Coolier - 新生・東方創想話

星人 トヨサトミミノミキョオン

2012/11/06 22:07:20
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 仙界とも呼ばれる世界にある道場。
 その一室で、神子、布都、屠自古、青娥が車座になっている。
 ちなみに芳香はいつも通り青娥の隣に突っ立っていた。

 目の前で、布都と屠自古と青娥が激論を交わしている。
 というか、熱くなっているのは主に布都だ。
 屠自古はちょっと迷惑そうな顔をしているし、青娥はニヤニヤと意味不明な笑みを浮かべている。その横には芳香が口を開けたまま突っ立っていた。

 さて、そろそろ布都がこちらに話を振ってくる頃合いだろう。
 そう思った瞬間だった。

「断じて否ッ――太子様もそう思いますよねっ!?」

 うむ、と神子は頷く。実にわかりやすい。
 すると布都はパアッと顔を明るくした。
 実のところ、布都の発言内容に対して頷いたわけじゃなかったのだが、まあいいか。誰かが嬉しそうな顔をするのを見るのは気持ちがいいし。
 神子は適当な微笑を浮かべて、布都を眺めた。

「であるからして! あの巫山戯た連中に、太子様の御威光を見せつけてやるべきなのだ!」

 握りしめた拳を震わせながら、布都は力強く言う。
 「あの巫山戯た連中」というのは、もちろん命蓮寺の方々だ。ちなみに今回の議題は、『命蓮寺を調子に乗らせといていいのか』というものだった。

「私はどっちでも」

 気乗りしなさそうな声音で言ったのは、屠自古である。
 別に焦ってあれこれ行動する必要もないじゃないか、という考えのようだった。
 だが、その態度はどうやら布都のお気に召さなかったようで。

「何を言っておる! そんなんだからお主は舐められるのだ!」
「どっちかっていうと、それはあんたの方だと思うんだけど」
「な、な、何をぉ~!」

 拳どころが全身をぷるぷる震わせる布都。
 実に和む。

「ふむ」

 と、ここで青娥が唸る。

「ならばこの私にいい考えg」
「では、布都。少しばかり彼女らへ実力を見せてきなさい。『聖人一派、侮り難し』と思われるくらいにね」

 そう言ってやると、布都はグッとガッツポーズめいた仕草をする。

「我にお任せを! 行ってまいります!」

 喜び勇んで駆け出していく背中を見送りながら、神子は軽くため息を吐いた。
 布都はやる気も熱意も意欲もあるし、勢いもある。それに策士(たぶん)なんだろう。けれど、なんていうかチョロいっていうか。
 微妙に心配だった。

 なんで私を無視するんですかSEGAっぽいのがいけないんですかと絡んでくる青娥を右から左へ受け流しつつ、神子は布都の帰りを待つのであった。


  ◆   ◆   ◆


 我の手にかかれば超人だかなんだか知らないが、塵芥も同然よ。
 根拠無く自信満々な布都は、正門から堂々と命蓮寺に突入した。勿論策もないし考えもない。自信過剰なのか侮っているのか、多分両方だろう。
 布都は広い敷地をぐるりと見渡す。そこに、掃き掃除をしている女性が目に入った。
 グラデーションがかかったような長い髪、白黒のドレス風の服装。

「お主が聖白蓮……だな?」

 声をかけられた女性は、柔和な笑みを浮かべて応える。

「そうですが……あなたは?」
「尸解仙の物部布都である。今日はお主に勝負を申し込みに来た」

 そう宣言をした布都は、聖の様子をじっと窺う。
 すぐに臨戦態勢を取るのか、余裕を見せつけるのか。さぁ、どちらだ。どちらでも、我は構わんがな。
 反応を待つ布都だったが、しかし、聖の反応は予想を大きく外れるものだった。

「なん……ですって……!?」

 『物部布都』と聞いた途端、聖は大きく目を見開くと箒を取り落としてしまい、膝から崩れ落ちてしまったのだ。

「そんな……物部布都様に私が敵うはずもありません……」

 弱々しい声を漏らし、怯えたように布都を見上げてくる聖。
 その思わぬ反応に面食らう布都であったが、

「ふはは、そうであろうそうであろう。常勝不敗とは我のことよ」

 元来調子に乗りやすい彼女が天狗になるには十分であった。そのせいで、聖の表情が、子どもの遊びに付き合ってあげているお姉さんみたいになっていることに気がつかなかったようだ。

「ああ、今日は程よい甘さが後を引く饅頭と、それによく合うお茶がおやつだったのに……」

 およよ、とわざとらしい説明台詞を言いつつ顔を覆い隠す聖。チラッ、と指の隙間から布都を覗いているが、もちろん彼女が気づくわけもない。

「まんじゅう……なんだそれは。我に献上せよ」
「では……こちらへどうぞ布都様」

 言って聖は立ち上がると、布都の手を取って先導するように歩き出す。

「うむ」

 布都は『超人聖白蓮を屈服させた』と満足気だったが、傍からすれば『お姉さんと手を繋げるのが嬉しい子ども』にしか見えないことには、案の定気がつかない。
 聖も聖で、おそらく『よくわからないけど可愛い娘がやってきた』くらいにしか思っておらず、機嫌よく微笑んでいたため、尚の事である。
 そのあとをついていく布都はといえば、自分を恐れて目を合わせられないのだと、都合のいい解釈をしていたのだが。

「こちらでお待ちください」

 聖が案内した場所は、庭に面した縁側だった。布都は、そこへ腰掛け聖を待つ。
 秋色に染まった木々は、色鮮やかな葉を散らして風光明媚を体現している。時折吹く風は冷たくも心地よい。秋の美しさは、いつの時代も同じなのだな、と布都は思った。

「お待たせしました。これがお饅頭です」

 かけられた声に、布都は勢い良く振り返り聖を見つめる。期待の視線を送る彼女に、聖は微笑み返すと、その隣に座ってお盆を置いた。

「これが……饅頭か……」
「もみじ饅頭って言うんですよ。可愛いでしょ?」
「なかなか風流であるな」

 お盆に載せられた紅葉を象った饅頭とお茶を前に息巻く布都。その今にもかぶりつきそうな彼女を、聖はやさしく見つめていた。
 どうやら饅頭は布都の気に召して、布都は聖の気に召したようだ。

「それでは、頂きます」
「頂こう」

 二人はそう言って、もみじ饅頭を手に取り口にする。
 聖は上品に一口食べてゆっくりと味わうようにして。
 大きくかじりついた布都は、一口咀嚼するとカッと目を見開き、止まることなく口を動かし続けて。
 そして、二人は同時に、 

「美味しいですね」
「美味いのう! 素晴らしい味である!」

 饅頭を称える感想を口にした。
 甘くて美味しいものは人の気を緩ませる。緩むような気が布都にあったのかはともかく、敵であるはずの聖に満面の笑顔を見せるくらいには気が緩んでいた。

「布都さんは、お饅頭は初めて食べるんですか?」
「そうだな、こんなものは初めてだ。そもそも、現世は見たことがないものばかりだな」

 聖の問に、布都は上機嫌に応えると二個目の饅頭に手を伸ばす。

「それでは、不安なことも多いでしょう」

 聖の一言に、饅頭に伸ばされた手が一瞬止まるが、何事もなかったように饅頭を掴む。しかし、口に運ばれることはなかった。

「……そんなことはないぞ。我には太子様もいるし屠自古だっておる」

 だから、不安なことなど何もない。肩肘を張って強がる布都を、聖は肩から腕を回してそっと抱き寄せる。

「身内には言えない不安もあるでしょう。そういう時に、吐き出せる相手がいてもいいと思いますよ」

 例えば私とかですね、と聖母のように優しく温かい笑顔を向けてくる聖。
 これは根が甘えたがりの布都にはこうかはばつぐんであった。
 布都は一瞬だけ躊躇するように視線をぶれさせたが、はぁ、肩を落とし溜息と不安を吐き出した。

「……正直に言えば、幻想郷でやっていけるのか不安なのだ。太子様も屠自古も馴染みつつあるし、青娥殿は……まぁ、馴染んでいるし? 我だけこのままなのか、と。そう思うときもあるのだ」

 俯き饅頭を見つめる布都。自分はこの味も知らなかったのに、不明だらけの世界で生きていけるのか。そう、不安がる彼女を、

「大丈夫ですよ。ちょっとずつ、小さな一歩からでいいんです。踏み出すことが出来たのなら、後は歩くだけですから」

 聖は抱き寄せた手で落ち着かせるように、彼女の頭を撫でながら言う。
 温かくて、優しい手だった。

「……そう、だろうか」
「現に今、布都ちゃんは一歩踏み出せたじゃないですか。だから、大丈夫ですよ」

 間近にある聖の笑顔に向き合っていた布都は、しばらく黙っていたが、手に持った饅頭を思い出したように口へ運び、お茶で一気に流しこむ。
 そして、満足気な笑顔を見せて言う。

「……そうか、ありがとう聖殿。世話になった」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです」

 布都は立ち上がり、大きく背伸びをする。表情は軽く、自信に溢れたいつもの彼女だった。それを嬉しそうに眺めていた聖は、彼女に風呂敷包みを差し出す。

「お土産です。神子さんによろしくお願いしますね」
「かたじけない。ありがたくいただこう」
「また、遊びに来てくださいね」
「うむ!」

 手を振って別れを告げる聖に手を振り返し、布都は主のもとに急ぐ。
 太子様はきっと喜んでくれるだろう、と期待に胸を膨らませながら。

 命蓮寺に行く事になった理由? 忘れたよ。


  ◆   ◆   ◆


 この莫迦が、と屠自古は思った。
 思わず口にしてしまった。

「この莫迦が!」
「な、何を言うのだ。我はこうしてちゃんと戦果をだな、もぐもぐ」

 饅頭頬張り胸を張る布都に、屠自古の怒りも有頂天である。

「前から思ってたんだが、お前チョロ過ぎるんだよ!」
「ううっ……た、太子様ぁ、屠自古がなんか我に言い掛かりをー」

 困ったらいつもこうである。
 太子様に泣きつけば解決すると思ったら大間違いだぞ、と言ってやりたかった。

「太子様に泣きつけば解決すると思ったら大間違いだぞ!」

 というか思わず言ってしまった。

「へーんだ! 屠自古の石頭! カミナリおばば!」
「はぁぁ!?」

 あまりにガキ臭い布都の言い草に、屠自古はキレかけた。
 何なんだこいつは、と。よりにもよって、饅頭貰って帰ってきてるんじゃねぇよ。餌付けされてんじゃねぇか。太子様も布都に抱きつかれて微笑んでるなよ!
 そう思いっきり面罵してやりたかったが、堪える。
 仮にそうやって思うがままに布都を責め立てたとしても、どうせ神子が「まあまあ」と割って入ってくるだろうことはわかっていたからだ。

「……はぁぁ」

 その代わり、ため息が出る。長く深いため息だ。
 どっと疲れた気がした。

「まったく……」
「困ったものだ、ですか」

 気付くと、青娥がいつの間にか擦り寄って来ていた。
 なにやら邪悪な笑みを浮かべている。いつものことだが。
 彼女は意味ありげな様子で口を開く。

「命蓮寺の連中を始末したいなら、この私にいい考えg」
「青娥さんはちょっと黙ってて。――屠自古、済んだことは仕方がありません。命蓮寺とて、そうやすやすとこちらの仕掛けには引っ掛からないでしょう。それに、まあ布都だからね」
「は、はぁ……」

 さりげなくひどい。まあ、これまたいつものことだが。
 屠自古の内心など気にした様子も見せずに、神子は続けた。

「というわけで、今度は貴方が行ってみるというのはどうだろう?」
「はぁ……はぁ?」
「うん。よろしく頼むよ」
「え、ちょ、ちょっと!」


  ◆   ◆   ◆


 こうして、なんだかんだで命蓮寺へやって来た屠自古だったが。

「正直、気乗りしないんだが……」

 こちらから喧嘩を売りに行くことが上策だとは思えなかった。
 とはいえ、布都に苦言を呈した手前もある。何もしないで引き返すというのも気が引けた。

「はぁ……」

 ため息を吐きながら寺の門をくぐる。
 「たのもう!」と呼びかけるも、誰かが出てくる様子はない。
 かといって、いきなり建物に無断侵入するというのもいかがなものか。相手を殴るのに、相手以下の場所へ堕ちるのも避けたかった。青娥殿じゃないんだし。

 仕方ないので裏手に回ってみることにする。
 すると、そこにはどうやら庭掃除らしきことをしている者がいた。
 白っぽい服に赤いリボン。黒髪がよく映えている。

「おっと、見つけたぞ。さあ、いざ尋常に」
「ん? あなたは誰かしら」
「これは失礼。私は、蘇我屠自古と申す者。太子様の命により参った」
「へぇー。あ、私は村紗。村紗水蜜」

 ムラサって呼んで、と彼女は笑って言う。
 見たところ人間ではなく、どちらかといえば同類に近いように思える。

「ではムラサとやら、私と勝負をするのだ」

 屠自古は、今回の任務がちょっと面倒だったこともあり、簡潔に言った。
 聖人がどうの、僧侶がどうのなんていちいち説明することもあるまい。
 他方のムラサは、「んー」と小首を傾げる。

「勝負はいいんだけどさ、掃除終わってからでもいいかな?」
「掃除か」
「うん。そんなに長くはかからないと思うから、適当にその辺で待ってて」
「承知した」

 屠自古はおとなしく待つことにした。
 何も焦って殴りかかることもない。今のところ寺には他に人影も見当たらないが、まさか他の連中が戻るのを待って襲いかかろうという腹でもないだろう。
 少なくとも、ムラサはそういった策を弄するタイプには見えなかった。

「……」
「ふんふん、ふふん♪ ふんふん、ふふん♪」

 とはいえ、ただ待つというのも退屈なものである。
 ムラサはといえば、なにやらリズミカルに箒を動かしている。
 見回せば、結構広い庭だ。ここをひとりで掃除するのはなかなか骨な気がした。

「ふんふん、ふふん♪ ふんふん、ふふん♪」
「……なぁ」

 とうとう我慢できずに話しかけてしまった。
 これからやっつける予定の相手と話しても仕方ないはずだが、黙ったままでいると気詰まりである。
 ムラサは顔をこちらへ向けた。

「なに?」
「ああ、そのな」

 話しかけたものの、特に話題がないことに気付く。
 屠自古は微妙に困りつつ、当たり障りのなさそうな話をする。

「いや、ひとりで大変そうだなと思って。あの僧侶、ずいぶん人使いが荒いと見える」
「あはは、そう見える? 実は当番から逃げた奴がひとりいてさ、そのせいだよ」

 そう言いながら、ムラサは箒を動かす手を休めない。
 なんとなく、親近感めいたものが湧いた。

「なんだ、苦労しているのは同じか」

 そうかもね、とムラサは苦笑する。
 相手は屠自古の日頃の苦労など知らないだろうが、苦労人同士は陣営を超えて通じ合うものなのだ。騒霊の長女だったり、九尾の狐だったり。
 だからかも知れない。ぽろりと口から漏れた。

「そんな体で、大変だろう」
「貴方はそうじゃないの?」

 視線が合う。
 ムラサの眼は、夜の海を思わせた。

「……私は別に、人の体に未練はないよ」

 むしろ太子様たちと共にいられることに、感謝をしているのだ。
 屠自古がそう言うと、ムラサは「私もだよ」と笑った。

「聖に助けられてからは、こんな体でもいいんだと思えるようになったんだ。苦労はしてるけれどさ、それもいいんじゃないかってね」

 屠自古は、思わず苦笑した。
 結局のところ、似たもの同士だったということなのだろう。

「さて、と」

 気が付けば、あれほど広く見えた庭も綺麗になっていた。
 ムラサは箒を寺の壁に立てかけると、屠自古のほうに向き直る。

「待たせたね」
「……」

 屠自古は黙ってムラサに背を向けた。
 訝しげなムラサの声。

「勝負するんじゃなかったの?」
「ああ、話をしたらどうでもよくなった。仏教は嫌いだが、あんたのことは嫌いじゃないしね」

 そうとだけ言って、そのまま立ち去ろうとする屠自古に、背後から声がかけられた。

「――今度、一緒にお茶でもいかがかな」

 屠自古は無言のまま、右手を上げてそれに応えたのだった。


  ◆   ◆   ◆


「……いい話ですね。感動的です」

 だが、無意味だ。とは神子は続けなかった。熱が入った調子で喋り終えた屠自古に、わざわざ水を差すこともないだろうと判断したからだ。
 しかし、どうしたものか。神子は小さく溜息を吐いた。
 別に『馴れ合うな』と言うつもりはないし、争わずに済むならそれでもいい。
 だが、このままではチョロい小動物と情に厚いヤンキーとしか私たちの印象がない。それは少し困る。

「というか、布都って蘇我と物部を共倒れさせた知略の持ち主のはずなんですがねえ」

 思わず漏れた神子の愚痴。それに屠自古は、大真面目な顔で返す。

「え、みんな知ってましたよ。布都が何か企んでいるって」
「えっ」
「えっ」

 え、何々? みんな企み知っていたのに敢えて乗ったの? みんなアホの子好きだったの?

「たぶん死んだふりしてどこかで暮らしたんじゃないですか? なんか騒乱の後半は惰性気味だったみたいですし」

 やめてそれ以上歴史をひっくり返さないでお願いします。いや、うん、きっと屠自古が冗談を言ってるのに違いないこやつめハハハ。

「いや、本当の」
「屠自古は冗談が上手いですね!」
「……はい」
「それよりですね! 今後どうするかを決めましょう!」

 一刻も早く先程の話を聞かなかったことにしたい神子は強引に話を切る。屠自古は不承不承ながらも頷く。
 では、どうしましょうか、と神子が言ったそのとき、重たいものが落ちる音がした。そちらを見ると、壁を物理的にくり抜いて現れた青娥が芳香を引き連れ立っていた。

「だったら私にいい考えg」
「別にこのままでもいいんじゃないですか? 敢えてこちらから攻める必要もないと思いますけど」
「あの屠自古ちゃんなんで私を無視s」
「それもそうなんですが……下に見られるというのも癪です」
「太子様ちょっと聞いてくd」
「力を示すのは武芸者で十分、人を導くことが我々の地位を高めることになるのでは?」
「……そうですね。無闇矢鱈に力を振るうのは愚者のすr」
「なんで私を無視するんですかぁー!?」

 悲哀の慟哭。路肩の小石の如く無視され続けていた青娥の叫びが、狭い室内に響き渡った。
 ぐすん、と鼻を鳴らし青娥は続ける。

「酷いです太子様……この霍青娥、一生懸命お役に立ちたいと思っているのに……一人だけハブるなんて……」
「おお、なんてかわいそうなせいがー」

 女の子座りで顔を俯かせる青娥。素晴らしく棒読みで同情を煽る芳香。
 神子と屠自古は、それを冷めた半眼で眺めていた。養豚所の豚でも見るような、『明日にはお肉になるのね』って言うような、冷たい目だった。

「青娥さん」
「なんです太子様。そんな目で見られたら興奮するじゃないですか」
「『うちにも可愛い子はたくさんいるけど』『向こうにも可愛い子が一杯なのよね』『一人くらいもらってもいいかしら』『一番は芳香だけど』。ざっと、こんな欲が聞こえたんですが」
「……ヘッドホンの調子が悪いようですね。河童に頼んで直してもらってはどうですか」

 全力で頭ごと視線を逸らしながら応える青娥。頬には一筋の汗が流れていた。

「青娥殿の頭はどこで直してもらえるのだろうな」
「そういうわけで、あなたが絡むと間違いなく面倒になるのでやめてください」
「……わかりました。そこまで言われたなら」

 ほっと、神子が安心したのも束の間。青娥は笑顔で言い放つ。

「やるしかないですね! 芳香行くわよ!」
「おー」
「あっ、ちょっ!? 青娥さん!?」

 神子が引き止める間もなく、青娥は芳香の手をとって壁に空いた穴へ姿を消してしまう。
 残された二人は、示し合わせたように視線を合わせ、そして同時に溜息を吐いた。


  ◆   ◆   ◆


「というわけでお邪魔しに来ました」
「来ましたー」
「帰れ」

 笑顔で挨拶する青娥と芳香に、ナズーリンは吐き捨てるように言い放った。
 “NYAN-NYAN GO HOME”と示された窓を無視しつつ、青娥は続ける。

「いやぁ、耳にした通り可愛い子ばっかりですわね。そちらの方も、なかなかの美人さんですこと」
「あ、どうもありがとうございます。寅丸星です」

 いつもに増してぼけっとした様子の星は、照れくさそうに頭を掻く。
 どうしてぼけっとしているのかといえば、単純に寝起き直後だからである。いくら彼女が天然の気があるといっても、常時こんな風なわけではない。きっとおそらくたぶん。

「ご主人様が誉められるというのは気持ちがいいな。わかったら一秒でも早く消えてくれないか」

 ナズーリンがとてつもなく殺気立っているのは、星にしていた膝枕を邪魔されたためである。本人は認めたがらないだろうが。
 青娥はその殺気をあっさりと受け流して、同情するように言う。

「あらあら、こんな口の悪い部下では苦労が多いことでしょう。やはり、うちの芳香が一番可愛いですね」
「えへー」

 よしよし、と芳香の頭を撫でる青娥。気持ちよさそうに目を細める芳香に、青娥の頬も緩む。
 反対に、ナズーリンのこめかみは引き攣っていた。突然乱入してきた挙句に、目の前でイチャつかれ始めたのだから当たり前だが。
 ぶん殴ってでも追いだそうかと、ナズーリンが思い始めた時、

「……それは聞き捨てなりませんね」

 静かな言葉と共に、表情を引き締める星。青娥の言葉は、彼女の譲れない矜持に触れるものがあったようだ。

「確かに、ナズーリンは口が悪いところもあります。ですが」
「ご主人様……」

 私のために怒ってくれるなんて、なんて出来た主人だ。日頃から猫扱いしていたのが申し訳ないじゃないか。
 感動に身を震わせるナズーリンだったが、やはりというべきか。オチがあった。

「一人暮らしの小屋には虎のぬいぐるみが飾ってあってですね、時々抱いたり話しかけたりするんですよ! 『もっと素直になりたいな……ぬいぐるみじゃなくて、星を抱きしめられるくらいに』って呟いたりしてるんです! だから、一番可愛いのはナズーリンです!」
「うおぉおおいご主人様何を言ってるんだい!? そんな根も葉もないことを一体誰に吹きこまれた!? 天狗か!? スキマ妖怪か!?」
「毘沙門天様です!」
「Oh My God!」

 顔を真赤にし、頭を抱えて畳を転げまわるナズーリン。星が譲れないのは、『ナズーリンが一番可愛い』というところだけだったらしい。
 そして、青娥は、

「くっ……そんな……毒舌なのに主人想いだなんて……」

 よくわからないダメージを負って片膝をついていた。ほんとうによくわからない。

「しかし! 私の芳香には敵いませんね! 転んで立てなくなって困る芳香! ふと、視線が合うと笑顔になる芳香! 最高ですわ!」
「私のナズーリンだって負けていません! この間だって」
「ヤメテ! お願いだからそれ以上はヤメテ!」

 部下の可愛さ自慢を始める青娥と星。半泣きになって縋りつくナズーリン。立ち尽くす芳香。
 秩序もへったくれもない。ただ混沌だけがあった。

「……混ざりたい?」

 たまたまその部屋を通りかかった一輪は、隣の雲山に訊ねる。
 全力で首を横に振る彼に、一輪は『私もよ』と返して、何も見なかったことにした。

「二人っきりのときは『ご主人様』じゃなくて『星』って呼んでくれるんですよ! 聞き返すと『なんでもないよ』って素っ気なく言うんです!」

 何も聞こえない。聞こえないのだ。二人は足早にその場を立ち去った。


  ◆   ◆   ◆


 どうしたものか、と神子は数え飽きたほどの溜息を吐く。今日の戦果に対してであった。
 布都は餌付けされ、屠自古は強敵を作って、青娥さんはなんだかわからない。当初の目的である『命蓮寺に力を見せつける』は全く成功していない。
 揃いも揃ってこのザマなら、大人しく手を引くというのも選択肢である。しかし、このザマであるなら、逆に失うものも少ないと言える。

「――ならば、私自らが威光を示そう」

 静かな決意の言葉と共に神子は立ち上がる。
 強い意志の込められた瞳、身体に纏うは厳かな気。ここにいるのは、紛れもなく『聖人 豊聡耳神子』であった。

 やめておけばいいのに。


  ◆   ◆   ◆


 石畳の一枚が畳のように持ち上がり、何もないはずの空間から神子が姿を現す。
 紅葉が散りばめられた命蓮寺の庭。辺りを見渡す神子の耳に、呑気そうな歌声が届いた。
 視線を動かすと、ハイテンポで箒を動かし続ける少女が見つかる。確か、山彦の妖怪――幽谷響子と言ったか。

「そこの方。聖白蓮を呼んできてもらえませんか?」
 
 神子は近づき、響子に話しかける。
 別に、闇討ちをしに来たわけではない。今日のところは宣戦布告で十分だ。

「『そこの方。聖白蓮を呼んできてもらえませんか?』 あなたは誰?」
「これは失礼。私は――」

 と、神子はそこまで言いかけて考える。
 どうせ宣戦布告に来たのだから、大袈裟に言って怯ませるくらいがちょうどいいのではないか。従者が竦めば、主人も浮き足立つだろう。
 うん、それがいい。神子はそう判断し、眼前の響子に視線を定める。響子は、不思議そうに首を傾げていた。

「私は聖徳太子とも呼ばれた聖人、豊聡耳『驚けー!』みきょおん!?」

 いきなり背中を叩くという古典的な驚かし方。
 しかし、一つのことに集中している時にやられると、案外驚いてしまうもので。
 結果、トヨサトミミノミキョオンというUMAが誕生することとなった。

「なななんですかいったい……!?」

 ばっくんばっくんうるさい心臓を押さえつつ、神子は振り返る。
 そこにいたのは、茄子色の傘を持った小傘であった。
 神子が驚いたのが、あまりにも意外だったのか、しばし呆然としていた小傘だったが、

「え……うわっすっごい! すごい満腹! やばいやばいこれやばい! グゥレイトォって感じ!」

 久しぶりに腹を満たせたのか、飛んだり跳ねたり全身で喜びを表現し始める。
 普段だったら、穏やかな心で眺めることが出来た神子であったが、その犠牲になったのが自分では面白いはずもない。
 説教してやろうと口を開きかけた神子だったが、強烈な嫌な予感に再び振り返る。

「あっ……」

 言うまでもなく、振り返った先にいるのは響子である。
 ただの山彦であって、力も強いとはいえない。しかし、彼女は言った言葉を忠実に返す。そして、その声はとても大きい。
 ということは、つまり――

「うおおおおおおおおおおお!」

 叫び、神子は響子に突貫する。
 この距離なら、間に合う――! 何もなければ間に合う――!

「太子様のピンチに我参上!」

 ああ、布都……主人思いの従者を持って私は幸せです……。
 だけどね、布都。TPOを考えて欲しかったな……。

 石畳をめくって現れた布都。その石畳に足を引っ掛け、神子は地面とキスすることになる。
 絶望の表情で手を伸ばすが、届くはずもなく。神子は己の血だまり(鼻血)に沈みながら、響子が全力で叫ぶのを見ていることしか出来なかった。


  ◆   ◆   ◆


「太子様ー。今日は庭師が来てますよー。『人の口癖をパクった、謝罪を要求する』って」
「……追い返してください屠自古」

 神子は布団を被ったまま、襖越しにかけられた声に応える。
 やってやんよ、と若干うんざりした声に、神子はすすり泣きを漏らした。

「うぅ……なんでこんな目に……私聖人なのに……UMAじゃないのに……」

 山彦の叫びは、地獄耳のブン屋に届き瞬く間に記事に仕立てあげられた。

『命蓮寺に新たな正体不明出現!? その名もトヨサトミミノミキョオン!』

 この頭の悪い見出しを真に受けた命蓮寺の正体不明が、『私の属性と被っている、誠に遺憾である』と乗り込んできたのが昨日のこと。
 里ではあの聖徳太子は実はUMAだとか、『みょん』に対抗して『みきょおん』を流行らそうとしているだとか噂が立ち、『道教って宇宙人になるためなの? こわっ』という認識まで広まっているらしい。
 神子に出来ることは、ひたすら噂の風化を待つことだけだった。

「あの寺に関わったのが間違いだったんです……もう二度と喧嘩なんて売りません……」

 神子は苦々しい後悔の言葉を吐き出し、一週間くらい不貞寝してやる、と目を閉じた。



     ~おしまい~








・すねいく
 「マミゾウさんなら部屋でお茶飲んでたよ」 

・+α
 パートごとに分担してみました。どこがどちらでしょうね。
 ZUNさんと、お読み下さった方々に感謝を。
すねいく +α
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コメント



0.940簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
>拳どころが全身をぷるぷる震わせる布 都。 実に和む。
地味にSっぽいw
神霊組チョロいなw
4.100名前が無い程度の能力削除
ミキョオン!!
なんだこいつらまじかわいいなっ!!
9.90名前が無い程度の能力削除
妖夢も何をやってるんだかw
11.80奇声を発する程度の能力削除
賑やかでした
12.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷は今日も平和でした、いやー和みますね。
13.100名前が無い程度の能力削除
なにこの布都ちゃん
餌付けしたいw
14.100名前が無い程度の能力削除
小傘ちゃんが幸せそうでなによりw
23.100名前が無い程度の能力削除
>Oh My God!

確かにそうだ