Coolier - 新生・東方創想話

*たべられません

2012/10/07 22:53:17
最終更新
サイズ
6.18KB
ページ数
1
閲覧数
2269
評価数
6/17
POINT
960
Rate
10.94

分類タグ

「たべられないのかー」
がくりと膝を崩して、倒木の上に座り込む妖怪の少女。ひどい落胆具合だが、彼女の側に身をおいて考えればそれは無理も無かった。2日間も、暗闇の中をさまよってやっと見つけた獲物だと思ったのに。まさかの、たべられません。
「残念ながらね。私の肉はあなた達が喰えば毒になる」
そう答えるのは――落胆している彼女よりすこしばかり年上に見える――少女であった。暗闇の中にあってもなおその色を失わない空色の髪が動きに合わせて幾筋かきらりと輝く。服の装飾に連なった宝玉は自ら光を放ち、青から黄色、赤へと七色に移り変わるこの世ならざる珠玉。その明りに照らされれば、均整の整った顔立ちが闇の中に美しく浮かび上がる。花の唇、通るような鼻筋、意志の強そうな紅玉の目。とても人間とは思えない美しさと身形。少女の名、比那名居天子。その容姿に違わずして、彼女は天人であった。
 ごめんなさいね、とその少女の隣に掛けて頭を撫でる天子。蜂蜜色の髪を優しく、そっと撫でてやると、妖怪の少女は気持ちよさそうに目を細めて天子の体に寄りかかった。
「うぅん、べつに平気。次を探すから」
食べられてやれなくてごめんなさい、とは妙な話だけれど。と天子は思う。けれど、彼女の落胆具合と、先ほどからしきりに聞こえる腹の虫の喚き声がなんとなく彼女の心を攻めたてるのだった。
「あの……桃でよかったらあるんだけど」
「いいの!?」
ぱぁっ、と妖怪の少女の顔が明るくなる。いや、あいも変わらずこの空間は暗いままなのだが、光を放ちそうなくらいに。
「えぇ、いいわよ。今日はもう挨拶に行くところは行ったし」
天子は手に提げていた籠から桃を取り出し、彼女に手渡す。人食い妖怪に、身体能力増強効果のある桃を渡していいものかと一瞬戸惑ったが、ざくろ石みたいな瞳が僅かな光源を捉えてきらきらと期待に満ちて輝くその様を見るとどうにも。
「わはぁ~! ありがとう!」
暗くてよく見えないけれど、とても可愛い笑顔だと、天子はそう思った。桃をあげてよかったな、と。
 妖怪の少女はそれを受け取ると皮をむきもせずにそのままかじりつき、一心に食べ始めた。音からして、種も噛み砕いて食べてしまっているようだ。もちろん人間の骨を噛み砕いて下すよりはずっと楽なのだろうが、おいしくないのではなかろうか、桃の種は。
「あなた、名前は?」
少女が桃を食べ終えるのを待って天子は彼女に問いかけた。
「んー? ルーミア。あなたは?」
口も拭かずに、こっちに向き直って答えるルーミア。飲み込んだ空気を「けふぅ」と吐き出せば、桃の果汁で桜色の唇がきらきらと光って見える。
「比那名居天子。天人よ。あと、しっかり口を拭きなさいな。痒くなるわよ?」
天子はスカートのポケットからハンカチを取り出し、ルーミアの口の周りをそっと拭いてやった。
「えへへ、ありがと」
「どういたしまして」
ハンカチを畳んでポケットにしまう。だいぶ時間がたって、ようやく闇に目が慣れてきたのだろう。無邪気な笑顔で笑いかけるルーミアがさっきよりもより鮮明に見える。その時天子は焦燥のような、なんとも言えない感情を胸の中に感じた。
 闇というのは不思議なもので、いつもとは違う感情を抱かせるものだ。たとえば寂しくなって、目の前にいる誰でもいいから頼りたくなる気持ち。あるいはその相手を守りたくなる、いとおしく思う気持ち。夜の闇が持つ魔力。
「……どうやら私はあまりここに長居しないほうがいいようね」
天子はそんな思いから立ち上がる。すると、立ち上がる彼女のスカートの裾をルーミアがぎゅっと掴んだ。
「待って、もうちょっとここにいて」
立ち去ろうとする天子に、請う。その表情はとても人食い妖怪とは思えない……ただの寂しがりの少女のものだった。
「……闇の中って、とっても寂しいんだ」
そうか、この子自身が夜の闇の魔力に蝕まれているんだ。天子は、万年闇の中に身をおく少女に少し同情を覚えた。仕方なく、彼女の隣に戻って倒木に腰掛けそっと彼女の頭を撫ぜる。
「わかった。もう少しだけね」
さわり心地のよい、柔らかな毛髪。
「うん、おねがい」
天子にぴたりと寄りかかり、ルーミアは嬉しそうに頬を赤らめ、えへへと笑う。
「本当はね、私。人間が大好きなんだ。……食べ物って意味だけじゃなくて」
いつの間にか天子の腕をぎゅーっと抱いている、ルーミアが話し始める。
「人間ってさ、あったかいんだー。それが大好き。けどね。やっぱり食べ物は食べ物なんだよね。どんなに我慢しても、結局お腹がすいて食べちゃう。最初から食べるつもりで近づく時だってたくさんある」
遠い目。重く重なる漆黒の闇の向こうを見据えるような、そんな瞳で彼女は続けた。
「けれど、あなたは食べられない人類だから。こうして一緒にいても、食べなくて済むの」
なるほど、つまるところ観賞用か。野菜を愛でる人はそう多くないが、観賞用の植物を愛でる者は多い。食べられないからこそ、役に立たないからこそ。
「とはいえ、私も結構人間離れしてるわよ?」
「けど、あったかいよー?」
「一応元人間だからね」
「そーなのかー」
「妖怪は暖かくないの?」
「あったかいのもいるよー。けど、そうじゃないのもいっぱいいる」
虫だったり、氷だったり。そういう変温動物や無生物の妖怪はきっと暖かくは無いんだろうな~、と天子は思い当たる。
 そうなんだ、と返事を返し天子は暫く押し黙った。やれやれ、人間が好きな人食い妖怪か。
 彼女の周りはいつでも夜になるらしい。地面から立ち上る夜の香りに、虫の声。これはこれで風情があっていいとは思うのだけれど。この闇の向こうには真昼の世界が広がっている。きっとこの子はその世界に焦がれているのではないかな、とも思う。
「あなた、妖怪に向いてないんじゃない?」
暫く考えた果てに、天子は思ったことを結局そのまま口に出した。
「そうかなぁ。けど確かに、今度生まれる時は人間がいいなー」
ルーミアはこくと頷き、そして天子の腕を放した。
「少なくとも今はこの体で頑張るしかないんだ。だから、たまにこうして誰かに甘えたい。食べられない、誰かに」
彼女が立ち上がる気配。闇の中に、黒い服が融けて蜂蜜色の金髪だけがよく映えて見える。
「ありがとうね、天人のお姉ちゃん。また、こうやって甘えてもいいかな?」
一陣の風が舞い、そして木の葉がざわめく。どうやら彼女が飛び立つらしい。
「そうね、かまわないわ」
天子が答えて、そしてルーミアに向かって手を振ると、彼女はちらりとこちらを振り返り、そして暫しふわふわと宙にとどまった後に飛び去った。
 その後姿を眺めていると、程なくして天子の視界は白一色に転じ、ルーミアの引き連れる闇はその中に消えて何時の間にやら見えなくなっていた。
 やがて光に目が慣れると、細めていた目をゆっくりと開き辺りを見回す。思っていたほど周囲は開けておらず、意外と狭い空間に切り倒された短い丸太の上に腰掛けていたことを彼女は知る。闇に覆われている時は、この空間が無限であるかのような錯覚すら持ったけれど。
たった今飛び去って行った少女の思い出が、なんとも言えない気持ちと共に胸に残る。ほんの数分の邂逅だったが、まるで何十分もそこにいたかのような時間感覚さえある。
 思えば。今まで誰かに甘えられるなんてことは無かったな。天子はふと、そう気づいた。今までいろいろな人に散々甘えてきたけれど、逆にこういうのも悪くはないな。
「本当に、闇っていうのは不思議なものね」
 その気持ちの正体がどうあれ、天子は今なんとなく心地よい気分の高揚を覚えていた。この気持ちが覚めないうちに、今日はもう帰ろう。
再びさなてんを普及してないさなてん普及委員です。
てんこを幻想郷でぷらぷらさせててんぷらを作るプロジェクト。
一食目はるーてんです。てんこの日後々夜祭()+ルーミアの日ということで
長編を書いていると突発的に短編を書きたくなる現象に襲われただけとか言えない。
プロジェクトとか言ったけど続きません。多分。
さなてん普及委員
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.520簡易評価
1.60名前が無い程度の能力削除
なるほど、こういう安心感もあるのかと納得させられました

掌編とはいえ、話にもう少し奥行きが欲しかったです。あと、描写のバランスなんかも調節するともっと見やすくなるかも
3.70名前が無い程度の能力削除
出だしの天子のシーンは、印象付けようとしてるんでしょうがちょっとかっこつけすぎかな、という気がしました。もうちょっと肩の力抜いて、描写を少なくわかりやすくした方が良いと思います。
逆に動きや心情の描写が不足かな、と思うところがいくつか。例えばルーミアの
腹が鳴るところや、天子が長居しないほうがいいと思う理由なんかは明確に書いてくれた方が良かったです。
6.70奇声を発する程度の能力削除
描写のバランスをもう少し調整して欲しかったです
9.100名前が無い程度の能力削除
好き
11.70名前が無い程度の能力削除
題材やルーミアの独白は非常に面白いのだからもちょっと作り込んでも良かったと思います。

次はレミてんを書く作業に移るんだ。あとたまには
さなてんを(ry

15.70名前が無い程度の能力削除
おお、同志よ……