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「私と契約して、吸血鬼少女になってよ!」
扉を開けた瞬間そう言いながら飛びついてきたレミリアを、私は反射的にグリモアで捌く。
半ば突撃のような勢いで突っ込んできた赤い光線は勢いそのままで家の内壁を突き破り、外壁に穴をあけて森へと突っ込んだ。
轟音と共に舞い散る煙と家の残骸、そしてかすかに聞こえるレミリアの断末魔の叫び。
また人形に任せて補修作業をするのかと思うと溜息が止まらない、面倒くさい。
別に手間では無いが、そもそも補修作業は古くなった家にするものだと思う、こう週に何度もするものでは無い。
まあ、私の毎日にレミリアはこうして無理やり捻じ込まれて来る訳で
レミリアがど派手に突っ込んで、また弾かれた跡を点々と辿っていくと大木を二本ほどぶち抜いたレミリアが刺さっていた。
なんというか、その、情けない。
木にめり込んで尻をこちらに向けたままピクリとも動かない姿を見ると何とも言えない。
カリスマ()だとか誇り高い()吸血鬼()だとか苦笑物だと思う、なんかレミリアの足が暴れはじめたけど私は知らない。
「自分で何とかしなさいよそれぐらい」
じたばた
「完全に自業自得よね」
・・・
「まあ、そんなんで誇り高い()とか…ねえ」
じたばたじたばたじたばた
「あ、そんなに暴れてると見えるわよ」
!?
やばい、これ面白い。こっちの言葉に一々反応してピクッてなったり。
しかし木に埋まってながらもこちらの言葉が聞こえるとはまさにデビルイヤだー、利用してやれ。
そうやって家をぶち抜かれた憂さをここで晴らそうと私が画策したその時ミリミリと嫌な音が、主に木をわしっと掴んだレミリアの腕の先から。
あ、吸血鬼の力を忘れてた。そう思う間もなくみしみしと悲鳴が大きくなっていき。
「WRYYYYYYYYYY!」
そのまま、みりみりみしっと重い断裂音の後に木が裂けた、縦に。
あまりの無茶苦茶さに思わず冷や汗が出る、もう一度言うが無茶苦茶だ。
その時私の脳裏に居たのは実に良い笑顔で桃の中から自ら飛び出る桃太郎だったとは言ってはいけないのだと思う、なんで出てきたお前。
「ふぅ…いきなり弾き飛ばしてくれるとは、いい度胸ね」
へし割った木を割り箸の如く投げ捨て、乱れた髪を仕草だけは優雅にかきあげたレミリアはこちらに向かって微笑んでくる。
その前後の事情を知らなければ非常に良い絵面だったであろうその微笑も、たった今突進して来たり弾かれたりへし折ったりを見た後では台無しだ。
「いや、そりゃあのスピードで突撃かまされたら弾くわよ」
「反射であれを弾けるのも凄い事だけどね」
「何でどや顔なのよ…あんた、私を殺す気?」
「半死半生にしてその隙に眷属にするという案があるわ」
本日の二度目の冷や汗がたらり、私は危うく昼の世界を卒業かもしれなかったらしい、そんなのはごめんだ。
あ、またいい笑顔でレミリアが微笑んだ。馬鹿だ。
なんでかレミリアは私を吸血鬼の眷属にしようとするのです
取り敢えず、レミリアをまた大きな穴がぶち抜かれた私の家にあげる事にする。
本当なら今すぐ帰れだの言って元の紅魔館に戻らせたい、棺桶で眠っておけと言いたい。
だがお帰りしてもらおうとしてもなんだかんだ言って結局は家に上がり込まれてしまう経験上、仕方ないのだ。
だって相手は吸血鬼だし、貧弱体力の魔法使いが勝てるとは到底思えない。
しかしレミリアと言えば本当に無理やりにでも我が家に乗り込んで来るのだ、いっそ清々しい。
「もうじきパチェに雨が降るって言われてたのを忘れてたから雨宿りさせなさい」とか前に満面の笑みで言われた時はどうしようかと思った。
まさかでは無く狙ったのか、狙いおったのか。
私の許可が下りたとみるやそのままわが家も同然と言った表情でリビングへと向かうレミリアを見ていると非常に自分が情けなくなってくる。
ああ、追いかえしたい、もしくは迎えに来てもらってでも連行させたい。
だが、しかしレミリアは吸血鬼、夜の頂点に立つ魔族。
その戦闘力は向こうが本気を出さなくても余裕で負けるだろう程だし、迎えは何故か来ないし。
もしかして私は子守を任されたのだろうかと、度々そう思う。
「何で私があんたの面倒を見なくちゃならないのよ、本当に」
「あの連中に主を任されるほど信頼されてるのよ」
いや、押し付けられただけだろ、気付いていなかったら大したものだと思う。
でもレミリアだしなぁ…本当に気が付いていなくてもおかしくない。
溜息を吐きながら戸棚を開けて茶葉を取り出す、今日はアールグレイが良いだろう。
人形の取り出すティーカップやらポッドやらを受け取って普通に紅茶を作る、あくまで普通に。
本来、紅茶を霊夢とか魔理沙とかに振る舞う時は人形に淹れさせているのだ。
別に私が淹れられないと言う事は全くないが、そちらの方が私は指を動かすだけで済む。
全自動の機械を持っていながら手動の作業をする者は居ない、居るとしたら「非効率的」なんてものを心底信奉している輩だろう。
まあ人形を使う事と手作業とでは効率も非効率もあったものではないが、いつも行っている事を否定されるとやはり癪に障る。
そして、どうして私がその癪に障る事をしなければならないのかと言うとその理由と言えばレミリアにあって、それが更に癪に障る。
仕方ないだろう、「アリス手ずから淹れた紅茶を飲みたいわ」なんて爪を出しながら言われたら。
脅迫と言うものをよく分かっている、される方としたら堪ったものではないけれども。
全くむかつく事に、私にはレミリアに対抗しうる手段も、方法も知らないので
一式が揃ったお盆を持ってレミリアが待っているリビングに赴くと、堂々たる佇まいのレミリアがこちらを見て悠然と笑った。
普通に見る分には自信満々に見えるし、レミリアの佇まいには貫録も十分にあるのだ。
だがいかんせん家に穴開けられて乗り込まれた末に使用人みたいな真似させてそんな顔をされたらグランギニョルを叩き込みたくなる衝動に駆られる。
落ち着きなさいアリス、あなたは冷静な子、都会派魔法使いは決して動じない。
「アリス、紅茶はまだかしら」
「スコーンをジャムとバター抜きにするわよ」
「ごめんなさい」
しまった、大人げない対応をしてしまった。
そして先程までの態度が嘘の様に机に頭を付けないでくれないだろうか、こちらがどうすればいいか分からない。
ことん、と紅茶の入ったティーカップをレミリアの前と。私の前に置く。
ふわりとアールグレイの独特の香りが部屋に広がり、レミリアが顔を顰める。
「アールグレイ…センスが無いわね」
「嫌いな物を『センスが無い』で終わらすのは止した方がいいわよ」
「うぐっ」
やっぱり馬鹿なのだと思う、変に意地っ張りと言うかなんというか。
例えて言えば…子供っぽい?自己主張が激しいと言うかなんというか。
スカーレット家当主として昔から甘やかされてきたから成長できなかったのだろうか、どうだろうか。
まあ知る由も無いし正直言ってしまうとどうでもいいのだが。
「ん、このスコーン美味しいわね。アリスの作る物からかしら」
「バターを多めにしたのよ、あんたパサつきが多いと嫌な顔するでしょ」
「なんだかんだ言って私の事を考えているのね」
「ただ目の前でそんなしかめっ面されると美味しい物も美味しくなくなるからよ」
「アリスが冷たいわ」
さめざめと見事な猿芝居で机に突っ伏して泣き真似をするレミリアは取り敢えずおいておくとする、こういうのは付き合うと碌な事が無い。
さっくりと焼き上げられたスコーンは中々会心の出来で、手作りの苺ジャムは美味しい。
これが一人か、もしくはパチェの様な知己のある者と一緒のティータイムならどれほど楽しいのだろうか。
だが何度目を瞬かせても目の前に居るのは事あるごとに「眷属になれ」だの言ってくる子供吸血鬼が一人。
さくさくのスコーンをこいつと一緒に食わなければならない事も相まって逆に虚しくなった。
さて、どうしてこうなったんだろうと考える
そもそも、始まりと言うか原因はなんだったのだろうかと考えるとどう考えてもあの異変だったとしか思えない。
そうそう、宴会が終わらなかったりしたあの異変、そして変な天候になったりした異変。
あの時周辺からレミリアがいやに私の周辺に出現するようになった。
それまでの私から見たレミリアと言うのは高慢で、プライド高くいかにも吸血鬼で、どう考えても分かりあえそうにないと言う印象だった。
咄嗟にレミリアの視線から逃げたのは正解の筈、だってああいうタイプは目を付けられると面倒だって知ってるし。
取り敢えず関わり合いを持たない方がいいと一目見た瞬間直感的に理解した、努力の甲斐なく今は全力で目を付けられているが。
何が悪かったかと言えば、自分の甘さだろう。
あの時紅魔館に行ってしまったのは度重なる戦闘で冷静な判断が出来ていなかったからに違いない。
『まあちょっと聞いてくるだけだから大丈夫だろう』とか『そんないきなり戦闘になる訳無い』だなんて甘いにも程がある、あそこの連中戦闘狂多いのに。
それに、レミリアに「人形が欲しいなー」とか言われた時に断ってやればよかったのだ。
相手はあの吸血鬼にして悪評にも程があるスカーレット家の主。
そんな恐ろしい存在が私の人形を所望した時人形遣いとしての指が疼いてしまったのだ。見た目幼女だから可愛らしいとか、人形遣いの職人魂とかそんなものを無視しなかった自分の甘さが悔やまれる。
結果として何故か見事にレミリアに懐かれてしまったが、まさに自業自得な為誰にもぶつけられず溜息しか出ない。
いや、しかし懐かれる分には全く問題が無いのだと思う、私だって他者に好意をもって接される事に嫌悪感は無い。
しかし、この吸血鬼の場合は話が別だ、全く別物。
事あるごとに「アリスは同族になる気は無いの?」とか聞いて来るし、何が目的なのか全く分からないが。
こっちとしてはまだ吸血鬼にはなりたくないし、でもレミリアはどれだけ跳ねのけてもしつこく詰め寄って来るしで面倒極まりない。
力のある奴は大抵力押しで何とかなってしまう、世の中の不条理だ。
もう一度、心の中で溜息を吐く。
あくまで表面上は平静を装っていなければならない、ましてやレミリアの前で溜息を吐いたら負けな気がする。
スコーンを砲張りながら、妙な顔つきでアールグレイを啜るレミリアを眺める。
全く非の打ちどころのない仕草でティータイムを堪能する様は見ていて何故かいらっときた、なぜだろう。
レミリアがこちらの視線に気が付いて顔をあげる、私はとっさに顔を背けようかと思ったがそれもみっともないのでそのままレミリアを見る。
結果として私と紅い吸血鬼はそのまま見詰め合う事になる、緋色の蛇の目がこちらを見据えて、細まる。
妖艶な目だと、熱に浮かされたように脳がそう考えた。
「ねえ、アリス」
「うん?」
「やっぱり私、アールグレイは苦手よ」
そりゃ分かっているのだが、
レミリアは目を更に細める、口元は月の様に歪んでいる
獰猛な、それでいてそれを微塵も感じさせない獣の様だと囁く声が聞こえる。
「隠し味が欲しいわ」
「アールグレイに隠し味なんて無いと思うけど」
「あるわよ」
そうとだけ言ってレミリアは私の首をなぞる、なんでも無い様なその行為に私の背筋が僅かに震える。
人をいつでも殺められる爪が、しかし私を生かしたままにして捕えている、そんな錯覚を抱く。
血が、欲しいのよ
レミリアの唇がそう囁く
そうすると今度は私の眉が顰められる、血を欲しいと言われて喜ぶ奴は居ない。
でも、ここでこちらが飲まないと結局向こうは勝手に血を頂戴するのだろう、私の意志関係なしに。
だとしたらば、ここで大人しく献上するのが良い、いつだって私はそう諦める。
諦めの感情が私の指に刃を滑らせる
さくりと、刃が皮膚を裂く幻聴が聞こえた
ぽたぽたと、私の指から垂れ落ちた紅い滴はレミリアのティーカップの中に溶けて消えてゆく。
ある程度それが流れ出たら、レミリアが軽くカップ回し。嚥下する。
今度は、まるで味わうかのように少しづつ嚥下されてゆく。
レミリアの白い喉がこくり、こくりと鳴る音がいやに大きく聞こえた。
「美味しいわ、絶品」
「良かったわね」
そう言って、さっきまでの獰猛で獣の様な表情の代わりにレミリアはふわりと笑う。
なんだか妙に色っぽい、気まずい。
目を逸らす様に私も紅茶を一気に嚥下する、優雅では無いが紅茶が冷えてしまうから仕方ない、紅茶が冷えてしまうからだ、あくまでも。
くすくすとレミリアの掠れる様な笑い声が、耳に残った。
ストレートのアールグレイが飲めなうくせに、生意気。
「アリスってこういうのに耐性ないのよねー、ふふ」
「仕方ないじゃない、私だって精神的にはオンナノコよ?」
「いいわねー、うぶで」
そう言うそっちはどうなのよ、とかうっかり言いかけたが咄嗟に飲み込む。いけないわ、こんな下世話な話題はティータイムには似合わない。
それに、多分こいつの事だから耳年増しなだけだと思うがとんでもない発言が出てきたら今度こそ私はティータイム続行を諦めなければならなくなる。
また、レミリアが笑った
「ああ、スコーンって喉が渇くわよね」
「替えの紅茶を持って来るわ」
瞬間、レミリアの瞳がこちらをねめつける
「アリスの血を飲みたいわ、原液の方」
「随分直接的なのね、優雅じゃないわ」
「手に入れたい物は強引にでも、がスカーレット家家訓よ」
「その割に、実力行使に出てこないわね」
「アリスが嫌がるからね」
「なによそれ」
訳が分からない、と肩を竦めると「やれやれ」と言った表情で肩を竦め返される。
物凄くむかつくがここで煽りに乗るような都会派では無い、踏ん張るのよアリス。
それにしても、私はどうしてこんなに我慢しなければならないのだろうか。
折角のお茶会を邪魔されたりしつこく詰め寄られたり、そんなものは要らないと言うのに。
触れない方がいい話題もある、同じように触れない方がいい奴もいる
出来れば、私はこいつとは触れ合いたくなかった。
このまま未来永劫、平行線で居られればどんなに良かったか
▼△▼
帰る時に頬にキスされた
不意打ちだ、唇を取られなかっただけ良しとしようか
▼△▼
そりゃ、最初は下心があったことは認める。
レミリアは紅魔館の主と吸血鬼としてあらゆる妖怪から畏怖と恐れを持って見られていたし、有力者の一角である事は疑う余地も無い。
そんなレミリアに取り入ろうと思った下心が無いとは言えないし、だからレミリアの要望通りに人形を作って持っていった訳で。
その頼まれた人形が等身大モケーレムベンベの人形だったとか、搬入しに行ったら「ふぅん、良い出来ね」だけで多少ショックを受けたとか。
そんな事は良いのだ、そんな事は。
「ん、遅かったわね」
「…なんであんたが、私の家の中で寛いでんのよ」
「そりゃアリスの家は私の家と同じだからね」
だって、まさかそこから家に帰ってきたら平然と居座られている関係になるなんて想像出来る方がおかしいのだ、私悪くない。
完全に寛ぎモードのレミリアは紅茶を優雅に飲みつつクッキーを貪ってるし、お前は何様なのだ、「吸血鬼よ」なんて返答が返って来そうだが。
まあ、クッキーとかは大方人形が作ったものだろう、自動操縦モードにするんじゃ無かったと後悔した。
「いつまでそこで突っ立ってるつもりかしら」
「あんたのあまりの傍若無人さに呆れかえっているのよ」
「そりゃ失礼」
空から都快活な笑い声がする、一々むかつく。
どうしてこいつはこう、自分の成す事が全部正しいと思えるのだろうか。「吸血鬼だからよ」で済まされそうだが、万能な答えだ。
まあ、怒っていてもクールじゃないのでさっさとレミリアの対面に座る。
「ここに座りなさい」だなんて二人掛けのソファに座っていたレミリアがぼふぼふ横を叩いていたが無視した。
「アリスって時々平然とそういう事するわよね」
「押し入りと泥棒には容赦ないのよ、悪い?」
「いいや?」
そう首を横に振るとレミリアはにやりと笑って。
「アリスのそう言うとこ、ゾクゾクするわよ」
貴目顔で実に変態な事を言われた、若干引いた。
「まさか椅子ごと引かれるとは思わなかったわ」
「ごめんね、尋常じゃない程鳥肌が立ったわ」
「毒舌なアリスも素敵よ」
こいつはどMだ、救いようがない。
まあ救う気も更々ないけど。
「それで」
「うん?」
「あんたはなんでここに居るのかしら」
暫く経った、紅茶三杯分ぐらい
因みに紅茶は相変わらず人形に淹れさせてもらえなかった、最初は人形が淹れたのを飲んだくせに。
そう言いかえすと「一杯目は紅茶じゃないわ、アリスが淹れたのが良いのよ」だなんて言われる、解せぬ。
レミリアは外を指さす、窓からはしとしとと空から水滴が滴る景色が見えた。
「そりゃ、外が雨だからよ」
やれやれ、そんな事も分からないのか
肩を竦めるレミリアからはそんな吹き出しが容易に想像出来て思わず角砂糖を掴んでぶつけたい衝動に駆られる。
「いや、曇天で雨が降る事ぐらい分かるでしょうに」
「ああ、外出すると言ったらパチェには呆れられた」
「咲夜には止められなかったの?」
「『どうせアリスの所に行かれるんでしょう?』だってさ。あ、これ咲夜からのお土産のティーカップ」
「ふぅん…流石咲夜ね、良い物を選ぶわ…じゃなくて」
止めないのかあのメイドは、有能なのか無能なのかただの放任主義なのか分からない。
そもそも主に対して放任主義と言うのもおかしい気はするが「咲夜だからな」で納得してしまいそうで怖い。
「美鈴は?」
「『アリスさんのクッキー美味しいのでこっそり持ってきてください』とだけ」
「段々誰がおかしいのか分からなくなってきたわ」
「無論美鈴にクッキーを渡す気は無いわ」
「まあ、主だからね。舐められたらいけないし」
「アリスのクッキーは私の物だ」
「え、そっち?」
「目の前で美味しそうに食べてやろうと思っている」
「どSにも程があるわね」
「反省はしていない」
「ちっとは反省しなさいよ」
紅茶をもう一杯頼む、どうにもレミリアの相手をしていると喉が渇く。
「アリス、こっちにも頼む」
「全く世話が焼けるわ」
「血液入りでね」
「はいはい」
段々レミリアの紅茶に血を溶かすのも流れ作業になって来た、こういうのは一々気にして居たら負けだと思っている。
レミリアは若干納得いかない様子で眉間に皺をよよせていたが知らぬ、一々要求にこたえるのも限度がある。
「アリスは可愛げがないわね」
「私に可愛げなんて求められても困るんだけど」
「そんな態度だから燃えるのよ」
「眷属にしてやるって?」
今日は一度も言って来てないけれど、相も変わらずレミリアは会う度会う度に「私の眷属になれ」だのしつこく言ってくる。
まあ、それは別に無視すればいいのだがこいつは時々実力行使に出て来るから全く気が休まらない。
この前なんてふと目覚めるとレミリアが私を押さえつけているし、あの時は流石に本気モードでスペカ宣言してしまった。
その時の言い訳曰く「別に少し血を頂いても吸血鬼化はしないわよ」だそうだが、それでも心臓に悪い。
あいも変わらずレミリアは優雅に微笑んでるし、これで言動が普通だったらまだ惚れがいがあると思うに本当に残念だ。
「当然、アリスが靡く日を待っているよ」
「私としては早く諦めてくれないか待ってるんだけど」
「吸血鬼は諦めが悪い、欲しい物は何が何でも手に入れる」
「諦めの悪さについては完全同意ね、ここ数年付きまとわれてるし」
「付きまとわれるなんてスマートじゃないわね、勧誘よ」
同じ事だと思うけどね、そんな言葉は多分レミリアには聞き入れないのだろう。
意味の無い言葉をかけるよりも、私は紅茶を楽しむ方が遥かに有意義だと判断した。
どうせ相手はこいつ一人なのだから気にかける事も無いだろうに。
「あら、不満そうな顔」
「誰の所為だと思ってるのよ」
「そりゃ、私でしょ」
「分かってるなら止めなさいよ」
「分かっているからやるんだろうに」
「たちが悪いわね、知ってたけど」
「悪魔なんてそんなもんよ」
ああ、早く帰らないだろうかこいつは。雨が止んでくれればさっさと追い返す口実が出来るのに。
いつにもまして忌々しく見える雨をいくら睨みつけても止む筈もなく、それどころかその勢いを増してきたようにすら感じた。
また、淹れた紅茶の湯気が消えるぐらいの時間が経った
レミリアは暇を持て余した様子で次第に人形を捕まえてはしげしげと観察しだす。
乱暴な事をしたら即刻叩きだそうかと思ったがその手つきはまるで壊れ物を扱う様で不備も無く、また追い出す口実を失った事が悲しみを誘う。
「しかし相変らずいい仕事をするわね、マエストロ」
「職人たるもの如何なる場合も手を抜かないのよ」
「そりゃ結構、うちの連中にも見習ってもらいたいものね」
「あら、あんたの所なんてそういう気質の奴ばっかりだと思ってたけど」
そうとも簡単にいったら悪魔の館じゃないさとレミリアは眉に皺を寄せる、その理屈は分からないが一筋縄にはいかないのだろう。
レミリアを筆頭として、咲夜、美鈴、パチュリーに小悪魔、そしてフラン。
「そういえばフランはどうしてたの、元気?」
「ああ、特に問題も無い」
中々好調だよ、そう言いながら人形を弄るレミリアは、どんな表情をしているのだろうか。
きっと好調な表情じゃないと思うと少し紅茶が美味しく感じた。
私が半ば強制的にフランとの邂逅を果たしたのは、レミリアが家に突撃してくるようになってから半年程たってからだろうか。
何のことは無く、その日いい加減レミリアの傍若無人さに怒った私は人形に命じて「吸血鬼っぽい奴が来たら縛ってとっ捕まえなさい」と言ったのだ。
まあ、その日だけは何故かレミリアの代わりに来たのがフランだった訳で、結果として私の前には縛り上げられて目を白黒させたフランが出て来た訳だ。
なぜ来たのかは知らないが、隕石を砕いただの発狂モード云々だの数々の“伝説”を知っている私は一瞬死を覚悟する。
しかし突如として意図せずおったてられた死亡フラグ、ここは都会派らしく冷静に対応して回避しようとしたわけで。
まあ話を聞いてみたり宥めてみたり、相談に乗ってみたり人形を弄らせてみたりお菓子を一緒に作ってみたり。
慌てた咲夜が家の壁をぶち抜いてフランを回収に来るまでそれは続いた、どうあっても紅魔館に関わると壁が犠牲になるらしい。
まあ、それからちょくちょくフランは私の家にきて色々とするようになった、時々一緒にお菓子と食べる時間はレミリアのそれよりはるかに有意義だと思う。
有意義だ、有意義だが時々フランからやっぱり血液を要求されたり髪の毛を要求されたりやっている事がレミリアと被る。
やはり吸血鬼と言う種族はこう言うものだろうかと思うとどうにもやりきれない。
そう言えば最近は“アリス”呼びだったフランが“アリスお姉さま”になってきたりで、スキンシップも過剰になって来た気がする
あの時死亡フラグは回避できたが結果として別のフラグが建ってしまったのではないか、私は時々頭が痛くなる。
「なによ、私より説明が多いじゃない」
「説明って何よ」
「おのれ我が妹の癖に」
「なんで私がフランの事思い出してたことが分かったのよ」
「これが運命」
「それ運命じゃないわよね、絶対」
「細かい事を気にするのはレディじゃないわよ」
壁を突き破るのはレディの嗜みなのか、そして全然細かい事じゃないのだがそれはとかの疑問を飲み込む、最近は胃もたれ気味だ。
しかし目の前の可愛げのかけらも無いレミリアと、時々膝枕を要求してくるフランが姉妹なんて信じられない、私ならフランを取る。
こちらの思考をまた読んだかのようにレミリアがソファの背もたれにぼふっと倒れ込んだ、羽がパタパタと忙しなさげに揺らめく。
「フランの事に関しては礼を言うわ」
「まあフランの性格矯正とかは考えてないんだけどね」
「フランが言ってたわよ、『アリスも吸血鬼になればいいよ』って」
「やっぱり思考の根底は同じなのね」
それでもフランのお願いなら、と思っているあたり相当ほだされているのだと思う。
レミリアがまたぷぅっと膨れた。
「でもアリスなら相当優秀な吸血鬼になれると思うのよね」
「へえ、そんなの分かるの?」
「私の運命が」
「それ騙すときの常套手段よね」
脳内に何故か『僕と契約して魔法少女になってよ!』と言っている白色の四足動物が現れる。冒頭の台詞がこんな所で出てきたか。
「私は吸血鬼になるつもりなんて更々無いわ」
「なんでよ」
「だって不便だし」
「昼間は動けないけど夜はそりゃ自由気儘よ」
「魔法使いだし」
「種族:吸血鬼で職業:魔法使いなんてざらよ」
「魔力検知とか、研究とかできなくなるかも」
「吸血鬼の感覚神経舐めないでほしいわ、研究ならパチェの図書館があるじゃない」
「人里で人形劇とか」
「傘差せば十分できるじゃない、何なら咲夜に手伝わせる?」
「霊夢に退治されるかも」
「あの怠惰巫女が動くかしらね」
ないかとか思ったが、それではレミリアの思うが儘、癪だ。
第一魔女になれば眠らなくてもよくなるし消耗しにくくなる、まあ魔女は体が虚弱だが。
吸血鬼になる欠点は特に見つからないが、利点も無い、私は意志として魔法使いで居たいのだ。
「それに、根本的な問題としてあんたは誰も吸血鬼に出来ないじゃない」
「なんでよ」
「吸血鬼にしようとして血が飲みきれずに、付いたあだ名がスカーレットでしょ?」
「あー…確かにそれはね」
つまり、今のままではレミリアがどれほど望もうと私は吸血鬼に出来ない訳で、そう考えつくと随分ガクッと来るものがある。
「それ以外に一つ、方法があるのよ」
「うん?じゃあその方法で増やせばいいじゃない、わざわざ飲みきる事に頼らずに」
「まー、あることはるんだけどね…」
なぜか言いよどむ、何故かはわからない。
そんな事より私は人形の手入れに忙しい、どうやらこの間の弾幕ごっこで損傷が出たらしい。
「勿論アリスの許可は取るけど…まだ早すぎるわ、そんな」
なんかもじもじしている気配がするが、私としてはレミリアよりも人形の手入れの方が重要だ。
一つの故障がいずれは決定的なミスにつながりかねない、本気は出さないが人事は尽くすのだ。
「ちょっと。聞いてるの?」
「今人形の手入れに忙しいの、待ってなさい」
「酷いわね」
「私にとってはこっちの方が重要なのよ」
「人形と私、どっちが大事なのよ」
「勿論人形よ」
「冷たいわね」
「いつもの事でしょう」
▼△▼
「ってなことがあった訳よ」
「ふぅん、お姉さまってばそんな事を言ってたんだ」
「そうそう、あとは『紅魔館に来ないか』だって」
「気にくわないわね、お姉さまの癖に」
「お姉さまにどんなことを言われたのか聞きたい」なんて言われたから答えたらフランは獰猛に笑うのだ。
そう言って犬歯を剥き出しにしながら笑うフランを見ていると、果たして私の目の前にいるのが童女では無く吸血鬼なのだと言う事が良く分かる。
外見や仕草は可愛らしいけれど、その中には紛れも無く王者としての力が備わっている。
まあ、今日はレミリアがはしゃぎすぎて体がだるいとか言ったらしくそこを狙ったフランが家にやって来た。
レミリアと違って礼儀を知っているし可愛げがあるので私としてはレミリアより嬉しい。
一緒にソファに座ろうよ、なんて頼みもフランならなぜか聞いてしまうあたり駄目かもしれない。
「でもアリスお姉さまが紅魔館に来るのは賛成ね、いつだって会えるし」
「私は研究があるのよ」
「いいじゃん、紅魔館にだって研究できるところは幾らでもあるよ?」
そう言いながら擦り寄って来るフランの頭を撫でるとふわふわと手入れされた金髪が気持ちいい。
丁寧に撫でるとフランが気持ちよさそうに目を細めた、まるで猫の様ね。
「なんでレミリアはあなたを閉じ込めたのかしらね」
「うーん…邪魔だから?」
「邪魔ってことは無いでしょうに」
「だってお姉さまってば横暴なのよ?」
「まあ、否定はしないけどね」
だからさ、不意にフランがこちらを見る
甘える様な瞳がちろちろと、誘惑するようにこちらを舐め回す。
「アリス、お姉さまじゃなくて私がアリスを同族にしてあげるよ」
「私は魔法使いに固執しているのよ」
「でもお姉さまは横暴だからきっといつかアリスはお姉さまに吸血鬼にされちゃうよ?」
「その時は霊夢に頼むわ」
「でもさー…」
「それに、あなたって人の血液残さず飲めるのかしら。ケーキや紅茶でしか見たこと無いんでしょう?」
「ううん、違うの」
ふるふるとフランは頭を振る、やっぱりこういう仕草は子供らしい。
「もう一つあるんだよ」
「もう一つ?」
「うん、でもこれは特別な時しか使っちゃ駄目なの」
「危険なのかしら?」
「違うよ」
突如として、力強い力で私はソファに押し倒された。
押し倒したのは勿論フランしか居ない筈なのに、私にはどうしてもフラン以外のナニカが私を押し倒したように感じる。
それは外見とのギャップなのかもしれない、あまりにも幼すぎる外見があまりにも強い力を行使すると、その力がまるで一個体のように感じるからなのだろうか。
「血をね、与えるの」
優しく、耳元で甘く囁かれる
こんな子供なのに、閉じ込められていたのに、こんな甘い蕩けた声で誘惑できるのか
吸血鬼とはそう言う生き物なのかなんてぼうっと霞んだ頭が言った。
「血を?」
「そう、吸血鬼の血を与えるのよ」
「それだけ?」
「それだけ」
「でも、フランはそれをしないわ」
「なんで?私はアリスを押し倒しているのよ?」
「フランは優しいから」
その言葉に目をぱちくりさせたフランは、急に立ち上がる。
私を押さえつけていたナニカがふっと消えた。
「あーあ、折角アリスお姉さまを私の吸血鬼にしようとしてたのに」
「できたんでしょ?」
「興がそがれたのよ、お姉さま風に言うと」
何だかよく分からないけれど、良く分からないうちに私はどうやら吸血鬼になる事を免れたらしい。
「クッキー作ろうよ」と袖を引っ張るフランに急かされて、そう言えばクッキーも良いかもしれないと思い立った。
「アリス」
「ん?」
「お姉さまに吸血鬼にされちゃ駄目だよ?」
「私は生涯魔法使いよ、何度も言うけど」
「なら、いい」
少し背を向けたフランは寂しそうで
その言葉の意味は、今になっても分からない。
▼△▼
別れ際に、手の甲に接吻を落とされた
やっぱりあの姉妹は似ていると思う
▼△▼
そろそろ限界が来たと思った。
現在は初夏、太陽はさんさんと輝きレミリアの顔が鬱々しさを増してくるこの頃。
「いやねー、太陽は良いんだけどこう暑苦しくなってくると嫌だわ」とか言っている今がチャンスだ。
事の発端と言えば、フランが館を抜け出してお忍びで来るのと、レミリアが来襲してくるのが被ってしまった事にある。
飛び交う視線、ぶつかり弾ける閃光、膨大な量の弾幕、半壊どころの騒ぎでは無い我が家。
結論として我が家が負った被害は全棟壊滅、インテリアやカップ類はほぼ全て破損、そしてなにより大量の人形が痛手を負った。
それから先の事は詳しく書かないが、取り敢えずレミリアは今後葱に対して甚大では無い程のトラウマを負った、フランはすぐ謝ったから許した。
家についてはレミリアが紅魔館の一室を貸し出すと言いだしたが無論却下して博麗神社に泊まる事にした。
「アリスの手料理を食べさせなさい」が霊夢の条件らしい、容易いものだ。
それからレミリアが神社に侵入したり襲撃を仕掛けたりで霊夢に守ってもらったりで色々あって早三カ月、そろそろ世話になるのも限界だ。
「別にこのまま永住しても良いのに」とか言われたがそう言う問題では無い、都会派として誰かに頼り続けてはマーガトロイドの名が廃る。
取り敢えず紅魔館に乗り込み、咲夜かなんかにレミリアについて対策を聞くなり何とかせねばならないといけないのだ。
最終手段としてパチュリーかなんかに相談して対策を聞くなり、少しでも情報を掴んでおきたい。
「あ、アリスだ!」
「誰かと思えばチルノじゃない」
「今日は人形見せてくれるのか?」
「いいえ、今日は巨大な悪の根城に行くのよ」
「おー!」
ついでと言っては何だが菓子袋の飴をあげたら大喜びしていた、レミリアもこれぐらい単純ならいいのだが、いかんせんそうもいかない。
基本、紅魔館には美鈴が居て門番をしている、あれを潜れる侵入者は居ないぞとレミリアは豪語していた。
が、実際の所は弾幕ごっこで惨敗したり寝転がってたりで到底門番の責務を全うしているとは思えない。
初めて紅魔館に来た時アポ無しで来た私を普通にスルーしていた事から不安感がぬぐえない、大丈夫か紅魔館のセキュリティ。
「こんにちは美鈴」
「こんにちはアリスさん!今日も美人ですね」
「お世辞が過ぎるわ美鈴」
「いえいえ」
美鈴はいつ会った時もこんな笑顔だ、暢気と言うかなんというか一種の才能かもしれない。
にこにことこちらに人の良さそうな笑顔を浮かべる姿に到底緊張は見られない、一応実力者の余裕があるのだろうが。
そう言えば、美鈴が今まで門番として仕事をしている所を見た事が無い。
魔理沙が侵入する時もどこか余裕げで、職務を全うする気が無いようだ。
はてさて、何か根拠があるのだろうか、それとも全く実の無い事なのだろうか。
思案しているとくすくすと美鈴が笑い始め、「居るんですよ、そう聞いてくる人が」と話し始める。いやこちらは何も言っていないのだが。
「私って大抵寝てるかぼーっとしてるんで、時々『無警戒過ぎる』とか言われるんです」
「まあ、あんたがまともに侵入者を排除した事なんて聞いたこと無いんだけど」
「う…そう言われると反論できません」
ぽりぽりと、恥ずかしげに頬を掻きながら「でも、侵入者が来た時は反応できますよ?」と美鈴は擁護した。
「そう言う輩は“気”で分かるんですよ、不審なんです」
「成程、じゃあ魔理沙とか霊夢は大丈夫な訳?」
「あの人達は対処ができないと言うか…しかし紅魔館にそれ程の損害は出てませんし」
「パチュリーは大損害だけどね」
「図書館の被害は見ないふりです」
それでいいのだろうか
「いいんですよ」
さて、門は開けてもらったのでそろそろ紅魔館に入る事にする。
無駄話をしているとあっという間に夕暮れになってしまいそうだ、美鈴は話が上手い。
「そろそろ行くわ、世間話は面白かったわよ」
「訪問者の相手をするのも門番の役割ですから」
「門番ね…そういえば、質問」
「はぁ、何でしょうか」
「あんたにとって、レミリアってどんな妖怪なのかしら」
一瞬、美鈴は空を見上げて
「そうですね」
困った様に、それでも誇り高く
「私の大事な、主でしょうか」
笑った。
▼△▼
さて、そういった事もあったが無事紅魔館に入る事が出来たのだが相変らずここは目に悪い。
何と言うかその、何もかもが紅いのでインテリアもへったくれもあったもんじゃ無い。
このインテリアやら内装やらがレミリアの指示であるなら、ネーミングと言いセンスの欠片も無い吸血鬼だと思う。
「それが残念なことにお嬢様の仕業なのよね」
「いきなり出てくるのはやめてくれないかしら」
「客人にサプライズを与えるのもメイドの役目ですわ」
「そのサプライズって時々ナイフだったりする?」
「それは侵入者にくれてやるものよ」
まあ、紅魔館に入った時点で大体こいつに会う事は分かっていたのだが、この空間内は多分咲夜の支配下にあるのだと思う。
空間を引き延ばしたり無茶苦茶にしたりする事が出来るのだ、きっと監視も出来るに違いない、つくづくチートだと思う。
あとは何か、ここの住人は全員心を読む事が出来るのだろうか。
「アリスってほら、考えてる事が簡単にわかるのよ」
「あんまり悟らせないようにしているのだけど」
「逆効果よ、アリスの性格を知っていれば推理は容易いわ」
「でもレミリアはいつもキョトンとしてるけど」
「お嬢様はそう言う事に疎いから」
「つくづく残念な吸血鬼ね」
「妹様の方は私より数倍聡いのにね」
いいのだろうか、遠回しに主を馬鹿にしている気がするのは私だけだろうか。
「言葉の文、よ」
だから心を読むなとあれほど。
しかし咲夜といい美鈴といい、紅魔館の連中は大層魅力的に笑うのだ。
出会って早々あんな対応をしてしまったが実は私と咲夜の中は良好だ…と思う、あくまで私主観であって。
人里であれこれ買い物をしたり人形劇をしたりすると度々咲夜はやって来ては世間話をしたり一緒に買い物をする程度の中だ。
咲夜と話をしていると楽しい、少なくとも酒を飲んだくれている連中と話すより数倍楽しい。理性的で知己がある。
そして彼女には華がある、普段はレミリアに隠れて目立たないように努めているが、一度注視するとはっと息をのむ冷涼な美しさがある。
そんな彼女の微笑たるや女の私でも油断すれば恋に落ちる音が聞こえそうで…なにを言っているのだ私は。
性格はあれだが美人が多いと思う、そして笑顔が似合う連中だ、妬ましい。
そんな事をぶつくさと文句を垂らしたら咲夜は少しばかり苦笑して、「でもねえアリス」と反論する。
「あなたも十分可愛いと思うわよ?」
「どこがよ」
「例えばほら、ふわふわの髪の毛とか」
「―――っ!?」
不意打ちの様に髪の毛を撫でられ、微笑まれる。
これはまずい、耐性を持っていなければイチコロなシチュエーションだ。
まあ私は都会派なのでセーフだった、まだ心臓がバクバク言っているのは気の所為。
「……?どうしたのよ、そんなに頬紅くして」
「咲夜、あんたもしかして無自覚?」
「ん?なにが?」
ああ駄目だこいつ、天然の女たらしだ。
気が付かないうちにハーレム状態を作っているあれだ、外界の小説にあるようなあれ。
畜生無駄にいい笑顔しやがって畜生妬ましい…いけない、キャラがぶれた。
「ああそうそう、この間のティーカップはありがとうね」
「気に入ってもらえたようでなにより、結構厳選したのよ」
「あなたの審議眼は確かだわ、ほんと」
「お嬢様程じゃないわよ」
「ふぅん、こんなインテリアの空間をこしらえるレミリアがねえ」
「うーん…何と言うか、審議眼はあるけど調和性が無い?」
「酷い言い草ね」
「まあお嬢様の全てを受け入れるのもメイドの職務よ」
そう言って、何事も無いかのように笑える咲夜は凄いと思う。私には到底あのじゃじゃ馬吸血鬼は受け入れられない。
美鈴と言い、咲夜と言い、どうしてこいつらは主人に対してこんな事を言えるのだろうか。
美鈴と同じく咲夜にとってのレミリアはどんな存在なのだろうか、激しく気になる。
あんなにだらしなくて、隙さえあればスキンシップを要求してくるセクハラ大魔王の様な吸血鬼を咲夜はどう思っているのだろうか。
「ねえ咲夜、図書館に行く前に質問があるのよ」
「ん?」
「あなたにとってレミリアはどんな存在なのかしら」
「それは勿論」
そうして咲夜は当たり前の様に
「私の、生きている間の主よ」
誇り高く、そう告げた。
▼△▼
「ふんふん、それで」
「ええ、レミリアの対処法を教えて欲しいのよ」
「無理ね」
「やっぱり?」
「傍若無人で天上天下唯我独尊を象徴する様なのに対処法なんて無いわ」
「…はぁ」
と言う訳で私は本来の目的である図書館に辿り着いた。
出会いざまに「私に会いに来た訳じゃないのなら帰りなさい」とか言われてしまったが焼き菓子をあげたら機嫌が直った様でよかったわ。
パチュリーとは度々図書館に行くたびに本を借りたり話をしたりしていたので、対応は大体分かってきたつもり。
それに地霊異変の際に本格的な交流が始まり、水晶を通じての会話をしている事もあって
大体の性格が分かったのは大きな収穫ね。
まあ、最初の頃は「未熟者」だの散々言われてしまったが最近は悪口が彼女なりの屈折した思いやりや忠告なのだと気付いたので楽になった。
所謂クーデレだと思うんですよ、とは小悪魔の弁。
まあ、久々に直接パチュリーと話したかったのもあるし、レミリアの親友であるパチュリーならなんらかの対処法を知っていると思ったのだが甘かったようだ。
「悩む頭にはハーブティーを飲むと良いわ、あなたはまだ未熟者なんだから」
「ありがとう、パチュリー」
「本当よ、全く未熟な頭で考え込むからそうなるのよ」
ことん、とティーポッドから注がれたハーブティーのいい香りが頭の火照りを覚ます。
パチュリーが些か無茶苦茶な事を言っているのはデレだと思う。ああ、パチュリーの優しさが心に染みる。
「レミリアにはパチュリーみたいな思いやりが欲しいわね」
「これは思いやりじゃないわ、魔女の先輩として良い所を見せなければならないの」
口調はクールだが若干頬が紅いのがばればれだ、可愛い。
「そもそも、レミィに気に入られるなんて本当に珍しいのよ?」
「そうなの?」
「レミリアが目移り性なら今頃この館はもっと賑やかになっているでしょうね」
それは確かにそうだ、“気に入ったものは何が何でも手に入れる”と豪語するレミリアにしてはこの館の住人は少ない訳で、つまりそう言う事だろう。
「それにレミィが紅魔館入りを要請するなんて、よっぽど信頼されているのよ」
「へぇ、何でかしらね」
「それは本人のみぞ知る」
「そりゃそうね」
確かにそうだ、レミリアの事をパチュリーが知る訳無いのだ。
ともすれば聞きたいならレミリアに直接聞くしかない訳で…それは憚られる、色々と。
「でもね、なんとなくレミィがそうやって強引にアリスを眷属にしたがるのかが分かる気がするの」
「推測?」
「あくまで推測よ」
くるくると、パチュリーが指を回す
「咲夜と美鈴は、レミリアにとって『僕』、フランは『後ろめたい点』にして『肉親』」
「まあ、フランとはまだまだ確執があるみたいだしね」
「『友人』と呼ばれる関係を、レミィは欲しがっているんじゃないかしら」
「パチュリーはどうなのよ」
「私は…そうね、親友?」
「やっぱり友人じゃない」
「多ければ多い程良いのよ、心を許せる存在なんて」
心を、許せる存在
多分その言葉に、引っかかりと言うか微かな違和感を覚えたのだろうか。
レミィってね、昔からそうなのよ。パチュリーはそこで溜息をつく。
「苦しい境遇なのに無理して、その事を他の人に悟らせないようにするの。吸血鬼のプライドって言ってたわ」
「ああ、確かにレミリアなら言いそうね」
「だから、やっぱりなんでも言える存在ってレミィにとって大事だと思うのよ」
パチュリーはソファにもたれ掛かり、一つ大きく息を吐いて目を瞑った。
レミリアにも過去があって、それは決して平坦なものでは無かったはずよ。
昔のあなたの様に吸血鬼に取り入ろうとする者や、悪魔を滅そうとする敵と戦っていた筈。
夜の王者として、決して背中を見せずに戦い続けた時代が彼女にも有ったのかもしれないわ。
敵と戦いながらフランとの確執や、その内にある狂気についても考え続けたのかもしれない。
唯一ともいえる肉親を殺したくない、でもこのままでは自分が危ないと言う考えに至ってしまったのかもしれない。
悩んだはずね、一人で
ずっとずっと孤独に悩み続け、戦い続けた筈
誇り高い吸血鬼の末裔として
きっと、何度も裏切られたのだろう
きっと、何度も傷ついたのだろう
それでも手を伸ばして、手に入れようとしたものは一体何なんでしょうね
それは仲間じゃないかしら
まあ、これはあくまでも私の推測にすぎないのだけれどもねと、パチュリーは薄く笑う。
眷属にしたいとか、同族になれとか言うのはレミィが怖がっているからじゃないかしら。
自分が心を許した相手に、ずっと同じ夜を歩いてもらいたいって言う彼女なりの甘え方じゃないかしら。
ねえ、だからアリスにお願いがあるの
パチュリー・ノーレッジとしてじゃなくてレミィの一友人として
なんでレミィがあなたを気に入ったかなんて知らないし、それは推測も出来ないわよ。
でも、彼女があなたと仲良くなりたいと思っているのならそうしてあげて
別に吸血鬼にならなくても良いのよ、レミィだって多分本気じゃないんだし
ただ、彼女を受け入れて欲しいのよ
私から言いたい事はそれだけ
そこまで言って、パチュリーは言葉を切った。
小悪魔がいつの間にか淹れた紅茶から湯気が昇っていた。
スコーンのジャムと合いそうなダージリンの香り、センスが良い。
良い香りだ、もしかしたら小悪魔は私よりも紅茶を入れるのが上手いのかもしれない。
そんな事を漠然と考えながら、次の言葉が頭の中で浮かんでは消えていった。
「私は、結構残酷な事をしていたのかもしれないわね」
もしそうだとしたらと、少し胸が痛くなった
「構わないわよ、レミィは立ち直りが早いわ」
「そうだと良いんだけど」
私はあなたよりレミィとの付き合いが長いのよと、普段は陰気な魔女は穏やかに笑った。
確かにそうかもしれない、
レミリアはちょっとやそっとじゃへこたれない
まあ、次来る時は少し丁重にもてなしてやろうか。
紅茶にはミルクを入れても良いかもしれない、角砂糖を入れてあげても良いかもしれない。
そうやって付き合って行ければ、多分それは楽しい事なのだろう。
ありがとうと礼を言って空になったバスケットを抱える。
紅魔館の外に出るともういつの間にか夕日が落ちかけて、もうじき夜が降りてくる。
明日は来るだろうか
あの蝙蝠の羽を羽ばたかせて
いや、来るに違いない
レミリア・スカーレットとはそう言う吸血鬼なのだ
そう思うとなぜだか心が浮き立つような気がした。
○●○
それから数分後の話
ふぅ……我ながらいい仕事をしたわね
ふふ、見なさいアリス。魔女の先輩の手にかかれば厄介な問題もまるっと解決よ!
これで私の評価も鰻登り、もう“陰気な魔女先輩”だなんて思わせないわ。
「小悪魔、いい仕事よ」
「雰囲気作りも悪魔の仕事ですから、主に桃色的に」
しゅばっとよく分からない効果音をたてる小悪魔は無視して小さく勝利のガッツポーズ。
特性ハーブティーに緊張を和らげる無臭アロマ、そして無理やり作り出した精一杯の微笑!最後の方は無理やりだったけど気にしない。
これで次からアリスとの話題作りに事欠かさないに違いない。
なんたって貴重な泥棒じゃない魔法使い成分、そしてさらに貴重な常識人成分のアリスとの繋がりは是非保っておきたい。
なんたって話していると自分のインスピレーションが刺激される、研究もバリバリ進むわ。
それにしても、久しぶりに本気を出したから疲れた、主に精神的に。
消極的笑顔の作り方を実践していても疲れる物は疲れるのだ、今日は小悪魔に頼んでベッドメイクしてもらおう。
「パチェ、おはよう」
「あらレミィ、私は今から寝る所よ」
「おう?珍しいわね、パチェが寝るなんて」
「アリスが来たから疲れたのよ、精神的に」
「えっ!?アリスが来たの?」
アリスの名前が出た瞬間机に身を乗り出すレミィ、分かりやすいわね。
まあアリスとレミィが友人関係になってくれればこっちとしても万々歳、魔女仲間は多い方がいいわ。
「んー…まずいなー…紅魔館について良い印象を持ってもらわないと」
「確かに、いい印象を持ってもらうと来やすくなるわね」
「いや、アリスには将来的に紅魔館に来てもらわなきゃいけないのよ」
「……ん?」
「いや、本当はもう我慢できないから今夜連れてくるつもりなんだけどね。フランの件でフランもアリス狙いだって分かったし迅速に事を行わないと」
何かがおかしい、私とレミィの間で何かがすれ違っている。
「困ったなー、アリスには私の隣の部屋を使わせようと思ってるのに…一回見せたかったわ」
「レミィ、あの、隣の部屋ってどういう事よ」
「ありゃ?パチェって知らなかったっけ」
もしかしたら、額を冷や汗が滲む
「吸血鬼が血を与えると言うのはね、血を吸うのとは決定的に違うのよ」
レミィ、あなたはなんで頬を赤く染めているの?
ねえ何であなたそんなにもじもじしているの?
ネエ ナンデアナタソンナニイキガアライノ?
「吸血鬼が血を与えるって言うのはね?パチェ」
もしかしたら、私はやってはいけない事をやってしまったのかもしれない
決定的で致命的な勘違いをして、それをアリスに吹き込んでしまったのだとしたら。
「吸血鬼にとって伴侶を決めると言う事なのよ」
「逃げてえええええ!アリス今すぐ逃げてえええ!」
ごめんアリス、今すぐ博麗の巫女を呼びなさい
少なくともレミィを歓迎しちゃ駄目、絶対駄目、今更遅すぎるけど
この馬鹿寂しがり屋じゃない、ただの猛獣だったわ
.
「私と契約して、吸血鬼少女になってよ!」
扉を開けた瞬間そう言いながら飛びついてきたレミリアを、私は反射的にグリモアで捌く。
半ば突撃のような勢いで突っ込んできた赤い光線は勢いそのままで家の内壁を突き破り、外壁に穴をあけて森へと突っ込んだ。
轟音と共に舞い散る煙と家の残骸、そしてかすかに聞こえるレミリアの断末魔の叫び。
また人形に任せて補修作業をするのかと思うと溜息が止まらない、面倒くさい。
別に手間では無いが、そもそも補修作業は古くなった家にするものだと思う、こう週に何度もするものでは無い。
まあ、私の毎日にレミリアはこうして無理やり捻じ込まれて来る訳で
レミリアがど派手に突っ込んで、また弾かれた跡を点々と辿っていくと大木を二本ほどぶち抜いたレミリアが刺さっていた。
なんというか、その、情けない。
木にめり込んで尻をこちらに向けたままピクリとも動かない姿を見ると何とも言えない。
カリスマ()だとか誇り高い()吸血鬼()だとか苦笑物だと思う、なんかレミリアの足が暴れはじめたけど私は知らない。
「自分で何とかしなさいよそれぐらい」
じたばた
「完全に自業自得よね」
・・・
「まあ、そんなんで誇り高い()とか…ねえ」
じたばたじたばたじたばた
「あ、そんなに暴れてると見えるわよ」
!?
やばい、これ面白い。こっちの言葉に一々反応してピクッてなったり。
しかし木に埋まってながらもこちらの言葉が聞こえるとはまさにデビルイヤだー、利用してやれ。
そうやって家をぶち抜かれた憂さをここで晴らそうと私が画策したその時ミリミリと嫌な音が、主に木をわしっと掴んだレミリアの腕の先から。
あ、吸血鬼の力を忘れてた。そう思う間もなくみしみしと悲鳴が大きくなっていき。
「WRYYYYYYYYYY!」
そのまま、みりみりみしっと重い断裂音の後に木が裂けた、縦に。
あまりの無茶苦茶さに思わず冷や汗が出る、もう一度言うが無茶苦茶だ。
その時私の脳裏に居たのは実に良い笑顔で桃の中から自ら飛び出る桃太郎だったとは言ってはいけないのだと思う、なんで出てきたお前。
「ふぅ…いきなり弾き飛ばしてくれるとは、いい度胸ね」
へし割った木を割り箸の如く投げ捨て、乱れた髪を仕草だけは優雅にかきあげたレミリアはこちらに向かって微笑んでくる。
その前後の事情を知らなければ非常に良い絵面だったであろうその微笑も、たった今突進して来たり弾かれたりへし折ったりを見た後では台無しだ。
「いや、そりゃあのスピードで突撃かまされたら弾くわよ」
「反射であれを弾けるのも凄い事だけどね」
「何でどや顔なのよ…あんた、私を殺す気?」
「半死半生にしてその隙に眷属にするという案があるわ」
本日の二度目の冷や汗がたらり、私は危うく昼の世界を卒業かもしれなかったらしい、そんなのはごめんだ。
あ、またいい笑顔でレミリアが微笑んだ。馬鹿だ。
なんでかレミリアは私を吸血鬼の眷属にしようとするのです
取り敢えず、レミリアをまた大きな穴がぶち抜かれた私の家にあげる事にする。
本当なら今すぐ帰れだの言って元の紅魔館に戻らせたい、棺桶で眠っておけと言いたい。
だがお帰りしてもらおうとしてもなんだかんだ言って結局は家に上がり込まれてしまう経験上、仕方ないのだ。
だって相手は吸血鬼だし、貧弱体力の魔法使いが勝てるとは到底思えない。
しかしレミリアと言えば本当に無理やりにでも我が家に乗り込んで来るのだ、いっそ清々しい。
「もうじきパチェに雨が降るって言われてたのを忘れてたから雨宿りさせなさい」とか前に満面の笑みで言われた時はどうしようかと思った。
まさかでは無く狙ったのか、狙いおったのか。
私の許可が下りたとみるやそのままわが家も同然と言った表情でリビングへと向かうレミリアを見ていると非常に自分が情けなくなってくる。
ああ、追いかえしたい、もしくは迎えに来てもらってでも連行させたい。
だが、しかしレミリアは吸血鬼、夜の頂点に立つ魔族。
その戦闘力は向こうが本気を出さなくても余裕で負けるだろう程だし、迎えは何故か来ないし。
もしかして私は子守を任されたのだろうかと、度々そう思う。
「何で私があんたの面倒を見なくちゃならないのよ、本当に」
「あの連中に主を任されるほど信頼されてるのよ」
いや、押し付けられただけだろ、気付いていなかったら大したものだと思う。
でもレミリアだしなぁ…本当に気が付いていなくてもおかしくない。
溜息を吐きながら戸棚を開けて茶葉を取り出す、今日はアールグレイが良いだろう。
人形の取り出すティーカップやらポッドやらを受け取って普通に紅茶を作る、あくまで普通に。
本来、紅茶を霊夢とか魔理沙とかに振る舞う時は人形に淹れさせているのだ。
別に私が淹れられないと言う事は全くないが、そちらの方が私は指を動かすだけで済む。
全自動の機械を持っていながら手動の作業をする者は居ない、居るとしたら「非効率的」なんてものを心底信奉している輩だろう。
まあ人形を使う事と手作業とでは効率も非効率もあったものではないが、いつも行っている事を否定されるとやはり癪に障る。
そして、どうして私がその癪に障る事をしなければならないのかと言うとその理由と言えばレミリアにあって、それが更に癪に障る。
仕方ないだろう、「アリス手ずから淹れた紅茶を飲みたいわ」なんて爪を出しながら言われたら。
脅迫と言うものをよく分かっている、される方としたら堪ったものではないけれども。
全くむかつく事に、私にはレミリアに対抗しうる手段も、方法も知らないので
一式が揃ったお盆を持ってレミリアが待っているリビングに赴くと、堂々たる佇まいのレミリアがこちらを見て悠然と笑った。
普通に見る分には自信満々に見えるし、レミリアの佇まいには貫録も十分にあるのだ。
だがいかんせん家に穴開けられて乗り込まれた末に使用人みたいな真似させてそんな顔をされたらグランギニョルを叩き込みたくなる衝動に駆られる。
落ち着きなさいアリス、あなたは冷静な子、都会派魔法使いは決して動じない。
「アリス、紅茶はまだかしら」
「スコーンをジャムとバター抜きにするわよ」
「ごめんなさい」
しまった、大人げない対応をしてしまった。
そして先程までの態度が嘘の様に机に頭を付けないでくれないだろうか、こちらがどうすればいいか分からない。
ことん、と紅茶の入ったティーカップをレミリアの前と。私の前に置く。
ふわりとアールグレイの独特の香りが部屋に広がり、レミリアが顔を顰める。
「アールグレイ…センスが無いわね」
「嫌いな物を『センスが無い』で終わらすのは止した方がいいわよ」
「うぐっ」
やっぱり馬鹿なのだと思う、変に意地っ張りと言うかなんというか。
例えて言えば…子供っぽい?自己主張が激しいと言うかなんというか。
スカーレット家当主として昔から甘やかされてきたから成長できなかったのだろうか、どうだろうか。
まあ知る由も無いし正直言ってしまうとどうでもいいのだが。
「ん、このスコーン美味しいわね。アリスの作る物からかしら」
「バターを多めにしたのよ、あんたパサつきが多いと嫌な顔するでしょ」
「なんだかんだ言って私の事を考えているのね」
「ただ目の前でそんなしかめっ面されると美味しい物も美味しくなくなるからよ」
「アリスが冷たいわ」
さめざめと見事な猿芝居で机に突っ伏して泣き真似をするレミリアは取り敢えずおいておくとする、こういうのは付き合うと碌な事が無い。
さっくりと焼き上げられたスコーンは中々会心の出来で、手作りの苺ジャムは美味しい。
これが一人か、もしくはパチェの様な知己のある者と一緒のティータイムならどれほど楽しいのだろうか。
だが何度目を瞬かせても目の前に居るのは事あるごとに「眷属になれ」だの言ってくる子供吸血鬼が一人。
さくさくのスコーンをこいつと一緒に食わなければならない事も相まって逆に虚しくなった。
さて、どうしてこうなったんだろうと考える
そもそも、始まりと言うか原因はなんだったのだろうかと考えるとどう考えてもあの異変だったとしか思えない。
そうそう、宴会が終わらなかったりしたあの異変、そして変な天候になったりした異変。
あの時周辺からレミリアがいやに私の周辺に出現するようになった。
それまでの私から見たレミリアと言うのは高慢で、プライド高くいかにも吸血鬼で、どう考えても分かりあえそうにないと言う印象だった。
咄嗟にレミリアの視線から逃げたのは正解の筈、だってああいうタイプは目を付けられると面倒だって知ってるし。
取り敢えず関わり合いを持たない方がいいと一目見た瞬間直感的に理解した、努力の甲斐なく今は全力で目を付けられているが。
何が悪かったかと言えば、自分の甘さだろう。
あの時紅魔館に行ってしまったのは度重なる戦闘で冷静な判断が出来ていなかったからに違いない。
『まあちょっと聞いてくるだけだから大丈夫だろう』とか『そんないきなり戦闘になる訳無い』だなんて甘いにも程がある、あそこの連中戦闘狂多いのに。
それに、レミリアに「人形が欲しいなー」とか言われた時に断ってやればよかったのだ。
相手はあの吸血鬼にして悪評にも程があるスカーレット家の主。
そんな恐ろしい存在が私の人形を所望した時人形遣いとしての指が疼いてしまったのだ。見た目幼女だから可愛らしいとか、人形遣いの職人魂とかそんなものを無視しなかった自分の甘さが悔やまれる。
結果として何故か見事にレミリアに懐かれてしまったが、まさに自業自得な為誰にもぶつけられず溜息しか出ない。
いや、しかし懐かれる分には全く問題が無いのだと思う、私だって他者に好意をもって接される事に嫌悪感は無い。
しかし、この吸血鬼の場合は話が別だ、全く別物。
事あるごとに「アリスは同族になる気は無いの?」とか聞いて来るし、何が目的なのか全く分からないが。
こっちとしてはまだ吸血鬼にはなりたくないし、でもレミリアはどれだけ跳ねのけてもしつこく詰め寄って来るしで面倒極まりない。
力のある奴は大抵力押しで何とかなってしまう、世の中の不条理だ。
もう一度、心の中で溜息を吐く。
あくまで表面上は平静を装っていなければならない、ましてやレミリアの前で溜息を吐いたら負けな気がする。
スコーンを砲張りながら、妙な顔つきでアールグレイを啜るレミリアを眺める。
全く非の打ちどころのない仕草でティータイムを堪能する様は見ていて何故かいらっときた、なぜだろう。
レミリアがこちらの視線に気が付いて顔をあげる、私はとっさに顔を背けようかと思ったがそれもみっともないのでそのままレミリアを見る。
結果として私と紅い吸血鬼はそのまま見詰め合う事になる、緋色の蛇の目がこちらを見据えて、細まる。
妖艶な目だと、熱に浮かされたように脳がそう考えた。
「ねえ、アリス」
「うん?」
「やっぱり私、アールグレイは苦手よ」
そりゃ分かっているのだが、
レミリアは目を更に細める、口元は月の様に歪んでいる
獰猛な、それでいてそれを微塵も感じさせない獣の様だと囁く声が聞こえる。
「隠し味が欲しいわ」
「アールグレイに隠し味なんて無いと思うけど」
「あるわよ」
そうとだけ言ってレミリアは私の首をなぞる、なんでも無い様なその行為に私の背筋が僅かに震える。
人をいつでも殺められる爪が、しかし私を生かしたままにして捕えている、そんな錯覚を抱く。
血が、欲しいのよ
レミリアの唇がそう囁く
そうすると今度は私の眉が顰められる、血を欲しいと言われて喜ぶ奴は居ない。
でも、ここでこちらが飲まないと結局向こうは勝手に血を頂戴するのだろう、私の意志関係なしに。
だとしたらば、ここで大人しく献上するのが良い、いつだって私はそう諦める。
諦めの感情が私の指に刃を滑らせる
さくりと、刃が皮膚を裂く幻聴が聞こえた
ぽたぽたと、私の指から垂れ落ちた紅い滴はレミリアのティーカップの中に溶けて消えてゆく。
ある程度それが流れ出たら、レミリアが軽くカップ回し。嚥下する。
今度は、まるで味わうかのように少しづつ嚥下されてゆく。
レミリアの白い喉がこくり、こくりと鳴る音がいやに大きく聞こえた。
「美味しいわ、絶品」
「良かったわね」
そう言って、さっきまでの獰猛で獣の様な表情の代わりにレミリアはふわりと笑う。
なんだか妙に色っぽい、気まずい。
目を逸らす様に私も紅茶を一気に嚥下する、優雅では無いが紅茶が冷えてしまうから仕方ない、紅茶が冷えてしまうからだ、あくまでも。
くすくすとレミリアの掠れる様な笑い声が、耳に残った。
ストレートのアールグレイが飲めなうくせに、生意気。
「アリスってこういうのに耐性ないのよねー、ふふ」
「仕方ないじゃない、私だって精神的にはオンナノコよ?」
「いいわねー、うぶで」
そう言うそっちはどうなのよ、とかうっかり言いかけたが咄嗟に飲み込む。いけないわ、こんな下世話な話題はティータイムには似合わない。
それに、多分こいつの事だから耳年増しなだけだと思うがとんでもない発言が出てきたら今度こそ私はティータイム続行を諦めなければならなくなる。
また、レミリアが笑った
「ああ、スコーンって喉が渇くわよね」
「替えの紅茶を持って来るわ」
瞬間、レミリアの瞳がこちらをねめつける
「アリスの血を飲みたいわ、原液の方」
「随分直接的なのね、優雅じゃないわ」
「手に入れたい物は強引にでも、がスカーレット家家訓よ」
「その割に、実力行使に出てこないわね」
「アリスが嫌がるからね」
「なによそれ」
訳が分からない、と肩を竦めると「やれやれ」と言った表情で肩を竦め返される。
物凄くむかつくがここで煽りに乗るような都会派では無い、踏ん張るのよアリス。
それにしても、私はどうしてこんなに我慢しなければならないのだろうか。
折角のお茶会を邪魔されたりしつこく詰め寄られたり、そんなものは要らないと言うのに。
触れない方がいい話題もある、同じように触れない方がいい奴もいる
出来れば、私はこいつとは触れ合いたくなかった。
このまま未来永劫、平行線で居られればどんなに良かったか
▼△▼
帰る時に頬にキスされた
不意打ちだ、唇を取られなかっただけ良しとしようか
▼△▼
そりゃ、最初は下心があったことは認める。
レミリアは紅魔館の主と吸血鬼としてあらゆる妖怪から畏怖と恐れを持って見られていたし、有力者の一角である事は疑う余地も無い。
そんなレミリアに取り入ろうと思った下心が無いとは言えないし、だからレミリアの要望通りに人形を作って持っていった訳で。
その頼まれた人形が等身大モケーレムベンベの人形だったとか、搬入しに行ったら「ふぅん、良い出来ね」だけで多少ショックを受けたとか。
そんな事は良いのだ、そんな事は。
「ん、遅かったわね」
「…なんであんたが、私の家の中で寛いでんのよ」
「そりゃアリスの家は私の家と同じだからね」
だって、まさかそこから家に帰ってきたら平然と居座られている関係になるなんて想像出来る方がおかしいのだ、私悪くない。
完全に寛ぎモードのレミリアは紅茶を優雅に飲みつつクッキーを貪ってるし、お前は何様なのだ、「吸血鬼よ」なんて返答が返って来そうだが。
まあ、クッキーとかは大方人形が作ったものだろう、自動操縦モードにするんじゃ無かったと後悔した。
「いつまでそこで突っ立ってるつもりかしら」
「あんたのあまりの傍若無人さに呆れかえっているのよ」
「そりゃ失礼」
空から都快活な笑い声がする、一々むかつく。
どうしてこいつはこう、自分の成す事が全部正しいと思えるのだろうか。「吸血鬼だからよ」で済まされそうだが、万能な答えだ。
まあ、怒っていてもクールじゃないのでさっさとレミリアの対面に座る。
「ここに座りなさい」だなんて二人掛けのソファに座っていたレミリアがぼふぼふ横を叩いていたが無視した。
「アリスって時々平然とそういう事するわよね」
「押し入りと泥棒には容赦ないのよ、悪い?」
「いいや?」
そう首を横に振るとレミリアはにやりと笑って。
「アリスのそう言うとこ、ゾクゾクするわよ」
貴目顔で実に変態な事を言われた、若干引いた。
「まさか椅子ごと引かれるとは思わなかったわ」
「ごめんね、尋常じゃない程鳥肌が立ったわ」
「毒舌なアリスも素敵よ」
こいつはどMだ、救いようがない。
まあ救う気も更々ないけど。
「それで」
「うん?」
「あんたはなんでここに居るのかしら」
暫く経った、紅茶三杯分ぐらい
因みに紅茶は相変わらず人形に淹れさせてもらえなかった、最初は人形が淹れたのを飲んだくせに。
そう言いかえすと「一杯目は紅茶じゃないわ、アリスが淹れたのが良いのよ」だなんて言われる、解せぬ。
レミリアは外を指さす、窓からはしとしとと空から水滴が滴る景色が見えた。
「そりゃ、外が雨だからよ」
やれやれ、そんな事も分からないのか
肩を竦めるレミリアからはそんな吹き出しが容易に想像出来て思わず角砂糖を掴んでぶつけたい衝動に駆られる。
「いや、曇天で雨が降る事ぐらい分かるでしょうに」
「ああ、外出すると言ったらパチェには呆れられた」
「咲夜には止められなかったの?」
「『どうせアリスの所に行かれるんでしょう?』だってさ。あ、これ咲夜からのお土産のティーカップ」
「ふぅん…流石咲夜ね、良い物を選ぶわ…じゃなくて」
止めないのかあのメイドは、有能なのか無能なのかただの放任主義なのか分からない。
そもそも主に対して放任主義と言うのもおかしい気はするが「咲夜だからな」で納得してしまいそうで怖い。
「美鈴は?」
「『アリスさんのクッキー美味しいのでこっそり持ってきてください』とだけ」
「段々誰がおかしいのか分からなくなってきたわ」
「無論美鈴にクッキーを渡す気は無いわ」
「まあ、主だからね。舐められたらいけないし」
「アリスのクッキーは私の物だ」
「え、そっち?」
「目の前で美味しそうに食べてやろうと思っている」
「どSにも程があるわね」
「反省はしていない」
「ちっとは反省しなさいよ」
紅茶をもう一杯頼む、どうにもレミリアの相手をしていると喉が渇く。
「アリス、こっちにも頼む」
「全く世話が焼けるわ」
「血液入りでね」
「はいはい」
段々レミリアの紅茶に血を溶かすのも流れ作業になって来た、こういうのは一々気にして居たら負けだと思っている。
レミリアは若干納得いかない様子で眉間に皺をよよせていたが知らぬ、一々要求にこたえるのも限度がある。
「アリスは可愛げがないわね」
「私に可愛げなんて求められても困るんだけど」
「そんな態度だから燃えるのよ」
「眷属にしてやるって?」
今日は一度も言って来てないけれど、相も変わらずレミリアは会う度会う度に「私の眷属になれ」だのしつこく言ってくる。
まあ、それは別に無視すればいいのだがこいつは時々実力行使に出て来るから全く気が休まらない。
この前なんてふと目覚めるとレミリアが私を押さえつけているし、あの時は流石に本気モードでスペカ宣言してしまった。
その時の言い訳曰く「別に少し血を頂いても吸血鬼化はしないわよ」だそうだが、それでも心臓に悪い。
あいも変わらずレミリアは優雅に微笑んでるし、これで言動が普通だったらまだ惚れがいがあると思うに本当に残念だ。
「当然、アリスが靡く日を待っているよ」
「私としては早く諦めてくれないか待ってるんだけど」
「吸血鬼は諦めが悪い、欲しい物は何が何でも手に入れる」
「諦めの悪さについては完全同意ね、ここ数年付きまとわれてるし」
「付きまとわれるなんてスマートじゃないわね、勧誘よ」
同じ事だと思うけどね、そんな言葉は多分レミリアには聞き入れないのだろう。
意味の無い言葉をかけるよりも、私は紅茶を楽しむ方が遥かに有意義だと判断した。
どうせ相手はこいつ一人なのだから気にかける事も無いだろうに。
「あら、不満そうな顔」
「誰の所為だと思ってるのよ」
「そりゃ、私でしょ」
「分かってるなら止めなさいよ」
「分かっているからやるんだろうに」
「たちが悪いわね、知ってたけど」
「悪魔なんてそんなもんよ」
ああ、早く帰らないだろうかこいつは。雨が止んでくれればさっさと追い返す口実が出来るのに。
いつにもまして忌々しく見える雨をいくら睨みつけても止む筈もなく、それどころかその勢いを増してきたようにすら感じた。
また、淹れた紅茶の湯気が消えるぐらいの時間が経った
レミリアは暇を持て余した様子で次第に人形を捕まえてはしげしげと観察しだす。
乱暴な事をしたら即刻叩きだそうかと思ったがその手つきはまるで壊れ物を扱う様で不備も無く、また追い出す口実を失った事が悲しみを誘う。
「しかし相変らずいい仕事をするわね、マエストロ」
「職人たるもの如何なる場合も手を抜かないのよ」
「そりゃ結構、うちの連中にも見習ってもらいたいものね」
「あら、あんたの所なんてそういう気質の奴ばっかりだと思ってたけど」
そうとも簡単にいったら悪魔の館じゃないさとレミリアは眉に皺を寄せる、その理屈は分からないが一筋縄にはいかないのだろう。
レミリアを筆頭として、咲夜、美鈴、パチュリーに小悪魔、そしてフラン。
「そういえばフランはどうしてたの、元気?」
「ああ、特に問題も無い」
中々好調だよ、そう言いながら人形を弄るレミリアは、どんな表情をしているのだろうか。
きっと好調な表情じゃないと思うと少し紅茶が美味しく感じた。
私が半ば強制的にフランとの邂逅を果たしたのは、レミリアが家に突撃してくるようになってから半年程たってからだろうか。
何のことは無く、その日いい加減レミリアの傍若無人さに怒った私は人形に命じて「吸血鬼っぽい奴が来たら縛ってとっ捕まえなさい」と言ったのだ。
まあ、その日だけは何故かレミリアの代わりに来たのがフランだった訳で、結果として私の前には縛り上げられて目を白黒させたフランが出て来た訳だ。
なぜ来たのかは知らないが、隕石を砕いただの発狂モード云々だの数々の“伝説”を知っている私は一瞬死を覚悟する。
しかし突如として意図せずおったてられた死亡フラグ、ここは都会派らしく冷静に対応して回避しようとしたわけで。
まあ話を聞いてみたり宥めてみたり、相談に乗ってみたり人形を弄らせてみたりお菓子を一緒に作ってみたり。
慌てた咲夜が家の壁をぶち抜いてフランを回収に来るまでそれは続いた、どうあっても紅魔館に関わると壁が犠牲になるらしい。
まあ、それからちょくちょくフランは私の家にきて色々とするようになった、時々一緒にお菓子と食べる時間はレミリアのそれよりはるかに有意義だと思う。
有意義だ、有意義だが時々フランからやっぱり血液を要求されたり髪の毛を要求されたりやっている事がレミリアと被る。
やはり吸血鬼と言う種族はこう言うものだろうかと思うとどうにもやりきれない。
そう言えば最近は“アリス”呼びだったフランが“アリスお姉さま”になってきたりで、スキンシップも過剰になって来た気がする
あの時死亡フラグは回避できたが結果として別のフラグが建ってしまったのではないか、私は時々頭が痛くなる。
「なによ、私より説明が多いじゃない」
「説明って何よ」
「おのれ我が妹の癖に」
「なんで私がフランの事思い出してたことが分かったのよ」
「これが運命」
「それ運命じゃないわよね、絶対」
「細かい事を気にするのはレディじゃないわよ」
壁を突き破るのはレディの嗜みなのか、そして全然細かい事じゃないのだがそれはとかの疑問を飲み込む、最近は胃もたれ気味だ。
しかし目の前の可愛げのかけらも無いレミリアと、時々膝枕を要求してくるフランが姉妹なんて信じられない、私ならフランを取る。
こちらの思考をまた読んだかのようにレミリアがソファの背もたれにぼふっと倒れ込んだ、羽がパタパタと忙しなさげに揺らめく。
「フランの事に関しては礼を言うわ」
「まあフランの性格矯正とかは考えてないんだけどね」
「フランが言ってたわよ、『アリスも吸血鬼になればいいよ』って」
「やっぱり思考の根底は同じなのね」
それでもフランのお願いなら、と思っているあたり相当ほだされているのだと思う。
レミリアがまたぷぅっと膨れた。
「でもアリスなら相当優秀な吸血鬼になれると思うのよね」
「へえ、そんなの分かるの?」
「私の運命が」
「それ騙すときの常套手段よね」
脳内に何故か『僕と契約して魔法少女になってよ!』と言っている白色の四足動物が現れる。冒頭の台詞がこんな所で出てきたか。
「私は吸血鬼になるつもりなんて更々無いわ」
「なんでよ」
「だって不便だし」
「昼間は動けないけど夜はそりゃ自由気儘よ」
「魔法使いだし」
「種族:吸血鬼で職業:魔法使いなんてざらよ」
「魔力検知とか、研究とかできなくなるかも」
「吸血鬼の感覚神経舐めないでほしいわ、研究ならパチェの図書館があるじゃない」
「人里で人形劇とか」
「傘差せば十分できるじゃない、何なら咲夜に手伝わせる?」
「霊夢に退治されるかも」
「あの怠惰巫女が動くかしらね」
ないかとか思ったが、それではレミリアの思うが儘、癪だ。
第一魔女になれば眠らなくてもよくなるし消耗しにくくなる、まあ魔女は体が虚弱だが。
吸血鬼になる欠点は特に見つからないが、利点も無い、私は意志として魔法使いで居たいのだ。
「それに、根本的な問題としてあんたは誰も吸血鬼に出来ないじゃない」
「なんでよ」
「吸血鬼にしようとして血が飲みきれずに、付いたあだ名がスカーレットでしょ?」
「あー…確かにそれはね」
つまり、今のままではレミリアがどれほど望もうと私は吸血鬼に出来ない訳で、そう考えつくと随分ガクッと来るものがある。
「それ以外に一つ、方法があるのよ」
「うん?じゃあその方法で増やせばいいじゃない、わざわざ飲みきる事に頼らずに」
「まー、あることはるんだけどね…」
なぜか言いよどむ、何故かはわからない。
そんな事より私は人形の手入れに忙しい、どうやらこの間の弾幕ごっこで損傷が出たらしい。
「勿論アリスの許可は取るけど…まだ早すぎるわ、そんな」
なんかもじもじしている気配がするが、私としてはレミリアよりも人形の手入れの方が重要だ。
一つの故障がいずれは決定的なミスにつながりかねない、本気は出さないが人事は尽くすのだ。
「ちょっと。聞いてるの?」
「今人形の手入れに忙しいの、待ってなさい」
「酷いわね」
「私にとってはこっちの方が重要なのよ」
「人形と私、どっちが大事なのよ」
「勿論人形よ」
「冷たいわね」
「いつもの事でしょう」
▼△▼
「ってなことがあった訳よ」
「ふぅん、お姉さまってばそんな事を言ってたんだ」
「そうそう、あとは『紅魔館に来ないか』だって」
「気にくわないわね、お姉さまの癖に」
「お姉さまにどんなことを言われたのか聞きたい」なんて言われたから答えたらフランは獰猛に笑うのだ。
そう言って犬歯を剥き出しにしながら笑うフランを見ていると、果たして私の目の前にいるのが童女では無く吸血鬼なのだと言う事が良く分かる。
外見や仕草は可愛らしいけれど、その中には紛れも無く王者としての力が備わっている。
まあ、今日はレミリアがはしゃぎすぎて体がだるいとか言ったらしくそこを狙ったフランが家にやって来た。
レミリアと違って礼儀を知っているし可愛げがあるので私としてはレミリアより嬉しい。
一緒にソファに座ろうよ、なんて頼みもフランならなぜか聞いてしまうあたり駄目かもしれない。
「でもアリスお姉さまが紅魔館に来るのは賛成ね、いつだって会えるし」
「私は研究があるのよ」
「いいじゃん、紅魔館にだって研究できるところは幾らでもあるよ?」
そう言いながら擦り寄って来るフランの頭を撫でるとふわふわと手入れされた金髪が気持ちいい。
丁寧に撫でるとフランが気持ちよさそうに目を細めた、まるで猫の様ね。
「なんでレミリアはあなたを閉じ込めたのかしらね」
「うーん…邪魔だから?」
「邪魔ってことは無いでしょうに」
「だってお姉さまってば横暴なのよ?」
「まあ、否定はしないけどね」
だからさ、不意にフランがこちらを見る
甘える様な瞳がちろちろと、誘惑するようにこちらを舐め回す。
「アリス、お姉さまじゃなくて私がアリスを同族にしてあげるよ」
「私は魔法使いに固執しているのよ」
「でもお姉さまは横暴だからきっといつかアリスはお姉さまに吸血鬼にされちゃうよ?」
「その時は霊夢に頼むわ」
「でもさー…」
「それに、あなたって人の血液残さず飲めるのかしら。ケーキや紅茶でしか見たこと無いんでしょう?」
「ううん、違うの」
ふるふるとフランは頭を振る、やっぱりこういう仕草は子供らしい。
「もう一つあるんだよ」
「もう一つ?」
「うん、でもこれは特別な時しか使っちゃ駄目なの」
「危険なのかしら?」
「違うよ」
突如として、力強い力で私はソファに押し倒された。
押し倒したのは勿論フランしか居ない筈なのに、私にはどうしてもフラン以外のナニカが私を押し倒したように感じる。
それは外見とのギャップなのかもしれない、あまりにも幼すぎる外見があまりにも強い力を行使すると、その力がまるで一個体のように感じるからなのだろうか。
「血をね、与えるの」
優しく、耳元で甘く囁かれる
こんな子供なのに、閉じ込められていたのに、こんな甘い蕩けた声で誘惑できるのか
吸血鬼とはそう言う生き物なのかなんてぼうっと霞んだ頭が言った。
「血を?」
「そう、吸血鬼の血を与えるのよ」
「それだけ?」
「それだけ」
「でも、フランはそれをしないわ」
「なんで?私はアリスを押し倒しているのよ?」
「フランは優しいから」
その言葉に目をぱちくりさせたフランは、急に立ち上がる。
私を押さえつけていたナニカがふっと消えた。
「あーあ、折角アリスお姉さまを私の吸血鬼にしようとしてたのに」
「できたんでしょ?」
「興がそがれたのよ、お姉さま風に言うと」
何だかよく分からないけれど、良く分からないうちに私はどうやら吸血鬼になる事を免れたらしい。
「クッキー作ろうよ」と袖を引っ張るフランに急かされて、そう言えばクッキーも良いかもしれないと思い立った。
「アリス」
「ん?」
「お姉さまに吸血鬼にされちゃ駄目だよ?」
「私は生涯魔法使いよ、何度も言うけど」
「なら、いい」
少し背を向けたフランは寂しそうで
その言葉の意味は、今になっても分からない。
▼△▼
別れ際に、手の甲に接吻を落とされた
やっぱりあの姉妹は似ていると思う
▼△▼
そろそろ限界が来たと思った。
現在は初夏、太陽はさんさんと輝きレミリアの顔が鬱々しさを増してくるこの頃。
「いやねー、太陽は良いんだけどこう暑苦しくなってくると嫌だわ」とか言っている今がチャンスだ。
事の発端と言えば、フランが館を抜け出してお忍びで来るのと、レミリアが来襲してくるのが被ってしまった事にある。
飛び交う視線、ぶつかり弾ける閃光、膨大な量の弾幕、半壊どころの騒ぎでは無い我が家。
結論として我が家が負った被害は全棟壊滅、インテリアやカップ類はほぼ全て破損、そしてなにより大量の人形が痛手を負った。
それから先の事は詳しく書かないが、取り敢えずレミリアは今後葱に対して甚大では無い程のトラウマを負った、フランはすぐ謝ったから許した。
家についてはレミリアが紅魔館の一室を貸し出すと言いだしたが無論却下して博麗神社に泊まる事にした。
「アリスの手料理を食べさせなさい」が霊夢の条件らしい、容易いものだ。
それからレミリアが神社に侵入したり襲撃を仕掛けたりで霊夢に守ってもらったりで色々あって早三カ月、そろそろ世話になるのも限界だ。
「別にこのまま永住しても良いのに」とか言われたがそう言う問題では無い、都会派として誰かに頼り続けてはマーガトロイドの名が廃る。
取り敢えず紅魔館に乗り込み、咲夜かなんかにレミリアについて対策を聞くなり何とかせねばならないといけないのだ。
最終手段としてパチュリーかなんかに相談して対策を聞くなり、少しでも情報を掴んでおきたい。
「あ、アリスだ!」
「誰かと思えばチルノじゃない」
「今日は人形見せてくれるのか?」
「いいえ、今日は巨大な悪の根城に行くのよ」
「おー!」
ついでと言っては何だが菓子袋の飴をあげたら大喜びしていた、レミリアもこれぐらい単純ならいいのだが、いかんせんそうもいかない。
基本、紅魔館には美鈴が居て門番をしている、あれを潜れる侵入者は居ないぞとレミリアは豪語していた。
が、実際の所は弾幕ごっこで惨敗したり寝転がってたりで到底門番の責務を全うしているとは思えない。
初めて紅魔館に来た時アポ無しで来た私を普通にスルーしていた事から不安感がぬぐえない、大丈夫か紅魔館のセキュリティ。
「こんにちは美鈴」
「こんにちはアリスさん!今日も美人ですね」
「お世辞が過ぎるわ美鈴」
「いえいえ」
美鈴はいつ会った時もこんな笑顔だ、暢気と言うかなんというか一種の才能かもしれない。
にこにことこちらに人の良さそうな笑顔を浮かべる姿に到底緊張は見られない、一応実力者の余裕があるのだろうが。
そう言えば、美鈴が今まで門番として仕事をしている所を見た事が無い。
魔理沙が侵入する時もどこか余裕げで、職務を全うする気が無いようだ。
はてさて、何か根拠があるのだろうか、それとも全く実の無い事なのだろうか。
思案しているとくすくすと美鈴が笑い始め、「居るんですよ、そう聞いてくる人が」と話し始める。いやこちらは何も言っていないのだが。
「私って大抵寝てるかぼーっとしてるんで、時々『無警戒過ぎる』とか言われるんです」
「まあ、あんたがまともに侵入者を排除した事なんて聞いたこと無いんだけど」
「う…そう言われると反論できません」
ぽりぽりと、恥ずかしげに頬を掻きながら「でも、侵入者が来た時は反応できますよ?」と美鈴は擁護した。
「そう言う輩は“気”で分かるんですよ、不審なんです」
「成程、じゃあ魔理沙とか霊夢は大丈夫な訳?」
「あの人達は対処ができないと言うか…しかし紅魔館にそれ程の損害は出てませんし」
「パチュリーは大損害だけどね」
「図書館の被害は見ないふりです」
それでいいのだろうか
「いいんですよ」
さて、門は開けてもらったのでそろそろ紅魔館に入る事にする。
無駄話をしているとあっという間に夕暮れになってしまいそうだ、美鈴は話が上手い。
「そろそろ行くわ、世間話は面白かったわよ」
「訪問者の相手をするのも門番の役割ですから」
「門番ね…そういえば、質問」
「はぁ、何でしょうか」
「あんたにとって、レミリアってどんな妖怪なのかしら」
一瞬、美鈴は空を見上げて
「そうですね」
困った様に、それでも誇り高く
「私の大事な、主でしょうか」
笑った。
▼△▼
さて、そういった事もあったが無事紅魔館に入る事が出来たのだが相変らずここは目に悪い。
何と言うかその、何もかもが紅いのでインテリアもへったくれもあったもんじゃ無い。
このインテリアやら内装やらがレミリアの指示であるなら、ネーミングと言いセンスの欠片も無い吸血鬼だと思う。
「それが残念なことにお嬢様の仕業なのよね」
「いきなり出てくるのはやめてくれないかしら」
「客人にサプライズを与えるのもメイドの役目ですわ」
「そのサプライズって時々ナイフだったりする?」
「それは侵入者にくれてやるものよ」
まあ、紅魔館に入った時点で大体こいつに会う事は分かっていたのだが、この空間内は多分咲夜の支配下にあるのだと思う。
空間を引き延ばしたり無茶苦茶にしたりする事が出来るのだ、きっと監視も出来るに違いない、つくづくチートだと思う。
あとは何か、ここの住人は全員心を読む事が出来るのだろうか。
「アリスってほら、考えてる事が簡単にわかるのよ」
「あんまり悟らせないようにしているのだけど」
「逆効果よ、アリスの性格を知っていれば推理は容易いわ」
「でもレミリアはいつもキョトンとしてるけど」
「お嬢様はそう言う事に疎いから」
「つくづく残念な吸血鬼ね」
「妹様の方は私より数倍聡いのにね」
いいのだろうか、遠回しに主を馬鹿にしている気がするのは私だけだろうか。
「言葉の文、よ」
だから心を読むなとあれほど。
しかし咲夜といい美鈴といい、紅魔館の連中は大層魅力的に笑うのだ。
出会って早々あんな対応をしてしまったが実は私と咲夜の中は良好だ…と思う、あくまで私主観であって。
人里であれこれ買い物をしたり人形劇をしたりすると度々咲夜はやって来ては世間話をしたり一緒に買い物をする程度の中だ。
咲夜と話をしていると楽しい、少なくとも酒を飲んだくれている連中と話すより数倍楽しい。理性的で知己がある。
そして彼女には華がある、普段はレミリアに隠れて目立たないように努めているが、一度注視するとはっと息をのむ冷涼な美しさがある。
そんな彼女の微笑たるや女の私でも油断すれば恋に落ちる音が聞こえそうで…なにを言っているのだ私は。
性格はあれだが美人が多いと思う、そして笑顔が似合う連中だ、妬ましい。
そんな事をぶつくさと文句を垂らしたら咲夜は少しばかり苦笑して、「でもねえアリス」と反論する。
「あなたも十分可愛いと思うわよ?」
「どこがよ」
「例えばほら、ふわふわの髪の毛とか」
「―――っ!?」
不意打ちの様に髪の毛を撫でられ、微笑まれる。
これはまずい、耐性を持っていなければイチコロなシチュエーションだ。
まあ私は都会派なのでセーフだった、まだ心臓がバクバク言っているのは気の所為。
「……?どうしたのよ、そんなに頬紅くして」
「咲夜、あんたもしかして無自覚?」
「ん?なにが?」
ああ駄目だこいつ、天然の女たらしだ。
気が付かないうちにハーレム状態を作っているあれだ、外界の小説にあるようなあれ。
畜生無駄にいい笑顔しやがって畜生妬ましい…いけない、キャラがぶれた。
「ああそうそう、この間のティーカップはありがとうね」
「気に入ってもらえたようでなにより、結構厳選したのよ」
「あなたの審議眼は確かだわ、ほんと」
「お嬢様程じゃないわよ」
「ふぅん、こんなインテリアの空間をこしらえるレミリアがねえ」
「うーん…何と言うか、審議眼はあるけど調和性が無い?」
「酷い言い草ね」
「まあお嬢様の全てを受け入れるのもメイドの職務よ」
そう言って、何事も無いかのように笑える咲夜は凄いと思う。私には到底あのじゃじゃ馬吸血鬼は受け入れられない。
美鈴と言い、咲夜と言い、どうしてこいつらは主人に対してこんな事を言えるのだろうか。
美鈴と同じく咲夜にとってのレミリアはどんな存在なのだろうか、激しく気になる。
あんなにだらしなくて、隙さえあればスキンシップを要求してくるセクハラ大魔王の様な吸血鬼を咲夜はどう思っているのだろうか。
「ねえ咲夜、図書館に行く前に質問があるのよ」
「ん?」
「あなたにとってレミリアはどんな存在なのかしら」
「それは勿論」
そうして咲夜は当たり前の様に
「私の、生きている間の主よ」
誇り高く、そう告げた。
▼△▼
「ふんふん、それで」
「ええ、レミリアの対処法を教えて欲しいのよ」
「無理ね」
「やっぱり?」
「傍若無人で天上天下唯我独尊を象徴する様なのに対処法なんて無いわ」
「…はぁ」
と言う訳で私は本来の目的である図書館に辿り着いた。
出会いざまに「私に会いに来た訳じゃないのなら帰りなさい」とか言われてしまったが焼き菓子をあげたら機嫌が直った様でよかったわ。
パチュリーとは度々図書館に行くたびに本を借りたり話をしたりしていたので、対応は大体分かってきたつもり。
それに地霊異変の際に本格的な交流が始まり、水晶を通じての会話をしている事もあって
大体の性格が分かったのは大きな収穫ね。
まあ、最初の頃は「未熟者」だの散々言われてしまったが最近は悪口が彼女なりの屈折した思いやりや忠告なのだと気付いたので楽になった。
所謂クーデレだと思うんですよ、とは小悪魔の弁。
まあ、久々に直接パチュリーと話したかったのもあるし、レミリアの親友であるパチュリーならなんらかの対処法を知っていると思ったのだが甘かったようだ。
「悩む頭にはハーブティーを飲むと良いわ、あなたはまだ未熟者なんだから」
「ありがとう、パチュリー」
「本当よ、全く未熟な頭で考え込むからそうなるのよ」
ことん、とティーポッドから注がれたハーブティーのいい香りが頭の火照りを覚ます。
パチュリーが些か無茶苦茶な事を言っているのはデレだと思う。ああ、パチュリーの優しさが心に染みる。
「レミリアにはパチュリーみたいな思いやりが欲しいわね」
「これは思いやりじゃないわ、魔女の先輩として良い所を見せなければならないの」
口調はクールだが若干頬が紅いのがばればれだ、可愛い。
「そもそも、レミィに気に入られるなんて本当に珍しいのよ?」
「そうなの?」
「レミリアが目移り性なら今頃この館はもっと賑やかになっているでしょうね」
それは確かにそうだ、“気に入ったものは何が何でも手に入れる”と豪語するレミリアにしてはこの館の住人は少ない訳で、つまりそう言う事だろう。
「それにレミィが紅魔館入りを要請するなんて、よっぽど信頼されているのよ」
「へぇ、何でかしらね」
「それは本人のみぞ知る」
「そりゃそうね」
確かにそうだ、レミリアの事をパチュリーが知る訳無いのだ。
ともすれば聞きたいならレミリアに直接聞くしかない訳で…それは憚られる、色々と。
「でもね、なんとなくレミィがそうやって強引にアリスを眷属にしたがるのかが分かる気がするの」
「推測?」
「あくまで推測よ」
くるくると、パチュリーが指を回す
「咲夜と美鈴は、レミリアにとって『僕』、フランは『後ろめたい点』にして『肉親』」
「まあ、フランとはまだまだ確執があるみたいだしね」
「『友人』と呼ばれる関係を、レミィは欲しがっているんじゃないかしら」
「パチュリーはどうなのよ」
「私は…そうね、親友?」
「やっぱり友人じゃない」
「多ければ多い程良いのよ、心を許せる存在なんて」
心を、許せる存在
多分その言葉に、引っかかりと言うか微かな違和感を覚えたのだろうか。
レミィってね、昔からそうなのよ。パチュリーはそこで溜息をつく。
「苦しい境遇なのに無理して、その事を他の人に悟らせないようにするの。吸血鬼のプライドって言ってたわ」
「ああ、確かにレミリアなら言いそうね」
「だから、やっぱりなんでも言える存在ってレミィにとって大事だと思うのよ」
パチュリーはソファにもたれ掛かり、一つ大きく息を吐いて目を瞑った。
レミリアにも過去があって、それは決して平坦なものでは無かったはずよ。
昔のあなたの様に吸血鬼に取り入ろうとする者や、悪魔を滅そうとする敵と戦っていた筈。
夜の王者として、決して背中を見せずに戦い続けた時代が彼女にも有ったのかもしれないわ。
敵と戦いながらフランとの確執や、その内にある狂気についても考え続けたのかもしれない。
唯一ともいえる肉親を殺したくない、でもこのままでは自分が危ないと言う考えに至ってしまったのかもしれない。
悩んだはずね、一人で
ずっとずっと孤独に悩み続け、戦い続けた筈
誇り高い吸血鬼の末裔として
きっと、何度も裏切られたのだろう
きっと、何度も傷ついたのだろう
それでも手を伸ばして、手に入れようとしたものは一体何なんでしょうね
それは仲間じゃないかしら
まあ、これはあくまでも私の推測にすぎないのだけれどもねと、パチュリーは薄く笑う。
眷属にしたいとか、同族になれとか言うのはレミィが怖がっているからじゃないかしら。
自分が心を許した相手に、ずっと同じ夜を歩いてもらいたいって言う彼女なりの甘え方じゃないかしら。
ねえ、だからアリスにお願いがあるの
パチュリー・ノーレッジとしてじゃなくてレミィの一友人として
なんでレミィがあなたを気に入ったかなんて知らないし、それは推測も出来ないわよ。
でも、彼女があなたと仲良くなりたいと思っているのならそうしてあげて
別に吸血鬼にならなくても良いのよ、レミィだって多分本気じゃないんだし
ただ、彼女を受け入れて欲しいのよ
私から言いたい事はそれだけ
そこまで言って、パチュリーは言葉を切った。
小悪魔がいつの間にか淹れた紅茶から湯気が昇っていた。
スコーンのジャムと合いそうなダージリンの香り、センスが良い。
良い香りだ、もしかしたら小悪魔は私よりも紅茶を入れるのが上手いのかもしれない。
そんな事を漠然と考えながら、次の言葉が頭の中で浮かんでは消えていった。
「私は、結構残酷な事をしていたのかもしれないわね」
もしそうだとしたらと、少し胸が痛くなった
「構わないわよ、レミィは立ち直りが早いわ」
「そうだと良いんだけど」
私はあなたよりレミィとの付き合いが長いのよと、普段は陰気な魔女は穏やかに笑った。
確かにそうかもしれない、
レミリアはちょっとやそっとじゃへこたれない
まあ、次来る時は少し丁重にもてなしてやろうか。
紅茶にはミルクを入れても良いかもしれない、角砂糖を入れてあげても良いかもしれない。
そうやって付き合って行ければ、多分それは楽しい事なのだろう。
ありがとうと礼を言って空になったバスケットを抱える。
紅魔館の外に出るともういつの間にか夕日が落ちかけて、もうじき夜が降りてくる。
明日は来るだろうか
あの蝙蝠の羽を羽ばたかせて
いや、来るに違いない
レミリア・スカーレットとはそう言う吸血鬼なのだ
そう思うとなぜだか心が浮き立つような気がした。
○●○
それから数分後の話
ふぅ……我ながらいい仕事をしたわね
ふふ、見なさいアリス。魔女の先輩の手にかかれば厄介な問題もまるっと解決よ!
これで私の評価も鰻登り、もう“陰気な魔女先輩”だなんて思わせないわ。
「小悪魔、いい仕事よ」
「雰囲気作りも悪魔の仕事ですから、主に桃色的に」
しゅばっとよく分からない効果音をたてる小悪魔は無視して小さく勝利のガッツポーズ。
特性ハーブティーに緊張を和らげる無臭アロマ、そして無理やり作り出した精一杯の微笑!最後の方は無理やりだったけど気にしない。
これで次からアリスとの話題作りに事欠かさないに違いない。
なんたって貴重な泥棒じゃない魔法使い成分、そしてさらに貴重な常識人成分のアリスとの繋がりは是非保っておきたい。
なんたって話していると自分のインスピレーションが刺激される、研究もバリバリ進むわ。
それにしても、久しぶりに本気を出したから疲れた、主に精神的に。
消極的笑顔の作り方を実践していても疲れる物は疲れるのだ、今日は小悪魔に頼んでベッドメイクしてもらおう。
「パチェ、おはよう」
「あらレミィ、私は今から寝る所よ」
「おう?珍しいわね、パチェが寝るなんて」
「アリスが来たから疲れたのよ、精神的に」
「えっ!?アリスが来たの?」
アリスの名前が出た瞬間机に身を乗り出すレミィ、分かりやすいわね。
まあアリスとレミィが友人関係になってくれればこっちとしても万々歳、魔女仲間は多い方がいいわ。
「んー…まずいなー…紅魔館について良い印象を持ってもらわないと」
「確かに、いい印象を持ってもらうと来やすくなるわね」
「いや、アリスには将来的に紅魔館に来てもらわなきゃいけないのよ」
「……ん?」
「いや、本当はもう我慢できないから今夜連れてくるつもりなんだけどね。フランの件でフランもアリス狙いだって分かったし迅速に事を行わないと」
何かがおかしい、私とレミィの間で何かがすれ違っている。
「困ったなー、アリスには私の隣の部屋を使わせようと思ってるのに…一回見せたかったわ」
「レミィ、あの、隣の部屋ってどういう事よ」
「ありゃ?パチェって知らなかったっけ」
もしかしたら、額を冷や汗が滲む
「吸血鬼が血を与えると言うのはね、血を吸うのとは決定的に違うのよ」
レミィ、あなたはなんで頬を赤く染めているの?
ねえ何であなたそんなにもじもじしているの?
ネエ ナンデアナタソンナニイキガアライノ?
「吸血鬼が血を与えるって言うのはね?パチェ」
もしかしたら、私はやってはいけない事をやってしまったのかもしれない
決定的で致命的な勘違いをして、それをアリスに吹き込んでしまったのだとしたら。
「吸血鬼にとって伴侶を決めると言う事なのよ」
「逃げてえええええ!アリス今すぐ逃げてえええ!」
ごめんアリス、今すぐ博麗の巫女を呼びなさい
少なくともレミィを歓迎しちゃ駄目、絶対駄目、今更遅すぎるけど
この馬鹿寂しがり屋じゃない、ただの猛獣だったわ
.
紅魔館の博麗神社侵攻が始まり、目的が「霊夢の撃破」ではなく「アリスの奪取」である為に迂闊に攻勢に出れない霊夢は追い詰められる事となる。
だが、霊夢は紫に協力を要請。そしてアリスを巫女として貸し出す事を条件に守矢神社が博麗神社に味方した事により戦いは泥沼の様相を示していく事になる…。
なんてナレーションが頭に浮かびそうになりました。
最近アリス作品少なかったので大いに楽しませてもらいました。
数少ないレミアリ、フラアリでニヤニヤできる作品が増えて嬉しい限りです。
この後アリスはどうなるんだろうなあ。もし吸血鬼になってもレミリア、フランの板ばさみで気が休まることはなさそうだwww
本当面白かったです。ありがとうございました。
マーガトロイドは吸血鬼の姓でもあるとのこと。つまりこれはそういう運命だということですね
レミリアやフラン、そして霊夢以外にもアリス狙ってる奴が大勢いそうな幻想郷だな~
ふつーに面白かったんですが、ちょいと気になる誤字(脱字?)がチラホラ……
・「知己」とは知人のことですから、「知識」とかの間違いでしょうか。
・「審議眼」は「審美眼」ですかね。
どっちも単なるタイプミスかもしれませんが一応。
いやでもレミリアリス、この組み合わせ大好きです。
何を言って(ry
でもレミアリも美味しい
いい作品です
良いお話でした