最近、博麗神社で饅頭を見かけることが多くなった。
神社に出向いて見てみると、鳥居の上とか狛犬の口の中で日向ぼっこをしていたり、つがいになって仲睦まじげな姿をみせていたりする。巫女に話を聞いてみると、つがいになった饅頭はすぐに子饅頭を産むらしく、しかも多産であり、どんどん増えてしまうらしい。
「本当に迷惑しているのよ」
神社を管理する博麗の巫女はそう語る。
かつての博麗神社は妖怪神社などと言われていたが、今では饅頭神社などと不名誉なあだ名で呼ばれつつあるらしく、それに巫女殿はご立腹している様子だ。
何ともつまらない事に困っているものだ。私は巫女を笑いながら提案する。
「ならば食べれば良いだろう?」
生きていても、死んでいても饅頭は饅頭に違いない。ならば、その皮の中に詰まっているのがこしあんでもつぶあんでも、食べてしまえばそれで終いだ。全く簡単な事じゃないか。
すると、巫女はそこらに転がっていた黒い饅頭をむんずと掴むと私に差し出した。
「なら、食べてみなさいよ」
その言い回しだと不味いのか、あるいは毒でもあるのだろうか。そう言えば、キヨマサなるこの国のサムライが、主君を守る為に毒饅頭を食べたなんて伝説もあったっけ。
まあ、栄光あるスカーレット家の当主たる私にとって、毒饅頭如き何するものぞ。伊達にメイド長に面白半分で毒入り紅茶を飲まされていない。
私は口を大きく開いた。
「食べないで!」
すると饅頭が命乞いをする。
その、悲哀溢れる物言いに私は口をあんぐりと開けて固まってしまった。
しかも、よくよく観察してみると、その饅頭は鴉の濡れ羽色のような艶のある黒髪を生やし、それを赤いリボンで纏め、変なもみあげまで付いている。その上、目鼻口も整っていて、この饅頭は博麗の巫女そっくりなのだ。
「なにこれ」
「饅頭」
確かに饅頭ではある。
けれど、髪や装飾具は博麗の巫女にそっくりという、何とも珍妙な饅頭だ。
「いつのまに、饅頭との間に子供を作ったんだ?」
「誰が作るか」
「なら、どうして饅頭がこんなに霊夢に似ているのよ」
「知らないわよ。ともかく、他の饅頭も似たような形をしているから、食べるに食べられなかったの」
「ふむ」
そこらに転がっていた饅頭をよくよく調べてみると、饅頭達は全部博麗の巫女に良く似ていた。
成程、同じ姿をしていたから、食べることが出来なかったか。
そんな博麗の巫女の言葉によって、私は超速理解する。
巫女に食べられない為に、饅頭は巫女の姿を取るようになったのだと。
外の世界の生物の中には、擬態と呼ばれる行動を取るものがいる。それは自分の姿を周りに溶け込ませる事によって捕食者から逃れたり、あるいは危険な生物の姿を真似ることで捕食者を欺いたりする生存戦略だ。
この饅頭の場合、幻想郷で畏れられている博麗の巫女の姿を真似ることで、生き残ろうとしたのだろう。
「饅頭も生存に必死なんだな」
私は饅頭を優しくうりうりと撫でてみる。
すると、それはくすぐったいという調子で、ピーピー鳴くのだ。それが妙に可愛くて、よけいにうりうりしてやると、そいつはもっと甲高い声を上げてピーピー鳴く。
うん、これ楽しい。
「あのさ」
「なに?」
「その、私と似た食べ物を、私の前で弄らないでくれる。なんかこう、変な感じがするから」
「ん? なんだ。もしかして、霊夢もうりうりされたいの?」
「調子に乗るな!」
怒られた。
それから私は饅頭のつがいを貰う事にした。それは純然たる好奇心より生じた行動であり、賞賛に値する学術的行動と言えるだろう。
脱いだ帽子の中には、一対の饅頭が不安そうな調子で「食べないで!」等と鳴いている。どうやら、これがこの饅頭が喋れる唯一の言葉であるらしい。鸚鵡みたいな性質でも持ち合わせているのだろうか。
あまりストレスをかけて、屋敷に帰るまでに死なれては大変だ。私は、つがいをリラックスさせる目的でうりうりしてやると、しばらくして饅頭達は甘い声を上げ始めた。
そうして私が饅頭達に献身的な愛情を注いでいると、どういうわけか博麗の巫女は私を胡乱な目で見る。
「しかし、別に断る理由は無いけどさ。なんで、こんなのを欲しがるわけ。また、ロクでもないことを企んでいるんでしょ」
失敬な話だ。
私は、単純にこの饅頭に対して、並々ならぬ興味を抱いているだけなのに。
ぷにぷにしてて突くと楽しく、うりうりするといい声で鳴いて、いざとなったら非常食にもなる。こんなに素晴らしいペット、なかなか居ない。
「ちゃんと可愛がるから安心してくれ」
「……いや、まあ、私はそいつらがどうなろうと知ったことじゃないんだけどね」
何とも言えない顔で博麗の巫女が言う。
確かに自分と似た存在が目の前でうりうりされるのは恥ずかしかろう。私だって、同じ立場に立たされたら、きっと恥ずかしくて赤面してしまう。
けれど、私は巫女ではないのでそんな事は関係ないのだ。
うりうりうりうり。
「お前たちは可愛いなぁ」
「うー」
そうしてこれ見よがしに可愛がっていると、巫女殿が唸りだした。また怒られてもつまらないので、私はそろそろお暇する事にする。
「ま、それじゃ。また遊びに来るよ」
私は唸る巫女に適当な挨拶をして、饅頭のつがいを持ち帰った。
それから私は館で饅頭を飼育する事になったのだが、今まで饅頭なんぞ一度も飼った事がなかったので色々と苦労した。そもそも幻想郷に来るまでは、饅頭なんて見た事がなかったのだ。西洋には、シュークリームや肉団子はあっても、饅頭なんて存在していなかった。
だから、饅頭が何を食べるかも知らなかった。これで育ててみようとしたのだから、我ながら無謀な事である。
「レミィ。饅頭は具によって餌が違うの。餡子系なら砂糖で甘く煮た小豆を食べさせるのよ」
「お嬢様。子供のお饅頭にご飯を食べさせるときは、スプーンでは量が多いので、こうしてスポイトに潰した餌を入れて、食べさせてあげて下さい」
「懐かしいですね! 私も子どもの頃に饅頭を育てたもんですよ。あ、ウチのは孔明先生が生み出した原種なので、肉食の肉饅頭でしたが……まあ、饅頭である事には違いは無いでしょう。お世話なら任せてください」
けれど、みんなが助けてくれた。
お陰で、私は饅頭を死なせる事無く、順調に増やす事が出来たのだ。
私の妹も、この愛らしい饅頭の事は気に入っているらしく、お気に入りの饅頭を頭の上に乗っからせては、楽しそうに散歩をさせている。
饅頭のおかげで、毎日がとても楽しい。
一つ問題があるとすれば、擬態をするという性質から紅魔館で飼っている饅頭の外見が私達に似てしまった事ぐらいだろうか。てっきり博麗の巫女の姿で固定されたと思っていたのだが、こうも柔軟な性質を持つ食べ物とは、全く以って想定外だった。
「お姉様と咲夜のお饅頭はいっつも仲が良いね」
「お嬢様のお饅頭と妹様のお饅頭の間にお子様が生まれました!」
その上、饅頭たちは誰が『危険な生き物』かが分かっているらしく、私や妹、そしてメイド長の順に、擬態される比率が高いのだ。妹やメイド長は「まあ、お饅頭だし」とか「お饅頭のすることですから」等と気にしていないが、私はこういう事があると、マイルドなセクハラを受けている気分となる。
図書館に駐在している我が腹心の友にその事を相談したら「レミィ、総受けね。モテモテで羨ましいわ」とよく分からない事を言われた。どうやら、友は私の苦境を楽しんでいるらしい。
腹いせに図書館で見つけた友人そっくりな饅頭をうりうりする。すると饅頭は「むきゅー」と何処かで聞いたような声を上げた。ああ、楽しい。
「なにやってるの」
すると噂をすれば影とばかりに、私の親友が姿を現す。
「ふふ、パチェのお饅頭をこうしてうりうりしていたのさ!」
高まっているテンションそのままに、私は友によく似た饅頭をこれでもかとうりうりする。
うりうりうりうりうりうりURYYYYYY!
「楽しい?」
冷めた目で腹心の友は尋ねてきた。
「まあ、割と」
私も冷静に答えた。
そうして饅頭にかまけた日々を過ごしていたが、ようやく数も安定し、世話の必要も減ってきたので、私は久しぶりに博麗神社へ遊びに行く。
相変わらず、沢山の巫女饅頭が出迎えてくれる。しかし、ここの饅頭は巫女が世話をしている様子がないのに、どうやって食事を取っているのだろうか。
やはり、この饅頭にはまだ謎が多い。
そうして思索を巡らしながら、巫女の住んでいる方に行ってみると、何やら少し騒がしかった。
「いやー! 本当にこいつら霊夢そっくりだよな!」
「そうですねぇ。この顔とか良く似てます」
「あー、もう! あんたらは似てる似てるって五月蝿いわよ!」
「けど、こいつら見ていて飽きないな。ほら、頬っぺたをうりうりしてやると、気持ち良さそうに鳴いているぜ」
「はい。まるでミニ霊夢さんみたいで、おうちに一匹欲しいぐらいです」
「私も欲しいなぁ。でも、私は饅頭の飼い方なんて知らないぜ。どうやるんだ、霊夢?」
「そんなの知らないわよ。私が知らないうちに勝手に増えているんだから」
どうやら、魔法使いと現人神が遊びに来て、この饅頭どもに興味を惹かれているらしい。確かに、この饅頭は知的好奇心を満足させる面白い食べ物だ。
ならば、彼女らの知性を刺激させる為にも、饅頭のパイオニアたる私が飼育法を教授してやらなければならないだろう。何よりも他にも饅頭を飼う奴が増えれば、この羞恥プレイを受ける仲間が増えるというモノである。
同類が増える事への昏い喜びをひた隠しにしながら、私は三人に近付いた。
「私が飼い方知ってるから、教えてあげようか?」
そして、私は新たな犠牲者達に饅頭の育て方をレクチャーする。
幻想郷が饅頭で埋め尽くされる日も、そう遠くは無いだろう。
了
可愛い上に面白かったです。
ゆっくりを知っている人からはどうしてもイロモノゆっくりSSと受け取られてしまい、ゆっくりを知らない人から見たらシュールなツッコミ不在SSに思われるだろう本作は高評価を得るのは難しいかもしれない、でも私はシュールもゆっくりも好きなのでこの点数。
でも面白かったです