「バトル系の漫画やアニメで戦闘向けの能力を使えるキャラクターっているじゃない、アレってよくよく考えてみると負け組よね」
今、私は外の世界の某居酒屋で一人酒を楽しんでいる最中だ。
これは断じて私がボッチだからというわけではない、一緒に飲みに行くような友達だってちゃんといる。
誰にでも愛想良く笑顔を振りまくことを忘れてないし、自慢じゃないけど笑顔には自信があるし。
モットーは‘良い笑顔が良い人間関係を作る’だし。
この一人酒は境界の管理者として外の世界の査察をするついでに漫画を買い漁ったり、帰りに目に付いたお店で一杯やっているだけなのだ。
外の世界の社会人だって出張したら、仕事終わりに現地で一杯やるだろう。
アレとまぁ、同じだ。
まぁ色々あって今回の査察も終わり、夕飯はどこで食べようとぶらぶら歩いていたらなにやら美味しそうな焼き鳥屋を見つけたので、ゆらりと入ったというわけである。
どうやら中々繁盛しているお店のようで、座敷もカウンターもそこそこに埋まっている。
客層も壮年の男性から若い女の子までバリエーション豊か。
カウンター席に案内され、たれと塩を半々になるように焼き鳥の盛り合わせを注文し、飲み物は生中を一杯。
最近寒くなってきたから熱燗でもいいかな~と思ったけど、焼き鳥に組み合わせるアルコールではビールが一番好みだし。
カウンター越しに店員さんから受け取った生ビールをぐぃっとあおり、お通しの肉団子を一口。
ビールの芳醇な香りの残る口内に、ジューシーな肉汁が広がる。
合格だ、お通しとビールが美味しいお店にはずれは無い。
よし、これは当たりを引いたと内心ガッツポーズした時のことだった。
「バトル系の漫画やアニメで戦闘向けの能力を使えるキャラクターっているじゃない、アレってよくよく考えてみると負け組よね」
……何ですと。
‘~する程度の能力’を持っている者として聞き捨てなら無い台詞を聞いてしまい、声のする方向にばっと振り向きたくなる衝動に駆られる。
それをぐっと堪えた私は、声の主を探すためにちらちらと周囲を伺う。
どうやら二席空いた先のカウンターに座っている、若い女の子二人組の台詞らしい。
私は彼女達の方に気づかれない程度に身を乗り出して、横目で盗み見ながら会話に聞き耳を立てる。
「え? 何でよメリー、大抵の能力バトル漫画って無能力者はゴミみたいな扱いされるじゃない。どこかの学園都市のレベル0みたいな感じで……。あぁわかった。能力漫画でわざわざ出てくる無能力者は強キャラでってことを言いたいのね。確かに差別化されているせいかやたら強いわよね~」
「いやいや蓮子違うのよ、私が言いたいのはそういうことじゃないの。単純な話よ。強力な能力持ちって事自体が負け組ってことを言いたいのよ」
「じゃあ就職が出来ないニート揃いだから? スーパーサイヤ人孫悟空みたいに」
「ううん、それも微妙に違うの」
能力者が負け組ですと?
酔っ払いの戯言にしては随分と言うじゃありませんか。
てか酒の肴に能力漫画の存在意義を疑うような発言をするなんて、これまた大二病ね。
もっとも社会人か大学生かはわからないけど。
まぁ、彼女達の境遇なんてどうでもいい。
問題は今話していることだ。
「どゆことなのメリー?」
「じゃあ聞くけどね、例えば蓮子が一千度にも達する炎を操る程度の能力を持っているとします。この能力で食いっぱぐれないで生きていける? ただし悪用は除く」
「ん~と……戦うのはちょっと怖いし無しで…………焼却炉代わりにはなるんじゃない? どこかで雇ってもらうとか」
「世の中にはいくらでも焼却炉があるのにいちいち雇う? そういった施設の無い発展途上国とかならともかく、そもそも仕事とはいえそんな場所にまで飛ばされて納得する? そもそも力が強力過ぎると扱いに困るじゃない。残業とかさせてキレられたらって思うとオチオチ雇えないわ」
「それならタネの無い大道芸で稼ぐとか」
「いくらタネが無くても火を出すだけの大道芸なんてすぐに飽きられるわ。大体そうやって何かを操るなんて今時いくらでも特撮で後付け出来るから珍しくも何とも無いし」
「だったら‘修行すれば誰でも火を操る程度の能力を得られます’ってセミナーを開いて稼ぐ」
「悪徳セミナーじゃない。それもパス」
「もうっ、どうすればいいのよ」
蓮子と呼ばれた方の少女が机に頬を付けてぶーたれていて、メリーと呼ばれた方の少女はそれを見てやれやれと肩をすくめながら笑っていた。
うぜーこいつらこの理屈っぽい酔っ払い方うぜー。
「ん~……そうくるならさ、メリー。だったらその能力を活かす組織に入ればいいんじゃないの? 悪の能力者を倒す組織とか」
「普通に考えたらそうなんだけど、よく考えてみてよ蓮子。それって物凄いブラック企業じゃない? 死ぬ危険がある会社なんてさ」
「……確かに。能力漫画とかで死んだり怪我しても労災降りている作品なんて殆ど見ないわ。お給料すら出ないケースだってあるし」
蓮子と呼ばれた方の少女が納得したようにふむふむと頷く。
そして私はというとメリーの意見に同意しつつも、私はどうなのかと思い巡らせる。
異変解決した霊夢達にはキッチリ報酬として宴会のためのお酒やおつまみを持っていくから、私のやり方はホワイト企業だ安心安心。
「じゃあそういう能力者って能力を何に使うのかしら? 銀行強盗したり?」
「蓮子さっき言ったじゃない。そういう悪の能力者は別の能力者達に始末されるのよ」
「そこで悪の能力者を倒す能力者が出てくるの? 正義の組織という名のブラック企業なのに入る人いるの?」
「だってそういう人がいないと世界なんてすぐ滅ぶじゃない。望む望まないに関わらず誰かがやらないといけないのよ。大いなる力には大いなる責任が付きまとう。能力持ちが自発的にヒーロー活動したり、もしくは組織にスカウトされるなんてアニメじゃよくある展開だし」
もしくは同じ能力者に辻斬りされたりねー。
「スカウトを断ったら?」
「作品にもよるけど……能力を悪用しなければ放置してもらえるけど、酷いケースだと断ったら問答無用で始末されたり」
「……どっちが悪の組織よ」
やれやれと蓮子がため息を吐いた。
「まぁ、大抵は悪の能力者から幼馴染やヒロインを助けるためになし崩し的に巻き込まれるものだけどね」
「うっわ~……。そして孤独な戦いを強いられるかブラック企業に入る羽目になると。選択権無いのねメリー」
「そう、だから強力な能力者は負け組なの。むしろブラック企業入りだったらまだ良い方よ。大多数のヒーロー系能力者は給料0のボランティアだわ、スパイダーマンとか」
あぁ、スパイダーマンものっそい悲惨だもんね。
アレは仕事の合間にヒーローやって、ヒーローの合間に仕事やって……。
平成ライダーが時間の融通が利くフリーター紛いの職業ばかりの理由が良くわかる。
記者として一応正社員の真司君とか会社クビになりかけたし。
安月給の組織自体消滅して、それどころか組織作った人が黒幕だった剣崎君に比べたらマシだけど。
そう思って運ばれてきた焼き鳥串に噛り付く。
「ところで蓮子ってブギーポップシリーズって読んだ事ある?」
「電撃文庫の? 一作目のブギーポップは笑わないなら高校の図書室に置いてあったから読んだ事あるわね。凝った構成が斬新だったし、青春っていう雰囲気を醸し出すキャラ達も良かったわ。個人的には早乙女君とマンティコアの関係が印象に残って――」
あぁ、ブギーポップっていう死神がはた迷惑な能力者を世界の敵呼ばわりしてワイヤーで細切れにするあのシリーズね。
私も愛読しているわ。
てか作者の上遠野先生の作品は大抵持ってるし。
しずるさんシリーズとか他シリーズも持ってるし、最近ではジョジョのノベライズだってあるし。
境界を操る程度の能力があって何が良かったって、外の世界の娯楽を買いにいけることなのよね。
それにしても幻想郷の住人はゲームや漫画やアニメやラノベなどの二次元文化を好む層が非常に多いの。
やっぱり世界に誇る二次元文化を誇る日本、そしてその幻想の住人だからこそなのかしら。
「まぁ、読んでいるならそれでいいわ。ちなみに続刊は読んだ事ある?」
「無い。てか続刊があること自体今初めて知ったわ」
「……ラノベの1巻って売り上げが奮わずに続きが出なくてもいいように大抵キリが良く終わってるしね。面白いのにもったいない」
そこでメリーは「でね」と話を切り出す。
さぁ、彼女はブギーポップシリーズを読んでどういう感想を抱いたのかしら?
「あのシリーズね、1巻の‘ブギーポップは笑わない’とそれ以降は雰囲気が変わるわ。作者さんがジョジョ好きだからメッチャ影響受けて能力者バンバン出てくるの」
「へ~、具体的にどんなのが出てくるの?」
「わかりやすく能力を説明すると、最大13回まで死んでも大丈夫っていういかにも無残に殺されまくるフラグ全開な能力とか、殺傷力を持った汗で戦うサウナでは最強の能力を持っているオトコとか、鼻をかんで丸めたティッシュを投げるだけで巡航ミサイル以上の威力を出せるのとか」
「……1巻の切なさからは考えられないような展開が待っていそうね」
間違っちゃいないけど!
間違っちゃいないけどその誤解を招く説明のしかたは無いでしょうに!
せめてわかり易くフォルテッシモぐらいは例に挙げようよ!
あぁ突っ込みたい!
物凄く突っ込みたい!
「で、そんな風に能力者が大量に出てくるわけなんだけど、これが皆碌な目に会わないのよ」
「具体的にはどんな風に?」
メリーは神妙な顔で蓮子に向き合い、蓮子も彼女の瞳を見つめ返す。
私もこれまで読んだシリーズ作品群の能力者達のことを思い返しながら、息を呑んでメリーの言葉を待つ。
「能力者だと周囲にばれると、統和機構っていう世界を裏で操る組織の超強い能力者がやってきて、勧誘されるの。入ったら最後死ぬまで能力者狩りをさせられるし、拒否すれば死」
「うっへぇ……。じゃあその統和機構を相手に出来る程の、強力な能力を持つことに成功したら?」
「そういう奴は大抵調子こいて能力を悪用するの。そうすると世界の敵と認識されてブギーポップが殺しに出張ってくるの。あいつ何をしても絶対に勝てないバグキャラみたいな奴だし」
「じゃあ能力を使わずひっそりと暮らしたら?」
「それが無難だけど……運が悪いと水乃星 透子っていうラスボスポジションの子に唆されて、事件に巻き込まれるの。てか事件の首謀者にさせられる。そしてブギーポップがやってくる」
「駄目じゃん!? どうあがいても絶望じゃん!? てか何でその世界そんな能力者に厳しいの!? 私そんな世界に生まれなくて本気でよかったよ!? 能力も微妙なもので良かったよ!」
…………確かに言われてみるとそうね。
あの世界って本当に能力者に厳しいのよねぇ。
上遠野先生の世界では能力者は冗談抜きに逆境に立たされるっていうか……、ある意味負け組です人生ベリーハードモードです詰んでます。
作中における勝ち組は精神的に強い無能力者ばかりというね。
それにしても会話の流れから察するにどうやら彼女達も何かしらの「~程度の能力」を持っているようだ。
ん~…………いやそれは今どうでもいっか。
他人の能力とか私にゃ関係ないし。
「まぁあのシリーズは極端な例だけどね。でもやっぱり強力な能力を持っていると碌なこと無いわ。使い道無いし」
「じゃあメリー、実生活や職業に活かせる能力なら大丈夫じゃない? ジョジョ4部のトニオさんみたいなの。料理が美味しくなって体にも良くなる能力。ああいう職業に活かせる能力こそ理想よ」
「でも同じ能力を職業に活かした人と言えば、エステの人は吉良にスタンド能力で整形させられた後殺されたじゃん。あの人絶対に吉良の顔を変えるためだけに生まれたキャラよね」
「うっ……それがあったか……」
「スタンド使いは惹かれあうというし、スタンド能力を持って平穏に暮らしていても悪のスタンド使いが近づいてきたらわりとどうしようもないわよね」
そしてメリーさんは中ジョッキをぐぃっと煽り、気持ちの良い飲みっぷりを見せる。
ジョッキをドンと置いた後、蓮子に向かって絡むような目を向ける。
「ジョジョといえばで思ったんだけどさ、あの作品ってスタンドの強さが微妙な奴の方が扱いがいいわよね」
あ、出た。
酔っ払い特有の話の飛びっぷり。
「ジョルノと組んでチートスタンド持ちのギアッチョ相手に大金星のミスタとか、タンスの後ろの物を取る程度の能力を持つチャリオッツでもチートスタンド持ちのヴァニラアイス倒したポルナレフとか」
グダグダグダ。
メリーは蓮子の同意を待たずに自らの考えをひたすらに述べる。
「それに対して強すぎるスタンド持ちの本体は荒木先生も持て余すから扱いが悪いわよね~。アヴドゥルは真っ先に狙われるし、フーゴはフェードアウトするし、重ちーは荒木先生がスタンド描くのが面倒だから死んだって噂もあるし。例外は億康ね、ザ・ハンドっていう汎用性のあるクリームみたいなとんでもないスタンド持ってる億康は頭が悪いから宝の持ち腐れだったおかげでバランス取れてたし。大体億康が頭よかったら、吉良の空気弾もシアーハートアタックも完封出来るのよね、もし頭良かったら絶対に作中の扱いに困って途中で殺されてたわよね」
うるせー。
でも言うとおり、億康みたいな強スタンド持ちが最後まで生き残れたのは珍しいわ。
そう考えてみると億康ってば頭が悪くて助かったわね。
「つまり能力自体の強さは重要じゃないの。大事なのは本体の精神力と頭脳とコミュ力なのよ」
確かに。
いいこと言うじゃない。
私もその万能の能力に溺れず謙虚に生きることで幻想郷における妖怪の賢者としての信用と社会的地位を得たし。
でもね、お嬢さん。
能力の強さが重要じゃないってのは早計だと思うわ。
その能力の強力さとは裏腹に精神面が未熟な能力者っていうのもいるのよ。
例えるなら核ミサイルのスィッチを持った子供のような、ね。
そんなのに身を狙われたらどう身を守るの?
「でもさ~、それでも能力を悪用するような奴っていると思うのよね。そういうのを相手にするのはどうするの? どうしようもないの?」
「どうしようもないわね」
私と同じ疑問を持った蓮子ちゃんの質問をメリーさんはばっさりと切り捨てる。
あらら、もう少し気の利いた答えを用意していると思ったのに。
「常人で例えてみるわね。それって護身のために格闘技を身に着けていても、人ごみで頭のおかしい人に背後から刃物で刺されたりなんかしたら、対処の仕様が無いようなものよ」
「能力者だったらそんなの通用しないかもしれないじゃない」
「蓮子の言う様に、能力者は人間の刃物程度なら何も問題が無いように思われるかもしれないけどさ、脅威のレベルを上げてみれば別よ。例えてみましょう、鋼鉄すらも溶かしきる炎を持った能力者はあらゆる攻撃を防御できます。暴漢の刃物も効きません。だけど背後から空間ごと消滅させられる能力で不意打ちされました。はい粉みじんになって死んだ」
「そもそも強い能力を持っていると、他の強い能力者に遭遇する危険も高まるものだしね」とメリーは付け加える。
つまり同レベルの能力者に、能力による殺意を持った不意打ちを受けたら対処出来ないのは同じだってことね。
それを聞いて私の頭に浮かんだのは、私達の遊んでいるスペルカードルールでの決闘。
スペルカードを使用する際は基本的に宣言するから、不意打ちされることは無い。
弾幕ごっこで不意打ちなんてされたら残機がいくらあっても足りないからね。
リグルキック?
あれは絶対許さないよ。
「じゃあ不意打ちを絶対に受けない特殊能力を持っていれば?」
「不意打ちを受けない特殊能力を無効にする能力を持っていれば…………いや、それを言い出したら不毛なので置いておきましょう。反論のいたちごっこになりかねないし。ようは運が悪く巻き込まれたらそれまで。だから危ない場所に近寄ったり、夜に女の子だけで出歩くのは止めましょうって話」
「君子危うきに近寄らずってことか。真理ねそれ。……でもオカルトスポット巡りしてばかりの不良サークル所属のメリーが言っても説得力ないわよ」
「それもそうね~」
反論を受けたメリーはそれをあっさりと認める。
どうやら自分の言葉に責任を持っていない様子である。
ふふっ、すぐ傍に人間を食らう妖怪がいるのに暢気なことね。
例えば私が今、貴方達を攫って今晩の夕食にすることだって出来るのよ。
怖い怖い思いをさせる妖怪なのよ。
ふふ、もしそうなったらこの子達はどうするのかしら?
おとなしく諦めるのかしら?
それとも必死にあがく?
いえいえ、きっと泣き叫ぶか怯えて声も出ないでしょうね。
「ま、せっかく持った能力を野蛮な事や私利私欲に使うような下種は、お山の大将で満足しているのが関の山ね。調子こいて不相応な野望を抱いたりなんかしたら、よりチートな奴等に叩きのめされて土下座でもする羽目になるのよ」
……まぁ、私はそんな調子こいた下賎な妖怪じゃありませんけどね。
そもそも私にとって第二次月面戦争は大成功だったし……負けたフリをして戦利品とったし……試合に負けて……いやわざと負けてあげて勝負に勝ったし……月の連中から掠めたあのお酒ものっそい美味しかったし!
思わず中ジョッキを一気に煽り、店員さんにもう一杯生中を注文する。
あぁ、ちくしょうめぇ……。
だがしかし、だがしかし、悔しいけど彼女の意見、本当に悔しいけど実のところ間違ってはいない。
上の存在がいないのなら私達妖怪は幻想郷なんて作ってないで、今も外の世界こと現代社会を謳歌しているに違いない。
能力を悪用しようとしても、度が過ぎたら絶対に誰かに潰される。
この大局的に見たら安定しているこの世界において、出る杭は打たれるのだ。
だから世界は小競り合いを繰り返しながらも滅ばずに今も存在している。
この世界を創造した神様には勝てない
そんなことを考える私のことなんてつゆ知らず、横の少女達は更に話を進める。
「断言するわ、チートな能力なんて却って持って無いほうがいいのよ。強さには上には上がいくらでもいるの。だからどれだけ強力な能力があろうと平和な使い方するぐらいしか使い道が無いのよ。時間を止めている間に家事するとか」
「え~時間を止めている間にせっせと料理してヴァニラアイスやヌケサクに振舞うDIO様なんて見たくないわよ私」
「だから再三言うけど強力な能力者は負け組なのよ、使い道を選べないから。社会人で例えるなら高学歴だったり過去に管理職まで上り詰めた人が、リストラされて次の仕事が決まらず生活費が無くなっても、プライドが邪魔して日雇いの単純作業をすることに抵抗を持つようなものだわ」
私はふむふむと納得しつつも、この意見には全てにおいて「確かに」と同意できない。
少しばかり内心反論する。
‘確かに’その誇りや自尊心によって能力の使い方を選べない人もいる。
‘だけど’本人が望んでいるのなら、たとえ強大過ぎる能力を持っていてもそれに振り回されず、ささやかな使い方をして生きていくことを選べる。
使い道は、選べるのだ。
強いから従うのではなくて、相手に尽くしたいと思ったから自らの能力を活用する。
強大な能力を持ちながらもそんなことを考えているかもしれない連中のことを、私は思い当たらせた。
ぶっちゃけやりたいことをやっているだけとも言えるけど。
だから結局のところ、能力者が負け組なんてメリーという子の持論に過ぎないと私は思う。
少なくとも皆が皆そうではない。
「じゃあさメリー、戦闘向けに限らず能力なんて結局のところ生きていくためにはいらないんじゃないの?」
「いいえそれは違うわ。能力が強大すぎるからこそいけないの。それに振り回されないように小さな使い方をするか、もしくは能力自体がささやかなモノだったら地味だけど確実に人生に役立てるわ」
「ささやかな能力って……例えば?」
「いくら食べても太らない程度の能力」
「うわっ、凄く欲しいそれ! 冗談抜きに欲しいわそれ!」
「毎朝起きようと思った時間に即座に起きられる程度の能力」
「冬場は本気で欲しいわね! 何度あと5分と二度寝して寝過ごしたことか!」
「履歴書をミスらずに手書きすることが出来る程度の能力」
「最後の最後でミスって最初から書き直しになった時は泣きたくなるわよね!」
やいのやいのとくだらない話に同意に同意を重ねてヒートアップしていく二人。
真面目に取り留めの無い話(こっちにとっては存在意義がかかっていたが)が出来なくなるあたり、随分と酔いが回ってきているようだ。
あぁ、酔っ払ってこうなったらもう駄目だ、色々と。
「どうわかった蓮子、一見微妙な能力の方が役に立つわよね!」
「わかったわメリー、派手で使い勝手の悪い能力よりも地味だけど役に立つ能力ね!」
「そう、だから私達ぐらいの能力の方が素晴らしいのよ! チート能力なんて持っているほうが負け組だわ!」
てか今更突っ込むけど、あんたら能力漫画やラノベ読み込みすぎだろ。
こいつら絶対にリアル中二だったころはテストの時に、右脳覚醒させることで写真記憶出来るようにするという触れ込みの胡散臭い本を真に受けて練習をして貴重な勉強時間をフイにしていたタイプだ。
もしくは本屋に売っている気功術の本を読んで練習すれば念能力に覚醒すると思っていたタイプだ。
「私の能力はメリーとの待ち合わせに便利だしね~」
「私の能力だって蓮子とのサークル活動するスポット選びに便利だしね~」
「オーイェー♪」
「イェー♪」
すると二人は「かんぱ~い」とジョッキを合わせてぐぃっと生ビールを飲み干す。
あぁ、うっぜぇマジうっぜぇ。
何だ、もっともらしいことをグダグダ言っていたけど、結局は自分の微妙な能力を正当化させるためのルサンチマンだけだっただけですかい。
僻みだったわけですかい。
真に受けて損したわ全く。
お勘定を払ってお店の外に出た私の身夜風が染みる。
先ほどのやさぐれた気分から開放され、思わずセンチメンタルになってしまう。
「能力に縛られるねぇ……境界を操る能力を持つがゆえにこういう仕事をする私には耳が痛い話だこと。その恩恵に預かることも出来るから一長一短かもしれないけどさ」
私の手にはその能力のおかげで手に入った、外の世界産のお気に入り漫画のホクホクの最新刊があった。
「結局のところ能力の有無なんて‘野球が出来る人はプロ野球選手になって生きていける’‘料理が出来るからそれを活かす’‘腕っ節に自信があるから警察になって町の平和を守る’といったものと対して変わらないかもね。能力なんて自己を形成する一要素、キャラクターを立てるための属性」
あったら便利だけど、無くても何とか生きていける程度のもの。
選択肢を広げる可能性がある一方で、選択肢を狭める危険性がある諸刃の才能。
それでも私にとっては必要なもの。
私というキャラクターには無くてはならないもの。
「ま、私達幻想郷の住人は遊びに使っているからこそ、自らのアイデンティティーたる危険極まりない能力を持つことを世界に許されているのかもしれないわね」
なんて私達の能力の存在意義についてとってつけたような結論をもっともらしく考えながら、我が家へと向かうスキマの中に入り込むのだった。
今、私は外の世界の某居酒屋で一人酒を楽しんでいる最中だ。
これは断じて私がボッチだからというわけではない、一緒に飲みに行くような友達だってちゃんといる。
誰にでも愛想良く笑顔を振りまくことを忘れてないし、自慢じゃないけど笑顔には自信があるし。
モットーは‘良い笑顔が良い人間関係を作る’だし。
この一人酒は境界の管理者として外の世界の査察をするついでに漫画を買い漁ったり、帰りに目に付いたお店で一杯やっているだけなのだ。
外の世界の社会人だって出張したら、仕事終わりに現地で一杯やるだろう。
アレとまぁ、同じだ。
まぁ色々あって今回の査察も終わり、夕飯はどこで食べようとぶらぶら歩いていたらなにやら美味しそうな焼き鳥屋を見つけたので、ゆらりと入ったというわけである。
どうやら中々繁盛しているお店のようで、座敷もカウンターもそこそこに埋まっている。
客層も壮年の男性から若い女の子までバリエーション豊か。
カウンター席に案内され、たれと塩を半々になるように焼き鳥の盛り合わせを注文し、飲み物は生中を一杯。
最近寒くなってきたから熱燗でもいいかな~と思ったけど、焼き鳥に組み合わせるアルコールではビールが一番好みだし。
カウンター越しに店員さんから受け取った生ビールをぐぃっとあおり、お通しの肉団子を一口。
ビールの芳醇な香りの残る口内に、ジューシーな肉汁が広がる。
合格だ、お通しとビールが美味しいお店にはずれは無い。
よし、これは当たりを引いたと内心ガッツポーズした時のことだった。
「バトル系の漫画やアニメで戦闘向けの能力を使えるキャラクターっているじゃない、アレってよくよく考えてみると負け組よね」
……何ですと。
‘~する程度の能力’を持っている者として聞き捨てなら無い台詞を聞いてしまい、声のする方向にばっと振り向きたくなる衝動に駆られる。
それをぐっと堪えた私は、声の主を探すためにちらちらと周囲を伺う。
どうやら二席空いた先のカウンターに座っている、若い女の子二人組の台詞らしい。
私は彼女達の方に気づかれない程度に身を乗り出して、横目で盗み見ながら会話に聞き耳を立てる。
「え? 何でよメリー、大抵の能力バトル漫画って無能力者はゴミみたいな扱いされるじゃない。どこかの学園都市のレベル0みたいな感じで……。あぁわかった。能力漫画でわざわざ出てくる無能力者は強キャラでってことを言いたいのね。確かに差別化されているせいかやたら強いわよね~」
「いやいや蓮子違うのよ、私が言いたいのはそういうことじゃないの。単純な話よ。強力な能力持ちって事自体が負け組ってことを言いたいのよ」
「じゃあ就職が出来ないニート揃いだから? スーパーサイヤ人孫悟空みたいに」
「ううん、それも微妙に違うの」
能力者が負け組ですと?
酔っ払いの戯言にしては随分と言うじゃありませんか。
てか酒の肴に能力漫画の存在意義を疑うような発言をするなんて、これまた大二病ね。
もっとも社会人か大学生かはわからないけど。
まぁ、彼女達の境遇なんてどうでもいい。
問題は今話していることだ。
「どゆことなのメリー?」
「じゃあ聞くけどね、例えば蓮子が一千度にも達する炎を操る程度の能力を持っているとします。この能力で食いっぱぐれないで生きていける? ただし悪用は除く」
「ん~と……戦うのはちょっと怖いし無しで…………焼却炉代わりにはなるんじゃない? どこかで雇ってもらうとか」
「世の中にはいくらでも焼却炉があるのにいちいち雇う? そういった施設の無い発展途上国とかならともかく、そもそも仕事とはいえそんな場所にまで飛ばされて納得する? そもそも力が強力過ぎると扱いに困るじゃない。残業とかさせてキレられたらって思うとオチオチ雇えないわ」
「それならタネの無い大道芸で稼ぐとか」
「いくらタネが無くても火を出すだけの大道芸なんてすぐに飽きられるわ。大体そうやって何かを操るなんて今時いくらでも特撮で後付け出来るから珍しくも何とも無いし」
「だったら‘修行すれば誰でも火を操る程度の能力を得られます’ってセミナーを開いて稼ぐ」
「悪徳セミナーじゃない。それもパス」
「もうっ、どうすればいいのよ」
蓮子と呼ばれた方の少女が机に頬を付けてぶーたれていて、メリーと呼ばれた方の少女はそれを見てやれやれと肩をすくめながら笑っていた。
うぜーこいつらこの理屈っぽい酔っ払い方うぜー。
「ん~……そうくるならさ、メリー。だったらその能力を活かす組織に入ればいいんじゃないの? 悪の能力者を倒す組織とか」
「普通に考えたらそうなんだけど、よく考えてみてよ蓮子。それって物凄いブラック企業じゃない? 死ぬ危険がある会社なんてさ」
「……確かに。能力漫画とかで死んだり怪我しても労災降りている作品なんて殆ど見ないわ。お給料すら出ないケースだってあるし」
蓮子と呼ばれた方の少女が納得したようにふむふむと頷く。
そして私はというとメリーの意見に同意しつつも、私はどうなのかと思い巡らせる。
異変解決した霊夢達にはキッチリ報酬として宴会のためのお酒やおつまみを持っていくから、私のやり方はホワイト企業だ安心安心。
「じゃあそういう能力者って能力を何に使うのかしら? 銀行強盗したり?」
「蓮子さっき言ったじゃない。そういう悪の能力者は別の能力者達に始末されるのよ」
「そこで悪の能力者を倒す能力者が出てくるの? 正義の組織という名のブラック企業なのに入る人いるの?」
「だってそういう人がいないと世界なんてすぐ滅ぶじゃない。望む望まないに関わらず誰かがやらないといけないのよ。大いなる力には大いなる責任が付きまとう。能力持ちが自発的にヒーロー活動したり、もしくは組織にスカウトされるなんてアニメじゃよくある展開だし」
もしくは同じ能力者に辻斬りされたりねー。
「スカウトを断ったら?」
「作品にもよるけど……能力を悪用しなければ放置してもらえるけど、酷いケースだと断ったら問答無用で始末されたり」
「……どっちが悪の組織よ」
やれやれと蓮子がため息を吐いた。
「まぁ、大抵は悪の能力者から幼馴染やヒロインを助けるためになし崩し的に巻き込まれるものだけどね」
「うっわ~……。そして孤独な戦いを強いられるかブラック企業に入る羽目になると。選択権無いのねメリー」
「そう、だから強力な能力者は負け組なの。むしろブラック企業入りだったらまだ良い方よ。大多数のヒーロー系能力者は給料0のボランティアだわ、スパイダーマンとか」
あぁ、スパイダーマンものっそい悲惨だもんね。
アレは仕事の合間にヒーローやって、ヒーローの合間に仕事やって……。
平成ライダーが時間の融通が利くフリーター紛いの職業ばかりの理由が良くわかる。
記者として一応正社員の真司君とか会社クビになりかけたし。
安月給の組織自体消滅して、それどころか組織作った人が黒幕だった剣崎君に比べたらマシだけど。
そう思って運ばれてきた焼き鳥串に噛り付く。
「ところで蓮子ってブギーポップシリーズって読んだ事ある?」
「電撃文庫の? 一作目のブギーポップは笑わないなら高校の図書室に置いてあったから読んだ事あるわね。凝った構成が斬新だったし、青春っていう雰囲気を醸し出すキャラ達も良かったわ。個人的には早乙女君とマンティコアの関係が印象に残って――」
あぁ、ブギーポップっていう死神がはた迷惑な能力者を世界の敵呼ばわりしてワイヤーで細切れにするあのシリーズね。
私も愛読しているわ。
てか作者の上遠野先生の作品は大抵持ってるし。
しずるさんシリーズとか他シリーズも持ってるし、最近ではジョジョのノベライズだってあるし。
境界を操る程度の能力があって何が良かったって、外の世界の娯楽を買いにいけることなのよね。
それにしても幻想郷の住人はゲームや漫画やアニメやラノベなどの二次元文化を好む層が非常に多いの。
やっぱり世界に誇る二次元文化を誇る日本、そしてその幻想の住人だからこそなのかしら。
「まぁ、読んでいるならそれでいいわ。ちなみに続刊は読んだ事ある?」
「無い。てか続刊があること自体今初めて知ったわ」
「……ラノベの1巻って売り上げが奮わずに続きが出なくてもいいように大抵キリが良く終わってるしね。面白いのにもったいない」
そこでメリーは「でね」と話を切り出す。
さぁ、彼女はブギーポップシリーズを読んでどういう感想を抱いたのかしら?
「あのシリーズね、1巻の‘ブギーポップは笑わない’とそれ以降は雰囲気が変わるわ。作者さんがジョジョ好きだからメッチャ影響受けて能力者バンバン出てくるの」
「へ~、具体的にどんなのが出てくるの?」
「わかりやすく能力を説明すると、最大13回まで死んでも大丈夫っていういかにも無残に殺されまくるフラグ全開な能力とか、殺傷力を持った汗で戦うサウナでは最強の能力を持っているオトコとか、鼻をかんで丸めたティッシュを投げるだけで巡航ミサイル以上の威力を出せるのとか」
「……1巻の切なさからは考えられないような展開が待っていそうね」
間違っちゃいないけど!
間違っちゃいないけどその誤解を招く説明のしかたは無いでしょうに!
せめてわかり易くフォルテッシモぐらいは例に挙げようよ!
あぁ突っ込みたい!
物凄く突っ込みたい!
「で、そんな風に能力者が大量に出てくるわけなんだけど、これが皆碌な目に会わないのよ」
「具体的にはどんな風に?」
メリーは神妙な顔で蓮子に向き合い、蓮子も彼女の瞳を見つめ返す。
私もこれまで読んだシリーズ作品群の能力者達のことを思い返しながら、息を呑んでメリーの言葉を待つ。
「能力者だと周囲にばれると、統和機構っていう世界を裏で操る組織の超強い能力者がやってきて、勧誘されるの。入ったら最後死ぬまで能力者狩りをさせられるし、拒否すれば死」
「うっへぇ……。じゃあその統和機構を相手に出来る程の、強力な能力を持つことに成功したら?」
「そういう奴は大抵調子こいて能力を悪用するの。そうすると世界の敵と認識されてブギーポップが殺しに出張ってくるの。あいつ何をしても絶対に勝てないバグキャラみたいな奴だし」
「じゃあ能力を使わずひっそりと暮らしたら?」
「それが無難だけど……運が悪いと水乃星 透子っていうラスボスポジションの子に唆されて、事件に巻き込まれるの。てか事件の首謀者にさせられる。そしてブギーポップがやってくる」
「駄目じゃん!? どうあがいても絶望じゃん!? てか何でその世界そんな能力者に厳しいの!? 私そんな世界に生まれなくて本気でよかったよ!? 能力も微妙なもので良かったよ!」
…………確かに言われてみるとそうね。
あの世界って本当に能力者に厳しいのよねぇ。
上遠野先生の世界では能力者は冗談抜きに逆境に立たされるっていうか……、ある意味負け組です人生ベリーハードモードです詰んでます。
作中における勝ち組は精神的に強い無能力者ばかりというね。
それにしても会話の流れから察するにどうやら彼女達も何かしらの「~程度の能力」を持っているようだ。
ん~…………いやそれは今どうでもいっか。
他人の能力とか私にゃ関係ないし。
「まぁあのシリーズは極端な例だけどね。でもやっぱり強力な能力を持っていると碌なこと無いわ。使い道無いし」
「じゃあメリー、実生活や職業に活かせる能力なら大丈夫じゃない? ジョジョ4部のトニオさんみたいなの。料理が美味しくなって体にも良くなる能力。ああいう職業に活かせる能力こそ理想よ」
「でも同じ能力を職業に活かした人と言えば、エステの人は吉良にスタンド能力で整形させられた後殺されたじゃん。あの人絶対に吉良の顔を変えるためだけに生まれたキャラよね」
「うっ……それがあったか……」
「スタンド使いは惹かれあうというし、スタンド能力を持って平穏に暮らしていても悪のスタンド使いが近づいてきたらわりとどうしようもないわよね」
そしてメリーさんは中ジョッキをぐぃっと煽り、気持ちの良い飲みっぷりを見せる。
ジョッキをドンと置いた後、蓮子に向かって絡むような目を向ける。
「ジョジョといえばで思ったんだけどさ、あの作品ってスタンドの強さが微妙な奴の方が扱いがいいわよね」
あ、出た。
酔っ払い特有の話の飛びっぷり。
「ジョルノと組んでチートスタンド持ちのギアッチョ相手に大金星のミスタとか、タンスの後ろの物を取る程度の能力を持つチャリオッツでもチートスタンド持ちのヴァニラアイス倒したポルナレフとか」
グダグダグダ。
メリーは蓮子の同意を待たずに自らの考えをひたすらに述べる。
「それに対して強すぎるスタンド持ちの本体は荒木先生も持て余すから扱いが悪いわよね~。アヴドゥルは真っ先に狙われるし、フーゴはフェードアウトするし、重ちーは荒木先生がスタンド描くのが面倒だから死んだって噂もあるし。例外は億康ね、ザ・ハンドっていう汎用性のあるクリームみたいなとんでもないスタンド持ってる億康は頭が悪いから宝の持ち腐れだったおかげでバランス取れてたし。大体億康が頭よかったら、吉良の空気弾もシアーハートアタックも完封出来るのよね、もし頭良かったら絶対に作中の扱いに困って途中で殺されてたわよね」
うるせー。
でも言うとおり、億康みたいな強スタンド持ちが最後まで生き残れたのは珍しいわ。
そう考えてみると億康ってば頭が悪くて助かったわね。
「つまり能力自体の強さは重要じゃないの。大事なのは本体の精神力と頭脳とコミュ力なのよ」
確かに。
いいこと言うじゃない。
私もその万能の能力に溺れず謙虚に生きることで幻想郷における妖怪の賢者としての信用と社会的地位を得たし。
でもね、お嬢さん。
能力の強さが重要じゃないってのは早計だと思うわ。
その能力の強力さとは裏腹に精神面が未熟な能力者っていうのもいるのよ。
例えるなら核ミサイルのスィッチを持った子供のような、ね。
そんなのに身を狙われたらどう身を守るの?
「でもさ~、それでも能力を悪用するような奴っていると思うのよね。そういうのを相手にするのはどうするの? どうしようもないの?」
「どうしようもないわね」
私と同じ疑問を持った蓮子ちゃんの質問をメリーさんはばっさりと切り捨てる。
あらら、もう少し気の利いた答えを用意していると思ったのに。
「常人で例えてみるわね。それって護身のために格闘技を身に着けていても、人ごみで頭のおかしい人に背後から刃物で刺されたりなんかしたら、対処の仕様が無いようなものよ」
「能力者だったらそんなの通用しないかもしれないじゃない」
「蓮子の言う様に、能力者は人間の刃物程度なら何も問題が無いように思われるかもしれないけどさ、脅威のレベルを上げてみれば別よ。例えてみましょう、鋼鉄すらも溶かしきる炎を持った能力者はあらゆる攻撃を防御できます。暴漢の刃物も効きません。だけど背後から空間ごと消滅させられる能力で不意打ちされました。はい粉みじんになって死んだ」
「そもそも強い能力を持っていると、他の強い能力者に遭遇する危険も高まるものだしね」とメリーは付け加える。
つまり同レベルの能力者に、能力による殺意を持った不意打ちを受けたら対処出来ないのは同じだってことね。
それを聞いて私の頭に浮かんだのは、私達の遊んでいるスペルカードルールでの決闘。
スペルカードを使用する際は基本的に宣言するから、不意打ちされることは無い。
弾幕ごっこで不意打ちなんてされたら残機がいくらあっても足りないからね。
リグルキック?
あれは絶対許さないよ。
「じゃあ不意打ちを絶対に受けない特殊能力を持っていれば?」
「不意打ちを受けない特殊能力を無効にする能力を持っていれば…………いや、それを言い出したら不毛なので置いておきましょう。反論のいたちごっこになりかねないし。ようは運が悪く巻き込まれたらそれまで。だから危ない場所に近寄ったり、夜に女の子だけで出歩くのは止めましょうって話」
「君子危うきに近寄らずってことか。真理ねそれ。……でもオカルトスポット巡りしてばかりの不良サークル所属のメリーが言っても説得力ないわよ」
「それもそうね~」
反論を受けたメリーはそれをあっさりと認める。
どうやら自分の言葉に責任を持っていない様子である。
ふふっ、すぐ傍に人間を食らう妖怪がいるのに暢気なことね。
例えば私が今、貴方達を攫って今晩の夕食にすることだって出来るのよ。
怖い怖い思いをさせる妖怪なのよ。
ふふ、もしそうなったらこの子達はどうするのかしら?
おとなしく諦めるのかしら?
それとも必死にあがく?
いえいえ、きっと泣き叫ぶか怯えて声も出ないでしょうね。
「ま、せっかく持った能力を野蛮な事や私利私欲に使うような下種は、お山の大将で満足しているのが関の山ね。調子こいて不相応な野望を抱いたりなんかしたら、よりチートな奴等に叩きのめされて土下座でもする羽目になるのよ」
……まぁ、私はそんな調子こいた下賎な妖怪じゃありませんけどね。
そもそも私にとって第二次月面戦争は大成功だったし……負けたフリをして戦利品とったし……試合に負けて……いやわざと負けてあげて勝負に勝ったし……月の連中から掠めたあのお酒ものっそい美味しかったし!
思わず中ジョッキを一気に煽り、店員さんにもう一杯生中を注文する。
あぁ、ちくしょうめぇ……。
だがしかし、だがしかし、悔しいけど彼女の意見、本当に悔しいけど実のところ間違ってはいない。
上の存在がいないのなら私達妖怪は幻想郷なんて作ってないで、今も外の世界こと現代社会を謳歌しているに違いない。
能力を悪用しようとしても、度が過ぎたら絶対に誰かに潰される。
この大局的に見たら安定しているこの世界において、出る杭は打たれるのだ。
だから世界は小競り合いを繰り返しながらも滅ばずに今も存在している。
この世界を創造した神様には勝てない
そんなことを考える私のことなんてつゆ知らず、横の少女達は更に話を進める。
「断言するわ、チートな能力なんて却って持って無いほうがいいのよ。強さには上には上がいくらでもいるの。だからどれだけ強力な能力があろうと平和な使い方するぐらいしか使い道が無いのよ。時間を止めている間に家事するとか」
「え~時間を止めている間にせっせと料理してヴァニラアイスやヌケサクに振舞うDIO様なんて見たくないわよ私」
「だから再三言うけど強力な能力者は負け組なのよ、使い道を選べないから。社会人で例えるなら高学歴だったり過去に管理職まで上り詰めた人が、リストラされて次の仕事が決まらず生活費が無くなっても、プライドが邪魔して日雇いの単純作業をすることに抵抗を持つようなものだわ」
私はふむふむと納得しつつも、この意見には全てにおいて「確かに」と同意できない。
少しばかり内心反論する。
‘確かに’その誇りや自尊心によって能力の使い方を選べない人もいる。
‘だけど’本人が望んでいるのなら、たとえ強大過ぎる能力を持っていてもそれに振り回されず、ささやかな使い方をして生きていくことを選べる。
使い道は、選べるのだ。
強いから従うのではなくて、相手に尽くしたいと思ったから自らの能力を活用する。
強大な能力を持ちながらもそんなことを考えているかもしれない連中のことを、私は思い当たらせた。
ぶっちゃけやりたいことをやっているだけとも言えるけど。
だから結局のところ、能力者が負け組なんてメリーという子の持論に過ぎないと私は思う。
少なくとも皆が皆そうではない。
「じゃあさメリー、戦闘向けに限らず能力なんて結局のところ生きていくためにはいらないんじゃないの?」
「いいえそれは違うわ。能力が強大すぎるからこそいけないの。それに振り回されないように小さな使い方をするか、もしくは能力自体がささやかなモノだったら地味だけど確実に人生に役立てるわ」
「ささやかな能力って……例えば?」
「いくら食べても太らない程度の能力」
「うわっ、凄く欲しいそれ! 冗談抜きに欲しいわそれ!」
「毎朝起きようと思った時間に即座に起きられる程度の能力」
「冬場は本気で欲しいわね! 何度あと5分と二度寝して寝過ごしたことか!」
「履歴書をミスらずに手書きすることが出来る程度の能力」
「最後の最後でミスって最初から書き直しになった時は泣きたくなるわよね!」
やいのやいのとくだらない話に同意に同意を重ねてヒートアップしていく二人。
真面目に取り留めの無い話(こっちにとっては存在意義がかかっていたが)が出来なくなるあたり、随分と酔いが回ってきているようだ。
あぁ、酔っ払ってこうなったらもう駄目だ、色々と。
「どうわかった蓮子、一見微妙な能力の方が役に立つわよね!」
「わかったわメリー、派手で使い勝手の悪い能力よりも地味だけど役に立つ能力ね!」
「そう、だから私達ぐらいの能力の方が素晴らしいのよ! チート能力なんて持っているほうが負け組だわ!」
てか今更突っ込むけど、あんたら能力漫画やラノベ読み込みすぎだろ。
こいつら絶対にリアル中二だったころはテストの時に、右脳覚醒させることで写真記憶出来るようにするという触れ込みの胡散臭い本を真に受けて練習をして貴重な勉強時間をフイにしていたタイプだ。
もしくは本屋に売っている気功術の本を読んで練習すれば念能力に覚醒すると思っていたタイプだ。
「私の能力はメリーとの待ち合わせに便利だしね~」
「私の能力だって蓮子とのサークル活動するスポット選びに便利だしね~」
「オーイェー♪」
「イェー♪」
すると二人は「かんぱ~い」とジョッキを合わせてぐぃっと生ビールを飲み干す。
あぁ、うっぜぇマジうっぜぇ。
何だ、もっともらしいことをグダグダ言っていたけど、結局は自分の微妙な能力を正当化させるためのルサンチマンだけだっただけですかい。
僻みだったわけですかい。
真に受けて損したわ全く。
お勘定を払ってお店の外に出た私の身夜風が染みる。
先ほどのやさぐれた気分から開放され、思わずセンチメンタルになってしまう。
「能力に縛られるねぇ……境界を操る能力を持つがゆえにこういう仕事をする私には耳が痛い話だこと。その恩恵に預かることも出来るから一長一短かもしれないけどさ」
私の手にはその能力のおかげで手に入った、外の世界産のお気に入り漫画のホクホクの最新刊があった。
「結局のところ能力の有無なんて‘野球が出来る人はプロ野球選手になって生きていける’‘料理が出来るからそれを活かす’‘腕っ節に自信があるから警察になって町の平和を守る’といったものと対して変わらないかもね。能力なんて自己を形成する一要素、キャラクターを立てるための属性」
あったら便利だけど、無くても何とか生きていける程度のもの。
選択肢を広げる可能性がある一方で、選択肢を狭める危険性がある諸刃の才能。
それでも私にとっては必要なもの。
私というキャラクターには無くてはならないもの。
「ま、私達幻想郷の住人は遊びに使っているからこそ、自らのアイデンティティーたる危険極まりない能力を持つことを世界に許されているのかもしれないわね」
なんて私達の能力の存在意義についてとってつけたような結論をもっともらしく考えながら、我が家へと向かうスキマの中に入り込むのだった。
「怪奇学園」の金森ユージも、親友と戦わされて、故郷を核爆破されたし…。
「NARUTO」のナルトもアカツキに狙われるし…。
>幻想郷の住人は遊びに使っているからこそ、自らのアイデンティティーたる危険極まりない能力を持つことを世界に許されているのかもしれないわね
この一文がGOOD!ZUNさんもそう思ってるはず。ナイスめたふぃくしょん。
農家さんとか花屋とか種苗会社からすっごい人気ありそう。
第6部のアナスイはダイバー・ダウンがチートすぎて碌な扱いを受けなかった気がする。
億康は能力の強さを頭の悪さでバランスとってた。ヴァニラ・アイスは吸血鬼化に伴う日光への脆弱化と、完全に亜空間に潜り込んでいるときは外界が見えないってあたりかな・・・
フーゴはグリーン・ディと同じくらいヤバい能力だったから擁護のしようが無いな。
正直、ジョジョで歴代のラスボスを倒せる能力なんていくらでもいるよなあ。個人的にはクラフトワークも結構強いんじゃないかと。
”ニュータイプはモビルスーツに関してはスペシャリストだけど
大概個人的には不幸だった”
って話に通じるところがある。
過程において黒字と赤字のふり幅が大きいのは能力者側かなとは思う
ああ紫みたいに飲食店でこういう二人のトークを聞いてみたい
最後のセリフが凄く良い
とりあえず、いいなぁ。