「霊夢さん、どうかわたくしのお願いを聞いてくださいな」
「くださいなー」
「あ~もう。あんたたちもしつこいわね」
神社の落ち葉を箒で掃いながら、博麗霊夢は本当に嫌そうな顔で二人の訪問者に応対した。
しかし訪問者はめげることもなく、霊夢にお願いを続ける。
「陰陽玉の力にタオの能力、わたくしとっても興味がありますの。是非お側に置いてください何でもしますから。あ、これお土産のおせんべいです」
「おせんべいです」
訪問者、邪仙青娥は従者である芳香を引き連れて神社までやってきていた。
強いと思われる者の側につき、研究をする。これが青娥の目的であり、果たされるまで挑み続けるのだ。
「何もしなくていいからさっさと帰って」
おせんべいを受け取りながらも、嫌そうな顔を崩さない霊夢。
しかし青娥は一歩も退かない。願いを聞いてくれるまで通い続ける覚悟だ。
「お願いします。この青娥、霊夢さんのお側に控えさせていただけるのなら畜生と同じ扱いでも構いませんわ!」
「構いませんわ!」
「あんたらねえ。というか芳香、今あんたの主人とんでもない問題発言したんだけど?」
「おー?」
分かってないらしい。どうやら意味も分からず主人の言葉に続いているだけのようだ。
霊夢は大きくため息をついた。
「まあいいわ。とにかく、わたしは絶対にうんとは言わないから」
「そんな御無体な。一生のお願いですわ」
「ですわ」
青娥の目的それ自体にさしたる興味もない霊夢であったが、つきまとわれるのはうっとうしくてかなわない。
何とかして青娥を追い返せないものかと思い悩む。
「ただで置いてもらおうなどとは思っておりません。こちらもお返しはいたします」
「いたします」
「お返し?」
霊夢が悩んでいるうちにも青娥はどんどん話を前へ前へと進行させる。
ついつい霊夢も聞き返してしまった。
「わたくしをお側に置いてくださるのなら、断腸の思いで、芳香を抱きしめる権利を差し上げます! でも……夜の方は絶対に駄目ですからね? 例え霊夢さんでもあれは譲れません」
「譲れません」
「いらんわそんなもん!」
青娥の申し出を一蹴する霊夢。
青娥はもったいなさそうに、気持ちいいのに、とかつぶやいているが霊夢は聞き流した。
そうこうしている間にも、青娥は笑顔でどんどん詰め寄ってくる。
「どうかよろしくお願いします。貴女の強さの秘密を知りたいのです」
「知りたいのです」
「強さ……」
その言葉に、霊夢はふと閃いた。
上手くいけば、あっという間に青娥を追い返すことができる方法を。
思い立ったが吉日。早速霊夢は仕掛けてみた。
「ねえ青娥。あんたは強いやつを求めてるのよね?」
「ええその通りですわ。だから貴女にこうやってお願いを……」
それを聞いて、霊夢は心の中でニヤッと笑う。
そして上っ面では、たいそう残念そうな表情をしてみせた。
「じゃあわたしの所へ来るのはお門違いだわ」
「それはどういうことですか?」
「ことですか?」
頭にハテナマークを浮かべる青娥と、器用にも主人と同じような表情をする芳香。
そんな二人に向かって、霊夢は衝撃の事実を語り出す。
「わたしの知り合いに吸血鬼がいるのだけれど、そいつは運命を操る力をもっているの。いくらわたしでも、運命を操られたら敵いっこないわ」
「まあ!? そんなお方が……」
「お方が……」
驚きのあまり口を両手で覆う青娥。芳香は関節が曲がらないので、顔だけ同じにしていた。
「だからあんたたちはわたしの所よりもまず、そのとっても強い吸血鬼の所へ行くのが筋ってものよ」
「た、確かに……霊夢さん、その吸血鬼はどちらに?」
「湖の側に館を構えているわ。紅いからすぐに目につくわよ」
霊夢の話を聞き、口に手を当て考え込む青娥。
しかし一分もしないうちに明るい顔になって、くるりと振り返り芳香の手を引いた。
「こうしちゃいわれないわ。行くわよ芳香! それでは霊夢さん、失礼します」
「おお?」
慌てて宙に浮く青娥と、いきなり引っ張られボーっとしたまま飛ぶ芳香。
そんな二人の背に向かってひらひらと手を振る霊夢は、ホッとした顔をしていた。
「まあ気がかりなことが無いとは言わないけど、何とかなるでしょ。そんなことよりおせんべいおせんべい」
他人に押し付けたことは悪いかなと思いつつも、お土産の方がずっと興味深い霊夢であった。
「お邪魔いたしますわ」
「いたしますわ」
「うお!? 何だお前ら!?」
自室で小説を読みながら紅茶を飲んで寛いでいたところへ突然の来訪者。
しかもその来訪者の現れ方に、部屋の主は余計驚いた。
「ひ、人の部屋に勝手に穴を開けるなよ。直すの面倒なんだぞ!」
実際に修理するのは従者たちなのであろうが、そんなことは気にせずとりあえず怒る主。
しかし来訪者は謝るでもなく、うふふと笑っていた。
「御心配ありませんわ。ほら、この通り」
「この通り」
「穴が……消えた?」
怪しい笑顔に気を取られていたら、いつの間にか部屋の穴が無くなっていた。
目を丸くする部屋の主に、青娥は再び笑顔を振りまいた。
「突然のご訪問申し訳ありません。わたくしは霍青娥、仙人をやっておりますわ。こちらは芳香、わたくしの従者です」
「よろしくお願いします」
「仙人に死体? 変な組み合わせね」
欲望丸出しの営業スマイルを放つ奇妙な来訪者と、その従者という死体。
この二人に部屋の主は思いっきり訝しんだ視線を向けたが、まったく通用しなさそうなのですぐに諦めた。
実に面倒そうだが、仕方ないので話を聞いてみることにした。
「それで? その仙人様がわたしに何の用?」
「はい!先にご確認をしたいのですが、貴女はレミリア・スカーレットさんですね?」
「ですね?」
「そうだけど」
いかにも確かに、紅魔館の主レミリア・スカーレット本人である。
だから何なのか、とレミリアは思う。一杯の紅茶と一冊の小説を楽しむ時間を割かなければならないほど喫緊の状況とでもいうか。
とてもそんな風には見えなかった。
「実は折り入ってご相談がありまして……あ、これお土産のワインです。よろしければどうぞ」
「どうぞ」
「ん、ああ……」
とりあえずワインを受け取って、テーブルの上にそれを置いておく。
中々美味しそうだ。毒が入っているとも思えないので、後でいただくとする。
それはさておき、レミリアは青娥の方へ向き直した。本当にこの仙人は何なのか。その仙人に腰巾着のようにくっついているこの死体は何なのか。
「で、相談って?」
「はい、その……お恥ずかしい話なんですけど……」
「ですけど……」
「……調子狂うなあ」
できる限り面倒くさがっている感じを前面に押し出して言い放った。
しかし青娥も芳香も完全にこれをスルーする。常に我が道突き進むことを心がけるレミリアも流石に参ってしまいそうだった。
そして次の言葉で、さらに訳が分からなくなってしまう。
「わたくしを貴女のお側に置いてもらうことはできないでしょうか?」
「できないでしょうか?」
「……は?」
間抜けな声を出してしまったとは自分でも思う。
しかしそれはしょうがないことなのだとレミリアは自分に言い聞かせた。
「いきなり他人様の部屋に押し入って、それでもってわたしの側に置け? あんた本当に何なの? 何が目的なのよ?」
若干興奮気味に、早口でまくしたてたレミリア。
それに対し青娥は、常に落ち着いていた。
「わたくしの目的は単純です。強き者のお側に控えること。そして霊夢さんがおっしゃいました。貴女の運命を操る力には敵わない、と。貴女こそまさにわたくしが求める強き者!」
「強き者!」
「霊夢が……?」
霊夢が本当にそう言ったのなら、それはレミリアにとって大変喜ばしいことである。
あの霊夢をして敵わないと言わしめたのだ。レミリアの株はうなぎ上り、鼻もどんどん高くなる。
だが、それも時と場合による。
「霊夢め……適当なこと言ってこいつを押しつけたな……」
青娥には聞こえないよう、ボソリと恨み節をつぶやく。
十中八九、霊夢も面倒になってこっちにお鉢を回してきたのだ。
「じゃあ、わたしだって……」
「あの、さっきから何をつぶやいていらっしゃいますの?」
「いらっしゃいますの?」
「いや、えーっと。その死体は面白そうなやつだなーとか思っただけで……」
「ええそうなんです!この子の可愛さは世界一ですわ! それにわたくしのツボをしっかり押さえていて、わたくし毎晩ふにゃふにゃにされてしまいますの! もう参ってしまいますわ! でも気持ちよくて病みつきです! なんて二律背反なのでしょう!?」
「知らんよそんなこと」
勝手に暴走し始めた青娥に呆れながら、レミリアは考える。
この仙人を信じ込ませるだけの説得力をもった身代わりを用意しなければならない。
そうなれば自分の弱点を考えればいい。するとすぐにちょうど良さそうな妖怪が思い浮かんだ。
「青娥、そして芳香よ」
「はい!」
「はい!」
できるだけ厳粛さを心がけ、レミリアは咳払いをしながら二人に話し出した。
それを青娥はニコニコと、芳香はボーっとしながら聞いている。
「実は、わたしよりも強いやつがいるのだ!」
「ええ!?」
「ええ!?」
驚く仕草までコピーしようとする芳香の従順さにレミリアは思わず笑いかけたが、気合を入れて堪える。
「知っての通りわたしは吸血鬼だ。そして吸血鬼は太陽が苦手だ」
「ええ、ですが陽が差さない所では平気なのでは?」
「なのでは?」
「ところが違うのだ」
レミリアはぶんぶんと首を横に振る。
普段ならあいつは自分より強いと他人の前で言うのはプライドが許さないが、今はいい。
「地底の鴉に、太陽の力を持つやつがいるらしい。そいつの前ではわたしは無力化される」
「なんとまあ……それは確かに」
「確かに」
レミリアの言葉にショックを受けた青娥は、驚きの表情を隠せないでいた。
そしてすぐに芳香を引っ張って走り出した。
「失礼いたしますわ! さあ行くわよ芳香!」
「んあ?」
突風のように走り去った青娥を見送って、レミリアは成す術もなくじっとしていた。
そこへメイド長の咲夜がやって来る。
「紅茶のおかわりをお持ちしたのですが……どうかなさいましたか? 誰かとお話なさっていたようですが」
「いや、何でもない。少し疲れた。軽く寝たい」
「かしこまりました。すぐにベッドメイクを」
咲夜はお辞儀をするや否やすぐさまいなくなった。
一人残されたレミリアはゆっくり立ち上がる。
「別にあいつ自身は太陽じゃないけど……まあいいか。寝よう」
ワインは放っておいても気のきくメイド長が回収してくれるだろう。
レミリアは大きく伸びをしながら寝室へ向かった。
「こんにちは。貴女が霊烏路空さんですか?」
「ですかー?」
「うにゅ? そうだけど、誰?」
灼熱地獄の温度調節をしていたところへ、突如やってきた不思議な二人連れ。
空が首をかしげながら目をやると、青い方の女性がにこりと微笑んだ。
「申し遅れました。わたくし地上で仙人をしております霍青娥と申します。こちらは従者の芳香です」
「どうぞよろしく」
「あ、こんにちは」
ご丁寧に頭を下げられたので、空も頭を下げ返す。
「これはお土産です。温泉饅頭はお好きかしら?」
「お好きかしら?」
「おお! 大好き大好き!」
饅頭の入った箱を受け取った空は、その場で包みをビリビリと破り捨て、中身をポイポイと口の中に放り込んだ。
そして喜色満面の笑みを浮かべ、頬を栗鼠のように膨らませながら青娥たちにお礼を言う。
「ふぁりふぁふぉう。ふぉへえはんはひふぁ……」
「あの、一度飲みこんでからお話になった方が」
「ふにゅ」
言われた通り空は饅頭をもぐもぐと咀嚼し、ごくんと飲みこんだ。
「ふぅ……ありがとう。お姉さんたちは地上から来たって言ってたけど、よくこんな奥まで来れたね」
「ええ、仙人ですから」
「ですから」
「へー」
興味津々といった具合にうんうんと頷く空。
ふとここで、青娥の脇にずっと控えていた従者の方へ目がいく。
「その死体は? 新しい燃料?」
「あらいやですわ。燃料なんてそんな、照れちゃいます」
「照れちゃいます」
両手で頬を押さえながら、いやんいやんと体をくねらせる青娥。何故か顔も少し赤くなっている。
一方芳香も主人に倣い、恥ずかしそうな顔をしながらぎこちなくも体を揺らす。
「確かに閨房に芳香を招いた夜は激しく燃え上りますし、それがわたくしの活力になりますけれど、そんなストレートに燃料と言われたら困ってしまいますわ」
「しまいますわー」
「けーぼう……? 制御棒の仲間かな?」
この場で青娥の言っていることを正しく理解しているのは青娥しかいない。
しかし空は空で間違った理解をしているため、混沌としたまま話は進む。
「何でもいいから燃料だったらわたしに頂戴。よく燃えるんでしょ?」
「あら意外ですわ。貴女もお好きなのね。そうねえ……芳香はお気に入りなのだけれど、こちらもお願いする立場ですし……」
「立場ですし……」
思いっきり逡巡する青娥と、その模倣をする芳香。
このままいけば芳香は空の言う意味での燃料となる可能性もある。
しかし芳香自身は全く理解していない。そして青娥もちょっと勘違いしている。
そんな危機的状況の中、空が青娥に問うた。
「お願い? お願いって何? わたしにできる範囲ならいいけど」
「よろしいの? それなら是非に!」
「是非に!」
目を輝かせながら空の手を両手で握り締める青娥。
隣で同じように目を輝かせるのは燃料候補の演技派死体。
「博麗の巫女が敵わないと言う運命を操る吸血鬼が貴女の太陽の力が苦手だとおっしゃったので、ぜひとも貴女のお側でそのお力を拝見したいと思った次第なのです!」
「次第なのです!」
「お、おお……」
青娥と芳香の眼力にやや圧倒されてしまう空。
手を青娥にがっちり掴まれているため逃げ出すことはできないが、思わずのけぞってしまう。
そんなことお構いなしに青娥は話を続ける。
「わたくしは本気なのです! この想いを汲み取ってはいただけませんか!?」
「ませんかー!?」
「え、えー……」
青娥の申し出に、空は困った顔をする。
「この力は貰ったものだし、調子にのるとまた怒られちゃうし……」
「貰った……? 一体誰に!?」
「誰にー?」
貰った、という言葉を聞いた瞬間、青娥の興味は目の前の空から他に移った。
この太陽の力を授けた主の存在に、青娥の好奇心は沸騰しそうである。
「えっとね、山の神様に貰った」
「山の神様……行くわよ芳香! それでは失礼いたしますわ!」
「ぬおー?」
山の神様には心当たりがある。
青娥は空から手を離し、燃料となる危機を知らぬ間に逃れた芳香を引っ張って飛んで行ってしまった。
後に残された空はあまりに突然なことに驚き、しばらくぼんやりしていたが、やがてハッと我に返った。
「お饅頭ごちそうさまー! ありがとうねー!」
既に見えなくなった後ろ姿に向かって、ぶんぶんと手を振った。
「そういうわけで、こちらに伺った次第でございます」
「ございます」
「よし分かった。帰ってくれ」
場所は神社の中の一室。
三つ指ついて深々と頭を下げる青娥と、関節が曲がらないので腕立て伏せの腕を伸ばした状態で頭を下げる芳香。
そんな二人を見て早々、山の神様は帰るようお願いした。
「ああんそんな御無体な。どうして神社の方々はそんなに照れ屋さんなのかしら?」
「なのかしら?」
「あんたたちねえ……いきなり来て、『博麗の巫女が敵わないと言う運命を操る吸血鬼が苦手とする太陽の力を授けた山の神のお側に控えたい』とか言われてもこっちは困るしかないじゃないか」
「おお神奈子、よく一発であんな長ゼリフを覚えられたね」
同席する帽子をかぶった神様、諏訪子が感心半分、呆れ半分といった感じで言う。
そんな皮肉は放っておいて、神奈子は頭を抱えながら青娥に向かった。
「とにかくさ、帰ってくれないか。信仰が増えるのはありがたいけど、はっきり言ってあんたを側に置くと何だか色々禍根が残りそうで怖いんだ」
「いいじゃんいいじゃん。面白そうじゃん。あの死体なんかいい感じだよ」
「諏訪子は黙ってろ」
交渉相手は神奈子であるという部外者の気軽さからか適当なことを言う諏訪子を黙らせる神奈子。
一方青娥の方はというと、自身の居住いを直し、さらに芳香の関節を若干強引に曲げて座らせていた。
神奈子に言われたことなど一切気にしていない様子だった。
「あ、そうだ。こちらお土産のお酒で、とっても美味しいと評判ですの。よろしければどうぞ」
「どうぞー」
「ああこりゃ御親切にどうも……じゃなくて」
参ったな、と頭を悩ます神奈子。
流石海千山千の邪仙といったところか、最近復活した聖人よりも実にやりにくい。
のらりくらりと言葉をかわし、こちらを追い詰めてくるような感覚がする。
「こっちはあんたと手を組むつもりはないから、他を当たってほしい」
「まあ、別に手を組むなどと対等な条件に立ったつもりはありませんわ。わたくしは貴女のお側につく。上は貴女で下がわたくしです。ちなみに夜の閨房では芳香が下から……」
「聞いてないからそんなこと。はあ、まったく……」
「あはははは」
困り果てる神奈子に、諏訪子は単純に面白おかしく笑った。
どこまでも気楽なこの神に、神奈子はやや腹をたてる。
「あんたも笑ってばかりいないでさ、何とかしてよ」
「しょうがないなあ」
青娥に聞こえないように、そっと耳打ちする。
しかし耳打ちする様子は見れば分かるので、青娥は不思議そうな顔をして尋ねる。
ついでに芳香も不思議そうな顔をする。
「何をお話ししていらっしゃるの?」
「いらっしゃるの?」
「え、いや、これは……」
「こういうことだよ」
上手い切り返しが思いつかない神奈子に代わって、口を開いたのは諏訪子だった。
「神様っていうのは基本的に自分からは何もしないのさ。人からお願いごとをされたらそれに力を貸すことはあるけどね」
「それでは、わたくしのお願いも聞いてくださるの?」
「さるの?」
「そうだね」
「おいこら諏訪子」
無責任な返事をするなと諏訪子に喰ってかかる神奈子であったが、諏訪子はまあまあとそれを宥めて話を続けた。
神奈子も仕方なく、腕を組みながら不機嫌そうな顔をして話を聞く。
そして青娥も、一言も聞きもらすまいと諏訪子の一字一句を傾聴していた。
なお、芳香は何も考えていなかった。
「そちらのお願いも聞いてあげたいのだけど、確か、強いやつを求めてるんだよね?」
「ええそうですわ。強いお方を探し求め、そのお方の側に控えることが目的です」
「目的です」
それを聞いて、諏訪子はわざとらしくため息をついた。
それこそ、心の底から残念そうに見えるほどに。
「悪いけど条件を満たせないんだ。例えば神奈子がある人間に力を貸したとしよう。しかしその人間がぽっくり死んでしまえば、神奈子がどれだけ力を貸しても意味が無くなってしまう」
「でも、神が力を与えた人間がそう簡単に死ぬのですか?」
「死ぬのですか?」
信じられないという顔の青娥と、それに合わせる芳香。
実際、神の力を有する者は格段に強くなる。空の例のように。
「確実に殺せるやつをわたしは一人知ってる。そいつは他者を死に誘うことができるのさ。はっきり言って反則だよ」
「おい、まさかそれって」
神奈子が言うより前に、諏訪子が「そいつ」の名を挙げた。
それを聞くや否や、青娥は興奮した面持ちで立ち上がった。
「これにて失礼します! さあ芳香立ちなさい!」
「うおお?」
しばらく無理に関節を曲げて座っていたため体が固まってしまった芳香を引っ張り上げて、青娥は駆けだしてしまった。
「あーあ、いっちゃった」
「しかしまあ、よくもあんな嘘を堂々と言えたもんだね?」
「あはは。まあ半分くらいは本心なんだけどね」
「人間を祟り殺すなんて芸当、あんただって十分できると思うけどね。それに、あんな邪仙を送りこまれたら、あちらさんも困ってしまうんじゃないかい?」
「あちらさんはあちらさんで何とかするでしょ」
「適当……」
ため息をこぼしながら言う神奈子に、諏訪子はただただ笑っていた。
その様子に再びため息をこぼした神奈子は、ふと青娥の置き土産に目をやった。
「どうしようか、これ?」
「貰っておけばいいんじゃない? お土産なんだし」
「それもそうか」
納得した神奈子がひょいと酒瓶を持ち上げたその時
「ただ今戻りましたー」
買い出しから帰ってきた早苗の声が、玄関の戸を開ける音と同時に聞こえてきたのだった。
「わたくしは霍青娥と申す仙人です。こちらは従者の芳香、そしてこちらはお土産のおはぎです。よろしくどうぞ」
「どうぞー」
「あらご丁寧にどうも。妖夢、お茶を……ってそうだ、今はおつかい中だった」
ちょっと失礼しますね、と亡霊姫は立ち上がって台所まで行き、自らお茶を淹れた。
そして応接間まで戻ってきて、突然の客人、青娥と芳香に差し出した。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます。いただきますわ」
「いただきますー」
青娥は頂いたお茶を一口飲み、ふう、と息をつく。
その後、芳香に差し出された湯飲みを持って、関節が曲がらず飲めないでいる芳香に飲ませてあげた。
その姿に、亡霊姫は柔らかく笑った。
「ふふ、可愛らしいのね」
「ええ幽々子さん。とっても可愛い自慢の死体ですのよ」
「ぐびぐび……うう」
青娥が芳香にお茶を飲ませ終える。
そのタイミングを見計らって、幽々子の方から口火を切る。
「御用向きは何かしら? まさかその可愛い死体ちゃんを冥界に送りに来たわけでもないでしょう?」
「ええ違いますわ。芳香はあんまり関係ありませんの」
「ありませんのー」
「ではどうしてお連れになっているのかしら?」
「可愛い従者ですから」
やんわりとしたトーンで交わされる会話は、端から見たら実に平和じみたものだった。
お互いに腹の内を探っているのである。幽々子としてはこれもまた一興だが、青娥から暗に喧嘩をふっかけられているとも感じられないので、さっさと本題に入ることにした。
「教えてくださいな。何をしにこちらまでいらっしゃったの?」
「分かりました。幽々子さん、貴女は死に誘う力をお持ちですね?」
「お持ちですね?」
はてな、と幽々子は思う。
確かに死に誘う能力を持っているし、隠しているわけでもない。
悪用しようとすればいくらでもできそうな力だとは自覚しているが、青娥からはそういった邪気が見えてこない。
それだけポーカーフェイスが上手いということなのか、幽々子は少し揺さぶりをかけてみた。
「おっしゃる通り。仙人の貴女だって一瞬で誘えますわ」
「まあ恐い。せっかく死神に追われながらも、そして夜に芳香の手で昇天させられても、こうして生きながらえておりますのに」
「おりますのに」
「まあ、お盛んなのね」
真意が分からない。というか夜のくだりは実にどうでもいい。
まるで暖簾のようにのらりくらりとする青娥が、幽々子にとっては中々興味深くもあった。
その興味深い、幽々子の目の前で恍惚の表情を浮かべる仙人は、突如としてこんなことを言い出した。
「それで、博麗の巫女が敵わないと言う運命を操る吸血鬼が苦手とする太陽の力を授けた山の神が反則だとした貴女の死に誘う力に、わたくし大変関心がありますの。是非お側に置いて頂くことはできませんか?」
「できませんか?」
「は、はあ……?」
これまで青娥と同じように飄々とした態度をとっていた幽々子も、これには困惑してしまう。
まず自分の能力に至る前置きが長い。青娥が誰に会ってきたかは大体分かるが、随分と色んな所を廻って来たものだと関心すらしてしまう。
「それで、次はわたしの番、と……」
合点がいった。
次の人へバトンを渡す方法も、渡す対象もすぐに思いついた。
「あの、青娥さん」
「はい何でしょう?」
「でしょう?」
幸いにして死に誘う能力には天敵がいる。
そのことを内心喜びつつも、顔は申し訳なさそうに笑う幽々子。
「死に誘う能力は万能ではないの。絶対に効かない相手がいるのよ」
「そんなことが!?」
「そんなことが!?」
本日何度目か、青娥と芳香の驚く顔がきれいに並んだ。
幽々子にしてみれば初見なので、なんとも思わないのであるが。
「竹林に住んでいるお姫様たちは不老不死なの。わたしの力に干渉されないほど強力なね」
「不老不死……」
その言葉に、青娥の瞳が輝く。
仙人が目指す究極の一つ、不老不死。
もう青娥の関心は幽々子から離れていた。
「行くわよ芳香!」
「んああ……?」
半分寝ていた芳香の手を引き、青娥は慌ただしくこの場を後にした。
その後ろ姿を見送ってから、幽々子は楽しそうに机の上の箱を取った。
「美味しそうなおはぎね~。妖夢が帰ってきたらお茶を淹れてもらわなくっちゃ」
大層幸せな顔をして、屋敷の奥へと去っていった。
「そちらは患者さん? ……残念ですが、もう亡くなってます」
「百も承知ですわ」
「承知ですわ」
「でしょうね」
玄関で交わされる会話。
その死体が何者かくらい、この薬師の頭脳をもってすれば一目で分かる。分かってたからこそ、少しふざけた態度をとってみた。
それでもふざけた態度に腹をたてる素振りもなく微笑を浮かべ続けているあたり、この来訪者はただ者ではないだろう。
「貴女は八意永琳さんですね? わたくしは霍青娥と申します。こちらは従者の芳香です。それと、お土産に大福餅をお持ちしました。お見知りおきを」
「おきをー」
青娥は常に物腰柔らかく、芳香は常に物腰ぎこちない。
対照的な二人を可笑しく思いつつも、永琳は黙っていた。迂闊に笑うこと自体、相手の術中にはまることを意味するかもしれない。
できるだけ冷静に対処することが望ましい。大福餅入りの箱を受け取りながらも警戒は緩めない。
「それで青娥さん。今日はどういった御用件かしら?」
「ええ、はっきりと申しあげますわ。わたくし、博麗の巫女が敵わないと言う運命を操る吸血鬼が苦手とする太陽の力を授けた山の神が反則だとした死に誘う能力が通用しない蓬莱の姫に興味がありますの! 是非お側に置いてもらいたいのです!」
「もらいたいのです!」
くわっ、というオノマトペがつきそうなくらい迫真の表情をする青娥と、同様の表情の芳香。
「えーっと、ちょっと待ってね……」
永琳は眉間を押さえながら考え込んだ。
この仙人が述べた長ったらしいここまでのあらすじを、分かりやすく処理する最中である。
「要するに、色んな所をまわった挙句に姫の話を聞いて、興味があるから側に置いてほしいということ?」
「その通りです。話が早くて助かりますわ」
「助かりますわ」
にっこり笑顔の青娥。
対する永琳は難しい顔。
「あの子は絶対に引き受けないと思うわよ」
「そこを何とか。せめてご本人とお話をさせていただけないでしょうか?」
「しょうかー?」
「そうは言ってもねえ……うーん」
本人に言っても無駄に終わる気がするが、まあいいかと永琳は思う。
交渉相手は自分ではないのだし、それにもしこの客人が蓬莱の薬に手を出そうものなら、それこそ殺してでも止める。
永琳があれやこれやと思案して、結論を出した時、新しい客人がやってきた。
「輝夜ぁー、いるー? ってあれ、お客さん?」
白い長髪に赤いリボンをたくさんつけた少女が、そう言いながら玄関の戸を開けて入ってくる。
勝手知りたる他人の家ということか、とても馴れた様子であったのだが、見慣れない姿に少し驚いたようだった。
「どうもこんにちは」
「こんにちは」
青娥はとても丁寧に挨拶をし、芳香もそれに合わせる。
しかし内心では目の前の少女などどうでも良かった。今の青娥は蓬莱の姫、輝夜に会うことで頭がいっぱいだった。
だからこそ、白髪の少女に呼ばれたお姫様が奥から歩いてきた時、青娥は目をきらきらと輝かせた。
「お初にお目にかかります。わたくし仙人の霍青娥と……」
しかし青娥にとっての計算違いは、輝夜の方も見慣れぬ客人以外のことで頭がいっぱいだったことである。
「何の用かしら妹紅? 次の決闘はまだ先だったはずだけど?」
「んー別に大した用じゃないんだけど、ちょっと面白いことに気付いてさ」
輝夜と妹紅は青娥のことをまるっきり無視して話を始めた。
ピリピリとした空気があるような、無いような、何とも微妙な気配が二人の間に生じる。
「ごめんなさいね。輝夜たちにも悪気があるわけじゃないの」
「あら、まあ……」
「まあ……」
苦笑いしながら謝る永琳。
これまで尋ねた先々で押せ押せ状態だった青娥も、ここでは大人しくなってしまった。
そんな状況知ってか知らずか、輝夜と妹紅は二人だけの世界に入り続けている。
「面白いことって何よ?」
「教えてほしい?」
「教えるつもりでここに来たんでしょうが」
「ああ分かっちゃう?」
やたらもったいぶりたがる妹紅。顔は常時にやけている。
その上機嫌な態度に対して輝夜があからさまに不機嫌な顔をすると、妹紅はわざとらしく咳払いしてさらにもったいぶった。
「ちょっと暇だったから、これまで書き続けてきた輝夜との全対戦記録を読み返してみたんだ。するとさ、対戦成績はわたしの7万6841勝7万6838敗6万5524引き分け。いやーわたしの勝ち越しじゃあないか。はっはっは」
「まあ!?」
妹紅の自慢に輝夜が怒りを露わにするより先に反応する人がいた。
その人は興奮気味に二人の間に割って入り、妹紅の方にすり寄る。
「貴女、輝夜さんに勝ち越していらっしゃるの? 素敵だわ! あ、申し遅れましたわたくし霍青娥という者です。こちらは従者の……」
「うわぁ!? な、何だあんた!? というかひっつくな!」
突然の乱入者に度肝を抜かれた妹紅は、強引に青娥を振り払った。
そして威嚇のため、掌に炎をともす。
「炎を操る仙術をお使いになるの? ますます素敵だわ! どうかわたくしを貴女のお側に置いてくださいませんこと?」
「ませんことー?」
「わあああ!?」
逆効果だった。
妹紅の炎を目にした青娥はさらに興奮し、ぐいぐいと妹紅にくっつく。ついでに芳香もくっつく。
「ああ何て美しい炎……まるでわたくしの芳香に対する愛のように情熱的ですわ」
「情熱的ですわー」
「ひ、人の炎に変な喩えを付けるなー!」
一方、置いてけぼりを喰らったのは、輝夜と永琳だった。
特に輝夜は、喧嘩相手の妹紅に言い返すチャンスを奪われてしまい、実に悔しい。
ぼそりと、妹紅に嫌味を言う。
「何さ……寺子屋先生には頭の上がらないヘタレ不死鳥のくせに……」
「貴女、今何ておっしゃったの!?」
「のわぁ!?」
妹紅すら聞こえていなかった輝夜の陰口を耳聡く拾ったのは青娥だった。
さっきまで妹紅にべったりだったはずなのに、今度は目を輝かせて輝夜に詰め寄った。
「あの妹紅さんですら頭の上がらない方がいらっしゃると、貴女今そうおっしゃったのね!? どなた? 一体どこのどなたなの!?」
「なのー?」
「ひ、人里で寺子屋の先生をやってる人だけど……」
血気盛んでやる気しか感じられない青娥と、一拍遅れてくる芳香に圧倒され、輝夜は小声で答えた。
すると、青娥は鼻を鳴らしながら意気込んだ。
「行くわよ芳香! さらなる強者を求めて!」
「おうおー」
芳香を引いて、空を駆ける青娥。
残された三人とも、しばらくぽかんと口を開けて黙ることしかできなかった。
だがやがて、輝夜が妹紅につっかかる。
「な、何がわたしの勝ち越しよ、たったの3つじゃない!」
「それでも勝ち越しは勝ち越しだよ」
「そんなのすぐに取り返すわ! 今すぐに!」
「何よ、やるの!?」
「やってやるわよ!」
じっと睨みあいながら、二人は外へ出ていった。決闘の始まりである。
そんな二人を、永琳は呼びとめようとするのだが
「大福餅があるのだけれど……ま、いっか」
どうせ聞いちゃいないし、しばらく帰ってくることもないだろう。
弟子たちと一緒に全部食べてしまおうと、永琳は大福餅の入った箱を大事そうに抱えて居間に戻っていった。
「ごめんくださいな」
「さいなー」
「はい、今開けます」
授業も終わり生徒たちもすっかり帰ってしまった寺子屋に、戸を叩く音。
残って明日の授業の用意をしていた先生が戸を開ければ、そこにはにこやかな顔と呆けた顔。
「どちら様でしょうか?」
「はじめまして、わたくし霍青娥と申しまして、しがない仙人をやっております。こちらは従者の芳香です。貴女が、上白沢慧音さんですね?」
「ですねー?」
「そうですが……」
答えながら、慧音は思い返す。
霍青娥と芳香、その名には確かに覚えがある。
「つまらないものですが、よろしければと思い羊羹を持って参りましたの」
「参りましたの」
「これはまた、ありがとうございます」
受け取りながら、慧音は緊張する。
阿礼乙女の新しい縁起にあった、邪仙霍青娥とその従者のキョンシー宮古芳香。
特に邪仙の方は油断ならない性格をしていると書いてあった気がする。
「それで、どうしてわざわざこんな所に?」
背筋を伸ばし、身構えながら慧音は問いかけた。
取りこまれてしまわないようにと、精一杯の警戒心を胸の内に秘める。
しかし青娥の方は、緊張感の欠片もない意気揚々とした面持ちで、くどくどと語り始めた。
「博麗の巫女が敵わないと言う運命を操る吸血鬼が苦手とする太陽の力を授けた山の神が反則だとした死に誘う能力が通用しない蓬莱の姫に勝ち越した不死鳥が頭の上がらない寺子屋の先生である貴女のお側に控えさせていただきたく参った所存です!」
「所存です!」
「…………え?」
最早早口言葉の域に達しているそれを聞き、慧音は呆気にとられてしまう。
一部聞きとれず、これはどういうことかと混乱する慧音に、青娥は優しくささやく。
「つまり、貴女の強さに惚れてしまいましたの。お側に置いてくださらない?」
「さらない?」
「ああ……」
何かそういう感じのことが阿礼乙女の縁起にあったような。
興味を持った相手に手当たり次第近付いて、飽きたらすぐに離れていくようなことが。
ということは、自分相手でもすぐに飽きて帰ってくれるだろうかと慧音は思う。
「いやしかし……」
光り輝く目つきをしている青娥、並びに芳香を眺めながら、慧音は悟った。
正直、少しの間だけ関わるとしても非常に面倒なことになりそうだということを。
となれば、慧音の出す結論は一つだけ。
「いや、貴女の買い被りすぎだ。わたしにそんな力は無い」
「そんなことはありませんわ! 妹紅さんや輝夜さんたちからはっきりと聞きましたもの!」
「ものー!」
「あいつら何を言ったんだ……?」
青娥は「不死鳥が頭の上がらない」と言っていた。
恐らく自分が不摂生な面のある妹紅を叱っていたことでも喋ったのだろうかとあたりを付ける。
それと同時に、大きなため息。
「第一、貴女の話を聞くに、今まで貴女が尋ねた相手は幻想郷でも上位の実力者たちばかりじゃないか。そんな中でわたしの所に来られても……」
「ですから、貴女は真の実力を隠していらっしゃると踏んだのです。ちなみに、芳香も夜には信じられない実力でわたくしを攻めてきますの」
「攻めますの」
「ええ……」
後半は聞かなかったことにする。
ただ、満月の夜には覚醒するという点のみで言えば、前半はあながち間違いでもない指摘。
それでも下手に認めると余計に興味を持たれそうで怖い。
何とか体よく青娥に帰ってもらえる手段はないかと考える。まあもう一つしか思い浮かばないのだが。
「一つ聞いてもらいたいんだが……」
慧音は、慣れない誤魔化しを必死になって語った。
誤魔化しとは言っても、次のバトンの受け手の方が実力的に上なのは明らかだと慧音は思っている。
だが、面倒だから次に回したいという本音はひた隠しにしている。何ともやりづらい。
バレてはいないだろうか、怪しくはないだろうかと不安を感じつつ、慧音が全てを話し終えると、青娥は目をかっと見開いていた。
「芳香!」
「ふおお」
まるで嵐。青娥による嵐ということで青嵐と言えば格好はつくだろうか。
そんなことを考えながら、羊羹片手に慧音は頭を抱える。
「ああ……何か罪悪感が……」
人を騙してしまったという申し訳なさに、青娥がこの日訪れた中で最も生真面目な性格であろう慧音は打ちひしがれていた。
「博麗の巫女が敵わないと言う運命を操る吸血鬼が苦手とする太陽の力を授けた山の神が反則だとした死に誘う能力が通用しない蓬莱の姫に勝ち越した不死鳥が頭の上がらない寺子屋の先生が是非とも語りあいたいと憧れる貴女のもとへ戻って参りました!」
「した!」
「貴女という人は本当にもう……」
長ったらしいセリフを一度も噛むことなく流暢に喋りきった青娥。
一方慧音が語りあいたいという人物は、長い付き合いとはいえ相変わらず楽しそうに生きる人だと改めて呆れてしまっていた。
「人里で良さそうな耳かきを買いましたの。人々の欲で疲れたお耳を御綺麗にしてください」
「綺麗にしてください」
「そりゃまたどーも……貴女の欲なんて特にはっきりと伝わってきますからね。こんな耳無くても」
蘇った聖人、豊聡耳神子はジト目になりながら耳かきを受け取る。
しかし青娥はただただ微笑むのみ。
「せっかくなのでわたくしが耳掃除をして差し上げましょうか?」
「ましょうかー?」
「結構です」
考えてみればこの邪仙、一日で幻想郷のあちこちを飛び回った挙句に戻ってきたわけだ。
それなのに元気満々。疲れた様子など垣間見ることもできない。
「貴女の行動力には脱帽ですよ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。これも偏に芳香とのトレーニングの賜物ですわ。夜の部の」
「夜の部ー」
「はいはい」
このノリにも慣れている。
適当にあしらっておけば、それでいいのである。
「それで豊聡耳様、再び貴女のお側に置かせていただくということでよろしいでしょうか?」
「しょうか?」
「あー……」
好きになさい、と言おうとしたところで、神子は言葉を飲みこんだ。
青娥の話から推定される一連の流れを鑑みるに、青娥は○○は△△より強い、××は□□より有利だと聞くと、盲目的にそちらへ興味が惹かれるようだ。
ならば、と神子はある思いつきを実行する。
「好きになさい、と言いたいのですが、実はわたしの能力にも苦手とする相手がおりまして……」
「え、そうなのですか!? 初耳ですわ!」
「初耳ですわ」
そうなのです、と重々しく言って、神子はすうっと息を吸い込んだ。
そして固唾を飲んで神子の様子を窺う青娥の前で、バッとある人物を指差した。
「それは芳香、貴女です!」
「ええ!?」
「おー?」
驚き体を震わせる青娥と、状況を把握していない芳香。
だが神子は一切気にかけることもなく、大仰に話を進める。
「わたしは十欲を聞きとる能力を持つ……しかし芳香、貴女からはそれが上手くいかないのです。それもそのはず、貴女の思考のほとんどは主人に尽くすことしかないのだから!」
かなり適当なことをよくもまあ言ってのけたものだと内心自嘲する。
しかし青娥の方を見れば、非常に真に受けたようで、芳香に向かって飛びかかった。
「流石はわたしの愛する芳香! 貴女のことは絶対に手放さないわ!」
「おー、青娥? わたしも青娥のことは大好きだぞー!」
頬をすり寄せ、撫でくり回す青娥。芳香もとても心地よさそうにする。
その溺愛ぶりには言葉も出ない神子であったが、本人たちが幸せそうだからまあいいかと思うことにした。
そして同時に、青娥の欲が痛いほど伝わってきて耳によろしくなさそうなので、耳かきを持ってそそくさと退散するのであった。
「くださいなー」
「あ~もう。あんたたちもしつこいわね」
神社の落ち葉を箒で掃いながら、博麗霊夢は本当に嫌そうな顔で二人の訪問者に応対した。
しかし訪問者はめげることもなく、霊夢にお願いを続ける。
「陰陽玉の力にタオの能力、わたくしとっても興味がありますの。是非お側に置いてください何でもしますから。あ、これお土産のおせんべいです」
「おせんべいです」
訪問者、邪仙青娥は従者である芳香を引き連れて神社までやってきていた。
強いと思われる者の側につき、研究をする。これが青娥の目的であり、果たされるまで挑み続けるのだ。
「何もしなくていいからさっさと帰って」
おせんべいを受け取りながらも、嫌そうな顔を崩さない霊夢。
しかし青娥は一歩も退かない。願いを聞いてくれるまで通い続ける覚悟だ。
「お願いします。この青娥、霊夢さんのお側に控えさせていただけるのなら畜生と同じ扱いでも構いませんわ!」
「構いませんわ!」
「あんたらねえ。というか芳香、今あんたの主人とんでもない問題発言したんだけど?」
「おー?」
分かってないらしい。どうやら意味も分からず主人の言葉に続いているだけのようだ。
霊夢は大きくため息をついた。
「まあいいわ。とにかく、わたしは絶対にうんとは言わないから」
「そんな御無体な。一生のお願いですわ」
「ですわ」
青娥の目的それ自体にさしたる興味もない霊夢であったが、つきまとわれるのはうっとうしくてかなわない。
何とかして青娥を追い返せないものかと思い悩む。
「ただで置いてもらおうなどとは思っておりません。こちらもお返しはいたします」
「いたします」
「お返し?」
霊夢が悩んでいるうちにも青娥はどんどん話を前へ前へと進行させる。
ついつい霊夢も聞き返してしまった。
「わたくしをお側に置いてくださるのなら、断腸の思いで、芳香を抱きしめる権利を差し上げます! でも……夜の方は絶対に駄目ですからね? 例え霊夢さんでもあれは譲れません」
「譲れません」
「いらんわそんなもん!」
青娥の申し出を一蹴する霊夢。
青娥はもったいなさそうに、気持ちいいのに、とかつぶやいているが霊夢は聞き流した。
そうこうしている間にも、青娥は笑顔でどんどん詰め寄ってくる。
「どうかよろしくお願いします。貴女の強さの秘密を知りたいのです」
「知りたいのです」
「強さ……」
その言葉に、霊夢はふと閃いた。
上手くいけば、あっという間に青娥を追い返すことができる方法を。
思い立ったが吉日。早速霊夢は仕掛けてみた。
「ねえ青娥。あんたは強いやつを求めてるのよね?」
「ええその通りですわ。だから貴女にこうやってお願いを……」
それを聞いて、霊夢は心の中でニヤッと笑う。
そして上っ面では、たいそう残念そうな表情をしてみせた。
「じゃあわたしの所へ来るのはお門違いだわ」
「それはどういうことですか?」
「ことですか?」
頭にハテナマークを浮かべる青娥と、器用にも主人と同じような表情をする芳香。
そんな二人に向かって、霊夢は衝撃の事実を語り出す。
「わたしの知り合いに吸血鬼がいるのだけれど、そいつは運命を操る力をもっているの。いくらわたしでも、運命を操られたら敵いっこないわ」
「まあ!? そんなお方が……」
「お方が……」
驚きのあまり口を両手で覆う青娥。芳香は関節が曲がらないので、顔だけ同じにしていた。
「だからあんたたちはわたしの所よりもまず、そのとっても強い吸血鬼の所へ行くのが筋ってものよ」
「た、確かに……霊夢さん、その吸血鬼はどちらに?」
「湖の側に館を構えているわ。紅いからすぐに目につくわよ」
霊夢の話を聞き、口に手を当て考え込む青娥。
しかし一分もしないうちに明るい顔になって、くるりと振り返り芳香の手を引いた。
「こうしちゃいわれないわ。行くわよ芳香! それでは霊夢さん、失礼します」
「おお?」
慌てて宙に浮く青娥と、いきなり引っ張られボーっとしたまま飛ぶ芳香。
そんな二人の背に向かってひらひらと手を振る霊夢は、ホッとした顔をしていた。
「まあ気がかりなことが無いとは言わないけど、何とかなるでしょ。そんなことよりおせんべいおせんべい」
他人に押し付けたことは悪いかなと思いつつも、お土産の方がずっと興味深い霊夢であった。
「お邪魔いたしますわ」
「いたしますわ」
「うお!? 何だお前ら!?」
自室で小説を読みながら紅茶を飲んで寛いでいたところへ突然の来訪者。
しかもその来訪者の現れ方に、部屋の主は余計驚いた。
「ひ、人の部屋に勝手に穴を開けるなよ。直すの面倒なんだぞ!」
実際に修理するのは従者たちなのであろうが、そんなことは気にせずとりあえず怒る主。
しかし来訪者は謝るでもなく、うふふと笑っていた。
「御心配ありませんわ。ほら、この通り」
「この通り」
「穴が……消えた?」
怪しい笑顔に気を取られていたら、いつの間にか部屋の穴が無くなっていた。
目を丸くする部屋の主に、青娥は再び笑顔を振りまいた。
「突然のご訪問申し訳ありません。わたくしは霍青娥、仙人をやっておりますわ。こちらは芳香、わたくしの従者です」
「よろしくお願いします」
「仙人に死体? 変な組み合わせね」
欲望丸出しの営業スマイルを放つ奇妙な来訪者と、その従者という死体。
この二人に部屋の主は思いっきり訝しんだ視線を向けたが、まったく通用しなさそうなのですぐに諦めた。
実に面倒そうだが、仕方ないので話を聞いてみることにした。
「それで? その仙人様がわたしに何の用?」
「はい!先にご確認をしたいのですが、貴女はレミリア・スカーレットさんですね?」
「ですね?」
「そうだけど」
いかにも確かに、紅魔館の主レミリア・スカーレット本人である。
だから何なのか、とレミリアは思う。一杯の紅茶と一冊の小説を楽しむ時間を割かなければならないほど喫緊の状況とでもいうか。
とてもそんな風には見えなかった。
「実は折り入ってご相談がありまして……あ、これお土産のワインです。よろしければどうぞ」
「どうぞ」
「ん、ああ……」
とりあえずワインを受け取って、テーブルの上にそれを置いておく。
中々美味しそうだ。毒が入っているとも思えないので、後でいただくとする。
それはさておき、レミリアは青娥の方へ向き直した。本当にこの仙人は何なのか。その仙人に腰巾着のようにくっついているこの死体は何なのか。
「で、相談って?」
「はい、その……お恥ずかしい話なんですけど……」
「ですけど……」
「……調子狂うなあ」
できる限り面倒くさがっている感じを前面に押し出して言い放った。
しかし青娥も芳香も完全にこれをスルーする。常に我が道突き進むことを心がけるレミリアも流石に参ってしまいそうだった。
そして次の言葉で、さらに訳が分からなくなってしまう。
「わたくしを貴女のお側に置いてもらうことはできないでしょうか?」
「できないでしょうか?」
「……は?」
間抜けな声を出してしまったとは自分でも思う。
しかしそれはしょうがないことなのだとレミリアは自分に言い聞かせた。
「いきなり他人様の部屋に押し入って、それでもってわたしの側に置け? あんた本当に何なの? 何が目的なのよ?」
若干興奮気味に、早口でまくしたてたレミリア。
それに対し青娥は、常に落ち着いていた。
「わたくしの目的は単純です。強き者のお側に控えること。そして霊夢さんがおっしゃいました。貴女の運命を操る力には敵わない、と。貴女こそまさにわたくしが求める強き者!」
「強き者!」
「霊夢が……?」
霊夢が本当にそう言ったのなら、それはレミリアにとって大変喜ばしいことである。
あの霊夢をして敵わないと言わしめたのだ。レミリアの株はうなぎ上り、鼻もどんどん高くなる。
だが、それも時と場合による。
「霊夢め……適当なこと言ってこいつを押しつけたな……」
青娥には聞こえないよう、ボソリと恨み節をつぶやく。
十中八九、霊夢も面倒になってこっちにお鉢を回してきたのだ。
「じゃあ、わたしだって……」
「あの、さっきから何をつぶやいていらっしゃいますの?」
「いらっしゃいますの?」
「いや、えーっと。その死体は面白そうなやつだなーとか思っただけで……」
「ええそうなんです!この子の可愛さは世界一ですわ! それにわたくしのツボをしっかり押さえていて、わたくし毎晩ふにゃふにゃにされてしまいますの! もう参ってしまいますわ! でも気持ちよくて病みつきです! なんて二律背反なのでしょう!?」
「知らんよそんなこと」
勝手に暴走し始めた青娥に呆れながら、レミリアは考える。
この仙人を信じ込ませるだけの説得力をもった身代わりを用意しなければならない。
そうなれば自分の弱点を考えればいい。するとすぐにちょうど良さそうな妖怪が思い浮かんだ。
「青娥、そして芳香よ」
「はい!」
「はい!」
できるだけ厳粛さを心がけ、レミリアは咳払いをしながら二人に話し出した。
それを青娥はニコニコと、芳香はボーっとしながら聞いている。
「実は、わたしよりも強いやつがいるのだ!」
「ええ!?」
「ええ!?」
驚く仕草までコピーしようとする芳香の従順さにレミリアは思わず笑いかけたが、気合を入れて堪える。
「知っての通りわたしは吸血鬼だ。そして吸血鬼は太陽が苦手だ」
「ええ、ですが陽が差さない所では平気なのでは?」
「なのでは?」
「ところが違うのだ」
レミリアはぶんぶんと首を横に振る。
普段ならあいつは自分より強いと他人の前で言うのはプライドが許さないが、今はいい。
「地底の鴉に、太陽の力を持つやつがいるらしい。そいつの前ではわたしは無力化される」
「なんとまあ……それは確かに」
「確かに」
レミリアの言葉にショックを受けた青娥は、驚きの表情を隠せないでいた。
そしてすぐに芳香を引っ張って走り出した。
「失礼いたしますわ! さあ行くわよ芳香!」
「んあ?」
突風のように走り去った青娥を見送って、レミリアは成す術もなくじっとしていた。
そこへメイド長の咲夜がやって来る。
「紅茶のおかわりをお持ちしたのですが……どうかなさいましたか? 誰かとお話なさっていたようですが」
「いや、何でもない。少し疲れた。軽く寝たい」
「かしこまりました。すぐにベッドメイクを」
咲夜はお辞儀をするや否やすぐさまいなくなった。
一人残されたレミリアはゆっくり立ち上がる。
「別にあいつ自身は太陽じゃないけど……まあいいか。寝よう」
ワインは放っておいても気のきくメイド長が回収してくれるだろう。
レミリアは大きく伸びをしながら寝室へ向かった。
「こんにちは。貴女が霊烏路空さんですか?」
「ですかー?」
「うにゅ? そうだけど、誰?」
灼熱地獄の温度調節をしていたところへ、突如やってきた不思議な二人連れ。
空が首をかしげながら目をやると、青い方の女性がにこりと微笑んだ。
「申し遅れました。わたくし地上で仙人をしております霍青娥と申します。こちらは従者の芳香です」
「どうぞよろしく」
「あ、こんにちは」
ご丁寧に頭を下げられたので、空も頭を下げ返す。
「これはお土産です。温泉饅頭はお好きかしら?」
「お好きかしら?」
「おお! 大好き大好き!」
饅頭の入った箱を受け取った空は、その場で包みをビリビリと破り捨て、中身をポイポイと口の中に放り込んだ。
そして喜色満面の笑みを浮かべ、頬を栗鼠のように膨らませながら青娥たちにお礼を言う。
「ふぁりふぁふぉう。ふぉへえはんはひふぁ……」
「あの、一度飲みこんでからお話になった方が」
「ふにゅ」
言われた通り空は饅頭をもぐもぐと咀嚼し、ごくんと飲みこんだ。
「ふぅ……ありがとう。お姉さんたちは地上から来たって言ってたけど、よくこんな奥まで来れたね」
「ええ、仙人ですから」
「ですから」
「へー」
興味津々といった具合にうんうんと頷く空。
ふとここで、青娥の脇にずっと控えていた従者の方へ目がいく。
「その死体は? 新しい燃料?」
「あらいやですわ。燃料なんてそんな、照れちゃいます」
「照れちゃいます」
両手で頬を押さえながら、いやんいやんと体をくねらせる青娥。何故か顔も少し赤くなっている。
一方芳香も主人に倣い、恥ずかしそうな顔をしながらぎこちなくも体を揺らす。
「確かに閨房に芳香を招いた夜は激しく燃え上りますし、それがわたくしの活力になりますけれど、そんなストレートに燃料と言われたら困ってしまいますわ」
「しまいますわー」
「けーぼう……? 制御棒の仲間かな?」
この場で青娥の言っていることを正しく理解しているのは青娥しかいない。
しかし空は空で間違った理解をしているため、混沌としたまま話は進む。
「何でもいいから燃料だったらわたしに頂戴。よく燃えるんでしょ?」
「あら意外ですわ。貴女もお好きなのね。そうねえ……芳香はお気に入りなのだけれど、こちらもお願いする立場ですし……」
「立場ですし……」
思いっきり逡巡する青娥と、その模倣をする芳香。
このままいけば芳香は空の言う意味での燃料となる可能性もある。
しかし芳香自身は全く理解していない。そして青娥もちょっと勘違いしている。
そんな危機的状況の中、空が青娥に問うた。
「お願い? お願いって何? わたしにできる範囲ならいいけど」
「よろしいの? それなら是非に!」
「是非に!」
目を輝かせながら空の手を両手で握り締める青娥。
隣で同じように目を輝かせるのは燃料候補の演技派死体。
「博麗の巫女が敵わないと言う運命を操る吸血鬼が貴女の太陽の力が苦手だとおっしゃったので、ぜひとも貴女のお側でそのお力を拝見したいと思った次第なのです!」
「次第なのです!」
「お、おお……」
青娥と芳香の眼力にやや圧倒されてしまう空。
手を青娥にがっちり掴まれているため逃げ出すことはできないが、思わずのけぞってしまう。
そんなことお構いなしに青娥は話を続ける。
「わたくしは本気なのです! この想いを汲み取ってはいただけませんか!?」
「ませんかー!?」
「え、えー……」
青娥の申し出に、空は困った顔をする。
「この力は貰ったものだし、調子にのるとまた怒られちゃうし……」
「貰った……? 一体誰に!?」
「誰にー?」
貰った、という言葉を聞いた瞬間、青娥の興味は目の前の空から他に移った。
この太陽の力を授けた主の存在に、青娥の好奇心は沸騰しそうである。
「えっとね、山の神様に貰った」
「山の神様……行くわよ芳香! それでは失礼いたしますわ!」
「ぬおー?」
山の神様には心当たりがある。
青娥は空から手を離し、燃料となる危機を知らぬ間に逃れた芳香を引っ張って飛んで行ってしまった。
後に残された空はあまりに突然なことに驚き、しばらくぼんやりしていたが、やがてハッと我に返った。
「お饅頭ごちそうさまー! ありがとうねー!」
既に見えなくなった後ろ姿に向かって、ぶんぶんと手を振った。
「そういうわけで、こちらに伺った次第でございます」
「ございます」
「よし分かった。帰ってくれ」
場所は神社の中の一室。
三つ指ついて深々と頭を下げる青娥と、関節が曲がらないので腕立て伏せの腕を伸ばした状態で頭を下げる芳香。
そんな二人を見て早々、山の神様は帰るようお願いした。
「ああんそんな御無体な。どうして神社の方々はそんなに照れ屋さんなのかしら?」
「なのかしら?」
「あんたたちねえ……いきなり来て、『博麗の巫女が敵わないと言う運命を操る吸血鬼が苦手とする太陽の力を授けた山の神のお側に控えたい』とか言われてもこっちは困るしかないじゃないか」
「おお神奈子、よく一発であんな長ゼリフを覚えられたね」
同席する帽子をかぶった神様、諏訪子が感心半分、呆れ半分といった感じで言う。
そんな皮肉は放っておいて、神奈子は頭を抱えながら青娥に向かった。
「とにかくさ、帰ってくれないか。信仰が増えるのはありがたいけど、はっきり言ってあんたを側に置くと何だか色々禍根が残りそうで怖いんだ」
「いいじゃんいいじゃん。面白そうじゃん。あの死体なんかいい感じだよ」
「諏訪子は黙ってろ」
交渉相手は神奈子であるという部外者の気軽さからか適当なことを言う諏訪子を黙らせる神奈子。
一方青娥の方はというと、自身の居住いを直し、さらに芳香の関節を若干強引に曲げて座らせていた。
神奈子に言われたことなど一切気にしていない様子だった。
「あ、そうだ。こちらお土産のお酒で、とっても美味しいと評判ですの。よろしければどうぞ」
「どうぞー」
「ああこりゃ御親切にどうも……じゃなくて」
参ったな、と頭を悩ます神奈子。
流石海千山千の邪仙といったところか、最近復活した聖人よりも実にやりにくい。
のらりくらりと言葉をかわし、こちらを追い詰めてくるような感覚がする。
「こっちはあんたと手を組むつもりはないから、他を当たってほしい」
「まあ、別に手を組むなどと対等な条件に立ったつもりはありませんわ。わたくしは貴女のお側につく。上は貴女で下がわたくしです。ちなみに夜の閨房では芳香が下から……」
「聞いてないからそんなこと。はあ、まったく……」
「あはははは」
困り果てる神奈子に、諏訪子は単純に面白おかしく笑った。
どこまでも気楽なこの神に、神奈子はやや腹をたてる。
「あんたも笑ってばかりいないでさ、何とかしてよ」
「しょうがないなあ」
青娥に聞こえないように、そっと耳打ちする。
しかし耳打ちする様子は見れば分かるので、青娥は不思議そうな顔をして尋ねる。
ついでに芳香も不思議そうな顔をする。
「何をお話ししていらっしゃるの?」
「いらっしゃるの?」
「え、いや、これは……」
「こういうことだよ」
上手い切り返しが思いつかない神奈子に代わって、口を開いたのは諏訪子だった。
「神様っていうのは基本的に自分からは何もしないのさ。人からお願いごとをされたらそれに力を貸すことはあるけどね」
「それでは、わたくしのお願いも聞いてくださるの?」
「さるの?」
「そうだね」
「おいこら諏訪子」
無責任な返事をするなと諏訪子に喰ってかかる神奈子であったが、諏訪子はまあまあとそれを宥めて話を続けた。
神奈子も仕方なく、腕を組みながら不機嫌そうな顔をして話を聞く。
そして青娥も、一言も聞きもらすまいと諏訪子の一字一句を傾聴していた。
なお、芳香は何も考えていなかった。
「そちらのお願いも聞いてあげたいのだけど、確か、強いやつを求めてるんだよね?」
「ええそうですわ。強いお方を探し求め、そのお方の側に控えることが目的です」
「目的です」
それを聞いて、諏訪子はわざとらしくため息をついた。
それこそ、心の底から残念そうに見えるほどに。
「悪いけど条件を満たせないんだ。例えば神奈子がある人間に力を貸したとしよう。しかしその人間がぽっくり死んでしまえば、神奈子がどれだけ力を貸しても意味が無くなってしまう」
「でも、神が力を与えた人間がそう簡単に死ぬのですか?」
「死ぬのですか?」
信じられないという顔の青娥と、それに合わせる芳香。
実際、神の力を有する者は格段に強くなる。空の例のように。
「確実に殺せるやつをわたしは一人知ってる。そいつは他者を死に誘うことができるのさ。はっきり言って反則だよ」
「おい、まさかそれって」
神奈子が言うより前に、諏訪子が「そいつ」の名を挙げた。
それを聞くや否や、青娥は興奮した面持ちで立ち上がった。
「これにて失礼します! さあ芳香立ちなさい!」
「うおお?」
しばらく無理に関節を曲げて座っていたため体が固まってしまった芳香を引っ張り上げて、青娥は駆けだしてしまった。
「あーあ、いっちゃった」
「しかしまあ、よくもあんな嘘を堂々と言えたもんだね?」
「あはは。まあ半分くらいは本心なんだけどね」
「人間を祟り殺すなんて芸当、あんただって十分できると思うけどね。それに、あんな邪仙を送りこまれたら、あちらさんも困ってしまうんじゃないかい?」
「あちらさんはあちらさんで何とかするでしょ」
「適当……」
ため息をこぼしながら言う神奈子に、諏訪子はただただ笑っていた。
その様子に再びため息をこぼした神奈子は、ふと青娥の置き土産に目をやった。
「どうしようか、これ?」
「貰っておけばいいんじゃない? お土産なんだし」
「それもそうか」
納得した神奈子がひょいと酒瓶を持ち上げたその時
「ただ今戻りましたー」
買い出しから帰ってきた早苗の声が、玄関の戸を開ける音と同時に聞こえてきたのだった。
「わたくしは霍青娥と申す仙人です。こちらは従者の芳香、そしてこちらはお土産のおはぎです。よろしくどうぞ」
「どうぞー」
「あらご丁寧にどうも。妖夢、お茶を……ってそうだ、今はおつかい中だった」
ちょっと失礼しますね、と亡霊姫は立ち上がって台所まで行き、自らお茶を淹れた。
そして応接間まで戻ってきて、突然の客人、青娥と芳香に差し出した。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます。いただきますわ」
「いただきますー」
青娥は頂いたお茶を一口飲み、ふう、と息をつく。
その後、芳香に差し出された湯飲みを持って、関節が曲がらず飲めないでいる芳香に飲ませてあげた。
その姿に、亡霊姫は柔らかく笑った。
「ふふ、可愛らしいのね」
「ええ幽々子さん。とっても可愛い自慢の死体ですのよ」
「ぐびぐび……うう」
青娥が芳香にお茶を飲ませ終える。
そのタイミングを見計らって、幽々子の方から口火を切る。
「御用向きは何かしら? まさかその可愛い死体ちゃんを冥界に送りに来たわけでもないでしょう?」
「ええ違いますわ。芳香はあんまり関係ありませんの」
「ありませんのー」
「ではどうしてお連れになっているのかしら?」
「可愛い従者ですから」
やんわりとしたトーンで交わされる会話は、端から見たら実に平和じみたものだった。
お互いに腹の内を探っているのである。幽々子としてはこれもまた一興だが、青娥から暗に喧嘩をふっかけられているとも感じられないので、さっさと本題に入ることにした。
「教えてくださいな。何をしにこちらまでいらっしゃったの?」
「分かりました。幽々子さん、貴女は死に誘う力をお持ちですね?」
「お持ちですね?」
はてな、と幽々子は思う。
確かに死に誘う能力を持っているし、隠しているわけでもない。
悪用しようとすればいくらでもできそうな力だとは自覚しているが、青娥からはそういった邪気が見えてこない。
それだけポーカーフェイスが上手いということなのか、幽々子は少し揺さぶりをかけてみた。
「おっしゃる通り。仙人の貴女だって一瞬で誘えますわ」
「まあ恐い。せっかく死神に追われながらも、そして夜に芳香の手で昇天させられても、こうして生きながらえておりますのに」
「おりますのに」
「まあ、お盛んなのね」
真意が分からない。というか夜のくだりは実にどうでもいい。
まるで暖簾のようにのらりくらりとする青娥が、幽々子にとっては中々興味深くもあった。
その興味深い、幽々子の目の前で恍惚の表情を浮かべる仙人は、突如としてこんなことを言い出した。
「それで、博麗の巫女が敵わないと言う運命を操る吸血鬼が苦手とする太陽の力を授けた山の神が反則だとした貴女の死に誘う力に、わたくし大変関心がありますの。是非お側に置いて頂くことはできませんか?」
「できませんか?」
「は、はあ……?」
これまで青娥と同じように飄々とした態度をとっていた幽々子も、これには困惑してしまう。
まず自分の能力に至る前置きが長い。青娥が誰に会ってきたかは大体分かるが、随分と色んな所を廻って来たものだと関心すらしてしまう。
「それで、次はわたしの番、と……」
合点がいった。
次の人へバトンを渡す方法も、渡す対象もすぐに思いついた。
「あの、青娥さん」
「はい何でしょう?」
「でしょう?」
幸いにして死に誘う能力には天敵がいる。
そのことを内心喜びつつも、顔は申し訳なさそうに笑う幽々子。
「死に誘う能力は万能ではないの。絶対に効かない相手がいるのよ」
「そんなことが!?」
「そんなことが!?」
本日何度目か、青娥と芳香の驚く顔がきれいに並んだ。
幽々子にしてみれば初見なので、なんとも思わないのであるが。
「竹林に住んでいるお姫様たちは不老不死なの。わたしの力に干渉されないほど強力なね」
「不老不死……」
その言葉に、青娥の瞳が輝く。
仙人が目指す究極の一つ、不老不死。
もう青娥の関心は幽々子から離れていた。
「行くわよ芳香!」
「んああ……?」
半分寝ていた芳香の手を引き、青娥は慌ただしくこの場を後にした。
その後ろ姿を見送ってから、幽々子は楽しそうに机の上の箱を取った。
「美味しそうなおはぎね~。妖夢が帰ってきたらお茶を淹れてもらわなくっちゃ」
大層幸せな顔をして、屋敷の奥へと去っていった。
「そちらは患者さん? ……残念ですが、もう亡くなってます」
「百も承知ですわ」
「承知ですわ」
「でしょうね」
玄関で交わされる会話。
その死体が何者かくらい、この薬師の頭脳をもってすれば一目で分かる。分かってたからこそ、少しふざけた態度をとってみた。
それでもふざけた態度に腹をたてる素振りもなく微笑を浮かべ続けているあたり、この来訪者はただ者ではないだろう。
「貴女は八意永琳さんですね? わたくしは霍青娥と申します。こちらは従者の芳香です。それと、お土産に大福餅をお持ちしました。お見知りおきを」
「おきをー」
青娥は常に物腰柔らかく、芳香は常に物腰ぎこちない。
対照的な二人を可笑しく思いつつも、永琳は黙っていた。迂闊に笑うこと自体、相手の術中にはまることを意味するかもしれない。
できるだけ冷静に対処することが望ましい。大福餅入りの箱を受け取りながらも警戒は緩めない。
「それで青娥さん。今日はどういった御用件かしら?」
「ええ、はっきりと申しあげますわ。わたくし、博麗の巫女が敵わないと言う運命を操る吸血鬼が苦手とする太陽の力を授けた山の神が反則だとした死に誘う能力が通用しない蓬莱の姫に興味がありますの! 是非お側に置いてもらいたいのです!」
「もらいたいのです!」
くわっ、というオノマトペがつきそうなくらい迫真の表情をする青娥と、同様の表情の芳香。
「えーっと、ちょっと待ってね……」
永琳は眉間を押さえながら考え込んだ。
この仙人が述べた長ったらしいここまでのあらすじを、分かりやすく処理する最中である。
「要するに、色んな所をまわった挙句に姫の話を聞いて、興味があるから側に置いてほしいということ?」
「その通りです。話が早くて助かりますわ」
「助かりますわ」
にっこり笑顔の青娥。
対する永琳は難しい顔。
「あの子は絶対に引き受けないと思うわよ」
「そこを何とか。せめてご本人とお話をさせていただけないでしょうか?」
「しょうかー?」
「そうは言ってもねえ……うーん」
本人に言っても無駄に終わる気がするが、まあいいかと永琳は思う。
交渉相手は自分ではないのだし、それにもしこの客人が蓬莱の薬に手を出そうものなら、それこそ殺してでも止める。
永琳があれやこれやと思案して、結論を出した時、新しい客人がやってきた。
「輝夜ぁー、いるー? ってあれ、お客さん?」
白い長髪に赤いリボンをたくさんつけた少女が、そう言いながら玄関の戸を開けて入ってくる。
勝手知りたる他人の家ということか、とても馴れた様子であったのだが、見慣れない姿に少し驚いたようだった。
「どうもこんにちは」
「こんにちは」
青娥はとても丁寧に挨拶をし、芳香もそれに合わせる。
しかし内心では目の前の少女などどうでも良かった。今の青娥は蓬莱の姫、輝夜に会うことで頭がいっぱいだった。
だからこそ、白髪の少女に呼ばれたお姫様が奥から歩いてきた時、青娥は目をきらきらと輝かせた。
「お初にお目にかかります。わたくし仙人の霍青娥と……」
しかし青娥にとっての計算違いは、輝夜の方も見慣れぬ客人以外のことで頭がいっぱいだったことである。
「何の用かしら妹紅? 次の決闘はまだ先だったはずだけど?」
「んー別に大した用じゃないんだけど、ちょっと面白いことに気付いてさ」
輝夜と妹紅は青娥のことをまるっきり無視して話を始めた。
ピリピリとした空気があるような、無いような、何とも微妙な気配が二人の間に生じる。
「ごめんなさいね。輝夜たちにも悪気があるわけじゃないの」
「あら、まあ……」
「まあ……」
苦笑いしながら謝る永琳。
これまで尋ねた先々で押せ押せ状態だった青娥も、ここでは大人しくなってしまった。
そんな状況知ってか知らずか、輝夜と妹紅は二人だけの世界に入り続けている。
「面白いことって何よ?」
「教えてほしい?」
「教えるつもりでここに来たんでしょうが」
「ああ分かっちゃう?」
やたらもったいぶりたがる妹紅。顔は常時にやけている。
その上機嫌な態度に対して輝夜があからさまに不機嫌な顔をすると、妹紅はわざとらしく咳払いしてさらにもったいぶった。
「ちょっと暇だったから、これまで書き続けてきた輝夜との全対戦記録を読み返してみたんだ。するとさ、対戦成績はわたしの7万6841勝7万6838敗6万5524引き分け。いやーわたしの勝ち越しじゃあないか。はっはっは」
「まあ!?」
妹紅の自慢に輝夜が怒りを露わにするより先に反応する人がいた。
その人は興奮気味に二人の間に割って入り、妹紅の方にすり寄る。
「貴女、輝夜さんに勝ち越していらっしゃるの? 素敵だわ! あ、申し遅れましたわたくし霍青娥という者です。こちらは従者の……」
「うわぁ!? な、何だあんた!? というかひっつくな!」
突然の乱入者に度肝を抜かれた妹紅は、強引に青娥を振り払った。
そして威嚇のため、掌に炎をともす。
「炎を操る仙術をお使いになるの? ますます素敵だわ! どうかわたくしを貴女のお側に置いてくださいませんこと?」
「ませんことー?」
「わあああ!?」
逆効果だった。
妹紅の炎を目にした青娥はさらに興奮し、ぐいぐいと妹紅にくっつく。ついでに芳香もくっつく。
「ああ何て美しい炎……まるでわたくしの芳香に対する愛のように情熱的ですわ」
「情熱的ですわー」
「ひ、人の炎に変な喩えを付けるなー!」
一方、置いてけぼりを喰らったのは、輝夜と永琳だった。
特に輝夜は、喧嘩相手の妹紅に言い返すチャンスを奪われてしまい、実に悔しい。
ぼそりと、妹紅に嫌味を言う。
「何さ……寺子屋先生には頭の上がらないヘタレ不死鳥のくせに……」
「貴女、今何ておっしゃったの!?」
「のわぁ!?」
妹紅すら聞こえていなかった輝夜の陰口を耳聡く拾ったのは青娥だった。
さっきまで妹紅にべったりだったはずなのに、今度は目を輝かせて輝夜に詰め寄った。
「あの妹紅さんですら頭の上がらない方がいらっしゃると、貴女今そうおっしゃったのね!? どなた? 一体どこのどなたなの!?」
「なのー?」
「ひ、人里で寺子屋の先生をやってる人だけど……」
血気盛んでやる気しか感じられない青娥と、一拍遅れてくる芳香に圧倒され、輝夜は小声で答えた。
すると、青娥は鼻を鳴らしながら意気込んだ。
「行くわよ芳香! さらなる強者を求めて!」
「おうおー」
芳香を引いて、空を駆ける青娥。
残された三人とも、しばらくぽかんと口を開けて黙ることしかできなかった。
だがやがて、輝夜が妹紅につっかかる。
「な、何がわたしの勝ち越しよ、たったの3つじゃない!」
「それでも勝ち越しは勝ち越しだよ」
「そんなのすぐに取り返すわ! 今すぐに!」
「何よ、やるの!?」
「やってやるわよ!」
じっと睨みあいながら、二人は外へ出ていった。決闘の始まりである。
そんな二人を、永琳は呼びとめようとするのだが
「大福餅があるのだけれど……ま、いっか」
どうせ聞いちゃいないし、しばらく帰ってくることもないだろう。
弟子たちと一緒に全部食べてしまおうと、永琳は大福餅の入った箱を大事そうに抱えて居間に戻っていった。
「ごめんくださいな」
「さいなー」
「はい、今開けます」
授業も終わり生徒たちもすっかり帰ってしまった寺子屋に、戸を叩く音。
残って明日の授業の用意をしていた先生が戸を開ければ、そこにはにこやかな顔と呆けた顔。
「どちら様でしょうか?」
「はじめまして、わたくし霍青娥と申しまして、しがない仙人をやっております。こちらは従者の芳香です。貴女が、上白沢慧音さんですね?」
「ですねー?」
「そうですが……」
答えながら、慧音は思い返す。
霍青娥と芳香、その名には確かに覚えがある。
「つまらないものですが、よろしければと思い羊羹を持って参りましたの」
「参りましたの」
「これはまた、ありがとうございます」
受け取りながら、慧音は緊張する。
阿礼乙女の新しい縁起にあった、邪仙霍青娥とその従者のキョンシー宮古芳香。
特に邪仙の方は油断ならない性格をしていると書いてあった気がする。
「それで、どうしてわざわざこんな所に?」
背筋を伸ばし、身構えながら慧音は問いかけた。
取りこまれてしまわないようにと、精一杯の警戒心を胸の内に秘める。
しかし青娥の方は、緊張感の欠片もない意気揚々とした面持ちで、くどくどと語り始めた。
「博麗の巫女が敵わないと言う運命を操る吸血鬼が苦手とする太陽の力を授けた山の神が反則だとした死に誘う能力が通用しない蓬莱の姫に勝ち越した不死鳥が頭の上がらない寺子屋の先生である貴女のお側に控えさせていただきたく参った所存です!」
「所存です!」
「…………え?」
最早早口言葉の域に達しているそれを聞き、慧音は呆気にとられてしまう。
一部聞きとれず、これはどういうことかと混乱する慧音に、青娥は優しくささやく。
「つまり、貴女の強さに惚れてしまいましたの。お側に置いてくださらない?」
「さらない?」
「ああ……」
何かそういう感じのことが阿礼乙女の縁起にあったような。
興味を持った相手に手当たり次第近付いて、飽きたらすぐに離れていくようなことが。
ということは、自分相手でもすぐに飽きて帰ってくれるだろうかと慧音は思う。
「いやしかし……」
光り輝く目つきをしている青娥、並びに芳香を眺めながら、慧音は悟った。
正直、少しの間だけ関わるとしても非常に面倒なことになりそうだということを。
となれば、慧音の出す結論は一つだけ。
「いや、貴女の買い被りすぎだ。わたしにそんな力は無い」
「そんなことはありませんわ! 妹紅さんや輝夜さんたちからはっきりと聞きましたもの!」
「ものー!」
「あいつら何を言ったんだ……?」
青娥は「不死鳥が頭の上がらない」と言っていた。
恐らく自分が不摂生な面のある妹紅を叱っていたことでも喋ったのだろうかとあたりを付ける。
それと同時に、大きなため息。
「第一、貴女の話を聞くに、今まで貴女が尋ねた相手は幻想郷でも上位の実力者たちばかりじゃないか。そんな中でわたしの所に来られても……」
「ですから、貴女は真の実力を隠していらっしゃると踏んだのです。ちなみに、芳香も夜には信じられない実力でわたくしを攻めてきますの」
「攻めますの」
「ええ……」
後半は聞かなかったことにする。
ただ、満月の夜には覚醒するという点のみで言えば、前半はあながち間違いでもない指摘。
それでも下手に認めると余計に興味を持たれそうで怖い。
何とか体よく青娥に帰ってもらえる手段はないかと考える。まあもう一つしか思い浮かばないのだが。
「一つ聞いてもらいたいんだが……」
慧音は、慣れない誤魔化しを必死になって語った。
誤魔化しとは言っても、次のバトンの受け手の方が実力的に上なのは明らかだと慧音は思っている。
だが、面倒だから次に回したいという本音はひた隠しにしている。何ともやりづらい。
バレてはいないだろうか、怪しくはないだろうかと不安を感じつつ、慧音が全てを話し終えると、青娥は目をかっと見開いていた。
「芳香!」
「ふおお」
まるで嵐。青娥による嵐ということで青嵐と言えば格好はつくだろうか。
そんなことを考えながら、羊羹片手に慧音は頭を抱える。
「ああ……何か罪悪感が……」
人を騙してしまったという申し訳なさに、青娥がこの日訪れた中で最も生真面目な性格であろう慧音は打ちひしがれていた。
「博麗の巫女が敵わないと言う運命を操る吸血鬼が苦手とする太陽の力を授けた山の神が反則だとした死に誘う能力が通用しない蓬莱の姫に勝ち越した不死鳥が頭の上がらない寺子屋の先生が是非とも語りあいたいと憧れる貴女のもとへ戻って参りました!」
「した!」
「貴女という人は本当にもう……」
長ったらしいセリフを一度も噛むことなく流暢に喋りきった青娥。
一方慧音が語りあいたいという人物は、長い付き合いとはいえ相変わらず楽しそうに生きる人だと改めて呆れてしまっていた。
「人里で良さそうな耳かきを買いましたの。人々の欲で疲れたお耳を御綺麗にしてください」
「綺麗にしてください」
「そりゃまたどーも……貴女の欲なんて特にはっきりと伝わってきますからね。こんな耳無くても」
蘇った聖人、豊聡耳神子はジト目になりながら耳かきを受け取る。
しかし青娥はただただ微笑むのみ。
「せっかくなのでわたくしが耳掃除をして差し上げましょうか?」
「ましょうかー?」
「結構です」
考えてみればこの邪仙、一日で幻想郷のあちこちを飛び回った挙句に戻ってきたわけだ。
それなのに元気満々。疲れた様子など垣間見ることもできない。
「貴女の行動力には脱帽ですよ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。これも偏に芳香とのトレーニングの賜物ですわ。夜の部の」
「夜の部ー」
「はいはい」
このノリにも慣れている。
適当にあしらっておけば、それでいいのである。
「それで豊聡耳様、再び貴女のお側に置かせていただくということでよろしいでしょうか?」
「しょうか?」
「あー……」
好きになさい、と言おうとしたところで、神子は言葉を飲みこんだ。
青娥の話から推定される一連の流れを鑑みるに、青娥は○○は△△より強い、××は□□より有利だと聞くと、盲目的にそちらへ興味が惹かれるようだ。
ならば、と神子はある思いつきを実行する。
「好きになさい、と言いたいのですが、実はわたしの能力にも苦手とする相手がおりまして……」
「え、そうなのですか!? 初耳ですわ!」
「初耳ですわ」
そうなのです、と重々しく言って、神子はすうっと息を吸い込んだ。
そして固唾を飲んで神子の様子を窺う青娥の前で、バッとある人物を指差した。
「それは芳香、貴女です!」
「ええ!?」
「おー?」
驚き体を震わせる青娥と、状況を把握していない芳香。
だが神子は一切気にかけることもなく、大仰に話を進める。
「わたしは十欲を聞きとる能力を持つ……しかし芳香、貴女からはそれが上手くいかないのです。それもそのはず、貴女の思考のほとんどは主人に尽くすことしかないのだから!」
かなり適当なことをよくもまあ言ってのけたものだと内心自嘲する。
しかし青娥の方を見れば、非常に真に受けたようで、芳香に向かって飛びかかった。
「流石はわたしの愛する芳香! 貴女のことは絶対に手放さないわ!」
「おー、青娥? わたしも青娥のことは大好きだぞー!」
頬をすり寄せ、撫でくり回す青娥。芳香もとても心地よさそうにする。
その溺愛ぶりには言葉も出ない神子であったが、本人たちが幸せそうだからまあいいかと思うことにした。
そして同時に、青娥の欲が痛いほど伝わってきて耳によろしくなさそうなので、耳かきを持ってそそくさと退散するのであった。
ただ慧音だけは明らかにとばっちりかなとw
おぜうの
>「知らんよそんなこと」
がいかにも取り付く島が無くて笑ってしもうた
あえて大ボス勢に常識人枠の慧音をさらっと混ぜたのが良かった
あと、お空が平和そうで何より。
色々たらい回しにされてるけど、実際に最強なのは? って聞かれたら、多分龍神様になるんだろうなぁ……。
元ネタの話は読んだ事があるので、お空あたりから話がわかってニヤニヤしながら読ませていただきました。
けーねで〆かな?と思ったら神子様がまたうまくやっちゃって。
元ネタの話になぞらえながら上手くキャラを乗せていて、楽しませていただきました!
とても面白かったです
テンポ良く読み進められました。
同じ展開を繰り返すのは、お約束芸とでも言うべきでしょうか。
ダレるかダレないかの微妙なところで終わらせたのが良かったです。
元ネタがあるとは言え、ラストの締め方も上手。
あと、「燃料候補の演技派死体」とか「まず自分の能力に至る前置きが長い」とか、
一言一言がいちいち面白かったです。この点数で。
行く先行く先で食べ物を渡していたが、わざわざ人里とかで調達したのだろうか…
この物語を読んでなぜか『ちゃん』付けで呼びたくなりました。
霊夢に帰ってくるかと思いきや芳香が最強だったとは…
まねっこ芳香ちゃんかわいい