季節は移り変わり、幻想郷の山々にも衣替えの季節がやってきた。
深い緑色の衣を愛用していた木々達の次の流行は明るい赤、山吹色の衣のようだ。
変化があったのは山の木々達だけではない。山の動物達はもちろん、人里の人間達、幻想郷中の妖怪達にとっても過ごしやすい季節になったため、皆活発に活動するようになってきた。
四季がまったく関係ないように思われるある館も例外ではない。
紅魔館。湖の側に聳え立つ立派な洋館である。そこの主は悪魔であり、何度か異変を起こしたことがある厄介者ではあったが、最近はスキマ妖怪からの忠告があり幾分おとなしくなったようだ。
吸血鬼は日光に弱い。そのため閉鎖的である……という常識はこの者には通用しない。何度か召使いをお供に日傘を携えて外出しているところを目撃されている。
このとおり、普段から外出を楽しむ主の館である。秋の訪れを嫌がる理由等ない。
しかし……もう一人の住人にとってはどうだろうか?
知識と日陰の少女、パチュリー・ノーレッジ。
彼女は紅魔館の大図書館に引き篭もっている魔法使いである。
そんな彼女は秋の到来をどう捉えるのだろうか。このお話は、そのときの他愛もない日常を綴った物語である。
「……最近涼しくなったわね」
「もう秋ですからね」
「秋……あら、もうそんな季節なのね」
パチュリーは少し驚いたような、しかし気にも留めないような素振りで答えた。
「パチュリー様は、今秋はどこかお出かけとかはなさらないのですか?」
「ダメよ、髪が痛むわ」
「こんなときくらいいいじゃないですか。勿体ないですよ、せっかくの秋の訪れですのに」
「…………」
パチュリーは本の続きを読み始めたようだ。
「……秋ねえ」
「パチュリー様、お茶のお時間です」
「ああ。ありがとう、咲夜」
今日の紅茶はシンプルなダージリン。熱い紅茶を飲みながら本を読み進める。この瞬間がパチュリーは堪らなく好きであった。
「……咲夜」
「はい、なんでしょうか」
「レミィは秋にどこかに出かける、とかするのかしら?」
「いえ……秋だからといって特別出向くところは無いはずです。しいて言うならば神社で宴会等が行われれば顔を出すのでは」
「ああ、宴会ねえ。最近行ってないわね、あれは楽しくていいわね」
「しかし……どうかなされたのですか?」
「いえ、なんでもないわ」
「このへんだったかしら……」
お茶の時間が終わり、再び一人になったパチュリー。彼女には、急に読みたくなった本があった。
「――あった!」
風景写真集。彼女の探していた本はこれのようだ。
「パチュリー様、何かお探しだったのですか?」
「なんでもないわ、気にしないでちょうだい」
そう言うと、彼女は写真集を読みはじめた。項目は秋の山々。どうやら、今朝小悪魔から言われた一言がきになっていたようである。
「…………なるほど」
「美しいものね」
「何がですか?」
「これよ、小悪魔。秋の山々。壮大ね、私達の存在なんてちっぽけに感じる」
「綺麗ですね。……せっかくですから、今度見に行きませんか?」
「……小悪魔、冗談は止めてちょうだい。私はここで本を読んでる時が一番幸せなの」
「本当ですか? でも、パチュリー様。すごく興味がありそうですよ。顔に出ています」
「そんな――」
「やっぱり、行きたいんじゃないですか」
「…………」
パチュリーは口を噤み、本をしまいに席を立った。
日が落ち、紅魔館に夕飯の時間がやってきた。立派な館である、毎日の夕飯もこの館の住人以外が見れば立派な晩餐会である。豪勢な料理、豪華な調度品、そして……この館の主が上座に腰掛けることで舞台が仕上がる。
永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレット。この館の主である吸血鬼である。
「……咲夜、何かしら、この紅茶は……」
「珍しいお茶ですわ、お嬢様。確か、苦丁茶と言います」
「すごく苦いんだけど……あなたはいつもこういうお茶を用意するわね……」
彼女はげんなりしていた。どうやら苦いお茶は苦手なようである。
「ま、まぁ前の福寿草のお茶よりはいいんだけどね」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「あなたねぇ…………」
あれやこれや言っている間に晩餐会、もとい館の夕飯が終わり食後のティータイムへと移行した。
「咲夜、お昼はダージリンだったわね。今度は濃い目のアッサムをお願い」
「私もそれにしなさい、咲夜。もぅあなたの選択には頼らないわ」
「承知いたしました」
「……ねぇ、レミィ」
「どうしたの、パチェ。改まって」
「今度、山に散策に行く気はないかしら?」
「突然ね……何かあったの?」
「…………」
「……パチェから外出の誘いなんて珍しい、行ってもいいわよ」
「本当?」
「ええ、特に当たり障りないしね」
「……ありがとう」
「本当にどうしたの?あなたらしくないわ」
「気にしないで……」
パチュリーがレミリアと外出の約束を取り付けてから数日経った。今日はいよいよ秋の山麓にお出かけする日である。
「遂に来たわね」
「大げさねぇ……」
パチュリーは朝から気分が高揚しているようである。いっぽうレミリアは外出すること自体には嬉々していたが、元々夜型の妖怪であるせいで若干気分は萎えていた。
「気分が優れないの?」
「大丈夫よ……低血圧なだけ」
「準備が整いましたわ、いつでも出発できますよ」
「あぁ、咲夜……それじゃあ行きましょうか」
「えぇ、お嬢様。それでは留守番は頼むわよ、美鈴」
そう言って、門番に留守番を任せて一行は山に向かって出発した。
程なくして、山の麓に到着した。大いなる山々は綺麗な色合いに染まっていた。
「美しいわ……」
「そうねぇ、絶景ね」
「あらあら……ここはまだ麓ですよ、早く登らないとお昼までに山頂に着けませんよ」
「そうね、早く行きましょう」
「今日のパチェはアクティブね……」
パチュリーは足取り軽く山頂への道に歩を進めはじめた。
紅魔館ご一行が登頂を始め一時間程経った頃、見晴らしのいい開けた場所に出た。
「このへんで、休憩にしない……」
「あら、パチェ。もうバテちゃったの?」
「ここまでずっと歩きっぱなしだったもの……私にはちょっときついわ」
普段出かけることが稀なパチュリーにとって、傾斜が緩やかな小山と言えどなかなかの運動である。今日は喘息の調子は良いようであるが、基礎体力の問題はどうにもならないようだ。
「ふう……」
パチュリーは近くにあったちょうど良い石に腰掛け、背負っていた鞄から水筒を取り出し一息ついた。
「むきゅ……水がこんなに美味しく感じるなんてねえ」
少し経ち、パチュリーは息が整ってきた頃合に周りに目を向けて見た。もうそろそろ山の中腹である。山の麓で見た美しい木々達に囲まれていることを改めて認識した。
「こうやって近くで見ると、同じ紅葉の葉でも色付きが違うものねえ」
「そうですね。聞いた話では秋の神様が一枚一枚、手作業で塗ってるらしいですよ」
「それ……本当なの?」
「さあ、私には判りかねます」
レミリアは訝しげな表情をした。
――しかし、パチュリーは違ったようだ。
「ロマンティックね……」
「はあ……」
「そろそろ行きましょうか」
「そうね、そうしましょう」
パチュリーは元気を取り戻したようである。
こうして一行は、再び山頂に向かって歩きはじめた。
「遅れを取り戻さないとね」
「そんなこと言って、もうバテないでよ……」
それから更に一時間が経とうとしていた。
「……もうそろそろお昼ね」
「そうね、お腹が空いたわ」
「もうしばらくの我慢ですよ、お嬢様」
「……あ、あの標識」
「何か見つけたの?」
「……どうやら着いたようですね」
そこには、古びた標識が立てかけられており、若干文字が見辛くなってはいるものの山頂の文字が書かれていることは確認できた。
「むきゅ、やっと着いた……」
「いい運動になったわ」
「お疲れ様でした」
「パチェ、へばってる場合じゃないわ、目的は山登りじゃないのよ」
「そうね……えっと、展望台は……」
「あちらのようですわ」
咲夜は小さな道標を指差して言った。
「さあ、行きましょう」
「そうね……」
一行は道標に従い歩いた。するとすぐに開けた場所に出た。木を削りだして作られた横長の椅子と、大きめの机、それにそれを覆う屋根があった。ここがこの小山の展望台のようだ。
「着きましたわ、お嬢様」
「ええ、咲夜。さて、景色を堪能したらお昼にするわよ」
咲夜はお昼の準備を始めるようだ。
「レミィ」
「どうしたの?」
「あっち、見晴らしが良さそうよ」
「ああ、そのようね」
「行きましょう」
「ええ」
パチュリーに誘われ、見晴らしが最も良さそうなところに二人は向かった。
「やっぱり、麓で見るより断然絶景ね」
「…………」
秋の小山から望む風景は正に絶景であった。
「わざわざ来た甲斐があったわね」
「…………」
「……パチェ?」
「ああ、ごめんなさい……」
「見惚れてたのかしら?」
「……ええ」
「パチェ、紅葉見るの初めてだったの?」
「そういうわけじゃないけど……普段は飛んで移動するから遠くからしかなかったわ」
「なるほどね。まあ、実際わざわざ山登りしてまで見に来ることなんてないものね」
「ええ……」
遠くに妖怪の山が見える。雄々しき天狗の要塞である。パチュリーはかつて妖怪の山に登ったことがあった。この小山なんかよりずっと大きな山である。
「――凄く綺麗……」
しかし、パチュリーにとっては妖怪の山に登ることよりも、今回の登頂の方が感動的であったようだ。
「――お嬢様ー!パチュリー様ー!準備ができましたよー!」
「ああ、すぐ行くわー!……行きましょう、パチェ」
「……そうね」
「さあ、お召し上がりください」
今日のお昼は咲夜特製のサンドウィッチのようである。
「やっぱりピクニックと言えばサンドウィッチね」
「おいしいわ……」
「お茶も用意してありますわよ」
「……今日の銘柄は何かしら?」
「今日はジャワティーですわ、お嬢様」
「……普通ね」
「私が出発前に頼んでおいたのよ」
「なるほどねえ……」
「咲夜、この紅茶、何故温かいのかしら?魔法でも込めたの?」
「いいえ、これはマホウビンという筒の力です。先日香霖堂で買って来たのですが、主が言うには、この筒は液体の温度を保温することができる筒らしいのです」
「そんなものがあるのねえ……魔法の力じゃないなら、なかなか興味深いわ……」
「なんでもいいじゃない。外でも温かいお茶が飲めるってだけで満足よ」
楽しい時はすぐに過ぎ去るものである。時間は午後3時。そろそろ下山を始める時間である。
「お嬢様、そろそろ下山の時間です」
「あら、もうそんな時間なの」
「早いものねえ」
「それでは……そろそろ帰る準備をしましょうか」
「そうしましょうか」
咲夜は帰り支度を始めた。
「最後に、もう一度景色を眺めてくるわ」
「え……ええ、わかったわ」
パチュリーは先ほど景色を眺めたところまで駆けていった。
「よっぽど心に響いたのねえ」
「ふふっ、そうですね」
時間は午後4時、まだ夕暮れには少し早い時間である。しかし、秋の夕暮れは早い。遠くの方の山淵は薄らと赤みが掛かってきていた。
「そんな表情もするのね……」
パチュリーは大自然に語りかけるように小さく呟いた。
「美しいわ……」
「――パチェ」
「……レミィ」
「準備ができたわよ。山を下りましょう」
「……そうね」
「――来年もまた……必ず来るわ」
こうして紅魔館ご一行のピクニックは幕を閉じたのであった。
そして、館に戻ってきた頃には完全に陽が落ちていた。
「――むきゅ、ただいま……」
「おかえりなさい、パチュリー様。ピクニック、楽しかったですか?」
「ええ、よかったわ。有意義な外出だったわ」
「それはよかったです」
「来年もまた、行きたいわね……」
「よっぽど良かったのですね」
小悪魔はそう言い、嬉しそうに微笑んだ。
「少し体を鍛えるべきかもしれないわ……課題点ね」
「普段あんまり運動しないですものねー」
「むきゅ……先にお風呂に入ってくるわ」
「わかりました」
季節は移り変わり、その変化は人の心をも変化させる。
しかし、どう捉えるかは人次第である。
パチュリーは大自然の変化を真摯に受け止め、心を動かした。
―― 一人の少女の小さな変化。
しかし、それは彼女にとってとても大きな一歩である――。
これで今回のお話はお終い。
今回お話させて頂いた日常、如何だっただろうか?
少しでも感じ取れるところがあったなら幸いである。
深い緑色の衣を愛用していた木々達の次の流行は明るい赤、山吹色の衣のようだ。
変化があったのは山の木々達だけではない。山の動物達はもちろん、人里の人間達、幻想郷中の妖怪達にとっても過ごしやすい季節になったため、皆活発に活動するようになってきた。
四季がまったく関係ないように思われるある館も例外ではない。
紅魔館。湖の側に聳え立つ立派な洋館である。そこの主は悪魔であり、何度か異変を起こしたことがある厄介者ではあったが、最近はスキマ妖怪からの忠告があり幾分おとなしくなったようだ。
吸血鬼は日光に弱い。そのため閉鎖的である……という常識はこの者には通用しない。何度か召使いをお供に日傘を携えて外出しているところを目撃されている。
このとおり、普段から外出を楽しむ主の館である。秋の訪れを嫌がる理由等ない。
しかし……もう一人の住人にとってはどうだろうか?
知識と日陰の少女、パチュリー・ノーレッジ。
彼女は紅魔館の大図書館に引き篭もっている魔法使いである。
そんな彼女は秋の到来をどう捉えるのだろうか。このお話は、そのときの他愛もない日常を綴った物語である。
「……最近涼しくなったわね」
「もう秋ですからね」
「秋……あら、もうそんな季節なのね」
パチュリーは少し驚いたような、しかし気にも留めないような素振りで答えた。
「パチュリー様は、今秋はどこかお出かけとかはなさらないのですか?」
「ダメよ、髪が痛むわ」
「こんなときくらいいいじゃないですか。勿体ないですよ、せっかくの秋の訪れですのに」
「…………」
パチュリーは本の続きを読み始めたようだ。
「……秋ねえ」
「パチュリー様、お茶のお時間です」
「ああ。ありがとう、咲夜」
今日の紅茶はシンプルなダージリン。熱い紅茶を飲みながら本を読み進める。この瞬間がパチュリーは堪らなく好きであった。
「……咲夜」
「はい、なんでしょうか」
「レミィは秋にどこかに出かける、とかするのかしら?」
「いえ……秋だからといって特別出向くところは無いはずです。しいて言うならば神社で宴会等が行われれば顔を出すのでは」
「ああ、宴会ねえ。最近行ってないわね、あれは楽しくていいわね」
「しかし……どうかなされたのですか?」
「いえ、なんでもないわ」
「このへんだったかしら……」
お茶の時間が終わり、再び一人になったパチュリー。彼女には、急に読みたくなった本があった。
「――あった!」
風景写真集。彼女の探していた本はこれのようだ。
「パチュリー様、何かお探しだったのですか?」
「なんでもないわ、気にしないでちょうだい」
そう言うと、彼女は写真集を読みはじめた。項目は秋の山々。どうやら、今朝小悪魔から言われた一言がきになっていたようである。
「…………なるほど」
「美しいものね」
「何がですか?」
「これよ、小悪魔。秋の山々。壮大ね、私達の存在なんてちっぽけに感じる」
「綺麗ですね。……せっかくですから、今度見に行きませんか?」
「……小悪魔、冗談は止めてちょうだい。私はここで本を読んでる時が一番幸せなの」
「本当ですか? でも、パチュリー様。すごく興味がありそうですよ。顔に出ています」
「そんな――」
「やっぱり、行きたいんじゃないですか」
「…………」
パチュリーは口を噤み、本をしまいに席を立った。
日が落ち、紅魔館に夕飯の時間がやってきた。立派な館である、毎日の夕飯もこの館の住人以外が見れば立派な晩餐会である。豪勢な料理、豪華な調度品、そして……この館の主が上座に腰掛けることで舞台が仕上がる。
永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレット。この館の主である吸血鬼である。
「……咲夜、何かしら、この紅茶は……」
「珍しいお茶ですわ、お嬢様。確か、苦丁茶と言います」
「すごく苦いんだけど……あなたはいつもこういうお茶を用意するわね……」
彼女はげんなりしていた。どうやら苦いお茶は苦手なようである。
「ま、まぁ前の福寿草のお茶よりはいいんだけどね」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「あなたねぇ…………」
あれやこれや言っている間に晩餐会、もとい館の夕飯が終わり食後のティータイムへと移行した。
「咲夜、お昼はダージリンだったわね。今度は濃い目のアッサムをお願い」
「私もそれにしなさい、咲夜。もぅあなたの選択には頼らないわ」
「承知いたしました」
「……ねぇ、レミィ」
「どうしたの、パチェ。改まって」
「今度、山に散策に行く気はないかしら?」
「突然ね……何かあったの?」
「…………」
「……パチェから外出の誘いなんて珍しい、行ってもいいわよ」
「本当?」
「ええ、特に当たり障りないしね」
「……ありがとう」
「本当にどうしたの?あなたらしくないわ」
「気にしないで……」
パチュリーがレミリアと外出の約束を取り付けてから数日経った。今日はいよいよ秋の山麓にお出かけする日である。
「遂に来たわね」
「大げさねぇ……」
パチュリーは朝から気分が高揚しているようである。いっぽうレミリアは外出すること自体には嬉々していたが、元々夜型の妖怪であるせいで若干気分は萎えていた。
「気分が優れないの?」
「大丈夫よ……低血圧なだけ」
「準備が整いましたわ、いつでも出発できますよ」
「あぁ、咲夜……それじゃあ行きましょうか」
「えぇ、お嬢様。それでは留守番は頼むわよ、美鈴」
そう言って、門番に留守番を任せて一行は山に向かって出発した。
程なくして、山の麓に到着した。大いなる山々は綺麗な色合いに染まっていた。
「美しいわ……」
「そうねぇ、絶景ね」
「あらあら……ここはまだ麓ですよ、早く登らないとお昼までに山頂に着けませんよ」
「そうね、早く行きましょう」
「今日のパチェはアクティブね……」
パチュリーは足取り軽く山頂への道に歩を進めはじめた。
紅魔館ご一行が登頂を始め一時間程経った頃、見晴らしのいい開けた場所に出た。
「このへんで、休憩にしない……」
「あら、パチェ。もうバテちゃったの?」
「ここまでずっと歩きっぱなしだったもの……私にはちょっときついわ」
普段出かけることが稀なパチュリーにとって、傾斜が緩やかな小山と言えどなかなかの運動である。今日は喘息の調子は良いようであるが、基礎体力の問題はどうにもならないようだ。
「ふう……」
パチュリーは近くにあったちょうど良い石に腰掛け、背負っていた鞄から水筒を取り出し一息ついた。
「むきゅ……水がこんなに美味しく感じるなんてねえ」
少し経ち、パチュリーは息が整ってきた頃合に周りに目を向けて見た。もうそろそろ山の中腹である。山の麓で見た美しい木々達に囲まれていることを改めて認識した。
「こうやって近くで見ると、同じ紅葉の葉でも色付きが違うものねえ」
「そうですね。聞いた話では秋の神様が一枚一枚、手作業で塗ってるらしいですよ」
「それ……本当なの?」
「さあ、私には判りかねます」
レミリアは訝しげな表情をした。
――しかし、パチュリーは違ったようだ。
「ロマンティックね……」
「はあ……」
「そろそろ行きましょうか」
「そうね、そうしましょう」
パチュリーは元気を取り戻したようである。
こうして一行は、再び山頂に向かって歩きはじめた。
「遅れを取り戻さないとね」
「そんなこと言って、もうバテないでよ……」
それから更に一時間が経とうとしていた。
「……もうそろそろお昼ね」
「そうね、お腹が空いたわ」
「もうしばらくの我慢ですよ、お嬢様」
「……あ、あの標識」
「何か見つけたの?」
「……どうやら着いたようですね」
そこには、古びた標識が立てかけられており、若干文字が見辛くなってはいるものの山頂の文字が書かれていることは確認できた。
「むきゅ、やっと着いた……」
「いい運動になったわ」
「お疲れ様でした」
「パチェ、へばってる場合じゃないわ、目的は山登りじゃないのよ」
「そうね……えっと、展望台は……」
「あちらのようですわ」
咲夜は小さな道標を指差して言った。
「さあ、行きましょう」
「そうね……」
一行は道標に従い歩いた。するとすぐに開けた場所に出た。木を削りだして作られた横長の椅子と、大きめの机、それにそれを覆う屋根があった。ここがこの小山の展望台のようだ。
「着きましたわ、お嬢様」
「ええ、咲夜。さて、景色を堪能したらお昼にするわよ」
咲夜はお昼の準備を始めるようだ。
「レミィ」
「どうしたの?」
「あっち、見晴らしが良さそうよ」
「ああ、そのようね」
「行きましょう」
「ええ」
パチュリーに誘われ、見晴らしが最も良さそうなところに二人は向かった。
「やっぱり、麓で見るより断然絶景ね」
「…………」
秋の小山から望む風景は正に絶景であった。
「わざわざ来た甲斐があったわね」
「…………」
「……パチェ?」
「ああ、ごめんなさい……」
「見惚れてたのかしら?」
「……ええ」
「パチェ、紅葉見るの初めてだったの?」
「そういうわけじゃないけど……普段は飛んで移動するから遠くからしかなかったわ」
「なるほどね。まあ、実際わざわざ山登りしてまで見に来ることなんてないものね」
「ええ……」
遠くに妖怪の山が見える。雄々しき天狗の要塞である。パチュリーはかつて妖怪の山に登ったことがあった。この小山なんかよりずっと大きな山である。
「――凄く綺麗……」
しかし、パチュリーにとっては妖怪の山に登ることよりも、今回の登頂の方が感動的であったようだ。
「――お嬢様ー!パチュリー様ー!準備ができましたよー!」
「ああ、すぐ行くわー!……行きましょう、パチェ」
「……そうね」
「さあ、お召し上がりください」
今日のお昼は咲夜特製のサンドウィッチのようである。
「やっぱりピクニックと言えばサンドウィッチね」
「おいしいわ……」
「お茶も用意してありますわよ」
「……今日の銘柄は何かしら?」
「今日はジャワティーですわ、お嬢様」
「……普通ね」
「私が出発前に頼んでおいたのよ」
「なるほどねえ……」
「咲夜、この紅茶、何故温かいのかしら?魔法でも込めたの?」
「いいえ、これはマホウビンという筒の力です。先日香霖堂で買って来たのですが、主が言うには、この筒は液体の温度を保温することができる筒らしいのです」
「そんなものがあるのねえ……魔法の力じゃないなら、なかなか興味深いわ……」
「なんでもいいじゃない。外でも温かいお茶が飲めるってだけで満足よ」
楽しい時はすぐに過ぎ去るものである。時間は午後3時。そろそろ下山を始める時間である。
「お嬢様、そろそろ下山の時間です」
「あら、もうそんな時間なの」
「早いものねえ」
「それでは……そろそろ帰る準備をしましょうか」
「そうしましょうか」
咲夜は帰り支度を始めた。
「最後に、もう一度景色を眺めてくるわ」
「え……ええ、わかったわ」
パチュリーは先ほど景色を眺めたところまで駆けていった。
「よっぽど心に響いたのねえ」
「ふふっ、そうですね」
時間は午後4時、まだ夕暮れには少し早い時間である。しかし、秋の夕暮れは早い。遠くの方の山淵は薄らと赤みが掛かってきていた。
「そんな表情もするのね……」
パチュリーは大自然に語りかけるように小さく呟いた。
「美しいわ……」
「――パチェ」
「……レミィ」
「準備ができたわよ。山を下りましょう」
「……そうね」
「――来年もまた……必ず来るわ」
こうして紅魔館ご一行のピクニックは幕を閉じたのであった。
そして、館に戻ってきた頃には完全に陽が落ちていた。
「――むきゅ、ただいま……」
「おかえりなさい、パチュリー様。ピクニック、楽しかったですか?」
「ええ、よかったわ。有意義な外出だったわ」
「それはよかったです」
「来年もまた、行きたいわね……」
「よっぽど良かったのですね」
小悪魔はそう言い、嬉しそうに微笑んだ。
「少し体を鍛えるべきかもしれないわ……課題点ね」
「普段あんまり運動しないですものねー」
「むきゅ……先にお風呂に入ってくるわ」
「わかりました」
季節は移り変わり、その変化は人の心をも変化させる。
しかし、どう捉えるかは人次第である。
パチュリーは大自然の変化を真摯に受け止め、心を動かした。
―― 一人の少女の小さな変化。
しかし、それは彼女にとってとても大きな一歩である――。
これで今回のお話はお終い。
今回お話させて頂いた日常、如何だっただろうか?
少しでも感じ取れるところがあったなら幸いである。
ぜひとも秋姉妹と会わせてみたいw
お出かけでテンション高くなるパチュリーかわいい。
これからもパチュリーの日常を書いていこうと思いますので、よかったらまたよろしくお願いします。
特にストーリーがあるわけじゃないけど、こういうのも結構いいですね。