鳥類のカラスが飛ぶスピードは、およそ59km/h。
これが妖怪の烏天狗になると、得意なものとそうでないもので差は出るが、平均してだいたい860km/hくらい。(これは周りの空気との対空速度で、実際の対地速度(地面との速度)は、追い風だったり向かい風だったりで本当にまちまちになる。)
もちろん、天狗の中でももっとも速いと言われている射命丸文は、その平均を大きく越えている。瞬間的であれば、音速の壁を破ることもしばしばだ。
おくうは地獄鴉なので、種族的な制限から、烏天狗ほどのスピードは出せない。それでも射命丸からコツを教わって、おおむね離陸時に300km/h、最高速度で700km/hを出せるようになった。それまでに比べると、相当なスピードアップだった。
大迷惑であった。
地上で高高度を飛ぶのならいざ知らず、おくうが住むのは地底である。生活に不便はないだけの空間はあるが、もちろん、地上とは比べられない。おくうが飛ぶと、その風圧と衝撃波が、もろに直下の被造物を破壊してしまうのだった。
今日もおくうは、狭い地底を縦横無尽に飛び回っては一般家庭の洗濯物を吹き飛ばし、地底の住人たちをドミノのようになぎ倒し、パルスィの家の屋根を風圧でひっペがしていく。
被害は甚大であった。
「あのビッチ天狗め、よけいなことを教えくさって……」
「さとり様、言葉遣いが乱れてます」
こめかみに青筋を立てて怒るさとりに向かって、お燐は冷静に指摘した。おくうは地霊殿の主であるさとりのペットだから、おくうが問題を起こすと、そのままさとりの責任問題になる。
多少のやんちゃなら笑って済ます鬼の勇儀も、毎日のようにパルスィの家の屋根がひっぺがされるに至っては、さすがに我慢できずに殴りこんできた。
「狙ってやってるのか。この前は寝てるとき、今日は飯食ってるとき。その前は妬んでるときで、もひとつ前はスマイルプリキュアごっこをしているときだ。毎回屋根を直すのも大変なんだぞ」
「パルスィは、黄色ですかね。あなたは何キュアなんですか」
「キュアビューティー」
「ブフォwww」
「笑い事じゃない。これ以上プリティでキュアキュアな私たちの邪魔するつもりなら、この力の勇儀、もう容赦しないぞ。具体的にはお前のケツ穴にわさびを塗る」
「わ、わかりました」
ケツ穴にわさびを塗られてしまったら、ひりひりして痛いだろうし、後々パルスィに嫉妬されて大変だろう……そう考えて、おくうを止める決意をしたのが三日前だ。でも、おくうはその少し前から、家に帰ってこなくなっていた。話し合う機会がなかった。
結局おとといも昨日も、おくうはパルスィの家の屋根をひっぺがした。勇儀は約束通り、また殴りこんできた。鬼の力には逆らえなかった。
「とてもひりひりしたわ……」
「そうですね。それにしても、どうしましょうか。おくうのやつ、ごはんは地上で食べてるみたいです。たぶんあのビッチ天狗のところにいるんでしょう」
「餌付けまでされてるの……」
あのビッチ、と吐き捨てるようにさとりは言い、それから自分の無力さをかみしめた。涙が出てくるような気持ちだった。地霊殿の主、地獄の当主様なんてご大層な肩書きを持ちながら、ペットのしつけひとつもできない。敵対視していた地上の天狗なんかに、大事なおくうを手懐けられ、自分は鬼からの制裁を受けてしまった。情けなくてしかたなかった。
さとりがずーんと落ち込んでいるのを見てとると、お燐は頭をかきながら声をかけた。
「さとり様」
「なあに、ぐすぐす」
「泣かないでください。あたいがなんとかしますよ」
「お燐が」
「ええ、そうですよ。あたいとおくうは親友です。さとり様も、はじめっからあたいに命じてくれればよかったんです。あいつを殺せと」
「こ、殺すのはどうかな」
「冗談です。あたいとおくうは親友です……だから、天狗なんかになついてるのが、我慢できないんです。殺してきます」
「お、お燐?」
「冗談です。あたいたちはお互いに独立した人格の、大人のカップルです。しばらく様子をみていましたが、さとり様に迷惑をかけてしまうにいたっては、さすがに平静ではいられません。飼い主を困らせるのは、ペットとして最も慎むべき行為なのです。さとり様のケツ穴を撮影しながら、あたいの怒りは有頂天に達したのです」
「撮ってたの!?」
「編集作業は完了していますので、数カ月後には販売ルートに乗ると思います……では、いってきます。おくうを殺しに」
「殺さないで!」
お燐は走った。お燐には政治はわからぬ。しかし、自らが開発したおくうのいやらしスポットが、あのパパラビッチ天狗にドスケベされているとあっては、お燐自身のぬるぬるスポットもとめどなくぬるぬるせざるを得ず、結果、走らずにはいられなかった。
30分ほど走ってから、飛んだほうが速いことに気づいて、飛んだ。あいつら今のいる場所はわかっている。すなわち地上である。
地上への出入り口近くに陣取り、すきあらば病気をうつそうとしてくるヤマメを振り切って、お燐はさんさんと太陽の当たる地上に出た。空に、おくうよりも眩しいものが輝いている。
その太陽が何かに隠れて、見えなくなった。突然視界が暗くなったので、戸惑った一瞬に、お燐は脳天に一撃をくらって調伏されてしまった。
上からの衝撃で地面に体がぶつかり、勢い良く跳ねて飛び、重力に引かれてまた地面に落ちる。頭がくらくらした。猫にしては丈夫なほうのお燐でも、スク水を着ていなければ即死するところだった(今日はたまたまいつものドレスの下にスク水を着ていた)。
頭から流れた血が目に入る。赤く染まった視界で、お燐はなんとか前を見た。八雲藍が、いつもの道士服の袖に手を入れ、冷たい目でお燐を見下ろしていた。
◆
大きな黒い翼を小さく折りたたんで、おくうはごろごろ、猫みたいに床の上で丸まっていた。夢を見ているような気分だった。
とても疲れていて、眠ってしまいそうだった。今日も、のべ15時間は飛んでいたのだから、しかたなかった。距離にすると、だいたい一万キロメートルは飛んでいる。小さな地底世界を何周も何周もし、そのたびにパルスィの家の屋根をひっぺがした。
飛びながらちらりと、屋根の下の室内を観察すると、家主であるパルスィと鬼の勇儀が、なにか特殊なコスチュームに身を包んで特殊なプレイをしていたように思う(おくうはそういうことにうといので、詳しくはわからなかったが)。
お燐は元気かな。特殊プレイのことを考えると、親友の顔が思い出された。
おくうの想像の中のお燐は、現実と同じく赤い髪をしていて、その赤髪をきっちりしたふたつの三つ編みにしてまとめている。後ろから見ると、頭の形の良さや、うなじのきれいさがよくわかる。おくうはお燐の髪型が好きだった。
自分でも、お燐と同じ髪型にしようと思ったことがある。でも、おくうは髪の毛が多すぎて、どうしても、お燐と同じようなシルエットにはならなかった。お燐のほうは、おくうの豊かな黒髪が好きだと言う。ぼさぼさすぎるから、もっとちゃんと手入れをしろ、ともよく言うけれど。
「こんなに髪の毛が多いのに、下はパイパンだなんて、おくうはほんとうに可愛い」
そう言ってみだらに笑う親友の口元が思い出された。お燐の猫の口が頭の中で映像になって、はっきりとかたちを結ぶ。
けれど、それから上のほう、お燐の鼻や、目が、思い出せなかった。おくうの想像の中で、そこは影に隠れたように黒く塗りつぶされている。
もう、一週間も会っていないから、忘れてしまったのだろうか。自分の馬鹿な頭では、親友の顔を、もう思い出せないのだろうか。おくうはそう考えて、悲しい気持ちになった。
けれど、心のどこかで、そうでないことはわかっていた。お燐の顔の黒い部分は、自分の罪。悪いことをしているという自分の意識が、想像の中でお燐の顔を隠して、見えないようにしてしまっている。
まさか自分が、こんなにもあっさりと、敵の手に落ちてしまうとは。
河童の河城にとりが、部屋のドアを開けて入ってきた。とことこ歩いておくうに近づく。
「調子はどうだい。囚われの小鳥ちゃん……」
「くっ、卑怯な」
「ごはんだよ」
「うにゅ。ありがとう」
のりで卑怯とか言ってみたが、別にエロスな展開ではなかった。今日の夜ごはんは、おろしポン酢のハンバーグにミモザのサラダ、揚げじゃがいもにゆでたまごだった。おくうの好物ばかりだ。いっぱい食べた。たまごは二回もおかわりをしてしまった。
いっぱい動いて、いっぱい食べるから、くーちゃんはまた大きくなるね、とにとりはうらやましそうに言う。
「うーん、私はもう、今より大きくならなくていいなあ」
「そうなの? 私はうらやましいけどなあ(特に乳が)」
「いっぱい食べればいいよ」
「河童はきゅうりしか食べないのだ!」
「そうなんだ……かわいそう」
「じょ、冗談だよ」
お腹いっぱい食べて、それからにとりとおしゃべりをしていると、やっぱりまた、眠くなってしまった。おくうは、「寝る!」と宣言してベッドに入った。
これまで、何日もそうしてきた。今までどおりであれば、そのまま寝て、朝にまた飛び出していくところだった。でも、その日は、勝手がちがった。
「くーちゃん、ちょっと待つ!」
「にゅ」
「今日はスペシャルゲストを用意してあります」
「ゲストって何(ねむいなぁ)」
「お友達だよ。はいドーン!」
ドアがまた開いた。八雲藍がずかずかと入ってきて、肩の上に担いでいた荷物を床にごろんと放り出した。
ぐるぐるに縛られたお燐だった。床にぶつかった痛みで、あいててて、と声を漏らしている。おくうはお燐の顔を見た。とてもひさしぶりに思えた。
「お燐!」
「あっ、おくう」
「ひさしぶり!」
「うん、ひさしぶりだね……じゃないよ! どうなってんのよさぁこれぇ! おくう!」
お燐はじたばたしたが、お燐を縛っている縄はフェムトわかりやすく言うと須臾 須臾とは生き物が認識できない僅かな時のことよ 時間とは、認識できない時が無数に積み重なってできています 時間の最小単位である須臾が認識できないから 時間は連続に見えるけど 本当は短い時が組み合わさってできているの 組紐も1本の紐のようだけど 本当は細い紐が組み合わさっているもの 認識できない細さの繊維で組まれた組紐は 限りなく連続した物質に見えるでしょう そのとき紐から余計な物がなくなり最強の強度を誇る さらには余計な穢れもつかなくなるのです この紐をさらに組み合わせて太い縄にすることで 決して腐らない縄ができる その縄は遥か昔から 不浄な者の出入りを禁じるために使われてきたのよ
だったのでどうしても抜けられなかった。おくうはお燐を助けようと、ベッドから降りて、お燐に近づこうとした。けれどその行く手を、にとりが遮った。
「どいてよ!」
「そうはいかないんだ。ぽちっとな」
「え、きゃあ!」
にとりが手を伸ばし、おくうの大きな胸の乳首を服の上からぽちっと押すと、おくうは全身にものすごい快感を感じて、その場にへたりこんでしまった。顔を真赤にして、あわあわしている。
「さっきの食事に八意印の超スーパー媚薬を仕込んでおいたのだ……商品名『法悦の薬』」
「へ、変態、変態! エロガッパ! おくうに何すんのさぁ!」
「手荒なまねはしないよ……ちょっと、実験に付き合ってほしいだけなんだ」
にとりがくい、とあごで指し示すほうを向くと、部屋の壁一面をふさいで、大きな機械が鎮座していた。機械の前面に、三つの大きな透明の筒が、それぞれ右、中央、左、と等間隔に備え付けられている。ひとつひとつの筒は、背の高いおくうや藍の体がそのまま入ってしまいそうなほどほど大きい。
嫌な予感がした。河童という種族はその全員がエンジニアで、なかでもこのにとりは、体を透明にするコートだとか、地上から地底まで何の損失もなく音声を届ける超高性能通信機だとか、金属製のアームが触手のようににゅるにゅると伸びて女の子の服を切り裂く機械だとかいろいろすごいものを作っている。
作っているものがすごいのに比例するように頭の中身もすごくて、なんとあのきのこキチガイの魔理沙と仲が良く、ふたりで組んでは数々のトラブルを起こしているという。
なにやらやばい実験のような気がした。
「つ、つきあってらんないよ! 早くあたいたちを放せ!」
「そうはいかない。けっこう苦労したんだ。……最初はただ、くーちゃんの核パワーを研究したいだけだったけど、まさかこんな副産物ができるなんて」
「なぁ、にとり」
「ん? 何?」
「私はもう、帰っていいか?」
お燐を運んできて以来、ずっと黙っていた藍が突然声を出した。にとりが見るところ、藍はこれからすることについて、気が引けているようにも見えたし、単純につまらないと感じているようにも見えた。
んー、もうちょっとだけ付き合ってよ、とにとりが言うと、藍はやれやれ、とでも言いたそうな顔になったが、表立って反対することはしなかった。
藍がなぜ、にとりに協力してくれているのか、にとりはその理由を知らない。ただ、おくうの核パワーを研究することについて、射命丸文に相談したら、いつの間にか文が連れてきて、仲間になっていた。
荒事になった場合、この上なく強い味方になるでしょう、と文は言う。まさしくその通りで、にとりではお燐を捕えることは相当むずかしかっただろうし、今後もしおくうが暴れだしたとしたら、藍抜きでは絶対に対処できない。
何か、弱みを握られているのだろうか。文さんのことだから、こんな大物の弱点だって知っているのかもしれない……もしくは、この式のご主人様である、八雲紫にまつわる何かの秘密を、あの記者天狗は握っているのかもしれない。
そう考えたが、さしあたり自分の目的に関わることではなかったので、にとりは気にしないことにしていた。理由はどうあれ、自分の指示でこの大物妖怪がただ働きしてくれるなら、願ったりかなったりだ。藍に命じて、おくうの体を機械の左の筒に放り込ませた。自分は軽い方のお燐の体を引きずって、右の筒に落としこむ。
上から蓋をする。地獄の当主、古明地さとりの手足となる二体のペットが、地上の河童、河城にとりのあやしいマシーンの中に入れられて、荒い息をついている。にとりはマイクを手に持ち、筒の中のお燐とおくうに話しかけた。
「あーあー、調子どう?」
「いいわけないだろ! 出せぇ!」
「マイクの調子はいいみたいだね。では、これから実験の説明をはじめるよ。まず君たちが入ってるその機械、まあ、もう予想はついてると思うけど」
「日焼けマシーン?」
「ちがうよ……」
かんたんに言うと、二体の妖怪を合体させる機械だった。レバーを倒すと、右と左の筒に入った二体の妖怪が融合し、一体の妖怪となって中央の筒にあらわれる。
基本的な動力はこれまでのにとりのほとんどすべての機械と同じく、河童パワーだが、補助機関としておくうの核パワーのサポートを必要とする。そのため、融合する妖怪の一方はおくうで決定していた。
もう一方については、誰でも良かったので、藍に適当に見繕ってもらったのだったが……お燐を連れてきたのは、単純にタイミング良くそのへんをうろついていたからか、それとも何らかの意図があるのか。にとりにはわからないし、あえて問いただすことでもなかった。
こまごまとした技術的な説明を心ゆくまで語りたいところではあったが、言ってもわからないだろうし、あまり時間を与えると、お燐はともかく、おくうが何をしでかすかわからない。にとりは機械の中央に近づき、いくつかのスイッチを入れ、計器を注意して見ながら入念な調整を行った。それから、最終的なトリガーになる、大きなレバーに手をかける。
「い、いくよ」
「や、やめろぉ。ぶっとばすぞぉ。お、おくうもなんか言えぇ」
「あ……ん、はぁはぁ」
「ち、チキショウ! なんかその、ちきしょう!」
はぁはぁしているおくうにお燐がはぁはぁしているのを確認した後、にとりは一気にレバーを押し入れた。
がくん……と音がして、機械全体がぶるぶると震える。各所にあるランプがちかちかと点滅して、赤色や青色の光が、部屋の壁や床を染めた。アラーム音が鳴り響く。
耳障りな警戒音がひとしきり鳴ったあと、ぷしゅうううう、と音を立てて、機械は停止してしまった。震えが止まり、ランプの光も消える。
にとりはぽかんと口を開けた。
「な、なんで? 試運転ではうまくいってたのに……融合の失敗は考えられても、機械の停止はありえない!」
「ばあ」
機械の後ろから、手が生えてきた。黄色い大きな袖に包まれた、細い手首の小さな手の指の先に、電子部品のひとつがつままれている。その手が少しずつ先に伸びると、それにくっついて胴体が出てきた。胴体の上にはふわふわの灰色の髪の毛と可愛い帽子。顔は、おくうとお燐の主である、さとりとそっくりだ。
古明地こいしが、機械の影からあらわれた。くすくす笑っている。にとりはしばし呆然とした後、「な、なんで?」につづけて「いつから?」と、引きつった声を出した。
「お燐といっしょに入ってきたよ。……うふふ、お姉ちゃんのケツ穴映像が見たいだけだったのに、まさかこんなことになっているなんて」
「か、返してよう! その部品!」
「だめだよ。お燐とおくうは、お姉ちゃんのペットだもん。お姉ちゃんの許可はとってるの?」
「そ、それは」
「じゃ、だーめ。こんな機械は壊しちゃおう」
こいしの周りにたくさんの弾幕が生まれ、止める間もなく機械へ向かった。にとりは思わず目をつぶった。手塩にかけた機械が、無残に破壊される瞬間を見るのは耐えられなかった。しかし予想したような破壊音は聞こえなかった。おそるおそる目を開けると、機械とこいしの間に藍が立ちはだかり、弾幕を九本の尻尾で防いでいた。
こいしは表情を変えず、たんたんと弾幕を生み出し、射撃しつづけているが、藍のほうでもそれをあっさり撃ち落としていく。まるで何の苦労もない、単純作業をしているようだった。藍が口を開く。
「ねえ、こいしちゃん」
「何」
「あきらめるがいいわ。存在を消すことが君の武器だろう。私に認識されてしまったからには もう勝つ手段はないよ」
「お姉さん、誰? ずいぶん余裕なんだね」
「私は八雲藍。八雲に連なるもので、八雲紫様の式だ。君の姉上のさとり様とは、懇意にさせてもらってるよ」
「へえ」
「たまには実家に帰ってあげたらどうかな。お姉さんはあれで、けっこう大変な仕事をしてるんだよ。家族として、手伝いくらいするべきだろう」
「大きなお世話だなぁ。おくうとお燐をさらっといて、言うことじゃないよね」
「むぐ」
藍が言葉に詰まった拍子に、尻尾をすり抜けて、弾がひとつ後ろの機械に当たった。あわててしっかり弾幕に注意を戻す。もう一発当たった。さらにもう一発。藍の尻尾から逃れたいくつもの弾が、次々と機械に当たるようになった。こいしは主に精神攻撃を得意とするから、弾幕自体の物理的な威力はさほどない。それにくわえてにとり特製の機械はとても頑丈だったから、すぐには壊れないが、しかし時間の問題だ。
藍は胸の奥に冷たいものを感じた。自分はすでに全注意力を弾幕に向けている。弾幕の密度、速度とも、自分の反応速度で撃ち落とせないものでは、むろんない。しかし実際自分の防御をすり抜けていくものがある……自分の後ろの機械に着弾した瞬間に、その弾が放たれていたことに気づくのだ。自分の知覚で認識できない弾幕……
「無意識弾か!」
「せいかーい。弾幕ごっこじゃ、反則だけどね。先に反則をしたのは、そっちだから」
「馬鹿が」
「え?」
「手荒になる」
藍がこいしに飛びかかった。こいしが今までに見たもっとも速い獣の妖怪のスピードを、さらに何倍にもした速度で、無意識の力を使うひまもなく、こいしは押し倒され、捕らえられてしまった。
傍から見ていたにとりにも、何が起こったかわからなかった。気づいたときには弾幕の雨がやみ、こいしが首根っこを押さえつけられ、床に倒されている。藍はこいしの手からあっという間に電子部品を奪い、にとりに向けてぽーいと放った。
「ほら。これをつければ、直るのだろう? 早くしないか」
「う、うん。ありがとう」
にとりは機械の裏にまわり、その部品を所定の位置にきちんと差し込んだ。モジュールが回復したことにより、それを知らせるLEDランプが正常性を告げる。もう一度計器をよく確認すると、にとりはまたぽちぽちとスイッチをいじり、機械全体にリセットをかけ、立ち上げなおしてから、あらためてレバーを押し倒した。
ぎゅるるるるん、と音を立てて、機械が作動をはじめた。今度は、途中で止まることはなかった。
◆
おくうは自分の体がとてもいやらしくなっているのを知っていた。媚薬のせいばかりではなかった。もともと子どもの烏だった体が、八咫鴉様をその身に入れたことで、あふれる力を抑えきれず、急速に成長して、大人の体になった。背が伸びて、おっぱいがふくらみ、黒い翼がとても大きく、立派なものになった。
けれど頭の中は、子どものままだった。おくうは頭が悪いから、地獄の火力調整の仕事をするといっても、簡単なことしかできなかったし、それだってお燐の助けを得て、なんとかやっていたのだ。
精一杯がんばっていたけれど、なんとかして、もっとさとり様のお役に立ちたいとは、常に思っていたし、お燐に迷惑をかけてはいけないというのも、ずっと頭のすみっこにある気持ちだった。
成長して、核の力を扱えるようになった。核融合の力を、熱エネルギーに変換することを覚え、それは幻想郷の歴史の中でも類を見ない、究極のエネルギーであることを知った。その力はとても強く、これまでの自分の持ち場にとどまるものではないと思った。地底全部、いや、地上も含めて、すべてを灼熱地獄にしてやろう。
そうすれば、さとり様はよろこんでくれるだろうし、お燐だって、自分のことを見直すだろう。
そう考えて、異変を起こした(実際に起こしたのは、自分の力の余剰に乗せて怨霊を地上に送っていた、お燐だったのだが)。すぐに、巫女や魔法使いがやってきて、自分は調伏されてしまった。扱うエネルギーは、文字通り究極の力だったけど、それを弾幕に変換する自分自身が、うまく力を制御できず、その隙を突かれてしまった。
自分は弱い。おくうはそう考えて、とても落ち込んだ。良かれと思ったつもりが、また、さとり様やお燐に迷惑をかけてしまった。胸に大きな目ができて、腕に制御棒が付き、足が象の足になった。髪の毛が伸びて、翼が巨大になった。けれどほんとうの自分自身は、自分の中身は、弱くて小さな、あの子どものままなんだ。
そう考えていた。すると、地上からやってきた天狗が、おくうに話しかけた。
「あなたは地獄烏でしょう。私と同じ、鳥なんです。まずは、飛び方を覚えましょうか」
文がそう言った。そしてちょっとずつ、速く飛ぶやり方を教えてもらった。自分の力をフルに使って、地底じゅうを飛び回るのは、とても面白かった。それは、八咫鴉様の力とは別の、自分自身の、自分だけの力だった。
そのうち地上に出て、地上の空も飛ぶようになった。地底とはちがう景色が見えた。どこまで高く飛び上がっても、大丈夫そうに思えた。地上の空はきりがないほど高く、青くて、とてもきれいだった。自分とは別の太陽が、頭の上で輝いていた。あそこに届くだろうか。
おくうは太陽を目指して、高く、高く、苦しくなるほど上へ上へ向けて高く飛んで……気を失って墜落した。
気がつくと、にとりの家にいた。あの九本の尻尾の狐か(おくうは藍の名前を知らなかった)、文が、助けてくれたんだろうと思った。
そういうことを、何日か繰り返した。すると、狐がお燐をさらってきて、自分は媚薬を盛られ、こいし様があらわれて、首根っこを捕まえられて床に体を押し付けられている。
また、自分が悪いことをしてしまったんだ。考えなしの自分だから、みんなに迷惑をかけているんだ。
もう、お燐を困らせてはいけないんだ。
おくうはそう考えた。自分の中の太陽に意識を向けて、それを地上の空で見た、あの眩しい太陽と重ねあわせた。
おくうを入れた機械の左側の筒が溶け出した。おくうの体が真っ赤に輝き、河童の特殊ガラスでも耐え切れないほどの熱を発している。シャイニングガンダムでいうスーパーモードである。にとりはあわてた。
「ち、鎮静剤投入!」
筒の床と天井から白い煙がもわもわと立ちこめ、おくうの体を覆った。しかしおくうの肌に近づくにつれ、それは色を失い、消えていくようだった。何が起きているのかわからない。熱のために、成分が分解されているとすれば、おくうが自分の体を保っているのがおかしいほどの熱が、そこで発生しているのだった。おくうが目を開けた。
筒の中からまずはにとりを、次いでこいしを、最後に機械の反対側に囚われているお燐を見る。それからまたにとりに目を向ける。怒りの感情で、狂おしいほど瞳が燃えていた。
「許さない……!」
「く、くーちゃん、ちょっと、たんま!」
「私が飲み込んだ神の炎! 核エネルギーで跡形もなく溶けきるがいいわ!」
おくうが爆発した。その瞬間、機械を含んだにとりの工房のすべてが、異空間に飲み込まれ、幻想郷から姿を消した。
◆
爆発に備えて身を守っていた藍が、何も衝撃が来ないのを訝しがりながら防御を解き、目を開けると、そこは日頃慣れ親しんだ隙間空間の中だった。
藍の主、隙間妖怪の八雲紫が、隣にふわふわ浮いていた。隙間空間の中にまた隙間をつくって、そこから上半身だけを出し、なにもないところにひじをついて顔を支えている。
見慣れた光景だった。前を向くと、爆発寸前のおくうと機械、その回りにいるにとりとこいしが、ぴったりとその場にとどまって固定されていた。まるで自分たちを除いて、時間が止まってしまったみたいだった。
(藍……藍……聞こえますか……あなたの脳内に直接語りかけています……あなたの素敵なご主人様の、紫です……)
「聞こえます」
(いいですか……落ち着いて聞いてください……今あなたは、私の力で創りだされた隙間空間その名もマクー空間に……)
「わかりましたよ。紫様が助けてくれたんでしょう。核爆発が起きたら、大変ですもんね。ありがとうございました」
(なによ、のりが悪いわねえ。ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃない。危ないところだったのよ)
「はいはい、どうもでした。でも、誰のせいでこんなことになってると思ってるんですか。この私が、河童の使いっ走りみたいなことして」
(とても役に立っていたわよ。さすが私の藍ね)
「見てたんですか。嬉しくないです。もう一週間もこんな調子で、自分の仕事ができなかったし……」
(そうねえ。そろそろ、私のところに戻ってきてほしいわ。さぼればさぼるだけ、その後がつらくなるのよ)
「だから、誰のせいだと思ってるんですか。そもそも紫様が、あんな……」
(悪かったと思ってるわ。まさか偶然見つけた、あなたが中学生のときに書いたラブポエム集を、面白半分に天狗に渡したら、こんなことになってしまうなんて……)
「お、面白半分でやらないでください。早く取り戻さないといけないのに、あの天狗、私を脅迫した後はぜんぜん姿を見せないし」
(悪知恵が働くのよ。そうやって鬼と人とを調停して、生き残ってきた種族なんだしね……。では、これより現実空間への回帰を行います)
「えっ」
(核パワーを隙間パワーで切断し、すでに発された余剰エネルギーを他の地点へおいてきたから、もう戻っても大丈夫です。さあ、藍、呼吸を合わせて。八雲の大妖ふたりのコンビネーションで、この事件を収束させるのよ。はい、いちにーさんし)
「つーん」
(ら、藍?)
「おひとりでやればいいじゃないですか。できるでしょう? 私はもう、ふて寝です。ごろごろごろーん」
(す、隙間空間で寝っ転がるんじゃありません。なによ、年甲斐もなく。ご主人様の命令に従いなさい)
「ふーんだ。知らないもん」
(あ、そう。そういうこと言っちゃう?)
あなたのラブがわからない
紅茶の色もわからない
いつだってブルーブルースカイ……そして血のようなRed……
あなたを想う それだけでも
幸せすぎるくらい幸せだよ
でも このモドカシサ。。。
まるで黄昏に消えていったあなたの影……
冬の星座のようなあなたのラブ Winter Night 二人は幸せそうに寄り添う
ここは業火に焼かれる独裁シティ北朝鮮……
「や、やめろぉ! 朗読するなぁ!」
(いい詩だわ……ゆかりん感激)
「わかりました、わかりましたからぁ」
(なんで北朝鮮?)
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
藍と紫が呼吸を合わせて、うー☆よいしょっ、と隙間パワーを使うと、潮が満ちるように現実が空間を侵食し、やがて時間が戻ってきた。覚悟をして、固くつぶっていた目を、にとりがこわごわ開けると、赤い色が収まって通常のカラーリングになったおくうと、ぐるぐるに縛られたままのお燐が、何が起きたのかわからないというような表情で、筒の中に入ったまま顔を見合わせていた。こいしがにとりの背後に近寄り、てーい、と声を出しつつ後頭部を右膝で思い切り打ちぬいた。にとりは昏倒して倒れた。
藍が横を向くと、隙間空間でいたのと同じ場所に、紫がふよふよ浮いていた。疑問があったので、ため息をつきながら、藍は紫に尋ねた。
「紫様」
「んー。はい」
「おくうの核エネルギーを、別の場所においてきた、って言ってましたよね。どこにやったんですか」
「さあ、どこでしょう」
「紫様」
「こ、怖い顔しないでよ。何、そろそろわかるわ。時間差ができちゃって、少し間が開いたけど……近くよ、近く」
「近くって……あっ」
思い当たった藍が急いで工房を出るのと、ちょうど同じタイミングで、山のてっぺんで爆発が起きた。守矢神社は木っ端微塵になった。
やっぱり、恨みがたまってたんだなあ。藍は主の心情を推し量った。それから神様二柱は大丈夫だろうが、早苗は死んだんじゃないかな、と思った。
◆
おくうは落ち込んでいた。なんだかよくわからないパワーが働いて、守矢神社が爆発四散した以外は大丈夫だったが、自分が勝手をしたせいで、やっぱりさとり様や、お燐に迷惑をかけてしまった。もう自分は、我が身から溢れ出るこのアルティメットパワーを制御できないのだから、永遠亭のあの姫様みたくセルフで封印されてる感じのひきこもりになってしまえばいいのかもしれない。
と考えつついつもの仕事(灼熱地獄の炎に燃料を与え、燃えすぎているようだったら上の窓を開けるなどして調節する)をしていると、射命丸文がやってきた。
「あっ。……文、さん」
「やあやあ。お仕事、がんばってますね。よきかなよきかな」
「ふん……」
おくうはぷい、と横を向いて、ふてくされた。文はおくうに飛び方を教えてくれた天狗で、その教えにしたがって羽根を動かせば、とても効率良く速度を上げられたし、高く高く飛び上がることができた。とてもいい気持ちだった。生まれてきて良かった、と思った。
八咫鴉様の力を得て成長したときよりも、もしかしたらうれしかったかもしれない。
でも、結果として、ひどいことになった。河童に捕まって、変な実験をされそうになるし、パルスィの家の屋根がひっペがれて、さとり様のケツ穴映像が幻想郷じゅうに出まわってしまったし、お燐にはお仕置きと称して、さまざまな特殊プレイをさせられるし……ろくなことがなかった。
それもこれも、みんな文がやってきてからのことだ。おくうはそういうことを、ちょっとずつ文に伝えた。頭が悪いので、整理して、いっぺんに言うことはできなかった。とてもたどたどしい語りだったけど、文はふんふん、と言いながら、きちんと全部聞いてくれた。
「あやや。そんなことになってたんですねえ。すいませんでした」
「そうだよ。もう、大変だったんだからね。お尻痛い」
「めんご、めんご。でも、おくうさん」
「うん」
「空を飛ぶのは、楽しかったでしょう。鳥ですもんね。どうでしたか? 私は空を飛ぶのが、とても好きなんですよ」
にっこり笑いながら、文は言った。おくうはふてくされながらも、嘘をつかずに、すごく楽しかったし、空を飛ぶのは大好きだ、と答えた。前から好きだったけど、文さんから飛び方を教わって、もっと、もっと好きになった。
その答えを聞くと、文はさらにうれしそうになって、ころころと声を出して笑った。
「また教えてあげます。ほとぼりがさめたら、ですけどね……私のほうも、助かりました。新聞、飛ぶように売れましたよ。おくうさんが飛んだおかげで、新聞が飛ぶように。ぷくく」
「うわー」
気持ち悪いなあ、と思いつつおくうは文から文々。新聞を受け取った。自分が飛んでいる姿の写真がでかでかと一面に載っていて、その下ににとりの実験から守矢神社爆散の顛末、隙間妖怪のインタビューと、さとり様のケツ穴ブルーレイの広告が載っていた。ふうん、と思いながらおくうは新聞をめくった。ぺらぺらと読むともなしに紙面をながめていくと、ある箇所で目が止まった。引き込まれるように、おくうはその文字列を読み込んだ。うっとりした気持ちになって、瞳がきらきらと輝きはじめた。
「こ、これ」
「ん? どうしたんですか? どこ読んでます? 私のすばらしい記事のどこ……なあんだ、文芸欄じゃないですか」
「これ……なんていうの。すごい。素敵だと思う。この……詩。ナインテイルズ(P.N)先生……」
「えぇー……」
文としては紙面のスペースがあまったので、そのへんにあった藍の詩をてきとうに載せただけだったが(無許可。ペンネームは文が勝手につけた)、それがこんなにも読者の感動を呼んでしまうとは。
これからも毎回載せようかな、と文は考えた。自分の記事よりも藍の酔っ払ったような詩のほうが喜ばれるのは、ちょっと癪だったが、まぁ、清く正しい新聞記者としては、読者のニーズに応えるのが大事だ。
後に文々。新聞の投書欄からその筆歴をスタートし、幻想郷の文壇を騒がすポエム界の旋風児、ヘルズポエマー・ブラックスカイ(P.N)はこのようにして生まれたのだった。
だが、それはまた別のお話。
◆
お燐も落ち込んでいた。自分は今度の事件で、おくうを取り戻そうと勢い良く飛び出したはいいものの、あっさり敵に捕まってしまって、何にもいいところがなかった。ただ縛られて転がっていただけだった。もしもおくうが最後に暴走しなかったら、今頃自分たちは、変な実験の結果として合体していたのかもしれない。
自分とおくうが合体したら、どんなふうになるんだろうか。興味がないわけではなかった。けれどもそれより、自分の無力さが身にしみてしまって、ひとりでに涙が出てくるような、とてもさみしい気持ちになってしまった。
そういう気持ちで仕事をしていると、さとりがやってきた。
「お燐」
「あっ、肛門……さとり様」
「ど、どういう間違いですか。おほん」
あなたがおくうを連れ戻してくれて、よかったわ。ありがとう。とさとりはお燐にお礼を言った。素早く行動してくれたおかげで、それほど被害は出ませんでした。さすがお燐は、地霊殿のツッコミ役ね。
そう言ってさとりはお燐を褒めたが、お燐の耳には、その言葉は素通りしていくだけだった。何の役にも立たなかった自分が、そんなふうに褒められても、ただ虚しいだけだった。
そういうお燐の心の声を、さとりはきちんと聴いていた。
「お燐」
「はい……」
「私の地上の友達で、パチュリー・ノーレッジさんがいるわ。彼女の図書館に、この前おじゃましたんだけど」
「さ、さとり様、友達いたんですか?」
「い、います。失礼ね。実は永遠亭の輝夜さんとも、メル友なのよ」
「直接は会わないんだ……」
「おほん。それで、図書館に行ったの。とくにお目当ての本があるわけじゃなかったから、てきとうに手についた本を読んでたんだけどね。その中に、"翼の生えた猫"に関する本があったわ」
お燐の耳がぴくぴくと動いた。心の読めるさとりでなくても、話に興味を示したのがわかる仕草だった。さとりは少し笑ってから、落ち着いて、話のつづきをはじめた。
「昔から、ときどきいたんだそうよ。"翼の生えた猫"……そのまま、翼猫(つばさねこ)とか、あとは天使猫(てんしねこ)と呼ばれたりしていたわ。翼ができる原因としては、奇形だとか、皮膚病だとかいろいろと言われているけれど……でも、もっと目的論的な理由がそこにあると、私はそう思う。
猫は空を飛ぶために、背中に翼を生やすのよ」
さとりはお燐の頭を、ゆっくりとなでた。それからその手を後ろに下ろして、背中をなでた。なでられたところが、とてもくすぐったくなって、お燐は思わず笑ってしまった。
「お燐。私たちは嫌われ者の、封印された、みじめな外れ者の妖怪です……でも、地底にだって空がある。おくうみたいに翼のある妖怪もいるし、翼のある妖怪を好きになって、頑張って追いつこうとする猫もいる。
お燐。お燐は、おくうのことが好きなんでしょう。あなたはいつも、おくうの幸せのことを考えている。だから、最後にはきっといい結果になるのよ。
あなたのおかげで、おくうはいつも、助かっているの」
最後の言葉は、一段とゆっくりしていて、噛み締めるような、優しく言い聞かせるような話し方だった。それからさとりはお燐の背中に両手をまわして、一度だけぎゅっと抱きしめた。お燐は泣いてしまった。ぐすぐす鼻をすすり、目をこすりながら、さとりにお礼を言った。
「さとり様、ありがとうございます」
「なになに。たいしたことはない」
「つまりあたいとおくうの間に子どもができれば、翼の生えた猫になると」
「そ、そんなことは言ってないかな!」
それからさとりは地霊殿に帰った。執務室に入って、やれやれ、では自分の仕事をしようかな、と考えたところ、大きな自分の机の小さな椅子に、こいしが座っているのを見つけた。
「こいし」
「たまには手伝うよ。ここに、はんこ押せばいいの? ぽーん」
「え、えっと! それはね!」
さとりはあわててこいしのそばに寄って、書類をたしかめた。案の定、それははんこを押してはいけない書類だったので、その後で苦労して直すはめになった。いつもよりも少し、仕事の時間が延びたけど、さとりはその間、とても楽しく仕事をすることができた。
これが妖怪の烏天狗になると、得意なものとそうでないもので差は出るが、平均してだいたい860km/hくらい。(これは周りの空気との対空速度で、実際の対地速度(地面との速度)は、追い風だったり向かい風だったりで本当にまちまちになる。)
もちろん、天狗の中でももっとも速いと言われている射命丸文は、その平均を大きく越えている。瞬間的であれば、音速の壁を破ることもしばしばだ。
おくうは地獄鴉なので、種族的な制限から、烏天狗ほどのスピードは出せない。それでも射命丸からコツを教わって、おおむね離陸時に300km/h、最高速度で700km/hを出せるようになった。それまでに比べると、相当なスピードアップだった。
大迷惑であった。
地上で高高度を飛ぶのならいざ知らず、おくうが住むのは地底である。生活に不便はないだけの空間はあるが、もちろん、地上とは比べられない。おくうが飛ぶと、その風圧と衝撃波が、もろに直下の被造物を破壊してしまうのだった。
今日もおくうは、狭い地底を縦横無尽に飛び回っては一般家庭の洗濯物を吹き飛ばし、地底の住人たちをドミノのようになぎ倒し、パルスィの家の屋根を風圧でひっペがしていく。
被害は甚大であった。
「あのビッチ天狗め、よけいなことを教えくさって……」
「さとり様、言葉遣いが乱れてます」
こめかみに青筋を立てて怒るさとりに向かって、お燐は冷静に指摘した。おくうは地霊殿の主であるさとりのペットだから、おくうが問題を起こすと、そのままさとりの責任問題になる。
多少のやんちゃなら笑って済ます鬼の勇儀も、毎日のようにパルスィの家の屋根がひっぺがされるに至っては、さすがに我慢できずに殴りこんできた。
「狙ってやってるのか。この前は寝てるとき、今日は飯食ってるとき。その前は妬んでるときで、もひとつ前はスマイルプリキュアごっこをしているときだ。毎回屋根を直すのも大変なんだぞ」
「パルスィは、黄色ですかね。あなたは何キュアなんですか」
「キュアビューティー」
「ブフォwww」
「笑い事じゃない。これ以上プリティでキュアキュアな私たちの邪魔するつもりなら、この力の勇儀、もう容赦しないぞ。具体的にはお前のケツ穴にわさびを塗る」
「わ、わかりました」
ケツ穴にわさびを塗られてしまったら、ひりひりして痛いだろうし、後々パルスィに嫉妬されて大変だろう……そう考えて、おくうを止める決意をしたのが三日前だ。でも、おくうはその少し前から、家に帰ってこなくなっていた。話し合う機会がなかった。
結局おとといも昨日も、おくうはパルスィの家の屋根をひっぺがした。勇儀は約束通り、また殴りこんできた。鬼の力には逆らえなかった。
「とてもひりひりしたわ……」
「そうですね。それにしても、どうしましょうか。おくうのやつ、ごはんは地上で食べてるみたいです。たぶんあのビッチ天狗のところにいるんでしょう」
「餌付けまでされてるの……」
あのビッチ、と吐き捨てるようにさとりは言い、それから自分の無力さをかみしめた。涙が出てくるような気持ちだった。地霊殿の主、地獄の当主様なんてご大層な肩書きを持ちながら、ペットのしつけひとつもできない。敵対視していた地上の天狗なんかに、大事なおくうを手懐けられ、自分は鬼からの制裁を受けてしまった。情けなくてしかたなかった。
さとりがずーんと落ち込んでいるのを見てとると、お燐は頭をかきながら声をかけた。
「さとり様」
「なあに、ぐすぐす」
「泣かないでください。あたいがなんとかしますよ」
「お燐が」
「ええ、そうですよ。あたいとおくうは親友です。さとり様も、はじめっからあたいに命じてくれればよかったんです。あいつを殺せと」
「こ、殺すのはどうかな」
「冗談です。あたいとおくうは親友です……だから、天狗なんかになついてるのが、我慢できないんです。殺してきます」
「お、お燐?」
「冗談です。あたいたちはお互いに独立した人格の、大人のカップルです。しばらく様子をみていましたが、さとり様に迷惑をかけてしまうにいたっては、さすがに平静ではいられません。飼い主を困らせるのは、ペットとして最も慎むべき行為なのです。さとり様のケツ穴を撮影しながら、あたいの怒りは有頂天に達したのです」
「撮ってたの!?」
「編集作業は完了していますので、数カ月後には販売ルートに乗ると思います……では、いってきます。おくうを殺しに」
「殺さないで!」
お燐は走った。お燐には政治はわからぬ。しかし、自らが開発したおくうのいやらしスポットが、あのパパラビッチ天狗にドスケベされているとあっては、お燐自身のぬるぬるスポットもとめどなくぬるぬるせざるを得ず、結果、走らずにはいられなかった。
30分ほど走ってから、飛んだほうが速いことに気づいて、飛んだ。あいつら今のいる場所はわかっている。すなわち地上である。
地上への出入り口近くに陣取り、すきあらば病気をうつそうとしてくるヤマメを振り切って、お燐はさんさんと太陽の当たる地上に出た。空に、おくうよりも眩しいものが輝いている。
その太陽が何かに隠れて、見えなくなった。突然視界が暗くなったので、戸惑った一瞬に、お燐は脳天に一撃をくらって調伏されてしまった。
上からの衝撃で地面に体がぶつかり、勢い良く跳ねて飛び、重力に引かれてまた地面に落ちる。頭がくらくらした。猫にしては丈夫なほうのお燐でも、スク水を着ていなければ即死するところだった(今日はたまたまいつものドレスの下にスク水を着ていた)。
頭から流れた血が目に入る。赤く染まった視界で、お燐はなんとか前を見た。八雲藍が、いつもの道士服の袖に手を入れ、冷たい目でお燐を見下ろしていた。
◆
大きな黒い翼を小さく折りたたんで、おくうはごろごろ、猫みたいに床の上で丸まっていた。夢を見ているような気分だった。
とても疲れていて、眠ってしまいそうだった。今日も、のべ15時間は飛んでいたのだから、しかたなかった。距離にすると、だいたい一万キロメートルは飛んでいる。小さな地底世界を何周も何周もし、そのたびにパルスィの家の屋根をひっぺがした。
飛びながらちらりと、屋根の下の室内を観察すると、家主であるパルスィと鬼の勇儀が、なにか特殊なコスチュームに身を包んで特殊なプレイをしていたように思う(おくうはそういうことにうといので、詳しくはわからなかったが)。
お燐は元気かな。特殊プレイのことを考えると、親友の顔が思い出された。
おくうの想像の中のお燐は、現実と同じく赤い髪をしていて、その赤髪をきっちりしたふたつの三つ編みにしてまとめている。後ろから見ると、頭の形の良さや、うなじのきれいさがよくわかる。おくうはお燐の髪型が好きだった。
自分でも、お燐と同じ髪型にしようと思ったことがある。でも、おくうは髪の毛が多すぎて、どうしても、お燐と同じようなシルエットにはならなかった。お燐のほうは、おくうの豊かな黒髪が好きだと言う。ぼさぼさすぎるから、もっとちゃんと手入れをしろ、ともよく言うけれど。
「こんなに髪の毛が多いのに、下はパイパンだなんて、おくうはほんとうに可愛い」
そう言ってみだらに笑う親友の口元が思い出された。お燐の猫の口が頭の中で映像になって、はっきりとかたちを結ぶ。
けれど、それから上のほう、お燐の鼻や、目が、思い出せなかった。おくうの想像の中で、そこは影に隠れたように黒く塗りつぶされている。
もう、一週間も会っていないから、忘れてしまったのだろうか。自分の馬鹿な頭では、親友の顔を、もう思い出せないのだろうか。おくうはそう考えて、悲しい気持ちになった。
けれど、心のどこかで、そうでないことはわかっていた。お燐の顔の黒い部分は、自分の罪。悪いことをしているという自分の意識が、想像の中でお燐の顔を隠して、見えないようにしてしまっている。
まさか自分が、こんなにもあっさりと、敵の手に落ちてしまうとは。
河童の河城にとりが、部屋のドアを開けて入ってきた。とことこ歩いておくうに近づく。
「調子はどうだい。囚われの小鳥ちゃん……」
「くっ、卑怯な」
「ごはんだよ」
「うにゅ。ありがとう」
のりで卑怯とか言ってみたが、別にエロスな展開ではなかった。今日の夜ごはんは、おろしポン酢のハンバーグにミモザのサラダ、揚げじゃがいもにゆでたまごだった。おくうの好物ばかりだ。いっぱい食べた。たまごは二回もおかわりをしてしまった。
いっぱい動いて、いっぱい食べるから、くーちゃんはまた大きくなるね、とにとりはうらやましそうに言う。
「うーん、私はもう、今より大きくならなくていいなあ」
「そうなの? 私はうらやましいけどなあ(特に乳が)」
「いっぱい食べればいいよ」
「河童はきゅうりしか食べないのだ!」
「そうなんだ……かわいそう」
「じょ、冗談だよ」
お腹いっぱい食べて、それからにとりとおしゃべりをしていると、やっぱりまた、眠くなってしまった。おくうは、「寝る!」と宣言してベッドに入った。
これまで、何日もそうしてきた。今までどおりであれば、そのまま寝て、朝にまた飛び出していくところだった。でも、その日は、勝手がちがった。
「くーちゃん、ちょっと待つ!」
「にゅ」
「今日はスペシャルゲストを用意してあります」
「ゲストって何(ねむいなぁ)」
「お友達だよ。はいドーン!」
ドアがまた開いた。八雲藍がずかずかと入ってきて、肩の上に担いでいた荷物を床にごろんと放り出した。
ぐるぐるに縛られたお燐だった。床にぶつかった痛みで、あいててて、と声を漏らしている。おくうはお燐の顔を見た。とてもひさしぶりに思えた。
「お燐!」
「あっ、おくう」
「ひさしぶり!」
「うん、ひさしぶりだね……じゃないよ! どうなってんのよさぁこれぇ! おくう!」
お燐はじたばたしたが、お燐を縛っている縄はフェムトわかりやすく言うと須臾 須臾とは生き物が認識できない僅かな時のことよ 時間とは、認識できない時が無数に積み重なってできています 時間の最小単位である須臾が認識できないから 時間は連続に見えるけど 本当は短い時が組み合わさってできているの 組紐も1本の紐のようだけど 本当は細い紐が組み合わさっているもの 認識できない細さの繊維で組まれた組紐は 限りなく連続した物質に見えるでしょう そのとき紐から余計な物がなくなり最強の強度を誇る さらには余計な穢れもつかなくなるのです この紐をさらに組み合わせて太い縄にすることで 決して腐らない縄ができる その縄は遥か昔から 不浄な者の出入りを禁じるために使われてきたのよ
だったのでどうしても抜けられなかった。おくうはお燐を助けようと、ベッドから降りて、お燐に近づこうとした。けれどその行く手を、にとりが遮った。
「どいてよ!」
「そうはいかないんだ。ぽちっとな」
「え、きゃあ!」
にとりが手を伸ばし、おくうの大きな胸の乳首を服の上からぽちっと押すと、おくうは全身にものすごい快感を感じて、その場にへたりこんでしまった。顔を真赤にして、あわあわしている。
「さっきの食事に八意印の超スーパー媚薬を仕込んでおいたのだ……商品名『法悦の薬』」
「へ、変態、変態! エロガッパ! おくうに何すんのさぁ!」
「手荒なまねはしないよ……ちょっと、実験に付き合ってほしいだけなんだ」
にとりがくい、とあごで指し示すほうを向くと、部屋の壁一面をふさいで、大きな機械が鎮座していた。機械の前面に、三つの大きな透明の筒が、それぞれ右、中央、左、と等間隔に備え付けられている。ひとつひとつの筒は、背の高いおくうや藍の体がそのまま入ってしまいそうなほどほど大きい。
嫌な予感がした。河童という種族はその全員がエンジニアで、なかでもこのにとりは、体を透明にするコートだとか、地上から地底まで何の損失もなく音声を届ける超高性能通信機だとか、金属製のアームが触手のようににゅるにゅると伸びて女の子の服を切り裂く機械だとかいろいろすごいものを作っている。
作っているものがすごいのに比例するように頭の中身もすごくて、なんとあのきのこキチガイの魔理沙と仲が良く、ふたりで組んでは数々のトラブルを起こしているという。
なにやらやばい実験のような気がした。
「つ、つきあってらんないよ! 早くあたいたちを放せ!」
「そうはいかない。けっこう苦労したんだ。……最初はただ、くーちゃんの核パワーを研究したいだけだったけど、まさかこんな副産物ができるなんて」
「なぁ、にとり」
「ん? 何?」
「私はもう、帰っていいか?」
お燐を運んできて以来、ずっと黙っていた藍が突然声を出した。にとりが見るところ、藍はこれからすることについて、気が引けているようにも見えたし、単純につまらないと感じているようにも見えた。
んー、もうちょっとだけ付き合ってよ、とにとりが言うと、藍はやれやれ、とでも言いたそうな顔になったが、表立って反対することはしなかった。
藍がなぜ、にとりに協力してくれているのか、にとりはその理由を知らない。ただ、おくうの核パワーを研究することについて、射命丸文に相談したら、いつの間にか文が連れてきて、仲間になっていた。
荒事になった場合、この上なく強い味方になるでしょう、と文は言う。まさしくその通りで、にとりではお燐を捕えることは相当むずかしかっただろうし、今後もしおくうが暴れだしたとしたら、藍抜きでは絶対に対処できない。
何か、弱みを握られているのだろうか。文さんのことだから、こんな大物の弱点だって知っているのかもしれない……もしくは、この式のご主人様である、八雲紫にまつわる何かの秘密を、あの記者天狗は握っているのかもしれない。
そう考えたが、さしあたり自分の目的に関わることではなかったので、にとりは気にしないことにしていた。理由はどうあれ、自分の指示でこの大物妖怪がただ働きしてくれるなら、願ったりかなったりだ。藍に命じて、おくうの体を機械の左の筒に放り込ませた。自分は軽い方のお燐の体を引きずって、右の筒に落としこむ。
上から蓋をする。地獄の当主、古明地さとりの手足となる二体のペットが、地上の河童、河城にとりのあやしいマシーンの中に入れられて、荒い息をついている。にとりはマイクを手に持ち、筒の中のお燐とおくうに話しかけた。
「あーあー、調子どう?」
「いいわけないだろ! 出せぇ!」
「マイクの調子はいいみたいだね。では、これから実験の説明をはじめるよ。まず君たちが入ってるその機械、まあ、もう予想はついてると思うけど」
「日焼けマシーン?」
「ちがうよ……」
かんたんに言うと、二体の妖怪を合体させる機械だった。レバーを倒すと、右と左の筒に入った二体の妖怪が融合し、一体の妖怪となって中央の筒にあらわれる。
基本的な動力はこれまでのにとりのほとんどすべての機械と同じく、河童パワーだが、補助機関としておくうの核パワーのサポートを必要とする。そのため、融合する妖怪の一方はおくうで決定していた。
もう一方については、誰でも良かったので、藍に適当に見繕ってもらったのだったが……お燐を連れてきたのは、単純にタイミング良くそのへんをうろついていたからか、それとも何らかの意図があるのか。にとりにはわからないし、あえて問いただすことでもなかった。
こまごまとした技術的な説明を心ゆくまで語りたいところではあったが、言ってもわからないだろうし、あまり時間を与えると、お燐はともかく、おくうが何をしでかすかわからない。にとりは機械の中央に近づき、いくつかのスイッチを入れ、計器を注意して見ながら入念な調整を行った。それから、最終的なトリガーになる、大きなレバーに手をかける。
「い、いくよ」
「や、やめろぉ。ぶっとばすぞぉ。お、おくうもなんか言えぇ」
「あ……ん、はぁはぁ」
「ち、チキショウ! なんかその、ちきしょう!」
はぁはぁしているおくうにお燐がはぁはぁしているのを確認した後、にとりは一気にレバーを押し入れた。
がくん……と音がして、機械全体がぶるぶると震える。各所にあるランプがちかちかと点滅して、赤色や青色の光が、部屋の壁や床を染めた。アラーム音が鳴り響く。
耳障りな警戒音がひとしきり鳴ったあと、ぷしゅうううう、と音を立てて、機械は停止してしまった。震えが止まり、ランプの光も消える。
にとりはぽかんと口を開けた。
「な、なんで? 試運転ではうまくいってたのに……融合の失敗は考えられても、機械の停止はありえない!」
「ばあ」
機械の後ろから、手が生えてきた。黄色い大きな袖に包まれた、細い手首の小さな手の指の先に、電子部品のひとつがつままれている。その手が少しずつ先に伸びると、それにくっついて胴体が出てきた。胴体の上にはふわふわの灰色の髪の毛と可愛い帽子。顔は、おくうとお燐の主である、さとりとそっくりだ。
古明地こいしが、機械の影からあらわれた。くすくす笑っている。にとりはしばし呆然とした後、「な、なんで?」につづけて「いつから?」と、引きつった声を出した。
「お燐といっしょに入ってきたよ。……うふふ、お姉ちゃんのケツ穴映像が見たいだけだったのに、まさかこんなことになっているなんて」
「か、返してよう! その部品!」
「だめだよ。お燐とおくうは、お姉ちゃんのペットだもん。お姉ちゃんの許可はとってるの?」
「そ、それは」
「じゃ、だーめ。こんな機械は壊しちゃおう」
こいしの周りにたくさんの弾幕が生まれ、止める間もなく機械へ向かった。にとりは思わず目をつぶった。手塩にかけた機械が、無残に破壊される瞬間を見るのは耐えられなかった。しかし予想したような破壊音は聞こえなかった。おそるおそる目を開けると、機械とこいしの間に藍が立ちはだかり、弾幕を九本の尻尾で防いでいた。
こいしは表情を変えず、たんたんと弾幕を生み出し、射撃しつづけているが、藍のほうでもそれをあっさり撃ち落としていく。まるで何の苦労もない、単純作業をしているようだった。藍が口を開く。
「ねえ、こいしちゃん」
「何」
「あきらめるがいいわ。存在を消すことが君の武器だろう。私に認識されてしまったからには もう勝つ手段はないよ」
「お姉さん、誰? ずいぶん余裕なんだね」
「私は八雲藍。八雲に連なるもので、八雲紫様の式だ。君の姉上のさとり様とは、懇意にさせてもらってるよ」
「へえ」
「たまには実家に帰ってあげたらどうかな。お姉さんはあれで、けっこう大変な仕事をしてるんだよ。家族として、手伝いくらいするべきだろう」
「大きなお世話だなぁ。おくうとお燐をさらっといて、言うことじゃないよね」
「むぐ」
藍が言葉に詰まった拍子に、尻尾をすり抜けて、弾がひとつ後ろの機械に当たった。あわててしっかり弾幕に注意を戻す。もう一発当たった。さらにもう一発。藍の尻尾から逃れたいくつもの弾が、次々と機械に当たるようになった。こいしは主に精神攻撃を得意とするから、弾幕自体の物理的な威力はさほどない。それにくわえてにとり特製の機械はとても頑丈だったから、すぐには壊れないが、しかし時間の問題だ。
藍は胸の奥に冷たいものを感じた。自分はすでに全注意力を弾幕に向けている。弾幕の密度、速度とも、自分の反応速度で撃ち落とせないものでは、むろんない。しかし実際自分の防御をすり抜けていくものがある……自分の後ろの機械に着弾した瞬間に、その弾が放たれていたことに気づくのだ。自分の知覚で認識できない弾幕……
「無意識弾か!」
「せいかーい。弾幕ごっこじゃ、反則だけどね。先に反則をしたのは、そっちだから」
「馬鹿が」
「え?」
「手荒になる」
藍がこいしに飛びかかった。こいしが今までに見たもっとも速い獣の妖怪のスピードを、さらに何倍にもした速度で、無意識の力を使うひまもなく、こいしは押し倒され、捕らえられてしまった。
傍から見ていたにとりにも、何が起こったかわからなかった。気づいたときには弾幕の雨がやみ、こいしが首根っこを押さえつけられ、床に倒されている。藍はこいしの手からあっという間に電子部品を奪い、にとりに向けてぽーいと放った。
「ほら。これをつければ、直るのだろう? 早くしないか」
「う、うん。ありがとう」
にとりは機械の裏にまわり、その部品を所定の位置にきちんと差し込んだ。モジュールが回復したことにより、それを知らせるLEDランプが正常性を告げる。もう一度計器をよく確認すると、にとりはまたぽちぽちとスイッチをいじり、機械全体にリセットをかけ、立ち上げなおしてから、あらためてレバーを押し倒した。
ぎゅるるるるん、と音を立てて、機械が作動をはじめた。今度は、途中で止まることはなかった。
◆
おくうは自分の体がとてもいやらしくなっているのを知っていた。媚薬のせいばかりではなかった。もともと子どもの烏だった体が、八咫鴉様をその身に入れたことで、あふれる力を抑えきれず、急速に成長して、大人の体になった。背が伸びて、おっぱいがふくらみ、黒い翼がとても大きく、立派なものになった。
けれど頭の中は、子どものままだった。おくうは頭が悪いから、地獄の火力調整の仕事をするといっても、簡単なことしかできなかったし、それだってお燐の助けを得て、なんとかやっていたのだ。
精一杯がんばっていたけれど、なんとかして、もっとさとり様のお役に立ちたいとは、常に思っていたし、お燐に迷惑をかけてはいけないというのも、ずっと頭のすみっこにある気持ちだった。
成長して、核の力を扱えるようになった。核融合の力を、熱エネルギーに変換することを覚え、それは幻想郷の歴史の中でも類を見ない、究極のエネルギーであることを知った。その力はとても強く、これまでの自分の持ち場にとどまるものではないと思った。地底全部、いや、地上も含めて、すべてを灼熱地獄にしてやろう。
そうすれば、さとり様はよろこんでくれるだろうし、お燐だって、自分のことを見直すだろう。
そう考えて、異変を起こした(実際に起こしたのは、自分の力の余剰に乗せて怨霊を地上に送っていた、お燐だったのだが)。すぐに、巫女や魔法使いがやってきて、自分は調伏されてしまった。扱うエネルギーは、文字通り究極の力だったけど、それを弾幕に変換する自分自身が、うまく力を制御できず、その隙を突かれてしまった。
自分は弱い。おくうはそう考えて、とても落ち込んだ。良かれと思ったつもりが、また、さとり様やお燐に迷惑をかけてしまった。胸に大きな目ができて、腕に制御棒が付き、足が象の足になった。髪の毛が伸びて、翼が巨大になった。けれどほんとうの自分自身は、自分の中身は、弱くて小さな、あの子どものままなんだ。
そう考えていた。すると、地上からやってきた天狗が、おくうに話しかけた。
「あなたは地獄烏でしょう。私と同じ、鳥なんです。まずは、飛び方を覚えましょうか」
文がそう言った。そしてちょっとずつ、速く飛ぶやり方を教えてもらった。自分の力をフルに使って、地底じゅうを飛び回るのは、とても面白かった。それは、八咫鴉様の力とは別の、自分自身の、自分だけの力だった。
そのうち地上に出て、地上の空も飛ぶようになった。地底とはちがう景色が見えた。どこまで高く飛び上がっても、大丈夫そうに思えた。地上の空はきりがないほど高く、青くて、とてもきれいだった。自分とは別の太陽が、頭の上で輝いていた。あそこに届くだろうか。
おくうは太陽を目指して、高く、高く、苦しくなるほど上へ上へ向けて高く飛んで……気を失って墜落した。
気がつくと、にとりの家にいた。あの九本の尻尾の狐か(おくうは藍の名前を知らなかった)、文が、助けてくれたんだろうと思った。
そういうことを、何日か繰り返した。すると、狐がお燐をさらってきて、自分は媚薬を盛られ、こいし様があらわれて、首根っこを捕まえられて床に体を押し付けられている。
また、自分が悪いことをしてしまったんだ。考えなしの自分だから、みんなに迷惑をかけているんだ。
もう、お燐を困らせてはいけないんだ。
おくうはそう考えた。自分の中の太陽に意識を向けて、それを地上の空で見た、あの眩しい太陽と重ねあわせた。
おくうを入れた機械の左側の筒が溶け出した。おくうの体が真っ赤に輝き、河童の特殊ガラスでも耐え切れないほどの熱を発している。シャイニングガンダムでいうスーパーモードである。にとりはあわてた。
「ち、鎮静剤投入!」
筒の床と天井から白い煙がもわもわと立ちこめ、おくうの体を覆った。しかしおくうの肌に近づくにつれ、それは色を失い、消えていくようだった。何が起きているのかわからない。熱のために、成分が分解されているとすれば、おくうが自分の体を保っているのがおかしいほどの熱が、そこで発生しているのだった。おくうが目を開けた。
筒の中からまずはにとりを、次いでこいしを、最後に機械の反対側に囚われているお燐を見る。それからまたにとりに目を向ける。怒りの感情で、狂おしいほど瞳が燃えていた。
「許さない……!」
「く、くーちゃん、ちょっと、たんま!」
「私が飲み込んだ神の炎! 核エネルギーで跡形もなく溶けきるがいいわ!」
おくうが爆発した。その瞬間、機械を含んだにとりの工房のすべてが、異空間に飲み込まれ、幻想郷から姿を消した。
◆
爆発に備えて身を守っていた藍が、何も衝撃が来ないのを訝しがりながら防御を解き、目を開けると、そこは日頃慣れ親しんだ隙間空間の中だった。
藍の主、隙間妖怪の八雲紫が、隣にふわふわ浮いていた。隙間空間の中にまた隙間をつくって、そこから上半身だけを出し、なにもないところにひじをついて顔を支えている。
見慣れた光景だった。前を向くと、爆発寸前のおくうと機械、その回りにいるにとりとこいしが、ぴったりとその場にとどまって固定されていた。まるで自分たちを除いて、時間が止まってしまったみたいだった。
(藍……藍……聞こえますか……あなたの脳内に直接語りかけています……あなたの素敵なご主人様の、紫です……)
「聞こえます」
(いいですか……落ち着いて聞いてください……今あなたは、私の力で創りだされた隙間空間その名もマクー空間に……)
「わかりましたよ。紫様が助けてくれたんでしょう。核爆発が起きたら、大変ですもんね。ありがとうございました」
(なによ、のりが悪いわねえ。ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃない。危ないところだったのよ)
「はいはい、どうもでした。でも、誰のせいでこんなことになってると思ってるんですか。この私が、河童の使いっ走りみたいなことして」
(とても役に立っていたわよ。さすが私の藍ね)
「見てたんですか。嬉しくないです。もう一週間もこんな調子で、自分の仕事ができなかったし……」
(そうねえ。そろそろ、私のところに戻ってきてほしいわ。さぼればさぼるだけ、その後がつらくなるのよ)
「だから、誰のせいだと思ってるんですか。そもそも紫様が、あんな……」
(悪かったと思ってるわ。まさか偶然見つけた、あなたが中学生のときに書いたラブポエム集を、面白半分に天狗に渡したら、こんなことになってしまうなんて……)
「お、面白半分でやらないでください。早く取り戻さないといけないのに、あの天狗、私を脅迫した後はぜんぜん姿を見せないし」
(悪知恵が働くのよ。そうやって鬼と人とを調停して、生き残ってきた種族なんだしね……。では、これより現実空間への回帰を行います)
「えっ」
(核パワーを隙間パワーで切断し、すでに発された余剰エネルギーを他の地点へおいてきたから、もう戻っても大丈夫です。さあ、藍、呼吸を合わせて。八雲の大妖ふたりのコンビネーションで、この事件を収束させるのよ。はい、いちにーさんし)
「つーん」
(ら、藍?)
「おひとりでやればいいじゃないですか。できるでしょう? 私はもう、ふて寝です。ごろごろごろーん」
(す、隙間空間で寝っ転がるんじゃありません。なによ、年甲斐もなく。ご主人様の命令に従いなさい)
「ふーんだ。知らないもん」
(あ、そう。そういうこと言っちゃう?)
あなたのラブがわからない
紅茶の色もわからない
いつだってブルーブルースカイ……そして血のようなRed……
あなたを想う それだけでも
幸せすぎるくらい幸せだよ
でも このモドカシサ。。。
まるで黄昏に消えていったあなたの影……
冬の星座のようなあなたのラブ Winter Night 二人は幸せそうに寄り添う
ここは業火に焼かれる独裁シティ北朝鮮……
「や、やめろぉ! 朗読するなぁ!」
(いい詩だわ……ゆかりん感激)
「わかりました、わかりましたからぁ」
(なんで北朝鮮?)
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
藍と紫が呼吸を合わせて、うー☆よいしょっ、と隙間パワーを使うと、潮が満ちるように現実が空間を侵食し、やがて時間が戻ってきた。覚悟をして、固くつぶっていた目を、にとりがこわごわ開けると、赤い色が収まって通常のカラーリングになったおくうと、ぐるぐるに縛られたままのお燐が、何が起きたのかわからないというような表情で、筒の中に入ったまま顔を見合わせていた。こいしがにとりの背後に近寄り、てーい、と声を出しつつ後頭部を右膝で思い切り打ちぬいた。にとりは昏倒して倒れた。
藍が横を向くと、隙間空間でいたのと同じ場所に、紫がふよふよ浮いていた。疑問があったので、ため息をつきながら、藍は紫に尋ねた。
「紫様」
「んー。はい」
「おくうの核エネルギーを、別の場所においてきた、って言ってましたよね。どこにやったんですか」
「さあ、どこでしょう」
「紫様」
「こ、怖い顔しないでよ。何、そろそろわかるわ。時間差ができちゃって、少し間が開いたけど……近くよ、近く」
「近くって……あっ」
思い当たった藍が急いで工房を出るのと、ちょうど同じタイミングで、山のてっぺんで爆発が起きた。守矢神社は木っ端微塵になった。
やっぱり、恨みがたまってたんだなあ。藍は主の心情を推し量った。それから神様二柱は大丈夫だろうが、早苗は死んだんじゃないかな、と思った。
◆
おくうは落ち込んでいた。なんだかよくわからないパワーが働いて、守矢神社が爆発四散した以外は大丈夫だったが、自分が勝手をしたせいで、やっぱりさとり様や、お燐に迷惑をかけてしまった。もう自分は、我が身から溢れ出るこのアルティメットパワーを制御できないのだから、永遠亭のあの姫様みたくセルフで封印されてる感じのひきこもりになってしまえばいいのかもしれない。
と考えつついつもの仕事(灼熱地獄の炎に燃料を与え、燃えすぎているようだったら上の窓を開けるなどして調節する)をしていると、射命丸文がやってきた。
「あっ。……文、さん」
「やあやあ。お仕事、がんばってますね。よきかなよきかな」
「ふん……」
おくうはぷい、と横を向いて、ふてくされた。文はおくうに飛び方を教えてくれた天狗で、その教えにしたがって羽根を動かせば、とても効率良く速度を上げられたし、高く高く飛び上がることができた。とてもいい気持ちだった。生まれてきて良かった、と思った。
八咫鴉様の力を得て成長したときよりも、もしかしたらうれしかったかもしれない。
でも、結果として、ひどいことになった。河童に捕まって、変な実験をされそうになるし、パルスィの家の屋根がひっペがれて、さとり様のケツ穴映像が幻想郷じゅうに出まわってしまったし、お燐にはお仕置きと称して、さまざまな特殊プレイをさせられるし……ろくなことがなかった。
それもこれも、みんな文がやってきてからのことだ。おくうはそういうことを、ちょっとずつ文に伝えた。頭が悪いので、整理して、いっぺんに言うことはできなかった。とてもたどたどしい語りだったけど、文はふんふん、と言いながら、きちんと全部聞いてくれた。
「あやや。そんなことになってたんですねえ。すいませんでした」
「そうだよ。もう、大変だったんだからね。お尻痛い」
「めんご、めんご。でも、おくうさん」
「うん」
「空を飛ぶのは、楽しかったでしょう。鳥ですもんね。どうでしたか? 私は空を飛ぶのが、とても好きなんですよ」
にっこり笑いながら、文は言った。おくうはふてくされながらも、嘘をつかずに、すごく楽しかったし、空を飛ぶのは大好きだ、と答えた。前から好きだったけど、文さんから飛び方を教わって、もっと、もっと好きになった。
その答えを聞くと、文はさらにうれしそうになって、ころころと声を出して笑った。
「また教えてあげます。ほとぼりがさめたら、ですけどね……私のほうも、助かりました。新聞、飛ぶように売れましたよ。おくうさんが飛んだおかげで、新聞が飛ぶように。ぷくく」
「うわー」
気持ち悪いなあ、と思いつつおくうは文から文々。新聞を受け取った。自分が飛んでいる姿の写真がでかでかと一面に載っていて、その下ににとりの実験から守矢神社爆散の顛末、隙間妖怪のインタビューと、さとり様のケツ穴ブルーレイの広告が載っていた。ふうん、と思いながらおくうは新聞をめくった。ぺらぺらと読むともなしに紙面をながめていくと、ある箇所で目が止まった。引き込まれるように、おくうはその文字列を読み込んだ。うっとりした気持ちになって、瞳がきらきらと輝きはじめた。
「こ、これ」
「ん? どうしたんですか? どこ読んでます? 私のすばらしい記事のどこ……なあんだ、文芸欄じゃないですか」
「これ……なんていうの。すごい。素敵だと思う。この……詩。ナインテイルズ(P.N)先生……」
「えぇー……」
文としては紙面のスペースがあまったので、そのへんにあった藍の詩をてきとうに載せただけだったが(無許可。ペンネームは文が勝手につけた)、それがこんなにも読者の感動を呼んでしまうとは。
これからも毎回載せようかな、と文は考えた。自分の記事よりも藍の酔っ払ったような詩のほうが喜ばれるのは、ちょっと癪だったが、まぁ、清く正しい新聞記者としては、読者のニーズに応えるのが大事だ。
後に文々。新聞の投書欄からその筆歴をスタートし、幻想郷の文壇を騒がすポエム界の旋風児、ヘルズポエマー・ブラックスカイ(P.N)はこのようにして生まれたのだった。
だが、それはまた別のお話。
◆
お燐も落ち込んでいた。自分は今度の事件で、おくうを取り戻そうと勢い良く飛び出したはいいものの、あっさり敵に捕まってしまって、何にもいいところがなかった。ただ縛られて転がっていただけだった。もしもおくうが最後に暴走しなかったら、今頃自分たちは、変な実験の結果として合体していたのかもしれない。
自分とおくうが合体したら、どんなふうになるんだろうか。興味がないわけではなかった。けれどもそれより、自分の無力さが身にしみてしまって、ひとりでに涙が出てくるような、とてもさみしい気持ちになってしまった。
そういう気持ちで仕事をしていると、さとりがやってきた。
「お燐」
「あっ、肛門……さとり様」
「ど、どういう間違いですか。おほん」
あなたがおくうを連れ戻してくれて、よかったわ。ありがとう。とさとりはお燐にお礼を言った。素早く行動してくれたおかげで、それほど被害は出ませんでした。さすがお燐は、地霊殿のツッコミ役ね。
そう言ってさとりはお燐を褒めたが、お燐の耳には、その言葉は素通りしていくだけだった。何の役にも立たなかった自分が、そんなふうに褒められても、ただ虚しいだけだった。
そういうお燐の心の声を、さとりはきちんと聴いていた。
「お燐」
「はい……」
「私の地上の友達で、パチュリー・ノーレッジさんがいるわ。彼女の図書館に、この前おじゃましたんだけど」
「さ、さとり様、友達いたんですか?」
「い、います。失礼ね。実は永遠亭の輝夜さんとも、メル友なのよ」
「直接は会わないんだ……」
「おほん。それで、図書館に行ったの。とくにお目当ての本があるわけじゃなかったから、てきとうに手についた本を読んでたんだけどね。その中に、"翼の生えた猫"に関する本があったわ」
お燐の耳がぴくぴくと動いた。心の読めるさとりでなくても、話に興味を示したのがわかる仕草だった。さとりは少し笑ってから、落ち着いて、話のつづきをはじめた。
「昔から、ときどきいたんだそうよ。"翼の生えた猫"……そのまま、翼猫(つばさねこ)とか、あとは天使猫(てんしねこ)と呼ばれたりしていたわ。翼ができる原因としては、奇形だとか、皮膚病だとかいろいろと言われているけれど……でも、もっと目的論的な理由がそこにあると、私はそう思う。
猫は空を飛ぶために、背中に翼を生やすのよ」
さとりはお燐の頭を、ゆっくりとなでた。それからその手を後ろに下ろして、背中をなでた。なでられたところが、とてもくすぐったくなって、お燐は思わず笑ってしまった。
「お燐。私たちは嫌われ者の、封印された、みじめな外れ者の妖怪です……でも、地底にだって空がある。おくうみたいに翼のある妖怪もいるし、翼のある妖怪を好きになって、頑張って追いつこうとする猫もいる。
お燐。お燐は、おくうのことが好きなんでしょう。あなたはいつも、おくうの幸せのことを考えている。だから、最後にはきっといい結果になるのよ。
あなたのおかげで、おくうはいつも、助かっているの」
最後の言葉は、一段とゆっくりしていて、噛み締めるような、優しく言い聞かせるような話し方だった。それからさとりはお燐の背中に両手をまわして、一度だけぎゅっと抱きしめた。お燐は泣いてしまった。ぐすぐす鼻をすすり、目をこすりながら、さとりにお礼を言った。
「さとり様、ありがとうございます」
「なになに。たいしたことはない」
「つまりあたいとおくうの間に子どもができれば、翼の生えた猫になると」
「そ、そんなことは言ってないかな!」
それからさとりは地霊殿に帰った。執務室に入って、やれやれ、では自分の仕事をしようかな、と考えたところ、大きな自分の机の小さな椅子に、こいしが座っているのを見つけた。
「こいし」
「たまには手伝うよ。ここに、はんこ押せばいいの? ぽーん」
「え、えっと! それはね!」
さとりはあわててこいしのそばに寄って、書類をたしかめた。案の定、それははんこを押してはいけない書類だったので、その後で苦労して直すはめになった。いつもよりも少し、仕事の時間が延びたけど、さとりはその間、とても楽しく仕事をすることができた。
そうして生まれたのが岡崎夢美である
くらいの超展開を期待してたのにガッカリーです、だから-900点ね
しっかりとお燐やお空の気持ちが伝わって来てすごいです!
ネタの入る所も狙いすましてて良かったです!
……STR先輩のケツ穴Blu-ray(ボソッ
楽しいひと時をありがとうございました!
しっかりとお燐やお空の気持ちが伝わって来てすごいです!
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にとりの思惑や吹き飛んだ洩矢神社の様子も見てみたいです。
いくら締めが良い話でも、前半の下品っぷりは隠せんよww
さりげなくお姉さん属性のさとりが可愛かった
いや、もう、おもしろかったです。なんぞこれwww
えっち
だな
また、どぎつい下ネタのさとり・燐、ただの噛ませ犬のこいし、意味なく爆破される守矢など
キャラの扱いに差がありすぎて正直読んですごい不快でした。
ねーよ!