「お茶が入りましたわ」
その言葉が聞こえた時には、既にテーブルの上に、さっきまでは存在しなかった3つの紅茶が出現している。
「あら、有難う、咲夜。それで、今日は一体何を入れたのかしら?」
本から一切視線を上げず、知識と日陰の魔女、パチュリー・ノーレッジはそう問い掛ける。
「先日永遠亭に出掛けた際に入手した、王水という物を少し混ぜてみました。カップ選びに苦労いたしましたわ」
見ると、確かにそこにあるカップはいつも使用している愛用の陶器のティーカップではなく、王の気品を漂わせる金色のティーカップだった。カップの縁からどことなく気泡が湧いている気もする。
「王水、ねぇ。残念ながら一介の魔女である私に、王の水は恐れ多いわ。普通の紅茶にして貰えるかしら?」
パチュリーがそう答えると、その隣に座る、普段この館では見ない顔の少女も一言、
「私も普通のでお願いします」
と、同意した。
「畏まりました。お嬢様はどうなさいますか?」
テーブルに座る残り一人、館の主レミリア・スカーレットにメイドがそう質問した時には、既にテーブルの上の紅茶のうち2つは、いつも通りの陶器のティーカップに変わっていた。
「咲夜、なかなか気が利くじゃないか。王の水とは、夜の王たる私にこそ相応しい。勿論私はこれを飲ませてもらうよ」
客人の前だからか、精一杯のカリスマを放つレミリア。
「ええ。そうね。私も、これを飲めるのはレミィだけだと思うわ」
パチュリーが紅茶を飲みながらそう同意すると、レミリアはカップを持ち、優雅に紅茶を口に含んだ。そして、
「ぶふぁ!?」
即座に吹き出した。パチュリーが本と自分達を守るために予め張っておいた防護障壁のお陰で、被害は(レミリアのカリスマ以外に)無い。
レミリアが取り落としたカップから零れた紅茶が、ジュクジュクと嫌な音を立てて高速で机を溶かしていた。
「ちょっと咲夜!? 私の舌が文字通りとろけたわよ!? 一体何入れたのよ!」
文句を言うレミリアの口内は、ちょっと18歳未満にはお見せできない感じにグロッキーであった。
「ですから、王水ですわ」
パチュリーが、本に視線を向けたまま解説を入れる。
「『濃塩酸と濃硝酸を3:1の割合で混合した液体で、外の世界にある溶液で唯一、金を溶かすことが出来る』良かったわねレミィ。吸血鬼じゃなきゃ死んでたわよ」
――このメイド、完全で瀟洒な従者、十六夜咲夜は、紅茶に色々な毒物を混ぜ込むという、少々困った癖があるのだ。
しかも、ドジっ娘や料理下手属性からやっているのではないのだから始末が悪い。それらの属性はこのメイドとは最も無縁に近い物である。
咲夜曰く、「日頃色々な毒物を口に入れておけば、耐性が出来て暗殺されても安心ですわ」との事だが、この平和な幻想郷において、暗殺などという物騒な事件はそうそう起こり得ない。
それに、わざわざ耐性など付けずとも、元々吸血鬼は毒程度では死なないのだから、これが咲夜の趣味である事は明白だ。
「パチェも知ってたなら止めてくれたって良いじゃない。う~。まだ口の中がイガイガする……」
そう愚痴るレミリアの口内は、既にイガイガで済むレベルにまで再生していた。流石は吸血鬼である。
「さて、茶番はこれくらいにして。……紅魔館にようこそ。歓迎するわ」
パチュリーは本を閉じると、隣に座っている少女――怨霊も恐れ怯む第三の目、古明地さとりへと話し掛けた。
◆
パチュリー・ノーレッジと古明地さとりは友人である。ことの始まりは1年前の地霊異変。異変を解決しに向かった魔理沙に、お手製の魔法陣を刻んだ魔導書を通じてアドバイスをしていたパチュリーが、異変解決後にさとりと本に関する話題で意気投合した事だ。
とはいえ、地底と地上の交流が復活し、名目上は往来が自由になったものの、やはり一度は地底に追いやられた身、地上へ出る決心は無く、その後しばらくの間は、地底調査の役割を果たし用済みになった魔導書を、地霊殿の片隅に配置する事で、しばしば会話していたのである。
しかし、ペットのお燐は神社に入り浸り、お空は地上で弾幕ごっこ、妹のこいしは命蓮寺に入門と、さとりの家族が次々地上での生活に適応していくのを見て、内心非常に羨ましく思っていたさとりは、先日パチュリーに誘われて、ついに紅魔館へとやってきたという訳だ。
「見苦しい所を見せて済まないわね」
パチュリーがさとりにそう謝る。後ろで「ちょっとパチェ、誰が見苦しい奴だって?」と文句を付けるレミリアには一切視線を向けない。
「いえ。お構いなく。本当に地上は面白い所ですね」
そう言ってさとりは笑う。実際、陰気な地底で生活するさとりにとって、皆が皆バカ騒ぎをしている地上はとても魅力的に思えた。
「大体何でレミィが居るのよ」
「何でってそりゃあ、地底からわざわざ客人がやって来たんだから、館の主人として出迎えない訳には行かないだろう」
「『というのは建前で、実際は面白そうだから来ただけなんだけどね』」
レミリアの台詞にさとりが続ける。それは、レミリアの本心そのものの台詞であった。
「なるほど、流石さとり妖怪。何でもお見通しって訳ね。面白い。受けて立とうじゃない」
心を読まれているというのに、どことなく楽しそうなレミリア。
古明地さとりは、心を読む妖怪である。故に、一切の隠し事は通用しないのだ。
◆
しばらくレミリアを交えて世間話をしていた二人は、本来の目的へと移った。
そう。本である。本以外の事でも話題は尽きないとはいえ、本を通じて知り合った二人なのだから、こうやって紅魔館へとやってきた目的の多くは本にある。話すだけなら魔導書でも出来るしね。
紅魔館内部の図書館は、幻想入りした物語や学術書、辞書に魔導書、薄い本からウ=ス異本までありとあらゆる書物が取り揃っている。さとりはパチュリーに通信を通じてその話を聞き、ずっと前からそれらの本を読みたいと思っていたのだ。
「話には聞いていましたが、想像以上に広いですねぇ。館の外観の三倍はありますよ」
「咲夜が空間を拡張しているからね」
と、答えたのはレミリア。自分の業績ではないのに誇らしげなのは、館の主人としての使用人への誇りである。
「自由に読んでいいわよ。読み切れない分は貸し出すわ。どこぞの誰かみたく盗んで行かなければね」
「酷い奴も居るもんだな。人の物を盗むなんて、考えられないぜ」
本の量に驚いているさとりにそう言ったパチュリーの後ろに、ジャストタイミングで話題の魔法使い、霧雨魔理沙が着地した。
「……一応聞くわ。何しに来たの?」
「本を借りに来ただけだぜ」
「『貸出期限は私が死ぬまでな』ですか」
さとりが魔理沙の本心を続ける。魔理沙はオーバーリアクションで驚いて、
「うぉっ! 誰かと思えばさとりじゃないか。地上に出てくるとは珍しいな。私の秘密の本心が暴かれちゃったじゃないか」
「最初から知ってるわ。私じゃ止められない事もね。一度に借りられる本は3冊までよ」
「一度じゃなければ問題ないな。明日も明後日もお世話になるとして、とりあえず3冊借りて行くぜ」
そう言って本を物色し始める普通の魔法使いを見て、七曜の魔女は嘆息した。
「はぁ……。本当どうにかならないかしら。あのネズミ」
「『ま、何故か嫌いになれないのだけれどね』」
さとりがそうつぶやいて笑うと、パチュリーも苦笑いをして答えた。
「それ、魔理沙には言わないでね。ますます調子に乗るから」
「ええ。言われなくても分かってますよ。さとり妖怪ですから」
◆
そしてさとりがここに来たもう一つの用事というのが。
「それで、例の本は持ってきたかしら?」
「ええ」
さとりが取り出したのは、無地の表紙の文庫本サイズの本である。パチュリーはその本を受けとって、
「じゃあ読ませて貰うわ。その間好きな本読んでて良いわよ」
「誰かに読んでもらうのは初めてです。少し緊張しますね」
さとりは小説を書いている。書くジャンルは主に心理描写などを多用した小説である。といっても趣味で書いている物で、今まで誰にも読ませたことは無いのだが。(と、さとりは思っているが、実際は全てこいしにこっそり読まれている)
「じゃ、読ませてもらうわ」
そして、それから大体3時間程度。静まり返った図書館に、紙をめくる音だけが響く。
さとり、パチュリー共に、無言で本を読んでいる。通常の感性の人なら気まずくなること請け合いだが、さとりとパチュリーにとってはこの上ない心地よい空間だ。
ちなみにレミリアは飽きて帰った。魔理沙は本を物色中である。どうやら冗談で言った一日3冊まで、という決まりを律義に守るようで、それなら返却期限もきちんと守ってほしいとパチュリーは思うのだが、それは出来ない相談らしい。
そして、ぱたむと本を閉じ、
「読み終わったわ」
パチュリーがさとりにそう告げると同時に、借りて行く本を選び終わった魔理沙がパチュリーの読んでいた本の背表紙を覗き込んだ。
「何をだ? ……表紙にゃ何も無いな」
「ああ、これは……」
そこまで言った後、パチュリーは一瞬口ごもる。さとりが物書きの趣味を秘密にしておいて欲しいという可能性もあるだろう。ここは適当にごまかすべきか?
「これは、私が趣味で書いている小説です。パチュリーさんに読んで貰って、感想を頂こうと思いまして」
その意志を読んださとりが続けた。どうやら無用な心配だったらしい。
「へぇ。お前小説なんか書いてたのか。どうだ、パチュリー? 面白かったか? 私も興味あるぜ。面白いなら私も借りたい」
死ぬまでな、と冗談めかして続ける魔理沙。さて、感想はどう答えたものだろうか? 読み終わった話の内容を脳内で反芻し、パチュリーは暫くの間無言になってから、口を開いた。
「駄作ね。文は冗長だし、話に起伏もない。その上心理描写()にはまるで人間味が無い。ぐたぐたと長く続いている割に、何を伝えたいのかもハッキリしないし。これほど読んで損したと思える小説は久しぶりだわ」
無表情でそれだけ言って、パチュリーは口を閉じた。
「……おいおい、読ませて貰ってそりゃあ無いだろう。もうちょっとオブラートに包むとかさ」
あまりにも刺々しいパチュリーの感想を聞いた魔理沙が言いかけたのを遮って、さとりが言う。
「いえ、例えオブラートに包んだとしても、私には無意味ですよ」
「あー。そういやそうだったな」
古明地さとりは心を読む妖怪である。故に、言葉で取り繕っても無意味なのだ。
「それに、本心の感想は、次の作品への励みになりますしね」
「いや、だが――」
魔理沙が口ごもるが、パチュリーはそれを無視してさとりに言った。
「そろそろ帰らないと、ペットが待ってるんじゃない?」
「ああ、もうこんな時間ですか。時間が経つのは早いものですね。では私はそろそろ失礼します」
「悪質な妖怪に気をつけてね」
「はい。また来させて頂きますね。それでは」
そう言ってさとりは小脇に数冊の本を抱えて帰っていった。後に残った魔理沙がパチュリーに言う。
「おいおい、良いのかよ。あんな感想で。友達なんだろ?」
「良いのよ。これで。……今は気分が良いから、弾幕ごっこは許してあげるわ。貴女も本を選んだんならとっとと帰りなさい。私の気が変わって、ロイヤルフレアをぶつけないうちにね」
「へいへい」
魔理沙は箒に乗って、図書館を出た。帰り道、霧の湖の上空で一人呟く。
「しっかし妙だな。自分の書いた本があんなにけなされてるってのに、全然気にした様子が無いし」
氷の湖の上空の冷えた風を切って飛行しながら、今日の出来事を振り返る魔理沙。しばらくして、
「……ああ、なるほど。そういう事か。……お熱いこった」
魔理沙は、一人合点すると、箒の進路を少し修正する。自分の家ではなく、その少し手前の家に着地し、外壁に箒を立てかけると、ノックもせずに勢いよく扉を開けた。
「ようアリス。ただいま」
「ここは魔理沙の家じゃないし、私は魔理沙の恋人じゃないから、真顔でただいまとか言っても夕飯は出さないわよ」
「ちぇ。読まれてるなぁ」
「とか言いながら入ってこない。……しょうがないわね。何か作ってあげるから待ってなさい」
「お、夕飯が出るって事は、アリスは私の恋人って事になるな」
「ならないわ。どうせ食べるまで帰る気無いんでしょ、仕方なくよ」
口では渋りつつも、どこか楽しそうに人形を動かして予期せぬ来客の為の料理を作り始める七色の人形使いに、恋色の魔法使いは声を掛ける。
「アリス、いつもなんだかんだで美味しい料理作ってくれてありがとな。感謝してるぜ」
「……もう、何よ急に」
アリスは困ったようにそう答える。が、アリスの操る上海と蓬莱はコントロールを失い包丁を頭に突き刺したり、自ら鍋に突っ込んだりと奇行を繰り返していた。また、魔理沙からは見えないが、今、アリスの顔はかつて行った灼熱地獄よりも真っ赤に染まっている。
「ああ。感想は、言葉に出さなきゃ伝わらないからな」
どこかのさとり妖怪と違って、と魔理沙は笑って言った。
◆
同時刻、地底と地上を繋ぐ橋。
「初めての地上はどうだった? ……って聞くまでも無いわね。その表情じゃ。嗚呼妬ましい妬ましい」
「『さとりが地上で嫌われないか不安だったけど、杞憂だったみたいね』。心配してくださって有難うございます」
地上から帰ってきたさとりに話し掛けてきた橋守の水橋パルスィに、さとりはニヤニヤと笑ってそう返す。
「本当、心配して損したわ。からかわれるだけだもの」
ぱるぱるぱるぱる……。と嫉み続けるパルスィを背後に、さとりは地霊殿へと歩を進める。パルスィの声が聞こえなくなった辺りで、さとりは紅魔館での出来事――本を読んだ後のパチュリーの感想を想起し、小さく呟いた。
「『とても面白かったわ。言葉で感想を伝える事が不粋だと思えるくらいにね。新作、期待しているわ』ですか。――これは、頑張って良い作品を仕上げなくてはいけませんね」
古明地さとりは、心を読む妖怪である。故に、通じ合うのに言葉は必要無い。
その言葉が聞こえた時には、既にテーブルの上に、さっきまでは存在しなかった3つの紅茶が出現している。
「あら、有難う、咲夜。それで、今日は一体何を入れたのかしら?」
本から一切視線を上げず、知識と日陰の魔女、パチュリー・ノーレッジはそう問い掛ける。
「先日永遠亭に出掛けた際に入手した、王水という物を少し混ぜてみました。カップ選びに苦労いたしましたわ」
見ると、確かにそこにあるカップはいつも使用している愛用の陶器のティーカップではなく、王の気品を漂わせる金色のティーカップだった。カップの縁からどことなく気泡が湧いている気もする。
「王水、ねぇ。残念ながら一介の魔女である私に、王の水は恐れ多いわ。普通の紅茶にして貰えるかしら?」
パチュリーがそう答えると、その隣に座る、普段この館では見ない顔の少女も一言、
「私も普通のでお願いします」
と、同意した。
「畏まりました。お嬢様はどうなさいますか?」
テーブルに座る残り一人、館の主レミリア・スカーレットにメイドがそう質問した時には、既にテーブルの上の紅茶のうち2つは、いつも通りの陶器のティーカップに変わっていた。
「咲夜、なかなか気が利くじゃないか。王の水とは、夜の王たる私にこそ相応しい。勿論私はこれを飲ませてもらうよ」
客人の前だからか、精一杯のカリスマを放つレミリア。
「ええ。そうね。私も、これを飲めるのはレミィだけだと思うわ」
パチュリーが紅茶を飲みながらそう同意すると、レミリアはカップを持ち、優雅に紅茶を口に含んだ。そして、
「ぶふぁ!?」
即座に吹き出した。パチュリーが本と自分達を守るために予め張っておいた防護障壁のお陰で、被害は(レミリアのカリスマ以外に)無い。
レミリアが取り落としたカップから零れた紅茶が、ジュクジュクと嫌な音を立てて高速で机を溶かしていた。
「ちょっと咲夜!? 私の舌が文字通りとろけたわよ!? 一体何入れたのよ!」
文句を言うレミリアの口内は、ちょっと18歳未満にはお見せできない感じにグロッキーであった。
「ですから、王水ですわ」
パチュリーが、本に視線を向けたまま解説を入れる。
「『濃塩酸と濃硝酸を3:1の割合で混合した液体で、外の世界にある溶液で唯一、金を溶かすことが出来る』良かったわねレミィ。吸血鬼じゃなきゃ死んでたわよ」
――このメイド、完全で瀟洒な従者、十六夜咲夜は、紅茶に色々な毒物を混ぜ込むという、少々困った癖があるのだ。
しかも、ドジっ娘や料理下手属性からやっているのではないのだから始末が悪い。それらの属性はこのメイドとは最も無縁に近い物である。
咲夜曰く、「日頃色々な毒物を口に入れておけば、耐性が出来て暗殺されても安心ですわ」との事だが、この平和な幻想郷において、暗殺などという物騒な事件はそうそう起こり得ない。
それに、わざわざ耐性など付けずとも、元々吸血鬼は毒程度では死なないのだから、これが咲夜の趣味である事は明白だ。
「パチェも知ってたなら止めてくれたって良いじゃない。う~。まだ口の中がイガイガする……」
そう愚痴るレミリアの口内は、既にイガイガで済むレベルにまで再生していた。流石は吸血鬼である。
「さて、茶番はこれくらいにして。……紅魔館にようこそ。歓迎するわ」
パチュリーは本を閉じると、隣に座っている少女――怨霊も恐れ怯む第三の目、古明地さとりへと話し掛けた。
◆
パチュリー・ノーレッジと古明地さとりは友人である。ことの始まりは1年前の地霊異変。異変を解決しに向かった魔理沙に、お手製の魔法陣を刻んだ魔導書を通じてアドバイスをしていたパチュリーが、異変解決後にさとりと本に関する話題で意気投合した事だ。
とはいえ、地底と地上の交流が復活し、名目上は往来が自由になったものの、やはり一度は地底に追いやられた身、地上へ出る決心は無く、その後しばらくの間は、地底調査の役割を果たし用済みになった魔導書を、地霊殿の片隅に配置する事で、しばしば会話していたのである。
しかし、ペットのお燐は神社に入り浸り、お空は地上で弾幕ごっこ、妹のこいしは命蓮寺に入門と、さとりの家族が次々地上での生活に適応していくのを見て、内心非常に羨ましく思っていたさとりは、先日パチュリーに誘われて、ついに紅魔館へとやってきたという訳だ。
「見苦しい所を見せて済まないわね」
パチュリーがさとりにそう謝る。後ろで「ちょっとパチェ、誰が見苦しい奴だって?」と文句を付けるレミリアには一切視線を向けない。
「いえ。お構いなく。本当に地上は面白い所ですね」
そう言ってさとりは笑う。実際、陰気な地底で生活するさとりにとって、皆が皆バカ騒ぎをしている地上はとても魅力的に思えた。
「大体何でレミィが居るのよ」
「何でってそりゃあ、地底からわざわざ客人がやって来たんだから、館の主人として出迎えない訳には行かないだろう」
「『というのは建前で、実際は面白そうだから来ただけなんだけどね』」
レミリアの台詞にさとりが続ける。それは、レミリアの本心そのものの台詞であった。
「なるほど、流石さとり妖怪。何でもお見通しって訳ね。面白い。受けて立とうじゃない」
心を読まれているというのに、どことなく楽しそうなレミリア。
古明地さとりは、心を読む妖怪である。故に、一切の隠し事は通用しないのだ。
◆
しばらくレミリアを交えて世間話をしていた二人は、本来の目的へと移った。
そう。本である。本以外の事でも話題は尽きないとはいえ、本を通じて知り合った二人なのだから、こうやって紅魔館へとやってきた目的の多くは本にある。話すだけなら魔導書でも出来るしね。
紅魔館内部の図書館は、幻想入りした物語や学術書、辞書に魔導書、薄い本からウ=ス異本までありとあらゆる書物が取り揃っている。さとりはパチュリーに通信を通じてその話を聞き、ずっと前からそれらの本を読みたいと思っていたのだ。
「話には聞いていましたが、想像以上に広いですねぇ。館の外観の三倍はありますよ」
「咲夜が空間を拡張しているからね」
と、答えたのはレミリア。自分の業績ではないのに誇らしげなのは、館の主人としての使用人への誇りである。
「自由に読んでいいわよ。読み切れない分は貸し出すわ。どこぞの誰かみたく盗んで行かなければね」
「酷い奴も居るもんだな。人の物を盗むなんて、考えられないぜ」
本の量に驚いているさとりにそう言ったパチュリーの後ろに、ジャストタイミングで話題の魔法使い、霧雨魔理沙が着地した。
「……一応聞くわ。何しに来たの?」
「本を借りに来ただけだぜ」
「『貸出期限は私が死ぬまでな』ですか」
さとりが魔理沙の本心を続ける。魔理沙はオーバーリアクションで驚いて、
「うぉっ! 誰かと思えばさとりじゃないか。地上に出てくるとは珍しいな。私の秘密の本心が暴かれちゃったじゃないか」
「最初から知ってるわ。私じゃ止められない事もね。一度に借りられる本は3冊までよ」
「一度じゃなければ問題ないな。明日も明後日もお世話になるとして、とりあえず3冊借りて行くぜ」
そう言って本を物色し始める普通の魔法使いを見て、七曜の魔女は嘆息した。
「はぁ……。本当どうにかならないかしら。あのネズミ」
「『ま、何故か嫌いになれないのだけれどね』」
さとりがそうつぶやいて笑うと、パチュリーも苦笑いをして答えた。
「それ、魔理沙には言わないでね。ますます調子に乗るから」
「ええ。言われなくても分かってますよ。さとり妖怪ですから」
◆
そしてさとりがここに来たもう一つの用事というのが。
「それで、例の本は持ってきたかしら?」
「ええ」
さとりが取り出したのは、無地の表紙の文庫本サイズの本である。パチュリーはその本を受けとって、
「じゃあ読ませて貰うわ。その間好きな本読んでて良いわよ」
「誰かに読んでもらうのは初めてです。少し緊張しますね」
さとりは小説を書いている。書くジャンルは主に心理描写などを多用した小説である。といっても趣味で書いている物で、今まで誰にも読ませたことは無いのだが。(と、さとりは思っているが、実際は全てこいしにこっそり読まれている)
「じゃ、読ませてもらうわ」
そして、それから大体3時間程度。静まり返った図書館に、紙をめくる音だけが響く。
さとり、パチュリー共に、無言で本を読んでいる。通常の感性の人なら気まずくなること請け合いだが、さとりとパチュリーにとってはこの上ない心地よい空間だ。
ちなみにレミリアは飽きて帰った。魔理沙は本を物色中である。どうやら冗談で言った一日3冊まで、という決まりを律義に守るようで、それなら返却期限もきちんと守ってほしいとパチュリーは思うのだが、それは出来ない相談らしい。
そして、ぱたむと本を閉じ、
「読み終わったわ」
パチュリーがさとりにそう告げると同時に、借りて行く本を選び終わった魔理沙がパチュリーの読んでいた本の背表紙を覗き込んだ。
「何をだ? ……表紙にゃ何も無いな」
「ああ、これは……」
そこまで言った後、パチュリーは一瞬口ごもる。さとりが物書きの趣味を秘密にしておいて欲しいという可能性もあるだろう。ここは適当にごまかすべきか?
「これは、私が趣味で書いている小説です。パチュリーさんに読んで貰って、感想を頂こうと思いまして」
その意志を読んださとりが続けた。どうやら無用な心配だったらしい。
「へぇ。お前小説なんか書いてたのか。どうだ、パチュリー? 面白かったか? 私も興味あるぜ。面白いなら私も借りたい」
死ぬまでな、と冗談めかして続ける魔理沙。さて、感想はどう答えたものだろうか? 読み終わった話の内容を脳内で反芻し、パチュリーは暫くの間無言になってから、口を開いた。
「駄作ね。文は冗長だし、話に起伏もない。その上心理描写()にはまるで人間味が無い。ぐたぐたと長く続いている割に、何を伝えたいのかもハッキリしないし。これほど読んで損したと思える小説は久しぶりだわ」
無表情でそれだけ言って、パチュリーは口を閉じた。
「……おいおい、読ませて貰ってそりゃあ無いだろう。もうちょっとオブラートに包むとかさ」
あまりにも刺々しいパチュリーの感想を聞いた魔理沙が言いかけたのを遮って、さとりが言う。
「いえ、例えオブラートに包んだとしても、私には無意味ですよ」
「あー。そういやそうだったな」
古明地さとりは心を読む妖怪である。故に、言葉で取り繕っても無意味なのだ。
「それに、本心の感想は、次の作品への励みになりますしね」
「いや、だが――」
魔理沙が口ごもるが、パチュリーはそれを無視してさとりに言った。
「そろそろ帰らないと、ペットが待ってるんじゃない?」
「ああ、もうこんな時間ですか。時間が経つのは早いものですね。では私はそろそろ失礼します」
「悪質な妖怪に気をつけてね」
「はい。また来させて頂きますね。それでは」
そう言ってさとりは小脇に数冊の本を抱えて帰っていった。後に残った魔理沙がパチュリーに言う。
「おいおい、良いのかよ。あんな感想で。友達なんだろ?」
「良いのよ。これで。……今は気分が良いから、弾幕ごっこは許してあげるわ。貴女も本を選んだんならとっとと帰りなさい。私の気が変わって、ロイヤルフレアをぶつけないうちにね」
「へいへい」
魔理沙は箒に乗って、図書館を出た。帰り道、霧の湖の上空で一人呟く。
「しっかし妙だな。自分の書いた本があんなにけなされてるってのに、全然気にした様子が無いし」
氷の湖の上空の冷えた風を切って飛行しながら、今日の出来事を振り返る魔理沙。しばらくして、
「……ああ、なるほど。そういう事か。……お熱いこった」
魔理沙は、一人合点すると、箒の進路を少し修正する。自分の家ではなく、その少し手前の家に着地し、外壁に箒を立てかけると、ノックもせずに勢いよく扉を開けた。
「ようアリス。ただいま」
「ここは魔理沙の家じゃないし、私は魔理沙の恋人じゃないから、真顔でただいまとか言っても夕飯は出さないわよ」
「ちぇ。読まれてるなぁ」
「とか言いながら入ってこない。……しょうがないわね。何か作ってあげるから待ってなさい」
「お、夕飯が出るって事は、アリスは私の恋人って事になるな」
「ならないわ。どうせ食べるまで帰る気無いんでしょ、仕方なくよ」
口では渋りつつも、どこか楽しそうに人形を動かして予期せぬ来客の為の料理を作り始める七色の人形使いに、恋色の魔法使いは声を掛ける。
「アリス、いつもなんだかんだで美味しい料理作ってくれてありがとな。感謝してるぜ」
「……もう、何よ急に」
アリスは困ったようにそう答える。が、アリスの操る上海と蓬莱はコントロールを失い包丁を頭に突き刺したり、自ら鍋に突っ込んだりと奇行を繰り返していた。また、魔理沙からは見えないが、今、アリスの顔はかつて行った灼熱地獄よりも真っ赤に染まっている。
「ああ。感想は、言葉に出さなきゃ伝わらないからな」
どこかのさとり妖怪と違って、と魔理沙は笑って言った。
◆
同時刻、地底と地上を繋ぐ橋。
「初めての地上はどうだった? ……って聞くまでも無いわね。その表情じゃ。嗚呼妬ましい妬ましい」
「『さとりが地上で嫌われないか不安だったけど、杞憂だったみたいね』。心配してくださって有難うございます」
地上から帰ってきたさとりに話し掛けてきた橋守の水橋パルスィに、さとりはニヤニヤと笑ってそう返す。
「本当、心配して損したわ。からかわれるだけだもの」
ぱるぱるぱるぱる……。と嫉み続けるパルスィを背後に、さとりは地霊殿へと歩を進める。パルスィの声が聞こえなくなった辺りで、さとりは紅魔館での出来事――本を読んだ後のパチュリーの感想を想起し、小さく呟いた。
「『とても面白かったわ。言葉で感想を伝える事が不粋だと思えるくらいにね。新作、期待しているわ』ですか。――これは、頑張って良い作品を仕上げなくてはいけませんね」
古明地さとりは、心を読む妖怪である。故に、通じ合うのに言葉は必要無い。
現に自分もさとりに紅魔館にもう一度来てもらうためわざと酷評した、と思っていましたし。
けど、削ったら削ったでお話が魔理沙でフェードアウトするから、視点の纏まりがなくなる。
前段のレミ咲も本筋と関係ない感じになってるし、登場人物に対するフォーカスがぶれてる印象を受けます。
お話そのものはスタンダードな良い話でした。
パチェは魔理沙に本を貸させないために
あんなこと言ったんですかね。
自分ではそう思ってます
ただ、いろいろ東方要素を入れ込もうとして、散漫な印象も受けました。
でもするりと読めて面白かったです。
それはそうと、感想を書くとき、どこまで正直に書くか、どこまでオブラートに包むべきかいつも悩みます。
作者様方は、そのあたり、どう考えているのでしょうかね?
初投稿、そして割と本気だということで相当に読む側への配慮をしたのでは、と思います。
やはりオチも読者の理解を優先した結果でしょうか?
支離滅裂な話や尻切れトンボのオチになるよりはマシですが、やはり自分も含めて、平坦や蛇足だと感じてしまう人も中にはいるようです。
難しいことではありますが、読み慣れた人も慣れていない人も満足できるようなを話を書くことができれば、それが1つの理想の形ではあると私は思います。
長々とした意見になってしまって申し訳ありません。
次回作を楽しみにしています。
結構いいものですね。
この二人にもうちょっと視点を絞ってくれたら良かったかなとは、思います。
でも、丁寧な文章で書かれていて面白かったです。
しかし、さすがに王水はアカンw
スッキリしてる印象
個人的な意見を言わせてもらうならば、パルパル可愛い
自分は蛇足はあっても全然良いと思います。(この文章量でならですが)
読みやすいし、いい雰囲気を出していると思います。
こちらも新作期待していますよ。
好きだな、こういう話。
読みやすいし、さとりとパチュリーの交流という、あまり見ない組み合わせの二人の話なのもよかった。
次回作も期待しています。