東方参人組
一人目は、これで良かったのだ、と言って消えた。
二人目は、仕方がなかったのだ、と言って消えた。
三人目は、の消滅、を、み、そして―、
が―
を―
残す―
に―
第一の幻想入り
???の視点
闇。
目をつぶっているからだ。
目を開けると広く青い空が広がっている。僕は寝ていたようだ。そして強い芳香が鼻をつく。あたりを見るとそこは一面鈴蘭の花畑であった。どれも満開であり、花がゆらゆらと風に揺られている。しかも、 見渡す限り……とはいかないが、かなり広い範囲で鈴蘭畑が広がっているのだった。
「だれ? あなた。」
突然後ろから声がした。振り向くと、そこには女の子が立っている。少しウェーブのかかった金髪のショートヘアに大きな赤いリボンをつけた、ゴスロリチックな衣装がよく似合う人形のような子だ。
「僕かい? 僕は、僕は?」
おかしい、何も思い出せない。自分に関する知識が全くないのだ。何か思い出そうとしても漢字や簡単な英単語、四字熟語、東京タワーの高さ、円高情勢、3・11、日本史、世界史、円周率などなど。一般常識と呼ばれる知識しか思いつかない。
返答に窮していると再び声をかけられた、
「人間? 」
「それはたぶん、そうなんだと思う。」
自分には両手両足と、顔があることを確認し言った。その時に自分は杖―それも金剛杖―を持っていること、緑の服を着ていることにも気づいた。だが、それらをどう入手したのかの記憶はない。
「そう、人間。」
「ああ、そのはずだ。」
「なら、ここに来たことを後悔するのね! 」
「?」
「ここは人間の都合で捨てられたものがたくさんある場所。そして私も捨てられたわ。だから人間を憎いのよ!」
突如として目の前の少女から毒々しい紫色の気体が噴き出てくる。危険を感じた僕はとっさに後ろへと一回、二回跳んで少女と距離をとる。
「コンパロ~、コンパロ~、私の縄張りに入り込んだ愚かな人間! スーさんの毒、とくと味わうと良い!」
そういうと、彼女は一枚の札をとりだした。
「毒符『ポイズンブレス』!」
すると先ほどとは比べ物にならない紫の気体が吹き出し、さらに一発一発赤や黄、緑、紫などの色のついた弾が高速にばら撒かれ始める。その弾たちによる幕は―そう、「弾幕」と呼ぶにふさわしい―それは、毒々しく、しかし華麗に空間を彩っていく。その美しくもただならぬ弾幕は、当たればタダで済みそうにないと僕に思わせる。
「やめてくれ! 一体なんだっていうんだ!」
「ただ人間が憎いだけよ、止めたければ私の弾幕を破ってみなさい!」
少女はふわりと宙に浮き、さらに弾幕を放って空間を制圧していく。逃がすつもりはないらしい、戦うしか無いようだ。覚悟を決めて「弾幕」に突っ込んでゆく。僕にある武器は杖のみ、接近して戦うしかない。しかし、紫の気体は神経毒なのか、触れるだけで体をしびれさせ、動きを鈍らせる。しかも弾幕は彼女を中心に放たれているので、遠のけば弾と弾の隙間が広がり躱しやすいが、近づけば弾と弾が重なり合うようになって密度が上がり、非常に避けにくいのだ。
近づかなければ攻撃できないこちらの分が悪い、が、やられるつもりはなかった。
メディスン・メランコリーの視点
「コンパロ~、コンパロ~、スーさんやっちゃって!」
緑の人間はひたすら私の弾幕を遠くでよけ続けていた。巫女や魔法使い、永琳とかいうやつのように、飛んだり弾幕を撃ったりできないらしい。かといって手加減するつもりはない。私に気付かれず唐突にこの丘に現れた人間だ。何をしに来たかわからないが、忍び込んでくる奴にろくな人間、もとい妖怪はいない。
私の弾幕に慣れてきたのか、緑の男はだんだん近寄ってきた。しかし、一丈(約3メートル)ほどからは弾幕に阻まれ近寄れないようだ。そこで私は弾幕の壁で彼を巻き込もうとら接近する。
「これで終わりね!」
勝利を確信した私はそう叫んだ。だが、緑男はまだあきらめていなかった。
「まだだ!」
そういうと緑の男はローブをぬぎ、こちらへと投げつけてきた。ローブは私から発する毒を遮りつつ飛んでくる。
「わぶ。」
ひらりと舞ったローブは、私に覆いかぶさり視界を奪い、さらに毒の放出を遮蔽した。すぐローブを振りほどくが、その一瞬で緑男は私の視界から消えていた。
「それっ!」
真後ろから声がした。咄嗟に振り向く、だが遅い。男はすでに杖を振りかぶっている。
(やられる―、)
私は目をつぶった。そして―、
「ふー、やっぱ無理。」
そんな声とともに、ゆっくり振り下ろした杖で頭を、こつんっ、と小突かれた。そしてなでてくる。
目を開けて男の様子を見ると、苦笑しながらこういってきた。
「うーん、僕は荒っぽいのが苦手なようだなぁ。とりあえず、自己紹介でもしないか?」
私は彼の提案に、うなずいていた。
???の視点
何とか少女との戦いを終わらすことができた。そして今は丘に座り、その少女と話している。
「へえ、あなた何にも覚えてないの。」
「ああ、気付いたらここにいた。でもこの花が鈴蘭だって分かったり、今僕が話してる言葉が日本語だって分かったりしているから、自分のことだけを忘れているみたいだ。」
「ずいぶん都合のいい記憶喪失なのね~。」
「否定は出来ないのが心苦しいね、信じてもらうしかないな。」
「この私に人間を信じろなんて、面白いこと言うね。」
ころころと笑いながら少女は言った。
「そういえば、さっきから人間、人間って言ってるけど、君は人間じゃないのか?」
まあ、毒を吹きだしたり、弾を撃ったり、おまけに小さな人形を近くに侍らせているのだから、只者ではないだろう。
「そうよ、私は小さなスウィート・ポイズン、メディスン・メランコリー。毒を操る程度の捨て人形よ。私は私を捨てた人間を憎んでいるわ。」
「なるほど、道理で襲われたわけだ。」
「あら、怖がらないの?」
「ん? ああ、どうなんだろうか。怖いけど、怖くないんだよ。」
「?」
「うーん、なんといえばいいのだろう。記憶がないからかなぁ。」
「貴方色々とおかしいわね、医者に診てもらう?」
「え?」
「知り合いに医者がいるの。難しいことばかり言うけど、腕は確かよ。」
「それ、人間が患者でも大丈夫なのか?」
「うん、その人は人間だもの。」
「そーなのか。」
「じゃあいきましょ、案内するわ。」
「ああ、ありがとう。」
そして、立ち上がる。
その瞬間、
「あ、れ?」
視界に猛烈なモザイクがかかり、全身から力が抜けていく。立ちくらみかと思ったが、そうじゃない。意識もどんどん薄れていく。メディスンから声がかかる。
「大丈夫?」
「あ、が。」
大丈夫、と言おうとしても口が動かない。足がもつれ、倒れてしまった。
「ちょ、ちょっと。何してるの?」
「う、ぐ、あ。」
何とか、立とう、として、僕は、……。
メディスン・メランコリーの視点
緑男は倒れた。なんだかわからないけど調子が悪そうだ。―いや、ちがう。この症状は毒だ。しかもスーさんの―。
「!」
私はすぐさま毒を遠のけ無毒な空間を作る。そして彼の手を調べた。
「馬鹿な人間。」
やはりその手は、私を撫でた手はひどく爛れていた。それだけでは無い。この一面毒に侵された空間に居座り続けたのだ、こうならない方がおかしい。
なぜ隠したのだろうか? 分からない。ただ、私の毒のせいで死に瀕していることが分かった。それを隠したかったのだろうか? 分からない。・・・なぜだか、このまま死なせるのが不愉快だった。
「その感覚、正解よ。」
「!」
唐突に、そう―、本当に唐突に、彼女―風見 幽香は現れた。花のような優雅な傘を差し、こちらに歩み寄ってくる。
「どういうこと?」
「あなたのその感覚は、あなたを動かす毒―鈴蘭の意思よ。優しい彼を苛めたくないようね。」
そういって幽香はスーさんたちを見まわした。
「どういうこと?」
「見ればわかるわ。」
私はスーさんたちを見まわす。満開でみんな元気だ。
―満開で、みんな元気なのだ。
「っ!」
そして気づいた、さっきまでそこで戦っていたのに、みんな元気だということに。踏み倒されたり、千切れたりしたスーさんがいないことに。彼を見た、彼は地面に倒れていたが、鈴蘭を避けて倒れていた。偶然で説明は出来ない。彼はスーさんたちを傷つけずに戦い、そして倒れたのだ。
「そういうことよ。」
私は焦った。
彼はこのままでは死んでしまう。しかしそれはスーさんの望む事ではないと、私を動かす毒が伝えている。もちろんその力で動く私も同じ思いだ。彼の行動からは花を、自然を愛する気持ちがありありと伝わってきていたのだった。
「全く、人間てのは! 毒は除けるけど、侵された神経まで元に戻せない、もう手遅れだわ。」
「そのために私が来たのよ。この鈴蘭たちに呼ばれてね。」
そういうと幽香は傘を閉じ、彼をひょいと抱えた。
「永遠亭で待ってるわ。あなたもちゃんと後で来るのよ。」
「え?」
そう言い残すと、彼女はゆっくりと上昇していった。
「あの魔法使いのまねをすることになるとはね・・・。」
そういうと彼女は傘を畳み、それをゆっくりと持ち上げて、虚空へ向けて極太レーザーを放った。
「ブォオオオオオオオオオ!」
強力無比なレーザーは、白く眩い閃光と壮絶な音をたてる。そして幽香はその勢いを推進力にし、高速で竹林へ飛んで行った。
「すごい勢い・・・。」
私にあんな真似は出来ない。すぐに私も飛び、後に続く。いつもはおっかなびっくり鈴蘭畑から外へ出て行くのだが、今日は違った。
???の視点
闇。
当たり前だ。目をつぶっているからだ。
目を開けるとそこには木目の天井があった。どうやら僕は寝ていたようだ。そして、病院や薬局などでする独特のにおいがする。体を起こそうとすると、そっと胸に手を置かれ、止められる。そうしたのは、若干ウェーブのかかった緑髪のショートヘアの少女だった。真っ白なブラウスの上に、真っ赤なチェック模様のチョッキを着ており、明るい雰囲気の服がよく似合う。何故かどことなく太陽と花を想起させ、この薬臭いところに彼女はは似つかわしくなく感じた。
「まだ、起きないほうがいいわ。そこの彼女を起こさないためにもね。」
そういって彼女は顎で僕の横を差した。見るとメディスンが僕の手を握ったまま、座布団に頭を乗せて寝ていた。
「彼女、貴方のために毒を操り続けたのよ。感謝しなさい。」
「そうだったのですか。」
僕はふとメディスンの頭を撫でようとしたが、それも止められた。
「自分が倒れた理由、わかっていないわけじゃないでしょう?」
少し怒っていらっしゃる。
「すいません、つい。」
「せっかく私がここにあなたを連れてきてやったのに、また倒れられては馬鹿みたいだわ。」
「貴方が僕をここへ?」
「そうね、感謝しなさい。」
「ありがとうございます。えっと、お名前はなんと?」
「私は四季のフラワーマスター、風見幽香。最強の妖怪よ。幽香と呼びなさい。それと敬語はやめてほしいわね。」
「えっと、わかった。」
「よろしい。」
「その、貴女は人間?」
彼女は笑みを浮かべながら、答えた。
「見てくれで人を判断してはだめよ、人じゃないけどね。」
「はい……。」
メディスンに続きこの人も妖怪だとは、つくづく世の中分からない。
「貴方の話はメディスンから大体聞いたわ。都合のいい記憶喪失で、なんで丘にいた理由も知っていないってね。合っているかしら?」
「ああ、そのとおりだ。」
「まだ記憶は戻ってないの?」
「戻ってない。」
「名前がないのはまずいわね。」
「まあ、不便ですからね。」
「それだけじゃないわ、幻想郷では『名前』とその、『意味』は重要よ。それこそ命に係わるほどね。」
「えっと、幻想郷って?」
「え? 幻想郷は知らないの?」
「知らないです。」
「妖怪を見ても驚かないうえに、幻想郷を知らないとは。あなた、外来人人かもしれないわね。」
「外来人?」
「うーん、説明するのがめんどうだわ、少し待ってなさい。」
そう言い残し、風見さんは部屋から出て行く。残された僕はすることが無いので、部屋を観察する。押入れ、障子、ふすまのある典型的な和室の六畳間だ。僕は部屋の中央に敷かれた布団に寝かされていて、メディスンはその横で寝ている。
しばらく待っていると、風見さんとは少女が、お盆を持ってやって来た。薄紫の長髪と白く長いウサギの耳が印象的な、紺色のブレザーを着た女の子だった。何となく、カンでこの子も妖怪だと思った。
「はい、これ、『幻想郷縁起』です。」
と、お盆に乗っていたお茶と一緒に二冊の本を渡してきた。
「あの、これは?」
「私たちの住む、幻想郷と、その住人について書かれた本です。あの妖怪に頼まれて持ってきたんですよ。」
「あ、ありがとうございます。」
「体の調子は?」
「特に問題はないですね。体起こしてもいいですか?」
「いいわよ。ただし、何かおかしいと感じたらすぐに横になること。」
「はい。」
メディスンが握っている手を動かさないように、器用に起きる。起きても特に違和感はない、体に問題はないようだ。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です、先生。」
先生、と呼ばれたことが可笑しかったのだろう、彼女は笑いながら返答した。
「私は先生ではないわ。」
「看護師さんでしたか?」
「えーっと、まあ、そんなものね。あ、一応それに私のことも書いてあります。私は鈴仙・優曇華院・イナバって名前ですよ。」
「あ、はい。」
そう言い残し彼女は去って行った。幽香さんが戻ってくる気配はなく、部屋には僕と寝ているメディスンが残された。
彼女の名前はやたら長いと思いながら、僕は『幻想郷縁起』を開く。文字が活版印刷だったので、若干読みにくかったが、挿絵なども入っており特に問題はなかった。その衝撃の内容と、おどろおどろしいがどこかユーモアの感じられる文章に没頭し、一時間で二冊とも読んでしまった。
「何てことだ。」
どうやら僕は『幻想郷』という別世界に紛れ込んでしまったらしい。そして僕は「外来人」というカテゴリに分類される。ふつうはすぐに妖怪に襲われ、食べられてしまうそうなので、かなりラッキーだったのだろう。そして、幻想郷に住まうさまざまな妖怪・妖精などの知識を得た。挿絵はかわいらしい少女のように描かれていたが、その存在は人間を常に危険にさらしている。だがー、メディスンや、幽香さんは何故助けてくれたのだろうか? 他にも本の内容には気がかりなことがあった。
しばらく僕は一人、幻想郷縁起から得た知識を反芻し、考え事にふけっていた。
風見幽香の視点
私は途中で見たウサギに彼に幻想郷縁起の手配をさせたあと、この永遠亭の実質の主、八意永琳に会いに行った。
「彼、目を覚ましたわ」
「あら、早いわね。あと一日か二日は寝ているものだと思ったわ」
「メディスンのおかげでしょう。しかし驚いたわ、まさかあの子が月の賢者と知り合いだったなんて。」
「鈴蘭の毒は貴重な薬にもなる。それにあの子自身の能力も薬を作るにはとても重宝しているわ。」
「毒を持って毒を制す、とはこのことね。」
「それよりも私はあなたが動いたことのほうが驚きよ。しかも人一人を助けるために。」
「あら? 私がいつ人を助けたのかしら?」
「とぼけないで。彼をここに運んできたのはあなたでしょう?」
「ふ~ん。医者としてみると彼は人間なのね」
「どういうこと?」
「わたしは彼を人間だと思っていないだけ。」
「彼が妖怪だとでもいうのかしら?」
「外の世界から人間が来るなら、無縁塚、再思の道、博麗神社、魔法の森、迷いの竹林。そのどれかであることが多い、というかそのどれかでしかないわ。しかし彼は無名の丘にいたの。」
「つまり、外の世界から来た妖怪かなにかだというのね。興味深い話だけど、ありえないわ。彼の体は人間そのもの、それに鈴蘭の毒程度でやられる妖怪なんて見たことない。」
「あら、植物の毒を舐めてはだめよ。時には妖怪の精神まで侵し、殺すのだから。」
「そんなことは百も承知よ。それで、彼をどうするつもり?」
「そうね、物は相談なんだけど……。」
???の視点
考え事をしていたら、幽香さんが戻ってきた。
「あら、もう読み終わったのかしら?」
「ええ、なかなか面白い本でした。」
「感想はそれだけ?」
「たくさんありますが、少し質問しても?」
「あまり問答は好きじゃないわね。」
「三つだけ。」
「ふむ、言いなさい。」
「なぜ、僕を助けたんだ?」
「あら、気に食わなかった?」
「とても感謝しています。が、やはり気に。」
「そうねぇ、一言でいうなら暇つぶし?」
「本当に?」
彼女は一瞬だけ、本当に一瞬だけ、目を細めた。
「あまり人を疑っちゃだめよ❤(はぁと) 人じゃないけどね。」
「いえ、その通りですね。では二つ目、僕は外の世界に帰れますか?」
「あら、気付いていないの?」
その言葉を聞いて、やっぱりと思った。幻想郷縁起には外の世界と幻想郷を隔てる「博麗大結界」についての記述もあった。その記述と今の状況について考えると、
「僕は外の世界の記憶がない。それはつまり外の世界との繋がりが一切ないことになる。外の世界がわからない以上、幻想郷と外の世界の境界がわからない。だから、博麗神社に行ってもその境界を超えることはできない、って事ですよね。」
「大正解。外の世界に思いを馳せられない限り、博麗大結界は超えられない。例外処置もあるけど、記憶が戻らない限り、望みは薄いわ。」
「では最後に、これから僕はどうなりますか?」
「それはこっちから話そうと思っていたのよ。」
「そうなんですか?」
「貴方には三つの選択肢がある。一つ目は、人間の里に下りて、そこで暮らすこと。二つ目は、ここで療養しつつ住み込みで働いて治療してもらうこと。」
「住み込み?」
「ちょっとした手伝いをするだけよ。記憶が戻る薬は一か月程で作れるそうよ。」
「それは八意永琳さんの『どんな薬でも作る程度の能力』、でしたっけ? 」
「そう、それ。それならかなり高確率で記憶が戻るわ。」
「……。」
非常に魅力的ではあるが、僕には一つの不安がある。それは、自分が自ら外の世界を捨て、ここに辿り着いた場合だ。その場合、外の世界に関する記憶は、捨て去りたいようなひどい過去なのかもしれない。
「どうするの?」
幽香さんはほほ笑んでいた。だが、わかる。これが幻想郷縁起に書いてあった強者の笑みなのだと。
「その、最後の一つはなんですか?」
「最後の一つは、私についてくることよ。」
「……?」
「私のしもべになるの。」
「うぇ?」
驚きで変な声が出てしまった。
「最近ねぇ、幻想入りする花もどんどん増えてきて花の世話係がほしかったのよ。でもいまどき自然を大事にしたりするのはなかなかいない。あなたなら、任せられるわ。」
「え? え?」
「鈴蘭を、あなたはどうして守ったのかしら?」
「それは、その、あんなにも綺麗で美しかったら・・・。」
「謙遜しなくて結構。さあ! あなたが選ぶのはどの道かしら!」
迷う事無く答えが出た。
「幽香さんについて行きます。」
自分が必要とされているところに行くことが、自然に思えたのだ。
「うん。結構。」
幽香さんは変わらず笑顔だったが、なんというか、いわゆるドヤ顔に見えた。
「さてと、ではまず名前をあげましょう。」
「名前ですか?」
「誰かにとられないようにね。そうね、『深緑 翠(しんりょく みどり)』なんてどうかしら?」
「『深緑 翠』ですか…。」
変わった名前だが妙にしっくりきた。何故だろうか? どこか懐かしさすら感じる。
「わかりました、それでお願いします。」
「忘れないようにしなさい。それがあなたの此処での始まりよ。」
「はい。」
「ん、んーん?」
そこで、メディスンが目を覚ました。眠そうに眼をこすりながら、ゆっくりと起き上がる。そして、その眠そうな眼が僕をとらえ、覚醒する。
「緑男が生きてる!」
「ああ、ありがとうメディスン。君のおかげで助かったよ。」
「よかったわ・・・。」
メディイスンはホッと胸をなでおろし、握ったままだった僕の手を放した。
「そうだメディスン、僕に名前がついたよ。『深緑 翠』って名前だ。」
「『深緑 翠』・・・変わった名前ね。」
「そうかい? 僕は気に入ったよ。これからは翠って呼んでくれ。」
「ふーん、わかったわ。」
「それから僕は幽香さんについて行くことになった。」
「え、そうなの?」
「ええ、彼は私が貰い受けるわ。」
「へえ、そうなの・・・。」
何となく、メディスンの様子がさみしそうに見えた。そういえば幻想郷縁起には彼女が生まれたての妖怪だと書かれていた。ひょっとしたら知り合いがまだ少ないのかもしれない。
「幽香さん。」
「何かしら?」
「たまには彼女と会ったりしてもいいですか?」
「ええ、というか貴女もついてきていいわ。」
「わたしも? いいのかしら。」
「人手も妖怪手も多ければ多いほどいいわ。それだけ幻想郷の自然は外の世界に影響されてきているの。」
メディスンは少し迷った後、答えた。
「私もスーさんたちから離れるわけにはいかないわ。」
「そう。」
「でも、時々会いに行ってもいいかしら。」
「もちろんいいわよ。でも私の住処が分かるかしら?」
「太陽の畑じゃないの?」
「いいえ、あそこは夏の住処よ、私は季節の花と一緒に過ごしているの。」
そういえば幻想郷縁起にもそう書いてあった。
「それじゃあ、夏にしか会いに行けないじゃない。」
「・・・翠。」
「はい、なんでしょう。」
「明日ここを立つわ、その時この子も連れて行って場所だけ教えときましょう」
「わかりました。」
「ということで、明日貴女もつれていくわ。」
「うん。」
メディスンは顔を綻ばせ、うなずいた、
出発は明日なので、特にすることもない僕は、幽香さんから幻想郷縁起には書いていない事柄で重要なこと、特に幻想郷での日常生活の細かいルールや生活についての事を教えてもらった。メディスンも鈴蘭畑からあまり出たことが無く、一緒に話を聞いていた。
「ここまで聞いて、質問はないかしら。」
「大丈夫です。」
「じゃあ、弾幕勝負しましょうか。」
唐突に、本当に唐突にそういった。
「スペルカードは二枚ぐらいにしときましょう。」
本当にやる気だ。
「ちょっと待ってください! 僕はスペルカードすら持ってないんですよ。」
「じゃあ、作りなさい。」
そういって、紙と習字道具を渡された。
「三分あげる、早く作りなさい。」
有無を言わせない勢いに僕はスペルカードを二枚作った。
「じゃあ、庭に来てね。そこで勝負よ。」
「わ、わかりました。」
僕は言われたとおりに庭に出る。そのまま幽香さんの言葉を待った。幽香さんは閉じていた傘を優雅に差し、こちらを見すえた。その表情は笑顔だ、笑顔なのだがー底知れぬ何かが―人にはもちえない、ひたすらに強大な何かがー見えた気がした。そしてその笑みをたたえた唇が言葉を紡ぐ、
「苛めてあげるわ。」
言うや否や、色鮮やかに花と花弁が舞う。
それらの巧みな配置と、配色には完成された芸術ともいえるものがあり、まるで花の世界に来たような、そんな錯覚を覚えさせるほど美しい弾幕だった。
その向こう側で幽香さんは笑っていた。「かかってきなさい、虫けらのように叩き潰してあげる」―そういっているように見えた。
勝てっこない、すぐ悟る。それほどまでの威圧感が弾幕から、その笑みからはなたれていたのだ。
だが―、
「凡符『獅子奮迅』! 」
負けたくない。その一心でスペルカードを掲げ、宣言した―。
魔法も霊力も何もない自分は特に何かでてくるわけじゃない。ただ金剛杖を構え、つっこむだけである。しかし、
「やあっーーーー!」
金剛杖で弾幕を切るようにして振りぬく。すると、弾幕を切り伏せることができた。
この金剛杖には『富士山頂』の焼き印が押してあった。富士山がすごい山だということは知っていた。その加護は伊達じゃないようだ。
幻想郷では『意味』が、直接『力』になる。おそらく自分の元居た世界では出来ないことだろう。
金剛杖で防げる弾幕はごくわずかであるため、四方から迫る弾幕すべてを防ぐのは難しい。しかし、奮い立った獅子のように立ち回り、弾幕を打ち負かし、相手の至近距離に飛び込んで叩く。これこそが『凡符「獅子奮迅」』なのだ。その姿が、自身の突撃こそが、一粒の弾幕なのだ。
しかし幽香さんとは実力差がありすぎる。この圧倒的で、美く壮絶な弾幕は、どうあがいても捌き切れない。だが、それでも、立ち向かう。
「うああああああああっ!」
負けたくなかったのだ。何にかわからないが、何かに負けたくなかったのだ。自分の何かが叫んでいるのだ。負けるなと。
果敢に突撃を仕掛けるが、花のように広がり、花弁の舞っている弾幕は四方から迫る。避けられる隙間はおそらくあるのだが、自身の能力が追いついていなかった。
来るべくして限界は来たる。見切れなかった弾幕が僕の片足に当たる。戦っていて分かったのだが、花の弾幕はただ花の形をしているだけで、その実は力の塊だ。当たると非常に痛い。当たりどころ次第では痛いで済まないだろう。
「ぐぅっう」
バランスを崩す、しかし、まだあきらめない。咄嗟の一振りで続く弾幕を切り伏せ、そのまま杖を地面に突き立てバランスをとる。そこへ次弾が襲いくるが、回避も杖も間に合わないので、空いた手で受ける。強烈な衝撃と鋭い痛みが走る。叫び声を押し殺すため、強く歯ぎしりした。
だが、ひるんでなどはいられない。続く弾幕を杖を足代わりに、ひょこひょこと動いて何とか躱す。当たった腕と脚は折れてはいないようだが、鈍い痛みのほか感覚がなく、まともに動きそうにない。
「詰みね。」
あいかわらず微笑を浮かべている幽香さんがそう囁く。囁き声なのにはっきりと僕の耳に届いた。
もって数秒、自分でも分かる。だが、ここで終わりたくはない。
「まだ、まだあ!」
強がってみせる、そうしなければ気持ちが持たない。幽香さんの強さに呑まれてしまう。
だが、その時は来た。複数方向からの弾幕の飛来、腕と足がまともに動いていればまだ回避の余地があったかもしれない。だが、悔しいかな。
被弾、
被弾、
被弾。
「ようこそ、幻想郷へ。」
幽香さんがそう笑いかけてきた、強烈なあいさつだ。
壮絶な衝撃と痛みが、あらゆる感覚を奪っていく、花とともに意識が散ってゆく。その中で僕は思うのだ。
ああ、『また』負けてしまった―。
一人目は、これで良かったのだ、と言って消えた。
二人目は、仕方がなかったのだ、と言って消えた。
三人目は、の消滅、を、み、そして―、
が―
を―
残す―
に―
第一の幻想入り
???の視点
闇。
目をつぶっているからだ。
目を開けると広く青い空が広がっている。僕は寝ていたようだ。そして強い芳香が鼻をつく。あたりを見るとそこは一面鈴蘭の花畑であった。どれも満開であり、花がゆらゆらと風に揺られている。しかも、 見渡す限り……とはいかないが、かなり広い範囲で鈴蘭畑が広がっているのだった。
「だれ? あなた。」
突然後ろから声がした。振り向くと、そこには女の子が立っている。少しウェーブのかかった金髪のショートヘアに大きな赤いリボンをつけた、ゴスロリチックな衣装がよく似合う人形のような子だ。
「僕かい? 僕は、僕は?」
おかしい、何も思い出せない。自分に関する知識が全くないのだ。何か思い出そうとしても漢字や簡単な英単語、四字熟語、東京タワーの高さ、円高情勢、3・11、日本史、世界史、円周率などなど。一般常識と呼ばれる知識しか思いつかない。
返答に窮していると再び声をかけられた、
「人間? 」
「それはたぶん、そうなんだと思う。」
自分には両手両足と、顔があることを確認し言った。その時に自分は杖―それも金剛杖―を持っていること、緑の服を着ていることにも気づいた。だが、それらをどう入手したのかの記憶はない。
「そう、人間。」
「ああ、そのはずだ。」
「なら、ここに来たことを後悔するのね! 」
「?」
「ここは人間の都合で捨てられたものがたくさんある場所。そして私も捨てられたわ。だから人間を憎いのよ!」
突如として目の前の少女から毒々しい紫色の気体が噴き出てくる。危険を感じた僕はとっさに後ろへと一回、二回跳んで少女と距離をとる。
「コンパロ~、コンパロ~、私の縄張りに入り込んだ愚かな人間! スーさんの毒、とくと味わうと良い!」
そういうと、彼女は一枚の札をとりだした。
「毒符『ポイズンブレス』!」
すると先ほどとは比べ物にならない紫の気体が吹き出し、さらに一発一発赤や黄、緑、紫などの色のついた弾が高速にばら撒かれ始める。その弾たちによる幕は―そう、「弾幕」と呼ぶにふさわしい―それは、毒々しく、しかし華麗に空間を彩っていく。その美しくもただならぬ弾幕は、当たればタダで済みそうにないと僕に思わせる。
「やめてくれ! 一体なんだっていうんだ!」
「ただ人間が憎いだけよ、止めたければ私の弾幕を破ってみなさい!」
少女はふわりと宙に浮き、さらに弾幕を放って空間を制圧していく。逃がすつもりはないらしい、戦うしか無いようだ。覚悟を決めて「弾幕」に突っ込んでゆく。僕にある武器は杖のみ、接近して戦うしかない。しかし、紫の気体は神経毒なのか、触れるだけで体をしびれさせ、動きを鈍らせる。しかも弾幕は彼女を中心に放たれているので、遠のけば弾と弾の隙間が広がり躱しやすいが、近づけば弾と弾が重なり合うようになって密度が上がり、非常に避けにくいのだ。
近づかなければ攻撃できないこちらの分が悪い、が、やられるつもりはなかった。
メディスン・メランコリーの視点
「コンパロ~、コンパロ~、スーさんやっちゃって!」
緑の人間はひたすら私の弾幕を遠くでよけ続けていた。巫女や魔法使い、永琳とかいうやつのように、飛んだり弾幕を撃ったりできないらしい。かといって手加減するつもりはない。私に気付かれず唐突にこの丘に現れた人間だ。何をしに来たかわからないが、忍び込んでくる奴にろくな人間、もとい妖怪はいない。
私の弾幕に慣れてきたのか、緑の男はだんだん近寄ってきた。しかし、一丈(約3メートル)ほどからは弾幕に阻まれ近寄れないようだ。そこで私は弾幕の壁で彼を巻き込もうとら接近する。
「これで終わりね!」
勝利を確信した私はそう叫んだ。だが、緑男はまだあきらめていなかった。
「まだだ!」
そういうと緑の男はローブをぬぎ、こちらへと投げつけてきた。ローブは私から発する毒を遮りつつ飛んでくる。
「わぶ。」
ひらりと舞ったローブは、私に覆いかぶさり視界を奪い、さらに毒の放出を遮蔽した。すぐローブを振りほどくが、その一瞬で緑男は私の視界から消えていた。
「それっ!」
真後ろから声がした。咄嗟に振り向く、だが遅い。男はすでに杖を振りかぶっている。
(やられる―、)
私は目をつぶった。そして―、
「ふー、やっぱ無理。」
そんな声とともに、ゆっくり振り下ろした杖で頭を、こつんっ、と小突かれた。そしてなでてくる。
目を開けて男の様子を見ると、苦笑しながらこういってきた。
「うーん、僕は荒っぽいのが苦手なようだなぁ。とりあえず、自己紹介でもしないか?」
私は彼の提案に、うなずいていた。
???の視点
何とか少女との戦いを終わらすことができた。そして今は丘に座り、その少女と話している。
「へえ、あなた何にも覚えてないの。」
「ああ、気付いたらここにいた。でもこの花が鈴蘭だって分かったり、今僕が話してる言葉が日本語だって分かったりしているから、自分のことだけを忘れているみたいだ。」
「ずいぶん都合のいい記憶喪失なのね~。」
「否定は出来ないのが心苦しいね、信じてもらうしかないな。」
「この私に人間を信じろなんて、面白いこと言うね。」
ころころと笑いながら少女は言った。
「そういえば、さっきから人間、人間って言ってるけど、君は人間じゃないのか?」
まあ、毒を吹きだしたり、弾を撃ったり、おまけに小さな人形を近くに侍らせているのだから、只者ではないだろう。
「そうよ、私は小さなスウィート・ポイズン、メディスン・メランコリー。毒を操る程度の捨て人形よ。私は私を捨てた人間を憎んでいるわ。」
「なるほど、道理で襲われたわけだ。」
「あら、怖がらないの?」
「ん? ああ、どうなんだろうか。怖いけど、怖くないんだよ。」
「?」
「うーん、なんといえばいいのだろう。記憶がないからかなぁ。」
「貴方色々とおかしいわね、医者に診てもらう?」
「え?」
「知り合いに医者がいるの。難しいことばかり言うけど、腕は確かよ。」
「それ、人間が患者でも大丈夫なのか?」
「うん、その人は人間だもの。」
「そーなのか。」
「じゃあいきましょ、案内するわ。」
「ああ、ありがとう。」
そして、立ち上がる。
その瞬間、
「あ、れ?」
視界に猛烈なモザイクがかかり、全身から力が抜けていく。立ちくらみかと思ったが、そうじゃない。意識もどんどん薄れていく。メディスンから声がかかる。
「大丈夫?」
「あ、が。」
大丈夫、と言おうとしても口が動かない。足がもつれ、倒れてしまった。
「ちょ、ちょっと。何してるの?」
「う、ぐ、あ。」
何とか、立とう、として、僕は、……。
メディスン・メランコリーの視点
緑男は倒れた。なんだかわからないけど調子が悪そうだ。―いや、ちがう。この症状は毒だ。しかもスーさんの―。
「!」
私はすぐさま毒を遠のけ無毒な空間を作る。そして彼の手を調べた。
「馬鹿な人間。」
やはりその手は、私を撫でた手はひどく爛れていた。それだけでは無い。この一面毒に侵された空間に居座り続けたのだ、こうならない方がおかしい。
なぜ隠したのだろうか? 分からない。ただ、私の毒のせいで死に瀕していることが分かった。それを隠したかったのだろうか? 分からない。・・・なぜだか、このまま死なせるのが不愉快だった。
「その感覚、正解よ。」
「!」
唐突に、そう―、本当に唐突に、彼女―風見 幽香は現れた。花のような優雅な傘を差し、こちらに歩み寄ってくる。
「どういうこと?」
「あなたのその感覚は、あなたを動かす毒―鈴蘭の意思よ。優しい彼を苛めたくないようね。」
そういって幽香はスーさんたちを見まわした。
「どういうこと?」
「見ればわかるわ。」
私はスーさんたちを見まわす。満開でみんな元気だ。
―満開で、みんな元気なのだ。
「っ!」
そして気づいた、さっきまでそこで戦っていたのに、みんな元気だということに。踏み倒されたり、千切れたりしたスーさんがいないことに。彼を見た、彼は地面に倒れていたが、鈴蘭を避けて倒れていた。偶然で説明は出来ない。彼はスーさんたちを傷つけずに戦い、そして倒れたのだ。
「そういうことよ。」
私は焦った。
彼はこのままでは死んでしまう。しかしそれはスーさんの望む事ではないと、私を動かす毒が伝えている。もちろんその力で動く私も同じ思いだ。彼の行動からは花を、自然を愛する気持ちがありありと伝わってきていたのだった。
「全く、人間てのは! 毒は除けるけど、侵された神経まで元に戻せない、もう手遅れだわ。」
「そのために私が来たのよ。この鈴蘭たちに呼ばれてね。」
そういうと幽香は傘を閉じ、彼をひょいと抱えた。
「永遠亭で待ってるわ。あなたもちゃんと後で来るのよ。」
「え?」
そう言い残すと、彼女はゆっくりと上昇していった。
「あの魔法使いのまねをすることになるとはね・・・。」
そういうと彼女は傘を畳み、それをゆっくりと持ち上げて、虚空へ向けて極太レーザーを放った。
「ブォオオオオオオオオオ!」
強力無比なレーザーは、白く眩い閃光と壮絶な音をたてる。そして幽香はその勢いを推進力にし、高速で竹林へ飛んで行った。
「すごい勢い・・・。」
私にあんな真似は出来ない。すぐに私も飛び、後に続く。いつもはおっかなびっくり鈴蘭畑から外へ出て行くのだが、今日は違った。
???の視点
闇。
当たり前だ。目をつぶっているからだ。
目を開けるとそこには木目の天井があった。どうやら僕は寝ていたようだ。そして、病院や薬局などでする独特のにおいがする。体を起こそうとすると、そっと胸に手を置かれ、止められる。そうしたのは、若干ウェーブのかかった緑髪のショートヘアの少女だった。真っ白なブラウスの上に、真っ赤なチェック模様のチョッキを着ており、明るい雰囲気の服がよく似合う。何故かどことなく太陽と花を想起させ、この薬臭いところに彼女はは似つかわしくなく感じた。
「まだ、起きないほうがいいわ。そこの彼女を起こさないためにもね。」
そういって彼女は顎で僕の横を差した。見るとメディスンが僕の手を握ったまま、座布団に頭を乗せて寝ていた。
「彼女、貴方のために毒を操り続けたのよ。感謝しなさい。」
「そうだったのですか。」
僕はふとメディスンの頭を撫でようとしたが、それも止められた。
「自分が倒れた理由、わかっていないわけじゃないでしょう?」
少し怒っていらっしゃる。
「すいません、つい。」
「せっかく私がここにあなたを連れてきてやったのに、また倒れられては馬鹿みたいだわ。」
「貴方が僕をここへ?」
「そうね、感謝しなさい。」
「ありがとうございます。えっと、お名前はなんと?」
「私は四季のフラワーマスター、風見幽香。最強の妖怪よ。幽香と呼びなさい。それと敬語はやめてほしいわね。」
「えっと、わかった。」
「よろしい。」
「その、貴女は人間?」
彼女は笑みを浮かべながら、答えた。
「見てくれで人を判断してはだめよ、人じゃないけどね。」
「はい……。」
メディスンに続きこの人も妖怪だとは、つくづく世の中分からない。
「貴方の話はメディスンから大体聞いたわ。都合のいい記憶喪失で、なんで丘にいた理由も知っていないってね。合っているかしら?」
「ああ、そのとおりだ。」
「まだ記憶は戻ってないの?」
「戻ってない。」
「名前がないのはまずいわね。」
「まあ、不便ですからね。」
「それだけじゃないわ、幻想郷では『名前』とその、『意味』は重要よ。それこそ命に係わるほどね。」
「えっと、幻想郷って?」
「え? 幻想郷は知らないの?」
「知らないです。」
「妖怪を見ても驚かないうえに、幻想郷を知らないとは。あなた、外来人人かもしれないわね。」
「外来人?」
「うーん、説明するのがめんどうだわ、少し待ってなさい。」
そう言い残し、風見さんは部屋から出て行く。残された僕はすることが無いので、部屋を観察する。押入れ、障子、ふすまのある典型的な和室の六畳間だ。僕は部屋の中央に敷かれた布団に寝かされていて、メディスンはその横で寝ている。
しばらく待っていると、風見さんとは少女が、お盆を持ってやって来た。薄紫の長髪と白く長いウサギの耳が印象的な、紺色のブレザーを着た女の子だった。何となく、カンでこの子も妖怪だと思った。
「はい、これ、『幻想郷縁起』です。」
と、お盆に乗っていたお茶と一緒に二冊の本を渡してきた。
「あの、これは?」
「私たちの住む、幻想郷と、その住人について書かれた本です。あの妖怪に頼まれて持ってきたんですよ。」
「あ、ありがとうございます。」
「体の調子は?」
「特に問題はないですね。体起こしてもいいですか?」
「いいわよ。ただし、何かおかしいと感じたらすぐに横になること。」
「はい。」
メディスンが握っている手を動かさないように、器用に起きる。起きても特に違和感はない、体に問題はないようだ。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です、先生。」
先生、と呼ばれたことが可笑しかったのだろう、彼女は笑いながら返答した。
「私は先生ではないわ。」
「看護師さんでしたか?」
「えーっと、まあ、そんなものね。あ、一応それに私のことも書いてあります。私は鈴仙・優曇華院・イナバって名前ですよ。」
「あ、はい。」
そう言い残し彼女は去って行った。幽香さんが戻ってくる気配はなく、部屋には僕と寝ているメディスンが残された。
彼女の名前はやたら長いと思いながら、僕は『幻想郷縁起』を開く。文字が活版印刷だったので、若干読みにくかったが、挿絵なども入っており特に問題はなかった。その衝撃の内容と、おどろおどろしいがどこかユーモアの感じられる文章に没頭し、一時間で二冊とも読んでしまった。
「何てことだ。」
どうやら僕は『幻想郷』という別世界に紛れ込んでしまったらしい。そして僕は「外来人」というカテゴリに分類される。ふつうはすぐに妖怪に襲われ、食べられてしまうそうなので、かなりラッキーだったのだろう。そして、幻想郷に住まうさまざまな妖怪・妖精などの知識を得た。挿絵はかわいらしい少女のように描かれていたが、その存在は人間を常に危険にさらしている。だがー、メディスンや、幽香さんは何故助けてくれたのだろうか? 他にも本の内容には気がかりなことがあった。
しばらく僕は一人、幻想郷縁起から得た知識を反芻し、考え事にふけっていた。
風見幽香の視点
私は途中で見たウサギに彼に幻想郷縁起の手配をさせたあと、この永遠亭の実質の主、八意永琳に会いに行った。
「彼、目を覚ましたわ」
「あら、早いわね。あと一日か二日は寝ているものだと思ったわ」
「メディスンのおかげでしょう。しかし驚いたわ、まさかあの子が月の賢者と知り合いだったなんて。」
「鈴蘭の毒は貴重な薬にもなる。それにあの子自身の能力も薬を作るにはとても重宝しているわ。」
「毒を持って毒を制す、とはこのことね。」
「それよりも私はあなたが動いたことのほうが驚きよ。しかも人一人を助けるために。」
「あら? 私がいつ人を助けたのかしら?」
「とぼけないで。彼をここに運んできたのはあなたでしょう?」
「ふ~ん。医者としてみると彼は人間なのね」
「どういうこと?」
「わたしは彼を人間だと思っていないだけ。」
「彼が妖怪だとでもいうのかしら?」
「外の世界から人間が来るなら、無縁塚、再思の道、博麗神社、魔法の森、迷いの竹林。そのどれかであることが多い、というかそのどれかでしかないわ。しかし彼は無名の丘にいたの。」
「つまり、外の世界から来た妖怪かなにかだというのね。興味深い話だけど、ありえないわ。彼の体は人間そのもの、それに鈴蘭の毒程度でやられる妖怪なんて見たことない。」
「あら、植物の毒を舐めてはだめよ。時には妖怪の精神まで侵し、殺すのだから。」
「そんなことは百も承知よ。それで、彼をどうするつもり?」
「そうね、物は相談なんだけど……。」
???の視点
考え事をしていたら、幽香さんが戻ってきた。
「あら、もう読み終わったのかしら?」
「ええ、なかなか面白い本でした。」
「感想はそれだけ?」
「たくさんありますが、少し質問しても?」
「あまり問答は好きじゃないわね。」
「三つだけ。」
「ふむ、言いなさい。」
「なぜ、僕を助けたんだ?」
「あら、気に食わなかった?」
「とても感謝しています。が、やはり気に。」
「そうねぇ、一言でいうなら暇つぶし?」
「本当に?」
彼女は一瞬だけ、本当に一瞬だけ、目を細めた。
「あまり人を疑っちゃだめよ❤(はぁと) 人じゃないけどね。」
「いえ、その通りですね。では二つ目、僕は外の世界に帰れますか?」
「あら、気付いていないの?」
その言葉を聞いて、やっぱりと思った。幻想郷縁起には外の世界と幻想郷を隔てる「博麗大結界」についての記述もあった。その記述と今の状況について考えると、
「僕は外の世界の記憶がない。それはつまり外の世界との繋がりが一切ないことになる。外の世界がわからない以上、幻想郷と外の世界の境界がわからない。だから、博麗神社に行ってもその境界を超えることはできない、って事ですよね。」
「大正解。外の世界に思いを馳せられない限り、博麗大結界は超えられない。例外処置もあるけど、記憶が戻らない限り、望みは薄いわ。」
「では最後に、これから僕はどうなりますか?」
「それはこっちから話そうと思っていたのよ。」
「そうなんですか?」
「貴方には三つの選択肢がある。一つ目は、人間の里に下りて、そこで暮らすこと。二つ目は、ここで療養しつつ住み込みで働いて治療してもらうこと。」
「住み込み?」
「ちょっとした手伝いをするだけよ。記憶が戻る薬は一か月程で作れるそうよ。」
「それは八意永琳さんの『どんな薬でも作る程度の能力』、でしたっけ? 」
「そう、それ。それならかなり高確率で記憶が戻るわ。」
「……。」
非常に魅力的ではあるが、僕には一つの不安がある。それは、自分が自ら外の世界を捨て、ここに辿り着いた場合だ。その場合、外の世界に関する記憶は、捨て去りたいようなひどい過去なのかもしれない。
「どうするの?」
幽香さんはほほ笑んでいた。だが、わかる。これが幻想郷縁起に書いてあった強者の笑みなのだと。
「その、最後の一つはなんですか?」
「最後の一つは、私についてくることよ。」
「……?」
「私のしもべになるの。」
「うぇ?」
驚きで変な声が出てしまった。
「最近ねぇ、幻想入りする花もどんどん増えてきて花の世話係がほしかったのよ。でもいまどき自然を大事にしたりするのはなかなかいない。あなたなら、任せられるわ。」
「え? え?」
「鈴蘭を、あなたはどうして守ったのかしら?」
「それは、その、あんなにも綺麗で美しかったら・・・。」
「謙遜しなくて結構。さあ! あなたが選ぶのはどの道かしら!」
迷う事無く答えが出た。
「幽香さんについて行きます。」
自分が必要とされているところに行くことが、自然に思えたのだ。
「うん。結構。」
幽香さんは変わらず笑顔だったが、なんというか、いわゆるドヤ顔に見えた。
「さてと、ではまず名前をあげましょう。」
「名前ですか?」
「誰かにとられないようにね。そうね、『深緑 翠(しんりょく みどり)』なんてどうかしら?」
「『深緑 翠』ですか…。」
変わった名前だが妙にしっくりきた。何故だろうか? どこか懐かしさすら感じる。
「わかりました、それでお願いします。」
「忘れないようにしなさい。それがあなたの此処での始まりよ。」
「はい。」
「ん、んーん?」
そこで、メディスンが目を覚ました。眠そうに眼をこすりながら、ゆっくりと起き上がる。そして、その眠そうな眼が僕をとらえ、覚醒する。
「緑男が生きてる!」
「ああ、ありがとうメディスン。君のおかげで助かったよ。」
「よかったわ・・・。」
メディイスンはホッと胸をなでおろし、握ったままだった僕の手を放した。
「そうだメディスン、僕に名前がついたよ。『深緑 翠』って名前だ。」
「『深緑 翠』・・・変わった名前ね。」
「そうかい? 僕は気に入ったよ。これからは翠って呼んでくれ。」
「ふーん、わかったわ。」
「それから僕は幽香さんについて行くことになった。」
「え、そうなの?」
「ええ、彼は私が貰い受けるわ。」
「へえ、そうなの・・・。」
何となく、メディスンの様子がさみしそうに見えた。そういえば幻想郷縁起には彼女が生まれたての妖怪だと書かれていた。ひょっとしたら知り合いがまだ少ないのかもしれない。
「幽香さん。」
「何かしら?」
「たまには彼女と会ったりしてもいいですか?」
「ええ、というか貴女もついてきていいわ。」
「わたしも? いいのかしら。」
「人手も妖怪手も多ければ多いほどいいわ。それだけ幻想郷の自然は外の世界に影響されてきているの。」
メディスンは少し迷った後、答えた。
「私もスーさんたちから離れるわけにはいかないわ。」
「そう。」
「でも、時々会いに行ってもいいかしら。」
「もちろんいいわよ。でも私の住処が分かるかしら?」
「太陽の畑じゃないの?」
「いいえ、あそこは夏の住処よ、私は季節の花と一緒に過ごしているの。」
そういえば幻想郷縁起にもそう書いてあった。
「それじゃあ、夏にしか会いに行けないじゃない。」
「・・・翠。」
「はい、なんでしょう。」
「明日ここを立つわ、その時この子も連れて行って場所だけ教えときましょう」
「わかりました。」
「ということで、明日貴女もつれていくわ。」
「うん。」
メディスンは顔を綻ばせ、うなずいた、
出発は明日なので、特にすることもない僕は、幽香さんから幻想郷縁起には書いていない事柄で重要なこと、特に幻想郷での日常生活の細かいルールや生活についての事を教えてもらった。メディスンも鈴蘭畑からあまり出たことが無く、一緒に話を聞いていた。
「ここまで聞いて、質問はないかしら。」
「大丈夫です。」
「じゃあ、弾幕勝負しましょうか。」
唐突に、本当に唐突にそういった。
「スペルカードは二枚ぐらいにしときましょう。」
本当にやる気だ。
「ちょっと待ってください! 僕はスペルカードすら持ってないんですよ。」
「じゃあ、作りなさい。」
そういって、紙と習字道具を渡された。
「三分あげる、早く作りなさい。」
有無を言わせない勢いに僕はスペルカードを二枚作った。
「じゃあ、庭に来てね。そこで勝負よ。」
「わ、わかりました。」
僕は言われたとおりに庭に出る。そのまま幽香さんの言葉を待った。幽香さんは閉じていた傘を優雅に差し、こちらを見すえた。その表情は笑顔だ、笑顔なのだがー底知れぬ何かが―人にはもちえない、ひたすらに強大な何かがー見えた気がした。そしてその笑みをたたえた唇が言葉を紡ぐ、
「苛めてあげるわ。」
言うや否や、色鮮やかに花と花弁が舞う。
それらの巧みな配置と、配色には完成された芸術ともいえるものがあり、まるで花の世界に来たような、そんな錯覚を覚えさせるほど美しい弾幕だった。
その向こう側で幽香さんは笑っていた。「かかってきなさい、虫けらのように叩き潰してあげる」―そういっているように見えた。
勝てっこない、すぐ悟る。それほどまでの威圧感が弾幕から、その笑みからはなたれていたのだ。
だが―、
「凡符『獅子奮迅』! 」
負けたくない。その一心でスペルカードを掲げ、宣言した―。
魔法も霊力も何もない自分は特に何かでてくるわけじゃない。ただ金剛杖を構え、つっこむだけである。しかし、
「やあっーーーー!」
金剛杖で弾幕を切るようにして振りぬく。すると、弾幕を切り伏せることができた。
この金剛杖には『富士山頂』の焼き印が押してあった。富士山がすごい山だということは知っていた。その加護は伊達じゃないようだ。
幻想郷では『意味』が、直接『力』になる。おそらく自分の元居た世界では出来ないことだろう。
金剛杖で防げる弾幕はごくわずかであるため、四方から迫る弾幕すべてを防ぐのは難しい。しかし、奮い立った獅子のように立ち回り、弾幕を打ち負かし、相手の至近距離に飛び込んで叩く。これこそが『凡符「獅子奮迅」』なのだ。その姿が、自身の突撃こそが、一粒の弾幕なのだ。
しかし幽香さんとは実力差がありすぎる。この圧倒的で、美く壮絶な弾幕は、どうあがいても捌き切れない。だが、それでも、立ち向かう。
「うああああああああっ!」
負けたくなかったのだ。何にかわからないが、何かに負けたくなかったのだ。自分の何かが叫んでいるのだ。負けるなと。
果敢に突撃を仕掛けるが、花のように広がり、花弁の舞っている弾幕は四方から迫る。避けられる隙間はおそらくあるのだが、自身の能力が追いついていなかった。
来るべくして限界は来たる。見切れなかった弾幕が僕の片足に当たる。戦っていて分かったのだが、花の弾幕はただ花の形をしているだけで、その実は力の塊だ。当たると非常に痛い。当たりどころ次第では痛いで済まないだろう。
「ぐぅっう」
バランスを崩す、しかし、まだあきらめない。咄嗟の一振りで続く弾幕を切り伏せ、そのまま杖を地面に突き立てバランスをとる。そこへ次弾が襲いくるが、回避も杖も間に合わないので、空いた手で受ける。強烈な衝撃と鋭い痛みが走る。叫び声を押し殺すため、強く歯ぎしりした。
だが、ひるんでなどはいられない。続く弾幕を杖を足代わりに、ひょこひょこと動いて何とか躱す。当たった腕と脚は折れてはいないようだが、鈍い痛みのほか感覚がなく、まともに動きそうにない。
「詰みね。」
あいかわらず微笑を浮かべている幽香さんがそう囁く。囁き声なのにはっきりと僕の耳に届いた。
もって数秒、自分でも分かる。だが、ここで終わりたくはない。
「まだ、まだあ!」
強がってみせる、そうしなければ気持ちが持たない。幽香さんの強さに呑まれてしまう。
だが、その時は来た。複数方向からの弾幕の飛来、腕と足がまともに動いていればまだ回避の余地があったかもしれない。だが、悔しいかな。
被弾、
被弾、
被弾。
「ようこそ、幻想郷へ。」
幽香さんがそう笑いかけてきた、強烈なあいさつだ。
壮絶な衝撃と痛みが、あらゆる感覚を奪っていく、花とともに意識が散ってゆく。その中で僕は思うのだ。
ああ、『また』負けてしまった―。
オリキャラがあまり我が強くなりすぎてもいけないから抑え気味に書かれたつもりでしょうが、だからといってこれは淡白すぎる気がします。
話の続きに期待します。
意味が力を持つ、というのなら焼印付き金剛杖て数千円の力しか発揮できないのではと思いましたが何かの伏線なのでしょうか。
強いて言えば、タグや後書きがないのが寂しい。タグや後書きも作品のうちだと思いますよ。
流れもオリキャラもよくある感じでオリジナル性が感じられませんでした。