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「河童の里の冷やし中華と串きゅうり」(作品集174) 「迷いの竹林の焼き鳥と目玉親子丼」(ここ) 「太陽の畑の五目あんかけ焼きそば」(作品集174) 「紅魔館のカレーライスとバーベキュー」(作品集174) 「天狗の里の醤油ラーメンとライス」(作品集175) 「天界の桃のタルトと天ぷら定食」(作品集175) 「守矢神社のソースカツ丼」(作品集175) 「白玉楼のすき焼きと卵かけご飯」(作品集176) 「外の世界のけつねうどんとおにぎり」(作品集176) 「橙のねこまんまとイワナの塩焼き」(作品集176) | 「人間の里の豚カルビ丼と豚汁」(作品集162) 「命蓮寺のスープカレー」(作品集162) 「妖怪の山ふもとの焼き芋とスイートポテト」(作品集163) 「中有の道出店のモダン焼き」(作品集164) 「博麗神社の温泉卵かけご飯」(作品集164) 「魔法の森のキノコスパゲッティ弁当」(作品集164) 「旧地獄街道の一人焼肉」(作品集165) 「夜雀の屋台の串焼きとおでん」(作品集165) 「人間の里のきつねうどんといなり寿司」(作品集166) 「八雲紫の牛丼と焼き餃子」(作品集166) |
「あっ、あぁ~、あふぅ……」
思わずそんな声を漏らしてしまった私の背中の上、因幡てゐは「お客さん、普段からこき使われてるんだねえ」と呆れ混じりに声を上げた。
永遠亭である。その一室に敷かれた布団の上で、私――八雲藍は、てゐによる整体マッサージを受けているところだった。ツボを押され、思わずうめき声が漏れる。
「妖怪の回復力もね、日常的な動作で生じる身体の歪みにはどうにもならないんだよね。太ったせいでパンツのゴムが伸びきるみたいなもんでさ。瞬間的な怪我はすぐ元通りになっても、日常的に歪んじまうと、もうそれが《元》になっちまうわけだ」
ぎゅっ。ぎゅっ。背中から脇腹、尻尾を避けるように太ももへ。「この尻尾、邪魔だねえ。どうにかなんない?」とてゐは言うが、九尾の尻尾は私の力の象徴であるからして、どうにかなるものではないのである。
「あれから腰の具合はどう?」
「まあ、今のところは問題無い……ぁっ、ふぅ……」
そもそも、この私がなにゆえ永遠亭でマッサージなど受けているかといえば、春先のアクシデントがその発端であった。人里の近くで倒れた人間を見かけ、この永遠亭に運んだ際、帰り際にぎっくり腰を起こして緊急入院する羽目になったのである。
私の場合、ぎっくり腰の原因は日常的に腰にかかっていた負荷による骨盤の歪みであったらしい。それは即ち、この九尾の尻尾の重さが主な原因ということらしかったが、さりとて出し入れできるものでもない。というわけで、腹筋と背筋を鍛えつつ、定期的に整体マッサージを受けて身体の歪みを治してもらうというのが再発予防策ということになった。
現在、月一で空いた時間にこうして永遠亭に通って、てゐのマッサージを受けている。健康に気を遣った結果長生きしすぎて妖怪になったというこの妖怪兎のマッサージはなるほど気持ちよく、あれ以来腰の調子も良好だ。心なしか背筋が伸び、肩や首も軽くなったような気さえする。多分にプラシーボ的なものはあるのかもしれないが。
「ぎっくり腰は一度やるとくせになるからね。ただでさえ腰に重いものぶら下げてるんだから、気をつけなよ。――はい、今日はここまで」
ぴょんと私の背中から飛び降りるてゐ。私は枕に顔を埋めて大きく息を吐く。
うつぶせて脱力していると、このままうとうとしてしまいそうだが、マッサージの時間はここで終わりだ。首を振って身体を起こすと、てゐが小さな賽銭箱を手ににっと笑みを浮かべていた。
「マッサージ代はこちら~。お賽銭もはずんでくれるとなお良いことがあるかも、ウサ」
「はいよ」
私は苦笑して、気持ち多めのお金を賽銭箱に落とす。てゐは「毎度~」と歯を見せて笑った。
誰にも邪魔されず、気を遣わずにものを食べるという、孤高の行為。
この行為こそが、人と妖に平等に与えられた、最高の“癒し”と言えるのである。
狐独のグルメ Season 2
「迷いの竹林の焼き鳥と目玉親子丼」
永遠亭を辞す頃には夕方になっていた。今日の分の結界の見回りはもう終わっているので、あとは帰ってこれから起きられる紫様の朝食を作ったりといった家事が残っているだけである。だからこそこうしてマッサージを受けに来ていたのだが。
竹林の外まで送ろうか、という兎の申し出を断り、私はひとり竹林の中を歩き出す。鬱蒼とした竹林の中は、炎天下よりはいくぶん涼しいとはいえ、真夏の残照はまだこもった熱気となってあたりを漂っていた。今夜も蒸し暑い夜になるかもしれない。
「橙も、この暑さでへばってないといいんだが」
帰り際、マヨヒガに様子を見に行こうか。そんなことをぼんやり思いながら歩いていると、ふと何かいい匂いが漂ってくる。私は思わず鼻をひくつかせた。
「……焼き鳥?」
そうだ、これは焼き鳥の匂いだ。だが、冷静に考えろ。この迷いの竹林で営業する焼鳥屋などあるのか。常識的に考えて、それは無いと言うべきだ。
だが、そんな思考とは裏腹に、夕方を迎えた時刻、腹はあえなくエネルギーの不足を訴えてきた。ううん、橙を帰りに誘って家で食べようかと思っていたが、これでは限界である。
相変わらず、いい匂いは途切れることなく竹林の中に漂ってくる。私はそれに吸い寄せられるように、ふらふらと竹林の中を歩き続け――そして、その屋台が見えた。
「本当に焼鳥屋だと……」
赤い《やきとり》の暖簾を提げた屋台が、そこに鎮座していた。私は夢でも見ているのだろうか? 夜雀の屋台でもなく、よもやこんなところで焼鳥屋に出くわすとは――。いや、待て。そういえば昔、鴉天狗の新聞に、このあたりが焼き鳥のメッカみたいなことを書かれていたような記憶が無きにしも……。
ぐうう、とお腹が鳴った。ええいもうなんでもいい。私はその暖簾をくぐる。
「お、いらっしゃい。――おや、あんたは」
「――藤原妹紅?」
屋台で私を出迎えたのは、見覚えのある顔だった。と言っても、そう頻繁に顔を合わせる相手でもない。いつぞや、この竹林で紫様や霊夢とともにやりあった相手であり、この竹林の案内人めいたことをしているらしい蓬莱人である。
しかし、それがなんでこんなところで焼鳥屋の屋台を引いているのだ。
「好きな席に座りなよ。冷たいお茶でいいかい?」
「あ、ああ」
私はその場で椅子に腰を下ろす。湯飲みに、冷たいお茶が注がれて差し出された。
お茶を飲んで一息つき、私は頭上に下がったメニューを見る。、もも、皮、つくね、ねぎま、砂肝、軟骨、手羽先……なるほど焼鳥屋だ。さて、となると何を食べようか。
「酒は?」
「ああ――いや、結構。ええと、焼き鳥の……盛り合わせ一皿、塩で」
「はい、盛り合わせ一丁ね」
妹紅が目の前で串を焼き始める。じわじわと焼き鳥が焼ける様を目の前で見せつけられると、耳と鼻から食欲をたきつけられるかのようだ。ああ、たまらん。
「……この店は前から?」
「ん? ああ、いつもやってるわけじゃないんだ。たまに気分でね」
焼き鳥をひっくり返しながら、妹紅はそう答える。たまに気分でって、屋台というのはそういうものじゃない気がするんだが。
「永遠亭帰りの客が見込めそうなときにたまにやるんだ。お客さんもそうだろ?」
「ああ――」
「夜になれば案内人の仕事もまず無いもんでね」
そういうことか。私はマッサージを受けていただけだが、他にも永遠亭に人間の患者が来ていたりしたのかもしれない。自分で客を案内しているから、客になりそうな人間の数もほぼ正確に把握出来ているというわけか。なかなか周到である。
「はい、盛り合わせお待たせ」
「どうも」
お、来た来た。待ってましたよ。
焼き鳥盛り合わせ(塩)。もも、皮、つくね、砂肝、軟骨と……手羽先か。六本、どれからいくか。とりあえずは無難にももからにしよう。
「いただきます」
串をとり、かぶりつく。ぱりっと香ばしい歯触りに、噛みしめるとじわりと染み出てくる肉汁が美味い。ああ、ぎゅっと鶏の旨味を凝縮したようじゃないか。素晴らしい。間に挟まっている長ネギもいいアクセントだ。
コリコリした軟骨の歯ごたえを楽しんで、皮のぱりっとしながら柔らかい独特の感触と脂の旨味を噛みしめる。そのくせ重すぎないところが実にいい。その次は砂肝の独特の歯触り。ううん、ヘルシーという感じがする。焼き鳥はこの、バラエティ豊かなラインナップを手軽に楽しめるのが一番のいいところだな。
手羽先を堪能して、つくねを手に取れば、もう皿の上は串だけが五本並んでいる。おいおい、あっという間に全部食べちゃったぞ。うん、つくねも美味い。どうしようか、もう一皿盛り合わせ追加するか。いや、それよりご飯ものが食べたいな。なんでメニューに白いご飯が無いんだ。ああ、ここに白い飯の一杯でもあれば……。
「……ん?」
メニューを眺めていると、隅に気になる文字を見つけた。《目玉親子丼》――なんだそれは? 親子丼といえば、普通は鶏肉の卵とじだろうが、目玉ということは鶏と目玉焼き丼なのか?
「すいません、目玉親子丼ひとつ」
「あいよ」
空いた皿を下げて、私は一息つく。しかし、客が見込めそうなときだけ開いているというわりに、私以外の客が来ないな。時間的には晩飯時だと思うのだが。
などと思っていると、こちらに近付いてくる足音が聞こえた。誰かが暖簾をくぐり、私からひとつ空けた席につく。妹紅が「いらっしゃ――」と言いかけ、変な顔で固まった。
「もこたん、つくねとせせりと砂肝とねぎま、たれで頂戴な。あと日本酒、冷やね」
「輝夜! なんでお前がここにいるんだ」
「永琳が忙しそうでねえ。晩ご飯、先にひとりで済ませてしまおうと思って。全く、鈴仙を無償トレードに出してから炊事洗濯掃除が何かと滞りがちだわ」
「お前らがそれだけこき使ってたってことだろうが。――ほれ、日本酒だ」
「あら、ありがとう。とか言って、ただのメチルアルコールだったりして」
「他の客のいるところで人聞きの悪いこと言うな。ちゃんと金払うならお前だって客だ」
「商売人の鏡ね、もこたん♪」
「五月蠅い。さっさと食って帰れ」
妹紅とそんなやりとりをする黒髪の少女は、誰かと思えば永遠亭の姫こと蓬莱山輝夜である。箱入りのお姫様がこんな焼鳥屋で晩飯というのも妙な話だとは思ったが、まあ余所の事情に私が口を挟むこともない。
おちょこの日本酒を優雅に口に運ぶ輝夜を横目に、やっぱり私も酒を頼めば良かったかな、と少し思う。しかし、アルコールの匂いをさせて帰ると橙に嫌がられるしな……。
「ほい、目玉親子丼」
おっと、待ってました。さて、どんなものか。
「ほう……これが」
なるほど、確かに目玉親子丼とでも言うべきものだった。ご飯の上に、どんと目玉焼きが乗っている。その脇に、唐揚げサイズの鶏の照り焼きがごろんと三つ。刻み海苔と小口ネギが散らされ、紅生姜が付け合わせに添えられていた。これはなかなか、ガツガツといけそうじゃないか。「醤油かけるならそこのを使ってくれ」と妹紅が言うので、私は醤油差しを手に取り、さっと目玉焼きの上にかけた。目玉焼きにはやはり醤油だろう。
見た目からして、上品に食べる食い物ではないな。私は勇んで、真っ先に箸で目玉焼きの黄身を割った。半熟だったようで、中からとろりと卵黄が流れ出る。おお、これだよこれ。
切り崩した目玉焼きを、ご飯と一緒に掻きこむ。ううん、目玉丼の下品なこの味! そうだ、何でもご飯に合うものは乗せて食べてしまえばいいのだ。たまらないな。
鶏の照り焼きに卵を絡めて掻きこめば、また格別の味わいだ。うーん、濃い味! だがそれがいい。照り焼きの味と目玉焼きの醤油味がぶつかりあって、なんだかよくわからないごちゃごちゃした感じだが、その猥雑な下品さが、たまにとても愛おしいのだ。
「あむ、むぐ、むぐ……いいぞいいぞ、大正解だ」
このごった煮な味の中で、小口ネギと刻み海苔が一服の清涼剤だ。紅生姜も、いい引き立て役として脇を引き締めている。もぐ、もぐ、ううん、照り焼き、目玉焼き。卵が先か、鶏が先か。そんなもの、食べてしまえば一緒なのだ。卵も鶏も、合わせて食べてより引き立つ。親子丼、どちらが親でどちらが子なのか、どちらが元かは神のみぞ知るということだ。
「ほふ、ほふ、むぐ、むぐ……ふぅ。ごちそうさまでした」
空になった丼を置き、手を合わせる。心地よい満腹感に息を吐きながら、私は湯飲みに残っていたお茶を啜った。
「ほれ、盛り合わせだ」
「何の毒入り?」
「何も入って無いっての。私は仕事中なんだ、お前と殺し合ってるヒマは無いんだよ」
「つれないわねえ、もこたんってば」
「そんなに殺し合いたきゃ店閉めてから来い」
「それじゃ焼き鳥が食べられないじゃない。これでも楽しみにしてるのよ?」
「毒入りをか?」
「客に毒入りなんか出したら自警団員の相方が黙ってないでしょ、も・こ・た・ん」
「うるさい馬鹿、さっさと食って帰って兎と遊んでろ」
そんなことを言い合う妹紅と輝夜は、確か積年の宿敵のような関係だったと記憶しているが、何やらただの喧嘩友達のようにしか見えない。私は苦笑しつつ席を立った。
「お勘定」
「毎度ー」
代金を払って暖簾をくぐれば、竹林の出口はすぐそこだった。竹林を抜ければ、外はもうすっかり陽が暮れて、闇に侵食されつつある空にぽっかりと青白い月が浮かんでいた。
私は竹林を振り返る。屋台の灯りがぼんやり、竹の間に浮かんでいた。
「……伸びきったゴムと一緒で、それが《元通り》の元になってしまう、か」
身体の歪みが少しずつ蓄積されるように、どんなものであれ、少しずつ少しずつ、変化していくことは止められない。それはきっと、蓬莱人のあのふたりの関係であっても、また然りなのだろう。それは少しずつの変化であるが故に、変わっていることをなかなか認識できず、結果としていつの間にか、変化した形が自然なものになっていくのだ。
そうなってしまえば、何が元だったのかはもう、誰にも決めようが無いのかもしれない。
私はとんとんと腰を叩いて、月に向かってひとつ大きく伸びをした。
変わりゆくものが常なれど、できればこの身体は、健康なままでいたいものだ。
「さて――紫様がお目覚めになる前に帰らないとな」
八雲の家に向かって急ぎながら、私はふと思う。
私と紫様の主従関係も、あるいは気付かぬうちに少しずつ変わっているのだろうか。
しかしそれは、私自身にはなんとも判断のつけがたいことだった。
まさかこの世にこんな生き地獄が存在していたなんて!!
目玉親子丼とはなんじゃらほい? と思って読み進めてたらこれまた美味しそうなの出てくるし
(普通の親子丼が苦手で、目玉焼きと照り焼きが好きなのでなおさら美味しそうに見えた)
藍も妹紅も輝夜もみんなマイペースで平和な幻想郷だなぁと実感させられました
本作もお腹が空いてくる良い作品でした。
焼き鳥がとてもおいしそうです
旧国鉄食堂車で出されていた賄いメシ
いろんなバリエーションがあるのだが、基本はお皿にごはん、その上にプレスハムのハムエッグダブル、添え物にキャベツ、お漬け物
これにデミソースやカレーソースをかけたりもする
車掌さんが食べる姿を見て「アレが食いたい!」と求めるお客も続出だったという
楽しい作品ですね。ご馳走様でした。