Coolier - 新生・東方創想話

狐独のグルメ Season 2 「外の世界のけつねうどんとおにぎり」

2012/12/14 05:00:21
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<Season 2 各話リンク><Season 1 各話リンク>
 「河童の里の冷やし中華と串きゅうり」(作品集174)
 「迷いの竹林の焼き鳥と目玉親子丼」(作品集174)
 「太陽の畑の五目あんかけ焼きそば」(作品集174)
 「紅魔館のカレーライスとバーベキュー」(作品集174)
 「天狗の里の醤油ラーメンとライス」(作品集175)
 「天界の桃のタルトと天ぷら定食」(作品集175)
 「守矢神社のソースカツ丼」(作品集175)
 「白玉楼のすき焼きと卵かけご飯」(作品集176)
 「外の世界のけつねうどんとおにぎり」(ここ)
 「橙のねこまんまとイワナの塩焼き」(作品集176)
 「人間の里の豚カルビ丼と豚汁」(作品集162)
 「命蓮寺のスープカレー」(作品集162)
 「妖怪の山ふもとの焼き芋とスイートポテト」(作品集163)
 「中有の道出店のモダン焼き」(作品集164)
 「博麗神社の温泉卵かけご飯」(作品集164)
 「魔法の森のキノコスパゲッティ弁当」(作品集164)
 「旧地獄街道の一人焼肉」(作品集165)
 「夜雀の屋台の串焼きとおでん」(作品集165)
 「人間の里のきつねうどんといなり寿司」(作品集166)
 「八雲紫の牛丼と焼き餃子」(作品集166)









 式として、紫様から命じられる日々の雑事にかまけていると、ついつい自分の式のことはほったらかしになってしまいがちだ。
 私――八雲藍が橙を式としたのは、何も人間が野良猫を拾って飼うような心理が故ではない。それは私自身の力の証明であるとともに、紫様の手足となるべき次代の式の育成という大きな理由がある。いずれは橙を、紫様から《八雲》の姓を賜るに相応しい、私と並び立つ立派な式へと育てあげるのが、長期的に見ての私の役目のひとつであるのだが――最近は少々、橙のことを放任しすぎているな、とふと思い立ったのが今朝のこと。
 そんなわけで、今日。

「ほら、橙。こっちだ」
「はーい」

 私は橙を連れて、マヨヒガからほど近いあたりの博麗大結界を見回っていた。博麗大結界の保守点検という私の日常業務を、橙に学ばせようというわけだ。

「橙、そっちじゃない」
「うえ?」

 いつの間にか明後日の方向に歩き出していた橙を連れ戻す。――博麗大結界は、《思念》を遮る論理結界である。見た目の上では、幻想郷は外の世界と陸続きであり、まっすぐ結界の外へ歩いて行けそうに見える。しかしそこに近付くと、博麗大結界がその思念に干渉して、無意識のうちに結界からその者を遠ざける、そういう結界なのだ。
 平常ならばそうして幻想郷の内外の行き来は封じられている。結界に干渉できるのは、この結界を張った張本人である紫様と、管理者である私、そして博麗霊夢の三人だけである。
 しかしこの結界、外の世界の者と、こちら側の世界の者の《認識の乖離》を数式化した論理結界であるが故に、幻想郷住人と外の世界の住人、双方の思念に強い影響を受ける。たとえば、まだこちらに来るべきでないものが幻想郷に来てしまうと、外の世界の住人の思念と繋がったままの《それ》が結界にほころびを生じることもあるのだ。紫様が取り立てと称して香霖堂の商品をときおり回収してくるのも、それが理由である。
 博麗大結界は常に揺らいでいる。その揺らぎを見極め、不安定な箇所は補修をする。それは八雲の式として欠かすことのできない第一の任務である。

「――というわけだ。どうだ橙、解ったか?」
「ふにゃぁ」

 私の説明に、返ってきたのは生あくびだった。目を擦る橙に、私は溜息をつく。まだ橙には難しかったか。あれこれ説明するより、具体的に見せた方がいいかもしれない。

「じゃあ橙。実際に結界がどうなっているかを見せてやろう」

 私は博麗大結界に近付き、その論理に干渉してイメージを可視化する。次の瞬間、辺り一帯の結界が、ちょうどガラスのドームのような形で可視化された。橙がそれを見て歓声をあげる。これは極めてシンプルなイメージだが、まあこのぐらい解りやすくした方がいいだろう。

「これが博麗大結界だ。私の仕事は、この結界の緩んでいるところを補修することだ。そう、たとえば――」

 と、私は可視化した結界に触れてまわり、ある一点で手を止める。一箇所、結界が少し緩んでいた。急ぎで補修するほどでもないが、橙への説明にはちょうどいいだろう。

「このあたりだな。橙、触ってみるか?」
「はいっ」

 興味を惹かれた様子で、橙は私の元に駆け寄ってくる。私の触れていた結界に、おそるおそる手を伸ばす橙。その手が結界に触れる――が、橙は不思議そうに首を傾げた。ぐいぐい、と虚空を押しつけるが、結界はびくともしない。

「まだ解りづらいか。じゃあ、もう少し緩めてみよう」

 私は結界に干渉し、橙が触れているあたりの結界を緩める。虚空で止まっていた橙の手が、にゅるりとその先に滑り込んだ。「おお!」と橙が歓声をあげる。私は満足して頷いた。

「そう、こんな風に結界に穴が空いてしまっては危険だ。だから私は毎日――」
「ら、藍様あー!」

 情けない悲鳴に、私は顔を上げる。いつの間にか橙は手どころか、上半身が結界の中に突っ込んでしまっていた。じたばたともがく足まで、結界に飲みこまれそうになっている。

「ちぇ、橙!」

 私は慌てて橙に駆け寄り、その身体を結界から引きずり出そうと手を掛ける。が、橙の身体はもう六割がたが結界にかかってしまい、内側から引っ張ってもびくともしない。
 ――まずい、このままでは橙が放り出されてしまう。
 私は結界から身を乗り出した。泣きそうな顔の橙を、外から押し戻すように結界の内側にねじこむ。藍様、と橙が叫んだ瞬間――その反動で、私は結界の外側に放り出された。
 強引に緩めた結界が、私の目の前で閉じた瞬間、私の意識は暗転した。









時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼女は自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わずにものを食べるという、孤高の行為。
この行為こそが、人と妖に平等に与えられた、最高の“癒し”と言えるのである。





狐独のグルメ Season 2

「外の世界のけつねうどんとおにぎり」











 ――気が付くと、私は知らない場所で立ち尽くしていた。

「ここは……?」

 私はきょろきょろと周囲を見回す。そこは、多くの人間が行き交っている道の真ん中のようだった。しかし、少なくとも幻想郷の人里の通りでないことは確かだ。行き交う人間の服装も、立ち並ぶ建物の形も、何もかも幻想郷のそれとは違う。違いすぎる。
 ――ここは、外の世界なのか。
 頭痛を覚えて、私は顔をしかめる。――ああ、そうだ。結界から放り出されそうになった橙を助けようとして、私が結界の外に放り出されてしまったのだ。

「参ったな……」

 頭を抱える。補修中に結界の外に放り出されるなんて、紫様の式としてあってはならない失態である。あろうことか、自分で緩めた結界の穴から放り出されたのだから弁解の余地もない。

「とにかく、幻想郷に戻らないと」

 そう口に出してみるが、――しかし、ここはどこだ?
 周囲を見回してみるが、博麗大結界らしきものはどこにも見当たらない。外に放り出された拍子に、変なところに飛ばされてしまったのか。だとするとまずは幻想郷の所在地を見つけなければならないのか。――外の世界で忘れられた場所の所在地を? どうやって?
 まずい。これは非常にまずい。どうすればいいのだろう。
 うろうろと意味も無くその場を歩き回っていた私は、ふと小さな子供の声に足を止めた。

「ママー、あの女の人しっぽ生えてるー」

 幼い子供が、私を指さしてそう言っていた。その手を繋ぐ母親らしき女性は、「しっ、見ちゃいけません」と子供を窘め歩き出す。――周囲を見回してみれば、行き交う人々が大なり小なり、私のことを奇異の視線で眺めている。「コスプレ?」「さあ」などという声が聞こえた。
 しまった、ここは外の世界。私のような妖獣は存在しないはずの場所なのだ。
 私は慌てて周囲を見回し、近くの路地裏に逃げ込んだ。――とりあえず、この世界を歩き回っても違和感のない恰好にならないといけないようだ。最低限、耳と尻尾は隠しておかなければならないだろう。
 路地裏から行き交う人々をこっそり眺め、この世界の女性の服装をチェックする。だいたいの目算をつけて、変化の妖術を使った。式としてではなく、妖狐時代にとった杵柄である。
 青いぴっちりした履き物と、チェック柄の上着。尻尾は収納しきれないので不可視の状態にしておく。帽子は耳の形が出るものではない、ベレー帽タイプのものにした。路地裏から顔を出し、近くのガラスに自分の姿を映してみる。うん、たぶんこれで、こっちの世界でもそう違和感はない、はずだ。周囲を見回してみるが、今度は私にこれといって奇異の視線を向けている者は見当たらなかった。
 やれやれ、とほっと一息ついて、私は歩き出す。何かあてがあるわけではなかったが、立ち尽くしていたところで仕方ないのも確かだ。とにかく幻想郷に戻る手掛かりを何か見つけなければ。
 きょろきょろと周囲を見回しながら歩いていると、外の世界から幻想郷に迷い込んできた人間もこんな気分なのだろうか、とふと思った。この、世界の中によりどころのない感じ。知らない場所に取り残され、どうすればいいのかも解らず、ただ彷徨うしかない、迷子のような心細さ。――いかんいかん、弱気になるな。

「……しかし、神社仏閣の多い街だな」

 少し歩くだけであちこちに寺や鳥居が目に入る。命蓮寺、博麗神社、守矢神社しかない幻想郷とは大違いだ。もっとも、街の規模がそもそも全く違うようだが。
 ――そういえば、博麗神社は幻想郷と外の世界の境界に建っている。そうだ。だとすれば、こちら側の博麗神社を見つければいいのだ。そこから博麗大結界を超えればいい。
 さて、そうとなれば博麗神社を探そう。これだけ神社仏閣の多い街だ、そのあたりの人に聞けば博麗神社を知っている人もいるだろう。私は周囲を見回し――。
 その二人組が、目に入った。

「……え?」

 それは、手を繋いで歩く少女ふたりだった。ひとりは黒い髪に、白いブラウスと黒いスカートのツートンカラー。赤いネクタイを締め、永江衣玖のものに似た黒い帽子を被っている。
 そして、もうひとりの少女。金色の髪に、紫のワンピースを着た少女は――。

「――紫様?」

 私の声が聞こえたのか、その少女が振り返った。――似ている。私は雷に打たれたような感覚をおぼえて立ち尽くした。金色の髪の少女は、紫様にうりふたつだった。ただ、外見が、というだけではない。あのふたりの少女から、ひどく馴染み深い気配がするのだ。式としての嗅覚と言ってもいい。紫様の纏う、あの独特の気配が、ふたりから漂ってきている。

「ん? メリー、どうかした?」

 金髪の少女が足を止めたことで、手を繋いでいた黒髪の少女がつんのめるような恰好になって振り返った。メリーと呼ばれた金髪の少女は、周囲を見回しながら首を傾げる。私はそっと物陰に身を隠して、ふたりの様子をうかがう。

「なに? こんなところで結界の切れ目でも見つけた?」
「そうじゃなくて、ちょっと誰かの視線を感じたんだけど――気のせいだったみたい」
「あら、これ見よがしに手なんか繋いでたから注目集めちゃったかしら?」
「注目集めたくて繋いでたの?」
「メリーは私のものですアピールの一環よ」
「はいはい」

 ふたりは手を繋ぎ直して、仲睦まじげな様子で再び歩き出す。息を詰めてそれを見守っていた私は、少し距離を置いてふたりを追いかけて歩き出した。
 ――紫様の気配をまとった、あの少女は、いったい何者なんだ。
 それを解き明かさないことには、幻想郷に帰るに帰れなかった。



「じゃ、お昼どうするかは連絡ちょうだいね」
「了解。またあとでね」

 やってきた場所は、少女たちと同じぐらいの若者が集まる場所だった。大学、という文字を見つけ、なるほど学問の場所か、と納得する。あのふたりも学究の徒であるらしい。
 少女ふたりは、《文学部》という看板の出た建物の前で別れた。金髪の少女はその建物に入り、黒髪の少女は別の方向へ歩いて行く。私はどちらを追うか考え、紫様にうりふたつの金髪の少女を追うことにした。建物に入るとき、無関係な私は見とがめられないかと懸念したが、特にそんなことはなく潜入に成功する。少女の姿を探すと、そのまま部屋のひとつに入っていこうとするところだった。私も少し間を開けて、その部屋に入る。
 広い部屋に、整然と机が並び、そこに若者が思い思いに腰掛けている。――寺子屋の教室の、もっと規模の大きいものか何かか。無関係な私の存在も、特に気に留める様子の者はない。あの少女を探すと、中程の席に腰を下ろしていた。私は後方の席に座って、少女の後ろ姿を見つめる。――やはり似ている。後ろ姿も、とてもよく。だが、何か小さな違和感を同時に覚えた。その違和感の正体が咄嗟に掴めず、私は眉を寄せる。
 ほどなく老齢の男性が現れ、男性の背後の壁に文字が浮かび上がる。――映写か何かだろうか。目を細める私に構わず、男性は特に挨拶もなく「では今日は、相対的精神という概念の発見についてから、お話しします――」と淡々と話し始める。
 どうやら、何らかの学問についての研究史の話であるらしい。心理学か何かのようだが、私の知識の中にも無い学問で、もうひとつよく解らなかったが、とかく私はそれを聞き流しながら、金髪の少女の背中を眺め続けた。少女は何か頬杖をついてぼんやりとしていた。
 授業らしきものはひたすら老齢の男性が話し続け、その背後に映写された文字やら何やらが切り替わっていくだけで、それが半刻からさらに四半刻ほど続いた。鐘の音が響いたところで男性は話を切り上げ、若者たちもそれぞれ立ち上がる。どうやら終わりらしい。
 昼飯どうする? と、近くに座っていた若者が友人らしき相手に話しかけている。そうか、昼時か。――そうなると、しまった、なんだか腹が減ってきたぞ。
 と、金髪の少女も立ち上がっていた。私は慌ててその後を追う。少女は教室を出て、建物の入り口のところで何か小さな板状のものを弄っていた。ほどなく少女は溜息をついて、それを仕舞う。私はそれを遠巻きに眺めながら、どうしたものかな、と思案する。

「あら、マリー」

 と、金髪の少女に話しかける影があった。――マリー? さっきはメリーと呼ばれていなかったか? 私の疑問はさておき、金髪の少女は話しかけてきた眼鏡の少女に振り返る。

「阿希」
「これからお昼?」
「うん――阿希は?」
「ん、マリーは宇佐見さんと一緒じゃないの? 珍しいわね」
「たまにはそういうこともあるわよ。で、阿希はお昼は?」
「これからよ。じゃ、たまには一緒に学食行きますか」

 友人らしく、金髪の少女は眼鏡の少女と一緒に歩き出した。私はその後を追いかける。しかし、あの眼鏡の少女の風貌も、どこかで見たような――。首を傾げるけれど、どうにも思い出せなかった。



 少女たちが向かった先は、どうやら食堂らしかった。若者たちで混雑するそこに、少女たちはトレイを手に進んでいく。私もとりあえずトレイを掴んでそれを追う。
 どうやら並んで注文したものを受け取って、会計してから食べるシステムであるらしい。私もお腹が空いていた。せっかくだから何かを食べよう、と壁に掛かったメニューを見やる。
 ――けつねうどん。その文字が目に入った。
 けつねうどん? きつねうどんではないのか?
 疑問に思いつつ、うどんを出すらしい列に並ぶ。ほどなく私の番が来た。カウンターの向こうの女性に「けつねうどんひとつ」と告げると、「はい、けつねねー」と威勢の良い声が返ってきて、一分も経たずに丼がカウンターに現れた。

「……これは」

 色の薄い汁の中、うどんに覆い被さるような油揚げ――ではなく、刻んだ油揚げがうどんの上に散らされている。なるほど、こういうものか。他の具はかまぼことネギ。ちょっと物足りないな。他に何か――。

「お、おにぎりじゃないか」

 カウンターの片隅に、おにぎりが置かれていた。ちょうどいい、これをもらおう。「うめ」と書かれたおにぎりをひとつ手にとって、丼とともにトレイに載せる。

「たぬきそばひとつ」
「はいよ、たぬきね」

 後ろの若者がそう注文する声が聞こえた。ふと振り返り、出てきた丼を見て、私は目を疑う。――きつねそばだった。私の知る、天かすの入ったそばではない。明らかに、きつねそばのものであるはずの大きな油揚げが載っている。

「はい、たぬきお待たせ」

 ――きつねそばなのに、たぬき? どういうことだ?
 頭が混乱して立ち尽くすと、たぬきそばと称する事実上のきつねそばを持った若者が怪訝そうに私を見つめた。私は慌てて会計の列に向かう。考えても仕方ない。ここは外の世界だ、そういうものなのだと思おう。しかしそれならたぬきそばを頼めば良かったかな――。

「はい、けつねうどんとおにぎりで、四百円」
「――あ」

 お金を取り出そうとして、私は硬直する。しまった、この世界の通貨を持っていない。幻想郷の通貨は外の世界では使えないだろう。どうしよう、と困った私を、会計の女性が不思議そうに見つめる。

「学生カード無いの? 現金は?」

 会計の女性が小銭入れらしき箱のようなものを開けた。この世界の通貨が私の目に入る。
 ――仕方ない、申し訳ないがここは、誤魔化されてもらおう。
 私は懐の中の幻想郷の通貨を、こっちの世界の通貨に似た形に変化させる。化け狸のせせこましい詐欺のようで気が引けるが、どうかご勘弁を。私は小銭を手渡し、会計を済ませる。
 なんだか余計に疲れた。うどんがのびてしまう前に、さっさと食べよう。と手近の空いた席に腰掛けようとして、――そうだ、と自分がここに来た理由を思い出した。あの金髪の少女はどこへいった?
 トレイを手にしたまま視線を巡らすと、ほどなく金色の髪が見つかった。私はその少女の背後にある空いた席に腰を下ろす。少女はあの眼鏡の少女と向き合ってご飯を食べているようだ。

「さて――いただきます」

 箸を手に手を合わせる。まずは油揚げだ、油揚げ。口に運ぶと、あの甘い味付けはなく、味噌汁に入っているようなほとんど味のついていない油揚げだった。うん、まあ、これはこれで。うどんの汁を充分に吸っているし、油揚げはそれだけで美味い。
 汁は薄口だが、出汁の味がよく利いている。うどんは――ちょっと柔らかいかな。まあ、感じ感じ。うん、なかなか悪くない。あのきつねうどんの油揚げのボリューム感が無いのはちょっと残念だが――。

「おにぎりは、と」

 透明な包みを剥がして、おにぎりを頬張る。冷えているし海苔は完全にご飯に貼り付いてパリッとした食感を失っているが、まあ、作り置きならそんなものだろう。――ん、梅は酸っぱいな。この酸っぱさが食欲をそそるんだ。充分、充分。
 ずずっ、むぐ、むぐ、ずず、ごく、ごく。うん、感心するほどのものでもないが、手軽に食えるという点では学究の徒向きの食事ではある。寝食を惜しんで学ぶ若者には、このぐらいのものがちょうどいいのかもしれない。

「このかまぼこ、ちょっと固いな」

 やっぱりもう一品ぐらい何か頼めば良かったかな。いや、お金が無いのに贅沢は言ってはいけない。おそらくしばらくすれば売り上げの中から見知らぬ通貨が発見されるかと思うが、一応ちゃんと幻想郷ではきつねうどん一杯に白飯が食えるだけの金額を置いてきたので、どうかご容赦願いたい。

「――そういえばあの本の魔法使いの子、なんか蓮子に似てない?」

 ふとそんな声が聞こえて、私は顔を上げた。金髪の少女の声だった。――声も、やはり紫様によく似ている。蓮子、というのは眼鏡の少女のことだろうか。

「宇佐見さんに?」

 違った。眼鏡の少女は首を傾げている。ということは、あの黒髪の少女のことだろうか。

「あの好奇心旺盛でわりと傍若無人で強引で、ぬけぬけとしたところが」

 そんな魔法使いに、ひとり心当たりがあるのだが、彼女たちは何の話をしているのだろう。

「それで言ったら、主人公はマリー、貴方よ」
「え? 巫女さんが私?」

 巫女さん? 博麗霊夢のことか? ――いや、まさかな。

「冗談よ。別にそんなモデル小説じゃないんだから」

 どうやら何か本の話をしているらしい。なんだ、と私は拍子抜けしてうどんの残りを啜る。汁まで飲み干して、手を合わせて「ごちそうさまでした」とひとつ頭を下げた。
 少女たちはまだ食べ続けているようだ。どうしたものかな、と私は目を細める。
 ――そして、ふと違和感を覚えた。

 違う。――彼女ではない。

 それは唐突に、しかし確信として私の中に響いてきた。確かにあの少女は紫様に似ている。外見も声もうりふたつと言っていい。――だが、違う。彼女は紫様ではない。
 いや、そんなのは当たり前だ。あそこにいる少女は外の世界の人間で、紫様であるはずがない。だが、確かに私は先ほど、あの少女に紫様と似た気配を、匂いのようなものを感じたのだ。だが、今の彼女にはそれが無い。いつからだ? いつから感じていなかった?
 ――あの教室からだ。そう気付いて、私は息を飲んだ。
 そうだ、あの黒髪の少女と別れてからずっとそうだった。あの違和感は――金髪の少女が紫様とそっくりであるのに、紫様の気配が薄れてしまったことだったのだ。
 じゃあ、あの紫様の気配はどこから?
 まさか、――あの黒髪の少女の方からしていたのか?
 私は立ち上がる。トレイを持ち上げ、話し続ける少女たちの傍らを「失礼」と足早に通り過ぎた。返却台と書かれた場所にトレイを置き、私は食堂の外に出る。
 確かめなければならない。あの黒髪の少女を探さなければ。探して、あの紫様の気配がそこにあるのかどうかを――。

「らーんー」

 突然の声。私はびくりと身を竦める。――次の瞬間、ぐい、と手を引かれ、私は物陰に連れ込まれていた。顔を上げると、見慣れた主の顔が目の前にあった。

「ゆっ――紫様」
「全く、こんなところで何をやっているのかしら?」

 紫様はスキマから上半身を乗り出して、呆れたように私を見つめられた。私は「も、申し訳ありません」と縮こまる。――ああそうか、私が結界の外に放り出されたと、おそらく橙から連絡が行き、紫様がこうしてお迎えにいらしてくださったのだ。

「全く、よりにもよってこんなところに迷い込まなくてもいいでしょうに」

 紫様は溜息をつかれる。私は首を傾げた。

「こんなところ、とは――あの、ここは」
「ここは外の世界。貴方のいていい場所ではないの。ほら藍、帰るわよ」
「あ、ゆ、紫様――」

 私の問いかけを遮るように、紫様は強引に私をスキマの中に引きずり込んだ。
 無数の目がこちらを見つめる空間に私は転がり落ちて――暗転。



「らんさまぁ~!」

 気が付けば、そこは既に八雲の家の居間だった。ぼんやりと首を振った私に、橙が飛びついてくる。その小さな身体を受け止めて、私は軽くよろめいた。

「橙」
「ご、ごめんなさいぃ~」

 しゅんと顔を伏せる橙の頭を、私はわしわしと撫でる。「う」と橙は顔を上げた。

「紫様を呼んでくれたのだろう? ありがとう。おかげで助かったよ」
「は、はいっ」
「謝るのはこっちの方だ。すまなかったな、橙」
「そうねえ、全くおかげで寝不足だわ」

 ふわあ、と露骨に大あくびを漏らして、紫様がその場に姿を現した。私は橙を放して、紫様へも深々と頭を下げる。

「申し訳ありませんでした、紫様」
「そう思うなら、今日は餃子ね。寝直してくるわ」
「かしこまりました。おやすみなさいませ」

 寝室の方へ姿を消す紫様を見送り、私は橙に「お昼は食べたか?」と訊ねる。橙は首を横に振った。「よし、じゃあ好きなものを作ってやろう」と言うと、橙はぴんと尻尾を立てて私にぎゅっとしがみついてくる。
 その頭を撫でながら、私はぼんやり、あの外の世界で見たものを思い出す。
 油揚げが刻まれてけつねうどんと呼ばれ、きつねそばがたぬきそばと呼ばれる世界。――ではなくて、紫様によく似た少女と、手を繋いでいた少女。ふたりから感じた、紫様の気配。
 あれはいったい何だったのだろう。考えても解るはずもないのだが――。

『とても、とても幸せな夢。――私が、一番幸せだった頃の夢』

 いつか、何かを懐かしむようにそう語られた紫様の声を思い出す。
 あのとき、私の見た金髪の少女と黒髪の少女は、幸せそうに手を繋いで歩いていた。
 ただ、ふたりでいる、そのことだけで満たされているという、そんな幸福の光景。

「……紫様」

 私では、紫様にとっての、そういう存在にはなれない。それは、解っている。
 私はただの式だ。紫様にとっては、使い勝手のいい道具に過ぎない。それを理解した上で、私は紫様に仕えている。紫様の手足であることを、誇りと思っている。だからこんな想いは、差し出がましい、私の自己満足でしかないのだけれど。
 ――あのとき見た、金髪の少女と黒髪の少女の、幸せそうな横顔。
 紫様のそんなお顔を見せて欲しいと思うのは、ただの私の自己満足なのだろうか?

「藍様?」

 橙が不思議そうに私を見上げる。私は、曖昧に笑いかけた。
 そして、自分の式であるこの少女のことを、また思う。



 私にとっての紫様、紫様にとっての私。――私にとっての橙、橙にとっての私。
 それはいったい、どうある姿が、正しいものなのだろう?
次回、狐独のグルメ Season 2(終) 「橙のねこまんまとイワナの塩焼き」

というわけで、ドラマより一足早く次で終わりの予定です。
もうちょっとだけお付き合いいただければ幸いです。
浅木原忍
asagihara@u01.gate01.com
http://r-f21.jugem.jp/
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コメント



0.1760簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
うむ、腹が減った
天かす葛餡油揚げ、地域東西で次々と姿を変える、まさにたぬきですな
6.100名前が無い程度の能力削除
飯テロかと思ったら蓮メリだった
8.100名前が無い程度の能力削除
まさかの秘封録

事実上のきつねうどんで笑ったw
9.100名前が無い程度の能力削除
おにぎりとうどんで400円かウチのより良心的だなぁとか
蓮メリちゅっちゅ
10.100名前が無い程度の能力削除
あなたの書く蓮メリは格別ですな。
蓮子から紫の気配がするとかごはん三杯どころか十杯くらい妄想進みますわ
12.80奇声を発する程度の能力削除
腹減るなー
13.90名前が無い程度の能力削除
そうか、そういえばこの世界では紫様=蓮子らしい描写があったっけ…… 深いな
15.100ヤタガラス魅波削除
安心の飯テロ+浅木原忍風蓮メリときましたか…しかも次回が最終回とは少し寂しいですね。season3と蓮メリとうどみょんの新作、お待ちしてます!ずっと!
16.100名前が無い程度の能力削除
学食でうどんとおにぎり400円とか藍様は俺か
17.100名前が無い程度の能力削除
気に入った料理の1
人前は物凄く少なく感じてしまうものです。
作品も同じで、長さや内容がしっかりしているからこそ物足りなさを感じる事があります。
この作品もそんな、雰囲気にもっと浸かっていたいと感じる良作でした。
御馳走様です。
18.100蟷螂削除
浅木原さんの東方作品はどれも互いにリンクし合っていて、その鎖の輪の中心が八雲紫と秘封倶楽部の関係。しかしよもやパロディ作品であったはずのこの『狐独のグルメ』でその核心に迫ることになるとは誰が予想し得たでしょうか。
ますます盛り上がる次回に期待します。

ところで外の世界での藍さまのカジュアル姿にだれか画をはよ
24.100名前が無い程度の能力削除
飯テロと思ったらシリアスも見えるぞ?
やっぱりいいですね、この雰囲気。
26.100学生自治執行委員会委員長補削除
学食のうどんもなかなか侮れない美味しさですからね。お夜食はカップうどんとコンビニおにぎりで。
一番好きなおうどんは力うどん。あの焼き餅の香ばしさが食欲をそそります。
30.100名前が無い程度の能力削除
たぬきときつねややこしいよね
もう終わりか・・・
31.100名前が無い程度の能力削除
おおっ、今回は遂に秘封録とクロスオーバーですかぁ!
浅木原さんの作品を追ってる身としては嬉しい演出で良かったです
42.100名前が無い程度の能力削除
京都にほどちかいですがうちの大学では、一枚油揚げがきつねで細切れ油揚げはたぬきですなー。うどんそばで全4通りいけます
49.100名前が無い程度の能力削除
外の世界も今では充実しているから機会があれば色々と食べ歩いて見て頂きたいですね