Coolier - 新生・東方創想話

琥珀色した素敵で不思議な魔法の本

2012/11/06 07:00:24
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 幸せとは、一体、何なのでしょうか?
 そう考えたことのない人間などいないでしょう。どんな人間でも一度は考える当然のことです。
 私の目は色々な人間の感情、考え、悩みを見てきました。……嫌になるくらい。でも、
そんな人間たちでも自分の幸せについて必死で考えていました。
 人間の心の中は嫌なものです。正直、汚い。どうしてそんな酷いことを考えられるのか、
どうしてそんな悲しいくらい悩むのか、私に、……いえ、私たちには到底、理解できるものではありませんでした。
 私には、一人妹がいます。私と同じ目を持っていました。
 ……けど、今はそれも閉じられ、彼女は外に遊びに行くばかり。なぜ閉じたのか聞いてみても――

『だって、あんなもの見ても気持ち悪いだけだもの』

 ――そう言って、またどこかへと行ってしまいます。
 しかし、妹の言っていることも分からなくはないのです。人間の心は本当に汚い。そしてそれを、誰よりもよく分かっているのは……人間。だから、人間たちは私たちを恐れたのでしょう。『心を読む程度の能力』を持つ、私たちを。
 ――私たちが住む地底は良い所です。何が良いって……誰もいない。いるのは妹と、数えきれないペットだけ。ここなら人間たちの心を読まなくて済むし、純粋な心を持つ者だけで過ごせます。なので、思いきってここまで来てしまいました。でも、心を持つ者は何も人間だけではありません。私の力は同族にも嫌悪されました。
 そう、妖怪たちが、私たちを怖がってしまったのです。
 私達は、何もしていなくても心を読んでしまう。そう彼らに伝わってしまったようです。自分の能力なのに、自分たちで制御できない。そんな可笑しな話はありません。なのに、彼らときたらそんな誰が言ったとも知らない噂を信じ、私達を忌み嫌いました。本当、可笑しな話ですよね。
 ……でも、それは事実。私は悟り。心を読む妖怪。言いかえれば、『心を読むことを生業とする妖怪』あの鬼達ですら、私達と自分から関わろうとはしませんでした。
 でも、勇儀さんはちょっと変わった方ですね。今でもよくお酒を持っては家へやってきます。話も上手で本当に愉快な人です。あの人といる時は、誰かと話しているという気分になれます。私がうまく話せているかどうかは、別として……
 ――し、仕方がないじゃないですか! 誰かと話すなんてこと、あなたが想像している以上に無かったのですから!
 無かったの、ですから……
 とにかく、最近まで話し相手といったら、勇儀さんか妹かペット達ぐらいだったのです。そう、つい最近までは……それは、私達が(というよりは私のペットが)起こしてしまった異変から、少ししたくらいでしょうか。
 ――彼女が、ここに訪れたのは……
 一目見た時、私は彼女がここに何しに来たのか心を読まなくても分かりました。なるほど、ここは屋敷としても十分に広い。彼女が求める物もあるのかもしれません。
 例えば――



―――あなたが今、抱えている本より……貴重なことが書かれている本が。



 その人が初めて来た時、真っ先に尋ねられたことは、私が予想していた通りの言葉でした。

「あの、ここに図書室って……あるかしら?」

 その時の彼女は、どこか遠慮するようで、消えてしまいそうな声で言っていました。
 ……なるほど、彼女も他人と触れ合うことに慣れていないのですね。こういう時、私の目は便利です。言いにくいことでもしっかりと聞いてあげることができます。(それが嫌われる理由だと、この時の私には理解できていません)

「ええ、ありますよ」

 なにせ、この屋敷は古いですから、それに、私も読書は好きですし。本の中の人物なら心を読んでしまうことはありません。推理小説なんか大好きですよ。何が起こるか分からない感じとか、犯人は誰なのかドキドキするあの感じがたまらなく好きです。
 ……そう、ここで言えたらいいのですけどね。

「どこかしら?」

 少し嬉しそうに笑みを浮かべながら、澄んだ声で返してきました。さっきと打って変わり、今度ははっきりとした声で。彼女の唐突な変化に私は心底驚きました。

「あ、ああああっちです!」
「? ……ありがとう」

 そして、驚き過ぎて噛み噛みになってしまい、彼女に不思議がられてしまいました。何をそんなに驚いているのでしょうか、私は。私の前を通り過ぎ、図書室へ向かう彼女を見ながら、私は不思議でなりませんでした。
 ――不思議。本を読んでいない時以外で、こんな気持ちを浮かべたのはいつぶりでしょうか。心を読んでしまえば大体のことはわかってしまいます。どんな支離滅裂な言葉を並べられようと、どんなに摩訶不思議な話をしゃべられようと、真っ先に行くのはその語り手の心の中。
 その心の中の現実を知って落胆したのも、今となってはずいぶん懐かしい話です。なにせ、そんな者にすら、出会うのが稀なこと。
 あれから数分。どれだけ考えてみても、この不思議な気持ちの答えに辿りつくことができません。こんな気持ちにさせたのは彼女です。なので、私は彼女の様子を観察することにしました。
 私が図書室に来て彼女を見た時、彼女が初めてしたことは……本に埋まるということでした。それぐらいの勢いで本を読むという比喩ではありません。言葉のままの意味です。壁際の本棚から本を取ろうとして一歩を踏み出した時、自分のワンピースの裾を踏んで、前のめりに本棚に倒れこんでしまったのです。その振動で、本が何冊も落ちて来て、埋まってしまいました。小さな棚一つ分の本にしか襲われなかったのがせめてもの救いでしょうか。と言っても、他の大きすぎる棚と比べてですけど……とりあえず言えることは、本に埋もれた彼女を助けなければならないということですね。
 ペットの二人を呼んで彼女を助け出します。本を取ってはどけて、取ってはどけて。それの繰り返しです。その内、ペットの一人が、『もうめんどくさいからぶっ放していいですか?』と、右手の制御棒を彼女が沈んでいる本の山に向けながら聞いてきた時には、心臓が飛び出るかと思いました。考えなくても彼女は死んでしまいます。そんなことをしても喜ぶ者など……いましたね。隣に。
 しばらくして彼女を助け出すことが出来ました。見たところ怪我も無いようで安心しました。でも舞った埃を吸ってしまったようでとても苦しそうです。さっきから何回も咳をしています。
 あまりに苦しそうなので、埃っぽいここから出すために、私は彼女をお茶に誘いました。一昨日、良い緑茶の茶葉を早苗さんからもらったのに、一人で飲むにはもったいないと思っていたので丁度良かったです。西洋を思わせる彼女の風貌には似合わないかもしれませんが、『ありがたい』と思っているところを見ると、その気のようですね。それと、本棚を倒したのを気にしているようですが、あの二人に任せておけば大丈夫ですよ。
 ――あっ、『本』が心配なのですね……
 彼女を客間に通し、淹れたてのお茶を出しました。私が『読んだ』通り、彼女はもっぱら紅茶派でした。彼女の館のメイドが淹れる紅茶が美味しいので、他のお茶が飲みたいと思わなかったようです。……私も一度飲んでみたいものですね、その紅茶。緑茶ですら優雅に飲む貴女がそう思うのですから、『貴女』が今、思っているよりも素晴らしい味がするのでしょう。
 それから彼女といるうちに、私たちが起こした異変に関わった人だということが分かりました。なるほど、だからこの場所に……
 彼女は魔女。言うなれば、知識を求め、本の世界を股に掛ける『本の旅人』。貴女が次に見つけた旅先が、ここだったというわけですか。
 彼女がお茶を飲みだして数刻。彼女は急に立ち上がりました。あら、もう帰られるのですか? もっとゆっくりしていってくれても構わないのに……えっ、そろそろ小悪魔が怒りだす? あぁ、貴女の司書さんですか……仕事を沢山押しつけて来てしまったのですね。主とはいえ、自分だけ楽をするには行かないという事ですか。……仕方がありませんね。本は逃げないのでまた来てください。

「御免なさい。日を改めて、また来るわ」

 こうして、ティータイムは終わりました。私達が一言も言葉を交わすことなく。彼女が帰っていく姿を見ると少し寂しく思えてくるのは何故でしょう……
 ……何故と言えば、私が感じたあの『不思議』……一体、何だったのでしょうか。心を読める私が考えるその答えを、まさか、心が読めない自分の妹の一言から気づくことになろうとは思いませんでした。

「たっだいまぁ~~~っ!!」

 彼女が去って、半日が過ぎようとしている頃、私の妹が嬉しそうに帰ってきました。本当に嬉しそう……一体何があったのでしょう……この子の心は、この子の能力のせいで見ることができないので、直接聞くしかありませんね。

「何か良いことでもあったの? こいし」

 するとこの子は、満面の笑みを浮かべながら言いました。

「うんとね、『こーまかん』ってところに行って来たの! でねでねっ! そこに、本物の魔法使いさんがいたんだよ!」
「あら、素敵ね」
「うん! でね、その魔法使いさん。なんとっ! お姉ちゃんのことを『こーまかん』の主さんに楽しそうに話してたんだよ!!」
「えっ?」

 彼女が私のことを……? なんて言っていたのでしょうか……気になりますね。

「その魔法使いさんは何て言っていたのかしら?」
「え~っとね、確か――『あそこまで私に似て笑わない人は初めてよ』……だったかなぁ……」



 わらう……『笑う』……そう言えば――



 ――地底(ここ)に住む者達以外から笑顔を向けられたのは何時ぶりでしょうか?



 この話を聞いて『不思議』に思った時のことを思い出し、『不思議』の答えに辿りつくのは……まだ、かなり先の話です。





 でも、一つだけ言えるとしたら。彼女と私は――





 ――今ではもう、お互い、笑いながらお茶を飲む素敵な仲だという事ですね。





 それはもう、『幸せ』そうに、おしゃべりなんかして――





 ――私の心が緩んじゃうくらい。素敵な仲です。





 人は何故、幸せになろうと願うのか……





 その気持ちが少し……分かったような気がします。





 ……確かに、これは心地いいですね。





 そうして、その心地よさに身を委ね、今日もまた――





 ――彼女と笑いあう私が、そこにいるのでした。
初投稿です。

異変の後にこんな出会いがあったらいいなと思って書きました。

機会があればまた書きたいです。
ちゃっきー
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コメント



0.340簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
あたたかい気持ちになれました。
本読みならではのこの二人の絡みをもっと見てみたいです
6.90名前が無い程度の能力削除
素敵
8.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気があたたかくとても良いお話でした
10.80名前が無い程度の能力削除
読後、一拍おいてから温かみがやってきました。
後半部、どことなく浮き世離れした二人の、付かず離れずといった距離感によるものでしょうか。
華やかさとは違う、素敵な雰囲気が伝わってきます。

ただ、1つ惜しいのは「…」「―」の多用です。内気なさとりの躊躇いがちな様子が想像されるのですが、頻度が高いとやはり気になってしまいます。特に導入部分で目についてしまい、それが文全体のレベルを落としてしまっているようで残念です。

今回が初投稿ということでやや批評的なコメントをさせていただきました。
お気を悪くさせたら申し訳ありません。
とはいえ、私はこの作品が持つ素敵な雰囲気が大好きなので、機会があればと言わずに次も筆を執ってもらいたいです。

以上、長文失礼しました。