Coolier - 新生・東方創想話

冷凍図書館

2012/10/14 19:06:18
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 うだるように熱い……そうもはや熱いといってさしつかえない今年の夏。
幻想卿はとろけるような熱波をさけるために皆屋内に退避していた。
こんな中外に出るのはやむを得ない用事で
外出を余儀なくされた人間の食料調達や妖精の児戯くらいのものだろう。
そのなかで湖の上は他と一線を隔した冷涼さを維持していた。紅い屋敷を取り巻くように存在するこの湖の上で今日も少女の叫び声が木霊していた。
湖の外側の野原に大の字になって寝そべる妖精。妖精の中では比較的強力な力を持ち、スペルカードも操る少女。その少女が足をばたつかせている。
頭上には二人の少女。二人とも金髪で、片方は黒白の服に魔女のようなトンガリ帽子、箒に乗った少女で、片方は本を抱えている人形のような容姿の少女。どちらも
この妖精は何度も遭遇し、辛酸を舐めてきた相手である。
 
 「なんで勝てないのよ!いっつもいっつもいっつもおお」

青い可愛らしいワンピースに身を包んだ妖精の少女チルノは頭上の二人を見上げながら地面に拳を打ちつけた。
 
「そりゃお前が弱いからだぜ。まったくいつも邪魔しやがって、おいさっさと行こうぜアリス。パチュリーと約束した時間に遅れちまう。」

アリスはうなずいてついていこうとした…何度も繰り返されている日常。しかし、アリスは違和感を感じていた。
この異常気象の他にも、この少女の様子がどうもおかしいことに気がついた。弾幕ごっこはこの妖精と数えきれないほどやってきたが、何か違う。そうこの少女が
涙を浮かべていたのだ。負けても悔しがりこそすれ、すぐに立ち直り、涙を見せることなど決してなかった。今回はほとんどマリサが攻撃したにしろ、アリスは
罪悪感に胸の奥がかすかにうずくのを感じた。
 
「マリサ、先に行ってて。すぐに行くから」
 
マリサが怪訝な顔をする。
 
「なんだよ。そのバカの相手をする気か?もういいだろ。スペルも使いきっちまったみたいだし。」

チルノは起き上がって座ったまま手を芝生についていたが、マリサの言葉を聞いて下唇を噛み締めてうつむいた。目に溜まっていた涙があふれだす。
やはりおかしいとアリスは思った。いつもなら、バカにするな、とか私は最強なんだから、とか言いそうなものなのに、今日は何も言い返さずに受忍している。
いじめられている子供のようだ。
 
「マリサ。いいから先行ってて。」
 
「やれやれ」
 
興味もないといった感じに優雅に旋回するとマリサは紅い屋敷に向かって愛用の箒を滑らせていった。
チルノはじっとマリサの方向を凝視していた。


「なにかあったの?」

アリスがチルノの隣に座り込んで優しく語りかける。一見クールに見られがちなアリスだが困った人を放っておくようなことはできないたちである。
今までもいたずらばかりする三妖精を何度ももてなしてきた。
チルノは黙り込んで芝生を見つめている。
 
「ケガでもした?」

愚問である。妖精はバラバラになっても死なない。厳密な意味で妖精は死なない。この程度の弾幕ごっこでどうなるわけでもない。つまりは心理的なものだということだ。
 
「私…」

震える声でチルノが呟く。
 
「いつになったら…勝てるんだろ…最初は100回くらいやれば勝てると思ってたのに…もう300回超えちゃった…」
チルノはぐっと握りこぶしを作った
 
「全然…追いつける気がしない…強すぎるよ…」


 ああそういうことか。こちらは適当にあしらっていただけだった。いつも強気だったし、こんなことを考えているとは思わなかった。
妖精の意外に繊細な一面を見ることができ、少々新鮮だった。しかし、なんと答えたらいいものか、直接的に言えば、妖精の中で比較的強力な力を
持つチルノであっても今のままではレイムやマリサに対する勝機は皆無と言っていい。
腕力も魔力もスペルカードも速さも戦闘の際の臨機応変な対応も、そのすべてが劣っている。チルノが彼女たちの能力を一つでも超えるビジョンはアリスには
思い浮かべない。レイムとマリサにはスペルカード戦、空中戦における天賦の才がある。
唯一優っているのは驚異的な再生能力だろうが、力の差を考えればモグラ叩きとそんなに変わらない。一瞬で再生することができれば相手の体力の低下
を狙って勝機を窺うこともできそうだが、再生には時間がかかる。
まあ、何を考えても無理な話だ。
それでもあえて勝利を目指すのであれば…

「弾幕はね、ブレインなのよ。」

「ぶれ…?」

 「ブレイン。頭を使うってことよ。あなたいつもやみくもに撃ってくるわよね。それじゃあだめ。相手の逃げ場を無くすように、相手をほかの弾があるほうに誘導
 するようにすれば勝率は上がると思うわ。」
 
チルノはいつになく自分の鼓動が速く脈打ってくるのを感じた。

「ブレイン…それいいかも…絶対それだよ。どうすればいいの?」

「まずは本かな…あなたは基本から学ばないと」

「本?」

つぶらな瞳で見上げてくる妖精にアリスは笑みを浮かべた。




























 無音… 一切の音源から隔離された空間、ここは彼女のお気に入り、というより住みかであり、ここ以外の場所など等しく価値を感じない。
経験しないことも知らないこともすべて自分のことのように感じられる本の世界。読書というのは何人もの他者の人生を追体験できるに留まらず、他者の研究成果や
考えをのぞき見ることもできる。 そしてその本を貯蔵し、保管する図書館という施設。まさに世界で最も尊い場所とも言える。しかも自分は幸運なことにこの
図書館の主であり、普通の図書館のように読みたい本を他人に取られ、貸し出しを待つようなこともない。すべての本は彼女のために存在し、彼女の貸し切りの状態である。

 主、パチュリーノーレッジはほうっとため息をついた。退屈、憂鬱からくるものではない。自らの境遇に幸せを感じずにはいられず、自然と出てくる類のものであった。
彼女はテーブルの上のティーコップに目をやる。もう中身はない。
 
「紅茶、切れているわよ。」

カップを持ちあげ、後ろにいると気配で分かる従者に見えるように掲げた。
 
 「すいません、ただいま。」

とてとてと小走りする足音のあとに、彼女の髪から香るシャンプーの匂いが鼻をつき、同時にカップが従者の手に足られる。
パチュリーにとってもう一つ僥倖なのは、彼女に従順な従者がいることであった。従者は小悪魔と呼ばれている。彼女のおかげで、
お茶から食事、洗濯掃除にいたるまで自分ですることはほとんどない。よって一日の全ての時間を読書に費やすことができる。
パチュリーにとっては読書以上の楽しみなどない。体も丈夫とは言えず、外での体験にも制限がつくので、外に居る時はしばしばもどかしい思いを受ける。
ここに居ることが、最大の福音だ。外での自分の体験など大した価値は見出せない。さらにこの屋敷を統括する主、レミリアも自分に好意を持ってくれているようで、
屋敷での高待遇を約束してくれている。レミリア専属のメイド、咲夜も自分の言うことは聞いてくれる。屋敷でのパチュリーの地位はレミリアに次ぐと言っていい。
ありがたい話である。彼女もこの屋敷で悪意を持っている存在などいない。

 ただ、彼女にも嫌悪するものはある。知的でない者、本の価値を認めない者である。自分の無知を知ることもなく、厚顔であり、かと言って自分の能力を高めるために
努力するわけでも知識を増やそうとも思わない者、それが彼女の逆鱗に触れる存在である。もっとも彼女は怒ったとしても、ただ相手を無視し、
関わらないようにするだけである。屋敷以外との交友関係も広くない彼女にとって、他のなんでもない他人と対応に大差はない。

そう、あちらから関わってこない限りは…

 パチュリーはちらりと外に目をやった。というのも、湖の方面から聞こえてくる叫び声と、弾幕の破裂音が少々気になったからだった。妖精共のけたたましい
幼稚な弾幕合戦もいつもならば長くても10分、
なのに今日は30分を超えてくる。さすがにわずらわしさを感じて重い腰を上げ、訛り切っている足をのそのそと窓際に向かわせた。
湖のふちに小さく映る青色のワンピース。それが誰のものかはすぐに分かった。そして顔をしかめてぴしゃりとカーテンを閉める。
見るのも不愉快のバカ代表妖精である。妖精というのは基本的に知能が低い。人間や妖怪は知識によって身の生命の防御を図らなくてはいけないが、不死の妖精には
その必要性がないため、いつまでたっても成長しないし、同じミスを何度も繰り返す。
朱に交われば紅くなるというが、妖精と一緒にいては自分の頭脳が退化するだけだと思い。彼女にとっては視界に入っても見ぬふりをする。
しかもあの青い妖精は、低知能の妖精の中でも一際幼稚に見える。普通の妖精なら吸血鬼やあの巫女のレイム等にケンカを売ったりはしないものだが、あの
妖精は最強を自負し、スペル戦を仕掛けるのに何の躊躇もない。そして当然のように破れては、何かの間違いだと駄々をこねる。
もうなにも話しかける気にもならない存在だ。なぜあんな存在がいるのか理解に苦しむ。

「紅茶、お持ちしました。」

背面の声に振り返り、首をゆっくりと回しつつ、またのそのそとイスに戻った。
余計なことなど考えるほど時間の無駄だ。自分は人間よりは長生きだが、残念ながら不死ではない。この世に現存する本を全て読破するほどの時間はないのだ。
刹那の瞬間すら無駄にしたくはない。
パチュリーは本を片手に、湯気の立つアールグレイに手を伸ばした。










「本…ねえ」

チルノは紅い屋敷に向かっていた。アリスから弾幕のいろはを知るにも、発展的に応用させるにも本を参考にするのが一番だと聞き、屋敷に向かっていた。
しかし気のりはしない。前に一度だけ読もうとしたことがあったが、なにぶん字がよめない。寺子屋でひらがなはよめるようになていたが、それだけではほとんど
何の本を開いても理解できるほど読解できなかった。なにやら見たことのないひらがなより複雑な字が、ひらがなの間に入りこんでいるのだ。
なのでチルノは本の楽しみはもっぱら挿絵を見ることにあった。しかし、チルノのお気に召すような絵はあまりなく、数もすくないため、チルノは本というものに
興味を持つことはできなかった。

「ほんとにあんなので強くなれるの?」

にわかには信じがたい。実践を何度も繰り返していた方が強くなれるに決まっているのに。


だが、実践を繰り返してそれでこのざまなのだ。やはり自分が間違っていたのだろうか。
とにかく藁にもすがりたい思いで、門の上を超える。門番はいつものように昼寝だ。
この屋敷には何度も来たことがあったが、あの門番が起きている可能性は10に1つほどだとチルノは知っている。
図書館までのルートは大体分かる。一度だけ来たことがあるのだ。確かあの時に確定的に本が嫌いになり、それ以来来なくなっていたのだ。
メイド妖精たちも巧みに避けながら、図書館にたどり着く。

「うわあ…」

相変わらずすごい。目もくらむような本だなの数とぎっしりと詰められた本の数。なぜあんなにつまらないものが変わり映えもなく無意味に大量生産
されているのかは疑問の余地があったが、今は下らぬことを考えているときではない。一刻も早く強くなり、あいつらを屈服させて自分への罵倒の言葉を撤回させ
最強の名をほしいままにするための土台を築かなければならない。

 とりあえず奥へ奥へと進む。手前より奥の方が、役に立つすばらしい本がある気がする。とりあえず地面に降りて歩くことにする。
見上げるような高い建物のような本の収納機。本はそれほど大切に扱わなければならないものなのだろうか?
家に住むのは生物の特権なのだ。わざわざ材料を調達してまで物言わぬ紙の束である物体に寝床を用意してやる必要もないと思うが。
自分など穴倉のようなところに住んでいるし、たまに外で出かけることもあるというのに。
てくてくと大した感慨もないまま変わり映えのない背表紙を眺めつつ、首を右に左に運動させていった。

「ん?」

同じような本が何十冊も並べられている本棚の前で止まる。順に背表紙に123456… と番号が振ってある。
これは知っている。一冊にまとめるには多すぎるから何冊にも分けてあるのだ。おそらくしりーずもの というやつだろう。
これほどの冊数を要しなくてはならないほどの本はとてつもない奥義が載せてあるに違いない。
これを見れば、まあ事足りるだろう。
1という背表紙に描いてある本を取り出す。同時にまとわりつく塵、埃が煙のように宙に舞い、顔のあたりに漂ってくる。

「むっ! ん… げほっ えほっ …    何よ…」

少々不愉快になりながらも背表紙を見てみる。

ー属性魔法の物理転嫁への様式と魔力消費の効率性ー

ふむ、まあなんとかなりそうだ。読める文字もいくつかあるし。 

 の… への… と… の




寺小屋で文字 … ひらがなは習ったはずだが、読める文字より読めない字の方が多い。
中を開いてみても読めない字ばかりが目に入る。全部読破するつもりで来たのに三行で嫌気がさし始めた。
どうしたことだろう。この文字は何だろうか? もしかして先生が今度から習い始めると言っていた漢字というものだろうか?
それにしたって種類が多すぎる。ひらがなは100も種類がなかったが、どう見たって遥かに種類が多いように感じる。
それに一つ一つが芸術的と言いたいまでに複雑な形をしている。こんなもの覚えられるのだろうか?
しかも形の次はおそらく読みと意味を覚えなくてはならない。
チルノは目をつぶって考える。こんなもの読める人間が存在するはずはない。でもだったらこの本を作る意味はない。
本があるということは読む者がいるということ。
そして… そうであるならば自分がこれを読めるレベルに達していないということだ。

「むう…」

なんだか気分が悪くなってきた。戦闘で劣等感を感じてすぐに精神的な劣等感を感じることになってしまうとは。
もういい。最後の本を読んでみれば大体全ての本の内容は分かるはずだ。最後の方に目をやると46とあった。
それを取ろうと移動して引き抜こうとしたが、ギチギチと音を立てるだけで抜けない。
容量以上の本を入れているせいで、抜くときに苦労することになるのだ。
だんだんとイライラしてきた。最近何をやってもうまくいかない。

「この… 抜けなさいよっ!」

思いっきり力を入れて抜こうとした瞬間、本棚全体がぐらりと傾いた。
あ…

本が洪水のように自分の身に降り注ごうという瞬間、彼女は眼を閉じた。


ああ… もうやだ…


















「何…今の音…」
けだるげに本から目をあげる図書館の主は秘書へと視線を移す。
いや、本来聞くまでもないのだ。何度も聞いたことがある、本棚と納められた本が吐きだされて地面へ散らかる音だ。
目をやったのは不法侵入した者を始末に行け、の合図である。小悪魔は意外そうな声を上げる。

「あら、窓を破らずに入ってくるなんて珍しいですね…」

誰が来ているかは議論の余地がない。黒白の人間、霧雨マリサだ。小悪魔では手に負える相手ではないが、まあ盗まれる本を
少なくすることぐらいはできる。正直なかなかの腕だ。いつか退治してやるが、今はその時ではない。
無礼で常識知らずなガサツな女だ。本当に魔女の風上にも置けぬ人間だ。

「ねえ。この図書館警備が弱くない?正面からマリサみたいに来ればまだしも、こそこそ来られれば分からないわよね?」

「そうですね。改善の余地ありです。」


「後で対策採りましょ。さっさと行きなさい。いつも通り、殺す気で攻撃していいから。」

小悪魔はうやうやしくうなずくと飛び去って行った。
 
「まったく…」

あいつも懲りない。この図書館は自分だけのものだ。他の誰にも使用させたくない。ましてや品性のかけらもない魔女など論外だ。
あいつさえいなければこの図書館も平穏そのもの。人間などほっておいたらいつかは死ぬが、かといって無視できるほど短期間に死ぬわけではない。

「なーに?またあの魔法使いかい?」

おちょくるようなくすぐったい声。直後に首筋に抱きついてくる温かな感触。もう何度も経験している。
そして香水をつけていないらしいはずの彼女から仄かに匂ういい香り。
これはいつも落ち着く。振り向かなくともすぐに分かる。
吸血鬼の親友だ。

「レミィ。いらっしゃい。小悪魔は今ネズミ退治に向かわせてるから紅茶はちょっと待っててね。」

「ネズミ…ねえ」

レミリアは首筋から離れるとパチュリーの隣に座り込んだ。

「忙しかった?」

「いいえ。あなたならいつ来たっていいわ。遠慮なんてしないでいいのよ。」

「そりゃどうも。」

パチュリーは再び本に目を落とす。レミリアも手近な本を手にとってテーブルの上に広げるとまどろんだ目で平坦な紙を見つめる。
沈黙… 長い長い沈黙。しかし決して気まずい沈黙ではない。いつも互いの気心は知れているのだ。
パチュリーとしては静かな方が好みだし、レミリアもそれを理解してくれている。
以心伝心な友人なのだ。はらりはらりとページをめくる音だけが聞こえる。何物のも代えがたい時間。
何かいつもとは違う雰囲気を感じるが、大したことはない。読書を妨げるほどではない。
今はなかなかめぐり合えない面白い小説を読んでいる。普段は魔道書などを読むが、たまに気晴らし程度に他の種類の本を読むこともある。
最近は外の世界の本を読むのも悪くないと思っている。思った以上に質が高い。
いや、幻想卿のそれより知的水準が高いのではないかとさえ思わせる。

「モンテクリストか…」

正面でつぶやく声にパチュリーが目をあげる。

「知ってるの?」

「ああ、なかなか面白かったよ。ちょっと最後の敵への処罰が気に入らなかったけど…」

意外だった。レミィが自分の知らない話を読んでいるとは。

「ちょっと… ネタバレはやめてね…」

「ごめんごめん。10分以上も見つめてるのに反応一つしないからさ…さびしくてね。」

なるほど。違和感の正体はそれか。何かの視線を感じるような違和感はそれだった。それにしてもただ自分のことを10分も眺めていたというのは
少々恥ずかしい。レミィはそんなキャラでもない気がする。
それに、さびしい?
これにも違和感がある。いつも自信たっぷりで、精力みなぎるエネルギーをほとばしらせているレミィには似つかわしくない。

「つれて参りました。」

聞きなれた声に首をひねらせる。レミリアがふうんとつまらなそうに鼻をならした。

よりによってこいつなの…

パチュリーは頭を抱えてため息をつく。せっかくの至福の時に一番邪魔されたくない低俗な頭脳の妖精が進入していたとは。

「あ…あんた…」

チルノがパチュリーを見て目を見開く。
パチュリーは視線をはずして紅茶をすする。

「あんた、パチュリーね?ここの図書館の主なんでしょ?私勉強して強くなりたいの。いい本はない?」

パチュリーは微動だにせず、ゆっくりと紅茶を傾かせる。レミリアがこちらを見ているのがわかる。
反応くらいしてあげろといいたいのだろう。

だがおあいにく様。汚らわしい低脳妖精の相手をするのにコーヒーブレイクの時間は消費させない。
チルノが頬を膨らませるのが目の端で確認できる。

パチュリーは思わず舌打ちをしそうになったが、何事もなかったかのようにカップを持ち上げる。

「小悪魔。おかわり」

「あっはい。」

自分に言葉が投げられると思っていなかった子悪魔は少しばかりあたふたとカップを受け取って背中を向けて歩き出した。

「な、何よ…きこえてるでしょ。本を紹介してよ。」

「ねえレミィ、この前のミステリーはどうだった?」

「ん?悪くなかったよ。あれ続きがあるんでしょ?また貸してよ。」

パチュリーは笑顔で微笑む。横に誰もいないかのごとく。
さすがにばつがわるそうにレミリアはチラチラとチルノを見やる。
チルノはもう一度大きな声で怒鳴った。

「ちょっと!あんた耳悪いの?それともあたいを無視してんの!本を…」

「うるさい」

ピシャリと冷たい声が図書館に響き、水をうったように静まる。レミリアは聞いたことのない友人の冷徹な声に息を呑んだ。
チルノも一歩うしろに下がってたじろいだ。目線をパチュリーから外さず、いや、外せなかったのだが、お互いが目をあわせていた。
チルノの目にはうろたえと恐怖、パチュリーの目には軽蔑と嫌悪が浮かんでいる。

「お前に読ませるような本はない。帰って同類の連中と不毛な馬鹿遊びでもしていなさい。」

しばらくチルノはパチュリーを見つめていたが、しばらくして顔を赤くして怒鳴った。

「な、何なのそれ!私が何をしたのよ!そんなに邪険にすることないじゃない!図書館はみんなが本を読めるようにするところなんでしょ?」

「文字が読めることが条件だけどね…お前はひらがなもよめないでしょう?」

「ひ、ひらがなくらい読めるわよ!寺子屋で習ったもの。でもひらがなで読めないのもあるから、だから…」

「ひらがなだけで読める本なんてないわ。いいから帰ってよ。お前と話してると馬鹿が移りそうで。」

チルノは目じりをにじませてそっぽを向いた。さすがに言い過ぎとばかりのレミリアの視線を感じる。

「何よ!さいってーね! こんなとこ二度とくるか!こんなかび臭い場所、遊び場にもなんないわ。バーか! 」

そう言って、チルノは振り返ると猛スピードで飛んでいった。館の中は狭くて飛ぶのには危ないが、そんなこともわからないのだろう。
パチュリーは害悪は去ったとばかりに本に目を落とした。







 再び静まり返った図書館にレミリアの声が響く。

「やれやれね。」

パチュリーが本から目を上げて友人を見る。どうも不満そうだ。今のやり取りだろうか。

「何よ…」

「あなたね、私以外にはみんなそんな態度をとるけどそんなんじゃ友達なんかできないよ。」

「友達って… 子供じゃあるまいし…」

パチュリーは鼻で笑いながら肘を突く。

「私にはあなたという友人さえいればいいの。他はうるさいだけよ。中途半端な友情なんて維持するのに時間と労力が膨大にかかるし、気苦労ばかり…
 って前の本にかいてあったわ。トラブルは夫婦と子供と友人間でほとんど起こるってこともね。」

「パチェ、ネガティブな本ばかり読んでるのね。悪いことばかりじゃないわよ。友人というのも。私の読んだ本には友人は人生を充実させ、苦しみをはんぶんに、喜びを倍にするって書いてあったけど?」

「そんな洗脳本ばかり読んで、っていうかあなた変わったわよね…」

「そう?前よりいきいきしてる?」

パチュリーは答えに詰まった。変わった。赤い霧の事件を起こして巫女と出会ったころからだ。
今までは自分と意見の合うことも多かったのに、ずいぶん考え方もポジティブになっているように感じる。
あの巫女に変なことを吹き込まれたのだろう。まったくうらめしい。それだけではない。
レミリアは頻繁に神社に出かけ、そのたびに笑顔で帰ってくる。嬉しそうに、楽しそうに。
どうもその表情を見せられるたびに胃の辺りにむかつきを感じる。
自分と一緒にいるときにはほとんど見せてくれないその表情。
まるで紅白の巫女といるときのほうがたのしいかのように。
あの時ロイヤルフレアでもなんでもつかっって、レミリアのところに向かうのを阻止すればよかった。あのときに少し面倒くさがって手を抜いたばかりに…
しかし以前よりも目に見えて輝いている。いきいきしているかと言われれば、認めたくはないがうなずくしかない。

「レミリア…まさかあの馬鹿と友達になれとでも…」

パチュリーの不愉快そうな顔を見てレミリアはつとめて冗談めかして笑った。

「そうは言ってない。けど、パチェは誰と会ってもまず否定から入るよね?そんなんじゃ楽しくならないわ。本の世界は楽しいけど現実の体験をおろそかにしたら、
生きてるのも楽しくないと思わない?」

パチュリーはレミリアをにらみつけた。

「レミィ… 説教めいたこと言わないで」

「ふぅ、すぐに怒ると喘息も…」

ダンッとテーブルに手をついてパチュリーは立ち上がった。

「今日はもう帰って頂戴」

レミリアは何も言わずに立ち上がるとそのまま、去っていった。
遠ざかる足音を聞きながら、パチュリーはついた手をじっと見つめている。
友人をあんなにしてあの巫女。

気配を感じて振り返るとそこには子悪魔がいた。

「あ、あの、お茶を」

「いらない」

パチュリーは冷たく言い放った。小悪魔は何も言わずにお盆を持ち帰る。
こんなつもりじゃなかったのに、もっと楽しいお茶の時間をすごしていたはずが、なぜこんなことに…
むなしさと寂寥感が胸を突き上げる。
まるで自分の方が親からの言いつけを守らない子供のようだ。
イライラする。
原因はわからないけど、環境は変化している。
あの馬鹿妖精を追い払っても、変化は避けられない。
変化に対応できない者は、悲惨な末路を送るのが世の常だ。
しかし、どこがどう変わっているのかもわからない。レミリアか幻想卿か、この屋敷か、自分自身か、一向にわからない。
イラつきとどこにぶつけたらいいかわからないもやが心に巣くっている。

何が友達だ。くだらないことを。レミリアは自分だけを友と思っていればいい。
外の存在はすべて敵だとおもっていればいいのに。

吸血鬼が人間に友愛を持つなど、コントでも見ている気分だ。

そっとテーブルに手を当てる。
そしてすっと目をつぶった。

いいんだ。このままでいい。魔女は世界に動かされない。
そういうもの



































































次の日… 
パチュリーは大きくため息をついた。気配がして来て見れば、またこの馬鹿妖精だ。
本棚の前で食い入るように本の中身を凝視しているチルノ…



学習能力ないと言うより、昨日のことを忘れているのではないか?

声をかけようとした瞬間、チルノの本に目がいった。
あまりに古ぼけている本、背表紙の題名が読み取れないほどの本。しかし、パチュリーには、それはすぐに分かった。これほどの本の中でも、思い出深い、本当に心に残っている話。
初めて文字を習って自分で読んだ本だ、もう何十、何百年前になるのか、懐かしい。
話はとても好きだが、最後がショックで、読み返す気にはならない。手に取るのもためらわれるほどだった。
事実初めて読んだときから一度も読み直していない。



話のあらすじは今でも覚えている。未熟で泣き虫な王子が、優秀な国民や仲間に支えられ、様々な困難を乗り越え、立派で頼りがいのある王になっていく話だ。
クライマックスもとても盛り上がったが、読み進めていたパチュリーが最も気にしていたのは最後の最後だった。
王子に行為を寄せる二人の女の子。そのどちらを王子が選ぶのかというところだ。

一人は王子の幼いころからの友達で、おとなしいが優しく、頭脳明晰で読書好きな少女
もう一人は友好国の王女で、国を探してもまず見当たらないほどの絶世の美女。

最後にどちらを選んだか、王子は王女を選んだ。

その決断が、パチュリーにとっては心の底から不愉快だった。あまりにもショックで寝込んでしまったほどだ。
なぜ、そんなに気に病んだのだろう。今になって思えば、幼馴染の少女を自分と重ねていたのだ。おとなしくて、読書が好きで、当時は本を読んでいたわけではなかったが、それでも
自分の等身大だと思えた。
くだらない。所詮空想の話だ。どこかの作者が夕飯でも食べながら思いつきでキマグレな結末を描いた。それだけだ。
世にあまたある、作者の頭の中で完結する世界… 小説… いやただの絵本だ
星の数ほどあるある話のたった一つ。

だがこの話は忘れられない。どうにもこうにも、トラウマだ。最後の最後まで幼馴染を選ぶと信じて疑わなかったことがショックを助長させたのだろう。

チルノがパタンと本を閉じる。

「あ…」

さっとパチュリーは本棚の後ろに隠れた。文句を言って追い出すはずが、何ゆえこちらが遠慮しているのか分からないが、とっさに隠れてしまった。
あの本を自分以外が読んだ。どうとない事実だが、パチュリーにとっては自作のポエムを読まれているような気分でもあった。

「うーんなんだかなあ…」

チルノが伸びをしながら身体を右に左に動かす。

パチュリーは心を揺さぶられた。

その台詞はどういう意味か、面白かったのか、つまらなかったのか、最後のシーンに意見があるのか?

傍から見たらどうということでもないが、パチュリーにとっては一大事だった。

「うーん、もう帰るかな。」

ちょ、ちょっと待て、そ、その本について、一言一言でいいから感想を言いなさい…
独り言でいいから、ぼそっと言うだけでもいいから一言、一言。

しかしチルノはもう帰りそうだ。仕方がない。

「ちょ、ちょっとまちなさい!」

チルノがびくっと体をこわばらせて辺りを見回す。

「ど、どこだ?だれだ?」

「う、うしろよ…」

チルノがこちらを振り向く。あからさまに嫌そうな顔をする。

「なんだ、あんたか…」

「……」

何だとは何だ。こちらはこの図書館の主なのに、不法侵入者のくせに、盗人猛々しい、
と普段なら思っていたろうが今日は多めにみてききながしてやることにする。


「そ、その本どうだった?」

「へ?本って。この絵本?」

パチュリーがコクコクとうなずく。

「ううん…結構面白かったよ。けどちょっと終わりがな…」

「お、終わり?」

「うん、王子さあ、最後に王女を選んだよね。」

「う、うんうん」

「私なら幼馴染を選ぶのになあ… すごいいい子なのに…大ちゃんみたいで。」

「へ、へえー、そう、そうなんだ… ふーん… なるほどお…」

つとめて冷静に流したつもりだったが動揺を隠し切れなかった。
自分以外の人間がヒロインをほめてくれたのが、なんとも言えぬ心地だ。
波打っていた水面に、芳香剤が投げ入れられたような…

「パチュリーはどう?」

「わ、私?私は… 幼馴染かな… 王女、なんか打算がありそうで」

「そう!そうだよね!絶対騙されてるよ!それに美人だから王女を選んだに違いないわ!」

「そ、そうよ。私もずっと思ってた。王子は顔で選んだのよ。ホント憎らしい… 国のトップになる人間がそんなんでいいのって話よ…」


本当に憎らしげに俯くパチュリーを見てチルノは笑った。

「な、何よ…」

「あんたも本にそんなに熱くなるんだね。こんなの作り物の話なんだよ?」

パチュリーはかあっと顔が火照るのを感じた。
こいつにこんなことを言われてしまうとは。
本来こっちがクールにこいつを追い出す手はずだったのに。
まずい、言い返せない。たかが話。
それが事実だ。しかし黙っていてはだめだ。何か言わないと、こいつに主導権を握られる。何か何か…

しかし何も言えずにじとりとチルノをにらみつけた。

チルノは一歩引いた。



「な、何よ。 もう帰るから。」

「…」

帰らせてもいい。もともと憎しみを持っている相手だ。しかし、あの本を読んで幼馴染を選ぶと言ったのも事実。
意外と感性があるのかもしれない。
このまま帰らせるのも何か癪だ。

「ちょっと…」

「な、何よ。」

チルノが不機嫌そうに振り向く。

「他にも…読んでみれば…このへんのは、漢字にも読み仮名ついてるし、意味が分からなかったら辞書もあるし。」

「辞書… って何?」

「あ、あんたそんなのも知らないの?」

「知らないわよ。あんたと違ってどうでもいいことは頭に詰め込まない主義なの。」

…この… 馬鹿めが…

怒りをぐっと飲み込み、自分に言い聞かせる。正直レミリアに何も言われていなかったら今頃スペルをぶつけているだろうが。

怒っちゃだめ。怒っちゃだめ。こんなとるに足らない虫けら妖精ごときに。

「辞書ってのは知らない単語を調べる本よ。ちょっとついてきなさい。使い方教えてあげるから。」

「あ、あたいそんなのなくても大丈夫よ。天才だもん。」

「天才って漢字も読めないものなの?」

「ぐっ」

「いいから来なさい。私だってめんどくさいんだから」







パチュリーは棚から辞書を取り出すと懇切丁寧に使い方を教えてやった。チルノはふてくされてうなずきもしないし表情も変えなかったので、いまいちパチュリーには手ごたえがなかった。







「分かった?」

「ふん。分かったわよ。じゃーね。」

チルノはそそくさと部屋から出て行った。

このまま読書するかと思っていたのに、前ぶり無く帰ってしまった。

パチュリーは呆然とその背中を見詰めたまま。辞書に視線を移すと辞書に帽子を脱いでたたきつけた。

「 腹立つ… あいつ」


絵本など他の人間には恥ずかしくて薦められない。だからチルノはちょうどいいと思った。

思い出の本を勝手に読んで、他の本の感想を知りたいがために辞書の使い方も教えてやったのに。感謝の一言もなしに返って。

「さっさと帰らせればよかった。あほらし。」























「チルノちゃん…大丈夫?」

黒焦げになる寸前まで痛めつけられ、地面に這い蹲るチルノに心配げに声をかける大妖精。

「くそ、もうやだ…」

手も足も出ない。あのマリサに。

「っく…」

「ち、チルノちゃんどうしたの?」


目に大粒の涙を浮かべ、歯を食いしばっている。明らかにいつもの雰囲気とは異なる。
氷精にはにつかわしくなく、太陽からエネルギーを受けているがごとく元気に輝いているチルノのイメージからあまりにも異なる。敗れただけなのに。
こんなことは初めてだ。

「だって…、あたい、いつになったら勝てるの?まりさに。もう永久に勝てないんじゃないの?
 大ちゃん正直に言ってよ。あたいまりさに勝てるの?」

「か、勝てるよ。チルノちゃんはすごいもん。他のどんな妖精にも負けないし、私だって強いほうだけどチルノちゃんにはぜんぜんかなわないし、絶対強いよ。
 いつか絶対」

「無理…じゃないかな…」

大妖精はここで初めて気づいた。顔色が悪い。やられて服も肌もすすけていることを抜きにしてもあまりにも顔色が土色がかっている。
病気か、それとも最近ずっと思いつめているのか。

「ど、どうしたの?いつものチルノちゃんじゃないみたい。もっと気楽に行こうよ。勝ち負けなんてたいしたことないし。」

「たいした事だよ!私は嫌なの!もうやられるのが!」

大妖精が驚いた様子を見てチルノは唇をかんで俯く。

「ご、ごめん。最近あたいおかしいんだ。何やってもイライラして…」



































さらに数日後…レミリアが机のそばに立っていた。あきらかに不要な妖精も一緒にだが…


そしてレミリアからありえない言葉を聞いた。あまりに不自然な言葉に思わず聞き返す。



「レミリア…先生って」

「ん?パチェのことだよ」

「嫌」

二人の声がはもった。

「こんな馬鹿のために貴重な研究時間を費やせっての?冗談もほどほどにして。あなたと霊夢は気があったかもしれないけど気が合わない人たちだっているのよ。
こいつだけはありえないわ。」

「こ、こっちだってあんたなんか願い下げよ。魔法使えてちょっと強いからっていい気になって。あたいがあんたより強くなるのがこわいんだろ!
この臆病者!性格ブス!」

「何ですって。」

ゆらりとパチュリーが立ち上がる。

「ほらほら、ずっとここにいたらケーキあげるよチルノ。パチェはね…これ!」

レミリアがパチュリーの前に2本の手を伸ばす。その手には本があった。

「それ…」

「そうよ。あなたが欲しがってた外の世界の魔道書。霊夢がスキマ妖怪から横流ししてもらったらしくてね。どう?」

その本は最近気になっていた本の上位リストに入っている。幻想卿の本はほとんど手に入るが、外の世界の本となるとそうはいかない。
外にも、有益でためになる本がたくさんある。霊夢と友になったおかげで、レミリアも恩恵をこうむっている。
この前など、外から来たゲーム機というのに夢中になっていた。何が面白いのかいまいち分からなかったが、
外の世界は何事も娯楽には情熱を傾けているように見える。

しかし何ゆえこの友人はここまで余計なことをしたがるのだろう。
今までこんなことは無かったと思うが。




「ふん。いいわ。居るだけよ。」

「そういうことでよろしく」

レミリアが居なくなり。沈うつで痛々しい沈黙が流れる。ちりちりと空気に微小な針でも仕込まれているかのようだ。
パチュリーは微動だにぜずに本に視線を落としたまま、ページをめくる音だけを図書館に響かせる。
あまりに静かだと天井の上にあるかなり離れた時計の針の音まで聞こえてくる。

チルノはしばらくじっとしていたが、席を立っていなくなって大分たつ。本を探しに本棚を巡っているのだろうが、どうでもいい。
わりと静かではないか。





チルノはぶらぶらと図書館を散策していた。
代わり映えのない景色だ。何度か訪れているのにまったく把握できない。
手に取る本はまったく分からないものばかり。
つまらない。なんだか最近外で遊んでもつまらないし、こうしていてもつまらない。
もうここに来るのは最後にしよう。

そんなことを思っているとき、すすけたテーブルを見かける。テーブルの上には所狭しとノートと紙切れがおいてある。
汚らしく、ほこりっぽいので、障る気にもなれなかったが、なぜかすいこまれるようにテーブルに近づき、ノートを見おろす。



ぺらりとページをめくってみる。人の書いた字だ。図形や計算式などびっしりと書き込んである。

「すっごいな…やっぱり人が書いてるんだ。ぜんぜんわかんない…」

ノートを次々とめくっていく。

だんだんと気持ちが沈んでいく。こんなもの分かるはずがない。

「くそ…」

涙がながれて古ぼけたノートの上に落ちた。













「ま、まさか」

チルノはどこに居るのかと来てみれば。あの妖精が読んでいるものは…


顔から火が出そうだ。あれはまだ魔法の基礎しか知らないときに書いた自作のノートと魔術アイデアだ

なに見てんの…信じらんない。っていうかこんなとこまで来ないでよ。レミィだってつれてきたことないのに。

こんな図書館の奥底までなぜ来ているのか。基本的には入り口から遠いほど難しい本を置いている。この辺りの本はチルノには無縁のはずなのに…

そんなことはどうでもいい。問題なのはチルノが目を通しているノートだ。
まだ魔術の覚えた手のころ、がたがたの知識を総動員してアイデアを書きなぐった黒歴史ノートだ。
ちょっとかじったくらいでもう魔法の世界をマスターした気で居たのだ。
魔法の世界は途方もなくでたらめに深い、最強の魔法などないし、弱点のない魔法もない。
なのに、自分だけにはすさまじいものが作れると信じて疑わなかったあのヒヨッコの頃。
その頃のノートだ。
なぜ。誰にも見られたことはないのに。さっさと処分すればよかった。
あんな糞の役にも立たぬ妄想ノートなど、自分のイメージを著しく貶めて挽回不可能にする。

「あ、あんた…それ」

チルノは顔を上げない。食い入るようにノートに視線を投げかけている。
パチュリーの顔はさらに赤くなる。

…そんなに夢中になるようなことは何も書いてないわよ…お願いだからみないで…

「そ、そんなの読んでもつまらないでしょ。か、返して…」

チルノはけだるげにこちらをみると諦めの境地にたった亡者のように笑みを浮かべた。

「そうだね…つまんないや」

ガーンと頭を殴られたかのような感覚。当然とはいえ、
やはり心に来るものがある。胃に石でも詰められたかのように体内の圧迫感を感じて呼吸も荒くなる。

「そ、そうでしょ、さ、さっさと返して」

チルノは小さくため息をついた。

「本当に世界は広いのね。全然書いてあること分からないの。そんなのを書ける人も居るっていうのに、あたいは読むことすらできない。
なんだか、本当に無知で、馬鹿みたい… 」

「…」

何だろう、もしかしてこれを読んでも意味が分からなかったのだろうか。最低限の魔術の知識があれば読めるはずだが、まあ確かにチルノでは理解できないだろう。
しかし、少しでも魔術をかじった者が読んでいたら、間違いなく失笑ものだった。危なかった、不幸中の幸いだ。
もうここには近寄らせないようにして終わりだ。

「そ、そうね。身の程をしったでしょ。さ、ここには何もないから、行って、ね?」

「その本、パチュリーが書いたの?」

心臓が跳ね上がるかと思った。なぜ?筆跡?
なぜばれた?筆跡か?いや、字を見せたことはなかった。なぜ、どこからか臭いを掴み取ったのか?
この馬鹿にそこまでの嗅覚が?それともあまりにも自分が動揺しているのをいぶかしんでやまをかけているのか?
ん?そうだ。やまをかけているのに違いない。

書いたの?と疑問系だった。確信がないのだ。言ってみただけだ。軽くいなしてなかったことにすればよい。それだけのことだ。動揺する必要性はない。

パチュリーは今まで見せたこともなかった笑顔をチルノに見せた。笑顔が引きつっているような気もするが。

「ううん。私には全然関係ないわよ?」

「え?でもここに…」

チルノの指がノートの表紙をたどる。

パチュリーは口をあんぐりとあける。たどたどしい筆跡で本に自分の名前が書いてある。
自分の昔の愚かさがうらめしい。
きっとこの功績を後世に残したいと名前を書いておいたのだろう。
馬鹿な。恥を残すだけだというのに何ということを…

「え、えっと、その、あのそ、それは違う人で…ちがうパチュリーさんよ…」

あまりの恥ずかしさに呂律が回らない。

「かくさなくていいよ。パチュリーが書いたんだよね。すごいよ…こんなの書けるなんて。私なんて全然…」

「い、いやそれは…」

「すごい人ほど自分の功績を隠すものだって大ちゃんが言ってた。私、あんたは口だけだと思ってたけど、本当にすごいんだね。
馬鹿にしてごめん…」

「え?いや、その」

予想外の反応に度肝を抜かれる。弱気になっているのが目に見えて分かる。
いつもの妖精とは違う。今にも泣き出しそうだ。

「ごめん。でもあたい強くなりたいんだ。まりさに、霊夢に勝ちたいの。だから、教えてくんないかな?弾幕とか、スペルのこととか。」

「え、ええ?」







面倒くさい。






頭の中にそれ以外の文字が見つからない。
こんな馬鹿にどれだけ教え込んでも結果は見えている。霊夢達に勝ちたいようだが、土台無理に決まっている。
チルノではいくら訓練してもこの館の門番と互角に戦えるかどうかといったところだ。
無駄なことはしたくない。

「ねえ、お願いだよ。いくら訓練しても強くなんないんだ…アリスも強くなるには、ブレインを働かせないとだめって言ってた。
パチュリーは頭がよさそうだから、だからお願い。私の弾幕の先生になって…」

パチュリーは涙目のチルノを前に額に手を当てて天井を見上げた。
アリスのやつめ、余計なことを、あいつも魔法使いなら妖精の力に限界があることくらい分からないのだろうか。
無駄なことを嫌う魔法使いの性質からは似つかわしくない。
アリスもやはり未熟者の半人前だ。まだ人間の意識が色濃く残っている。

 追い出そうか。今追い出せばもう来ることもないだろう。こちとら暇じゃない。
日進月歩、発展を続けるには常に向上心と研究、実験が欠かせない。
同じ程度の魔法使いとの議論ならば多少は有意義だろうが、まさかこんな妖精では。

しかし、レミィの言葉も癪に障った。結構前に言われたことだが、心に刺さって抜けない言葉




「…あなた、ちょっとコミュ障なんじゃない…」




何よ、自分だってあの巫女と会うまでは私とサクヤくらいしか会話しなかったくせに、妹とですらまともに会話できないやつがなにを。



しかし、一理あるかもしれない。コミュ障でないと反論する道具がこちらにはない。
レミィとの関係を対等に保つためにも、軽く相手をしてやるくらいはいいかもしれない。

「わかった。ちょっとだけよ」

「ほ、ほんと?」

キラキラした瞳でこちらをみつめるチルノから視線を外しつつ、頬をかりかり掻く。

「暇つぶし程度にね。あんたもやるからにはちゃんと聞きなさいよ。」

「はい。先生」

「や、やめなさい。何が先生よ。」

「でも、大ちゃんが…ものを教えてもらう時には相手を先生って呼べって」

く、なかなかできた友人を持っている。が、余計としかいえない。

「じゃ、じゃあさっそくはじめるわね」

「はい。先生。」





























 真夏の昼下がり。黒白の魔法使いが紅い屋敷の上空を旋回していた。
なんだかおかしい。違和感がある。
この屋敷に来るときに、何かいつもと違う印象をうける。はたしてなんなのか説明はできないが、なにか心にひっかかる。
なくてはならないものがないような…

「んん?」

この屋敷にもどこか異変を感じる。

壊れているわけでも色を塗り替えたわけでもなくヒビが入っているわけでもないのに、どこか不自然だ。

じっと見ていると合点がいった。図書館の窓が開けっ放しなのだ。

いつもは十重二十重に防御結界をはって自分の侵入を阻止しているというのに、今回はまるでとってくださいといわんばかりだ

「はーん、ついに私に対して無条件降伏したなパチュリー。ざまあないぜ」

いつものように急降下し、窓から侵入を試みる。

その直前… 

「今よ!」

ピンっっと何か糸のようなものを切った。

「ん?」

後方から弾幕が飛んでくる。子供だましだ。こんなのはいくつもの異変に携わってきた人間には止まったようにしか見えない。

ひらりと身をかわすと、前方によく見知った妖精が目に入る。

「フロストコラムス」

弾幕が全身に直撃する。妖精からここまでもろにくらったのは初めてだろうか。

脳震盪を起こしそうになり、ふらつきながらもやっと体制を整えたが、妖精の後ろでなにやら呪文を唱える魔女の姿が目に入る。

パチュリーがスペル発動の準備をしているのだろう。





「ちっ」

まりさはきびすを返して宙に去っていく。
チルノは嬉しげにパチュリーにかけよった。

「ほ、本当に帰っちゃったね。」

「言ったとおりでしょ。
他にもいろいろスペルを見せてくれればいろいろアドバイスできるわ。」

「あ、ありがとう。あはは、凄い。凄いね。」

喜びを隠し切れずにその場でもじもじと体をゆらすチルノがパチュリーにはほほえましく見えた。

…こんな程度のこともしてこなかったのね。そりゃ勝てないはずだわ。…
ま、妖精がどの程度強くなるのかの実験だと思えばいっか…

「ねえ、他にもいろいろ教えて?ね?」

「はいはい。次はね…」

「その前にお茶にしませんか?」

小悪魔がお盆を持って微笑んでいる。

「いいわね。そうしましょ。」

パチュリーはテーブルの前に腰を下ろした。ボーっとチルノは突っ立ったままだった。

「何してんの?あんた?」

「あ、あたいもいいの?」

「いいわよ。あんただけに出さないわけにもいかないでしょう?」

「あ、ありがとっ!」

子供のようにはしゃいで腰を下ろす。テーブルががたがたゆれる。
これからしばらく騒がしくなりそうで少々憂鬱なパチュリーだった。


























ハクレイ神社の巫女、霊夢はけだるげに茶碗を傾ける。今日も今日とて何もない。
普段は何も起こらない。異変以外にほとんど娯楽のない不毛な社会。こんなところでは訪れる隣人が大きく自分の充実度を左右する。
そういう意味では巫女は恵まれている
どんな性格の巫女でも、ほとんどの場合、関係者がここを訪れる。
しかし、最近何かがものたりない。
何かがすっぽりと抜け落ちたような感覚の中に、骨がのどにひっかかったような違和感とともに一抹の寂しさにも襲われる。
かといって考えるのもめんどくさい。考えるというのは暇の中に意味を見出すか、喧騒の中に意味を見出すかをしない限りはたいした意味はない。
そういった中で訪れた客人は、己の止まりかかった脳髄にも緩やかな覚醒を思わせた。
眠気すら飛んでいかないが、この来訪者は鈍さに定評のある巫女の眼もわずかに広げさせる程度の意外性はあった。
というのも、今目の前にいる人間?妖怪?は2度しか会っていないし、普段は引きこもっている病気もちだからだ。
もちろんここをたずねてくるのははじめてである。
自分としては友愛に近い感情は持っていなかったが、多分あちらもそうだろう。

ということは何か用事があるということだ。

「どうも」

引きこもりの魔女らしいそっけない挨拶だ.


紫色の魔女はしばらくだまっていると顔に困惑の表情を浮かべる。

「ちょ、ちょっと、無視しないでよ。」

「…」



二人はみつめ合った。いい雰囲気になることもなく、文字通り見つめ合っているだけである。一方は感情なく、一方は感情をかき乱されながら。


「お、お賽銭持ってきてるんだけど。」


「早く言いなさい。」




守銭奴の巫女は茶を持ってこようと立ち上がる。

「待って。話はすぐに終わるから。」

「なんぞぉ?」



「ここに、た、多分何かがくると思うんだけど、その…そいつに遠慮、いや違う、手加減、じゃなくて、えっと…」


「ちゃんと話しなさいよ根暗もやし。」


冷徹な一言に胸を穿かれ、涙腺が刺激されるが、今日は下手にでないといけない。

「妖精があんたのところに挑戦しにくるだろうけど、手加減して負けてやってってことよ。
最近負けがこんで少なからず傷ついてるみたいだから」

「え?絶対やだけど」

でしょうね。そんなに優しさのある巫女でないことは知っている。レミリアもこいつのどこがいいんだか


「ところで…」

パチュリーが大風呂敷の紐をするするとほどいて中を開いて霊夢に見えるようにする

「お賽銭はこのくらいあります」


「うん。地べたを這いずる悲惨な負け方してあげるっ!」


ふう。これでチルノが勝てばもう図書館にあいつがくることもないだろう。
少々痛い出費になったが、屋敷の財力から見ればたいしたことは無い。あとはマリサだ。


「ああ、ところでマリサだけどね…」

心を読んだように霊夢が言う。

「あいつは金で負けたりは絶対しないと思うよ。」

「え?」


言われてみればそういう気もする。だがそれでは…

パチュリーがそっと風呂敷に手を伸ばすが、すっと霊夢が風呂敷を引き寄せた。


「あなたにご利益がありますように」

霊夢は満面の笑みだった。















































一際大きい怒号が図書館にとんだ。


「しんっじらんない!何回言えばわかんのよ!15×3がどうして15より小さくなんの!このドグサレがああ!」

「な、さっきまで意外とものわかりいいって感心してたじゃん。ちょっとくらいミスしたくらいでなによ。」

「あんたはありえないとこでミスんのよ!わざとやってんじゃないでしょうね。」


「ぬ、ぐうう。」


「はいはい、お茶いれましたよ」

小悪魔の声が聞こえてテーブルにお盆が置かれる。
空気を読むバランスは抜群のようだ。
見知らぬ妖精もいる。緑色でどこか自信なさげのようだ。

「あんたよりこっちのほうがよっぽどものわかりいいわ!」

大妖精と呼ばれている少女を指差す。
「いえいえそんな…」

あせって手を振る大妖精。


「ふう、チルノ。35棚の三段目から、あれもってきてよ。また使うから」

「はいはい。分かったよ。大ちゃんもいっしょにいこっ」


最初のうちは抵抗して命令するなとかなんだのかんだのと言うことを聞かなかったのが、今では一声で動くようになった。割と素直なところもあるのかもしれない。

というか不毛な時間を使うだけだというのに気づいて、自分から妥協したのかもしれない。
そう考えると自分も子供のような気もするが、まあいいとしよう。

憎らしげな目を大妖精に向けるチルノ。

にぎやかなことだ。

ふうっとパチュリーはためいきをつく。










正直意外ではあった。物わかりが悪いという言葉を説明するのに具体例に使いたいほどの存在かと思っていたら、意外と戦闘に関する物わかりはよかった。

回避方法から、スペル発動のタイミングから、冷気のとりまとめから何から意外とわかる。
卓上の学問はからきしだが、そこそこの能力は在る。計算などの基礎学力に劣るところはあるが…

なかなか実力も上がった。今ならば門番といい感じに戦えるくらいはあるのではないか。

のびしろは非常に大きい。あれから三ヶ月。我ながら良くやっている。レミリアに踊らされているように思うが、考え出すと不愉快になることが多いので、ある程度のところで見切りをつけて
思考停止するのが人生を生き抜くコツである。

「あーあ、めんどくさあ。」

伸びをする。

小悪魔がじっとこちらを見ている。

「何よ?」


「ふふふ、最近生き生きしてますよ。パチュリー様。」

「は?」

予想外の一言に素っ頓狂な声をあげてしまう。自分でも、暗い人間だというのは自覚していた。妖精が自分と違う世界で生きる生き物というのも分かっている。

だから明るいというのは自分には生涯縁のない言葉だと思っていた。


「皮肉のつもりかしら。生意気になったものね。」


「いえいえ。本当に、昔は本を食い殺すような目でにらんでいるばかりで一日を終わらせていたではありませんか。」


「…」


なんか、主人を尊重しない従者って駄目だと思う。最低限の主人の誇りを守って欲しい。

しかし、こんなことを言われても怒りの感情が湧いてこない自分自身にびっくりしていた。昔は本を読んでいてもいなくても
いつでもいらついていたように思う。
最近感じる心のそこにたまった生暖かい感触は、前は感じたことのないものだった。

じぶんの心境の変化を見抜いて少々黒い態度をとっているのだろうか。


「あんた生意気よ。」


それだけ言って立ち上がる。歩き出すが、背後で笑う小悪魔がなんとなく分かる。いまいましい。

自然とチルノの向かった方向に足が向く。本を取りにいかせておいて自分もその後を追っては世話がない。

本棚に隠れてチルノの姿をうかがう。たいした意味もないが、暇つぶしだ。それ以上の意味はない。

2人の妖精が目に入る。


「チルノちゃん…」

「んんー」


「もう止めない?」


じわりと嫌な汗が背中を流れるのを感じた。ゆっくりだった動機がだんだんと早く脈打つのを感じる。


「ここ…チルノちゃん毎日来てるけど、退屈じゃない?みんなと遊んでるほうが楽しいよ。」


胸がしめつけられる。ズキズキと鈍い痛みが走る。
妖精のたわごとだというのに自分でも考えられないほどに動揺している。
こんな低脳な連中に何を言われたからなんだというのだ。考慮する価値もない、ひ弱で研究するかいもない妖精などに、何をいわれようと。

じゃあなんで立っていられないほど狼狽するのか。馬鹿か。
馬鹿な連中にここの価値は分からない。もちろん面白さも分からないし、分かる必要もない。

さっさと出て行けばいい。そうすれば、レミリアから本を貰って、あとくされなく妖精と手を切ればいい。不可抗力なのだからさすがのレミリアも本をくれるだろう。彼女も
そこまで鬼じゃない。

「うん。あたいも最初はそう思ってたんだけどさ、最近文字も読めるようになったんだけど、面白いよ、本。」



………






ふーん。



なかなか分かっているではないか。

パチュリーは本棚の影で小さく頷く。



「でも…あの人絶対何かたくらんでるよ。」


あの人って…

私のこと?

たくらんでるとか…

いやこういのは慣れてるし、なんとも思わないし、本当だし、泣いてないし。


「パチュリーのこと?それ?」

「うん。魔女なんて何考えてるか分からないよ。とって食われるんじゃ…」


「大ちゃん。パチュリーがそんなことするわけないでしょ!パチュリーは私が困ってた時に助けてくれたもの!いろいろ教えてくれたし。パチュリーは言葉は汚いけど優しいよ!」


……





ひんやりとした感覚が両方の頬に触れた。

「ひっ!」

声を上げて振り返った。
吸血鬼の冷たい手の感触だ。


よく見知った親友がそこに居た。全然気づかなかった。我ながら鈍い。最近特に。


「顔あかいから冷やしてあげようと思って…」


「レ、レミィ…驚かせないで」


ひょこっと本棚から顔をのぞかせる妖精。

「ん?パチュリー?どったの。本あったよ。」


あどけない表情だ。まったく何も考えていない顔。こんな顔をする妖精に何を心乱されているのか。我ながら下らぬ細い神経だ。
やはり、心を鍛えるというのも一理あるのかもしれない。
自分は下らぬことを思いつめすぎる。本の中にもどうでもいい議題をこれでもかというくらい掘り下げるものがあるが、だいたいはどうでもいいものだ。
考えなくてもいいことに人生をかけて挑んでしまう愚かな性が知能生物の宿命でもある。

「あ、ありがとう」

本を受け取る。覗き見などくだらないことをして…何をしてるんだ自分は



にやにやしている親友。

ああ、いらつく。こっちばかり手玉に取られている感じがする。




「みなさーん。お茶ですよー」

小悪魔の声に、場は何とも言えぬ空気でロビーに移動した。


大妖精も入れて、大人数でお茶会になる。生まれてこの方、自分の寝床がこんなににぎやかになったことはなかった。

うっとおしいことだ。

「パチュリーさあ…」

チルノがこちらを見つめてくる。

「何?」


ここにこいつが来たばかりの時は無視ばかりしていたが、今ではそういうこともなくなった。

「いっつも同じのばかり飲んでるよね。食べるお菓子も一緒だし、好き嫌い激しいの?」


「べ、別に。好きなだけよ。」


「ふーん」


なんてことない会話が続く、知識が増えるわけではないし、得るものなんて何もないのに。悪い気もしない。
不思議な気分だ。


…すぐに終わるんでしょうけど…


今までの経験則で分かる。こういった手合いのものは、一旦離れると、もう疎遠になったきり、会ったりはしないものだ。
一抹のもやが胸のうちに残る。


























雨だ。最近はあまり降ることもなかったが、久方ぶりの雨だ。図書館は本の保管が目的なだけあって、湿気は大敵だ。

珍しいことだが、今日はもう一つ珍しいことがあった。


「来ませんねえ…」


「何が?」


イライラした声で従者に答える。本も今日は2冊しか読めていない。


「怒らないでくださいよお。」


「怒ってないわよ。何の話?」

「可愛らしい妖精さんたちの話です。」


下らぬことを。少し習慣付いたからと、来て当たり前だと思っているらしい。妖精は飽きっぽいのだ。それこそ光速で飽きる。
こんなに長く続いたという事実も自分の過去の妖精研究からは驚くべきことだ。
結局は暇つぶしだ。自分にとってもあいつらにとっても。暇つぶし以上の何かを求めようとするから問題が起こるのだ。
問題のほとんどは人と人で起こるが、そのほとんどが互いの見解の相違である。
逆に言えば、いつでも相手に合わせていれば問題など起きない。
さらにもっと言えば相手に合わせるのは気苦労ばかりで大変なので付き合いなどないほうがいい。
今回に至っては、レミィから本をもらえるだろうから、それで十分だ。失うものもない。

小悪魔の話を聞こえないふりをしつつ、本に目を落とす。心なしか今日はつまらない本ばかりだ。
それとも面白い本でも面白いと思える感性が磨耗しているのだろうか。

そのとき、聞きなれたベルが鳴った。来訪者が鳴らすベルだ。

心がふいに浮き足立つ。

「誰でしょう?」

小悪魔がニコニコしながら入り口に向かう。


「ま、待ちなさい。私が出る!」

暗い思考は一瞬で浄化される。とてとてと入り口に向かい。深呼吸をしてからドアを開ける。


「い、いらっしゃい。」


「え?あ?どうも。」


顔を上げる。自分より高い身長に金髪。職業柄会う事も多い、人形遣いの魔女だ。

まさかここの部屋の主人が自ら迎えてくるとは夢にも思わず、アリスのほうも調子が狂わされる。

しかし、蒸気したパチュリーの顔の中にかすかな失望の色が見て取れた。

二人はテーブルに腰を下ろし、気まずく視線をずらしあう。

「何か用?」


「え?うん。チルノがここに通ってるって聞いて、どんなかんじかなって思って。ほらあなた妖精嫌ってたでしょ?」

パチュリーはフンと鼻を鳴らす。

「最初から分かってたわ。あの妖精をここに呼んだのはあなたでしょ?余計なことをして、なんなのよ。レミィといい、あんたといい。」

「特に意味はないけどね。」


そっけなく流すアリスにぐっと息を呑む。こいつらの気紛れに惑わされてきたのだ。腹立たしい。
意味のないことをするようなキャラでもなかった気がするが、最近回りの連中がみんなおかしい。

再びベルの音がする。

「客が多いわね。」

今度は小悪魔を向かわせる。

今度は常連のようだった。

「あ。パチュリー、やっほー」

ずぶぬれになったチルノがやはりずぶぬれになった中に何か黒いものが入っているナイロン袋をぐるんぐるんまわしている。

「遅かったわね。」

なるたけ冷静かつ沈着に、知的にクールにそっけなく返事をしてみた。

「ごめんね。寺子屋で遅くなってさ。今日お菓子作ったんだ。」

いつも以上にご機嫌なようである。



「何を作ってもいいって言われたからさ。あたいたちはクッキーにしたの。パチュリーがこれ好きだからさ。」


「へえ」

アリスがこちらを見ている。腹立たしい。

「パチュリー様のためにですか。嬉しいですね。パチュリー様!」

パチュリーはゴホゴホと咳き込んでいた。

無駄なことをする。どうせうまく作れもしないのは眼に見えているというのに。

チルノがナイロン袋を置く。どう見ても食えたものではないようにボロボロしている。

「ほら。食べてみて。パチュリー。」

小悪魔があちゃあ、とばかりに額に手を当てた。

…酷い…見るからに…パチュリー様はクッキーにはうるさくて、ちょっとでも気に入らなければ全然手をつけないのに…
咲夜さんの作ったものですら、たまに食べなかったり、文句言ったりするのに…


こんなものを食べるわけはない。
小悪魔は主人が怒り出さないかとおそるそる顔をうかがった。


主人の顔は怒りよりも焦りと狼狽の色が浮かんでいた。

そしてひょいっとボロボロのそれを口の中に放り投げた。

あぜんとする一行にもかまわず、歯の丈夫さをアピールするかのごとく、硬い岩石のような菓子もどきを咀嚼する。

そして近くのナプキンに手をやった。


「お、おいしいわよ。結構。」

目には涙が潤んでいる。

一行は同情の目を向けたが、その場で唯一その意味が分からないチルノが満面の笑顔でパチュリーに近づく。


「本当?全部食べていいよ。パチュリーのために作ったんだから。」

「い、いや。私はいいわよ。もうお腹いっぱい。」


「遠慮なんてしないでさ。」

チルノがナイロンを頬に押し当ててくる。

これを全部食べたら命にかかわるんでは…とぼんやりパチュリーは考えていた。





































神社の軒先は年月が過ぎてもほとんど変わることはない。少しばかり大人びた金髪の魔女、霧雨まりさがおおきな口であくびをした。

ハクレイ霊夢のほうも、ほとんど日常と化した友人を邪険にすることもなく、無為に有意義な時間をもてあそんでいる。

季節はすでに冬を迎えていた。脇巫女にはつらい季節である、
幻想卿の冬はなんだかんだいって寒い。容赦がない。神様に頼んでどうにかしたいレベルだ。

「ああ、嫌な季節だなあ。」


コタツに入り、テーブルに顔をつけながらつぶやく。

「今年は厳しそうね。」

「なんか最近平和すぎだな。異変もないし。なんか起こってるんじゃないか?」

「ん?そう。」


「そうだよ。なんか変なんだよな…別になくてはならないものでもないし、なくてもかえっていいと思うんだけど。」


「何よ。煮え切らないわね。」

「うーん。」




外はしんしんと雪が降っている。雪が降っている時に飛ぶとモロに寒い。今日は泊まることになりそうだ。

その時、遠くから声が聞こえた。

「まりさあああ。霊夢ううう。」


2人ともすぐに声の正体は分かる。

「ちょっと二人とも!勝負よ!」


「ああ。」

まりさが目を見開く。

「そうだよ。お前だ。お前。最近何も音沙汰ないと思ったら…」

「そうよ、特訓して、さらに研究してきたんだから!」


「へえ!面白そうだな。」


霊夢はため息をついた。少しだけ懐かしい景色のような気がする。
































「パチュリー様。どうしました?」

「え?」

さっきから紫色の魔女は落ち着きなく歩き回り、廊下にでて行ったりきたり、階段を上ったり、意味もなく電球をつけたり消したり、正直従者の目から見てもうっとおしかった。

そわそわと視点は定まらずに手をお尻に回しつつ、テーブルの下を掃除したりしていた。

今日はできの悪い生徒が、そのくだらない目標達成のために宿敵に勝負をしかけるその日だ。

最初はなんとも思っていなかったが、さすがに半年も教えていると自分の分身のような気がしてくる。







ベルが鳴る。心臓が飛び出そうになる。

すぐさま入り口へと向かう。

ドアを蹴破り勢いであける。目の前にはうなだれるチルノの姿があった。


「え、えっと…どうだった?」


聞いてみるが、きくまでもない。チルノの表情を見れば、大体は推し量れる。

お互いに沈黙するが、先に笑顔でチルノが話し出す。


「えへへ。負けちゃった。」

照れ笑いのように罰の悪い顔をしながら頬をかくチルノ。

「だ、大丈夫よ。一度負けたくらいで何よ。元気出しなさい。小悪魔!」

小悪魔がはーいと返事をしてお茶を取りに行く。


「また勉強し直せばいいわ。今日は、えっと、スペル発動中の背後からの防御法だったっけ?」

パチュリーがぺらぺらと本のページをめくる。チルノは何ともいえない顔つきで本の背表紙を見つめている。


「それ…もうおわったよ…」


「え?ああ、うん。えっとじゃあ、対地上での肉弾戦の…」

「その分野も終わってるよ…」

「ああ、じゃあ、えっと…」

あせってうまくページをめくれない。もう行き着くさきがないのに足だけは動くブリキ人形のように、必死にページをめくる。
分かっているのだ。もう基本はすべて教えてしまった。

「もういいよ。パチュリー。」


脳髄に届いたその言葉は、パチュリーの全身を緩やかにしびれさせた。
指先の感覚がない。さっきコーヒーを飲んだばかりなのに、のどがかわいてしょうがない。
吐かれた言葉を受け取りたくなくて、さっと立ち上がる。

「ち、違う本持ってくるわ。待ってて。」


「パチュリー…いいって…」

その一言に動けなくなった。お互いに暗黙の空気とともに、暗澹としたよどんだ吐息を感じる。

「ごめんね…必死にやってくれたのに…ほんとにごめん…」


パチュリーはぎゅっと本に爪を食い込ませた。

何を謝ってるんだ。妖精には、いや、あんたにはそんなの全然似合わない。
あんたは私みたいに暗くならずに、いつも馬鹿に明るくしてればいいのに。そうよ。笑いなさいよ。
あたいは天才だって、言ってればいいのよ。



「私、わかちゃったんだ。ごめんね。パチュリーは最初に言ってくれたのに、私は今まで可能性があると思ってたんだ…」

胸が詰まる。後悔に歯軋りをしたくなる。息が荒くなる。なんであんなことを言ってしまったんだろう。

「妖精が霊夢たちに勝てるわけないって、言ってたよね。あれほんとだったんだね…」


唇をかみ締める。いつかいろいろと教えて行けば、いつかは気づいてしまうと思っていた。
そうだ。妖精が彼女らに適う道理はない。スペルの威力と質量が違いすぎる。肉体を覆う霊力に、体力にスピード、俊敏性、すべてにおいて適わない。
結局勝てないという結論になる。人間側が年を取れば勝てるようにもなるだろうが、プライドも許さないだろう。

言いたくはないが、もし最終目標が、あの魔女であり、巫女であるならば、無駄ということになる。

魔術は使えないので、戦闘での基本スキルのみ教えていたが、すべてのカリキュラムはとうに終わっていた。

しかし、ぎりぎりまで悟られたくはなかった。授業が終わるということは、それは…



「ごめんね。無駄な時間使わせちゃってさ…貴重な読書や研究の時間まで奪ちゃって…でも、レミリアには言っておいたから。本はもらえると思うよ。」


「…」

何もいえない。あれほど魅力的な本も、今はどこか色あせてしまった。輝く目標も今となっては急にぼんやりしてしまった。


「ああ、恥ずかしいな…最強とかなんとかいって、ふふ、馬鹿は私だったんだね…」


何もいえない。それは自分が言っていた罵倒だったからだ。

「だからさ、今日で終わりにしたいんだ。今まで本当にありがとう。本当に賢くなったよ。私。」

両手でグーを作って胸の前に持ってくる。


「じゃあ、パチュリーも頑張ってね。」


「え、ええ…」

そのままチルノは行ってしまった。ばたんと閉じられた扉をパチュリーをじっと見つめ続けていた。





















なんてあっさりしているのだろう。半年も一緒にいたというのに、あいつは間違いなく明日から来ないのだ。

閉じられたドアから目を移し、ぐるりと図書館を見回してみる。ただっぴろい図書館だ。何百人でも入れるこの図書館を自分だけで独占しようとしていた過去の自分が、どうも滑稽に思える。

その場でくるりと身体を回してストンと椅子に腰を下ろした。今必死にめくっていた本が一冊、机に乗っているだけだ。

あの騒がしい日常は終わり、明日からまたいつもどおりの毎日が始まる。
なんの違いもない。いつもどおりの本当の自分だ。

小さく息をついて上を向く。耳がキーンとするほど静まり返る館の空間。メイドたちの喧騒もここまでは届かない。

ふいに、湧き上がる感情があった。今まで、こんなに長く生きながら、感じたことのない感情だった。人間ならば、当然誰もが感じる感情。

チルノが居たせいで感じなかったが、個々最近、レミリアがここを訪れない。そして、たまには地下から妹様が尋ねてきたというのに、それもぴたっと止んでしまった。

いつも気難しい自分に愛想をつかしたのだろうか。

今までは、ただ何か問題があったときに知識を提供する歩く百科事典のようにしか思われていなかったのかもしれない。

こころに巣食った糸くずを解くことが出来ない。複雑に絡みついては、暗い思考へと引きづりこんでいく。

小悪魔も自分に従ってくれて入るが、使い魔なので、本人の意思で服従しているわけではない。

そう考えると、本当に自分を慕ってくれる存在などいないのかもしれない。

あの氷精のせいで、今までは考えてもこなかったことに激しく心が揺さぶられる。


「だから何よ。」


はき捨てずにはいられなかった。
この世なんて、本を読むための肉体があるただのステージ。本の世界に直結する図書館を独占しているのだから、何の問題もない。
楽しい世界はずっとずっと続いていく。ずっとずっと…


考え始めると止まらない。どこかで打ち切らねば。

とりあえず外に出てみることにする。

のそのそとあるって行く。玄関までの道がこんなに遠いとは思わなかった。最近はスペルカード戦はおろか、まともに部屋から出たことさえなかった。

そのせいだ。日光に当たらないと欝になるときく。散歩でもしよう。

すれ違う掃除用のメイド妖精がすれ違うごとに頭を下げてくる。いつもなら軽く会釈くらいはするが、今日は精神的にそんな余裕はない。

外への重い扉を開け、空を見上げる。抜けるように青い空だ。あいつが図書館に来ていたような暑さはもうない。

吹き抜ける風は完全に冬のものだ。

ためいきをつきつつあたりを見回してみる。散歩しようとしていたのに、気持ちが萎える。こんな気温の中、ともに歩くものもなく、目的もなく歩いて何が楽しいのだろう。

この空気を吸ってるだけで、気分が沈む。






すごすごと図書館に戻ることにする。ベッドに直行し、頭を枕にうずめた。



小さくため息をつく。全然眠気がやってこない。しかも本も読みたくない。こんなことは初めてだ。

病気の時も、雨の日も風の日も晴れの日も、日の光を浴びることもなく、常にこの屋敷の一区画を根城に圧倒的な引きこもりライフを展開していた。

心からの充実を感じつつ…

なのに、自分の中にかつてない好奇心が湧き上がってきているのも同時に感じていた。

生まれてこの方必要に迫られて発揮せざるを得なかった時以外は身体を動かしたことはなかったが、新たな世界への探究心がむくむくと頭をもたげる。
立ち上がり、のそのそと窓際へ向かう。

そして外を眺める。既に冷気を漂わせる湖で、なんの変化もなく妖精たちが戯れている。その中にあの氷妖精の姿もあった。




たった一つ。自分には生涯無縁だと、少なくとも妖精には決して抱きはしないだろうと思わなかった気持ち。











…羨ましい…












今では光り輝いて見える。あの無意味な悪戯も他愛のない鬼ごっこにも。

自分はすべてのものに意味を与え、意味のないものに価値はないという発想を取ってきた。

だからこそ低俗な存在の振る舞い、生活はすべて無為なものだと思っていたのに。

無駄にみえても決して無駄ではない。あの妖精との無駄な日々も自分が有意義だと思っていた膨大な月日のいつ何時をも凌ぐ充実だった。







…楽しければいい…




あの白黒魔法使いもそんなことを言っていたっけ。


「お茶にしませんか?」


いつもは心躍るティータイムもなんの感慨もない。
だって今日からのお茶会には…



「今日は、いらない。ちょっと寝る。」




口をひらくのも面倒くさい。

精神がぬるく、よどんで腐敗していく感触がある。































「ふうっ」



湖の上の空中で、息をついて、今撃破して墜落していく妖精を見下ろす。ぼちゃんと妖精は湖に落ちて姿が見えなくなった。


チルノは広がる水面の波紋をじっと見据えていた。


「凄い!もう圧倒的だねチルノちゃん!」


大妖精がはしゃぐ。無理もない。図書館での学習と訓練は無駄ではなかったのだ。


ブレインを使った効率的なスペルの組み合わせに、戦闘方法、フェイントなど、ただでさえ妖精最強だったチルノに適う妖精は一体も居なかった。


だが、心は晴れない。今までつかめなかった相手との距離を理解してしまったから。自分が最強ではないことを知ってしまったから。そしてその差が埋められるものではないと
現実を突きつけられたから。


表情を曇らせたままのチルノに大妖精も不満げな気持ちを隠そうともしなかった。


「チルノちゃん。最近暗いよ。図書館に通ってからずっとだよ。やっぱり魔女に何かやられたんじゃ…」


「ち、違うよ…」



言い訳もできない。図書館の生活で自分が変わったことは確かだ。
いままでくだらない勝利で心躍らせていたが、いまは何もつまらない。
















時計の音ばかりが聞こえる。静かな午後。
パチュリーの机の上の右側には10冊近くの本。
左側に一冊だけ本が置いてある。

小悪魔は声をかけるかどうか悩んでいた。いつも余計なおせっかいをすると猛烈に怒る。

今は午前中で一冊しか本を読んでいないなどといいうだけで声をかけるのも変かな、と自重していた。
主人は平均で12冊の本を一日に読む。
それが最近では2、3冊にまで減少している。

チルノが来る前、滞在中、そして来なくなった後のパチュリーの変化は目に見えていた。
そしてどの姿が一番望ましいのかも分かっていた。


小悪魔の悩みをよそに、じっと本の字に目を落としているパチュリー。
ページは全然進んでいなかった。何度も何度も同じ行を読んではいるが、意味が頭に入ってこない。

目がちかちかする。

頭がじんじんする。そして思っても居ない心の動きに自分自身動揺を隠せなかった。




知らなければそれですんだ。ずっと本の世界にいれば、こんな気持ちを味わうことも、他人が何をしているか気になることも無かった。

でも、もう遅い。どうあっても、気を紛らわそうと思っても、過去が今の自分を決定的に決めてしまった。




本よりも面白いものがあるなんて思っても見なかった。

あの、妖精とのにぎやかな日々は本よりも面白かった。

あんなに笑ったことが過去にあったろうか。

この先あんなに楽しいことが起こるだろうか。

そう考えると本の内容など頭に入らない。

あんな楽しいことはもうないのだろうと心のどこかで考えてしまう。

他の妖怪や人間たちはいつもあんなに人生を楽しく送っていたのだろうか。自分はつまらない人生を送ってきたのか。

誰も教えてはくれないが、気分は落ち込むばかりだ。


「パチュリー様」


こたえる気も無い。面倒くさい。

「自分の心に正直にですよ。」


この使い魔は主人に向かってえらそうに、と昔なら思ったろう。
今はすんなりと心に入ってくる。

本を閉じて目を閉じる。そして深呼吸をして立ち上がった。

もう行動力がまったくなかったあのころとは違う。
変化は自分の行動に伴うものだ。











 























青い妖精が一人きりで湖の上を飛んでいる。


湖の上で紅い屋敷を見つめる。今まではなんとも思わずに黙殺していたその館。今では特別にいい記憶が思い起こされる。

けど、もう戻ることも無い。行く理由もない。夢も否定されてしまった。

あの図書館で起こったことは、いい思い出としてずっと胸にしまっておく。

ぐるりと湖を見回してみる。なんだかとても狭く感じる。遠くだと思っていた妖怪の山も、手を伸ばせば届きそうだ。

もう雪が降ってきそうだ。風も強く、妖精といえども外には出てこれないのだろう。湖には人っ子一人いない。

冷気を好む妖精は珍しい。少なくともこの周辺では自分だけだ。遊び相手もいたずら相手もいないのにここにきたわけは、館が一番美しく見える場所だったからだ。


毎日のように館を見つめては、あの時のことを思い返す。それだけでも十分だ。


でも





その時、風がやんだ。この季節はめったに止むことは無い。一種異様な空気。しばらくして水面も穏やかになり、水面は波打ったように静まり返った。

何が起こったとも思わなかったが、経験がないことだ。

ふと屋敷の方向に目をやる。湖の縁に人影が見える。一瞬見間違いかと思ってまじまじと見つめてみる。

すっかり見慣れている。けれども少しほっとする色。

紫がかったその服装は…チルノにとっては見間違うことはない。

背の小さい魔女は日傘を持ちつつチルノのほうを見ずに湖面に視線を落としていた。

音の無い世界で二つの存在だけが、水面に影を揺らめかせていた。

静まり返っていた湖面に波を生じさせたのは誰か、魔女は分かっていた。

しかし、変化がまるでわからないかのように視線を固定させて固まっている。

顔には浅い赤みがさしていた。



お互いに声をかけるタイミングなどなく、止まったような時間が流れる。




しかし、時間が止まることなどありえない。必ずいつかは誰かがここに来て声をかけるだろう。妖怪か、妖精か、魔法使いか、

邪魔が永遠に入らぬことは無い。そしてこの至近距離に入って、声をかけないで去ることなど不可能だ。

どちらかから声をかける義務、互いが遠慮をし合って寒い中にも濃厚な甘味の混じった空気がたゆたう。


「ねえ」

小さく本当に小さな呟きだった。何年も声を聞いてない相手に話しかけるようなよそよそしさがあった。しかしなんとも暖かい空気が頬をなでてゆく
できるだけ妖精を傷つけないように話さなくては…

「別にいいんじゃない?弾幕がすべてってわけじゃないでしょ?」

「…」

気持ちは分かる。だがここでおわってしまっては何にもならない。ただ知識だけを得て肝心な時に行動に移せないのであればもくの木阿弥
こんなんでは友達なんて出来るわけがない。
婉曲的に言っても伝わりはしない。
以心伝心なんて言うけれど、実際のところ話したって伝わらないことがあるのだ。
ましてや他人とコミュニケーションをとるのなら言葉しかないのだ
言うしかない

「負けたからなんだっていうのよ。弾幕で負けたって、
 この世に楽しいことはそれだけじゃないでしょ?もっともっと楽しいことだってたくさんある。
 みつければいいじゃない。」



チルノの瞳が見開かれる。
今までの自分だったら絶対にいえない。


「楽しいこと…」

パチュリーは頷く。



しばらく沈黙の時間が過ぎた。パチュリーは俯いたままチルノに背を向けた。
そして数歩歩いた時…


「パチュリー」


パチュリーはピタリと足をとめた



「私が…学ぶことがなくなっても仲良くしてくれる?」

 

パチュリーは振り返りもせずにつぶやいた。



「当り前よ…いつでも…気が向いたら… 来ればいいのよ…」
































あきらかに過装飾に飾り付けられた図書館に普段はそろわない面子が揃っていた。


けだるそうに霊夢はコップの紅茶をかたむかせた。

「夏は重宝するけどさ…冬に呼ぶのはまずいんじゃない?ただでさえ図書館寒いのにさ。」
 
霊夢は顎でくいっと妖精達を示す。
パチュリーは大妖精と戯れるチルノを見ながら目を細めた。

「冬に冷房を効かせるのも乙なもんでしょ」


「しっかし前のお前からは考えられんよなあ。ここでパーティなんてさ…」

白黒の魔法使いが半分酔いながらワインを片手にふらついて近寄ってくる。

「私じゃないわよ。レミィが無理やり…」

「でも前のあなたなら絶対に断っていたでしょ?クリスマスパーティなんてさ」

キリストを祝う行事もまるで気にしない吸血鬼が機嫌よくくすくすと笑う。




「素直になればいいのにね」

金髪の人形使いがうんうんと頷く。

パチュリーはアリスをじろりとにらんだ。

最初にアリスが余計なことをしたがために、大いにかき乱されたのだ。

今となっては悪いことだとも思わないが、最初からこの人形使いには見透かされていたようで腹がたつ。


「パチュリー!」

チルノが駆け寄ってくる。

「な、何?」

「これ、ブーケ作ってみたの。あげるよ。」

クリスマスにありがちなそれでいて手作り感のあるブーケだ。

「子供っぽいわね…」



パチュリーはさわさわとブーケをなでつけてみた。

「まったく嬉しそうな顔しちゃってまあ。」

レミリアが冷やかす。パチュリーはレミリアの冷やかしに反応する余裕もなく、紅くなりながらチルノを見やった。

「あ、ありがと」




その様子を大妖精と小悪魔が見ていた。

「パチュリーさん。本当にいい人そうですね。私警戒ばかりして…ちょっと罪悪感です。」


「ふふふ、うちの主人も妖精を見下していたようなところもありましたし、お互い様ですよ。」

「意外と明るいですよねパチュリーさん。」

「けどねチルノちゃんがきてからあの人、本当によくしゃべるようになったんですよ。前と全然違うもの…
これからもうちの図書館をご贔屓くださいね。うちの主人は妖精さんにでれっでれですから。」

「妖精っていうか チルノちゃんにです。」

大妖精は笑みを浮かべた。

「ほっとしました。やっと元気なチルノちゃんに戻ったみたいで…」

「うちのご主人様もですよ。」



パチュリーがカップに手を伸ばすと、中身は既に空になっていた。
小悪魔の姿を探そうと周りを見渡そうとすると、そうする前に小悪魔が近づいてきて紅茶を注ぎ始めた。

よく見ている従者だ。一瞬褒めてやろうかとも思ったが、にこにこしているその顔がむかついてやめた。










時間は瞬く間に過ぎて、来訪者たちが帰った後には図書館の主と従者だけが残った。

客の散らかしたごみがあたりに散乱している。

昔のパチュリーなら我慢ならなかったろうが、今はなんとも思わない。








「まったくうるさくなったものよ。全然読書が捗らなくなったわ。」


「前の静かな図書館の方がお好みですか?」

この生意気従者

こたえたくない。


「今日はもう寝なさい。片付けなんて明日でいいの」



小悪魔はうやうやしく礼をすると、その場を去っていった。



また耳が鳴るほどの静寂がおとずれる。先ほどの騒ぎが嘘のようだ。

人が集まれば騒がしく、去れば静かになる。当然のことながらなんとも不思議な気分だ。




「くしゅんっ」


柄にも無いくしゃみをした後、ぶるっと身体を震わせる。

真冬と氷妖精の相乗効果で思った以上に図書館は冷え切っていたようだ。

酔って窓を開け放つばか者達が多かったせいもある。








寒さは最高に苦手とするものだが…






パチュリーは先ほどもらったブーケをさわさわとなでる。


あの可愛らしい妖精と過ごしていけるなら、この一冬、冷凍図書館にされるのも安いものだと考えながら、紫の魔女は一人笑顔だった。






























1週間後…風邪をひいて看病されるパチュリーの姿が

誤字脱字など多そうですが、チルノ脳の作者に免じてご容赦ください。

読了ありがとうございました
らくす
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コメント



0.1710簡易評価
1.10名前が無い程度の能力削除
言い訳はしても推敲はしない、典型的な怠け者ですね。
開始二行でこれじゃあその先に全く期待できません。なにせネタじゃなくて本当にチェックしてないってことですから。
2.無評価名前が無い程度の能力削除
辞書登録すらしてないどころか変換すら面倒くさがってカタカナひらがなで誤魔化す始末。
原作への敬意も払わずに作者は一体何がしたいんですかね?
4.無評価名前が無い程度の能力削除
これ以上荒れる前にさっさと削除することを強くオススメします。
5.80名前が無い程度の能力削除
私は面白かったです、また次回作を期待します。
6.80名前が無い程度の能力削除
何か揉め事があったのかな?まぁ関係ないですが

個人的には話はとても面白かったです、パチュリーとチルノの成長が良く感じられ流れ作りも上手で素晴らしいと思います。

誤字脱字や失敗やトラブルは誰にでもあることですからあまり気になさらなくていいかと思います

次の作品があればまた読みたいと思いました、長い文章を書くのは大変なことですからこの作品を提供して下さった作者さんへ敬意をこめて


ありがとう
7.80名前が無い程度の能力削除
とても良い作品でした気になった所は、改行の空白が長過ぎて少し読みにくかったです話は面白ので、次回からは他のコメントにある用な事を注意したらもっと良くなると思います
8.70名前が無い程度の能力削除
少しひねったキャラ付けで面白かったけど、ここまで書けるならやっぱりカタカナでお茶を濁すのはもったいないと思います。
9.60名前が無い程度の能刀削除
初投稿なら充分なレベルではないかと、最後まで読めました
ただ、魔理沙の撃退にしてもクッキーの話にしても、もう少し膨らませてもよかったのでは?
逆に霊夢の部分とかはそのまま削除しても違和感無さそうだし…
取捨選択していかないと、色々もったいない

誤字脱字、改行に関しては言わずもがなですが、まだまだ向上の余地ありとみて次回に期待しますよ
11.100名前が無い程度の能力削除
固有名詞と誤字には引っかかりましたね。。
でも、お話は大好きでした。
14.100名前が無い程度の能力削除
確かに誤字脱字は多かった気がしますが、目くじらたてるようなことではないと思います。
作者様はお金をもらっているわけではないのですから。
お話は非常に面白かったです。主役2人の精神的な成長がよく書けていると思います。
15.90名前が無い程度の能力削除
回収しきれていない伏線、誤字の多さ、
やや読めてしまう結末と難はありますが、非常におもしろく読ませていただきました。
次回作も期待してよろしいのですね(プレッシャー)
16.100しゃるどね削除
 まず最初に、とても面白かったです。

 むしろ誤字を含めて氏の持ち味なんじゃないか、と思うほどに読み込んでしまいました。
 短めのセンテンス、平易で奇をてらわない筆遣い、視点変更を活用した小気味好いテンポ。
 偶然かもしれませんが、特に私が惹かれたのは多くの言葉を費やさずに人物の気持ちを伝えていること。
 いつも言葉を尽くして描写しては頭を悩ませているのですが、なんだか目から鱗が落ちたような気分でした。

 その一方で「これは」と思うような妙味のある表現もあって、参考になる部分が多かったです。
>どちらかから声をかける義務、互いが遠慮をし合って寒い中にも濃厚な甘味の混じった空気がたゆたう。
 例を挙げると終盤のこの一文でしたね。他の文と浮いていないのに読点の使い方を含めてオシャレです。

 もうひとつは雰囲気ですね。『冷凍図書館』というタイトルに相応しい、作品を終始貫く冷たい雰囲気でしょうか。
 でも、ただ冷たいんじゃなくて、そこに確かに語られていない“想い”というものが感じられて読み進める手が止まらない。
 幾人もの視点を交えたエピソードの連なり、そのどれにも何かしらの魅力を感じる描写があります。

 主役の二人だけじゃなく、友人を支えるレミリア、小悪魔、人間組の霊夢と魔理沙など、他の人物もさりげなく素敵ですね!
 ただ、やっぱり登場人物の名前ですから、流石にそればかりは辞書登録してきちんと書いて頂きたいですね。勿体ないです。

 長々と失礼しました。また読ませて頂けたら嬉しいです。

19.100名前が無い程度の能力削除
誤字に脱字にと色々りますが、個人的に非常に楽しめました。
やらかした失敗にめげず頑張ってください。
作者様の今後に期待しています。
20.100名前が無い程度の能力削除
SSさがすよ で眺めてる身としては十分読めましたよ。本当に削除をオススメしたくなるような糞みたいなSSもある中でむしろレベル高い方だと思います。
21.30名前が無い程度の能力削除
誤字が意識に引っ掛かって文章を読むどころでは無くなってしまいました。
面白そうではあったのですが、人に読んで貰うという創作の根本が欠けています。
残念ですが現状では小学生の夏休み創作を超えていないと判断しました。
22.無評価名前が無い程度の能力削除
卿で出鼻を挫かれマリサで撃沈といったところでしょうか
コメントを見ると話は面白そうなので是非修正してほしいな
24.90名前が無い程度の能力削除
自分がこれを読む前に何かあったんでしょうか?
知る由も無いですが…
誤字は徹底的に直した方が良いと思います。
一文字違うだけで作者に殺意を覚えるような読者様もたしかに存在するのです。
それに付き合って差し上げなければなりません
ただアリスが魔理沙をマリサと言うのは
「発音のアクセントが日本人と違う」と言う風にとれるので面白いと思いますよ

ちょっと荒い、というかアラの多いところもありましたが
最悪の第一印象から始まって最後は綺麗に終わる
氷精と魔女の邂逅はなかなか良かったです
次作もお待ちしています
28.70名前が無い程度の能力削除
二次創作は世界観をかりてきてるわけだから、原作への敬意を忘れてはいけません。
推敲して、誤字や設定の間違いはできるだけ直しておくのが二次創作者として最低限のマナーです。
次回からは投稿する前にもう一度見直しをしましょう。

ストーリーの方は面白かったです。
はじめは二人とも、特にパチュリーの方がわざとらしいくらいにお互いを嫌っていて、険悪な仲を強く印象づけさせたのが上手い。これぐらい対立がわかりやすければ、お互いが徐々に歩み寄っていって仲良くなっていく様子も、見ていて楽しい。
なんだか子どもの頃の戻った気分になる。
30.70名前が無い程度の能力削除
話は面白かったですがさすがに誤字等がひどすぎたのでこの点で・・・
改行までおかしかったしもしかして外国の人なのでしょうか?
辛口で申し訳ないですが次回作期待してます。
31.80名前が無い程度の能力削除
内容はとっても良いのに、誤字、特に名詞の誤字が酷いな。
「魔理沙」「博麗」「幻想郷」くらいは、せめて変換を登録して書きましょう。せっかくの作品が台無しになってます。
32.100名前が無い程度の能力削除
人間、間違いはあると思います。それに対する批判もあると思います。でも自分は、この話が大好きです。
34.100名前が無い程度の能力削除
誤字にいろいろ言っている皆さんは、漢字を学んだ後のチルノがこの話を書いていると脳内補完してみてはどうだろうか。

まあそんなことはともかく、SSの醍醐味に溢れているいいお話でした。たしかに拙いところはありましたが、荒削りな中にも、はっとさせられるような感性が垣間見えます。このお話のチルノとパチュリーのように、不器用でも温かみのあるSSをこれからも書いてくれることを期待したいです。
36.90名前が無い程度の能力削除
ストーリーはたいへん面白かったですが、
霊夢などの一部キャラクターの名前をカタカナ表記するのはやめた方がいいと思います
激しい違和感が出ますから
53.100S.Y削除
笑顔のパチュリーが最高にたのしそうで良い話を読ませていただきました。ありがとうございます。
54.100奇声を発して喉を痛める程度の能力削除
面白かったです!

誤字より最初のコメントの方が不快
57.無評価名前が無い程度の能力削除
このパチュリー様可愛いすぎ!私のお気に入りのお話です!
61.100名前が無い程度の能力削除
内容的にみて誤字やカタカナ表記もチルノ的表現と受け取れた
62.100名前が無い程度の能力削除
誤字脱字なんかより、この話が凄く面白かったです
64.80名前が無い程度の能力削除
誤字などは気になりますが内容はとてもよかったです。
あと1~4番の方批評はいいですが限度がありますよ。
67.90名前が無い程度の能力削除
誤字脱字は最初は気になったもののストーリー性が良かったこともあり、あまり気にならなくなった
誤字脱字ニキはちゃんと物語に没頭してないんでしょうよ。
ちゃんとした指摘ならまだしもやたら偉そうな批評にもなってないコメの方が不快。