「ルナ姉ご飯まだ~」
「あとちょっとだから」
リリカは、半開きの瞼をごしごしと擦りながら、椅子にどかっと座り込んだ。
机に頬杖を突き、まだかまだかと朝食を作るルナサの方をずっと穴が空きそうな目力を放って見ていた。
そんな視線を感じいそいそと作るその姿は、さながら子供の弁当を作り忘れた母親のようであった。
一方で遅れて起きてきたメルランは、一人で忙しなく準備をするルナサを見ると、気だるい気持ちを抑えつけて隣に並んだ。
朝から鬱な状態で話されるのだけは勘弁してほしいという願いもあり、メルランは率先して手伝う。
椅子で大きな欠伸をする妹を横目に見ながら、瑞々しいレタスをちぎる。
カチャカチャ……シャリッシャリッ………ゴトッ。
聞こえるのは、器と箸とがぶつかり合う音、レタスのちぎる音、遠くで聞こえる鳥の囀り。
騒霊というだけあり、騒がしい三姉妹と評判ではあるが、朝から騒いでいるわけではない。
あの妖怪が蔓延る博麗神社だって朝くらい静かなのだ。
こんな小さな洋館が騒がしいはずがない、のだが……。
「ねぇルナ姉。リリカが手伝わない事には何も言わないの?」
「え? いやだって、どうせ言ってもめんどくさいとか言って手伝わないし……」
「そんなんだからリリカが調子に乗っちゃうんだよ!」
バンッ!という調理台を叩く音に、ルナサの肩は大きく跳ねた。
近くの枝木で戯れる小鳥たちも思わず飛び去って行く。
どうやら久々に騒がしくなりそうな雰囲気である。
呆然とした表情のリリカをビシッと指差し、唾をまき散らしながらルナサへ叱責する。
当然、いきなり怒鳴り声をあげられて驚かないわけがなく、おどおどと視線が泳ぐ。
「ちょ、ちょっと待ってメルラン。何を怒っているのか説明してくれない? お姉ちゃん何か悪いことしたかな?」
思わず妹相手に敬語を使ってしまう辺りから容易に動揺していることが読み取れる。
理由がわかっていないルナサに、さらに声を張り上げる。
「悪いも何も、リリカが調子に乗るのは長女のルナ姉が叱ることをしないからでしょ!? 姉としての威厳とか無いの!?」
「うっ、そ、それは……。しかし、しかしだ、メルラン。私がこんな感じなのは今に始まったことじゃないし、妹思いのへたれお姉ちゃんっていうのも一つの属性というか、要素ではないかな!?」
「何わけのわかんないこと言ってんのよ!」
テンパるルナサは真っ当な反論もできずにメルランに言われるがまま。
姉ではあるが、言われると何も言い返せないほどには弱々しいルナサに、メルランからは呆れのような表情も見えた。
そんなあたふたしている様子を何食わぬ顔でじっと見つめるリリカは痺れを切らしたように、ボソッと呟く。
「幻想郷に姉妹って私たちだけじゃないんだし、姉がどんなもんなのか見てきたらいいじゃん」
「へ?」
「は?」
二人とも間の抜けた声を上げ、リリカの方を見る。
そこからは、親指で外を指し、『早く外へ出ろ、めんどくさい』と行動、表情の両方からわかる。
ルナサとしても、これ以上メルランに叱れる続けていたら気が病んでしまうと思い、素直にその指示に従うことにした。
「お姉ちゃん、姉の威厳ってやつを探しに行ってくるからね!」
「はいはい、早く行った行った。メル姉も朝っぱらからそんな怒らないでよ」
「あんたねぇ、一体誰のせいで怒ってると思って……!!」
メルランの怒りの矛先がリリカへ変わったところで、そそくさと逃げるように外へと飛び出した。
◆
「姉ってのは皆がみんなしっかりしてなくてもいいと思うんだけどなぁ……」
一人ぶつぶつと愚痴を零しながらも、まだ肌寒い秋空を騒がしくない騒霊は行く。
姉の威厳を求めて一人飛び出したルナサであったが、行くあてはあった。
姉妹と聞いて真っ先に思い出す、ルナサもよく知っている姉の元へと移動している最中だった。
パーティを開く際には必ずと言ってもいいほど呼んでくれるお得意先、紅魔館である。
あそこには五百年もの長い時を生きる誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレットが主として住んでいる。
何度か話したことがあるし、きっと姉の威厳についても知っているはずだと期待に胸を弾ませていた。
決意を胸に門の前に立つルナサの表情は凛々しい。
「あの幼い容姿ながらも厳格であり、細く鋭い瞳。そして、あの大きな洋館の主を務めているとなれば、きっと私の疑問にも答えてくれるだろう」
「何を一人でぼそぼそ呟いてるんですか?」
「ハッ!?」
気付けば鮮烈な赤い髪を揺らす門番が目の前に立っていた。
夢中になっていたとはいえ、人の気配にも気づかないのはどうしたものかと頬を掻いた。
鈍感なんですねと笑われ、ルナサの視線が宙を泳ぐ。
「お嬢様に用があるのですか?」
「え? ま、まぁ、私事ではあるんだけど……会わせてくれるかな?」
「んー私の判断だけじゃどうにもならないのですが。どうですかね、咲夜さーん?」
洋館に向かって叫ぶように問いかけると、遠くの方から小さく、いいんじゃないかしらー! と返ってきた。
「らしいです。今咲夜さんちょっと手が離せないらしいので私が案内しま――」
「門番は門番らしく見張ってなさい。さ、ルナサさん。こちらです。
「あ、どうも……」
突如現れた咲夜によって美鈴の提案は遮られ、少し残念そうに肩を落としていた。
パーティでは誰とでも喋っているのを見かけており、きっと色々喋りたかったのだろう。
「気にしないでください、気が付いたら誰かしらと喋ってるおしゃべりさんはちゃんと仕事させなきゃだめなのです」
「そ、そうですか……」
館のメイドではあるのに思わず敬語を使ってしまうほど、咲夜は大人っぽい。
何でも仕事ができるというイメージが強く、こんな完璧なメイドを従えている辺りも期待が持てる。
「ところで、今日はどのような御用でこちらに? と、私事を聞くなんていけませんわね」
「ありがたい。できれば話す時も一対一で話しがしたから、席は外してもらえるかな?」
「もちろんですわ」
妹達もこれくらい素直だったらなぁと、叶いもしない願い事をルナサは胸にしまい、レミリアの部屋へと進んでいく。
実際どこに部屋があるかはわかるのだが、お客に一人で行かせるなんてことは、咲夜がさせるわけがないし、レミリアもそうはさせないだろう。
紅魔館はきちっとした用事があり、礼儀正しい客にはしっかりとした対応を見せてくれる。
泥棒や欲を垂れ流した者には容赦ないのは言うまでもない。
しばらく適当な会話を交わすうちに、他の部屋とは格段と立派な扉の前にたどり着いた。
咲夜はピシっと服を正すと、扉を三回叩く。
「咲夜でございます。ルサナ・プリズムリバー様が、御用があるとのことでお連れしました」
「ん、入って」
扉越しに凛とした声が返ってくる。
咲夜は重そうな扉をぐっと開き、中へどうぞとにこりと微笑んだ。
中では、頬杖を突きながら、吸い込まれそうな真紅の瞳がルナサを見つめていた。
「なんだい、今日は演奏を頼んだ覚えはないけど?」
「申し訳ない。ちょっとした質問というか、伺いたいことがあって、その……」
申し訳なさそうにちらりと見つめるルナサの視線に気づき、咲夜は一礼をしてそっとその場から去って行った。
「咲夜がいちゃ言えないことなのかい?」
「いや単に恥ずかしいだけなんだけど、その、貴女には妹がいて、つまり、姉なわけであって……」
「はっきりしないね。言いたいことはしっかり言わないとわからないよ」
悪戯っぽく笑っている辺り、ここにルナサが来ることは知っていたのかもしれない。
これも『運命』の導きなのであろう。
「では、はっきり言わせてもらうけど、姉としての威厳っていうのを知りたくて来たんだ。貴女はこの大きな館の主であり、あれほど立派な従者も従え、それでいて吸血鬼としての誇りも兼ね揃えている。そんな貴女にぜひとも、姉の威厳というものを教えてもらいたくて来た」
「う、嬉しいこと言ってくれるわね。姉の威厳ね、ふむふむ」
機嫌を損ねては悪いと思い、褒めるような言葉を付け加えたところ、すごく喜んでいるようで少し安心する。
五百年生きている割には非常に子供っぽいところがあるので扱いやすいのだ。
実際そんなこと口にしたら何されるかわからないので、もちろんルナサは心に留めるだけにしておく。
「常に姉として妹に馬鹿にされないような態度をとることはもちろんだけど、こう、一つひとつの言葉を選ぶことも威厳やカリスマに繋がるのよ」
「言葉の一つひとつが大事、か」
「そうよ。それに加えて決め台詞なんてあってもいいわね」
「決め台詞なんているの?」
「ええ、もちろん」
熱心に話を聞いてくれているのにすっかりご機嫌のレミリア。
決め台詞なんて普段どの場面で使うんだろうとルナサは思うも、話を進める。
「こんな風になりたいと思われるような、ビシッと決まる台詞よ。たとえばこう……」
突如立ち上がり、背中を向けたかと思うと、くるりと顔だけをこちらに向け、キリッとした表情で。
クスリと笑う口元を綺麗な指で少し隠しながら、ただその吸血鬼だと示すかのように真っ白な牙をむき出し、羽を大きく広げて。
「こんなに月も紅いから、暑い夜になりそうね」
「お、おおぉ……」
思わずルナサはパチパチと手を叩いた。
心の中ではこれが姉の威厳と関係あるのかどうか疑問に思っていたことは口に出せるわけがない。
決まった!と内心ガッツポーズのレミリアは、ルナサの表情を盗み見る。
口をぽかーんと開け、カリスマ性に言葉も出ない姿を確認すると更に顔を笑顔で歪ませた。
「こんな感じで、貴女も何か決め台詞を考えてみるといいんじゃないかしら?」
「う~ん……。そうだな。一度やってみる」
意を決したルナサは立ち上がると、何となく持ってきたヴァイオリンを構え、キリッとレミリアを見据えながら。
「気圧が……下がる!!」
「……は?」
思わず間の抜けた声を上げたレミリア。
「だ、ダメ?」
「いや、ダメもこうも、気圧が下がるってどこをどう捉えたら決め台詞になるっていうの!?」
「難しいものだな」
ぎゃーぎゃー討論を繰り返している最中、咲夜はコトンと白い机にティーカップが置かれた。
どうもとルナサは頭を下げるも、何かがおかしいと首をかしげる。
客に対してお茶を出すことは至極当然の事ではあるのだが、なぜこの部屋にいるのか。
それはそうと、いつからいたのか。
「あの、いつからここにいたの?」
「私は時を操れますから。立ち去ってすぐにお茶を入れてまたここに戻ってきていましたわ」
「あの、私事だから聞かないでって……」
「秘密ごとは聞きたくなるのが生きる者の性というものですよ? なんというか、人間っぽい悩みを抱えているんだなーと思って微笑ましいですわ」
悪戯っぽく笑う咲夜に、ルナサは顔を真っ赤にし、肩を震わせた。
「し、失礼しました!!」
解放された大きな窓から逃げるようにルナサは飛び出した。
だんだん小さくなっていく姿を見つめながら、咲夜は空いた椅子に腰を掛けた。
「あらあら」
「まったく、お客様には優しくしないとダメだと言ってるじゃない」
「そんなこといって、褒め言葉に素直に喜んで羽パタパタさせてたのはどなたでしょうか?」
「ふ、ふんっ!」
レミリアは恥ずかしさを誤魔化すように、淹れたての紅茶を口へと運ぶ。
音を立てることなくするりと喉元へと運ばれるも、ごほんと咳を零す。
「また何か変なもの紅茶に混ぜたわね、咲夜」
「あら、変な物とは失礼ですわ。お嬢様の健康に気遣ってのことですわ」
「お客にも同じなのを出したのかしら?」
「とんでもない。お客様にはちゃんとした紅茶を淹れましてよ?」
頬を引きつらせながらも、レミリアはため息をつき、ルナサのために出されたティーカップへと手を伸ばした。
◆
青い空とは対照的に、真っ赤な顔をしながら飛んでいる少女が一人。
「なんとも恥ずかしい場所を見られてしまった……」
思い出すだけで恥ずかしい思いに駆られるも、こんなことではだめだと首を振り回した。
今は姉としての威厳を探さなければならないのである。
幻想郷にいる姉妹の姉といえば、まだ他にもいる。
地底にあるらしい、地霊殿という屋敷の主をしている古明地さとりだ。
紅魔館のように従者がいる屋敷ではないが、たくさんの動物を飼い、その動物たちから慕われているとの話である。
「しかし、地底なんて行ったことがないし、霊夢辺りに頼んでもめんどくさいとか言うだろうしなぁ。魔理沙はふらふらいろんな場所に出かけてて居場所がつかめないし。う~ん」
暇な時、困った時は博麗神社、とは妖怪達の間で言われていることである。
あまり期待してはいないが、あてもないのでルナサは仕方なく神社へと足を運んだ。
「あら、騒霊なのに騒がしくない奴じゃない。珍しいわね、どうしたのよ」
「ちゃんとルナサって名前があるんだから名前で呼んでくれないかな」
「似たような名前三つも覚えらんないわよ」
縁側で煎餅を齧りながら、もごもごと答える霊夢。
博麗の巫女というのはこんなにも仕事をしないものだったかなぁと頬を掻きながらも、ふと霊夢の横に目をやる。
何やら黒い物体が丸まっている。
二本のしっぽがぷらんぷらんと揺れながら、小さく上下に揺れている。
この猫には見覚えがある。
確かに、あの古明地さとりの隣にいた猫に間違いない。
「ちょっと」
いきなり起こすのも悪いかと思い、恐る恐る声をかけてみるが反応が全く見られない。
今度は揺すってみるも、んんぅと小さく息を漏らすばかり。
どうにもこうにも起きなさそうにないので、ぷらぷら揺れる尻尾をギュッと握りしめた。
「んぎゅぅ!? な、なんだい一体!?」
「やっと起きた。ちょっとばかし話があるんだけど」
お燐は、自身の尻尾をゆっくりと撫でながら、睨みつけるようにルナサを見た。
「もっと優しく起こせないもんかねぇ、お姉さん」
「呼びかけても揺すっても起きないなら、こうするしかないと思った。申し訳ない」
「いやまぁ、本気にしなくてもいいよ。で、用事って何さ?」
「実は、貴女のご主人についてなんだが……」
かくかくしかじか。
ルナサは事の顛末をお燐に話すと、そんなことかと大いに笑った。
「構わないよ。まぁでもさとり様は癖のある方でちょっと相手するのは大変かもしれないけど、その辺の覚悟はできてる?」
「あぁ、でなかったら話しかけないさ。地底に行くのが初めてっていうのもあってちょっとどきどきするけど」
「なぁに、愉快なところさ。お姉さんは私に黙ってついてきてれば大丈夫だから」
どこか誇らしげに胸を張るお燐をみて、少しルナサは安心した。
噂だけでは地底は危ない妖怪がいっぱいいると聞いているし、なにされるか分かったものじゃないとまで聞いてはいたが。
「あんた私の前でよく堂々と地底行ってきますとか言えるわね」
「止めるの?」
「いやめんどくさいしさっさと行けばいいけど。邪魔な猫もいなくなるし」
「つれないねぇ」
手を払い、邪魔者は他所へ行けと態度でも示された。
特に博麗神社でやることもなく、留まる理由もない二人はそそくさと地底へ潜っていった。
◆
地霊殿までの道中、地上にはない景色にルナサは目を丸くした。
地底に流れる小さな川に架かる、古こけた赤い橋を渡ると、眩いばかりに光を放つ旧地獄街道へと出た。
至る所で鬼たちが商売を営み、酒の香りと活気に溢れた何とも賑やかなところであった。
こんな騒がしいところに地霊殿があるのかと思ったルナサであったが、どうやら違うらしい。
「こっちこっち」
お燐に誘われるがまま、街道を抜け、先ほどの喧騒な雰囲気とは打って変わって物静かな道へと出る。
まるで先ほどと別世界へ来たような感覚に溺れる。
しかし、徐々に先ほどとは違う賑わいを見せるようになる。
様々な動物がルナサ達と同じ方向へと歩みを進めているのである。
動物屋敷と宴会の時に魔理沙が言っていたのはどうやら本当らしい。
遠目にうすぼんやりと屋敷が見えてきた。
近づくにつれてその館は大きさを増し、紅魔館に引けを取らない大きく立派な館が全貌を露わにした。
「ほらあそこだよ。さとり様は自室に籠ってると思うからそこまでは案内するね」
「助かるよ」
見た目重そうな扉をいとも容易くお燐は開き、広大な屋敷の中をさとりの部屋を目指して進む。
屋敷には至る所に様々な動物が住み着いていたが、不思議なことに鳴き散らかすということはなかった。
躾けているのかな、とルナサは思ったが、主人のために静かにしているのかとも思える。
「考え事かい、お姉さん? あたいには何考えてるかわからないけど、さとり様の前じゃ気を付けなよ?」
「ん? それはどういう……」
「さあさあ、着いた着いた。あとはお姉さんとさとり様でゆっくり話すといいさ」
何か含みのある笑みを残してお燐は去って行った。
あっという間に駆けていく姿をただ茫然と見つめていると、扉の向こうからガタッと音が聞こえた。
「お燐? 誰かいるの?」
「え、あ、いや……あ」
「あら?」
足音と声とが近づいてきくるのにおどおどしていると、返事する間も無く対面する事となった。
さとりは少し驚いたような表情を浮かべたが、何かを察知したかのように部屋へと招き入れた。
「どうぞ、相談があるのでしょう?」
「あ、はい。……って、私相談したいなんて言いましたっけ?」
「私には全てお見通しなのですよ、ふふふ」
ここにきてルナサはようやく、さとりは心を読む妖怪だということを思い出した。
そりゃ隠し事もできないかと心中で呟くと、さとりはそれを読み取ってはまた笑った。
「で、姉の威厳を聞きにやってきたのね?」
「説明なしにわかってもらえて楽なんだけど恥ずかしいな」
「姉の威厳ねぇ。こいしは自分勝手ですぐどこかへ行っちゃうしあまり私が手を加えるってことがないのよね、実際」
「……へ?」
何かルナサにとってマイナスな発言が聞こえて思わず間の抜けた声を上げる。
何もしてないなんて言われたら何をしにここへ来たかわかったものじゃない。
「いやでも、お姉ちゃんがあっての妹じゃないですか。やっぱりこう、何かしら手を加えた部分もあるでしょう?」
「まぁ、ないっていうのは嘘ですけど。私達は覚りに生まれた以上、それを自覚して生きていかなければいけないと教えたわ。どこへ行っても嫌われる覚りだけど、仕方のないことで受け入れるしかないというのに、こいしはね」
「あ、あれ?」
「受け入れられずに心を閉ざしてしまった。そのせいで私はこいしの考えていることもわからないし、こいしも私の事をわかろうとしてくれない。でも、霊夢達に出会ってから少しずつ心を開いていってるような感じなの。姉の私にできなくて、霊夢達にできるのって姉としては悲しいもので」
「あの~、さとりさん?」
「でもやっぱり、姉として少しでも心を開いていって心が分かり合えるならそれもいいなって思うんです。だけど、その心を開く鍵はきっと最終的には私になるとはずなんです。なのに、私は何も彼女の事をわかってあげられない。今の、覚りという立場を認めてしまって考え方が違うからなのかもしれませんね……」
(いかん、鬱になる。)
この時ほどメルランの演奏を羨ましく思ったことはない。
そんな沈んだ気持ちに追撃をかけるヴァイオリンを弾くなんてできるわけがない。
若干目が紅いさとりを、大丈夫ですよとルナサはあやすように背中を撫でた。
(わざわざ地底まで来て何してるんだろうなぁ……)
心の声を読まれることなどお構いなしに、ため息をついた。
◆
結局思いつく姉妹のところへ行ったけど何の収穫もなかった。
どんな顔をして帰ればいいのだろうと途方に暮れながらも、人里の茶屋で一人団子をつまんでいた。
「あら、あなたは……ルナサさん、でしたっけ?」
「ほへ?」
団子を口に詰めながら沈んだ頭を起こすと、そこには命蓮寺の面々が。
聖と星の二人は見覚えあったが、あと一人が解らなかった。
「あなたは?」
「ん、儂か? 儂は佐渡の二ッ岩。二ッ岩マミゾウじゃ。最近ここに来たばかりじゃからわからんことも多いが、一つよろしく頼む」
「どうも。私はルナサ・プリズムリバーです。幽霊楽団でヴァイオリンを担当しております」
「ほう、楽団をやっているのか。それはまた聞いてみたいものじゃのぉ」
カッカッカと大げさに笑ったかと思えば、次にはコロッと表情を変えてルナサに詰め寄った。
「それはそうと、ずいぶん元気のない顔をしとったが、悩みごとかい?」
「わかります?」
「そりゃそうじゃ。儂も長く生きている身、それくらい見抜けんで化け狸はやっていけん」
「は、はぁ」
なぜ化け狸をやっていけないのかは聞かずに、素直に相談することにする。
事情を一通り話すと、聖と星は真面目に考えている様子だったが、マミゾウは膝を叩いて大げさに笑って見せた。
「おぬし、面白いのぉ! ほんなもんは次女が都合よく立場を使ってるだけに過ぎん。もしおぬしとその次女の立場が逆だったらおぬしもそうやって言って逃げることができるじゃろうて」
「言われてみると確かにそうかもしれないけど、しかし……」
「そう思うじゃろう? 儂は様々なものに化けるが、何一つ同じ姿形をしているものなんてないし、それは内面だってそうじゃ。おぬしが強く言えないのも一つの個性。そもそも、威厳なんてのは圧するような厳めしさのことじゃ。妹の事を素直に聞いて威厳を求める辺り、おぬしは圧するのなんて柄じゃないだろう?」
ルナサは黙って頷く。
初対面にも関わらず、こんなにも熱心に相談に乗ってくれるマミゾウにルナサは感動した。
命蓮寺の面々は基本的に害をなすことはなく優しいとは聞いていたが、ここまでされると目頭が熱くなる思いである。
「優しくて叱れない姉、それでいいんじゃないのかい? その次女にしたってその優しさは知っているはずじゃ。そうやって言い張ればいいじゃないか」
「ありがとうございます。なんかちょっと自信が出てきました。メルランと話してきます!」
「のーぷろぶれむじゃ。お礼は今度演奏で返してくれるだけでええぞ」
「はい、是非とも」
心の靄が晴れ渡る思いに満ちたルナサは、頭を下げ、すぐさまメルランの元へと飛び立っていった。
飛んでいくルナサを見て、どこか誇らしげな表情を浮かべるマミゾウに対し、プッと吹き出す笑い声が屋根上から聞こえた。
見上げる間もなく、その声の主が降りてきた。
「な~にかっこつけてんのよマミゾウ。初対面だからいいとこ見せようとしてたわけ?」
「煩いわい! どっから沸いて出た、ぬえ!」
「沸いて出たとは失礼な! 私はさっきから屋根の上で話しを聞いてたんだよ!」
「なにぃ!? おぬし今日は庭掃除の当番だろう! こんな場所で油売ってないでさっさと掃除に戻らんか!」
「ぐぬぬぅ……」
「カッカッカッ! 返す言葉もないか!」
「あの~申し訳ないのですが……」
争う二人に、非常に申し訳なさそうに店主が声をかけた。
二人はぴたりと動きを止めると、店主はへこへこと頭を下げた。
「申し訳ありません。先ほどの方のご勘定がまだ済んでないのですが、その、あの方がいつ来るかもわからないので……」
「だってさ。ほら、マミゾウ。最後まで面倒見てやりなよ」
「あ、ぬえ、ちょっと」
「庭掃除しなきゃなー! あー忙しい忙しい」
逃げるように飛び立つぬえを、恨めしそうにマミゾウは睨むも、仕方なしと店主にお金を払った。
僅かに軽くなった財布をしまうと、マミゾウに気を使って聖が声をかけた。
「まぁ、人助けだと思って、ね?」
「そんなふぉろーはいらんわい」
ぽんぽんと肩を叩く聖に、マミゾウは苦笑いを浮かべて返した。
◆
家に帰ってきたルナサを迎えたのは、まだ少しふてくされた表情のメルランであった。
「ただいま」
「で、姉の威厳はどうなったの?」
出迎える言葉もなしに突如聞いてくる辺り、まだ機嫌が直っていないのがわかる。
しかし、今のルナサにはそれに立ち向かう勇気がある。
普段言われっぱなしのルナサであるが、そういうわけにはいかないのだ。
「私は、威厳なんてものを持ち合わせてない」
「それじゃあ何のために……」
「私は他人から見たらただのへたれかもしれない。でも私はそういった威厳とは違う、優しさが個性なんだと思う。私には威厳なんてものは持ち合わせることができないんだよ。これが今日学んだ答え。これじゃだめかな?」
言い切ってやったと、心の中でガッツポーズとドヤ顔のコンボを決めるルナサ。
メルランもそれに対して言い返せない様子なのがさらに気持ちを高ぶらせる。
完全勝利の瞬間であった。
「でもさぁ」
「ん?」
そんな勝ち誇るルナサにメルランは食いかかる。
「それっぽい事言ってるけど、いろんな場所行ったけど結局ろくな情報を得られなかったんじゃないの?」
「へ? い、いやそんなことないぞ!? レミリアさんにはカリスマ性とやらを学んだし、さとりさんには妹に対する熱心な思い、考え方を学んだし……」
「じゃあちょっと、その学んだカリスマ性とやらを見せてみてよ」
「えっ」
滝のような汗がルナサから噴き出す。
ただ一方的にカリスマっぽい言葉を言われ、突如やれと言われて適当に言ってしまった手前、特に何も考えていなかった。
しかし、ここで何も言えずに考えつくしていたらばれてしまう。
やるしかないと心に決め、ルナサは口を開く。
「気圧が……下がるッ!!」
「……は?」
その後ルナサがメルランに言われ放題だったのは言うまでもない。
◆
次の日になればメルランもまったく気にしていない様子で、ルナサは胸をなでおろす思いであった。
「おはようルナ姉。機嫌が直ってるみたいでよかったね」
「あぁ、よかったよ。って、何が可笑しいんだリリカ。何も笑う場所なんてないだろう?」
「ん、いや、なんでもないよ」
可笑しなやつだと首を傾げると、椅子にゆっくりと腰かけ、コーヒー片手に新聞を広げた。
朝のゆったりとした時間の、ルナサの日課のようなものである。
カップを口元へと運び、ざっと一面の見出しを見た瞬間、ルナサはコーヒーを吹き出した。
そこに書かれていた見出しとは。
『探し物は威厳!?幽霊楽団長女の意外な悩み』
ルナサは、一度リリカを懲らしめてやらないといけないなと今度ばかりは思うのであった。
「あとちょっとだから」
リリカは、半開きの瞼をごしごしと擦りながら、椅子にどかっと座り込んだ。
机に頬杖を突き、まだかまだかと朝食を作るルナサの方をずっと穴が空きそうな目力を放って見ていた。
そんな視線を感じいそいそと作るその姿は、さながら子供の弁当を作り忘れた母親のようであった。
一方で遅れて起きてきたメルランは、一人で忙しなく準備をするルナサを見ると、気だるい気持ちを抑えつけて隣に並んだ。
朝から鬱な状態で話されるのだけは勘弁してほしいという願いもあり、メルランは率先して手伝う。
椅子で大きな欠伸をする妹を横目に見ながら、瑞々しいレタスをちぎる。
カチャカチャ……シャリッシャリッ………ゴトッ。
聞こえるのは、器と箸とがぶつかり合う音、レタスのちぎる音、遠くで聞こえる鳥の囀り。
騒霊というだけあり、騒がしい三姉妹と評判ではあるが、朝から騒いでいるわけではない。
あの妖怪が蔓延る博麗神社だって朝くらい静かなのだ。
こんな小さな洋館が騒がしいはずがない、のだが……。
「ねぇルナ姉。リリカが手伝わない事には何も言わないの?」
「え? いやだって、どうせ言ってもめんどくさいとか言って手伝わないし……」
「そんなんだからリリカが調子に乗っちゃうんだよ!」
バンッ!という調理台を叩く音に、ルナサの肩は大きく跳ねた。
近くの枝木で戯れる小鳥たちも思わず飛び去って行く。
どうやら久々に騒がしくなりそうな雰囲気である。
呆然とした表情のリリカをビシッと指差し、唾をまき散らしながらルナサへ叱責する。
当然、いきなり怒鳴り声をあげられて驚かないわけがなく、おどおどと視線が泳ぐ。
「ちょ、ちょっと待ってメルラン。何を怒っているのか説明してくれない? お姉ちゃん何か悪いことしたかな?」
思わず妹相手に敬語を使ってしまう辺りから容易に動揺していることが読み取れる。
理由がわかっていないルナサに、さらに声を張り上げる。
「悪いも何も、リリカが調子に乗るのは長女のルナ姉が叱ることをしないからでしょ!? 姉としての威厳とか無いの!?」
「うっ、そ、それは……。しかし、しかしだ、メルラン。私がこんな感じなのは今に始まったことじゃないし、妹思いのへたれお姉ちゃんっていうのも一つの属性というか、要素ではないかな!?」
「何わけのわかんないこと言ってんのよ!」
テンパるルナサは真っ当な反論もできずにメルランに言われるがまま。
姉ではあるが、言われると何も言い返せないほどには弱々しいルナサに、メルランからは呆れのような表情も見えた。
そんなあたふたしている様子を何食わぬ顔でじっと見つめるリリカは痺れを切らしたように、ボソッと呟く。
「幻想郷に姉妹って私たちだけじゃないんだし、姉がどんなもんなのか見てきたらいいじゃん」
「へ?」
「は?」
二人とも間の抜けた声を上げ、リリカの方を見る。
そこからは、親指で外を指し、『早く外へ出ろ、めんどくさい』と行動、表情の両方からわかる。
ルナサとしても、これ以上メルランに叱れる続けていたら気が病んでしまうと思い、素直にその指示に従うことにした。
「お姉ちゃん、姉の威厳ってやつを探しに行ってくるからね!」
「はいはい、早く行った行った。メル姉も朝っぱらからそんな怒らないでよ」
「あんたねぇ、一体誰のせいで怒ってると思って……!!」
メルランの怒りの矛先がリリカへ変わったところで、そそくさと逃げるように外へと飛び出した。
◆
「姉ってのは皆がみんなしっかりしてなくてもいいと思うんだけどなぁ……」
一人ぶつぶつと愚痴を零しながらも、まだ肌寒い秋空を騒がしくない騒霊は行く。
姉の威厳を求めて一人飛び出したルナサであったが、行くあてはあった。
姉妹と聞いて真っ先に思い出す、ルナサもよく知っている姉の元へと移動している最中だった。
パーティを開く際には必ずと言ってもいいほど呼んでくれるお得意先、紅魔館である。
あそこには五百年もの長い時を生きる誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレットが主として住んでいる。
何度か話したことがあるし、きっと姉の威厳についても知っているはずだと期待に胸を弾ませていた。
決意を胸に門の前に立つルナサの表情は凛々しい。
「あの幼い容姿ながらも厳格であり、細く鋭い瞳。そして、あの大きな洋館の主を務めているとなれば、きっと私の疑問にも答えてくれるだろう」
「何を一人でぼそぼそ呟いてるんですか?」
「ハッ!?」
気付けば鮮烈な赤い髪を揺らす門番が目の前に立っていた。
夢中になっていたとはいえ、人の気配にも気づかないのはどうしたものかと頬を掻いた。
鈍感なんですねと笑われ、ルナサの視線が宙を泳ぐ。
「お嬢様に用があるのですか?」
「え? ま、まぁ、私事ではあるんだけど……会わせてくれるかな?」
「んー私の判断だけじゃどうにもならないのですが。どうですかね、咲夜さーん?」
洋館に向かって叫ぶように問いかけると、遠くの方から小さく、いいんじゃないかしらー! と返ってきた。
「らしいです。今咲夜さんちょっと手が離せないらしいので私が案内しま――」
「門番は門番らしく見張ってなさい。さ、ルナサさん。こちらです。
「あ、どうも……」
突如現れた咲夜によって美鈴の提案は遮られ、少し残念そうに肩を落としていた。
パーティでは誰とでも喋っているのを見かけており、きっと色々喋りたかったのだろう。
「気にしないでください、気が付いたら誰かしらと喋ってるおしゃべりさんはちゃんと仕事させなきゃだめなのです」
「そ、そうですか……」
館のメイドではあるのに思わず敬語を使ってしまうほど、咲夜は大人っぽい。
何でも仕事ができるというイメージが強く、こんな完璧なメイドを従えている辺りも期待が持てる。
「ところで、今日はどのような御用でこちらに? と、私事を聞くなんていけませんわね」
「ありがたい。できれば話す時も一対一で話しがしたから、席は外してもらえるかな?」
「もちろんですわ」
妹達もこれくらい素直だったらなぁと、叶いもしない願い事をルナサは胸にしまい、レミリアの部屋へと進んでいく。
実際どこに部屋があるかはわかるのだが、お客に一人で行かせるなんてことは、咲夜がさせるわけがないし、レミリアもそうはさせないだろう。
紅魔館はきちっとした用事があり、礼儀正しい客にはしっかりとした対応を見せてくれる。
泥棒や欲を垂れ流した者には容赦ないのは言うまでもない。
しばらく適当な会話を交わすうちに、他の部屋とは格段と立派な扉の前にたどり着いた。
咲夜はピシっと服を正すと、扉を三回叩く。
「咲夜でございます。ルサナ・プリズムリバー様が、御用があるとのことでお連れしました」
「ん、入って」
扉越しに凛とした声が返ってくる。
咲夜は重そうな扉をぐっと開き、中へどうぞとにこりと微笑んだ。
中では、頬杖を突きながら、吸い込まれそうな真紅の瞳がルナサを見つめていた。
「なんだい、今日は演奏を頼んだ覚えはないけど?」
「申し訳ない。ちょっとした質問というか、伺いたいことがあって、その……」
申し訳なさそうにちらりと見つめるルナサの視線に気づき、咲夜は一礼をしてそっとその場から去って行った。
「咲夜がいちゃ言えないことなのかい?」
「いや単に恥ずかしいだけなんだけど、その、貴女には妹がいて、つまり、姉なわけであって……」
「はっきりしないね。言いたいことはしっかり言わないとわからないよ」
悪戯っぽく笑っている辺り、ここにルナサが来ることは知っていたのかもしれない。
これも『運命』の導きなのであろう。
「では、はっきり言わせてもらうけど、姉としての威厳っていうのを知りたくて来たんだ。貴女はこの大きな館の主であり、あれほど立派な従者も従え、それでいて吸血鬼としての誇りも兼ね揃えている。そんな貴女にぜひとも、姉の威厳というものを教えてもらいたくて来た」
「う、嬉しいこと言ってくれるわね。姉の威厳ね、ふむふむ」
機嫌を損ねては悪いと思い、褒めるような言葉を付け加えたところ、すごく喜んでいるようで少し安心する。
五百年生きている割には非常に子供っぽいところがあるので扱いやすいのだ。
実際そんなこと口にしたら何されるかわからないので、もちろんルナサは心に留めるだけにしておく。
「常に姉として妹に馬鹿にされないような態度をとることはもちろんだけど、こう、一つひとつの言葉を選ぶことも威厳やカリスマに繋がるのよ」
「言葉の一つひとつが大事、か」
「そうよ。それに加えて決め台詞なんてあってもいいわね」
「決め台詞なんているの?」
「ええ、もちろん」
熱心に話を聞いてくれているのにすっかりご機嫌のレミリア。
決め台詞なんて普段どの場面で使うんだろうとルナサは思うも、話を進める。
「こんな風になりたいと思われるような、ビシッと決まる台詞よ。たとえばこう……」
突如立ち上がり、背中を向けたかと思うと、くるりと顔だけをこちらに向け、キリッとした表情で。
クスリと笑う口元を綺麗な指で少し隠しながら、ただその吸血鬼だと示すかのように真っ白な牙をむき出し、羽を大きく広げて。
「こんなに月も紅いから、暑い夜になりそうね」
「お、おおぉ……」
思わずルナサはパチパチと手を叩いた。
心の中ではこれが姉の威厳と関係あるのかどうか疑問に思っていたことは口に出せるわけがない。
決まった!と内心ガッツポーズのレミリアは、ルナサの表情を盗み見る。
口をぽかーんと開け、カリスマ性に言葉も出ない姿を確認すると更に顔を笑顔で歪ませた。
「こんな感じで、貴女も何か決め台詞を考えてみるといいんじゃないかしら?」
「う~ん……。そうだな。一度やってみる」
意を決したルナサは立ち上がると、何となく持ってきたヴァイオリンを構え、キリッとレミリアを見据えながら。
「気圧が……下がる!!」
「……は?」
思わず間の抜けた声を上げたレミリア。
「だ、ダメ?」
「いや、ダメもこうも、気圧が下がるってどこをどう捉えたら決め台詞になるっていうの!?」
「難しいものだな」
ぎゃーぎゃー討論を繰り返している最中、咲夜はコトンと白い机にティーカップが置かれた。
どうもとルナサは頭を下げるも、何かがおかしいと首をかしげる。
客に対してお茶を出すことは至極当然の事ではあるのだが、なぜこの部屋にいるのか。
それはそうと、いつからいたのか。
「あの、いつからここにいたの?」
「私は時を操れますから。立ち去ってすぐにお茶を入れてまたここに戻ってきていましたわ」
「あの、私事だから聞かないでって……」
「秘密ごとは聞きたくなるのが生きる者の性というものですよ? なんというか、人間っぽい悩みを抱えているんだなーと思って微笑ましいですわ」
悪戯っぽく笑う咲夜に、ルナサは顔を真っ赤にし、肩を震わせた。
「し、失礼しました!!」
解放された大きな窓から逃げるようにルナサは飛び出した。
だんだん小さくなっていく姿を見つめながら、咲夜は空いた椅子に腰を掛けた。
「あらあら」
「まったく、お客様には優しくしないとダメだと言ってるじゃない」
「そんなこといって、褒め言葉に素直に喜んで羽パタパタさせてたのはどなたでしょうか?」
「ふ、ふんっ!」
レミリアは恥ずかしさを誤魔化すように、淹れたての紅茶を口へと運ぶ。
音を立てることなくするりと喉元へと運ばれるも、ごほんと咳を零す。
「また何か変なもの紅茶に混ぜたわね、咲夜」
「あら、変な物とは失礼ですわ。お嬢様の健康に気遣ってのことですわ」
「お客にも同じなのを出したのかしら?」
「とんでもない。お客様にはちゃんとした紅茶を淹れましてよ?」
頬を引きつらせながらも、レミリアはため息をつき、ルナサのために出されたティーカップへと手を伸ばした。
◆
青い空とは対照的に、真っ赤な顔をしながら飛んでいる少女が一人。
「なんとも恥ずかしい場所を見られてしまった……」
思い出すだけで恥ずかしい思いに駆られるも、こんなことではだめだと首を振り回した。
今は姉としての威厳を探さなければならないのである。
幻想郷にいる姉妹の姉といえば、まだ他にもいる。
地底にあるらしい、地霊殿という屋敷の主をしている古明地さとりだ。
紅魔館のように従者がいる屋敷ではないが、たくさんの動物を飼い、その動物たちから慕われているとの話である。
「しかし、地底なんて行ったことがないし、霊夢辺りに頼んでもめんどくさいとか言うだろうしなぁ。魔理沙はふらふらいろんな場所に出かけてて居場所がつかめないし。う~ん」
暇な時、困った時は博麗神社、とは妖怪達の間で言われていることである。
あまり期待してはいないが、あてもないのでルナサは仕方なく神社へと足を運んだ。
「あら、騒霊なのに騒がしくない奴じゃない。珍しいわね、どうしたのよ」
「ちゃんとルナサって名前があるんだから名前で呼んでくれないかな」
「似たような名前三つも覚えらんないわよ」
縁側で煎餅を齧りながら、もごもごと答える霊夢。
博麗の巫女というのはこんなにも仕事をしないものだったかなぁと頬を掻きながらも、ふと霊夢の横に目をやる。
何やら黒い物体が丸まっている。
二本のしっぽがぷらんぷらんと揺れながら、小さく上下に揺れている。
この猫には見覚えがある。
確かに、あの古明地さとりの隣にいた猫に間違いない。
「ちょっと」
いきなり起こすのも悪いかと思い、恐る恐る声をかけてみるが反応が全く見られない。
今度は揺すってみるも、んんぅと小さく息を漏らすばかり。
どうにもこうにも起きなさそうにないので、ぷらぷら揺れる尻尾をギュッと握りしめた。
「んぎゅぅ!? な、なんだい一体!?」
「やっと起きた。ちょっとばかし話があるんだけど」
お燐は、自身の尻尾をゆっくりと撫でながら、睨みつけるようにルナサを見た。
「もっと優しく起こせないもんかねぇ、お姉さん」
「呼びかけても揺すっても起きないなら、こうするしかないと思った。申し訳ない」
「いやまぁ、本気にしなくてもいいよ。で、用事って何さ?」
「実は、貴女のご主人についてなんだが……」
かくかくしかじか。
ルナサは事の顛末をお燐に話すと、そんなことかと大いに笑った。
「構わないよ。まぁでもさとり様は癖のある方でちょっと相手するのは大変かもしれないけど、その辺の覚悟はできてる?」
「あぁ、でなかったら話しかけないさ。地底に行くのが初めてっていうのもあってちょっとどきどきするけど」
「なぁに、愉快なところさ。お姉さんは私に黙ってついてきてれば大丈夫だから」
どこか誇らしげに胸を張るお燐をみて、少しルナサは安心した。
噂だけでは地底は危ない妖怪がいっぱいいると聞いているし、なにされるか分かったものじゃないとまで聞いてはいたが。
「あんた私の前でよく堂々と地底行ってきますとか言えるわね」
「止めるの?」
「いやめんどくさいしさっさと行けばいいけど。邪魔な猫もいなくなるし」
「つれないねぇ」
手を払い、邪魔者は他所へ行けと態度でも示された。
特に博麗神社でやることもなく、留まる理由もない二人はそそくさと地底へ潜っていった。
◆
地霊殿までの道中、地上にはない景色にルナサは目を丸くした。
地底に流れる小さな川に架かる、古こけた赤い橋を渡ると、眩いばかりに光を放つ旧地獄街道へと出た。
至る所で鬼たちが商売を営み、酒の香りと活気に溢れた何とも賑やかなところであった。
こんな騒がしいところに地霊殿があるのかと思ったルナサであったが、どうやら違うらしい。
「こっちこっち」
お燐に誘われるがまま、街道を抜け、先ほどの喧騒な雰囲気とは打って変わって物静かな道へと出る。
まるで先ほどと別世界へ来たような感覚に溺れる。
しかし、徐々に先ほどとは違う賑わいを見せるようになる。
様々な動物がルナサ達と同じ方向へと歩みを進めているのである。
動物屋敷と宴会の時に魔理沙が言っていたのはどうやら本当らしい。
遠目にうすぼんやりと屋敷が見えてきた。
近づくにつれてその館は大きさを増し、紅魔館に引けを取らない大きく立派な館が全貌を露わにした。
「ほらあそこだよ。さとり様は自室に籠ってると思うからそこまでは案内するね」
「助かるよ」
見た目重そうな扉をいとも容易くお燐は開き、広大な屋敷の中をさとりの部屋を目指して進む。
屋敷には至る所に様々な動物が住み着いていたが、不思議なことに鳴き散らかすということはなかった。
躾けているのかな、とルナサは思ったが、主人のために静かにしているのかとも思える。
「考え事かい、お姉さん? あたいには何考えてるかわからないけど、さとり様の前じゃ気を付けなよ?」
「ん? それはどういう……」
「さあさあ、着いた着いた。あとはお姉さんとさとり様でゆっくり話すといいさ」
何か含みのある笑みを残してお燐は去って行った。
あっという間に駆けていく姿をただ茫然と見つめていると、扉の向こうからガタッと音が聞こえた。
「お燐? 誰かいるの?」
「え、あ、いや……あ」
「あら?」
足音と声とが近づいてきくるのにおどおどしていると、返事する間も無く対面する事となった。
さとりは少し驚いたような表情を浮かべたが、何かを察知したかのように部屋へと招き入れた。
「どうぞ、相談があるのでしょう?」
「あ、はい。……って、私相談したいなんて言いましたっけ?」
「私には全てお見通しなのですよ、ふふふ」
ここにきてルナサはようやく、さとりは心を読む妖怪だということを思い出した。
そりゃ隠し事もできないかと心中で呟くと、さとりはそれを読み取ってはまた笑った。
「で、姉の威厳を聞きにやってきたのね?」
「説明なしにわかってもらえて楽なんだけど恥ずかしいな」
「姉の威厳ねぇ。こいしは自分勝手ですぐどこかへ行っちゃうしあまり私が手を加えるってことがないのよね、実際」
「……へ?」
何かルナサにとってマイナスな発言が聞こえて思わず間の抜けた声を上げる。
何もしてないなんて言われたら何をしにここへ来たかわかったものじゃない。
「いやでも、お姉ちゃんがあっての妹じゃないですか。やっぱりこう、何かしら手を加えた部分もあるでしょう?」
「まぁ、ないっていうのは嘘ですけど。私達は覚りに生まれた以上、それを自覚して生きていかなければいけないと教えたわ。どこへ行っても嫌われる覚りだけど、仕方のないことで受け入れるしかないというのに、こいしはね」
「あ、あれ?」
「受け入れられずに心を閉ざしてしまった。そのせいで私はこいしの考えていることもわからないし、こいしも私の事をわかろうとしてくれない。でも、霊夢達に出会ってから少しずつ心を開いていってるような感じなの。姉の私にできなくて、霊夢達にできるのって姉としては悲しいもので」
「あの~、さとりさん?」
「でもやっぱり、姉として少しでも心を開いていって心が分かり合えるならそれもいいなって思うんです。だけど、その心を開く鍵はきっと最終的には私になるとはずなんです。なのに、私は何も彼女の事をわかってあげられない。今の、覚りという立場を認めてしまって考え方が違うからなのかもしれませんね……」
(いかん、鬱になる。)
この時ほどメルランの演奏を羨ましく思ったことはない。
そんな沈んだ気持ちに追撃をかけるヴァイオリンを弾くなんてできるわけがない。
若干目が紅いさとりを、大丈夫ですよとルナサはあやすように背中を撫でた。
(わざわざ地底まで来て何してるんだろうなぁ……)
心の声を読まれることなどお構いなしに、ため息をついた。
◆
結局思いつく姉妹のところへ行ったけど何の収穫もなかった。
どんな顔をして帰ればいいのだろうと途方に暮れながらも、人里の茶屋で一人団子をつまんでいた。
「あら、あなたは……ルナサさん、でしたっけ?」
「ほへ?」
団子を口に詰めながら沈んだ頭を起こすと、そこには命蓮寺の面々が。
聖と星の二人は見覚えあったが、あと一人が解らなかった。
「あなたは?」
「ん、儂か? 儂は佐渡の二ッ岩。二ッ岩マミゾウじゃ。最近ここに来たばかりじゃからわからんことも多いが、一つよろしく頼む」
「どうも。私はルナサ・プリズムリバーです。幽霊楽団でヴァイオリンを担当しております」
「ほう、楽団をやっているのか。それはまた聞いてみたいものじゃのぉ」
カッカッカと大げさに笑ったかと思えば、次にはコロッと表情を変えてルナサに詰め寄った。
「それはそうと、ずいぶん元気のない顔をしとったが、悩みごとかい?」
「わかります?」
「そりゃそうじゃ。儂も長く生きている身、それくらい見抜けんで化け狸はやっていけん」
「は、はぁ」
なぜ化け狸をやっていけないのかは聞かずに、素直に相談することにする。
事情を一通り話すと、聖と星は真面目に考えている様子だったが、マミゾウは膝を叩いて大げさに笑って見せた。
「おぬし、面白いのぉ! ほんなもんは次女が都合よく立場を使ってるだけに過ぎん。もしおぬしとその次女の立場が逆だったらおぬしもそうやって言って逃げることができるじゃろうて」
「言われてみると確かにそうかもしれないけど、しかし……」
「そう思うじゃろう? 儂は様々なものに化けるが、何一つ同じ姿形をしているものなんてないし、それは内面だってそうじゃ。おぬしが強く言えないのも一つの個性。そもそも、威厳なんてのは圧するような厳めしさのことじゃ。妹の事を素直に聞いて威厳を求める辺り、おぬしは圧するのなんて柄じゃないだろう?」
ルナサは黙って頷く。
初対面にも関わらず、こんなにも熱心に相談に乗ってくれるマミゾウにルナサは感動した。
命蓮寺の面々は基本的に害をなすことはなく優しいとは聞いていたが、ここまでされると目頭が熱くなる思いである。
「優しくて叱れない姉、それでいいんじゃないのかい? その次女にしたってその優しさは知っているはずじゃ。そうやって言い張ればいいじゃないか」
「ありがとうございます。なんかちょっと自信が出てきました。メルランと話してきます!」
「のーぷろぶれむじゃ。お礼は今度演奏で返してくれるだけでええぞ」
「はい、是非とも」
心の靄が晴れ渡る思いに満ちたルナサは、頭を下げ、すぐさまメルランの元へと飛び立っていった。
飛んでいくルナサを見て、どこか誇らしげな表情を浮かべるマミゾウに対し、プッと吹き出す笑い声が屋根上から聞こえた。
見上げる間もなく、その声の主が降りてきた。
「な~にかっこつけてんのよマミゾウ。初対面だからいいとこ見せようとしてたわけ?」
「煩いわい! どっから沸いて出た、ぬえ!」
「沸いて出たとは失礼な! 私はさっきから屋根の上で話しを聞いてたんだよ!」
「なにぃ!? おぬし今日は庭掃除の当番だろう! こんな場所で油売ってないでさっさと掃除に戻らんか!」
「ぐぬぬぅ……」
「カッカッカッ! 返す言葉もないか!」
「あの~申し訳ないのですが……」
争う二人に、非常に申し訳なさそうに店主が声をかけた。
二人はぴたりと動きを止めると、店主はへこへこと頭を下げた。
「申し訳ありません。先ほどの方のご勘定がまだ済んでないのですが、その、あの方がいつ来るかもわからないので……」
「だってさ。ほら、マミゾウ。最後まで面倒見てやりなよ」
「あ、ぬえ、ちょっと」
「庭掃除しなきゃなー! あー忙しい忙しい」
逃げるように飛び立つぬえを、恨めしそうにマミゾウは睨むも、仕方なしと店主にお金を払った。
僅かに軽くなった財布をしまうと、マミゾウに気を使って聖が声をかけた。
「まぁ、人助けだと思って、ね?」
「そんなふぉろーはいらんわい」
ぽんぽんと肩を叩く聖に、マミゾウは苦笑いを浮かべて返した。
◆
家に帰ってきたルナサを迎えたのは、まだ少しふてくされた表情のメルランであった。
「ただいま」
「で、姉の威厳はどうなったの?」
出迎える言葉もなしに突如聞いてくる辺り、まだ機嫌が直っていないのがわかる。
しかし、今のルナサにはそれに立ち向かう勇気がある。
普段言われっぱなしのルナサであるが、そういうわけにはいかないのだ。
「私は、威厳なんてものを持ち合わせてない」
「それじゃあ何のために……」
「私は他人から見たらただのへたれかもしれない。でも私はそういった威厳とは違う、優しさが個性なんだと思う。私には威厳なんてものは持ち合わせることができないんだよ。これが今日学んだ答え。これじゃだめかな?」
言い切ってやったと、心の中でガッツポーズとドヤ顔のコンボを決めるルナサ。
メルランもそれに対して言い返せない様子なのがさらに気持ちを高ぶらせる。
完全勝利の瞬間であった。
「でもさぁ」
「ん?」
そんな勝ち誇るルナサにメルランは食いかかる。
「それっぽい事言ってるけど、いろんな場所行ったけど結局ろくな情報を得られなかったんじゃないの?」
「へ? い、いやそんなことないぞ!? レミリアさんにはカリスマ性とやらを学んだし、さとりさんには妹に対する熱心な思い、考え方を学んだし……」
「じゃあちょっと、その学んだカリスマ性とやらを見せてみてよ」
「えっ」
滝のような汗がルナサから噴き出す。
ただ一方的にカリスマっぽい言葉を言われ、突如やれと言われて適当に言ってしまった手前、特に何も考えていなかった。
しかし、ここで何も言えずに考えつくしていたらばれてしまう。
やるしかないと心に決め、ルナサは口を開く。
「気圧が……下がるッ!!」
「……は?」
その後ルナサがメルランに言われ放題だったのは言うまでもない。
◆
次の日になればメルランもまったく気にしていない様子で、ルナサは胸をなでおろす思いであった。
「おはようルナ姉。機嫌が直ってるみたいでよかったね」
「あぁ、よかったよ。って、何が可笑しいんだリリカ。何も笑う場所なんてないだろう?」
「ん、いや、なんでもないよ」
可笑しなやつだと首を傾げると、椅子にゆっくりと腰かけ、コーヒー片手に新聞を広げた。
朝のゆったりとした時間の、ルナサの日課のようなものである。
カップを口元へと運び、ざっと一面の見出しを見た瞬間、ルナサはコーヒーを吹き出した。
そこに書かれていた見出しとは。
『探し物は威厳!?幽霊楽団長女の意外な悩み』
ルナサは、一度リリカを懲らしめてやらないといけないなと今度ばかりは思うのであった。
途中「気圧が……下がる!」で笑かしてくれたのにまさか最後に出てくるとは思わなかったww
あと咲夜さんが酷いww
嫌な幻想郷ですね。
確かにルナサじゃ妹たちの元気には勝てなさそうですもんね。
振り回されちゃうルナサが大好きです