「あら、どうしたのですかナズーリン、マスクなんかして」
「……」
久々に星の元を訪れたナズーリンはマスクをしていた。風邪ひきの人がするような布のマスク。
「…………じ、実はご主人に相談があるんだ……」
「相談?」
「とりあえず……私が話すことは秘密にしてくれ。約束だ」
「わかりました。ともかく話して下さい」
ナズーリンは黙ってマスクを外した。
「ナ、ナズーリン!そ、その歯は!」
―――サーベルタイガーが幻想入り―――
なんとナズーリンの前歯が伸びてしまって、顎の先まで届いている。
形もすっかりかわり、肉食獣の牙のように尖っている。
昔図鑑でみた『さーべるたいがー』そっくりだと星は思った。
「うう、硬いものを食べなかったせいだと思うんだが……」
「柔らかいチーズばかり食べていたからですよ!ああ、だからまだナズに一人暮らしは早いと言ったのです!」
「面目ない……。という事で歯医者に行くからご主人もだな」
「仕方ないですね。なにかかじるものを……ちょっと待って下さいね……」
ナズーリンの言葉が聞こえなかったのか、星は部屋の箪笥をごそごそ探しだした。
「あ、あった。ありましたよナズ」
星が取り出したのは木彫りの毘沙門天の像であった。
「ほら、これをかじりなさいな」
「ま、まずいだろご主人!」
「どうしてですか? 沢山あるから大丈夫ですよ」
「そういう問題じゃない!」
「気に入らなかったのですか? じゃあこっちを」
星はそう言って木彫りの毘沙門天をもう一つ取り出した。
先ほどのものとそっくりだが微妙にポーズが違う。そして宝塔の代わりに燭台のようなものを掲げている。
「……これは?」
「ええっとですね、『自由の毘沙門天様』だそうです」
「…………」
「むう、これも気に入りませんか、じゃあこれは……」
そう言って星は次々と木像を並べてゆく。
「この洋服を着て微妙に右手を上げてるのが『毘沙門天ーニン様』で、あっちの座り込んでいるのが
『考える毘沙門天様』、こっちのが確か『とうきょうスカイ毘沙門……」
「もういいから! なんでそんな毘沙門天様の像の種類が多いんだよ! なにかのご当地グッズか!
というか毘沙門天様の像を粗末にするな!」
「全くナズはわがままですね……」
「そういう問題じゃない!」
星は仕方なく山と積まれた木像を片付け始めた。
「大体私は木なんかかじりたくないぞ……一応私は人の形をとっているんだから
畜生と同じ扱いをしないでくれ」
「うーん、じゃあ他に齧るものを探しにいきましょうか」
「だから歯医者にだな」
――――
縁側に一輪と雲山が座っていた。なにか楽しそうに話している。
「ふむ、相変わらずあの二人は仲がいいな。何を話しているのかさっぱりだが」
「…………」
「仲良きことは美しきかなとかの武者小路先生も……ってどうかしたのだご主人」
「あれですナズ! さあ! 行くのです!」
「……一応聞いておこう。私に何をさせる気だ?」
「雲山をかじるのです!」
ナズーリンはみじんこを見るような目で星を見た。
「この間ちょっと雲山に寄りかかったのですが、『もじゃっ じゃりっ』としました。
あの感触からするにきっとナズがかじるのに丁度いい硬さのはずです」
「うわぁ……」
「何をためらっているのですか。そのままではマスクなしで外に出られないですよ」
「うう……背に腹は変えられんな…」
渋々、といった様子でナズーリンは星の提案を受け入れた。
雲山と一輪の死角となる場所から足音を殺して一歩、また一歩と雲山に忍び寄る。
雲山まで一メーターくらいまで近づいた。二人はお喋りに夢中で全く気がつかない。
そしてナズーリンは狙いを定めると
便所こおろぎもかくや、というスピードで雲山に跳びかかり、その頭に噛み付いた。
「!!!!」
「わぁ! ナ、ナズーリンなにするの! やめて!」
「一輪、止めてはいけません!」
頭をかじられ、声にならない声を上げる雲山。
一輪はナズーリンをなんとか雲山から引き剥がそうとするが、星に羽交い絞めにされ、動けない。
「がじがじ、がじがじ」
「~~~!!!」
「やめて! やめてよお!」
そんなやり取りはたっぷり十分は続いたが、星の「もういいでしょうナズ」の一言で終了した。
ナズーリンはぜいぜいと肩で息をして、一輪は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
そしてあちこちかじられてしまった雲山はすっかりほつれたぬいぐるみのようになってしまった。
「雲山があ…! 私の雲山があ!」
「どうでしたかナズ」
「……食べないで放置した天ぷらそばの天かすのような感触と味だった。というか歯が伸び過ぎて思ったように噛めない」
「うーん、なにか丁度いい物を噛ませて歯を削るのは無理みたいですね」
「わああん! ひどいよお!!」
「……ところでご主人。かじっておいてなんだがどうするんだ。この状況」
「うーん、大切なぬいぐるみを小動物に食い荒らされた少女のように泣いていますね。
雲山もHPが半分になってますし。こういうときにHP全振りは無意味ですよね」
「……」
「わああん! 出てってよお! ナズも星もだいっきらい!」
「……」
「……」
ちなみに雲山は、偶然通りがかったマミゾウが持っていた裁縫道具で直した。
――――
一輪に半ば寺を追い出される形で外に出る羽目になった二人は、とぼとぼと人里を歩いていた。
「一輪は当分口を聞いてくれそうにありませんねぇ」
「……どうして私はあんな命令を聞いたんだろう」
「まあ、普段クール&コールドな一輪があんなに取り乱す姿を見られたので良しとしましょう」
「酷いな! というかクール&コールドってどういう意味だ……」
「かつての某虎球団って感じですかね」
「やめろ! 仮にもご主人は虎なんだから!」
「私は星です。あ、こっちも最近はクール&コー…」
「やめろ!」
なにやら危険な発言をしようとした星をナズーリンが止める。
「しかしいつまでもそのまま、という訳には行かないでしょう。なにか対策を考えねば…」
「だから歯医者に行けば済む話なんだが」
そのとき、誰かが二人に声をかけた。
「あら、確か命蓮寺の方ですよね……?この前宴会でお会いした」
振り向くと、そこには守矢の風祝、東風谷早苗が立っていた。
手には買い物袋をさげている。
「確か、花丸賞さんとネズーリンさん」
「寅丸星とナズーリンです。守矢の巫女さんではないですか」
「ああ、確かこの前の宴会以来だな。久しぶり」
宴会の前に異変で会っているのだが。
「ええ、お久しぶりです……あら、お風邪ですか?」
早苗はナズーリンのマスクを見ている。
「いや、別にそういうわけでは無いんだが……」
そう言ってナズーリンは目を逸らした。
「なにかお困りのようですね。どうですか? 相談に乗りますよ?」
――――
「ふむ……そういうことが」
立ち話も何だ、と三人は手近な茶店に入って、そこで事情を話すことにした。
流石に教育が行き届いているのか、ナズーリンの歯を見ても早苗は笑ったりせず、真剣になって話を聞いていた。
「私は硬いものを食べなかったからだと思っているんだが……
だから歯医者に行けば全て」
「これは由々しき事態ですよ!」
ばん!
早苗は机を叩いた。店中の視線が三人に集まるが、気にした様子はない。
「ど、どういうことですか早苗さん」
「これは、ズバリ呪いです! ナズーリンさんの前歯は呪われているのです!」
「ひ、ひええ、呪いですか!? ど、どうしましょうナズーリン」
「落ち着けご主人」
早苗はさらにまくし立てた。
「早急に手を打たないと手遅れになってしまいますよ! 地獄におちますよ!」
ばん、ばんと机を叩きまくしたてる早苗。
「どどどどどうしましょう私のナズが死んじゃう! 早苗さん助けてくださいなんでもしますから!」
「大丈夫です! この『守矢特性幸運のペンダント』をつければナズーリンさんは助かります!」
そう言って早苗は袖から丸いペンダントを取り出した。
真ん中に大きく「辛運」と書いてある。
「ほ、本当ですか!」
「ええ、ここに体験談があります。読んでみて下さい」
そう言って早苗は袖からパンフレットを取り出した。
表紙に大きく「守矢神社のお陰でこんなに幸せになりました」というロゴが書いてあり、
その下にはコウモリの様な翼の生えた女の子が、銀髪のメイド服を着た女性と赤髪の人民服のような服を着た
女性を抱きかかえて(もとい、抱きかかえられて)札束の風呂に入っている写真が載っている。
三人とも見覚えがあるのだが、目伏せが入っているのでよくわからない。
「ふむふむ、このK魔館在住のRミリア・Sカーレットさん……えーっと『私はもともとなんの変哲もない
目立たない女の子でしたが、このペンダントを買ってから人生が変わりました!
今では大きなお屋敷に住んで、毎日かわいい女の子たちと楽しく暮らしています』……ですって!
す、すごいですね!」
「ふふーん。これが『守矢特性幸運のペンダント』の力です!」
「でもお高いんでしょう?」
「それがなんと! 今なら守矢神社に入信するだけで! なんとペンダントが20%オフで買えます!」
「な、なんだってー!」
「さらにさらに! 今入信すると一家に一本、金運、恋愛運、仕事運と女子力アップに定評のあるミニ御柱(WITHミニ神奈子)が…」
ナズーリンはそんな二人を赤痢アメーバでも見るような目で見ていた。
――――
「まったく何なんだあれは」
「うーん、確かに今考えてみると怪しいですね」
「当たり前だ莫迦」
とりあえず『そういうものは聖と相談しないと』といって無理やり早苗を説き伏せ、その場を脱出した二人だった。
「しかしこれからどうしましょうか」
「最初から普通に歯医者に行けばよかったんだよ。永遠亭に行こう。ここからなら近いし」
「うーん、そうですね。なぜそうしなかったんでしょう」
「誰のせいだ誰の」
「さあ、行きましょうか」
「おい」
ナズーリンの冷たい眼差しに全く気づかず元気に歩き出した星だったが、
三歩も歩かないうちに立ち止まった。
「どうしたんだご主人」
「今気がついたのですが、竹林をどうやって抜けるのですか?」
「大丈夫だ。ダウジングをするときに地図を作っておいた」
「さすがですナズーリン! ……あれ?」
星はちょっと首をかしげて見せた。
「この間、一輪が食べ過ぎでお腹を痛くしたとき、『永遠亭までの道のりがわからないから慧音あたりにたのもう』
って言ってましたよね?」
「行くぞご主人」
――――
「それでうちに来たの。天皇賞にスターリンだっけ?」
「寅丸星にナズーリンです」
永遠亭の診療室を訪れた二人を迎えたのは、薬師の永琳ではなく輝夜だった。
いつもの十二単の上にぶかぶかの白衣を着て、首からは聴診器をぶら下げている。
「その、永琳先生は?」
「ああ、『そろそろ某魚介類一家に強奪された蓬莱の薬を取り戻さなきゃ』って言って出かけたわ」
「なるほど、だから彼らは歳をとらないのですね」
「…………」
ナズーリンは空気を変えるように、こほんと咳払いをした。
「ま、まあ治してくれるならなんでも良いんだが……」
「あら、これでも人体の構造には詳しいのよ。私」
「へ?」
「よく妹紅との戦いでモツとかが」
「やめろ!」
なにやら知りたくない情報を聞きそうだったのであわてて話を遮った。
「わ、わかったから、早く診察してくれ」
「むう、わかったわよ」
そう言うと輝夜は診察を始めた。
ナズーリンの歯をノギスで測ったり、小さな金槌でとんとんと歯を叩いたり、その手つきは意外に慣れている。
五分ほど診察をしただろうか。輝夜は金槌やノギスをしまい、持っていたノートになにやら書き込むと
椅子をくるりと回し、二人に向き直った。
「固いものを食べなかったでしょう。ネズミとかは柔らかいものばっかり食べてるとこうなっちゃうのよ。
このままほっとくとご飯がうまく噛めないし、口の中が傷ついてばいきんがはいったりしちゃうわ」
「やっぱり……で、治るのか?」
「一応治るけど、かなり荒っぽくなるわよ?」
そう言うと輝夜は奥の部屋に入っていった。
奥の部屋からは輝夜がなにか探しているのかがさごそと音がする。
しばらくすると輝夜は大きなノミと木槌、ノコギリなどを抱えてやってきた。
「おまたせ」
「待て。その手に持ってる道具はなんだ」
「何って……これで歯を」
「やめろ! やっぱり説明するな!」
「きゅう」
ナズーリンは急いで話を遮った。
が、時既に遅く、隣の星は輝夜が抱えているものを見た瞬間、何を想像したのか
気を失ってしまった。
「だってこうするより他ないわよ?」
「うう……。確かにそうなんだろうが……」
しばらくナズーリンは頭を抱え、ぶつぶつと何かを呟いていたが
やがてがばと飛び起き、輝夜の両肩をしかと掴んだ。
「き、君の腕を信じよう。さ、やってくれ」
「わかったわ。ちょっと待ってね、イナバを呼ぶから」
――――
ナズーリンはベッドに縛り付けられた。輝夜はベッドの側で、
いつの間にやら呼んだてゐにあれこれと指示をしていた。
「こ、ここまで大仰に縛ることは……」
「だめ。暴れたりしたらあぶないわ」
「あ、あのお……」
後ろから星がおずおずと声をかけた。輝夜が振り返る。
「あら、貴方は向こうの部屋に行っているように言ったはずよ」
「い、いや、ナズーリンがこんな事をするのに側にいないのは……」
「さっき道具を見ただけで気絶したでしょう。それなのに
手術なんか見たら気絶どころじゃすまないわよ」
「そ、それでもですね……!」
ナズーリンが心配なのだろうか。何時になく食い下がる星。
しかし輝夜はそれを冷たくあしらった。
「正直、貴方の心配なんかしてないわよ。ただ、手術中に倒れたり
されると迷惑なの」
「………」
星は歯を食いしばった。目も潤んでいる。
「ご主人……。もういい。気持ちだけでうれしいよ」
「ナズ……」
「だいじょうぶだよ。先生を信じよう」
「わかりました。……がんばって、ナズ」
星はナズーリンの小さな手をきゅっと握った。その手をしっかり、握り返す。
「では私は……」
「そう、イナバ、案内してあげて」
「ほいほい、こっちだよ」
てゐに手を引かれて星は部屋を出た。
その瞬間背後から、がりがりと何かを削る音とくぐもった悲鳴が聞こえ……
「きゅう」
星は倒れてしまった。
――――
「こ、ここは……そうだ手術は!」
「おお、やっと気がついたかご主人」
気がつくと星は布団に寝かされていた。
ばね仕掛けの人形の様に飛び起きると傍らにはナズーリンと輝夜が。
そしてナズーリンの歯は……きれいに治っていた。
「ああ、ナズーリン! 本当に良かった……うう……うわぁぁぁん!」
「ご、ご主人、そんな大げさな」
すがりつき、泣きじゃくる星。
「ごべんなさぁい、私、なんにもできなどごろがぁ、邪魔ばっかり……」
「いいんだ。ご主人は私のそばにいるだけで、いいんだよ。」
「ナ、ナズ、うううう、うわぁぁぁん」
ナズーリンは穏やかに星の頭を撫ぜる。そのまま二人は二人の世界に浸っていたが、
輝夜のわざとらしい咳払いで現実にかえってきた。
「あのねぇ……そういうのはひとんちでやらないでよ」
「わ、あ、す、すみません!」
星は飛びのくようにナズーリンから離れた。そして輝夜に向き直り、三つ指をついて頭を下げた。
「このたびはナズーリンの命を救っていただいてありがとうございます」
「や、やあねぇ、そんなおおげさに」
輝夜は顔を持っていた扇子で隠した。
「そ、それより、これからどうするの? 適当なものを噛まないとまた歯は伸びちゃうわよ」
「あ、そうですね……。 じゃあ、毘沙」
「やめろ! 大体木なんか齧りたくない!」
「木? だめよ。木なんか齧ったら木屑が体に入るし、
第一歯にも良くないわ。もうすこし適当な硬さのものを……あら、これなんかいいんじゃない?」
「ひゃ、ひゃん!」
そういうと輝夜は星の尻尾をつかんだ。
「うん、丁度言い硬さだし、清潔そう。ナズーリン、今度からこれを齧りなさいな」
「そ、そんな風にさわっちゃあ……ふぁぁん」
「む、そうか、輝夜先生そういうなら仕方ないな!うん!はむはむはむ……」
「そうねぇ。一日に三回くらいでいいんじゃないかしら」
「やあぁ、そこぉ、やめぇ……」
――――
「おおーい! 面白いものを持って来たぜ!」
「魔理沙、もっとドアは静かに閉めてくれ」
「そういってられるのも今のうちだぜ。
じゃーん! 見ろよ! これはきっとすごい動物の牙だ!形からして、図書館の図鑑で
見た『サーベルタイガー』の牙に違いないぜ!」
「むう、それをどこで見つけたんだ?」
「んー?昨日、無縁塚に置いてあったんだ。」
「ちょっと見せてくれ。僕の能力で鑑定してみよう」
「おお、それだ。それを頼みに来たんだぜ。そら」
「あ、ありがとう。……むむむ、これは」
「どうなんだぜ? ひょっとしてもっとすごい動物の……」
「名称『付け歯』用途『外見を偽る』だそうだ」
「……」
久々に星の元を訪れたナズーリンはマスクをしていた。風邪ひきの人がするような布のマスク。
「…………じ、実はご主人に相談があるんだ……」
「相談?」
「とりあえず……私が話すことは秘密にしてくれ。約束だ」
「わかりました。ともかく話して下さい」
ナズーリンは黙ってマスクを外した。
「ナ、ナズーリン!そ、その歯は!」
―――サーベルタイガーが幻想入り―――
なんとナズーリンの前歯が伸びてしまって、顎の先まで届いている。
形もすっかりかわり、肉食獣の牙のように尖っている。
昔図鑑でみた『さーべるたいがー』そっくりだと星は思った。
「うう、硬いものを食べなかったせいだと思うんだが……」
「柔らかいチーズばかり食べていたからですよ!ああ、だからまだナズに一人暮らしは早いと言ったのです!」
「面目ない……。という事で歯医者に行くからご主人もだな」
「仕方ないですね。なにかかじるものを……ちょっと待って下さいね……」
ナズーリンの言葉が聞こえなかったのか、星は部屋の箪笥をごそごそ探しだした。
「あ、あった。ありましたよナズ」
星が取り出したのは木彫りの毘沙門天の像であった。
「ほら、これをかじりなさいな」
「ま、まずいだろご主人!」
「どうしてですか? 沢山あるから大丈夫ですよ」
「そういう問題じゃない!」
「気に入らなかったのですか? じゃあこっちを」
星はそう言って木彫りの毘沙門天をもう一つ取り出した。
先ほどのものとそっくりだが微妙にポーズが違う。そして宝塔の代わりに燭台のようなものを掲げている。
「……これは?」
「ええっとですね、『自由の毘沙門天様』だそうです」
「…………」
「むう、これも気に入りませんか、じゃあこれは……」
そう言って星は次々と木像を並べてゆく。
「この洋服を着て微妙に右手を上げてるのが『毘沙門天ーニン様』で、あっちの座り込んでいるのが
『考える毘沙門天様』、こっちのが確か『とうきょうスカイ毘沙門……」
「もういいから! なんでそんな毘沙門天様の像の種類が多いんだよ! なにかのご当地グッズか!
というか毘沙門天様の像を粗末にするな!」
「全くナズはわがままですね……」
「そういう問題じゃない!」
星は仕方なく山と積まれた木像を片付け始めた。
「大体私は木なんかかじりたくないぞ……一応私は人の形をとっているんだから
畜生と同じ扱いをしないでくれ」
「うーん、じゃあ他に齧るものを探しにいきましょうか」
「だから歯医者にだな」
――――
縁側に一輪と雲山が座っていた。なにか楽しそうに話している。
「ふむ、相変わらずあの二人は仲がいいな。何を話しているのかさっぱりだが」
「…………」
「仲良きことは美しきかなとかの武者小路先生も……ってどうかしたのだご主人」
「あれですナズ! さあ! 行くのです!」
「……一応聞いておこう。私に何をさせる気だ?」
「雲山をかじるのです!」
ナズーリンはみじんこを見るような目で星を見た。
「この間ちょっと雲山に寄りかかったのですが、『もじゃっ じゃりっ』としました。
あの感触からするにきっとナズがかじるのに丁度いい硬さのはずです」
「うわぁ……」
「何をためらっているのですか。そのままではマスクなしで外に出られないですよ」
「うう……背に腹は変えられんな…」
渋々、といった様子でナズーリンは星の提案を受け入れた。
雲山と一輪の死角となる場所から足音を殺して一歩、また一歩と雲山に忍び寄る。
雲山まで一メーターくらいまで近づいた。二人はお喋りに夢中で全く気がつかない。
そしてナズーリンは狙いを定めると
便所こおろぎもかくや、というスピードで雲山に跳びかかり、その頭に噛み付いた。
「!!!!」
「わぁ! ナ、ナズーリンなにするの! やめて!」
「一輪、止めてはいけません!」
頭をかじられ、声にならない声を上げる雲山。
一輪はナズーリンをなんとか雲山から引き剥がそうとするが、星に羽交い絞めにされ、動けない。
「がじがじ、がじがじ」
「~~~!!!」
「やめて! やめてよお!」
そんなやり取りはたっぷり十分は続いたが、星の「もういいでしょうナズ」の一言で終了した。
ナズーリンはぜいぜいと肩で息をして、一輪は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
そしてあちこちかじられてしまった雲山はすっかりほつれたぬいぐるみのようになってしまった。
「雲山があ…! 私の雲山があ!」
「どうでしたかナズ」
「……食べないで放置した天ぷらそばの天かすのような感触と味だった。というか歯が伸び過ぎて思ったように噛めない」
「うーん、なにか丁度いい物を噛ませて歯を削るのは無理みたいですね」
「わああん! ひどいよお!!」
「……ところでご主人。かじっておいてなんだがどうするんだ。この状況」
「うーん、大切なぬいぐるみを小動物に食い荒らされた少女のように泣いていますね。
雲山もHPが半分になってますし。こういうときにHP全振りは無意味ですよね」
「……」
「わああん! 出てってよお! ナズも星もだいっきらい!」
「……」
「……」
ちなみに雲山は、偶然通りがかったマミゾウが持っていた裁縫道具で直した。
――――
一輪に半ば寺を追い出される形で外に出る羽目になった二人は、とぼとぼと人里を歩いていた。
「一輪は当分口を聞いてくれそうにありませんねぇ」
「……どうして私はあんな命令を聞いたんだろう」
「まあ、普段クール&コールドな一輪があんなに取り乱す姿を見られたので良しとしましょう」
「酷いな! というかクール&コールドってどういう意味だ……」
「かつての某虎球団って感じですかね」
「やめろ! 仮にもご主人は虎なんだから!」
「私は星です。あ、こっちも最近はクール&コー…」
「やめろ!」
なにやら危険な発言をしようとした星をナズーリンが止める。
「しかしいつまでもそのまま、という訳には行かないでしょう。なにか対策を考えねば…」
「だから歯医者に行けば済む話なんだが」
そのとき、誰かが二人に声をかけた。
「あら、確か命蓮寺の方ですよね……?この前宴会でお会いした」
振り向くと、そこには守矢の風祝、東風谷早苗が立っていた。
手には買い物袋をさげている。
「確か、花丸賞さんとネズーリンさん」
「寅丸星とナズーリンです。守矢の巫女さんではないですか」
「ああ、確かこの前の宴会以来だな。久しぶり」
宴会の前に異変で会っているのだが。
「ええ、お久しぶりです……あら、お風邪ですか?」
早苗はナズーリンのマスクを見ている。
「いや、別にそういうわけでは無いんだが……」
そう言ってナズーリンは目を逸らした。
「なにかお困りのようですね。どうですか? 相談に乗りますよ?」
――――
「ふむ……そういうことが」
立ち話も何だ、と三人は手近な茶店に入って、そこで事情を話すことにした。
流石に教育が行き届いているのか、ナズーリンの歯を見ても早苗は笑ったりせず、真剣になって話を聞いていた。
「私は硬いものを食べなかったからだと思っているんだが……
だから歯医者に行けば全て」
「これは由々しき事態ですよ!」
ばん!
早苗は机を叩いた。店中の視線が三人に集まるが、気にした様子はない。
「ど、どういうことですか早苗さん」
「これは、ズバリ呪いです! ナズーリンさんの前歯は呪われているのです!」
「ひ、ひええ、呪いですか!? ど、どうしましょうナズーリン」
「落ち着けご主人」
早苗はさらにまくし立てた。
「早急に手を打たないと手遅れになってしまいますよ! 地獄におちますよ!」
ばん、ばんと机を叩きまくしたてる早苗。
「どどどどどうしましょう私のナズが死んじゃう! 早苗さん助けてくださいなんでもしますから!」
「大丈夫です! この『守矢特性幸運のペンダント』をつければナズーリンさんは助かります!」
そう言って早苗は袖から丸いペンダントを取り出した。
真ん中に大きく「辛運」と書いてある。
「ほ、本当ですか!」
「ええ、ここに体験談があります。読んでみて下さい」
そう言って早苗は袖からパンフレットを取り出した。
表紙に大きく「守矢神社のお陰でこんなに幸せになりました」というロゴが書いてあり、
その下にはコウモリの様な翼の生えた女の子が、銀髪のメイド服を着た女性と赤髪の人民服のような服を着た
女性を抱きかかえて(もとい、抱きかかえられて)札束の風呂に入っている写真が載っている。
三人とも見覚えがあるのだが、目伏せが入っているのでよくわからない。
「ふむふむ、このK魔館在住のRミリア・Sカーレットさん……えーっと『私はもともとなんの変哲もない
目立たない女の子でしたが、このペンダントを買ってから人生が変わりました!
今では大きなお屋敷に住んで、毎日かわいい女の子たちと楽しく暮らしています』……ですって!
す、すごいですね!」
「ふふーん。これが『守矢特性幸運のペンダント』の力です!」
「でもお高いんでしょう?」
「それがなんと! 今なら守矢神社に入信するだけで! なんとペンダントが20%オフで買えます!」
「な、なんだってー!」
「さらにさらに! 今入信すると一家に一本、金運、恋愛運、仕事運と女子力アップに定評のあるミニ御柱(WITHミニ神奈子)が…」
ナズーリンはそんな二人を赤痢アメーバでも見るような目で見ていた。
――――
「まったく何なんだあれは」
「うーん、確かに今考えてみると怪しいですね」
「当たり前だ莫迦」
とりあえず『そういうものは聖と相談しないと』といって無理やり早苗を説き伏せ、その場を脱出した二人だった。
「しかしこれからどうしましょうか」
「最初から普通に歯医者に行けばよかったんだよ。永遠亭に行こう。ここからなら近いし」
「うーん、そうですね。なぜそうしなかったんでしょう」
「誰のせいだ誰の」
「さあ、行きましょうか」
「おい」
ナズーリンの冷たい眼差しに全く気づかず元気に歩き出した星だったが、
三歩も歩かないうちに立ち止まった。
「どうしたんだご主人」
「今気がついたのですが、竹林をどうやって抜けるのですか?」
「大丈夫だ。ダウジングをするときに地図を作っておいた」
「さすがですナズーリン! ……あれ?」
星はちょっと首をかしげて見せた。
「この間、一輪が食べ過ぎでお腹を痛くしたとき、『永遠亭までの道のりがわからないから慧音あたりにたのもう』
って言ってましたよね?」
「行くぞご主人」
――――
「それでうちに来たの。天皇賞にスターリンだっけ?」
「寅丸星にナズーリンです」
永遠亭の診療室を訪れた二人を迎えたのは、薬師の永琳ではなく輝夜だった。
いつもの十二単の上にぶかぶかの白衣を着て、首からは聴診器をぶら下げている。
「その、永琳先生は?」
「ああ、『そろそろ某魚介類一家に強奪された蓬莱の薬を取り戻さなきゃ』って言って出かけたわ」
「なるほど、だから彼らは歳をとらないのですね」
「…………」
ナズーリンは空気を変えるように、こほんと咳払いをした。
「ま、まあ治してくれるならなんでも良いんだが……」
「あら、これでも人体の構造には詳しいのよ。私」
「へ?」
「よく妹紅との戦いでモツとかが」
「やめろ!」
なにやら知りたくない情報を聞きそうだったのであわてて話を遮った。
「わ、わかったから、早く診察してくれ」
「むう、わかったわよ」
そう言うと輝夜は診察を始めた。
ナズーリンの歯をノギスで測ったり、小さな金槌でとんとんと歯を叩いたり、その手つきは意外に慣れている。
五分ほど診察をしただろうか。輝夜は金槌やノギスをしまい、持っていたノートになにやら書き込むと
椅子をくるりと回し、二人に向き直った。
「固いものを食べなかったでしょう。ネズミとかは柔らかいものばっかり食べてるとこうなっちゃうのよ。
このままほっとくとご飯がうまく噛めないし、口の中が傷ついてばいきんがはいったりしちゃうわ」
「やっぱり……で、治るのか?」
「一応治るけど、かなり荒っぽくなるわよ?」
そう言うと輝夜は奥の部屋に入っていった。
奥の部屋からは輝夜がなにか探しているのかがさごそと音がする。
しばらくすると輝夜は大きなノミと木槌、ノコギリなどを抱えてやってきた。
「おまたせ」
「待て。その手に持ってる道具はなんだ」
「何って……これで歯を」
「やめろ! やっぱり説明するな!」
「きゅう」
ナズーリンは急いで話を遮った。
が、時既に遅く、隣の星は輝夜が抱えているものを見た瞬間、何を想像したのか
気を失ってしまった。
「だってこうするより他ないわよ?」
「うう……。確かにそうなんだろうが……」
しばらくナズーリンは頭を抱え、ぶつぶつと何かを呟いていたが
やがてがばと飛び起き、輝夜の両肩をしかと掴んだ。
「き、君の腕を信じよう。さ、やってくれ」
「わかったわ。ちょっと待ってね、イナバを呼ぶから」
――――
ナズーリンはベッドに縛り付けられた。輝夜はベッドの側で、
いつの間にやら呼んだてゐにあれこれと指示をしていた。
「こ、ここまで大仰に縛ることは……」
「だめ。暴れたりしたらあぶないわ」
「あ、あのお……」
後ろから星がおずおずと声をかけた。輝夜が振り返る。
「あら、貴方は向こうの部屋に行っているように言ったはずよ」
「い、いや、ナズーリンがこんな事をするのに側にいないのは……」
「さっき道具を見ただけで気絶したでしょう。それなのに
手術なんか見たら気絶どころじゃすまないわよ」
「そ、それでもですね……!」
ナズーリンが心配なのだろうか。何時になく食い下がる星。
しかし輝夜はそれを冷たくあしらった。
「正直、貴方の心配なんかしてないわよ。ただ、手術中に倒れたり
されると迷惑なの」
「………」
星は歯を食いしばった。目も潤んでいる。
「ご主人……。もういい。気持ちだけでうれしいよ」
「ナズ……」
「だいじょうぶだよ。先生を信じよう」
「わかりました。……がんばって、ナズ」
星はナズーリンの小さな手をきゅっと握った。その手をしっかり、握り返す。
「では私は……」
「そう、イナバ、案内してあげて」
「ほいほい、こっちだよ」
てゐに手を引かれて星は部屋を出た。
その瞬間背後から、がりがりと何かを削る音とくぐもった悲鳴が聞こえ……
「きゅう」
星は倒れてしまった。
――――
「こ、ここは……そうだ手術は!」
「おお、やっと気がついたかご主人」
気がつくと星は布団に寝かされていた。
ばね仕掛けの人形の様に飛び起きると傍らにはナズーリンと輝夜が。
そしてナズーリンの歯は……きれいに治っていた。
「ああ、ナズーリン! 本当に良かった……うう……うわぁぁぁん!」
「ご、ご主人、そんな大げさな」
すがりつき、泣きじゃくる星。
「ごべんなさぁい、私、なんにもできなどごろがぁ、邪魔ばっかり……」
「いいんだ。ご主人は私のそばにいるだけで、いいんだよ。」
「ナ、ナズ、うううう、うわぁぁぁん」
ナズーリンは穏やかに星の頭を撫ぜる。そのまま二人は二人の世界に浸っていたが、
輝夜のわざとらしい咳払いで現実にかえってきた。
「あのねぇ……そういうのはひとんちでやらないでよ」
「わ、あ、す、すみません!」
星は飛びのくようにナズーリンから離れた。そして輝夜に向き直り、三つ指をついて頭を下げた。
「このたびはナズーリンの命を救っていただいてありがとうございます」
「や、やあねぇ、そんなおおげさに」
輝夜は顔を持っていた扇子で隠した。
「そ、それより、これからどうするの? 適当なものを噛まないとまた歯は伸びちゃうわよ」
「あ、そうですね……。 じゃあ、毘沙」
「やめろ! 大体木なんか齧りたくない!」
「木? だめよ。木なんか齧ったら木屑が体に入るし、
第一歯にも良くないわ。もうすこし適当な硬さのものを……あら、これなんかいいんじゃない?」
「ひゃ、ひゃん!」
そういうと輝夜は星の尻尾をつかんだ。
「うん、丁度言い硬さだし、清潔そう。ナズーリン、今度からこれを齧りなさいな」
「そ、そんな風にさわっちゃあ……ふぁぁん」
「む、そうか、輝夜先生そういうなら仕方ないな!うん!はむはむはむ……」
「そうねぇ。一日に三回くらいでいいんじゃないかしら」
「やあぁ、そこぉ、やめぇ……」
――――
「おおーい! 面白いものを持って来たぜ!」
「魔理沙、もっとドアは静かに閉めてくれ」
「そういってられるのも今のうちだぜ。
じゃーん! 見ろよ! これはきっとすごい動物の牙だ!形からして、図書館の図鑑で
見た『サーベルタイガー』の牙に違いないぜ!」
「むう、それをどこで見つけたんだ?」
「んー?昨日、無縁塚に置いてあったんだ。」
「ちょっと見せてくれ。僕の能力で鑑定してみよう」
「おお、それだ。それを頼みに来たんだぜ。そら」
「あ、ありがとう。……むむむ、これは」
「どうなんだぜ? ひょっとしてもっとすごい動物の……」
「名称『付け歯』用途『外見を偽る』だそうだ」
イタズラに永遠亭総出なのもすごいなw
で、仏像の味は?
そして一輪さんと雲山ェ・・・
9.名前が無い程度の能力様
タワリシチナズーリン!ウラー!!
11.名前が無い程度の能力様
きっと買収されたのでしょう。利権の匂いがしますね。
17.名前が無い程度の能力様
きっとナズはすばやさと攻撃に全ぶりですね。もちものはむろん(星の)こだわりスカーフ
18.名前が無い程度の能力様
実は「ぼのぼの」というお話にトドの歯をつけるシーンがあってそこから思いつきました
19.名前が無い程度の能力様
利権の匂いg(ry
意外とあのメンツはそういう話に乗ってくれそうな感じが
20.名前が無い程度の能力様
「姫!これが新作の十二単白衣です!」
22.名前が無い程度の能力様
実は体験版星蓮船でぼこすか落とされたのであの二人がすごく嫌いだったりします(私怨)