謀られた!
そう気付いた時にはもう遅かった。
例えるならばそれは、寝ぼけ眼のまま階段を上がり、認識を誤って存在しない最後の一段へと足を踏み出した時のような感覚だった。
霊感レーダーに頼らなくとも本能的に理解出来る。そう、私はものの見事に落とし穴に引っかかってしまったのだ。
私こと魂魄妖夢は、とある目的で永遠亭を尋ねるべく迷いの竹林を足早に進んでいた。そんな最中の出来事だった。
その目的とは、私が今、背中に担いでいる風呂敷包みの中身、冥界にしか群生しない薬草類を、永遠亭謹製の品……医薬品及び餅や団子といった食物などと物々交換するというものだ。
まあ、本当のところを言ってしまえば、それはただの名目で、私個人の目的は鈴仙と会う事だったりするのだけど、これは幽々子様や輝夜さんも知っているし、その上で黙認してくれているようなので、別段後ろめたさはない。
だが、どうにも私達の逢瀬を好ましく思っていない輩もいるらしい。それが今こうして、罠という形となって正体を現したのだろう。
くそう、あの百八十万歳幼女め。何が幸せ兎だ。アレか、半人半霊の私には幸せなんて半分で十分ということか。
大体にして半分でこれならゼロになった場合私は一体どうなってしまうのだろう。誰でも良いから私の運のパラメータを教えてくださ……いや、やっぱりいいです。世の中には知らないほうが良い事だってあるに違いない。
ともかく今は愚痴っている場合ではない。永遠亭では鈴仙が、あとついでに八意先生も私の到着を待っているのだ。
私には時間を止めることも波長を操ることも奇跡を起こすことも出来ない。出来るのは剣術を使う程度だ。
というか、こうして並べると私の能力は余りにも普通過ぎはしないだろうか。これではまるで、王族やら天空人やら派手な肩書きがズラリと並ぶ中、一人燦然と輝いていた漁師の息子さんのようではないか。
でもいい。漁師の息子だって魔王も神様も倒せるし、私の使う剣術には、秘技、魂魄ゾーンがあるのだ。
集中力を極限まで高める事によって、自分の周囲の世界の動きを鈍化させるという、先祖代々から伝わる技術がそれだが、名前はないので私が自分で付けた。
故に私は、危機的状況にありながら、こうして思索に浸ることが出来るという訳だ。
ただし、魂魄ゾーンにも問題はある。
この技は、あくまでも体感的に遅く感じられるというだけで、実際に時間が遅く流れる訳ではない。故に、身体の各部への情報伝達速度は等速……要は自分の動きも周囲と同じだけ遅くなるという事だ。
実際、避けられないタイミングで弾幕が飛んできた時などにこれを使うと、精神的ダメージが増加するだけでかえって危険だったりする。
まあ今は考えられる時間が出来ただけでも儲けものとしておこうか。
さて、まずは状況確認と行こう。
今、私は、草木で巧妙にカモフラージュされていた地面を左足で豪快に踏み抜いている。本来あるべき硬い地面の感触が無いというのは、何ともモヤモヤするものだがもう手遅れだ。早足で歩いていたせいか、右足は勢い余って、大きくつんのめって上を向いており、両の手は反射的に何かを掴もうとして、前方に向けてバクシーシしている状態だ。
……解ってはいたが、やはり絶望的だ。
いくら気が急いていたからといって、なんだって私はこんな、誰が殺したクックロビンとか聞こえてきそうなポーズを取っているんだろう。外見イメージが間抜けすぎるし、何よりも肉体的に危険だ。
もしもこんな不自然な体勢のままで、流れに身を任せて転落したらと思うと……ん?
そうだ、逆に考えよう。落ちてもいいやと考えるんだ。
表向きの理由とはいえ、私は歴とした永遠亭の客人だ。その客人を罠に掛けて負傷させるのは、お世辞にも褒められた行為ではないだろう。
当然、鈴仙のあの兎に対する好感度はダダ下がりし、一方の私は鈴仙と正しい意味でのお医者さんごっこを堪能する事が出来る。あ、八意先生が出る程の事じゃありませんからお仕事に戻って下さい。
おお、なんという僥倖。一兎も追わずに二兎を得るとは、まさにこの事に違いない。あの兎は落とし穴だけでなく墓穴までも掘ったのだ。
そうと解れば話は早い。無駄な長考など終えて、さっさと落下してしまおう。痛いのは嫌だが、そのうち良くなる……もとい、ここは止むを得まい。勝利を得る為には、肉体的な苦痛など一時の……。
……いやいや妖夢。
落ち着け。もう慌ててしかるべき時間だが、それでも慌てるな。この落とし穴が、ただ落ちて痛いだけのものであるといつから錯覚していた?
永きに渡って詐術の研鑽に励んだ兎が仕掛けた罠だ。むしろ単純な落とし穴であると考えるほうが不自然だろう。
例えば、竹槍トラップ。材料の調達が容易というかそこら辺にいくらでも生えているし、適度に育った竹は、斜めに切り落とすだけで殺傷能力を持った武器となる。ましてや落とし穴となると、重力という何物にも変えがたい強力なサポートが付いてくる。そこに毒でも塗布しようものなら、それはもう凶悪な殺人トラップだ。
殺しまではしない、とはあくまでも私の希望的観測に過ぎない。
ここは迷いの竹林の名の通り、不用意に外部の者が足を踏み入れれば、通りすがりの焼き鳥屋さんにでも発見されない限り白骨死体化は確定的という難所だ。幾度も訪れた事のある私でさえ、事前に鈴仙から道程を聞いていなかったなら、遭難は必至だったろう。
鈴仙の知っている道ならば、当然あの兎も知っている筈。ならば予め、私が通るのを見越してトラップを仕掛けるのは容易だろう。
おのれ珍獣イナバシロウサギめ、殺半人を犯してまで私と鈴仙の逢瀬を妨害しようというのか。絶対に捕獲して伯方の塩を丹念に擦り込んでやる。
それにしても、剃毛プレイに放置プレイとか、神話の時代にもマニアックな連中が……。
……おほん。
いや、これはやはり違う気がする。
太古から存在している老獪な策士が、殺しなどという直接的な手段に出るとはやはり考えにくい。
まあ、数億年生きてるらしい八意先生が大分アレだけど、それはそれという事にしておいて、可能性として大きいのは、精神的なダメージを与えるタイプの罠なのではないだろうか。
古典的だが、肥溜めなどはまさにそれだろう。作成者にかかる負担もかなり大きいが、その負担に相応しい甚大な被害を与える事が可能な、ハイリスクハイリターンなトラップだ。
もっとも、永遠亭までまだ大分距離のあるこの地点だと、在り得るのは、水場さえ把握していれば容易に作成が可能な泥水トラップや、相手を選ぶが精神的苦痛の大きい虫トラップ辺りだろうか。まあ、その辺りならまだ可愛らしい範疇だろう。
だが、仮にこれが噂に聞くピタゴラトラップだとしたら厄介だ。
あのトラップは始動させた本人ではなく、その周辺環境に甚大な被害を与えるという極めつけに迷惑な代物。恐らく最終的には博麗神社が倒壊したり、紅魔館が爆発炎上したりするに違いない。
まあ、その辺はいつもの事だからどうでもいいが、仮に白玉楼にまで影響を及ぼされては堪ったものではない。冥界はドリフ向けの土地柄ではないのだ。
ともあれ、甘んじて落下するのは大却下だ。戦おう。今際のその時まで戦い抜こう。
もっとも、このクックロビン音頭状態の私に何が出来るだろう。
この落とし穴は結構な大きさだ。あくまで目視による推測だが、直径は六尺程もあるだろう。したがって勢い余り過ぎて穴を越えちゃいましたてへへ、という希望は消えた。
……というか、あの兎はこれを独力で掘ったのか。なんという罠師魂。敵ながら天晴れだ。
だが私だってそうそう簡単に負ける気はない。因幡てゐよ、いざ尋常に勝負!
身体の力の向きが下方に向いてしまっている現状、穴の縁に手を伸ばすにはもう間に合わないだろう。
魂魄ゾーンは万能ではない。一度動き出した力を真逆の方向に変えることは難しいのだ。
しかし、逆に言えば更に力を加え続けることは出来る。そう、つんのめって前傾した勢いを、更に加速させ、空中で半回転してしまうのだ。
手は無理でも私には足がある。日々の鍛錬と庭仕事で鍛えぬいたこの健脚が。例え僅かであろうとも、足を穴の縁にさえ引っ掛けることが出来れば、それを軸にして脱出するだけの自信はある。
だが、いかんせんこの穴の径は広すぎる。果たして私の低身長で届くのか?
金はいらない。女は一人以外いらない。でもやはり背は欲しい。
……ええい。今更それを考えて何になる。魂魄ゾーン中とはいえ僅かずつでも時間は流れているのだ。取り返しの付かなくなる前に動け魂魄妖夢!
ともかく私は全力で前転を試みた。それも身体を丸めてではなく、あえて身体を一直線に伸ばしつつという器械体操を思わせる姿勢で。
でも、こうしないことにはどう考えたって縁まで足が届きそうにないのだから仕方ない。
傍から見れば切羽詰まったテトリス棒といった様子だろうが、それは言いえて妙やもしれない。
ただ、縦に挿入してしまうとゲームオーバーで、横向きで引っ掛かってしまうのが正解という変わったテトリスだが。
ゆっくり、ゆっくりと私の身体は宙を泳ぐ。
すでに私の上半身は穴の中に完全に突っ込んでしまっているので、外部の状況はまったく見えない。
状況が状況だけに多くは望まない。ただ、ほんの先っぽだけ届いてくれればそれで良いのだ。
先っぽだけ! 先っぽだけでいいから!
その時、右の足首の辺りから確かな硬質な感触が私の脳に伝えられた。それの意味するところは即ち……。
届いたっ!
我勝利せり! サクラサク! 西行妖満開! あれ、幽々子様の姿が薄くなって……。
っと、いけないいけない。ここで慢心してしまうのが私の駄目なところ。安心するのは地上に上がってからだ。
という訳で、右足を基点に力を込めようと試みる。残念ながら左足は届かなかったようで、中途半端に宙にぶら下がっていたが、まあここは片方届いただけでも幸運……。
……ぶら下がる?
いや、それはおかしい。
縦に掘った落とし穴の縁に右足が引っ掛かったのなら、先にあった左足も届いているか、もしくは壁面に激突しているはずだ。宙を泳ぐ筈がない。
別に左足が人体の限界を超えた角度に曲がってしまったという訳でも無いし、この不可解な現象はいったい……。
めきり
嫌な音がした。それと同時に私は悟ってしまった。
届いてない! 全然届いてないよ!
私が右足で捉えたのは、穴の縁なんかではなく、偶然落ちきらずに残っていたカモフラージュ用の枝か何かだったのだ。そんなものに、私の体重を支えられる力なんてあるとは思えない。
即ち、この音は終焉を告げる鐘の音だ。
嗚呼、今にも何か言い残す事はあるか、と似合わない黒ずくめの服装で不幸せ兎が近づいて来るのが見える。
チェンジ。
お前はお呼びじゃない。あ、小町さんも来なくていいですよ。
諦めるな!
まだ落ちてない! 落ちるまでは終わってない!
五ボスとはすべからくしつこくなくては駄目なのだ!
それにしても、最近の連中は執念が足りていない。どうして一発でも多くボムを使わせるべく足掻こうとしないのか。ナイフが尽きて調度品やらを手当たり次第に投げつけてまで抵抗した咲夜さんや、疲弊で魂魄ゾーンが成立しなくなるまで戦い抜いた私を見習うべきじゃないか。
邪魔をする理由が無くなったならともかく、まだ戦えるのに一戦しただけで降参するようなヘタレなんて従者として……。
……うん、アレだよね。八意先生の出番を作ろうと思っただけなんだよね。やっぱり鈴仙は優しいなぁ。
ええと……飛ぶ? いっそ飛ぶか?
いやいや、飛べるものならとっくに飛んでる。
この体勢から飛べるのなんて、空を飛ぶ程度の巫女か、普段から自然に浮いてる幽々子様や屠自古さんくらいじゃないだろうか。少なくとも私には無理だ。
私は一応、肉体的には人間であって、純粋な霊体とは根本的に身体構造が異なるのだ。
そうだ、霊体と言えば半霊!
半霊に引き上げて貰えば……いや、それも駄目だ。
アレ、事前準備無しだと私の行動をトレースする事しか出来ないから、今出したところで、無駄に落下者が増えるだけだろう。
自分の事ながら本当に使えない。数を増やすよりも汎用性を高める修行をすべきだったと今は後悔して……。
べきっ
あ、終わった。
音と同時に右足が急に軽くなった。
多分、すぐに意識も軽くなるんだろうし、もしかしたら質量も21グラムくらい軽くなるのかもしれない。いや、私の場合は10.5グラムか。軽いなぁ半霊。
だが、予測していたような衝撃は、いつまで経っても訪れず、その代わりに下半身にみょんな圧迫感がある。というか、ちょいと痛い。すでに両手両足すべてフリーになっているのに、一体何が私の身体を落下から阻止しているというのか?
恐らくは、この緊縛プレイのような締め付けからして、私のおパンツが穴の側壁のどこかに引っ掛かって、結果的に落下を阻止している、といった所だろうか。
何故にスカートには引っ掛からなかったのか?
当たり前だ。私のスカートには咲夜さんや射命丸のような超鉄壁機構は備わっていないから、普通に重力で完全にめくれている。即ち、引っ掛かるようなものなど、この緑縞のちっこいおパンツくらいしか無いのだ。
ともあれ、九死に一生は得た。ありがとうマイおパンツ。
なんか、だんだんとドツボに嵌ってる気がしないでもないが、それでも私は生きている。この先の見えない深遠の淵、落とし穴の底へ転落するまで、戦いは終わらないのだ。
……いやいや、底が見えないって何だ。いくらなんでも深すぎるだろう。
日当たりのよろしくない竹林とはいえ、まだ日の高い時分。この落とし穴の中にもいくらか光が差し込んでいるというのに、まったくをもって底面が認識できないというのはどういう訳なのだろう。あの不幸せ兎は私を灼熱地獄送りにでもするつもりか。
もう最近は冥界の者としての自覚も薄くなってきたところだし、地獄行きも致し方ないとは思うが、さすがにまだ早すぎる。
まだまだ私は鈴仙とキャッキャウフフし足りない。湯気が出るくらいらぶらぶちゅっちゅしたい。どうせならリビドーの限りを尽くしてギシギシア……。
びりっ
何だこの音は。三節根中段打ちでもする気か。勘弁して欲しい、私は鈍器の類の扱いは不得手なのだ。
いやいや妖夢。わかってる。現実から逃げたって駄目だということくらい。この薄くて小さいおパンツは私の体重を支えきるには余りにも脆弱だったのだ。鬼のパンツとまでは言わないが、せめて普段のドロワーズであれば……いや、無いな。うん。
何しろこのおパンツは、以前に鈴仙と買い物に行った際『たまには妖夢もこういう下着にしてみたら?』と選んでくれた品だ。何故かやたらと縞模様の物ばかりを勧めてくるのが謎ではあったが、自分でも似合うと思ったので別に問題は無い。
永遠亭への道程は基本的に徒歩なので、おパンツでも恥ずかしくはないし、私の訪問目的を考えると、他の下着を選ぶのは考えられない。しかるべき時になった時、鈴仙を落胆させてはならない。
故にこうなることは必然だったと言え……。
まさか、あの不幸せ兎はここまで読んでいたというのか!?
なんという慧眼、なんという傑物。これは到底、私が謀略戦で太刀打ち出来るような相手ではないのか。
もっとも、私が謀略戦で勝てる相手なんて思い当たりが……ああ、一人いたか。でも、彼女の名誉の為に名前は伏せておこう。神子さん達もさぞや苦労したんだろうし。
っと、今はそんな事を考えている場合ではない。おパンツという名の鈴仙との絆が切れてしまう前に、何とかこの窮地を抜け出さなくては。
視界は最悪。というか下しか見えないからほぼ真っ暗。お先もだいたい真っ暗。
そして体調も悪化の一途。おパンツの食い込みもさることながら、背負っていた風呂敷包みが喉を圧迫していて苦しい。バランスが崩れるのが怖いので今更落とすのも無理だし、同じ理由で自由な手足も殆ど動かせない状態だ。
……無理な気がしてきた。
今、私と現世を物理的に繋ぎ止めているのは、おパンツの布地の僅か一部というこの状況。世間的にはもう落ちてると認定されても不思議はない。
もうそろそろ、落ちない手立てよりも、落ちた際の被害を抑える手立てを考える時期なんじゃないだろうか。
どうせ敗れるなら、せめて恥ずかしくない形でその時を迎えるのも一つの手では……。
……今、私は何を考えた?
恥ずかしくない形だと? 何を寝ぼけた事を抜かしている!
七十五日なんてとっくに経過しているのに、八百屋のおじさんは未だに私を仙人の妖夢ちゃんと呼び、寺子屋の子供達は仙人様おヒゲはどうしたの? と無垢な瞳で問い掛けてくる。
魂魄妖夢におヒゲがありますか? ありません!
そんな私にもう、恥ずかしいものなんてあんまりない!
死にたい。
でも私は死なない。死んでなるものか!
私が死んだら幽々子様は……多分、あまり変わらない気がするから置いといて、鈴仙はどうなってしまうのだ!
色々と死から遠い面々に囲まれている上に、精神面が脆い鈴仙のことだ。きっと慣れぬ感情の波に流され、失意のズンドコに突き落とされてしまうだろう。それを慰める役目は勿論、あの不幸せ兎……。
おのれ因幡てゐ! 貴様はどこまで狡猾なのだ!
やらせはせん、やらせはせんぞ。鈴仙の泣き顔を拝んで良いのも鳴かせて良いのも私だけだ!
こうなればとことん足掻き抜いてやる。時代錯誤と笑わば笑え、これからは精神論の時代であると世に知らしめてみせようではないか。
そう、おパンツが最期の意地を見せている間に、気合と根性と魂をもって強引に飛翔してやるのだ。
無理だから何だと言うのか。女、魂魄妖夢、無理を通してみせる!
しかし、普段私が飛翔する際は、跳躍の延長線上と捉えている故に、力を足に込めるのだが、この場合は何処に集中すれば良いのだろう。
まあ、とりあえずこういう時は丹田で間違いない。そうお師匠様が言っていた気がする。気を集めるべく下腹部に力を、ふんぬっ、と……。
ぐるるるる
狼さんこんにちは? わたし赤ずきん? 性的な意味で食べられちゃうの?
いいえ、これは私の腹の音でございます。
少々想いがみなぎりすぎたようでして、昼食にすっぽんやウナギを食して来たのが仇となったのでしょうか。私の胃腸はすこぶる活動的です。
腸内から固形物が噴出されるという最悪の事態は回避されたようですが、その代わりに溜まった腸内ガスが出番を待ちきれずにドアを猛烈にノックしている有様です。
つまるところ、屁でございます。
紛うことなき大放屁の前兆であります。
ニンニクやニラも沢山摂取したので、その品質には自信ありと宿主たる私も太鼓判を押しましょう。
押すな!
諦めるな私!
安西先生も次の試合に賭けようとか言ってるけど、それでも諦めるな!
飛べ! 意識が飛んじゃう前に世界から飛べ! アイキャンフライ!
思いは力となるんだから、思い込みが浮力になったって何の不思議もない!
ほら、なんか浮いてる気がしてきた!
このわざとらしいふわふわ感! プラシーボ効果! そういうのもあるのか!
下半身丸出しの縞パン女が、犬神家スタイルで落とし穴から発進するとか、滑稽を通り越してなんか格好良い気がする!
浮遊感! 開放感! 無重力状態!
なるほど! 空を飛ぶ程度の能力とはこういうものか!
飛んでる! 私飛んでるわジャック!
自由だ! フリーウーマンだ!
私はあらゆる束縛から解放されたのだ!
従者としての責などない! 冥界の者としての枷もない! 括約筋を締める力だってない!
ぶふぉっ
「あっ」
×魂魄妖夢 VS 落とし穴○
(0分14秒 雪崩式垂直落下リングイン)
「……ただいまー」
「いらっしゃい……って、何だてゐか。何処行ってたの?」
「試合に勝って勝負に負けてきた」
「はぁ?」
「いやあ、私もまだまだだって事を思い知らされたよ」
「ふーん。よくわからないけど、良い経験をしたのね」
「貴重な経験過ぎて夢に出そうだけどね。ところで、鈴仙や」
「ん?」
「あの魂魄妖夢のどこら辺を好きになったのさ?」
「きっ、急に何を言い出すのよ!? え、えと、その、い、色々あるけど」
「色々あるんだ……」
「一つ挙げるならやっぱり……ひたむきで真っ直ぐなところ、かな」
「天元突破する前に少し曲がるべきだと思う。本当に」
「何の話よ。で、その妖夢だけど、何処かで見なかった? そろそろ来ても良い時間なのに……」
「あっ」
「あっ、って何!?」
そう気付いた時にはもう遅かった。
例えるならばそれは、寝ぼけ眼のまま階段を上がり、認識を誤って存在しない最後の一段へと足を踏み出した時のような感覚だった。
霊感レーダーに頼らなくとも本能的に理解出来る。そう、私はものの見事に落とし穴に引っかかってしまったのだ。
私こと魂魄妖夢は、とある目的で永遠亭を尋ねるべく迷いの竹林を足早に進んでいた。そんな最中の出来事だった。
その目的とは、私が今、背中に担いでいる風呂敷包みの中身、冥界にしか群生しない薬草類を、永遠亭謹製の品……医薬品及び餅や団子といった食物などと物々交換するというものだ。
まあ、本当のところを言ってしまえば、それはただの名目で、私個人の目的は鈴仙と会う事だったりするのだけど、これは幽々子様や輝夜さんも知っているし、その上で黙認してくれているようなので、別段後ろめたさはない。
だが、どうにも私達の逢瀬を好ましく思っていない輩もいるらしい。それが今こうして、罠という形となって正体を現したのだろう。
くそう、あの百八十万歳幼女め。何が幸せ兎だ。アレか、半人半霊の私には幸せなんて半分で十分ということか。
大体にして半分でこれならゼロになった場合私は一体どうなってしまうのだろう。誰でも良いから私の運のパラメータを教えてくださ……いや、やっぱりいいです。世の中には知らないほうが良い事だってあるに違いない。
ともかく今は愚痴っている場合ではない。永遠亭では鈴仙が、あとついでに八意先生も私の到着を待っているのだ。
私には時間を止めることも波長を操ることも奇跡を起こすことも出来ない。出来るのは剣術を使う程度だ。
というか、こうして並べると私の能力は余りにも普通過ぎはしないだろうか。これではまるで、王族やら天空人やら派手な肩書きがズラリと並ぶ中、一人燦然と輝いていた漁師の息子さんのようではないか。
でもいい。漁師の息子だって魔王も神様も倒せるし、私の使う剣術には、秘技、魂魄ゾーンがあるのだ。
集中力を極限まで高める事によって、自分の周囲の世界の動きを鈍化させるという、先祖代々から伝わる技術がそれだが、名前はないので私が自分で付けた。
故に私は、危機的状況にありながら、こうして思索に浸ることが出来るという訳だ。
ただし、魂魄ゾーンにも問題はある。
この技は、あくまでも体感的に遅く感じられるというだけで、実際に時間が遅く流れる訳ではない。故に、身体の各部への情報伝達速度は等速……要は自分の動きも周囲と同じだけ遅くなるという事だ。
実際、避けられないタイミングで弾幕が飛んできた時などにこれを使うと、精神的ダメージが増加するだけでかえって危険だったりする。
まあ今は考えられる時間が出来ただけでも儲けものとしておこうか。
さて、まずは状況確認と行こう。
今、私は、草木で巧妙にカモフラージュされていた地面を左足で豪快に踏み抜いている。本来あるべき硬い地面の感触が無いというのは、何ともモヤモヤするものだがもう手遅れだ。早足で歩いていたせいか、右足は勢い余って、大きくつんのめって上を向いており、両の手は反射的に何かを掴もうとして、前方に向けてバクシーシしている状態だ。
……解ってはいたが、やはり絶望的だ。
いくら気が急いていたからといって、なんだって私はこんな、誰が殺したクックロビンとか聞こえてきそうなポーズを取っているんだろう。外見イメージが間抜けすぎるし、何よりも肉体的に危険だ。
もしもこんな不自然な体勢のままで、流れに身を任せて転落したらと思うと……ん?
そうだ、逆に考えよう。落ちてもいいやと考えるんだ。
表向きの理由とはいえ、私は歴とした永遠亭の客人だ。その客人を罠に掛けて負傷させるのは、お世辞にも褒められた行為ではないだろう。
当然、鈴仙のあの兎に対する好感度はダダ下がりし、一方の私は鈴仙と正しい意味でのお医者さんごっこを堪能する事が出来る。あ、八意先生が出る程の事じゃありませんからお仕事に戻って下さい。
おお、なんという僥倖。一兎も追わずに二兎を得るとは、まさにこの事に違いない。あの兎は落とし穴だけでなく墓穴までも掘ったのだ。
そうと解れば話は早い。無駄な長考など終えて、さっさと落下してしまおう。痛いのは嫌だが、そのうち良くなる……もとい、ここは止むを得まい。勝利を得る為には、肉体的な苦痛など一時の……。
……いやいや妖夢。
落ち着け。もう慌ててしかるべき時間だが、それでも慌てるな。この落とし穴が、ただ落ちて痛いだけのものであるといつから錯覚していた?
永きに渡って詐術の研鑽に励んだ兎が仕掛けた罠だ。むしろ単純な落とし穴であると考えるほうが不自然だろう。
例えば、竹槍トラップ。材料の調達が容易というかそこら辺にいくらでも生えているし、適度に育った竹は、斜めに切り落とすだけで殺傷能力を持った武器となる。ましてや落とし穴となると、重力という何物にも変えがたい強力なサポートが付いてくる。そこに毒でも塗布しようものなら、それはもう凶悪な殺人トラップだ。
殺しまではしない、とはあくまでも私の希望的観測に過ぎない。
ここは迷いの竹林の名の通り、不用意に外部の者が足を踏み入れれば、通りすがりの焼き鳥屋さんにでも発見されない限り白骨死体化は確定的という難所だ。幾度も訪れた事のある私でさえ、事前に鈴仙から道程を聞いていなかったなら、遭難は必至だったろう。
鈴仙の知っている道ならば、当然あの兎も知っている筈。ならば予め、私が通るのを見越してトラップを仕掛けるのは容易だろう。
おのれ珍獣イナバシロウサギめ、殺半人を犯してまで私と鈴仙の逢瀬を妨害しようというのか。絶対に捕獲して伯方の塩を丹念に擦り込んでやる。
それにしても、剃毛プレイに放置プレイとか、神話の時代にもマニアックな連中が……。
……おほん。
いや、これはやはり違う気がする。
太古から存在している老獪な策士が、殺しなどという直接的な手段に出るとはやはり考えにくい。
まあ、数億年生きてるらしい八意先生が大分アレだけど、それはそれという事にしておいて、可能性として大きいのは、精神的なダメージを与えるタイプの罠なのではないだろうか。
古典的だが、肥溜めなどはまさにそれだろう。作成者にかかる負担もかなり大きいが、その負担に相応しい甚大な被害を与える事が可能な、ハイリスクハイリターンなトラップだ。
もっとも、永遠亭までまだ大分距離のあるこの地点だと、在り得るのは、水場さえ把握していれば容易に作成が可能な泥水トラップや、相手を選ぶが精神的苦痛の大きい虫トラップ辺りだろうか。まあ、その辺りならまだ可愛らしい範疇だろう。
だが、仮にこれが噂に聞くピタゴラトラップだとしたら厄介だ。
あのトラップは始動させた本人ではなく、その周辺環境に甚大な被害を与えるという極めつけに迷惑な代物。恐らく最終的には博麗神社が倒壊したり、紅魔館が爆発炎上したりするに違いない。
まあ、その辺はいつもの事だからどうでもいいが、仮に白玉楼にまで影響を及ぼされては堪ったものではない。冥界はドリフ向けの土地柄ではないのだ。
ともあれ、甘んじて落下するのは大却下だ。戦おう。今際のその時まで戦い抜こう。
もっとも、このクックロビン音頭状態の私に何が出来るだろう。
この落とし穴は結構な大きさだ。あくまで目視による推測だが、直径は六尺程もあるだろう。したがって勢い余り過ぎて穴を越えちゃいましたてへへ、という希望は消えた。
……というか、あの兎はこれを独力で掘ったのか。なんという罠師魂。敵ながら天晴れだ。
だが私だってそうそう簡単に負ける気はない。因幡てゐよ、いざ尋常に勝負!
身体の力の向きが下方に向いてしまっている現状、穴の縁に手を伸ばすにはもう間に合わないだろう。
魂魄ゾーンは万能ではない。一度動き出した力を真逆の方向に変えることは難しいのだ。
しかし、逆に言えば更に力を加え続けることは出来る。そう、つんのめって前傾した勢いを、更に加速させ、空中で半回転してしまうのだ。
手は無理でも私には足がある。日々の鍛錬と庭仕事で鍛えぬいたこの健脚が。例え僅かであろうとも、足を穴の縁にさえ引っ掛けることが出来れば、それを軸にして脱出するだけの自信はある。
だが、いかんせんこの穴の径は広すぎる。果たして私の低身長で届くのか?
金はいらない。女は一人以外いらない。でもやはり背は欲しい。
……ええい。今更それを考えて何になる。魂魄ゾーン中とはいえ僅かずつでも時間は流れているのだ。取り返しの付かなくなる前に動け魂魄妖夢!
ともかく私は全力で前転を試みた。それも身体を丸めてではなく、あえて身体を一直線に伸ばしつつという器械体操を思わせる姿勢で。
でも、こうしないことにはどう考えたって縁まで足が届きそうにないのだから仕方ない。
傍から見れば切羽詰まったテトリス棒といった様子だろうが、それは言いえて妙やもしれない。
ただ、縦に挿入してしまうとゲームオーバーで、横向きで引っ掛かってしまうのが正解という変わったテトリスだが。
ゆっくり、ゆっくりと私の身体は宙を泳ぐ。
すでに私の上半身は穴の中に完全に突っ込んでしまっているので、外部の状況はまったく見えない。
状況が状況だけに多くは望まない。ただ、ほんの先っぽだけ届いてくれればそれで良いのだ。
先っぽだけ! 先っぽだけでいいから!
その時、右の足首の辺りから確かな硬質な感触が私の脳に伝えられた。それの意味するところは即ち……。
届いたっ!
我勝利せり! サクラサク! 西行妖満開! あれ、幽々子様の姿が薄くなって……。
っと、いけないいけない。ここで慢心してしまうのが私の駄目なところ。安心するのは地上に上がってからだ。
という訳で、右足を基点に力を込めようと試みる。残念ながら左足は届かなかったようで、中途半端に宙にぶら下がっていたが、まあここは片方届いただけでも幸運……。
……ぶら下がる?
いや、それはおかしい。
縦に掘った落とし穴の縁に右足が引っ掛かったのなら、先にあった左足も届いているか、もしくは壁面に激突しているはずだ。宙を泳ぐ筈がない。
別に左足が人体の限界を超えた角度に曲がってしまったという訳でも無いし、この不可解な現象はいったい……。
めきり
嫌な音がした。それと同時に私は悟ってしまった。
届いてない! 全然届いてないよ!
私が右足で捉えたのは、穴の縁なんかではなく、偶然落ちきらずに残っていたカモフラージュ用の枝か何かだったのだ。そんなものに、私の体重を支えられる力なんてあるとは思えない。
即ち、この音は終焉を告げる鐘の音だ。
嗚呼、今にも何か言い残す事はあるか、と似合わない黒ずくめの服装で不幸せ兎が近づいて来るのが見える。
チェンジ。
お前はお呼びじゃない。あ、小町さんも来なくていいですよ。
諦めるな!
まだ落ちてない! 落ちるまでは終わってない!
五ボスとはすべからくしつこくなくては駄目なのだ!
それにしても、最近の連中は執念が足りていない。どうして一発でも多くボムを使わせるべく足掻こうとしないのか。ナイフが尽きて調度品やらを手当たり次第に投げつけてまで抵抗した咲夜さんや、疲弊で魂魄ゾーンが成立しなくなるまで戦い抜いた私を見習うべきじゃないか。
邪魔をする理由が無くなったならともかく、まだ戦えるのに一戦しただけで降参するようなヘタレなんて従者として……。
……うん、アレだよね。八意先生の出番を作ろうと思っただけなんだよね。やっぱり鈴仙は優しいなぁ。
ええと……飛ぶ? いっそ飛ぶか?
いやいや、飛べるものならとっくに飛んでる。
この体勢から飛べるのなんて、空を飛ぶ程度の巫女か、普段から自然に浮いてる幽々子様や屠自古さんくらいじゃないだろうか。少なくとも私には無理だ。
私は一応、肉体的には人間であって、純粋な霊体とは根本的に身体構造が異なるのだ。
そうだ、霊体と言えば半霊!
半霊に引き上げて貰えば……いや、それも駄目だ。
アレ、事前準備無しだと私の行動をトレースする事しか出来ないから、今出したところで、無駄に落下者が増えるだけだろう。
自分の事ながら本当に使えない。数を増やすよりも汎用性を高める修行をすべきだったと今は後悔して……。
べきっ
あ、終わった。
音と同時に右足が急に軽くなった。
多分、すぐに意識も軽くなるんだろうし、もしかしたら質量も21グラムくらい軽くなるのかもしれない。いや、私の場合は10.5グラムか。軽いなぁ半霊。
だが、予測していたような衝撃は、いつまで経っても訪れず、その代わりに下半身にみょんな圧迫感がある。というか、ちょいと痛い。すでに両手両足すべてフリーになっているのに、一体何が私の身体を落下から阻止しているというのか?
恐らくは、この緊縛プレイのような締め付けからして、私のおパンツが穴の側壁のどこかに引っ掛かって、結果的に落下を阻止している、といった所だろうか。
何故にスカートには引っ掛からなかったのか?
当たり前だ。私のスカートには咲夜さんや射命丸のような超鉄壁機構は備わっていないから、普通に重力で完全にめくれている。即ち、引っ掛かるようなものなど、この緑縞のちっこいおパンツくらいしか無いのだ。
ともあれ、九死に一生は得た。ありがとうマイおパンツ。
なんか、だんだんとドツボに嵌ってる気がしないでもないが、それでも私は生きている。この先の見えない深遠の淵、落とし穴の底へ転落するまで、戦いは終わらないのだ。
……いやいや、底が見えないって何だ。いくらなんでも深すぎるだろう。
日当たりのよろしくない竹林とはいえ、まだ日の高い時分。この落とし穴の中にもいくらか光が差し込んでいるというのに、まったくをもって底面が認識できないというのはどういう訳なのだろう。あの不幸せ兎は私を灼熱地獄送りにでもするつもりか。
もう最近は冥界の者としての自覚も薄くなってきたところだし、地獄行きも致し方ないとは思うが、さすがにまだ早すぎる。
まだまだ私は鈴仙とキャッキャウフフし足りない。湯気が出るくらいらぶらぶちゅっちゅしたい。どうせならリビドーの限りを尽くしてギシギシア……。
びりっ
何だこの音は。三節根中段打ちでもする気か。勘弁して欲しい、私は鈍器の類の扱いは不得手なのだ。
いやいや妖夢。わかってる。現実から逃げたって駄目だということくらい。この薄くて小さいおパンツは私の体重を支えきるには余りにも脆弱だったのだ。鬼のパンツとまでは言わないが、せめて普段のドロワーズであれば……いや、無いな。うん。
何しろこのおパンツは、以前に鈴仙と買い物に行った際『たまには妖夢もこういう下着にしてみたら?』と選んでくれた品だ。何故かやたらと縞模様の物ばかりを勧めてくるのが謎ではあったが、自分でも似合うと思ったので別に問題は無い。
永遠亭への道程は基本的に徒歩なので、おパンツでも恥ずかしくはないし、私の訪問目的を考えると、他の下着を選ぶのは考えられない。しかるべき時になった時、鈴仙を落胆させてはならない。
故にこうなることは必然だったと言え……。
まさか、あの不幸せ兎はここまで読んでいたというのか!?
なんという慧眼、なんという傑物。これは到底、私が謀略戦で太刀打ち出来るような相手ではないのか。
もっとも、私が謀略戦で勝てる相手なんて思い当たりが……ああ、一人いたか。でも、彼女の名誉の為に名前は伏せておこう。神子さん達もさぞや苦労したんだろうし。
っと、今はそんな事を考えている場合ではない。おパンツという名の鈴仙との絆が切れてしまう前に、何とかこの窮地を抜け出さなくては。
視界は最悪。というか下しか見えないからほぼ真っ暗。お先もだいたい真っ暗。
そして体調も悪化の一途。おパンツの食い込みもさることながら、背負っていた風呂敷包みが喉を圧迫していて苦しい。バランスが崩れるのが怖いので今更落とすのも無理だし、同じ理由で自由な手足も殆ど動かせない状態だ。
……無理な気がしてきた。
今、私と現世を物理的に繋ぎ止めているのは、おパンツの布地の僅か一部というこの状況。世間的にはもう落ちてると認定されても不思議はない。
もうそろそろ、落ちない手立てよりも、落ちた際の被害を抑える手立てを考える時期なんじゃないだろうか。
どうせ敗れるなら、せめて恥ずかしくない形でその時を迎えるのも一つの手では……。
……今、私は何を考えた?
恥ずかしくない形だと? 何を寝ぼけた事を抜かしている!
七十五日なんてとっくに経過しているのに、八百屋のおじさんは未だに私を仙人の妖夢ちゃんと呼び、寺子屋の子供達は仙人様おヒゲはどうしたの? と無垢な瞳で問い掛けてくる。
魂魄妖夢におヒゲがありますか? ありません!
そんな私にもう、恥ずかしいものなんてあんまりない!
死にたい。
でも私は死なない。死んでなるものか!
私が死んだら幽々子様は……多分、あまり変わらない気がするから置いといて、鈴仙はどうなってしまうのだ!
色々と死から遠い面々に囲まれている上に、精神面が脆い鈴仙のことだ。きっと慣れぬ感情の波に流され、失意のズンドコに突き落とされてしまうだろう。それを慰める役目は勿論、あの不幸せ兎……。
おのれ因幡てゐ! 貴様はどこまで狡猾なのだ!
やらせはせん、やらせはせんぞ。鈴仙の泣き顔を拝んで良いのも鳴かせて良いのも私だけだ!
こうなればとことん足掻き抜いてやる。時代錯誤と笑わば笑え、これからは精神論の時代であると世に知らしめてみせようではないか。
そう、おパンツが最期の意地を見せている間に、気合と根性と魂をもって強引に飛翔してやるのだ。
無理だから何だと言うのか。女、魂魄妖夢、無理を通してみせる!
しかし、普段私が飛翔する際は、跳躍の延長線上と捉えている故に、力を足に込めるのだが、この場合は何処に集中すれば良いのだろう。
まあ、とりあえずこういう時は丹田で間違いない。そうお師匠様が言っていた気がする。気を集めるべく下腹部に力を、ふんぬっ、と……。
ぐるるるる
狼さんこんにちは? わたし赤ずきん? 性的な意味で食べられちゃうの?
いいえ、これは私の腹の音でございます。
少々想いがみなぎりすぎたようでして、昼食にすっぽんやウナギを食して来たのが仇となったのでしょうか。私の胃腸はすこぶる活動的です。
腸内から固形物が噴出されるという最悪の事態は回避されたようですが、その代わりに溜まった腸内ガスが出番を待ちきれずにドアを猛烈にノックしている有様です。
つまるところ、屁でございます。
紛うことなき大放屁の前兆であります。
ニンニクやニラも沢山摂取したので、その品質には自信ありと宿主たる私も太鼓判を押しましょう。
押すな!
諦めるな私!
安西先生も次の試合に賭けようとか言ってるけど、それでも諦めるな!
飛べ! 意識が飛んじゃう前に世界から飛べ! アイキャンフライ!
思いは力となるんだから、思い込みが浮力になったって何の不思議もない!
ほら、なんか浮いてる気がしてきた!
このわざとらしいふわふわ感! プラシーボ効果! そういうのもあるのか!
下半身丸出しの縞パン女が、犬神家スタイルで落とし穴から発進するとか、滑稽を通り越してなんか格好良い気がする!
浮遊感! 開放感! 無重力状態!
なるほど! 空を飛ぶ程度の能力とはこういうものか!
飛んでる! 私飛んでるわジャック!
自由だ! フリーウーマンだ!
私はあらゆる束縛から解放されたのだ!
従者としての責などない! 冥界の者としての枷もない! 括約筋を締める力だってない!
ぶふぉっ
「あっ」
×魂魄妖夢 VS 落とし穴○
(0分14秒 雪崩式垂直落下リングイン)
「……ただいまー」
「いらっしゃい……って、何だてゐか。何処行ってたの?」
「試合に勝って勝負に負けてきた」
「はぁ?」
「いやあ、私もまだまだだって事を思い知らされたよ」
「ふーん。よくわからないけど、良い経験をしたのね」
「貴重な経験過ぎて夢に出そうだけどね。ところで、鈴仙や」
「ん?」
「あの魂魄妖夢のどこら辺を好きになったのさ?」
「きっ、急に何を言い出すのよ!? え、えと、その、い、色々あるけど」
「色々あるんだ……」
「一つ挙げるならやっぱり……ひたむきで真っ直ぐなところ、かな」
「天元突破する前に少し曲がるべきだと思う。本当に」
「何の話よ。で、その妖夢だけど、何処かで見なかった? そろそろ来ても良い時間なのに……」
「あっ」
「あっ、って何!?」
色々とカオスで面白かったです
笑わさせていただきました。
久しぶりすぎて名前見た瞬間に大興奮して来ました。このあとは濃厚なうどみょんタイムですよね。ね。
「従者たちの夏休み」の大好きでした!また舞い戻ってきてくれて嬉しい!
ある意味、最短のSSですねw
以前と変わらぬネタのクオリティでとても楽しめました。
しかしスゲー濃い14秒だったな~
それにしても、なんという濃厚な14秒間……
残念な妖夢、楽しかったです。笑わせてもらいました。
ただ状況の描写がもう少しあった方が妖夢の姿が想像しやすかったように感じます。
こんぱくゾーンの設定一つでこれだけ面白い状況を作れてしまう発想が凄いです。
小ネタも無理なく話にはさまれているので話のテンポが損なわれずニヤニヤしながら読める作品でした。