大きな屋敷に大きなお庭。
ふよふよとおもちが浮いたり浮いてなかったりするのがここ、白玉楼です。
お屋敷の主人とその庭師は今日も仲良く縁側でお話ししています。
「幽々子様、こいつはどうしましょう」
「そうねえ、この前はわんちゃんにしたからそれは猫ちゃんにしましょう」
主人の案に庭師は行動で答えます。
大胆に見えますが庭師の太刀筋はとても繊細で丁寧です。
葉を刻み、枝を削ぐ。
ただそれだけの行為なのにまるで芸術作品を創作しているようです。
大きな大きなお庭の木は、あっというまに猫のそれに近づいていきます。
「うまいわ妖夢。可愛い猫ちゃんの形」
主人は楽しそうに庭師の刃捌きを目で追っています。
その称賛の言葉を背中で受けて庭師の動きも激しさを増していきます。
「こんなもんでどうでしょう」
息を切らしつつ、少しの謙虚の気持ちを含めた台詞でしたが、
庭師の顔には自信が溢れ出ています。
もちろん主人は、その自慢気な表情の庭師をとても愛おしく思うのです。
「妖夢は冥界一の庭師ね」
「そんなそんな」
一仕事を終えて、縁側に腰掛けている主人の隣に座ります。
そして今自分が創りあげた一品をもう一度改まって見て、再び満足するのです。
「妖夢」
冷たい麦茶をくぴりくぴりと飲んでいると、
主人が突然顔をあわせてきます。
その口はうっすらと透明な液体でまみれているようです。
「ど、どうひゃれました」
「お腹がすいたわね」
目を合わされてそんなことを言われるのですから
自分が食べられてしまうんじゃないかと錯覚してしまいます。
庭師は慌てずに口に残っている麦茶を飲み込んでから返答します。
「もうすぐご飯の時間では」
途端、庭師は主人の顔に影がかかったような気がしました。
特に天然でもない庭師は少なからず意識してしまっているようで、
そう答えたあと、少しだけ後悔しました。
ちょうどその時、給仕の幽霊が二人を呼びに来ます。
行きましょう、とすっと立ち上がった主人は庭師へ手を伸ばし、
二人は床の間へ向かっていくのでした。
食卓は戦場です。
特に食べ盛りの主人と運動したあとの庭師の食欲は、それはそれは。
「妖夢、その餃子私のだから、ツバつけといたから」
「別に構いません、いただきますね。あ、幽々子様、
そのハンバーグ私の髪の毛はいってるので私が食べますからね。とっちゃダメですよ」
「それは髪の毛を取れば食べていいってことね。いただきます」
味わう、などということは愚の骨頂と言わんばかりに二人は胃の中へ食べ物を運んでいきます。
料理長の幽霊はそれを見て、こんなに喜んで食べてくれるなんてで作った方も喜ばしいなあ
と未練を捨て去って昇天してしまいそうなほどの食べっぷりです。
料理長は少しズレています。
「幽々子様、意地汚いですよ。お嬢様なんだからもっと節操をもって……」
「妖夢こそ従者なんだから主人に譲りなさいな。はしたない」
二人はなんとなしに会話しているように見えますが、
実際は物を食みながら話しているのでとても汚らしいです。
「最後の生春巻きいただきっ」
「あー幽々子様それ私が最後にとっておいたやつですよー」
「もう私のものよ。最後だからなにか味を変えて…… 海老とか入ってるしマヨネーズとかいいわね」
うにゅうとふんだんにマヨネーズをぶちまけてお下品にかぶりつきます。
食事というものはお下品な食べ方ほど楽しめるものです。
「もう! 楽しみにしてたのに! 幽々子様ったら」
「妖夢、怒っちゃダメよ。そんなに顔真っ赤にしてぷりぷりしてちゃあマヨネーズかけて食べちゃうわよ」
主人は言ってから自分の台詞にはっとします。
そうかその手があったと言わんばかりの表情です。
「……どうしました」
最後にとっておいたものを取られて
少しご機嫌ななめの従者はぷりぷりとそっけない物言いです。
「なんでもないわ」
主人はごちそうさまと呟いたかと思うと、そそくさと立ち去ってしまいます。
今日は食後のピロートークはなしか、と庭師は自分と主人のお茶碗をお勝手に持っていきます。
元来の意味のピロートークの意味ではありませんが、なんとなく意味は伝わるでしょう。
白玉楼は冥界に建っています。
冥界に在るということは、そこにいる者たちは既に事切れているという事です。
もっとも、半分しか死んでいない者もおりますが基本は変わりません。
死者は無変化です。
進化しないという意味ではありませんが、基本的には変わりません。
冥界は、変わらない日常が繰り返し繰り返し行われています。
なので今日も、二人の日常は変わりません。
「幽々子様、こいつはどうしましょう」
「そうねえ、この前は猫ちゃんにしたからそれは熊ちゃんにしましょう」
あいも変わらず庭師は行動で応答します。
しばらくすると、庭師は熊を作り出し再び主人の隣に座るのです。
「うまかったわ妖夢、はい麦茶」
「ありがとうございます」
肌寒い冥界ですが体を動かすとなると汗をかきます。
庭師は半分だけですが、その機能はあるのです。
「汗が垂れているわ、拭ってあげる」
「すみません、でも自分でも出来ますから」
庭師の言葉を遮るように、柔らかい布で額の汗を拭います。
なすがままに主人に拭かれる庭師の表情はどこか心地よさそうです。
「ひょういえば今朝でふね」
「どうしたの?」
顔を拭かれているので喋りづらそうです。
「今朝起きたら顔がベタベタしたんです」
「あら、うなされたのかしら」
「いえ、そういうものではなく、なんか、油みたいにぬるぬるべたべたと」
不思議な事もあるものねえ、と主人は聞き流します。
きっと、もうすぐおやつの時間なのでその事を考えているのでしょう。
そしてやっぱり決まった時間に給仕の幽霊がおやつの時間だと知らせに来ます。
行きましょう。
庭師の頭をぽんと柔らかく叩いて、また、床の間へ向かいます。
おやつの時間は休戦です。
なぜならひとりひとりの分が決まっているからです。
給仕の幽霊が何にしましょうかと二人に問いかけます。
「私、きなこ」
「私はあんこでおねがいします」
主人の前にはきなこのお団子が、
庭師の前にはあんこのお団子が置かれます。
ごくりとつばを飲み込んだのは二人共同時だったでしょう。
ゆっくりゆっくりと、二人は甘味を堪能していきます。
「美味しい」
「ええ、あんこのもおひとつ食べてみますか」
「そうね、交換しましょう」
食事の時とはうって変わって仲良く半分こ。
にこにこお団子を頬張ります。
「もちもちでおいしいですね」
庭師は嬉々としてお団子を味わっています。
頭の周りに音符マークが浮かんでいるのは気のせいではないでしょう。
「うん、そうね」
主人もお団子を楽しんでいますが、少しだけ物憂いな表情です。
「どうしたのですか」
主人は、既視感に襲われていました。
このお団子の感触、ついさっき味わったような気がします。
「幽々子様?」
「なんでもないわ妖夢…………妖夢。妖夢だったのね」
「? はい、私ですが……」
またも自分の台詞にはっとして、今度は興奮しています。
庭師は何が主人を楽しくさせているのかわかりませんでしたが、
主人が嬉しそうなので何も言いませんでした。
今は、お団子も味わいたいですからね。
ちょきんちょきんと冥界に鋏の音が鳴り響きます。
本日のリクエストは狐ちゃんだったようです。
仕事を終えた庭師は、主人の隣に座りお茶をもらうのもいつも通りです。
「幽々子様」
「なあに」
こぽぽぽぽと音を立てて涼し気なグラスにお茶が注がれます。
主人は庭師の方へ少しグラスを寄せ、顔をあわせてニッコリと微笑みます。
「お茶ありがとうございます」
「それで?」
「今朝、目覚めたら……」
「うん」
「顔がきなこまみれだったのです。主にほっぺの辺りが」
「不思議な事もあるものねえ」
「何か、知りませんか」
庭師は疑っていました。
昨日の油、今日のきなこ。
なぜか食事の内容が想起されます。
「幽々子様、いくら私がぷりぷり怒っていたからってマヨネーズを掛けても美味しくなりません」
「……」
「私のほっぺがいくらお団子みたいにもちもちしてるからってきなこをかけても美味しくないです」
「……美味しかったもん」
「え? 今なんて……」
給仕の幽霊の登場です。
二人の会話は途切れてしまいます。
主人はほおっと息を吐くとまた、行きましょう、といって庭師のほっぺををなでるのでした。
夜です。
幽霊といえど夜は睡眠を取ります。
庭師も例に漏れず今頃寝息を立てているのでしょう。
「……綺麗」
庭には様々の形の木々が月に照らされています。
剪定したのはもちろん庭師。
主人が大好きな庭師です。
「今日のご飯は何だったかしら」
主人は献立を思い出します。
ご飯に焼き魚、おいもの煮付けにおひたし。
主人の好きな和食でした。
しかし、主人の表情は思わしくありません。
「ぜんぜん参考にならないわ。妖夢はもっと柔らかいもの」
頭を巡らせます。
今日はあと、何を食べたかを。
「おやつ、マシュマロだったわね」
何かを思いついたようです。
庭では鹿おどしがかこんと音を立てました。
そばには大きいねこちゃんが目を見開いています。
「マシュマロをチンすると美味しいって言うわね。
紫に取り寄せてもらいましょう」
翌日から、この屋敷に庭師の姿は見えませんでした。
でも、主人はちっとも悲しそうではありませんでした。
だって、愛する庭師とずっといっしょに居られると確信していたからです。
「うまかったわ妖夢。これで貴方は私の形」
お食事とおやつと妖夢 終わり
幽々子様こえぇ…