目を覚ますと、部屋の片隅にマグロが寝転がっていた。
……説明不足だったようなので付け足す。
日の出とともに眠りにつき日の入りとともに活動を始める夜の王にして紅魔館の主レミリア・スカーレットが今日も今日とて柱時計の短針が午後の六時を指さんとするまさにその時に目を覚ますと、部屋の片隅にマグロが寝転がっていた。
「……本日の眠りは浅かったかしら?」
ボーン、ボーンと柱時計が無機質な鐘の音を奏でる中、ぼやける眼をグシグシとこすりながらレミリアは呟いた。
六度目の鐘が鳴り終わって、余響も消え去って、それでもレミリアの視界からマグロは消えなかった。
「夢ではないようね。これは現実。それとも今日の夢で見たあっちの方が現実なのかしら?」
今日の夢は爽快だった。
博麗の巫女やら白黒魔法使いやらスキマ妖怪やら亡霊姫やら蓬莱人やら鬼やら閻魔やら神やら鴉やら天人やら尼公やら太子やら幻想郷のありとあらゆる強敵たちを薙ぎ倒し、新たなる幻想郷の王として君臨するわたし。
そして現れる謎の邪悪。幻想郷の敵。
友(もやし)の死に哀しみを背負い怒りに変えて真の力を覚醒させスーパー吸血鬼となって究極奥義を修得したわたしは見事幻想郷の敵を天に帰し救世主として崇められた。
実はあちらの方が現実で、目覚めとともに目の前に横たわるマグロに困惑しなければならない今の自分の方が夢なのかもしれない。
「……はぁ」
頭を抱える。現実逃避のためとはいえ自分でやってて馬鹿馬鹿しくなってきた。胡蝶之夢ではなく誇張之夢となってしまっている。
実際に見た夢はなんか奇妙な仮面を持ちながら「人間をやめる」とかどうとか叫んでいた。元々人間じゃないのに。
ともあれ、このままでは前に進めない。いちいちこれは夢かもしれないと疑っていたら、生活を送れなくなってしまう。
「とりあえず近付いてみようかしら」
立ち上がって、片隅に横たわるマグロに向かって歩を進める。
「……ちょっと臭うわね」
耐えられないというわけではないが、独特のにおいが鼻につく。
まあナマモノだからしょうがないか、と思いつつマグロの様子を見渡してみる。
全長は170cm程度。まあまあの大きさか。図々しくもどてっ腹をレミリアに向ける。
死んだ魚のような目をギョロっと見開いて、「どうもマグロです」とでも言わんばかりだ。
「これはかなりの食料になりそう……」
もしこれを紅魔館で全て消費するとなれば、結構の期間もつだろう。
当主レミリア、妹フランドールは少食である。居候パチュリーは食事を娯楽程度にしか考えていない。小悪魔はパチュリーからの魔力供給で生きていける。メイド長咲夜はこういうのは食べないし、妖精メイドたちも基本的に食事はいらない。
となると、一番食べるのは美鈴かもしれないが、それにしたって一人で食べきるには大変な量である。
マグロの姿をしずしずと眺めそんなことを考えていたレミリアは、ふとあることに気付いた。
「うーん、ちょっと傷が目立つわね」
生きている間にヤンチャでもしたのだろうか、所々に傷が見受けられる。
もしこれが市場に出回ったならば、それだけで商品価値が落ちてしまっただろう。
「でもまあ、ここで消費する分には問題ないか」
このマグロが元々どこの誰のものだったかなどレミリアは知らない。
しかし今現在、このマグロは紅魔館の、それも当主レミリア・スカーレットの寝室に落ちている。ならばこれは最早紅魔館の所有物でありかつ貴重な食料であることに違いない。
何事も前向きに生きることがレミリアのモットーなのだ。
「そうとなると、どんな調理法がいいかしらね~」
上機嫌に言う。
この食材は煮てよし焼いてよし、新鮮ならば生でもよし。優秀な食材だ。
見たところこのマグロは息絶えたばかりで新鮮そうだ。魂は今頃三途の河で順番待ちしているかもしれない。
ならば生でそのまま、いやサラダに和えるという手もある。オリーブオイルをかけたらそれはそれで美味しそうだ。
食材を目の前にあれこれ考えを及ぼす。楽しくなってきて心躍る。
しかしレミリアは、ふと我に帰る。
「しまった。この手の食材は早くしないと鮮度が落ちちゃう」
料理を想像するのならいつだってできる。しかし鮮度は一分一秒が勝負。
このままでは折角のマグロの味が悪くなってしまうと、レミリアは慌てて呼び鈴を鳴らした。
「おはようございますお嬢様……ってわあ!? どうしたんです、そのマグロ?」
呼び鈴の音が鳴ったのとほぼ同時に部屋に入ってきた咲夜はそのまま目を丸くした。
寝起き姿のレミリアの足元に、何故か転がるマグロ。瀟洒なメイドとはいえ、この状況を理解するには時間が必要だ。
「詳しいことはわたしもよく分からないわ。起きたらここに落ちてたの」
「はあ……それではすぐにお掃除を」
要領を得ないまま、それでも仕事はこなさねばならないと、咲夜は掃除用具を取りに行こうとした。
しかし踵を返すと、背中からは主人の怒声が響いた。
「馬鹿!」
「……はい?」
何故自分は怒られたのか、それも分からないまま咲夜は振り向く。この部屋に来てから分からないことだらけだ。
そんな従者の混乱など我関せずと言わんばかりに、レミリアは咲夜に命令を出す。
「折角のマグロを片付けるなんてそんな馬鹿な話はないわ。咲夜、今すぐこれを調理しなさい。そしてわたしのブレイクファストとしなさい」
「……落ちていたものをお食べになるので?」
咲夜の疑問は至極当然の物であった。
落ちていた、しかも当主自身何でここに落ちていたのか分からないような得体のしれないマグロをこの当主は食そうというのか。
「毒が入っていないとも限りません。御自重なされた方が……」
「大丈夫よ!」
咲夜の言葉を自信満々に払いのけるレミリア。
この自信は一体どこから湧いてくるのだろうと思わないでもない咲夜であったが、まあいつものことである。
「どうして大丈夫なのですか?」
「よくぞ聞いてくれた!」
「おお!」
わざとらしく見得を切るレミリア。それに逐一驚いて見せるのが瀟洒なメイドの心得。
「ふふふ、どうしてかって? 簡単な話よ。わたしは誇り高き吸血鬼。ちょっとやそっとの毒で死ぬほどやわな体はしてないわ!」
「な、なるほど……」
カッコいいポーズをとるレミリア。それに逐一驚いて見せるのが(ry
「理由はもう一つあるの。そもそもこんな五体満足丸々のマグロに毒を仕込むなんて面倒な真似は考えにくい!」
「さすがお嬢様!」
妖しいオーラを纏いだすレミリア。それに(ry
「それでは早速調理してまいります」
「とびきり美味しいのをお願いね」
レミリアの命を受け、咲夜は畏まって頭を下げた。
それはよかったのであるが、このマグロを運ぶのには少々骨が折れた。
重さは大体70kgくらいである。担いでいくのは難しいが引きずっていくことならできる。
しかしそれでは廊下が汚れてしまうし、マグロにもたくさん傷が付いてしまう。
仕方ないので妖精メイドを三人ほど呼び出し、咲夜を先頭に調理場まで運んでいった。
その様子を眺めていたレミリアは、わくわくしながら待っていた。
「さーて、咲夜は一体どんな料理を作って来てくれるのかしらね~」
咲夜に出した命令は必ずこの食材を生で使用することのみ。具体的な注文はつけなかった。
レミリア自身選べなかったというのもあるが、あの新鮮な食材を前に咲夜がどのように考えて料理を作ってくるかが楽しみなのだ。
主のために考え抜かれた料理、それはきっと至高の味に違いない。
「こうしちゃいられないわ。準備準備」
料理を待つ間、他の妖精メイドを呼び付けて着替えを済ませ身なりを整え食卓のある広間まで移動する。
今か今かと待ち遠しく、しかし焦るな料理は逃げはしないと自分に言いつけ、興奮と冷静の狭間を優雅に行ったり来たりしながら、紅茶の香りを楽しみつつ待ち続けた。
そしてついにその時がやってきた。咲夜が一枚の皿を持って広間に入ってきた。いつもの調子で歩きいつもの調子でレミリアの前に皿を置く。
生クリームたっぷりのケーキだった。
「何でよ!」
「えっ!?」
レミリアのツッコミに咲夜は意外そうな顔をした。何故自分が怒られているのか。
「ケーキ……ケーキって……新鮮なマグロよ? 生で美味しく頂くのが流儀ってものじゃないの……?」
「いや……その……」
ケーキの乗った皿を持ちあげ、この世の終わりのような顔をしながらわなわなと震えるレミリア。
そんな主人の様子に戸惑いながら、咲夜はだって、と口にする。
「『高貴なる吸血鬼の目覚めはかぐわしき紅茶と甘美なケーキから始まる。だからブレイクファストは紅茶とケーキ以外禁止』っておっしゃったのはお嬢様じゃありませんか」
「……あっ」
思い返せば三日前、一日に一つでも多くのケーキが食べたくなったという理由で出した命令。
その命令を愚直に守るメイド長がいて、眼前の「新鮮なマグロをふんだんに使いましたケーキ」が存在する。
「ねえ、もしかしてこれに使ってない部位って……?」
「全部冷凍保存しましたが」
「やっぱり……」
冷凍保存すると、鮮度は保てても味は若干落ちる。とれたてのマグロを生で食べるという夢は、ここに潰えたのであった。
意気消沈するレミリアに、何とかして励まそうと咲夜が声をかける。
「で、でもこのケーキに使用されているマグロは全て生です! イチゴの代わりです!」
「……はあ」
ため息一つ。レミリアの元気は戻らなかった。
確かによく見れば、ケーキに使われている赤いものはイチゴではなくイチゴの形にカットされた生マグロ。これがイチゴだったら幾分かマシだったであろうに。
「も、申し訳ございません! すぐにお下げします!」
「……いいわよ、三日前に命令出したのはわたしだし。責任を取ってこのままいただくわ」
深々と頭を下げる咲夜に、いいのいいのと手を振り、テンションだだ下がりのままフォークでケーキを口に運ぶ。
生マグロの食感に生クリームの味が乗っかった、それはそれは不思議な味がした。
「うーん、如何とも形容しがたい味……」
「あの、お嬢様。無理はなさらない方が……」
「いいから。貴女は他の仕事に向かって頂戴」
「か、かしこまりました」
咲夜の制止を振り切って、レミリアはフォークを動かし続ける。
もう意地だった。一人黙々と不思議な味をかみしめる。
そして何口目かのケーキを飲みこんだところで、突如空間に亀裂が走った。
「どうもこんばんはーって、うわあ……」
「何よスキマ妖怪。わたしは今忙しくてしかも機嫌が悪いの。邪魔するなら帰りなさい」
亀裂から出てきて早々、レミリアの食事風景に顔を歪めたスキマ妖怪、八雲紫。
不機嫌を隠すことなく出迎えた紅魔館当主に、今度は顔をムスッとさせる。
「御挨拶ね。せっかく外の世界から新鮮な食材を提供してあげたというのに」
「……は?」
「『は?』じゃないわよ。貴女の部屋に置いておいたでしょう? 新鮮なマグロ」
紫の言葉にまさかと思うレミリア。
確かに紫の能力ならそれくらい赤子の手をひねるに等しい。いやしかし、と迷う。
「食材調達は咲夜に任せてあるから、そういうのは全部咲夜の方に回すよう随分前に言ったはずなのだけれど?」
「それこそこっちだってきちんと貴女に伝えましたのよ?」
「……どういうこと?」
何が何だか、全く心当たりの無いレミリア。
きょとんとするレミリアに、紫はあーあといったような感じで首を横に振る。
「さっき、今日はメイド長さんがすごく忙しそうだからどうしましょうって貴女の部屋まで聞きに行ったら、『適当にして』って言ったじゃないの」
「さっきっていつよ?」
「えーっと、確か貴女の部屋の柱時計が六時になる少し前だったかしら」
「……そういうことか」
合点がいった。
起きる直前、寝ぼけた状態で紫に話しかけられ前後不覚のまま答えたらしい。
まあ、今食べているマグロが紅魔館の食料であることに違いは無いし、しかもこのマグロが危険なもので無いことも分かった。それだけで十分な収穫か。
「ところで紫。さっきから気になっていたのだけれど」
「何かしら?」
「このマグロが新鮮なのは確かだけど、やたら傷がついてたのよね。どうして?」
「あーそれね。その『マグロ』、実は小高い崖から飛び降りて果てたのよ。できるだけ綺麗な『マグロ』を用意したかったんだけど、それが一番マシなわけ」
「ふーん……」
聞いた割には適当な相槌を打って、レミリアは再び生『マグロ』入りケーキを口に運ぶ。やっぱり生『マグロ』と生クリームが珍妙なハーモニーを繰り広げていた。生というのがきつい。これがペーストとして生地に少量練り込まれていただけならあるいは。
顔をしかめ、紅茶を口に運ぶ。同じく新鮮な『マグロ』からとれた血が入っている。
「……こっちは結構なお手前ね」
ふうっと息を漏らす。
生『マグロ』入りケーキはまだ半分もある。いや、あと半分だけと言った方が気が楽か。
……説明不足だったようなので付け足す。
日の出とともに眠りにつき日の入りとともに活動を始める夜の王にして紅魔館の主レミリア・スカーレットが今日も今日とて柱時計の短針が午後の六時を指さんとするまさにその時に目を覚ますと、部屋の片隅にマグロが寝転がっていた。
「……本日の眠りは浅かったかしら?」
ボーン、ボーンと柱時計が無機質な鐘の音を奏でる中、ぼやける眼をグシグシとこすりながらレミリアは呟いた。
六度目の鐘が鳴り終わって、余響も消え去って、それでもレミリアの視界からマグロは消えなかった。
「夢ではないようね。これは現実。それとも今日の夢で見たあっちの方が現実なのかしら?」
今日の夢は爽快だった。
博麗の巫女やら白黒魔法使いやらスキマ妖怪やら亡霊姫やら蓬莱人やら鬼やら閻魔やら神やら鴉やら天人やら尼公やら太子やら幻想郷のありとあらゆる強敵たちを薙ぎ倒し、新たなる幻想郷の王として君臨するわたし。
そして現れる謎の邪悪。幻想郷の敵。
友(もやし)の死に哀しみを背負い怒りに変えて真の力を覚醒させスーパー吸血鬼となって究極奥義を修得したわたしは見事幻想郷の敵を天に帰し救世主として崇められた。
実はあちらの方が現実で、目覚めとともに目の前に横たわるマグロに困惑しなければならない今の自分の方が夢なのかもしれない。
「……はぁ」
頭を抱える。現実逃避のためとはいえ自分でやってて馬鹿馬鹿しくなってきた。胡蝶之夢ではなく誇張之夢となってしまっている。
実際に見た夢はなんか奇妙な仮面を持ちながら「人間をやめる」とかどうとか叫んでいた。元々人間じゃないのに。
ともあれ、このままでは前に進めない。いちいちこれは夢かもしれないと疑っていたら、生活を送れなくなってしまう。
「とりあえず近付いてみようかしら」
立ち上がって、片隅に横たわるマグロに向かって歩を進める。
「……ちょっと臭うわね」
耐えられないというわけではないが、独特のにおいが鼻につく。
まあナマモノだからしょうがないか、と思いつつマグロの様子を見渡してみる。
全長は170cm程度。まあまあの大きさか。図々しくもどてっ腹をレミリアに向ける。
死んだ魚のような目をギョロっと見開いて、「どうもマグロです」とでも言わんばかりだ。
「これはかなりの食料になりそう……」
もしこれを紅魔館で全て消費するとなれば、結構の期間もつだろう。
当主レミリア、妹フランドールは少食である。居候パチュリーは食事を娯楽程度にしか考えていない。小悪魔はパチュリーからの魔力供給で生きていける。メイド長咲夜はこういうのは食べないし、妖精メイドたちも基本的に食事はいらない。
となると、一番食べるのは美鈴かもしれないが、それにしたって一人で食べきるには大変な量である。
マグロの姿をしずしずと眺めそんなことを考えていたレミリアは、ふとあることに気付いた。
「うーん、ちょっと傷が目立つわね」
生きている間にヤンチャでもしたのだろうか、所々に傷が見受けられる。
もしこれが市場に出回ったならば、それだけで商品価値が落ちてしまっただろう。
「でもまあ、ここで消費する分には問題ないか」
このマグロが元々どこの誰のものだったかなどレミリアは知らない。
しかし今現在、このマグロは紅魔館の、それも当主レミリア・スカーレットの寝室に落ちている。ならばこれは最早紅魔館の所有物でありかつ貴重な食料であることに違いない。
何事も前向きに生きることがレミリアのモットーなのだ。
「そうとなると、どんな調理法がいいかしらね~」
上機嫌に言う。
この食材は煮てよし焼いてよし、新鮮ならば生でもよし。優秀な食材だ。
見たところこのマグロは息絶えたばかりで新鮮そうだ。魂は今頃三途の河で順番待ちしているかもしれない。
ならば生でそのまま、いやサラダに和えるという手もある。オリーブオイルをかけたらそれはそれで美味しそうだ。
食材を目の前にあれこれ考えを及ぼす。楽しくなってきて心躍る。
しかしレミリアは、ふと我に帰る。
「しまった。この手の食材は早くしないと鮮度が落ちちゃう」
料理を想像するのならいつだってできる。しかし鮮度は一分一秒が勝負。
このままでは折角のマグロの味が悪くなってしまうと、レミリアは慌てて呼び鈴を鳴らした。
「おはようございますお嬢様……ってわあ!? どうしたんです、そのマグロ?」
呼び鈴の音が鳴ったのとほぼ同時に部屋に入ってきた咲夜はそのまま目を丸くした。
寝起き姿のレミリアの足元に、何故か転がるマグロ。瀟洒なメイドとはいえ、この状況を理解するには時間が必要だ。
「詳しいことはわたしもよく分からないわ。起きたらここに落ちてたの」
「はあ……それではすぐにお掃除を」
要領を得ないまま、それでも仕事はこなさねばならないと、咲夜は掃除用具を取りに行こうとした。
しかし踵を返すと、背中からは主人の怒声が響いた。
「馬鹿!」
「……はい?」
何故自分は怒られたのか、それも分からないまま咲夜は振り向く。この部屋に来てから分からないことだらけだ。
そんな従者の混乱など我関せずと言わんばかりに、レミリアは咲夜に命令を出す。
「折角のマグロを片付けるなんてそんな馬鹿な話はないわ。咲夜、今すぐこれを調理しなさい。そしてわたしのブレイクファストとしなさい」
「……落ちていたものをお食べになるので?」
咲夜の疑問は至極当然の物であった。
落ちていた、しかも当主自身何でここに落ちていたのか分からないような得体のしれないマグロをこの当主は食そうというのか。
「毒が入っていないとも限りません。御自重なされた方が……」
「大丈夫よ!」
咲夜の言葉を自信満々に払いのけるレミリア。
この自信は一体どこから湧いてくるのだろうと思わないでもない咲夜であったが、まあいつものことである。
「どうして大丈夫なのですか?」
「よくぞ聞いてくれた!」
「おお!」
わざとらしく見得を切るレミリア。それに逐一驚いて見せるのが瀟洒なメイドの心得。
「ふふふ、どうしてかって? 簡単な話よ。わたしは誇り高き吸血鬼。ちょっとやそっとの毒で死ぬほどやわな体はしてないわ!」
「な、なるほど……」
カッコいいポーズをとるレミリア。それに逐一驚いて見せるのが(ry
「理由はもう一つあるの。そもそもこんな五体満足丸々のマグロに毒を仕込むなんて面倒な真似は考えにくい!」
「さすがお嬢様!」
妖しいオーラを纏いだすレミリア。それに(ry
「それでは早速調理してまいります」
「とびきり美味しいのをお願いね」
レミリアの命を受け、咲夜は畏まって頭を下げた。
それはよかったのであるが、このマグロを運ぶのには少々骨が折れた。
重さは大体70kgくらいである。担いでいくのは難しいが引きずっていくことならできる。
しかしそれでは廊下が汚れてしまうし、マグロにもたくさん傷が付いてしまう。
仕方ないので妖精メイドを三人ほど呼び出し、咲夜を先頭に調理場まで運んでいった。
その様子を眺めていたレミリアは、わくわくしながら待っていた。
「さーて、咲夜は一体どんな料理を作って来てくれるのかしらね~」
咲夜に出した命令は必ずこの食材を生で使用することのみ。具体的な注文はつけなかった。
レミリア自身選べなかったというのもあるが、あの新鮮な食材を前に咲夜がどのように考えて料理を作ってくるかが楽しみなのだ。
主のために考え抜かれた料理、それはきっと至高の味に違いない。
「こうしちゃいられないわ。準備準備」
料理を待つ間、他の妖精メイドを呼び付けて着替えを済ませ身なりを整え食卓のある広間まで移動する。
今か今かと待ち遠しく、しかし焦るな料理は逃げはしないと自分に言いつけ、興奮と冷静の狭間を優雅に行ったり来たりしながら、紅茶の香りを楽しみつつ待ち続けた。
そしてついにその時がやってきた。咲夜が一枚の皿を持って広間に入ってきた。いつもの調子で歩きいつもの調子でレミリアの前に皿を置く。
生クリームたっぷりのケーキだった。
「何でよ!」
「えっ!?」
レミリアのツッコミに咲夜は意外そうな顔をした。何故自分が怒られているのか。
「ケーキ……ケーキって……新鮮なマグロよ? 生で美味しく頂くのが流儀ってものじゃないの……?」
「いや……その……」
ケーキの乗った皿を持ちあげ、この世の終わりのような顔をしながらわなわなと震えるレミリア。
そんな主人の様子に戸惑いながら、咲夜はだって、と口にする。
「『高貴なる吸血鬼の目覚めはかぐわしき紅茶と甘美なケーキから始まる。だからブレイクファストは紅茶とケーキ以外禁止』っておっしゃったのはお嬢様じゃありませんか」
「……あっ」
思い返せば三日前、一日に一つでも多くのケーキが食べたくなったという理由で出した命令。
その命令を愚直に守るメイド長がいて、眼前の「新鮮なマグロをふんだんに使いましたケーキ」が存在する。
「ねえ、もしかしてこれに使ってない部位って……?」
「全部冷凍保存しましたが」
「やっぱり……」
冷凍保存すると、鮮度は保てても味は若干落ちる。とれたてのマグロを生で食べるという夢は、ここに潰えたのであった。
意気消沈するレミリアに、何とかして励まそうと咲夜が声をかける。
「で、でもこのケーキに使用されているマグロは全て生です! イチゴの代わりです!」
「……はあ」
ため息一つ。レミリアの元気は戻らなかった。
確かによく見れば、ケーキに使われている赤いものはイチゴではなくイチゴの形にカットされた生マグロ。これがイチゴだったら幾分かマシだったであろうに。
「も、申し訳ございません! すぐにお下げします!」
「……いいわよ、三日前に命令出したのはわたしだし。責任を取ってこのままいただくわ」
深々と頭を下げる咲夜に、いいのいいのと手を振り、テンションだだ下がりのままフォークでケーキを口に運ぶ。
生マグロの食感に生クリームの味が乗っかった、それはそれは不思議な味がした。
「うーん、如何とも形容しがたい味……」
「あの、お嬢様。無理はなさらない方が……」
「いいから。貴女は他の仕事に向かって頂戴」
「か、かしこまりました」
咲夜の制止を振り切って、レミリアはフォークを動かし続ける。
もう意地だった。一人黙々と不思議な味をかみしめる。
そして何口目かのケーキを飲みこんだところで、突如空間に亀裂が走った。
「どうもこんばんはーって、うわあ……」
「何よスキマ妖怪。わたしは今忙しくてしかも機嫌が悪いの。邪魔するなら帰りなさい」
亀裂から出てきて早々、レミリアの食事風景に顔を歪めたスキマ妖怪、八雲紫。
不機嫌を隠すことなく出迎えた紅魔館当主に、今度は顔をムスッとさせる。
「御挨拶ね。せっかく外の世界から新鮮な食材を提供してあげたというのに」
「……は?」
「『は?』じゃないわよ。貴女の部屋に置いておいたでしょう? 新鮮なマグロ」
紫の言葉にまさかと思うレミリア。
確かに紫の能力ならそれくらい赤子の手をひねるに等しい。いやしかし、と迷う。
「食材調達は咲夜に任せてあるから、そういうのは全部咲夜の方に回すよう随分前に言ったはずなのだけれど?」
「それこそこっちだってきちんと貴女に伝えましたのよ?」
「……どういうこと?」
何が何だか、全く心当たりの無いレミリア。
きょとんとするレミリアに、紫はあーあといったような感じで首を横に振る。
「さっき、今日はメイド長さんがすごく忙しそうだからどうしましょうって貴女の部屋まで聞きに行ったら、『適当にして』って言ったじゃないの」
「さっきっていつよ?」
「えーっと、確か貴女の部屋の柱時計が六時になる少し前だったかしら」
「……そういうことか」
合点がいった。
起きる直前、寝ぼけた状態で紫に話しかけられ前後不覚のまま答えたらしい。
まあ、今食べているマグロが紅魔館の食料であることに違いは無いし、しかもこのマグロが危険なもので無いことも分かった。それだけで十分な収穫か。
「ところで紫。さっきから気になっていたのだけれど」
「何かしら?」
「このマグロが新鮮なのは確かだけど、やたら傷がついてたのよね。どうして?」
「あーそれね。その『マグロ』、実は小高い崖から飛び降りて果てたのよ。できるだけ綺麗な『マグロ』を用意したかったんだけど、それが一番マシなわけ」
「ふーん……」
聞いた割には適当な相槌を打って、レミリアは再び生『マグロ』入りケーキを口に運ぶ。やっぱり生『マグロ』と生クリームが珍妙なハーモニーを繰り広げていた。生というのがきつい。これがペーストとして生地に少量練り込まれていただけならあるいは。
顔をしかめ、紅茶を口に運ぶ。同じく新鮮な『マグロ』からとれた血が入っている。
「……こっちは結構なお手前ね」
ふうっと息を漏らす。
生『マグロ』入りケーキはまだ半分もある。いや、あと半分だけと言った方が気が楽か。
落ち気づかなかった;;
ダメージががが
頭の中にはもう渡哲也がスタンバってたっていうのに
とりあえず渡哲也のマグロのCM脳内再生余裕でした
しかしレミリアがマグロと言うのはともかく、他人まで言うのは違和感があるかも
普通のマグロのほうが面白かった気もするが
そ、ソイレイントケーキ…!
本物のマグロなら、ケーキに上手く使うことも出来るだろうと思って違和感はもったのに。
ところで「マグロ」って轢死体のことだと思ってたんだけど
違うのかな?あまり詳しくなくて・・・詳しくてもアレですけど
ちょっとcali≠gari聴きたくなってきたのでこの辺でw
御馳走様でしたw