秋ッ! それは天高く馬子ゆる秋ッ!
つまり天が高いので蘇我馬子もついゆるくなってしまい蘇我氏全盛の礎を築いてしまってさあ大変ッ!
おっとォ、息子の蝦夷が出てきたぞ!?
蝦夷「父ちゃん、イルカが死んだのでもう生きてられません。今から僕もそちらへ行きます」
ああッ、秋は別れの季節ッ!
息子のように可愛がっていたイルカが、中大兄皇子と中臣カタマリに問答無用で斬殺されたァーッ! 「ザ・コーヴ」作った連中が見たら卒倒してしまいそうだァーッ!
これが所謂ところの乙巳の変であり正に蘇我氏乙、といった所かァーッ!
中大兄皇子「好きです、大化の改新」
中臣カタマリ「大化の改新虫五(645)匹と覚えておくとよいだろう」
秋ッ! それは夏と冬の間の一瞬の輝き…暑さしか能の無い夏や、寒さしか能の無い冬とは比べるべくもない、繊細かつ馥郁たる季節ッ!
人は僅か数ヶ月で終わるその時間を、芸術! スポーツ! 食欲! 読書! 行楽! エトセトラエトセトラッ! ありとあらゆる文化的な行動に費やし、そして来るべき冬へと備えるッ!
熊「冬とかさみいし寝るしかないっすわ。あいつマジ駄目な季節っすわ」
そうッ! 根本的に、秋以外の季節は秋の下僕であり引き立て役ッ!
これ即ち、秋=王者であり他の季節=雑魚という図式が成り立つものなりッ!
そもそも人間の身体とは…
「…さん、ねえさん」
「ちょっと寒くても暑くても死んでしまう明らかな設計ミスを抱えた脆弱なモヤシボーイでありそのどちらも備えぬ秋はモヤシボーイにも嬉しい」
「ちょっと、姉さん」
「…なお春のヤツめも秋の位置を虎視眈々と狙っており、枢軸側たる我ら秋陣営としては春に対する宣戦布告から、初秋、中秋、晩秋によるABCD包囲網も辞さぬ考えであり…なに、D担当がいない? ええいぬかった、急遽助っ人としてテッカマンアキ…いや奴は黒歴史…ええい、比類無き詩人、北原白秋を召還せよ。邪宗門とかカッコイイし」
穣子は肩を揺すっても反応を示さず、ただ妄想をぶつぶつと垂れ流すだけのアレな人…いや、神と化した静葉から離れると、たった今焼きあがったばかりの芋を半分に割り、ほかほかと湯気のたつそれを静葉のうなじに押し付けた。
「オヒャハアアアアア!?」
「姉さん」
「あつ、あっつゥ!? おま、ちょ、何しちゃってんのミノフスキー!? 実の姉に焼き鏝押し付ける神とかいるの!? 八百万いるからって何しても許されるとか思ってんの!? 八百万分の一とかいう世界にたった一つの花でも気取ってるワケ!? オンリー・ワン・ドメスティック・バイオレンスな豊穣の神とか許されてんの!?」
静葉は周囲のものを倒したり吹き飛ばしたりしながら、妹である穣子へと食ってかかる。
焼き鏝ならばこの程度のダメージでは済まなかった筈であるが、芋と鏝の区別もつかないトンチキであることを考慮すれば、案外ダメージも無いかもしれない。
更に言うならば、八百万の概念を持つ日本神話においては、DVや近親相姦は日常茶飯事ゆえ、穣子の所業はまだ優しいと言えよう。
「さっきから呼んでるのに、シカトしてる方が悪いのよ。お芋焼けたよ」
「てめぇミノおんどりゃー! 人が優雅に毎年恒例の『秋の地位向上作戦』、通称秋一号作戦の概要を練っているところを、芋如きで邪魔するとか正気の沙汰かー!」
「いらないの?」
「いる」
季節は秋である。
夏の暑さはなりを潜め、冬の寒さもまだ台頭してきていない、とても過ごしやすい季節だ。
そんな秋と関わりの深い、静葉と穣子の姉妹は、ほっこりと焼けたサツマイモを食べつつ、月を見上げていた。
「今年のお芋は出来がいいと思うんだけど…美味しい?」
「んー、まあ、美味いけど。でもミノさんや、サツマイモが美味いのはお前の性能ではなく、青木昆陽先生のおかげと言うことを忘れるな!」
「いや、わかってるし…昆陽先生マジ尊敬してるし…とにかく、美味しいなら良かったわ。里の人間達も喜んでくれるね」
穣子はそう言うとにっこりと笑い、最後に残った焼き芋を二つに割って、静葉へと手渡す。
人々からの信仰を力とし、豊穣と実り、という名の農作業に命をかける穣子にとって、彼女の主力商品─ご利益と言い換えてもいい─であるサツマイモの出来は、何よりも大切なことであった。
そして静葉は、口こそ悪いものの、こと仕事に関しては、嘘をつかない。その静葉が「美味い」というのであれば、それはもう、上出来であることの証明と言っていい。
「あとは? お米?」
「うん、それと栗とかその辺」
「変わり映えのしないラインナップね…ま、いいんだけども。に、しても、明日はもう、収穫祭かあ…一年って早いわね」
そう大仰に信仰されているのでは無いにせよ、それでも人間たちは、穣子を収穫祭に呼んでくれる。
人知の及ばぬ、大自然を相手に、農作物の出来不出来による不安を無くし、豊作を約束してくれる彼女を、地域密着型の神として慕う者は、存外に多い。
その人間たちが開く、収穫祭は、穣子にとって唯一と言っても過言でない程の晴れ舞台であり、また来年の信仰を集める為の、大切なプレゼンの場でもある。
「うん。姉さんも一緒に行こうよね」
「あー…うん? や、私はまあ、いいよ。たまには一人で行って来るといいんじゃない」
「え、どうしてよ? 行こうよ」
サツマイモの皮をちまちまと剥いてはかじり、また剥いてを繰り返していた穣子が、姉のその言葉に手を止め、顔を見る。
芸術家肌で、スランプに陥れば奇行に走ることもある姉ではあるが、宴会の類を嫌っている、ということは無い。
事実、去年の収穫祭には帯同しており、酔っ払って全裸に落ち葉だけという、神にあるまじき格好で、自作の創作ダンスを踊ったことは、穣子の記憶にも新しい。
「あー、あの裸踊りのこと、まだ気にしてるんでしょう? 大丈夫よ、みーんな酔っ払っていたし、気にして無いわよ」
「ち、違うわ! それに裸踊りとは失礼な…あれは舞い散る紅葉をイメージした静的かつ崇高なる踊りだというのに…と、まあそれは置いといて」
崇高にしてはポールダンス+ランバダみたいでちょっと性的だったじゃない、と言おうとした穣子であったが、どこか憂いを帯びた姉の表情を見て、その言葉は引っ込む。
紅葉、そして落葉という、木々の生命活動の節目を司る姉のこういった表情は、儚げで、どこか悲しく、そして美しい。普段の言動とのギャップも相まって、穣子はこういった姉の顔を見ると、どれだけ一緒にいても、ドキリとしてしまう。
「じゃあ、どうしてよ」
「いやあ、去年まではさ、私も一緒に邪魔してたけど、どうにもね…辛気臭いっしょ、私がいると」
「まーたその話? それについては、自分で言ってたじゃない…枯れ木も山の賑わいだって」
「誰が枯れ木じゃ! そんなにガリガリか私は!」
「え、ちょ、変なとこで食いつかないでよ」
静葉が食って掛かる。無論静葉とて、枯れ木と評されるような貧弱ボディでは無いが、如何せん相手が悪過ぎる。
豊穣の名の通り、穣子の身体は豊満…ダイナマイトの一言であり、一方の静葉の身体は、山奥にひっそりと咲く紅葉のように、慎ましくたおやかであった。
「訂正しろ貴様ァア! ちょっとおっぱいが大きいからと言って慢心するなど、誇り高き秋シスターズにあるまじきこと!」
「ああもう…」
静葉は穣子に、穣子は静葉に…それぞれコンプレックスを抱いているが、静葉の持つそれの内一つはどうやら、妹の育ち過ぎた身体に対するものであるらしい。
ともすれば服に手を突っ込み、たわわに実ったスイカをもぎ取ってやるぜブドウみてぇになァーッ! とか言い出しかねない姉の額に、穣子はまたしても焼き芋を押し付けた。
「オアアアアアア!?」
月は天高く架かり、雲間から差す穏やかな光は、地上を淡く照らしている。
その月明かりが、二人の寝室にも差し込んできていた。
「姉さん、もう寝た?」
「羊が256匹、羊が512匹、羊が1024匹…おかしい…何故羊が増える…これではまるで倍プッシュ…終わりの無いディフェンスだというのか……羊が2048匹…」
「それってさ、SheepとSleepの語感が似てるから、睡眠導入になりやすいってだけで、日本語じゃあんま意味無いらしいよ」
「…ヒメマルカツオブシムシが一匹…ヒメマルカツオブシムシが二匹…ヒメメルカツホブッ…」
暫くの静寂があって、さわさわと風が吹いて…
そして静葉が口を開く。
「行かないったら行かないわよ」
「どうしても?」
「行かない」
去年までは、収穫祭と聞いただけで小躍りし、数日前から眠れなくなるほどにはしゃぐ静葉であったが、今年は明らかに様子がおかしい。
それが、穣子には判らない。そして、胸が痛む。
自分に何か、不手際があったろうかと…大好きな姉に、嫌われているのだろうかと。
しかしそれも考え辛いことであった。静葉は穣子が何かやらかせば、きっちりと諭す。前触れも無く嫌うということなど、今までの暮らしで一度たりとも無かったことだ。
「ねえ、行かないなら行かないでいいよ。でも、理由は聞かせて」
「…やだ」
「やだ、って子供じゃないんだから…」
「おこちゃまなあんたには、大人の世界は判らないわよ」
どちらが子供か、穣子は苦笑すると、ベッドを抜け出し、静葉のベッドに潜り込んだ。
焼き芋の香りと、乾いた葉の風情のある香りがないまぜになり、部屋の中はまるで、秋そのもの、といった空間へと変わる。
「おこちゃまでもいいよ。判らなくてもいい…でも、理由は聞きたい」
「あ、ちょ、暑いんだけど!」
「姉さんの体温が高いんでしょ。話してくれるまでどかないよ」
スレンダーな静葉の身体に手を、足を絡ませ、穣子は言う。
押し付けられる、中秋の満月のような穣子の胸をぐいぐいと押し返していた静葉であったが、妹が本気である、ということが判ると、観念したようにため息をつき、穣子の髪の毛をさらりと撫でて、口を開いた。
「…穣子はさ、実益のある能力を持ってて…そりゃあ、神奈子様とか、諏訪子様ほどじゃ無いにせよ…信仰されているじゃない」
「…うん」
「それは、いいのよ。生まれついての力の差だもの、誰に文句を言えるわけじゃない…私だって、つまらない事だけど、あなたには無い力があって…それを卑下したり、嘆いたりすることは無いわ」
ぽつぽつと語り始めた静葉の口調は穏やかであったが、どこかトーンは低い。月明かりから顔を背けるようにしているため、表情は見えないが…きっと、いつものものとは違うのだろう。
穣子は姉の手をきゅっと握りつつ、ただ黙って、紡がれる言葉を待つ。
「力のことはまあ、どうでもいいのよ。私が収穫祭に行きたくないって、そう思ったのはね…私のプライドとか、世間体とかじゃあないの」
では、どうして。
聞きたくなる気持ちを抑え、穣子は沈黙を保つ。
そうして、どれくらい、経ったろうか。
「人間達はね、そりゃあ勝手な生き物で…あなたがいなくて、私がうとうとしている時に…こう言っていたわ」
──穣子様も大変だな、お一人で苦労なすって──
──静葉様が、似たような力を持っておいでなら、苦労せずとも、もっと収穫が上がるかもしれんのにな──
──姉妹だってのに、まるで似てないってのも、おかしな話だなあ──
「…そんな事を」
「いいのよ、本当のことだもの。私はね穣子、それが嫌で、そんな愚痴を聞きたくなくて、行きたくないとか…そう言っているんじゃないのよ」
「じゃあ、どうして」
握り締めた手を、静葉はやんわりと解き、そして、穣子に顔を向けた。
それは笑顔なのか、困った顔なのか…判別出来なかったが、その顔を見た穣子の胸には、鈍く…暗く、自分でも制御出来ぬ、負の感情が渦巻き、その瞳は薄暗く、曇っていくようにも思えた。
「私がいることで、そういった愚痴を貴女が聞いちゃって、そして…貴女が好きな人間達を…貴女を好いてくれる人間達を、嫌いになっちゃうんじゃないかって。それは、とても…とても、悲しいことだわ」
姉は、己の矜持や面目を保つ為、収穫祭に行きたくないと、そう言っているのではなかった。
己に対する、心無い…あるいは何の気無しに放たれた言葉を、ただ穣子に聞かせたくないと。それによって穣子が、人間達に対して、少しでも嫌悪感を抱かぬようにと。
穣子が静葉に抱くコンプレックスの一つ…己には到底持ちえぬ、繊細かつ柔軟な思考、あるいは感性から出る、優しさ…それは穣子の心にかかった、山霧のような感情を和らげ、遂には霧散させてゆく。
「と、まあ、そういう事ですわハハハ。はい、お終い! ピロートークはお終い! 判ったらさっさと寝る!」
照れ隠しなのか、静葉はからからと笑いつつ、穣子の身体を押し、ベッドから叩き落さんとする。
しかし、穣子は動かない。それどころか、静葉の身体をぎゅっと抱きしめて、頭を胸に埋めるようにして、密着度を増した。
「ってウォオイ! 暑いってば! それに何よ、胸は無いっての! 枕にもならんっての!」
「…姉さんは」
「…うん…?」
穣子の声は、微かに震えているようでもあった。
静葉は離そうとする腕を止め、再び、穣子の髪を優しく梳く。こうなると、穣子は梃子でも動かない…それを知っているから。
「姉さんは、ずるい」
「ずるい?」
「そう…ずるい。人間達がそんなことを言ってたって聞いて、正直、すごく…嫌だった…でも」
穣子は顔を上げ、そして静葉の目を真っ直ぐに見つめる。
ほんの少しの涙が、薄くではあるが、月明かりを映して、蒼く輝いていた。
「でも…姉さんにそんなこと言われて…それでも、人間達を嫌いになんてなったら…姉さんはきっと、とても、とても悲しむと思う」
「…穣子」
「だから、例え勝手で、弱い生き物でも…嫌いになんてなれない…だって、姉さんがそうしようとしてくれたから…私の好きな、大好きな姉さんが、悲しむのなんて、絶対に見たくないから」
涙はすっと流れ落ちて、静葉の服へと吸い込まれて消えてゆく。
それを合図とするかの様に、雲間から月が覗き、部屋の中が明るくなる。
穣子の大きな瞳にはもう、先ほどのような、暗い感情は見えなかった。
「だから、ずるい。でも…やさしい」
およそ素面では言えぬような、むず痒い穣子の言葉を聞いて、静葉は照れくさそうにそっぽを向いてしまったが、穣子には判っている。
言葉など無くとも、きっと。
翌日はこれ以上無いというくらいの秋晴れであり、人里も収穫祭の準備で盛り上がりを見せていた。
穣子は朝から何度も、自宅と人里を往復しては、荷車で農作物を運搬していた。
そして、静葉はというと…
「もう姉さん! これメタクソ重いんだから! ちょっとは手伝ってよね!」
「黙れ俗物! 私は今、収穫の踊り~テクノリミックス~の最終調整で忙しい! 去年とは趣の異なるエレクトロニカかつテクニコなダンスと米俵…比べるべくもなかろうよ」
何故かガムラン調のBGMが流れる中、静葉は枯葉をアレンジした、ギリースーツのようなものを身にまとって、くねくねと身体を動かしている。
何一つ調和していないその踊りは、収穫というよりは魔宴(サバト)とか、そういった物に相応しいようにも思えた。
「今年は朗読もセットでやろうかと思っているワケだけど」
「…朗読って…何読むのよ…?」
「そうね…ハイヌウェレ型神話とかどう…? 収穫だけに」
ギリースーツの奥から覗く静葉の目が、怪しく輝く。
少女のバラバラ死体から主食となる芋が生えてくる、などという、お世辞にも同調出来るとは言いがたい、デンジャラスな価値観を持つ神話の話などをすれば、場がどうなるか…などいう事は、火を見るよりも明らかであった。
穣子はふう、とため息をつくと、軍手をはめ、籠からイガグリを一つ掴み上げる。
「きっと盛り上がるわ…そして噛み締めるのよ、大地からの恵みの有難さを…私のダンスの奥深さを…ああ、ついでに屯田兵達の、涙なくしては語れないエピソードも追加しておこうかしら…フフ…完璧ね…さあ穣子、行くわよ! 人里をどっかんどっかん言わせてや」
そう言いつつ、穣子の方へと向き直った静葉の額に、150km/hを軽く超えているであろうイガグリ超特急が突き刺さった。
綺麗なピッチングフォーム…恵まれた身体から繰り出された、大自然の恵みと言う名のビーンボールを受けた静葉の悲鳴が、何処までも青く、澄み渡った空に吸い込まれて、そして消えていった。
秋…それは辛く、厳しい冬を前にした、豊穣なる季節…
~了~
つまり天が高いので蘇我馬子もついゆるくなってしまい蘇我氏全盛の礎を築いてしまってさあ大変ッ!
おっとォ、息子の蝦夷が出てきたぞ!?
蝦夷「父ちゃん、イルカが死んだのでもう生きてられません。今から僕もそちらへ行きます」
ああッ、秋は別れの季節ッ!
息子のように可愛がっていたイルカが、中大兄皇子と中臣カタマリに問答無用で斬殺されたァーッ! 「ザ・コーヴ」作った連中が見たら卒倒してしまいそうだァーッ!
これが所謂ところの乙巳の変であり正に蘇我氏乙、といった所かァーッ!
中大兄皇子「好きです、大化の改新」
中臣カタマリ「大化の改新虫五(645)匹と覚えておくとよいだろう」
秋ッ! それは夏と冬の間の一瞬の輝き…暑さしか能の無い夏や、寒さしか能の無い冬とは比べるべくもない、繊細かつ馥郁たる季節ッ!
人は僅か数ヶ月で終わるその時間を、芸術! スポーツ! 食欲! 読書! 行楽! エトセトラエトセトラッ! ありとあらゆる文化的な行動に費やし、そして来るべき冬へと備えるッ!
熊「冬とかさみいし寝るしかないっすわ。あいつマジ駄目な季節っすわ」
そうッ! 根本的に、秋以外の季節は秋の下僕であり引き立て役ッ!
これ即ち、秋=王者であり他の季節=雑魚という図式が成り立つものなりッ!
そもそも人間の身体とは…
「…さん、ねえさん」
「ちょっと寒くても暑くても死んでしまう明らかな設計ミスを抱えた脆弱なモヤシボーイでありそのどちらも備えぬ秋はモヤシボーイにも嬉しい」
「ちょっと、姉さん」
「…なお春のヤツめも秋の位置を虎視眈々と狙っており、枢軸側たる我ら秋陣営としては春に対する宣戦布告から、初秋、中秋、晩秋によるABCD包囲網も辞さぬ考えであり…なに、D担当がいない? ええいぬかった、急遽助っ人としてテッカマンアキ…いや奴は黒歴史…ええい、比類無き詩人、北原白秋を召還せよ。邪宗門とかカッコイイし」
穣子は肩を揺すっても反応を示さず、ただ妄想をぶつぶつと垂れ流すだけのアレな人…いや、神と化した静葉から離れると、たった今焼きあがったばかりの芋を半分に割り、ほかほかと湯気のたつそれを静葉のうなじに押し付けた。
「オヒャハアアアアア!?」
「姉さん」
「あつ、あっつゥ!? おま、ちょ、何しちゃってんのミノフスキー!? 実の姉に焼き鏝押し付ける神とかいるの!? 八百万いるからって何しても許されるとか思ってんの!? 八百万分の一とかいう世界にたった一つの花でも気取ってるワケ!? オンリー・ワン・ドメスティック・バイオレンスな豊穣の神とか許されてんの!?」
静葉は周囲のものを倒したり吹き飛ばしたりしながら、妹である穣子へと食ってかかる。
焼き鏝ならばこの程度のダメージでは済まなかった筈であるが、芋と鏝の区別もつかないトンチキであることを考慮すれば、案外ダメージも無いかもしれない。
更に言うならば、八百万の概念を持つ日本神話においては、DVや近親相姦は日常茶飯事ゆえ、穣子の所業はまだ優しいと言えよう。
「さっきから呼んでるのに、シカトしてる方が悪いのよ。お芋焼けたよ」
「てめぇミノおんどりゃー! 人が優雅に毎年恒例の『秋の地位向上作戦』、通称秋一号作戦の概要を練っているところを、芋如きで邪魔するとか正気の沙汰かー!」
「いらないの?」
「いる」
季節は秋である。
夏の暑さはなりを潜め、冬の寒さもまだ台頭してきていない、とても過ごしやすい季節だ。
そんな秋と関わりの深い、静葉と穣子の姉妹は、ほっこりと焼けたサツマイモを食べつつ、月を見上げていた。
「今年のお芋は出来がいいと思うんだけど…美味しい?」
「んー、まあ、美味いけど。でもミノさんや、サツマイモが美味いのはお前の性能ではなく、青木昆陽先生のおかげと言うことを忘れるな!」
「いや、わかってるし…昆陽先生マジ尊敬してるし…とにかく、美味しいなら良かったわ。里の人間達も喜んでくれるね」
穣子はそう言うとにっこりと笑い、最後に残った焼き芋を二つに割って、静葉へと手渡す。
人々からの信仰を力とし、豊穣と実り、という名の農作業に命をかける穣子にとって、彼女の主力商品─ご利益と言い換えてもいい─であるサツマイモの出来は、何よりも大切なことであった。
そして静葉は、口こそ悪いものの、こと仕事に関しては、嘘をつかない。その静葉が「美味い」というのであれば、それはもう、上出来であることの証明と言っていい。
「あとは? お米?」
「うん、それと栗とかその辺」
「変わり映えのしないラインナップね…ま、いいんだけども。に、しても、明日はもう、収穫祭かあ…一年って早いわね」
そう大仰に信仰されているのでは無いにせよ、それでも人間たちは、穣子を収穫祭に呼んでくれる。
人知の及ばぬ、大自然を相手に、農作物の出来不出来による不安を無くし、豊作を約束してくれる彼女を、地域密着型の神として慕う者は、存外に多い。
その人間たちが開く、収穫祭は、穣子にとって唯一と言っても過言でない程の晴れ舞台であり、また来年の信仰を集める為の、大切なプレゼンの場でもある。
「うん。姉さんも一緒に行こうよね」
「あー…うん? や、私はまあ、いいよ。たまには一人で行って来るといいんじゃない」
「え、どうしてよ? 行こうよ」
サツマイモの皮をちまちまと剥いてはかじり、また剥いてを繰り返していた穣子が、姉のその言葉に手を止め、顔を見る。
芸術家肌で、スランプに陥れば奇行に走ることもある姉ではあるが、宴会の類を嫌っている、ということは無い。
事実、去年の収穫祭には帯同しており、酔っ払って全裸に落ち葉だけという、神にあるまじき格好で、自作の創作ダンスを踊ったことは、穣子の記憶にも新しい。
「あー、あの裸踊りのこと、まだ気にしてるんでしょう? 大丈夫よ、みーんな酔っ払っていたし、気にして無いわよ」
「ち、違うわ! それに裸踊りとは失礼な…あれは舞い散る紅葉をイメージした静的かつ崇高なる踊りだというのに…と、まあそれは置いといて」
崇高にしてはポールダンス+ランバダみたいでちょっと性的だったじゃない、と言おうとした穣子であったが、どこか憂いを帯びた姉の表情を見て、その言葉は引っ込む。
紅葉、そして落葉という、木々の生命活動の節目を司る姉のこういった表情は、儚げで、どこか悲しく、そして美しい。普段の言動とのギャップも相まって、穣子はこういった姉の顔を見ると、どれだけ一緒にいても、ドキリとしてしまう。
「じゃあ、どうしてよ」
「いやあ、去年まではさ、私も一緒に邪魔してたけど、どうにもね…辛気臭いっしょ、私がいると」
「まーたその話? それについては、自分で言ってたじゃない…枯れ木も山の賑わいだって」
「誰が枯れ木じゃ! そんなにガリガリか私は!」
「え、ちょ、変なとこで食いつかないでよ」
静葉が食って掛かる。無論静葉とて、枯れ木と評されるような貧弱ボディでは無いが、如何せん相手が悪過ぎる。
豊穣の名の通り、穣子の身体は豊満…ダイナマイトの一言であり、一方の静葉の身体は、山奥にひっそりと咲く紅葉のように、慎ましくたおやかであった。
「訂正しろ貴様ァア! ちょっとおっぱいが大きいからと言って慢心するなど、誇り高き秋シスターズにあるまじきこと!」
「ああもう…」
静葉は穣子に、穣子は静葉に…それぞれコンプレックスを抱いているが、静葉の持つそれの内一つはどうやら、妹の育ち過ぎた身体に対するものであるらしい。
ともすれば服に手を突っ込み、たわわに実ったスイカをもぎ取ってやるぜブドウみてぇになァーッ! とか言い出しかねない姉の額に、穣子はまたしても焼き芋を押し付けた。
「オアアアアアア!?」
月は天高く架かり、雲間から差す穏やかな光は、地上を淡く照らしている。
その月明かりが、二人の寝室にも差し込んできていた。
「姉さん、もう寝た?」
「羊が256匹、羊が512匹、羊が1024匹…おかしい…何故羊が増える…これではまるで倍プッシュ…終わりの無いディフェンスだというのか……羊が2048匹…」
「それってさ、SheepとSleepの語感が似てるから、睡眠導入になりやすいってだけで、日本語じゃあんま意味無いらしいよ」
「…ヒメマルカツオブシムシが一匹…ヒメマルカツオブシムシが二匹…ヒメメルカツホブッ…」
暫くの静寂があって、さわさわと風が吹いて…
そして静葉が口を開く。
「行かないったら行かないわよ」
「どうしても?」
「行かない」
去年までは、収穫祭と聞いただけで小躍りし、数日前から眠れなくなるほどにはしゃぐ静葉であったが、今年は明らかに様子がおかしい。
それが、穣子には判らない。そして、胸が痛む。
自分に何か、不手際があったろうかと…大好きな姉に、嫌われているのだろうかと。
しかしそれも考え辛いことであった。静葉は穣子が何かやらかせば、きっちりと諭す。前触れも無く嫌うということなど、今までの暮らしで一度たりとも無かったことだ。
「ねえ、行かないなら行かないでいいよ。でも、理由は聞かせて」
「…やだ」
「やだ、って子供じゃないんだから…」
「おこちゃまなあんたには、大人の世界は判らないわよ」
どちらが子供か、穣子は苦笑すると、ベッドを抜け出し、静葉のベッドに潜り込んだ。
焼き芋の香りと、乾いた葉の風情のある香りがないまぜになり、部屋の中はまるで、秋そのもの、といった空間へと変わる。
「おこちゃまでもいいよ。判らなくてもいい…でも、理由は聞きたい」
「あ、ちょ、暑いんだけど!」
「姉さんの体温が高いんでしょ。話してくれるまでどかないよ」
スレンダーな静葉の身体に手を、足を絡ませ、穣子は言う。
押し付けられる、中秋の満月のような穣子の胸をぐいぐいと押し返していた静葉であったが、妹が本気である、ということが判ると、観念したようにため息をつき、穣子の髪の毛をさらりと撫でて、口を開いた。
「…穣子はさ、実益のある能力を持ってて…そりゃあ、神奈子様とか、諏訪子様ほどじゃ無いにせよ…信仰されているじゃない」
「…うん」
「それは、いいのよ。生まれついての力の差だもの、誰に文句を言えるわけじゃない…私だって、つまらない事だけど、あなたには無い力があって…それを卑下したり、嘆いたりすることは無いわ」
ぽつぽつと語り始めた静葉の口調は穏やかであったが、どこかトーンは低い。月明かりから顔を背けるようにしているため、表情は見えないが…きっと、いつものものとは違うのだろう。
穣子は姉の手をきゅっと握りつつ、ただ黙って、紡がれる言葉を待つ。
「力のことはまあ、どうでもいいのよ。私が収穫祭に行きたくないって、そう思ったのはね…私のプライドとか、世間体とかじゃあないの」
では、どうして。
聞きたくなる気持ちを抑え、穣子は沈黙を保つ。
そうして、どれくらい、経ったろうか。
「人間達はね、そりゃあ勝手な生き物で…あなたがいなくて、私がうとうとしている時に…こう言っていたわ」
──穣子様も大変だな、お一人で苦労なすって──
──静葉様が、似たような力を持っておいでなら、苦労せずとも、もっと収穫が上がるかもしれんのにな──
──姉妹だってのに、まるで似てないってのも、おかしな話だなあ──
「…そんな事を」
「いいのよ、本当のことだもの。私はね穣子、それが嫌で、そんな愚痴を聞きたくなくて、行きたくないとか…そう言っているんじゃないのよ」
「じゃあ、どうして」
握り締めた手を、静葉はやんわりと解き、そして、穣子に顔を向けた。
それは笑顔なのか、困った顔なのか…判別出来なかったが、その顔を見た穣子の胸には、鈍く…暗く、自分でも制御出来ぬ、負の感情が渦巻き、その瞳は薄暗く、曇っていくようにも思えた。
「私がいることで、そういった愚痴を貴女が聞いちゃって、そして…貴女が好きな人間達を…貴女を好いてくれる人間達を、嫌いになっちゃうんじゃないかって。それは、とても…とても、悲しいことだわ」
姉は、己の矜持や面目を保つ為、収穫祭に行きたくないと、そう言っているのではなかった。
己に対する、心無い…あるいは何の気無しに放たれた言葉を、ただ穣子に聞かせたくないと。それによって穣子が、人間達に対して、少しでも嫌悪感を抱かぬようにと。
穣子が静葉に抱くコンプレックスの一つ…己には到底持ちえぬ、繊細かつ柔軟な思考、あるいは感性から出る、優しさ…それは穣子の心にかかった、山霧のような感情を和らげ、遂には霧散させてゆく。
「と、まあ、そういう事ですわハハハ。はい、お終い! ピロートークはお終い! 判ったらさっさと寝る!」
照れ隠しなのか、静葉はからからと笑いつつ、穣子の身体を押し、ベッドから叩き落さんとする。
しかし、穣子は動かない。それどころか、静葉の身体をぎゅっと抱きしめて、頭を胸に埋めるようにして、密着度を増した。
「ってウォオイ! 暑いってば! それに何よ、胸は無いっての! 枕にもならんっての!」
「…姉さんは」
「…うん…?」
穣子の声は、微かに震えているようでもあった。
静葉は離そうとする腕を止め、再び、穣子の髪を優しく梳く。こうなると、穣子は梃子でも動かない…それを知っているから。
「姉さんは、ずるい」
「ずるい?」
「そう…ずるい。人間達がそんなことを言ってたって聞いて、正直、すごく…嫌だった…でも」
穣子は顔を上げ、そして静葉の目を真っ直ぐに見つめる。
ほんの少しの涙が、薄くではあるが、月明かりを映して、蒼く輝いていた。
「でも…姉さんにそんなこと言われて…それでも、人間達を嫌いになんてなったら…姉さんはきっと、とても、とても悲しむと思う」
「…穣子」
「だから、例え勝手で、弱い生き物でも…嫌いになんてなれない…だって、姉さんがそうしようとしてくれたから…私の好きな、大好きな姉さんが、悲しむのなんて、絶対に見たくないから」
涙はすっと流れ落ちて、静葉の服へと吸い込まれて消えてゆく。
それを合図とするかの様に、雲間から月が覗き、部屋の中が明るくなる。
穣子の大きな瞳にはもう、先ほどのような、暗い感情は見えなかった。
「だから、ずるい。でも…やさしい」
およそ素面では言えぬような、むず痒い穣子の言葉を聞いて、静葉は照れくさそうにそっぽを向いてしまったが、穣子には判っている。
言葉など無くとも、きっと。
翌日はこれ以上無いというくらいの秋晴れであり、人里も収穫祭の準備で盛り上がりを見せていた。
穣子は朝から何度も、自宅と人里を往復しては、荷車で農作物を運搬していた。
そして、静葉はというと…
「もう姉さん! これメタクソ重いんだから! ちょっとは手伝ってよね!」
「黙れ俗物! 私は今、収穫の踊り~テクノリミックス~の最終調整で忙しい! 去年とは趣の異なるエレクトロニカかつテクニコなダンスと米俵…比べるべくもなかろうよ」
何故かガムラン調のBGMが流れる中、静葉は枯葉をアレンジした、ギリースーツのようなものを身にまとって、くねくねと身体を動かしている。
何一つ調和していないその踊りは、収穫というよりは魔宴(サバト)とか、そういった物に相応しいようにも思えた。
「今年は朗読もセットでやろうかと思っているワケだけど」
「…朗読って…何読むのよ…?」
「そうね…ハイヌウェレ型神話とかどう…? 収穫だけに」
ギリースーツの奥から覗く静葉の目が、怪しく輝く。
少女のバラバラ死体から主食となる芋が生えてくる、などという、お世辞にも同調出来るとは言いがたい、デンジャラスな価値観を持つ神話の話などをすれば、場がどうなるか…などいう事は、火を見るよりも明らかであった。
穣子はふう、とため息をつくと、軍手をはめ、籠からイガグリを一つ掴み上げる。
「きっと盛り上がるわ…そして噛み締めるのよ、大地からの恵みの有難さを…私のダンスの奥深さを…ああ、ついでに屯田兵達の、涙なくしては語れないエピソードも追加しておこうかしら…フフ…完璧ね…さあ穣子、行くわよ! 人里をどっかんどっかん言わせてや」
そう言いつつ、穣子の方へと向き直った静葉の額に、150km/hを軽く超えているであろうイガグリ超特急が突き刺さった。
綺麗なピッチングフォーム…恵まれた身体から繰り出された、大自然の恵みと言う名のビーンボールを受けた静葉の悲鳴が、何処までも青く、澄み渡った空に吸い込まれて、そして消えていった。
秋…それは辛く、厳しい冬を前にした、豊穣なる季節…
~了~
長さについては、上手くまとまっているのでこれはこれでいいと思います。
次も楽しみにしています!
オォイ!
…まあ恥ずかしさに耐えてよく頑張った、感動した!
一日千秋による百日戦争をだな・・・。
もう少し長めでもよかったかも。
素晴らしかったです
面白かったです。
で……だ。その陰口を言っていた馬鹿共は、→( 農) に簀巻きにされればいいね。
落葉が無かったら腐葉土が作られなくて森がピンチで奴らの陰口で幻想郷がヤバい。
でも、ナイスガッツ寅造さんを応援してるよ。
あなたのSSから染み出る、おそらく無意識に染み出る、天真爛漫さが良い。
他人に流されず、けれども逆に我を通しすぎず、中道を行きつつ、あなたがより良いSSライフを送れることを願っています。
他人の評価なんて二次的なものだぜ!自分が楽しめるかどうかだぜ!
い、今言ったことは全部独り言なんだからっ! あんた達が困っているから助けてやろう、とか、そんな事これっぽっちも考えてないんだからっ!
べ、別にあんたのためじゃないんだからね!
正直損してるんじゃないかなぁって思ってしまうのです