<1>
はたては、咽せた。
妖怪の山にある掘っ建て小屋の前で、体をくの字に曲げて盛大に。
『姫海棠はたてモデルの“ヒメゴト2”鋭意制作中♪』
にとりの研究所、ノックしてね♪
という可愛らしい文字と同じタッチで描かれたこの掛け札は、一瞬で鴉天狗の横隔膜にダイレクトアタックし、両膝を地面に付かせるだけの破壊力を誇っていた。
ハロウィンを意識した悪戯か何かかもしれないが、あまりに殺傷力が高すぎたのだ。現にもう、はたては完全にグロッキー状態。
「に、にてょりっ!! にとぉりぃ!」
強烈な精神的、肉体的ダメージを背負わされたはたては、ドアノブを支え代わりに何とか起き上がると、そのまま弱々しくもたれ掛かるようにしてノックする。
声が裏返っているのは、まだ横隔膜のダメージが抜けていないからだろう。
すると、ドアを挟んで聞こえていた忙しそうな機械音が一瞬だけ収まり、
「……」
かぱっと。
分厚いドアに設置されていた覗き窓が開いた。
そこから心配そうに外を覗く、にとりの顔が見えて、はたてはほっと胸を撫で下ろす。
そして、にとりも知った顔が外にいると知ってほっと、一息。
鍵を開けるつもりなのかドアの内側で身を屈めながらごそごそと体を動かして。
かちゃり、と
『姫海棠はたてモデルの“ヒメゴト2”♪ もうちょっと、だよ♪』
内側から器用に外の掛け札を入れ替えて、ふぅっと。
良い仕事したと言わんばかりに額の汗を拭い、ぱたんっと小窓を閉じた。
もうちょっとなのかー、そっかー。
よかったー。
「って、よくないっ! にとりっ! 違うっ! コレ絶対違う! 進行状況をおおまかに知りたいとかそういうことじゃなくてっ!」
どんどんどんっと。
少しだけ回復してきた身体を使って、さっきよりも強くノックする。
むしろさっきよりも悪化した状況を打破しようと、必死で訴えた。
すると、また、小窓がカパッと開いて。
カチャカチャ……
そして、作業を終えた後で上目遣いのまま、ぱたんっと。
『姫海棠はたてモデルの“ヒメゴト2”♪ 「はたて、ちょっとこわいの……」』
ドアに向け、はたては反射的に頭突きをかましていた。
「台詞を書くなーっ! なんなのよ! なんかこれじゃ、私がアウトみたいじゃないのよっ! なにしてんのよあんた、直接言葉で伝えなさいよ!
おでこを赤くしながら、涙目で訴えると。
今度はドアの下の隙間からするすると、一枚の紙が……
『言葉じゃ伝わらないことも、あるよね?』
「伝わってるよねっ!? 今、私の言葉が届いたからこその反応だよねコレっ!
とにかく、この変な看板みたいなの取って! ちゃんと中で大人しく待つから!」
カチャカチャ
『姫海棠はたてモデルの“ヒメゴト2”♪ 「入っても、良いよ」 』
「キシャアアアアアアア」
「ひゅぃっ!?」
記者がキシャアァッ!
という偶然の一致に反応すら出来ず、小窓の開閉口を鬼のような力で掴まれたにとりは、ただ、鴉天狗の真の迫力に怯えるばかりであった。
<2>
「これが……私の新しい写真機?」
「そう、名付けて。
『姫海棠はたて専用・誤作動防止ロック機能付き・特性モデル・バージョン2』
略して『ヒメゴ――』」
「やめろぉっ!」
「うぼぁー」
説得という名の脅しでなんとかにとりの研究所に脚を踏み入れることに成功したはたては、いかがわしい看板の撤去という重要任務を多大なる犠牲を払いながら終えることが出来た。
しかし、奧へ進もうとした直後に。にとりからジェスチャーで、
『ここから動かないで、それと、しゃべらないで』
と、告げられ、仕方なくそれに従う。
名字に姫が付くとおり、ある程度身分のある鴉天狗の一族であるため、河童にむげに扱われるのは無礼千万、と本来なら怒鳴っても良いところなのだが。
そういった世間のしがらみを余り知らず、箱入り娘として大事に育てられた彼女は最近外出を許されたばかり。それゆえ悲しいかな、待てと言われても特に苦痛を感じたり、無礼に思ったりしないのである。むしろ1人で時間を潰すのは大得意。
はたては無言でにとりの研究所を見渡し、手の届く範囲の触っても問題なさそうな機械を選んで掴むと、頭の中で使い方を想像したり、その機械を題材にした文との会話とかも考えてみたりして。
「できたよー」
「は~い」
そうしている間に、にとりから手招きされた。
誘われたままに作業机に近づいていけば、すでにパカパカ式携帯型写真機がその姿をランプの下に晒していた。
「これが完成品?」
「もちろん。はたてが機械を持って、1人遊びしてる間に、ちゃっちゃっと最後の仕上げ」
「……にとり?」
「ん? 何? 私変なこと言った?」
さっきの怯えていた顔が何処吹く風。
達成感と喜びに満ちた満面の笑みには、くもり一つなく。
裏の意味さえ考えたはたてに、その純粋な視線が突き刺さった。
「変、ってことは、ないんだけど……、さっきの看板と良い今の台詞と良い。ほ、ほら、別の意味で捉えちゃう人いるだろうから気をつけた方がいいかなーって」
「へぇー、じゃあ、はたては~? 別な意味が思い浮かんだんだよね?」
「ち、ちがうわよ! 何となくそんな気がしただけなんだから!」
「ふふー、はたてってば他の鴉天狗と違ってるから、そういうとこいいよね~。ほら、完成したんだから受け取ってよ」
どうやらさきほどまでの“しゃべらないで”、というのはこの中に入っている機械の最終組み立ての際に余計な埃や髪の毛が紛れ込まないようにするためらしい。いまはそれがしっかり組み込まれているから平気だと。
はたてが扉の前にいたときも筆談で済ませようとしたのは、これが原因だった。
部屋の中に乱雑に置かれているようにしか見えない機械を注意して見ても、どれも埃がのっていないのだからその徹底ぶりが窺い知れる。
そうやってよそ見をしながらスイッチを入れ、新しい写真機が動くのを待っていると。
ぴろりん。
「あれ、なんか音が綺麗になってる」
画面にはそんなに変化ないものの、澄んだ機械音に驚き目をぱちぱちさせた。そんなはたての変化が嬉しかったのか、にとりは上機嫌で胸を張り。
「良いでしょ、私のヒメゴ――、は、はたて専用写真機」
横からの殺気を感じ取ったのか慌てて言い直した。
「凄いじゃない。これだと念写も楽しくなるわ」
エンジニアであり人見知りと、訳ありの引きこもり。
あまり外に出ないという共通点がきっかけとなったのか、はたてとにとりは種族が違う癖に仲が良い。にとりにとっては椛と同じくらい心を許せる珍しい天狗だ。それが写真機作成のこだわりにも繋がっているのは間違いないだろう。
「でも、これだと古いのは捨てないといけないかな」
「おや、おやおやおやおや? 姫海棠さん? 何か勘違いしてないかなぁ? ひとつ目は写真用としてちゃんと持ってて貰わないと」
「え? でも、これも写真用でしょ?」
「ちっちっち、なぜ綺麗な音が鳴るのか。そこを考えれば答えが見えるのだよ、はたてくん。ほら、貸してくれたまえ」
なんだかよくわからない博士キャラに変貌しつつあるが、はたては素直に写真機を手渡す。するとにとりが慣れた手つきでボタン操作を行い。それをはたてへと向ける。
「なんかポーズでも取ればいいの?」
性能チェックという意味なら、何か協力することはないか。はたてがそう尋ねると、なぜかにとりはにこやかに微笑んだまま、再度かちかちと操作を続行し。
「ねえ、聞いて――」
『なんかポーズでも取ればいいの?』
「は?」
どこか掠れた声を耳に受け、はたては妙な声を上げてしまった。
自分から直接発したわけでもないのに、それに近い音が、写真機の方から聞こえてきたのだから。
「み、見せて!」
「はい、どうぞ」
はたてはその写真機を奪い取るように掴むと、その画面を凝視する。
するとどうだろうか。
『なんかポーズでも取ればいいの?』
腕を組むはたて本人が画面上に映っているのには間違いないのだが。
『なんかポーズでも取ればいいの?』
繰り返される言葉と同時に、はたての身体が揺れるように動いたり。
口が閉じたり開いたり。
瞼が下りたり、開いたりする。
これは一体なんだというのか。
「に、ににに、にとっ! こ、これ動いてっ!」
凄い。
ぞわぞわと寒気が全身に走り、
本当に凄いとしか、受け取ることができなかった。
撮ったモノがその場で動くなどと、どんな天狗も持ち合わせない驚きの機能だ。妖怪の山の最先端と言っても良いだろう。
画面を指差し、前屈みになりながら感動で声を震わせる。
けれど、にとりはまだまだと言った様子で首を左右に振った。
「ふっふっふ、甘い。甘いよ。動画撮影機能だけで驚いてもらっちゃあ困る。これだと早苗って人間が言ってた外界の再現だけど、でもにとり様の真骨頂はこんなものじゃないんだなぁ!」
「え? え? もっと凄いのがあるの?」
「えー、もう忘れちゃったの? この子は2号なんだよ?」
「2号?」
「そうそう、はたて専用写真機の2号」
「……っ!? も、もしかして、念写対応型っ!?」
「そぅ! ざっつらいと!」
「イャァっ!」
驚きのあまり外界の言葉が出てしまうが、はたてはその念写対応型動画撮影機を手にした喜びのままに、にとりにぎゅっと抱きついた。
「すごいよぉ~! ってことは、今まで写真だけで想像して記事書かないといけなかったけど、動画にして見えるから前後関係もはっきりしちゃうってことじゃない! やった! やったよーーっ!」
「……うじゅぅ、くるしひ」
ただ、力を入れすぎてしまったせいで、はたての腕の仲でにとりがバタバタともがき始めてしまった。
「あ、ごめんごめん。今、離れるね。
でも部屋の中から事件の一部始終を観察出来るってわけだよね!」
「そう!」
「文に胡散臭い記事だなんて、言われなくて済む!」
「そう!」
「部屋から出なくても! 好きなだけ新聞が書ける!」
「……そこは出ようよ」
「えー。まあ、新聞で優勝するには実際に目で見たものや直に感じたり、そういうのが必要だとは思うけど。にとりがせっかく作ってくれたから……」
「過信は油断を生むから気をつけろって話し。それに、まだ万能かどうかテストしてないんだから」
「わかった、じゃあ。さっそく念写機能を使ってみるよ。いつもの感じで良いのかな」
「そうだね。まずそれで」
「おっけー」
軽い返事を返して、はたては精神を集中させる。
ただ、はたては念写は仕えても、具体的に何を撮るかの正確な制御はまだできない。
でも、とりあえず、作ってくれた恩も含めて、なにかにとりの記事を書きたいと。はたては強く、にとりのことをイメージする。
――にとり、にとり、
――私の大切な、親友の、にとりの、
――イメージアップ大作戦っ!
「えいっ!!」
『動画を受信しました』
「う、うわっ!? しゃべった!」
「おお! お知らせ機能は完璧! そしたらさ、その画面の受信ってマークが光ってるのを確認して貰って、そこにカーソルを持ってって、真ん中のボタンを、ぽち」
「……目標をセンターに入れて……スイッチ」
にとりに言われるがままに操作を続行すると。
動画一覧、という画面に移り。さきほどのはたての立ち姿の横に、にとりの写真が出現していた。
「新しくできた写真をぽちってやれば、動き出すよ……って、私だねこれ」
「うん、鏡の前で立ってるみたい」
「……鏡の前」
「じゃーいくよ。ぽちっとな」
「あ、ちょ、まっ!?」
はたてと一緒に画面を覗き込むにとりが、何故か慌てて手をバタバタさせるがもう遅い。一度ブラックアウトした後に、にとりの姿が画面全体に広がって、動画を再生し始める。
『おはよー』
画像の中では畳と、木製の柱、置物などが姿見用の鏡と一緒に映っていた。研究所とは別の居住スペースにいるようだ。そこでにとりは鏡に向かって、にこっと微笑んで身なりを整え始めた。
自分自身に挨拶をするという、ちょっと恥ずかしい行為を行いながら。
それでも、朝起きてからちゃんと身なりを気にするという情報はにとりにプラスにはなるだろうと、はたてがじーっと覗いていると。
「ねえ、止めよう。もう止めよう。まずいまずいこれいじょうやばいってぜったいながしちゃいけないやつだっておもてにだしたらしぜんがおせんされるれべるのやつだって」
何故か横からがっしり掴まれた。
相撲自慢の河童の力で、ぎりぎりと、写真機を奪い取ろうとする。しかし、そこは鴉天狗。河童に劣らない身体能力でそれを防ぎながら、にとりの抵抗を気にせずに画像に集中し。
『よーし、じゃあ今日もおきまりのいっちゃうぞー!』
画像中のにとりは、大きく脚を開き、元気いっぱい右手を突き上げてから。
鏡映りを確認するようにあっちを向いたりこっちを向いたり、さらに畳の目を脚の指先で読み、立ち位置を修正すると。
軽くとんっと、畳の上でジャンプして。
ニパッ☆
着地と同時に、ほっぺに両手の人差し指を当てて、ウィンク。
輝くような笑みはもちろん標準装備。
そうしてほっぺ指から、鏡に向けての全力手振り、そして横にくるりと一回転。
横でまとめた髪が綺麗に流れ、かわいさの中に美しさを表現。
そして極めつけのフィニッシュは。
ピースサインの右手を横に。
指と指の間からしっかり右目が見えるような位置に固定し、左手は腰へ。
脚は肩幅に開きながらも、あざとく内股は忘れない!
まるで流れるような動きで、にとりが、決めたぁっ!
『こんにちは、人里のみんな! みんなのアイドル! 河童のに・と・りん・だよっ! 今日も一日、がんばっていこうね♪ きゃぴっ!』
その、きゃぴっが……、最後の言葉だった。
動画の下の丸い何かが右端まで移動した後、自動的に画面が切り替わり。また二つの静止画だけが表示される画面に戻る。
はたては、実体験の中でおおまかに機能を理解しつつ。
……ちらり、と。
横に目を向ける。
すると、光を失った目がはたてを見上げていた。
「……」
「……ねぇ、はたて?」
「……」
「……こんなんじゃ、記事とか。できないよね?」
「……うん?」
「……ほら、その動画っていうやつさ。詳しい情報が目で見てわかるようになってるんだけど、保存出来る数がそんなになくてね……」
「うん」
「記事にならない、いらない画像とかどんどん整理した方が良いんだよね」
「そっかー」
「だからさ、そういうの、消してさ……、有意義な事件とか、さ」
「うん、じゃあ消すね」
「そ、そうそう! それがいいよ! 絶対!」
「えーっと、消去ボタンはっと」
「そういうのは前と一緒だから! 焦らずにやればしっかりできるって、うんうん。だから、練習はこれまでにして、記事になりそうな本番をやっちゃお――」
ぽちっ。
『動画を保存しました』
「……」
「……ねぇ?」
「ん?」
「……今、なんか聞こえた?」
「いや、別に?」
「保存したとか、それ、言ってなかった?」
「気のせいじゃない?」
「じゃあ、見せて? 残ってるか確認するから」
暗黒のオーラを背負い、にじり寄るにとり。
それはまさしく、悪魔の形相。
このままでは命さえも奪われかねないはたてであったが、しかし、彼女はもう……最悪の切り札を手に入れてしまった。
はたては迷うことなく、右手を顔の前に持って行き。
「……きゃぴ♪」
「ぐ、ぐはぁっ!」
そのとき、にとりは死んだ。
はたてが繰り出したキューティーポーズに、とどめを刺され。
どさりっと、研究所の冷たい床の上にその身を預けた。
そう、妖怪として大切な何かが……
折れてしまったのだ……
「へ、へへ……、殺せよ、もう殺しなさいよ……」
力無く四肢を預けるにとりであったが、はたては暖かい表情でにとりを慰める。
しゃがみ込み、落ち着かせるように頬を撫でて。
「大丈夫だって、ちゃんとにとりの魅力アップの記事に使ってあげ――、ぷふっ!」
やっぱり耐えきれず、吹き出した。
「笑った! 今絶対笑った!」
「ないわぁ~、やっぱりこれはないわぁ~」
「いいじゃん! 自分の部屋でやるくらいいいじゃんかよぉ! 人間が苦手な河童がそれを克服しようと真剣に頑張る友人を笑うのが天狗様のやりかたかよぉ!」
「ああ、なるほど……真剣に……だったのね。笑ってゴメン、に・と・りん♪」
「う、ううう、うるさいやいっ! だ、だったら! だったらさ、はたてはどうなんだよ! 念写で撮ったら変なのが絶対出てこないって自信あんのっ!?」
「う……」
「ほーら! やっぱりぃ! 自信ないんだぁ~、だぁってぇ? 最近まで1人で居たんだもんねぇ? 友達居なかったんだもんねぇ? 一人寂しい女の子の部屋だから、映っちゃいけないのが撮れたりするかもだしぃ?」
「あ~、そういうこと言う? いっちゃうんだ、へぇ~。いいじゃない! その挑戦受けて立つ! もしそれでまともなの出てきたら、にとりのやつ記事にしちゃうからね? 本気で作っちゃうからね! 謝るのはいまのうちだからっ!」
「え、えっ!? い、いいいいいいいい、いいよ!
やってみなさいよっ!」
と、売り言葉に買い言葉で自分自身の動画を念写することになってしまったはたてなのだが、正直まるっきり自信がなかった。
それでも、さすがにあのにとりのもの以上は出てこないはず、と。
何せ、最近はほとんど新聞作成と研究という努力を積み重ねていたのだから。
にとりのような習慣などあるはずもなく、爆弾を引く可能性は限りなく低い。
加えて、念写ははたて自身の能力だ。
制御しきれないと言っても、危険なものを外すことくらいはできるに違いない。
――私、私、
――新聞に打ち込む、頑張り屋なとこ
――すてきな場面を切り取って!
「えいっ!!」
『動画を受信しました』
その機械的な声と一緒に、一旦一番最初の画面に戻るのは、焦らしプレイの一貫か何かか。そんなことすらはたての中で浮かび上がるが、まずは受信した内容の確認だ、と。
かちかち、と。動画一覧を表示し……
「……」
静止画の中のはたては正座しながら正面を向いて微笑んでいた。
その前には、まーるい小さなちゃぶ台と。
作りかけの新聞記事。
そして、何故か一番中央には……
一本だけろうそくの刺さったケーキが、ぽつんっと。
そこで、はたては悟った。
動画を流す前に確信した。
これ絶対駄目なヤツだと。
「なぁにかたまってんのさ~っ! やっぱり変なの出てき……」
はたての変化を知り、画面を覗き込んだ瞬間。
にとりも理解した。
微笑みというか、半笑いの顔で……
自嘲気味にケーキを見下ろす。
その静止画の時点で、すべてを把握して。
「……はたて」
「にとり」
ぽんっと優しく、震えるはたての肩を叩いて。
「げっとぉぉぉぉおおおお!」
「あ、あああああああああっ!!」
音速を超えかねない速度で、はたての手の中から写真機を奪い取り。
すかさず再生ボタンをぽちっとな。
「や、やめっ、それやめっ!」
「ふふーん、どうせあれでしょ? 一人っきりのバースデーとかそういう痛いヤツでしょ? わかってるんだからね! さあ、はたても地獄に堕ちるがいいっ!」
「ち、ちがっ! そ、それはそんなレベルじゃぁぁっ!!」
けれど、すでに再生ボタンを押された写真機はにとりの手の中。
必死ではたてが阻止しようと飛び掛るが。
にとりは床の上で丸くなり、鉄壁の亀のポーズ。胸のところで写真機をしっかり掴み、はたての妨害を完全にシャットアウト。
そしてとうとう、そのにとりが予想する一人誕生日の映像が流れ始め――
『えーっと、こほん。それでは今回、天狗史上に残るほど素敵な新聞を作り上げた、稀代の天才記者。姫海棠はたてさんに独占取材したいと思います』
「あれ?」
誕生日、じゃない。
そう感じたにとりが一瞬気を緩め、防御を薄くする。
それが唯一のはたてのチャンスだったはずなのだが、その声が部屋の中に響いた直後、はたては力無く、膝から崩れ落ちて。
糸が切れた操り人形のように、横方向へとに倒れていく。
『いやー、はたてさん。今回も新聞大会一位だなんて、本当に素晴らしい。やはり見た目からしても溢れる才能を持っているなと肌で感じてしまいますが』
それとは対照的に、画面の中で動き回るはたては、原稿用の羽ペンを何も無い空間へ向け構えた。本当にそこには誰も居ない、はたてだけだというのに。
はたてが、はたてに対し質問をしていた。
『そんなことありませんよ。真剣に新聞作りに取り組んだ結果です。そうやって真摯に新聞と向き合い。重ねてきたものが、そう見せてしまうだけですよ』
くるりっと、畳の上を移動してちゃぶ台の反対側へ。
そして、文にも負けず劣らずの素晴らしい営業スマイル。
ケーキの上のろうそくの光だけに照らされた、溢れる才能を隠しきれない笑顔とでも表現するべきだろうか。
『100年連続1位だというのに、なんと謙虚なお言葉! この射命丸文、心に刻ませていただきます』
どうやら、はたての脳内設定の記者名は文という名前らしい。
しかもはたてが100年もトップをキーピング。
『それでは、最後に……全国2000万人の天狗から支持を受ける新聞にもっとも必要なものは一体なんでしょう!』
大変だ、幻想郷が天狗一色である。
人口密度というか、妖怪の山の天狗密度が危険水準だ。
にとりの突っ込みを置いてけぼりにして、画面上のはたてはまたすばやく反対側へと移動し。
『もちろん、愛です』
胸に手を当て、にとりすら見たことのない一番の笑顔で、満足そうに浸り……
しばらくそのまま、感動に浸りながら、何も無い斜め上の空間を眺め……
『すいませーん、姫海棠お嬢様、いらっしゃいますかー?』
という声で、びくりっと全身を震わせた。
その驚きようは半端なく、とっさに羽さえ出現させていた。
早く返事をしないとという焦りに襲われたまま、はたてはその後ろ、部屋の入り口に向かって振り返り。
べちゃ
羽がケーキの中にぼすっと突っ込み。
ぼっ!
燃えた。
ろうそくの炎で、なんか燃えた。
『☆■○$%&っ!!』
熱さで悲鳴を上げ、のたうちまわるはたて。
その声を聞いて慌てて部屋に飛び込む、姫海棠家のお手伝いさんっぽい白狼天狗。
そして重なる二つの悲鳴。
悲しき声はさらに、大きな波となって様々な鴉天狗を巻き込む大騒ぎに発展し……
そこでぷつっと画像が切り替わった。
「……」
にとりは、はたてを見る。
亀の姿勢の防御を解き、携帯を胸に持ったまま。
乙女っぽく足を流して座り込んだ、はたてに写真機を向けて。
にこりっと。微笑む。
「……きゃぴ」
しかし、はたては抵抗する。
「……きゃぴっ! きゃぴっ!」
まだ私は負けてない。
まだ戦える。
傷ついた心を必死に庇いながら、にとりに向かって叫ぶ。
けれど、にとりは。
その言葉を受けても、笑みを崩さず……
「もう、いいんだよ。はたて……、戦いは……終わったんだ……」
「にとり……わ、私っ! 私っ!」
「はたてっ!!」
二人の少女はお互いの健闘を称えあい。
涙を流して、強く強く抱き合った。
そして――
『データをすべて消去しました』
にとり手から滑り落ちた写真機が、第一次念写大戦が終わったことを告げていた。
<3>
『ただいま受信中……』
「……」
「……ねえ、にとりやっぱりこれ壊れてない?」
さきほどの嫌な事件はさておき、二人は写真機の性能テストを続けていた。それで今度は二人のどちらにも関係なさそうなものをはたてがイメージし
――特ダネ記事になりそうな
――とにかく熱くて、びっくりな
――物凄いのを、私に頂戴っ!
はたての気合と同時に、また写真機が動き出して。
その結果がコレ。
受信中のままうんともすんとも言わなくなったというわけだ。
「はたてが欲張り過ぎたんじゃないの? とにかく凄いの欲しいとか、大雑把過ぎるのイメージして能力が変な風に作用してるとか」
「そ、そんなことないし!」
図星すぎて再び胸をえぐられた気分になるはたてだが、にとりの追求はそれ以上ない。やはり初めて作った道具であるので、どこまでの性能があるのか。上限をいまいち理解できていないところがあるのだろう。
だから、念写能力だけのせいではない、と。
「ほら、この画面見て。この上のヒトダママークが元気にくるくる動いてれば、スムーズに機械が動いていることになるんだよ」
「……ずいぶんゆっくり回ってるね」
「私とはたての奴のときは、回転しすぎて見えないくらいだったのに」
「ってことは時間がかかるってこと?」
「かもしれないね。はたて、悪いんだけど。これを家に持って帰って、肌身離さず持っておいてくれる?」
だから一日くらい放っておいてみて、様子を見よう。
天狗社会の最先端な写真機に興味津々のはたては、もちろんそれを了承し、写真機を受け取った。
使い慣れた一つ目の写真機で記事を作りながら、様子を見ることにしよう。
そう思って、にとりの研究所を出て飛び立ったはたてであったが。
飛びながら、ちらりと。
何気なく写真機2号の画面を見てから、はたては目を細め。
「ん?」
空中で停止。
そして、また進んで。
「あれ?」
またしても、疑問の声を上げて停止。
しかしはたての目の前で起きているものは紛れも無い事実。
はたては慌ててにとりの研究所に引き返し。
「にとり! ちょっときて! はやく!」
驚き顔のにとりに、今起きたことを説明したのだった。
『もしかしたら、念写能力の元になった何かが近いと、早く受信できるんじゃないか』
それが、はたてが飛びながら見つけた仮定だ。
実家ではなく、現在拠点としている撮影小屋に戻る際に、進めば進むほどヒトバママークがぐるぐる激しくなり。にとりの家に近いとまたゆっくりになる。
その反応を見て、そう判断したのだと。
それが本当なら、はたてとにとりの映像を即座に受信できたのも説明がつく。
「えっと、こっちじゃなくて。こっちか」
(えーっと、そうだねもう少し右)
それを確かめるため、にとりも一緒に行くと言い、はたてが脇に抱える形で一緒に行動することになった。
ただし、極度の人見知りであるため、にとりは常にオプティカルカモフラージュ状態で凄く小さな声で話すだけ。つまり光学迷彩の不可視仕様であるため。
端から見ると、はたてがぶつぶつ言いながら写真機を見つめているようにしか見えないという。ちょっぴり近寄りがたい雰囲気を醸し出してしまっている。ただし、日中であり他の天狗が取材や哨戒で気にすることもない時間帯であったことと。
「ん? ここ?」
(真下かもね)
しかも、あまり妖怪が通らない迷いの竹林の上空であるのも、余計な人物に合わずに済んだ要因だろう。
「まさか、妖怪の山の外だなんてね」
(やっぱ大雑把に能力使っちゃった?)
「だ、だから、そういうのじゃないし!」
こそこそ声に全力で言い返しながら、はたては周囲に誰かいないか探してみる。だいぶ画面上のマークが激しく回転しているのだから、近くに誰かいるかと見渡しているようだ。しかし、眼下の緑の絨毯から上は誰の影もない。この調子ならそれほど時間もかからないだろうし、誰の映像かどうかは受信し終わってからでもよかった。
「下、おりてみようか」
(うん)
それでも好奇心に勝るものなし。
にとりもどうやら同じ感情のようで、反対の声を上げない。はたてはゆっくり、ゆっくりと高度を下げ、緑の絨毯に穴を空けた。
「うわっぷ!」
ぶんぶんっと、顔や手足に張り付いた葉っぱを振り払いながら、体を揺らして周囲を見ると。無数の緑の柱が空に向かって伸びていて。
「うわぁ……」
絨毯が、緑の天井となっていた。
一部では深く、また一部では薄く。
太陽の光を防ぎ、また光を受けて鮮やかな緑を映し出し。
風を受けてざわざわと揺れるたび、暗い部分と明るい部分が動き、時に地上に薄い光の筋を生み出す。
(水の中みたい……)
一瞬、写真機のことを忘れ風景に見入ってしまったはたては、自分がだいぶ降下してしまっていることをやっと思い出し、慌てて急停止。
(うぎゅっ)
小さな悲鳴を脇の下で聞きながら、なんとか着地に成功する。
すると、
「あれ? 珍しいお客さんだね。そんな大慌てってことは、永遠亭に用事かな?」
ぼぅっとしていて、かなりの落下速度になっていたのだろう。
落下地点の付近で立っていた少女に、心配そうに声を掛けられた。
「ああ、ごめんね。実は……」
と、体勢を立て直したはたてが、透明なにとりを地面に下ろしながらゆっくりと振り返り。
「げっ!?」
後頭部にリボンをつけた白髪の少女から、ずざっと離れた。
「……人の顔見て、いきなりそれはないんじゃない?」
「だって、文の新聞で……、あなたが焼鳥屋だって……、出会ったら羽根を隠さないと襲ってくるって言ってたし」
「ああ、うん。それ絶対からかわれてるから。確かに私は健康マニアの焼鳥屋だけど、鳥だからって見境なく襲ってるわけじゃない。必要なときだけよ」
「ホントに?」
「本当に」
天狗って、こんなのばっかりなのか。
などとつぶやきながら、少女はちょっと面倒臭そうに息を吐き。
「自己紹介はいらないかとは思うけど、私は藤原妹紅。人里の自警団に入ってて、メインの仕事は永遠亭への道案内。で、そのついでに、健康マニアで焼鳥屋なだけよ」
「そうなの?」
「そうなの!」
本当かなと、にとりにこっそり問い掛けると。
(ダイジョブ ニンゲン トモダチ イイヤツオオイ)
おもいっきり緊張していた。
ひしっと、はたての背中の服を掴んで
体を固くしながら、カタコトで返してくる。
ただ、はたてには地面に降りてから確認するべきことが一つあった。周囲を注意深く見渡して、その少女以外誰もいないのを確認して。
写真機の画面を確認すると。
『動画を受信しました』
丁度終わったところだった。
しかし、その終了直後のヒトダママークの回転する勢いが、にとりとはたてのときと酷似していた。
「あ、やっぱり」
素早く画面を操作し切り替えると、何も保存されていなかった場所に、目の前の少女の姿が映り込んでいた。これで一つの仮定、
『距離が近いほど受信が早いのでは?』
ということが証明されたというわけだ。
姿は見えなくとも、はたての腕の横から擦れる感触があるということは。にとりも気になって覗いていることが容易に想像できた。
そして、その写真機を覗くはたての様子を気にする相手がもう一人。
「あ、これ私ね。へぇー、この機械カメラなんだ」
「う、うわぉぅ!?」
「そんなにびっくりしなくてもいいじゃない。私としては、いつ撮ったかの方が気になるんだけど。音もしなかったし」
「そ、それは……写真、とかそういうのじゃなくて」
「ふーん」
語るべきか、それともこのまま帰るべきか。
機械の機能を確かめたのだから、もう十分なことには違いない。
「文って天狗はちゃんと取材許可とってから写真撮ってたけど、あんたは自己紹介も何もなしで、写真だけとって帰るんだ。へぇ~」
「ぐっ」
が、文の名前を引き合いに出されると。
はたての中のむくむくと対抗心が膨れ上がる。
さらに文よりも無礼などと言葉尻に含まれるともう、我慢などできるはずもなし。
「私は、姫海棠はたて! 鴉天狗で立派な記者よ。文なんかよりもずっと上のね!」
「じゃあ、その写真なに?」
「この写真? ふふん、これは写真じゃないわ。動画よ。映像として記録する最新鋭の写真機――」
くいくいっと。
にとりが妹紅に見えない位置から服を引っ張ったところで、やっとはたては口を閉じた。
写真撮っただけです、失礼します。
程度で済ませれば何の問題もないやり取りだったというのに。
自分から特別なことをしてましたと暴露してしまったのである。
「動画? 映像? ふーん、なんだかわかんないけど……写真だけじゃないっていうなら、何をしたのかわかるように説明してもらおうか?」
「えと、あの……その……」
そこで、ぼぅっと。
妹紅が手の中に炎を生み出して、それを見たはたてはなるほどと納得する。
「……記事になりそうな、熱いことって、コレか」
「するの? しないの?」
「うー、わかったわよ! じゃあ今からこれがなんなのか見せてあげればいいんでしょ! 見せてあげれば!」
半ば自棄になりながら、はたては動画の再生ボタンを押したのだった。
<4>
ぶんっぶんっ
竹林でもない、どこか森のような場所。
そんな風景の中で妹紅が拳をまっすぐ突き出す動作を続けていた。
その動画が始まる前から何度も繰り返していたのか。
その顔に映像が寄った瞬間。汗が飛ぶのが見て取れる。
ただ、それよりも最初に旗手が感じたのは。
――あれ、遅い?
動画の長さだった。
にとりやはたての映像の時は、動画の進行を示す印がかなり早めに進んでいたのに、妹紅のものはゆっくり、ゆっくりと進んで見える。
長いから遅かったのか、とも考えつつ眺めていると。
「お、お前……これ、いつ……」
すぐ横で並んで見ていた妹紅の声が震えだす。
気になってはたてがその表情を盗み見ると、瞳が小刻みに震え、口が半開きになっていた。
「これは、私の能力で撮ったやつよ。強く念じて、その念に該当するものを引っ張ってくる感じよ。どう? 文よりもすごいでしょ?」
そうやって自慢げに答えると、にとりからこんこんっと背中を叩かれる。私の技術が凄いことも説明しろと訴えているのだろうが、はたてはそれを察することなく、妹紅の反応と動画を比べてみているばかり。
「いや、だって。これ……、ありえないよ……」
画像の中で、妹紅の動きが止まる。
拳を前に突き出すだけの動きを続けていた妹紅は、いら立ちを隠すことなく、近くの木に拳を叩きつけた。
何度やっても、無理だ。
そんな焦燥感が、初めて見るはたての方にも伝わってきて。何故かがんばれと、応援してあげたくなってくる。
そんな妹紅が、再び木の幹に手を打ち付けたときだった。
「お、おぉぉぉぉっ!」
拳の先から光が生まれて、あっという間に炎の装飾が木を覆い尽くす。
画像の中の妹紅は、橙色に輝く炎の柱を信じられないといった様子で見上げ続けていたが。まじまじと、自分の右手を見つめた後で、
『できた……、できたぁぁぁぁぁぁあああっ!』
子供のように飛び回り、体全体で喜びを表現していた。
それはまるで……
「そうだよ。これ、私が炎を初めて出した時の……」
何年も前の、忘れかけていた記憶だと妹紅は語る。
画面の中の過去の妹紅と同じくらい、信じられないといった様子で首を左右に振りながら、じっとそれを眺め続けていた。
その後も場面が切り替わり。
初めて、妖怪退治ができるようになったとき。
初めて、背中から炎の翼を出せるようになったとき。
初めて、空を飛んだとき。
そのすべてが、鮮明な映像となって流れていく。
過去に過ぎ去ったはずの、妹紅にとって大切な体験が次々と映っていく。
そうやって動画が進むたび、妹紅の口数は少なくなっていき。
半分を過ぎたころには、まったくしゃべらなくなった。
その代わりに、
ずずっと。
何かをすする音が、聞こえ始める。
それが何かをはたては理解していた。
なぜならはたても、
「ひぐっ……」
瞳に涙を溜めて、すする音を立ててしまっていたのだから。
努力して、努力して、一つずつ難関を超えていく、一人の少女の姿。
それが、はたての胸を貫いていたからだ。
このにとりの写真機があれば、好きな時に新聞を書ける。
そんなことを軽々と口にして、新聞を作ることに必要な努力を怠ろうとした。少しでも楽に仕事ができて、嬉しい。
にとりが、少しは外に出ようよ、と。軽く釘を刺したのを単なる嫌味としか受取ろうとしなかった。そんな自分がどんどん、どんどん恥ずかしくなっていって。
情けなくて、しょうがなく感じてしまって。
「妹紅、凄いよ。あなたって本当に凄い……」
30分以上あった動画が終わりそうになる頃には、はたては涙をこぼしながら、妹紅を褒め称えていた。
自分が新聞を作って目指す姿はここにあると、実感させられた。
努力して掴んだものこそ本当に素晴らしいのだと。
「……ありがと」
だから素直に、言葉にできた。
思い出させてくれてありがとうと。しかし、妹紅もまた、
「いや、感謝したいのは私の方だよ。大切な思い出を見せて貰えて……」
目頭を熱くさせ、ぐっとはたての肩を抱く。
「貴方は、本当に素敵な新聞記者さんよ……」
「妹紅……」
人里の自警団の一人、そして竹林の案内人。
そして、長い時間をかけて少しずつ、長い時間をかけて能力を高めていった、努力家。
「私、あなたの記事、書いてみたい」
この動画だけじゃなく。
もっともっと、情報を集めて。
こんな凄い人がいるということをみんなに教える。そこから始めようと、はたては決めたのだ。
「わかった……、貴方かそう言うなら……」
妹紅はその提案を快く受け入れ。
微笑みながら、おわりかけのその動画をじっと見つめる。
そこではまた、時代が大きく飛んだようだった。
場面は竹林、服装も今とほとんど一緒。
そこから判断してそんなに遠くないのかもしれない。
妹紅は両腕から炎を生み出し、それを自由に操って見せて。
『よしっ』
何かを決意するように、気合いを入れてから。
地面に置いていた外套をおもむろに被る。
それを見た、現在の妹紅から。
「あれ?」
という小さな声が漏れたが、はたては画面に集中したまま。
記事にすると決めたのだ。
妹紅の動作の一秒、一瞬を逃すまいと凝視し続けている。
その中で、動画の中の妹紅は。
外套を纏ったまま、大きく右腕を振り上げ。
『はぁぁぁぁっっ!』
気合一発!
衣服を、外套をはためかせながら、右足を軸に回転し。
流れるような動きで右腕を突き出す。
そしておもむろに、叫んだ。
『ファイナルフェニックスっ! インペリアルシュゥゥゥトォォォっ!』
気合いと同時に、生み出された炎。
それは言うなれば、鳳凰……
というよりは、ハト。
可愛い可愛い、紅のハト。
それがバサバサと、必死で飛ぶように。
羽ばたき、ゆっくり前進し。
目標の竹に当たって、
ぽひょっ
間抜けな音を立てて、霧散。
竹の表面を軽く焼いて、消滅した。
『ふふっ、あはははははっ!』
妹紅は、笑う。
画面の中の妹紅は、体を折り曲げ心底楽しそうに笑い。
『見たか、これぞ我が秘技! 不死鳥の炎。
途絶えぬ紅の炎に抱かれて、永遠に眠るがいいっ!!』
片目を押さえるようにして、口元を歪める。
『そして刻めっ! 我が名は、フェニックス。藤原・F・妹――』
ぷつり、と。
両腕を上げ、ポーズを取ったところでその映像は途絶えた。
「……」
はたては、何も言わず。
「……」
妹紅も、何も言わず。
「……」
身を隠していた、にとりも何も言わない。
無言の圧力が、その場を支配する中で、
はたてとにとりは、確信した。
いままでの流れから、すべて把握した。
――これ、絶対駄目なヤツだと。
「……あ、あの? 妹紅? いえ、妹紅、さん? 大丈夫、最後のは、うん。きっと気のせいだよ。何もなかった、私も何も見なかったし、ね、ねぇ?」
はたてがなんとか取り繕うとするなか、にとりは見た。
いや、偶然見えた。
見えたから、はたての頭を力かせに下げさせて……
「な、にとり、いきなり何っ!?」
力任せにしゃがみ込まされたはたては、見えないにとりに文句を言うが。
ボゥッ、と。
もの凄い熱量が頭の上を通り過ぎたのを感じ、慌てて顔を上げると。
「忘れろ……」
両腕に炎を纏い、炎の翼を広げる。
涙目で頬を引きつらせる妹紅が居た。
「忘れろ……」
そして、どさりっと。
何かが倒れる音を聞く。
それはまさしく、妹紅が放った攻撃で半ばから蒸発した。
一本の竹の残骸……
「忘れろぉぉぉぉぉぉおおおお」
「きぃぃぃぃやぁぁぁぁあああああっ!」
そして、竹林からは二つの対照的な悲鳴が響き渡ったのだった。
「ねえ、にとり。あれ、封印しといて……お願いだから……」
そして、はたて専用写真機『ヒメゴト2』はその日からにとりの研究所の最深部に埋もれることとなったのであった。
はたては、咽せた。
妖怪の山にある掘っ建て小屋の前で、体をくの字に曲げて盛大に。
『姫海棠はたてモデルの“ヒメゴト2”鋭意制作中♪』
にとりの研究所、ノックしてね♪
という可愛らしい文字と同じタッチで描かれたこの掛け札は、一瞬で鴉天狗の横隔膜にダイレクトアタックし、両膝を地面に付かせるだけの破壊力を誇っていた。
ハロウィンを意識した悪戯か何かかもしれないが、あまりに殺傷力が高すぎたのだ。現にもう、はたては完全にグロッキー状態。
「に、にてょりっ!! にとぉりぃ!」
強烈な精神的、肉体的ダメージを背負わされたはたては、ドアノブを支え代わりに何とか起き上がると、そのまま弱々しくもたれ掛かるようにしてノックする。
声が裏返っているのは、まだ横隔膜のダメージが抜けていないからだろう。
すると、ドアを挟んで聞こえていた忙しそうな機械音が一瞬だけ収まり、
「……」
かぱっと。
分厚いドアに設置されていた覗き窓が開いた。
そこから心配そうに外を覗く、にとりの顔が見えて、はたてはほっと胸を撫で下ろす。
そして、にとりも知った顔が外にいると知ってほっと、一息。
鍵を開けるつもりなのかドアの内側で身を屈めながらごそごそと体を動かして。
かちゃり、と
『姫海棠はたてモデルの“ヒメゴト2”♪ もうちょっと、だよ♪』
内側から器用に外の掛け札を入れ替えて、ふぅっと。
良い仕事したと言わんばかりに額の汗を拭い、ぱたんっと小窓を閉じた。
もうちょっとなのかー、そっかー。
よかったー。
「って、よくないっ! にとりっ! 違うっ! コレ絶対違う! 進行状況をおおまかに知りたいとかそういうことじゃなくてっ!」
どんどんどんっと。
少しだけ回復してきた身体を使って、さっきよりも強くノックする。
むしろさっきよりも悪化した状況を打破しようと、必死で訴えた。
すると、また、小窓がカパッと開いて。
カチャカチャ……
そして、作業を終えた後で上目遣いのまま、ぱたんっと。
『姫海棠はたてモデルの“ヒメゴト2”♪ 「はたて、ちょっとこわいの……」』
ドアに向け、はたては反射的に頭突きをかましていた。
「台詞を書くなーっ! なんなのよ! なんかこれじゃ、私がアウトみたいじゃないのよっ! なにしてんのよあんた、直接言葉で伝えなさいよ!
おでこを赤くしながら、涙目で訴えると。
今度はドアの下の隙間からするすると、一枚の紙が……
『言葉じゃ伝わらないことも、あるよね?』
「伝わってるよねっ!? 今、私の言葉が届いたからこその反応だよねコレっ!
とにかく、この変な看板みたいなの取って! ちゃんと中で大人しく待つから!」
カチャカチャ
『姫海棠はたてモデルの“ヒメゴト2”♪ 「入っても、良いよ」 』
「キシャアアアアアアア」
「ひゅぃっ!?」
記者がキシャアァッ!
という偶然の一致に反応すら出来ず、小窓の開閉口を鬼のような力で掴まれたにとりは、ただ、鴉天狗の真の迫力に怯えるばかりであった。
<2>
「これが……私の新しい写真機?」
「そう、名付けて。
『姫海棠はたて専用・誤作動防止ロック機能付き・特性モデル・バージョン2』
略して『ヒメゴ――』」
「やめろぉっ!」
「うぼぁー」
説得という名の脅しでなんとかにとりの研究所に脚を踏み入れることに成功したはたては、いかがわしい看板の撤去という重要任務を多大なる犠牲を払いながら終えることが出来た。
しかし、奧へ進もうとした直後に。にとりからジェスチャーで、
『ここから動かないで、それと、しゃべらないで』
と、告げられ、仕方なくそれに従う。
名字に姫が付くとおり、ある程度身分のある鴉天狗の一族であるため、河童にむげに扱われるのは無礼千万、と本来なら怒鳴っても良いところなのだが。
そういった世間のしがらみを余り知らず、箱入り娘として大事に育てられた彼女は最近外出を許されたばかり。それゆえ悲しいかな、待てと言われても特に苦痛を感じたり、無礼に思ったりしないのである。むしろ1人で時間を潰すのは大得意。
はたては無言でにとりの研究所を見渡し、手の届く範囲の触っても問題なさそうな機械を選んで掴むと、頭の中で使い方を想像したり、その機械を題材にした文との会話とかも考えてみたりして。
「できたよー」
「は~い」
そうしている間に、にとりから手招きされた。
誘われたままに作業机に近づいていけば、すでにパカパカ式携帯型写真機がその姿をランプの下に晒していた。
「これが完成品?」
「もちろん。はたてが機械を持って、1人遊びしてる間に、ちゃっちゃっと最後の仕上げ」
「……にとり?」
「ん? 何? 私変なこと言った?」
さっきの怯えていた顔が何処吹く風。
達成感と喜びに満ちた満面の笑みには、くもり一つなく。
裏の意味さえ考えたはたてに、その純粋な視線が突き刺さった。
「変、ってことは、ないんだけど……、さっきの看板と良い今の台詞と良い。ほ、ほら、別の意味で捉えちゃう人いるだろうから気をつけた方がいいかなーって」
「へぇー、じゃあ、はたては~? 別な意味が思い浮かんだんだよね?」
「ち、ちがうわよ! 何となくそんな気がしただけなんだから!」
「ふふー、はたてってば他の鴉天狗と違ってるから、そういうとこいいよね~。ほら、完成したんだから受け取ってよ」
どうやらさきほどまでの“しゃべらないで”、というのはこの中に入っている機械の最終組み立ての際に余計な埃や髪の毛が紛れ込まないようにするためらしい。いまはそれがしっかり組み込まれているから平気だと。
はたてが扉の前にいたときも筆談で済ませようとしたのは、これが原因だった。
部屋の中に乱雑に置かれているようにしか見えない機械を注意して見ても、どれも埃がのっていないのだからその徹底ぶりが窺い知れる。
そうやってよそ見をしながらスイッチを入れ、新しい写真機が動くのを待っていると。
ぴろりん。
「あれ、なんか音が綺麗になってる」
画面にはそんなに変化ないものの、澄んだ機械音に驚き目をぱちぱちさせた。そんなはたての変化が嬉しかったのか、にとりは上機嫌で胸を張り。
「良いでしょ、私のヒメゴ――、は、はたて専用写真機」
横からの殺気を感じ取ったのか慌てて言い直した。
「凄いじゃない。これだと念写も楽しくなるわ」
エンジニアであり人見知りと、訳ありの引きこもり。
あまり外に出ないという共通点がきっかけとなったのか、はたてとにとりは種族が違う癖に仲が良い。にとりにとっては椛と同じくらい心を許せる珍しい天狗だ。それが写真機作成のこだわりにも繋がっているのは間違いないだろう。
「でも、これだと古いのは捨てないといけないかな」
「おや、おやおやおやおや? 姫海棠さん? 何か勘違いしてないかなぁ? ひとつ目は写真用としてちゃんと持ってて貰わないと」
「え? でも、これも写真用でしょ?」
「ちっちっち、なぜ綺麗な音が鳴るのか。そこを考えれば答えが見えるのだよ、はたてくん。ほら、貸してくれたまえ」
なんだかよくわからない博士キャラに変貌しつつあるが、はたては素直に写真機を手渡す。するとにとりが慣れた手つきでボタン操作を行い。それをはたてへと向ける。
「なんかポーズでも取ればいいの?」
性能チェックという意味なら、何か協力することはないか。はたてがそう尋ねると、なぜかにとりはにこやかに微笑んだまま、再度かちかちと操作を続行し。
「ねえ、聞いて――」
『なんかポーズでも取ればいいの?』
「は?」
どこか掠れた声を耳に受け、はたては妙な声を上げてしまった。
自分から直接発したわけでもないのに、それに近い音が、写真機の方から聞こえてきたのだから。
「み、見せて!」
「はい、どうぞ」
はたてはその写真機を奪い取るように掴むと、その画面を凝視する。
するとどうだろうか。
『なんかポーズでも取ればいいの?』
腕を組むはたて本人が画面上に映っているのには間違いないのだが。
『なんかポーズでも取ればいいの?』
繰り返される言葉と同時に、はたての身体が揺れるように動いたり。
口が閉じたり開いたり。
瞼が下りたり、開いたりする。
これは一体なんだというのか。
「に、ににに、にとっ! こ、これ動いてっ!」
凄い。
ぞわぞわと寒気が全身に走り、
本当に凄いとしか、受け取ることができなかった。
撮ったモノがその場で動くなどと、どんな天狗も持ち合わせない驚きの機能だ。妖怪の山の最先端と言っても良いだろう。
画面を指差し、前屈みになりながら感動で声を震わせる。
けれど、にとりはまだまだと言った様子で首を左右に振った。
「ふっふっふ、甘い。甘いよ。動画撮影機能だけで驚いてもらっちゃあ困る。これだと早苗って人間が言ってた外界の再現だけど、でもにとり様の真骨頂はこんなものじゃないんだなぁ!」
「え? え? もっと凄いのがあるの?」
「えー、もう忘れちゃったの? この子は2号なんだよ?」
「2号?」
「そうそう、はたて専用写真機の2号」
「……っ!? も、もしかして、念写対応型っ!?」
「そぅ! ざっつらいと!」
「イャァっ!」
驚きのあまり外界の言葉が出てしまうが、はたてはその念写対応型動画撮影機を手にした喜びのままに、にとりにぎゅっと抱きついた。
「すごいよぉ~! ってことは、今まで写真だけで想像して記事書かないといけなかったけど、動画にして見えるから前後関係もはっきりしちゃうってことじゃない! やった! やったよーーっ!」
「……うじゅぅ、くるしひ」
ただ、力を入れすぎてしまったせいで、はたての腕の仲でにとりがバタバタともがき始めてしまった。
「あ、ごめんごめん。今、離れるね。
でも部屋の中から事件の一部始終を観察出来るってわけだよね!」
「そう!」
「文に胡散臭い記事だなんて、言われなくて済む!」
「そう!」
「部屋から出なくても! 好きなだけ新聞が書ける!」
「……そこは出ようよ」
「えー。まあ、新聞で優勝するには実際に目で見たものや直に感じたり、そういうのが必要だとは思うけど。にとりがせっかく作ってくれたから……」
「過信は油断を生むから気をつけろって話し。それに、まだ万能かどうかテストしてないんだから」
「わかった、じゃあ。さっそく念写機能を使ってみるよ。いつもの感じで良いのかな」
「そうだね。まずそれで」
「おっけー」
軽い返事を返して、はたては精神を集中させる。
ただ、はたては念写は仕えても、具体的に何を撮るかの正確な制御はまだできない。
でも、とりあえず、作ってくれた恩も含めて、なにかにとりの記事を書きたいと。はたては強く、にとりのことをイメージする。
――にとり、にとり、
――私の大切な、親友の、にとりの、
――イメージアップ大作戦っ!
「えいっ!!」
『動画を受信しました』
「う、うわっ!? しゃべった!」
「おお! お知らせ機能は完璧! そしたらさ、その画面の受信ってマークが光ってるのを確認して貰って、そこにカーソルを持ってって、真ん中のボタンを、ぽち」
「……目標をセンターに入れて……スイッチ」
にとりに言われるがままに操作を続行すると。
動画一覧、という画面に移り。さきほどのはたての立ち姿の横に、にとりの写真が出現していた。
「新しくできた写真をぽちってやれば、動き出すよ……って、私だねこれ」
「うん、鏡の前で立ってるみたい」
「……鏡の前」
「じゃーいくよ。ぽちっとな」
「あ、ちょ、まっ!?」
はたてと一緒に画面を覗き込むにとりが、何故か慌てて手をバタバタさせるがもう遅い。一度ブラックアウトした後に、にとりの姿が画面全体に広がって、動画を再生し始める。
『おはよー』
画像の中では畳と、木製の柱、置物などが姿見用の鏡と一緒に映っていた。研究所とは別の居住スペースにいるようだ。そこでにとりは鏡に向かって、にこっと微笑んで身なりを整え始めた。
自分自身に挨拶をするという、ちょっと恥ずかしい行為を行いながら。
それでも、朝起きてからちゃんと身なりを気にするという情報はにとりにプラスにはなるだろうと、はたてがじーっと覗いていると。
「ねえ、止めよう。もう止めよう。まずいまずいこれいじょうやばいってぜったいながしちゃいけないやつだっておもてにだしたらしぜんがおせんされるれべるのやつだって」
何故か横からがっしり掴まれた。
相撲自慢の河童の力で、ぎりぎりと、写真機を奪い取ろうとする。しかし、そこは鴉天狗。河童に劣らない身体能力でそれを防ぎながら、にとりの抵抗を気にせずに画像に集中し。
『よーし、じゃあ今日もおきまりのいっちゃうぞー!』
画像中のにとりは、大きく脚を開き、元気いっぱい右手を突き上げてから。
鏡映りを確認するようにあっちを向いたりこっちを向いたり、さらに畳の目を脚の指先で読み、立ち位置を修正すると。
軽くとんっと、畳の上でジャンプして。
ニパッ☆
着地と同時に、ほっぺに両手の人差し指を当てて、ウィンク。
輝くような笑みはもちろん標準装備。
そうしてほっぺ指から、鏡に向けての全力手振り、そして横にくるりと一回転。
横でまとめた髪が綺麗に流れ、かわいさの中に美しさを表現。
そして極めつけのフィニッシュは。
ピースサインの右手を横に。
指と指の間からしっかり右目が見えるような位置に固定し、左手は腰へ。
脚は肩幅に開きながらも、あざとく内股は忘れない!
まるで流れるような動きで、にとりが、決めたぁっ!
『こんにちは、人里のみんな! みんなのアイドル! 河童のに・と・りん・だよっ! 今日も一日、がんばっていこうね♪ きゃぴっ!』
その、きゃぴっが……、最後の言葉だった。
動画の下の丸い何かが右端まで移動した後、自動的に画面が切り替わり。また二つの静止画だけが表示される画面に戻る。
はたては、実体験の中でおおまかに機能を理解しつつ。
……ちらり、と。
横に目を向ける。
すると、光を失った目がはたてを見上げていた。
「……」
「……ねぇ、はたて?」
「……」
「……こんなんじゃ、記事とか。できないよね?」
「……うん?」
「……ほら、その動画っていうやつさ。詳しい情報が目で見てわかるようになってるんだけど、保存出来る数がそんなになくてね……」
「うん」
「記事にならない、いらない画像とかどんどん整理した方が良いんだよね」
「そっかー」
「だからさ、そういうの、消してさ……、有意義な事件とか、さ」
「うん、じゃあ消すね」
「そ、そうそう! それがいいよ! 絶対!」
「えーっと、消去ボタンはっと」
「そういうのは前と一緒だから! 焦らずにやればしっかりできるって、うんうん。だから、練習はこれまでにして、記事になりそうな本番をやっちゃお――」
ぽちっ。
『動画を保存しました』
「……」
「……ねぇ?」
「ん?」
「……今、なんか聞こえた?」
「いや、別に?」
「保存したとか、それ、言ってなかった?」
「気のせいじゃない?」
「じゃあ、見せて? 残ってるか確認するから」
暗黒のオーラを背負い、にじり寄るにとり。
それはまさしく、悪魔の形相。
このままでは命さえも奪われかねないはたてであったが、しかし、彼女はもう……最悪の切り札を手に入れてしまった。
はたては迷うことなく、右手を顔の前に持って行き。
「……きゃぴ♪」
「ぐ、ぐはぁっ!」
そのとき、にとりは死んだ。
はたてが繰り出したキューティーポーズに、とどめを刺され。
どさりっと、研究所の冷たい床の上にその身を預けた。
そう、妖怪として大切な何かが……
折れてしまったのだ……
「へ、へへ……、殺せよ、もう殺しなさいよ……」
力無く四肢を預けるにとりであったが、はたては暖かい表情でにとりを慰める。
しゃがみ込み、落ち着かせるように頬を撫でて。
「大丈夫だって、ちゃんとにとりの魅力アップの記事に使ってあげ――、ぷふっ!」
やっぱり耐えきれず、吹き出した。
「笑った! 今絶対笑った!」
「ないわぁ~、やっぱりこれはないわぁ~」
「いいじゃん! 自分の部屋でやるくらいいいじゃんかよぉ! 人間が苦手な河童がそれを克服しようと真剣に頑張る友人を笑うのが天狗様のやりかたかよぉ!」
「ああ、なるほど……真剣に……だったのね。笑ってゴメン、に・と・りん♪」
「う、ううう、うるさいやいっ! だ、だったら! だったらさ、はたてはどうなんだよ! 念写で撮ったら変なのが絶対出てこないって自信あんのっ!?」
「う……」
「ほーら! やっぱりぃ! 自信ないんだぁ~、だぁってぇ? 最近まで1人で居たんだもんねぇ? 友達居なかったんだもんねぇ? 一人寂しい女の子の部屋だから、映っちゃいけないのが撮れたりするかもだしぃ?」
「あ~、そういうこと言う? いっちゃうんだ、へぇ~。いいじゃない! その挑戦受けて立つ! もしそれでまともなの出てきたら、にとりのやつ記事にしちゃうからね? 本気で作っちゃうからね! 謝るのはいまのうちだからっ!」
「え、えっ!? い、いいいいいいいい、いいよ!
やってみなさいよっ!」
と、売り言葉に買い言葉で自分自身の動画を念写することになってしまったはたてなのだが、正直まるっきり自信がなかった。
それでも、さすがにあのにとりのもの以上は出てこないはず、と。
何せ、最近はほとんど新聞作成と研究という努力を積み重ねていたのだから。
にとりのような習慣などあるはずもなく、爆弾を引く可能性は限りなく低い。
加えて、念写ははたて自身の能力だ。
制御しきれないと言っても、危険なものを外すことくらいはできるに違いない。
――私、私、
――新聞に打ち込む、頑張り屋なとこ
――すてきな場面を切り取って!
「えいっ!!」
『動画を受信しました』
その機械的な声と一緒に、一旦一番最初の画面に戻るのは、焦らしプレイの一貫か何かか。そんなことすらはたての中で浮かび上がるが、まずは受信した内容の確認だ、と。
かちかち、と。動画一覧を表示し……
「……」
静止画の中のはたては正座しながら正面を向いて微笑んでいた。
その前には、まーるい小さなちゃぶ台と。
作りかけの新聞記事。
そして、何故か一番中央には……
一本だけろうそくの刺さったケーキが、ぽつんっと。
そこで、はたては悟った。
動画を流す前に確信した。
これ絶対駄目なヤツだと。
「なぁにかたまってんのさ~っ! やっぱり変なの出てき……」
はたての変化を知り、画面を覗き込んだ瞬間。
にとりも理解した。
微笑みというか、半笑いの顔で……
自嘲気味にケーキを見下ろす。
その静止画の時点で、すべてを把握して。
「……はたて」
「にとり」
ぽんっと優しく、震えるはたての肩を叩いて。
「げっとぉぉぉぉおおおお!」
「あ、あああああああああっ!!」
音速を超えかねない速度で、はたての手の中から写真機を奪い取り。
すかさず再生ボタンをぽちっとな。
「や、やめっ、それやめっ!」
「ふふーん、どうせあれでしょ? 一人っきりのバースデーとかそういう痛いヤツでしょ? わかってるんだからね! さあ、はたても地獄に堕ちるがいいっ!」
「ち、ちがっ! そ、それはそんなレベルじゃぁぁっ!!」
けれど、すでに再生ボタンを押された写真機はにとりの手の中。
必死ではたてが阻止しようと飛び掛るが。
にとりは床の上で丸くなり、鉄壁の亀のポーズ。胸のところで写真機をしっかり掴み、はたての妨害を完全にシャットアウト。
そしてとうとう、そのにとりが予想する一人誕生日の映像が流れ始め――
『えーっと、こほん。それでは今回、天狗史上に残るほど素敵な新聞を作り上げた、稀代の天才記者。姫海棠はたてさんに独占取材したいと思います』
「あれ?」
誕生日、じゃない。
そう感じたにとりが一瞬気を緩め、防御を薄くする。
それが唯一のはたてのチャンスだったはずなのだが、その声が部屋の中に響いた直後、はたては力無く、膝から崩れ落ちて。
糸が切れた操り人形のように、横方向へとに倒れていく。
『いやー、はたてさん。今回も新聞大会一位だなんて、本当に素晴らしい。やはり見た目からしても溢れる才能を持っているなと肌で感じてしまいますが』
それとは対照的に、画面の中で動き回るはたては、原稿用の羽ペンを何も無い空間へ向け構えた。本当にそこには誰も居ない、はたてだけだというのに。
はたてが、はたてに対し質問をしていた。
『そんなことありませんよ。真剣に新聞作りに取り組んだ結果です。そうやって真摯に新聞と向き合い。重ねてきたものが、そう見せてしまうだけですよ』
くるりっと、畳の上を移動してちゃぶ台の反対側へ。
そして、文にも負けず劣らずの素晴らしい営業スマイル。
ケーキの上のろうそくの光だけに照らされた、溢れる才能を隠しきれない笑顔とでも表現するべきだろうか。
『100年連続1位だというのに、なんと謙虚なお言葉! この射命丸文、心に刻ませていただきます』
どうやら、はたての脳内設定の記者名は文という名前らしい。
しかもはたてが100年もトップをキーピング。
『それでは、最後に……全国2000万人の天狗から支持を受ける新聞にもっとも必要なものは一体なんでしょう!』
大変だ、幻想郷が天狗一色である。
人口密度というか、妖怪の山の天狗密度が危険水準だ。
にとりの突っ込みを置いてけぼりにして、画面上のはたてはまたすばやく反対側へと移動し。
『もちろん、愛です』
胸に手を当て、にとりすら見たことのない一番の笑顔で、満足そうに浸り……
しばらくそのまま、感動に浸りながら、何も無い斜め上の空間を眺め……
『すいませーん、姫海棠お嬢様、いらっしゃいますかー?』
という声で、びくりっと全身を震わせた。
その驚きようは半端なく、とっさに羽さえ出現させていた。
早く返事をしないとという焦りに襲われたまま、はたてはその後ろ、部屋の入り口に向かって振り返り。
べちゃ
羽がケーキの中にぼすっと突っ込み。
ぼっ!
燃えた。
ろうそくの炎で、なんか燃えた。
『☆■○$%&っ!!』
熱さで悲鳴を上げ、のたうちまわるはたて。
その声を聞いて慌てて部屋に飛び込む、姫海棠家のお手伝いさんっぽい白狼天狗。
そして重なる二つの悲鳴。
悲しき声はさらに、大きな波となって様々な鴉天狗を巻き込む大騒ぎに発展し……
そこでぷつっと画像が切り替わった。
「……」
にとりは、はたてを見る。
亀の姿勢の防御を解き、携帯を胸に持ったまま。
乙女っぽく足を流して座り込んだ、はたてに写真機を向けて。
にこりっと。微笑む。
「……きゃぴ」
しかし、はたては抵抗する。
「……きゃぴっ! きゃぴっ!」
まだ私は負けてない。
まだ戦える。
傷ついた心を必死に庇いながら、にとりに向かって叫ぶ。
けれど、にとりは。
その言葉を受けても、笑みを崩さず……
「もう、いいんだよ。はたて……、戦いは……終わったんだ……」
「にとり……わ、私っ! 私っ!」
「はたてっ!!」
二人の少女はお互いの健闘を称えあい。
涙を流して、強く強く抱き合った。
そして――
『データをすべて消去しました』
にとり手から滑り落ちた写真機が、第一次念写大戦が終わったことを告げていた。
<3>
『ただいま受信中……』
「……」
「……ねえ、にとりやっぱりこれ壊れてない?」
さきほどの嫌な事件はさておき、二人は写真機の性能テストを続けていた。それで今度は二人のどちらにも関係なさそうなものをはたてがイメージし
――特ダネ記事になりそうな
――とにかく熱くて、びっくりな
――物凄いのを、私に頂戴っ!
はたての気合と同時に、また写真機が動き出して。
その結果がコレ。
受信中のままうんともすんとも言わなくなったというわけだ。
「はたてが欲張り過ぎたんじゃないの? とにかく凄いの欲しいとか、大雑把過ぎるのイメージして能力が変な風に作用してるとか」
「そ、そんなことないし!」
図星すぎて再び胸をえぐられた気分になるはたてだが、にとりの追求はそれ以上ない。やはり初めて作った道具であるので、どこまでの性能があるのか。上限をいまいち理解できていないところがあるのだろう。
だから、念写能力だけのせいではない、と。
「ほら、この画面見て。この上のヒトダママークが元気にくるくる動いてれば、スムーズに機械が動いていることになるんだよ」
「……ずいぶんゆっくり回ってるね」
「私とはたての奴のときは、回転しすぎて見えないくらいだったのに」
「ってことは時間がかかるってこと?」
「かもしれないね。はたて、悪いんだけど。これを家に持って帰って、肌身離さず持っておいてくれる?」
だから一日くらい放っておいてみて、様子を見よう。
天狗社会の最先端な写真機に興味津々のはたては、もちろんそれを了承し、写真機を受け取った。
使い慣れた一つ目の写真機で記事を作りながら、様子を見ることにしよう。
そう思って、にとりの研究所を出て飛び立ったはたてであったが。
飛びながら、ちらりと。
何気なく写真機2号の画面を見てから、はたては目を細め。
「ん?」
空中で停止。
そして、また進んで。
「あれ?」
またしても、疑問の声を上げて停止。
しかしはたての目の前で起きているものは紛れも無い事実。
はたては慌ててにとりの研究所に引き返し。
「にとり! ちょっときて! はやく!」
驚き顔のにとりに、今起きたことを説明したのだった。
『もしかしたら、念写能力の元になった何かが近いと、早く受信できるんじゃないか』
それが、はたてが飛びながら見つけた仮定だ。
実家ではなく、現在拠点としている撮影小屋に戻る際に、進めば進むほどヒトバママークがぐるぐる激しくなり。にとりの家に近いとまたゆっくりになる。
その反応を見て、そう判断したのだと。
それが本当なら、はたてとにとりの映像を即座に受信できたのも説明がつく。
「えっと、こっちじゃなくて。こっちか」
(えーっと、そうだねもう少し右)
それを確かめるため、にとりも一緒に行くと言い、はたてが脇に抱える形で一緒に行動することになった。
ただし、極度の人見知りであるため、にとりは常にオプティカルカモフラージュ状態で凄く小さな声で話すだけ。つまり光学迷彩の不可視仕様であるため。
端から見ると、はたてがぶつぶつ言いながら写真機を見つめているようにしか見えないという。ちょっぴり近寄りがたい雰囲気を醸し出してしまっている。ただし、日中であり他の天狗が取材や哨戒で気にすることもない時間帯であったことと。
「ん? ここ?」
(真下かもね)
しかも、あまり妖怪が通らない迷いの竹林の上空であるのも、余計な人物に合わずに済んだ要因だろう。
「まさか、妖怪の山の外だなんてね」
(やっぱ大雑把に能力使っちゃった?)
「だ、だから、そういうのじゃないし!」
こそこそ声に全力で言い返しながら、はたては周囲に誰かいないか探してみる。だいぶ画面上のマークが激しく回転しているのだから、近くに誰かいるかと見渡しているようだ。しかし、眼下の緑の絨毯から上は誰の影もない。この調子ならそれほど時間もかからないだろうし、誰の映像かどうかは受信し終わってからでもよかった。
「下、おりてみようか」
(うん)
それでも好奇心に勝るものなし。
にとりもどうやら同じ感情のようで、反対の声を上げない。はたてはゆっくり、ゆっくりと高度を下げ、緑の絨毯に穴を空けた。
「うわっぷ!」
ぶんぶんっと、顔や手足に張り付いた葉っぱを振り払いながら、体を揺らして周囲を見ると。無数の緑の柱が空に向かって伸びていて。
「うわぁ……」
絨毯が、緑の天井となっていた。
一部では深く、また一部では薄く。
太陽の光を防ぎ、また光を受けて鮮やかな緑を映し出し。
風を受けてざわざわと揺れるたび、暗い部分と明るい部分が動き、時に地上に薄い光の筋を生み出す。
(水の中みたい……)
一瞬、写真機のことを忘れ風景に見入ってしまったはたては、自分がだいぶ降下してしまっていることをやっと思い出し、慌てて急停止。
(うぎゅっ)
小さな悲鳴を脇の下で聞きながら、なんとか着地に成功する。
すると、
「あれ? 珍しいお客さんだね。そんな大慌てってことは、永遠亭に用事かな?」
ぼぅっとしていて、かなりの落下速度になっていたのだろう。
落下地点の付近で立っていた少女に、心配そうに声を掛けられた。
「ああ、ごめんね。実は……」
と、体勢を立て直したはたてが、透明なにとりを地面に下ろしながらゆっくりと振り返り。
「げっ!?」
後頭部にリボンをつけた白髪の少女から、ずざっと離れた。
「……人の顔見て、いきなりそれはないんじゃない?」
「だって、文の新聞で……、あなたが焼鳥屋だって……、出会ったら羽根を隠さないと襲ってくるって言ってたし」
「ああ、うん。それ絶対からかわれてるから。確かに私は健康マニアの焼鳥屋だけど、鳥だからって見境なく襲ってるわけじゃない。必要なときだけよ」
「ホントに?」
「本当に」
天狗って、こんなのばっかりなのか。
などとつぶやきながら、少女はちょっと面倒臭そうに息を吐き。
「自己紹介はいらないかとは思うけど、私は藤原妹紅。人里の自警団に入ってて、メインの仕事は永遠亭への道案内。で、そのついでに、健康マニアで焼鳥屋なだけよ」
「そうなの?」
「そうなの!」
本当かなと、にとりにこっそり問い掛けると。
(ダイジョブ ニンゲン トモダチ イイヤツオオイ)
おもいっきり緊張していた。
ひしっと、はたての背中の服を掴んで
体を固くしながら、カタコトで返してくる。
ただ、はたてには地面に降りてから確認するべきことが一つあった。周囲を注意深く見渡して、その少女以外誰もいないのを確認して。
写真機の画面を確認すると。
『動画を受信しました』
丁度終わったところだった。
しかし、その終了直後のヒトダママークの回転する勢いが、にとりとはたてのときと酷似していた。
「あ、やっぱり」
素早く画面を操作し切り替えると、何も保存されていなかった場所に、目の前の少女の姿が映り込んでいた。これで一つの仮定、
『距離が近いほど受信が早いのでは?』
ということが証明されたというわけだ。
姿は見えなくとも、はたての腕の横から擦れる感触があるということは。にとりも気になって覗いていることが容易に想像できた。
そして、その写真機を覗くはたての様子を気にする相手がもう一人。
「あ、これ私ね。へぇー、この機械カメラなんだ」
「う、うわぉぅ!?」
「そんなにびっくりしなくてもいいじゃない。私としては、いつ撮ったかの方が気になるんだけど。音もしなかったし」
「そ、それは……写真、とかそういうのじゃなくて」
「ふーん」
語るべきか、それともこのまま帰るべきか。
機械の機能を確かめたのだから、もう十分なことには違いない。
「文って天狗はちゃんと取材許可とってから写真撮ってたけど、あんたは自己紹介も何もなしで、写真だけとって帰るんだ。へぇ~」
「ぐっ」
が、文の名前を引き合いに出されると。
はたての中のむくむくと対抗心が膨れ上がる。
さらに文よりも無礼などと言葉尻に含まれるともう、我慢などできるはずもなし。
「私は、姫海棠はたて! 鴉天狗で立派な記者よ。文なんかよりもずっと上のね!」
「じゃあ、その写真なに?」
「この写真? ふふん、これは写真じゃないわ。動画よ。映像として記録する最新鋭の写真機――」
くいくいっと。
にとりが妹紅に見えない位置から服を引っ張ったところで、やっとはたては口を閉じた。
写真撮っただけです、失礼します。
程度で済ませれば何の問題もないやり取りだったというのに。
自分から特別なことをしてましたと暴露してしまったのである。
「動画? 映像? ふーん、なんだかわかんないけど……写真だけじゃないっていうなら、何をしたのかわかるように説明してもらおうか?」
「えと、あの……その……」
そこで、ぼぅっと。
妹紅が手の中に炎を生み出して、それを見たはたてはなるほどと納得する。
「……記事になりそうな、熱いことって、コレか」
「するの? しないの?」
「うー、わかったわよ! じゃあ今からこれがなんなのか見せてあげればいいんでしょ! 見せてあげれば!」
半ば自棄になりながら、はたては動画の再生ボタンを押したのだった。
<4>
ぶんっぶんっ
竹林でもない、どこか森のような場所。
そんな風景の中で妹紅が拳をまっすぐ突き出す動作を続けていた。
その動画が始まる前から何度も繰り返していたのか。
その顔に映像が寄った瞬間。汗が飛ぶのが見て取れる。
ただ、それよりも最初に旗手が感じたのは。
――あれ、遅い?
動画の長さだった。
にとりやはたての映像の時は、動画の進行を示す印がかなり早めに進んでいたのに、妹紅のものはゆっくり、ゆっくりと進んで見える。
長いから遅かったのか、とも考えつつ眺めていると。
「お、お前……これ、いつ……」
すぐ横で並んで見ていた妹紅の声が震えだす。
気になってはたてがその表情を盗み見ると、瞳が小刻みに震え、口が半開きになっていた。
「これは、私の能力で撮ったやつよ。強く念じて、その念に該当するものを引っ張ってくる感じよ。どう? 文よりもすごいでしょ?」
そうやって自慢げに答えると、にとりからこんこんっと背中を叩かれる。私の技術が凄いことも説明しろと訴えているのだろうが、はたてはそれを察することなく、妹紅の反応と動画を比べてみているばかり。
「いや、だって。これ……、ありえないよ……」
画像の中で、妹紅の動きが止まる。
拳を前に突き出すだけの動きを続けていた妹紅は、いら立ちを隠すことなく、近くの木に拳を叩きつけた。
何度やっても、無理だ。
そんな焦燥感が、初めて見るはたての方にも伝わってきて。何故かがんばれと、応援してあげたくなってくる。
そんな妹紅が、再び木の幹に手を打ち付けたときだった。
「お、おぉぉぉぉっ!」
拳の先から光が生まれて、あっという間に炎の装飾が木を覆い尽くす。
画像の中の妹紅は、橙色に輝く炎の柱を信じられないといった様子で見上げ続けていたが。まじまじと、自分の右手を見つめた後で、
『できた……、できたぁぁぁぁぁぁあああっ!』
子供のように飛び回り、体全体で喜びを表現していた。
それはまるで……
「そうだよ。これ、私が炎を初めて出した時の……」
何年も前の、忘れかけていた記憶だと妹紅は語る。
画面の中の過去の妹紅と同じくらい、信じられないといった様子で首を左右に振りながら、じっとそれを眺め続けていた。
その後も場面が切り替わり。
初めて、妖怪退治ができるようになったとき。
初めて、背中から炎の翼を出せるようになったとき。
初めて、空を飛んだとき。
そのすべてが、鮮明な映像となって流れていく。
過去に過ぎ去ったはずの、妹紅にとって大切な体験が次々と映っていく。
そうやって動画が進むたび、妹紅の口数は少なくなっていき。
半分を過ぎたころには、まったくしゃべらなくなった。
その代わりに、
ずずっと。
何かをすする音が、聞こえ始める。
それが何かをはたては理解していた。
なぜならはたても、
「ひぐっ……」
瞳に涙を溜めて、すする音を立ててしまっていたのだから。
努力して、努力して、一つずつ難関を超えていく、一人の少女の姿。
それが、はたての胸を貫いていたからだ。
このにとりの写真機があれば、好きな時に新聞を書ける。
そんなことを軽々と口にして、新聞を作ることに必要な努力を怠ろうとした。少しでも楽に仕事ができて、嬉しい。
にとりが、少しは外に出ようよ、と。軽く釘を刺したのを単なる嫌味としか受取ろうとしなかった。そんな自分がどんどん、どんどん恥ずかしくなっていって。
情けなくて、しょうがなく感じてしまって。
「妹紅、凄いよ。あなたって本当に凄い……」
30分以上あった動画が終わりそうになる頃には、はたては涙をこぼしながら、妹紅を褒め称えていた。
自分が新聞を作って目指す姿はここにあると、実感させられた。
努力して掴んだものこそ本当に素晴らしいのだと。
「……ありがと」
だから素直に、言葉にできた。
思い出させてくれてありがとうと。しかし、妹紅もまた、
「いや、感謝したいのは私の方だよ。大切な思い出を見せて貰えて……」
目頭を熱くさせ、ぐっとはたての肩を抱く。
「貴方は、本当に素敵な新聞記者さんよ……」
「妹紅……」
人里の自警団の一人、そして竹林の案内人。
そして、長い時間をかけて少しずつ、長い時間をかけて能力を高めていった、努力家。
「私、あなたの記事、書いてみたい」
この動画だけじゃなく。
もっともっと、情報を集めて。
こんな凄い人がいるということをみんなに教える。そこから始めようと、はたては決めたのだ。
「わかった……、貴方かそう言うなら……」
妹紅はその提案を快く受け入れ。
微笑みながら、おわりかけのその動画をじっと見つめる。
そこではまた、時代が大きく飛んだようだった。
場面は竹林、服装も今とほとんど一緒。
そこから判断してそんなに遠くないのかもしれない。
妹紅は両腕から炎を生み出し、それを自由に操って見せて。
『よしっ』
何かを決意するように、気合いを入れてから。
地面に置いていた外套をおもむろに被る。
それを見た、現在の妹紅から。
「あれ?」
という小さな声が漏れたが、はたては画面に集中したまま。
記事にすると決めたのだ。
妹紅の動作の一秒、一瞬を逃すまいと凝視し続けている。
その中で、動画の中の妹紅は。
外套を纏ったまま、大きく右腕を振り上げ。
『はぁぁぁぁっっ!』
気合一発!
衣服を、外套をはためかせながら、右足を軸に回転し。
流れるような動きで右腕を突き出す。
そしておもむろに、叫んだ。
『ファイナルフェニックスっ! インペリアルシュゥゥゥトォォォっ!』
気合いと同時に、生み出された炎。
それは言うなれば、鳳凰……
というよりは、ハト。
可愛い可愛い、紅のハト。
それがバサバサと、必死で飛ぶように。
羽ばたき、ゆっくり前進し。
目標の竹に当たって、
ぽひょっ
間抜けな音を立てて、霧散。
竹の表面を軽く焼いて、消滅した。
『ふふっ、あはははははっ!』
妹紅は、笑う。
画面の中の妹紅は、体を折り曲げ心底楽しそうに笑い。
『見たか、これぞ我が秘技! 不死鳥の炎。
途絶えぬ紅の炎に抱かれて、永遠に眠るがいいっ!!』
片目を押さえるようにして、口元を歪める。
『そして刻めっ! 我が名は、フェニックス。藤原・F・妹――』
ぷつり、と。
両腕を上げ、ポーズを取ったところでその映像は途絶えた。
「……」
はたては、何も言わず。
「……」
妹紅も、何も言わず。
「……」
身を隠していた、にとりも何も言わない。
無言の圧力が、その場を支配する中で、
はたてとにとりは、確信した。
いままでの流れから、すべて把握した。
――これ、絶対駄目なヤツだと。
「……あ、あの? 妹紅? いえ、妹紅、さん? 大丈夫、最後のは、うん。きっと気のせいだよ。何もなかった、私も何も見なかったし、ね、ねぇ?」
はたてがなんとか取り繕うとするなか、にとりは見た。
いや、偶然見えた。
見えたから、はたての頭を力かせに下げさせて……
「な、にとり、いきなり何っ!?」
力任せにしゃがみ込まされたはたては、見えないにとりに文句を言うが。
ボゥッ、と。
もの凄い熱量が頭の上を通り過ぎたのを感じ、慌てて顔を上げると。
「忘れろ……」
両腕に炎を纏い、炎の翼を広げる。
涙目で頬を引きつらせる妹紅が居た。
「忘れろ……」
そして、どさりっと。
何かが倒れる音を聞く。
それはまさしく、妹紅が放った攻撃で半ばから蒸発した。
一本の竹の残骸……
「忘れろぉぉぉぉぉぉおおおお」
「きぃぃぃぃやぁぁぁぁあああああっ!」
そして、竹林からは二つの対照的な悲鳴が響き渡ったのだった。
「ねえ、にとり。あれ、封印しといて……お願いだから……」
そして、はたて専用写真機『ヒメゴト2』はその日からにとりの研究所の最深部に埋もれることとなったのであった。
しかし、もこたんでこれとなると、よりお年を召した方々はどうなr (ZAP
そしてにとはたはもっと流行っていい。
はたて「サイコーの能力だ・・・ウエヒェヒェ」
しかしピンポイントで黒歴史を探り当てる能力とは・・・覚を凌ぐ力かもしらんw
一箇所、「はたて」が「旗手」になってました。