Coolier - 新生・東方創想話

さあ、宴を始めましょう

2012/10/11 00:22:11
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どう? もう慣れたかしら?
――東方非想天則:八雲紫






 日差し照りつける通りの一角に、東風谷早苗は立っていた。
 里での用事は予想以上に時間を食ったらしい。空きっ腹を抱えて立ち寄った蕎麦屋は、昼時を過ぎても客足が途絶えないようで、店の外まで人の列ができていた。雲一つない、それこそ誰かが塗り固めたのではないかと思うほどの青天の下で待つことしばし、ようやく店内へと案内される風祝。暖簾をくぐり一息吐いたところで、横から声を掛けられた。

「んほぅ、ふぁにゃふぇどにょでふぁないか」
「……お蕎麦呑みこんでから喋りましょう」

 声の主は物部布都。窓際の席に陣取っていた彼女は、蕎麦をいっぱいに頬張りながら愛想よく新客を招き寄せる。早苗は苦笑半分にその向かいへと腰かけた。

「いや、奇遇なこともあるものよ。早苗殿もここにはよう参られるのか?」
「んー、片手で数えるくらいですかね。いつも混んでるのでなかなか入れないというか」
「ようこそいらっしゃいました東風谷様」

 そこまで言ったところで店の者が注文を取りにきた。早苗より少しばかり年上の、この店の看板娘だ。
 常連とまではいかない守矢の巫女を、この娘はしっかり覚えていたらしい。品書きを見ることもなく鴨せいろを頼んだ早苗に、笑顔で話しかけてくる。

「いつも遠くからお越し頂きありがとうございます。今日も布教のお勤めですか?」
「今日はどっちかというと買い出しメインですかね」早苗もあけすけに返す。「八坂様が昨日天狗と夜通し宴会したんで、食糧が尽きてしまいまして」
「あら、それはお疲れ様です」

 娘は邪気なく相手を労う。客と店員の他愛ない会話は、もう二言三言続いた。些細なやり取りであったが、早苗にとってそれはお冷に勝る清涼剤だ。直射日光と蝉の叫び声に滅入っていた気持ちもすっかり消し飛んでしまう。
 こうしたさりげない心遣いこそ、この蕎麦屋に客が集まる源なのだろう。決して飾り気のあるわけでもない店内は、だが隅々まで居心地良い空気に溢れている。仙台四郎が来たとかなんだかで一躍脚光を浴び、どっと客が押し寄せるようになってからも、この点だけは変わらない。そんな店の中心にいるのが、この看板娘というわけだ。彼女の醸し出す雰囲気は、店の大きな売りと言って間違いなかった。
 娘が戻っていくのを見届けた風祝は、改めて向かいの布都に顔を向ける。この尸解仙は、早くも二枚目のもり蕎麦へ箸を伸ばしていた。

「布都さんはよく来るんですか? このお店」
「無論よ。我が生きていた頃は、蕎麦を麺にして食うという発想はなかったからの。すっかり虜になってしもうた」

 そんな言葉をとっかかりに、布都は昔話を始めた。聞き手である現代っ子からすれば、1400年前の食糧事情など興味もない。へぇとだけ相槌を打って、たちまち次の話題へと進んでしまう。もっとも布都も布都で相手に関係なく好き勝手しゃべるタイプ、気にする素振りは見えなかった。
 いつだか早苗が道教にかぶれ、布都がその手ほどきをして以来、二人は割と親密な関係を築いていた。宗教的な立ち位置だけ見れば仇敵同士ともとれなくはないが、早苗は特に気にしていなかった。先日行われた神奈子・白蓮・神子の対談を通して、三者がそれなりに意気投合したことも影響しているのだろう。
 布都からしても、神道に奉じる"人間"ということで、この風祝に対して悪い印象は持っていないようだ。早苗の蕎麦が届くまで、二人は互いの近況をあれやこれやと語り合っていた。

「お待たせしました。鴨せいろと、こちら蕎麦湯になります」

 程なくして店の娘が注文片手にやってきた。いただきますと手を合わせた早苗に、布都は蕎麦湯を勧めてくる。

「お主も飲まぬか、白湯。汗を掻いたであろう」
「……布都さん、それ蕎麦湯です。白湯じゃないです」
「これは食後の白湯であろう? 違うのか」
「まあ別にそのまんま飲んでもいいんですが、他にも色々あるんですよ。ちょっと貸して」

 早苗は見てられないと蕎麦湯をひったくる。そしてつゆの残ったお猪口に注いでやった。薬味は好みでどうぞと解説を加える早苗に、「なんと。そうやって使うのか」と素直に感嘆する布都。そして「んおぅ、これは美味であるな!」と満足気に啜る。横で見ていた蕎麦屋の娘もたまらず笑みを零した。

「すみません。そういえば使い方をお伝えしていませんでした」
「気にすることないですよ」早苗もつられて微笑む。「布都さんが世間知らず過ぎるだけですから」
「仕方ないであろう。いざ復活してみたら、右も左も分からないことだらけときた。こうまで様変わりしておるとは思わなんだわ。日々驚き通しよ。わっはっはっ」

 なぜか高笑いの布都。早苗は構うことなく鴨せいろを啜り出す。つれない反応をされても、布都にしょげる素振りはない。がぶがぶと蕎麦湯を飲み干し、早速二杯目に手を伸ばす。きょろきょろと、心引かれたものへ視線を巡らせながら。

「ほう、あんな所に団子屋があったのか」

 この言葉も、そんな気ままな振る舞いの一つであった。声につられて早苗も布都の見ている方へ目を合わせる。窓の外、人でごった返す午後の大通り――その向こうに一軒、ひっそりと埋もれるようにして茶店が建っていた。

「はい、昔からあります」娘は明るく説明を加える。「とても美味しい団子屋さんですよ」
「ふむ、そうなのか」

 大きく頷いた布都は、真っ直ぐ早苗の方を向いた。

「早苗殿。どうよ、この後行ってみんか」
「うーん……まあいいですけど。時間は空いてますし」

 早苗はもう一度往来に目を遣る。とりあえずイエスと答えたものの、正直あまり気が乗らずにいた。ここから見ていても入りづらそうな雰囲気が立ち込めていたからだ。寂寞感あふれる店構えは、真夏とは思えないほどの寒々しさを漂わせている。あれではどれだけ味が良いと聞かされても、なかなか暖簾をくぐろうという勇気が出てこない。
 早苗の内心など露知らず、布都は上機嫌で四杯目の蕎麦猪口を傾けていた。しかし矢庭に表情が曇る。それはやはり往来の光景が為であった。

「あやつ、また来ておるな……」

 誰が来たのかと早苗はまた眼を窓の外へ。団子屋の前を歩いていたのは、涼やかなブラウスを纏った兎の少女であった。

「ああ、鈴仙さんですか。この暑い中ご苦労さまですね」
「早苗殿もあやつを知っておるのか?」

 布都はぐっと身を乗り出してきた。早苗はややたじろぎ気味に答える。

「ええまあ……何度か薬買ったことありますし」
「なんと、お主まで化け兎から薬を買ったというのか。世も末よ……」
「んー、よく効きましたよ」

 布都は頭を抱えている。早苗は箸を鴨せいろへ。つゆが染みた鴨肉を口に入れようとしたところで、どんとテーブルが震えた。

「もう我慢ならん。あの妖怪めが、今日こそ里から叩き出してくれようぞ!」

 そんな宣言を残し、店から勇ましく飛び出していく布都。呆然と相客を見送りながら、早苗は「お代払ったのかなあ……?」と悠長なことを考えていた。



 *



 早苗が蕎麦屋に入ったのとほぼ同じ頃、里の大通りには猫の姿をした火焔猫燐がいた。隔絶された旧都に住まう彼女も、間欠泉騒ぎがあってからはずっと地上に出てきやすくなったようだ。もっとも散策の理由が死体漁り故、そうおおっぴらに動ける身分でもない。猫の姿をしているのも、彼女なりに配慮を利かせたつもりなのだろう。
 いつも通り命蓮寺の墓場をぶらついて回り、以前から唾をつけている老人や重篤者の具合を確認する。里をぐるりと一周したら、すっかりくたくたになってしまった。なにせこの炎天下だ。地上の太陽は旧地獄のとは別の意味で辛い。茶でも飲んで一休みしようかなと考えていたちょうどその時であった、あの団子屋の前を通りがかったのは。
 中を覗くと、どうやらかなり空いているようだ。これ幸いと潜り込む。素早く人型に戻り、とびきり元気よく挨拶した。

「こんにちはっ。お茶くっださいなー」

 朗らかな声が店中にこだまして、たちまち無音に戻る。真昼だというのに奥は妙に薄暗い。妙な親近感を覚えて、燐は自然と頬が緩んだ。

「ありゃ。すみませーん、誰かいませんかー?」

 もう一度呼びかけてみたが、返ってきたのはにゃあという鳴き声だけ。燐は「猫かいな」とずっこける。そこまで至ってようやく人の声がした。

「……どうも」

 姿を見せたのは初老の女。「あ、いたいた」と手を振る客に、伏し目がちのまま会釈を返す。地下の妖怪からしたらこの程度のそっけなさなど慣れたもの。「空いてる席どうぞ」とぼそぼそした声で告げた店員にも、燐は笑みを崩さなかった。
 とりあえず窓際の席に腰を落ち着けて、「お団子とお茶おねがいしまーす」と愛嬌いっぱいに注文する。女はやはりろくに答えぬまま、さっさと店の奥へ引っ込んでいく。気配から察するに、調理場には猫の他にどうやらもう一人いるようだ。旦那さんかなと燐は見て取る。
 一人取り残されて、暇潰しと店内をぐるり見回す。さっきは薄暗さだけが目立ったが、よくよく眺めてみると意外と掃除が行き届いていて、整った店のようだ。されど燐の前に客がいた様子はない。寂れた店内には時たま猫の鳴き声が響くくらいで、熱の一つも感じられなかった。
 さして待つことなく注文の品は運ばれてきた。「いやぁ美味そうだ」と手を叩いてお世辞を打つ客に、店の女房は無愛想に「……ごゆっくり」と告げるだけ。さすがの燐も苦笑を隠せぬまま、団子を口へ放り投げた。

「お、美味い」

 今度は間違いなく本心からの吐露であった。店の応対を見た時から味には全く期待してなかったから、それは燐にとって嬉しい誤算と言えた。お土産用に包んでもらおうかなと、団子にぱくつきながら考えていると、店の奥からひそひそ話が聞こえてきた。それはしわがれた男と女の話し声。

「今日も客が入らないねぇ……稼ぎ時だっていうのに」
「向かいはあんなに行列ができてるってのにさ。福の神が来たってだけで、味もうちの方がずっといいのに」
「世の中不公平だよねぇ。こっちは毎日真面目に働いて、それで化け猫一匹じゃあやってられないよ」

 燐は団子を頬張るので手一杯だったから、他に音を立てるものは店にいなかった。だから何をせずとも話し声は耳に入ってしまう。いや、そもそも客に聞かれてしまうことをなんとも思っていないのかもしれない。燐はどこか悟ったような笑みを浮かべながら、繁盛する向かいの蕎麦屋を見ていた。店は清潔、団子も上等――にもかかわらず閑古鳥が鳴いているのも、まあ道理かと頷きつつ。

「――失礼します」

 背中からの声に、燐は意外そうな顔で振り向いた。暖簾をくぐって姿を見せたのは新客。店の者も続けざまの客に正直驚いたのだろう、今度は奥からすぐ飛び出してきた。

「お団子いただけますか?」
「あ、はい……少々お待ちください」

 店の女がたじろいたのも無理はなかった。恭しく注文を告げたその客は、天女を思わせる優美な佇まいをしていた。まるで仄暗い屋内を照らすかのごとき破顔――それは離れた所からやり取りを見ていた燐も思わず見とれてしまったほど。慌てふためく白髪の女房をそっと見送って、新客の女は燐の下へと近づいてきた。

「お隣、宜しいかしら?」
「あ、ああ。いいよ」

 燐もさすがに戸惑いを見せる。席はどこも空いているのに、わざわざ相席を求めるのは奇妙であった。快晴の空に負けぬほどの鮮やかな青を纏った女は、妖猫の真向かいに行儀よく腰掛ける。顔立ちこそやや幼げだが、肉感あふれる柔肌には十分な色香が宿っている。挿した簪(かんざし)を軽く整え、彼女は燐へにこりと微笑みかけた。得も言われぬ、甘い香りが物侘しい店を包み込む。

「お姉さん、なんかいい香りがするね」
「あらそう? ありがとう」

 だが燐は彼女がただの人間でないと、すぐ勘付いた。鼻をくすぐる芳しさの裏に、火車が愛してやまない臭いを嗅ぎ取ったのである。

「お姉さんは、普通の人間じゃないよね?」
「ええ」向かいの女もなにか気取ったのか、小さく含み笑いする。「仙人をしております。貴女は――」
「お燐でいいよ」燐も愛想笑い。「そっか。でも仙人とは意外だったね。なんかお姉さんから素敵な死体の香りがしたもんだから」
「まあ怖い。死体だなんて」

 仙女はくすくすと笑みを零す。燐もにやりと口角を持ち上げて、そのまま最後の団子をぱくり。と、そこで相客の団子が運ばれてきた。

「ああおばちゃん。悪いんだけどお団子包んでくんないかな。四人分。美味かったから家のみんなにも食わせてやろうと思って」

 給仕をする女房へ、燐は相変わらずの茶目っ気でそう告げた。注文を受けた方も変わらず無愛想なまま、気のない返事を残して踵を返す。
 一方の仙女は軽く手をあわせてから団子を口へ。そして「まあ」と感嘆の声を漏らした。

「とても美味しいですね」
「でしょ?」

 燐は得意げに頬を緩めた。青い女も微笑みで応える。その麗らかな表情は、燐の瞳にもたまらなく蠱惑的に映った。だからこそ彼女は目の前の自称仙人が同類にしか見えなかった。自分と同じ、地底の忌み者にそっくりだなと。一つ探りを入れてみるかと考えたところで、逆に相手の方が話を振ってくる。

「お燐さんも、ただの猫じゃないですよね?」
「あたいは火車なんだ。お姉さんなら当然知ってるでしょ? 死体を集める妖怪」
「あらおっかない」仙女は燐の挑発をいなす。「というとお土産を買って帰る相手とやらも、その死体さんなのかしら?」
「実はあたい下のもんなのさ。地獄のね」

 青色の女は瞬間視線を上げる。瞳には隠し切れない好奇の光があった。燐は「内緒だよ」と人差し指を唇へ。仙人が何か言おうと口を動かしかけたところで、店の女房が四人分の団子包みを持って戻ってくる。

「とても美味しいお団子ですね。わたくし、いたく感動してしまいましたわ」

 向かいの客はたちまち態度を一変させた。燐と話していた時の含みある素振りはどこへやら、どこか感極まった調子で賛辞を述べ出す。疑い八割の愛想笑いを浮かべる初老の女へ、彼女はあの光り輝く笑顔で畳み掛けていく。

「突然何をと思われたことでしょう。実はわたくしこれでも仙人でして、どうも説教好きの癖があるといいますか。何卒ご容赦の程を。ただ『感動した』という先ほどの言葉、これに嘘偽りの気持ちがないことだけは重ねて強調しておきたいと思います。仙道を極めんとそれなりに長く生きましたが、これほどの品にはそうそう巡り会えぬものです。料理には作った者の心持ちがそのまま表れると言います。このお団子にはお店の方の食に対する真摯な思いが凝縮されているようですわ」
「そんな、たいしたもんじゃありませんよ。うちの団子なんて……」
「どうか卑下などなさらずに」青い少女は立ち上がり女の手をとった。「商いごとというのは一時の評判や流行りでめまぐるしく変わってしまうもの。報われぬことも多いでしょう。だからこそ、周囲の声に惑わされることなく地道な努力を続けた者はいずれ必ず評価される、これが世の正道というものです。このお店はそれを受けるにふさわしい価値がある。お燐さんもそう思いませんか?」

 と、青い仙人は燐を無理やり話に巻き込もうとする。勘定を払おうと懐をまさぐっていたこの火車は、気のない声で「まあ、そうやね」とだけ答えた。なにか面倒なことになりそうな予感がしたからである。
 話を振った方も色よい返事など端から期待していなかったようで、たちまち自分の演説に戻る。女房の方は止まぬ囀りにすっかり圧倒されていた。

「あ、いや……ありがとうございます。えと――」
「ああそうでしたわ。わたくしったらとんだご無礼を」ずっと馴れ馴れしかった仙女はここで突如襟を正す。「申し遅れました。わたくし霍青娥と申します。実はつい最近この里の近くに居を構えたばかりでして、まだ右も左も判らぬ身の上、いざ買い物と思っても、どの店へ入ったものかと躊躇う日々でした。今日は本当によいお店を見つけることが出来ましたわ。是非また利用させて頂きたく存じます。いえいえ、そんな、お礼を言わねばならないのはわたくしの方で――」

 青娥と名乗った女がそんな言葉を次から次へと並べ立てていた横で、燐はお代を置き店を出て行こうとしていた。「ごっそさん。美味しかったよん」と一つ告げたものの、店の女房の耳には青娥の声しか届いていないようであった。



 *



 燐が店を出ると、外はやけに騒がしかった。

「この不届き者め! 里で怪しい薬を売るなと、何度言ったら分かる!」
「だから何度言ったら分かんのよ! うちは怪しい薬なんか売ってないっての!」

 どうやら喧嘩らしい。燐は地底者のヤクザ根性そのまま、怒号の方へ駆けていった。諍いの当事者は妖怪兎と、もう片方は人間だろうか。
 兎の方は燐も覚えがあった。里へ薬売りに来ている姿を何度か見かけていたのだ。もう片方はよく知らなかった。頭に大きな烏帽子を被った、やけに古臭いなりをしている。人垣をぴょこぴょこ掻き分けていくと、燐はよく知った顔を見つけた。

「お、守矢んとこのお姉さんじゃないかい」
「あ、貴女は確か地霊殿の……」

 不意に横から声をかけられて、早苗はあたふたと返事した。この火車とは発電所の八咫鴉経由で顔見知りではあったものの、まさかこんな場所出くわすとは思っていなかったのだろう。一方の燐は相手の動揺などお構いなし、身をくねらせて早苗の真横へ体を滑り込ませる。

「あれ、お姉さんの知り合い?」
「ええ。まあ一応そうなんですが……」

 "知り合い"と尋ねられたことで早苗にも義務感めいたものが戻ってきたようだ。おっかなびっくりといった感じで、睨み合う布都と鈴仙の元へ歩み寄る。

「あのー布都さん? 鈴仙さんは別に悪い事してたわけじゃないんだし、もうそのくらいにしておいた方が……」
「何を言っておるのだお主は?」布都は叱り飛ばすような口調で言い返す。「かような化生の類を徒に里へ引き入れては、いつどんな厄災を撒かれるやわからぬぞ。こうして薬を売り歩いているのも、何某かの計略があってのことに違いならぬ。いや既に薬を使って人心をかどわかし――」
「んなしょうもないことするか! あたしらが人襲うわけないでしょうが」
「そうですよ布都さん。永遠亭の人たちはそんな碌でもないこと企んだりしないですって。って言うか今時そんなセコい侵略作戦仕掛ける人いるわけないじゃないですか。ショッカーじゃあるまいし」
「ふん、どうだか」早苗の説得にも、布都が耳を貸す様子はない。「妖怪兎を数多囲っている薬師など、到底信用ならんわ」
「師匠まで馬鹿にするってんなら、いい加減私も黙っちゃいないわよ!」

 激高した鈴仙が詰め寄る。布都も「はっ、馬脚を露わしたな。妖怪め」と敵意剥き出しで迫った。早苗はどうしたものかとおろおろするばかり。こりゃダメだと、今度は燐が輪に加わる。

「あのーそこのちっこいお姉さん。ちょっち宜しいかしら?」
「何奴かお主は」
「いや、残念ながらあたいも妖怪なんだけどね。でもさ、一応おんなじ立場から言っとくと、今時里ん中で人間相手に悪さする妖怪なんて、よっぽどの阿呆しかいやしないよ。そういう決まりになってんだからさ」
「抜かせ!!」いきなり湧いて出てきた妖怪から説教されて、布都もいよいよ我慢ならなくなったらしい。「妖の分際でよくもまあそんな戯言が抜かせたものよ。貴様らが決まりを守るわけなかろうが!」
「そりゃあ言い過ぎってもんだよお姉さん。あたいらだって決まりくらいは守れるって。だからさ、ちったぁ落ち着いて――」
「黙らんか! ええい、なぜ人の棲まう地にこうも妖が跋扈しておるのだ。もういい。まとめて我が始末してくれるわ!」
「里で暴れて散々迷惑かけてんのはあんたでしょうが! もういい。言って分かんない奴は一度痛い目みなさい!」

 瞳を真っ赤に染める鈴仙。布都も負けじと憤激に顔を染める。白昼の大通りで予告なく切られた火蓋に、物見遊山と洒落こんでいた里人達もたちまち騒然となる。

「――はい。ストップストップ」

 その一瞬であった。噛みつかんばかりの表情を向け合っていた二人の眼前に、突如としてナイフが出現したのだ。前進を阻まれる鈴仙。布都も鈍い銀光にたぎっていた血を冷まされたよう。胸を撫で下ろす群衆を掻き分け姿を見せたのは、買い物袋を抱えたメイドであった。

「通りの真ん中で何やってるの。殺し合いはTPOを弁えて、って学校で教わらなかった?」
「あ、咲夜さん……」

 と早苗はようやく声を漏らした。当の十六夜咲夜は投じたナイフを回収しつつ、まずその風祝へと歩み寄る。

「貴女も巫女でしょう? あれくらい力尽くでどうにかしなさいな」
「は、はい……面目ないです」

 しょげた顔で俯く早苗。鈴仙も憤りの色こそ残っていたが、矛はちゃんと納めていた。顔馴染みから諌められたのが効いたのだろう。だが布都は違う。何せ見知らぬ者からいきなり刃を向けられたのだ。怪訝な顔つきのまま、早苗と咲夜の元まで詰め寄る。

「早苗殿、こやつは何者ぞ。さてはまた化生の類か?」
「ああ違うんです布都さん。この人は――」
「十六夜咲夜と申します」品よく一礼して自己紹介。「一応まだ人間のつもりですよ」
「そうなんです布都さん。咲夜さんはれっきとした人間なんですよ。ちょこっと時間を弄れるくらいのもんで。だから大丈夫です。ね?」

 そんな早苗の言葉に、布都はううむと唸る。1400年前の感覚そのままに生きているこの尸解仙は、妖怪に留まらず人外と聞けばもれなく食って掛かるという困った癖があった。それは里に住まう人間から見ても、しばしば過敏と受け取られてしまうほど。そんな事情もあって、最近では里の中でも要注意人物としての評判がすっかり立ってしまっていた。
 一方で人間に対する布都の愛着は、並の仙人よりずっと強いものがあった。おそらく復活して間もない為、未だ仙人になりきれていない部分が残っているだろう。だから一旦咲夜が人間であると分かれば、鈴仙や燐の時のような喧嘩腰に至ることはない。早苗があんなふうに言い包めたのも、そんな特徴を計算に入れたが為。目論見通り、自分へ刃を向けたメイドに対し、布都は「おおそうであったか」と握手を求めだした。

「いやーでもすごいねえお姉さん! あたいいたく感動したよ!」

 そんな落ち着きかけた場の空気を、またとびきり元気な声が揺らす。声の主は燐。伸び上がるように咲夜の元へ迫る。

「強いねぇ強いねぇ。お姉さん何もん? どこに住んでるの?」
「紅魔館ですよ。そこでメイドを少々」
「いいねえいいねえ。あの悪魔の館かぁ。じゃあさ、死んだらあたいんちに来ない? 地獄。お姉さんならすっげえ強い怨霊になれるよー。あたいが保証するね」
「うーん、死んだ後のことはなんとも言えないわね。後でお嬢様に問い合わせてみて頂戴な」
「よっしゃあ。で、そっちの喧嘩っ早いお姉さんは名前なんて言うの? なんか変な臭いがするけど」

 燐は興味津々といった感じで場にいる少女たちにくるくる問いを投げる。警戒の色が解けない布都に代わって、早苗が答えた。

「ああ、この人は物部布都さんです。最近聖徳太子さんと一緒に尸解仙として復活したそうで」
「なるほど尸解仙かー。だから死体みたいな臭いがするんだねぇ。ふむふむ」
「ほんと、聖徳太子だか何だか知らないけどこっちはたまったもんじゃないわよ」思わず愚痴が漏れたのは鈴仙。「もう何度こうやって因縁つけられたか。仙人だったら仙人らしく山に籠もって真言でも唱えてろっての」
「黙れい。我は貴様のような妖から里を守ろうとしているだけぞ」
「迷惑しか掛けてないでしょうがあんたは」

 また睨み合いを始める二人に、咲夜はナイフをちらつかせる。燐は思わず苦笑した。

「ところでさ、前から気になってたんだけど、そっちの兎のお姉さんはなんで薬なんか売ってるの?」
「え、あたし?」思いがけず飛んできた質問に、鈴仙は口ごもる。「んと、そりゃあ、師匠にやれって言われてるから……かな?」
「そのお師匠様ってどんな人?」
「この子はあっちの竹林にあるお屋敷に住んでるのよ」まごつく鈴仙に代わって咲夜が問いを引き受ける。「そこに薬師がいてね。だから弟子のこの子が里へ薬を配って回ってるわけ」
「へえ、じゃあ兎のお姉さんはお医者さんなわけだ」
「鈴仙よ。鈴仙・優曇華院・イナバ」と一つ咳払いをしてから名乗った。「医者って言ってもまだ見習いだけどね。というかあんたは誰なのよ? 見たことない顔だけど」
「あああたいかい? あたいは火焔猫の燐。お燐でいいよー」
「お燐さんは地霊殿という、地下深くにあるお屋敷に住んでるんです」今度は早苗が語を継いだ。「なんで地底の妖怪がこんなところにいるのかは知りませんが」
「地霊殿……? ああ、最近間欠泉とか地下の発電所とかで世の中賑わしてるあれか。前新聞で読んだ。ふーん、地底の妖怪ね」
「どこに住んでいようが、化物には変わりないがな」

 月の民特有の若干見下しの混じった鈴仙の言い方に、布都は明らかな皮肉を込めてやり返す。懲りずに睨み合いを再開する二人に、咲夜と燐はもはや諦め顔だ。そんな流れを一切合切うっちゃって、早苗がポンと声を放り投げる。

「でもなんか面白いですね! こうやっていろんなところに住んでいる方が一堂に会するのって。なんか前に神奈子様達がやってた対談を思い出します!」

 それは余りに唐突で暢気な感想であったから、きな臭さをだだ漏れにしていた布都はおろか、一番自由に場を動き回っていた燐でさえ呆気にとられてしまった。そんな周囲の反応を気にする様子もなく、早苗は思いついた言葉をひたすら吐き出すといった感じで、一人語りを続ける。

「宴会でもこれだけの顔ぶれが揃うってそう無いですし。それになんか似てません私達って。なんていうか、一番偉いんじゃなくて、その下で頑張ってるっていうか。縁の下の力持ちーみたいな? ええと、他にも色々いると思うんですよ。例えば――」
「あの冥界の半人前とか?」

 鈴仙が相槌を打つ。早苗は躍り上がるように「そうそう!」と叫んだ。

「あと、お寺の寅さんとかもそんな感じなのかなー。そう考えると結構いますねぇ……そうだ! 折角だから今度みんなで集まって女子会とかしません? なんか面白そうじゃないですかー。いつもと違うノリになりそうで!」
「イマイチよくわかんないけど、確かになんか面白そうだぁねぇ」

 すかさず乗ったのはお調子者の燐だった。一方戸惑い顔を浮かべたのは咲夜。

「宴会やるのは別に構わないけれど、まずはお嬢様にお暇を頂けるか訊いてみないとね」
「私も師匠に確認取ってみないとなんとも……」

 鈴仙も言葉を濁す。確かに彼女たちは皆忙しい。それは提案した早苗も然りである。

「待たれよ早苗殿。兎や猫なんぞと宴を催すというのか?」

 素っ頓狂な声を上げたのは布都であった。「寅さんもいますから動物がいっぱいですね」と間抜けなことを言う現人神に食ってかからん勢いで、彼女は声を荒げる。

「そういうことを言っておるわけではない! かような化け物共と杯を交わすなぞ、そんな恐ろしいことできるか!」
「いや幻想郷じゃ普通ですって。山なんて私以外河童と天狗しかいませんよ」
「我が家のパーティーもたいがいそんなものね。人間と妖怪が入り乱れて……愉しいですよ?」
「そうそう。あたいもこないだ神社の宴会行ったら巫女と妖怪が肩組んで酒かっくらってたよー」

 布都は「ありえんありえん!」とぶるぶる体を震わしていた。その様子を見ていた鈴仙が、ため息混じりに漏らす。

「というか、こいつの矯正のためにやった方がいいのかもね。宴会」

 布都以外の三人は、苦笑いで以ってその言葉に頷くばかりであった。







今の魔物は、ただのお約束として人を襲うだけの良く判らない生き物になってしまったわ。
            ――東方永夜抄:蓬莱山輝夜







 その日も布都は里の大通りにいた。新しい母屋を建てるとかで、家主と施工主から間取りの吉凶を占ってほしいと依頼を受けたのだ。風水と陰陽道に明るい彼女ならではの案件と言える。
 復活してから数ヶ月、最近はこういう話がちょくちょく舞い込んでくるようになった。布都の方も、人へ功徳を施すことが仙人の重要な修行だと考え、話があれば進んで受けることにしていた。もっとも彼女とて暇な身分ではない。仙人としてこなさねばならぬ修行は他にも山ほどあるし、神子から個別に仕事を任されることも多々ある。
 それでも1400年ぶりとなる里の人々との交流は、彼女にとって時代感覚を取り戻す以上の意味があった。自分の秘術が誰かの役に立っていること、感謝してもらえること――それがなによりも嬉しかったのだ。仙人として復活した甲斐があったと、心から思える瞬間だった。
 滞り無く依頼を済まし、布都は二週間ぶりにあの蕎麦屋へ足を運ぶ。待ち合わせをしていたのだ。暖簾をくぐってすぐの所に、目的の人物はいた。

「布都さん、こっちですー」
「おう、何用であるか早苗殿」

 笑顔で手招きする早苗は、前回と同じ窓側の席に座っていた。布都が向かいに腰掛けるのを待つことなく、彼女は店の者を呼ぶ。

「まあとりあえず注文しちゃいましょうよ。えと、天ざる一つ。布都さんは何にします?」
「我はいつも通りで構わぬよ」

 どうやらそれで通じるらしい。いつもように注文を取りに来た娘は、「承知しました」と笑顔で返した。相変わらず店内は混雑していたが、夕方前というのもあってまだ席に余裕はある。一しきり店内を眺め回してから、布都は改めて早苗と向かい合う。

「で、何の要件かの」
「そりゃもちろん女子会の打ち合わせですよ。まだ布都さんのご都合を伺ってなかったので」

 さらり告げた早苗は、懐からメモ帳を取り出す。布都はたちまち表情を曇らせた。
 結局あの後、一人渋る布都を押し切り宴会は開催される方向で決まった。とは言っても基本彼女たちは上から許可を得ねば動けない身の上。とりあえずめいめいが都合を確認し合い、幹事役の早苗に日程を詰めてもらうという段取りになった。もっとも布都は色々と忙しかったせいか、或いはもう無かった事にしたかったのか、今の今まですっかり失念していたのだが。

「……我は遠慮しておく」
「まあそう言わずに予定だけでも教えてくださいよー。もうみんなスケジュール調整してくれてるんですから。ほら見て」と言って早苗はメモ帳を布都に見せる。「今んとこ、こことかが候補日ですかね。けど咲夜さんと妖夢さんってマジで忙しいんだなー。お休みが基本無いんだもん。意味分かんないわー。あ、もちろん私も結構忙しいですよ」
「いや、だから我は行かんと言っておろう。あんな化け物と――」
「失礼します。守矢の巫女さんはどちらにおられるでしょうか?」

 その声は背中から。誘いをかわす文句を懸命に捻り出していた布都は、瞬間ぎょっと振り返る。目に飛び込んできたのは、暢気な佇まいを晒す不倶戴天の敵であった。

「あ、来た来た。寅丸さん、こっちですよー」
「すみませんすみません。遅れてしまいました」

 頭をペコペコ下げながらやってきたのは寅丸星。これでも聖白蓮に次ぐ地位を持つ、命蓮寺の立派な僧侶である。早苗の横へ恐縮げに腰掛けた彼女は、とりあえず蕎麦がきを注文した。一応戒律を守って鰹節の類は食べないようにしているのだろう。
 そんな見るからに人の良さそうな命蓮寺の僧を、布都は有らん限りの敵意を込めて睨みつけていた。ここが馴染みの蕎麦屋でなければ、すぐさま掴みかかったに違いないほどに。二人は挨拶の一つも交わしたことがなかった。それもそのはず、布都からすれば元より憎んでも憎み足りないほどの仏徒、その上妖怪である。好感を持てる要素など一つとてない。
 星も布都の視線に気付いたようだ。されど落ち着き払った物腰は崩さぬまま、改めて自己紹介を始めた。

「貴女が物部布都さんですね。お噂は以前からかねがね。私は寅丸星。命蓮寺で僧をしております。とうにご存知かもしれませんが」
「無論だ。邪教徒が」

 吠え掛かる布都。そんなやり取りを横で見ていた早苗も、今回は心の準備をしてきたようだ。努めて平静を保ちつつ、布都をなだめにかかる。

「まあまあ、今日はみんなで仲良くお蕎麦でも啜りましょうよ。もう注文だってしてあるんですし。というか暴れたりするとお店の迷惑になっちゃいますよー」
「実は私もそれが楽しみで来まして」星も話を合わせる。「たいそう流行っているという話は聞き及んでいたのですが、なかなか訪れる機会が取れず。だから今日は難しいことは抜きにして、一緒に食事を楽しみましょう」
「……この狸が」

 布都は舌打ちした。そして待ち合わせ場所にわざわざこの蕎麦屋を選んだ理由に合点がいった。むくれっ面になった道教徒の前で、早苗は事務仕事を済ましにかかる。

「それで、寅丸さんのご都合ってどんな感じですか」
「ああそうでしたね。今のところこんなところかと」とメモを取り出す星。「どうも今の時期は盆と重なって色々予定が詰まってまして。あいすみません」
「これくらいなら余裕ある方ですよー」早苗はメモの内容を手帳に書き込んでいく。「うーん。でもなかなか噛み合わないもんだなぁ」
「ただですね、お誘いを受けた後聖に相談してみたんです。そうしたら見聞を広めるいい機会になるということで、出来る範囲であれば勤めを替わっても良いと。だから私の方はそれなりに自由が利きそうです」
「本当ですか。それは助かりますー。っていうか優しいなぁ。うちは神奈子様も天狗も行事行事って頭固いんですよねぇ」

 和気藹々と続くやり取り。置いてけぼりの布都は苛立ち混じりに吐き捨てる。

「ふん。随分と乗り気よのう。般若湯をかっ食らう絶好の機会と、生臭坊主が今からいきり立っておるというわけか」
「たはは……これは手厳しい」

 星はあっさり受け流す。小馬鹿にされた気がして、布都は却って癇に障った。もう一度食って掛かろうとしたところで、早苗がすかさず話題をそらす。

「そういえば寅丸さんってお酒だめなんでしたっけ? お店の予約とかも平行してやっとかなきゃいけないんで。白蓮さんが呑まないっていうのは、神奈子様から聞きましたけど」
「えと……」途端に星の目が泳ぐ。「一応呑んではいけないってことになってますが……まあ私のことは気にしないで下さいな。皆さんのお好きなように」
「呑みたいのなら正直に呑みたいと言えば良かろう。これだから偽善者は」
「あれ、やっぱり呑めるんですか? っていうか布都さんずいぶん詳しいんですね。命蓮寺のこと嫌いなのに」
「いや、我はあくまで仏教徒に関する一般論を言ったまでであってだな……別にこやつらのことなど――」

 どもりどもり釈明していたところで蕎麦が運ばれてくる。それでなじる気勢もすっかり削がれてしまったらしい。布都は苛立ち紛れに積み上げられた蕎麦を啜り出す。それを見た星は、今しがた痛罵を向けてきた相手へ「わあすごいですね。そんなに食べるのですか?」と感嘆したように一言。「貴様の知ったことではない」とつっけんどんにあしらった布都であったが、そんなことで星の面持ちを揺るがせられるはずもない。命蓮寺の僧は穏やかな眼差しで頑なな尸解仙を包む。

「じろじろ見るな気色悪い。それとも何か? あの托鉢とかいう乞食まがいのやり方で、我から飯をたかろうなる魂胆か?」

 蕎麦を手元に引き寄せながら、布都は渾身の嫌みで二の矢を放った。素知らぬ顔で天ぷらをかじっていた早苗も、これにはさすがに困惑の色が隠せない。星は心持ち頬を緩ませながら、布都の言葉を受け止める。

「いやはや、これは本当に嫌われているみたいですね……そちらの神子さんがうちの聖とお会いになった時は、そこまで敵意剥き出しという感じではなかったと聞いていたのですが」
「太子様は大海の如き心を持つお方であらせられるからな。貴様らのような賊にも情けを掛けておられるのだろう。だがな」布都はどんと拳を叩きつけた。「我はそう甘くないぞ。妖連中がよりにもよって仏なんぞを奉る……しかも人里の側に寺まで建てるとは。何を企んでおるかは知らぬが、近いうちに必ず焼き払ってくれるわ。精々覚悟しておけ」
「そうですね。私も里の皆さんには感謝しているのですよ」

 血気盛んな布都の挑発に、星はしんみりと答えた。それは相手がどうこう以前に、何某かの感慨に浸っているような口ぶりであった。

「命蓮寺をあそこに建立すると聞いて、最初は不安の方が大きかったのです。貴女の仰る通り、傍から見ればうちは妖怪寺。こうも人里に近くてよいものかと。私達の歩みとは、即ち人と妖の融和を目指しては挫折するの繰り返しでしたからね。でも杞憂でした。この地は拍子抜けするくらいすんなりと私達を受け入れてくれましたよ。そう、今までの苦闘が馬鹿らしく思えるほどに」
「む……」

 布都は口ごもってしまう。その隙を早苗は見逃さない。すかさず横から言葉を被せてくる。

「そうですよ布都さん。妖怪と人間のいがみ合いなんて、今じゃポーズでしかないんですから。妖怪退治だって半分遊びみたいなもんですし。で、これがなかなか楽しいんですよー。布都さんも今度一緒にどうですか? いい修行にもなりますよ」
「まあ妖怪の立場から言いますと、弱い者いじめをするのは正直勘弁してもらいたいんですが……」

 若干困り顔の星。布都はか細い声で「ふん……」と呻くのが精一杯。そんな物言いでは勢いづいた現人神を止めることはできない。

「っていうかですね、なんで布都さんはそんなに妖怪が嫌いなんですか?」
「主はたわけか? 妖怪だぞ。理由も何もあるまいて」
「そうかなあー。私は妖怪と一緒に居られる方が断然面白いと思いますけどね」

 笑顔のまま、早苗はピンと指を立てた。布都は唖然とする。目の前の風祝が何を言ってるのか皆目判らなかった。

「いえですね、まあ布都さんは信じられないかもしれないですけど、今の外の世界って意外とそう考えてる人多いんですよ。妖怪みたいな、不思議や幻想に憧れる人。私もこっち来てUFOに遭遇するわ、常温核融合でお湯が沸くわ、一万円札に書いてある人と戦えるわ、不思議な事がいっぱいで毎日楽しいです。そう、実はですね、今河童と一緒に巨大ロボットの極秘建造計画を――」
「らしいですね」脱線しかけた早苗の話を星が引き取る。「聖も例の対談でそんな話を伺ったそうで、外の世界にいたく興味を抱いてましたよ」
「そうそう。いやね、それだけあっちがつまんない世界になっちゃったってことなんですけどー。もう世の中に理解できないことなんかない! みたいな感じで、話題になるのは環境がどうとか景気がどうとか……生きてて何が面白いんだか」

 嘆息する早苗。星は「外のことは私には解りかねますが」と前置きしてから、こう付け足した。

「布都さんが生きていた頃と今では人と妖のあり方が大きく変わった、これは事実です。そもそもここ幻想郷に多くの妖怪がいるのも、外で我々の存在が忘れ去られたが故。今やほとんどの人にとって怪異は畏怖の対象ではないのです。この地の人だけなのですよ、私達を受け入れてくれるのは」

 布都は口をあんぐり開けたまま二人の話を聞いていた。内容は頭に入ったが、理解は出来なかった。彼女にとって妖怪とは即ち脅威であり、それは本能的と言ってもいいほど深く身に刻まれた考え方であった。疑問を挟むことさえなかったのだ――妖怪とのあり方など。
 反論したいことは山ほどあったはずであった。しかし上手くまとまってくれない。いじけたふうに下を向いていた布都は、やがて猛然と蕎麦を貪り出した。胸の燻りをまとめて飲み込もうとでもするかのように。
 布都が黙々と蕎麦を対峙していると、何人かの客が彼女たちのテーブルに近寄ってきた。どうやら彼らの目当ては星。財を招くという彼女の仏徳に少しでもあやかろうと、しきりに拝んだり願を掛けたりしている。早苗も負けてはいられぬと守矢神社の宣伝を始めたが、こちらはあまり相手にされていないようだ。人に持て囃される妖獣を恨めしく眺めていた布都、その元へあの看板娘がやってきた。

「蕎麦湯お持ちしました。薬味のお代わりは如何ですか?」
「……おお、すまぬな」

 運ばれてきた少し多めの蕎麦湯を、布都はお猪口に注ぐ。その間も神社と寺の信者争奪戦はいっそうの熱を帯びていく。追い詰められた早苗はとっときの奇跡で客の気を惹こうとする。やんやと盛り上がる人の輪を目の端に置きながら、道教徒は愚痴でも零すような口調で蕎麦屋の娘に問いかけた。

「お主は、妖怪が店に来るのをどう思っておる?」
「……難しいですね。全く怖くないのかと訊かれたら、確かに違うかもしれません。でも店においで下さる妖怪の方は、皆よい方ばかりだと思いますよ。寅丸様や聖様はじめ、命蓮寺の信徒の方も、里の行事などには必ず顔を出して手を貸して下さいます」

 布都は押し黙ってしまった。熱が失せた蕎麦湯を一口啜り、ぷいと顔を横へ。意味もなく向けた視線の先には例の団子屋がある。相変わらず影の差した店構えは、しかし前見た時とは比べ物にならないくらい客で溢れていた。

「あの団子屋、なにか催し物でもやっておるのか? 随分と人がおるが」
「いえそうじゃありません。1週間ほど前から段々とお客様が増えてきたんですよ」
「と言うと、また福の神でも出たのか?」
「そうかもしれませんね」娘はどこか誇らしげにはにかんだ。「でもそんなの関係無いと思いますよ。だってあそこのご夫婦、ずっと頑張っていましたから」

 布都はそうかと一言。娘とは対照的な、どこか上の空といった口ぶりであった。団子屋の努力を讃えたい自分がいる一方で、同時にあの店を見つけたのがケチの付け始めだった気がして、どこか素直に喜べない自分に気付く。そう気付いたことで余計己が惨めに思えた。
 店は姦しさを増すばかり。次は星が負けじと宝塔を使った光のイリュージョンで人々を魅了する。毘沙門天の代理と現人神の信仰合戦は、布都からしても何やら惹かれるものがあった。視界に映る全てに嫌気が差してくる。耐え切れなくなった布都は、飲み差しの蕎麦湯を置いたまま一人席を立った。「あんなものは……まやかしに決まっておる……」と言い捨てて。



 *



 布都が人目を忍ぶように店を出た頃、同じ通りの反対側には魂魄妖夢の姿もあった。
 買い出しを終え、白玉楼へ帰る途中であった。大荷物で両手はすっかり塞がっている。されど彼女にとってはこの程度は慣れたもの。主人に菓子でも買って帰るかと考え巡らす余裕さえあった。幽々子のお眼鏡に適うもの求め大通りをきょろきょろしていると、見慣れぬ場所に行列ができていることに気付く。どうやら列は団子屋から伸びているようだ。興味深げに人込みを眺めていると

「あら、妖夢じゃない」

 と背中越しに名前を呼ばれる。声の方へと振り向くと、そこには同じように大荷物を抱えた咲夜がいた。

「ああ、どうも。お久しぶりです」
「そうね。四月のお花見の時以来かしら」

 ぴょこりと頭を下げる小柄な庭師に、メイドは品よく礼を返す。それなりの古馴染みである二人だが、双方多忙なこともあり言葉を交わす機会はそう多くない。どちらも主人にべったりの気があるから余計だ。だが今日は事情が異なる。二人には共通の話題があった。

「例の宴会の話は、もう伝わってるのよね?」
「はい。先日早苗さんと会いまして、その時に伺いました」
「そう」咲夜はこくりと頷いた。「で、行けそう?」
「幽々子様に訊いてみたら『……判ったわ。どうしても行くというのなら私を倒してから行きなさい!!』とまた訳のわからないことを言い出したので、こう、とりあえずこんな感じでスパっと切っときました」

 と身振り手振り付きで説明する妖夢。咲夜をしても、白玉楼の主従関係は今ひとつ理解しかねるところがあった。なんとなく「それはおめでとう」と相槌を打っておく。

「あ、どうもありがとうございます。なので多分行っても良いみたいなんですが、とはいっても勤めに穴を開けるわけにいかないですから、何とか二日分の仕事を一日で済ませる方法はないかと今考えています」

 口調は主に向けた太刀捌きの解説と同じまま、妖夢は真剣な面持ちでそう続ける。なんだかんだ言ってこの子らしいなと、聞いていた咲夜は思った。

「咲夜さんこそ、お休み取れそうなんですか?」
「それがお嬢様ったら、私が貴女やあの風祝たちと決闘すると勘違いなされたらしくてね。勝って紅魔館の威光を示してこいと、檄を飛ばされちゃったわ」
「たはは……」

 今度は妖夢が困ったように愛想笑いを浮かべる。咲夜はあくまで飄々とした佇まいのまま。今の惚けた発言さえ本心からなのか、半人前には読み切れなかった。
 それでも久しぶりの談笑で心がほぐれたのだろう。妖夢はもっかの懸案事項について、一つ咲夜に相談してみることにした。

「咲夜さんはこのお団子屋さんご存知ですか?」
「ああ、ここ?」訊かれた方は行列を一瞥。「昔一度入ったかしらね。確かお嬢様がお月見パーティーを所望された時に。味は悪くなかったわよ」
「そうですか。じゃあ前から有名だったってことでしょうか。あんまり覚えがなかったので」
「うーん。以前は行列とかが出来る店じゃなかった気がしたけどね」ここまで言った咲夜はぱっとしたり顔へ。「何、今晩のお茶請け?」
「まあそんな感じです」妖夢はへへと照れ笑い。「じゃあ試しに買っていってみようかな。咲夜さんもどうですか?」
「申し訳ないけれど、今日はケーキを焼こうと思ってるのよ。もう材料も購入済」

 と咲夜は抱えていた紙袋を妖夢にちらつかせた。余計な気を回してしまったと、庭師はすかさず詫びる。咲夜は「気にすることないわ」とさらり告げて、あっという間に妖夢の前から姿を消す。彼女も色々と忙しいのだろう。
 だが仕事が詰まっているのは妖夢も同じ。間を置かず行列に並ぶ。10分ほど待って、ようやく中に入れた。

「あれ、妖夢じゃん」

 暖簾をくぐるやいなや、妖夢はまたも声を掛けられた。慌てて振り返る。

「ああ、鈴仙さんですか。またまたお久しぶりです」
「またまた? まあいいや。とりあえず座ったら」

 鈴仙は薬売りの帰りといった風体であった。椅子の下には重そうな薬箱が一つ。誘われるまま、妖夢もその近くに自分の荷物を置く。

「あんたとこんなところで会うのも珍しいわね。どったの。もしかしてサボり?」
「違いますよ。幽々子様のお茶請けを買って帰ろうと思っただけです」

 ひどく判りやすい鈴仙の茶化し文句にも、この庭師はあくまで真剣に返す。注文を取りに来た店員にテイクアウトの旨を告げて、妖夢はようやく椅子に腰を下ろした。

「鈴仙さんこそ、こんなところで油売ってていいんですか?」
「ちゃんと言われたノルマはこなしたわよ。少しくらい休んだって文句は言われないわ」鈴仙は胸を張った。「第一この暑さだもの。休憩しないとバテちゃうって」
「私は半分幽霊なので、あんまり暑さは気にならないですね」
「羨ましいって言っていいのかなそれ」

 二人は笑みを交わし合う。彼女たちもそれなりに古い間柄であった。鈴仙はつまんでいた団子を一つおすそ分けする。勧められるまま妖夢もぱくり。

「ここにはよく来るんですか?」と咲夜にしたのと同じ問いを投げる妖夢。
「うん最近はね。この通りは仕事でよく使ってたんだけど、なんか行列ができてたから入ってみよっかなって。でも結構美味しいよねここ」
「そうですね」

 確かにメイドから聞いた通り味は良いと妖夢は思った。店も掃除がよく行き届いていて、喧騒の中でも整然とした雰囲気が保たれている。庭師として単純に好感が持てた。
 しげしげと店内を見回していた妖夢に、今度は鈴仙が先ほどの咲夜と同じ問いを向けてくる。早苗から宴会の話を聞いたこと、幽々子から一応許可をもらったことを伝えてから、「鈴仙さんはどうですか?」と問い返す。

「うちも大丈夫っぽいよ。師匠も姫様も面白そうだから行け行けって」
「じゃあみんな集まれそうですね。さっき前の通りで咲夜さんに会ったんですが、行けるみたいなこと言ってましたし」
「そっか。まああんたとあのメイドが来れるんなら問題ないのかな。他の奴らがどうなのかってイマイチ分かんないんだけど」
「大丈夫かと思いますよ」

 そこまで話し終え、二人はひと息入れる。量が規格外なせいなのか、妖夢が頼んだ団子が出来上がる様子はない。ちらちらと店員の動きを窺う小柄な半人半霊。そんな落ち着きのない素振りを、鈴仙はどこか微笑ましい思いで眺めていた。
 鈴仙はあまり交友関係が広くない。妖夢よりずっと外に出る機会は多いにもかかわらず、この玉兎は他人とあまり関わりを持とうとしないところがあった。かつて月に居たという自意識が邪魔するのかもしれない。今回宴会に参加するメンバーでも、ちゃんと話したことがあるのは咲夜とこの妖夢くらい。早苗とはかろうじて面識があるが、寺や地底の連中となるとほとんど分からない。布都に関しても面倒な奴という認識こそあれ、他に何か知っているかとなると、全くといった有様であった。

「妖夢は、あの布都って奴のこと知ってるの?」
「ええ。神霊騒ぎの時は気になってあれこれ調べ回っていたので。大祀廟ってところも案内してもらいましたし、太子って人も紹介してもらいました」
「へぇ、あいつがね」頬杖ついたまま、鈴仙は嘆息する。「なんか想像できないなあ」
「うーん……まああんな感じですけど、普通に話してると気さくで楽しい人ですよ」

 妖夢は控えめな笑みで応える。けれどその表情には輝きがあった。少し神妙な様子になった鈴仙は、小鼻を掻きながら問いを続ける。

「じゃあ……あの寺とか、地底の奴らも?」
「命蓮寺は、あそこに居候してる狸さんと戦った縁で何度かご厄介になりました。旧地獄はよく分からないですね。話で聞いたくらいで」
「ってことは寅丸星って奴とは会ったことあるんだ」
「はい。物腰の柔らかい、温厚そうな方でした。あんまり妖怪っぽくなくて」

 向けられた説明に鈴仙はふぅんと呟いた。自分の見知らぬ人達のことを次々と語るこの庭師に、彼女はどこか引け目を覚えていた。

「そっか。結構色んなところ行ってるんだね、妖夢って」

 だからこその吐露だったのだろう。瞬間鈴仙の脳裏にとある記憶が蘇る――それは地上へ降りてきた頃の自分の姿。誰ともまつろわず、ひたすら心を閉ざしていたかつての自分、それが鮮明に浮かび上がったのである。すると例の宴会が不思議と得がたいものに思えた。感謝の念のようなものさえ湧いてきたのだ。布都と杯を交わすことも、そう悪いもんじゃないのではと感じられたのである。

「そんなことはないような……」一方の妖夢は戸惑いがちにはにかむ。「鈴仙さんだって、最近は色んなところに顔出してるじゃないですか。ほら、あのパンクライブでしたっけ、こないだ新聞に写ってましたよね?」
「ああ、鳥獣伎楽?」と鈴仙。途端に言葉が熱を帯び出す。「あれはいいわよー。なんていうか魂をぶん殴られる感じっていうか、こう開放感があるのよ。虐げし者への怒り、パッションがあるの」
「はぁ」
「妖夢も行かない? 実はまた近いうちにライブやるんだ。一度行ってみれば分かるって。こう、音楽がどうとかじゃないの。思想なの。もっと深いところから共鳴するのよ。もう人生って喩えてもいいかも」
「えと、考えときます」

 妖夢は適当にごまかした。鈴仙は「そう……? でも行きたくなったらいつでも言ってね」と珍しく未練がまし気である。色々溜まってるんだろうなと、庭師はなんとなく察した。

「まあ、あんまり遊び回るのもどうかと思いますよ。疲れてるんでしょう?」
「無茶はしてないわよ。いいストレス解消になってるし。でもまあ、ここ一週間くらい疲れが抜けないのは確かね。頭痛も取れないし」
「やっぱり無理してるんじゃないですか。本当に大丈夫なんですか、薬とかは?」
「飲んではいるよ。でもいまいち効いてない感じがしてねぇ。だからこうやって適度に休んで、悪くならないようにしてるのよ」

 と見習い薬師は己の体調管理を誇る。妖夢からすれば色々と疑問を挟みたいところはあったが、続きを話している暇はなかった。団子の支度ができたのだ。

「あ、じゃあ私は先に行きますね。またいずれ」
「うん。また時間がある時にでも会いましょ」

 鈴仙と和やかに挨拶を交わし、妖夢は勘定口へ。応対に現れた初老の店員は、店の賑やかさにそぐわぬ暗い印象の女であった。いつもと同じ感覚で「繁盛してますね」とか「美味しいって話を聞いたんで」と話を振っても、気のない返事をされるだけ。一本調子の庭師は面食らってしまう。どうにかならないかと目を彷徨わせていると、すぐ近くに会話の糸口が寝転がっているのを見つけた。

「あ、猫飼ってるんですか」

 ぞんざいな手つきでお釣りを渡す店の女房も、この話題振りには思うところがあったのかもしれない。ずっと伏し目がちだった顔をようやく持ち上げてくれた。

「拾ったんですよ。三週間ばっかし前に」
「へえ。じゃあお店にとっては招き猫みたいなもんですね」

 と妖夢はすかさず言葉を継ぐ。さっきは混雑に紛れて気づかなかったが、確かにその猫は店の目立つ位置に鎮座していた。艶のある黒の毛並みは朱の座布団によく映えて、なかなかの貫禄を湛えてもいる。首輪に嵌め込まれているのは翡翠だろうか。妖夢の目からしても相当高価な物と窺えた。

「別に、そんな福の神めいたもんじゃないですよ。はい、毎度どうも」

 だが庭師の他愛ない軽口は、この老いた店の女にとってどこか癇に障るものだったらしい。いっそうぶっきらぼうな口調で会話を断ち切られる。何か気分を害するようなことを自分は言っただろうかと、すっかり当惑してしまう妖夢。半ば強引に渡された団子包みを手に、釈然としない表情のまま彼女は店を後にした。
 そんな妖夢の背を見送った鈴仙も、そろそろ席を立つ頃合であった。彼女とて、茶店でだらだら長居できるほど暇でない。茶を飲み干し、勘定口へと向かう。

「すみません、お勘定お願いしまーす」

 が、再び給仕に走った女が戻ってくる様子はない。鈴仙の相手をしてくれるのは大あくびをする黒猫だけ。初めは店の忙しさに配慮を見せていた彼女だったが、さすがに耐え切れずもう一度声を張り上げた。

「すみませーん。お愛想お願いしたいんですけど―」

 ようやく声が届いたのか、奥からのっそり男が出てきた。だがすみませんの一言もない。鈴仙は憮然とした面持ちで代金を払う。そんな無愛想な店主の思わぬ豹変っぷりを、直後彼女は目のあたりにすることになる。

「ああ、これはこれは。ようこそいらっしゃいました」

 釣り銭を渡そうとした男が、突如入口の方へ愛想を振ったのである。暖簾をくぐり入ってきたのは青空のような色を纏った女。鈴仙の記憶に無い顔であった。柔和な、だが底冷えするような笑みを浮かべ、ゆっくりと勘定口へ迫ってくる。むせ返るほどの艶、甘ったるい香り――鈴仙も思わず目を奪われてしまう。
 一方の店主はにわかに迅速な動きを見せた。手にあった釣り銭を放り投げるように鈴仙へ手渡すと、新たな客へすり寄り深々頭を下げる。相手もにこりと笑みで応えた。

「今日も繁盛していらっしゃいますようで。席は空いております?」
「ええもちろん。ささ、あちらです。おかげさまで客も増えまして――」

 丁重にもてなされる女。煽りを食って放置された鈴仙は、ぼんやりと、催眠術でも掛けられたかのように立ち尽くしていた。だが刹那はっと我に返る。たちまち頭に血が上った。

「何よあれ……!」

 手にあった釣り銭を握りしめ、彼女は憤懣やるかたない足取りで団子屋を出ていったのであった。






宴会ではいっつも人間ばっか相手にして話しているわね。
人間に憧れているのかしら? それとも、自分より強い者には余り関わりたくないのかしら?
でも、その人間が一番怖い事に気が付いていない。不憫よねぇ
        ――東方萃夢想:伊吹萃香







 それからまた七日ほどが過ぎた。宴会の日取りは依然決まらぬまま、彼女たちはそれぞれの務めをこなす毎日を送っていた。
 とはいっても各々の交渉役を担うことも多い彼女たちだ。仕事の縁で顔を合わせることも少なくない。星が命蓮寺の門前で燐と落ち合ったのは、まさしくその一例と言えた。

「これはこれは。遠いところからご苦労様です」
「んな頭下げられるほど遠かないよ。んじゃこれ、少ないけどお布施ねー」

 ざっくばらんな挨拶の後、燐はさっそく布に包まれた鉱石を差し出す。星は丁重に一礼して受け取った。

「ではこちらが今月分の写経になります。どうですか、こいしさんのご様子は?」
「どうなんだろねー。念仏唱えたりとか、一応それっぽいことしてる気配はあるんだよ。ただあたいやさとり様が覗こうとすっと、すーぐ姿くらましちゃうのよ。恥ずかしいんかね。おくうが言うには、そこそこ楽しそうにやってるっぽいんだけどさ」
「なら構いませんよ。焦らず、徐々にで良いのです」

 果たして何の気まぐれか、地霊殿の妹君が在家として命蓮寺に入門することになったのはつい先日のこと。もっとも当の古明地こいしときたら相変わらずの放浪暮らしであったから、寺の者はおろか姉でさえその居所は掴めないという有様だった。なのでペットの燐が仕方なく連絡係を代行しているわけだ。
 燐からしてもここは死体の宝庫だし、ぬえ一輪村紗とは彼女たちが下で暮らしてた時からの顔馴染み、話し相手にも困らない。あんまりに居心地が良くて、こいしの一件がある前からここへは頻繁に顔を出すようになっていた。一度ふざけ半分で入門を願い出たこともあったほど。
 星と知己を得たのもそんな命蓮寺通いが縁である。星の方もこの火車のことはそれなりに信頼しているらしい。墓場に突如湧いてでたキョンシーの調査を燐に依頼したのも、この毘沙門天の代理だった。
 受け取った経典を猫車に載せて、燐はううんと伸びをする。これでお使いも無事完了。さあ帰るかと一歩踏み出しかけたところで、星に呼び止められた。

「そういえば、例の宴会について何か聞いていたりしますか?」
「ん、あーあれ?」燐も気がかりだったのか、ピンと耳を立てた。「うんにゃ。あたいもここんとこは全然知らせ受けてないよ」
「そうですか。やはり難渋しているのですかね……」

 と嘆息を漏らしたのは虎の僧侶。燐は急旋回で踵を返すと、下世話さ全開で相手の元へ。

「なになに? なんか面白いことになってんの?」
「五日ほど前に早苗さんから再度伺った話では、布都さんがまだ参加を渋っているらしいのです。繰り返し説得に当たってはいるそうなのですが……」
「えっと、布都ってあの喧嘩っ早いお姉さんだっけ。ふーん。そんなに酒呑むの嫌かねぇ」
「どうもあの方は妖怪をひどく疎んでいるようでして」

 星は案じ顔だ。対称的に燐は愉快そう。軽らかな身のこなしで駒のように一回転する。

「ま、そりゃ仕方ないんじゃない? だってあたいら妖怪なんだから。畏れられてナンボよ」
「うーん。ただ、果たしてそれが今の幻想郷にそぐう在り方かと考えますと、心配になってしまうのですよ。彼女もあれでは辛かろうと」
「さっき自分で言ったじゃんか。んな焦るこたぁないよ。あたいら下のもんだって、上がこんなふうになってるって知ったのつい最近だよ? あっちにもおんなじように掟だ何だって屁理屈垂れて上と関わりたがんない奴ぁウジャウジャいるしー」

 燐の語り口は揺るがない。その軽薄で、かつ自信に満ち満ちた振舞いに星は感服してしまう。ある種の矜持が垣間見えたのだ。学ぶべきことばかりだなと星は自戒する。
 そのまま帰途に着こうとする燐を、星は里の出口まで見送ることにした。茜に色づきだした路地を、猫と虎は並んで歩く。猫車が砂利道に跳ねる音をバックに、二人の会話は自然と弾んだ。

「そんなお燐さんこそ大丈夫なのですか? 地上の者と宴を催すなど、それこそ口うるさい者達からしたら見過ごせぬ行いでしょう」
「だいじょーぶだいじょーぶ。んまぁ確かにさとり様はあんまいい顔してなかったけど、基本あたいらって放し飼いだからねー。やることさえきちんとやっときゃ、いつでも抜け出せるっしょ」
「そういうものなのですか。最低限主人には許可を得た方がよいと思うんですが」
「気にしない気にしない。っていうか、星お姉さんがベロンベロンに酔っ払って暴れっとこ絶対見たいからねー。おくうを質に入れてでも駆けつけるよ!」
「なっ、何ですかそれ。そんな暴れるだなんて」

 星はぎょっと目を剥いた。お燐は「まーた謙遜しちゃってぇ」と肩を小突く。

「一輪が下にいた時、散々っぱら聞かされたもんだよ。寅丸星の大虎武勇伝の数々! 一緒に宴会やるって話になってから、あたい超楽しみにしてんだから」
「たはは。これは参ったなぁ……」

 頭を掻く星。とはいってもその表情に深刻さはない。彼女も単にからかわれているだけだと承知しているのだろう。
 歓談を続けながら、路地を抜け大通りへ。日暮れ前、やや暑さが抜けた往来は帰り路を急ぐ人でいっそう忙しない。その合間をすいすいと進む燐。正に猫といった身のこなしを見て、星は思い出したように呟いた。

「そうか……お燐さんに相談すればいいのかな」
「ん、なんだい?」と耳聡く振り向いた燐。「またキョンシーかなんか出た?」
「いえ、そうじゃありません。実はですね、ここ二、三ヶ月里ほどの間、里にいた猫が妙に減っているそうでして」
「猫なんざどっか行っちゃうのが仕事みたいなもんだよ。そのうちぴょこっと出てくんじゃない?」
「確かにそうなんですが、飼い猫や長屋に住み着いていた猫まで揃って行方不明となれば、少々気にもなるでしょう。今朝もその件で壇家の方から猫探しの相談を受けていまして」
「そんなことまでやってんのかい? 大変だねぇお寺って」燐は首をすくめた。「ならお姉さんの部下に頼みゃいいじゃん。ほら、あのネズミ」
「ええ。もちろんナズーリンにはお願いしてみたんですが、『ご主人は私に猫を探せというのかい?』と凄い不機嫌そうな顔で言われてしまいまして、あれだと多分探してくれないでしょう……」
「お姉さんって、よくそれで寺のご本尊代理やってるよねぇ……」

 燐は天を仰いだ。溜息が薄暮に溶ける。

「んまあ、別に手伝うのは構やしないけど、でもあたい普通の化け猫じゃないからさー、そこらへんの猫使役してどうとか出来ないからね。あくまで怨霊が専門なんで。んだからあんま期待しないでおくれよ」
「そんな、助かります。もし何かわかったら教えて下さいな」

 星は改めて頭を下げる。顔を上げると、さっきまで縦横無尽に動き回っていた猫が棒立ちのまま、明後日の方を見つめていた。何事かと彼女も視線を同じ方へ。雑踏の向こう側、夕暮れに溶けてしまいそうな仄暗い一角に、一軒の団子屋が見えた。

「ありゃりゃ、また閑古鳥に逆戻りなのかな?」

 と言い残し、燐はその店へとことこ駆けていく。見慣れぬ店の前に残された星は、一瞬ここが通りのどこら辺りなのか判らなくなった。燐との話に夢中だったこともあるのかもしれない。周囲をぐるりと見回す。ちょうど真後ろ、団子屋と向かい合う位置には、先だって布都や早苗と行った蕎麦屋がある。それでようやく彼女も今いる場所が特定できた。ひと安心し、燐の後を追う。店の扉には「しばらくお休みします」と書かれた紙が貼ってあった。
 貼り紙の前で小首を傾げる燐へ、星は「知っているお店ですか?」と問いかける。問われた方は慌てて「あ、ああうん」と生返事。とつとつと続ける。

「いや、一回行っただけだったんだけど、こないだ前通ったらびっくりするくらい客が増えててさ。何があったんだろーって気になってたんだよ」
「そういえば先日あちらの蕎麦屋さんへ行った時も、人だかりができてましたね、確か」
「お姉さんも見た? ありゃ凄かったよねぇ。でももうちょっと前に行った時はほんとガラガラだったんだよ。そりゃもう目も当てらんないくらい。だから今度また行ってみよって思ってたんだけど……」

 再びうーむと唸る燐。事情をよく知らぬ星も、寂しげな雰囲気を醸し出す貼り紙には何か感じ入るものがあった。

「――ちょっとすみません、通してもらって宜しいでしょうか」

 と、ぼんやり突っ立っていたところで声を掛けられる。音源は後ろ。星が振り返った先に立っていたのは、蕎麦屋の看板娘であった。
 こんばんはと挨拶する星に、娘も「あ、お久しぶりです寅丸様」と返事をする。だがそれ以上の会話は叶わなかった。もう一つ後ろから轟いた怒号のためである。

「何をしておる貴様ら!?」

 布都であった。小さな肩を精一杯怒らせながら、星と燐がいる方へ詰め寄ってくる。

「獣が徒党を組んで、さてはまた良からぬ企みか?」
「いや、『また』と言われましても、そもそも企みごとなど一度も――」
「ねえそっちのお姉さん」マイペースの燐は、布都と星を飛び越えて蕎麦屋の娘に問いを投げる。「この団子屋さん何かあったの? 閉まってるけど」
「ああはい。なんでもご主人が突然体を壊してしまわれたらしいのです。最近は大変お忙しかったので、無理が嵩んだのかもしれません」

 燐はふーんと一言。一応疑問は解けたのか戸口から下がる。入れ替わるように蕎麦屋の娘が扉の前へ進む。手には風呂敷包みがあった。それを見て「なるほど。それでお見舞いにいらしたというわけですね」と得心したのは星。沈痛な面持ちを浮かべるのが精一杯の娘に代わって、布都が口を開く。こちらの道教徒はこれ以上ないくらい得気げな顔をしていた。

「わかったか下郎ども。この娘は向かいの同業者の不幸を気遣って、こうして見舞いに参ったわけだ。これが人の行いというもの。見上げたものよ。貴様ら妖には――」
「ええ、確かに立派なことだと思います。私もちょうど今そう言おうと思っていたところでした」

 だが、肝心な所――妖怪を貶もうとした部分――で台詞を掠め取られてしまった。布都はたちまち憮然とする。口を挟んだ当人である星は、そんな相手の心持ちなど知る由もない。暗い面持ちをした娘を元気づけようと、あれやこれやと言葉を投げかけていた。横で聞いていた布都からしても、それは至極真っ当な――自分が言おうとしていたのと同じ――助言であったから、揚げ足も取りづらい。あれこれと躊躇しているうちに、蕎麦屋の娘は星達に一礼して団子屋の中へ入って行ってしまった。

「いつまでそこに居座っているつもりか。貴様らはとっとと失せろ」

 ようやく主導権を取り戻せると、布都は娘を見送っていた星達へ罵声を飛ばす。落ち着きを取り戻したかにみえた場に、またきな臭い空気が立ち込め出した。だが意に介しない者が一匹。

「ところでさ、ちっこいお姉さん。宴会行きたくないってまーだ渋ってるってホント?」

 燐である。目まぐるしく興味の対象を変える彼女にとって、向けられた敵意など無いも同じ。額を突き合せんばかりに顔を寄せる。

「宴など別に貴様らで勝手にやればよかろうが。我は行かん」
「それは良くありません」今度は星が声を上げた。「こういう機会は、得ようと思ってもなかなか得られないものですよ。それに貴女だけ来ないのでは片手落ちではありませんか」
「ええい黙らんか!! さっきからしたり顔で偉そうに。大体な、我が行ったところでどうなるというのだ? 貴様らにはどうでもよいことだろうが!」
「早苗さんが悲しみます」

 抑えた言い方ながらも、口調には並々ならぬ力があった。布都の顔が圧し曲がる。

「絶対に七人揃った状態でやるんだと、先日会った時も言ってましたよ。あの方は好き勝手に楽しんでいるように見えて、根は大変真面目な人ですから。ご存知ですよね? 早苗さんは外から来た身、この地に馴染もうと必死なのですよ。新顔である私や布都さんと同じく、いやきっとそれ以上に。だからこそ早苗さんも貴女のことを見捨ててはおけないのでしょう。応えてあげなさい。早苗さんは人間です。私達を疎むあまり人の思いをないがしろにするのでは、本末転倒ではありませんか?」

 星はよどみなく言い切った。彼女は今回の宴会に娯楽以上の意味を見出していたのだろう。単にみんなと騒ぎたいだけの燐も「そうだよお姉さん」と乗っかった。布都はまた反論できない。代わりにさっきからじゃれついてくる燐に噛み付く。もはやただの八つ当たりでしかなかった。

「ええい寄るな下衆が! べたべたと、薄気味悪い!」
「あぁんいけずぅ」と言ってひらりと宙返り。「いいじゃん一緒に遊ぼうよー。ね? あたいも宴会ん時お姉さんにはちょっかい出さないって約束しちゃうからさぁ」

 そんな化け猫を布都は何度も振り払う。燐もめげずになだめすかそうとする。見かねた星が双方を諌めようとしたが焼け石に水。傍から見れば滑稽なやり取りに、自然と見物人も寄ってくる。布都からしたら必死。何度も襲い掛かってくる妖怪へ、悲鳴にも似た声で叫んだ。

「いい加減にしろ!! 嫌だと言っておるのが判らぬのか!」
「そうそう! 嫌なんでしょ? だからなんだよ。だからあたいめっちゃ好きなの、お姉さんのこと」

 燐は恍惚と身をくねらす。肩で息をする布都へぬるりと身を寄せ、愛嬌たっぷりに囁きかけた。

「だってそれが妖怪だもん。誰からも嫌われて、疎まれて、恐れられる。けど最近は本気でそう思ってくれる人間が減ってきちゃってねぇ。しゃあないから結界張って、仕舞いにゃ地底暮らしときたもんだ。あたいら妖怪からしたら、お姉さんみたいな逸材にはいくら感謝してもしきれないのさ。だ・か・ら――」

 尸解仙の眼前にスペルカードを3枚差し出す。いつだかと同じ展開に群衆はざわつき出す。火車は心底愉快そうだった。

「ここは"妖怪退治"っしょ。やっぱさ。ねぇ?」
「なりませんよ。里で決闘事はいけません」

 星がすかさず止めに入った。穏やかで、しかし威厳を感じさせるその口ぶり。燐は何くわぬ顔で布都から身を剥がす。

「もちわかってるよ。ここじゃなくて別の場所でってこと。お姉さんのお寺とかどうよ。あそこなら問題ないっしょ?」
「……ええ、それなら構いませんが」

 星もあっさり引き下がる。危険はないと知った群衆は、むしろ弾幕ごっこが始まると色めきだっているようだ。燐もぴょんぴょん跳ね回っている。
 だから一連の流れに取り残されていたのは布都だけ。トントン拍子で決まった妖怪調伏に、勇猛な言葉を吐く余裕すらなかった。里の人間は盛り上がる一方。どこから湧いてきたのか、賭けもちらほら始まったらしい。あっけにとられる尸解仙へ、火車は笑みを投げる。艶やかで、意地の悪い嘲笑を。

「あれあれ、もしかして怖気づいちゃった?」

 確かに燐は妖怪らしい妖怪であった。慄く者をからかって遊ぶのが大好きな。飛んできた挑発に、布都もようやく己を取り戻す。

「ぬかせ化け物が! とうとう本性を現しおったな。来い! 叩き潰してくれるわ!!」
「いいねえいいねえ。そうこなくっちゃ!」ぱんと手を合わせた燐は、芝居臭く咳払いを挟む。「んじゃ、一応確認だけしとこうね。お姉さんが勝ったらあたいはもう金輪際里の敷居は跨がない。誓うよ。でもあたいが勝ったら、お姉さんは宴会に参加する。それでいいよね?」

 そしてウインクを投げてくる。布都は今更ながら相手の狙いに気づく。だとしても遅すぎた。人垣はもはや彼女が退くことを許してはくれない。布都は初めて体感することになったわけだ。この地で妖怪退治が――即ち弾幕遊びが――どういう意味を持っているかを。



 *



 結果からいえば、布都の完敗であった。場所を命蓮寺に移し始まった弾幕ごっこ、燐は開始早々【「死灰複燃」】を繰り出してきた。布都はいきなりゾンビフェアリーの一団に追い立てられる羽目になったのである。多対一の戦いなど一切想定していなかったこの尸解仙は、大きく出鼻を挫かれてしまう。
 なんとか【天符「天の磐船よ天に昇れ」】の特攻でゾンビを蹴散らし、さあ次はいよいよ本体をと思ったところで、相手は猫に姿を変えた。これまたスペルカードバトルに不慣れな布都の頭に全くなかった奇襲。すっかり標的を見失っているうちに背後を取られ、【猫符「キャッツウォーク」】で良いように翻弄された。結局ほとんど攻撃らしい攻撃をさせてもらえぬまま、布都は針弾の釣瓶撃ちを食らったわけである。
 二分と経たず人生の負け犬となり、どれだけ笑い物にされるかと身をすくめていた布都だったが、当事者の燐は「また遊ぼうねー」とだけ言い残し満足顔で去っていった。それは星も同じ。ただ一言「惜しかったですね」と労われただけ。見物人も十分堪能したらしい。落胆の声はほとんど無かった。そんな反応を思い出す度、布都は負けたこと以上の恥辱に刻まれた。
 命蓮寺を後にし、今彼女は残照が遊ぶ路地を一人歩いている。とぼとぼと、蝉の鳴き声がやけに耳に残る。ところどころほつれた装束は、やけに重く感ぜられた。湧き上がる苛立ちを掻き消さんと、ちぎり捨てるような口調で呟く。

「……屠自古。居るのであろう。出てこんかい」
「なんだ、バレてたか」

 軽い嘲笑とともに姿を見せたのは蘇我屠自古。薄紫の空に浮かぶ緑の怨霊は、なかなかに薄気味悪い。

「楽しく観させてもらったぜ、物部氏の"妖魔調伏"。柏手(かしわで)を打ちたくなるくらいの見事な負けっぷりだったな」
「黙っとれ。治癒用の丹は持っとらんか」
「あるわけないだろ。あたしはお前みたいな仙人じゃないんだよ」

 布都は忌々しげに屠自古を一瞥する。相手は薄笑いで応じるばかり。

「ふん。相変わらず肝心な時に役に立たん奴よ」
「お前にゃ言われたくないね。つうかいい加減その突貫小僧みたいな性格どうにかしろよ。大して強くもないってのにさ。太子様にも言われたろ?」
「それこそ蘇我の連中には言われとうないわ。我はお前らみたいに喧嘩をふっかけるため里を練り歩いとるわけではない。我らの敵である妖を駆逐せんと奔走しとるだけぞ」
「見てる限りじゃ、里の奴らがウザがってんのはお前の方っぽかったがね」

 せせら笑う屠自古。反論する気力もなかったのか、布都は路端にどかりと腰を落とした。

「いちいち口の減らん奴め。喚び出すのではなかったな」
「アホ言え。うんざりしてんのはこっちだっての。こんなんじゃ笑い種にする気も萎えちまうよ。痛いだ痒いだと泣き言垂れるくらいなら、妖怪にでも傷舐めてもらうんだな」
「手当しようかと抜かしてきた妖ならおったよ。寺の連中だがな。あいつらの情けなどもらうくらいなら死んだ方がマシよ」
「その意見にゃ同感だ」軽く首をすくめ、屠自古はようやく浮き上がる。「丹ね、取ってきてやるよ。役立たずの仙人もどきの代わりにさ」

 最後まで嫌みをまき散らしながら、屠自古は飛び去っていった。布都は地べたに尻を付けたまま、見上げた入道雲は手の届かないくらい遠い。茜色の通りには、ちらほらと酒場の灯が点り出していた。盛り場の喧騒に人と妖の違いなどない。互いが当たり前のように酒を酌み交わしている。それは布都とてこの里で幾度なく目にしていたはずの光景だった。
 彼女も心のどこかでは解っていたのだろう――変わってしまったこと、変わらねばならないこと、変わろうと手を差し伸べてもらえていることに。でもできなかった。認めてしまうのが怖かったのかもしれない。屠自古に言われた「役立たず」という言葉がぐるぐると頭を巡る。腰はとても持ち上がりそうになかった。

「やっぱり布都さんですよね。何してるんですか?」

 唐突に上から声が落とされた。布都はのろのろと面を上げる。立っていたのは妖夢、怪訝そうな顔で傷だらけの知り合いを見ていた。そりゃ仕方なかろうと布都は腹の中で苦笑する。道の真ん中で腰を下ろして呆けてる奴がいたら、誰だって怪しく思う。

「いや、何でもないわ。すまぬな」
「とてもそんなふうには見えないんですが。大丈夫ですか、立てますか?」

 妖夢は布都の手を取って引っ張り上げる。ようやく体が動いてくれた。すまぬと一言告げて、伏し目の布都はスカートの土を叩く。いつもと違う素振りに、妖夢は正面から尋ねた。

「何かあったんですか? 元気無さそうに見えますけど」
「案ずるでない」言葉の中身にそぐわぬ声で布都は返す。「ちいと喧嘩で負けてな。それだけよ」
「また……妖怪とですか」

 困ったなあという心境を一切隠さず面に出す妖夢。布都は何だか毒気が抜かれてしまう。こちらの半人前は口を噤んだまま。無言の間は双方にとってやけに長く感ぜられた。

「布都さんは、そんなに嫌いですか? 妖怪とか化生とか……」

 ずっとなにか言いたげにもぞもぞしていた妖夢が最初に口にしたのは、そんな疑問であった。布都は一つ間を置いてから返事を零す。

「ああ。それが?」
「じゃあ、私も嫌いですか?」

 妖夢の問いかけは余りに直接的だった。それは彼女の心持ちそのもの。答える側は言葉を継げなかった。

「私も半分は幽霊ですから。幻想郷には結構いるんですよ。人とそうじゃない存在のハーフって。そういう人達のことも、嫌いなのかな、って……」

 それは言いながら言ったことを悔いている口調であった。布都は蚊の鳴くような声で「訳が判らんわ……」と呻くだけ。それすら何に答えたものなのか判然としない。

「布都さんは、復活してからどんな所へ行ってみましたか? 例えば山とか、湖とか、森、竹林……」

 新たに振り絞られた問いへ、布都は目をそらしたまま「行く気にならん」と一言。投げやりな態度にめげず、妖夢は続ける。

「ちょっと思ったんです。一回行って直に見てきたらいいんじゃないかなって。幻想郷にはいろんな場所があって、そこにはいろんな種族の方が住んでいます。一度会ってみたら、また違うんじゃないでしょうか。私も白玉楼を出て、いろんなことを見知りして……閻魔様には冥界の者らしくしろって叱られましたけど、でも全部が悪いことではなかったと思っています。だから……」

 布都はようやく眼差しを上げる。沈痛の仙人を自分のことのように背負い込む妖夢の姿があった。何とかせねばという義務感さえも見えたのである。

「だから今度一緒に遊びに行きませんか? 実は前に、鈴仙さんからライブに行こうって誘われてたんです。どうですか。私もよくは分からないんですが、いい気分転換になるかもしれませんよ。開放感がどうとか鈴仙さん言ってましたし」
「む、だが――」
「ええ。妖怪が演奏するライブです。当然妖怪や妖精もいっぱい来ます。でも人間も結構いるって鈴仙さん言ってました。私も同行しますから、だから実際に見てみませんか。そういう場所を」

 そこまで言い切り、妖夢は頭を下げた。布都からすれば、頭を下げられる道理はなかった。むしろ下げるべきは彼女自身であったろう。断る算段など思いつかなかった。

「妖夢殿がそこまで言うのなら……」
「よかった」妖夢はぱあっと表情を明るくする。「確か来週だったと思います。私も確認しておきますね。待ち合わせは……あのお蕎麦屋さんの前にしましょうか」



 *



 真夜中の店内に、初老の女は一人腰掛けていた。
 あの団子屋の女房だ。がらんどうの店は、今日も隅々まで掃除が行き届いている。されど光はない。時折月影が射すくらいのもの。明かりを灯す気力もなかった。
 どうして突然客が増えたのか、彼女自身今ひとつ分かりかねるところがあった。だとしても、商いに携わる者にとって繁盛すること以上の愉悦はない。ようやく報われたと、内心嬉しくてたまらなかった。旦那である店主が倒れたのは正にそんな時。受けた衝撃は今までの比ではなかった。やっとのことで光が見えかけた、その矢先だったのだから。

「失礼します」

 戸が動いた音はしなかった。女はぎょっと振り返る。暗がりに立っていたのは、鮮やかな青だった。

「こんな夜分に申し訳ありません」
「ああ、青娥様ですか……ようこそいらっしゃいました」

 立ち上がった女房は、客に椅子を勧める。青娥はまず持っていた包みを彼女へ差し出した。

「ご主人様のことは伺いました。本当に不幸なことで。心中お察しします」
「いえ、ありがとうございます」

 女は丁重に包みを受け取る。青娥は失礼にならない絶妙な加減で優しく微笑みかけた。

「ご主人様はどんなお具合ですか?」
「お陰様で、こないだ頂いた丹を飲ませてからは落ち着いてます。ただそれでも節々がまだ言うこと利かないみたいで……あれじゃ仕事どころか立つのもやっとですかね……」
「なるほど……承知しました。後で関節に効く丹を作って参りますね」
「ああ、色々とすみません……」
「いえいえ」

 ふふと表情を和らげる青娥に、真っ黒いものがまとわりついた。それはあの猫。どうやらすっかり彼女に懐いたらしく、顔を出す度に擦り寄ってくる。抱き上げる青娥。彼女の青に猫の黒は、不気味なほど映えた。
 すっかり昵懇の仲となっていた両名であったが、別に青娥が店のため何か積極的に事を起こしたわけではなかった。偶に来ては団子を買い、世間話を交わす――大抵はそんなものだ。それでも数少ない常連客、かつ話し相手であったから、女もこの仙女には感謝していた。
 あとは風水に基づいたとかいう開運グッズを何個かもらったりもした。猫がつけている翡翠入りの首輪なんかもそうだ。一応は受け取っていたものの、この女房はそういった品に対し冷めた目を向けていたところが正直あった。宗教家が物を売りつける常套手段だと警戒してもいたし、第一その手の物を端から信じていなかったのだ。彼女にはプライドがあった。自分の店が流行るのに神様や不思議な力は必要ない、団子の味だけで十分だという自負が。それをどこぞの神や仏のおかげとされるのは、自分達の努力を横から掠め取られる気がして、到底容認できなかったのである。
 それでも向かいの蕎麦屋に福の神が来た、なんて話が広まっていることもあって、客からいい加減な褒め言葉をもらうことも少なくない。その度に彼女の苛立ちは募った。どこか信心深いところがある彼女の夫あたりも本気で開運アイテムや猫のおかげと思い込んでいる節がある。それも彼女を不機嫌にさせる要因の一つだった。
 店の女は商い者の習慣として茶を淹れる。運ばれてきた湯のみに、青娥は芯から顔を綻ばせた。茶を啜る二人に特段会話はない。傷心の相手にはただ寄り添うことが一番の薬になることを、この仙人はよく弁えていた。

「あの包みは何ですの?」

 たっぷりと時間を取ってから、青娥はようやく口を開く。指差した先には風呂敷包み。ひどくぞんざいな扱いで、棚の隅に転がされている。しばしの沈黙を挟み、店の女房は心底嫌そうな口ぶりで答えを返した。

「向かいの蕎麦屋がさっき持ってきたんですよ。見舞いだって」
「まあ、心配されているのですね」
「どうだかね……」

 つい言葉に出てしまった。女はちらと青娥を窺い見る。変わらぬ柔和な面差しがそこにあった。自然と溜め込んでいたものが漏れ出す。

「大方見舞いにかこつけてせせら笑いに来たんじゃないですか。やっぱり元通りだ、閑古鳥がお前らにはお似合いだってね。前から気に食わなかったんですよ。いつもいい顔ばかりして……なんであんな奴らが。大した物作ってるわけでもないのにちやほやされて……そんでうちはいつも貧乏くじ引いてばっかり。福の神も毘沙門天も神社の巫女も、あっちには行くのにうちには一度だって来やしない。ほんと、なんであいつらばっかり……」

 譫言はそこで一旦途切れる。知らずうちに拳を握りしめていたことに、女は気付いた。もう一度青娥の方を盗み見る。睫毛を伏せ、神妙な表情で話に耳を傾けているふうだった。たちまち女の胸に後悔が広がる。いくら愚痴とはいえ、言った当人がうんざりしてしまう中身だったから。向かいの仙人はじっと黙ったまま。重苦しい時間がまたも続いた。

「別に恥と思うことはありませんよ」

 青娥はおもむろにそう告げた。真綿に包まれでもするかのような穏やかで優しい語り口に、女は思わず引きこまれてしまう。

「心が弱っている時は得てしてそういう考えに陥ってしまうものです。それを徒に恥じることはない。人としてごくごく自然な感情なのです。むしろ吐き出せる時は吐き出してしまった方が却って気が晴れることもあります」
「は、はい……」
「わたくしなぞでよければいくらでもぶつけて下さって構いませんよ。それで奥様の心が少しでも軽くなるのであれば、ね」

 と言って小さく頷きかけてくる。女はつられて頷き返してしまった。「ああ、長居が過ぎましたね」とやおら立ち上がった仙人、店の女房も見送ろうと後に従う。

「ふむ、やはり……だが――」

 戸へ伸びかけた青娥の手が、ぴたと動きを止めた。計ったようなやり方だった。

「ああすみません」振り返り、老いた女房に向かって眼尻を緩める。「言うか言うまいか迷っていたのですが、やはりお伝えしておくべきかと思いまして。此度の凶事を聞いて、今一度風水の観点からおたくの気脈を調べ直してみたのです。こちらへお伺いする前に。そうしたら、どうもあちらの方角から邪気が流れ込んでいるようなのですよ。そう、お向かいから」

 青娥はすっと戸を、その先に建つ蕎麦屋を指で差し示す。女の視線が吸い寄せられるようにその方へ誘(いざな)われる。

「もちろんお向かいに直接の原因があると、わたくしから断言することはできません。あくまで方位の話ですから。ただもし本当に向かいの店とそりが合わぬのならば、何か関連があるのかもしれませんね。よくあるのですよ。近所の諍いを詳しく探ってみると、個人の問題ではなく、風水的な相性の善し悪しに原因があった、ということが。実は先ほども奥様のお話を伺いながら、その可能性に思いを巡らせていた次第でして。
 そこで、どうでしょう。わたくしの知る仙術に、人と人との縁を断つことで気の流れが互いに干渉し合うのを防ぐといった術があります。いえ、そんな大それたものではありません。誰にでもできる、ごくごく簡単なおまじないのようなものです。言うならば単なる気休めのようなもの。ただ、気休めだからといって無意味というわけでもありません。まじないが持つ一番の効果とは、術者自身の心持ちを変えること。今大事なのは、奥様自身の鬱いだ気持ちを少しでも和らげることなのですから。なんなら一度ご主人様とご相談なさってみては如何でしょうか、ふふっ」






人を襲わない妖怪は妖怪ではないので、どこかで人を襲っているはずである。
          ――東方求聞史紀:八雲紫の項







 早いものでそれから七日が経った。約束したライブの日である。布都はやや遅れて蕎麦屋に到着した。どうにも足が重かったのだ。待ち合わせの場所には既に妖夢と鈴仙がいる。

「こんにちは布都さん。ようこそ」

 手を振って出迎える妖夢。どこかホッとした表情に見えた。横の鈴仙はといえば、なんとも微妙な面持ちをしている。一応仲良くしたいと思っては来たのだろう、遅れてきた待ち合わせ相手に笑いかけてはみるものの、生来の無愛想が災いして不自然さがいっそう際立つ。おまけに「こんちは、ほんとに来たんだね」と不躾なことまで滑らす始末であった。
 一方の布都もぎくしゃくしている。彼女も出掛け前に今日は穏便にいくぞと、決意しては来たのだ。「すまぬな。ちと遅れてしまった」と謝ろうとしたが、声がひっくり返って何を言っているのかよく判らない。締まらない場をどうにか盛り立てようと、妖夢が動く。

「そんなことないですよ。実は早苗さんも来るそうで。ね、鈴仙さん?」
「ああ、うん」妖夢から話を振られて、鈴仙の口調から若干ぎこちなさが抜ける。「こないだ鳥獣伎楽の話したら、すごく乗ってきてね。ヴィシャスがどうとかピストルが何とか言ってたけど、外の話っぽくてよく解んなかった」
「だそうなんです。だから早苗さんが来るのを待ってましょうか。三人で」

 言われるまま、布都は輪に押し込まれる。どうにか鈴仙の隣に陣取ってみたが、会話はおろか視線すら合わせられない。鈴仙もこれではいけないと思ったのだろう。そっぽを向いたまま「あんたも、こういうの興味あったんだね」と話を振る真似事をする。布都はぎくりと肩を震わせた。話しかけられたはいいものの、敵意以外に何を返せばいいか判らなかったのである。咄嗟に妖夢の背中に隠れる。ちらちら顔を出したり引っ込めたりしながら、やっと届くかという声で答えた。

「……我はよう知らん。妖夢殿から誘われただけだからの……」

 布都なりに精一杯努力した結果であった。子どもみたいな振る舞いに、鈴仙はこらえきれず噴き出してしまう。短気な道教徒はさっと顔を赤らめる。

「ええい馬鹿にするでない! この――」
「はいはい。今日は仲良く行きましょう」

 妖夢の方も必死で緩衝役を務めていた。布都はすぐ拳を引っ込める。そしてまた小さな庭師の後ろへ。鈴仙もなにか言う気が失せてしまう。
 奇妙な膠着状態はそのまま続いた。布都は妖夢の背後に籠城したまま、あとは時たま口の中で唸り声を上げるくらい。鈴仙も話しかけてみようと思いはすれど、こちらも負けじと人見知りする性格、中々タイミングを掴めずにいた。妖夢も徒に神経をすり減らすだけの時間が続く。誰もが早苗の到着を待ちわびていた。

「あれ、みなさんここで何を?」

 だがやって来たのは早苗以上に場を荒らしかねない人物だった。妖夢も鈴仙も「何故ここで貴女?」と思わず頭を抱えたほど。暢気な佇まいをした星は、変わった取り合わせを見つけてのこのこ近づいてきた。

「いえ! ちょっと人を待ってまして」

 咄嗟に口を開いた妖夢、背後の布都へちらちら意識を遣りながら懸命にごまかそうとする。鈴仙も無意識に追従した。挨拶をする体で星の進路を塞いだのだ。そんな努力を向こうは察してくれない。誰を待っているのかと、至極当然のことを訊いてきた。

「んと……それよりあんたは何しているの?」

 鈴仙は無理やり話をそらした。星は鷹揚に返す。

「ああ、実はですね、今度命蓮寺で大きな法事を執り行うことになりまして。そこで弔問客のお昼に蕎麦でも取ろうかと思い、ご相談に参ったのですが……」と星は蕎麦屋の方へ目を向ける。「どうやら今日はお休みみたいですね」

 確かに入り口には「本日休業」の札が掛けられていた。妖夢と鈴仙の注意も自然と店の方へ向かう。「今日はずっとこうでしたか?」と尋ねた星に、鈴仙はここ二、三日ずっと休みが続いていたことを伝えた。薬売りの仕事で毎日この蕎麦屋の前を通っていたので、よく覚えていたのだ。この店には珍しい連休に、何があったかとめいめいが首をひねる。
 その隙を布都が突いた。星の登場以来、いっそう体を強張らせて庭師に張り付いていた彼女であったが、贔屓の店が三日続けて休んでいると知り、居ても立ってもいられなかった。背中から飛び出し、戸をどんどんと叩き出す。反動で戸に掛けてあった蓋が跳ね、引き戸が軋む。それまで大人しかった彼女の思わぬ行動に、鈴仙が止めに入る。

「ちょっと、あんたやめなさいって!」
「布都さんいたんですか?」

 素っ頓狂な声を上げる命蓮寺の僧侶。布都は一切取り合わず扉へ向かって呼びかけ続ける。妖夢と鈴仙がその肩を掴み、無理やり戸口から引き剥がす。まるで布都が退くのを待っていたかのように、その直後戸が開いた。

「すみません。今日はお休みでして……」
「おお、お主。無事であったか」

 顔を覗かせたのはあの看板娘である。だが無事という布都の言葉には若干語弊があった。指に包帯を巻いていたのだ。バツが悪い思いをしていた尸解仙の横で、どうしたのかと星が問いかけた。

「あ、これですか」娘は慌てて笑顔を造り直す。「お恥ずかしいことです。今朝お茶碗を洗っていたら指を切ってしまって」

 うかつなことを口にしてしまった布都は、その説明を聞いてすぐさま詫びた。娘は気にしないでと相手をなだめる。気まずい空気は一応晴れたものの、布都の気がかりは拭えていなかった。真剣な面持ちで休んでいる理由を問いただす。これには周りから再度咎める声が上がったが、彼女は一顧だにしなかった。娘も圧されたか、布都達をそっと中に招き入れた。外では話しづらいのだろう。
 この看板娘に似合わぬ素振りを不審に思ったのは、常連の仙人だけではなかったらしい。店に入ってまず口を開いたのは妖夢であった。

「何かあったのですか?」
「いえ、大したことではないんです。ただ、ちょっと立て続けに起こったもので……」
「溜め込んで欝いでしまうのは良くありませんよ。話せるのならば話した方が気も晴れます。だから私達を店に入れたのでしょう?」

 と星は冷静に説く。その言葉が効いたのか、娘もようやく重い口を開いた。

「一昨日、うちで蕎麦を打っていた者が足の骨を折りまして。階段で転んだそうなのですが」
「なるほど。それで店が開けなかったわけですね」
「いえ、蕎麦を打てる者は他にもおります。ただ、そちらも一昨日からずっと体調が悪く、おまけに昨日は調理場で火が……」
「なんと。それでどうなったのだ」
「幸い小火(ぼや)ですみました。ただ、しばらくは営業できそうになくて……」

 それは聞いているだけで辛さを覚えてしまう声だった。娘はまた顔を伏せてしまう。布都も妖夢も掛ける言葉が見当たらず、沈んだ様子で突っ立っていた。星は娘の肩にそっと手を当て、諭しかける。

「なるほど。よく話して下さいました。そうも不幸が続けば、誰とて落ち込みもします。だからといってあまり悪い方にばかり捉えてもよくありません。ここの所ずっとお忙しかったのでしょう。少し休めと言われているとでも考えて、ゆっくりなさいな。貴女がそんな暗い様子では、運も帰ってきませんよ」

 そして布都の方に振り返って、こんなことを提案した。

「そうです。布都さん、貴女風水にお詳しいのですよね。何か気脈を変えるようなまじないでも施してあげては如何です?」
「わ、我がか?」急に星から話を振られて、布都は心底驚いた様子であった。
「ええ。私の利益(りやく)はあいにく金運の方ばかりに偏っておりまして。運気そのものに関しては道教がずっと進んでいるのでは?」

 布都はまた返事に窮する。悪くない案だと心の中で思わず膝を打ってしまったからだ。確かに自分が娘に今できる一番の功徳に違いなかった。だからこそ気が引けた。それを仇敵である仏教徒から提案されたという事実が、どうしようもなく受け入れがたかったのである。「それなら……早苗殿でも」とごにょごにょ返した尸解仙に、「じゃあお二人同時にやってもらいましょう。効果も二倍です」と破顔する仏僧。それで話はついてしまった。蕎麦屋の娘は二人の心遣いにひどく恐縮しているふうだ。星はそっと笑うだけ。とても和やかなやり取りに、布都はたまらない疎外感を覚えた。
 妖夢は彼女らのやり取りを晴れ晴れとした気持ちで見ていた。布都が喧嘩腰になることなく、星の提案に乗ってくれたからである。喜びをわかちあいという一心から、さっきから大人しかった鈴仙の方を振り向く。彼女は椅子の上で頭を抑えうなだれていた。

「どうしました鈴仙さん?」
「ああ、ごめん……ちょっと目眩が……」

 今度は一同の視線がこの玉兎へ向かう。確かに呼吸は浅く、顔色も良くない。「閉め切っていたせいかもしれません」と店の娘はせかせか窓を開けだした。星も勝手口から水の入ったコップを持ってくる。

「平気よ。最近多いの。少し座ってたらよくなるから……」
「なら言って下さいよ。そういうことなら無理させなかったのに。手持ちの薬とかないんですか?」

 横では妖夢が甲斐甲斐しく声を掛けている。この流れでも一人蚊帳の外だった布都、居場所を求めるように側にあった椅子へ腰を落とす。視線が下がって、動き回る彼らがまたいっそう遠く感じた。遣り場のない目をうろつかせていると、鈴仙のいた卓の隣、その下に見慣れないものを見つけた。

「おうお主、あそこにあるあれは何ぞ?」

 窓を開け終わり、店の真ん中へ戻ってきた娘に尋ねてみる。彼女も不思議そうな顔をして、布都が指差した先を覗き込む。

「何でしょう? 私も今の今まで気づきませんでした」

 布都は駆け寄る。そこは店の一番隅、角に面したテーブルの下であった。目立たぬ場所に置かれていたそれを引っ張りだす。鞄であった。

「忘れ物ですかね?」

 娘も見覚えがないらしい。あまり大きくない、古ぼけた革製の肩掛け鞄のようだ。布都は腰掛けていた席に戻り、持ってきた鞄をテーブルに載せた。他の者の注意も自然と彼女の方へ集まる。鈴仙へ濡れ布巾を運んできた星と入れ替わる形で、妖夢が近寄ってきた。

「どうしたんですか?」
「ああ、いやたいしたことではない。忘れ物のようでな。それよりあの兎は大事ないのか?」
「はい。少し落ち着いたみたいですよ」

 妖夢はたちまち表情を明るくした。この尸解仙が妖怪に対する心配を口にするとは思っていなかったからだ。鞄の外面に手がかりがないか探る布都に、彼女は今の気持ちそのまま体を寄せると、

「開けてみたらどうですか?」

 こう提案した。それが一番手っ取り早いのは確かだ。ただ鞄を手にとった時から、布都にはどうしてか開けることを躊躇う気持ちがあった。庭師の言葉に背中を押されでもしたかのように、彼女は意を決して留め金を外す。

「……何も入ってないみたいですね」

 横から覗き込んだ娘の言う通りであった。ぱっと見中はがらんどう。布都が奥をまさぐると、ようやく何かが出てきた。それは手のひらに乗るくらいの小箱。入っていた鞄と同じく古ぼけた見た目をして、目立つといえば十字に固く結わえられた紐くらいのもの。

「むう。これだけか。貴重品の類もないの」
「忘れ物にしても変わってますね。……どうしましょう?」

 娘は案じ顔だ。これ以上調べられることといえば、目の前の小箱を開けてみるくらいだろう。だが布都には鞄を開く以上の抵抗感があった。一方でここまで来て引けないという思いもある。忘れ物の片付け一つ出来ない自分は、屠自古の言う通り「役立たず」でしかないのではないか――と。
 逡巡していた布都に代わって、手を伸ばした者がいた。蕎麦屋の娘だ。このままでは埒が明かないと思ったのか、小箱を引き寄せ、紐に手を掛ける。

「開けちゃ……だめ……」

 張り裂けそうな声。鈴仙だった。星を押しのけ、ふらふらと立ち上がる。だが遅かった。吐き気をこらえるのがやっとの彼女に大声は出せなかった。
 紐が解ける。そして"中身"が漏れた。

「ぐっ――!」
「しまっ――」

 同時に叫んだのは星と布都だった。強烈な腐臭に道教徒はたまらず一歩退き、仏徒は危険を察知し駆け寄る。二人の慌てぶりにびっくりした娘、その手から箱が滑り落ちた。

「まずい!」
「お嬢さん離れて!!」

 星はまず何にも先んじて蕎麦屋の娘をかばった。手にあった紐を払い、当惑する彼女を店の隅に押しやる。と、落下の弾みで箱の蓋が外れた。いっそう不快な匂いが鼻を突く。死臭には慣れているはずの妖夢も耐え切れず口を手で覆った。

「いかん、逃がしてはならぬ!!」

 布都の絶叫。その願いは叶わない。開いた箱からずるりと這い出てきたのは一匹の蜘蛛。布都は見た瞬間顔を背けた。まともに見るのは憚れるほどの呪念、それが幾重にも込められていたから。

「やはりそうかっ!」
「誰か、早く……」

 鈴仙の言葉より一手早く、妖夢が翔んだ。楼観剣を抜き、物陰へ逃げ込もうとする蜘蛛目掛け真上から刃を落とす。真っ二つになったそれは、どす黒い汁といっそうの悪臭をまき散らす。あまりの穢れに鈴仙は嘔吐してしまった。

「鈴仙さん!?」
「!? 妖夢殿、まだだっ、まだ生きておるぞっ!」

 信じがたいことだった。二つに別れた蜘蛛は、しかしそれぞれが別の意思を持つかのようにもぞもぞと這いずりだした。妖夢は再び切り込もうとする。だがあまりの腐臭に、まともに構えを取ることすらままならない。

「どきなさい!!」

 閃光が走った。まっすぐ伸びた一撃が、蜘蛛と周りの穢れをまとめて焼き尽くし、浄化する。眩む光源、その奥に布都がうっすら見たのは、宝塔を掲げた星の姿だった。
 部屋いっぱいに広がった光がゆっくりと溶けていく。蟲を滅殺しえても、誰もが息ひとつ吐こうとしない。それほど一連の騒乱は彼女たちを動揺させていた。未だ立ち込める悪臭、その帳を破り最初に動いたのは、やはり命蓮寺の僧だった。

「早く清めをせねば。穢れが店に染み付いてしまう。そうなったら厄介です」

 それはおそらく自分を奮いたたせる言葉でもあったのだろう。開けられた窓をもう一度閉じ、穢れが外に漏れぬようにする。そして鈴仙を指差しながら、呆然と突っ立っていた店の娘に訊いた。

「近くに祟りや穢れに詳しい医者はいませんでしょうか。彼女はおそらく穢れの毒にやられています。早く抜かねば」
「師匠……うちなら……」

 息も絶え絶えの鈴仙が、ようやくそれだけを伝える。事情を察した妖夢が、彼女を担ぎあげた。

「鈴仙さんは私が運びます。お二人は店と里の浄化を。おそらく外にもだいぶ逃げているはずです」

 庭師がそう言ったのと同じタイミングで、入り口の戸ががらりと開く。顔を見せたのは緑髪の少女、ようやくのご到着であった。

「すみませーん、なんかココらへんからヤバ気な瘴気を感じるんですがーってうわ臭っ!! 何これ?」
「ちょうどいい所に。早苗さん。申し訳ありませんが外のお祓いをお願いできますか。穢れがかなり漏れ出てしまったようで」
「は、はぁ……」星の剣幕に、事情がさっぱり呑み込めぬままの早苗も頷いてしまう。「いいですけど、何があったんですか?」
「話は後で。急いで下さい。布都さんは私と一緒に店の封呪を」

 星の指示は迅速で無駄がない。それはいつものおっとりとした彼女からは想像できない動きだった。布都にそう告げるやいなや、彼女は宝塔で店を清め始める。残りの者達も負けてはいない。妖夢は鈴仙を肩に担ぎ、全速力で永遠亭へ走っていった。頭に疑問符を載せた早苗も、散らばった穢れを次々と回収していく。元より穢れや祟りの類は守矢の得意分野、頼りない見た目に反して、祓う手さばきは見事であった。
 そんな中、布都は依然立ち竦むだけ。他の者達の仕事ぶりに、劣等感を味わっている暇さえなかった。だがいつまでもそうしているほど、この道教徒は愚かでなく、また無能でもない。勢いに引っ張られるような形で、床にあった鞄と箱を拾い上げる。そして星に頼み込んだ。

「すまぬ。我にこの鞄と箱の封を任せてくれぬか? この術についてはよう知っておる。調べれば、仕掛けた術者が誰かも分かる」

 星としても布都の方から畏まってこんな提案をされるとは思っていなかったのだろう。圧されるように「あ、じゃあお願いします」と答える。そんな僧侶へ、布都は改めて頭を下げた。

「ではあちらの台場を少し借りるぞ。お主に浄化を任せてしまって申し訳ない。あと、そちらの娘を頼む」

 それだけ言い残し、星の作業を妨げぬよう調理場に引っ込む。念のためもう一度鞄の中を改める布都に、ぬうと影が迫る。

「なんだ屠自古」布都は目もくれず言った。
「いんや。またえらく懐かしい臭いがしたから来てみただけさ。それよりお前こそどうした。仏教徒に頭なんか下げちゃって」

 そう茶化して空笑い。布都は箱に視線を落としたまま、受け答えにもいつもの威勢は皆無だった。

「今立て込んでおる。お主とてこれが何だかは分かっておろう」
「そりゃもちろん。生きてた頃はよくやったし、やられたもんなぁ。"蠱毒(こどく)"」

 布都の頬がぴくりと引きつる。口ぶりとは裏腹に、屠自古からも余裕は感じられない。一緒になって箱と鞄を覗きこむ。

「で、どうなんだ?」
「この臭いで察しがつくであろう?」しかめ面のまま心底嫌そうに答える。「とんだ出来損ないよ。大方咒禁(じゅごん)を半端にかじった者が、見様見真似でやったのであろう。封がちゃんとできておらんから瘴気がだだ漏れ、呪い返しも防ぐ手立てもできておらん。これでは術者も無事では済むまい」
「……ってことは、ど素人がやらかしちまった、ってことでいいんだな?」

 布都もさすがに視線を屠自古へ向ける。ひどく真剣な顔つきがあった。

「何が言いたい?」
「まともな道教徒の仕業じゃないんだな? ってことだよ」

 布都は舌打ちする。確かに蠱毒は道教徒によって大陸から伝えられた呪法の一つ、星に告げた通り彼女達以上に詳しい者はいない。最近は神子の噂を聞き里でも道教を実践する者が増えている。これが門下で正規に道教を学んだ者の仕業となれば、神子ら大祀廟一派の責任問題となりかねない。太子を誰よりも想う屠自古とすれば当然の懸念であった。

「痕跡を辿れば術者はすぐ明らかとなる。事の次第をつまびらかにすれば、万一門弟が関わっていようと太子様の名声に傷はつくまい」
「それもあるけど……ほらいるだろ? こういうこと平気でしかねない"女"がさ」

 歯切れ悪く、屠自古はこれだけ口にした。布都も誰のことを言いたいかはよく分かっていたのだろう、同じくらい曖昧に返した。

「言ったろう。こんなすぐに足がつくような出来損ない、あの女は作らんよ。第一これを仕掛けて奴に何の得がある? あれは自分の益になる以外のことはせん」
「……まあ、そうなんだけどな」

 屠自古の気がかりはそこだったようだ。まだ面持ちには不安が残っていたが、それ以上は何も言わなかった。
 布都は封呪に意識を戻す。頭の中はぐちゃぐちゃで、手を動かしていなければ溺れてしまいそうだった。蕎麦屋にこんな危険な呪詛を仕掛けた者への怒り。一方で蠱毒と気付かず箱を開けさせてしまった自分の迂闊さ。昏倒した鈴仙への罪悪感。妖夢の誘いを台無しにしてしまった申し訳なさ――そして彼女を何より困惑させたのは、星に「申し訳ない」と謝ってしまったことだった。なぜあんな言葉を口から滑らせたのか、彼女はどうしても理解できなかった。それ以上に信じられなかったのは、ああ言ってしまったことに何ら後悔を感じていない今の自分であった。鼻の奥がツンとするのをこらえつつ、今はただ呪いの解析に専念する。
 布都はどこかで無力感を覚えていたに違いなかった。だがそんな自意識とは逆に、彼女を含めた四人の後処理は総じて完璧だった。鳥獣伎楽のゲリラライブが紅白の巫女によって強制解散させられた頃には、里の浄化封呪はすっかり完了してしまったのである。結局里にほとんど実害を与えることなく、この事件はひっそりと片がつけられたのであった。



 *



 その日も紅魔館は暇であった。
 特にすることも思いつかなかったレミリア・スカーレットは、暑気払いも兼ねて地下の大図書館でだらけていた。斜かいに腰掛けるのはパチュリー・ノーレッジ。当然のように本に顔を埋めている。つまるところ、いつも通りの彼女たちであった。

「ねーパチェ。なんか面白いことない?」
「私は今読書を満喫しているわね」
「そうじゃなくてさー。むー」

 今の心持ちそのまま、羽をパタパタと動かす紅魔の主。パチュリーはさらっと無視する。読書の邪魔だなとは内心思っていたようだが。
 邪険にされた紅魔の主はと言えば、元より低めの沸点が暑さと苛立ちであっという間に振り切れてしまったらしい。突然喚きだした。

「あーもうやだ! 暑い! つまんない! 咲夜お茶!」
「お待たせしました」

 一切お待たせすることなく咲夜が出現した。横にはティーセットが載せられた台車がある。パチュリーも一旦活字から目を離した。

「じゃあ私も頂こうかしら」
「もちろんです。今日は大変珍しいお茶請けを用意してみました」
「いや……もう珍しいのはいいから」

 基本は忠実を画に描いたような従者でありながら、咲夜は一部において自分を譲らないところがあった。主人のこの懇願もその一つである。咲夜は嬉々とした様子で、希少な海産物をふんだんに使ったという、妙な色合いのクッキーについて説明しだした。DHAとグルコサミンがたっぷりらしい。これで見た目通り不味いのならレミリアも怒りようがあるのだが、食べるとそれなりに美味しいのがまた頭の抱えどころである。結局頭痛の種が増えただけだった夜の王は、気を紛らすためお喋りに精を出すことにした。

「そうそう咲夜、例の休み取りたいって話さ――」
「はい。ようやく日取りが正式に決まりましたので、後ほど改めて書き直したシフト表をお渡し致します。何度も予定を変更してしまい、本当に申し訳ありません」

 宴会の詳細が決まったという知らせを咲夜が受けたのは、つい先日のことである。なんでも布都がようやく首を縦に振ったらしい。その一方で鈴仙が体調を崩したそうで、当初の予定よりは少々ズレ込むこととなった。咲夜としては宴会が遅れること自体に特段不満はない。ただ主人に余計な手間を煩わせたことは慚愧に堪えなかった。

「そんなの好きにすればいいじゃない。休暇の日取りがちょっと変わったくらいで、この私が怒るとでも思ってるの?」
「言っとくけど私はレミィのお茶汲まないし、着替えも手伝わないし、ご飯も作らないわよ」

 パチュリーが横からすげなく言った。「だから子ども扱いすんなって」とレミリア。咲夜は紫の魔女にも一つ頭を下げる。

「申し訳ありませんパチュリー様。必要な支度は全て事前に整えておきますので」
「別に貴女を責めてるんじゃないわよ。私はレミィにそろそろ乳離れさせなきゃって思っただけ。貴女がいると頼りっきりなんだもの」

 とパチュリーはすかさず矛先を変えた。レミリアは頬を膨らませて口さがない友人にぶつくさ文句を垂れている。魔女はひょいと首をすくめて話を戻した。

「でも貴女が休みを申し出るだなんて珍しいわね。何しに行くの?」

 咲夜は布都たちと宴会することになった経緯を簡潔に説明した。パチュリーはふぅんと一言。それを見ていた館の主がしたり顔で解説を加える。

「どうやら何か勘違いしているようだねパチェ君。咲夜は単に遊びに行くのではないのだよ。紅魔館を代表し各勢力の連中とサバイバル・デスマッチを行うのだ。だよね咲夜?」
「はい。必ずやお嬢様のため勝利を掴み取る所存です」
「へぇそうなの」得意げな友人を放って、パチュリーは咲夜にだけ尋ねる。「で、どこへ遊びに行くのよ?」
「どこなのでしょうね。幹事は山の巫女に任せているもので。まさかあのお蕎麦屋さんで宴会ってことはないでしょうし」
「……ふぅん。なるほど、わんこそばで決闘するのね。フフッ、なかなか危険な戦いになりそうじゃない。がんばって咲夜!」
「もちろん。死力を尽くしますわ」

 どっぱずれた発言を連発するレミリアとも、咲夜は自然に受け答えをする。当然ながら彼女はよく理解していたのだ。主人がどんな振る舞いを従者に求めているかを。すっかり機嫌を取り戻した夜の王は、従者の勝利をアシストしてやることこそ偉大なる主の務めと考えたらしい。予行演習を兼ねてわんこそば大会をやるぞと高らかに宣言した。パチュリーは適当に生返事。蕎麦を買い貯めておかないといけないなと咲夜は思った。
 暇だったこともクッキーが変な色合いだったことも綺麗さっぱり忘れ、レミリアは今や有頂天。図書館ではしゃぐ友人に若干眉をひそめていたパチュリーへ、にこにこ顔で話しかける。

「もうパチェったら、ちょっとは本読むの止めてこっち向きなよ。っていうか何読んでんの? 見たこと無い文字だけど」
「古代中国、隋代の本よ」パチュリーはようやく目線を前へ。しかめ面のまま答える。「大陸の古い呪術について書かれたもの。ちょっと興味が湧いたものだから」
「へぇ、呪術?」一変、レミリアは悪魔っぽく口角を吊り上げた。「パチェが呪ってやりたいなんて、奇特な奴もあったもんだねぇ。どんな白黒か、ぜひ顔を拝んでみたいもんだ」
「今呪ってやりたいのは、レミィの舌かしらね」
「で、どんな呪いなのよ?」

 飛んできた嫌みなどどこ吹く風、永遠に赤い幼き月は瞳を輝かせながらずいと身を乗り出してくる。七曜の魔女は昔からこの顔に弱い。観念したように本を閉じた。

「今読んでいたのは"蠱毒"という呪術よ」
「コドク、ですか? 面白い名前ですね」

 咲夜も興味を持ったようだ。パチュリーも聴衆の反応に悪い気はしなかったのか、「あら、呪いとしては割とポピュラーなものよ」と途端に調子づく。レミリアは「んなもん普通は知らないけどね」とすかさず混ぜっ返した。

「まあ落ち着きなさい」パチュリーは知識人らしいもったいぶった仕草で、一つ咳払い。「手法自体は極めてシンプルよ。蟲――ここでは昆虫にかぎらず百足・蜘蛛・サソリ・蛇なんかも含めた広い意味の虫のことを指すわけだけども、それを箱や壺なんかにまとめて閉じ込めておくの。共喰いさせるためにね。そして最後まで生き残った一匹を"蠱(こ)"として使役する。それが基本」
「なかなか面白そうじゃん」レミリアはケタケタと嗤う。「それって、蟲じゃないとできないの?」
「そんなことも無いようね。一説によると、鼠や狼、あとは猫なんかでやるパターンもあるそうだから」
「そりゃいいや。じゃあ今度コウモリあたりでやってみようよ」
「ただし、"蠱"を使役するには正式な呪文や手順を踏まなければならないわ。それを知らぬまま蠱術を行っても、せいぜい術者自身が呪いに食い殺されてしまうのがオチ。まあ強力な呪術にはよくある話ね。
 ただ蠱毒が厄介とされるのは、詳細な手順や制御に用いる呪文が記された魔導書がほとんど現存していない点なのよ。この本にも呪文の一部こそ記載されてはいたけれど、まだ蠱毒を実践するには手がかりが足りない。まあそれこそ正式な手順なんて、1000年以上前の大陸で邪法を学んだ奴でもない限り、もう分かりはしないでしょうけれど」
「なんだ。つまんないの」

 レミリアは糸が切れた人形のように背もたれへ身を落とす。パタパタとはためく羽は、与えられた解説に対する心境を如実に示していた。少しでも機嫌を取り戻してもらおうと、主に代わって咲夜が質問する。

「しかしパチュリー様、どうしてそのような呪術に関心を持たれたのですか? あんまり我が家には需要が無さそうですが」
「そんなん決まってるじゃん咲夜。ネズミ捕りだよネズミ捕り。猫でも作れるんでしょ? あの白黒鼠の退治にはもってこいじゃない」

 ティーカップ片手に、レミリアは茶目っ気たっぷりに言った。パチュリーはくすりと苦笑い。たっぷり間をとってから続きに入る。

「レミィのアイデアも悪くはないけど、あれを追っ払うにはちと過ぎた呪いかもね。その気になれば虫一匹放つだけでそこらの集落一帯を根絶やしにできるレベルの代物なのだから。それに用途は意外と幅広いのよ。えと確か……少し前だったかしら。あの鼠が言っていたでしょう? 紅白が"管狐"に憑かれたって」
「はい。先日神社に行った折に私も耳に挟みました。霊夢が狐に騙されたとか何とか」

 咲夜の言葉に、パチュリーは魔女の笑みを浮かべた。

「小さな筒に狐を閉じ込めて使役するというやり方からも容易に想像できる通り、あれも蠱毒の亜種なのよ。まああっちは神道系のものが幾らか混じっていたりもするけど……だから要するに何か値打ちのあるもの、例えば高価なアクセサリーや財布などを"蠱"と一緒に渡して、そいつから財を奪い取る――なんてこともできるわけ。呪力のお陰で、相手の懐にはどんどん財が入るから、もらった側は最初ツキが回ってきたと勘違いしてしまう。でもそれはあくまで一時的なもの、腹を空かせた"蠱"が餌を集めているに過ぎない。結局食い散らかすだけ食い散らかした"蠱"だけが肥え太り、もらった方は破滅に至るってわけ」
「じゃあ今度本の間に呪いの紙魚(しみ)でも挟んでおくか。そしたらあのコソ泥もパチェに泣きついて言うこと聞くようになるんじゃない?」

 どうやらこの吸血鬼は無理にでも魔理沙と話を絡めたいようだ。パチュリーは改めて咳払いをしてから、話に戻る。

「だから別に猫いらずが欲しかったわけじゃないわ。私が知りたかったのは"蠱"を用いた魔力増強剤の精製法」
「というと、薬のようなものですか?」

 訊き返す咲夜。パチュリーは我が意を得たりと相好を崩した。

「そう。そうやって人々の心を喰らい呪力を高めた"蠱"は、強力な使い魔となると同時に、優れたマジックアイテムの原材料ともなるのよ。蠱毒は元来道教における医術から派生したもの。魔法遣いの魔力を高める媒体にはうってつけってわけ。今喘息の治療薬を考えていてね。それに応用できそうだったから」
「そんならまずは外出て運動した方がいいと思うよ、パチェの場合」

 友人からの至極まっとうな助言も、今のパチュリーの耳には入らないらしい。もはや治癒そのものより、治療薬を作ること自体に興味が移っているのだろう。咲夜はしっかりと心に留めておく。この分では近々材料集めの号令が出るだろうと。紅魔館で大規模な魔法実験を行う場合、この動かない大図書館に代わって必要な資材を揃えてくるのは、メイド長の大事な務めの一つである。
 一方の主人は主人で、図書館にしっかと根を張った友人を外へ連れ出そうと、あれこれアイデアを練り始めたようだ。思いつきを散々口にした挙句、庭で流しわんこそば大会を執り行うことになった。可愛い従者のためのイベントと組み合わせて、一石二鳥と考えたらしい。また仕事が増えたメイド長は、主の心遣いに恭しく礼を向けると、準備のため図書館から手品のように姿を消したのであった。






私は目の前に現れた妖怪か、行く手を阻む妖怪しか退治しないわ。
         ――東方茨歌仙:博麗霊夢







 いよいよ宴会の当日を迎えた。一旦具体的な日取りが決まってしまうと後は早いものだ。鈴仙が蕎麦屋で倒れてから既に10日以上が経っていたが、他にイレギュラーな事態は起こらなかった。即ちすこぶる順調だったわけだ。
 若干暑さの和らいだ夕刻頃、布都は待ち合わせ場所に向かう途上へあった。両隣には途中でたまたま一緒になった妖夢と咲夜の姿もある。

「――ふぅん、そんなことがあったの」

 道すがら出る話題は、やはりあの日の出来事が中心だ。驚きの声を上げたのは咲夜。いつもは怜悧な物腰の彼女にも、若干の高揚が窺えた。説明役をしていた妖夢の口も、どこかしら滑らかである。ほとんど思いつきで始まったこの企画も、いざ実現するとなると心躍るものがあったのかもしれない。

「ええ。それで鈴仙さんが倒れてしまったんです。永琳さんの診断だと、弱っていたところにとびきり濃い穢れを浴びた結果、限界を越えてしまったんだろうって」

 永遠亭に担ぎ込まれた鈴仙は、数日寝込んだものの大事には至らなかった。精密検査の結果、それまで夏バテと思っていた疲労感も、許容量以上の穢れを長期間吸っていたことによる体調不良だったことが判明した。
 それも正しく処置すればたいしたことにはならないようで、むしろ妖夢からすれば、体調管理の甘さを師からこってり絞られ消沈していた時の鈴仙の方が遥かに気の毒そうに見えた。もっともその永琳は後で「月の兎はああした瘴気に人一倍敏感だから、気を付けなければならないのにね……」と零していたので、弟子を慮ってわざと大袈裟に叱っていたのだろうが。

「で、結局その呪いを仕掛けた奴は見つかったの?」

 その場に居合わせなかった咲夜は興味津々の様子だ。今度はずっと伏し目がちだった布都が答えた。

「ああ、それなら判ったよ。団子屋の仕業であった。向かいのな」

 気乗りしない調子で、それだけを告げる。彼女だけは、一人面差しに影が差していた。まずいことを訊いてしまったかなと咲夜。妖夢も己の気の回らなさに顔をしかめた。

「確かに愛想は良くなかったけど、そんなことをする人には見えなかったんですが……」

 漏れた庭師の呟きに、布都も咲夜も続こうとはしない。活気ある往来に沈むかのように、しばし無言の行進は続いた。
 箱に残された呪詛から犯人が割れたのは、事件のあった晩のこと。布都と星は直ちに団子屋へ向かったが、一足遅かった。着いた頃には店は炎に包まれていたのだ。後で火消しから聞いたところによれば、寝る前の火の不始末が原因だろうとのことだった。病に臥していた主人は火に呑まれ、命からがら逃げ出した伴侶の老女も、惨劇にすっかり呆けてしまい今や口も聞けない状態。結局なぜあんなことをしでかしたのか、どこで蠱毒などという危険極まりない呪術を知ったのか、細かいことは判らずじまいであった。
 それでも焼け残った屋内から蠱毒を行ったと思われる痕跡が見つかったこと、そして継続的に穢れに曝されていたという鈴仙がこの団子屋を度々利用していたなどの状況証拠から、彼らが犯人であることを疑う者はなかった。里の自警団も団子屋の夫妻を犯人と断定し、結果として布都は、速やかな事件解決に貢献したとして賞賛を浴びることになったのである。
 だが彼女はこれっぽっちも嬉しくなかった。被害者である蕎麦屋の娘のことがあったからかもしれない。昔からの顔馴染みだったご近所さんがずっと自分達を恨んでいたと知り、この看板娘が受けた衝撃は筆舌に尽くしがたいものがあった。あまりの落ち込みように、事件について公の場でむやみに語ることは半ばタブーとなってしまったほど。ここ数日はようやく落ち着きを取り戻し、営業再開の目処も立ったが、それも表面上のことだ。小火のあった蕎麦屋の修復に尽力していた布都からすれば、本当の意味での再開にはまだ時間がかかりそうに思えた。

「呪い返し、だったのであろうな。あの火事も」

 ようやくポツリと漏れた声。布都であった。妖夢は目を伏せ唇を噛む。咲夜は表情を引き締めたまま、独り言のように呟き返す。

「けど、本当にそんな力があるものなのですね。蠱毒という呪いがあることは知っていましたが」
「だから呪詛などに手を出してはならんのだ。あんなものに頼ってもろくな事にならん。誰もいい思いなどしはしない。呪いを掛けた方とてな」

 布都は忌々しげに吐き捨てる。ひどく実感の籠もった言葉だった。何かの追憶に引きずられでもしたかのように、つらつらと続ける。

「もうあんなものを見ることはないと思っていたのだが。妖への恐怖が忘れ去られたというのに、あんな醜悪なものは消えず残っておるとは……全く面妖なことよ」
「案外そんなものですわ」布都の呻きに、咲夜がそっと言葉を継ぐ。「どれだけ時を経ようと、人から負の感情がなくなったりはしませんもの。人は誰かを憎み、恨む生き物。人妖間の対立が一定のルールで行なわれるようになった今、最も恐ろしいものは同族間の怨恨なのかもしれません」

 布都はただただ深い溜息を吐くばかり。そんな彼女の肩を支えたのは妖夢だった。

「咲夜さんの言う通りなのかもしれません。あのお蕎麦屋さんのことも、これから見守っていかないといけないと思います。でも、この話はひとまず置いておきませんか。せめて今日くらいは。だってせっかくの宴会なんですから」

 そう説き聞かせながら優しく目配せしてくる。さながら自分自身に言い聞かせるように。咲夜も小さく頷く。布都もようやく笑みを零すことができた。

「ん……そうであるな。すまぬ」
「あら、もうあっちは集まっているみたいですわね」

 咲夜が指差した先には、こちらへ向かって大きく手を振る燐の姿があった。話し込んでいるうちに待ち合わせ場所のすぐ近くまで辿り着いていたようだ。燐の横には星と鈴仙もいる。恭しく会釈をしてきた命蓮寺の僧侶に、「お待たせしました」と礼を返す白玉楼の庭師。横で身を持て余していた鈴仙は、依然硬い表情をしたまま。そんな玉兎の下へ、布都は真っ先に駆け寄る。決めていたのだ。

「体の方は、大事ないかの?」

 鈴仙もいきなりこの尸解仙から話しかけられるなんて夢にも思っていなかったのだろう。もごもごと、「あ、いや、もう平気よ……」と答えるのが精一杯。無論布都にもとだとだしさは残っていた。だがぎこちなくとも心持ちは十分伝わる。ぱっと表情を崩した。

「そうか。ならば良かった。先日はすまなかった。我がしっかりしておれば、あの箱は開けさせなんだ。本当に申し訳なかった」

 烏帽子を取って、深々と頭を下げた。永遠亭の兎は恐縮しっぱなし。顔を真っ赤にして俯いてしまう。感極まる妖夢の横で、星も安堵したように頷く。そして布都の振舞いを讃えようと、一歩近づいた。小柄な道士はすぐさま面を上げて、そんな仏教徒へ勇ましく布告する。

「言っておくが、これは先日の不徳を詫びただけだからな。貴様ら妖怪相手に日和る気はないし、ましてや仏徒など絶対に認めんぞ。お主はいつか必ず我の手で仕留めてくれる。覚悟しておけ!」

 そして不敵に笑いかける。星も負けじとにやり笑って、「承知しました。でも私も負ける気はありません」と切り返す。地霊殿の猫は「いいねえいいねえ!」と小躍りし、咲夜は首をすくめて含み笑い。これこそが弾幕少女たちの交流だと、歴戦のメイドはよく弁えていたのだろう。ようやくまとまりが出てきた場に、だが一人足りていないことに妖夢が気付く。

「そういえば早苗さんはまだ来てないんですか?」

 全員揃って「あ」と声を漏らす。待ち合わせ場所と時間を決めたのも、これから行く店の予約を取ったのもあの風祝だ。今の六人だけではどうにもならない。さながら烏合の衆だ。
 一緒ではなかったのかと星が後から来た三人に尋ねるも、布都達は布都達でてっきり先に着いてると思っていたわけだから、そんなことを訊かれても困ってしまう。咲夜の時計はとうの昔に集合時間を指している。「なんで幹事が遅刻すんのかね」と茶化す燐に、どっと笑いの輪が起きた。



 *



 その頃早苗はたいそう焦っていた。

「やばいやばい……」

 家を出ようとしたところで天狗に絡まれたのが運の尽きであった。取材をあしらっていたら随分と時間を食ってしまった。山を出た時には、遅刻はほぼ確定的な状況にあった。
 今日も人でごった返す大通りを、掻き分けるように進んでいく。幹事が遅刻なんて、それこそ物笑いの種にしかならない。一秒でも早くと歩いていたから、ちゃんと前が見えてなかったのだろう。待ち合わせ場所まであと少しというところで、向かいから歩いてきた通行人とぶつかってしまう。たたらを踏んだ現人神に向かって、「大丈夫ですか」と声が飛ぶ。手を差し伸べてきたのは、早苗もよく知る人物であった。

「ああ、貴女は……」
「あら、どうもお久しぶりです守矢の巫女様」

 にこりと頬を緩めたのは青空を思わせる仙人――霍青娥。よろけた風祝を甲斐甲斐しく支えてやると、改めて挨拶を向けてくる。淑やかなお辞儀は、相手に思わず返礼を催させる力があった。

「えと、どうもありがとうございます」
「いえいえ。ただそんなに焦っては怪我をしかねませんわ。よく注意して、つまらぬものに躓いたりしないようにせねば」

 と言って青娥はくすくすと笑う。むせ返るほどの甘い、一種独特の香りは、しかし意外なほど里に溶け込んでいるふうに思えた。そういえばここで会うのは初めてだったかもなと早苗。あの神霊騒ぎ以降、何度か博麗神社で姿を見かけたくらいで、この仙人がどこで何をしているのか彼女はよく知らずにいた。
 さっさと行かねばならなかった早苗であるが、仙女の胸に思わぬものが抱かれているのに気付いて、ふと足を止めてしまう。相手の注視を敏に察したか、青娥も乳房の影に埋もれていた"黒い塊"をこれ見よがしに持ち上げる。

「猫ですか?」
「ええ。可愛いでしょ?」

 言葉通り、愛くるしい見た目をした黒猫であった。人馴れしているのか、早苗の視線を浴びても大あくびを返すだけ。首には何も巻かれていなかったが、つい最近まで首輪をしていたようで、首周りの毛にはそれらしい痕が残っている。鮮やかな青娥の青に、黒毛の猫は不気味なくらいよく映えた。

「飼ってるんですか?」
「はい。道端に捨てられているのを10日ほど前に見かけたもので。なかなか物覚えの良い子なんですが、どうにも見ての通り行儀が悪いといいますか、全く困ったものです。ほんと、悪い子でちゅねーお前は」

 そんな言葉を投げかけながら、青娥は猫の顎をちろちろ撫でている。それだけ見れば母と子のような睦まじさ。あのキョンシーみたいなもんかと、早苗はなんとなく結論づけた。だが物思いに耽っている暇はない。ようやく自分の置かれた状況を思い出した守矢の巫女は、待ち合わせで急いでいることを青娥へ告げた。

「あら、私ったらとんだ失礼を」

 軽く礼を交わし、二人は別れる。早苗が再び駆け出した頃には、邪仙の姿はすっかり人込みに紛れてしまっていた。




 
お読み下さりありがとうございました
7人が集まってどうなったかは、読み手の方にお任せします

10/12 コメントありがとうございます
遅れましたが誤字の部分だけ先に直しました。コチドリさんありがとうございます(もう消されました?)

12/23

遅れましたが、コメント評価ありがとうございました。
まず、最初にお詫びいたします。ここまで不満足感を与えるとは思いませんでした。
自分の中では一個のテーマを書ききったつもりだったのですが、読み手の方には伝わっていなかったようです。以後精進します。
続編ですが、あれから色々考えた末、今回は見送りという形にさせて頂きます。申し訳ありません。
この後どうなったかについての、自分なりの回答は一応あるのですが、それを書くには最初の伏線から作り直さねばならないので、このまま続けるのは止めておくべきと考え至りました。

>1さん
すみませんでした。これ5ボスの話だと思って読むとなんじゃこりゃになりますよね。
人間と妖怪の関係を書いたつもりでした。

>3さん
すみません。続きは考えましたが、止めておきます。

>7さん
続きは、書いた当初は考えていませんでした。
読みやすい文章を、と注意して書いていたのですが、主題がとてつもなく読み取りづらくなっていて、結果としてアンバランスになってしまったのだと思います。

>10さん
フラストレーションが残る感じになってしまって、本当に申し訳ないです。

>奇声を発する程度の能力さん
モヤッとしてしまいましたよね。すみません……

>14さん
猫神と言って、昔の中国や日本だと結構あったらしいですね。
よく知られているのが猫を首だけ出して生き埋めにし、目の前に餌をおいたまま餓死寸前まで追い込み……以下云々ですが。

>コチドリさん
まず、誤字の指摘ありがとうございました。コメントを読まずにいたので、修正版を上げ直すのが遅れてしまったのですが、不快感を覚えられたのでしたらお詫びいたします。
どちらかと言うと青娥に重きを置いて書いたので、感想はとても光栄です。
タイトルも、ご指摘の通り、始まる宴は青娥の「宴」というつもりでした。

>18さん
いえ、評価できないというのは非常に妥当な評価かと思います。ありがとうございました。
実は邪仙の動機、とある5ボスに言わせているのですが、気付かないですよね……
屠自古の懸念が回収できてないのも、書いてて拙いかな?と思った点なので、言葉もございません……

>20さん
どうもありがとうございます

>21さん
すみませんでした。青娥の動機はとある5ボスに言わせてはいるのですが、ご指摘の通り全然はっきり書いてないです。タイトルも青娥の「宴」だったので、ますます訳がわからないですねこれじゃ。

>24さん
気にしていただけてありがたいのですが、続きは無しということでご容赦下さい。引用部にある霊夢が、作者なりのその後でした。

>27さん
ありがとうございます。なるべく特徴が出るように努めました。
もやもやさせてしまい申し訳ありません。

>28さん
誠にすみません、続きは無しということで…

>29さん
ありがとうございます。青娥の日常、みたいなつもりで書きました。

>30さん
布都は口授読んでこうかなと探り探り書きました。
紅魔館は、こうかな? となんとなく。

>32さん
大変申し訳ありませんでした。5ボス好きの方が読むと、何だかわからない話になってしまったようです。
引用は、章分けの記号みたいなものなので。もちろん意味はあるのですが。

>35さん
続きは、申し訳ありません…
青娥の行動原理は、5ボスの一人とだいたい同じなのですが…伝わらないですよね…

>39さん
書き損ねじゃないと言っていただけて光栄です。本人は仄めかしたつもりで、全然読み手に伝わるほのめかしじゃなかったという感じです。申し訳ないです。
読み手の解釈に、書き手が判断つけるのは良いことではないと思っているので、曖昧な表現に留めますが、ご指摘の解釈はとても面白かったです。
ところで読んでて邪仙は一般には「妖怪」と思われてないんだろうか、と今さらながら不安が…

>42さん
他の作品も読んでいただいたみたいで、至極光栄です。なるべく多くの登場人物に葛藤を持たせたいと思っては書いているのですが…咲夜さんは、すみません。あの子幻想郷一変わった人な気がしていまして、そんなイメージで書いてました。

あの団子屋大好きなんですよ。最初読んだ時から、ああこいつらと青娥の取り合わせで何か書きたいと思ったもので。東方の世界では非常に珍しい、「マイナスの感情を公式ではっきり表に出したキャラ」だと思います。あれは二次創作やる上で逸材。

>45さん
あれ、私って鬱話書く人認定されている? 反論できないかも。
書きたいこと書いて終わりじゃ拙いんでしょうね…
妖怪を信用できないくらいで終わればいいんですが、幻想郷信用出来ないになりそう…
みく
http://twitter.com/sakamata53/
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コメント



0.1100簡易評価
1.70名前が無い程度の能力削除
すわ5ボス会かと思ったらなんだこれは…
引きこまれたけどすごいモヤモヤする…
3.80名前が無い程度の能力削除
えっここで終わり!?そんなもったいない。ぜひとも続きを書くべきです!青娥さんと猫のことも気になるじゃないですかー!
7.100名前が無い程度の能力削除
出来が良いだけに終わり方が少し残念でしたが、とても面白かったです。
これだけ登場人物が出ているのにそれぞれのキャラクターにブレが無く、描写もしっかりされているので、各登場人物の魅力がしっかり伝わってきました。
話の展開も上手く、登場人物の魅力が感じられる日常描写から事件の発生と解決まで、テンポ良く矛盾無く十分に描写されていたと思います。
登場人物のやりとりも一つ一つ話の展開を魅力有る物にしていたと思います。
特にパチュリーとレミリアのやり取りはコドクの説明補助的なやり取りなのに全く説明くさく無く、楽しく感じられれる会話になっているのが上手いと感じました。
作者様の過去作も幾つか読ませていただいているのですが、話の展開の仕方の上手さは凄いと思います。
更に、話の段落ごとに主観となる人物が切り替わることで、それぞれの人物が深く描かれる、等素晴らしい技術を感じる作品で他の作品にない魅力をしっかり持っていると思います。
終わり方に関してなのですが、今回の終わり方も、少し後味の悪い話の締め方として決して悪く無い物だと思います。ただ終盤までの展開と今回の締め方では、相性が少し悪いように思います。
終盤まで見せ場や上手いやり取りで引き込まれる展開になっていてもの凄くサービスの行き届いた文章だったのに、あっさり終わったため急に突き放された様な感覚を感じました。
話の展開の仕方やタイトルから宴会までは話は続くだろうと思っていたのでそこだけ少し残念でした。
終わり方に対する感想は、もし作者様が続きを描く予定を考えられている様でしたら的外れな物になるのでその場合は本当に申し訳ないです。
10.90名前が無い程度の能力削除
言うべきではないとわかってはいるんだけど、これしか言うことがない。
ここでおわりかぁ。
11.80奇声を発する程度の能力削除
思わぬ所で終わり少しモヤっとする感じでした
14.80名前が無い程度の能力削除
猫を使った蠱毒なんて許すまじ青俄
16.90コチドリ削除
場面転換、特に物語前半のそれは妖夢の二刀もかくやというべき切れ味。グッと惹きつけられました。
そのあとの展開もスムーズ。スルスルいきますね、蕎麦のように。
読後感も、もり蕎麦一枚食べた感じに近いですかね。つまりは腹八分目。
物語にガッツリした答えを求めてしまいがちな俺にとっては、うん、逆に良かったかもです。
残った二分は想像で補強。ただ、七人の宴よりも邪仙さんの方に想像の翼が広がってしまうんだな。

青娥さん、イイですね。
心の隙間に入り込むさまが、「ドーン!!」の人を髣髴とさせて、目を背けたいのだけど目が離せない。
タイトルもこのお方が言っていると曲解すれば途端に暗黒臭が。逃げて、里の人。

あ、青い人が強烈なだけで宴の七人にも文句は無いんですよ?
特に意地っ張りな布都ちゃんの人見知りっぷりはツボ。攻撃的な小動物のようだ。
頑張って千四百年の隙間を埋めていって欲しいな、青い人につけ込まれないよう特段の注意を払いつつ。

替え玉があるのなら迷わず注文。品切れならばそれも致し方なし。
俺にとってはそんな感じの作品でありました。
18.無評価名前が無い程度の能力削除
登場人物が7人+青娥までみな魅力的でした。文章も読みやすくお話も面白かった。
でも、引き込まれたからこそ、皆さんのおっしゃる通り中途半端に終った感が否めませんでした。
もちろん宴の前に終る事にはなんとも思っておりません。宴のシーンはあったら嬉しいけど無くても仕方ない。あるいみ蛇足になってしまうかもしれませんから。
でもふとじこは邪仙さんの仕業かもと薄々感じているのに追求せず放置、
邪仙さんの動機も明かされないまま(多分楽しいからとかそんな理由なんでしょうけど)となるとちょっとここで終るのって感じになってしまいました。
まあ作者さんの意図もあるでしょうから続けてくれとは言いませんけど、かなり勿体なかったです。終り方が終り方なので評価も何点つけていいか迷ってしまうので無評価で失礼いたします。
20.100名前が無い程度の能力削除
あら素敵
21.60名前が無い程度の能力削除
結局青娥が団子屋を呪って何をしたかったのかをもう少しはっきりさせておいて欲しかった。
宴会描写は別にいらないと思うが、終わるにしても宴会が始まる所までは進めた方がよかったかな。
タイトルも宴を始めような訳ですし。
24.90名前が無い程度の能力削除
その後が気になるお話は名作という法則って誰かが…
本当に宴本編が気になります
27.90名前が無い程度の能力削除
面白かったんですが、少しもやもやが残る感じでしょうか
登場人物はみんな生き生きしてすごく良かったです
28.100名前が無い程度の能力削除
続きが読みたいですね
29.90名前が無い程度の能力削除
邪仙っぷり堪能させていただきました。
30.90名前が無い程度の能力削除
布都の問題児っぷり、せーがの悪い子っぷりが何とも素敵でした。何気に紅魔館のシーンが印象に残ります。
誤用?>>誰ともまつろわず
32.50名前が無い程度の能力削除
間に挟まれる引用がよくわかりませんでした
5ボス好きとしても正直不満です
35.90名前がない程度の能力削除
えっ!
にゃんにゃんなにがしたかったんだ?
是非続きを。
39.90名前が無い程度の能力削除
布都と妖怪側(主にうどんげだけど)が対立し合ってる中、ようやく布都が歩み寄ろうようとしたそのとき、青娥がなにかやらかして、それが原因で布都が妖怪側を誤解(あるいは逆)したりなんかして、決定的に対立し合ってそれから・・・的な。
読んでいる途中までは、青娥がそういう流れを作るための時限爆弾かなにかと思っていたけれど、そういうわけでもなく。そういう、いつ上げて落としてくるかな?みたいな予想の仕方はエンタメ脳だなぁと自分でも思う。

ま、そんなことはともかくとして。

読者を「納得」させるのならば、確かに青娥の犯行(?)理由の開示は不可欠であったと思います。それに伴う話の展開。この場合は蕎麦屋の娘ちゃん及び里の平和を守るため、仲の悪かった(主に布都だけど)五ボス連合が一致団結して悪の帝王青娥ニャーンの策謀を看破し友情を深め宴でハッピーエンド!ってのが定石でしょう。安易な考えですが。
物足りないとの印象を受ける人は、大体こんな流れを無意識に予想していたと思われる。いわゆる「物語の文法」。これから起こる“はず”の物語が存在していなくて肩透かしされた感覚。

確かに読み終わったときには「コレで終わり?」と思った。残すは後書きのみ。続編があるわけでもないようだ。なんだかすっきりしないままモヤモヤが残る。ただ作品を一見した限り、書き手の力は十分で、そういった場面を“書き損ねた”とは思えない。だからおそらく“書き損ね”ではなく、あえて“書き落とした”。それもかなり分かりやすい形で。読者からそういった反応もあることを覚悟して。だから自分はこれを、一種の読者に対する挑戦なのだと思いました。

最後の場面、例えば青娥が不敵に笑みを浮かべる描写でもあったとしたら、これには間違いなく理由の提示が不可欠でした。ですがあの場面になんらかの裏側を揶揄するような(黒猫はそうですが)仕草や言動といったものは、青娥にはなかった。淡々とちょっとした会話をして、そっけも愛想も無くただ幕を閉じる。そこに自分は、青娥は人間は対して「悪意」などは持ていない。ただ「歪な愛情」だけがあった、と確信できたと思います。

青娥には目的などなかったのです。だからこそ理由もいらないし、彼女にとってそれは日常と等しいのだから、なんてことのない平穏な一場面として描かれただけでラストは終わった。霍青娥という存在はどういったものであるか、という作者の答えがあのラストシーンにドン!っと提示されている。あえて言うならば、それがそれこそが彼女の犯行(?)理由なのだと。

僕ら人間は理解できないものを恐れます。彼女は一体なにがしたかったのか。最後に残ったこのモヤモヤが、ボディーブローのようにジワジワと彼女に対する畏れの感情を育てていきます。そしていつの間にかに彼女の虜になっている。斯くも恐るべし霍青娥。彼女もまさしく「妖怪」だったと思います。自分にとってみれば。

ちなみに自分は宴は完全に蛇足派。(一応)一致団結したとこ見せちゃったしね。あの物語の流れでは特に意味があるとは思えない。

なんにせよです。自分がこの作品に対して声を大にして言いたいことは、俺もにゃんにゃんに「だめでちゅねー」って叱られたいってことだ。にゃんにゃん俺だー!蠱毒してくれー!うおおおおおおお!
42.100名前が無い程度の能力削除
う~ん!すばらしいねっ!
 ストーリーを楽しみつつ、茨歌仙と求聞口授の設定もおさらいできちゃう、
教科書のような二次創作でした。一つで二度おいしかったよ!


 そして、このSSで一番気に入った所は、「あの団子屋をやっつけた」って事!
茨歌仙を読んでてね、自分もあの卑屈な勘違い団子屋夫婦に制裁か教訓を与えたかったんだ。
このSSがそれをやってくれて、とってもスッキリ!あー、楽しかった。
 原作のかゆい所をかいてくれて、「もうちょっと続きが欲しいな…」って感じた所を補ってくれた、まさに理想的な二次創作でしたよ。


 あとね、前作「絶対に本気を出さない人形遣いと絶対に本音を見せない新聞記者の秘めやかな戯れ」の時でも感じたことですが、
 みくさんのSSの中のキャラクター達は本当に生きている様です。
私たちと同じような自然で複雑な思考回路をちゃんと持っている様なのが、とても好印象。
 決して、ストーリー展開のために、妙に尖った性格にしていないところが良い。
舞台だけ用意して、そこにキャラを載せたら、あとはキャラが勝手に動きだしていていって、
その結果、このストーリーが生まれてしまった。。。という印象を受ける。
とっても自然なSSでした。
(あ、でも咲夜さんはなんかロボットっぽい人間離れした思考をしてて、「ん?」って感じはしましたが…。)

 「もうちょっと続きを読みたい!」と思わせる、最後の締めくくり方もGOOD!
文句をつけるところが、どこにあろうか!?いやない!! 
素晴らしいSSをありがとう!
45.100名前が無い程度の能力削除
ああー。おそらくコレ以上書くと皆不幸になりそうな気がする。やっぱり妖怪は信用できないENDしか思い浮かばない。
作者名に加えて原作の引用とくればコリャ欝話だなと思ってしまったからなー。
みくさん的には、書きたいことを最後まで書いたからおわり、という感じなんだと思うけれど。
46.90名前が無い程度の能力削除
洋画みたいな後ろ暗いエンド好き
まあ、あれもこれも説明しちゃうと作品の広がりは消えてしまいますしねぇ
青い仙人がやらかしたんだろう、と言う余韻、良いですね
47.100Yuya削除
青娥の目的をパチュリーに説明させて読者に伝える手法上手いと思った
48.100名前が無い程度の能力削除
最後の猫蠱毒の猫だよな…