「はぁ…はぁ…」
レミィの息が荒い。
額から汗がだらだらと滝のように流れている。
出来るなら今すぐ抱きしめてあげたい。
でも、今はダメ。
だって、レミィの為なんだから。
「まだ四時間しか経ってないわよ!あと一時間!」
永琳の容赦のない叫びがレミィの体を殴る。
やっぱり永琳に頼んで良かった。
私なら今みたいなレミィの苦しい顔を見たら止めたくなっちゃうから。
永琳なら私みたいに私情を挟むことはない。
目的の為に自分を殺すことが出来る。
「はぁ…ふぅ…」
レミィの出してるオーラが薄くなっていく。
今日はここまでかしら…。
「はぁ…く、そっ…」
とても悔しそうに顔を歪ませる。
しかし、無情にもついにレミィの体は地面へと落ちた。
「レミィ!」
私は地面へと倒れたレミィの体を抱き起こす。
レミィの体は全身汗まみれだが気にしない。
衣服が汚れることも関係ない。
私にはレミィが何よりも大事だから。
レミィは気絶しているようだった。
目を瞑って体をぐったりさせている。
いつも思うけれど大丈夫なのかしら…。
「魔力を使い果たしただけですから大丈夫ですよ、姫」
「…永琳」
永琳の凛とした声が背後から聞こえる。
さすが永琳ね。
どんな時も冷静だわ。
だから私は完全な信頼を永琳に置ける。
「今日の特訓は終わりってことで良いわね?」
「ええ、勿論です。私がレミリアを永遠亭へと運びましょう」
「ううん、私に任せてくれないかしら」
私は体勢を変え、レミィの体を背中へと背負う。
姫がやるような格好ではない気がするけど気にしない。
永琳も少し苦笑しただけで何も言わないでくれる。
私だってレミィの為になにかやりたいんだから。
さてと、永遠亭でレミィを休ませてあげなきゃね。
私はそんなことを考えながら、永遠亭へと歩を進めた。
「これでよし、と…」
私はレミィの身体を布団に横たわらせると一息つく。
後はレミィが目を覚ますのを待つだけね。
それまでゆっくりしてましょうか。
しばしレミィの顔を眺めてみる。
可愛らしい寝顔ね…。
なでてあげたくなる衝動をぐっと我慢する。
今はレミィを休ませることが最優先だものね。
何故こんなことをしているのかというと。
先日、レミィが私に言ったのだ。
自分はもっと強くなりたい、と。
誰にも負けないように、と。
そう言われたら私は黙っていられなかった。
私もレミィに強くなって欲しかったから。
私よりも、誰よりも。
先程まで行っていたのがその特訓だ。
レミィの全力の魔力を放出したままの状態を五時間続ける。
いかなるレミィでもさすがに体に堪えたようだった。
何故魔力を全力で出し続けることが特訓になるのか。
それは、以前にも言ったレミィの欠点の話にも繋がってくる。
レミィの本当の欠点。
それは、レミィは今まで全力で戦ったことがないということだ。
恐らく、幻想郷で八雲紫と戦うまでは互角以上の相手と戦ったことがなかったのだろう。
さらに、レミィ自身はプライドも高い。
本気を出さずとも勝てる、体がそう思い込んでいるのだろう。
それはレミィに全力を出させなくする、一つの大きなウィークポイント。
つまり、レミィは全力での戦い方を知らないのだ。
格上相手にも本気を出すことが出来ない。
だから綿月姉妹にもあっさり負けてしまうのだ。
まずはレミィの全力をレミィ自身の体に覚えさせなければいけない。
私達がレミィに課した課題はそれだった。
まあ、元は永琳の提案だったのだけど。
それが魔力の全力全開の持続の目的だった。
全力に慣れていないならば、慣れさせればいい。
荒療治ではあったけれど、最も効果的な手段だと私も思った。
体が慣れてくれば持久力も付いてくる。
持久力が付いてくればレミィもそれだけ全力を出し切れる。
全力を出し切れるということは、即ちレミィは強くなるということだ。
初めは一時間も保たなかった。
一日中弾幕ごっこを続けられるレミィが、よ?
私が感じたのは落胆?
いいえ、違う。
私が感じたのはレミィの潜在能力の素晴らしさ。
レミィの本気を間近で見て、私が本能的に感じたのは恐怖…そして歓喜。
今の実力を出し切るだけでも相当強くなるわ。
どんなに素晴らしいのかしら、この子は。
これならいずれ私を満足させてくれるでしょう。
ふふ、楽しみね。
いつその日が来てくれるのかしら。
思わず空想に明け暮れてしまいそうね。
「ん…」
あら?
レミィが弱々しそうに眼を開ける。
疲れているのか顔色が良くない。
いくら吸血鬼と言えども…仕方ないわよね。
「かぐや…?」
「少し休みなさい、レミィ。今の貴方には休息が必要よ」
私はレミィの頭をそっと撫でる。
体を壊しても元も子もない物。
まあ、レミィの身体は簡単に壊れないでしょうけれど。
私はレミィに無理をして欲しくないから。
「かぐや…」
「レミィ?」
レミィの頬に一筋の道が出来る。
涙。
レミィが涙を流したのだ。
私は心の中で少し慌てる。
あのレミィが涙を流すなんて。
一体何があったのかしら。
「どうしたの?私の姿を見て安心したのかしら?」
私は冗談めかして楽しげに言う。
勿論、今の涙がそのような意味であるとは思わなかったけど。
…もし、そうであってくれたなら本当に嬉しいけれど。
「レミィには私が付いてるから、ね?」
私はレミィの小さな手を両手で握る。
元気づけるように。
暖めるかのように。
優しく。
それでもレミィの表情が晴れることはなかった。
目は虚ろなまま。
どこか虚空を見ているかのよう。
レミィはしばらくその状態を続けていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「…夢を見たんだ」
夢。
有意識と無意識の狭間にあるモノ。
かつての私も頻繁に夢を見ていた。
現実が…少し辛かったから。
今は現実の方が楽しいけどねっ!
「どんな夢を見たの?」
私はレミィの頭をなでながら聞く。
個人的には夢なんて気にすることじゃないと思う。
目が覚めてしまえば消えるものなのだから。
だけど、何故だろう。
悲しそうなレミィがとても気になったのだ。
どうして夢なんかでそこまで悲しそうな表情を見せるのか。
「…」
私の問いにレミィは答えない。
私の顔を虚ろな瞳で見つめたまま。
見つめてくれるのは嬉しいけど、そんな悲しい顔しないでくれると嬉しいかしら。
「…私と輝夜が…」
「私とレミィが?」
楽しくお茶会でもしていたら嬉しいわね。
勿論、そんな良い内容ではなさそうだけれど。
「…なんでもない」
「…レミィ?」
そう言ってレミィは眼を閉じた。
寝るつもりみたい、ね。
「…おやすみ、レミィ」
ゆっくり休んで。
そして強くなって。
貴方の為に、私の為に。
そう考えながら、私はレミィの元を離れた。
輝夜が離れると私は再び目を開ける。
先程の光景が目に焼き付いて離れない。
私と輝夜が戦っていたヴィジョン。
何故戦っていたのかはわからない。
しかし、そのヴィジョンの中の私はそのことを疑問に思わない。
まるで、それが運命であることを受け入れているかのように。
そして、私は輝夜の手によって体を貫かれた。
次のヴィジョンに移る。
私が永遠亭の一室に閉じ込められたヴィジョン。
ヴィジョンの中の私はどこか諦めてしまったかのような。
…私が私でなくなっているような、そんな感覚であった。
最後のヴィジョンに移る。
肉片となった私の身体を輝夜が抱きしめるヴィジョン。
床に散らばった肉片が私の物である、ということは何故か理解していた。
私は輝夜の手によってこうなってしまったのか。
それすらもわからなかった。
ただ、抱き続ける輝夜を見て…とても悲しかった。
あれはただの夢なのか。
それとも私の能力が見せた私達の運命なのか。
前者であるならばそれでいい。
しかし、後者であるならば…。
…私はどこか後者であるという確信を感じていた。
根拠は具体的に言い難いものであったが。
「運命を操る能力…か」
それを自由自在に制御することが出来れば。
もしあれが私の能力で見せた私達の運命だったとしても。
きっと乗り越えることが出来る。
「もっと強くなろう…」
従者達の為に。
輝夜の為に。
そして、私自身の為に。
私はそう胸に誓った。
待ってまーす