Coolier - 新生・東方創想話

地底から見上げる空

2012/11/27 00:10:45
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 私たちの世界には空が無い。
 頭の上を見上げても、見えるのは無機質な岩肌だけ。
 地上にあるような表情豊かな空は無い。
 ――だけど、私は知っている。
 他のみんなには見えなくても、
 この地底にだって空があることを。
 ゴツゴツした岩肌に、こうやって耳を当ててみると、
 空の声が聴こえるのがわかる。
 
 
 
 春の空は賑やかだ。
 雪解けの水が流れ出し、地下にしっとり雨を滲ませる。
 それらはやがて川となって、いつか地上に現れるまで廻り続ける。
 冬の寒さを耐えた木々や、新しく芽吹く草花は、
 ようやく出番が来たと自分を飾りはじめる。
 彼らの何本もの足は、調子に乗って空から突き抜けることがあって、
 私がそんな足を突っつくと、彼らは温い肌で応えてくれる。
 眠っていた動物たちや昆虫たちも働き出す。
 目覚めたばかりの彼らの足取りは、腹ペコと眠気で覚束なくて、
 ひょろひょろ、ぴょこぴょこと、頼りない足音となって聴こえてくる。
 私は、そんな暖かな賑わいを感じながら、春の空を知る。
 
 
 
 梅雨の空は元気一杯だ。
 たくさんの雨が大地にノックする。
 とんとん、とんとん。
 とんとん、とんとん、と。
 彼らは私にこう訊いてくる。
 『もしもし。お前はまだ生きていますか。この音が聞こえますか』
 すると私はこう答える。
 『はい聞こえます。どうやら私はまだ生きている様です』
 私はここで雨と会話することが出来るのだ。
 だけども、降る雨はとても気紛れで、
 何かを生かすこともあれば、何かを奪うこともある。
 その沙汰は誰も与り知れぬところにあって、
 気まぐれな雨を知り尽くすことは、私にも出来ない。
 私は、そんな気ままな雨と語らいながら、梅雨の空を知る。
 
 
 
 夏の空は別れと出会い。
 お爺さんになった蝉たちや、大人になりたい虫たちが、
 本当の空に羽ばたいてしまう。
 飛んでいった彼らがどうなったのか、私には分からないけれど、
 彼らは自分の子供たちをここに連れて来てくれる。
 そして、それらの中のいくつかは、
 空に飛んでいった彼らのように、また空を目指すのだ。
 活発になった動物たちは、すばしこい獲物をぱくりと食べる。
 可愛がっていた小鳥の声が、蛇に食べられてしまった時は悲しいけれど、
 彼らもまた新しい命を繋ぐために、
 他の何かを犠牲にしていることを、私は何となく気付いている。
 私は、そんな別れの寂しさと出会いの予感を感じながら、夏の空を知る。
 
 
 
 秋の空は大忙し。
 夏の暑さで太った空が、少し締まって広くなる。
 冬に備える生き物たちは、その空の上で穴を掘る。
 がりがり、ごりごり、
 ごりごり、がりがり、と。
 冬に備えていっぱい食べて、寝床の準備をしているのだ。
 だから、彼らいつも忙しそうに動きまわっている。
 秋の植物たちは、誰かに食べて貰うために美味しい果実を作る。
 でも食べるのは本当の空を知る者で、私じゃないのがちょっと悔しい。
 だけど私は知っている。
 食べた後に出る臭いアレの中に、
 新しい植物の種が、芽吹く時をじっと待っていることを。
 私は、追い立てられるように忙しい彼らの営みから、秋の空を知る。
 
 
 
 冬の空は死んでしまったよう。
 動物たちは冬眠をはじめて、近くにいるのにお話しできない。
 でも、固まった空でも植物たちは生きている。
 冷たく静かな岩肌に手を当てると、
 小さく可愛らしい草花の根が、震えながら耐えているのがわかる。
 逆に、大きな根を持つ木々たちは、どんなもんだと踏ん張っている。
 そんな空でものんびり屋のモグラたちだけは元気で、
 たまに私の処へ遊びに来てくれる。
 あるモグラのお爺さんは言う。
 『こんにちわ。お嬢さん。いいミミズが入ったんだ。いっしょに食べるかい?』
 私はやんわりと断りながら、死体の肉が余ってないか訊いてみる。
 私は、死んだような寒空の音に触れながら、冬の空を知る。
 
 
 
 ほかにも私は、いろんな空を知っている。
 もっともっと、いろんな空を聴いている。
 いろんな季節を。
 いろんな天気を。
 いろんな色彩を。
 いろんな息吹を。
 誰も知らない地底の空を、私だけは知っている。
 だから――、 
 たとえ誰も見なくても、
 たとえ誰も聴かなくても、
 私が空を忘れなければ、
 地底の空は私たちの上に在り続けてくれると、
 そう思うのだ。
 
 
 
 
 
 
 地底の天井に触れる一羽のカラスがいた。その下には彼女を見る者がある。彼女たちは呆れと微笑ましさを覚えながら、カラスの行動を静かに見守っていた。
 カラスは彼女たちの視線に気付くことなく、楽しそうに天井を撫でている。
 
「まったく、お空ったらまたあんな処に」
 
 彼女たちの一人が漏らした。少し呆れつつも仕方がないなといった風の響きだった。
 もう一人の彼女にもそれは伝わっているらしく、彼女は目を細めながら頷いた。
 
「いいんじゃないですか。お空は、地底の“太陽”なんですから」
 
 彼女たちは、天井にある空に向かって、大きく手を振った。それを見つけた空は弾けるように笑う。そうして空もまた、彼女たちに向かって大きく手を振った。
 
 
 
 地霊殿の天井は無機質な岩肌で占められている。
 そこには地上にあるような、目に見える空はない。
 だが彼女たちは、見上げる向こうに空があることを、とうの昔に知っていた。
  
 
 
 
 
 
読了、ありがとうございました。
みすゞ
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コメント



0.550簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
枕草子のような、きれいなお話でした
4.80奇声を発する程度の能力削除
全体的に読みやすく綺麗でした
8.100名前が無い程度の能力削除
優しい気持ちになれた
9.100名前が無い程度の能力削除
穏やかで詩的なお話でした。
空は太陽で、太陽は空に昇る、というとなんだか言葉遊びめいてますねw
11.70名前が無い程度の能力削除
いいですね。
14.無評価みすゞ削除
作者です。
コメント、有難うございます。
15.100名前が無い程度の能力削除
ほっこりしました
19.100名前が無い程度の能力削除
きれいにまとまってる。読んだあとに心になにかやさしいものが残る、そんなお話でした。
20.100名前が無い程度の能力削除
他の方が仰るように、綺麗なお話でした。
そして素敵な空。