「珍しいですね、霊夢さんの方からうちにやって来るなんて。歓迎しますよ」
「早苗、気持ちは有難いんだけど、遊びに来たわけじゃないのよ」
買い物に出かけるところだった早苗であったが、玄関を出たところで偶然霊夢が訪ねてきた。
早苗は首を傾げる。
「どうしたんです? もしかして博麗もとうとう守矢の傘下に入ることにしましたか? そういう話ならいつでもウェルカムです」
「いや……そうじゃないんだけど……ちょっと中で話さない?」
早苗は怪訝に思った。今の霊夢からは、日頃の脳天気さが窺えない。何か重大な用事があるに違いなかった。
「いいですよ。じゃあ応接間で待ってて下さい、お茶と饅頭でもお出ししますよ」
「待った」
奥に引っ込もうとした早苗を、霊夢は遮った。早苗からすれば、この巫女は三度の飯よりお茶を愛する人種である。ゆえに、この静止は意外であった。
彼女は風祝を見据え、有無を言わさぬ口調で告げる。
「お茶も饅頭も要らないわ。代わりに、二柱を呼んできてちょうだい」
地底の異変の頃ならまだしも、博麗の巫女がいまさら、守矢の神に何の用であろう。早苗は訝りながらも頷いた。これといって拒否する理由もない。
ただ、霊夢が自分に向けていた視線。それが、彼女が見せたことのないような、鋭いものだったことが気にかかった。
******
「で? 博麗の、どういう要件なのさ」
尋ねる神奈子。
応接間には三人が座っていた。諏訪子は出かけていたために欠席である。
霊夢は出された茶にも手を付けず――彼女にしては驚くべきことだ!――ゆっくりと口を開く。
「昨日の夜のことよ。人里で、死体が歩き出した」
「は?」
一ヶ月前、里で流行病が起きた。
これは猛威を振るい、永遠亭や命蓮寺、そして守矢神社の尽力にも関わらず、十余名もの死者を出し、この前ようやく収束したのだ。
問題は、そこから先である。
病原体を持つがために隔離された死体――それが起き上がって、動き出したというのだ。
「今は建物を外から封鎖してるから、病気がそこら中にバラ撒かれるのは防げてるけど……時間の問題ね。それに、遺族からしたら堪え難いものだし」
「そうですね、由々しき事態です」
「人里の連中は勿論、命蓮寺の連中も原因が分からないって言うから、私にお鉢が回ってきたってわけ。まったく、貧乏くじだわ」
その一瞬、霊夢は日頃の気怠げな表情に戻ったが、すぐにそれは掻き消された。
早苗は霊夢が言ったことを頭の中で反芻し、尋ねる。
「なるほど……では今は、情報を集めている段階なのですね?」
「いや、違うわね」
霊夢は首を横に振ると、二人を交互に見て、言った。
「犯人ならもう、九割がた割れてんの」
その言葉に、早苗は戦慄した。
霊夢の発言が真実なら、彼女がここに来た理由は一つになる。
神奈子が重々しい声で問いかける。
「博麗の。天地神明に誓うが――いや私が神に誓うのはおかしいが、とにかく――うちは不届き者を匿ったりしていない。異変のことだって、今知ったぐらいだ」
「残念だけど、信用するわけにはいかないのよ。……私の目の前に、犯人が居るんでね」
霊夢の視線は、まっすぐ一人を見据えていた。
――早苗。
神奈子が己をゆっくりと見据える。あり得ない、と語っていた。
「霊夢さん、何か勘違いしていませんか。そんな異変を起こして、何のメリットがあるんです? 守矢にとって人里は懇意にしている相手ですよ?」
慌てて弁解する早苗。胸中、非常な焦りがあった。
完全な濡れ衣だ。それで犯人扱いされて、里との関係がこじれたら、たまったものではない。
里は山の次に、神社の重要な信仰供給源なのだ。
「そうだ、キョンシーにされたのでは? そういうことを出来る仙人、こないだ現れたでしょう」
「あいにく、既に調べてるわ。あの死体にはそういう術がかかっていなかった。それに、隔離された死体には、誰も近づいていないのよ……ただ一人を除いて」
「早苗まさかお前」
馬鹿な、という口調で神奈子が問いかけてくる。声色は、否定を望んでいた。
だが現実は残酷で、早苗には心当たりがあったのだ。
霊夢は一言一言、染みこませるように言う。
「早苗。唯一あの死体に触れる機会があったのは、昨日の昼に病祓いの祈祷をした、あんただけだった訳よ」
「――馬鹿な! いい加減にしろ博麗の!」
はじかれたように叫ぶ神奈子。その顔は、はっきりと青ざめていた。早苗も同様である。
しかしそれでも、霊夢の表情は露とも変わらない。
悪くなる状況に軽い絶望を覚えながらも、早苗は頷かざるをえなかった。
「ええ。そうです。確かに私は昨日の昼、病祓いをしました。でもそれは、人里の方々の心を慰めるためです! 邪な考えなんて、一切抱いていないッ!」
「神奈子。病祓いのことは知ってた?」
「……いや、初耳だった。確かに昨日、出かけていたな」
「意図的に知らされなかった可能性もあるわ」
「何のために? それに、さっき早苗も言ったが、私たちみたいな立場の者が里にちょっかいを出すメリットが無い」
「あんたらに知らせたら、確実に介入するでしょうが。そうしたら死体に何かしら仕込むのが難しくなる。メリットは、それが何かは知らないけど、早苗個人に何かあるかもしれない。大体、それを調べるのは私じゃないわ。私が頼まれたのは、早苗を連れてくることだけよ」
「むう……」
黙りこむ神奈子。
早苗は殆ど諦めていた。自分が犯人? そんなことは、どんな奇跡があってもあり得ない――だが、状況をひっくり返すことが難しいのは分かる。客観的に見て、自分が一番怪しい。自分が霊夢のポジションにいても、真っ先に自分を疑うだろう。
せめて、守矢神社の立場を悪くせずに済む方法はないか……そういう考えに早苗が至ったとき、神奈子が不意に立ち上がった。
「そうか――分かった! 分かった」
「……何が」
「博麗の、ちょっと私の話を聞いておくれ」
「この件に関係したことなら、ね」
渋々ながらも了承する霊夢。それを受けて、神奈子は語り出した。
「まず結論から言おうか……この件には、犯人も何もない」
「つまり?」
「これは過失、ということだ」
断言する神奈子。だが、霊夢は納得しない。
「なるほど。病祓いは難しいし、早苗が特にそちら方面に詳しいわけでもない。だから失敗してもおかしくない――まあ、可能性として有り得なくないわね。でもその根拠だって無いじゃない。疑いを晴らせるほどではないわ」
「まあ聞け。早苗、早苗が祈祷をしたのは、間違いなく死者なんだな? 生きていない?」
「え? あ、はい。勿論です」
その答えに、満足気に頷く神奈子。
早苗も霊夢も、彼女の発言の意味を測りかねた。
「神奈子。何が言いたいの? 動き出したのが死者だっていうことがそんなに重要?」
「ああ。さらに言えば、祈祷をしたのが早苗だっていうのも、この勘違いを招いた原因さ」
「意味がわからないわ」
「なあに、簡単なことさね。いいかい? 早苗、そして死者。これが意味するところは――」
そこで神奈子は言葉を切り、続ける。
「鬼籍を起こす程度の能力、ということさ」
「早苗、気持ちは有難いんだけど、遊びに来たわけじゃないのよ」
買い物に出かけるところだった早苗であったが、玄関を出たところで偶然霊夢が訪ねてきた。
早苗は首を傾げる。
「どうしたんです? もしかして博麗もとうとう守矢の傘下に入ることにしましたか? そういう話ならいつでもウェルカムです」
「いや……そうじゃないんだけど……ちょっと中で話さない?」
早苗は怪訝に思った。今の霊夢からは、日頃の脳天気さが窺えない。何か重大な用事があるに違いなかった。
「いいですよ。じゃあ応接間で待ってて下さい、お茶と饅頭でもお出ししますよ」
「待った」
奥に引っ込もうとした早苗を、霊夢は遮った。早苗からすれば、この巫女は三度の飯よりお茶を愛する人種である。ゆえに、この静止は意外であった。
彼女は風祝を見据え、有無を言わさぬ口調で告げる。
「お茶も饅頭も要らないわ。代わりに、二柱を呼んできてちょうだい」
地底の異変の頃ならまだしも、博麗の巫女がいまさら、守矢の神に何の用であろう。早苗は訝りながらも頷いた。これといって拒否する理由もない。
ただ、霊夢が自分に向けていた視線。それが、彼女が見せたことのないような、鋭いものだったことが気にかかった。
******
「で? 博麗の、どういう要件なのさ」
尋ねる神奈子。
応接間には三人が座っていた。諏訪子は出かけていたために欠席である。
霊夢は出された茶にも手を付けず――彼女にしては驚くべきことだ!――ゆっくりと口を開く。
「昨日の夜のことよ。人里で、死体が歩き出した」
「は?」
一ヶ月前、里で流行病が起きた。
これは猛威を振るい、永遠亭や命蓮寺、そして守矢神社の尽力にも関わらず、十余名もの死者を出し、この前ようやく収束したのだ。
問題は、そこから先である。
病原体を持つがために隔離された死体――それが起き上がって、動き出したというのだ。
「今は建物を外から封鎖してるから、病気がそこら中にバラ撒かれるのは防げてるけど……時間の問題ね。それに、遺族からしたら堪え難いものだし」
「そうですね、由々しき事態です」
「人里の連中は勿論、命蓮寺の連中も原因が分からないって言うから、私にお鉢が回ってきたってわけ。まったく、貧乏くじだわ」
その一瞬、霊夢は日頃の気怠げな表情に戻ったが、すぐにそれは掻き消された。
早苗は霊夢が言ったことを頭の中で反芻し、尋ねる。
「なるほど……では今は、情報を集めている段階なのですね?」
「いや、違うわね」
霊夢は首を横に振ると、二人を交互に見て、言った。
「犯人ならもう、九割がた割れてんの」
その言葉に、早苗は戦慄した。
霊夢の発言が真実なら、彼女がここに来た理由は一つになる。
神奈子が重々しい声で問いかける。
「博麗の。天地神明に誓うが――いや私が神に誓うのはおかしいが、とにかく――うちは不届き者を匿ったりしていない。異変のことだって、今知ったぐらいだ」
「残念だけど、信用するわけにはいかないのよ。……私の目の前に、犯人が居るんでね」
霊夢の視線は、まっすぐ一人を見据えていた。
――早苗。
神奈子が己をゆっくりと見据える。あり得ない、と語っていた。
「霊夢さん、何か勘違いしていませんか。そんな異変を起こして、何のメリットがあるんです? 守矢にとって人里は懇意にしている相手ですよ?」
慌てて弁解する早苗。胸中、非常な焦りがあった。
完全な濡れ衣だ。それで犯人扱いされて、里との関係がこじれたら、たまったものではない。
里は山の次に、神社の重要な信仰供給源なのだ。
「そうだ、キョンシーにされたのでは? そういうことを出来る仙人、こないだ現れたでしょう」
「あいにく、既に調べてるわ。あの死体にはそういう術がかかっていなかった。それに、隔離された死体には、誰も近づいていないのよ……ただ一人を除いて」
「早苗まさかお前」
馬鹿な、という口調で神奈子が問いかけてくる。声色は、否定を望んでいた。
だが現実は残酷で、早苗には心当たりがあったのだ。
霊夢は一言一言、染みこませるように言う。
「早苗。唯一あの死体に触れる機会があったのは、昨日の昼に病祓いの祈祷をした、あんただけだった訳よ」
「――馬鹿な! いい加減にしろ博麗の!」
はじかれたように叫ぶ神奈子。その顔は、はっきりと青ざめていた。早苗も同様である。
しかしそれでも、霊夢の表情は露とも変わらない。
悪くなる状況に軽い絶望を覚えながらも、早苗は頷かざるをえなかった。
「ええ。そうです。確かに私は昨日の昼、病祓いをしました。でもそれは、人里の方々の心を慰めるためです! 邪な考えなんて、一切抱いていないッ!」
「神奈子。病祓いのことは知ってた?」
「……いや、初耳だった。確かに昨日、出かけていたな」
「意図的に知らされなかった可能性もあるわ」
「何のために? それに、さっき早苗も言ったが、私たちみたいな立場の者が里にちょっかいを出すメリットが無い」
「あんたらに知らせたら、確実に介入するでしょうが。そうしたら死体に何かしら仕込むのが難しくなる。メリットは、それが何かは知らないけど、早苗個人に何かあるかもしれない。大体、それを調べるのは私じゃないわ。私が頼まれたのは、早苗を連れてくることだけよ」
「むう……」
黙りこむ神奈子。
早苗は殆ど諦めていた。自分が犯人? そんなことは、どんな奇跡があってもあり得ない――だが、状況をひっくり返すことが難しいのは分かる。客観的に見て、自分が一番怪しい。自分が霊夢のポジションにいても、真っ先に自分を疑うだろう。
せめて、守矢神社の立場を悪くせずに済む方法はないか……そういう考えに早苗が至ったとき、神奈子が不意に立ち上がった。
「そうか――分かった! 分かった」
「……何が」
「博麗の、ちょっと私の話を聞いておくれ」
「この件に関係したことなら、ね」
渋々ながらも了承する霊夢。それを受けて、神奈子は語り出した。
「まず結論から言おうか……この件には、犯人も何もない」
「つまり?」
「これは過失、ということだ」
断言する神奈子。だが、霊夢は納得しない。
「なるほど。病祓いは難しいし、早苗が特にそちら方面に詳しいわけでもない。だから失敗してもおかしくない――まあ、可能性として有り得なくないわね。でもその根拠だって無いじゃない。疑いを晴らせるほどではないわ」
「まあ聞け。早苗、早苗が祈祷をしたのは、間違いなく死者なんだな? 生きていない?」
「え? あ、はい。勿論です」
その答えに、満足気に頷く神奈子。
早苗も霊夢も、彼女の発言の意味を測りかねた。
「神奈子。何が言いたいの? 動き出したのが死者だっていうことがそんなに重要?」
「ああ。さらに言えば、祈祷をしたのが早苗だっていうのも、この勘違いを招いた原因さ」
「意味がわからないわ」
「なあに、簡単なことさね。いいかい? 早苗、そして死者。これが意味するところは――」
そこで神奈子は言葉を切り、続ける。
「鬼籍を起こす程度の能力、ということさ」
ワハハハ
これこれ、こういうのでいいんだよ。
喚くさんの作品は何故かオチまで引き付けられて読んじゃう。
何となく不謹慎ネタの気もするのでこの点で
喚くさん相変わらずですねえ!
何度読んでもくだらないと思わせるオチだけど
それでも名前を見ればまた読まずにはいられない魔力がある
これぞ喚く狂人!!
変わりないようで何よりです
久々にあなたの名前で検索をかけたら・・・!w
楽しませてもらいましたw
くっそwwwwww
次は妖怪が溶解したり、咲夜が朱鷺を止めたり、幽々子が詩を操ったりするのだろうか?