「そろそろ寒気も強まる頃ね」
今日出したばかりのこたつでぬくぬくとしながらレティは鼻を鳴らして見せた。
「あー、どうしてこう秋って短いのかしら」
「そうよね。幽香ちゃんの季節は長いのに」
秋穣子と秋静葉がテーブルの対角にいる幽香に視線を投げかける。
「だから夏は私の季節ってわけじゃなし、そんなことも知らない」
幽香は膝に乗せたチルノ人形を撫でながら不満そうに応対する。
「そう言えば、スキマのあの人が外の世界は暖冬だって言ってましたよー」
こたつから顔だけ出すリリーはとても幸せそうな表情をしている。
「え、本当?くぅ、幽香め。私の冬まで侵食してきて」
「知らないところで罪を被る私かわいそう」
よよよと泣きまねをする幽香にあっかんべーをお見舞いするレティ。それを見て不機嫌になる秋の姉の方。
「レティさん!」
「あーはいはい。ごめんなさいね」
ふくれっ面でレティを睨むが、いつものことだとレティは適当にスルーしてみかんに手を伸ばす。
「あ、このみかん、玄さんが作ったやつだよ。今朝私たちに奉納しに来てくれたの」
「あれ?玄さんまだ生きていたの?」
「レティはひどいなぁ。現役だよ」
皮をむいて食べてみると、なるほど甘くほどよい酸味も効いている。みかん畑の玄と言えば幻想郷で知らない者は無いほどである。人間だけでなく妖怪も神様もこぞって玄さんを訪れる。ただ、去年の暮れに腰をやってしまったらしく、みかん畑存続の危機に陥ったとか。
「ほら、あれ。竹林の医者に治してもらったって」
玄さんのみかんと聞いて全員が手を伸ばしてみかんを奪い合う。
「いいわね。静葉たちは奉納って形でタダでもらえるから」
「それは私たちもちゃんと神様として仕事してるからだよ」
「あら、穣子の力って秋限定じゃなかったの?」
「...まあ、私たちって神様だし?」
「どんな言い訳...」
「いやね、玄さんは私のファンなのよ」
「へー?」
穣子は鼻の頭を掻いて視線をそらす。幽香はその動作を見逃さずに、目のハイライトを抜いて穣子を直視する。さながら蛇に睨まれた蛙の如し。
「実際は?」
どすの効いた声で言われたらもう言うしかないよね、とびくびくしながら穣子は口を開いた。
「すいません。本当はお姉ちゃんのファンです...」
「私?」
突然の発言に目を丸くする静葉。みかんが口に運ばれる寸でで止まってしまっている。
「だって、お姉ちゃん最近里の男たちから人気なんだもん...」
「へ、えー?」
幽香が人差し指でカカカカカカカカとテーブルを叩く。そのスピードは加速度的に増していき、テーブルからぶすぶすと白煙が上がる。秋の姉の方はまんざらでもないように頬を赤くしていた。
「ああ、うちのテーブル焦がさないで!だから嫉妬深い幽香に言いたくなかったの!」
「誰が水橋パルスィよ!」
「言ってない!」
「春ですよー」
「あー、ここだけ冬終わっちゃったじゃない」
部屋の中を包む春の雰囲気にリリーが喜び、レティが悔しがる。そんないつもの茶番だ。
そろそろ幽香が穣子を縄で縛りあげようかとしている時に、玄関が叩かれる音がした。
「あ、誰か来たわよ。ほら穣子、あんた出なさい」
「このかっこうでか!?動けないし、ほどけないし!」
手首に巻かれた縄を解こうとしているが、なかなか解けない。右を解こうとすると左が固く締まり、左を解こうとすると右が固く締まる。両方いっぺんにしようとすると、今度はそこから繋がれた足首の方がさらに強く締まる。よくもまあこのような鬼畜な縛り方を思いつくものだと穣子は皮肉った。
「先人の知恵よ」
「そんな先人いらないわ」
「わ、私が出るね」
2人のじゃれ合い(ハード)を見ていて居たたまれなくなった静葉が玄関へ向かう。幽香やレティ、リリーが出るという選択肢は存在しなかった。
「今開けまーす...あ」
古い戸の鍵を開け、扉をスライドさせると綺麗な羽衣を携えた女性が佇んでいた。綺麗なものが好きな静葉は目を輝かせるはずだったが、今は逆に表情を曇らせている。対照的に女性はにこやかにその表情を待ってましたばりの笑顔だ。
「い、衣玖さん」
「こんにちは静葉さん」
静葉は今すぐに逃げ出したかったが、そうもいかない。衣玖を家にあげると居間まで案内する。案の定、全員が絶望に満ちた表情を醸し出す。
衣玖は出されたお茶をゆっくりすすると、一間置き、懐にしまい込んでいたある紙を提示する。
「さあ皆さん、龍神様の謁見の日がやってまいりましたよ」
衣玖はつとめて笑顔だった、そこにいる5人とは真逆で。
△Episode1▼瑕疵の大輪△
幻想郷を巡る四季や天候は、全て天の上にいる龍神が管理している。管理と言っても簡単なもので龍神が作りだした「季節の種」と「天気の種」をぽいと空へ投げるだけだ。あとは自然の流れでどうにかなってくれる。しかしそれだけではダメですと衣玖に言われた龍神は、仕方なく幻想郷の四季を管理する部隊を作った。ちょうど適した神やら妖怪やら妖精やらがいたので使う事にした。
それが、リリー・ホワイト、風見幽香、秋静葉・秋穣子、レティ・ホワイトロックの5名。通称「四季シスターズ」
秋以外私たち姉妹じゃありませんという5人の申し出を龍神は、幻想郷の民は儂にとっては兄弟姉妹のようなものじゃと言って強引に引き受けさせた。ちなみに天候を管理する部隊は山の神の八坂神奈子だけである。
それに四季シスターズの事は何故か極秘任務であるため他言は決してしてはならない。
「では、龍神様が準備できるまでここでお待ちください」
天界に案内された5人はそれはもう地獄でも見るような顔でソファにでうつぶせていた。衣玖が出て行った謁見部屋の空気は重い。
「私、戦うわ」
「幽香ちゃん!?」
幽香の宣言に静葉は驚きを隠せない。幽香は静葉の手を握る。
「だって私、静葉のあんな姿見たくない!」
「でも、龍神様に盾突いたら幽香ちゃん無事じゃ済まない!」
「私はどうなってもいいわ。だけど、静葉だけは...」
「幽香ちゃん...」
「私はどうでもいいんかい」
「けっ、春ですよー」
「黒い、主にリリーが黒いわ!」
龍神とはとても荘厳なものである。普段は龍の形だが、人間時は岩のような体格をして、目は瞳の奥まで青く沈んでおり、発せられる一言一言が重い。それだけなら5人はまだ堪え切れた。問題はその後だ。龍神は慈悲深い。よくこのような所まで足を運んでくれたなと、会合が終わった後宴会を催してくれる。この世のものとは思えない程うまい飯に酒、踊り子まで。至れり尽くせりな宴会だ。それが彼女らの頭を悩ませていた。
「どうして、龍神様ともあろうものが酒に弱いのよ...!」
そう、龍神は酒に弱いらしい。なのに酒は好き。さらに悪酔い。地を揺らすほど豪快な笑い声を響かせ女性の乳を揉む。龍神は女の人が好きなのだ。酒に酔って理性のたがの外れた龍神は無茶な要求を5人に押し付ける。去年は静葉と穣子が下着で踊らされた。幽香は涙を呑んでその様子を見送った。ことさらに龍神は酒を飲んでいるときの記憶が無くなる。もし「女性を裸にして喜んでいらした」など言ってしまえば、慈悲深い龍神は腹でも切るだろう。つまり幻想郷の終わりだ。彼女らの手に、幻想郷の明日が握られている。
「私は永江を恨むわ」
レティが頬杖を付いて空に描く衣玖を睨む。季節を管理させろなんて言った元凶。彼女らの敵。
「そもそも管理って何よ。私、四季シスターズの仕事した記憶がないわ」
「確かに。私たちは季節を代表するだけであって、季節を操る能力を持ってはいない。現に私なんてひまわりだけで夏代表だからね」
「秋なんてどんどん短くなってるのに。操って伸ばせるなら年中秋にするわそりゃ」
「うーん、私は夏もいれて欲しいわ穣子ちゃん」
「お姉ちゃん!あんた、それでも秋の神か…」
4人がヒートアップする中で、リリーだけが神妙な面持ちで虚空を眺めていた。
「リリー、どうしたの?」
「家のガス栓締め忘れてました」
「そう…」
なんともリアクションがしにくい4人であった。
「まあ冗談なんですよー」
「冗談かよ!この季節だから、なんて言えばいいか迷ったじゃない」
「折角なので龍神様を一矢報いる事を考えてたんです」
「げ、リリー正気?」
「幽香さんよりは正気です」
「うわ、いつの間に黒リリーになってんのよ」
リリーは本人曰く二重人格らしい。いつもは元気いっぱい天真爛漫な白リリーだが、ひょんなことで腹黒い黒リリーが表れる。四季シスターズの裏参謀とは黒リリーの事で、妖怪の賢者を半泣きにさせた伝説はもはや幻想郷中で知られている。
「候補としては、穣子さんが裸踊りをして龍神様を満足させるなんてどうですか?」
「ちょいちょいちょい!なんで私が裸踊りを!?」
「多少の犠牲は仕方ないのです」
「一矢報うとか関係ない!」
「ナイスアイデアね。他にもあるの?」
「他には、穣子さんが裸踊している隙に強力な睡眠薬を盛って、宴を強制終了させるなどありますよ」
リリーは妖精にしては福よかな胸元から白い包み紙を見せた。紙には“永”の文字が書かれている。つまりこれは永遠亭の八意永琳特製の睡眠薬だと言う事。効果は保証されている。
「私の裸踊りは確定か!?」
「そう言う事よ。穣子、がんばりなさい」
「応援してるわ」
「や、裸踊りの何を応援するのよ!」
「穣子ちゃん…がんばって!」
「お姉ちゃんまで!」
穣子の裸踊りムード一色になった謁見室のドアがノックされる。全員の行動がピタリと止まり、衣玖が部屋へと入りその時が来た事を告げた。
「皆さんお揃いですね。間もなく龍神様が入室なさいますので粗相がないようにお願いします」
「幽香さんは粗相をしたいそうで…アイタッ」
暴走する黒リリーを幽香が鉄拳で押さえつけた。さすがの黒リリーも力には勝てない。
そして、ついにその方が見える。
「諸君…待たせたな」
ロリボイスと共に幼女が入ってきた。
「「「えっ?」」」
幼女はよたよたした足取りで龍神の椅子に座る。
「さて、報告をしてもらおうか」
「「「いやいやいや!」」」
全員が総ツッコミした。
「どうした?」
「恐れ多くも申し上げます。あなた様は龍神様であられますか?」
幽香が代表して目の前で起こっているよくわからない現象の説明を求めた。
「どこからどう見ても龍神であろう」
「どこからどう見ても龍神様でないのでそう言っているのです」
龍神は少し悩み、そうかと気付いた。
「肌がツルツルしておろう?」
「そこだけですか!?」
「実は先月、100年ぶりに脱皮してな。若返ったようだ」
若返るどころか性別違う!と5人は言いたかったが大声を上げると殺させれそうなのでなんとか押さえ込んだ。悩みかねる5人に衣玖が耳打ちする。
「龍神様は脱皮すると、人間時の姿が大きく変わられるんです」
「凄いわね、脱皮」
何とか納得して、順次報告会が開かれた。
大した内容ではない。春夏秋冬の様子を話し、それに対する幻想郷の住人の生活を言い、龍神が一喜一憂する。それだけだ。
「…と言うわけで、今年はこれから冬の本番を迎えます。以上が今年一年の幻想郷です」
「そうか。ご苦労であった。儂は梅雨時期しか幻想郷に来れぬゆえ、報告してもらえて助かる」
この様な発言があると、やはり龍神は幻想郷を想う素晴らしい神なのだと実感する。
「礼に今宵は宴を用意した。存分に楽しんでいってくれ」
この発言さえ無ければ、と下唇を噛む四季シスターズであった。
そして、件の宴が執り行われた。
異変はそこで起きた。
「穣子が裸踊りしていない...だと...!?」
「レティさーん。それはもう忘れましょうねー」
端的に言うと、龍神が酒を飲んでいなかったのだ。そして誰もセクハラを受けていなかった。
どうしてお酒をお飲みにならないのですかと聞くと、そうか飲んでほしいかと飲みを開始しそうなので口が裂けても言えない。なのに感じるこのモヤモヤはどうするのか。
「龍神様は、お酒お好きでしたよね?」
「リリー・ホワイトバスターァァァァァァァ!!」
「へぶっ!!」
あらぬ事を言いだしたリリー・ホワイト(黒)に一瞬で筋肉バスターを決める風見幽香。ほどよく酒が回っているのでテンションもハイだ。
「おお、どうした?それは新しい戯れかの?」
ロリ龍神は興味津々な目で幽香を見つめる。幽香はたじろいでしまう。小さいものには弱いのだ。ちなみに黒リリーに関しては例外である。
「え。ま、まあそんなところです」
「ほう!そうかそうか。では儂もやってみたいのぉ」
「「「えっ!?」」」
全員分かる、多分死ぬ。
沈黙。
そして。
「多数決いくわよ!せーので指差し!龍神様の相手はぁ~......?」
レティの合図で5人が天高く指を振り上げる。
「せーの!」
「穣子!」
「穣子さん!」
「穣子!」
「穣子ちゃん!」
「幽香!」
「や、やったーーーーーーーー!!!うわああああああ」
決して龍神様の前で「くそぉぉぉ」なんて言えない。穣子、哀しみに満ちた喜びの声だったそうな。
四季シスターズは常に大多数の意見を尊重するグループなので仕方ない。
穣子がパイルドライバーを決められている間に、静葉が衣玖に話しかけた。
「あの、どうして今日、龍神様はお酒を嗜まれないんですか?」
「お酒飲んでほしかったんですか?」
「ちちち、違います!」
慌てる静葉を見て衣玖はくすくすと笑った。
「ちょうど脱皮して幼い姿になられたので、その姿で飲んだら犯罪ですと教えたんです」
「犯罪?」
「外の世界ではお酒は二十歳になってからっ!だそうです」
「は、はあ。既にその数百倍はお年を召していらっしゃいますよね」
「そう言う事にしておいてください」
衣玖はにっこり笑った。実は宴会の度にセクハラされる5人を見るに見かねて提言したとは、気恥かしくて言わなかった。
結果として、衣玖に助けられた四季シスターズは実に楽しい宴会を過ごすことが出来たのだった。
「私は楽しくないっ!!」
穣子を除いて。
5人にはそれぞれに休むための豪華な客室が用意されている。リリーは宴会が終わるとさっさとその部屋に行き、眠りについた。レティは風に当たるために宮の外へ足を運んだ。穣子は医務室で治療を受けている。
「私は部屋へ戻るわ」
「あ、わ、私も幽香ちゃんの部屋に行っていい、かな...?」
上目遣いで恥ずかしそうに静葉は幽香を見つめる。静葉の発言の意図とその眼差しに酒の入った幽香はころっと意識を持って行かれそうになるが、背中に手を当てて冷静さを取り戻す。
「ごめんなさい。今日は宴会で疲れてしまって」
「そ、そうよね......ごめんね幽香ちゃん」
「ううん。いいのよ。私こそごめんなさい」
静葉を部屋まで送ると、2人は手を握り、そして離してその日に別れを告げる。
幽香は無心で自分の部屋を目指す。角を曲がると、人影があった。
「レティ、あなた外に行ってたんじゃないの?」
「ん、今帰ったわ」
レティは腕を組んで壁に寄りかかり、目を閉じて上を向いていた。その横を幽香は通り過ぎようとする。
「いつまで黙ってるの?」
幽香の足がぴたりと止まった。
「黙ってるって?」
レティの方を振り向かずに幽香は言う。その言葉に、僅かに仲間に向けるべきでない殺意が込められている。
「あら。私の勘違いだったみたいね」
レティは臆することなく、言葉を続けた。
「あなたが隠し事してるなんて無いわよね。あーあ、勘違いでよかったわ。例えばその、背中の―――」
ゴズッ。
レティの右頬から少量の血が垂れる。レティは右目だけを開けると、自分の頬を見つめた。
幽香のこぶしは壁にめり込んでいる。こぶしはレティに当たってはいない。が、その風圧でレティの頬が切れたのだった。
「勘違いも、甚だしいわ」
今度は僅かではない殺意がレティに向けられる。
「そう」
ようやく両目を開いて幽香が来た方と逆の方へ向かう。
「じゃ、私はこっちだから。おやすみ、幽香」
「ええ。おやすみ、レティ」
両者が目を合わせることは無かった。
龍神謁見から数日後、レティは本格的に寒気と戯れると言い、チルノを連れてどこかへ行ってしまった。冬の到来を感じさせる。
相変わらずリリーは秋家のこたつで丸くなっている。
会合はなぜか秋家と決まっており、秋姉妹以外の3人にとっては既に公民館的な働きとなっていた。ただ公民館より良い点として、訪れると必ず茶と茶菓子、もしくは料理などが振舞われることだ。秋姉妹は食に関する悩みは無い。裏に大きな貯蔵庫を持ち、そこに奉納された農作物を仕舞い込む。2人ではとても食べ切れない量なのでむしろ訪れてもらった方が、食材を腐らせずに済み、神様としても嬉しい。
「レティさんは氷精を連レテイる」
「穣子も寒気を操れるのね。初めて知ったわ」
「あーもー、思いつきで言っただけじゃん」
「はぁあ。これは春が遠のきましたねー」
「ああああ!黒リリーうるさい!」
「お昼出来たよー」
静葉がお盆に湯気立つうどんをのせて来た。
「おー、美味しそうね」
「これ奉納された小麦じゃなくて、うちで穫れたやつ使ってんのよ」
「そう。冬の寒くなる時に収穫できて、鍋焼きうどんとかにしやすいの」
「いただきます!」
「あ、こらリリー早いよ」
いただきますをきちんとして、うどんにありつく。コシがあり、喉越しが最高である。穣子は美味しさに目をぎゅっと閉じて頬が緩ませていた。
「ぷはぁ!堪らないねえ!」
「おばあちゃん臭いわね」
「でもこの中では幽香さんが一番年上」
「うっさい黒!食事中くらい黙ってなさい!」
幽香は減らず口を叩く黒リリーの口に、添えられていた味卵を強引にねじ込み、黙らせる。リリーは元に戻って幸せそうにそれを咀嚼した。
「そうだ。静葉、あれ無いの?あれ」
「あ、ごめんね忘れてた」
静葉は立ち上がって、台所の方へ駆け足で行く。
穣子はその様子をジト目で見つめる。
「あれって何?」
「七味唐辛子よ。私、辛い方が好きなの」
「ほぅ。あれで七味唐辛子って通じるんだー。私幽香が辛いもの好きって事初耳なのにー」
「な、何よ」
「あれで通じるほど2人は逢瀬を重ねてるんだねー」
「へ、変な事言うなっ!」
幽香が穣子の頭を叩くと同時に静葉が戻ってくる。
「……どうしたの?」
「こやつが変な事言ったから制裁よ、制裁」
「ほどほどにね」
「イテテ……ほどほどって」
「あ、七味は?」
「それが、切らしているみたいで」
「あらら」
秋神は農作物は農民から奉納してもらうが、調味料などは自分で調達しなければならない。たまに気を利かせて醤油などと共に奉納してくれる農民もいるが、それはごく僅かだ。
「じゃあ午後から一緒に買いに行こう、幽香ちゃん」
「ほい!?」
幽香の中で「一緒に買いに行こう」の言葉がループする。これはあれだ。デートだ。
顔から火が出らんばかりに顔が赤く染まっている。ここまでひどく赤面している幽香を見るのは珍しい。
「春ですよー」
「幽香ってば、じゅんじょー」
熱々の味卵が穣子の口の中に投下された。
人間の里は本格的な冬に備えて、暖房器具の売り込みで賑わいを見せていた。普段は人間の里へは妖怪の立ち入りは制限されている。が、市が開かれている今日は妖怪も絶対に力を振るわないという条件で里への入りが許されている。もし使って悪事を働けば、悪即斬で慧音の頭突きを食らう事になる。大概の妖怪はそれを恐れて大人しくする。
「おお秋様いらっしゃいませ!いいのありますぜ」
香辛料などを販売する「辛味や」へと静葉と幽香はやって来た。市のためか、客足がいつもより多い。香辛料も冬を越すための立派な暖房用品である。
「七味唐辛子を一袋、あとそれから……」
静葉が店長と掛け合っている間、幽香は人のいないスペースで陳列してある様々な香辛料、漢方、乾燥薬品を興味深そうに見ていた。正直よだれがでそうなほど魅惑的な匂いがしている。
「秋様も辛いもの嗜まれるんですなあ。いやー嬉しい限りです」
「私もだけど、彼女の方が辛いもの好きなんです」
「お連れさんですか。どちら様で?」
「太陽の畑の」
「も、もしかしてあいつ風見幽香ですか!?」
「え、ええ。そうですけど……」
意外な反応をされて静葉の方が困った顔をする。
「またどうして秋様があんな妖怪なんかと」
「幽香ちゃんとは友達で……あの、何か気に障ることが?」
「い、いえ。特には無いですがねえ……」
静葉は店長の苦そうな顔を見て気付いた。この人は妖怪嫌いの人だと。静葉の胸の奥で悔しい思いが湧いてくる。
「幽香ちゃんは……悪い妖怪じゃありません」
「そうでしょうが……」
店長の言葉が詰まる。静葉は見えないように唇を噛みしめた。
静葉は香辛料を店長から受け取ると、幽香の手を握り、逃げるように辛味やを去った。急に手を引かれ、動揺して赤くなるた幽香とは裏腹に、静葉はずっと下を向いて幽香と顔を合わせないようにしていた。
「ごめんね。連れ回しちゃって」
「別に構わないわ」
茶屋で一服する。ここの女将は妖怪への了見がある人だと静葉は知っていたので、ここへ来たのだった。
「あと一軒行きたいんだけど、幽香ちゃんはここで待ってて」
「あら、ついて行くわよ?」
「すぐ済むから、ね?」
「静葉がそう言うなら」
団子をいくつか注文して、幽香を残し、静葉は目的の店へ向かった。
心持ち寂しそうに団子を頬張る幽香に中年の小綺麗な女将が寄ってくる。
「あなた幽香ちゃんでしょ?」
「私を知ってるのね」
「そりゃあ、太陽の畑の極悪非道サドスティック妖怪で有名ですものね」
「い、言ってくれるわね」
目尻などの顔の筋肉がピクピクと緊張する。
「でも、本当は優しそうで安心したわ」
女将は団子を一本追加して、ウィンクして見せた。
「私からのプレゼント。それで、静葉様との関係教えなさい☆」
「ぶふっ!!」
食べていた団子を一気に地面へ加速投射した。
「あーあーあー。何やってるのぉ!」
「あなたが何言ってるのぉ!!」
この女将、ご丁寧に☆までつけているノリノリっぷりである。女将はさらに団子を追加する。
「で、どうなのどうなの?」
「もう。そんなに興味津々な人間初めて見たわ」
ふぅと一息ついて幽香は目を細めた。
「あなたが思っているほど、穣子も含めて私たちの出会いは綺麗なものでは無いわ。むしろ殺したいほど憎まれていた」
「まぁ……」
「もともと夏と秋だからね。反りが合うはずないのよ、私たち」
「でも、今は仲良くしているじゃない」
「さて、ねぇ。私は今の生活に満足しているけれど、静葉と穣子の気持ちは分からないわ。もしかしたら今も仕事の上での関係だけかもしれないし」
「仕事?」
「ん、あ、ああこっちの話よ」
女将は終始、相槌を打って幽香の話に真剣に向き合った。幽香はそんな女将に知らず知らず諭されるように胸の内を語っていった。
「で、幽香ちゃんは静葉様のことどう思ってるのよ?」
「あーうん、やっぱり原点回帰するのね」
「ったりまえよぉ」
幽香はそっぽを向いて、一言。
「好きなはずよ。殺しちゃいたいくらいに」
幽香は女将の手を握り、自分の背中に当てさせた。そしてわずかに事を話す。誰にも言うつもりは無かったけれど、あなたは特別、と言って団子を食い飲み込んだ。
女将は困惑の表情を作った。
「さて、ごちそうさま。仕事に戻らないとご主人がさっきからあなたを睨んでいるわよ?」
「え、えぇ……」
女将が焦って厨房に戻ると、幽香は一人虚空を眺め、冷えかけたお茶をすする。
「うおおおい!盗人だーーー!!」
感傷に浸っていると右の方から大声が聞こえた。見ると若い男が大きな荷物を抱え、こちらに向かって逃げるように走っている。少しセンチメンタルな感情になっていた幽香は、柄ではないけど、と言って立ち上がる。
「人助けでもしてみましょうかしら」
心の中で、静葉に感化されたのかもと適当な言い訳をついた。
足で地を蹴る。幽香は足が遅い。しかしそれは他の妖怪と比較した場合であって、人間と比較した場合ではない。仮に人間と比べるとすると、赤子と大人ほども差がある。
一瞬で男の横まで移動すると、足をかけた。
「ていっ」
「うおっ!?」
男は急に現れた幽香に足を取られ、バランスを崩して倒れ込む体勢となる。それを幽香は首根っこを掴んで転ばせないようにした。もちろん怪我させないためではなく、確保するために。襟が勢いで引っ張りあげられ首元が締まって、男は蛙が潰されたような声を出した。
「はぁいお兄さん。盗みはダメよ」
「く、くそっ!」
男は幽香の手を払おうとするが、全く動かせないので焦っていた。余りにも動じないのである疑問が浮かぶ。
「妖怪、か……!」
「正解。大人しく捕まればいいと思うわ」
男はなおも抵抗するが、その内に力が弱まり顔が青ざめていった。幽香は、諦めたと思い手を離す。すると男は尻から地面に崩れて、ガタガタと震え出した。
「お、おおお、お前は……風見幽香……!?」
「私ってそんなに有名人だったかしら……」
ふと女将の極悪非道サドスティック妖怪のフレーズが頭をよぎって、萎えてしまう。はぁ、とため息をついて男に手を差し出す。
「ほら、荷物を返しなさい」
「ひっ!!」
男の体がびくんと跳ねた。思わず幽香は手を引っ込める。
「こら、荷物返しなさいって言ってるのよ」
「お、俺の父ちゃんと母ちゃんは妖怪に殺されたんだ!お前も俺を殺しに来たんだろっ!?」
「なにバカなこと言ってるの。私はただひったくりのあんたを捕まえただけでしょう」
「やめてくれー!俺は死にたくねえ!殺されるー、殺されるーー!!」
「ちょ、ちょっと!?」
男はその場にしゃがみ込んで発狂し始めた。男が叫ぶ度に、続々とギャラリーが湧いてくる。
幽香は焦った。これでは傍から見れば完全に自分が男に手を下そうとしている様にしか見えない。逃げ出そうと思ったが、それでは誤解されたままとなり、居心地が悪い。あれよあれよとしている間に幽香は大勢に囲まれてしまう。
1人の男が幽香に近付いてくる。白い装束から見て、退魔士のようだった。
「おい妖怪よ。お前さん、ここの人里に入っていい条件忘れてんじゃねぇだろうな」
人里では力を行使しない、それが妖怪に課せられている条件だった。幽香は、微弱とはいえその力を使ってしまっている。
「だから、私はひったくりを捕まえようと!」
「嘘言うな。そいつはどこにいるんだ?」
「ほらそこに!」
幽香は下に目を落としてひったくりの男を差し出そうとした。
「あ、あれ!?どこいったのあいつ!」
ひったくりは集まって来たギャラリーに紛れて姿を消していた。
いよいよ幽香の立場は無くなる。
退魔士は眉間にしわを寄せて幽香を睨んだ。
「ったく、これだから妖怪はよぉ。平気で嘘つきやがる」
ついに状況が幽香に不利になってしまい、ギャラリーも妖怪を排斥するムード一色となる。
「来い。慧音先生の所に突き出してやる」
「ちょ、離しなさいよ!」
首根を掴んで来た退魔士の手を払う。パンッと軽い音を立てて退魔士の手は勢いよく弾かれた。互いに僅かに固まる。
「ほぉ?どうやら力尽くが好きらしいな」
退魔士のこめかみ辺りに青筋が浮き立った。普段の幽香ならこの程度のやつならものの数秒で消し炭にできる。だが、もし人里でそのような事をしてしまった場合、ただの制裁だけでは済まされないため、妖怪はただやられるだけしか選択肢がなかった。
「だったら逃げるが勝ち!」
どうせ既に誤解されたのなら逃亡するしかないと判断した。脳裏に静葉のことが浮かんだが、今はなりふり構っている暇はない。
幽香は退魔士に背中を向け、さきほどと同様に地を蹴ろうとする。
「待ちやがれ!」
退魔士は幽香の服を掴み、思いっきり引っ張る。同時に幽香は跳躍した。
ビリッ−−−
逆方向に向きあう力で幽香の服の背中が思いっきり裂ける。
幽香の思考が止まりかける。まるで目の前が真黒に塗りつぶされたような焦燥。
「くそ...が!」
ギャラリーを飛び越した。が、動揺し、着地のタイミングを見失ってしまう。
肩から地面に落ち、頭、胴、足と次々に打ちつける。やや痛みを感じるものの、それは行動の妨げにはならなかった。もっと重要なのは、背中。寒空のせいで、明らかに背中部分の布が全部剥ぎ取られていることが分かる。もしこれを見られでもしたら、焦りがさらに幽香の行動を遅めていく。
「どこかに隠すもの......!」
「幽香ちゃん......?」
後ろから掛けられた声に、完全に幽香の行動と思考がが止まった。
「静葉......!?」
買い物袋を抱えた静葉が幽香の後ろに立っている。
「幽香ちゃん、どうしたの!?」
突然ギャラリーから飛び出してきた事と、服の背中が破れていることに静葉は驚いている。
「け、怪我までしてる!」
静葉が堪らずに幽香に駆け寄る。
我に返った幽香は振り向いて両手を前に出した。
「だ、駄目!静葉、こっちに来ちゃ駄目!!」
「でも幽香ちゃん怪我してる!」
「違う!怪我なんてしてないわ!」
「だって、幽香ちゃん背中に......」
幽香は目を堅く閉じて耳を塞いだ。逃げたい。逃げたい。逃げたい、のに、静葉は知ってしまった。
「孔が空いてる......!」
そう言った瞬間、静葉の目のハイライトが失われた。
「アレ......?ワタシノセイ......?」
そして、人里が得体のしれない何かに包まれる。
「うぬぬ......妖精のくせにやりおる」
「ふふふ。妖精だからと言ってなめているからこうなるんですよ」
穣子と黒リリーは将棋盤を挟んで駒とにらめっこしていた。今の状況は黒リリーが優勢。掛けられた王手を防ぐために有能な飛車を犠牲にするしかない。
「ま、待った!」
「は、無しって自分で言ってたじゃないですか」
「おおん!」
穣子は精いっぱいに戦略をめぐらす。ここで飛車を犠牲にして反撃ののろしを、あれ、これ飛車取られたら逃げ道ないし、王動かしたら飛車取られて次の手で詰む。かくして穣子の脳内戦略会議は終わった。
「リリーさん」
「なんですか?」
「今夜は湯豆腐です」
「やったー!」
リリーが勝てば今晩の食事はリリーの大好きな湯豆腐、穣子が勝てばリリーが風呂掃除と賭けていたのだった。
「もー。黒リリーは卑怯だよー」
「勝てばいいんですよ、勝てば」
駒を集めて将棋盤をたたむ。押し入れに仕舞うために穣子が立ち上がる。が、すぐにふらりと倒れてしまった。
「穣子さん!?」
穣子は胸を押さえながら短く息を吐き続ける。苦しそうではあるが、意識はハッキリしていた。
「大丈夫ですか!?」
「あ、リ、リリー。ちょっとヤバい事に、なった、かも......」
「す、すぐに永遠亭に連れて―――」
「私、じゃなくて、お姉ちゃんの方......」
「えっ?」
「その話、詳しく聞かせてくれないかしら」
襖が開けられて声がかかる。
「レティさん!」
レティは穣子に近寄って、ゆっくりと体を支えて座らせてやった。穣子は短く吐いていた息をなんとか長く吐くようにし、呼吸を整える。額からは汗が玉のように滲んでいた。
「ダメですよ。穣子さんは苦しんでるのに!」
「ん、構わない。ごめんレティ、そのまま支えてて。しゃべるから」
「分かったわ」
穣子はレティの手に寄りかかって喋り始める。
「私が苦しんでるのは、お姉ちゃんの能力が、暴走、してるから」
「暴走......?」
「私たちは、2人で、1組の存在。季節を『生』と『死』で分けると、冬は『死』で春は『生』、夏も『生』だけど、秋だけ『生』と『死』があるのよ」
「言われれば、そうね」
「私が『生』で、お姉ちゃんが『死』よ。お姉ちゃんの『死』で奪った『生』を、私が豊穣の為に使う。それが私たちが、2人1組の存在意義」
穣子は一旦区切って大きく息を吸う。ゆっくり吐いて説明の為にきちんと呼吸を整える。レティとリリーはしゃべらずに穣子だけを見据えていた。
「お姉ちゃんあっての、私。だからお姉ちゃんの力が暴走、すると、私も苦しくなるの」
「待って。そしたら今、静葉は暴走していて、『死』をもたらしてるってこと......?」
「そう、だよ。......抑えてたんだけどなぁ」
「どうやってですか?」
「幽香の心で、ね」
「話が、読めないわ」
穣子はゆっくり目を閉じた。
「幽香がお姉ちゃんを好きな理由、聞きたい?」
幾年前、龍神の王宮。
「して、お主たちに四季シスターズの仕事をしてもらう事に決定した」
その言葉で春夏秋冬を代表する5名が四季シスターズに選ばれた。
最初は互いに険悪だった。今のように親しもうとする者は1人もおらず、こんな組合潰してしまおうと奇襲を仕掛けて殺し合ったりもした。
ある日、穣子と静葉は幽香の太陽の畑に殴りこみに行った。幽香としては四季シスターズに非干渉を決め込んでいたので、2人が煩わしかった。
幽香と、秋姉妹。妖怪と神であるにもかかわらず、力の差は歴然。幽香が圧倒的有利を誇った。
そして、幽香は穣子にスパークを食らわせ、穣子を消失させた。『生』を失った『死』はどうなるか。暴走し、『生』を生み出すために際限なく『死』をもたらし続ける。幽香の畑は半分以上が『生』を吸われ、幽香自身も危うくなる。
消えかかりそうな意識の中で怒る幽香は、静葉にゼロ距離でスパークを放った。放つと同時に、静葉の腕が幽香の胸を貫く。妖怪は任意の所に自分の精神を置く性質がある。幽香の場合、そこが胸であった。
幽香は心を奪われ、妖怪としての存在価値を奪われた。死なばもろともでその剥離した心を利用して静葉を封じる術を掛ける。結果として、静葉の暴走は止まり、幽香の心は静葉の中で結界の役割を果たすこととなった。心が消えているわけではないので幽香は死にはしなかった。加えて静葉には暴走していた記憶は無い。
その事件がきっかけで秋姉妹と風見幽香は親交を持ち、春のリリーと冬のレティも巻き込み、今に至る。
「って、わけ」
「そんなことが......幽香の胸の孔ってそれが理由で」
「知ってたんだ」
「でも、どうしてそれで幽香と静葉が好きあうのよ」
「ほら、言葉通り、心が奪われてる、じゃない」
「本当にそれが理由!?」
「と言いますか、穣子さんはどうやって復活したんですか?」
「ほら、神って、信仰あれば元に戻るし」
穣子はVサインを作って見せる。レティは不思議な生物でも見るような目で見た。
「お姉ちゃんも、幽香の心が入ってるわけだから、意識、しないわけないよね」
「でもそれって」
「そ。偽物の、感情だよ」
「だから、ですか」
リリーが神妙に考え顔をした。
「私は恋い路の春も感知します。だけど2人のやり取りを見てると、なぜか黒い方ばかりが出きてたんです。それは、偽物だからだったんですね」
穣子は一度だけ小さく頷いた。
「それで、静葉の暴走はどうやって止めるの?」
「一度起こった暴走は、抑えてるだけで、収める事は、できない。けど、幽香ならきっと、どうにか、してくれる」
「そんな不確定な!」
「私は信じてるよ。幽香を。お姉ちゃんを」
穣子はゆっくりと笑った。
幽香は激しく肩を揺らし、人間たちの前に立ち塞がっていた。幽香が立っているほんの数メートル後ろには、ドス黒い気が濛々と立ち上ってる。
「お、おい。ありゃあ一体なんだ!?」
退魔士の男がその禍々しいオーラを感じ取って後ずさりをする。あれは静葉の放つ『死』だ。
「あれに触れたら死ぬわよ」
幽香が人間たちを睨みつけて言う。先ほどまで妖力をセーブしていたが、そうはしていられない。妖怪に睨まれた人間は、肝を気色が悪いほど冷やしてその場から逃げ惑う。あれ程賑わいを見せていた市も、静葉を中心とする得体の知れない何かと、強力な妖怪のせいで誰1人として姿が無くなってしまった。
振り返った幽香と、暴走した静葉だけが向かい合う。
「いずれ来ると思っていたけれど……」
ついさっきまでの焦りは消えた。事が事となってしまったからには、腹を括るしかない。
自分の胸に手を当てる。本来あるはずの心は静葉を縛っている。だが、その心の縛りはもう効果がない。
「だったら、まずは私のそれ、返してもらおうかしら」
幽香は静葉を中心に半径5メートルほどのエリアに足を踏み入れる。ここから先が『死』の空間。
踏み入れると同時に、静葉の目がギロリと見開かれる。
「くっ……重い」
『死』を自分の妖力で払いながら進むも、その力の重さに幽香の足は鈍る。
「うぅ……」
「あー……はいはい。分かってるわ」
幽香は静葉に向かってニヒルに微笑む。
足に妖力を溜めてそれを爆発させる。5メートルの間合いは一瞬で詰められ、幽香の手は静葉の首を掴んでいた。静葉の顔が鈍痛で渋る。
「ほら、没収」
静葉の首から見えない何かを引き裂く。
「あ〝あ〝!!」
獣のような声が静葉の口から発せられ、2人の間に小爆発が起こった。
煙が立ち上がり、その中から幽香が体をひねらせて脱出してくる。華麗に着地し、慣れた動作で右手を開く。そこに傘が出現する。
「この傘も久しぶりね」
バッと勢いよく開いて柄を肩にかける。そして、彼女の孔は消えていた。
妖怪、風見幽香の堂々たる立ち姿。強いものを下し、弱いものは蹂躙する本来の姿である。傘は強きものの象徴。心が戻ったことで、傘を出すことができた。
「やっと終わったわね。偽物の好き合いごっこ」
「…………」
「嬉しい?悲しい?……ふふ、どっちでもいいけどね」
傘を閉じて先端を静葉に向ける。
「すぐに全部終わらせるから」
極太のレーザーが静葉目掛けて発射される。
静葉は右手を前に突き出す。避雷針の様に右手にレーザーが命中するが、音もなく消えてしまう。
すぐさま幽香は2発目で追撃する。今度は足元へ放たれたレーザーを静葉は後ろへステップして回避した。静葉からの攻撃は無い。
「ったく。普段もこれくらい強かったら天狗にも馬鹿にされないですむんじゃないのかしら」
余裕をかましていた幽香の足が何かに掴まれる。静葉のエリアから出現した死んだ熊の手だった。幽香の足をメキメキと骨が砕けるまで握りつぶそうとしている。
「死んだ奴が蘇ろうとしてるのは厄介ね」
熊の手を涼しい顔で踏み潰す。
静葉が預かっている『死』が次第に現れ始める。枯れた草木、胴のない虫、骨を剥き出しにした動物。『死』を得た生き物は『生』を求めて生者の幽香を取り込もうとする。
幽香は地面に傘を刺し、そこからスパークを放つ。地の硬さで直線性を失ったスパークは幽香を中心に四方へ地を割って突き進む。ジュウと音を立てて生物は蒸発した。
「グルルルルルル……」
スパークで一掃した間からすぐに他の死んだ生き物が現れる。
「キリが無いわね」
幽香に噛み付こうとした狼をなぎ払い、傘を差してくるくると回す。どんどん増える死者を見ながら考える。
『死』の範囲は先ほどよりも広がり、市全体を飲み込んでいた。あとわずかで民家へと差し掛かりそうな勢いだ。
「まったく……」
傘から手を離す。パッと傘は霧散する。
「ホント、しょうがない子なんだから」
言い終わると同時に、幽香は静葉の目の前まで一瞬で加速すると、静葉の腹を思いっきり蹴り上げた。
静葉の体が遥か高く、宙を舞う。
寺子屋の扉が勢いよく開かれる。
「慧音先生大変だ!市で風見幽香が大暴れしてる!」
「慧音ちゃん大変!市で幽香ちゃんが犯人扱いされてる!」
「ん?」
「え?」
寺子屋に入って来たのは、退魔士の男と女将だった。
女将は幽香がひったくりの男ともめている時に寺子屋に向かい、退魔士は静葉が暴走してから寺子屋へ向かった。無論、現役の男が足は速いので、ちょうどのタイミングで着いたわけだ。
「お、おおどうしたんだ?」
慧音はテストの採点を一時止めて、扉の方を向く。
「女将さんじゃないですか」
「ああ、あんたよ!幽香ちゃんを犯人扱いしたの!ええいちくしょう、こっち来なさい。しょっぴいてやるわ!」
「ど、どうした!?」
突然始まった退魔士と女将の小喧嘩に慧音は目を丸くする。とりあえず扉の前まで行って2人から事情を聴く。
「聞いてくださいよ慧音先生。あの風見幽香が暴れてて……それで秋の神様も様子が変で」
「暴れてって、幽香ちゃんがそんなことするわけ無いじゃない。それに勝手に幽香ちゃんをひったくり犯と思い込んで!」
「いやしかし、実際風見幽香が男を脅していてだな」
「だからそれがひったくり犯だって言ってるのよ!幽香ちゃんはそいつを捕まえようとしてたの!」
大柄の退魔士に小柄の女将が殴りかからん勢いで物言いしている。気に入った妖怪である幽香の身に不条理なことが起こって相当頭にきている様だった。
「ま、まあ待つんだ。風見幽香はひったくり犯だ思ったが、そうではないのだな?」
「ええそうよ!」
退魔士の男がわずかに残念そうな顔をした。慧音はそれを横目で流して、次は男から事情を聴く。
「それで、秋の神様……穣子か静葉のどちらか知らんが、様子が変だというのは?」
「え、ええ。実は風見幽香が逃げようとした時、服を破いてしまいまして。それを見た秋の神様の様子がおかしくなって。そしたらいきなり風見幽香と対峙して」
「待って!」
「どうしました、女将さん?」
「あんた、服のどこ破いたの……?」
「背中の方だったが」
女将の顔が絶望色に変わる。
「女将さん?」
慧音が肩を揺らす。女将はその手を払いのけ、退魔士の男に力任せにビンタを食らわせた。
「このウドの唐変木!」
「女将さん、それを言うならウドの大木だ!」
「いやいや、何で今殴られたんですか!?」
「幽香ちゃんの背中……そこには胸まで貫く孔が空いてるのよ」
「孔?またどうしてだ?」
「静葉様を封じるための犠牲よ。静葉様は幽香ちゃんがいなかったら、ただ『死』を振りまく悪神になってしまうって。幽香ちゃんは身を呈して静葉様を抑えていたのに……それをあんたが!!」
再び女将が退魔士に向かって手を振り上げる。慧音はその腕をがっちり掴んで抑えた。
「落ち着くんだ!」
女将の目には涙が溜まっていた。
「あんたが……妖怪に偏見なんて持ってるから……幽香ちゃんはいい子なのに」
慧音は静かにその様子を見て、退魔士は居住まいが悪く視線を下に落とす。沈黙が3人を包む。
「私も、半分妖怪だ」
慧音がぽつりと話し出す。
「だが、里の人間は私を信頼してくれている。それは、私が長年かけて信用を培ってきたからだ。この男が風見幽香に対して敵対感情を持っているのであれば、それは風見幽香が信頼に足りないということだ」
「そんな……」
「だが、もしそれが敵対感情ではなく、風見幽香を見下す態度であるとするならば、それはこの男の心が卑しいという事になる」
慧音は退魔士の前に歩み寄り、まっすぐな目で見つめる。退魔士は目を泳がせるが、すぐに下を向いた。
「俺は……職業柄、妖怪を下に見てました」
「そうか」
あっさりと答えて男の肩に手を掛ける。
「今、市は『死』で溢れているのだな?」
「え、ええ多分」
「お前が妖怪をどう思っていようと、この事件のきっかけを作ったのはお前だ。だったらお前がすべき事は分かっているだろう?」
「……止めに、行きます」
退魔士は立ち上がった。
「よし。私も行こう」
「私も行くわ!」
「女将さんは危ないからここに居てくれ」
「冗談じゃないわ!幽香ちゃんの大変な時に黙ってしていられるものですか!」
「……ふ。女将さんが惚れこむとは相当な妖怪になったものだな、風見幽香は」
「あの子の心は暖かいわ。きっとね。一回触れ合えばわかるのよ」
「だ、そうだが?」
「……今度団子を2つ頼みます。俺の分と、風見幽香の分」
3人は市へかけ出した。
幽香の蹴りによって市の空高くに舞い上がった事によって、『死』の範囲は市から離れた。すかさず幽香も飛翔して静葉に追いつく。静葉は苦痛に表情が歪んでいた。
「あーあ。静葉の可愛い顔が台無し。何なのよ、自分でも操れない『死』の力って」
静葉の突進をひらりと躱す。たとえ暴走しようとも、幽香の力の方が強かった。だが、幽香の手はガクガクと震えている。恐怖のためでも、緊張のためでもない。
プチッと軽快な音がして、幽香の額から血が流れ出る。それを合図にするように、腕からも足からも血が噴き出す。体を離れた血は重力に則る事なく、『死』によってかき消される。
幽香の体は限界だった。通常なら生物が生きる事のできない空間にしばらく浸かっていただけでなく、それを極力打ち消すために多大な妖力を費やした。あとスパークを一発打てるかどうかの妖力さえ残っていない。
「あらら。限界ね」
表情だけは涼しかった。何かを覚悟して。
「じゃ、これで最後」
幽香は静葉を手招きする。挑発に乗るように静葉は一層の『死』を纏い、幽香に向かって加速する。
黒い光が幽香に激突した。
静葉の頭が幽香の胸に衝突し、ギシギシと骨の耐久値が削れていく。
幽香は最後の妖力を用いて、腕を静葉に巻きつける。
「あなたは最初から最後まで私を困らせてばっかり」
静葉が暴れる。だけれど、その腕は解けない。
「というか、最初に私を殺しにかかってくる時点でもう大迷惑」
妖力が空となり、自力で守ることが出来なくなった体が『死』によって図黒く変色してく。
「だから、だからね、私がそれ、収めてあげるから……もうみんなに迷惑かけちゃダメよ?」
満開の笑顔が幽香に咲いた。
「じゃあね。静葉」
幽香の体が崩れ始める。崩れた体は光となって、徐々に静葉の体の中に吸収されていく。
「ああ……!!」
『死』が霧散した。
風見幽香の決心。それは、自分の全てで静葉の暴走を収めることだった。騙し騙し、心の術式で抑えることが限界であることは知っていた。だから、次は幽香の体も精神も全て用いることにした。暴走を抑えるのではなく、完全に消沈させるために。
だんだんと幽香の視界が暗くなっていくのを感じる。静葉は急に『死』を鎮められて、不安そうな表情で浮いていた。
静葉……もう口も動かせれないけど、伝えるわ
私は、あなたが……好きだった
心を取られてたからじゃなくてね
だって大和撫子だし、ふふ
本当なら、あなたともっといたかった
でも、偽物でもあなたと好き合った日々は楽しかったわ
……四季シスターズを途中で辞めてごめんなさい
みんなを……よろし、く……ね
……そろそろ……眠たくなって……きたわ
……暗い、のに…………明るい
…………ああ、静葉…………
…………愛して……る……………
お、おいこっちだ!
急いで運ぶぞ!
せーの!
ん、なんだこれ?ひまわり?
冬なのにどうして?
構ってる暇はない。急ぐんだ!
古臭い時計が静かに空気を震わせている。同じ空気には甘い香りが漂っていた。
嗅いだことがあるその匂い。匂いとともに、陽気な声と、愛おしい声が聞こえる。
「夢……」
「じゃ、ないよ」
「……?」
「ふふ。おはよう。お寝坊さんの幽香ちゃん」
「静、葉?」
「うん」
「静葉っ!!」
ゴンッ
「「おおおぉぉぉ……」」
「何してるのよー」
その痛みで分かる。
「私、生きてる……」
風見幽香は生きていた。五体満足で、意識明瞭で、精神健常で。全くもって信じられなかった。生きていることよりも、今目の前に静葉がいる事が。
「どうして?」
「どうしてでも、私は幽香ちゃんの前にちゃんといるよ。そして、私の前にはちゃんと幽香ちゃんがいるよ」
「そう」
幽香は布団にパタリと倒れこんだ。
「ちょっと幽香ちゃん。こっちも振り向いてよ」
頭上から声がかかる。顎をあげて後ろを見てみると、女将がいた。
「もしかして、団子屋?」
「そうよ。幽香ちゃん、ボロボロだったからうちに運んだの。あ、宿代とかは取らないから安心してね!」
「あ、ありがとう」
女将は幽香の無事をきちんと確認すると、ウィンクして部屋から出て階段を下った。
まだ幽香の心の整理は付いていない。意識ははっきりしているが、頭の回転がうまく効かなかった。
静葉はそんな幽香の頭を優しく撫でる。
「全部聞いたよ。幽香ちゃん、助けてくれてありがとう」
「静葉は助かったのよね?」
「うん」
「でも私は生きてるのよね?」
「うん」
「私は命を掛けたのに?」
「うん。奇跡が起こったんじゃないかな?」
「適当ね」
「適当でいいんだよ。幽香ちゃんが生きてれば」
幽香はゆっくり目を閉じた。自然と笑みがこぼれてくる。
あの時、命を捨てたつもりでいた。なのにその命が返却されて自分の元に戻ってきている。自分は、静葉の隣に居ていいのだろうか、幽香は静葉に尋ねた。
「静葉、元気?」
「?元気だよ」
「私のこと、好き?」
「大好きだよ」
「本当に?」
「幽香ちゃんは、私のこと嫌いなの……?」
「まさか!」
うるうると瞳に涙を溜めた静葉を見て、高速でそれを否定した。
「でも、静葉は私の心が混じる前は、私を殺したいほど憎そうにしてたじゃない」
「あ、えーっと……実はあの時から気になってたりしてて」
静葉は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「私もあの時はヒステリックだったから、気になる相手ほどつっかかってて……ああ、もう恥ずかしいよ幽香ちゃん」
手を組んでもじもじとしている静葉に、幽香の心拍数はどんどん上がる。
「えっと、つまり……」
「これからは、本当のこ、こ、こ……恋人どうしになれる、ね?」
ぶしゃ
「あ、ゆ、幽香ちゃん!鼻血が!」
「え?」
「怪我がまだ治ってない!だ、誰かー!」
「私と、静葉は恋人……」
ぶしゃー
「きゃあああ!!幽香ちゃーーーーーーん!!」
下の階からリリーの元気な春の声が聞こえた。
−風見幽香は死ななかった
−そうですね
−なぜだと思う?
−さあ。私に聞かれましても
−夏がね、彼女を生かそうとしたんだ
−夏がですか?
−彼女は季節にとって重要なものとなる。だから結果的に風見幽香は死ななかった
−そうですね
−……君、興味ないでしょ?
−いいえ。すごく興味深いですね
−あぁ、うん。もういいや
△Epilogue▼太陽△
人里の茶屋。そこには陽気な妖怪好きの女将がいる。今日はそんな女将の待ちに待った日だった。
「うぅ~やっぱり緊張するわ」
「ほら、頑張って。私も一緒に謝らないといけないから」
幽香と静葉は今回、人里に多大な迷惑を掛けたという事で謝罪会見を開く事にした。会場は茶屋。外はすでに人間でいっぱいの様だった。
「お姉ちゃん、綺麗だよ」
「いや結婚式じゃないわよ穣子」
「あれ、違うの?」
「レティまで!」
「ほらー準備できたら下降りてきなさーい」
女将がやけにニヤニヤしながら静葉と幽香を呼ぶ。
「じゃ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃーい」
階段を降りながら幽香は静葉の手を少しだけ握った。自分が今ここにいる事を確かめるために。専らはただ静葉に触れたいという親父染みた本能だが。静葉の方もぎゅっと握る。少しだけ2人の頬が緩む。
「皆さん、お待たせしまし……」
「うおー風見幽香だ!輝いているぞ!輝いているぞ!」
「踏んでくれー!」
「静葉さまー!お美しゅうございますー!」
「見えた!」
「何が!?」
大歓声。唖然とする2人。笑う女将。
「オイ、女将サン、ナニヲシタ?」
幽香が女将の肩を掴んでギチギチと音を立てる。
「ああん!痛いわよー」
「だから何をしたのよ!?」
「いやね、ちょっとばかり幽香ちゃんと静葉様のお話をみんなにしてあげたのよ」
「どんな話を?」
「レティちゃんと穣子ちゃんから聞いた話。うふふなやつね」
「あんの野郎共おお!話でっち上げたわねえええええ!!」
傘の標準を店の中に向けた幽香を静葉が羽交い締めにして抑える。
「ダメだよ幽香ちゃん!レティさんと穣子ちゃんは野郎じゃない!」
「そっち!?せめて静葉には『撃っちゃダメ』とか言って欲しかったわ!」
「おぉ、熱い熱い」
「あなたも変な事いうから!」
「大丈夫よ。ちゃんとそれ以外の幽香ちゃんの良いところ、悪いところ全部言ってやったわ。それでもあなたを良い方に捉えてくれた人がこんなにいるのよ。よかったよかった」
「そ、そうなの……でもあなたは楽しんでるのね、こんちくしょー!」
耳を真っ赤にして幽香は大衆の方へ振り返った。
静葉と並んで頭を下げる。
「この度は−−−−」
「風見幽香、話がある」
会見が終わり、後片付けの手伝いをして居た幽香に退魔士の男が近づいてきた。幽香は若干身を引く。
「そう身構えないで欲しい」
「あらそう?てっきり私を倒しにきたのかと」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ……」
退魔士は幽香と張り合った時とは違う雰囲気を見せていた。どことなく弱々しい。
「あ、ああ女将さん。団子2つ」
「あいよ!」
即効で団子が出てくる。またもニヤけている女将に退魔士は目で必死に抵抗しているようだった。
それから幽香に団子を差し出した。
「1つ、どうだ?」
「頂くわ」
2人は縁側に腰掛け、団子を頬張る。
退魔士は幽香が団子を食べ終わるのを図って喋り出した。
「まずはお前に謝りたい。すまなかった」
頭を深々と下げる。
そんな彼の頭に幽香は団子の串を思いっきり刺した。
「おおお!?」
「これでお相子。どう?シンプルでいいでしょ?」
「いたたた……それで気が済んでくれるのであれば」
退魔士は串を抜こうとするが、抜けなかった。悪戦苦闘する退魔士を見て幽香がくすくすと笑う。
「それ、簡単には抜けないように刺したの。竹林の医者なら取れると思うから、そこに行くまでそのままね。不利な状態で戦う修行よ、修行」
「そ、そうか」
「いやいや。そこは怒りなさいよ」
「う、うむ」
やけに歯切れの悪い退魔士に幽香は眉をひそめる。もしかして何か企んでいるのか。
「その……あれだ。聞いて欲しい」
「ええ」
「風見幽香は……俺にとって太陽だ」
「ふーん……は?」
「俺だけじゃない。里の奴らにとってだ。なんたって死の危険から俺たちを守ってくれたわけだからな」
「だからそんな大層なことはしてないって」
「いや。俺の妖怪への偏見を無くしてくれた。感謝している」
「退魔士が言う言葉じゃ無いわよね?」
退魔士は一旦黙ると、よし、と言って自ら頬を叩いた。
「風見幽香!」
「な、なに?」
「風見幽香は静葉様を愛しているけれど、俺は諦めるつもりはないから!そこのところはよろしく頼む!」
「何が!?」
退魔士はそう言うと一目散に逃げるように去って行った。残された幽香は理解不能の顔をしていた。もしかしたらこれは告白というやつかもしれない。理解し出した時、物陰から幽香を見つめるものが。
「パルスィ……!」
「静葉っ!?」
「へー、ふーん」
「ち、違うのよ静葉!これは向こう側から!」
「ウン。ワタシシンジテルワ」
「こっち見て!せめてこっち見て静葉!」
「じゃあ振り向くからキスしてくれる?」
「え!?」
「ワタシシンジテルワ」
「分かった!分かったわ静葉!女幽香、腹を括るわ!」
幽香は荒ぶった呼吸を深呼吸で鎮め、リップを取り出して急いで塗り直す。
「どんと来なさい!」
「じゃあ行くよ」
静葉はくるりと振り返った。
太陽が、咲いた。
〈了〉
今日出したばかりのこたつでぬくぬくとしながらレティは鼻を鳴らして見せた。
「あー、どうしてこう秋って短いのかしら」
「そうよね。幽香ちゃんの季節は長いのに」
秋穣子と秋静葉がテーブルの対角にいる幽香に視線を投げかける。
「だから夏は私の季節ってわけじゃなし、そんなことも知らない」
幽香は膝に乗せたチルノ人形を撫でながら不満そうに応対する。
「そう言えば、スキマのあの人が外の世界は暖冬だって言ってましたよー」
こたつから顔だけ出すリリーはとても幸せそうな表情をしている。
「え、本当?くぅ、幽香め。私の冬まで侵食してきて」
「知らないところで罪を被る私かわいそう」
よよよと泣きまねをする幽香にあっかんべーをお見舞いするレティ。それを見て不機嫌になる秋の姉の方。
「レティさん!」
「あーはいはい。ごめんなさいね」
ふくれっ面でレティを睨むが、いつものことだとレティは適当にスルーしてみかんに手を伸ばす。
「あ、このみかん、玄さんが作ったやつだよ。今朝私たちに奉納しに来てくれたの」
「あれ?玄さんまだ生きていたの?」
「レティはひどいなぁ。現役だよ」
皮をむいて食べてみると、なるほど甘くほどよい酸味も効いている。みかん畑の玄と言えば幻想郷で知らない者は無いほどである。人間だけでなく妖怪も神様もこぞって玄さんを訪れる。ただ、去年の暮れに腰をやってしまったらしく、みかん畑存続の危機に陥ったとか。
「ほら、あれ。竹林の医者に治してもらったって」
玄さんのみかんと聞いて全員が手を伸ばしてみかんを奪い合う。
「いいわね。静葉たちは奉納って形でタダでもらえるから」
「それは私たちもちゃんと神様として仕事してるからだよ」
「あら、穣子の力って秋限定じゃなかったの?」
「...まあ、私たちって神様だし?」
「どんな言い訳...」
「いやね、玄さんは私のファンなのよ」
「へー?」
穣子は鼻の頭を掻いて視線をそらす。幽香はその動作を見逃さずに、目のハイライトを抜いて穣子を直視する。さながら蛇に睨まれた蛙の如し。
「実際は?」
どすの効いた声で言われたらもう言うしかないよね、とびくびくしながら穣子は口を開いた。
「すいません。本当はお姉ちゃんのファンです...」
「私?」
突然の発言に目を丸くする静葉。みかんが口に運ばれる寸でで止まってしまっている。
「だって、お姉ちゃん最近里の男たちから人気なんだもん...」
「へ、えー?」
幽香が人差し指でカカカカカカカカとテーブルを叩く。そのスピードは加速度的に増していき、テーブルからぶすぶすと白煙が上がる。秋の姉の方はまんざらでもないように頬を赤くしていた。
「ああ、うちのテーブル焦がさないで!だから嫉妬深い幽香に言いたくなかったの!」
「誰が水橋パルスィよ!」
「言ってない!」
「春ですよー」
「あー、ここだけ冬終わっちゃったじゃない」
部屋の中を包む春の雰囲気にリリーが喜び、レティが悔しがる。そんないつもの茶番だ。
そろそろ幽香が穣子を縄で縛りあげようかとしている時に、玄関が叩かれる音がした。
「あ、誰か来たわよ。ほら穣子、あんた出なさい」
「このかっこうでか!?動けないし、ほどけないし!」
手首に巻かれた縄を解こうとしているが、なかなか解けない。右を解こうとすると左が固く締まり、左を解こうとすると右が固く締まる。両方いっぺんにしようとすると、今度はそこから繋がれた足首の方がさらに強く締まる。よくもまあこのような鬼畜な縛り方を思いつくものだと穣子は皮肉った。
「先人の知恵よ」
「そんな先人いらないわ」
「わ、私が出るね」
2人のじゃれ合い(ハード)を見ていて居たたまれなくなった静葉が玄関へ向かう。幽香やレティ、リリーが出るという選択肢は存在しなかった。
「今開けまーす...あ」
古い戸の鍵を開け、扉をスライドさせると綺麗な羽衣を携えた女性が佇んでいた。綺麗なものが好きな静葉は目を輝かせるはずだったが、今は逆に表情を曇らせている。対照的に女性はにこやかにその表情を待ってましたばりの笑顔だ。
「い、衣玖さん」
「こんにちは静葉さん」
静葉は今すぐに逃げ出したかったが、そうもいかない。衣玖を家にあげると居間まで案内する。案の定、全員が絶望に満ちた表情を醸し出す。
衣玖は出されたお茶をゆっくりすすると、一間置き、懐にしまい込んでいたある紙を提示する。
「さあ皆さん、龍神様の謁見の日がやってまいりましたよ」
衣玖はつとめて笑顔だった、そこにいる5人とは真逆で。
△Episode1▼瑕疵の大輪△
幻想郷を巡る四季や天候は、全て天の上にいる龍神が管理している。管理と言っても簡単なもので龍神が作りだした「季節の種」と「天気の種」をぽいと空へ投げるだけだ。あとは自然の流れでどうにかなってくれる。しかしそれだけではダメですと衣玖に言われた龍神は、仕方なく幻想郷の四季を管理する部隊を作った。ちょうど適した神やら妖怪やら妖精やらがいたので使う事にした。
それが、リリー・ホワイト、風見幽香、秋静葉・秋穣子、レティ・ホワイトロックの5名。通称「四季シスターズ」
秋以外私たち姉妹じゃありませんという5人の申し出を龍神は、幻想郷の民は儂にとっては兄弟姉妹のようなものじゃと言って強引に引き受けさせた。ちなみに天候を管理する部隊は山の神の八坂神奈子だけである。
それに四季シスターズの事は何故か極秘任務であるため他言は決してしてはならない。
「では、龍神様が準備できるまでここでお待ちください」
天界に案内された5人はそれはもう地獄でも見るような顔でソファにでうつぶせていた。衣玖が出て行った謁見部屋の空気は重い。
「私、戦うわ」
「幽香ちゃん!?」
幽香の宣言に静葉は驚きを隠せない。幽香は静葉の手を握る。
「だって私、静葉のあんな姿見たくない!」
「でも、龍神様に盾突いたら幽香ちゃん無事じゃ済まない!」
「私はどうなってもいいわ。だけど、静葉だけは...」
「幽香ちゃん...」
「私はどうでもいいんかい」
「けっ、春ですよー」
「黒い、主にリリーが黒いわ!」
龍神とはとても荘厳なものである。普段は龍の形だが、人間時は岩のような体格をして、目は瞳の奥まで青く沈んでおり、発せられる一言一言が重い。それだけなら5人はまだ堪え切れた。問題はその後だ。龍神は慈悲深い。よくこのような所まで足を運んでくれたなと、会合が終わった後宴会を催してくれる。この世のものとは思えない程うまい飯に酒、踊り子まで。至れり尽くせりな宴会だ。それが彼女らの頭を悩ませていた。
「どうして、龍神様ともあろうものが酒に弱いのよ...!」
そう、龍神は酒に弱いらしい。なのに酒は好き。さらに悪酔い。地を揺らすほど豪快な笑い声を響かせ女性の乳を揉む。龍神は女の人が好きなのだ。酒に酔って理性のたがの外れた龍神は無茶な要求を5人に押し付ける。去年は静葉と穣子が下着で踊らされた。幽香は涙を呑んでその様子を見送った。ことさらに龍神は酒を飲んでいるときの記憶が無くなる。もし「女性を裸にして喜んでいらした」など言ってしまえば、慈悲深い龍神は腹でも切るだろう。つまり幻想郷の終わりだ。彼女らの手に、幻想郷の明日が握られている。
「私は永江を恨むわ」
レティが頬杖を付いて空に描く衣玖を睨む。季節を管理させろなんて言った元凶。彼女らの敵。
「そもそも管理って何よ。私、四季シスターズの仕事した記憶がないわ」
「確かに。私たちは季節を代表するだけであって、季節を操る能力を持ってはいない。現に私なんてひまわりだけで夏代表だからね」
「秋なんてどんどん短くなってるのに。操って伸ばせるなら年中秋にするわそりゃ」
「うーん、私は夏もいれて欲しいわ穣子ちゃん」
「お姉ちゃん!あんた、それでも秋の神か…」
4人がヒートアップする中で、リリーだけが神妙な面持ちで虚空を眺めていた。
「リリー、どうしたの?」
「家のガス栓締め忘れてました」
「そう…」
なんともリアクションがしにくい4人であった。
「まあ冗談なんですよー」
「冗談かよ!この季節だから、なんて言えばいいか迷ったじゃない」
「折角なので龍神様を一矢報いる事を考えてたんです」
「げ、リリー正気?」
「幽香さんよりは正気です」
「うわ、いつの間に黒リリーになってんのよ」
リリーは本人曰く二重人格らしい。いつもは元気いっぱい天真爛漫な白リリーだが、ひょんなことで腹黒い黒リリーが表れる。四季シスターズの裏参謀とは黒リリーの事で、妖怪の賢者を半泣きにさせた伝説はもはや幻想郷中で知られている。
「候補としては、穣子さんが裸踊りをして龍神様を満足させるなんてどうですか?」
「ちょいちょいちょい!なんで私が裸踊りを!?」
「多少の犠牲は仕方ないのです」
「一矢報うとか関係ない!」
「ナイスアイデアね。他にもあるの?」
「他には、穣子さんが裸踊している隙に強力な睡眠薬を盛って、宴を強制終了させるなどありますよ」
リリーは妖精にしては福よかな胸元から白い包み紙を見せた。紙には“永”の文字が書かれている。つまりこれは永遠亭の八意永琳特製の睡眠薬だと言う事。効果は保証されている。
「私の裸踊りは確定か!?」
「そう言う事よ。穣子、がんばりなさい」
「応援してるわ」
「や、裸踊りの何を応援するのよ!」
「穣子ちゃん…がんばって!」
「お姉ちゃんまで!」
穣子の裸踊りムード一色になった謁見室のドアがノックされる。全員の行動がピタリと止まり、衣玖が部屋へと入りその時が来た事を告げた。
「皆さんお揃いですね。間もなく龍神様が入室なさいますので粗相がないようにお願いします」
「幽香さんは粗相をしたいそうで…アイタッ」
暴走する黒リリーを幽香が鉄拳で押さえつけた。さすがの黒リリーも力には勝てない。
そして、ついにその方が見える。
「諸君…待たせたな」
ロリボイスと共に幼女が入ってきた。
「「「えっ?」」」
幼女はよたよたした足取りで龍神の椅子に座る。
「さて、報告をしてもらおうか」
「「「いやいやいや!」」」
全員が総ツッコミした。
「どうした?」
「恐れ多くも申し上げます。あなた様は龍神様であられますか?」
幽香が代表して目の前で起こっているよくわからない現象の説明を求めた。
「どこからどう見ても龍神であろう」
「どこからどう見ても龍神様でないのでそう言っているのです」
龍神は少し悩み、そうかと気付いた。
「肌がツルツルしておろう?」
「そこだけですか!?」
「実は先月、100年ぶりに脱皮してな。若返ったようだ」
若返るどころか性別違う!と5人は言いたかったが大声を上げると殺させれそうなのでなんとか押さえ込んだ。悩みかねる5人に衣玖が耳打ちする。
「龍神様は脱皮すると、人間時の姿が大きく変わられるんです」
「凄いわね、脱皮」
何とか納得して、順次報告会が開かれた。
大した内容ではない。春夏秋冬の様子を話し、それに対する幻想郷の住人の生活を言い、龍神が一喜一憂する。それだけだ。
「…と言うわけで、今年はこれから冬の本番を迎えます。以上が今年一年の幻想郷です」
「そうか。ご苦労であった。儂は梅雨時期しか幻想郷に来れぬゆえ、報告してもらえて助かる」
この様な発言があると、やはり龍神は幻想郷を想う素晴らしい神なのだと実感する。
「礼に今宵は宴を用意した。存分に楽しんでいってくれ」
この発言さえ無ければ、と下唇を噛む四季シスターズであった。
そして、件の宴が執り行われた。
異変はそこで起きた。
「穣子が裸踊りしていない...だと...!?」
「レティさーん。それはもう忘れましょうねー」
端的に言うと、龍神が酒を飲んでいなかったのだ。そして誰もセクハラを受けていなかった。
どうしてお酒をお飲みにならないのですかと聞くと、そうか飲んでほしいかと飲みを開始しそうなので口が裂けても言えない。なのに感じるこのモヤモヤはどうするのか。
「龍神様は、お酒お好きでしたよね?」
「リリー・ホワイトバスターァァァァァァァ!!」
「へぶっ!!」
あらぬ事を言いだしたリリー・ホワイト(黒)に一瞬で筋肉バスターを決める風見幽香。ほどよく酒が回っているのでテンションもハイだ。
「おお、どうした?それは新しい戯れかの?」
ロリ龍神は興味津々な目で幽香を見つめる。幽香はたじろいでしまう。小さいものには弱いのだ。ちなみに黒リリーに関しては例外である。
「え。ま、まあそんなところです」
「ほう!そうかそうか。では儂もやってみたいのぉ」
「「「えっ!?」」」
全員分かる、多分死ぬ。
沈黙。
そして。
「多数決いくわよ!せーので指差し!龍神様の相手はぁ~......?」
レティの合図で5人が天高く指を振り上げる。
「せーの!」
「穣子!」
「穣子さん!」
「穣子!」
「穣子ちゃん!」
「幽香!」
「や、やったーーーーーーーー!!!うわああああああ」
決して龍神様の前で「くそぉぉぉ」なんて言えない。穣子、哀しみに満ちた喜びの声だったそうな。
四季シスターズは常に大多数の意見を尊重するグループなので仕方ない。
穣子がパイルドライバーを決められている間に、静葉が衣玖に話しかけた。
「あの、どうして今日、龍神様はお酒を嗜まれないんですか?」
「お酒飲んでほしかったんですか?」
「ちちち、違います!」
慌てる静葉を見て衣玖はくすくすと笑った。
「ちょうど脱皮して幼い姿になられたので、その姿で飲んだら犯罪ですと教えたんです」
「犯罪?」
「外の世界ではお酒は二十歳になってからっ!だそうです」
「は、はあ。既にその数百倍はお年を召していらっしゃいますよね」
「そう言う事にしておいてください」
衣玖はにっこり笑った。実は宴会の度にセクハラされる5人を見るに見かねて提言したとは、気恥かしくて言わなかった。
結果として、衣玖に助けられた四季シスターズは実に楽しい宴会を過ごすことが出来たのだった。
「私は楽しくないっ!!」
穣子を除いて。
5人にはそれぞれに休むための豪華な客室が用意されている。リリーは宴会が終わるとさっさとその部屋に行き、眠りについた。レティは風に当たるために宮の外へ足を運んだ。穣子は医務室で治療を受けている。
「私は部屋へ戻るわ」
「あ、わ、私も幽香ちゃんの部屋に行っていい、かな...?」
上目遣いで恥ずかしそうに静葉は幽香を見つめる。静葉の発言の意図とその眼差しに酒の入った幽香はころっと意識を持って行かれそうになるが、背中に手を当てて冷静さを取り戻す。
「ごめんなさい。今日は宴会で疲れてしまって」
「そ、そうよね......ごめんね幽香ちゃん」
「ううん。いいのよ。私こそごめんなさい」
静葉を部屋まで送ると、2人は手を握り、そして離してその日に別れを告げる。
幽香は無心で自分の部屋を目指す。角を曲がると、人影があった。
「レティ、あなた外に行ってたんじゃないの?」
「ん、今帰ったわ」
レティは腕を組んで壁に寄りかかり、目を閉じて上を向いていた。その横を幽香は通り過ぎようとする。
「いつまで黙ってるの?」
幽香の足がぴたりと止まった。
「黙ってるって?」
レティの方を振り向かずに幽香は言う。その言葉に、僅かに仲間に向けるべきでない殺意が込められている。
「あら。私の勘違いだったみたいね」
レティは臆することなく、言葉を続けた。
「あなたが隠し事してるなんて無いわよね。あーあ、勘違いでよかったわ。例えばその、背中の―――」
ゴズッ。
レティの右頬から少量の血が垂れる。レティは右目だけを開けると、自分の頬を見つめた。
幽香のこぶしは壁にめり込んでいる。こぶしはレティに当たってはいない。が、その風圧でレティの頬が切れたのだった。
「勘違いも、甚だしいわ」
今度は僅かではない殺意がレティに向けられる。
「そう」
ようやく両目を開いて幽香が来た方と逆の方へ向かう。
「じゃ、私はこっちだから。おやすみ、幽香」
「ええ。おやすみ、レティ」
両者が目を合わせることは無かった。
龍神謁見から数日後、レティは本格的に寒気と戯れると言い、チルノを連れてどこかへ行ってしまった。冬の到来を感じさせる。
相変わらずリリーは秋家のこたつで丸くなっている。
会合はなぜか秋家と決まっており、秋姉妹以外の3人にとっては既に公民館的な働きとなっていた。ただ公民館より良い点として、訪れると必ず茶と茶菓子、もしくは料理などが振舞われることだ。秋姉妹は食に関する悩みは無い。裏に大きな貯蔵庫を持ち、そこに奉納された農作物を仕舞い込む。2人ではとても食べ切れない量なのでむしろ訪れてもらった方が、食材を腐らせずに済み、神様としても嬉しい。
「レティさんは氷精を連レテイる」
「穣子も寒気を操れるのね。初めて知ったわ」
「あーもー、思いつきで言っただけじゃん」
「はぁあ。これは春が遠のきましたねー」
「ああああ!黒リリーうるさい!」
「お昼出来たよー」
静葉がお盆に湯気立つうどんをのせて来た。
「おー、美味しそうね」
「これ奉納された小麦じゃなくて、うちで穫れたやつ使ってんのよ」
「そう。冬の寒くなる時に収穫できて、鍋焼きうどんとかにしやすいの」
「いただきます!」
「あ、こらリリー早いよ」
いただきますをきちんとして、うどんにありつく。コシがあり、喉越しが最高である。穣子は美味しさに目をぎゅっと閉じて頬が緩ませていた。
「ぷはぁ!堪らないねえ!」
「おばあちゃん臭いわね」
「でもこの中では幽香さんが一番年上」
「うっさい黒!食事中くらい黙ってなさい!」
幽香は減らず口を叩く黒リリーの口に、添えられていた味卵を強引にねじ込み、黙らせる。リリーは元に戻って幸せそうにそれを咀嚼した。
「そうだ。静葉、あれ無いの?あれ」
「あ、ごめんね忘れてた」
静葉は立ち上がって、台所の方へ駆け足で行く。
穣子はその様子をジト目で見つめる。
「あれって何?」
「七味唐辛子よ。私、辛い方が好きなの」
「ほぅ。あれで七味唐辛子って通じるんだー。私幽香が辛いもの好きって事初耳なのにー」
「な、何よ」
「あれで通じるほど2人は逢瀬を重ねてるんだねー」
「へ、変な事言うなっ!」
幽香が穣子の頭を叩くと同時に静葉が戻ってくる。
「……どうしたの?」
「こやつが変な事言ったから制裁よ、制裁」
「ほどほどにね」
「イテテ……ほどほどって」
「あ、七味は?」
「それが、切らしているみたいで」
「あらら」
秋神は農作物は農民から奉納してもらうが、調味料などは自分で調達しなければならない。たまに気を利かせて醤油などと共に奉納してくれる農民もいるが、それはごく僅かだ。
「じゃあ午後から一緒に買いに行こう、幽香ちゃん」
「ほい!?」
幽香の中で「一緒に買いに行こう」の言葉がループする。これはあれだ。デートだ。
顔から火が出らんばかりに顔が赤く染まっている。ここまでひどく赤面している幽香を見るのは珍しい。
「春ですよー」
「幽香ってば、じゅんじょー」
熱々の味卵が穣子の口の中に投下された。
人間の里は本格的な冬に備えて、暖房器具の売り込みで賑わいを見せていた。普段は人間の里へは妖怪の立ち入りは制限されている。が、市が開かれている今日は妖怪も絶対に力を振るわないという条件で里への入りが許されている。もし使って悪事を働けば、悪即斬で慧音の頭突きを食らう事になる。大概の妖怪はそれを恐れて大人しくする。
「おお秋様いらっしゃいませ!いいのありますぜ」
香辛料などを販売する「辛味や」へと静葉と幽香はやって来た。市のためか、客足がいつもより多い。香辛料も冬を越すための立派な暖房用品である。
「七味唐辛子を一袋、あとそれから……」
静葉が店長と掛け合っている間、幽香は人のいないスペースで陳列してある様々な香辛料、漢方、乾燥薬品を興味深そうに見ていた。正直よだれがでそうなほど魅惑的な匂いがしている。
「秋様も辛いもの嗜まれるんですなあ。いやー嬉しい限りです」
「私もだけど、彼女の方が辛いもの好きなんです」
「お連れさんですか。どちら様で?」
「太陽の畑の」
「も、もしかしてあいつ風見幽香ですか!?」
「え、ええ。そうですけど……」
意外な反応をされて静葉の方が困った顔をする。
「またどうして秋様があんな妖怪なんかと」
「幽香ちゃんとは友達で……あの、何か気に障ることが?」
「い、いえ。特には無いですがねえ……」
静葉は店長の苦そうな顔を見て気付いた。この人は妖怪嫌いの人だと。静葉の胸の奥で悔しい思いが湧いてくる。
「幽香ちゃんは……悪い妖怪じゃありません」
「そうでしょうが……」
店長の言葉が詰まる。静葉は見えないように唇を噛みしめた。
静葉は香辛料を店長から受け取ると、幽香の手を握り、逃げるように辛味やを去った。急に手を引かれ、動揺して赤くなるた幽香とは裏腹に、静葉はずっと下を向いて幽香と顔を合わせないようにしていた。
「ごめんね。連れ回しちゃって」
「別に構わないわ」
茶屋で一服する。ここの女将は妖怪への了見がある人だと静葉は知っていたので、ここへ来たのだった。
「あと一軒行きたいんだけど、幽香ちゃんはここで待ってて」
「あら、ついて行くわよ?」
「すぐ済むから、ね?」
「静葉がそう言うなら」
団子をいくつか注文して、幽香を残し、静葉は目的の店へ向かった。
心持ち寂しそうに団子を頬張る幽香に中年の小綺麗な女将が寄ってくる。
「あなた幽香ちゃんでしょ?」
「私を知ってるのね」
「そりゃあ、太陽の畑の極悪非道サドスティック妖怪で有名ですものね」
「い、言ってくれるわね」
目尻などの顔の筋肉がピクピクと緊張する。
「でも、本当は優しそうで安心したわ」
女将は団子を一本追加して、ウィンクして見せた。
「私からのプレゼント。それで、静葉様との関係教えなさい☆」
「ぶふっ!!」
食べていた団子を一気に地面へ加速投射した。
「あーあーあー。何やってるのぉ!」
「あなたが何言ってるのぉ!!」
この女将、ご丁寧に☆までつけているノリノリっぷりである。女将はさらに団子を追加する。
「で、どうなのどうなの?」
「もう。そんなに興味津々な人間初めて見たわ」
ふぅと一息ついて幽香は目を細めた。
「あなたが思っているほど、穣子も含めて私たちの出会いは綺麗なものでは無いわ。むしろ殺したいほど憎まれていた」
「まぁ……」
「もともと夏と秋だからね。反りが合うはずないのよ、私たち」
「でも、今は仲良くしているじゃない」
「さて、ねぇ。私は今の生活に満足しているけれど、静葉と穣子の気持ちは分からないわ。もしかしたら今も仕事の上での関係だけかもしれないし」
「仕事?」
「ん、あ、ああこっちの話よ」
女将は終始、相槌を打って幽香の話に真剣に向き合った。幽香はそんな女将に知らず知らず諭されるように胸の内を語っていった。
「で、幽香ちゃんは静葉様のことどう思ってるのよ?」
「あーうん、やっぱり原点回帰するのね」
「ったりまえよぉ」
幽香はそっぽを向いて、一言。
「好きなはずよ。殺しちゃいたいくらいに」
幽香は女将の手を握り、自分の背中に当てさせた。そしてわずかに事を話す。誰にも言うつもりは無かったけれど、あなたは特別、と言って団子を食い飲み込んだ。
女将は困惑の表情を作った。
「さて、ごちそうさま。仕事に戻らないとご主人がさっきからあなたを睨んでいるわよ?」
「え、えぇ……」
女将が焦って厨房に戻ると、幽香は一人虚空を眺め、冷えかけたお茶をすする。
「うおおおい!盗人だーーー!!」
感傷に浸っていると右の方から大声が聞こえた。見ると若い男が大きな荷物を抱え、こちらに向かって逃げるように走っている。少しセンチメンタルな感情になっていた幽香は、柄ではないけど、と言って立ち上がる。
「人助けでもしてみましょうかしら」
心の中で、静葉に感化されたのかもと適当な言い訳をついた。
足で地を蹴る。幽香は足が遅い。しかしそれは他の妖怪と比較した場合であって、人間と比較した場合ではない。仮に人間と比べるとすると、赤子と大人ほども差がある。
一瞬で男の横まで移動すると、足をかけた。
「ていっ」
「うおっ!?」
男は急に現れた幽香に足を取られ、バランスを崩して倒れ込む体勢となる。それを幽香は首根っこを掴んで転ばせないようにした。もちろん怪我させないためではなく、確保するために。襟が勢いで引っ張りあげられ首元が締まって、男は蛙が潰されたような声を出した。
「はぁいお兄さん。盗みはダメよ」
「く、くそっ!」
男は幽香の手を払おうとするが、全く動かせないので焦っていた。余りにも動じないのである疑問が浮かぶ。
「妖怪、か……!」
「正解。大人しく捕まればいいと思うわ」
男はなおも抵抗するが、その内に力が弱まり顔が青ざめていった。幽香は、諦めたと思い手を離す。すると男は尻から地面に崩れて、ガタガタと震え出した。
「お、おおお、お前は……風見幽香……!?」
「私ってそんなに有名人だったかしら……」
ふと女将の極悪非道サドスティック妖怪のフレーズが頭をよぎって、萎えてしまう。はぁ、とため息をついて男に手を差し出す。
「ほら、荷物を返しなさい」
「ひっ!!」
男の体がびくんと跳ねた。思わず幽香は手を引っ込める。
「こら、荷物返しなさいって言ってるのよ」
「お、俺の父ちゃんと母ちゃんは妖怪に殺されたんだ!お前も俺を殺しに来たんだろっ!?」
「なにバカなこと言ってるの。私はただひったくりのあんたを捕まえただけでしょう」
「やめてくれー!俺は死にたくねえ!殺されるー、殺されるーー!!」
「ちょ、ちょっと!?」
男はその場にしゃがみ込んで発狂し始めた。男が叫ぶ度に、続々とギャラリーが湧いてくる。
幽香は焦った。これでは傍から見れば完全に自分が男に手を下そうとしている様にしか見えない。逃げ出そうと思ったが、それでは誤解されたままとなり、居心地が悪い。あれよあれよとしている間に幽香は大勢に囲まれてしまう。
1人の男が幽香に近付いてくる。白い装束から見て、退魔士のようだった。
「おい妖怪よ。お前さん、ここの人里に入っていい条件忘れてんじゃねぇだろうな」
人里では力を行使しない、それが妖怪に課せられている条件だった。幽香は、微弱とはいえその力を使ってしまっている。
「だから、私はひったくりを捕まえようと!」
「嘘言うな。そいつはどこにいるんだ?」
「ほらそこに!」
幽香は下に目を落としてひったくりの男を差し出そうとした。
「あ、あれ!?どこいったのあいつ!」
ひったくりは集まって来たギャラリーに紛れて姿を消していた。
いよいよ幽香の立場は無くなる。
退魔士は眉間にしわを寄せて幽香を睨んだ。
「ったく、これだから妖怪はよぉ。平気で嘘つきやがる」
ついに状況が幽香に不利になってしまい、ギャラリーも妖怪を排斥するムード一色となる。
「来い。慧音先生の所に突き出してやる」
「ちょ、離しなさいよ!」
首根を掴んで来た退魔士の手を払う。パンッと軽い音を立てて退魔士の手は勢いよく弾かれた。互いに僅かに固まる。
「ほぉ?どうやら力尽くが好きらしいな」
退魔士のこめかみ辺りに青筋が浮き立った。普段の幽香ならこの程度のやつならものの数秒で消し炭にできる。だが、もし人里でそのような事をしてしまった場合、ただの制裁だけでは済まされないため、妖怪はただやられるだけしか選択肢がなかった。
「だったら逃げるが勝ち!」
どうせ既に誤解されたのなら逃亡するしかないと判断した。脳裏に静葉のことが浮かんだが、今はなりふり構っている暇はない。
幽香は退魔士に背中を向け、さきほどと同様に地を蹴ろうとする。
「待ちやがれ!」
退魔士は幽香の服を掴み、思いっきり引っ張る。同時に幽香は跳躍した。
ビリッ−−−
逆方向に向きあう力で幽香の服の背中が思いっきり裂ける。
幽香の思考が止まりかける。まるで目の前が真黒に塗りつぶされたような焦燥。
「くそ...が!」
ギャラリーを飛び越した。が、動揺し、着地のタイミングを見失ってしまう。
肩から地面に落ち、頭、胴、足と次々に打ちつける。やや痛みを感じるものの、それは行動の妨げにはならなかった。もっと重要なのは、背中。寒空のせいで、明らかに背中部分の布が全部剥ぎ取られていることが分かる。もしこれを見られでもしたら、焦りがさらに幽香の行動を遅めていく。
「どこかに隠すもの......!」
「幽香ちゃん......?」
後ろから掛けられた声に、完全に幽香の行動と思考がが止まった。
「静葉......!?」
買い物袋を抱えた静葉が幽香の後ろに立っている。
「幽香ちゃん、どうしたの!?」
突然ギャラリーから飛び出してきた事と、服の背中が破れていることに静葉は驚いている。
「け、怪我までしてる!」
静葉が堪らずに幽香に駆け寄る。
我に返った幽香は振り向いて両手を前に出した。
「だ、駄目!静葉、こっちに来ちゃ駄目!!」
「でも幽香ちゃん怪我してる!」
「違う!怪我なんてしてないわ!」
「だって、幽香ちゃん背中に......」
幽香は目を堅く閉じて耳を塞いだ。逃げたい。逃げたい。逃げたい、のに、静葉は知ってしまった。
「孔が空いてる......!」
そう言った瞬間、静葉の目のハイライトが失われた。
「アレ......?ワタシノセイ......?」
そして、人里が得体のしれない何かに包まれる。
「うぬぬ......妖精のくせにやりおる」
「ふふふ。妖精だからと言ってなめているからこうなるんですよ」
穣子と黒リリーは将棋盤を挟んで駒とにらめっこしていた。今の状況は黒リリーが優勢。掛けられた王手を防ぐために有能な飛車を犠牲にするしかない。
「ま、待った!」
「は、無しって自分で言ってたじゃないですか」
「おおん!」
穣子は精いっぱいに戦略をめぐらす。ここで飛車を犠牲にして反撃ののろしを、あれ、これ飛車取られたら逃げ道ないし、王動かしたら飛車取られて次の手で詰む。かくして穣子の脳内戦略会議は終わった。
「リリーさん」
「なんですか?」
「今夜は湯豆腐です」
「やったー!」
リリーが勝てば今晩の食事はリリーの大好きな湯豆腐、穣子が勝てばリリーが風呂掃除と賭けていたのだった。
「もー。黒リリーは卑怯だよー」
「勝てばいいんですよ、勝てば」
駒を集めて将棋盤をたたむ。押し入れに仕舞うために穣子が立ち上がる。が、すぐにふらりと倒れてしまった。
「穣子さん!?」
穣子は胸を押さえながら短く息を吐き続ける。苦しそうではあるが、意識はハッキリしていた。
「大丈夫ですか!?」
「あ、リ、リリー。ちょっとヤバい事に、なった、かも......」
「す、すぐに永遠亭に連れて―――」
「私、じゃなくて、お姉ちゃんの方......」
「えっ?」
「その話、詳しく聞かせてくれないかしら」
襖が開けられて声がかかる。
「レティさん!」
レティは穣子に近寄って、ゆっくりと体を支えて座らせてやった。穣子は短く吐いていた息をなんとか長く吐くようにし、呼吸を整える。額からは汗が玉のように滲んでいた。
「ダメですよ。穣子さんは苦しんでるのに!」
「ん、構わない。ごめんレティ、そのまま支えてて。しゃべるから」
「分かったわ」
穣子はレティの手に寄りかかって喋り始める。
「私が苦しんでるのは、お姉ちゃんの能力が、暴走、してるから」
「暴走......?」
「私たちは、2人で、1組の存在。季節を『生』と『死』で分けると、冬は『死』で春は『生』、夏も『生』だけど、秋だけ『生』と『死』があるのよ」
「言われれば、そうね」
「私が『生』で、お姉ちゃんが『死』よ。お姉ちゃんの『死』で奪った『生』を、私が豊穣の為に使う。それが私たちが、2人1組の存在意義」
穣子は一旦区切って大きく息を吸う。ゆっくり吐いて説明の為にきちんと呼吸を整える。レティとリリーはしゃべらずに穣子だけを見据えていた。
「お姉ちゃんあっての、私。だからお姉ちゃんの力が暴走、すると、私も苦しくなるの」
「待って。そしたら今、静葉は暴走していて、『死』をもたらしてるってこと......?」
「そう、だよ。......抑えてたんだけどなぁ」
「どうやってですか?」
「幽香の心で、ね」
「話が、読めないわ」
穣子はゆっくり目を閉じた。
「幽香がお姉ちゃんを好きな理由、聞きたい?」
幾年前、龍神の王宮。
「して、お主たちに四季シスターズの仕事をしてもらう事に決定した」
その言葉で春夏秋冬を代表する5名が四季シスターズに選ばれた。
最初は互いに険悪だった。今のように親しもうとする者は1人もおらず、こんな組合潰してしまおうと奇襲を仕掛けて殺し合ったりもした。
ある日、穣子と静葉は幽香の太陽の畑に殴りこみに行った。幽香としては四季シスターズに非干渉を決め込んでいたので、2人が煩わしかった。
幽香と、秋姉妹。妖怪と神であるにもかかわらず、力の差は歴然。幽香が圧倒的有利を誇った。
そして、幽香は穣子にスパークを食らわせ、穣子を消失させた。『生』を失った『死』はどうなるか。暴走し、『生』を生み出すために際限なく『死』をもたらし続ける。幽香の畑は半分以上が『生』を吸われ、幽香自身も危うくなる。
消えかかりそうな意識の中で怒る幽香は、静葉にゼロ距離でスパークを放った。放つと同時に、静葉の腕が幽香の胸を貫く。妖怪は任意の所に自分の精神を置く性質がある。幽香の場合、そこが胸であった。
幽香は心を奪われ、妖怪としての存在価値を奪われた。死なばもろともでその剥離した心を利用して静葉を封じる術を掛ける。結果として、静葉の暴走は止まり、幽香の心は静葉の中で結界の役割を果たすこととなった。心が消えているわけではないので幽香は死にはしなかった。加えて静葉には暴走していた記憶は無い。
その事件がきっかけで秋姉妹と風見幽香は親交を持ち、春のリリーと冬のレティも巻き込み、今に至る。
「って、わけ」
「そんなことが......幽香の胸の孔ってそれが理由で」
「知ってたんだ」
「でも、どうしてそれで幽香と静葉が好きあうのよ」
「ほら、言葉通り、心が奪われてる、じゃない」
「本当にそれが理由!?」
「と言いますか、穣子さんはどうやって復活したんですか?」
「ほら、神って、信仰あれば元に戻るし」
穣子はVサインを作って見せる。レティは不思議な生物でも見るような目で見た。
「お姉ちゃんも、幽香の心が入ってるわけだから、意識、しないわけないよね」
「でもそれって」
「そ。偽物の、感情だよ」
「だから、ですか」
リリーが神妙に考え顔をした。
「私は恋い路の春も感知します。だけど2人のやり取りを見てると、なぜか黒い方ばかりが出きてたんです。それは、偽物だからだったんですね」
穣子は一度だけ小さく頷いた。
「それで、静葉の暴走はどうやって止めるの?」
「一度起こった暴走は、抑えてるだけで、収める事は、できない。けど、幽香ならきっと、どうにか、してくれる」
「そんな不確定な!」
「私は信じてるよ。幽香を。お姉ちゃんを」
穣子はゆっくりと笑った。
幽香は激しく肩を揺らし、人間たちの前に立ち塞がっていた。幽香が立っているほんの数メートル後ろには、ドス黒い気が濛々と立ち上ってる。
「お、おい。ありゃあ一体なんだ!?」
退魔士の男がその禍々しいオーラを感じ取って後ずさりをする。あれは静葉の放つ『死』だ。
「あれに触れたら死ぬわよ」
幽香が人間たちを睨みつけて言う。先ほどまで妖力をセーブしていたが、そうはしていられない。妖怪に睨まれた人間は、肝を気色が悪いほど冷やしてその場から逃げ惑う。あれ程賑わいを見せていた市も、静葉を中心とする得体の知れない何かと、強力な妖怪のせいで誰1人として姿が無くなってしまった。
振り返った幽香と、暴走した静葉だけが向かい合う。
「いずれ来ると思っていたけれど……」
ついさっきまでの焦りは消えた。事が事となってしまったからには、腹を括るしかない。
自分の胸に手を当てる。本来あるはずの心は静葉を縛っている。だが、その心の縛りはもう効果がない。
「だったら、まずは私のそれ、返してもらおうかしら」
幽香は静葉を中心に半径5メートルほどのエリアに足を踏み入れる。ここから先が『死』の空間。
踏み入れると同時に、静葉の目がギロリと見開かれる。
「くっ……重い」
『死』を自分の妖力で払いながら進むも、その力の重さに幽香の足は鈍る。
「うぅ……」
「あー……はいはい。分かってるわ」
幽香は静葉に向かってニヒルに微笑む。
足に妖力を溜めてそれを爆発させる。5メートルの間合いは一瞬で詰められ、幽香の手は静葉の首を掴んでいた。静葉の顔が鈍痛で渋る。
「ほら、没収」
静葉の首から見えない何かを引き裂く。
「あ〝あ〝!!」
獣のような声が静葉の口から発せられ、2人の間に小爆発が起こった。
煙が立ち上がり、その中から幽香が体をひねらせて脱出してくる。華麗に着地し、慣れた動作で右手を開く。そこに傘が出現する。
「この傘も久しぶりね」
バッと勢いよく開いて柄を肩にかける。そして、彼女の孔は消えていた。
妖怪、風見幽香の堂々たる立ち姿。強いものを下し、弱いものは蹂躙する本来の姿である。傘は強きものの象徴。心が戻ったことで、傘を出すことができた。
「やっと終わったわね。偽物の好き合いごっこ」
「…………」
「嬉しい?悲しい?……ふふ、どっちでもいいけどね」
傘を閉じて先端を静葉に向ける。
「すぐに全部終わらせるから」
極太のレーザーが静葉目掛けて発射される。
静葉は右手を前に突き出す。避雷針の様に右手にレーザーが命中するが、音もなく消えてしまう。
すぐさま幽香は2発目で追撃する。今度は足元へ放たれたレーザーを静葉は後ろへステップして回避した。静葉からの攻撃は無い。
「ったく。普段もこれくらい強かったら天狗にも馬鹿にされないですむんじゃないのかしら」
余裕をかましていた幽香の足が何かに掴まれる。静葉のエリアから出現した死んだ熊の手だった。幽香の足をメキメキと骨が砕けるまで握りつぶそうとしている。
「死んだ奴が蘇ろうとしてるのは厄介ね」
熊の手を涼しい顔で踏み潰す。
静葉が預かっている『死』が次第に現れ始める。枯れた草木、胴のない虫、骨を剥き出しにした動物。『死』を得た生き物は『生』を求めて生者の幽香を取り込もうとする。
幽香は地面に傘を刺し、そこからスパークを放つ。地の硬さで直線性を失ったスパークは幽香を中心に四方へ地を割って突き進む。ジュウと音を立てて生物は蒸発した。
「グルルルルルル……」
スパークで一掃した間からすぐに他の死んだ生き物が現れる。
「キリが無いわね」
幽香に噛み付こうとした狼をなぎ払い、傘を差してくるくると回す。どんどん増える死者を見ながら考える。
『死』の範囲は先ほどよりも広がり、市全体を飲み込んでいた。あとわずかで民家へと差し掛かりそうな勢いだ。
「まったく……」
傘から手を離す。パッと傘は霧散する。
「ホント、しょうがない子なんだから」
言い終わると同時に、幽香は静葉の目の前まで一瞬で加速すると、静葉の腹を思いっきり蹴り上げた。
静葉の体が遥か高く、宙を舞う。
寺子屋の扉が勢いよく開かれる。
「慧音先生大変だ!市で風見幽香が大暴れしてる!」
「慧音ちゃん大変!市で幽香ちゃんが犯人扱いされてる!」
「ん?」
「え?」
寺子屋に入って来たのは、退魔士の男と女将だった。
女将は幽香がひったくりの男ともめている時に寺子屋に向かい、退魔士は静葉が暴走してから寺子屋へ向かった。無論、現役の男が足は速いので、ちょうどのタイミングで着いたわけだ。
「お、おおどうしたんだ?」
慧音はテストの採点を一時止めて、扉の方を向く。
「女将さんじゃないですか」
「ああ、あんたよ!幽香ちゃんを犯人扱いしたの!ええいちくしょう、こっち来なさい。しょっぴいてやるわ!」
「ど、どうした!?」
突然始まった退魔士と女将の小喧嘩に慧音は目を丸くする。とりあえず扉の前まで行って2人から事情を聴く。
「聞いてくださいよ慧音先生。あの風見幽香が暴れてて……それで秋の神様も様子が変で」
「暴れてって、幽香ちゃんがそんなことするわけ無いじゃない。それに勝手に幽香ちゃんをひったくり犯と思い込んで!」
「いやしかし、実際風見幽香が男を脅していてだな」
「だからそれがひったくり犯だって言ってるのよ!幽香ちゃんはそいつを捕まえようとしてたの!」
大柄の退魔士に小柄の女将が殴りかからん勢いで物言いしている。気に入った妖怪である幽香の身に不条理なことが起こって相当頭にきている様だった。
「ま、まあ待つんだ。風見幽香はひったくり犯だ思ったが、そうではないのだな?」
「ええそうよ!」
退魔士の男がわずかに残念そうな顔をした。慧音はそれを横目で流して、次は男から事情を聴く。
「それで、秋の神様……穣子か静葉のどちらか知らんが、様子が変だというのは?」
「え、ええ。実は風見幽香が逃げようとした時、服を破いてしまいまして。それを見た秋の神様の様子がおかしくなって。そしたらいきなり風見幽香と対峙して」
「待って!」
「どうしました、女将さん?」
「あんた、服のどこ破いたの……?」
「背中の方だったが」
女将の顔が絶望色に変わる。
「女将さん?」
慧音が肩を揺らす。女将はその手を払いのけ、退魔士の男に力任せにビンタを食らわせた。
「このウドの唐変木!」
「女将さん、それを言うならウドの大木だ!」
「いやいや、何で今殴られたんですか!?」
「幽香ちゃんの背中……そこには胸まで貫く孔が空いてるのよ」
「孔?またどうしてだ?」
「静葉様を封じるための犠牲よ。静葉様は幽香ちゃんがいなかったら、ただ『死』を振りまく悪神になってしまうって。幽香ちゃんは身を呈して静葉様を抑えていたのに……それをあんたが!!」
再び女将が退魔士に向かって手を振り上げる。慧音はその腕をがっちり掴んで抑えた。
「落ち着くんだ!」
女将の目には涙が溜まっていた。
「あんたが……妖怪に偏見なんて持ってるから……幽香ちゃんはいい子なのに」
慧音は静かにその様子を見て、退魔士は居住まいが悪く視線を下に落とす。沈黙が3人を包む。
「私も、半分妖怪だ」
慧音がぽつりと話し出す。
「だが、里の人間は私を信頼してくれている。それは、私が長年かけて信用を培ってきたからだ。この男が風見幽香に対して敵対感情を持っているのであれば、それは風見幽香が信頼に足りないということだ」
「そんな……」
「だが、もしそれが敵対感情ではなく、風見幽香を見下す態度であるとするならば、それはこの男の心が卑しいという事になる」
慧音は退魔士の前に歩み寄り、まっすぐな目で見つめる。退魔士は目を泳がせるが、すぐに下を向いた。
「俺は……職業柄、妖怪を下に見てました」
「そうか」
あっさりと答えて男の肩に手を掛ける。
「今、市は『死』で溢れているのだな?」
「え、ええ多分」
「お前が妖怪をどう思っていようと、この事件のきっかけを作ったのはお前だ。だったらお前がすべき事は分かっているだろう?」
「……止めに、行きます」
退魔士は立ち上がった。
「よし。私も行こう」
「私も行くわ!」
「女将さんは危ないからここに居てくれ」
「冗談じゃないわ!幽香ちゃんの大変な時に黙ってしていられるものですか!」
「……ふ。女将さんが惚れこむとは相当な妖怪になったものだな、風見幽香は」
「あの子の心は暖かいわ。きっとね。一回触れ合えばわかるのよ」
「だ、そうだが?」
「……今度団子を2つ頼みます。俺の分と、風見幽香の分」
3人は市へかけ出した。
幽香の蹴りによって市の空高くに舞い上がった事によって、『死』の範囲は市から離れた。すかさず幽香も飛翔して静葉に追いつく。静葉は苦痛に表情が歪んでいた。
「あーあ。静葉の可愛い顔が台無し。何なのよ、自分でも操れない『死』の力って」
静葉の突進をひらりと躱す。たとえ暴走しようとも、幽香の力の方が強かった。だが、幽香の手はガクガクと震えている。恐怖のためでも、緊張のためでもない。
プチッと軽快な音がして、幽香の額から血が流れ出る。それを合図にするように、腕からも足からも血が噴き出す。体を離れた血は重力に則る事なく、『死』によってかき消される。
幽香の体は限界だった。通常なら生物が生きる事のできない空間にしばらく浸かっていただけでなく、それを極力打ち消すために多大な妖力を費やした。あとスパークを一発打てるかどうかの妖力さえ残っていない。
「あらら。限界ね」
表情だけは涼しかった。何かを覚悟して。
「じゃ、これで最後」
幽香は静葉を手招きする。挑発に乗るように静葉は一層の『死』を纏い、幽香に向かって加速する。
黒い光が幽香に激突した。
静葉の頭が幽香の胸に衝突し、ギシギシと骨の耐久値が削れていく。
幽香は最後の妖力を用いて、腕を静葉に巻きつける。
「あなたは最初から最後まで私を困らせてばっかり」
静葉が暴れる。だけれど、その腕は解けない。
「というか、最初に私を殺しにかかってくる時点でもう大迷惑」
妖力が空となり、自力で守ることが出来なくなった体が『死』によって図黒く変色してく。
「だから、だからね、私がそれ、収めてあげるから……もうみんなに迷惑かけちゃダメよ?」
満開の笑顔が幽香に咲いた。
「じゃあね。静葉」
幽香の体が崩れ始める。崩れた体は光となって、徐々に静葉の体の中に吸収されていく。
「ああ……!!」
『死』が霧散した。
風見幽香の決心。それは、自分の全てで静葉の暴走を収めることだった。騙し騙し、心の術式で抑えることが限界であることは知っていた。だから、次は幽香の体も精神も全て用いることにした。暴走を抑えるのではなく、完全に消沈させるために。
だんだんと幽香の視界が暗くなっていくのを感じる。静葉は急に『死』を鎮められて、不安そうな表情で浮いていた。
静葉……もう口も動かせれないけど、伝えるわ
私は、あなたが……好きだった
心を取られてたからじゃなくてね
だって大和撫子だし、ふふ
本当なら、あなたともっといたかった
でも、偽物でもあなたと好き合った日々は楽しかったわ
……四季シスターズを途中で辞めてごめんなさい
みんなを……よろし、く……ね
……そろそろ……眠たくなって……きたわ
……暗い、のに…………明るい
…………ああ、静葉…………
…………愛して……る……………
お、おいこっちだ!
急いで運ぶぞ!
せーの!
ん、なんだこれ?ひまわり?
冬なのにどうして?
構ってる暇はない。急ぐんだ!
古臭い時計が静かに空気を震わせている。同じ空気には甘い香りが漂っていた。
嗅いだことがあるその匂い。匂いとともに、陽気な声と、愛おしい声が聞こえる。
「夢……」
「じゃ、ないよ」
「……?」
「ふふ。おはよう。お寝坊さんの幽香ちゃん」
「静、葉?」
「うん」
「静葉っ!!」
ゴンッ
「「おおおぉぉぉ……」」
「何してるのよー」
その痛みで分かる。
「私、生きてる……」
風見幽香は生きていた。五体満足で、意識明瞭で、精神健常で。全くもって信じられなかった。生きていることよりも、今目の前に静葉がいる事が。
「どうして?」
「どうしてでも、私は幽香ちゃんの前にちゃんといるよ。そして、私の前にはちゃんと幽香ちゃんがいるよ」
「そう」
幽香は布団にパタリと倒れこんだ。
「ちょっと幽香ちゃん。こっちも振り向いてよ」
頭上から声がかかる。顎をあげて後ろを見てみると、女将がいた。
「もしかして、団子屋?」
「そうよ。幽香ちゃん、ボロボロだったからうちに運んだの。あ、宿代とかは取らないから安心してね!」
「あ、ありがとう」
女将は幽香の無事をきちんと確認すると、ウィンクして部屋から出て階段を下った。
まだ幽香の心の整理は付いていない。意識ははっきりしているが、頭の回転がうまく効かなかった。
静葉はそんな幽香の頭を優しく撫でる。
「全部聞いたよ。幽香ちゃん、助けてくれてありがとう」
「静葉は助かったのよね?」
「うん」
「でも私は生きてるのよね?」
「うん」
「私は命を掛けたのに?」
「うん。奇跡が起こったんじゃないかな?」
「適当ね」
「適当でいいんだよ。幽香ちゃんが生きてれば」
幽香はゆっくり目を閉じた。自然と笑みがこぼれてくる。
あの時、命を捨てたつもりでいた。なのにその命が返却されて自分の元に戻ってきている。自分は、静葉の隣に居ていいのだろうか、幽香は静葉に尋ねた。
「静葉、元気?」
「?元気だよ」
「私のこと、好き?」
「大好きだよ」
「本当に?」
「幽香ちゃんは、私のこと嫌いなの……?」
「まさか!」
うるうると瞳に涙を溜めた静葉を見て、高速でそれを否定した。
「でも、静葉は私の心が混じる前は、私を殺したいほど憎そうにしてたじゃない」
「あ、えーっと……実はあの時から気になってたりしてて」
静葉は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「私もあの時はヒステリックだったから、気になる相手ほどつっかかってて……ああ、もう恥ずかしいよ幽香ちゃん」
手を組んでもじもじとしている静葉に、幽香の心拍数はどんどん上がる。
「えっと、つまり……」
「これからは、本当のこ、こ、こ……恋人どうしになれる、ね?」
ぶしゃ
「あ、ゆ、幽香ちゃん!鼻血が!」
「え?」
「怪我がまだ治ってない!だ、誰かー!」
「私と、静葉は恋人……」
ぶしゃー
「きゃあああ!!幽香ちゃーーーーーーん!!」
下の階からリリーの元気な春の声が聞こえた。
−風見幽香は死ななかった
−そうですね
−なぜだと思う?
−さあ。私に聞かれましても
−夏がね、彼女を生かそうとしたんだ
−夏がですか?
−彼女は季節にとって重要なものとなる。だから結果的に風見幽香は死ななかった
−そうですね
−……君、興味ないでしょ?
−いいえ。すごく興味深いですね
−あぁ、うん。もういいや
△Epilogue▼太陽△
人里の茶屋。そこには陽気な妖怪好きの女将がいる。今日はそんな女将の待ちに待った日だった。
「うぅ~やっぱり緊張するわ」
「ほら、頑張って。私も一緒に謝らないといけないから」
幽香と静葉は今回、人里に多大な迷惑を掛けたという事で謝罪会見を開く事にした。会場は茶屋。外はすでに人間でいっぱいの様だった。
「お姉ちゃん、綺麗だよ」
「いや結婚式じゃないわよ穣子」
「あれ、違うの?」
「レティまで!」
「ほらー準備できたら下降りてきなさーい」
女将がやけにニヤニヤしながら静葉と幽香を呼ぶ。
「じゃ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃーい」
階段を降りながら幽香は静葉の手を少しだけ握った。自分が今ここにいる事を確かめるために。専らはただ静葉に触れたいという親父染みた本能だが。静葉の方もぎゅっと握る。少しだけ2人の頬が緩む。
「皆さん、お待たせしまし……」
「うおー風見幽香だ!輝いているぞ!輝いているぞ!」
「踏んでくれー!」
「静葉さまー!お美しゅうございますー!」
「見えた!」
「何が!?」
大歓声。唖然とする2人。笑う女将。
「オイ、女将サン、ナニヲシタ?」
幽香が女将の肩を掴んでギチギチと音を立てる。
「ああん!痛いわよー」
「だから何をしたのよ!?」
「いやね、ちょっとばかり幽香ちゃんと静葉様のお話をみんなにしてあげたのよ」
「どんな話を?」
「レティちゃんと穣子ちゃんから聞いた話。うふふなやつね」
「あんの野郎共おお!話でっち上げたわねえええええ!!」
傘の標準を店の中に向けた幽香を静葉が羽交い締めにして抑える。
「ダメだよ幽香ちゃん!レティさんと穣子ちゃんは野郎じゃない!」
「そっち!?せめて静葉には『撃っちゃダメ』とか言って欲しかったわ!」
「おぉ、熱い熱い」
「あなたも変な事いうから!」
「大丈夫よ。ちゃんとそれ以外の幽香ちゃんの良いところ、悪いところ全部言ってやったわ。それでもあなたを良い方に捉えてくれた人がこんなにいるのよ。よかったよかった」
「そ、そうなの……でもあなたは楽しんでるのね、こんちくしょー!」
耳を真っ赤にして幽香は大衆の方へ振り返った。
静葉と並んで頭を下げる。
「この度は−−−−」
「風見幽香、話がある」
会見が終わり、後片付けの手伝いをして居た幽香に退魔士の男が近づいてきた。幽香は若干身を引く。
「そう身構えないで欲しい」
「あらそう?てっきり私を倒しにきたのかと」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ……」
退魔士は幽香と張り合った時とは違う雰囲気を見せていた。どことなく弱々しい。
「あ、ああ女将さん。団子2つ」
「あいよ!」
即効で団子が出てくる。またもニヤけている女将に退魔士は目で必死に抵抗しているようだった。
それから幽香に団子を差し出した。
「1つ、どうだ?」
「頂くわ」
2人は縁側に腰掛け、団子を頬張る。
退魔士は幽香が団子を食べ終わるのを図って喋り出した。
「まずはお前に謝りたい。すまなかった」
頭を深々と下げる。
そんな彼の頭に幽香は団子の串を思いっきり刺した。
「おおお!?」
「これでお相子。どう?シンプルでいいでしょ?」
「いたたた……それで気が済んでくれるのであれば」
退魔士は串を抜こうとするが、抜けなかった。悪戦苦闘する退魔士を見て幽香がくすくすと笑う。
「それ、簡単には抜けないように刺したの。竹林の医者なら取れると思うから、そこに行くまでそのままね。不利な状態で戦う修行よ、修行」
「そ、そうか」
「いやいや。そこは怒りなさいよ」
「う、うむ」
やけに歯切れの悪い退魔士に幽香は眉をひそめる。もしかして何か企んでいるのか。
「その……あれだ。聞いて欲しい」
「ええ」
「風見幽香は……俺にとって太陽だ」
「ふーん……は?」
「俺だけじゃない。里の奴らにとってだ。なんたって死の危険から俺たちを守ってくれたわけだからな」
「だからそんな大層なことはしてないって」
「いや。俺の妖怪への偏見を無くしてくれた。感謝している」
「退魔士が言う言葉じゃ無いわよね?」
退魔士は一旦黙ると、よし、と言って自ら頬を叩いた。
「風見幽香!」
「な、なに?」
「風見幽香は静葉様を愛しているけれど、俺は諦めるつもりはないから!そこのところはよろしく頼む!」
「何が!?」
退魔士はそう言うと一目散に逃げるように去って行った。残された幽香は理解不能の顔をしていた。もしかしたらこれは告白というやつかもしれない。理解し出した時、物陰から幽香を見つめるものが。
「パルスィ……!」
「静葉っ!?」
「へー、ふーん」
「ち、違うのよ静葉!これは向こう側から!」
「ウン。ワタシシンジテルワ」
「こっち見て!せめてこっち見て静葉!」
「じゃあ振り向くからキスしてくれる?」
「え!?」
「ワタシシンジテルワ」
「分かった!分かったわ静葉!女幽香、腹を括るわ!」
幽香は荒ぶった呼吸を深呼吸で鎮め、リップを取り出して急いで塗り直す。
「どんと来なさい!」
「じゃあ行くよ」
静葉はくるりと振り返った。
太陽が、咲いた。
〈了〉
あと慧音のセリフより、誤字報告を
>風見幽香はひったくり犯だ思ったが、
風見幽香“が”ひったくり犯だ“と”思ったが、 でしょうか?
次回期待します
続編、楽しみにしてます!
が、ちょっと急展開すぎる希ガス
幽香の秘密暴露が突然で置いていかれた
もっと長くして伏線張りまくってもいいと思う