という認識でした」
「そうね……」
不機嫌が少ししぼんできているように見える……発言を長めに取るべきか、咲夜は思う。
「更に、妹様が出てくるようになった当初は幾分か収まったとはいえまだ破壊欲旺盛でした。 今は美鈴や魔理沙と遊ぶ中で丸くなってきているとはお嬢様も仰った通り」
「……」
腕組をして考え始めた。
「出てきた当初、最悪の場合は……例えば、永遠亭の輝夜と竹林の妹紅のように……あのような殺し合い、ではないにせよ顔を合わせれば殴り合うくらいの仲になってしまう事だってありえたはずです」
「……もしフランが、よくも閉じ込めたなとか言って襲ってきてたら、そうなっていたかも、知れないわね……」
なんとかなりそうだ、咲夜は内心胸を撫で下ろす。
「でしょう? それが現実はどうか、単にちょっと意地の悪い事を言ってお嬢様を怒らせてみているだけです。 可愛らしいものですよ……故に、お嬢様は幸運なのです。 それを許しつつ、上手く付き合っていけば長きに渡る隔たりが氷解するのですから。 それで、私は妹様を押し、お嬢様に譲歩を強いる形を取ったのです」
「……」
レミリアは黙して考える。
もう一押しが必要か、咲夜は頭の中で材料を探した。
「あの天狗の新聞にあった古明地姉妹の記事に触発される程度には妹様と仲良くしたいという意識があるのでしょう?」
「……そうね」
「でしたら話は簡単です。 先程図書館を退出する前に、妹様へお嬢様に謝罪するようにと話をつけておきました。 お嬢様も妹様に一つ謝り、パチュリー様の見立ててくださった本を一緒に読むとしましょう」
言うと、咲夜はレミリアの前に歩み寄ると跪いて手を差し出した。
僅かに間を置いて、レミリアがその手を取る。
咲夜が立ち上がって、レミリアは咲夜の手に体重を預けつつ立ち上がった。
少し罪悪感がこみ上げてきたような表情をしているレミリアに、咲夜はよくできましたと言わんばかりに優しい微笑みを投げかけた。
「はい、○型ロボットー……って、あら? レミィと咲夜は?」
一方、図書館ではパチュリーの棒読み物真似が空振りしていた。
翌朝、命蓮寺の境内。
今日も美鈴は体操こと太極拳の動作で体を動かし、それを退屈そうにマミゾウが眺めていた。
「この眠たい動きももうすぐ見られなくなるかと思うと寂しいのう」
「まだ3日目で、しかも目的を果たす目処も立ってませんってば」
やたらと気の早い事を言うマミゾウに冷静に突っ込む美鈴。
「そうは言うが長居はせんのじゃろ?」
「それは、そうですけど……」
明確に何日でと期限を設けられてはいないが、日をまたいで紅魔館を離れる事はそう多くなく、あっても数日程度だ。
意外とマミゾウの言は的を射ているのかもしれない。
「まぁ、とりあえずは外堀ならぬ内堀が埋まってるようではあるのう。 小傘の件で小傘・響子とは共通の行動が出来、ナズーリンも今日の予定で接する機会が増えるじゃろうて」
マミゾウは楽観視しているらしい。
「珍しさに惹かれてつい手に取ったら、下手に触るのもまずいものだった、というような事ってありえませんかね?」
ナズーリンの家へぬえを連れて行くにあたっての不安を、美鈴はマミゾウへ訊いてみた。
「お主が勝手に触るなと言ったのじゃから勝手な事はすまい、問題ないじゃろ」
完全に言い切っている。
美鈴にはまだ、ぬえが何故自分を認めてくれたのかが解っていない。
「何故ぬえさんはそうまで私を認めてくれているんですか?」
解らないので、マミゾウに素直に訊いてみる美鈴。
「儂が飄々としたおばあちゃんで、白蓮が優しくも厳しいお母さんで、お主が優しいお姉さんだからじゃよ」
「お、お姉さん!?」
そういう目で見られる事もあるのは事実、しかしぬえがいきなりそう見ているというのは美鈴にとって予想外だった。
「お主のような接し方をするのはぬえにとって新鮮じゃ。 ついでに儂が早々に認めたというのもあっての事とは思うが」
「はぁ……」
あまりピンと来ないので生返事をしてしまう美鈴。
「あやつは正体不明を売りにしつつ人間が怯える様を遠くから眺めていたが、今はその頃とは事情が違う。 儂とつるむ事もあったし、
封じられて地下にいた頃は村紗達ともおったわけで、つまりは他者との触れ合いというものを知ってしまったのじゃな」
「……」
美鈴のわかっていない様子を見てマミゾウは説明を始めた。 美鈴は黙ってそれに聞き入る。
「じゃが昔からの生き方は変えられん、多数の者は正体不明のぬえと触れ合う機会はなく、近づいた者は悪戯を、時には悪戯どころでない事をされ続け……そうすると自然に、冷たい目で見られるようになり、孤立していく。 ……そして、それに対して早期からはっきりと例外の処置を取っておるのが、儂に白蓮にお主というわけじゃ」
「成程」
普段他者から冷たくされがちなぬえに、美鈴は悪戯をされても気にしないという態度を取りつつ優しく接した。 更にマミゾウのお墨付きもあったので一気に気を許したという事のようだ。
「……あれ? 村紗さんとは以前から接点があったんですか?」
「そうじゃな、ぬえも、村紗・一輪も地底に封じられておった。 その際にな」
「という事はここの皆さんとは……」
一輪・村紗は今聞いたように昔から知った仲であり、星・ナズーリンは方やぬえが美鈴と仲良く出来そうかと気にかけ、方や集めたものが壊されるかもしれない等の問題さえなければ喜んでもらえそうだから招くのも構わないといった趣旨の事を話した。
白蓮・マミゾウは保護者然としてぬえに接していて、小傘・響子もぬえに対する反応は前向きだった。
「……主だった連中とは別に不仲という事はないぞい? お主、もしや……」
「か、勘違いしてました……てっきりこちらに住んでいたり多く顔を出す皆さんとの仲が芳しくないものかと……」
白蓮の依頼の発言・夕食中の態度等、そう思っても仕方のない所は多かったため、 美鈴は何ら違和感を持たずに勘違いしてしまっていた。
「やはりか、あからさまに寺の面々やナズーリンに小傘・響子しか狙っておらんしそういう事かとも思ったのじゃが……寺に修行に来る妖怪連中……響子の位置が近いのう、馴染めん相手は」
美鈴は頭を抱えてしまう。
「うわああああああなんて勘違いを! ……でもマミゾウさん怪しいと思ってたのなら何故指摘しなかったんですか?」
「最初に小傘の手助けを提案しておったし把握しておるようにも見えたのでな。 今にして思えばそのように回りくどくはやらぬか、お主」
白蓮が夕食に招いていた事から、美鈴の認識では小傘や響子は命蓮寺の所属に近い位置づけかと思っていたが、マミゾウからは逆に命蓮寺の面々の中でも外に近いと見ていたらしい。
「それに、方法として悪くないと思ったのじゃよ。 お主はずっとここに居て妖怪連中との仲を取り持つ事は出来ん、それなら寺の面々とのつながりをより強固にすれば皆もぬえのためという意識が強まろうしな」
美鈴が勘違いする程度に距離感のある接し方だったのは事実だ。 それを縮めれば他の面々からぬえへの助け舟も出やすくなり、ぬえの方も言われた事を受け入れやすくなる。 そういった旨をマミゾウは補足した。
「そうなると、結局勘違いしてた方針と同じで村紗さん・一輪さん・星さんがもうちょっとぬえさんと話しやすくなれるようにするのが良さそうですかね」
「儂の考えに乗るのなら、そうじゃな。 村紗も一輪も寺の事やら修行やらであまり相手に出来なくなったのと、余所者が入ってくるようになり悪戯に注意をせねばならなくなったのとで負い目がある。 星の方も似たようなものじゃな」
小傘の件で溝となってしまった悪戯の点は徐々に埋まっていくはずだ。
すると残るは……
「気兼ねなくぬえさんと話せるようになり、ぬえさんもそれが実感出来れば……」
「元々嫌ってはおらんのじゃから上手く行くはずじゃのう」
「……ですね、どうするかは浮かんでいませんが、この方針でなんとかしてみます」
その後響子がまた掃除をしているのを談笑がてら手伝い、部屋に戻った美鈴はふと一つ思い出した。
ポケットにしまったままの紙人形……
また訪ねるのなら紅魔館に戻る前、行動が比較的自由な今の内がいいだろう。
とはいえ今日はこの後ぬえを伴ってナズーリンの家を訪ねる予定がある。
白蓮に話しておかねばならないが、この時間はどこで何をしているのか。
「美鈴さん、いらっしゃいますかー」
折よく白蓮が訪ねてきたようだ。
「はーい、どうぞー」
「失礼します……今日はぬえを連れてナズーリンの家に行くという事になっていますよね」
「ええ、そうです」
「実は昨日ナズーリンに探し物を頼んでいた際についでに小傘と響子にも拾ったものを見せてやって欲しいと頼んであるんですよ」
「あ、そうだったんですか」
昨日ぬえ・マミゾウに話した後、乗り気であった事を伝えに行った所、白蓮と一緒にいたナズーリンが渋い顔をしていた。 何か別件で小言でも言ったのだろうかと美鈴は思っていたがそういう事情だったらしい。
「あの子達はぬえ程には積極的に他者の物で悪戯をしたがらないでしょうけれど、もし何かあってはいけないので目を光らせてやってはいただけませんか?」
「出来る範囲でよければ気を付けておきますよ」
「有難うございます」
美鈴の言葉を受けて白蓮は安心した表情を浮かべた。
「あ、私からも一つお話しがありまして……紅魔館に戻ると門番をしていて動けなくなりますから、こちらにいる間にもう一度布都さん達の所へ行っておきたいんですよ」
「ああ、道教の術を込めてある人形で合図をするという事になっていましたね」
美鈴はポケットから紙人形を取り出して白蓮に見せた。
「はい、これですね。 今日はナズーリンさんの所へまた行きますから、明日はどうでしょうかと書き足しておいて送り出そうかと思っているんですけど大丈夫ですか?」
白蓮は頷き、微笑んでみせる。
「ええ、もし明日は駄目だという事になっても、こちらの事はお気になさらずご自由に決めて行ってきて下さい」
「そうですか、有難うございます。 ではそのようにさせて頂きますね」
美鈴は出発前に、紙人形に明日招いてもらえないかと書き足して屠自古の元へと送った。
白蓮寺へ迎えにやってきたナズーリンの元へ同行者が集まる、美鈴にぬえ・小傘・響子、そしてマミゾウ。
「あれ? マミゾウさんもですか?」
「3人もおったらお主だけでは目が届かんかもしれんじゃろう?」
ぬえとマミゾウがセットとなればぞっとしないとナズーリンは言っていた。 渋い顔の一因だろうか。
「年甲斐もなく珍品にはしゃがないでおくれよ?」
と、ナズーリンは釘を刺す。
「ふぉっふぉっ、儂は最近まで外の世界におったのじゃぞ? 無縁塚に流れ着くような忘れられた代物なんぞ儂にはむしろ時代遅れじゃよ」
「ほほぅ、言ってくれるじゃないか」
挑発と受け取ったのかナズーリンは挑戦的な表情を浮かべる。
「あー、違う違う。 儂をも驚かすようなものを見せてみよという話ではなくてな、そういう事じゃから今日の儂はただのお目付け役じゃ、安心していいぞい」
「何か企んでいるんじゃないかい?」
ナズーリンはマミゾウの言を聞いてもまだ疑いの目を向けている。
人を化かす事を日常的にしていた化け狸が相手とあってはこれくらいの反応が普通なのだろうか。
自らがお人よしと評された事をなんとなく納得してしまう美鈴だった。
「言葉の通りじゃよ、この門番に誓ってな」
「え? 私に?」
「成程、そういう事なら信じようじゃないか」
「え? そんなあっさり?」
化かし合いや腹の探り合いを続けられるくらいなら自分を出汁に使われるのは構わないが、信じすぎではないだろうかと美鈴は内心思った。
ナズーリンの掘っ立て小屋に着くと、まず最初にいくつか玩具を取り出して3人に使わせる事にした。
美鈴の提案で、勝手に触られると困るものがあるなら、自由に触っても壊れるなどの問題なく楽しめるようなものを使ってもらえば良いのではないか、と。 それにマミゾウが最近まで外の世界にいた知識からこういうものはあるかと尋ねる形で取り揃えた。
玉を頂上に置くと螺旋状に下まで滑り落ちていく玩具、様々な形の小さな木板を組み合わせて正方形を作るパズル、重なった木板を抜き取って頂上に重ねなおしていく玩具、絡み合った文字を特定の手順で外すパズル……等々。
見て解る程度にパズルの割合が多いのはナズーリンの趣味だろうか。
「特にはっきり考えずに言ってたんですが、こんなにぴったりのものがあったんですね」
昨日美鈴が見せてもらったものには子供向け玩具は無かったので、こういった代物をイメージしていない提案だった。
「まぁ、熱心に集めてた時期があったんでね」
ナズーリンは遠くを見るような視線で宙を見た。
「何か込み入った事情でも?」
「ああ、いや、そういうわけじゃないんだが……ほら、命蓮寺に住み込みの連中は娯楽が少ないだろう? そういう面の補助になればとこういったおもちゃを探しては拾っていた事があったんだが……」
ふぅ、と、一つ息をついて続ける。
「もしこれを提供して、修行よりも遊ぶ事に熱心になるような事があれば本末転倒じゃないかと気が付いてね」
「あ、あはは……」
ガシャァァァ!!
積み上げパズルが崩れて歓声が上がる。 小傘の負けのようだ。
「こう、楽しんでくれるのはいいんだけど、それと同時に提供しなくて正解だったんだと思うとなんだか複雑で」
「だからといって捨てるのも惜しく、とっておいたら思わぬ所で役に立ったわけじゃな」
「あ、こらー! ちゃんと片付けないと駄目ですよー!」
ナズーリンと美鈴の会話にマミゾウが入り込む。 丁度ぬえ達が崩れたパズルをそのままに次のおもちゃに手を出そうとしたので美鈴が注意をしに近づいていった。
それを眺めるナズーリンは知ってか知らずか微笑みを浮かべていた。
「こういうのも、悪くないじゃろ」
「ああ、そうだね、大体は自分の欲のために集めたものだけど、誰かに喜んでもらえるというのは心地良い」
「あやつがそれを気付かせた、と」
「今のぬえ達と同じように目を輝かせていたねぇ」
「それは見てみたかったものじゃ」
何か通じる所があったのか、ナズーリンとマミゾウは顔を見合わせるとお互い小さく笑った。
夜の命蓮寺に……
「おーい、お客さんだぞー」
と、自ら来客を告げてづかづかと入り込んで来る者の姿があった。
「誰かー、いないかー」
呼びかけながらも僧堂の方へと向かう。
やがてその声を聞きつけた一輪が現れた。
「あら、黒い魔法使いさんね、珍しい」
来客の正体は魔理沙だった。
「お、こんばんは。 お届け物に来たぜ」
「お届け物?」
「ああ、ここで預かってもらってる門番にとな」
言って魔理沙が後ろに顔を向けると、その背からひょこっとフランドールが顔を出した。
時間は遡り、まだ日中の頃合いの紅魔館にて。
昨日のレミリアとフランドールの仲違いは咲夜によって丸く収められた。
パチュリーが出してきた本の数が多く、昨晩仲直りした後だけではある分全てを読みきれなかったため、今日も引き続き図書館で読み漁っていた。
フランドールはまだ美鈴の事を気にしているようで、時折読む事に身が入っていなさそうな素振りを見せていた。
誤魔化すのもそろそろ酷であろうと見た咲夜は気がかりだった点を主に問うべく機を待つ。
「お嬢様、少々よろしいですか?」
読んでいた本を読み終えて次に手を伸ばそうとしたレミリアに咲夜が声をかけた。
「ん? どうしたの?」
「妹様が美鈴の後を追う際、当然ながらお一人でというわけにも参りませんが如何いたしましょう」
フランドールが外出する際に伴うに最適である美鈴が出かけている状況、誰かが付き添わねばならないが……
「ああ、それならフランに咲夜を貸してあげるわ。 夜になったらエスコートしてあげて頂戴」
「かしこまりました」
昨日あんな事があっただけにか即決だった。
「咲夜がいないとレミィが寂しがるし、誰か丁度よくフランを連れて行ってくれるのでも来てくれればいいんだけどね」
「ちょっ!? パチェ!?」
寂しがる事は暗黙の了解だがはっきり言われると恥ずかしいらしい。
「それなら多分、丁度良いのがそろそろ来るかと思いますよ」
「ああ、それもそうね」
誰かに任せて良いというのであれば、適任であろう。 咲夜はそう思いつつ皆に倣って本を手に取った。
後に霧雨魔理沙はこの時の事をこう語った。
「なんかしらんが図書館に入ったら美鈴以外みんな揃ってて、私が来たと気付いたらみんなして凄いタチの悪い笑いを浮かべてこっちを見たんだよ。 その時思い出したんだ。 そういえばここは悪魔の館だったんだ、って」
「よく解らないが美鈴にフランを送り届けろって押し付けられたんだ。 ちゃんと届けたからな!」
命蓮寺の美鈴の部屋に訪れた魔理沙はそう言って、何故か美鈴とフランドールの手を取って繋がせた。
「えっと、なんでそんな慌てたような感じで?」
「紅魔館に行ったらパチュリーとレミリアと咲夜に詰め寄られたんだ。 準備運動もなしに戯れが最初っから終わってる紅魔乱舞なんて真っ平御免だ」
不機嫌そうにそう答える。 後半のくだりはよく解らなかったが、とりあえず紅魔館の錚々たる顔ぶれにお願いという名の脅迫をされたのだろうとは美鈴も読み取れた。
「はぁ……なんというか、お疲れ様です。 それと、有難うございます」
「おう、お前は紅魔館の良心だなぁ全く……」
余程酷い目に遭ったのか美鈴によくわからない褒め方を残して魔理沙はぶつぶつ不満を言いながら出て行った。
「めーりーん!!」
魔理沙が出て行ったのを見計らってフランドールは美鈴に抱きついた。
「そういえばここに来る事をお伝えしていませんでしたね、すみません」
手馴れた様子で美鈴はフランドールをあしらう。
少しの間抱きとめて、やがて離れさせた。
「申し訳ないのですが2つ、フラン様にお願いを致します」
「お姉様の命令の事で?」
今の所不満を言う様子はない。 美鈴にとって意外であると共に、有り難かった。
「そう仰るのであれば目的はご存知ですね。 まず1つ、私はこちら命蓮寺の主・白蓮さんからぬえさんがここに来る皆さんと仲良く出来るようにと依頼を受けています」
「うんうん」
相槌を打ってはいるが、多分これだけでは通じていない。 そこで美鈴は補足する。
「えーっと、凄く無理矢理例えると、紅魔館に遊びに来た魔理沙さんがお嬢様からフラン様の遊び相手をして欲しいと頼まれているような感じですね」
「うん」
「そこでパチュリー様が、ちょっと魔法の研究があるから手伝って欲しいと魔理沙さんを連れていったらフラン様は嫌ですよね?」
「そうだね」
「ここでフラン様があまり私に遊べとねだってしまうと、今の話のパチュリー様と同じ事をフラン様がしてしまう事になるんですよ」
「だから我慢しろってことね、解った」
……本当に聞き分けがいい。 懐いてくれているので美鈴の言うことは比較的よく聞くが、それでも日を空けて・わざわざよそまで会いに来たのだから、いつもならまず我侭を言いだすような場面であるはずなのに。
「それともう1つは、ドカーンしてしまうと紅魔館以上に怒られます。 あとお嬢様の目的も果たせなくなるので……ドカーンは駄目です」
「うん、解った」
……どうしたのだろうと美鈴は訝しんでしまう。
「……私がこちらに来ている間に何かあったんですか?」
「うん、お姉様と喧嘩しちゃって……咲夜が仲直りさせてくれたの。 私とお姉様の喧嘩を美鈴が見たらどう言うかを考えろって」
美鈴自身、考えてみようとしたものの、レミリアとフランドールの仲違いの経緯がわからないので考えようがないとすぐに気付いた。
「仲良くするには我慢する事も大事なんだよね、美鈴はここのみんなと紅魔館のみんなが仲良くなれるようにって来てるんだから、美鈴だけじゃなく紅魔館に住んでる私も我慢しないとね」
(な、何か凄く遠回りに遠回りを重ねたら結果として正しい道になってるっていう感じがする……)
少なくともそういう心構えで居てくれるなら美鈴も楽だ。 上手くすればぬえと仲良くなれるかもしれない。
「有難うございます、フラン様。 一緒にお嬢様の願いを叶えましょう」
「うん!」
「じゃあ、次は……白蓮さんに報告しないと……」
と、美鈴がフランドールの手を取って白蓮の部屋へ向かおうとしたところで……
「話は聞かせてもらった……!!」
部屋の入り口に無駄にいい声を作ってポーズを取る姿、マミゾウだった。
「……って、マミゾウさんなんでそんなお茶目してるんですか」
「紅魔館からもう一人客が来たと一輪が白蓮に話しているのを聞いてな、居ても立ってもいられず白蓮とぬえを連れてきて話が落ち着くまで控えておったのじゃよ」
そういうと、白蓮・ぬえと共に部屋に入ってくる。 白蓮だけは会釈していた。
控えていた、つまり「話は聞かせてもらった」という言葉はその場のノリの冗談でなく本当に立ち聞きしていたらしい。
聞かれて困るような後ろめたい話ではない――強いて言うなら白蓮からの依頼を「面倒を見る」でなく「ここに来る皆さんと仲良く出来るように」という言い方をしていたのは聞かれるとまずいかも知れないが、そこはマミゾウがなんとかしているだろうと美鈴は気にしない事にした。
「で、物は相談なんじゃがな……紅魔の妹さんや、お主こういう経験は滅多にあるものではないじゃろ?」
「え? そうね、夜に出かける事ならあるけど……」
「折角よそで泊まっていくんじゃ、いつも顔を合わせている美鈴といても勿体無い。 儂の所へ来んか?」
美鈴はマミゾウの提案に裏があると察する事が出来た。
それは美鈴も持っていた懸念のためだ。 フランドールは自分にべったりくっついて過ごそうとするだろうが、ぬえはそれを見て面白くないと思うかもしれない。 この提案はぬえのために……
「で、ぬえは美鈴の部屋に、じゃな」
こうするのが目的なのだろう。
「二人共、どうじゃ?」
それはフランドールが望みさえすれば美鈴にとっても良い話だ。
紅魔館の外の者と関わりを持つのは歓迎すべき事だし、それにぬえと落ち着いて話す機会も持てていない。 一石二鳥だ。
「んー、私は構わないけど」
言葉自体はどちらでもいいといった様子だが美鈴には解った。 これは惹かれている。
外に出るようになって知らないものを知るという事を覚えたが故か、真新しい事に飛び込もうとするのはまだ少ないものの転がりこんでくれば食いつく、これもその例だろう。
「私もそれでいいよ」
ぬえもどうでもいいような口ぶりではあるが、少し楽しそうだ。
「よし、決まりじゃな」
「白蓮さん、急にこんな事になってすみません」
「構いませんよ。 フランドールさんはもう一人のお姉さんに会いたい一心で来たんですものね」
そう言うと白蓮はフランドールへ向けて微笑んだ。
フランドールは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに満面の笑みを返した。
白蓮とマミゾウ、フランドールの3人が出て行って、部屋には美鈴とぬえだけが残された。 ぬえは無造作に部屋の内側へと進むとその場に座り込む。 美鈴もそれに倣って向かい合うように座った。
……そしてお互いに沈黙してしまう。
(そういえば何から話すか考えてなかった……!)
後ろめたい事があるでもないのだが、何故か気まずいように感じてしまう美鈴。
「えっと……」
ぬえがもじもじとしながら口を開いた。
「その、色々してくれて、有難う……」
お節介ではないかとも思っていた面もあったが、美鈴からすらも素直ではないと見てとれるぬえがこのようにお礼を言うのであれば間違いではなかった証明だろう。
「余計なお世話でなかったのなら、私も嬉しいですね」
美鈴がそう答えると、ぬえは少しの間黙り、やがて意を決したように続けた。
「……美鈴は、私も含めて命蓮寺のみんなと仲良くしたいって言ってたけど、でも、どうして私がみんなと仲良く出来るようにって、してくれるの?」
「え? んー、そうですねぇ……」
勿論「レミリアの目的のため」や「白蓮に頼まれたから」が答えではない。 親身になっているのは美鈴自身の、ぬえが皆と仲良くなれたらという気持ちがあってのものだ。
しかし実の所そう思う理由はと言えば特に意識していなかった。
「一人でいる寂しさをちょっと知っていて、家族で仲良く出来ない悲しさを見ていたから、でしょうかね」
「美鈴も寂しい事があるの?」
「あー、でも、私の場合寂しいって言っちゃ罰が当たりますよ。 館の中に戻ればそんな事ないんですから」
「?」
ぬえは首を傾げる。
「門番の仕事があるので、大体は紅魔館の外で、門の前に立ってるんですよ。 花壇の世話もあるのでずっと門の前、ではないのですが」
「うん」
「門番をしていると、その間一人で立ってるんです。 紅魔館ってあんまりお客さん来ないんですよね。 訪ねてきて何かと勝負を挑むとか友達と連れ立って来るチルノさん、図書館に来る魔理沙さん、新聞の取材として来る文さん、時折用事らしい用事もないのに遊びに来る幽々子さんとお供をしてくる妖夢さんは居ますが、毎日頻繁にでもないので、時には1日誰も来ない門の前でずっと立ってる事もあるんです。 そういう時にたまに、寂しくもなるんですよ」
ぬえは頷きながら美鈴の話に聞き入っている。
「それが「寂しい」の方で、もう片方は……先程いらしたフラン様は紅魔館の主・レミリアお嬢様の妹御にあらせられます。 ちょっと、大規模に物を壊し過ぎたりするので長らく地下室にこもっていたんです」
「地下室に……」
自身が地下に封じられていた経験に重なったのか、ぬえは顎に指を当て何か考えるような仕草をした。
「……そういう経緯もあって姉妹であまりかかわる事がなかったんです。 お嬢様の起こした異変以降外に出るようになって顔を合わせる事も増えたのですが、お互い意地悪な事を言ったりしてよく喧嘩になってまして……それがもう片方の「悲しさ」ですね」
「それがあったから、私が寺のみんなと仲良く出来てないのを見て、寂しくて悲しい事だって思ってなんとかしようと?」
どうやらぬえにとっては命蓮寺の面々との仲が上手く行っていないと映っているようだ。
皆からすれば気にかけていて悪く思ってはいないが、ぬえには余所余所しくて冷たくされているように見えてすれ違ってしまっている。
「ええ、多分そういう事ですね、理由については特に意識していませんでしたが」
「美鈴があの子、フランドールの事を思い出したのが私のために頑張ってくれた理由の半分なら、私とフランドールは境遇が似てるのかな?」
先程の地下室のくだりもあって共感する所があるらしく、ぬえは首をかしげてそう訊ねた。
「……うーん、どちらとも取れるような」
似ているといえば似ている、似ていないといえば似ていない微妙な所に美鈴は思った。
「じゃあ似てるかどうかはいいや、私がフランドールと友達になれたら、それは美鈴へのお礼になるかな?」
「なります! お願いしたいくらいですよ」
フランドールもぬえも互いに友達が出来るのなら美鈴にとっても嬉しい話だ。
……二人が組んで悪戯をした場合かなり大変になるであろう事には気付いていないが。
「うん、じゃあ……そうする!」
屈託の無い笑顔を見せて、そう言った。
翌朝、美鈴が目を覚ますとぬえはまだ寝ていた。
起こさないように日課のために外へ出ようとした所で気付く。 机の上に紙人形が帰ってきている。 どうやって持参したのか、その足元にはメモが置いてある。
(都合の良い時にもう一度これを送り返して頂戴、貴女の近くに扉を作るわ 屠自古より)
紙人形をポケットにしまうと、美鈴は音を立てぬよう外へ出た。
とりあえず今日再び布都達に会いに行く事は決めた。 しかし問題がある。
フランドールを連れて行くかどうかだ。
この事を知ればまずついて来たがるだろう、フランドールの性分はあそこに連れて行くにはいささか問題があると言わざるを得ない。
如何に神子が布都へ言い聞かせて美鈴は悪い――布都の価値観で「悪い」――妖怪ではないと認識されていたとしても、もしフランドールがキュッとしてドカーンとしたがれば恐らくその時点で再びややこしい事態になる。
今のうちに知らせずに行く……は、発覚すればまずい、ここ命蓮寺の中で不機嫌にさせてドカーンとしてしまえばここ数日の出来事が無にこそならないにせよ挽回が必要になる。
その状況を招いてしまえば恐らく今回の件は失敗に終わるだろう。
知らせた上で待っていてもらう……既に1つ我慢をしているフランドールが更に我慢をしてくれるだろうか?
「どうしたものか……」
「汝の為したいように為すがよい」
不意に声がかけられた。 その方向を見やるとまたマミゾウが太極拳の体操を見に来ている。
「えーっと、それってどういう……」
「冗談はさておき、何ぞ問題でも起こったかの?」
何か悪ふざけの一種だったらしい。 気にせず美鈴は相談に乗ってもらう事にして事情を話した。
「そういう事なら儂に任せると良い。 お主はただ飯食らいに甘んじているのが悪いからと買出しを代わりにしに行ったとでも言っておいて、ぬえとまとめて2人の面倒を見ておこう」
「助かります、凄く」
「今のうちに出ておけばその分戻りも早くなろう、白蓮へも儂から説明しておく、安心して行ってくるが良いぞ」
美鈴はぺこりと頭を下げると、ポケットから紙人形を取り出して気を込めた。
まるで命が宿ったかのように自ら動き出すと、地面に降り、美鈴から少し離れる。
地面に手をつけたかと思うと、そこから小さく仙界への扉が開いた。 流石に小さすぎてこれに美鈴は入れそうにない、飽くまで人形の出入り程度の軽い術のようだ。 紙人形がそこへ入っていくとすぐに小さな扉は収縮して消える。
程なくして、床のドアを開けるかのようにして「地面を開けて」屠自古が地中から顔を出した。
「あら? えーっと、狸さん? 貴女も?」
居るのが美鈴だけではないと見て屠自古は少し戸惑ったようだ。
「いんや、儂はただの見送り、留守番じゃよ」
そう答えるマミゾウは、美鈴から見ては特に警戒などはしていないようだった。
「そう、じゃあ美鈴さんだけ借りていくわ」
「妖怪らしからぬお人よしじゃて、お手柔らかにの」
「心配は要らないわ」
このやり取りに腹の探り合いでも含まれているのだろうか、と、美鈴は他人事のように考えていた。
再び訪れた布都達の居る道場、命蓮寺で色々あったせいか美鈴には久しぶりの事のように感じられた。
なんとなく覚えている応接間のような部屋への道順を屠自古に先導されながら、美鈴はふと気になった事を訊いてみた。
「随分広いようですが、お三方だけでお住まいなのですか?」
「いいえ、太子様が時折人里に出ていて、そこで弟子入りを志願する者も居るから……まぁ、今の所小間使い扱い程度だけれどね。 貴女が顔を合わせた私達3人以外もここに住んでるわよ」
「へぇ……」
美鈴はてっきり3人だけで他には誰も居ないのかと思っていた。 その理由まで思考をめぐらせた所で違和感に気付く。
「あれ? じゃあ何故知名度が無くて発言を引用されているなんて事に?」
「謎の賢人、とでもいった存在になっているせいかしらね。 太子様は元々中枢を担う程の為政者だったの。 だからここでも望まれれば人々を導くおつもりでいて、里の人間に手を貸す事があるのだけど……お仕着せにならないように身分を明かしてないのよ」
美鈴はまだ神子の持つ能力を知らないが、かつて政治を取り仕切っていた人物にして仙人でもある存在がその経験から手腕を発揮すれば、ここの人里における効果は十二分であろうし弟子入りしようと思う者が出るのも当然だろうと理解した。
「……それってもしかして、神霊の異変の時の「戯れは終わりじゃ」の人が神子さんであり、今時々人里に現れては何かしている・かつてとても偉い人でもあった仙人の正体だ、と結び付けて認識されていないんじゃ……」
「かもしれないわね。 私は今のように暮す限りでは、新参者がしゃしゃり出て古参にいびられる、なんて事にならないためには都合が良いと思うけど……布都は不満みたい」
美鈴には布都の気持ちも解らないでもない。
レミリアが、咲夜のように道理を説くでもなく、パチュリーや魔理沙のように親しみを込めてでもなく、完全に侮辱されていたとしたら美鈴も腹を立ててしまうだろう。
「布都さんは……私に怒っていませんでしたか?」
「ええ、太子様が貴女を見て解った事をお話ししたおかげで。 多分顔合わせてまず土下座から入るんじゃないかしら」
「ど、土下座……」
美鈴としてはそこまではしてもらいたくない所だが、そうしなければ布都の気もすまないのだろう。
「って、神子さんとはちょっとお話しした程度だったんですが、それだけで私の事を把握されたという事なんですか?」
もしや地霊殿のさとりのように心を読むのだろうかと美鈴は思ったが……
「太子様は相手の欲を聞く事が出来るのよ。 それによって本質を理解する。 貴女は宴会の開催を成功させてあげたいだとか、出会える人と仲良くなりたいだとか、晩御飯に何食べたいだとか、昼寝したいだとか、布都の振る舞ってくれるお茶への期待だとか、そんな至極平和な欲が聞こえたそうよ」
「……読心術かと思ったんですが、なんだか……それよりも恥ずかしいような」
それで信用されたというのなら悪くは無いが、何か胸の内がむずむずしてしまう。
「まぁまぁ、そのおかげでこうして面倒な事態にならずに済んでるんだからいいじゃない」
「それは確かに……そうですね」
「先日は無礼を働きすまなかった!」
布都は屠自古の見立て通りまず最初に土下座した。
「いえ、そこまでしていただかなくとも……」
「太子様が仰るにお主は人を騙し・陥れ・殺戮するような手合いではなく至って善良な存在と……それを我は妖怪憎しのあまり頭に血が昇って全く気づきもしなかった。 欲を聞く事の出来ぬ屠自古にも見えていたというのに……」
「今は私に「妖怪だから」と敵対心を持っているのでなければ、それで十分ですよ」
そういうと、美鈴は布都の両肩に手を置いて起き上がらせ、手を握った。
「ですので、これからは友達という事でお願いしたいです」
「……すまぬ、いや、ありがとうと言うべきか」
そんな2人の様子を神子と屠自古はにこやかに見ていた。 こころなしか屠自古はにやついているに近いようにも見える。
「では、お主の気に入ってくれた茶をまた点ててくるとしよう」
布都は足早に部屋を退出してお茶の用意をしに行う。 その足音は軽い。 ここへ来てよかったと美鈴は思った。
「神子さん、有難うございました」
「いいえ、お礼を言うのはこちらですよ。 布都の言っていた事を気にせずにいてくれて有難うございます」
お互いに微笑み合う。 僅かの沈黙の後、神子の表情が少しだけ曇ったように見えた。
「あ、あれ? どうしました? 何か変な欲でも漏れてましたか私っ!」
先程の屠自古の言を受けて少し過敏になっている美鈴。
「いえ、そんな事はありませんよ。 この間と同じように主命・食事・睡眠・友情の欲、それに少し郷愁にかられているようですね」
「うぇっ!?」
紅魔館を離れて4日目の朝、「館のみんなに早く会いたいなぁ」と少なからず思っていたのをしっかり読み取られた。
「うう、解っててもやっぱりなんだか恥ずかしい」
「ちょくちょく顔を出してればそのうち慣れるわよ」
普段から欲を聞かれているのか屠自古は至って涼しい顔をしている。
マミゾウが面倒を見てくれているとはいえフランドールとぬえを長時間放っておくわけにもいかないと、美鈴は然程の長居はせずに命蓮寺へと戻る事にした。
前回とうってかわって布都は名残惜しそうにしていた。 今度は紅魔館の面々と共に訪れたいと胸中に欲望を漏らしながら仙界を後にし、美鈴は命蓮寺の境内へと戻った。
陽が出ているのだから外には行っていないだろうと判断し、とりあえず部屋に戻る途中……
「おはようございます、美鈴さん」
「あ、おはようございます星さん」
星と鉢合わせした。
「ぬえ達にナズーリンの発掘した外の品を見せるようにとお願いしたそうですね」
「ええ、でも小傘さんと響子さんも、というのは白蓮さんからでしたが」
「貴女の作ったきっかけがあればこそですよ。 ナズーリンが人に披露して喜んでもらえるのは嬉しい事だと話していましたよ、有難うございました」
そんな風に思う事になろうとは美鈴は考えていなかった。 無理を頼んだ形になっていたかと思っていた程だ。 思わず嬉しくなってしまう。
と、その時廊下の向こう側で何かが見えた。
「……? 昼か夜のごはんに大根が出るのかな?」
「大根?」
「あ、いえ、なんでもないです。 ちょっと星さんの後ろの方で白いものが見えただけで」
「そうですか」
妙な事を呟いてしまったせいで話を止めてしまった。 美鈴は慌てて話題を探す。
「そういえば私が来た日の夕食の場で、星さん、私がぬえさんと仲良くなれそうかとマミゾウさんに尋ねていらっしゃいましたよね」
「ええ、仏門に入ろうとここを訪れた妖怪がいきなりぬえの悪戯の洗礼に遭って、以降敵視するという例も少なくはないものですから。 悪戯された状況を利用しようとするくらいでしたし大丈夫だろうとは思っていたのですが念のためにと」
「成程、そういう事だったんですね」
美鈴は星の言はぬえを心配しているが故の事と受け取った。 他の面々が旧知の仲、或いはここ数日で距離を縮めていて比較的付き合いの浅い星もこう言うのなら、マミゾウの言っていた通り寺の面々から見たぬえ、という方向は悪くはないようだ。
「貴女が色々してくれたように、私達自身も出来ればいいんですが、命蓮寺の者としての振る舞いとの兼ね合いとあっては中々難しいですね……」
「苦労なさっていたんですね」
「ええ……悪戯を叱らねばならない事と、寺の諸々の事であまり構えなかった事で距離を置かれてしまいまして……」
昨日の朝マミゾウが言っていた内容と同じだ。 どうやらそれによる問題はぬえ側にもあったらしい。
「うーん、マミゾウさんの話だと、悪戯をせずにいられない生き方が災いして他者からだんだん距離を置かれるようになるのがいつものパターン、といった感じみたいなんですよね。 星さんがそれに該当すると見てしまって距離を置いてるのでしょうか……」
「そういう事なのでしょうね……ところで、詳しくは伺っていませんけれど、美鈴さんはぬえに懐かれているんですよね?」
「ええ、そうみたいですね、私の前では凄くしおらしく振舞っていたり、言う事を素直に聞いてくれたり……」
星は驚愕の表情を浮かべる。 信じられない、といった様子だ。 美鈴もそれを見るとなんだか現実味の無い事のように思えてしまう。
「地底で付き合いのあった村紗と一輪相手ですら距離を置いているように振舞っているのに一体どうして……」
「マミゾウさんが仰るには、マミゾウさんが飄々としたおばあちゃんで、白蓮さんが優しくも厳しいお母さんで、私が優しいお姉さん……らしいです。 私がそう見られるのは、マミゾウさんが早々に認めたからだろうとも仰ってましたね」
それを聞いて星は唸って少し考え、言葉を返した。
「因みにマミゾウさんが貴女を認めた理由は?」
「はっきり聞いてはいませんが、お人よしだから、みたいですね。 お人よしという表現を何度もされてます」
星は再び唸って考える。 やがて一つ、小さくため息をついた。
「つまり貴女はこの短期間に見たぬえの全てを受け入れているのですね。 私達には出来ない……いえ、したくてもするわけにはいかない事だ。 ちょっとだけ嫉妬しますよ全く」
「あ、あはは……」
なんだか申し訳ない気分になっていまい、美鈴は困ったように頬を掻く。
「ですが、それが布石となってくれていますね。 ……何か、私達がぬえを嫌って距離を置いたりしているように見える事をしているのではないと、ぬえ自身が実感出来るような出来事でもあれば、解決できそうに思えるのですが……」
美鈴も、星達が気兼ねなくぬえと話せるようになり、ぬえ自身もそれが実感出来ればという見解に至っていた。 この問題さえ解決すればなんとかなる、だが……
「むぅ……一朝一夕には行かなさそうな、気がしますね……」
「ええ、どうすればいいのか……」
マミゾウも想定していた形、しかし実現は出来ていなかったもの。 これが叶えば美鈴が命蓮寺を離れ紅魔館に戻ってもなんとかなるかもしれない。 だが、それには他者から距離を置かれる事に慣れすぎてしまったぬえに、命蓮寺の中心近い面々への意識を変えてもらう必要がある。
こればかりはマミゾウに相談してもどうにもならないだろう、果たして、手段はあるのか……
「あ、おかえりなさーい」
ぬえとマミゾウの部屋に3人揃っていた。
入るなり美鈴はフランドールに抱き着かれた。 ぬえも逆側に近づき抱き着きはせず、ややぎこちなくくっつく。
変身して芸でもしていたのか、尻尾の生えた魔理沙の姿をしたマミゾウが肩を落とした。
「楽しませてやろうと色々変身して見せておったというに、美鈴が戻ってきた途端これか。
子が母親にばかり懐いているさらりぃまんの父親の気持ちというのはこういうものであったか……」
「今何か私が妻でマミゾウさんが夫という恐ろしいたとえを聞いた気がするんですが」
時折しばらくの間程度ならからかわれていたとしても問題は無いが、もしそれが日常的にかついつまでも続くとしたら……美鈴にはぞっとしない話だ。
「冗談はさておきお役目交代じゃ」
ぽん、と美鈴の肩を叩いてマミゾウは外へと出て行く。
「流石に短時間にぽんぽん変身して疲れたのでな、外でぼーっと空でも眺めて休憩してくるぞい」
「はい、解りました」
「めーりーん、お土産ないのー?」
マミゾウは美鈴が買い出しに行ったという事にすると言っていた。 フランドールの要求は信じた故の事か。
この展開は予想していた美鈴、布都から振る舞われたお茶請けの砂糖菓子を少し分けてもらっていた。
「えーと、あるにはあるんですが……」
これだけ与えてしまうと、先日美鈴自身が体験したように甘すぎてフランドールもぬえも文句を漏らすだけになってしまうかもしれない。
とりあえずは説明をと見せるために取り出したのが間違いだった。
フランドールが素早く美鈴の手からお菓子を奪う。
「あっ!」
声を上げたその隙にぬえも奪い、2人共口に放り込んだ。
ぽりぽりと咀嚼の音……が、すぐにやんだ。
「あ、甘……」
「砂糖の塊みたいに甘い……」
「もう、話す前に食べちゃうからですよ」
お茶と併せて食べる事が前提のお菓子なのでとても甘いからこれだけで食べるには向かないとお菓子屋で説明されたという事にして2人に話す美鈴。
「これに懲りたら、私に関してだけでなく何か言おうとしてる人の話はちゃんと聞かないと駄目ですよ?」
「はーい」
声を揃えて返事をした。 マミゾウのおかげで既に打ち解けているのだろうか。
少しして3人は気付いた。
美鈴はいつも門番をして外で立っていて、屋外での1人での暇つぶしなら幾つか知っているが屋内での複数人での遊びは知らない。
フランドールは長らく地下室にいたために室内で過ごす事も苦にならないが、暇つぶしの手段がやや常人離れしている。 例を挙げればドカーンしたアレやソレを思い出してにやついてみたりと遠い所に行ってしまっている上に一人プレイ専用といった有様だ。
そしてぬえは美鈴に近く、外に居る事が多かったのと、誰かに悪戯を仕掛ける形ばかりだった。 命蓮寺の中で3人連れだって悪戯をしかけに行くわけにもいかないし、何よりそれは美鈴が止める。
つまる所「3人で遊ぶ」方法が解らない。
それでもなんとかしようと3人で結論の出ない議論を重ねた結果……
「……どうしてこうなった」
マミゾウが休憩から戻ってくると、ぬえを背の上に座らせた状態の美鈴が腕立て伏せをしていた。
「あ、マミゾウおかえりー」
「おかえりなさーい」
ぬえとフランドールがそれぞれマミゾウに声をかける。 美鈴の時とは違いそれだけでくっついたりはしないらしい。
「おかえりなさい」
美鈴も腕立て伏せを続けたまま言った。
「何故そのように戦闘民族のような事をしておるのじゃ」
「いやぁ、3人で室内で仲良く遊ぶ方法が浮かばなかったもので」
だからといって何故腕立てなのか、マミゾウは眉間を抑える。
「門番のお仕事中に暇な時は武術の鍛錬動作をしたりもするって話からー」
途中まで言ってフランドールは後の句を継げとばかりにぬえを見やる。
「鍛えてるんだったら私達を乗っけたままトレーニングも出来るんじゃないかなって話になって」
ぬえは尻の下の美鈴の方を見た。 視線が合う位置ではないので意図が通じるのが遅れて少しだけ間を置いてから答えを続けた。
「何をしようかと話してるだけで何もしてないのも時間がもったいないなぁというわけでとりあえずやってみようという事になりましてね」
「部屋の中の物を使うという発想はないのかお主らは……」
マミゾウは深くため息をついた。
フランドールがいるため日中は外に出られない。 それは美鈴にとってはかえって幸運な事であった。
残るはぬえと一輪・村紗・星の両者がお互いに話しやすい状況を作る事。 寺に留まって機を伺っていられる方が都合が良い。
……しかし機など全く訪れはしなかった。
修行やら何やらで触れ合う余裕が碌にないためだ。 当然といえば当然である。 これはここまでに聞いた話そのままの状況で、それこそが彼女らの悩みの一部でもあるのだから。
夕食の後、暗くなった境内に美鈴達4人が出て来ていた。
一日中寺の中に居ては気が滅入るだろうから境内で体を動かすくらいした方がいいと白蓮の言があったからだ。
流石にこう暗くなってから外に遊びに行くのは駄目だと釘を刺されている。
体を動かすという目的とあって、美鈴による拳法の基本動作講座が開かれていた。
ぬえは真面目に取り組んでいて、マミゾウは興味本位で付き合っているといった様子で、フランドールはいざとなったらドカーンした方が早いと思っているのか鍛錬というよりただの運動といった様子、解り易く三者三様だ。
「フラン様、駄目ですよそんな気のない動きでは」
「えー、だって殴る蹴るよりもドカーンした方が確実だよ?」
「もしかしたら能力か何かで「目」を手元に持ってこられない相手と戦う必要が出てくるかもしれません。 その時のためにも覚えておいて損はないですよ。 フラン様は吸血鬼で物凄い力があるんですからただの力任せじゃ勿体無いです」
「うー、だって美鈴の動き難しいんだもん」
しかし美鈴の説明にフランドールは納得していない様子だ。
「ねぇ美鈴、フランのその「目」を手元にーってのは何?」
「ああ、フラン様は……まぁ簡単に言うと、生物から物質まで全てが持っている弱点を手の中に持ってきて握りつぶして強引に破壊出来るんですよ」
ぬえ――ついでにマミゾウも――いまいち解らないらしい。
「例えばですね……」
美鈴は飛んでいって少しその場から離れると、大きめの石を持って戻ってきた。
「フラン様、ちょっとこの石ドカーンしてみて下さい」
「おっけー!」
言うが早いか、美鈴の手の上で石に無数のひびが入り、割れてしまった。
「……と、まぁこんな具合に、これが生物……妖怪や人間にまで出来ちゃう、と」
「なんとも物騒な能力じゃな」
地下室に軟禁状態だったのも納得がいく、という言葉をマミゾウは飲み込んだ。
不意に……
4人のすぐそばに何者かの放った弾が着弾した。
「攻撃!?」
少し見えた弾道から方向を判断する、上空……!
「妖怪寺に住まう者どもよ! 降伏すれば穏便に済ませようぞ!」
高らかに響いた声は、布都のものだった。
「少しだけ時間をくれてやる! 降伏するか、弾幕にて雌雄を決するか、結論を出すが良い!」
「布都さん……!? どうして……!」
今すぐにでも近づいていって真意を確かめたい所だが、布都の呼びかけは命蓮寺に向けてのものだった。 白蓮の考えを聞かずにいきなり飛び出すわけにもいかず、まずは寺の者が出てくるのを待った。
「皆さん、ご無事ですか!?」
白蓮はすぐに一輪・村紗・星を伴って出てきた。
「ええ、威嚇射撃のようでしたので誰も直撃はしていません」
「そうですか……良かった」
白蓮は胸を撫で下ろす。
「どう見ても宣戦布告ですが……白蓮さん、どうなさいますか?」
美鈴の言に、白蓮は力強く答える……
「あの方がどういうつもりかは解りませんが、ここがどういう場所かを知った上でのあの高圧的な態度……争いを避けるために降っても寺の皆が良い扱いを受けるとも思えません。 ……撃退します」
「ではまず私に行かせて下さい」
美鈴は即座にそう返した。
「美鈴さんが……?」
「はい、上空にいるあの方は布都さんなんです。 これほど強硬な手段をとっている理由は解りませんし、恐らく話をしても手を引いてはくれないでしょう……ですから、力づくでも止めるべく善処します。 弾幕では恐らく負けるでしょうけれど……それでも勝ち目は全くないはずはありません、力の限り……頑張ります」
負ける事を覚悟の上の美鈴の台詞、その決意は固く視線は鋭い。
「命蓮寺の者でない貴女にそこまでして頂くのは心苦しいですが……」
「それはお気になさらないで下さい。 友達と友達が争う様を見過ごしたくない私の我がままのようなものですから」
「そうですか……でしたら、お願いします。 ご無理はなさらぬよう……」
白蓮は美鈴に深々と頭を下げた。
「あちらさんは3人で来とるようじゃの、と来れば美鈴、お主を1人で行かすわけにもいくまい」
「じゃあ私も行く!」
真っ先に名乗りを上げたのはフランドールだった。
「ぬえ、お主が出んのなら儂が行くが、どうするね?」
「勿論……行くよ!」
ぬえとフランドールは顔を見合わせると頷きあった。
「よもや、これは私のわがままだからなどと言いはすまい? お主があの面々に1人で挑めば分が悪かろう。 何せお主弾幕が苦手だと自ら言っておったものなぁ」」
マミゾウはニヤニヤしながら美鈴に言う。
「う……確かにそうです、締まらないなぁ……」
「ふふ……色々としてもらう事ばかりだけど、こればかりは私達がしてあげる側だね」
ぬえは嬉しそうにそう言った。
「では、お願いします。 あとフラン様、くれぐれも相手を直接ドカーンしないで下さいよ。 絶対駄目ですからね!」
「解ってるよー。 それをしないから霊夢も魔理沙もまだ生きてるんだよ!」
さりげなくとても物騒な答えが帰ってきた。
「美鈴……お主ここにおったのか」
布都のその言葉に反して驚く様子はない。
「悪いが、それでも譲る気はない。 妖怪の集う寺……危険なのだ」
「ここには人間も多く訪れて共に仏門の修行に励んでいます。 危険などありません」
その美鈴の言葉にも首を横に振る。
「仲違いを起こし、人が喰らわれる保証が無いと言えるか……? 言えはすまい」
「それは……」
そのような事態になれば白蓮達がすぐさま収拾させるだろうが、犠牲は出る。 美鈴は答えに詰まってしまった。
「答える事が出来ぬのなら、我らは進まねばならぬ」
「では、私はそれを止めましょう」
美鈴はちらりと神子の方を見やった。
欲の声を聞く彼女は黙して何も語らない。
どうやらやるしかないようだ。
強硬な態度の割に布都達はスペルカードをそれぞれ2枚ずつしか用いないらしい。
それも3人それぞれが1枚ずつの後、3人同時という展開でだ。 美鈴達もそれに沿って1人1回ずつで布都達側3名に当たった後、協力する事になった。
両チームの撃墜数が同じ場合は最後の総力戦の撃墜数が多い方の勝利、また、勝負中に負けを認める事があれば撃墜数に関わらず勝敗決定とするという取り決めの元、勝負が始まった。
布都がまず最初に出ると見て、美鈴達側は満場一致で美鈴が出る事になった。
しかしあからさまな程に力及ばず撃墜される美鈴。
次はフランドール対屠自古。 暴れられる事が嬉しいとばかりのレーヴァテインの一閃が屠自古を直撃。
最後にぬえ対神子。 ぬえの危険視した聖人の力は伊達ではなく、ぬえの善戦も虚しく敗北……
美鈴側撃墜1・布都側撃墜2という状況で前哨戦は終わった。
「美鈴、お主の腕はその程度か!」
悔しいが返す言葉も無い美鈴。 弾幕のスペルカードによる勝負でさえなければと内心歯噛みするが仕方が無い。
「すみません、私のせいで不利な状況に……」
「私もまけちゃったし……」
美鈴とぬえがうなだれる。
「大丈夫だよ、次は3人一緒なんだから、みんな落としちゃえばいい!」
楽観的に言うフランドールに美鈴とぬえは励まされた。
「難しいですが、成し遂げるつもりで頑張りましょうか」
「うん、そうだね……」
神霊の異変の時にも神子達3人による協力攻撃のスペルカードがあった。 だが今回はその時のままの攻撃ではなかった。
布都は放射状に直進する弾を、屠自古はそれぞれの相手の居る位置へ向けた弾を、神子は後ろから何本かのレーザーを放った。
対する美鈴達は美鈴が不規則な方向に直進する弾を、フランドールがレーザーによるなぎ払いを、ぬえが不規則な動きで動き回る弾を撃つ形で応戦する。
……如何せん美鈴の攻撃の密度が薄い。
しかもフランドールがこっそり美鈴に向かう弾を一部握りつぶしているがそれでも危うい。
どちらかといえば接戦に持ち込んでいるというよりも持ちこたえている、というような戦況だ。 そして……
「戯れは終わりじゃ!」
「やってやんよ!」
「我にお任せを!」
制限時間の半ば頃に、例の台詞と共に布都達が本気を出してきた。
「この紅美鈴、今だけ命蓮寺の門番です!」
「じゃあ私門番その2!」
「みんなを……守ってみせる!」
対抗するように美鈴側もそれぞれ叫んで気合を入れた。 ……一人どう見ても緊迫感無く楽しんでいる。
しかし均衡はすぐに崩れた。
「あ」
「ひでぶ!」
布都達の本気で握りつぶすべき弾の量とタイミングが変わったせいで、普段専ら攻撃的にこの力を用いているフランドールは対応しきれずあっさり美鈴への攻撃を通してしまった。
元々フランドールのおかげで被弾を免れていた程だったため、物凄い量の弾が美鈴に直撃してあっさり撃墜。
「ごめんねめーりーん」
べしゃっ……と、擬音をつけるべき情けない姿で地面に激突。
「いたたたた……あ、そうか、フラン様が守っててくれたのか、道理で……」
「格好良い事言ったくせに小気味良いまでの瞬殺よのう」
マミゾウからの茶々が入った。
「でも、これで……」
フランドールが小さく呟く。
「やっと本気で暴れられるよ!!」
不慣れな防御に意識を割いていた分フランドールの攻撃は幾分か鈍かった。 ここからは攻撃に専念できる。
「フランの本気、ねぇ……負けてられない! 美鈴は無理だったけど、命蓮寺のみんなを……!」
更にぬえも攻撃の激しさを増した。 手を抜いていたわけではない。 フランドールに触発されて張り合う事により更に力を発揮した形だ。
皮肉にも布都達3人は美鈴を撃墜した事で更なる猛攻に晒された。
やがてフランドールが屠自古を、ぬえが布都を撃墜し……
「さぁ、行くよ! ぬえ!」
「うん! これで……!」
「「終わりだーー!!」」
急ごしらえにしては息の合った同時攻撃が神子に殺到する!
「……お見事」
最後の最後に一言だけ呟いて、神子も撃墜となった。
「や、やった……!」
「世間ではそれをやってないフラグと言うておったらしいのう」
「?」
「いんや、なんでもない。 よくやったもんじゃな、あの2人は」
ぬえとフランドールが降りてきた。
それを見て、美鈴はフランドールの手を取って少し離れた所へ誘導する。
「フラン様、私を守っていてくださったんですね。 必死だったのでやられてからようやく気付きましたよ」
「えへへ、頑張ったよ!」
美鈴はフランドールの頭を優しく撫でる。
一方ぬえは村紗・一輪・星に囲まれて口々に褒めたてられていた。
「ぬえ、凄いじゃない!」
「いやぁ、貴女達が駄目だったら私らが出ようと思ってたけど出る幕無かったねぇ、見事なものだった」
「しかも悪戯っ子がみんなを守ると宣言だなんて、感動すら覚えましたね」
少し戸惑っているようだが、ぬえは嬉しそうだ。 マミゾウもそれを満足げな顔で眺めていた。
……白蓮がそこにはいない。
美鈴が辺りを見回すと、撃墜後に境内に降りてきていた布都達の所に居た。
フランドールと共に歩み寄る美鈴。
「有難うございました美鈴さん」
気付いた白蓮がお礼の言葉を述べる。
「布都さん達を、どうするおつもりですか……?」
先程の剣幕だと命蓮寺にちょっかいを出せないように、などと言うかもしれないと美鈴は警戒した。
「ふふ……ご心配要りませんよ。 実はこれ……」
「まぁ、こういう事なんですよ」
軽い調子で神子がそういうと、おもむろに手近な場所に仙界への扉を開いて手を突っ込み……引き出した手には……
「ドッキリ大成功」と、看板があった。
「……はい?」
要約するとこういう事だった。
神子は欲を聞く事で相手の本質を見るだけでなく、その近未来の予測まで出来る。 今朝美鈴が訪れてきた際に見えたのが……ぬえと一輪・村紗・星の3名との関係改善への欲、当事者達が触れ合う時間を持てない事をなんとかしたい欲、自らはなんとか出来る気がしないものの機があればなんとかしてやりたい欲……そういった事から見えた未来は、決め手がつかめずに中途半端な形のまま紅魔館に帰る事になるというものだったのだ。
そこで、人里に顔を出してこそいるが幻想郷の力を持った面々との付き合いに乏しい神子達自身の環境の改善も兼ねて、白蓮へと襲撃の狂言を打診した。
神子の見た美鈴の人柄から間違いなく美鈴は布都を止めようと出てくるし、美鈴が出ればぬえも出る。 そして命蓮寺を守ろうという行動をしたのなら一輪・村紗・星も素直に認めたと見せる事が出来るし、ぬえも受け止める事が出来る。
襲撃の理由には布都の妖怪嫌いを利用した。 美鈴に敵対心を向けた詫びも兼ね、敢えて汚名を着ようと布都自身の申し出だった。
「さて……」
神子のドッキリ大成功看板によるネタばらしとぬえ達への説明も終えて落ち着いた所で白蓮が呟いた。
「一悶着終えたら、宴会で親睦を深めるのがここ幻想郷の慣わしみたいですねぇ神子さん」
「ええ、ですが曲がりなりにも私達は襲撃した者された者という関係、どちらかを会場とすれば要らぬ誤解も招くかもしれませんねぇ」
二人共ニコニコと美鈴の方を見ながら白々しく話す。
「あ……そ、それなら是非とも紅魔館へ! 盛大にお祝い致しましょう!!」
「ええ、そうですね」
「是非ともお願いします」
白蓮と神子、二人揃って美鈴へと頭を下げた。
夜の紅魔館に2つの影。
美鈴とフランドール、2人揃って帰ってきた。 目的を果たして。
不安だったが、見事に成し遂げる事が出来た。 こんなにも晴れやかな気持ちで帰ってこられるとは、美鈴は想像だにしていなかった。
「……お嬢様ー!! 咲夜さーん!! 紅美鈴、目的を果たして只今帰還致しましたーー!!」
次の瞬間。
美鈴の脳天にナイフが突き刺さっていた。
「深夜に思いっきり叫ぶんじゃないの。 お嬢様が起きてしまうでしょう?」
「うう……折角綺麗に締めに入ったんですから見逃して下さいよ……」
「咲夜、ちょっと休暇をあげるから命蓮寺に数日泊まってきなさい」
ある日の紅魔館の朝。
起き抜けの身支度を整えてくれている従者、十六夜咲夜へ向けて紅魔館の主、レミリア・スカーレットは命じた。
「……」
レミリアが思いつきで無茶な事を命じるのは日常茶飯事と言っていい程だ。
それも黙って聞き入れるのは従者の役目。
だが、主が間違っているのであればそれを正すのも従者の役目。
これは、どちらであるか。
咲夜は咄嗟には判じかね、黙ってしまった。
どちらでもあるのだ。
時間にして1秒程の迷いの後に咲夜は口を開いた。
「幽々子が神奈子・諏訪子と、輝夜がさとりと宴会したのが羨ましいからじゃあうちは命蓮寺。 と、そういう事なんですね?」
図星だったらしく、命じた得意気な顔そのままでレミリアは固まった。
「むぅー、大体なんであいつらはうちを避けるようによそを選んだんだ」
朝一番の命は咲夜を納得させられなかったために立ち消えとなったが、不満の方は消えてはくれない。
不機嫌さを隠さず居住まいを崩して主の椅子に腰掛けるレミリア。
「彼女らは別に避けたわけじゃありませんよ、結果としてそうなったんです」
白玉楼と守矢神社、永遠亭と地霊殿。
それぞれ繋がりとなるきっかけがあり、出来事に発展したからこそ宴会を開いて親睦を深めたのだ。
そしてそこに紅魔館は……前者は多少絡んだが、後者は全く知らない内に進んでいた出来事だった。
「じゃあその「結果」を作ってやる!」
レミリアは運命を操る程度の能力を持っている、それを用いて「うちで盛大な宴会を開く」という運命でも作ろうというのか。
「手繰らねばならない運命が多すぎて現実的ではないでしょう。 もっと簡単な手段をとった方が良いかと思われます」
「ぐぬぬ……じゃあどうしろって言うのさ」
レミリアは飽くまで宴会を開きたい一心のようだ。
せめてそれらしい建前でも作ってもらいたいものだけど、と、咲夜は胸のうちで呟いた。
「命蓮寺と交流を持つという事自体は私も賛成なのです。 ですが、私が行ってはお嬢様のお世話を満足にこなせなくなりましょう。 ……ですので、美鈴に」
紅魔館の門番、紅美鈴。
今日も館の門の前に立ち、侵入者に備えている。
だが、他ならぬレミリアが異変を起こした過去の例ならいざ知らず、今の紅魔館は敵に備える必要はなく、そういう意味では「門番という役目」は不要であると言える。
故に、敷地内の花畑の世話・本館への来客の門での応対・紅魔館ではなく美鈴に用がある者への応対を除いては概ね暇を持て余している。
それでも美鈴は門の前に立って責務を果たし続け……そして割とよく居眠りする。
(本人はこの役に不満を持っていないけど、何か別の役割も与えた方がいいのかしら)
太陽が空の頂点を過ぎてもいないというのに華麗にシエスタを決め込んでいる。
あまりに平和な雰囲気に自分も引きずり込まれたくなる欲求が咲夜の胸中に僅かによぎったが、振り切る。
「えい」
とすっ
投げたナイフが美鈴の額に刺さる。
人間なら大変な事になっているが、妖怪の美鈴には然したる問題ではない。
「痛ッ!? あ、咲夜さん。 い、いかがなさいました?」
居眠りしてしまっていた所を見つかってばつが悪そうだ。
「お嬢様の命よ。 命蓮寺に滞在して来なさい」
「はい、命蓮寺にお使いで……って、あれ?滞在?」
何かを届けに行くだけだと思ったのか「滞在」なのが不可解らしい。
美鈴は首を傾げ疑問符を浮かべている。
「ええ、上手い事やってあわよくばうちで宴会を開こうという魂胆なのよ、白玉楼と永遠亭の2件みたいに」
次いで出そうだった「だからこの任務、重要よ。 失敗は許されないわ」という言葉をすんでの所で飲み込む咲夜。
美鈴の場合変にプレッシャーをかけてはぎこちなくなるだろうと予想しての判断だ。
今回の目的は飽くまで親しくなって宴会を開く事。
この人当たりの良い門番ならむしろ自然体で臨んでもらった方が上手くやるだろう。
「はぁ、要件は解りましたが……まさか急に押しかけて2、3日泊めて下さい! ってやればいいって話じゃないですよねぇ……」
「門番の職務中に寝てしまったから暇を与えられて行く当てがない……という理由辺りどうかしら?」
にこやかに凄みを利かせる咲夜に、美鈴は苦笑いを浮かべて明後日の方向を見やる。
「いやあのあれはその……!」
「冗談よ。冗談だけど……口実としてはいいと思わない?」
美鈴が内外どこから見ても「門番」としては失格である様を見せる事があるのは周知の事実、それを逆手にとってやろうという寸法のようだ。
「成程、ついに堪忍袋の緒が切れたと、見せかけるわけですね!」
咲夜には心なしか「見せかける」の部分を力強く言ったように聞こえた。
「まぁそんな所ね、白蓮といえばさも善人と世間で通っている事だし、かなりの確率で保護してもらえるでしょうね」
「なんだかそのまま仏教への改宗を迫られそうな気がする所が怖いんですが」
白蓮は人へも妖へも仏教を教えている。
「そこはまぁ、解雇という青天の霹靂に昨日まで家族同然だった者達と分かれる事を強いられ、心が千千に乱れており気持ちの整理がつくまでは道を修める事は叶いません……とか適当に断っておきなさい」
「よ、よくそんな理由ぽんぽん出せますね……」
まるで用意していたかのようにすらすらと言い放つ咲夜。
「私が行く事になった場合の手段の一つとして、ね。 さっと考えておいてたのよ」
どうやら本当に用意していたものをリサイクルしたようだ。
「ふむふむ……」
美鈴は館の面子の不在中の伝言メモ等に用いている手帳に今の発言を書き込んでいた。
はたと手を止める、何かに気付いたらしい。
「家族同然……?」
「それ以上言ったら、解るわね?」
物騒にもナイフをちらつかせて脅す咲夜だった。
ナイフで脅されてしまったので逃げるように紅魔館を後にした美鈴。
打ち合わせは不十分であると言わざるを得ないが、「ある程度の付き合いを持ち、宴会を開くに至らせる」という相手の出方による部分も大きい目的ではいずれにせよ十全を果たして臨めるものではない。
上手くやれるかという不安はあるが、行ってみる他なかった。
命蓮寺を目指し、まず人里の方角へ向かう道すがら……
向かいから買い物袋を提げた人が歩いて来る。
うつむいて機嫌が悪そうに何かぶつぶつと呟いていてこちらに気付く気配はなかった。
「わぁ!」
そして派手に転んだ。
袋から果物が幾つか転がり落ちる。
美鈴は素早く拾い集めると、件の人物に話しかけた。
「お怪我はありませんか?」
「お、おお……大丈夫じゃ、すまない……ちと考え事をしておってな」
「何やら機嫌が悪そうな感じでしたけど……どうかなさいました?」
目的があり動いている最中とあって関わるべきではなさそうにも美鈴は思ったが、見なかった事にするのも忍びなくてつい訊ねてしまった。
すると件の人物、一瞬嬉しそうな表情を浮かべたが……すぐさましょんぼりと落ち込んだ。
「いや、気持ちは有り難いのだが……市井の者には解るまい」
とんでもなく上から目線で助けの手を払われた。
流石にこういう言い方をされると美鈴としても内心穏やかではない。
但し、怒りという意味よりは、役に立たないかはやってみなければ解らないだろうという意味合いで。
「全くあやつらめ……太子様を、我らを何だと思っておるのだ……」
引き続きぼやき出した。
それが美鈴にはヒントとなった。
「何方かに、仕えている主を軽んじられたのですか?」
「む……?」
食いついた、多分。
「私の所も、主が幼く見えるからって子供扱いみたいにされる事があって、悔しい思いをする事があるんですよ」
だがこれは美鈴にとっては嘘だ。
正直に言えば子供扱いされて悔しがるレミリアは可愛いのでもっとやってほしいとすら思う事がある。
間違っても絶対に口にするわけにはいかないが。
「おお、お主も……主を小ばかにされて悔しく思う経験があったのか。 ただの民草と思ってしまい……失礼した」
「いえ、お気になさらず。 それよりも、もし何か力になれそうなら相談に乗りますが」
美鈴がそう言うと、相手の人物は嬉しそうな顔をしたが、今度はすぐさま困ったような表情に変わった。
「うむ、実は……その、なんというか……」
話してみようという気になったようだが言いにくいようだ。
数秒程悩むような考えるような時間を経て、再び口を開く。
「主や、仕える我らをよく知らぬ者達の間で、我らの発言が一人歩きしてるようなのだ」
「はぁ……」
と、これだけではまだよく解らなかった。
「確かに我らは普段仙界にて過ごしていて人目にはつかん。 知らぬも道理と言えよう。 だが……何故、市井の者達の間で太子様が「戯れは終わりじゃの人」と呼ばれ、屠自古が「やってやんよの人」と呼ばれ、その扱いの中我に至っては「誰だっけ……?」などと言われねばならんのだ!!」
「あー! そ、それって貴女達だったんですか!?」
美鈴も門番職務の傍ら聞いた事があった。
氷精・チルノを筆頭に、流行っているのかと思う程度に「戯れは終わりじゃ」「やってやんよ」を聞くので、図書館に本を「借り」に来ようとしていた白黒魔法使い・魔理沙をなんとか引っ捕らえて話を聞いてみた所……
そもそもは過日の神霊の異変の際、黒幕が本気を出した際と呼び出した従者が共に弾幕を放つ際とで言っていた発言らしい。
その一派はいつもの幻想郷の展開よろしく、一戦弾幕を交えてからは平和的にここに腰を据える構えを見せている。
しかし「仙界」という僅かな隙間から無限の広がりを持てる世界で道場を構えて過ごしているためその姿を見た事がない人も多い。
そこで誰がそうしだしたのかは解らないが便宜上「戯れは終わりじゃ」の人、「やってやんよ」の人、というような呼び方をしていたら、その扱いが定着した挙句に「戯れは終わりじゃ」と「やってやんよ」の台詞が人里に限らず幻想郷の多くの場所で流行ってしまった……
その元凶の一人とこんな形で出会おうとは。
美鈴は聞かされた事の次第を説明した。
「な、なんという事だ……あの里に住む市井の者だけに留まらぬとは……」
愕然としている。 美鈴としても流石に同情した。
「今こうして話してて気付いたんですが、多分一番の理由は「実際の貴女達を知らないから」という所が大きいのだと思います」
「確かに、もっと姿を見せておればきちんと名前で認識され、発言を引用される事もそう多くはなかったであろう」
発言が流行る事は避けられなかったんじゃないかなーと美鈴は思ったが、言ってしまうと明らかにややこしくなるため口にはしないでおいた。
「ふむ……おかげで少し、見えた気がするな……そなたのおかげじゃ、礼を言おう」
「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」
お互いに頭を下げる妙な光景。
「そうじゃな、こういう時は……茶を馳走するのが世の慣わしなのであろう?」
「ふぇ?」
面食らう美鈴をよそに、件の人物は懐から大きめの布を取り出して広げると、四方に小石を乗せて飛んでしまわないようにしてから何やら念じながら詠唱を始めた。
すぐに終えて、手前側の小石2つを取って布を持ち上げる。 そこには異界への扉が出来ていた。
「さぁ、我らの住まう仙界へと招待しよう」
なんだかここで断ってしまうと落ち込まれそうな気がする。
そう思った美鈴は招待を素直に受ける事にして、人里で買ってきたものらしい買い物袋を代わりに持って入っていった。
仙界に道場を建ててそこに住んでいるのだ、と聞かされた。
入ってきてすぐ入り口の前だったため建物の外観はほぼ見る事が出来ていないが、応接間のような小部屋に通される間に辺りを見た限りでも相当な広さを持っていると窺える。
そしてその内装や小物の類は美鈴には見慣れない作りばかりだった。
浮世離れしていて、狸や狐に化かされているのだと言われても納得してしまいそうだと思った。
少し待っていると先程とは違う人物が部屋へと入ってきた。
変わった耳当てをつけて、リボンのように髪がはねた特徴的な姿。
優しい笑みを湛えている。 場所柄やその姿もあって色々な意味で只者ではないと美鈴は感じた。
「初めまして、豊聡耳神子と申します。 貴女には「戯れは終わりじゃ」の人、と言うと解り易いでしょうね」
つまりここの主。 紅魔館で言えば咲夜にティータイムへご招待されたと思ったらレミリアが出てきたような事態。
いきなりの主の登場に美鈴は少なからず慌てたが、態度に出さぬよう努めた。
「初めまして、紅魔館の門番をしている紅美鈴です」
「お出かけの途中だというのに引き止めてしまって申し訳ありません。 布都……貴女が出会った彼女は一つ決めるとそれにひた走る嫌いがありましてね」
つまり真面目すぎるという事だろうか、少し話しただけの美鈴も納得の行く思いだった。
「いえ、それは構いませんよ。 急ぐ事でもないですからね。 伺ったお話では、皆にきちんと覚えてもらえていなくて、そんな状態の中発言だけ引用されていて小ばかにされているように感じているとか……?」
「私自身は然程気にしてはいないのですが、布都にとってはそうもいかないようですね」
紅魔館でこういった主従の意識のズレが起こるとしたら、レミリアが怒っているが咲夜は涼しい顔で受け止めているという形になるだろう。
美鈴にとっては慣れないパターンだ。
「そういった話はもう一人、蘇我屠自古……「やってやんよ」の人が参りますから、4人でお話といきましょう。固くならずに普段通りになさって下さいね」
少しの間美鈴と神子が他愛のない話をしていると、やがて布都と屠自古がそれぞれお盆を携えて入ってきた。
それぞれの前に浅めで幅広の湯のみと小さく四角いお茶菓子が置かれる。
紅魔館では「お茶」と言えば紅茶、よそでは煎茶といったパターンだが、出されたお茶は美鈴には馴染みのないものだった。
煎茶のような透明感のある緑色ではなく、鮮やかな色で透明ではなく、そして量が少ない。
「さぁ、遠慮なく堪能するとよいぞ」
と、布都は促す。
何か作法でもあるのだろうか、と、美鈴は他の面々の様子をそれとなく伺うが、とりあえず堅苦しいものではないらしい。
湯のみを手に取り、少し啜る。
「!?」
苦い、物凄く苦い。
慌ててお茶菓子を手に取り口に放り込む。
苦味を打ち消す甘みが口の中に広がっていく。
が、それもほんの一瞬で、今度はお菓子の強い甘さが口の中に残る。
「何をしておるのだ、お主……」
布都はやや呆れ顔だ。
「こういうものだと知らなかったのでしょう? ほら、まずはお茶で口直しして……少しずつ、苦みも甘みも度が過ぎないようにして御覧なさい?」
屠自古が優しく説明してくれた。
「あ、ありがとうございます……」
美鈴は改めて、説明された通りに少しずつお茶とお菓子を口に運ぶ。
先程とは違い、苦味が、甘みが、口の中で調和していく。
「……お察しの通りこういったお茶を頂くのは初めてだったのですが……感動しました。こういうものもあるんですね……」
「おお、左様か。 気に入ったようで何よりじゃ」
布都が得意気な顔で胸を張った。
「それでは自己紹介を、私は蘇我屠自古。布都と一緒に太子……神子様の元で修行をしたり遊んだりしています。 二人と違って私は亡霊だから……ほら、足がない」
布都に比べると軽い調子の人物のようだ。
「助言を乞うたり茶を用意したりで紹介がまだであったな、我は物部布都。 太子様に仕える身じゃ。 因みに屠自古の言うように太子様と我は死して後復活した身……尸解仙じゃな」
次いで、美鈴が自己紹介を始める。
「私は紅美鈴、紅魔館の門番をしている妖怪です」
と、美鈴が名乗ると布都の表情が変わった。
「よ、妖怪……? 貴様もしや太子様を食らおうと……!」
「はい?」
美鈴にも解る程に布都の様子は尋常ではない。 逃げた方が良さそうとも思ったが、神子が横から制止の句を告げた。
「落ち着いて下さい、布都。 もし仮に私の身を狙う手合いであれば一目見て解ります」
勿論美鈴はこの3人に危害を加えようなどというつもりは毛頭ない。
だが、布都はそれでも釈然としない様子だ。
「むぅ……妖怪……太子様を食らおうというつもりではない……では一体何を目的に我に近づいたというのだ……」
美鈴に向かって問いつめているのではなく、呟きながら自問自答しているようだ。
「布都の妖怪嫌いが顔を出してしまったようね」
屠自古が肩をすくめた。 よくある事のようだ。
「折角来ていただいたのに申し訳ありません。
今回はお引取り頂けますか? 私からよくよく言い聞かせておきますので、よろしければまた後日いらして下さい」
神子が申し訳なさそうに頭を下げた。
「た、太子様!? 妖怪相手に斯様な……!」
確かに、このままでは収まりそうもない。
後日、とは言うが大丈夫なのだろうか……
「……解りました。 では、今回はこれで……」
神子が布都をなだめている間に屠自古が仙界から出る扉を開いてくれた。
「ごめんなさいね、布都は妖怪に対してやけに敵愾心を持ってるものだから……」
「成程」
過去に何かあったのだろうかと疑問に思う美鈴だったが、今はまだ訊ねるわけにもいかないだろうと言葉を飲み込む。
「太子様が落ち着かせれば貴女を見る目も変わるでしょうし、どうか気を悪くしないで……できればまた来て欲しいわ」
「ええ、勿論ですよ。 ……ですが、ここって貴女方でないと入り口を開く事が出来ないですよね?」
「あ、そうね……少し待って下さる?」
言うと、屠自古は奥へと行き……すぐに何かを携え戻ってきた。
手早く用意した物を広げる。
人の形をした紙と、水の入った器と……道教の術で何かしようとしているようだ、門外漢の美鈴にはよく解らないが紙に術を込めているらしい。
「じゃ、この紙に貴女の名前を書いて……それと、術の類は何か使える?」
「術、ですか……? 私は気を操る程度しか出来ないですねぇ」
「それで十分だわ、名前を書いたら貴女の気を紙に込めてもらえるかしら?」
言われたとおり、頭部の辺りに「美鈴」と筆で書き込み、紙に気を込め、屠自古に手渡した。
「後は仕上げを……」
何か念じるような所作をしたと思えば、すぐに水を口に含んで紙へ吹きかけた。
すると、紙人形が動き出して屠自古の手を離れ、美鈴の肩に乗ってきた。
「うわぁ」
可愛いような、不気味なような、とても微妙なラインだ。
「貴女がその紙にまた気を込めたら、それを察知して私の元へ戻ってくるように術を仕掛けたわ。 あと、貴女から離れないようにとも。 どこかで落としてしまっても大丈夫よ」
「成程、また来たい時にこの紙人形を戻らせればいいわけですね」
肩から取って手のひらに乗せてみると、「我にお任せを!」とばかりにぴょこんと手を上げた。 ……可愛いかもしれない。
屠自古が開いてくれた扉を越えると、先程いた場所だった。
まだ陽は高い、これから命蓮寺に向かうにも問題はないだろう。
美鈴は紙人形をポケットにしまうと、予定通り命蓮寺へと歩を進めた。
「こんにちは~~!!」
到着するなり、元気の良すぎる挨拶が出迎えた。
仏門に入り、命蓮寺に通っている幽谷響子だ。
「こんにちは」
「声が小さぁぁぁい!!」
挨拶を返した美鈴だったが、駄目出しをされてしまった。
「こんにちはー!」
大きな声で再度挨拶をする。 満足したのか響子は頷いた。
「挨拶は心のオアシス、きちんとしないとね」
「そうですね、ろくでもない事をする人は挨拶してません」
図書館から色々と拝借してホクホク顔の魔理沙が美鈴の脳裏によぎる。
大きな声のやりとりに気付いてか山門の方から誰かが出てきた。
遠目にもよく解るグラデーションのかかった頭髪、聖白蓮だ。
「あら、美鈴さん。 こんにちは」
「こんにちは」
命蓮寺に住む妖怪、封獣ぬえの退屈しのぎの悪戯に紅魔館も被害にあった事があり、ぬえを伴って謝罪に訪れた白蓮とは美鈴も面識があった。
「打診なしに身一つでの訪問……何かお困りの事でもあっていらしたのですか?」
正に美鈴にとっては渡りに船だ。
「実は……お恥ずかしい話なのですが、門番の仕事中に居眠りをしてしまっていたらついに暇を出されてしまいまして」
「あらまあ、それで行くあてがなく困ってついここへ、と?」
良い展開だ、出来過ぎている程に。
このまま何ら労せずしばらく泊まっていけと言われるのではないかと美鈴は思った。
「ええ、考えてみると私は紅魔館の門番として過ごしていたばかりで、こういう時にどうすればいいか解らなくて……気が付いたらここにフラフラと」
実際の所そうなったとして頼る相手が全くいないわけではない。
例えば白玉楼へ行けば妖夢の後輩が出来るわね、などとあっさり拾われるだろう。
「まあ、それは大変ですね。 紅魔館に戻るのか、それともどこかよそへ行くのか、解決するまでこちらで過ごされてはどうですか?」
本当にあっさり提案された。
「いいんですか? ぜひお願いしたいです」
とりあえず第一関門突破。 苦労せずここまで至った事に美鈴は心の内でガッツポーズを取った。
「決まりですね。 ……では、一つお願いしたい事があります」
「お願いしたい事……?」
やけにすんなり行ったかと思えばただでとは行かないらしい。
「ここで過ごしている間、お手すきの時はぬえの相手をしてやって頂けませんか? 後から入門してきたせいで他の者と馴染めずにいるようで、神霊の異変の後に連れてきたマミゾウさんと一緒にいてばかりなのですよ」
「はぁ、成程。 ですが外部の者である私では、余計に他の皆さんから浮く事にはなりませんか?」
命蓮寺の古株からすれば、新入りが余所者2人とつるんでいる事になる。
良い感情は持たないのではないだろうかと美鈴は思ったが、白蓮は返す言葉で否定した。
「貴女は紅魔館の門番として立つ傍ら、訪れる人達と仲良くしていると聞きました。 面倒見の良いマミゾウさんと一緒になら、なんだか上手くやってくれそうな気がするんです」
どうやら白蓮は美鈴の人柄を高く買ってくれているらしい。
少しこそばゆい気もする美鈴だった。
響子・白蓮と共に本堂へ入ると、雲居一輪・村紗水蜜・寅丸星がいた。
いずれも命蓮寺に属する面々だが、美鈴は初対面だ。
「ナズーリンは無縁塚の方の家かしら?」
「ええ、今日は特に用事もなかったので」
白蓮の問いに星が答える。
「小傘は?」
「さっき墓地にいましたね」
「ぬえとマミゾウさんは?」
「僧堂で退屈そうにしてました」
立て続けに問い、答える。
随分と人数が多い。 美鈴が頭の中で初対面の人数を数えると、響子を入れて6人。
ぬえとの仲を取り持ってやらねばならないとなると、1人1人とやっていくではないにしても一筋縄ではいかなさそうだ。
しかしこの依頼、こなす事が出来れば即ち美鈴の目的も果たす事となるだろう。
「そう、じゃあみんな呼ばないといけないわね。 この方は紅魔館の門番の紅美鈴さん。 訳あってしばらくうちに留まって頂く事にしたの。 みんな、仲良くしてあげてね」
「紅美鈴と申します、みなさん、よろしくお願いします」
お辞儀をして、視線だけ動かして辺りを見回す。
とりあえず嫌そうな表情をしている者はいないようだ。
命蓮寺の面々は互いに顔を見合わせる。
言葉を交わさずに指差しと顔の動きでコンタクトしてやがて一輪が一歩前に出た。
紹介の順番を打ち合わせて、結局美鈴に近い位置順にしたようだ。
「私は雲居一輪。 それと……」
一輪が何か合図を送るような仕草をした。
すると、雲の塊のようなものが屋内へ入ってくる。
「この雲の塊みたいなのが見越入道の雲山。 二人で用心棒みたいな役割をしているわ」
6人じゃなくて7人だった! と、美鈴は焦ったが……
「雲山は兎に角寡黙で喋ろうとしないから……まぁ、人が多くて覚えるのも大変でしょうし、私とセットの雲とでも覚えておいてくれれば問題ないわ」
酷い扱いだ。 が、美鈴としては色々な意味で有り難い。
「私は村紗水蜜。 この命蓮寺が形を変える前の聖輦船の船長をしていました。 今はその役割もほぼ無いですし、修行の傍ら舟幽霊としての本分を中途半端に果たしつつ過ごしていますね」
舟幽霊と言えば「舟を沈める」という程度にしか知らない美鈴には「中途半端に」の意味は解らなかった。
それぞれの紹介の流れに割り込むのも無粋であろうと問いはせず、残る1人の紹介を待つ。
「私で最後ですね、寅丸星と申します。 元々は一介の妖怪だったのですが、毘沙門天の代理となりここ命蓮寺で祀られています。 しかし同時に僧として聖の弟子でもあります。 ……ややこしいですが、命蓮寺の看板を背負っている時は私が上、私的な立場としては聖が上、とでも覚えておいて下さい」
本当にややこしい、一気に覚えなければいけないというのに。
仕方なく美鈴は強引に紅魔館での役割に当てはめてそれぞれを覚えようと試みた。
一輪は美鈴、村紗はパチュリー、星は咲夜といった具合だ。
「そんな難しい顔をして、一度に把握しようとしないでも大丈夫ですよ。 みんな、ちょっと間違えたり忘れたりしたって怒ったりしませんから」
白蓮が助け舟を出してくれた。
「有難うございます。 門番生活をしてるとどうも、こういった形で多くの方と一度に知り合う機会が少なくて……」
「聖の言う通りですよ、しかも私達は身の上が複雑な者が多いですし。 明日にでも顔をあわせて名前を間違えられたって構いません。
まだあと4人も居るんですしね」
一輪・村紗も星のフォローに同意のようだ。
「有難うございます、なるべく早く覚えられるよう、頑張りますね」
本堂ではそれきりとなり、僧堂のぬえとマミゾウの所へ向かった。
雲の雲山さんと一緒にいて私っぽいのが一輪さん、セーラー服で船長でパチュリー様っぽいのが村紗さん、虎柄で咲夜さんっぽいのが星さん……
と、美鈴は頭の中で繰り返し考える。
そうしているうちに僧堂・ぬえとマミゾウの部屋に到着した。
ぬえはだらしなく床に伸びてぐでーっとしている。 マミゾウは杯と酒瓶を手にしていた。 暇を持て余すあまり飲んでいたのだろうか。
寺で酒は御法度であろうが、美鈴が居るからか白蓮は咎める様子はなかった。
「おや、客人かえ?」
「あ、門番だ。 ちわー」
マミゾウは杯と酒瓶を脇に置いて居住まいを正したが、ぬえは相変わらずぐったり横たわったままだ。
「これ、少しはしゃっきりせんか」
「へーい」
もそもそと起き上がると、だるそうにその場に座る。
「ぬえはもう面識があるけど、マミゾウさんは初めてかしらね。 紅魔館の門番の美鈴さんよ。 しばらくうちに居てもらう事になったの」
「紅美鈴です。 紅魔館から暇を出されてしまったのでしばらくこちらでお世話になります。 よろしくお願いします」
美鈴の挨拶と共に、美鈴・白蓮・響子はぬえ・マミゾウと向かい合うように座った。
そういえば何故響子は当たり前のようについてきているのだろうと美鈴が視線を向けると、なんだか少し楽しそうにしていた。 あまり意味はないようだ。
一方、しばらくうちに居てもらう、と聞いたぬえとマミゾウは目を輝かせた。
ちょうど暇を持て余していた所、良い退屈しのぎだというわけか。
「儂は佐渡の二ッ岩じゃ」
それだけ言うと、マミゾウは白煙を発し、姿を変えた。
「このように化ける事が出来る」
ぬえの姿で同じようにだらしない座り方をしてみせた。 尻尾が隠せるものであればシンメトリーのようだ。
「私は前に会ってるし紹介なんていいよね」
ぬえは面倒くさそうだ。 元の姿に戻ったマミゾウがそれを窘める。
「悪戯して、謝りに行く時に顔を合わせた程度であろう? きちんと挨拶せねばいかんぞ」
「えー、めんどいなー」
面倒と言いつつも、ぬえは居住まいを正して美鈴に目を向けた。
「封獣ぬえよ。 マミゾウとは逆に私はこんな事が出来るわ」
そう言って、ぬえはポケットを漁る。
差し出した手には美鈴のポケットに入れてあるはずの紙人形があった。
「!? ど、どうして貴女がそれを!?」
頭には「美鈴」の文字。 間違いなく美鈴が受け取ったものだ。
慌てて自分のポケットを探る美鈴。
すると、ぬえが持っているはずの紙人形が確かにある。
「あ、あれ?」
「もう一度よく見てごらん?」
ぬえの手をまた見てみると、そこには紙人形ではなく綺麗な小石があった。
「これは一体……?」
「正体を解らなくする力を使ったのよ。 ポケットから出した「石」だって事を解らなくしたの」
ぬえはニヤッと笑うと小石をポケットにしまい……素早く美鈴が探っていたポケットから紙人形を抜き取った!
「あっ!?」
「つまり貴女は自分のポケ……何これ」
「これは……道教の術?」
白蓮はどういうものか解るようだ。
「道教、と言えば彼奴らよな。 ぬえが儂を呼び寄せた理由の」
なんだかよく解らないがとてもまずい事になっている気がする。 美鈴は冷や汗を垂らした。
「なんだって? じゃあお前はあいつらの手先?」
ぬえの目つきが険しいものへと変わる。
「えーっと……すみません、話がよくわからないのですが……」
「ぬえ、そう決めつけて怒るものではないわ。
まずは美鈴さんにどういう事か説明して頂かないと」
「やだ!」
白蓮の制止もむなしく、子供のような反発の言葉を残してぬえは全速力でどこかへ逃げてしまった。
「あ……」
「……まぁ、お主が悪しき陰謀を腹に秘めてここに来てるとは少なくとも儂は思えんのだが。」
呆然としてしまっている美鈴にマミゾウがそう告げた。
「……信用してくださるのですか?」
「信用ではないのう、人を化かしていた狸の勘じゃ。 「こいつはカモだ」と一目見た時から言うておる」
「カ、カモ……?」
フォローしてくれてるのだろうとは美鈴も思ったが、それにしても随分な言い方だ。
「そうじゃ、いかにも真っ直ぐ正直でといった雰囲気がにじみ出ておる。 ここでなく夜道で出会っていたらどう化かしてやろうかと涎が止まらん程じゃな」
「うう……怒られるよりマシだけど、酷い」
肩を落とす美鈴。 白蓮と響子が笑いをこらえていた。
とりあえず美鈴は紙人形を受け取った経緯を説明した。
「はー、成程あそこの頭でっかちに怒られたとな」
「それは災難でしたね」
「神子さんがなだめた後に来れば大丈夫といった事を屠自子さんがおっしゃってましたが……びっくりしましたよ」
「ふむふむ、話は解った。 で、館を追い出されたというのは?」
「ああ、それはう……」
正直に話して説明するという構えで話してきた所で不意に紅魔館の話が出てきて、咄嗟に切り替えられずに「嘘」だと言いかけてしまった美鈴。
ハッとして口元を抑えるが手遅れだった。
「もののついでにと鎌をかけてみれば見事に刈り取られおって、やはりカモではないか」
マミゾウはニヤニヤしている。
「どういう事です? 美鈴さん……」
困っているからと善意で迎え入れたが企みを持っているが故の嘘だった、とあって白蓮の声音は怒気を含んでいるように美鈴に聞こえた。
「あ、そ、それはですね……」
こうなっては仕方ない。
美鈴は命蓮寺を訪れた理由を正直に話した。
「うはははははは!!」
話を終えると、途中から既に笑いをこらえていたマミゾウが腹を抱えて爆笑した。
「なんと可愛らしい陰謀か! 宴会したいから潜入して仲良くなって来いとは、ははははは!」
美鈴がちらりと白蓮を見やると、少し申し訳なさそうな顔をしていた。 悪い事を考えているのではないかと疑った事に罪悪感があるようだ。
「親睦を深めたいのであれば言ってくだされば、こう回りくどい事をしなくても私達はお受けしましたよ?」
美鈴は首を横に振る。
「いいえ、それではお嬢様は納得しないと思います。 白玉楼と守矢神社は妖夢さんと早苗さん、永遠亭と地霊殿は鈴仙さんとさとりさんの交流をきっかけに宴会をしていました。
それに倣って「うちの者によくしてくれたお礼に」という形を取りたいのだと思うんですよ。」
相変わらず腹を抱えて悶絶しているマミゾウと、次ぐ句の出ない様子の白蓮、面白がって残っているのか退席するタイミングを逃しただけなのか解らないが一応神妙な顔をしている響子。
それぞれが何も言わない様子なのを見て美鈴は続けた。
「ですから私は、先程白蓮さんからぬえさんの事を頼まれたのを果たしたいと思っています。 そうすれば名実共に宴会を開くに値すると思うんです」
美鈴がそう告げると、マミゾウが不意に真面目な表情に変わった。
「一つ、訊きたい」
「な、なんですか?」
大笑いしていたのにいきなり真面目になったマミゾウに思わず気圧される美鈴。
「お主のしている事は主の命に沿っているだけ、というように聞こえるのじゃが……単に命に従うだけが目的かの?」
「いいえ、違いますよ」
きっぱりと、そう言った。
「まぁ、お嬢様の望みを叶えるのが第一ではあるんですけど……門番をしてるだけだったら会えなかったかも知れない方と共に過ごせるんですから、折角ですし私個人の願いとしても皆さんと仲良くしたいです」
黙して腕組しながら聞いていたマミゾウ、1秒弱の沈黙の後、呵呵大笑しながらがしっと美鈴の肩を組んだ。
「ふぉっふぉっふぉっ。 只のカモかと思えばとんだ大物じゃな、気に入ったぞ、儂も手伝おうではないか。 大船に乗ったつもりでいると良い。 泥船ではないぞ?」
「そうおっしゃって頂けると心強いですね」
皮肉や揶揄の類でなく、本心からそういう美鈴。
ぬえの理解者であり化かし合いに長けたマミゾウが協力してくれるなら、白蓮の言葉のようになんとか出来そうな気がした。
「もちろん私も、ぬえのためにと動いて下さるのであれば協力は惜しみません」
白蓮も協力を申し出た。
そして3人の視線が響子に集中する。
「う……わ、私も協力するよ! 何が出来るか……解らないけど」
とても弱気に声が小さくなっていった。
ヤマビコらしからぬ振る舞いだ。
「うむ、それではまず儂がぬえの誤解を解いて来よう」
そう言うと、マミゾウはどこかへ飛んで行ったぬえを追いかけていった。
こういう時にどこか決まった場所でいじけていたりするのだろうかと美鈴は考え、脳裏にクローゼットの中で膝を抱えて座っているレミリアの姿が浮かんだ。
「そういえば、マミゾウさんは特にぬえさんが馴染めるようにとはしてなかったんですか?」
美鈴はふと浮かんだ疑問を訊いてみた。
「あまり積極的ではありませんでしたね。 老成したような振る舞いの自分がしゃしゃり出ると、孫と仲良くしてやってくれとおばあちゃんが出てきたみたいになってしまってかえって浮くのではないか、と」
「あー……」
見た目こそ若々しいが言動がいちいち年寄り臭い、しかもぬえの前では保護者然としていた。
確かにおばあちゃんみたいと言って納得出来る、と、美鈴は思った。
「……と、ところでこの後はどうするんですか?」
納得した態度を見せるのも失礼かと思った美鈴は無理矢理話題を変える。
「そうですねぇ、色々ありましたし、まずは休憩なさってはどうです?」
「あ、はい、ではお願いします」
案内してもらった部屋は一人で居るには広い程だった――因みに響子は真面目な空気に疲れたのか掃除に戻ると言って外へ出て行った――
聞けば同じ構造の居住用の部屋が幾つもあり、基本的には先程のぬえ・マミゾウのように2人部屋として用いているのだと言う。
「私はお寺に馴染みがないんですが、どこもこういった作りなんですか?」
「いいえ、違いますね。 一応建物の用途に合わせた呼称ではありますが……実はこの命蓮寺は一風変わった遍歴を経てまして……」
昔、白蓮が封印される前、弟の命蓮がとある長者の蔵を意趣返しにその建物だけ頂いてしまったものを……
舟幽霊として舟を沈めて人を困らせていた村紗の未練を解消させた際に村紗が生前乗っていた船に似せて改造し……
宝船の異変の後に変形・この場所に着地させる事で命蓮寺となった。
「蔵から船、船から寺と強引に改造してますし、それに加えて妖怪へ向けても門戸を開いています。 忠実にお寺としてしまうと閉鎖的禁欲的過ぎて文字通りの三日坊主となるばかりの可能性がありますからね。 色々な部分を本来よりも緩くしてあるんです」
「へぇ……」
確かに妖怪は自由きままな者が多い。
規律と修行に縛られる生活を望まぬ者もまた多いだろう。
「上手く行ってるんですか?」
「まぁ、部屋が空いてるくらいですから……」
出家信者は然程居ないという事か。
「あれ? でもなんだか、人気があるみたいな話を聞いた事がありますよ?」
宝船が変化した縁起のいいお寺として、里の人間の信仰を集めたため、博麗神社にはますます人が来なくなったとか、縁日が開かれた際は盛況であったとか、そういった話は美鈴も耳にしていた。
「うーん、人気があるのは確かですね」
あまりはっきりと言いたくはないのか歯切れが悪い。 美鈴はこれ以上追及しない事にした。
「そうですか……案内頂き有難うございます。とりあえず休憩させていただきますね」
「ええ、ごゆっくり」
自覚は無かったがやはり疲れていたらしく、美鈴はいつの間にか眠っていた。
一方、紅魔館では。
「さーくーやー」
廊下を歩いていた咲夜に向けて、フランドールがとんでもない勢いで駆け寄ってきた。
「おや? どうされましたか?」
「美鈴がいないけどどうしたの?」
素直に答えれば確実に「私も行く!」となる展開だと咲夜は瞬時に確信した。
「忙しかったので代わりに買い物を頼んだのですよ。 しかし帰りが遅いですね、どこで道草を食っているのだか」
「ふーん、どこかで寝ちゃってるのかもね」
けらけらと笑う。 ある意味では正解だ。
とりあえずはこの答えで納得したようでそれ以上の追及はなく、フランドールは再びとんでもない勢いで廊下を走ってどこかへ行ってしまった。
(地下に篭るだけでなく、外に興味を持って下さったのはいいけど……)
レミリアが羨ましがったり便乗したがったり拗ねたりする事があるのが問題だ。
かつてレミリアが起こした異変の前は、レミリアがフランドールを屋敷の外へ出そうとしておらず、また、フランドールも外に興味はないようで出ようとはしない軟禁とひきこもりがあいまいに合わさった状態だった。
それが霊夢や魔理沙と出会った後は、レミリアの態度は柔らかくなり、出ても構わないといった様子で、フランドールの方もきっかけがあれば外へ出たがる事があり、魔理沙と夜の空を散歩する事もあるようだ。
レミリアの耳に通しておくべきだと判断した咲夜は主の間へと向かった。
「行きたがるようだったら、行かせてもいいんじゃない?」
意外な答えだった。
「あの子も地下室から出て私達と遊んだりするようになり、時に外へ出て館の中では得られないものに触れるようになり、無闇やたらとドカーンドカーンしてた頃と比べれば随分丸くなったわ。 それに美鈴がいるなら程よく手綱を引いてくれるでしょうし」
そこまでは咲夜も思ったが、だからといってレミリアが許可を出すとは思っていなかったというのが正直な所だ。
「ふふふ……咲夜が驚いた顔を見せるなんて珍しいわね」
「……失礼しました。 今朝の様子からてっきり宴会を第一にお考えかと思いまして」
そう言葉を返した咲夜に違和感がよぎった。
一度何かしたい・欲しいといった願望を持つとそれを叶えようと躍起になるのがいつものレミリアのはずだが、途中で急に一歩引いたような事を言い出している……
(すると、おそらく……何かの影響)
「私だってたまには妹を大切に」
得意げに語るレミリアがぴたりと動きを止めた。
咲夜が時間を停止させた事によるものだ。
メモ帳を取り出すと「私だってたまには妹を大切に」という発言を書き込み、切り取って宙に浮かせる。
そのまま咲夜は主の前から退出し、一旦自室に戻ると置いてあった文々。新聞を読み始めた。
昨日レミリアが読んだ後に受け取っていたが、まだ読んでいなかった。 妙な命令は今朝一番の事、昨日の夜に読んでいたこれの影響を受けた可能性が高いと咲夜は睨んでいた。
永遠亭と地霊殿の宴会に至る顛末が記されている。
大口の仕事の後に疲れで朦朧とした鈴仙が、永琳の薬に用いる素材の不足のぼやきを聞きつけて夢遊病のように採集へ向かって永遠亭を出て行ってしまった際に、通りかかったこいしが眩しさに目の痛みを訴える鈴仙を陽の光の届かぬ地霊殿に連れて行き、永琳の依頼を受けた文の尽力により発見後はそのまま地霊殿で仕事疲れの養生に当たっていた……
(まるでお嬢様が運命を操作したかのような偶然ね)
そしてこいしが鈴仙を連れて行った事が判明した点にこんな記述があった。
「鈴仙氏を地霊殿に連れてきたのがこいし氏であると判明した背景には、さとり氏とこいし氏の夜のお茶会があった。 血縁関係にあっても交流の少ない者もいるこの幻想郷だが地霊殿には仲睦まじい姉妹愛が存在する」
「あ、これだわ」
思わず呟いた。
血縁関係~のくだりは何も紅魔館の例のみを指しているわけではないだろうが、おそらくレミリアには自分達の事を揶揄されたと見えたはずだ。
ペンを取り出すと「仲睦まじい姉妹愛が存在する」の部分に下線を引いて、更に余白に「一時の煽情に終わらせず是非継続なさいませ」と書き込んだ。
書き込みを入れたページを持つと自室を出て行きレミリアの寝床の棺桶に忍ばせ、主の前に戻った。
始めに浮かべておいた確認が長くかかった場合に備えての直前の発言メモをポケットに回収し……そして時間停止を解除する。
「する所だって見せるわよ?」
「ええ、許可が出たと知れば妹様も喜びましょう」
何食わぬ顔で相槌を打つ咲夜だった。
いつの間にか寝ていたのだと、美鈴は天井を見ながら理解した。
「おお、目が覚めたか」
マミゾウの声だ、寝ている間に戻ってきていたらしい。
「あ、これは失礼しました」
身を起こすと、マミゾウの隣には気まずそうにしているぬえがいた。
もじもじしながら前に出て……
「その……さっきはごめんなさい。 あいつらに協力してるってわけじゃないって聞いて……」
しおらしく謝罪した。
「気にしないでください。 私だって、紅魔館に仇なす輩が立場を隠して潜入してきただなんて場面があったら冷静ではいられませんしね、きっと」
ぬえはうつむいてしょんぼりとしてしまっている。
マミゾウの方を見やると身振り手振りで「抱きしめてやれ」と指示している。
悪戯が好きで、幼い振る舞いをしているぬえには子供をあやすような行動が効果的という事だろうか、美鈴は指示通りにする事にした。
びくっと体を震わせたが抵抗する様子はない。
「ぬえさん、私は白蓮さんから暇な時は貴女の面倒を見るようにと頼まれました。 ですが、それとは関係無しに貴女と……だけでなく命蓮寺の皆さんとも、ですが、友達になりたいと思っています」
「私と……友達に?」
ぬえは顔をあげた。 美鈴は微笑んで続ける。
「ええ……私は怒ったりしてないですし、貴女はちゃんと謝ったんですから、そんなにしょんぼりしてないでいつも通り元気な所を見せて下さい」
「……えっと、その……」
ぬえはそれでもまだ気まずそうにしている。
そっと美鈴から離れると、用箪笥の引出を開けて手鏡を取り出した。
再び美鈴に近づくと、顔が見えるように手鏡を差し出す。
「……ごめんなさい」
再び謝るぬえ。 美鈴は自分の顔を見て納得した。
美鈴の帽子にある星に「龍」の字がかかれたマークのように、額に黒い線で星とその内側に「中国」と書かれていた。
「ぷっ」
自分が悪戯をされたというのに思わず笑ってしまう美鈴。
「あー、因みに儂が提案したんじゃ。 あまりにも無防備に寝てたものでな」
「怒ってなかったって聞いたから……」
「もっといろいろ落書きして大変な事になってたならともかく、これくらいならいいですよ」
いっそこのままにしておいた方が後で皆と顔を合わせる時に笑いが取れていいのではないかとすら美鈴は思った。
ただ、ぬえへの心証が悪くなるかもしれない、気付いた上で許し、わざと残したとは言っておかなければなるまい。
「しかしぬえ、お主いつもならそのまま隠して、後で発覚して慌てる様を見てざまあみろと楽しむ所であろう? いきなり謝るとはお主らしくないのう」
マミゾウはニヤニヤしながらぬえにそう言った。
「う……わ、私にだってそういう気分な事もあるってだけよ。 別におかしくなんてないでしょー?」
「ほーう」
「うー……じゃあ、確かに謝ったからね! また後でね!」
ここにいてはマミゾウにからかわれると思ってかぬえは足早に逃げてしまった。
今度は飛んでいない、自室かどこかへ退散したのだろう。
「……よかったのう、お主ぬえに認められたようじゃぞ」
「そうですか、よかった……有難うございます、マミゾウさん」
逃げて行かれてしまった時はどうなる事かと思ったが、無事に丸く収まったらしく美鈴は安心した。
「ところでお主、やらせた儂が言うのも難じゃがその落書き、消さぬのか?」
「あ、それなんですが……」
美鈴は先程、残した方が良いのではないかと思った事を説明した。
「ほう、悪くないやもしれんのう。 寺の者でなく客人への悪戯とあっては寺の連中も普段より腹を立てる所じゃろうが、初日に気にしないと姿勢を見せれば幾分か印象も和らぐか……それなら単に気付かぬままであったふりをするよりも……」
マミゾウの演技指導が入ってから、白蓮には伝えておいた方がいいだろうという事で、報告がてら実際にやってみる事になった。
眉の辺りまで帽子をかぶった状態にスタンバイして待つ美鈴。
やがてマミゾウが上機嫌な様子で戻ってきた。
「お誂え向きに自室に一人でおったぞ」
「丁度いいですね……では、すみませんが案内をお願いします」
白蓮の部屋は案内されていないために知らない美鈴、マミゾウの先導について行く。
誰かに鉢合わせはしないかと二人で注意を払いながらの移動だったが、誰とも会わずに到着する事が出来た。
「白蓮さん、少々よろしいですか?」
「あら、美鈴さん。 どうぞお入り下さい」
目深にかぶった帽子がずれたり落ちたりしないようにしながらなので少し不自然な歩き方になる。
白蓮はその様を不思議に思ってか首をかしげた。
「どうかなさいました?」
「実はですね……」
帽子を取る。 そして露になる星のマークと「中国」の文字。
「ぷっ」
白蓮も笑ってしまった。
「先程白蓮さんが出て行かれた後につい居眠りしてしまいまして……」
「そこに儂がぬえを連れて戻り、あまりに無防備なのを見てぬえに書かせたというわけじゃ」
マミゾウが後から入ってきて補足した。
「またマミゾウさんはあの子を焚きつけて……」
「こやつが見せたお人よしぶりを受けて問題ないと思っての事じゃよ」
いけしゃあしゃあと言ってのける。
褒められているのだかからかわれているのだか、美鈴の胸中は少し複雑だ。
「しかもこの落書きでもって今お主にしたように、皆の前でもやって見せて自ら笑い者になろうとしておる」
「場の雰囲気を和ませて打ち解けるのに使えるかなーって思ったんですけど、大丈夫でしょうか……」
美鈴としては不安もある。
マミゾウは悪くないだろうと言ってはいたが、こういったおふざけを嫌う者が居れば空気が悪くなりかねない。
「そうですねぇ……お客さんに対してぬえが悪戯をしたとなると星が良い顔をしないかもしれませんけれど、貴女がそう思ってやった事と知れば問題ないと思いますよ」
「白蓮さんのお墨付きとは、心強いですね」
何せここの主であり、白蓮もまた真面目なタイプ、これなら問題ないだろうと美鈴は思った。
「ほう、儂では頼りないと?」
「うぇっ!? い、いえそんな事ないですよ!?」
「冗談じゃ、気を悪くはしておらんよ」
「うふふ」
白蓮は二人のやり取りを見て楽しそうに笑った。
「もうお二人はすっかり打ち解けてますね」
「うう、すっかりからかわれる位置な上に慣れてる自分がちょっと悲しいです……」
美鈴は紅魔館に居て自分をからかうような事をする事のある住人・訪問者の面々をざっと思い出してみた。
パチュリー・咲夜・レミリア・魔理沙・幽々子・文……
「あ、あれ? もしかして私接点の多い方の大半にいじられてる……?」
しかも性格上いちいちからかう側が面白がるような反応をしている。
「お主、苦労しておるのう……」
マミゾウが説得力のない事をニヤニヤしながら言った。
白蓮は夕餉の席には皆が揃った所で出てきてもらってそこで残る者へ紹介しようと思っていたと話した。 それを受けてのマミゾウの思いつきで、悪戯は更にエスカレートする事になった。
「美鈴さん、みんな揃いましたのでお願いしますね」
「はい、わかりました」
先程と同じように帽子を目深にかぶった状態で白蓮に先導される美鈴。
食堂には既に皆が揃って座っている。 美鈴は白蓮の隣に座る事になるようだ。
膳から2歩程離れた位置で美鈴は足を止める。
「みんな、改めて紹介するわ。 紅魔館の美鈴さん。 しばらくうちで過ごしてもらう事になったから、仲良くしてね」
「紅美鈴です。 皆さん、よろしくお願いします」
深々とお辞儀をすると、かぶっていた帽子が落ちた。
そして顔をあげると……
「ぷっ」
どこからか笑いが漏れた。 ざっと見る限り、ぬえも含めまだ面食らっているという意味の方が強いらしい。 何かもうひと押ししなければ。
「おっと、今笑ったのはどなたですか? 俑にしてお墓にしまっちゃいますよ?」
……「中国」に絡めたつもりの美鈴だったが反応は芳しくない。
「俑って、唐の古い皇帝などの副葬品ですよね」
「成程、紅魔館から追い出された腹いせに皇帝を名乗って反旗を翻そうというわけか、とんでもない奴じゃな」
「レミリアさんにご報告しないといけませんねぇ」
白蓮とマミゾウがフォローなのかからかっているのか微妙なやり取りをした。
「えぇっ!? ちょっと冗句がすべっただけじゃないですか! そんな事やめてくださいお願いします!」
「もうひと押しすれば良い雰囲気になったであろうに、お主ゆーもあのせんすが無いのう」
笑いでもって温かい空気とするはずが、すっかり生温かい空気になってしまった。
膳を前にいつまでもしゃべっていては冷めてしまうとまず食事を済ませ、それからナズーリン・小傘の紹介が始まった。
「私はナズーリン、毘沙門天の部下の者だ。
毘沙門天の代理として働く御主人……星の配下兼お目付け役という立場さ。 普段は無縁塚の近くの小屋に住んでいるけど御主人から呼ばれた時は命蓮寺に来ている。 だからいつも居るってわけじゃないんだ。 あまり顔を合わせる機会はないかもしれないね」
白蓮・星の関係もそうだったがまたややこしい。
「私は多々良小傘よ、ここに住んでるわけじゃなくて裏の墓場によく居るからこうしてお呼ばれする事も多いの。 でも、忘れ傘の妖怪だから人を驚かせてないとお腹は膨れないんだけどね」
……これでようやく、一通りの挨拶が終わった。
ぬえと仲良くさせるに与しやすそうな相手は、と、美鈴は考えようとしたが、物思いにふけるわけにもいかないので考えを中断する。
「ところでさっきの珍妙な行動、その落書きはぬえにされたのかい?」
ナズーリンが訊ねた。 ちらりとぬえの様子を確認すると、うつむいてしまって少し居た堪れないように見えた。
「ええ、そうなんですけど、実はこれを上手く使えば皆さんを笑わせられていい雰囲気に出来るかなーって思ってたんですよ。 ぬえさんのおかげで、って言えるようにしたかったのに見事にすべりました……」
ぬえが視線だけ美鈴の方に向けた。
美鈴がそれに小さく微笑み返すと、ぬえはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「へぇ、ぬえの悪戯に怒ったり、気にしないと言ったりするのが大体だけど、それを有効利用しようってのは……珍しいわね」
「利用も何もないようなやり方も多いしね、正体不明にする能力で罠にかけて驚かせたり転ばせたりとか……そういう意味じゃ美鈴さんは運が良かったとも言えますね」
一輪と村紗が思い思いに語るのを聞いて美鈴はまたぬえを見やる。 皮肉のようとも取れる物言いだったがこれに関してぬえは特に気にしていないように見えた。
「発案はマミゾウさんだそうですけどね……」
「料理しがいのある良い寝顔じゃったぞ」
「いやそこは得意気に言う所じゃないですよね!?」
「なんだかお二人共随分仲が良さそうですね、以前からお知り合いだったのですか?」
既に板についている感のあるやり取りに疑問を持ったのか、星が問いかけた。
「いんや、さっき初対面じゃよ? 儂は人を食ったような振る舞いをいつもしていて、こやつはよく周りの者にいじられておるらしい。
丁度良い具合に噛み合ったのじゃな」
「……美鈴さんとしてはよろしいのですか?」
マミゾウにからかわれている事が嫌ではないかと気がかりなのか、星は心配の言葉を投げる。
「慣れてますから気にしてはいないです。マミゾウさんも私を目にかけてくださっての事ですし」
「気持ちの良いお人よしっぷりじゃな」
「成程、それならぬえとも上手くやれそうでしょうか」
急に名前を出されてぬえが顔を向けた。
「うむ、きっと良い友となろうなぁ」
そう答えてマミゾウはニヤっと笑ってぬえを見る。
そしてぬえはまたそっぽを向く。
あっちを向いたりこっちを向いたり忙しいなぁ、などと美鈴は思った。
「美鈴さんはどんな力を持った妖怪なの?」
マミゾウの言で空いた少しの間に、小傘が別の話題を出した。
「私は気を使う程度、ひいては武術をたしなんでいるというくらいでして……弾幕はあまり得意じゃないんですよね、正直言って」
「へぇ……気を使う、っていうとどんな事が出来るの?」
「うーん、例えば素手で岩を砕いたりも出来ますけど、そんなものですから披露もしにくいですねぇ」
「そっかぁ、残念……」
特に、拳に気を込めた技は試し撃ちで紅魔館の塀を打ち砕いて大目玉を食らった事がある。 壊していい大岩でもその辺に転がってるというなら話は別だが、そう都合よくあるものでもない。
「……実は手合わせ願いたいとちょっと思ってたんだけど、スペルカードを用いない勝負だと大威力の技であっさり沈められそうな気がしてきたわ」
一輪が悔しそうに言った。
「ふふ、弾幕遊びじゃなくて直接戦うならそう負けはしませんよー」
珍しく胸を張って得意気に言ってみせる美鈴。
「弾幕だと黒星の方が多いとしか思えないですが」
だがすぐさま肩を落とした。
「誰しも得手不得手があるものですよ、気に病む事はありません」
星がそのフォローをする。
「うう……有難うございます」
「得手不得手、ねぇ……ナズーリンと美鈴さんが組んだら結構いいコンビだったり?」
星の言を受けて村紗がそんな事を言った。
「ナズーリンがお宝の気配を察知して、でもそれが凄く固い岩の下だったら……」
「成程、叩き割ってもらえばいいわけだね」
そういう能力の使い方もあるか、と、美鈴は我が事ながら感心したが、割れない程固い岩盤だったらどうしようと不安にも思ってしまうのだった。
「じゃあ私とは何か一緒に出来ないかなぁ?」
と、小傘が言う。
「岩を割るだとかそういうのだと驚かすっていうよりも怯えさせてしまうんじゃ……」
一輪の言葉に小傘が「うらめしやー」と飛び出した側で岩が割れ、それを見て怯え出す里の人間という構図が浮かんでしまう美鈴。
「うーん、誰かと組んで驚かすなら響子さんとの方がやりやすそうじゃないですか?」
今度は美鈴が提案した。
「えーっと、例えばですね、響子さんの山彦で「うらめしやー」って遠くから聞こえるように見せかけて、何の声だろうとか遠くに幽霊でもいるのかとか思っている所をすぐ後ろから「うらめしやー」って出て行ったら……」
「あ、それ結構いいかも」
「響子に「返事を返してもらう」んなら先に「うらめしやー」って言わなきゃならないだろう?
そんな事したら居場所がバレるんじゃないかな」
ナズーリンの指摘が入る。
「あ、そういえばそうですね……」
穴のある提案だったようだ。
「それじゃあ……ぬえさんの能力はどうです?」
美鈴に言葉にぬえがまたこちらを向いた。
「正体不明にした何かを道の先に置いて、それを見つけた人が警戒した所を後ろから「うらめしやー」と……」
「それなら無理なく驚かせられそうだね。 うまい事警戒するようなものを置かないといけないし、話題になりでもすればすぐに使えなくなる手だろうけど」
今度はナズーリンからも及第点が出たが、いわば使い捨てにしかならない手段のようだ。
「うーん、ぬえさんや響子さんの能力、それにマミゾウさんの知恵も加われば何かもっと良い手段が浮かびそうな気がするんですが……」
人を驚かすだとか、そういう事を普段しない美鈴にはなかなか浮かばなかった。
「なんだかその面子が揃うと凄い事がやらかせそうな気がするねぇ、必要なら雲山にも何かしてもらおうか?」
「何かあったらお願い!」
一輪が協力を申し出るような事を言い、小傘は快諾した。
悪戯を企むような話の割に皆やけに協力的だ。
「そういえば小傘さんが悪戯をするのは問題ないんですか?」
「小傘の場合驚かせるという事そのものが食事のようなもので、死活問題ですからね」
星が補足した。
「じゃあその協力という形ならぬえさんも大手を振って悪戯に興じる事が出来るという事ですよね、肝心な部分は小傘さんが決めるという制約はついてしまいますが」
美鈴の言葉に命蓮寺の面々は顔を見合わせた。
「それは良い案じゃな」
「ええ、私もぬえの遊びたいという気持ちが誰かの役に立つ形になるのは良い事だと思います」
敢えて会話に参加せず成り行きを見守っていた白蓮も賛意を示した。
「どうじゃ、ぬえ、小傘のために一肌脱いでみんか?」
「……いいよ、やってみる」
そう答えるぬえには少し戸惑いがあるように見えた。
翌朝……
寺の朝は早い、それに合わせての早くの起床――と言っても客扱いになっているので他の面々よりは遅かった――と朝食の後、美鈴は境内で体操をしていた。
「居眠りして追い出された……が、理由としてまかり通るような生活をしておるのであれば、起こしに行っても一向に起きずに結局寝坊するかと思っておったが」
美鈴の体操を眺めながらマミゾウがぼやく。
その展開を期待していたのだろう、声音は少し残念そうだ。
「就寝や起床に関しては多分人並みだと思いますよ。 居眠りについては……門の前に立っていても敵襲などがあるわけでもなく、平和ですからねぇ。 更にお客さんも来なかったりすると立ってるか軽く体を動かすかくらいですし」
「お主が居眠り出来るくらいが一番良いという事じゃな」
「居眠り出来るくらいに平和だけど、居眠りしないで済む程度にお客さんも来るのが一番……ですね」
レミリアは日傘をさせば日中でも出歩けるが不便なせいかあまり積極的には出たがらないし、出ても博麗神社を目指す事が多く、つまり余所との付き合いがあまりない。
故に必然的に来客も少なくなる。
今回の件が上手くいけば命蓮寺の面々が紅魔館に遊びに来るようにもなるかもしれない。
「しかし太極拳の動作は眠気を催すのう、二度寝したくなるわい」
動きの変な緩い踊り、などと称された事もあった美鈴の太極拳の動き。 緩やかな動きは見る者に眠気を催すとも言えるかもしれない。
「マミゾウさんって随分自由にしてますねぇ」
「僧として在籍しとるわけではないからの。 ぬえがここで暮らし、そのぬえに連れて来られた縁で世話になっとる」
あまりだらしなくしていては周囲に示しがつかないと白蓮に怒られはしないだろうかと美鈴は気になったが……
「こういっただらけた言動は元より寺におる面々との間でしかしておらん」
「それって……大丈夫なんですか? 真面目に修行してる方からすれば……」
特に星辺りからは煙たがられそうだ。
「まぁ、そうじゃな、良い顔はされんよ。 じゃが儂は仏門に入る気は今の所は毛頭無いし、そんな心構えでそれらしく振舞おうとてふりをしているだけにしかならん。 それでは、真面目にやっているあやつらを侮辱する行為ではないか?」
「そこまでお考えの上での行動だったんですか」
「さてのぅ、お主に小言を言われんように誤魔化すための方便かもしれんぞ?」
言ってマミゾウは笑ってみせた。
あまり追求しても煙に巻かれそうに思った美鈴はこの話を続ける事はなかった。
その後はそのまま境内で響子の掃除を手伝い始めた美鈴。
寺の修行といえば座禅を組んでの瞑想……そしてうっかり居眠りして警策で叩かれる、というイメージのある美鈴としては、体験修行的な軽いものも極力避けたい所だった。
掃除と言っても今は冬、落ち葉が大量に落ちているでもなく比較的楽な時期だろう。
手伝い自体は不要かもしれない。
「一人でやるよりも二人の方が楽しいなぁ」
しかし響子はそう言った。 作業量の問題よりも誰かがそばに居る事が嬉しいようだ。
「響子さんはいつも一人で境内の掃除をしているんですか?」
「いつも一人でやるお仕事として割り当てられているんじゃないけど、一人でやってる事が多いねぇ」
一人でやっていたらそれなりに時間もかかると見て取れる命蓮寺の境内。
「修行にはあまり参加していないんですか?」
「……実はあまり、楽しくなくて……」
そういえば昨日美鈴の訪問を楽しそうにして紹介周りにもついてきていた。 代わり映えせず修行を続けるのは苦手なのだろうかと美鈴は思う。
(門番の仕事を一緒にやってみたら退屈だーって長続きしないのかな?)
逆に言うと居眠りこそすれど毎日毎日門に立ち続けている美鈴は修行に向いていると言えるかといえばそうでもないだろう。
「じゃあ、ここで修行する日々に鬱憤を溜め込んでしまっているとか……?」
「あ、それは大丈夫だよー。 夜雀のミスティアちゃんと鳥獣伎楽ってバンドを組んでて思いっきり歌ってるから」
どこかのんびりしているように見える響子が歌っているとはどんなものか、美鈴は気になったが……
「うーん、是非とも拝見したい所ですが紅魔館に戻るとちょっと厳しそうですね……フラン様が夜の散歩をせがんで来るのとタイミングが合えば……」
「うん、機会があったらでいいから美鈴さんも是非来てね! きっとびっくりするよ!」
そう話す響子は嬉しそうだ、よっぽどそのバンド活動が楽しいのだろう。
「美鈴さん、外にいらしたのですね」
いつの間にか白蓮が近寄っていた。
急に響子は誤魔化すようにあわただしく箒を動かし始める。
白蓮には聞かれるとまずい話だったのだろうか。
「あ、すみません断りもいれずに。 日課の体操の後そのまま掃除の手伝いをしていました」
「有難うございます。 確認したい事がありまして……」
「確認?」
「はい、紅魔館を解雇されたわけではないのでしたら、戻るために何かしたり、他の行き先を探したりする必要もないという事ですよね」
当初はそう言って迎えてもらった事を半ば忘れていた美鈴。 騙そうとした形だった事に今更罪悪感が小さくよぎる。
「ええ、そうですね……」
「その分の空いている時間は何をなさるか決めていらっしゃいますか?」
これはもしかして修行を体験してみないかというお誘いが来るのだろうか、美鈴の胸中に不安がよぎる。
「一応は皆さんと親睦を深めるための行動に当てられたらとは思っていますが……」
「ですが修行をしている時間だとそうも行きませんよね」
とても誘い易い流れを自ら作ってしまっている。 美鈴は内心慌てた。
「うーん、美鈴さんは特に仏門の教えには興味をお持ちでないようですし、どうしましょうか……」
どうやら白蓮は美鈴を誘おうというつもりはなく単純に暇を持て余さないかが気になったらしい。
「あ、邪魔にならないようにしますからどうぞお構いなく……それにぬえさんの側にいる時間も多くもてるという事になりますし」
「そうですか……有難うございます」
昨日のやり取りから小傘の悪戯を響子・ぬえ・マミゾウ――と、時間が合えば一輪も――が協力して何かしてみようという話になっているため、美鈴はそれにはついていかないつもりでいた。
行っても足手まといになるだろうと思っての事だ。 しかしこう話した以上はついていかなければならないだろう。
しかししばらくして状況は変わった。
「ちょっと美鈴を借りていってもいいかい?」
ナズーリンが訪れてそう願い出たからだ。
「あら? 宝探しに付き合ってもらおうというの?」
白蓮は賛成も反対もしない。 美鈴がどう答えるか次第という事のようだ。
「まぁ、そんな所だね」
「じゃ、お部屋まで案内するわ」
美鈴は割り当てられた部屋で机に向かい紙面に何かを書いていた。
「美鈴さん、よろしいですか?」
部屋の外から白蓮が声をかける。
「はーい、どうぞー」
その答えと共に白蓮とナズーリンが部屋へと入った。
「やあ美鈴、気分転換に宝探しでもどうだい?」
「え、肉体労働担当の宝探しですか?」
昨日のやり取りからすると美鈴が活躍するとすれば物理的な障害を力任せにぶち破るという役。 簡単な事ではないのは明らかであるため誘われても咄嗟にしり込みしてしまった。
「いやいや、ここの客人にそんな無茶をさせるつもりはあんまりないよ」
あるにはあるらしい。
「修行に付き合ってみるにせよ、ただ客人としているだけにせよ、どっちにしたってここでずっと過ごしてると余所者には禁欲的な空気が息苦しいかと思ってね」
額面通りに受け取っていいかはともかく、誘う言葉は気遣いによるものらしい。
「そうでしたか、でしたら折角なのでご一緒させていただきたいです」
「よし、決まりだね。 それじゃあ借りていくよ」
「夕餉の頃には戻って下さいね」
白蓮は二人をにこやかに送り出した。
普段ナズーリンが外の世界の物品を探している無縁塚まで飛んで移動する道すがら……
「忌憚なく答えて欲しいんだが……実際の所どうなんだい? あそこには馴染めそうかい?」
ナズーリンが美鈴へ質問した。
「ええ、おかげさまで。 皆さん良い方ですし」
掛け値なしの言葉だ。 美鈴は昨晩の件から要する時間がどれ程かは解らないが上手くやっていけそうだと思っていた
問題なのは「要する時間がどれ程かは解らない」その点だ。
時間をかければ打ち解けてはいけるだろうが、紅魔館を長く離れるわけにもいかない。
とはいえ急いても仕方の無い事、成り行きに任せつつ好機を見逃さないようにするしかないだろう。
「じゃああんまり心配いらなかったかな……うちのご主人を筆頭に、実態は緩いとこあるくせに外面が結構お堅いからねあそこの連中は。 真面目な面々と馴染めないからってぬえやマミゾウの方とだけつるんでいたら過ごしにくくなるかと思って、それについて話しておこうかと思ったんだけど……」
目的それ自体が不要だったという事になる。
ナズーリンはわしわしと頭を掻いた。
「まぁ、考えなくていいんなら、無縁塚の品々でも見ていくといい。 紅魔館の門番をしているだけじゃあんまり見る機会もないだろうし、それに何より寺の修行よりは刺激的さ」
ナズーリンの掘っ立て小屋での時間は瞬く間に過ぎていった。
美鈴にとっては見慣れない珍しい代物ばかり、そして子供のようにはしゃぐ美鈴の反応を見てナズーリンもついうれしくなり、あれこれと見たりいじったり解説したり物品の正体に一緒に悩んだりしているうちにもう夕方になっていた。
「あれ? もうこんな時間……」
「おや、楽しい時間は早く過ぎるというが無粋な事だねぇ。 少しは宝探しも付き合ってもらおうかと思っていたけど……仕方ないね、命蓮寺まで送るよ」
小屋を出て、命蓮寺へ向けて飛び立つ。
「今日は有難うございます、ナズーリンさん。 とても楽しかったですよ」
「喜んでいただけたかい、それはよかった」
「でも、どうしてこんなよくして下さるんですか?」
白蓮は皆へ向けて美鈴を手厚くもてなすようにだなどとは言ってはいないにも関わらず、ナズーリンは心配してくれた上に貴重な品々を見せてくれた。 美鈴はそれが何故なのか、気になった。
「命蓮寺に客人として滞在する、という例は珍しいからね。 その客人に良くすれば寺の連中に「あまり命蓮寺にいないナズーリンも命蓮寺のために行動をするのだ」というように見られるかもしれない。 要は打算による行動だったのさ」
直接美鈴のためというわけではなかったらしい。 そういわれて気分を害する美鈴ではないが……
「はぁ、それ私に言っちゃっていいんですか?」
「一つに、マミゾウが君を人が好いと評している。 これを言ったからって怒ったりはしないし、告げ口もしないだろう?」
確かに、ナズーリンの行動がいわば点数稼ぎを狙ってのものだなどと白蓮や星へ話しはしないだろうと美鈴も思った。
「そしてもう一つ、これは質問の答えとは違うが……私も君の人柄にやられてしまったよ。 素直で、私が掘り出してきた品を見て子供みたいに目を輝かせてはしゃいで、心地の良い奴だね君は。 だから打算に利用しようとした事を詫びよう」
ナズーリンはぺこりと頭を下げる。
「いえ、そんな、顔をあげて下さい。 そういう意味で利用されたとしても私にとっては良い時間を過ごさせてもらったのは事実ですから気にする事はないですよ」
美鈴も外の世界の品に触れる機会はごくたまにならあるが、今回の件程自由にしかも長時間に渡り色々と見る事が出来たのは初めてだった。
「そうかい、じゃあまたいずれ珍しい品々でもてなしをさせてもらうとするかな」
ナズーリンは嬉しそうに笑った。
「……あ、そうだ、ぬえさんを招待した事はありますか?」
そう美鈴が問いかけると、ナズーリンは表情に疑問符を浮かべた。
「ぬえを?」
「ええ、ぬえさんなら多分、私の場合みたいに珍しいものを見たらすごく喜びそうな気がしたので」
そう言葉にしている間に美鈴は一つ、昨日見たものを思い出した。
自身の能力を話していた時にぬえがポケットから出したのは「綺麗な小石」だった。
一人で散歩などをしている際に、珍しいものを見ると拾っているのではないだろうか。
そうだとすれば、打ち解けるきっかけに出来るかもしれない。
「ぬえ、かぁ……いや、実は悪戯か何かで壊されるとか、或いは小さいものなんかをちょろまかされたりしそうな気がして声をかけていないんだ。 そういう心配さえなければ、私もぬえは喜びそうに思えるから招待するのもやぶさかではないんだけど」
流石に勝手に取る事はないはずだが、勝手にいじったら壊れた、という事はありうるかもしれない。 その程度であれば……
(私やマミゾウさんが一緒に居れば大丈夫、かな?)
マミゾウが言うにはぬえは美鈴を認めているらしく、どういうわけかしおらしい振る舞いになるようだ。 その状態であれば勝手にいじる事も無い……と思いたい所だった。
「多分私とマミゾウさんが居ればぬえさんも勝手にあれこれ触ったりはしなさそうに思えるんですが、どうでしょう」
「ああ、そうだねぇ……ぬえとマミゾウがセットだなんてぞっとしないけど、君がそこにつくんならまぁ、マシにはなるかな」
提案こそしたものの、美鈴本人は自分が居る事で抑止効果になる事を期待するでしかなく、もしぬえやマミゾウが本気で悪戯しようとしたり、こっそり拝借してそれを隠蔽しようと立ち回られたら何も出来ないとしか思えなかった。
「君たちさえよければ明日でも構わないよ」
ナズーリンの方は大分乗り気のようだ。
「じゃあとりあえず白蓮さんにお話ししておかないといけませんね」
上手く抑えられるかは不安だが、ぬえとの接点を築くにはいい機会でもある。
(白蓮さんには話せるとしても、マミゾウさんと相談する余裕はあるかなぁ……)
命蓮寺に戻ると、まず二人で白蓮の元へ向かった。
「おかえりなさい。 宝探しはどうでした?」
「それが、発掘したものを見せてもらって二人で盛り上がってたらいつの間にか夕方になってしまっていて……」
それを聞いた白蓮は優しい笑顔を浮かべた。
「二人とも楽しんでいたのね、良かったわ」
「それで一つ相談があるんだが……」
と、ナズーリンが美鈴とマミゾウにぬえの手綱を引いてもらい、ぬえに発掘品を見せる事を提案した。
「……そういう話が出るとしたら美鈴さんからになると思っていたわ」
白蓮は驚きを隠せないようだ。
「私だって他の連中の事を全く考えていないって事はないよ。 まぁ提案自体は美鈴によるものなんだけどね」
名を挙げられ、美鈴はとっさに会釈した。
「貴女もぬえと仲良くしようとしてくれるのならうれしい事だわ……じゃあ、すみませんが美鈴さん、ぬえとマミゾウさんに話してきてくれますか? 多分二人とも昨日案内した自室に居るはずですので」
「あ、はい、解りました」
ぬえとマミゾウに釘を刺そうとする様はナズーリンには見られない方がいいだろうと美鈴が思った矢先……
「ナズーリンはちょっと、お願いしたい事があるから一緒に来てくれる?」
「何か失せ物でもあるのかい?」
白蓮がナズーリンに別の用事を頼んだ。
「ええ、お客さんなんてあまり来ないし、来客用のお菓子をどこにしまっていたかを忘れてしまって」
「……忘れる程にしまっておいてあるお菓子なんて出して大丈夫なのかねぇ?」
疑問を漏らしながらも勝手を知っているようで先に奥へと向かうナズーリン。
白蓮は美鈴の方を見ると、ウインクをしてからナズーリンの後を追っていった。
ぬえ・マミゾウと話しやすい状況を作ってくれたらしい。
美鈴は白蓮の背に向けて頭を下げると、ぬえとマミゾウの部屋へと向かった。
「おー、戻ったか」
「おかえりなさーい」
部屋に通されるなり美鈴は面食らった。
ぬえが明らかに上機嫌だ。
「小傘の悪戯は大成功じゃったぞ、儂も久方ぶりに大義名分を得て人の慌てふためく様を見る事が出来るとあって、知恵袋役を遺憾なく勤め上げてやったわ」
「小傘が墓場でも出来ないくらいたくさん驚かせる事が出来たって凄く喜んでたよ。 「これであと10年戦える!」とか言っちゃって凄かった」
「それ程上手く行きましたか……」
もしかして上手く行くんじゃないか、くらいの気持ちで提案した美鈴だったが上手く行きすぎたらしい。
あまり大事になると巫女にぶちのめされる事になりはしないかと別の心配がよぎった。
「おっと、忘れる前に……お二人に相談があります」
美鈴はナズーリンの家からの帰路での話を伝えた。
「……お主、人たらしの才でも持っておるのか? 小傘も響子も感謝しておったし、更にナズーリンも籠絡とは……」
「珍しい物……」
ぬえは興味津々らしい。 遠くを見てナズーリンの家にある珍しい物へと思いを馳せてしまっている。
マミゾウが身振り手振りで「撫でてやれ」と指示を出した。 ちょうどぬえに釘を刺そうとしていた所、美鈴はその指示に従った。
今度は反応を示さず受け入れている。
「でもぬえさん、興味を惹くような珍しいものが目についても勝手に触ったりしちゃ駄目ですよ? ナズーリンさんにとって大切なものなのかもしれませんし、そうだったら怒られてしまう事にもなりかねないですからね」
「うん、解った」
やけに聞き分けが良い。 これもマミゾウが言う所の認めてもらえている、それ故だろうか。 良い事ではあるが美鈴自身には何故なのか解らなかった。
一方、紅魔館では。
今日は一日中雨が降っていた。
「折角夜が来て気兼ねなく外に出られるはずが……」
「空の機嫌ばかりは仕方ないわね」
図書館の長机に突っ伏すフランドールに、パチュリーが本に視線をやったまま言った。
だがこの雨はパチュリーの魔法によるものだ。
フランドールが美鈴の後を追う事をレミリアは許可したが、咲夜の提案をレミリアが承諾する形でこの処置を取った。
1日2日程度ではまだ命蓮寺の面々の誰からも美鈴が受け入れられてはいないとも考えられ、その状況でフランドールが加わっては事が上手く行かなくなる可能性があるとの判断だ。
それ故に送り出すのは早くとも明日、引き延ばせるようならもう少し経ってからという事で、パチュリーの魔法により紅魔館の周囲に雨を降らせて出ていけない状況にしているのだった。
「うー、お姉様が美鈴の所に行っていいって言ったのに」
昨日から帰ってきていないと心配するフランドールに、レミリアは自分の命で命蓮寺へ行かせているのだと既に教えていた。
「不満不平を漏らしても天気が変わってくれるものではない。 出られないんだから本でも読んで過ごしたら? お望みの物を出してきてあげるわよ」
自分のせいでという引け目もあって、パチュリーなりにフランドールへ気を遣っている。
そこへレミリアが咲夜を伴って現れた。
「フラン、ここにいたのね」
「あ、お姉様、雨雲ドカーンしていい?」
開口一番に物騒な事を言ってのける。
「天に仇なす者は必ず滅びるって言うじゃない。 そんな事してこっちに雷でも落ちてきたら大変だからやめておきなさい」
「うー……」
フランドールの不満は収まらないようだ。
「パチェ、何か姉妹で読むのに良い本はある?」
「姉妹で? 姉妹愛が描かれた話辺りかしら?」
「貴女がこれだと思うものなら何でもいいわよ」
席につきながらレミリアは無茶な要求を出した。
「……解ったわ」
特に文句も言わずにパチュリーは本を探しに飛んでいく。
「フラン、美鈴の代わりにといっては難だけど、私が一緒に居てあげるわよ」
昨日、咲夜がレミリアの寝床に新聞を忍ばせておいた効果があったのか、やけにフランドールの事を気にかけていた。
「妹様、出かける事が出来ないのは残念でしょうけれども、お嬢様と過ごされては如何でしょう。 あまりお二人で過ごす事もありませんし」
咲夜もレミリアの発言を援護する。
「うーーー……」
だがフランドールは不満そうだ。
「……フラン、貴女……私よりも美鈴と居る方がいいの?」
「うん!」
即答だ。 しかも力強く。
レミリアが固まった。 咲夜が時を止めたわけではなく、あまりに迷いのない即答故に。
「……では妹様、逆に妹様がお嬢様と一緒に居てあげるというのはどうでしょう」
咲夜があっさりとフランドール側についた。
「えー、どうしようかなー」
ニヤニヤしながらレミリアを見やるフランドール。
固まっていたレミリアはうつむいて震えだした。 そこに咲夜が耳打ちする。
(お嬢様、こういった場面もぐっとこらえて一緒に居る事もまた姉妹愛です。 普段は抑圧する方が多いのですから、姉として妹に寛大な所もたまには見せねば)
レミリアは更に1秒程ぷるぷると震え、ゆっくりと顔をあげて……
「フ、フラン? お姉ちゃんと一緒に本を読まない?」
やはり屈辱的だという感は捨てきれないようで声が震えている。
「そうねぇ、一緒に本を読んで下さいフラン様って言ったらいいよ」
「うぎぎ……」
姉の威厳もどこへやら、すっかり立場が逆転している。
「折角姉妹仲良く過ごそうと思っていたのに、貴女がそんな態度に出るならいいわよ!」
レミリアは乱暴に席を立つと、大股にのしのし歩いて出て行ってしまった。
「ふふふ……いつも意地悪するからよ」
フランドールは満足そうに笑う。
「妹様、貴女はお嬢様と仲良くしたいとはお思いですか?」
そう問いかける咲夜の声音はいつもより更に厳しかった。
「え? ……う、うん、そりゃ……同じ家に住んでて話もあんまりしないよりは、仲良く……していたいけど」
「では、連れ戻して参りますので私めに一つ約束をして下さいませ。 お嬢様に謝ると」
フランドールの目を真っ直ぐに見据えて、咲夜は言う。
「う……でも、お姉様はいつも……」
「もし今ここに居るのが私でなく美鈴だとしたらどう言っていたかは、妹様も想像に難くないでしょう?」
もし美鈴なら、今のフランドールの態度を優しく咎めるはずだ。 フランドールもそう思ったのか一瞬ハッとした表情を浮かべた。
「私はあの子のようにとは行きませんが、私なりに、その代わりとして申しております。 美鈴を大切に思うなら、美鈴が妹様へ投げかけたであろう言葉も大切になさって下さい」
咲夜は内心、少々方便が過ぎるかとも思ったものの、フランドールが納得するに十分だったらしい。 がっくりとうなだれてしまった。
「……ごめんね、咲夜」
「その言葉、是非お嬢様へも」
立ち上がり、一礼すると、咲夜はレミリアの元へ向かった。
少し話して時間が開いてしまった。
咲夜は時間を止めて館内を移動したが、予想した通りの場所にレミリアはいた。
主の間の椅子に座ってぶすーっと不満気な表情を浮かべて頬杖をついている。
「遅かったわね、咲夜」
「ええ、妹様に少しお灸を据えておりました」
「貴女、さっきフランの方を持ち上げてたわよね。 いっそフランに鞍替えしたら?」
どうやら今回はいつもより重度のようだ。
「フランだってそうよ、美鈴に「フラン様」って呼ばせるようにして贔屓しちゃってさ、私の事なんてどうだっていいみたいにして……」
咲夜は瞬時にどうやって落ち着いてもらうべきかと思考をめぐらせるが、やめた。
結局レミリアも子供のような考え方をしてしまうのだ。 ならばむしろ、これ程こじれているなら美鈴の流儀に倣う方がいいと咲夜は判断した。
「お嬢様、まず念頭において頂きたい事がございます」
「……何よ」
但し、咲夜は美鈴のように優しくとはいかない、倣うのは思うがままを包み隠さず正直にという方針だ。
「私の主はレミリア・スカーレット様に御座います。 フランドール・スカーレット様では御座いません」
「ふん、ならどうしてあんな事を言ったんだか」
嗜虐的な笑みを浮かべるレミリア、しかし咲夜の主を見据える視線は揺るがない。
「そこなんですが、お嬢様は幸運ですよ?」
「は?」
予想外の発言だったらしい、レミリアは呆気に取られている。
「まず妹様は、好奇心旺盛ならぬ破壊欲旺盛である等、ちょっと気が触れてる節があるというのを主な理由として地下室に長く篭っていた背景がありますよね」
「え、ええ」
訳が解らない、という点に上手い事飲まれてくれたようだ。 咲夜はそのまま続けた。
「そしてその地下室暮らしは、妹様本人が外に興味がなかったからという理由もありますが、先の理由を主としてお嬢様と妹様、それに館の者も含めて「お嬢様が外へ出る許可を出さずに軟禁している」という認識でした」
「そうね……」
不機嫌が少ししぼんできているように見える……発言を長めに取るべきか、咲夜は思う。
「更に、妹様が出てくるようになった当初は幾分か収まったとはいえまだ破壊欲旺盛でした。 今は美鈴や魔理沙と遊ぶ中で丸くなってきているとはお嬢様も仰った通り」
「……」
腕組をして考え始めた。
「出てきた当初、最悪の場合は……例えば、永遠亭の輝夜と竹林の妹紅のように……あのような殺し合い、ではないにせよ顔を合わせれば殴り合うくらいの仲になってしまう事だってありえたはずです」
「……もしフランが、よくも閉じ込めたなとか言って襲ってきてたら、そうなっていたかも、知れないわね……」
なんとかなりそうだ、咲夜は内心胸を撫で下ろす。
「でしょう? それが現実はどうか、単にちょっと意地の悪い事を言ってお嬢様を怒らせてみているだけです。 可愛らしいものですよ……故に、お嬢様は幸運なのです。 それを許しつつ、上手く付き合っていけば長きに渡る隔たりが氷解するのですから。 それで、私は妹様を押し、お嬢様に譲歩を強いる形を取ったのです」
「……」
レミリアは黙して考える。
もう一押しが必要か、咲夜は頭の中で材料を探した。
「あの天狗の新聞にあった古明地姉妹の記事に触発される程度には妹様と仲良くしたいという意識があるのでしょう?」
「……そうね」
「でしたら話は簡単です。 先程図書館を退出する前に、妹様へお嬢様に謝罪するようにと話をつけておきました。 お嬢様も妹様に一つ謝り、パチュリー様の見立ててくださった本を一緒に読むとしましょう」
言うと、咲夜はレミリアの前に歩み寄ると跪いて手を差し出した。
僅かに間を置いて、レミリアがその手を取る。
咲夜が立ち上がって、レミリアは咲夜の手に体重を預けつつ立ち上がった。
少し罪悪感がこみ上げてきたような表情をしているレミリアに、咲夜はよくできましたと言わんばかりに優しい微笑みを投げかけた。
「はい、○型ロボットー……って、あら? レミィと咲夜は?」
一方、図書館ではパチュリーの棒読み物真似が空振りしていた。
翌朝、命蓮寺の境内。
今日も美鈴は体操こと太極拳の動作で体を動かし、それを退屈そうにマミゾウが眺めていた。
「この眠たい動きももうすぐ見られなくなるかと思うと寂しいのう」
「まだ3日目で、しかも目的を果たす目処も立ってませんってば」
やたらと気の早い事を言うマミゾウに冷静に突っ込む美鈴。
「そうは言うが長居はせんのじゃろ?」
「それは、そうですけど……」
明確に何日でと期限を設けられてはいないが、日をまたいで紅魔館を離れる事はそう多くなく、あっても数日程度だ。
意外とマミゾウの言は的を射ているのかもしれない。
「まぁ、とりあえずは外堀ならぬ内堀が埋まってるようではあるのう。 小傘の件で小傘・響子とは共通の行動が出来、ナズーリンも今日の予定で接する機会が増えるじゃろうて」
マミゾウは楽観視しているらしい。
「珍しさに惹かれてつい手に取ったら、下手に触るのもまずいものだった、というような事ってありえませんかね?」
ナズーリンの家へぬえを連れて行くにあたっての不安を、美鈴はマミゾウへ訊いてみた。
「お主が勝手に触るなと言ったのじゃから勝手な事はすまい、問題ないじゃろ」
完全に言い切っている。
美鈴にはまだ、ぬえが何故自分を認めてくれたのかが解っていない。
「何故ぬえさんはそうまで私を認めてくれているんですか?」
解らないので、マミゾウに素直に訊いてみる美鈴。
「儂が飄々としたおばあちゃんで、白蓮が優しくも厳しいお母さんで、お主が優しいお姉さんだからじゃよ」
「お、お姉さん!?」
そういう目で見られる事もあるのは事実、しかしぬえがいきなりそう見ているというのは美鈴にとって予想外だった。
「お主のような接し方をするのはぬえにとって新鮮じゃ。 ついでに儂が早々に認めたというのもあっての事とは思うが」
「はぁ……」
あまりピンと来ないので生返事をしてしまう美鈴。
「あやつは正体不明を売りにしつつ人間が怯える様を遠くから眺めていたが、今はその頃とは事情が違う。 儂とつるむ事もあったし、
封じられて地下にいた頃は村紗達ともおったわけで、つまりは他者との触れ合いというものを知ってしまったのじゃな」
「……」
美鈴のわかっていない様子を見てマミゾウは説明を始めた。 美鈴は黙ってそれに聞き入る。
「じゃが昔からの生き方は変えられん、多数の者は正体不明のぬえと触れ合う機会はなく、近づいた者は悪戯を、時には悪戯どころでない事をされ続け……そうすると自然に、冷たい目で見られるようになり、孤立していく。 ……そして、それに対して早期からはっきりと例外の処置を取っておるのが、儂に白蓮にお主というわけじゃ」
「成程」
普段他者から冷たくされがちなぬえに、美鈴は悪戯をされても気にしないという態度を取りつつ優しく接した。 更にマミゾウのお墨付きもあったので一気に気を許したという事のようだ。
「……あれ? 村紗さんとは以前から接点があったんですか?」
「そうじゃな、ぬえも、村紗・一輪も地底に封じられておった。 その際にな」
「という事はここの皆さんとは……」
一輪・村紗は今聞いたように昔から知った仲であり、星・ナズーリンは方やぬえが美鈴と仲良く出来そうかと気にかけ、方や集めたものが壊されるかもしれない等の問題さえなければ喜んでもらえそうだから招くのも構わないといった趣旨の事を話した。
白蓮・マミゾウは保護者然としてぬえに接していて、小傘・響子もぬえに対する反応は前向きだった。
「……主だった連中とは別に不仲という事はないぞい? お主、もしや……」
「か、勘違いしてました……てっきりこちらに住んでいたり多く顔を出す皆さんとの仲が芳しくないものかと……」
白蓮の依頼の発言・夕食中の態度等、そう思っても仕方のない所は多かったため、 美鈴は何ら違和感を持たずに勘違いしてしまっていた。
「やはりか、あからさまに寺の面々やナズーリンに小傘・響子しか狙っておらんしそういう事かとも思ったのじゃが……寺に修行に来る妖怪連中……響子の位置が近いのう、馴染めん相手は」
美鈴は頭を抱えてしまう。
「うわああああああなんて勘違いを! ……でもマミゾウさん怪しいと思ってたのなら何故指摘しなかったんですか?」
「最初に小傘の手助けを提案しておったし把握しておるようにも見えたのでな。 今にして思えばそのように回りくどくはやらぬか、お主」
白蓮が夕食に招いていた事から、美鈴の認識では小傘や響子は命蓮寺の所属に近い位置づけかと思っていたが、マミゾウからは逆に命蓮寺の面々の中でも外に近いと見ていたらしい。
「それに、方法として悪くないと思ったのじゃよ。 お主はずっとここに居て妖怪連中との仲を取り持つ事は出来ん、それなら寺の面々とのつながりをより強固にすれば皆もぬえのためという意識が強まろうしな」
美鈴が勘違いする程度に距離感のある接し方だったのは事実だ。 それを縮めれば他の面々からぬえへの助け舟も出やすくなり、ぬえの方も言われた事を受け入れやすくなる。 そういった旨をマミゾウは補足した。
「そうなると、結局勘違いしてた方針と同じで村紗さん・一輪さん・星さんがもうちょっとぬえさんと話しやすくなれるようにするのが良さそうですかね」
「儂の考えに乗るのなら、そうじゃな。 村紗も一輪も寺の事やら修行やらであまり相手に出来なくなったのと、余所者が入ってくるようになり悪戯に注意をせねばならなくなったのとで負い目がある。 星の方も似たようなものじゃな」
小傘の件で溝となってしまった悪戯の点は徐々に埋まっていくはずだ。
すると残るは……
「気兼ねなくぬえさんと話せるようになり、ぬえさんもそれが実感出来れば……」
「元々嫌ってはおらんのじゃから上手く行くはずじゃのう」
「……ですね、どうするかは浮かんでいませんが、この方針でなんとかしてみます」
その後響子がまた掃除をしているのを談笑がてら手伝い、部屋に戻った美鈴はふと一つ思い出した。
ポケットにしまったままの紙人形……
また訪ねるのなら紅魔館に戻る前、行動が比較的自由な今の内がいいだろう。
とはいえ今日はこの後ぬえを伴ってナズーリンの家を訪ねる予定がある。
白蓮に話しておかねばならないが、この時間はどこで何をしているのか。
「美鈴さん、いらっしゃいますかー」
折よく白蓮が訪ねてきたようだ。
「はーい、どうぞー」
「失礼します……今日はぬえを連れてナズーリンの家に行くという事になっていますよね」
「ええ、そうです」
「実は昨日ナズーリンに探し物を頼んでいた際についでに小傘と響子にも拾ったものを見せてやって欲しいと頼んであるんですよ」
「あ、そうだったんですか」
昨日ぬえ・マミゾウに話した後、乗り気であった事を伝えに行った所、白蓮と一緒にいたナズーリンが渋い顔をしていた。 何か別件で小言でも言ったのだろうかと美鈴は思っていたがそういう事情だったらしい。
「あの子達はぬえ程には積極的に他者の物で悪戯をしたがらないでしょうけれど、もし何かあってはいけないので目を光らせてやってはいただけませんか?」
「出来る範囲でよければ気を付けておきますよ」
「有難うございます」
美鈴の言葉を受けて白蓮は安心した表情を浮かべた。
「あ、私からも一つお話しがありまして……紅魔館に戻ると門番をしていて動けなくなりますから、こちらにいる間にもう一度布都さん達の所へ行っておきたいんですよ」
「ああ、道教の術を込めてある人形で合図をするという事になっていましたね」
美鈴はポケットから紙人形を取り出して白蓮に見せた。
「はい、これですね。 今日はナズーリンさんの所へまた行きますから、明日はどうでしょうかと書き足しておいて送り出そうかと思っているんですけど大丈夫ですか?」
白蓮は頷き、微笑んでみせる。
「ええ、もし明日は駄目だという事になっても、こちらの事はお気になさらずご自由に決めて行ってきて下さい」
「そうですか、有難うございます。 ではそのようにさせて頂きますね」
美鈴は出発前に、紙人形に明日招いてもらえないかと書き足して屠自古の元へと送った。
白蓮寺へ迎えにやってきたナズーリンの元へ同行者が集まる、美鈴にぬえ・小傘・響子、そしてマミゾウ。
「あれ? マミゾウさんもですか?」
「3人もおったらお主だけでは目が届かんかもしれんじゃろう?」
ぬえとマミゾウがセットとなればぞっとしないとナズーリンは言っていた。 渋い顔の一因だろうか。
「年甲斐もなく珍品にはしゃがないでおくれよ?」
と、ナズーリンは釘を刺す。
「ふぉっふぉっ、儂は最近まで外の世界におったのじゃぞ? 無縁塚に流れ着くような忘れられた代物なんぞ儂にはむしろ時代遅れじゃよ」
「ほほぅ、言ってくれるじゃないか」
挑発と受け取ったのかナズーリンは挑戦的な表情を浮かべる。
「あー、違う違う。 儂をも驚かすようなものを見せてみよという話ではなくてな、そういう事じゃから今日の儂はただのお目付け役じゃ、安心していいぞい」
「何か企んでいるんじゃないかい?」
ナズーリンはマミゾウの言を聞いてもまだ疑いの目を向けている。
人を化かす事を日常的にしていた化け狸が相手とあってはこれくらいの反応が普通なのだろうか。
自らがお人よしと評された事をなんとなく納得してしまう美鈴だった。
「言葉の通りじゃよ、この門番に誓ってな」
「え? 私に?」
「成程、そういう事なら信じようじゃないか」
「え? そんなあっさり?」
化かし合いや腹の探り合いを続けられるくらいなら自分を出汁に使われるのは構わないが、信じすぎではないだろうかと美鈴は内心思った。
ナズーリンの掘っ立て小屋に着くと、まず最初にいくつか玩具を取り出して3人に使わせる事にした。
美鈴の提案で、勝手に触られると困るものがあるなら、自由に触っても壊れるなどの問題なく楽しめるようなものを使ってもらえば良いのではないか、と。 それにマミゾウが最近まで外の世界にいた知識からこういうものはあるかと尋ねる形で取り揃えた。
玉を頂上に置くと螺旋状に下まで滑り落ちていく玩具、様々な形の小さな木板を組み合わせて正方形を作るパズル、重なった木板を抜き取って頂上に重ねなおしていく玩具、絡み合った文字を特定の手順で外すパズル……等々。
見て解る程度にパズルの割合が多いのはナズーリンの趣味だろうか。
「特にはっきり考えずに言ってたんですが、こんなにぴったりのものがあったんですね」
昨日美鈴が見せてもらったものには子供向け玩具は無かったので、こういった代物をイメージしていない提案だった。
「まぁ、熱心に集めてた時期があったんでね」
ナズーリンは遠くを見るような視線で宙を見た。
「何か込み入った事情でも?」
「ああ、いや、そういうわけじゃないんだが……ほら、命蓮寺に住み込みの連中は娯楽が少ないだろう? そういう面の補助になればとこういったおもちゃを探しては拾っていた事があったんだが……」
ふぅ、と、一つ息をついて続ける。
「もしこれを提供して、修行よりも遊ぶ事に熱心になるような事があれば本末転倒じゃないかと気が付いてね」
「あ、あはは……」
ガシャァァァ!!
積み上げパズルが崩れて歓声が上がる。 小傘の負けのようだ。
「こう、楽しんでくれるのはいいんだけど、それと同時に提供しなくて正解だったんだと思うとなんだか複雑で」
「だからといって捨てるのも惜しく、とっておいたら思わぬ所で役に立ったわけじゃな」
「あ、こらー! ちゃんと片付けないと駄目ですよー!」
ナズーリンと美鈴の会話にマミゾウが入り込む。 丁度ぬえ達が崩れたパズルをそのままに次のおもちゃに手を出そうとしたので美鈴が注意をしに近づいていった。
それを眺めるナズーリンは知ってか知らずか微笑みを浮かべていた。
「こういうのも、悪くないじゃろ」
「ああ、そうだね、大体は自分の欲のために集めたものだけど、誰かに喜んでもらえるというのは心地良い」
「あやつがそれを気付かせた、と」
「今のぬえ達と同じように目を輝かせていたねぇ」
「それは見てみたかったものじゃ」
何か通じる所があったのか、ナズーリンとマミゾウは顔を見合わせるとお互い小さく笑った。
夜の命蓮寺に……
「おーい、お客さんだぞー」
と、自ら来客を告げてづかづかと入り込んで来る者の姿があった。
「誰かー、いないかー」
呼びかけながらも僧堂の方へと向かう。
やがてその声を聞きつけた一輪が現れた。
「あら、黒い魔法使いさんね、珍しい」
来客の正体は魔理沙だった。
「お、こんばんは。 お届け物に来たぜ」
「お届け物?」
「ああ、ここで預かってもらってる門番にとな」
言って魔理沙が後ろに顔を向けると、その背からひょこっとフランドールが顔を出した。
時間は遡り、まだ日中の頃合いの紅魔館にて。
昨日のレミリアとフランドールの仲違いは咲夜によって丸く収められた。
パチュリーが出してきた本の数が多く、昨晩仲直りした後だけではある分全てを読みきれなかったため、今日も引き続き図書館で読み漁っていた。
フランドールはまだ美鈴の事を気にしているようで、時折読む事に身が入っていなさそうな素振りを見せていた。
誤魔化すのもそろそろ酷であろうと見た咲夜は気がかりだった点を主に問うべく機を待つ。
「お嬢様、少々よろしいですか?」
読んでいた本を読み終えて次に手を伸ばそうとしたレミリアに咲夜が声をかけた。
「ん? どうしたの?」
「妹様が美鈴の後を追う際、当然ながらお一人でというわけにも参りませんが如何いたしましょう」
フランドールが外出する際に伴うに最適である美鈴が出かけている状況、誰かが付き添わねばならないが……
「ああ、それならフランに咲夜を貸してあげるわ。 夜になったらエスコートしてあげて頂戴」
「かしこまりました」
昨日あんな事があっただけにか即決だった。
「咲夜がいないとレミィが寂しがるし、誰か丁度よくフランを連れて行ってくれるのでも来てくれればいいんだけどね」
「ちょっ!? パチェ!?」
寂しがる事は暗黙の了解だがはっきり言われると恥ずかしいらしい。
「それなら多分、丁度良いのがそろそろ来るかと思いますよ」
「ああ、それもそうね」
誰かに任せて良いというのであれば、適任であろう。 咲夜はそう思いつつ皆に倣って本を手に取った。
後に霧雨魔理沙はこの時の事をこう語った。
「なんかしらんが図書館に入ったら美鈴以外みんな揃ってて、私が来たと気付いたらみんなして凄いタチの悪い笑いを浮かべてこっちを見たんだよ。 その時思い出したんだ。 そういえばここは悪魔の館だったんだ、って」
「よく解らないが美鈴にフランを送り届けろって押し付けられたんだ。 ちゃんと届けたからな!」
命蓮寺の美鈴の部屋に訪れた魔理沙はそう言って、何故か美鈴とフランドールの手を取って繋がせた。
「えっと、なんでそんな慌てたような感じで?」
「紅魔館に行ったらパチュリーとレミリアと咲夜に詰め寄られたんだ。 準備運動もなしに戯れが最初っから終わってる紅魔乱舞なんて真っ平御免だ」
不機嫌そうにそう答える。 後半のくだりはよく解らなかったが、とりあえず紅魔館の錚々たる顔ぶれにお願いという名の脅迫をされたのだろうとは美鈴も読み取れた。
「はぁ……なんというか、お疲れ様です。 それと、有難うございます」
「おう、お前は紅魔館の良心だなぁ全く……」
余程酷い目に遭ったのか美鈴によくわからない褒め方を残して魔理沙はぶつぶつ不満を言いながら出て行った。
「めーりーん!!」
魔理沙が出て行ったのを見計らってフランドールは美鈴に抱きついた。
「そういえばここに来る事をお伝えしていませんでしたね、すみません」
手馴れた様子で美鈴はフランドールをあしらう。
少しの間抱きとめて、やがて離れさせた。
「申し訳ないのですが2つ、フラン様にお願いを致します」
「お姉様の命令の事で?」
今の所不満を言う様子はない。 美鈴にとって意外であると共に、有り難かった。
「そう仰るのであれば目的はご存知ですね。 まず1つ、私はこちら命蓮寺の主・白蓮さんからぬえさんがここに来る皆さんと仲良く出来るようにと依頼を受けています」
「うんうん」
相槌を打ってはいるが、多分これだけでは通じていない。 そこで美鈴は補足する。
「えーっと、凄く無理矢理例えると、紅魔館に遊びに来た魔理沙さんがお嬢様からフラン様の遊び相手をして欲しいと頼まれているような感じですね」
「うん」
「そこでパチュリー様が、ちょっと魔法の研究があるから手伝って欲しいと魔理沙さんを連れていったらフラン様は嫌ですよね?」
「そうだね」
「ここでフラン様があまり私に遊べとねだってしまうと、今の話のパチュリー様と同じ事をフラン様がしてしまう事になるんですよ」
「だから我慢しろってことね、解った」
……本当に聞き分けがいい。 懐いてくれているので美鈴の言うことは比較的よく聞くが、それでも日を空けて・わざわざよそまで会いに来たのだから、いつもならまず我侭を言いだすような場面であるはずなのに。
「それともう1つは、ドカーンしてしまうと紅魔館以上に怒られます。 あとお嬢様の目的も果たせなくなるので……ドカーンは駄目です」
「うん、解った」
……どうしたのだろうと美鈴は訝しんでしまう。
「……私がこちらに来ている間に何かあったんですか?」
「うん、お姉様と喧嘩しちゃって……咲夜が仲直りさせてくれたの。 私とお姉様の喧嘩を美鈴が見たらどう言うかを考えろって」
美鈴自身、考えてみようとしたものの、レミリアとフランドールの仲違いの経緯がわからないので考えようがないとすぐに気付いた。
「仲良くするには我慢する事も大事なんだよね、美鈴はここのみんなと紅魔館のみんなが仲良くなれるようにって来てるんだから、美鈴だけじゃなく紅魔館に住んでる私も我慢しないとね」
(な、何か凄く遠回りに遠回りを重ねたら結果として正しい道になってるっていう感じがする……)
少なくともそういう心構えで居てくれるなら美鈴も楽だ。 上手くすればぬえと仲良くなれるかもしれない。
「有難うございます、フラン様。 一緒にお嬢様の願いを叶えましょう」
「うん!」
「じゃあ、次は……白蓮さんに報告しないと……」
と、美鈴がフランドールの手を取って白蓮の部屋へ向かおうとしたところで……
「話は聞かせてもらった……!!」
部屋の入り口に無駄にいい声を作ってポーズを取る姿、マミゾウだった。
「……って、マミゾウさんなんでそんなお茶目してるんですか」
「紅魔館からもう一人客が来たと一輪が白蓮に話しているのを聞いてな、居ても立ってもいられず白蓮とぬえを連れてきて話が落ち着くまで控えておったのじゃよ」
そういうと、白蓮・ぬえと共に部屋に入ってくる。 白蓮だけは会釈していた。
控えていた、つまり「話は聞かせてもらった」という言葉はその場のノリの冗談でなく本当に立ち聞きしていたらしい。
聞かれて困るような後ろめたい話ではない――強いて言うなら白蓮からの依頼を「面倒を見る」でなく「ここに来る皆さんと仲良く出来るように」という言い方をしていたのは聞かれるとまずいかも知れないが、そこはマミゾウがなんとかしているだろうと美鈴は気にしない事にした。
「で、物は相談なんじゃがな……紅魔の妹さんや、お主こういう経験は滅多にあるものではないじゃろ?」
「え? そうね、夜に出かける事ならあるけど……」
「折角よそで泊まっていくんじゃ、いつも顔を合わせている美鈴といても勿体無い。 儂の所へ来んか?」
美鈴はマミゾウの提案に裏があると察する事が出来た。
それは美鈴も持っていた懸念のためだ。 フランドールは自分にべったりくっついて過ごそうとするだろうが、ぬえはそれを見て面白くないと思うかもしれない。 この提案はぬえのために……
「で、ぬえは美鈴の部屋に、じゃな」
こうするのが目的なのだろう。
「二人共、どうじゃ?」
それはフランドールが望みさえすれば美鈴にとっても良い話だ。
紅魔館の外の者と関わりを持つのは歓迎すべき事だし、それにぬえと落ち着いて話す機会も持てていない。 一石二鳥だ。
「んー、私は構わないけど」
言葉自体はどちらでもいいといった様子だが美鈴には解った。 これは惹かれている。
外に出るようになって知らないものを知るという事を覚えたが故か、真新しい事に飛び込もうとするのはまだ少ないものの転がりこんでくれば食いつく、これもその例だろう。
「私もそれでいいよ」
ぬえもどうでもいいような口ぶりではあるが、少し楽しそうだ。
「よし、決まりじゃな」
「白蓮さん、急にこんな事になってすみません」
「構いませんよ。 フランドールさんはもう一人のお姉さんに会いたい一心で来たんですものね」
そう言うと白蓮はフランドールへ向けて微笑んだ。
フランドールは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに満面の笑みを返した。
白蓮とマミゾウ、フランドールの3人が出て行って、部屋には美鈴とぬえだけが残された。 ぬえは無造作に部屋の内側へと進むとその場に座り込む。 美鈴もそれに倣って向かい合うように座った。
……そしてお互いに沈黙してしまう。
(そういえば何から話すか考えてなかった……!)
後ろめたい事があるでもないのだが、何故か気まずいように感じてしまう美鈴。
「えっと……」
ぬえがもじもじとしながら口を開いた。
「その、色々してくれて、有難う……」
お節介ではないかとも思っていた面もあったが、美鈴からすらも素直ではないと見てとれるぬえがこのようにお礼を言うのであれば間違いではなかった証明だろう。
「余計なお世話でなかったのなら、私も嬉しいですね」
美鈴がそう答えると、ぬえは少しの間黙り、やがて意を決したように続けた。
「……美鈴は、私も含めて命蓮寺のみんなと仲良くしたいって言ってたけど、でも、どうして私がみんなと仲良く出来るようにって、してくれるの?」
「え? んー、そうですねぇ……」
勿論「レミリアの目的のため」や「白蓮に頼まれたから」が答えではない。 親身になっているのは美鈴自身の、ぬえが皆と仲良くなれたらという気持ちがあってのものだ。
しかし実の所そう思う理由はと言えば特に意識していなかった。
「一人でいる寂しさをちょっと知っていて、家族で仲良く出来ない悲しさを見ていたから、でしょうかね」
「美鈴も寂しい事があるの?」
「あー、でも、私の場合寂しいって言っちゃ罰が当たりますよ。 館の中に戻ればそんな事ないんですから」
「?」
ぬえは首を傾げる。
「門番の仕事があるので、大体は紅魔館の外で、門の前に立ってるんですよ。 花壇の世話もあるのでずっと門の前、ではないのですが」
「うん」
「門番をしていると、その間一人で立ってるんです。 紅魔館ってあんまりお客さん来ないんですよね。 訪ねてきて何かと勝負を挑むとか友達と連れ立って来るチルノさん、図書館に来る魔理沙さん、新聞の取材として来る文さん、時折用事らしい用事もないのに遊びに来る幽々子さんとお供をしてくる妖夢さんは居ますが、毎日頻繁にでもないので、時には1日誰も来ない門の前でずっと立ってる事もあるんです。 そういう時にたまに、寂しくもなるんですよ」
ぬえは頷きながら美鈴の話に聞き入っている。
「それが「寂しい」の方で、もう片方は……先程いらしたフラン様は紅魔館の主・レミリアお嬢様の妹御にあらせられます。 ちょっと、大規模に物を壊し過ぎたりするので長らく地下室にこもっていたんです」
「地下室に……」
自身が地下に封じられていた経験に重なったのか、ぬえは顎に指を当て何か考えるような仕草をした。
「……そういう経緯もあって姉妹であまりかかわる事がなかったんです。 お嬢様の起こした異変以降外に出るようになって顔を合わせる事も増えたのですが、お互い意地悪な事を言ったりしてよく喧嘩になってまして……それがもう片方の「悲しさ」ですね」
「それがあったから、私が寺のみんなと仲良く出来てないのを見て、寂しくて悲しい事だって思ってなんとかしようと?」
どうやらぬえにとっては命蓮寺の面々との仲が上手く行っていないと映っているようだ。
皆からすれば気にかけていて悪く思ってはいないが、ぬえには余所余所しくて冷たくされているように見えてすれ違ってしまっている。
「ええ、多分そういう事ですね、理由については特に意識していませんでしたが」
「美鈴があの子、フランドールの事を思い出したのが私のために頑張ってくれた理由の半分なら、私とフランドールは境遇が似てるのかな?」
先程の地下室のくだりもあって共感する所があるらしく、ぬえは首をかしげてそう訊ねた。
「……うーん、どちらとも取れるような」
似ているといえば似ている、似ていないといえば似ていない微妙な所に美鈴は思った。
「じゃあ似てるかどうかはいいや、私がフランドールと友達になれたら、それは美鈴へのお礼になるかな?」
「なります! お願いしたいくらいですよ」
フランドールもぬえも互いに友達が出来るのなら美鈴にとっても嬉しい話だ。
……二人が組んで悪戯をした場合かなり大変になるであろう事には気付いていないが。
「うん、じゃあ……そうする!」
屈託の無い笑顔を見せて、そう言った。
翌朝、美鈴が目を覚ますとぬえはまだ寝ていた。
起こさないように日課のために外へ出ようとした所で気付く。 机の上に紙人形が帰ってきている。 どうやって持参したのか、その足元にはメモが置いてある。
(都合の良い時にもう一度これを送り返して頂戴、貴女の近くに扉を作るわ 屠自古より)
紙人形をポケットにしまうと、美鈴は音を立てぬよう外へ出た。
とりあえず今日再び布都達に会いに行く事は決めた。 しかし問題がある。
フランドールを連れて行くかどうかだ。
この事を知ればまずついて来たがるだろう、フランドールの性分はあそこに連れて行くにはいささか問題があると言わざるを得ない。
如何に神子が布都へ言い聞かせて美鈴は悪い――布都の価値観で「悪い」――妖怪ではないと認識されていたとしても、もしフランドールがキュッとしてドカーンとしたがれば恐らくその時点で再びややこしい事態になる。
今のうちに知らせずに行く……は、発覚すればまずい、ここ命蓮寺の中で不機嫌にさせてドカーンとしてしまえばここ数日の出来事が無にこそならないにせよ挽回が必要になる。
その状況を招いてしまえば恐らく今回の件は失敗に終わるだろう。
知らせた上で待っていてもらう……既に1つ我慢をしているフランドールが更に我慢をしてくれるだろうか?
「どうしたものか……」
「汝の為したいように為すがよい」
不意に声がかけられた。 その方向を見やるとまたマミゾウが太極拳の体操を見に来ている。
「えーっと、それってどういう……」
「冗談はさておき、何ぞ問題でも起こったかの?」
何か悪ふざけの一種だったらしい。 気にせず美鈴は相談に乗ってもらう事にして事情を話した。
「そういう事なら儂に任せると良い。 お主はただ飯食らいに甘んじているのが悪いからと買出しを代わりにしに行ったとでも言っておいて、ぬえとまとめて2人の面倒を見ておこう」
「助かります、凄く」
「今のうちに出ておけばその分戻りも早くなろう、白蓮へも儂から説明しておく、安心して行ってくるが良いぞ」
美鈴はぺこりと頭を下げると、ポケットから紙人形を取り出して気を込めた。
まるで命が宿ったかのように自ら動き出すと、地面に降り、美鈴から少し離れる。
地面に手をつけたかと思うと、そこから小さく仙界への扉が開いた。 流石に小さすぎてこれに美鈴は入れそうにない、飽くまで人形の出入り程度の軽い術のようだ。 紙人形がそこへ入っていくとすぐに小さな扉は収縮して消える。
程なくして、床のドアを開けるかのようにして「地面を開けて」屠自古が地中から顔を出した。
「あら? えーっと、狸さん? 貴女も?」
居るのが美鈴だけではないと見て屠自古は少し戸惑ったようだ。
「いんや、儂はただの見送り、留守番じゃよ」
そう答えるマミゾウは、美鈴から見ては特に警戒などはしていないようだった。
「そう、じゃあ美鈴さんだけ借りていくわ」
「妖怪らしからぬお人よしじゃて、お手柔らかにの」
「心配は要らないわ」
このやり取りに腹の探り合いでも含まれているのだろうか、と、美鈴は他人事のように考えていた。
再び訪れた布都達の居る道場、命蓮寺で色々あったせいか美鈴には久しぶりの事のように感じられた。
なんとなく覚えている応接間のような部屋への道順を屠自古に先導されながら、美鈴はふと気になった事を訊いてみた。
「随分広いようですが、お三方だけでお住まいなのですか?」
「いいえ、太子様が時折人里に出ていて、そこで弟子入りを志願する者も居るから……まぁ、今の所小間使い扱い程度だけれどね。 貴女が顔を合わせた私達3人以外もここに住んでるわよ」
「へぇ……」
美鈴はてっきり3人だけで他には誰も居ないのかと思っていた。 その理由まで思考をめぐらせた所で違和感に気付く。
「あれ? じゃあ何故知名度が無くて発言を引用されているなんて事に?」
「謎の賢人、とでもいった存在になっているせいかしらね。 太子様は元々中枢を担う程の為政者だったの。 だからここでも望まれれば人々を導くおつもりでいて、里の人間に手を貸す事があるのだけど……お仕着せにならないように身分を明かしてないのよ」
美鈴はまだ神子の持つ能力を知らないが、かつて政治を取り仕切っていた人物にして仙人でもある存在がその経験から手腕を発揮すれば、ここの人里における効果は十二分であろうし弟子入りしようと思う者が出るのも当然だろうと理解した。
「……それってもしかして、神霊の異変の時の「戯れは終わりじゃ」の人が神子さんであり、今時々人里に現れては何かしている・かつてとても偉い人でもあった仙人の正体だ、と結び付けて認識されていないんじゃ……」
「かもしれないわね。 私は今のように暮す限りでは、新参者がしゃしゃり出て古参にいびられる、なんて事にならないためには都合が良いと思うけど……布都は不満みたい」
美鈴には布都の気持ちも解らないでもない。
レミリアが、咲夜のように道理を説くでもなく、パチュリーや魔理沙のように親しみを込めてでもなく、完全に侮辱されていたとしたら美鈴も腹を立ててしまうだろう。
「布都さんは……私に怒っていませんでしたか?」
「ええ、太子様が貴女を見て解った事をお話ししたおかげで。 多分顔合わせてまず土下座から入るんじゃないかしら」
「ど、土下座……」
美鈴としてはそこまではしてもらいたくない所だが、そうしなければ布都の気もすまないのだろう。
「って、神子さんとはちょっとお話しした程度だったんですが、それだけで私の事を把握されたという事なんですか?」
もしや地霊殿のさとりのように心を読むのだろうかと美鈴は思ったが……
「太子様は相手の欲を聞く事が出来るのよ。 それによって本質を理解する。 貴女は宴会の開催を成功させてあげたいだとか、出会える人と仲良くなりたいだとか、晩御飯に何食べたいだとか、昼寝したいだとか、布都の振る舞ってくれるお茶への期待だとか、そんな至極平和な欲が聞こえたそうよ」
「……読心術かと思ったんですが、なんだか……それよりも恥ずかしいような」
それで信用されたというのなら悪くは無いが、何か胸の内がむずむずしてしまう。
「まぁまぁ、そのおかげでこうして面倒な事態にならずに済んでるんだからいいじゃない」
「それは確かに……そうですね」
「先日は無礼を働きすまなかった!」
布都は屠自古の見立て通りまず最初に土下座した。
「いえ、そこまでしていただかなくとも……」
「太子様が仰るにお主は人を騙し・陥れ・殺戮するような手合いではなく至って善良な存在と……それを我は妖怪憎しのあまり頭に血が昇って全く気づきもしなかった。 欲を聞く事の出来ぬ屠自古にも見えていたというのに……」
「今は私に「妖怪だから」と敵対心を持っているのでなければ、それで十分ですよ」
そういうと、美鈴は布都の両肩に手を置いて起き上がらせ、手を握った。
「ですので、これからは友達という事でお願いしたいです」
「……すまぬ、いや、ありがとうと言うべきか」
そんな2人の様子を神子と屠自古はにこやかに見ていた。 こころなしか屠自古はにやついているに近いようにも見える。
「では、お主の気に入ってくれた茶をまた点ててくるとしよう」
布都は足早に部屋を退出してお茶の用意をしに行う。 その足音は軽い。 ここへ来てよかったと美鈴は思った。
「神子さん、有難うございました」
「いいえ、お礼を言うのはこちらですよ。 布都の言っていた事を気にせずにいてくれて有難うございます」
お互いに微笑み合う。 僅かの沈黙の後、神子の表情が少しだけ曇ったように見えた。
「あ、あれ? どうしました? 何か変な欲でも漏れてましたか私っ!」
先程の屠自古の言を受けて少し過敏になっている美鈴。
「いえ、そんな事はありませんよ。 この間と同じように主命・食事・睡眠・友情の欲、それに少し郷愁にかられているようですね」
「うぇっ!?」
紅魔館を離れて4日目の朝、「館のみんなに早く会いたいなぁ」と少なからず思っていたのをしっかり読み取られた。
「うう、解っててもやっぱりなんだか恥ずかしい」
「ちょくちょく顔を出してればそのうち慣れるわよ」
普段から欲を聞かれているのか屠自古は至って涼しい顔をしている。
マミゾウが面倒を見てくれているとはいえフランドールとぬえを長時間放っておくわけにもいかないと、美鈴は然程の長居はせずに命蓮寺へと戻る事にした。
前回とうってかわって布都は名残惜しそうにしていた。 今度は紅魔館の面々と共に訪れたいと胸中に欲望を漏らしながら仙界を後にし、美鈴は命蓮寺の境内へと戻った。
陽が出ているのだから外には行っていないだろうと判断し、とりあえず部屋に戻る途中……
「おはようございます、美鈴さん」
「あ、おはようございます星さん」
星と鉢合わせした。
「ぬえ達にナズーリンの発掘した外の品を見せるようにとお願いしたそうですね」
「ええ、でも小傘さんと響子さんも、というのは白蓮さんからでしたが」
「貴女の作ったきっかけがあればこそですよ。 ナズーリンが人に披露して喜んでもらえるのは嬉しい事だと話していましたよ、有難うございました」
そんな風に思う事になろうとは美鈴は考えていなかった。 無理を頼んだ形になっていたかと思っていた程だ。 思わず嬉しくなってしまう。
と、その時廊下の向こう側で何かが見えた。
「……? 昼か夜のごはんに大根が出るのかな?」
「大根?」
「あ、いえ、なんでもないです。 ちょっと星さんの後ろの方で白いものが見えただけで」
「そうですか」
妙な事を呟いてしまったせいで話を止めてしまった。 美鈴は慌てて話題を探す。
「そういえば私が来た日の夕食の場で、星さん、私がぬえさんと仲良くなれそうかとマミゾウさんに尋ねていらっしゃいましたよね」
「ええ、仏門に入ろうとここを訪れた妖怪がいきなりぬえの悪戯の洗礼に遭って、以降敵視するという例も少なくはないものですから。 悪戯された状況を利用しようとするくらいでしたし大丈夫だろうとは思っていたのですが念のためにと」
「成程、そういう事だったんですね」
美鈴は星の言はぬえを心配しているが故の事と受け取った。 他の面々が旧知の仲、或いはここ数日で距離を縮めていて比較的付き合いの浅い星もこう言うのなら、マミゾウの言っていた通り寺の面々から見たぬえ、という方向は悪くはないようだ。
「貴女が色々してくれたように、私達自身も出来ればいいんですが、命蓮寺の者としての振る舞いとの兼ね合いとあっては中々難しいですね……」
「苦労なさっていたんですね」
「ええ……悪戯を叱らねばならない事と、寺の諸々の事であまり構えなかった事で距離を置かれてしまいまして……」
昨日の朝マミゾウが言っていた内容と同じだ。 どうやらそれによる問題はぬえ側にもあったらしい。
「うーん、マミゾウさんの話だと、悪戯をせずにいられない生き方が災いして他者からだんだん距離を置かれるようになるのがいつものパターン、といった感じみたいなんですよね。 星さんがそれに該当すると見てしまって距離を置いてるのでしょうか……」
「そういう事なのでしょうね……ところで、詳しくは伺っていませんけれど、美鈴さんはぬえに懐かれているんですよね?」
「ええ、そうみたいですね、私の前では凄くしおらしく振舞っていたり、言う事を素直に聞いてくれたり……」
星は驚愕の表情を浮かべる。 信じられない、といった様子だ。 美鈴もそれを見るとなんだか現実味の無い事のように思えてしまう。
「地底で付き合いのあった村紗と一輪相手ですら距離を置いているように振舞っているのに一体どうして……」
「マミゾウさんが仰るには、マミゾウさんが飄々としたおばあちゃんで、白蓮さんが優しくも厳しいお母さんで、私が優しいお姉さん……らしいです。 私がそう見られるのは、マミゾウさんが早々に認めたからだろうとも仰ってましたね」
それを聞いて星は唸って少し考え、言葉を返した。
「因みにマミゾウさんが貴女を認めた理由は?」
「はっきり聞いてはいませんが、お人よしだから、みたいですね。 お人よしという表現を何度もされてます」
星は再び唸って考える。 やがて一つ、小さくため息をついた。
「つまり貴女はこの短期間に見たぬえの全てを受け入れているのですね。 私達には出来ない……いえ、したくてもするわけにはいかない事だ。 ちょっとだけ嫉妬しますよ全く」
「あ、あはは……」
なんだか申し訳ない気分になっていまい、美鈴は困ったように頬を掻く。
「ですが、それが布石となってくれていますね。 ……何か、私達がぬえを嫌って距離を置いたりしているように見える事をしているのではないと、ぬえ自身が実感出来るような出来事でもあれば、解決できそうに思えるのですが……」
美鈴も、星達が気兼ねなくぬえと話せるようになり、ぬえ自身もそれが実感出来ればという見解に至っていた。 この問題さえ解決すればなんとかなる、だが……
「むぅ……一朝一夕には行かなさそうな、気がしますね……」
「ええ、どうすればいいのか……」
マミゾウも想定していた形、しかし実現は出来ていなかったもの。 これが叶えば美鈴が命蓮寺を離れ紅魔館に戻ってもなんとかなるかもしれない。 だが、それには他者から距離を置かれる事に慣れすぎてしまったぬえに、命蓮寺の中心近い面々への意識を変えてもらう必要がある。
こればかりはマミゾウに相談してもどうにもならないだろう、果たして、手段はあるのか……
「あ、おかえりなさーい」
ぬえとマミゾウの部屋に3人揃っていた。
入るなり美鈴はフランドールに抱き着かれた。 ぬえも逆側に近づき抱き着きはせず、ややぎこちなくくっつく。
変身して芸でもしていたのか、尻尾の生えた魔理沙の姿をしたマミゾウが肩を落とした。
「楽しませてやろうと色々変身して見せておったというに、美鈴が戻ってきた途端これか。
子が母親にばかり懐いているさらりぃまんの父親の気持ちというのはこういうものであったか……」
「今何か私が妻でマミゾウさんが夫という恐ろしいたとえを聞いた気がするんですが」
時折しばらくの間程度ならからかわれていたとしても問題は無いが、もしそれが日常的にかついつまでも続くとしたら……美鈴にはぞっとしない話だ。
「冗談はさておきお役目交代じゃ」
ぽん、と美鈴の肩を叩いてマミゾウは外へと出て行く。
「流石に短時間にぽんぽん変身して疲れたのでな、外でぼーっと空でも眺めて休憩してくるぞい」
「はい、解りました」
「めーりーん、お土産ないのー?」
マミゾウは美鈴が買い出しに行ったという事にすると言っていた。 フランドールの要求は信じた故の事か。
この展開は予想していた美鈴、布都から振る舞われたお茶請けの砂糖菓子を少し分けてもらっていた。
「えーと、あるにはあるんですが……」
これだけ与えてしまうと、先日美鈴自身が体験したように甘すぎてフランドールもぬえも文句を漏らすだけになってしまうかもしれない。
とりあえずは説明をと見せるために取り出したのが間違いだった。
フランドールが素早く美鈴の手からお菓子を奪う。
「あっ!」
声を上げたその隙にぬえも奪い、2人共口に放り込んだ。
ぽりぽりと咀嚼の音……が、すぐにやんだ。
「あ、甘……」
「砂糖の塊みたいに甘い……」
「もう、話す前に食べちゃうからですよ」
お茶と併せて食べる事が前提のお菓子なのでとても甘いからこれだけで食べるには向かないとお菓子屋で説明されたという事にして2人に話す美鈴。
「これに懲りたら、私に関してだけでなく何か言おうとしてる人の話はちゃんと聞かないと駄目ですよ?」
「はーい」
声を揃えて返事をした。 マミゾウのおかげで既に打ち解けているのだろうか。
少しして3人は気付いた。
美鈴はいつも門番をして外で立っていて、屋外での1人での暇つぶしなら幾つか知っているが屋内での複数人での遊びは知らない。
フランドールは長らく地下室にいたために室内で過ごす事も苦にならないが、暇つぶしの手段がやや常人離れしている。 例を挙げればドカーンしたアレやソレを思い出してにやついてみたりと遠い所に行ってしまっている上に一人プレイ専用といった有様だ。
そしてぬえは美鈴に近く、外に居る事が多かったのと、誰かに悪戯を仕掛ける形ばかりだった。 命蓮寺の中で3人連れだって悪戯をしかけに行くわけにもいかないし、何よりそれは美鈴が止める。
つまる所「3人で遊ぶ」方法が解らない。
それでもなんとかしようと3人で結論の出ない議論を重ねた結果……
「……どうしてこうなった」
マミゾウが休憩から戻ってくると、ぬえを背の上に座らせた状態の美鈴が腕立て伏せをしていた。
「あ、マミゾウおかえりー」
「おかえりなさーい」
ぬえとフランドールがそれぞれマミゾウに声をかける。 美鈴の時とは違いそれだけでくっついたりはしないらしい。
「おかえりなさい」
美鈴も腕立て伏せを続けたまま言った。
「何故そのように戦闘民族のような事をしておるのじゃ」
「いやぁ、3人で室内で仲良く遊ぶ方法が浮かばなかったもので」
だからといって何故腕立てなのか、マミゾウは眉間を抑える。
「門番のお仕事中に暇な時は武術の鍛錬動作をしたりもするって話からー」
途中まで言ってフランドールは後の句を継げとばかりにぬえを見やる。
「鍛えてるんだったら私達を乗っけたままトレーニングも出来るんじゃないかなって話になって」
ぬえは尻の下の美鈴の方を見た。 視線が合う位置ではないので意図が通じるのが遅れて少しだけ間を置いてから答えを続けた。
「何をしようかと話してるだけで何もしてないのも時間がもったいないなぁというわけでとりあえずやってみようという事になりましてね」
「部屋の中の物を使うという発想はないのかお主らは……」
マミゾウは深くため息をついた。
フランドールがいるため日中は外に出られない。 それは美鈴にとってはかえって幸運な事であった。
残るはぬえと一輪・村紗・星の両者がお互いに話しやすい状況を作る事。 寺に留まって機を伺っていられる方が都合が良い。
……しかし機など全く訪れはしなかった。
修行やら何やらで触れ合う余裕が碌にないためだ。 当然といえば当然である。 これはここまでに聞いた話そのままの状況で、それこそが彼女らの悩みの一部でもあるのだから。
夕食の後、暗くなった境内に美鈴達4人が出て来ていた。
一日中寺の中に居ては気が滅入るだろうから境内で体を動かすくらいした方がいいと白蓮の言があったからだ。
流石にこう暗くなってから外に遊びに行くのは駄目だと釘を刺されている。
体を動かすという目的とあって、美鈴による拳法の基本動作講座が開かれていた。
ぬえは真面目に取り組んでいて、マミゾウは興味本位で付き合っているといった様子で、フランドールはいざとなったらドカーンした方が早いと思っているのか鍛錬というよりただの運動といった様子、解り易く三者三様だ。
「フラン様、駄目ですよそんな気のない動きでは」
「えー、だって殴る蹴るよりもドカーンした方が確実だよ?」
「もしかしたら能力か何かで「目」を手元に持ってこられない相手と戦う必要が出てくるかもしれません。 その時のためにも覚えておいて損はないですよ。 フラン様は吸血鬼で物凄い力があるんですからただの力任せじゃ勿体無いです」
「うー、だって美鈴の動き難しいんだもん」
しかし美鈴の説明にフランドールは納得していない様子だ。
「ねぇ美鈴、フランのその「目」を手元にーってのは何?」
「ああ、フラン様は……まぁ簡単に言うと、生物から物質まで全てが持っている弱点を手の中に持ってきて握りつぶして強引に破壊出来るんですよ」
ぬえ――ついでにマミゾウも――いまいち解らないらしい。
「例えばですね……」
美鈴は飛んでいって少しその場から離れると、大きめの石を持って戻ってきた。
「フラン様、ちょっとこの石ドカーンしてみて下さい」
「おっけー!」
言うが早いか、美鈴の手の上で石に無数のひびが入り、割れてしまった。
「……と、まぁこんな具合に、これが生物……妖怪や人間にまで出来ちゃう、と」
「なんとも物騒な能力じゃな」
地下室に軟禁状態だったのも納得がいく、という言葉をマミゾウは飲み込んだ。
不意に……
4人のすぐそばに何者かの放った弾が着弾した。
「攻撃!?」
少し見えた弾道から方向を判断する、上空……!
「妖怪寺に住まう者どもよ! 降伏すれば穏便に済ませようぞ!」
高らかに響いた声は、布都のものだった。
「少しだけ時間をくれてやる! 降伏するか、弾幕にて雌雄を決するか、結論を出すが良い!」
「布都さん……!? どうして……!」
今すぐにでも近づいていって真意を確かめたい所だが、布都の呼びかけは命蓮寺に向けてのものだった。 白蓮の考えを聞かずにいきなり飛び出すわけにもいかず、まずは寺の者が出てくるのを待った。
「皆さん、ご無事ですか!?」
白蓮はすぐに一輪・村紗・星を伴って出てきた。
「ええ、威嚇射撃のようでしたので誰も直撃はしていません」
「そうですか……良かった」
白蓮は胸を撫で下ろす。
「どう見ても宣戦布告ですが……白蓮さん、どうなさいますか?」
美鈴の言に、白蓮は力強く答える……
「あの方がどういうつもりかは解りませんが、ここがどういう場所かを知った上でのあの高圧的な態度……争いを避けるために降っても寺の皆が良い扱いを受けるとも思えません。 ……撃退します」
「ではまず私に行かせて下さい」
美鈴は即座にそう返した。
「美鈴さんが……?」
「はい、上空にいるあの方は布都さんなんです。 これほど強硬な手段をとっている理由は解りませんし、恐らく話をしても手を引いてはくれないでしょう……ですから、力づくでも止めるべく善処します。 弾幕では恐らく負けるでしょうけれど……それでも勝ち目は全くないはずはありません、力の限り……頑張ります」
負ける事を覚悟の上の美鈴の台詞、その決意は固く視線は鋭い。
「命蓮寺の者でない貴女にそこまでして頂くのは心苦しいですが……」
「それはお気になさらないで下さい。 友達と友達が争う様を見過ごしたくない私の我がままのようなものですから」
「そうですか……でしたら、お願いします。 ご無理はなさらぬよう……」
白蓮は美鈴に深々と頭を下げた。
「あちらさんは3人で来とるようじゃの、と来れば美鈴、お主を1人で行かすわけにもいくまい」
「じゃあ私も行く!」
真っ先に名乗りを上げたのはフランドールだった。
「ぬえ、お主が出んのなら儂が行くが、どうするね?」
「勿論……行くよ!」
ぬえとフランドールは顔を見合わせると頷きあった。
「よもや、これは私のわがままだからなどと言いはすまい? お主があの面々に1人で挑めば分が悪かろう。 何せお主弾幕が苦手だと自ら言っておったものなぁ」」
マミゾウはニヤニヤしながら美鈴に言う。
「う……確かにそうです、締まらないなぁ……」
「ふふ……色々としてもらう事ばかりだけど、こればかりは私達がしてあげる側だね」
ぬえは嬉しそうにそう言った。
「では、お願いします。 あとフラン様、くれぐれも相手を直接ドカーンしないで下さいよ。 絶対駄目ですからね!」
「解ってるよー。 それをしないから霊夢も魔理沙もまだ生きてるんだよ!」
さりげなくとても物騒な答えが帰ってきた。
「美鈴……お主ここにおったのか」
布都のその言葉に反して驚く様子はない。
「悪いが、それでも譲る気はない。 妖怪の集う寺……危険なのだ」
「ここには人間も多く訪れて共に仏門の修行に励んでいます。 危険などありません」
その美鈴の言葉にも首を横に振る。
「仲違いを起こし、人が喰らわれる保証が無いと言えるか……? 言えはすまい」
「それは……」
そのような事態になれば白蓮達がすぐさま収拾させるだろうが、犠牲は出る。 美鈴は答えに詰まってしまった。
「答える事が出来ぬのなら、我らは進まねばならぬ」
「では、私はそれを止めましょう」
美鈴はちらりと神子の方を見やった。
欲の声を聞く彼女は黙して何も語らない。
どうやらやるしかないようだ。
強硬な態度の割に布都達はスペルカードをそれぞれ2枚ずつしか用いないらしい。
それも3人それぞれが1枚ずつの後、3人同時という展開でだ。 美鈴達もそれに沿って1人1回ずつで布都達側3名に当たった後、協力する事になった。
両チームの撃墜数が同じ場合は最後の総力戦の撃墜数が多い方の勝利、また、勝負中に負けを認める事があれば撃墜数に関わらず勝敗決定とするという取り決めの元、勝負が始まった。
布都がまず最初に出ると見て、美鈴達側は満場一致で美鈴が出る事になった。
しかしあからさまな程に力及ばず撃墜される美鈴。
次はフランドール対屠自古。 暴れられる事が嬉しいとばかりのレーヴァテインの一閃が屠自古を直撃。
最後にぬえ対神子。 ぬえの危険視した聖人の力は伊達ではなく、ぬえの善戦も虚しく敗北……
美鈴側撃墜1・布都側撃墜2という状況で前哨戦は終わった。
「美鈴、お主の腕はその程度か!」
悔しいが返す言葉も無い美鈴。 弾幕のスペルカードによる勝負でさえなければと内心歯噛みするが仕方が無い。
「すみません、私のせいで不利な状況に……」
「私もまけちゃったし……」
美鈴とぬえがうなだれる。
「大丈夫だよ、次は3人一緒なんだから、みんな落としちゃえばいい!」
楽観的に言うフランドールに美鈴とぬえは励まされた。
「難しいですが、成し遂げるつもりで頑張りましょうか」
「うん、そうだね……」
神霊の異変の時にも神子達3人による協力攻撃のスペルカードがあった。 だが今回はその時のままの攻撃ではなかった。
布都は放射状に直進する弾を、屠自古はそれぞれの相手の居る位置へ向けた弾を、神子は後ろから何本かのレーザーを放った。
対する美鈴達は美鈴が不規則な方向に直進する弾を、フランドールがレーザーによるなぎ払いを、ぬえが不規則な動きで動き回る弾を撃つ形で応戦する。
……如何せん美鈴の攻撃の密度が薄い。
しかもフランドールがこっそり美鈴に向かう弾を一部握りつぶしているがそれでも危うい。
どちらかといえば接戦に持ち込んでいるというよりも持ちこたえている、というような戦況だ。 そして……
「戯れは終わりじゃ!」
「やってやんよ!」
「我にお任せを!」
制限時間の半ば頃に、例の台詞と共に布都達が本気を出してきた。
「この紅美鈴、今だけ命蓮寺の門番です!」
「じゃあ私門番その2!」
「みんなを……守ってみせる!」
対抗するように美鈴側もそれぞれ叫んで気合を入れた。 ……一人どう見ても緊迫感無く楽しんでいる。
しかし均衡はすぐに崩れた。
「あ」
「ひでぶ!」
布都達の本気で握りつぶすべき弾の量とタイミングが変わったせいで、普段専ら攻撃的にこの力を用いているフランドールは対応しきれずあっさり美鈴への攻撃を通してしまった。
元々フランドールのおかげで被弾を免れていた程だったため、物凄い量の弾が美鈴に直撃してあっさり撃墜。
「ごめんねめーりーん」
べしゃっ……と、擬音をつけるべき情けない姿で地面に激突。
「いたたたた……あ、そうか、フラン様が守っててくれたのか、道理で……」
「格好良い事言ったくせに小気味良いまでの瞬殺よのう」
マミゾウからの茶々が入った。
「でも、これで……」
フランドールが小さく呟く。
「やっと本気で暴れられるよ!!」
不慣れな防御に意識を割いていた分フランドールの攻撃は幾分か鈍かった。 ここからは攻撃に専念できる。
「フランの本気、ねぇ……負けてられない! 美鈴は無理だったけど、命蓮寺のみんなを……!」
更にぬえも攻撃の激しさを増した。 手を抜いていたわけではない。 フランドールに触発されて張り合う事により更に力を発揮した形だ。
皮肉にも布都達3人は美鈴を撃墜した事で更なる猛攻に晒された。
やがてフランドールが屠自古を、ぬえが布都を撃墜し……
「さぁ、行くよ! ぬえ!」
「うん! これで……!」
「「終わりだーー!!」」
急ごしらえにしては息の合った同時攻撃が神子に殺到する!
「……お見事」
最後の最後に一言だけ呟いて、神子も撃墜となった。
「や、やった……!」
「世間ではそれをやってないフラグと言うておったらしいのう」
「?」
「いんや、なんでもない。 よくやったもんじゃな、あの2人は」
ぬえとフランドールが降りてきた。
それを見て、美鈴はフランドールの手を取って少し離れた所へ誘導する。
「フラン様、私を守っていてくださったんですね。 必死だったのでやられてからようやく気付きましたよ」
「えへへ、頑張ったよ!」
美鈴はフランドールの頭を優しく撫でる。
一方ぬえは村紗・一輪・星に囲まれて口々に褒めたてられていた。
「ぬえ、凄いじゃない!」
「いやぁ、貴女達が駄目だったら私らが出ようと思ってたけど出る幕無かったねぇ、見事なものだった」
「しかも悪戯っ子がみんなを守ると宣言だなんて、感動すら覚えましたね」
少し戸惑っているようだが、ぬえは嬉しそうだ。 マミゾウもそれを満足げな顔で眺めていた。
……白蓮がそこにはいない。
美鈴が辺りを見回すと、撃墜後に境内に降りてきていた布都達の所に居た。
フランドールと共に歩み寄る美鈴。
「有難うございました美鈴さん」
気付いた白蓮がお礼の言葉を述べる。
「布都さん達を、どうするおつもりですか……?」
先程の剣幕だと命蓮寺にちょっかいを出せないように、などと言うかもしれないと美鈴は警戒した。
「ふふ……ご心配要りませんよ。 実はこれ……」
「まぁ、こういう事なんですよ」
軽い調子で神子がそういうと、おもむろに手近な場所に仙界への扉を開いて手を突っ込み……引き出した手には……
「ドッキリ大成功」と、看板があった。
「……はい?」
要約するとこういう事だった。
神子は欲を聞く事で相手の本質を見るだけでなく、その近未来の予測まで出来る。 今朝美鈴が訪れてきた際に見えたのが……ぬえと一輪・村紗・星の3名との関係改善への欲、当事者達が触れ合う時間を持てない事をなんとかしたい欲、自らはなんとか出来る気がしないものの機があればなんとかしてやりたい欲……そういった事から見えた未来は、決め手がつかめずに中途半端な形のまま紅魔館に帰る事になるというものだったのだ。
そこで、人里に顔を出してこそいるが幻想郷の力を持った面々との付き合いに乏しい神子達自身の環境の改善も兼ねて、白蓮へと襲撃の狂言を打診した。
神子の見た美鈴の人柄から間違いなく美鈴は布都を止めようと出てくるし、美鈴が出ればぬえも出る。 そして命蓮寺を守ろうという行動をしたのなら一輪・村紗・星も素直に認めたと見せる事が出来るし、ぬえも受け止める事が出来る。
襲撃の理由には布都の妖怪嫌いを利用した。 美鈴に敵対心を向けた詫びも兼ね、敢えて汚名を着ようと布都自身の申し出だった。
「さて……」
神子のドッキリ大成功看板によるネタばらしとぬえ達への説明も終えて落ち着いた所で白蓮が呟いた。
「一悶着終えたら、宴会で親睦を深めるのがここ幻想郷の慣わしみたいですねぇ神子さん」
「ええ、ですが曲がりなりにも私達は襲撃した者された者という関係、どちらかを会場とすれば要らぬ誤解も招くかもしれませんねぇ」
二人共ニコニコと美鈴の方を見ながら白々しく話す。
「あ……そ、それなら是非とも紅魔館へ! 盛大にお祝い致しましょう!!」
「ええ、そうですね」
「是非ともお願いします」
白蓮と神子、二人揃って美鈴へと頭を下げた。
夜の紅魔館に2つの影。
美鈴とフランドール、2人揃って帰ってきた。 目的を果たして。
不安だったが、見事に成し遂げる事が出来た。 こんなにも晴れやかな気持ちで帰ってこられるとは、美鈴は想像だにしていなかった。
「……お嬢様ー!! 咲夜さーん!! 紅美鈴、目的を果たして只今帰還致しましたーー!!」
次の瞬間。
美鈴の脳天にナイフが突き刺さっていた。
「深夜に思いっきり叫ぶんじゃないの。 お嬢様が起きてしまうでしょう?」
「うう……折角綺麗に締めに入ったんですから見逃して下さいよ……」
美鈴がいいお姉さんしていたと思います。
……おぜう深夜に寝てるの? 吸血鬼なのに
Q この登場人物の言動は何を意図したものでしょうか
という問いとその模範解答を延々読んでいる気分でした。
めでたしめでたしで終わったのは◎。
ほのぼのとした幻想郷を描く方は多いのですが、この作品(というかこのシリーズ)は他とは違うほのぼの具合で非常に暖かい気持ちになれました。
ただ文章がくどいというか、途中で読むのが面倒になるような場面も多かったのでこの点数をば。