Coolier - 新生・東方創想話

焼くのが一番ですね。

2012/10/20 00:00:04
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 残暑はまだ続いているものの、それも昼の一時だけ。夕方になれば日も早いうちに落ちて、そして、夜になれば肌寒く感じられるようになってきた幻想郷。
 そんな幻想郷の昼過ぎ。川幅は割とあるが比較的流れの緩やかな川で、ミスティア・ローレライは浅瀬にイスを立てて座り、裸足を川につけて釣竿を構えていた。イスのわきには水の入ったバケツが置かれており、その中には10cmほどの魚が3匹、入っている。

 この時間になってもまだ3匹…。今日はダメなのかなぁ…

 そろそろ帰る準備でも始めようかと考えていた時、後ろから声をかけられた。

「もし、そこの方」
「─あなたは…」

 振り返るとそこには、七分の白いシャツを着て、裾を捲くったタイトなデニムパンツを履き、飾りの無い麦わら帽子を被った八坂神奈子が立っていた。釣竿を担ぎ、空いている方の肩にかごと折りたたみのイスを掛けているところを見るに、魚を釣りに来たのだろう。神奈子は先客であるミスティアの邪魔にならないように静かに声を掛けた。

「どうです? 釣れていますか?」
「ええ。一応は。釣果として全くなんですけどね…」
「そうですか。─隣、よろしいですか? 釣りをするのは久しいもので、いろいろと教えていただきたくて」
「ええ、まぁ、はい。いいですよ…」
「ありがとうございます。助かります」

 そう言うと神奈子は、肩に掛けていたかごとイスを広げて座った。それから釣竿にエサを付け始めたが上手くできず、体に立てかけている竿が何度も倒れてその度に「あっ」などの声を小さくあげ、険しい顔で釣竿と格闘していた。
 それらを隣で見ていたミスティアは「あ、あの…」と何故か頭を下げながら恐る恐る自分が代わりにやろうかと申し出た。神奈子はすぐに顔を向けて「よろしいのですか?」そう言っているが、満面の笑みで既に竿を差し出していた。ミスティアは「すぐにできますので」と言って竿を受け取りエサを付け始めたが、エサ付けに戸惑っていた相手に対してそんなことを言ってしまっては失礼だと思い、謝ろうと目だけを向けると、その相手は腕を組んで川を見つめていた。ミスティアは安堵してエサ付けの終わった竿を返した。

「ありがとうございます。早いのですね」
「慣れてますので、釣り」
「そうだったのですね。私はっ─…ほとんど初心者と言ってもいいくらいです」

 糸を投げながら神奈子、少し恥ずかしいような自嘲したような顔を向けそう言った。それにミスティアは「そう…なんですか」という当たり障りの無い返答をしたが内心は、エサを付けるのも苦労してましたもんね。と納得していた。

「よく釣りをされると言っていましたが、ここへもよく来られるのですか?」
「はい。釣りをする時はいつもこの川です。幻想郷自体、川が少ないですから。どうしてもこの川になってしまうんです」
「この川が一番釣れるわけですね?」
「ええ。だと思います。私の勝手な感想というか経験といいますか。でも、一番の理由としてはふいんきです。落ち着くんですよ。ここが一番」
「なるほど、雰囲気ですか。確かに大切ではありますね。何事もその場に相応しいというのがありますからね」
「雰囲気…! そうです、雰囲気です! 大切ですよね~」

 『雰囲気』という単語を聞いてミスティアは、自分はさっき『ふいんき』と言ってしまったとかなり恥ずかしくなり、なんとか誤魔化そうとして身振り手振りで大袈裟な返答をした。神奈子はいきなり相手がそんな行動をとりだしたので「え、ええ」と答えて、釣りをする際の雰囲気というのは集中することに繋がり、集中するということは釣りでは大切。とそんな結論を勝手に出した。ミスティアから見ればそれ以外の言葉が無かったので、なんとか誤魔化しきれたと思っていた。

「私達がこっちへ来た時は雰囲気どころか、場違いのようなものがあったでしょうね」
「そう…でした? すいませんが、私にはあまり関係が無かったのでいまいち覚えていないというかなんというか」
「ええ。そうだったんです。今でもまだ新参なようです。この幻想郷では」
「ここではやっぱり…博麗神社が身近とか頼りやすいっていうのがあるんでしょうか」

 そう言ってからミスティアは、悪く言うつもりは無かったと付け足し、神奈子は「気にしなくても良いです」と優しく答えて、竿を小さく何度か動かした。

「…博麗の巫女は幻想郷では絶対に無くてはならない存在です。私みたいな者からすればそう言わざるを得ない何かを持っている。それは大変珍しい、すごいものである。私はそう思っています。ここではそうではないのかもしれませんが」
「ああ…それは分かります。説明はできないですけど、言っていることは分かります」

 しばらくお互いの間に会話が無かったので、神奈子が話し出した時はミスティアは何か答える準備ができいていなかったので、とりあえずそう答えておいた。だが、言ってから改めてそうも思えた。

「良い意味でも悪い意味でも物事を引き付ける力を持っているのでしょう。私が元々居た世界でもそのような力はすごいものでした」
「ある意味で『神』みたいですね、それって」

 その例えに神奈子はハッハッハッと笑い、「なかなか良い例えを出しますね」と言った。

「そんな私でも、こちらに来てからはどうなのでしょうか。上手く信仰を集められているのかどうか…」
「私にはそこら辺のことはよく分からないのでどうなんでしょう? でも、守矢さんのところの巫女…東風谷さんはいろんな意味で有名ですから。大丈夫なんじゃないですか?」
「早苗ねぇ…。早苗もこちらに来てからだいぶ変わったね」
「そうなんですか?」
「ええ。変わりました。悪い方へは向かっていない…とは思います」

「信仰の集め方などはともかく、その姿勢は私達にとっては嬉しいものです」と言ったが、元々の世界より幻想郷でその心配はそこまで要らないことも分かってはいると苦笑した。
 早苗の活動ぶりは噂などで聞く程度だったが、今のを聞く分だとそれもあながち間違いではないのだと、ミスティアは納得したように心の中で頷いた。

「私の事情ばかりお話してしまいましたね。よければあなたの事も聞かしていただいても?」

 さっきから自分ばかり話していることに気付き、申し訳ありませんと最初に言って神奈子はミスティアに話を振った。
 話を振られたミスティアは竿を置いてから、何を話そうか「あー」や「えー」などうんうんと言いながら考え、自分が営んでいる屋台のことを話し始めた。

「実は私、ああ、実も何も秘密にしているわけではないんですけど。私、屋台をやっているんです」

 改めて話すとどうしてか少し恥ずかしいとミスティアは感じていた。神奈子も竿を置いており「ええ、存じてます」と、それからミスティアが続きを話すのを待った。

「えぇと、まぁ、あれですね、何か新しい一品でも出せればなぁ。とか思ってたりしてるんです」
「なるほど。新しい一品…ですか」
「といっても、なんでもいいんですけどね。一品でもいいし、大袈裟に言って突き出しでもいいんです」
「残念ですが私は人前にそういった何かを出せるほど腕に自身が無いので、なかなか難しい悩みですね」
「そうだったんですか。すいません」
「いえ、謝るのは私の方です。私の方から話を聞いておきながら大したことも言えないのですから」
「いえいえ! そんな! 私もですよ! 私事なんで適当に聞いていただければそれでいいんです」

 ミスティアに向き直ってから頭を下げる神奈子に飛び上がるほど驚いたミスティアは、これからの内容には適当に聞いて受け流して欲しいと、手を小さく振って言った。

「ここ最近は人里にも食事処が増えてきているんで。屋台ではないんですけど。まぁ、こういうのは早いうちに考えていた方がいいと思ってるんで」
「確かに増えてきていますね。私は実際には見てはいないのですが、鴉天狗の新聞などを読むからに急に増えてきたみたいですね」

 ここ数号はその記事ばかりで読まなくても内容が分かってしまうとか脚色ばかり目立つ新聞が更に新聞ではなくなっているなど、神奈子は溜息を吐いて呆れて言った。

「読まれるんですか? 文々。新聞」
「ええ。場所が場所なだけに毎回欠かさず来るもので。早苗が楽しみにしているようなのでそれはそれでいいのかもしれませんが。あなたは読まれるのですか?」
「読みますね。でも、読むというより本当にただ目を通すくらいですけど。ああいった内容ですけど意外と流行っているものが分かったりもするんで、私みたいな仕事をしているといろいろと助かったりもするんです。お客さんとの…こう、なんて言うんでしょう。共通の話題を持てたりもしますから」
「そうだったのですね。もしかしたら私もそこから何かを見つけれるかもしれませんね」
「それは十分にあると思いますよ。信仰の助けになるようなことも書かれていたりとか」
「一度ゆっくりと読んでみます。今はあのような記事ばかりなのでしばらくは早苗が楽しむだけでしょうけど」

 神奈子とミスティアは互いに笑った。

「─あぁと、なんでしたっけ? ああ、屋台のことでした。何かあったりしますか? こういった物が食べてみたとかでもいいです」
「そうでしたね、話が逸れてしまいました。食べてみたい物ですか…。私は酒を飲むので、それに合った物があればいいですね」

 ということは一品料理ではなく突き出しなのだろうかと思い、それを訊ねようとするのと同時にミスティアが話した。

「なら刺身とか小皿物になりますね。ここは酒飲みが多いので、やはりその辺を増やした方がいいみたいですね」
「酒を飲む者は多いですね。あなたの屋台では確か、やつめうなぎが定番になっていますよね?」
「はい。そうなってます」
「では、それ以外に定番となっている物はあるのでしょうか?」
「それがこれといって無くてですねぇ…」
「…やはりあと一つ二つの定番となる物はほしいところですね。どうでしょうか?」

 やつめうなぎ以外の定番料理が無いと分かり神奈子は顎に手を当てて考えた。定番料理が確立されているならそれ以上の文句は無いが、相談されたのであればそれ以上のものを繰り出そうとし、先に話した突き出しではなく一品料理の方向でいこうとか提案した。

「そうですよねぇ、その方がいいですよね。飽きられたらお終いですもんね」
「しかし、無理に増やすことも無いですね。今はどのようにして出されているのですか?」
「焼いて出してます。蒲焼きです。それが一番いいので」
「焼く以外の調理をするというのはどうでしょう? 調理法を増やしてみるのです」
「その発想は無かった」

 神奈子の提案にミスティアは文字通り、開いた口が塞がらなかった。

「しかし、私にはいい方法が思いつきません」
「焼く以外となると…思いつくのは『生』なんですが…」
「ですが…?」
「それは無理なんです。あれは生で食べるような物じゃないんで」

 一度試してみたが食べるとかそんなこと以前の問題だった、と、肩をすくめて言った。神奈子も、やつめうなぎの容姿を思い浮かべて、物は見た目で判断できないがあれはさすがに…。そんなことを思っていた。

「生で食すというのが無理なようでしたら、煮るのはどうでしょう?」
「煮る…いいかもしれないです。佃煮みたいなかんじですよね?」
「そうです。佃煮にしてみるのです」
「ああ…なんかすごいいけそうな気がする…」

 ミスティアはイスに深く腰を預け、空を見上げた。それからどうやって煮るかの簡単な妄想をした。その最中、「ふんふん」や「うんうん」と呟くのが微笑ましかったのか、神奈子はくすっと笑い、麦わら帽子を被り直した。
 神奈子は固定したいた竿のことを思い出して試しに引っ張って糸を引き戻してみると案の定、エサはもう無くなっており、釣り針だけが風に吹かれて揺れていた。





「─今更なんですけど、あなたのような方が釣りなんて珍しいですね。最初に聴こうとしてそのままでした」

 神奈子が新しいエサを自分で付けようかどうかを思案していると、ミスティアが姿勢を戻しながら神奈子に問いかけた。
 竿を固定し「そのことですが…」と前置きをしたものの、話しにくそうにしていた。それからあまり口外しないでほしい、と念を押し、話し始めた。

「実は数日前のことなのですが…いえ、その前に、洩矢諏訪子はご存知で?」
「はい。知ってます」
「結構。その洩矢諏訪子と『ちょっとした暇つぶしのごっこ遊び』をしまして」
「…? ああ、はい。そういうことですか」

 どういったごっこ遊びなのかミスティアは一瞬、理解できなかったが、そのまたすぐの一瞬でそれがなんなのか理解できた。神奈子も頷いて話を続けた。

「勝者が敗者を駒のように扱うのは当然のことでして。結局、何を言われたのかと言いますと…」

 神奈子はそこで一旦、区切りを置いた。そして、その時のことを思い出したのか、額を押さえて深い溜息をついた。ミスティアは何か言おうとしたが、今のこの状況でこの相手に、慰めも同情も、そんな言葉を掛けれるほどの度量が無いので、静かに続きを待つしかなかった。

「…こういった服装で魚を釣って来るようにと言われたのです。魚を釣るだけなら、それだけならまだいいでしょう。どこで手に入れた知識なのか分かりませんが、趣向を変えてみようと言い出して…」
「………」

 ミスティアは絶句して神奈子の顔を微動だにせず見つめていた。予想をはるかに超えたものだった。暇を持て余した神々の遊びとは、これのことなのだろか。幻想郷とはここまでのものだったのか。

「…なんというか…壮大…ですね」
「はあ…大変恥ずかしいことです。遺憾です。この私がこのように…」
「いや! いやいや! 似合ってますよ! わりと本当に!」

 神奈子は恥ずかしいのやら呆れているのやら、そんな気持ちが入り混じった顔を隠すように俯いた。そんな神奈子にミスティアは気の利いた言葉が出てこず、急いで取り繕った無難な言葉を返しておいた。当の本人はそれから顔を上げ、組んだ手の上に顎を乗せて遠くを見つめていた。
 その姿は普段─といってもミスティアが神奈子を見かけることが無いのでそんなことはないのだが─なら荘厳で神々しく感じるのだろう。神奈子は神である。軍神、戦の神である。神々しく感じられないわけがな。しかし、今の神奈子はそれとは随分とかけ離れた服装をし、況してやミスティアは事の終始を知ってしまっているために、今の神奈子は小さく見えていた。

「…そうでしょうか? 私はこのような格好をしたことがないので、とてもとは言いませんが落ち着けないです」
「そうですよ! あのー、似合ってますよ! 普段とは全然違うから、こう、なんていうんです? 似合ってますよ!」
「早苗が選んだものなので何も心配することはないのです。しかし…こればかりは…」
「もっと堂々とした方がいいですって! その…早苗さんが選んでくれて心配無いのに、そんなでしたらがっかりされますよ?」
「…その通りですね…。私が間違っていました。せっかくの好意を無駄にしようとしていたようです」

 意を固めたような表情をする神奈子に対しミスティアは、すげー典型的など決して口に出せないようなことを思っていた。

「でも、その服が似合ってるのは本当ですよ。新鮮ですよね」
「早苗もそのようなことを言っていました。…普段とかけ離れた姿を見れば、それはそれはすごい反応だと。…理解できないこともないんですが」
「それ、間違ってないですよ。周りから見れば私みたいな反応しますよ、みんな。私もそういうのを着てみたいなぁと思ったり思わなかったり」
「良いと思います。是非、我々の神社へいらしてください。早苗が全て整えてくれるでしょうから」

 神奈子は満面の笑みで今にもミスティアの腕を掴む勢いでそう言った。それは道連れを作ろうとも見えた。

「か、考えておきますね…」

 若干、引きつった笑みでミスティアは答えた。素直に答えては危ないと思えたからである。

「そうですか。では、またの機会にでもということで─」

 そして神奈子は飾りっ気の無い腕時計を見てから「もうこんな時間ですか」と、そろそろ帰ろうかと、固定していた釣竿の片付けを始めた。

「…魚…釣らなくてもいいんですか?」

 ミスティアは、結局何もしていないのに帰る準備を始める神奈子に聞いた。それに対して神奈子はなにやら思いを含んだ笑みでこう返した。

「─今日は焼魚が食べたい気分ですね…」
「あぁ…焼魚ですか…。大根おろしって、欲しい方ですか?」

 その神奈子の思いを理解したミスティアも、帰る準備をしながら話に合わせるよう答えた。

「私はどちらでも構いません。早苗と諏訪子は…どうなんでしょうか。多分、どちらでもいいでしょう」
「なるほど。今日は三人程は固定で来そうなのでこの魚でも焼こうかな」
「今日は酒でも飲みながらゆっくりとお話したい気分なので、外にでも行きましょうか」

 そして、お互いに見合って笑った。
 それから二人は土手まで上がり、別れの挨拶をした。

「今日は何から何までありがとうございます。結局、魚は釣っていませんが…大丈夫でしょう」

 ミスティアの持っている魚の入ったバケツを見て「万事解決です」と、どうしてか少し誇らしげに言った。ミスティアも恐れ入るように全く構わないと言い「今日は楽しい夜になりそうです」と、笑って答えた。
 二人は一礼して、それぞれ反対の方へと歩き出した。
ただ、神奈子に釣りをさせたかっただけです。
東三条
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コメント



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10.90名前が無い程度の能力削除
私服しんせーん
11.90名前が無い程度の能力削除
タイトルでみすちーを焼くのかと思ったら違った
16.無評価東三条削除
>>10さん
最初は私服を着せる予定というか設定みたいなものはなかったのですが、神奈子が釣りをする理由を考えると、これが一番面白いかなぁと。
確かに新鮮ですね。

>>11さん
私が読む側だったら、同じことを思っていたかと。
そうなると、そう思わせておいて実は違いました。という展開にしてもよかったのでしょうか?