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主同士の交友が深いと、自然とその場所へ足を向ける機会も多くなる。
私――八雲藍が、結界の補修以外で出向くことが多い場所のひとつが、この白玉楼だ。およそ月に一度は月見の宴会に呼ばれるし、それ以外にも何かと紫様はここの主、西行寺幽々子様のところへ遊びに行かれる。酔いつぶれた紫様を迎えに行ったことも一度や二度ではない。
「あ、藍さん。こんにちは」
長い長い階段の上を飛んでいると、樹の剪定をする従者の姿があった。以前は何度訪ねても問答無用で斬りかかられたが、最近はさすがにそういうことも無くなってきた。幽々子様は永遠に未熟者のように彼女を言うけれど、彼女なりに進歩はしているのだろう。きっと。
「こんにちは。幽々子様はご在宅かな」
「ええ。お月見の件で?」
「まあ、そんなところだ」
「では、こちらへ――」
「ああ、仕事中だろう。続けてくれて構わないよ」
「はあ、では」
ぺこりと一礼して、魂魄妖夢は剪定作業に戻っていく。私はそれを横目に、階段の上へと飛んだ。とかく、白玉楼の庭は広い。のんびり飛んでいたら陽が暮れてしまう。
ようやく屋敷の前に辿り着き、玄関の戸を叩く。ぱたぱたと中から足音。姿を現したのは、以前からここに住み込みで働いているもうひとりの従者だ。食事の仕込みでもしていたのか、エプロンで手を拭いながら現れた兎の少女に、私は片手を挙げる。
「こんにちは」
「あ、どうも。今お呼びしますので、応接間の方で待っていてくださいね」
向こうも慣れたものである。ぱたぱたと廊下を駆け戻っていく鈴仙・優曇華院・イナバの背中を見送りながら、私は白玉楼の応接間に足を向ける。
――あの兎が、永遠亭からこの白玉楼に引き取られることになったきっかけの、とある騒動。私もそれに絡んで色々と動いた身の上だが、実際のところ鈴仙や、それを追ってきた月人、そして魂魄妖夢らの間にどんな物語があったのか、詳しいことまでは聞き及んでいない。
ただ、鈴仙が生きながらにして冥界で暮らしている姿も、気が付けば自然とそこに馴染んでいる。ここは幻想郷の範疇からは外れた世界であるにせよ、幻想郷は全てを受け入れるのよ、という紫様のお言葉は、つまりそういうことなのかもしれない、とぼんやり思った。
誰にも邪魔されず、気を遣わずにものを食べるという、孤高の行為。
この行為こそが、人と妖に平等に与えられた、最高の“癒し”と言えるのである。
狐独のグルメ Season 2
「白玉楼のすき焼きと卵かけご飯」
「――では、今月の月見においては、月人と兎は招待しないということで」
「ええ、だから紫に、こそこそする必要は無いわと伝えておいて頂戴」
邪気の無い、しかし腹の底の知れない笑みを浮かべてお茶を啜る幽々子様と向き合い、私はほっと息をついた。それなら今月は、気兼ねなく参加できるということだ。
あの、月からの脱走兵である鈴仙がここに住むようになってからというもの、幽々子様は月見の宴に、稀に月からあの綿月姉妹とそのペットたちを招くようになっていた。月と離れて暮らす鈴仙に対しての気遣いなのだろうが、あの月の連中とは因縁浅からぬ我々にとっては、全く居心地のいいものではないので、その場合は欠席するなり、早々に退散することになる。
「紫も、もう少し堂々としていればいいものをね~」
「いや、そういうわけにもいかないでしょう。向こうからすれば私たちは月に侵略を仕掛けた大罪人ですから。――せめて呼ぶのは兎だけにしていただけませんか」
「そう言われてもね~。呼ばなくてもあの姉の方が勝手に来るんだもの」
豊姫か。目の前の幽々子様同様、あの月人も全く腹の底が読めない。私は溜息をつく。
「まあ、今回は向こうが勝手に押しかけてこない限り大丈夫よ~」
「はあ、そういうことでしたら」
私は出されたお茶菓子をつまみながら、曖昧に頷いた。落雁の甘さが舌に心地よい。
それから、いくつか他愛の無い雑談を交わす。話題は主に、ここの従者のことになった。
「妖夢ってば、鈴仙ちゃんがここに来てからだいぶ経つのに、いつまで経っても奥手でね~」
「はあ」
「鈴仙ちゃんも鈴仙ちゃんなんだけど。半日お休みをあげて、どこかふたりで遊びに行きなさいな、って言うでしょ? 『れ、鈴仙、どこか行きたいところある?』『ええと……うーん、妖夢は?』『私は、うん、鈴仙の行きたいところでいいよ』『いや、私も別に、妖夢の行きたいところならどこでも……』――だいたいいつもこんな調子でね~」
わざわざふたりの声真似までして、楽しそうに語る幽々子様。奥手な二人の姿が目に浮かぶようで、私は思わず笑ってしまう。
「いざ出かけるとなっても、未だに自然に手も繋げないのよ~。もう、見ててじれったいことこの上無いわ。まあ、面白いからいいんだけど」
そんな風に従者同士の恋を語る幽々子様の顔もまた少女のように見えて、私は微笑んだ。
――それから、ふっと、紫様のそんなお顔は一度も見たことが無いな、と思う。
紫様とて、かつては恋に恋するような時代もあったのかもしれないが、私の知るのは妖怪の賢者として幻想郷を見守る紫様だけだ。霊夢や幽々子様のように、特別に紫様が気に掛ける相手というのはあれど――少女のように誰かに恋い焦がれたり、他人の恋の話を楽しそうに語る紫様の姿というのは、正直なところ全く想像もつかない。
幻想郷の全てを愛しているの、と語る紫様は、かつて誰かを愛していたのだろうか。
いや、誰も愛したことのない者など、きっといないのだ。紫様とて、きっといつかは。
「どうかしたから~?」
「あ、いえ、なんでも。――そろそろお暇いたします」
私は時計を見て立ち上がる。少々長居をしてしまったな、と心の中だけで肩を竦めた。そろそろ戻って夕飯の支度をした方がいいだろう。
「あら、もう少しゆっくりしていってもいいのに。そろそろ晩ご飯の時間だしね~」
「いえ、そういうわけにも」
「紫は不在なんでしょう?」
図星を突かれて、私は思わず硬直した。確かに今日は、紫様は早起きされて稗田邸に出向いている。春に出た幻想郷縁起の最新版の反響を踏まえて、今後の幻想郷縁起に関して打ち合わせをするのだとか。「夕飯は向こうで頂いてくるから、幽々子との打ち合わせの後はお好きになさいな」とのお言葉もいただいているので、この後はフリーである。と言っても冥界に飯屋は無いので、まっすぐ家に帰って夕飯を作った方が早そうだと考えていたのだが。
と、そこへ襖の向こうから鈴仙の声がした。襖が開き、顔を出した鈴仙は、私と幽々子様の顔を見比べて「あの――」と首を傾げる。
「夕飯の支度をこれからしますけれど――ええと」
「ああ、彼女の分も支度して頂戴」
「え? ゆ、幽々子様」
「わかりました。では、ゆっくりしていってくださいね」
ぺこりと頭を下げて、ぱたぱたと鈴仙は戻っていく。そこにもうひとつ足音が重なり、「手伝うよ、鈴仙」という妖夢の声が聞こえてきた。
私は幽々子様を振り返る。幽々子様は扇子に口元を隠しながら、悠然とした笑みを浮かべ、
「今夜はすき焼きなのよ~」
――情けないことに、その言葉に腹の虫が鳴ってしまい、私は赤面した。
よくよく考えてみれば、すき焼きを食べるなんて随分久しぶりだった。
ひとりで食べるものではないし、紫様とふたりで、というものでもない。橙を呼んで三人で食卓を囲むときはたいてい橙の好物を優先するから魚系が増える。さて、前回すき焼きを食べたのはいつだったか。
「今日はいいお肉が手に入ったので」
妖夢がそう言った通り、出てきた肉は一目見て柔らかく適度に脂ののったいい牛肉と知れた。人里で買える肉の中でもおそらくかなり高価なものだろう。それが、健啖な幽々子様のためにどんと積み上げられる。白玉楼のエンゲル係数はどうなっているのだろう。
「亡霊の身の上だと、食べるぐらいしかお金の使い道が無いからね~」
いや、そもそも亡霊は食べる必要も無いのではないか?
野暮な突っ込みはさておき、春菊、焼き豆腐、えのき、しらたき、ネギと定番の具材が並ぶ。それにしても結構な量だ。いくら幽々子様が健啖といっても、三人でこれを食べきるつもりだったのだろうか? それとも、最初から私が加わることは計算に入っていたのだろうか。幽々子様ならありそうなことだと思えてしまうのが、同時に三人でこの量を食べてしまいそうな気もするから、なんとも言えない。
火鉢に載せた鉄鍋に、妖夢が脂身の塊を落として、鍋全体に脂をのばしていく。その間に、鈴仙が生卵を割り入れた小鉢を配った。「卵は足りなかったら言ってくださいね」との言葉に頷いて、お先に卵を溶いておく。ああ、すき焼きって感じがしてきたぞ。
最後にご飯が人数分行き渡り、鉄鍋を囲んで四人、「いただきます」と手を合わせた。改めてなぜ自分が白玉楼の食卓に紛れ込んでいるのか、という疑問がわき起こったが、次の瞬間肉が、そして春菊としらたき、焼き豆腐にえのきにネギが鉄鍋に投入され、疑問は吹き飛ぶ。
じゅわあ、と盛大な音をたてて肉が焼ける。鉄鍋の中でしらたきの水滴が跳ねる。ああ、食欲をそそるこの音! だめだ、口の中に唾が溢れてくる。
「妖夢~、味付けお願いね~」
「はーい」
割下を注ぐのかと思ったら、妖夢は砂糖の入った器を手に、匙で砂糖を肉にふりかけ始めた。肉に降り積もった砂糖の上から、さらに直接醤油をかける。味付けはどうやらそれで終わりらしい。砂糖醤油! そういうのもあるのか。
泡立つ砂糖醤油の中で煮込まれるような恰好の肉が、みるみる色を変えていく。「そろそろ大丈夫そうですよ」と妖夢が言い、思わず肉に手を伸ばしかけて、私は慌てて自制した。この屋敷の主より先にがっつくのは、さすがにはしたなさすぎる。
私が横目でちらりと見やると、幽々子様は全てお見通しと言わんばかりの視線をこちらに向け、それから「いただきます~」と肉に箸を伸ばした。「藍さんもどうぞ」と妖夢の言質を得て、ようやく私も肉に箸を伸ばす。
溶き卵にさっと肉をくぐらせて、口に運んだ。――おお、柔らかい、そして甘じょっぱい。ほろりと口の中で溶けるような上品極まりない肉の柔らかさに対して、ひどく子供っぽい砂糖醤油の味付けが、すばらしい。こんな食べ方をしてしまうのが勿体ないぐらいのいい肉だが、だからこそこんな下品な味付けがたまらなく、美味い。
ああ、白いご飯にもよく合うな。溶き卵と、肉と、ご飯。砂糖の甘さは本来ご飯とは相容れないはずなのに、醤油の中に溶け込んで肉に染みると、これがまたいい味わいに変わるのだ。ああ、醤油は万能の調味料だな。これだけで何でもご飯のおかずにしてしまう。
「ほら、妖夢も鈴仙ちゃんも、遠慮せずにお肉食べていいのよ~?」
「あ、は、はい」
言われた妖夢と鈴仙が同時に鉄鍋に箸をのばし、その箸同士が肉の上でぶつかり合った。
あ、と妖夢と鈴仙は顔を見合わせ、「ど、どうぞ妖夢」「いや、鈴仙が食べていいよ」「いやいや、妖夢の方が早かったし」と譲り合いを始める。幽々子様が噴き出すように笑い、私も思わず笑みを漏らした。なるほど、こんな調子では呑気な幽々子様でもじれったくもなるだろう。
私も焼けた肉に手を伸ばし、さらに火の通ったしらたきとえのきも回収する。うう、美味い肉だ。絡みつく卵の味がまた優しくてたまらない。
醤油の色が染みこんだしらたきとえのきは、卵に沈んでちょっと箸で掴みにくいが、いい箸休めになる。
「ほらほら、どんどんお肉焼いてね~」
「はーい、ただいま!」
いつの間にか、第一陣の肉は綺麗さっぱり鉄鍋の上から消えていた。私が肉の美味さに感動しているうちに、幽々子様の胃袋の中に収まってしまったようだ。全く、この細い身体のどこにそんな食欲が隠されているのだろう。
第二陣の肉が投入され、砂糖と醤油がたっぷり振りかけられる。ああ、もうそれだけでたまらない。まだかまだか、肉は焼けたか。先に春菊と焼き豆腐で繋ぐか。
鍋の隅の方に身を寄せていた春菊と焼き豆腐を鉄鍋から救出する。ああ、春菊のこの癖の強い味。卵でも包みきれない、いかにも春菊って味だ。
焼き豆腐は、おう、おふ、熱い、あふい。舌が火傷しそうだ。
おっと、第二陣の肉が焼けてきてるぞ。おお、焦るな焦るな。肉は逃げないぞ。
「あむ、んむ、むぐ。はぐ、はぐ、もぐ」
いい肉がおかずだと、ご飯も三割、いや七割、十割増しぐらいで美味く感じるな。ご飯がいくらでも食べられそうだ。ああ、もうほとんど無い。卵もだいぶ減ってしまった。どうしよう。
「ご飯のおかわりします?」
「いただきます。あ、卵ももうひとつ」
「はーい」
鈴仙がいいタイミングでそう声をかけてくれて、私は一も二も無く頷く。すぐに茶碗にたっぷりのご飯と、生卵がひとつ差し出された。卵を小鉢に割り入れて軽く溶き、さあ肉だ肉だ、しらたきと春菊とえのきと焼き豆腐もどんと来い。
焼けたはしから肉が消え、その隙間にまた肉が追加され、味付けされて醤油が弾ける。おお、食べても食べても、次から次へと味付けされていく肉と醤油の匂いが食欲をどんどん増進するぞ。まるで永久機関が私の身体の中に誕生したかのようだ。
「ほっふ、ほふ、もぐ、むぐ、んぐ、むぐ」
焼肉が火力発電なら、鍋は水力発電、じゃあすき焼きは何だ。地熱発電か。温泉が湧くのか。ああ、そう考えれば温泉に浸かっているかのように汗が噴き出てくる。今の私を突き動かすのは大地のエネルギーだ。死者の暮らす冥界にも花は咲くように、大地のエネルギーはどんな場所にだって平等に生きる活力を与えるのだ。そう、肉体を失った亡霊にさえも。
うおおおん。私はマグマだ。マントルだ。地球はでっかい鉄鍋だ。煮てよし、焼いてよし、食ってよしだ。
「はい、これでお肉ラストですよー」
はっと気が付いたときには、皿に山盛りになっていた肉と具材が綺麗さっぱり消え去り、鉄鍋の中で沸き立つ醤油の中に踊る分だけになっていた。しまった、客人の分際でどれだけ食べたんだ私は。思わず周囲を見回すと、鈴仙が呆れたような顔でこちらを見つめていた。
「宴会のときにも思ってましたけど、幽々子様と同じぐらいよく食べるんですね」
「い、いや、それほどでも……」
恐縮して身を竦める私に、他の三人が笑い出す。いかんいかん、飯が美味いと我を忘れてしまうのは私の悪い癖だ。反省はしてみるものの、活かされないのだから救いようが無い。
結局鍋の中の最後の肉は、妖夢と鈴仙で仲良く分け合っていた。私はもう充分すぎるほどいただいたのでそれはいいのだが――。
「……ちょっと余ってしまったな」
茶碗の中に四杯目のご飯が中途半端な量だけ残っていた。食べようと思えば食べられるのだが、おかずがない。鉄鍋の上はすっかり空である。
残すのはポリシーに反するし、どうするか。――私の目に、溶き卵の残りが入った。
いや、それは自宅でやるならともかく、他人の家でやる食べ方ではないだろう。そうは思うものの、さりとてご飯だけこのまま食べるのも味気ないのは事実であるし。……ええい、もう充分すぎるほど恥はかいた。これ以上何ほどのことがある。
「すまない、醤油をもらえないだろうか」
「醤油ですか? どうぞ」
向かいの妖夢から醤油を手渡され、私はそれをさっと溶き卵の残りに注いで、軽くかき混ぜてご飯に投じた。〆は卵かけご飯だ。卵もご飯もこれで処理できる。完璧ではないか。
肉の欠片とか、拾い損ねたしらたきとか、春菊のかけらが混ざったままの卵をご飯とかき混ぜ、一気にかきこむ。ああ、砂糖醤油の味付けが卵にも軽くうつっていて、普通の卵かけご飯とはまた違う味わいだ。下品だが、美味い。本当に美味い。
「――ごちそうさまでした」
綺麗さっぱり茶碗も空にして、私は手を合わせる。何か色々厚かましい上にみっともない姿を晒してしまった気もしたが、すき焼きが美味かったという事実の前には何もかも些末なことのような気もした。
「お粗末様でした~。――本当、ごちそうのしがいのある従者ね、貴方は~」
そんな私に、幽々子様はほわほわと微笑んでそんなことを仰り、私はまた軽く赤面した。
「それじゃあまた、お月見のときに~」
「ええ、ではまた。――月見のときは早めに呼んでいただければ、料理の支度を手伝いますよ。食材もこっちからあるものを持っていきます」
「あらあら、そんなにしてもらうこともないわよ~。うちの雑用係は足りてるし~」
「いえ、随分ごちそうになってしまいましたし、お礼ということで、どうか」
さすがにこれだけ食べさせてもらって、はいさようならとは行かない。私がそう頼み込むと、「じゃあ、そのことは紫にも伝えておくわね~」と幽々子様は笑って手を振った。
台所の方からは、従者ふたりが後片付けに追われる物音が響いている。微笑ましいその光景に目を細めて、「それでは」と私は一礼して、玄関の扉に手を掛け、
「ああ――ひとつだけ、いい~?」
「なんでしょう?」
呼び止められて振り返ると、幽々子様は扇子で口元を隠したまま、こちらに目を細める。
「紫のことだけど~」
「紫様の?」
「――私には、紫を救うことは出来ないの」
静かに、ひどく平静な声で、幽々子様はそう言った。
「幽々子様?」
「だからどうか、貴方はいつまでも、紫のそばにいてあげてほしいの。――たとえ、紫が求めるものが貴方でなくても」
「――――」
それは。
そんなことは、私はとっくに知っているのだ。
紫様にとって、何よりも大切なものは、決して一介の式に過ぎない私ではあり得ないし、紫様の一番幸せな時間もまた、私といる時間ではない。それを、私は知っている。
常に曖昧模糊と本心を覆い隠す紫様の心が、ここではないどこかを見ていること、ここにいない誰かを求めていることは――私には、きっとずっと昔から解っている。
「……私は、紫様の式ですから。紫様が私の存在を必要とする限りは、紫様のおそばに」
笑って、私は答えた。本当に、きちんと笑えているのかは確かめようがなかったけれど。
「じゃあ、紫が貴方を必要としなくなったら?」
「――そのときは、ただの妖狐に戻りますよ。けれど、私が紫様の式であった事実も、紫様に尽くしてきたことも、変わりません。たとえこの心が、《八雲藍》という式神としての心でしかなかったとしても。――私は、紫様の全てを愛していますから」
もう、式でなかった頃の自分のことは、思い出せないほど遠い昔に感じる。
いつかそんな自分に戻る日が来たとき、私は紫様をどんな目で見つめるのだろう。
あまり楽しい想像ではないけれど。――だけど。
ただの妖狐に戻っても、私は紫様を追いかけて歩き出すような、そんな気がするのだ。
「うちの従者には、貴方のような、紫のような恋は、してほしくないわ~」
「それがいいと、私も思います」
「そうね~、本当に。――紫をよろしくね」
笑って手を振られた幽々子様に会釈をして、私は白玉楼を辞した。
外に出れば、冥界にも秋口の涼しい風が吹く。花もない、他の樹と区別のつかなくなった桜は、ただその風に梢を揺らしている。
――紫のような恋は、してほしくないわ。幽々子様はそう言った。
恋を熱に例えるのは、いささか陳腐だけれど。私の知る紫様は、そんな熱とは無縁であるように見えた。――だけどそれは、あるいは、強すぎる熱に身を焼き尽くしてしまったが故であったのだろうか。それともあるいは、その曖昧模糊とした言葉と表情の裏に、中まで火の通った焼き豆腐のように、熱を隠しておられるのだろうか。
すき焼きを溶き卵にくぐらせるのは、食べやすいように冷ますためだと言う。
私は――あるいは、紫様が燃え尽きてしまう前に、そっとその熱を包み込む溶き卵になれるのだろうか。
そんなことを思ったけれど、夜空に浮かんだ月は、何も答えてはくれなかった。
すき焼きってローカル色かなり強いですよね。
自分の家だと具材は関西なのに味付けは関東です。
すき焼きの味付けは確かに西風味。
これに日本酒を掛けて肉を柔くしてある感じ。
お昼ご飯が待ち遠しい
すき焼きって地域によって違うんですね.これがスタンダートとばかり……
次回も楽しみにしています
なにはともあれ相変わらずの表現のうまさで食欲が刺激されまくりですw
親曰く、「その日の調子で味を変えられていい」とのこと。
浅木原さんの他のSS作品の世界ともリンクしててファンとしてとてもよかったです
すき焼きの優れているところは残り物を翌日温め直してもなお美味いところだと思っているのですが、この白玉楼ではそうはいかないようですw
そしてさらりと次回は外の世界…!!
ユルいままと見せかけての寂寞とした引きにクライマックスの予感がします。
夜空に浮かんだ月を見て、上を向いて歩こう。
これぞ至高の食べ方、オカズによし肴によし
騙されたと思って、是非お試し下され
親曰く「いつでも同じ味が出せる」との事で。
幸せすぎる、ごちそうさまでした。
簡易評で点数入れてしまったので無評価で。
飯テロGJです。無性に春菊が食べたくなってきました…味噌汁にでも入れようかな
相変わらずのいい飯テロでした。
すき焼きは関西だと砂糖醤油で焼く、関東は割り下で煮る、僕の家は関東ですが、作り方は関西だったなあ、唯一の弱点は急に”来る”ということ、何たって砂糖ざばぁしてるわけだから、血糖値だだ上がりですからね
安定の飯テロでGJ
今度関西風のお店に行きたいな。
そしてうどみょんでやられた。ニヤニヤしっぱなしですよもう!
かなりローカルですが地元(新潟)オススメの具材を提供します
つ【まめたんぽ】
まず砂糖としょうゆと水でこいだしのようなものを作り、肉を投入。
肉を食べきったら野菜や豆腐を種類ごとに数回に分けて投入。
それらを食べきったらまた肉を・・・というループを繰り返し、〆にうどんか雑炊というのが我が家風です。
まあ何が言いたいかというと、すき焼きにもおふくろの味がありそうだなあと思いました。