私達の生まれてくるずっとずっと前には、もうアポロ11号は月に行ったというのに、私は地球から出ることすら難しい。
京都の繁華街にある、オープンカフェで私は途方にくれていた。
「何度、計算したって今年中に宇宙に行くのは無理よ」
秋の夕暮れの陽射しがメリーの金髪を稲穂のように染め上げている。
「メリーはあきらめが早すぎるのよ」
「蓮子はあきらめが悪すぎる」
お互いに睨み合う。視線を先に外したのはメリーだった。ほら、あきらめが早い。
「とにかく、ここを出ない? 流石に寒くなってきたわ」
メリーはデジタル仕様の腕時計を見ながら、肩をわざとらしく震わせた。たしか、その腕時計は最近人気のブランドの限定品だった筈だ。メリーにカタログを見せられたから覚えている。まったく、そんな所にお金をかけているから宇宙は遠くになるのよ。
「今、何時になったの?」
私は夕闇に輝く一番星を眺めながら、メリーに訪ねると「5時43分」と素っ気ない答えが返ってきた。
メリー、残念だけどその時計の中身はそんなに良くないよ。私の目にはメリーの答えた時間より2分遅れた時刻が映っていた。
「何よ、その憐れむような目は!?」
「いや、別にどうもしない。ただ、流行っていうのは私よりもはやく進むなって黄昏れてたのよ」
わけがわからないというようにメリーは頭を振ると、伝票をそっと私に前に差し出した。
「――――なんで、私に渡すのよ?」
「今日は絶対に遅刻はしないって言っていたのに、10分も遅刻したじゃない。一桁の遅刻なら、厳重注意で済ませたけど、二桁の遅刻は罰金よ」
不満げに腕時計を指で叩きながら、メリーは罪状を告げた。
私は黙って、それを受け取った。恋人がチェックしていたアイテムを知ってはいても、それを話題にしないでいたのは私の失策だと思ったからだ。
「――――ただね、壊れているわ」
私のあきらめの呟きは、誰に聞かれることなく消えていった。
夜の繁華街のネオンに星は影を潜めてしまう。それも、私を落ち着かなくさせていた。
「ねぇ、あきらめて別の店にしよう?」
前にはまだ20人ほど並んでいた。自然の食材を使っているとテレビで話題になったとはいえ、こんなに混んでいるとは予想外だった。これでは店に入れる頃には、空腹で私達は喧嘩していそうな気がした。
「まだ、10分しか並んでいないのよ? 子供だってもう少しは待てるわよ」
苛立った声色のメリーに怖じけてしまい、私は黙った。メリーのTime is moneyの精神は相場の移り変わりが激しい。癖で空を見上げて時間を確認しようとするが、巨大な広告塔に沮まれてしまう。そこには、紅い口紅をした美人が意味ありげな微笑を浮かべていた。
「なに、見蕩れているのよ」
「別に見蕩れてなんかいないわ」
ありふれた恋人同士の会話。私達の生まれてくるずっとずっと前から、それこそ京都の街が、まだジャングルだったころからしているやりとり。
このやりとりのベストな答えを未だに人類は見つけられないでいる。
「そうかしら? 結構な熱い眼差しだったわよ」
「だって、メリーが塗った方が似合いそうじゃない?」
広告塔に指をさしながら答えると、メリーは視線をそちらに移して値踏みを始めた。
「・・・・・・蓮子はああいう派手なのがいいの?」
視線を合わせずに訪ねるメリーの頭を帽子の上から撫でた。少し慌てた声でメリーが「はぐらかさないでよ」と囁く。
「メリー、この店の名前覚えている?」
「えっ? 何よ、急に?」
突然の話題転換に怪訝そうな顔をするメリー。私は何も言わず、ただ、微笑む。するとメリーはしぶしぶながらも考え始めてくれた。
「・・・・・・なんだっけ? たしか、誰かの名前だったような気がするけど」
思い出せず、携帯で確認しようとするのを私の手が止めた。
「答えは、ケネディよ。昔のアメリカ大統領の名前よ」
「それがどうしたよ」
「ケネディは人類が月に行くことを公約した大統領だったの。でも、彼が生きている間には辿りつけなかった」
メリーは困惑したように首を傾げた。
「ケネディの没後、アポロ11号が完成して月に行き、無事に帰還したわ。ケネディは約束を守ったのよ」
メリーは溜め息をついた。そして、私の口に一差し指を当てて強引に会話を止めた。
「前振りはいいから」
メリーの指が私の唇から離される。ちょっと名残惜しい。
「また、別の日に来よう? ちゃんとまた来るって約束するからさ」
「ケネディさんは行く前に死んじゃったのでしょう?」
「・・・うっ。私が言いたいのは二人でいる目的を忘れないでってことよ」
「目的?」
「楽しく過ごそうってことよ」
しばらく、二人で見つめ合う。メリーの瞳が少し揺れると、先に顔を背けた。あきらめたわね。
「蓮子は、約束やぶるからなぁ」
「でもメリーの嫌がることはしないでしょう」
メリーが私の手を引いて行列から抜ける。
「・・・ふふっ、知ってるわよ」
何十分ぶりの笑顔かは星の見えない私には分からない。ただ、美人が意味有りげな微笑を浮かべるだけである。
京都駅の近くにあるデパート地下の食品売場。簡単に言えばデパ地下。
私達は、何を食べるかと話しながら歩いていると駅まで来ていた。そこで、古今東西の駅弁祭りのチラシを受け取り、のこのこと入場してしまった。
「結構、大々的にやっているのね」
メリーはデパ地下に並ぶ屋台と行き交う人々に視線が振り回されている。ふらふらと歩いて行こうとするメリーの手を握り直す。放って置くと誰かにぶつかりそうである。今も私が手を引かなければ、子供とぶつかるとこだった。
「とりあえず、端から回って行こう」
ちょっと浮き足立っていたのを自分でも自覚したのか、メリーは頬を掻いた。
出入り口は同じ場所なので端から回って行けば全部回れるよう屋台は並んでいた。
半分ほど屋台を回った辺りで、私は失敗したと思い始めた。空腹で駅弁をみると三割増しで美味しそうに見えて、買いすぎてしまっている。既に私達二人で食べるには多すぎる量を買い込んでいる。手を繋いでいなかったら、もっと買い込んでいたかも知れない。恐るべき祭りマジック。
「ちょっと、買いすぎたかしら?」
メリーも同じことを考えていたらしい。
「そうね。どうする?」
もう半分、回っても買うわけにはいかない。
「うーん。蓮子に任せる」
「メリー、それずるい」
口をとがらせて抗議するが、メリーに優しく手を握り直されると頼られていると勘違いしてしまいそうになる。
「蓮子の好きなようにしていいよ」
信じきった顔で好きにしていいと言うのは反則だとおもう。空腹と邪な考えで頭の中でバグっちゃいそうだ。
「じゃあ、来たのとは別ルートで出口まで行こう。そうすれば、四分の三は見て回ることになるわ。それで私の家に帰って食べましょう」
別に邪な考えでメリーを家に連れ込もうとしている訳ではない。
「お腹もつの? 此処にも飲食スペースあるみたいだけど・・・」
「落ち着かないから帰りましょう!」
ちょっと声が大きくなったが、空腹のせいだ。
「そんなに家がいいなら、私はいいけど・・・」
「じゃあ、行きましょう!」
ちょっと、強めにメリーの手を引いて歩き始める。そんな私の背でメリーが笑ったように感じたが確認する勇気はでない。
出口付近まで行くとちょっと変わった屋台があった。他の屋台はどこも和風の装飾をしていたのだが、そこだけは幾何学的な装飾を施されていた。
「あっ! 蓮子、あそこパンフに載っていた宇宙食の屋台よ」
いつの間にか、メリーの手にはパンフが握られている。一緒にいたけどそんなもの配っていたのだろうか? 気がつかなかった。メリーにパンフを見せてもらう。
現在月面の宇宙ステーションの主要な移動手段はモノレールである。そして小さいが観光用に駅も存在する。月面旅行のパンフにも駅の写真が載っているのも見たことがあるし、そこに食べ物関係も載っており憬れてもいた。
「でも、きっと地球で作った宇宙食よね・・・」
「日本で作ったイタリア料理みたいなものよ。むしろ、日本人の舌に合った味付けになっているわよ」
屋台には魚と肉がそれぞれメインの弁当が二種類販売されていた。どっちにするか悩んでいると、メリーが弁当を二つ掴んで「奢ってあげる」と先にお金を払ってしまった。
「奢って貰わなくても大丈夫よ」
「いいのよ。本当は月で食べたいんでしょう? だったら、その時までお金を使う必要はないわよ」
「――――ありがとう」
祭りの会場を出ると、そのまま電車に乗り込み、私の家の最寄り駅まで向かう。
奢って貰った弁当を膝に乗せて、メリーの手を握りながら車窓に映る三日月を眺めていると、これはこれで理想的な光景な気がしてきた。メリーの手は弁当より冷たく、月光よりあたたかい。
駅を出て、二人で手を繋ぎながら夜道を歩く。進行方向の空には三日月が浮かんでいた。私達は喋らずに月を眺めながら進む。弁当の袋が、かさかさと擦れる音だけが響いている。手から伝わるメリーの温もりが優しいと思えた。本当に静かで、もしかしたら、ここは異界なのかもしれない。メリーと一緒だから、ありえないことではない。だとしたら、このまま進めば何処まで行けるのだろうか? 横目でちらっとメリーを盗み見ると金髪が月明かりに照らされて綺麗だった。月の人間ですと言われても今なら信じられた。もしかしたら、メリーは月にこのまま帰ってしまうのかもしれない。もしそうなら、私も一緒に月まで行こう。両親には月からメールでも送ればいい。
離ればなれになる恋人達になるよりも、愛に身を投げる恋人達の方が似合っているし、素敵だと思う。
メリーが口笛を吹き始めた。知っている曲だけど曲名が思い出せない。私が生まれてくるずっずっと前にはもう作られていた曲だった思う。メリーに聞けば分かるのだろうけど、止めたくはなかった。
だから、私もメリーに合せて一緒に口笛を吹く。吹いたら、思い出しそうな気がしたけど思いだせなかった。でも、楽しい。きっと、この街がジャングルだったころから、変わらない恋人達のやりとり。きっと月は今と同じようにその歴史を見守ってきたのだろう。いつか、その話をメリーと月まで聴きに行けたらいいなと想う。
京都の繁華街にある、オープンカフェで私は途方にくれていた。
「何度、計算したって今年中に宇宙に行くのは無理よ」
秋の夕暮れの陽射しがメリーの金髪を稲穂のように染め上げている。
「メリーはあきらめが早すぎるのよ」
「蓮子はあきらめが悪すぎる」
お互いに睨み合う。視線を先に外したのはメリーだった。ほら、あきらめが早い。
「とにかく、ここを出ない? 流石に寒くなってきたわ」
メリーはデジタル仕様の腕時計を見ながら、肩をわざとらしく震わせた。たしか、その腕時計は最近人気のブランドの限定品だった筈だ。メリーにカタログを見せられたから覚えている。まったく、そんな所にお金をかけているから宇宙は遠くになるのよ。
「今、何時になったの?」
私は夕闇に輝く一番星を眺めながら、メリーに訪ねると「5時43分」と素っ気ない答えが返ってきた。
メリー、残念だけどその時計の中身はそんなに良くないよ。私の目にはメリーの答えた時間より2分遅れた時刻が映っていた。
「何よ、その憐れむような目は!?」
「いや、別にどうもしない。ただ、流行っていうのは私よりもはやく進むなって黄昏れてたのよ」
わけがわからないというようにメリーは頭を振ると、伝票をそっと私に前に差し出した。
「――――なんで、私に渡すのよ?」
「今日は絶対に遅刻はしないって言っていたのに、10分も遅刻したじゃない。一桁の遅刻なら、厳重注意で済ませたけど、二桁の遅刻は罰金よ」
不満げに腕時計を指で叩きながら、メリーは罪状を告げた。
私は黙って、それを受け取った。恋人がチェックしていたアイテムを知ってはいても、それを話題にしないでいたのは私の失策だと思ったからだ。
「――――ただね、壊れているわ」
私のあきらめの呟きは、誰に聞かれることなく消えていった。
夜の繁華街のネオンに星は影を潜めてしまう。それも、私を落ち着かなくさせていた。
「ねぇ、あきらめて別の店にしよう?」
前にはまだ20人ほど並んでいた。自然の食材を使っているとテレビで話題になったとはいえ、こんなに混んでいるとは予想外だった。これでは店に入れる頃には、空腹で私達は喧嘩していそうな気がした。
「まだ、10分しか並んでいないのよ? 子供だってもう少しは待てるわよ」
苛立った声色のメリーに怖じけてしまい、私は黙った。メリーのTime is moneyの精神は相場の移り変わりが激しい。癖で空を見上げて時間を確認しようとするが、巨大な広告塔に沮まれてしまう。そこには、紅い口紅をした美人が意味ありげな微笑を浮かべていた。
「なに、見蕩れているのよ」
「別に見蕩れてなんかいないわ」
ありふれた恋人同士の会話。私達の生まれてくるずっとずっと前から、それこそ京都の街が、まだジャングルだったころからしているやりとり。
このやりとりのベストな答えを未だに人類は見つけられないでいる。
「そうかしら? 結構な熱い眼差しだったわよ」
「だって、メリーが塗った方が似合いそうじゃない?」
広告塔に指をさしながら答えると、メリーは視線をそちらに移して値踏みを始めた。
「・・・・・・蓮子はああいう派手なのがいいの?」
視線を合わせずに訪ねるメリーの頭を帽子の上から撫でた。少し慌てた声でメリーが「はぐらかさないでよ」と囁く。
「メリー、この店の名前覚えている?」
「えっ? 何よ、急に?」
突然の話題転換に怪訝そうな顔をするメリー。私は何も言わず、ただ、微笑む。するとメリーはしぶしぶながらも考え始めてくれた。
「・・・・・・なんだっけ? たしか、誰かの名前だったような気がするけど」
思い出せず、携帯で確認しようとするのを私の手が止めた。
「答えは、ケネディよ。昔のアメリカ大統領の名前よ」
「それがどうしたよ」
「ケネディは人類が月に行くことを公約した大統領だったの。でも、彼が生きている間には辿りつけなかった」
メリーは困惑したように首を傾げた。
「ケネディの没後、アポロ11号が完成して月に行き、無事に帰還したわ。ケネディは約束を守ったのよ」
メリーは溜め息をついた。そして、私の口に一差し指を当てて強引に会話を止めた。
「前振りはいいから」
メリーの指が私の唇から離される。ちょっと名残惜しい。
「また、別の日に来よう? ちゃんとまた来るって約束するからさ」
「ケネディさんは行く前に死んじゃったのでしょう?」
「・・・うっ。私が言いたいのは二人でいる目的を忘れないでってことよ」
「目的?」
「楽しく過ごそうってことよ」
しばらく、二人で見つめ合う。メリーの瞳が少し揺れると、先に顔を背けた。あきらめたわね。
「蓮子は、約束やぶるからなぁ」
「でもメリーの嫌がることはしないでしょう」
メリーが私の手を引いて行列から抜ける。
「・・・ふふっ、知ってるわよ」
何十分ぶりの笑顔かは星の見えない私には分からない。ただ、美人が意味有りげな微笑を浮かべるだけである。
京都駅の近くにあるデパート地下の食品売場。簡単に言えばデパ地下。
私達は、何を食べるかと話しながら歩いていると駅まで来ていた。そこで、古今東西の駅弁祭りのチラシを受け取り、のこのこと入場してしまった。
「結構、大々的にやっているのね」
メリーはデパ地下に並ぶ屋台と行き交う人々に視線が振り回されている。ふらふらと歩いて行こうとするメリーの手を握り直す。放って置くと誰かにぶつかりそうである。今も私が手を引かなければ、子供とぶつかるとこだった。
「とりあえず、端から回って行こう」
ちょっと浮き足立っていたのを自分でも自覚したのか、メリーは頬を掻いた。
出入り口は同じ場所なので端から回って行けば全部回れるよう屋台は並んでいた。
半分ほど屋台を回った辺りで、私は失敗したと思い始めた。空腹で駅弁をみると三割増しで美味しそうに見えて、買いすぎてしまっている。既に私達二人で食べるには多すぎる量を買い込んでいる。手を繋いでいなかったら、もっと買い込んでいたかも知れない。恐るべき祭りマジック。
「ちょっと、買いすぎたかしら?」
メリーも同じことを考えていたらしい。
「そうね。どうする?」
もう半分、回っても買うわけにはいかない。
「うーん。蓮子に任せる」
「メリー、それずるい」
口をとがらせて抗議するが、メリーに優しく手を握り直されると頼られていると勘違いしてしまいそうになる。
「蓮子の好きなようにしていいよ」
信じきった顔で好きにしていいと言うのは反則だとおもう。空腹と邪な考えで頭の中でバグっちゃいそうだ。
「じゃあ、来たのとは別ルートで出口まで行こう。そうすれば、四分の三は見て回ることになるわ。それで私の家に帰って食べましょう」
別に邪な考えでメリーを家に連れ込もうとしている訳ではない。
「お腹もつの? 此処にも飲食スペースあるみたいだけど・・・」
「落ち着かないから帰りましょう!」
ちょっと声が大きくなったが、空腹のせいだ。
「そんなに家がいいなら、私はいいけど・・・」
「じゃあ、行きましょう!」
ちょっと、強めにメリーの手を引いて歩き始める。そんな私の背でメリーが笑ったように感じたが確認する勇気はでない。
出口付近まで行くとちょっと変わった屋台があった。他の屋台はどこも和風の装飾をしていたのだが、そこだけは幾何学的な装飾を施されていた。
「あっ! 蓮子、あそこパンフに載っていた宇宙食の屋台よ」
いつの間にか、メリーの手にはパンフが握られている。一緒にいたけどそんなもの配っていたのだろうか? 気がつかなかった。メリーにパンフを見せてもらう。
現在月面の宇宙ステーションの主要な移動手段はモノレールである。そして小さいが観光用に駅も存在する。月面旅行のパンフにも駅の写真が載っているのも見たことがあるし、そこに食べ物関係も載っており憬れてもいた。
「でも、きっと地球で作った宇宙食よね・・・」
「日本で作ったイタリア料理みたいなものよ。むしろ、日本人の舌に合った味付けになっているわよ」
屋台には魚と肉がそれぞれメインの弁当が二種類販売されていた。どっちにするか悩んでいると、メリーが弁当を二つ掴んで「奢ってあげる」と先にお金を払ってしまった。
「奢って貰わなくても大丈夫よ」
「いいのよ。本当は月で食べたいんでしょう? だったら、その時までお金を使う必要はないわよ」
「――――ありがとう」
祭りの会場を出ると、そのまま電車に乗り込み、私の家の最寄り駅まで向かう。
奢って貰った弁当を膝に乗せて、メリーの手を握りながら車窓に映る三日月を眺めていると、これはこれで理想的な光景な気がしてきた。メリーの手は弁当より冷たく、月光よりあたたかい。
駅を出て、二人で手を繋ぎながら夜道を歩く。進行方向の空には三日月が浮かんでいた。私達は喋らずに月を眺めながら進む。弁当の袋が、かさかさと擦れる音だけが響いている。手から伝わるメリーの温もりが優しいと思えた。本当に静かで、もしかしたら、ここは異界なのかもしれない。メリーと一緒だから、ありえないことではない。だとしたら、このまま進めば何処まで行けるのだろうか? 横目でちらっとメリーを盗み見ると金髪が月明かりに照らされて綺麗だった。月の人間ですと言われても今なら信じられた。もしかしたら、メリーは月にこのまま帰ってしまうのかもしれない。もしそうなら、私も一緒に月まで行こう。両親には月からメールでも送ればいい。
離ればなれになる恋人達になるよりも、愛に身を投げる恋人達の方が似合っているし、素敵だと思う。
メリーが口笛を吹き始めた。知っている曲だけど曲名が思い出せない。私が生まれてくるずっずっと前にはもう作られていた曲だった思う。メリーに聞けば分かるのだろうけど、止めたくはなかった。
だから、私もメリーに合せて一緒に口笛を吹く。吹いたら、思い出しそうな気がしたけど思いだせなかった。でも、楽しい。きっと、この街がジャングルだったころから、変わらない恋人達のやりとり。きっと月は今と同じようにその歴史を見守ってきたのだろう。いつか、その話をメリーと月まで聴きに行けたらいいなと想う。
なんというか歌詞を書き写してそこに地の文を捩じ込んだみたいなちぐはぐさを感じてしまう