◇A-Ⅰ
都会派の魔法使いたるもの、常に流行の最先端に立たなければならない。だが、そもそも流行と呼べるモノがないのなら、自分自身でそれを引き起こさねばならないのだ。そうすれば、自動的に最先端である。
そして今回、まさに私は流行を引き起こそうと、そう考えた。
「ふ、ふふ、ふふふふ、良い出来ね」
私は、目の前に置いたインテリアの出来栄えに思わず笑みを零す。
早苗や霖之助さん、それに嫌々ながら紫に外の情報を聞いて集めて作り上げた、幻想郷最先端のインテリア。その機能は、テーブル椅子踏み台簡易ベッドに収納ケースクローゼットさらには自動ロック付き金庫にシェルターと多岐にわたる。
「その名もずばり――ダン・ボール(Ver.1.03b)!」
衝撃吸収の役割と触りごこちを優先して作られた外装は脆く柔らかい。けれどその弱点を解消する為に耐熱耐寒耐電防音防刃対衝撃アンチマジックと幾重にも施した魔法のおかげで、百人乗ってもびくともしないどころか大江戸人形レミングスを受けても傷一つ無い出来となっている。
今回は椅子として扱うことを考えたので、サイズはそれほど大きくはない。つまりコンパクトに纏まっているというのにこの性能。ああ、自分の才能が怖い。
私はダン・ボール(Ver.1.03b)の周りをぐるりと回って確認すると、今度は内部の出来を視る。ダン・ボール(Ver.1.03b)の上を四方向に開けば、中には人ひとり入れるくらいのスペースがある。あと確認するべきなのは、シェルター機能だ。つまり、ここに入って居心地を確かめるという単純なモノ。
「うん、早速……よっこいしょ、と」
膝を抱えて座り込み、ちょうど良いサイズだ。ダン・ボール(Ver.1.03b)の横手に着けられた取っ手部分が覗き穴になっていて、これである程度、外の様子も窺える。ちょうど目線の正面に位置する形となった覗き穴から外の風景を見て、確認を済ませた。
さらに、防音機能も上等だ。中から外の音は拾えるが、早苗から聞いた“ぷらいう゛ぁしー”とかいうものも考慮して、外から中の声は拾えない。確認出来ないけど、問題ないことだろう。
なにもかも完璧と言って相違ない……と、言いたいところだが、一つだけ問題があった。
「うん、良い感じね。さて、上海! この体勢じゃ中から閉められないみたいだから、外から閉めてみて」
『シャンハーイ』
この問題も、追々解決していこう。それに、“今日のイベント”で問題になるほど大きな事でもないのだから、別に良いだろう。
小さい身体で四苦八苦する上海を余所に、今日のイベントを考える。せっかく流行の最先端となるべきインテリアが完成したのだ。そうなると、流行らせる為にも誰かに見せる必要がある。そこで私は、魔法の森の騒がしい隣人――魔理沙を私の家に招くことにしたというわけだ。
名目上は“ただのお茶会”だが、そこにはインテリアの自慢もとい紹介というサプライズを用意してある。約束の時間は、今から半刻ほどあと。クッキーが焼き上がる時間を考慮に入れても、十分だ。
そう、準備は万全。今から十分な用意をして彼女をもてなせるだけの余裕は十分ある――はずだった。
――カチ
「かち?」
頭上から響いた音に、首を傾げる。たとえ閉めたとしても、そんな音がするはずはないのだが……妙だ。
「上海?」
『……?』
中から開けるのは、実に簡単だ。蓋を押し上げればいい。そのためには、ただ立ち上がるだけで十分な、はずなのに。
――ゴンッ
「あいた?!」
立ち上がろうとしたら、頭をぶつけた。ぶつけたということは、押し上げただけでは開かないということ。開かないということは、それはつまり……出られないということ、だ。
さぁっと、顔から血の気が引く。命令を飛ばしたおかげで上海も外から動いてくれているが、びくともしない。
「あ、あはは、ははは、ま、まさか」
身動き取れない密室の中――私は、あっさりと閉じ込められた。
★M-1
近くて遠い隣人、というのが私から見たアリスだ。
普段は「都会派」とか言って澄まし顔をしているが、時折やたらと妙なことを仕出かしたりもする。普通に真っ当なこの魔理沙さんとは大違いってわけだな。
そんなアリスから、お誘いがあった。お茶会だという。
珍しいことだ。私から押し掛けることはあっても、あっちから声を掛けてくることはそうそうない。
むしろ私が行くたび、ちょっと迷惑そうに応対してくるのが常だと言えるだろう。
「罠、じゃないよな」
鏡の前で服とリボンと三角帽子をチェックしながら、思わず呟く。
……ああ、もう! 本当にそう思っているなら、なんでお前の顔はそんなにニヤけているんだよ、霧雨魔理沙。
うん、私らしく正直に言うとだな――ちょっと嬉しかった。ちょっと? いや、ちょっとより、もうちょっと嬉しい。
だって、魔女のお茶会に誘われるということは、もしかしたらアリスが一人前の魔法使いとしてこの私を認めてくれたって証かも知れないんだからな。
ひとりで研究していると、自分の立ち位置が見えなくなる。研究の進捗具合もわからなくなってくる。それは思ったよりキツいものだ。
そんなとき、他者の視点が入り込んでくれば、かなり安心できる。
何のことはない。ひとりでも生きられるさと家を飛び出し、そして飛び込んだ魔法使いの世界は、その実、同業他者同士の認め合いで成り立っていたってことだ。
それについては、肩をすくめるしかないのだが。
とにかく、そんな魔法使い同士の狭くて深い交流の中で、“お茶会への誘い”というのは、それなりに大きな意味を持つわけである。
「ふふん、ふふふん、ふふふふん♪」
今日のリボンはピンクにしてみようか? 無地でなくギンガムチェックにしてみてもいいかも。いつも白黒白黒とからかってくるアリスに、三色魔理沙さんを見せてやったらどんな顔をするだろうか。
「あら魔理沙、一色増えて魔力も五割増しかしら?」なんて。そんな皮肉を言ってくるかも知れないな、あいつなら。
「やっぱり、えーと、こっちのほうが…………んっ?」
やばっ。色々と迷っていたら、思った以上に時間が経っていたらしい。
鏡の片隅に映り込んだ、反転した時計の文字盤。その針が、いつの間にか。
「さすがに、今日は遅刻できないな」
こうなったらもうフィーリングだ。
ティンときた柄のリボンを引っ掴み、胸のところへ付ける。
そうして鏡の前でくるりと一周り。
「よし! バッチリだぜ!」
こうして私は、箒に飛び乗ってアリスの家へと向かったのだった。
◇A-Ⅱ
「どうしよう」
思わず零れた声が、むなしく反響する。
頭を抱えようにも手を上げることは出来ない。いや、手だけじゃない。足も動かない。ただ、膝を抱えて座り込んだ体勢のまま身動きが取れない。ただ人形のようにじっとしていることしか出来なかった。人形遣いだけに。
「まずい、この状況は、まずい」
だらだらと流れる冷や汗が、目に入り込んできて痛い。
もう、約束の時間に迫っているというのに、私は何をしているんだろうか。かくれんぼ? そんな可愛げがあったら藁人形をスペルカードにしてドン引かれない。ちくしょうあの天狗、余すことなく記事にしやがって。じゃなくて。
「対策……そう、なんとか対策を立てないと」
そうだ。何故茫然自失で居てしまったのだろう。時間を無駄にしてしまった。とにかく対策を取って、早々に脱出しよう。なに、まだ魔理沙が来るまでは時間がある。それまでになんとかすれば無問題――
――コンコン
『邪魔するぜー!』
――などと思っていた時期が、私にもありました。
当然ながら、魔理沙はこちらの返事を待とうとはしない。ノックをして直ぐ扉の開く音がしたと思ったら、ほどなくして覗き穴の向こうに魔理沙の姿が見えた。おかしい、あの子は五分前集合なんてできた子だったか。いつも五分後集合なのに。
とにかく、来てしまったものは仕方ない。魔理沙に外から開けて貰うしかないだろう。といっても、この箱は完全防音。こちらの音は一切向こうに伝わらない。ちくしょう。
「仕方ないわね――上海」
私の指示によって上海が、ふわりと飛び上がる。そして、魔理沙に向かって突撃した。これで無事ここから出られるだろう。膝を抱えて固まっている恥ずかしい状況から助け出して貰って……貰って、その状況を、魔理沙が言いふらさない保証が、どこにある?
「ストップ上海! 言っちゃ駄目よ!」
私の指示を受けた上海が、きょろきょろと周囲を見回していた魔理沙の直ぐ横で停止する。危なかった。こんな状況、「サプライズでした」じゃ通じない。確実に、爆笑される。
『ん? 上海か。おい、おまえの主人はどこへ行ったんだ?』
上海の姿に気が付いた魔理沙は、彼女を捕まえてそう尋ねてくる。だが、当然ながら上海は、首を横に振った。
『そうか、知らないか。人を呼んでおいて失礼な主人だな、上海』
待ち合わせて遅れるのは貴女がよくやることよ、魔理沙! そんな風に叫び出したい気持ちに蓋をする。私の最高傑作の防音措置は完璧だけど、防音テストをしていない以上、万が一、いえ、億が一、声が漏れてしまう可能性も否定できないし。
この状況から、なんとか脱出しなければならない。なら、どうするか。
私は、とりあえず外に居る大江戸人形に目配せをする。もうこうなったら、箱を爆破しよう。壊れるかは不明だけど、もうそれしかない。
だが、そんな私の悲痛な覚悟は――
『なんか座り心地良さそうだな、アレ』
――よりにもよって、箱の上に座った魔理沙によって妨害された。
流石に、魔理沙もろとも爆破はできない。もしそんなことをしようものなら、本気モードの霊夢に「本気は出さない主義(キリッ」とか言う前に即殺される。グリモワールの封印すら解かせてくれないで、夢想天生をぶちかまされることだろう。
それだけは、避けたい。
『……なぁ、上海。おまえの主人って、優しいよなぁ』
うんうんと箱の中で呻っていた私に聞こえたのは、魔理沙の私を褒める声だった。
え、なんで?
『私がなにをしても最後には許してくれるし、押しかけてもなんだかんだで紅茶もお菓子も出してくれるし』
なぜ魔理沙は、急に私をべた褒めし始めたのだろう。理由はわからない。わからない、けれど。
『それに上品だし器用だし、あと、人形みたいに綺麗だよな』
けれど、そう、一つだけ言えることがある。
『私、アリスのそういうところ、けっこう好きだぜ』
すっげぇ気まずい。
出づらい。もしなんらかの手段で箱が開いたとしても、今出て行くことは出来ない。どんな羞恥プレイだ。私はこう見えて美辞麗句に弱い、というか慣れてないし。そもそも他人と会話する機会自体がそんなに多くないんだけど。あれ? それはそれでどうなんだろう? 人間関係見直そうかしら。
『遅いなぁ、アリス。まぁ帰ってこないなら来ないで――やることも、あるけど』
独り言を止めると、魔理沙はきょろきょろと周囲を見回し始めた。それから、覗き穴の死角に入り、見えなくなってしまう。
なにをしているのか、よく外の音を拾おうと耳を傾けると、聞こえてきたのはガサガサと家捜しする音。なにをやってるあの泥棒魔法使い。
『お、良い本持ってるじゃないか。こっちは――人形関係か?』
「ッ! 待ちなさい、魔理沙!」
聞こえてきた声に、焦る。
人形関係の本は、私の秘蔵のモノが多い。だからそれなりに泥棒対策はしているのだが、なんというか、それがまずい。
私の留守中に私の結界を破って本を奪おうとする輩を想定したトラップは、余裕で私の家ごと破壊してしまうモノが多い。いざという時、私の研究成果を他人に奪われないためだ。
「魔理沙、お願いだから私の家を破壊しないで! というか、貴女、人形の本なんか興味ないでしょうに……」
トラップが発動しませんように。
そんな私の祈りは、あっさりと裏切られる。
『ん? 「鉄人と人形の考察」? なんだ、これ?』
魔理沙が読み上げた本のタイトルを聞いて、血の気が引いた。そのタイトルの本に関連するトラップは、たった一つだけ。
――カチリと、トラップが発動する音が、リビングに響いた。
★M-2
アリスの家に呼び鈴はない。
あっても無視する。なぜって? そりゃあ、いちいち呼び鈴なんか鳴らすのは、どうも他人行儀じゃないか。
親友だって、訪問販売だって、新聞勧誘だって、呼び鈴の音には何の違いもない。「ピンポーン」だの「チリンチリン」だの、そんな無機質な音で私とアリスの関係性を示してほしくなんかないからな。
そんなわけで、私はいつもノックをしてアリスの家へ入ることにしていた。
――コンコン
「どうぞ」なんて。
そんな返事、待つ必要はない。なにせ、私とアリスの仲だから。
それに、今日は向こうからのお誘いなんだ。私が来ることはわかりきっているはず。
アリスのことだから、もしかしたらサプライズでも仕掛けているかも知れない。なら、こっちだってあいつの思い通りに踊ってなんかやるもんか。せっかくいつもより早めに到着したんだし、ここは私のほうから驚かせてやらないと。
「邪魔するぜー!」
けれども、家の中に飛び込んだ私が見たものは……いや、見なかったものは、ホストであるはずのアリスの姿だった。玄関にもいないし、廊下にも、リビングにもいない。
ついでに言うと、準備らしきものがされている様子も見受けられない。
「……えっ」
何これ。
何なんだよ。お茶会の日時、間違えてないよな、私。
……うん。大丈夫だ。今日の、あと五分後くらいからだったはず。
いや、これは確かにサプライズだよ?
お茶会だと言われて行ってみたら、人っ子一人いないんだから。まあたくさんの人形はいるけど。「いる」というか、「ある」か。
サプライズではあるんだけど……私はこういうのを望んでいたんじゃなくて。
「うぅ……」
べ、別に悲しくなったわけじゃないぞ。
ただ、何て言うか、そう、ちょっと憤慨するというか。
それとも、あと五分弱で全ての支度が整って、魔法のようにアリスが現れるって趣向か?
思わず周囲を見回すと、いつの間にか傍に近寄ってきていた上海人形の姿があった。
「ん? 上海か。おい、おまえの主人はどこへ行ったんだ?」
認めたくはないが、少しほっとしてしまう。
アリスはこの人形を、まるで妹のように大切に――いや、喩えが良くなかった。ええと、そうだ、自分の娘のように大切にしていて、肌身離さず持ち歩いている。
そういや以前、「いつも持ち歩いてるな」とアリスに言ったら「表現に気を付けなさい。私は、この子を『連れ歩いている』のよ」と叱られたこともあったっけ。
だから、上海人形がここにいるってことは、アリスも近くにはいるってことだ。
……私との約束をすっぽかして、どこか遠いところにいるってわけじゃ、少なくともないらしい。
ところが上海人形は、私の質問に対して、首を横に振った。
知らない、ということだろうか。なんてことだ。
「そうか、知らないか。人を呼んでおいて失礼な主人だな、上海」
そんなこと気にしてないぜ、という風に、さらりと言うつもりだったのだが、ちょっぴり恨みがましい感じになってしまったかも知れない。
やれやれ、いかんな。修行が足りないようだ。
そんなこんなでお茶会が開かれるはずの時刻となったのだけれど、やはりと言うべきか、アリスは姿を見せない。
リビングの中を改めて見回してみても、いつもと何も変わらな――ん、なんか変な箱が置いてある。黄色っぽい薄茶色の、何だろ、あれは。
無駄に器用なアリスのことだ。椅子でも作ってみたんだろうか。
「なんか座り心地良さそうだな、アレ」
よいしょ、と腰掛けてみる。うん、悪くない。
なんか上海人形が不審な動作をしているようだが、まあいいや。
そんなことより、問題はこの手持無沙汰な時間をどう過ごすかだ。
黙って座っていると、約束をすっぽかしたアリスへの面白くない気持ちが湧き上がってくる。そんないい加減なヤツじゃないと思っていただけに、ショックは大きかった。
とはいえ、アリスにもなんか事情があるのかも知れないし、一方的に悪く言いたくもない。これでも私はフェアなのだ。
憎しみやら不満やらといった感情に流されそうになった時には、相手のいいところを数え上げてみるのがいいと聞いたことがある。精神の自己制御術というやつだろう。邪悪に呑まれてはならない魔法使いには必須のスキルだ。
というわけで、アリスを褒めてみることにした。話し相手は、まあ目の前のコイツでいいか。使い魔みたいなもんだから、もしかしたらアリスに通じているかも知れないし。
「……なぁ、上海。おまえの主人って、優しいよなぁ」
ピクリ、と震え、上海人形が動きを停める。
「私がなにをしても最後には許してくれるし、押しかけてもなんだかんだで紅茶もお菓子も出してくれるし」
自然と口から出た言葉だったが、なるほど、自分でもその通りだと思えた。
「それに上品だし器用だし、あと、人形みたいに綺麗だよな」
自分で言っててちょっと恥ずかしくなってきたが、大丈夫だ、問題ない。
それに、上海人形を通じてアリスがこっちの様子を窺っているんだとすれば、私の褒め言葉に感激して姿を現すんじゃないだろうか。
――そう思いながら、ちょっと間を空けてみる。
だが、やはりアリスは現れない。そこで、もう一押ししてみることにした。
「私、アリスのそういうところ、けっこう好きだぜ」
……言っちゃった。
あー、その、なんだ。別に好きと言っても、アレだぜ? そういう意味じゃないぜ? ってどういう意味だよ。なんで私は自分に突っ込んでいるんだ。
ふと見ると、上海人形は完全に固まっている。
なんか無性に恥ずかしくなってきて、私は勢いを付けて立ち上がった。
「遅いなぁ、アリス。まぁ帰ってこないなら来ないで――やることも、あるけど」
部屋の中を歩きながら、心持ち大きめの声で言ってやる。
これでアリスが出てくるならそれはそれでいいし、出てこなかったらその時はその時だ。
あいつのお宝をじっくりたっぷり拝見してやるさ。
「お、良い本持ってるじゃないか。こっちは――人形関係か?」
研究熱心なアリスらしく、リビングにも書棚がある。赤いガラス戸の付いたそれは、普段なら触らせてもらえないものなのだが……。
せっかくだから、私はこの赤の扉を選ぶぜ! ってな。
「ん? 『鉄人と人形の考察』? なんだ、これ?」
背表紙を眺め、何となく面白そうなタイトルの付いた本を引っ張り出した、その瞬間。
――カチリと、どこからか音がした。
◇A-Ⅲ
ちゅどーん、とか、どごーん、とか、激しい音が響いてくる。覗き穴から時々見えるのは、星型の弾幕と赤い熱光線。片方は魔理沙のモノで、もう片方はトラップのモノだ。
鉄人関係の本に関連づけられたトラップ。それが“鉄人形”の召喚だ。鉄人形は胸の赤いプレートから熱光線を出し、目からレーザーを放ち、口からスチームを出し、魔法を弾きながら腕を飛ばす。その巨体に見合わず動きは素早く、格闘技もかなりのレベルだ。
その、私が“鉄魔人Z”と名付けた二メートル半の巨体が、私の家を破壊しながら魔理沙に襲いかかっていた。というか、そんな巨体が普通に動き回るだけでも部屋の中はめちゃくちゃになるだろうけど。
「どうしよう」
このまま、文字どおり座して終わりを待たなければならないのだろうか。
確かにこの箱は衣食住にも対応できる造りにしたけど、私の家の跡地でそんな生活をするのは流石に嫌だ。
けれど、押せども引けども箱は開かない。
『うわぁっ?! く、くそっ、なんなんだこいつは!?』
そうこうしているうちに、魔理沙の悲鳴が聞こえてきた。歯が立たないのだろう。マスタースパークでも放てばどうにかなるのかも知れないが、そんなことをしたら術後の無防備なところを崩れた家の瓦礫に押しつぶされて終わりだ。
かといって外に逃げようとしても、私の人形が逃がさないはずだ。魔理沙は思うように動けずにいるようだった。
いや、音から判断しただけで、本当かどうかはわからないけど。
『きゃぁっ!』
よほど追い詰められているのだろう。可愛らしい声が届いた。けれど私にはどうすることもできない――と、思っていたのだが。
――ガチャン
「うん?」
頭上から、なにかが開くような音が聞こえた。
恐る恐る持ち上げてみると、箱の上部が開く。小さく開けて周囲を見回してみれば、鉄人形に魔理沙が追い詰められている姿があった。とりあえず、私は魔理沙にバレないように箱から出て、箱の裏に隠れた。
おそらく、なにかの拍子で開いたのだろう。とりあえず、ガッツポーズして飛び上がりたい気持ちをぐっと抑え込んだ。
「さて、あとは」
ついに膝を着く魔理沙。振り上げられる鉄人形の豪腕。避ける術のない魔理沙は覚悟を決めたように目を閉じて――遅刻を誤魔化せるタイミングは、今しかないと、そう思った。
「咒符【上海人形】」
鉄人形の豪腕が上海レーザーに弾かれる。その隙に、私は魔理沙を庇うように躍り出た。もちろん、箱の影から出て来たとは悟られないように素早く。
「遅くなったわね、魔理沙」
「っぁ……まったくだぜ。約束は、守れよ」
背中から聞こえてきた魔理沙の言葉に頷くと、改めて鉄人形を見据える。一度発動したトラップを急停止させるのは困難だ。破壊するより他に方法はないだろう。
ぶっちゃけ私でも勝てるか微妙な出来になっているのだが、そこは問題ない。
なにせ、こいつは私が作った人形なのだから。
「魔操――」
鉄人形に向かって、人形を投げる。人形爆破のスペルカードで鉄人形を破壊する……のではなく、人形をスペルに用いるように見せかけて、鉄人形“で”スペルを発動させた。
「――【リターンイナニメトネス】」
投げた人形が申し訳程度に爆発すると、鉄人形は土煙の中で、私の“指示どおりに”窓の方へ向かって飛びながら光り輝く。
その光が最高値に達したとき、鉄人形は家の外で大爆発を起こし、砕け散った。
「魔理沙、無事?」
「……」
「ごめんなさい。紅茶を切らしていて、人里まで買いに行っていたの」
「……」
「魔理沙? ええっと、大丈夫?」
「っ、あ、ああ、だいじょうぶ」
なぜか、魔理沙は顔を真っ赤にしていた。理由はよくわからないけれど、たぶん、よっぽど鉄人形が怖かったのだろう。
私は魔理沙の手を引いて立ち上がらせながら、粉々になった鉄人形“だったもの”を見る。
あの鉄人形は早苗からの頼まれ物で、私の趣味には掠りもしなかったのだが、案外、使えるのかも知れない。今度、弾幕ごっこに用いてみよう。そう考えると、なんだか気分が高揚してきた。
「さ、今日はいったん帰りなさい。また後日、改めてお茶会をしましょう?」
「う、うん……アリス。その、あの……ありがとう」
「どういたしまして、魔理沙」
テンションが高いまま笑いかけると、魔理沙は俯いてしまった。
そんなに鉄人形が怖かったというのなら、弾幕ごっこでもかなりの効果をもたらすことだろう。そういう意味では、早苗に感謝するべきかも。
私はなかなか帰ろうとしない魔理沙を宥めて家に帰すと、改めて部屋の惨状を見回した。箱の改良や鉄人形の復元なんかよりもまず先に、このぼろぼろの部屋の修繕から始めなければならないようだ。
今日は忙しくなりそうだ、と、私は人形たちに指示を与えて片付けを始めた。
★M-3
「うおおおおおっ!」
あ……ありのまま今起こっている事を話すぜ!
「私はアリスの戸棚から本を取り出したと思ったら、いつの間にか巨人に追い掛けられていた。」
な……何を言っているのかわからないと思うが、私も何をされたのかわからなかった……。
頭がどうにかなりそうだった……人形操術だとか召喚術だとか、そんなチャチなものじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わってるぜ……!
「うおっ、まぶしっ!」
なんか鉄塊みたいな巨人は、胸から光線を出し、目からレーザーを放ち、口からは白い煙っぽいものを出し、とっさにこちらが放った魔弾は弾き返された。しかも、うわっ! 腕まで飛ばしてきやがった……!
こいつは三十六計逃げるにしかず、と言いたいところだが、巨人はあいにく出口側に立ちはだかっている。なら窓だ、と思ったら、腕を伸ばしてそっちもガードされている。ちくしょう。
どうやら目の前のコレは、勝手にアリスの本を手に取ろうとした奴を逃がさないためのトラップのようだ。とてもじゃないがアリスの趣味っぽくは見えないんだが……。
とにかく何とかしてこいつを倒すか逃げるかしなければならない。
通常弾は弾かれる。ならば魔砲か。だが、さすがにアリスの家の中でマスタースパークを撃つのは大問題だろう。
じゃあ、えっと、な、ナロースパークあたり撃ってみる?
――ジギギギギギィン!
くそっ、まったく効かない。
そればかりか、撃ち終えたばかりの硬直を狙ったかのように、
「うわぁっ?! く、くそっ、なんなんだこいつは!?」
あぶなっ! 回避が一瞬遅れていたら、顔面だけ二次元キャラになるとこだったぜ……!
なんて余裕をかましている暇も隙もなくって、巨人の飛ばしてきた腕が、
――強……! 速……避……無理!! 受け止める、無事で!? できる!? 否、死……
「きゃぁっ!」
偶然だった。顔の横を巨人の腕が掠り、耳がチリッてなった。
生きてる? うん、生きてる。
巨人は、飛ばした腕を元通り装着して、ゆっくりと振り上げる。
私はそれを避けようとして。
あ、でも駄目……。
腰が抜けて、ちょっと、立てな――
思わず目を閉じたその時。
「咒符【上海人形】」
聞き慣れた、声がした。
ハッとして顔を上げると、そこにはアリスの後ろ姿。
「遅くなったわね、魔理沙」
その言葉に感じたのは、泣きたくなるような安堵だった。
だけど、だからこそ私は意地を張り通さなきゃならない。
「っぁ……まったくだぜ。約束は、守れよ」
そう言ってやると、アリスは微かに笑った、気がした。
「魔操――」
アリスがすらりと腕を動かす。
軋むように動く巨人の腕を見た直後だったせいか、それが息を呑むほど美しく見えて。
「――【リターンイナニメトネス】」
アリスの投げた人形たちの小爆発によって巨人は窓の外へと吹き飛び、そしてそこで爆発したのだった。
「魔理沙、無事?」
「……」
アリスが、アリスがなんか言ってる。
「ごめんなさい。紅茶を切らしていて、人里まで買いに行っていたの」
「……」
紅茶……?
ええと、私は。
「魔理沙? ええっと、大丈夫?」
そこで我に返った。
あの面妖な巨人が爆散したのを見たことで、気が抜けてしまったのか。
それとも。
「っ、あ、ああ、だいじょうぶ」
何とか返事をして、差し出されたアリスの手に掴まり、立ち上がる。
その手は、微かにひんやりとして柔らかかった。
何となくアリスの顔を直視するのがためらわれて、私は部屋を見回した。
案の定、というか何と言うか、ご覧のあり様だよ、という感じだった。これなら、いっそのことマスタースパークを撃っていても、大して変わらなかったかも知れない。
調度品はボロボロで、巨人の飛び出た窓は粉々だ。壁やドアにも、ところどころヒビだの穴だのが見受けられる。
「あ、あの……すまんな」
さすがに申し訳なくなって頭を下げたのだが、アリスはと言えば、何やらぶつぶつと小声で呟いていて、聞いているのかいないのかわからない様子だった。
そしてどこか嬉しそうな感じで、口を開く。
「さ、今日はいったん帰りなさい。また後日、改めてお茶会をしましょう?」
これはどういうことだろうか。
アリスなりの、気にしなくてもいいというメッセージ?
普段のアリスなら、部屋がめちゃくちゃになったことに対して、まず怒るなり文句を言うなりしてくるはずなんだけど。
ちょっと引っかかるような気もしたが――今の私には、それ以上に気になることがあった。
先ほどのアリスの姿が、私の中から離れない。どうしてしまったんだろう。
何を言っていいかわからなくなって、結局口から出たのは当たり障りのない言葉。
「う、うん……アリス。その、あの……ありがとう」
「どういたしまして、魔理沙」
笑いかけてくるアリスの顔を、駄目だ、私は見ることができない。
この気持ちが何なのかわからなくて、もう少しアリスの傍にいたかったのだけど、やんわりと帰るように言われてしまった。
まあ、下手に留まって片づけを手伝わされたりしても大変だからな。
なんて。我ながら言い訳がましいじゃないか。
ただ、帰り道、「また後日」と言ってくれたアリスの笑顔が、心に沁みた。
♡エピローグ
それから約半月後。
魔理沙(と鉄人形)によって廃墟一歩手前の状態にまでなったアリスのリビングは、ようやく元通り、いや以前よりもさらに快適となっていた。
「うん、バッチリね!」
テーブルの飾り付けは済み、紅茶も用意し、クッキーも焼き上がっている。
アリスの眼前に置かれているのは、ダン・ボール(Ver.2.01c)。あれから幾つかの欠点を解消し、改良を済ませた逸品である。
前回できなかった分まで含めて、今日は魔理沙にたっぷりと自慢をするつもりであった。
――コンコン
ほら来た、とアリスは笑う。
今回は魔理沙が五分前に来ようが五分後に来ようがバッチリ対応できるように準備をしておいたのだ。
「邪魔するぜー!」
「はいはい、邪魔邪魔」
「お、おう……」
アリスは首を傾げた。
半ば定型化したやり取りだ。いつもなら何か言い返してくるはずの魔理沙の様子が、しかしどこか妙である。
気後れでもしているのだろうか、と思いかけ、アリスは首を横に振る。いいや、そんなことはないはずだ。
霧雨魔理沙と言えば、傍若無人で、生意気で、悪戯っぽくて、尊大で……そのくせ傷つきやすく、臆病で、甘く、か弱い奴なのだ。性格に関しては人のことを言えないという自覚があるアリスから見ても、なかなか難しい相手である。
ただ、こちらの軽口に対していちいち気後れするようなタイプでは断じてない。
「あんたどうしたのよ」
「どうもしてないぜ?」
「なんで疑問形?」
「ふ、普通だぜ?」
魔理沙はチラリとこちらへ視線を向けては微妙に逸らす。そんなことを繰り返すものだから、アリスまで落ち着かない気持ちになった。
「まあ、いいわ。とにかく上がりなさい」
「う、うん」
アリスはとりあえず魔理沙をリビングへ招き、テーブルにつかせた。
早速ダン・ボール(Ver.2.01c)のお披露目と行きたいところだが、急いては事をし損じるともいう。
まずはリラックスした雰囲気を演出して、それからおもむろに見せつけてやればいい。
というより、ダン・ボール(Ver.1.03b)自体は半月前に見られているのだから、せめて高機能・多機能であることを示してやらないと仕方がないではないか。
「今日のために、特別なお茶とクリームクッキーを用意したのよ」
「おお、そうか。……あっ」
「うん?」
「いや、すまん。忘れてたけど、これ、お土産」
「あら、これは」
魔理沙がぎこちなく帽子から取り出したのは、星粒と呼ばれるマジックアイテムだった。合成や錬成、また魔術薬の触媒などに用いられる道具で、希少ではないが精製が面倒な代物である。
「わざわざ悪いわね。これだけの星粒を用意するのは大変だったでしょう」
「えっと、部屋をめちゃくちゃにしてしまったことのお詫びも兼ねてって言うか……」
歯切れ悪く、魔理沙はそんなことを言った。
普段はアリスの人形をいくらボロボロにしても笑って済ませる魔理沙にしては、殊勝な態度である。
調子狂うわね、と思いながらも、アリスはありがたく受け取り、魔理沙にクッキーとお茶を勧めた。
魔理沙は曖昧な笑顔で頷き、クッキーを手にする。
「――うん、美味しいな」
「えっ。あ、ありがと」
魔理沙の言葉に、今度はアリスがうろたえる番だった。
これまでにも何度か魔理沙にお手製のクッキーを食べさせたことはあるが、いつもいつも「ふむ、悪くないぜ」だとか「ほほう、これはこれは」だとか、どこかはぐらかしたような感想ばかりだったのだ。
今みたいに、魔理沙が素直に褒め言葉を口にするのは珍しい。
「まったくもう。調子狂うわね……あっ、魔理沙」
「うん?」
「ほら、口元。クリーム付いてる」
「えっ、どこどこ?」
見当外れのところを舌で舐めとろうとする魔理沙を見かねて、アリスはハンカチを取り出し、その口元を拭ってやった。
すると魔理沙は、「えへへ」と笑う。
「何よ、気持ち悪い笑い方して」
「いやぁ、やっぱりアリスは優しいなって思ってさ」
「ハァ?」
あんたバカぁ? と続けそうになったアリスだが、その時、ふと前回のお茶会未遂事件のことが思い返された。
――……なぁ、上海。おまえの主人って、優しいよなぁ
そうだ、あの時魔理沙は何と言っていたのか。
上品だとか器用だとか、綺麗だとか。
そして――。
アリスは、ひどく赤面した。
そう考えてみると、魔理沙の先ほどからの態度まで意味深なものに思えて仕方がない。いっそのこと、直接問い質してみたい気もするくらいである。
だが、もちろんその場にいて盗み聞きをしていたことを魔理沙に知られるわけにもいかない。下手をすれば、自分のドジで、これからお披露目する予定のインテリアに閉じ込められていたことまでバレてしまいかねないからだ。
魔理沙の気持ちを確かめてみたいが、上手い言葉も思い浮かばない。そんなアリスは、魔理沙の話し掛けに対しても、上の空となってしまうのだった。
魔女のお茶会――それは魔道に携わる者たちが集まり、語り合う場である。時に知識を交換し、時に研究成果を自慢し合う、優雅な研鑽の場なのだ。
しかし、本日の茶会はと言えば、どうにも趣が異なるようである。
部屋の中で、互いの顔を窺い、視線が合うたびに慌てたように目を逸らすふたりの少女。
会話はどこまでも空転し、行き着く先など見えはしない。
そんなふたりを取り囲むようにして置かれている人形たちが、軽く揺れる。
誰かそれを見る者がいたとしたら、まるでため息を吐いたようだ、と思うのかも知れなかった。
~完~
乙女乙女している魔理沙、そしてダン・ボール(Ver.1.03b)の中であれこれ藻掻くアリスが可愛かったです。
そりゃあそんなベストなタイミングで助けられたら、惚れるしかないよね。性格を完全に読まれてる魔理沙が可愛くて仕方ない。
合作お疲れ様です。
アリスはデキる女