前書き
あの狡猾な鴉天狗が私の下へやって来たのは、何日前のことだっただろうか。そこまで前だった訳ではないけど――記憶が曖昧なのは間違いない。そもそも、そんなことは正直至極どうでもいいことだったのは言うまでもなく、鴉天狗が私のところへやって来た日付や時間を一々覚えているなら、よっぽど読書内容の把握に努めた方が、ずっと有意義であり、事実私はそうしようとした。
しかし、そうはならなかった。
彼女はまさに単刀直入に私にこう提案したのだ――「日記を、纏めてみませんか?」――日時を把握することはしなかったし、私は単に、意味なんてないから、なんて理由で、にべもなくその誘いを断ったのだ。
意味なんてない――そう、私が日記を纏めることになんら意味はない。私に対するプラス要素が見当たらない。非常に利己主義である私には何故私なのかという理由が思い浮かばない。だから私も単刀直入な、理由を問い返した。
こうして思い返してみると、どうでもいい記憶と散々宣っていた過去がありありと目の前に浮かんでくるように、先程とはうってかわって鮮明に描写できる。我ながらの記憶力を誇る場面なのか、それとも二転三転する心情を恥ずべきなのか、少なくとも筆を取っている今は解らない。筆を置いて、見返してみた時に気付くだろう。
私が鴉天狗に問い返すと、彼女は新聞のネタに使うとはにかみながら返答した。いい笑顔だな、と思ったことを覚えている。
しかし、次の瞬間にはふと思い至ることがあった。私がこれを執筆してしまうのなら、彼女には何の仕事があるのだろう。校正か、添削か……。いい機会だし(前にも後にも、二度とないだろう)、私はそれも訊いてみた。
そして呆れた。
どうやら彼女は、私に内容文を書かせて、それをそっくりそのまま新聞に載せようと画策していたらしい。
当然私は、彼女の怠慢にわざわざ手を貸す理由なんてなかった上に、正直面倒な気がして、彼女を押し帰した。
と言うか、咲夜がつまみ出したのだろうけど――私が帰るよう促した時には、影も形もなかったからだ。
それから暫くは、いや今に至ってさえ、彼女とは接点はないのだけど、しかし胸の中につっかえるものがあった。何だろう、私は、どうしたんだろうとひたすらにひたむきに熟考を重ねる。そのモヤモヤが私にはどうしても理解できなかった。
だから、小悪魔に訊いてみた。
「パチュリー様、多分……恋ですよ」
恋らしい。
彼女は恥じらうように顔を赤くしつつ、モジモジとしながらそう答えた。私の予想では、彼女は二つほど大きな間違いを犯している。
その日以降、小悪魔の対応がどこか乙女チックになったので、私はそろそろ次の使い魔のことを視野に入れつつ、しかし未だに解決していない胸のつっかえを思慮し、なら今度は誰に聞いてみるか考えながら廊下を歩いていると、バッタリと咲夜に出会った。ちょうどいい機会に、とばかりに小悪魔と同じ質問をぶつけてみた。
「……申し上げにくいですが、パチュリー様。恐らくは……結核ではないかと」
結核らしい。
自前の喘息がいつの間にかクラスチェンジ……いや、ジョブチェンジを遂げていたらしい。なんだかとてつもない話である。
因みに私は近頃、喘息は安定しており、苦しいことは全然ない。仮に結核がこの程度ならば、大歓迎というものだ。
咲夜はその日から、私の行動に対して一々要らぬ世話を焼くようになった。気遣いはありがたい話だけど、万が一の為にとトイレにまで追跡されてはたまったものではない。そろそろ自分の周囲を粗方消し飛ばせる魔法でも考えようか思案中だ。そもそも咲夜が付き従うのは私ではなくレミィであるはずだ。小悪魔が恐ろしい形相で睨み付けてるの凄く怖いし、少し自重してほしい。
……レミィ、そう、レミィ。
あの時の私は、親愛なる友人に最後の希望を見出だしたと言っても決して過言じゃあなかった。私の気持ちを理解してくれるのは、最高の親友たる永遠に紅き幼い月、レミリア・スカーレットを置いて他ならないと、心の底からそう信じていた。
ただのすがり付きかも知れないけど。
そうやって、薄っぺらな希望に頼るしかなかったのだ。
あの時の私は――シャーロック・ホームズとワトソン君、ドラえもんとのび太くん、彼ら以上の友情をレミィに対して感じ取っていた。
……正体不明の感情――書いてみたいと思う心な訳だけど――私はそれに対する知的好奇心、また咲夜と小悪魔――かの二人の異様な変化に対する恐怖――それらにより上がるテンションに、踊らされているかのようだった。私は広い紅魔館を目一杯飛ばしてレミィのところへ向かった。
「……胸のつっかえ?モヤモヤ?」
「そうよ、レミィ。何か心当たりはあるかしら?」
レミィは初めキョトンとしたか顔をしていた。いきなりなんだコイツは、みたいな猜疑心に道溢れたような顔をしていた。私はそれ以上急かすようなことは一切しなかった。
今思えば、それは明らかにドン引きと言うか……鼻息悪く部屋に転がり込んできた友人を本気で心配しているようだったが、私がそれ以上に、最早異常に真剣であることを察したのか、深く掘り下げることなく、レミィは悩んでくれた。
「……間違いないわね」
「何!何か解ったの!?」
「パチェ、落ち着いて聞いてね」
「ええ……!」
「パチェ、余り暴飲暴食はしちゃダメよ、それに食べた後にすぐに横になるのも……」
胸焼けらしい。
その日以降、レミィは食事中に度々私を注意するようになった。元々少食な私の食事が、さらに制限されたせいもあって(咲夜のストーキングと小悪魔の乙女反応も相成って)、私はさらに顔色が悪くなっていくのを自身で感じていた。
レミィ、私は貴方よりも少食だし、好き嫌いは少ないわよ……。
私がゲッソリと(若しくはげんなりと)しているのを見かねてか、つい昨日のこと、私は話しかけてくる者がいた。
中華人民共和国代表、美鈴だ。
彼女は最初から宛にならないと踏んで、一切この話題を振ることはなかったのだけど、しかし今回ばかりは、藁にもすがる思いで彼女に質問した。
と言うか、正直なところ、自暴自棄だった。
これ以上悪化したところで……とばかりに、投げ遣りに。
美鈴からは、とても簡単な回答が返ってきた。
「それって、日記を書いてみたいということなんじゃないですかね?」
「書いてみたい……」
「書いてみたいし、評価もしてもらいたい。でもべもなく断ったから、今更頼みづらい……みたいな心情じゃないですか?」
「……書いてみたい……」
「恋や結核や胸焼けが違うなら、恐らくは」
やはり彼女も、そんなことを考えていたらしい。
読む側から書く側へ、一歩踏み出したい……けど、踏み出せない。
変なプライドと謎のエゴで機を逃してしまったことの後悔。
それが私の胸のつっかえの正体。
そうして私は、今、こうして筆を持っているわけで、これから約一週間に渡って、自分観察日記、日常の手記を記すことになった経緯である。
美鈴に気づかされるのは些か癪ではあるけれど……今回に限って見逃してあげようか。
正直な話、私の日常なんてあ面白いことなんて皆無だろう。今回みたいな、ダラダラとしたエピソードかあるかさえも不明だ。ドラマチックな展開なんて有り得ないし、ロマンチックな物語なんて起こり得ない。グダグダとウダウダと、下らないエピソードを並べていくだけ。日常がテーマだから仕方ないと言えば仕方ないけど。
では兎に角、今日はここまでと言うことで。
明日は何が起こるか、少しばかりワクワクしつつ。
今日のところは、筆を置いて、本を閉じることにしよう。
ではまた明日。
著:パチュリー・ノーレッジ
あの狡猾な鴉天狗が私の下へやって来たのは、何日前のことだっただろうか。そこまで前だった訳ではないけど――記憶が曖昧なのは間違いない。そもそも、そんなことは正直至極どうでもいいことだったのは言うまでもなく、鴉天狗が私のところへやって来た日付や時間を一々覚えているなら、よっぽど読書内容の把握に努めた方が、ずっと有意義であり、事実私はそうしようとした。
しかし、そうはならなかった。
彼女はまさに単刀直入に私にこう提案したのだ――「日記を、纏めてみませんか?」――日時を把握することはしなかったし、私は単に、意味なんてないから、なんて理由で、にべもなくその誘いを断ったのだ。
意味なんてない――そう、私が日記を纏めることになんら意味はない。私に対するプラス要素が見当たらない。非常に利己主義である私には何故私なのかという理由が思い浮かばない。だから私も単刀直入な、理由を問い返した。
こうして思い返してみると、どうでもいい記憶と散々宣っていた過去がありありと目の前に浮かんでくるように、先程とはうってかわって鮮明に描写できる。我ながらの記憶力を誇る場面なのか、それとも二転三転する心情を恥ずべきなのか、少なくとも筆を取っている今は解らない。筆を置いて、見返してみた時に気付くだろう。
私が鴉天狗に問い返すと、彼女は新聞のネタに使うとはにかみながら返答した。いい笑顔だな、と思ったことを覚えている。
しかし、次の瞬間にはふと思い至ることがあった。私がこれを執筆してしまうのなら、彼女には何の仕事があるのだろう。校正か、添削か……。いい機会だし(前にも後にも、二度とないだろう)、私はそれも訊いてみた。
そして呆れた。
どうやら彼女は、私に内容文を書かせて、それをそっくりそのまま新聞に載せようと画策していたらしい。
当然私は、彼女の怠慢にわざわざ手を貸す理由なんてなかった上に、正直面倒な気がして、彼女を押し帰した。
と言うか、咲夜がつまみ出したのだろうけど――私が帰るよう促した時には、影も形もなかったからだ。
それから暫くは、いや今に至ってさえ、彼女とは接点はないのだけど、しかし胸の中につっかえるものがあった。何だろう、私は、どうしたんだろうとひたすらにひたむきに熟考を重ねる。そのモヤモヤが私にはどうしても理解できなかった。
だから、小悪魔に訊いてみた。
「パチュリー様、多分……恋ですよ」
恋らしい。
彼女は恥じらうように顔を赤くしつつ、モジモジとしながらそう答えた。私の予想では、彼女は二つほど大きな間違いを犯している。
その日以降、小悪魔の対応がどこか乙女チックになったので、私はそろそろ次の使い魔のことを視野に入れつつ、しかし未だに解決していない胸のつっかえを思慮し、なら今度は誰に聞いてみるか考えながら廊下を歩いていると、バッタリと咲夜に出会った。ちょうどいい機会に、とばかりに小悪魔と同じ質問をぶつけてみた。
「……申し上げにくいですが、パチュリー様。恐らくは……結核ではないかと」
結核らしい。
自前の喘息がいつの間にかクラスチェンジ……いや、ジョブチェンジを遂げていたらしい。なんだかとてつもない話である。
因みに私は近頃、喘息は安定しており、苦しいことは全然ない。仮に結核がこの程度ならば、大歓迎というものだ。
咲夜はその日から、私の行動に対して一々要らぬ世話を焼くようになった。気遣いはありがたい話だけど、万が一の為にとトイレにまで追跡されてはたまったものではない。そろそろ自分の周囲を粗方消し飛ばせる魔法でも考えようか思案中だ。そもそも咲夜が付き従うのは私ではなくレミィであるはずだ。小悪魔が恐ろしい形相で睨み付けてるの凄く怖いし、少し自重してほしい。
……レミィ、そう、レミィ。
あの時の私は、親愛なる友人に最後の希望を見出だしたと言っても決して過言じゃあなかった。私の気持ちを理解してくれるのは、最高の親友たる永遠に紅き幼い月、レミリア・スカーレットを置いて他ならないと、心の底からそう信じていた。
ただのすがり付きかも知れないけど。
そうやって、薄っぺらな希望に頼るしかなかったのだ。
あの時の私は――シャーロック・ホームズとワトソン君、ドラえもんとのび太くん、彼ら以上の友情をレミィに対して感じ取っていた。
……正体不明の感情――書いてみたいと思う心な訳だけど――私はそれに対する知的好奇心、また咲夜と小悪魔――かの二人の異様な変化に対する恐怖――それらにより上がるテンションに、踊らされているかのようだった。私は広い紅魔館を目一杯飛ばしてレミィのところへ向かった。
「……胸のつっかえ?モヤモヤ?」
「そうよ、レミィ。何か心当たりはあるかしら?」
レミィは初めキョトンとしたか顔をしていた。いきなりなんだコイツは、みたいな猜疑心に道溢れたような顔をしていた。私はそれ以上急かすようなことは一切しなかった。
今思えば、それは明らかにドン引きと言うか……鼻息悪く部屋に転がり込んできた友人を本気で心配しているようだったが、私がそれ以上に、最早異常に真剣であることを察したのか、深く掘り下げることなく、レミィは悩んでくれた。
「……間違いないわね」
「何!何か解ったの!?」
「パチェ、落ち着いて聞いてね」
「ええ……!」
「パチェ、余り暴飲暴食はしちゃダメよ、それに食べた後にすぐに横になるのも……」
胸焼けらしい。
その日以降、レミィは食事中に度々私を注意するようになった。元々少食な私の食事が、さらに制限されたせいもあって(咲夜のストーキングと小悪魔の乙女反応も相成って)、私はさらに顔色が悪くなっていくのを自身で感じていた。
レミィ、私は貴方よりも少食だし、好き嫌いは少ないわよ……。
私がゲッソリと(若しくはげんなりと)しているのを見かねてか、つい昨日のこと、私は話しかけてくる者がいた。
中華人民共和国代表、美鈴だ。
彼女は最初から宛にならないと踏んで、一切この話題を振ることはなかったのだけど、しかし今回ばかりは、藁にもすがる思いで彼女に質問した。
と言うか、正直なところ、自暴自棄だった。
これ以上悪化したところで……とばかりに、投げ遣りに。
美鈴からは、とても簡単な回答が返ってきた。
「それって、日記を書いてみたいということなんじゃないですかね?」
「書いてみたい……」
「書いてみたいし、評価もしてもらいたい。でもべもなく断ったから、今更頼みづらい……みたいな心情じゃないですか?」
「……書いてみたい……」
「恋や結核や胸焼けが違うなら、恐らくは」
やはり彼女も、そんなことを考えていたらしい。
読む側から書く側へ、一歩踏み出したい……けど、踏み出せない。
変なプライドと謎のエゴで機を逃してしまったことの後悔。
それが私の胸のつっかえの正体。
そうして私は、今、こうして筆を持っているわけで、これから約一週間に渡って、自分観察日記、日常の手記を記すことになった経緯である。
美鈴に気づかされるのは些か癪ではあるけれど……今回に限って見逃してあげようか。
正直な話、私の日常なんてあ面白いことなんて皆無だろう。今回みたいな、ダラダラとしたエピソードかあるかさえも不明だ。ドラマチックな展開なんて有り得ないし、ロマンチックな物語なんて起こり得ない。グダグダとウダウダと、下らないエピソードを並べていくだけ。日常がテーマだから仕方ないと言えば仕方ないけど。
では兎に角、今日はここまでと言うことで。
明日は何が起こるか、少しばかりワクワクしつつ。
今日のところは、筆を置いて、本を閉じることにしよう。
ではまた明日。
著:パチュリー・ノーレッジ
続きがあるなら纏めて投稿した方がいいですよ
これからの展開に期待、という意味も込めて80点
1さん、2さん
評価ありがとうございます!
また、1さんの助言通り、今度からは纏めるようにします。
前書きとして書かれ、それで物語が成立しており、面白いと感じました
ここで終わらせるのが綺麗だと思いますが、そうですか続きますか……期待半分不安半分でこの点数です
そして日記の続きが気になる。
流石ですね。文章力もあり、それでいて、読みやすくて大変よかったです。
結核ww笑わせて貰いましたw
ただ、結核の次を期待しすぎて、ちょっとインパクトが弱かったので90点です。
読み易くてちょっとした笑いもありで良かったです。