―1―
「ねぇ、穣子ちゃん。私ね、海に行きたいんだけれど、どうかな?」
突然寂しそうに訴えかけてきたお姉ちゃんに、私は芋をつつく箸を落としてしまう。
どうかなってどうだよ。季節感考えてください。
ようやくうっとおしい暑い夏が終わり、私達の稼ぎ時が始まるって時に海?
「お姉ちゃんあんまりアホな事言ってると、頭で芋焼くからね」
「あ、そんなに怒らないでよ。ちょっと思いついただけなの」
「そんな神様でもないと行けないようなところ、思いつきでも言わないでよ」
「私達神様よね?」
「秋のね」
私達の住まう幻想郷には基本的には海がない。
内陸地にあるため山々は数あれど、海と呼ぶに相応しいものは存在しない。
外界に出るにも結界とやらがあって非常に面倒。
わざわざこの辺りのお偉方は宇宙までぶっ飛んでいって海水浴を満喫するのだ。
それは神徳が少なくて、ひもじい掘っ立て小屋で夏場を凌いだ私達にとっては次元が違う話となっている。
我が姉、秋静葉のセンチメンタルな妄言は今に始まった事ではないが、ここまで途方に暮れていたのは久しいね。
思わず呆れましたってジェスチャーをしてしまう。
「桶にでも入って我慢してよ」
「それじゃロマンにかけるわ。私はね、今行きたいの、海」
「蟹でも頭に乗っけてなよ」
「そんなつっけんどんに言わなくてもいいじゃない、減る話じゃないでしょ?」
「増えないでしょ! 海は収穫出来ないの!」
「紅葉の海なら出来るんだけどなぁ……」
私はお姉ちゃんの悲しげで美しい金髪美少女のアンニュイ顔を無視してせっせと芋を焼く。
貧乏な神(貧乏神ではない)に割り当てられる掘っ立て小屋は、風通しはいいので火が途切れない。
囲炉裏で焚き木はぼうぼうと音をたてながらひっそりと燃えている。
この火力で芋を焼くと、少し温いが芋のよしあしがわかる程度に焼きあがるのだ。
シーズンを迎えた私の仕事のひとつでもある。豊穣の神として収穫物の味を確かめるのは重大だ。
とりあえず一本囲炉裏から取り出してみる。
割ってみるとすすけた黄色一色で、見るからに砂丘のような乾きぶりにしかめっ面になってしまう。
これでは今年の貢物は少なそうだ。
私のメインジャンル、サツマイモの出来が悪い。
夏場に雨が極端に少なかったせいだろうか。こういう時はお米も期待出来ないのよねぇ。
「うーん、どうすれば海にいけるかしら。知らない?」
空気を読まないお姉ちゃんの口に焼き芋をぶっさす。
マヌケなあんぐり顔でも、美人だったりするから余計腹が立つ。
私は火を継ぎ足す為に、「よっとっと」なんて言いながら手を伸ばし適当にとった鴉天狗の新聞を丸める。
芋を口から生やしながら腕を組んで悩ましげな表情をしているお姉ちゃんが、うっかり契約させられた射命丸文という天狗のスポーツ紙だ。
見知った顔の活躍やちょっとえっちぃ姿が良く載っている新聞である。
全く破廉恥な。しかし娯楽といえばこんなもんしか掘っ立て小屋にはなかった。
新聞をぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃっとやっていると、お姉ちゃんは芋を口から引き抜き
「これいいじゃない!」
と柄にもなく叫んだ。
私が右手でボールにした新聞を、まるで天狗が乗り移ったかのような素早さでひったくって広げる。
そこには当の新聞の主である天狗本人が、お子様に見せるにはいささかどうかと思うぴっちり肉が食い込むピンクのハイレグだかなんだかを着てバッチリM字開脚ダブルピースをキメて
「水着モデル募集!」
と、青い空に黄色い文字が踊る広告があった。
その瞬間に言いたい事がわかる。姉妹だもの。
新聞を素早くとりあげ、破廉恥な射命丸文の顔をぐしゃぐしゃぐしゃっとブサイクにし直すが、お姉ちゃんは一歩も引かない。
私の手ごと引き抜かんとばかりにガッシリ握ってきた。
「お姉ちゃん、無駄なのわからないの?」
「そんな事言ってたら神様失格よ。神に無駄はないの」
「あるよ。いっぱいあるよ。前に神々の出来ちゃった婚率ヤバイっておねえちゃん騒いでたじゃない」
「コウノトリさんにお世話になるわけじゃありません」
「お姉ちゃんはそれこそ受胎すべきだと思うよ、旦那をもって少し落ち着け」
「その前に、海」
「なんで」
「ひと夏のバカンスと恋が私には必要なのよ!」
しばらく揉み合いになったが、半分に千切れた射命丸の胴体をくっつけてまで目を輝かせて海について語る姉の意固地に私は降参した。
お姉ちゃんは別に射命丸文のお下品ポーズが見たいわけではない。この文句が全てであった。
『水着モデルになった方は、もれなく海にご招待』
ウルトラZ級スポーツ紙とはいえ、この世界の結界を統べる博霊神社と交友が深い射命丸文の言うことならば嘘ではない!
と、聞かされながらカサカサした芋を食べ、私は今年海には行けないだろうなと心の中で呟く。
女の直感は当たる。
溜息はサツマイモの甘い香りがした。
まったく、秋の神様が水着モデルなどと馬鹿な話があるか!
あった、ここに。
―2―
「うん、サイズも差し支えないわね」
「お姉ちゃんの意味不明な工作技術には恐れ入るわ」
「私、裁縫の神様に転職しようかしら」
「実は半分褒めてないからね」
「そうなの?」
そりゃ、こんなもんを造られて歩けと言われれば貶してやりたくもなりますよ。
水着モデル募集は幾つかのルールがあった。
ひとつ、水着は持参すること。
ひとつ、被写体は射命丸文が選別する。男女問わず。
ひとつ、射命丸文にありとあらゆる角度から15枚以上撮られる事。
ひとつ、採用され新聞に掲載された場合にのみ、月面の海まで招待される。
簡易なルールだが、私達にとって一番問題なのは実は水着を持参するという項目であった。
以前天狗一同に被写体として採用された経験がある私達であるならば、恐らく選別は合格可能だろう。
少なくともお姉ちゃんは「紅葉をつかさどる神」などという信仰の薄そうな能力でなければ、山の神々に匹敵する美人さでもっと祭り上げられるだろうと身内の私ですら思っている。
しかし、水着でなくてはまるで意味をなさないのだから。
私達は今まで海水浴などした事がない。持っている理由がない。
さて困ったこの時期に水着を買うと言うのも気が引けるからやっぱり辞めよう! と私が言う前に、お姉ちゃんは水着を造ってしまった。
落ち葉で。
「この格好って相当恥ずかしいよね」
「水着って面積は少ないほうがセクシーでいいんですって。もう少し枚数減らしたほうがいいかな」
「そうだね、お姉ちゃんはやっぱり受胎して落ち葉の山から女神誕生させてればいいと思う」
早速掘っ立て小屋内で試着大会、と意気込まれて着てみたが想像を絶するものだった。
私の体を覆っているのは、今はただ落ち葉だ。
姉の「紅葉を司る程度の能力」で掘っ立て小屋周辺の木だけ一気に枯らして大量に仕入れたみたい。
葉っぱ一枚一枚を蚕の糸でつなぎ合わせて、サラシを巻くような形で胸を覆っている。
後ろの太めにまとめて蝶結びにした紐をとると脱着される簡単な仕組み。
丁度胸の半分ちょっと上ぐらいと、下の乳房のラインがクッキリ見える程度に落ち葉はまとめられている。
しっかり上側が黄色で下に行くほど赤い葉っぱになっていく、グラデーション仕様なのが無駄に凝っていた。
腰まわりの方も同じ柄のビキニのようなスタイルが形成されていた。
露出度の問題もあるが、それ以上に葉っぱがカサカサチクチクして嫌だ。
動くたびにくすぐったい、という訳で体がうにょうにょしてしまう。
囲炉裏を稼動させた室内ですら寒い。
隙間風が当たると思わず体がギュッとなる。
お姉ちゃんも同様の葉っぱ水着(と呼んでいいのよね?)を私より3サイズほど下げて装着している。
満面の笑顔でやりとげたって顔をしているが、目的はこれで2割ぐらいしか出来ていない。
私は呆れつつも後ろの紐を引っ張って外し、黄色のシャツを羽織ろうとするとお姉ちゃんが急いで止めようとする。
「何で外しちゃうの?」
「試着終わったし、天狗に会いにいくんなら着替えてい……」
私の言葉を遮って
「このまま行くのよ。村の人達にお披露目しなくちゃ」
というお姉ちゃんの胸に思わずツッコミを入れてしまうが、それにしても葉っぱ水着の質感わっるいな!
「痛いわ……ツッコミというよりドツキだわ……」
「なんでこんな格好のまま練り歩かなきゃなんないのよ!」
「水着なんて初めて造ったから、これでいいのかわからないのよ。意見がききたいの」
「そういう意味ではアウトだよ既に!昆布を水着って言い張ってるのと変わりないからね!!」
「枯れ木で造ったほうが良かったのね」
「もっといかんでしょ!!!」
ああ、もう!!!!
あんまりムシャクシャしたので、お姉ちゃんの胸を覆う葉っぱをむしりとってやる。
意外と糸は頑丈で私が握った胸の真ん中部分の葉っぱが潰れた程度で、形を成したままずり下がっただけだった。
そういう出来のいいところも腹がたつ。
やってる事はどうしようもないのにね!
どうしてこう……
――今日の私はこんなに怒りっぽいんだろう、と少し反省したのはお姉ちゃんが葉っぱ水着をぶら下げたまま呆然と涙していたからだ。
頬に水一滴を垂らして、
「私が悪かったね、ごめん」
と、独り言のように呟いて葉っぱ水着を自分からゆっくりと解いて、赤いワンピースをぼふっと被ってしまった。
私も葉っぱ水着を脱いで馴染みのカントリースタイルに着替えると、黙々と裸足のまま外に出る。
外に出ると木枯らしが吹き始めていて、いよいよ秋の香りがしていた。
山の茸や人里の田んぼの様子を見てまわる。
やっぱり実りは良くなさそうで。
なんだか今の自分みたいで。
風が心地悪くて。
夕昏、赤トンボが見づらくなったぐらいで掘っ立て小屋に戻る。
するとお姉ちゃんは私が先立って収穫していた、あのカラッカラのサツマイモを使って大学イモを作っていた。
砂糖の香りが甘くて田舎臭い。
無言のまま帰った私に何も言わず、ケヤキ作りの皿にのせて出してくれた。
黙々と二人でちゃぶ台を囲んで食べていると、ふと新聞紙で折って造られたゴミ箱に葉っぱが入っているのが見えた。
あの水着だ。
私達は黙々と大学イモを食べる。昼間食べた時よりも美味しいイモを食べる。
料理を作ってもらったので、下膳と洗いの担当は私だ。
井戸から汲んだ水で、まず自分の食べた分の食器を洗った。
お姉ちゃんはスローフードすぎるぐらいにのんびりと食べるから、ちゃぶ台の前でまだ口を動かしている。
もう蝋燭を使わないと顔が判別できないだろう暗さになっていた。
私は湯飲みに知り合いの神様からもらったお茶っぱをいれて、お姉ちゃんに出しながら言った。
「水着、着るか」
お姉ちゃんは少し間が開いてから「ん」とだけ反応する。
私は食器洗いに戻ったけれど、カサカサという物音だけでお姉ちゃんの表情までわかった。
―3―
酔いが醒めるぐらい寒い。
寒さにガクガク震えてるのをお姉ちゃんは武者震いと勘違いしているに違いない。
衣服って重要なんだなぁと、しみじみするぐらいだ。
日が昇っているとはいえ秋の葉色が美しい山に、この葉っぱ水着はどう考えてもおかしかった。
ヤケ酒だーと去年ものの清酒をしこたま飲んでから着てみたが、それでも恥ずかしい。
人里に向かう山道はもはや庭みたいなものだと思っていたが、動きがギクシャクしてしまう。
一方お姉ちゃんはルンルンで楽しそうに紅葉の歌を鼻歌してるからツッコミをいれてやる。
胸元にクリーンヒットすると、さすがに歌が止まった。
「私、何も言ってないのにドツくなんて……」
「行動そのものに、なんでやねんってしたくなったの」
「鼻歌まじりに歩くの、変かな?」
「この格好で人里いくことが変なの」
「え、あれ、それは和解したんじゃなかったの」
姉の疑問は無視して歩くスピードを競歩にする。
普段なら飛ぶ事も出来るのだけれど、神徳が限りなく0に近い今はそんな余力はない。
存在を保つのに必死にならなきゃいけない時期なのだ。
まぁ、どのみちこんな格好で上空をぬけていくのは勘弁願いたかった。
運動することで痩せるかもしれない。私、体型良くないしね。最近芋ばっか食べてるもんね。大事だよね運動。
ちょっと早いわー、などと言いながらお姉ちゃんがついてくる。
「あら、穣子ちゃん寒い?」
「……言うまでもなくない?」
すると、右腕のほうに柔らかい肉感とメープルシロップのような匂いが香った。
抱きついてきたのだ。
胸の部分が当たるとやっぱりカサカサしてるのがちょっと嫌だし、サラサラの髪が当たると羨ましい。
「こうしていれば温かいでしょう」
「ちょっと歩きにくいんですけど」
「ピクニックだと思えばいいのよ」
「お弁当もってくれば良かったね」
「人里で食べるつもりだったから」
「水筒に焼酎入れて来たかったよ」
結局人里までやってくるのに普段の倍以上かかってしまった。
途中に農作物を見てきたが、生き生きとした稲の輝きというには程遠く我慢の時期だ。
葡萄の実りも悪い。ワイン好きの魔法使いがいたが、今年の点数はあまり良くないだろう。きっと苦い。
自然農法こそ真髄だと思っている私としては、あんまり神徳で手を加えたくないので見守る他ないんだけれど、プライドを捨ててかないと私の存在自体が危ういかもね……
などとブルー入りそうになるが、いきなり危険信号のレッドに変わる。
チラホラと商店が見え始める大通りにさしかかると、奇妙な感覚にとらわれる。
村とは親睦も深いし私なんかは顔パスでお店に立ち寄れるぐらいなのだが、その目線がなんかおかしい。
皆が珍しいものを見た時の目をしているじゃない。こっち見て。
特に男性の視線が凄く気になってしまう。目が合うと酷く驚いた顔をしてから反らされてすれ違った後から気配を感じる。
段々と気恥ずかしい気分になって、葉っぱのカサカサがまた気になり始める。
ああ、やっぱり変なカッコウなんだ。
お姉ちゃんを見ると、注目されてるのが嬉しいって感じで大人しい性分だと思っていた姉の変態性を垣間見た気がして更にレッド。
もしかしなくても、私達は今、幻想郷一アホな痴女である。
だって葉っぱだけだもんね?
女性としての概念は神にもあるよね?
帰らないと!これダメだって!!色んな方向からダメ出しきてるよ!!!
「お姉ちゃんお姉ちゃんこれダメだよ帰ろういけない」
「疲れちゃったの? 呉服屋さんに見てもらわないと。ほら、すぐそこなんだから」
そういって手首を掴まれて私は完璧にお姉ちゃんに主導権を握られる。
うわぁ、人生楽しい真っ最中のショッピングデートって笑顔してらっしゃる。
ぶん殴って逃げたい勢いだけれど、村で秋の神様が喧嘩してたっていう方が山の偉そうな神仲間に酒の話にされかねない――いや、もうこの葉っぱ水着の段階でされてるのかな。
もう知らない。
私は目を閉じて姉の従うままに歩くことにした。やぶれかぶれだ。
やぶれかぶれだ!!
そうしてずんずんと意気揚々と歩いていたハズの私達は今、空を飛んでいる。
人力で。
―4―
呉服屋は大通りに何軒かあるが、私達が向かっていたのは一番奥の小さなおばあさんが経営するお店だ。
蚕作りの自然な昔ながらの糸を使って作っている呉服屋で、豊穣の神として蚕の世話を私がたまに手伝う。
あんまり実りがないから信仰は得られないし、おばあさんは私を孫かなんかと勘違いしているからお菓子をくれるぐらいで神様的には働き損だ。
それでも、数少ない仕事であるし放ってもおけないのでやれやれって感じでボランティア状態が続いていた。
さて、その呉服屋に向かう途中に役所があって、その隣に消防団がある。
体育会系代表でお祭り大好きイエイイエイって連中が揃う火消し一家だ。
実際の奉納祭も取り仕切る無骨で女っ気のない黒い肌の男たちである。
通りすがるだけでいいのに、わざわざ挨拶をしたのはお姉ちゃんだった。
「お勤めご苦労様ですー」
目を閉じて引っ張られていた私にもわかる、ざわめきとプレッシャー。
「か、神様が……葉っぱ一枚だぞ!」
「穣子様が葉っぱだぞ!!」
「静葉さんが葉っぱだぞ!!!」
「葉っぱ!!!!一枚!!!!!」
「やったぁあああああああああ!!!!」
「祭だ!!!!!!!」
「祭だ!!!!!!!!!!」
「うぉおおおおおおお!!!!!!」
そんなような雄叫びがあがって次の瞬間タックルを食らって思わず目を開けると男たちの肉という肉が見えた。
息をつく間も無く視点がぐるんとひっくり返されて、空は雲ひとつなくて限りなく秋晴れだった。
青がぐわんぐわん揺れる。いや、揺れてるのは私だ。
男集に担がれて胴上げされている。
ワッショイワッショイ言う声はもはや耳鳴りで遠くに聞こえる。
どこ触ってんのよとかそういうこっ恥ずかしい感情をふっとばしてこれ不味い状況だわ。
「お姉ちゃん!どうするのよコレ!」
「きゃー、きゃー」
「楽しんでる場合じゃないって!お祭りになっちゃってんのよ!!」
神々にとって、祭りというのは非常に意味を持つ。
それは死活問題レベルで、故に神々の間で勝手に縄張りや予定外に祭りをやるというのは大問題なのだ。
このマナーがなかったら、神様はこぞって毎日お祭りを開くだろう。私だってちょっとやれば、掘っ立て小屋生活ぐらいはおさらば出来る。
けれども、祭りが一般化してしまうとそれは習慣となり神の存在が忘れさられてしまう。
そして忘れ去られた神は、消失してしまうのだ。
この起こりうる自然の摂理を恐れた神々は、特定の日にちと段取りを組んで祭りを催すようにした。
そんなルールを私達ごときが手前勝手に引き起こしちゃうのは不味い。
何より「葉っぱだけまとった神様を胴上げする祭り」が浸透してしまったらもうお嫁にいけない。
神様も下ネタ好きな奴に結構偉いのがいるから、
「じゃあ、毎年葉っぱ祭りやれよなオマエラ」
とか言われたらどうすんのよお姉ちゃん!
すっごい楽しそうに黄色い声出してる場合じゃないのよお姉ちゃん!!
沈静化せにゃあかん。
「きけ!皆の衆!!」
「ワッショイワッショイ!!」
「静まれ静まれー!!!」
「ソイヤソイヤ!!!!」
「わぁー、ホント力持ちなのねすごいわー!」
「おねえちゃ、ちょ、楽しみすぎでしょ」
「ヤットットヤットット!!!!!」
「だー!!!!静まれって!!!!!おいオッサンお尻ばっか触んないでよ!!!!!」
「ヨイヤッサーヨイヤッサーッ!!!!!!」
「良くないつってんでしょッ」
すっかり村じゅうの人間が集まって私達を大玉ころがしのように扱う。
視界がぐるぐると移ろい、屋根と並行した視線が静まる気配がない。
あ、呉服屋のおばあちゃんこんにちはってお姉ちゃんは完璧にウキウキ気分で手を振ったりしてて、もう止められない。
あきらめた。
それならばと体を大の字にして、男どもにそこらじゅう触られながらの日光浴を満喫することにした。
秋の空も充分に日差しがキツいのだ。
村じゅうから野次馬のように人々が集まってきて、謎の掛け声は男女入り混じっててめちゃくちゃだ。
私達ってこんなに人気があったっけ?
優越感あるわこれ、それワッショイワッショイ。
胴上げしてる中には見知った顔もいたけど、もう恥ずかしさもなくなって楽しんでしまっている。
歴史家の稗田さん家の娘も参加してたし竹林にすんでる藤原さんも胴上げするのに何故かグーパンかましてきて痛いし寺子屋の上白沢さんなんか自分から脱ぎだして一緒に胴上げされてるし上空からカシャカシャと音が聞こえるからピースサインとったら射命丸文だった。
あ。射命丸文だ。
「そこの天狗!水着!!これ水着なのよ!!!」
「いやぁ、いいですねぇ。新しいお祭り実にいいですよ斬新ですねぇ。そのしわしわの葉っぱ外してもらえませんかねぇ」
「あんたは話聞け!これ水着なんだってば!!水着モデル募集してたでしょあんた!!!」
「あやや?」
「海に連れてって欲しいんだって!撮っていいからさ、ちゃんと連れてってよね!!」
「ふむ……」
天狗は頭をかきながら言った。
「それいったい何時の記事の話してるんですかねぇ? とっくにシーズンオフですよ」
―5―
秋の夕暮れは温泉も温州みかん色に染めていた。
山の最中にちょっと前に突然湧いた露天風呂。今日は私達姉妹の貸切だ。
「海は冷たくてキモチイイらしいのにね、これじゃ正反対だわ」
「私はこの方が落ち着くよ。お姉ちゃん、体ほっそいんだし海いったら冷たくて凍死しちゃうんじゃない」
「ふふ、でも私は穣子ちゃんと海いったら絶対やりたいと思ってた事があるの」
「へぇ」
「スイカ割り」
「いいね、お姉ちゃんの頭で割りたいね」
昼間のお祭り騒ぎは何となく静まって何となく私達が三本締めをして幕引きとなった。
締めてるってのに拍手の量がけたたましく鳴って、おいおい締めた意味ないよねってお姉ちゃんと笑いながら村を去った。
射命丸文もいつの間にかいなくなっていた。風のようなやつだ。
ともかく、新聞の記事は夏ごろのもので(そりゃそうか)時効もいいところだったらしい。
季節感考えてくださいよアホですかアホ祭りですか、と尤もな事も言われた。
で、恐る恐る山の神様の顔色を見に行ったら
「面白い事やってたねぇアンタ達。まぁ、神徳少ないあんたらだし大目に見るよう他の連中にも言っておいてやるよ……ところでそのカッコウ寒くないの?」
と、フランクで偉そうな神様の計らいで私は温泉にゆったり浸かって疲れを癒す事が出来る。
うーん、極楽だわー。
お姉ちゃんがお風呂から体を出す。
勿論水もしたたる素っ裸……って訳じゃなく見事に大事な部分は葉っぱで覆われており。
折角作ったのに本来の役目を果たさないなんて、という供養を込めて二人して葉っぱ水着を着たまま入浴しているのだ。
水に浸かるとカサカサ部分がねちょっとして、別方向に気持ち悪かった。
私は背中を向けて秋の木々を眺めているお姉ちゃんの背中に、
「ところでさ、どうして海なんて行きたかったの?」
と声をかけた。
振り向く横顔が絵になって美しい。葉っぱさえなければ。
「どうしてかしらね」
「ん、理由なし?」
「衝動っていうのかしら。私達、夏場は暇な上にとても貧しい思いをするでしょう」
「自分で貧しいって言っちゃうのどうかと思うけど、そうだね」
「パァーッとしたいじゃない、こんな風に!」
お姉ちゃんは突然、私に飛び込んでくる。
水しぶきがザッパーって炭酸水みたいに弾けて、一瞬水の中に顔が沈む。
顔を起こすと胸元にお姉ちゃんの顔があって、ニンマリしている。
「今日だって、楽しかったでしょ?」
私達は姉妹だから、そうだねって頷いてしまう。
きっとお姉ちゃんは馬鹿騒ぎがしたかったんだね。
私達が輝くのは秋の一瞬だけれど、もっともっと一年中楽しみたいのかもしれない。
私はまだしも、お姉ちゃんはそれこそ秋の終りにしか本領を発揮できない。
なんか溜まってたんだろうな、気づけば良かったごめんねって内心つぶやく。
お姉ちゃんはやわらかーいなどと言いながら私に寄りかかったまま、空を見る。
夕暮れも徐々に遠のいて、一番星が見え始めた。一日が終わる。
すると、赤くなったもみじの葉が音も立てずに水面に流れてきた。
はて、まだシーズンでもないのに?
と思っていたら吹雪のように、赤や黄色の葉がサラサラと流れこんできた。
色とりどりの葉でお湯は埋め尽くされて、私達を残してまるでステンドグラス細工みたいにドット柄を為していた。
不覚にも綺麗だなんて思ってしまう。
お姉ちゃんの能力だ。
「海じゃこんな真似出来ないでしょうからね、ちょっと無駄遣い」
「じゃあ、私も」
温泉の後ろ手に伸びている木が、おあつらえ向きに柑橘系の木々だった。
神通力でドサドサっと柚子を落としてやる。
お姉ちゃんと二人で皮を剥くと、清々しい香りが湯気の中に広がる。
一粒食べてみる。まだもう少し熟成した方がいいのだけれど、このぐらい若くて苦いのもいいだろう。
無駄遣いなんだし。若いうちしか出来ないのだ。
「ねぇ、穣子ちゃん。私ね、やっぱり海にいきたいわ」
「来年ね。冬がすぎて、春になって、夏がきたらね。秋を待つより早いわ」
「それまでに、水着買いましょう」
「あ、それ採用」
「来年かぁ。どうなってるのかしら」
「早いって考えるの。お祭りじゃないんだし、のんびりいこうよ」
「そうね、のんびりと水着作るのもいいわね。それに私もそろそろ結婚しないとかなぁ」
「どっちも不採用」
結局、私達は自分のシーズンを満喫してしまった。
そんなもんなんだろうと思う。
相応の事を相応に楽しめばいい。
今年も芋が甘くなってくれれば、文句なしって話なんだ。
「そういえば、穣子ちゃん……来年も葉っぱ水着で担がれないといけないのかしら」
「あ」
来年が待ち遠しいんだか、こないで欲しいんだか――
とりあえず、ダイエットはしないとなぁ……ぷにぷにしちゃってるものね。
自分の体とお姉ちゃんを見比べながら、柚子をもう一つ口にいれる。
こう爽やかには、私達の秋は終わらないだろう。
もういっそふやけちゃおうかな、このまま。
なんてね。
―おしまい―
「ねぇ、穣子ちゃん。私ね、海に行きたいんだけれど、どうかな?」
突然寂しそうに訴えかけてきたお姉ちゃんに、私は芋をつつく箸を落としてしまう。
どうかなってどうだよ。季節感考えてください。
ようやくうっとおしい暑い夏が終わり、私達の稼ぎ時が始まるって時に海?
「お姉ちゃんあんまりアホな事言ってると、頭で芋焼くからね」
「あ、そんなに怒らないでよ。ちょっと思いついただけなの」
「そんな神様でもないと行けないようなところ、思いつきでも言わないでよ」
「私達神様よね?」
「秋のね」
私達の住まう幻想郷には基本的には海がない。
内陸地にあるため山々は数あれど、海と呼ぶに相応しいものは存在しない。
外界に出るにも結界とやらがあって非常に面倒。
わざわざこの辺りのお偉方は宇宙までぶっ飛んでいって海水浴を満喫するのだ。
それは神徳が少なくて、ひもじい掘っ立て小屋で夏場を凌いだ私達にとっては次元が違う話となっている。
我が姉、秋静葉のセンチメンタルな妄言は今に始まった事ではないが、ここまで途方に暮れていたのは久しいね。
思わず呆れましたってジェスチャーをしてしまう。
「桶にでも入って我慢してよ」
「それじゃロマンにかけるわ。私はね、今行きたいの、海」
「蟹でも頭に乗っけてなよ」
「そんなつっけんどんに言わなくてもいいじゃない、減る話じゃないでしょ?」
「増えないでしょ! 海は収穫出来ないの!」
「紅葉の海なら出来るんだけどなぁ……」
私はお姉ちゃんの悲しげで美しい金髪美少女のアンニュイ顔を無視してせっせと芋を焼く。
貧乏な神(貧乏神ではない)に割り当てられる掘っ立て小屋は、風通しはいいので火が途切れない。
囲炉裏で焚き木はぼうぼうと音をたてながらひっそりと燃えている。
この火力で芋を焼くと、少し温いが芋のよしあしがわかる程度に焼きあがるのだ。
シーズンを迎えた私の仕事のひとつでもある。豊穣の神として収穫物の味を確かめるのは重大だ。
とりあえず一本囲炉裏から取り出してみる。
割ってみるとすすけた黄色一色で、見るからに砂丘のような乾きぶりにしかめっ面になってしまう。
これでは今年の貢物は少なそうだ。
私のメインジャンル、サツマイモの出来が悪い。
夏場に雨が極端に少なかったせいだろうか。こういう時はお米も期待出来ないのよねぇ。
「うーん、どうすれば海にいけるかしら。知らない?」
空気を読まないお姉ちゃんの口に焼き芋をぶっさす。
マヌケなあんぐり顔でも、美人だったりするから余計腹が立つ。
私は火を継ぎ足す為に、「よっとっと」なんて言いながら手を伸ばし適当にとった鴉天狗の新聞を丸める。
芋を口から生やしながら腕を組んで悩ましげな表情をしているお姉ちゃんが、うっかり契約させられた射命丸文という天狗のスポーツ紙だ。
見知った顔の活躍やちょっとえっちぃ姿が良く載っている新聞である。
全く破廉恥な。しかし娯楽といえばこんなもんしか掘っ立て小屋にはなかった。
新聞をぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃっとやっていると、お姉ちゃんは芋を口から引き抜き
「これいいじゃない!」
と柄にもなく叫んだ。
私が右手でボールにした新聞を、まるで天狗が乗り移ったかのような素早さでひったくって広げる。
そこには当の新聞の主である天狗本人が、お子様に見せるにはいささかどうかと思うぴっちり肉が食い込むピンクのハイレグだかなんだかを着てバッチリM字開脚ダブルピースをキメて
「水着モデル募集!」
と、青い空に黄色い文字が踊る広告があった。
その瞬間に言いたい事がわかる。姉妹だもの。
新聞を素早くとりあげ、破廉恥な射命丸文の顔をぐしゃぐしゃぐしゃっとブサイクにし直すが、お姉ちゃんは一歩も引かない。
私の手ごと引き抜かんとばかりにガッシリ握ってきた。
「お姉ちゃん、無駄なのわからないの?」
「そんな事言ってたら神様失格よ。神に無駄はないの」
「あるよ。いっぱいあるよ。前に神々の出来ちゃった婚率ヤバイっておねえちゃん騒いでたじゃない」
「コウノトリさんにお世話になるわけじゃありません」
「お姉ちゃんはそれこそ受胎すべきだと思うよ、旦那をもって少し落ち着け」
「その前に、海」
「なんで」
「ひと夏のバカンスと恋が私には必要なのよ!」
しばらく揉み合いになったが、半分に千切れた射命丸の胴体をくっつけてまで目を輝かせて海について語る姉の意固地に私は降参した。
お姉ちゃんは別に射命丸文のお下品ポーズが見たいわけではない。この文句が全てであった。
『水着モデルになった方は、もれなく海にご招待』
ウルトラZ級スポーツ紙とはいえ、この世界の結界を統べる博霊神社と交友が深い射命丸文の言うことならば嘘ではない!
と、聞かされながらカサカサした芋を食べ、私は今年海には行けないだろうなと心の中で呟く。
女の直感は当たる。
溜息はサツマイモの甘い香りがした。
まったく、秋の神様が水着モデルなどと馬鹿な話があるか!
あった、ここに。
―2―
「うん、サイズも差し支えないわね」
「お姉ちゃんの意味不明な工作技術には恐れ入るわ」
「私、裁縫の神様に転職しようかしら」
「実は半分褒めてないからね」
「そうなの?」
そりゃ、こんなもんを造られて歩けと言われれば貶してやりたくもなりますよ。
水着モデル募集は幾つかのルールがあった。
ひとつ、水着は持参すること。
ひとつ、被写体は射命丸文が選別する。男女問わず。
ひとつ、射命丸文にありとあらゆる角度から15枚以上撮られる事。
ひとつ、採用され新聞に掲載された場合にのみ、月面の海まで招待される。
簡易なルールだが、私達にとって一番問題なのは実は水着を持参するという項目であった。
以前天狗一同に被写体として採用された経験がある私達であるならば、恐らく選別は合格可能だろう。
少なくともお姉ちゃんは「紅葉をつかさどる神」などという信仰の薄そうな能力でなければ、山の神々に匹敵する美人さでもっと祭り上げられるだろうと身内の私ですら思っている。
しかし、水着でなくてはまるで意味をなさないのだから。
私達は今まで海水浴などした事がない。持っている理由がない。
さて困ったこの時期に水着を買うと言うのも気が引けるからやっぱり辞めよう! と私が言う前に、お姉ちゃんは水着を造ってしまった。
落ち葉で。
「この格好って相当恥ずかしいよね」
「水着って面積は少ないほうがセクシーでいいんですって。もう少し枚数減らしたほうがいいかな」
「そうだね、お姉ちゃんはやっぱり受胎して落ち葉の山から女神誕生させてればいいと思う」
早速掘っ立て小屋内で試着大会、と意気込まれて着てみたが想像を絶するものだった。
私の体を覆っているのは、今はただ落ち葉だ。
姉の「紅葉を司る程度の能力」で掘っ立て小屋周辺の木だけ一気に枯らして大量に仕入れたみたい。
葉っぱ一枚一枚を蚕の糸でつなぎ合わせて、サラシを巻くような形で胸を覆っている。
後ろの太めにまとめて蝶結びにした紐をとると脱着される簡単な仕組み。
丁度胸の半分ちょっと上ぐらいと、下の乳房のラインがクッキリ見える程度に落ち葉はまとめられている。
しっかり上側が黄色で下に行くほど赤い葉っぱになっていく、グラデーション仕様なのが無駄に凝っていた。
腰まわりの方も同じ柄のビキニのようなスタイルが形成されていた。
露出度の問題もあるが、それ以上に葉っぱがカサカサチクチクして嫌だ。
動くたびにくすぐったい、という訳で体がうにょうにょしてしまう。
囲炉裏を稼動させた室内ですら寒い。
隙間風が当たると思わず体がギュッとなる。
お姉ちゃんも同様の葉っぱ水着(と呼んでいいのよね?)を私より3サイズほど下げて装着している。
満面の笑顔でやりとげたって顔をしているが、目的はこれで2割ぐらいしか出来ていない。
私は呆れつつも後ろの紐を引っ張って外し、黄色のシャツを羽織ろうとするとお姉ちゃんが急いで止めようとする。
「何で外しちゃうの?」
「試着終わったし、天狗に会いにいくんなら着替えてい……」
私の言葉を遮って
「このまま行くのよ。村の人達にお披露目しなくちゃ」
というお姉ちゃんの胸に思わずツッコミを入れてしまうが、それにしても葉っぱ水着の質感わっるいな!
「痛いわ……ツッコミというよりドツキだわ……」
「なんでこんな格好のまま練り歩かなきゃなんないのよ!」
「水着なんて初めて造ったから、これでいいのかわからないのよ。意見がききたいの」
「そういう意味ではアウトだよ既に!昆布を水着って言い張ってるのと変わりないからね!!」
「枯れ木で造ったほうが良かったのね」
「もっといかんでしょ!!!」
ああ、もう!!!!
あんまりムシャクシャしたので、お姉ちゃんの胸を覆う葉っぱをむしりとってやる。
意外と糸は頑丈で私が握った胸の真ん中部分の葉っぱが潰れた程度で、形を成したままずり下がっただけだった。
そういう出来のいいところも腹がたつ。
やってる事はどうしようもないのにね!
どうしてこう……
――今日の私はこんなに怒りっぽいんだろう、と少し反省したのはお姉ちゃんが葉っぱ水着をぶら下げたまま呆然と涙していたからだ。
頬に水一滴を垂らして、
「私が悪かったね、ごめん」
と、独り言のように呟いて葉っぱ水着を自分からゆっくりと解いて、赤いワンピースをぼふっと被ってしまった。
私も葉っぱ水着を脱いで馴染みのカントリースタイルに着替えると、黙々と裸足のまま外に出る。
外に出ると木枯らしが吹き始めていて、いよいよ秋の香りがしていた。
山の茸や人里の田んぼの様子を見てまわる。
やっぱり実りは良くなさそうで。
なんだか今の自分みたいで。
風が心地悪くて。
夕昏、赤トンボが見づらくなったぐらいで掘っ立て小屋に戻る。
するとお姉ちゃんは私が先立って収穫していた、あのカラッカラのサツマイモを使って大学イモを作っていた。
砂糖の香りが甘くて田舎臭い。
無言のまま帰った私に何も言わず、ケヤキ作りの皿にのせて出してくれた。
黙々と二人でちゃぶ台を囲んで食べていると、ふと新聞紙で折って造られたゴミ箱に葉っぱが入っているのが見えた。
あの水着だ。
私達は黙々と大学イモを食べる。昼間食べた時よりも美味しいイモを食べる。
料理を作ってもらったので、下膳と洗いの担当は私だ。
井戸から汲んだ水で、まず自分の食べた分の食器を洗った。
お姉ちゃんはスローフードすぎるぐらいにのんびりと食べるから、ちゃぶ台の前でまだ口を動かしている。
もう蝋燭を使わないと顔が判別できないだろう暗さになっていた。
私は湯飲みに知り合いの神様からもらったお茶っぱをいれて、お姉ちゃんに出しながら言った。
「水着、着るか」
お姉ちゃんは少し間が開いてから「ん」とだけ反応する。
私は食器洗いに戻ったけれど、カサカサという物音だけでお姉ちゃんの表情までわかった。
―3―
酔いが醒めるぐらい寒い。
寒さにガクガク震えてるのをお姉ちゃんは武者震いと勘違いしているに違いない。
衣服って重要なんだなぁと、しみじみするぐらいだ。
日が昇っているとはいえ秋の葉色が美しい山に、この葉っぱ水着はどう考えてもおかしかった。
ヤケ酒だーと去年ものの清酒をしこたま飲んでから着てみたが、それでも恥ずかしい。
人里に向かう山道はもはや庭みたいなものだと思っていたが、動きがギクシャクしてしまう。
一方お姉ちゃんはルンルンで楽しそうに紅葉の歌を鼻歌してるからツッコミをいれてやる。
胸元にクリーンヒットすると、さすがに歌が止まった。
「私、何も言ってないのにドツくなんて……」
「行動そのものに、なんでやねんってしたくなったの」
「鼻歌まじりに歩くの、変かな?」
「この格好で人里いくことが変なの」
「え、あれ、それは和解したんじゃなかったの」
姉の疑問は無視して歩くスピードを競歩にする。
普段なら飛ぶ事も出来るのだけれど、神徳が限りなく0に近い今はそんな余力はない。
存在を保つのに必死にならなきゃいけない時期なのだ。
まぁ、どのみちこんな格好で上空をぬけていくのは勘弁願いたかった。
運動することで痩せるかもしれない。私、体型良くないしね。最近芋ばっか食べてるもんね。大事だよね運動。
ちょっと早いわー、などと言いながらお姉ちゃんがついてくる。
「あら、穣子ちゃん寒い?」
「……言うまでもなくない?」
すると、右腕のほうに柔らかい肉感とメープルシロップのような匂いが香った。
抱きついてきたのだ。
胸の部分が当たるとやっぱりカサカサしてるのがちょっと嫌だし、サラサラの髪が当たると羨ましい。
「こうしていれば温かいでしょう」
「ちょっと歩きにくいんですけど」
「ピクニックだと思えばいいのよ」
「お弁当もってくれば良かったね」
「人里で食べるつもりだったから」
「水筒に焼酎入れて来たかったよ」
結局人里までやってくるのに普段の倍以上かかってしまった。
途中に農作物を見てきたが、生き生きとした稲の輝きというには程遠く我慢の時期だ。
葡萄の実りも悪い。ワイン好きの魔法使いがいたが、今年の点数はあまり良くないだろう。きっと苦い。
自然農法こそ真髄だと思っている私としては、あんまり神徳で手を加えたくないので見守る他ないんだけれど、プライドを捨ててかないと私の存在自体が危ういかもね……
などとブルー入りそうになるが、いきなり危険信号のレッドに変わる。
チラホラと商店が見え始める大通りにさしかかると、奇妙な感覚にとらわれる。
村とは親睦も深いし私なんかは顔パスでお店に立ち寄れるぐらいなのだが、その目線がなんかおかしい。
皆が珍しいものを見た時の目をしているじゃない。こっち見て。
特に男性の視線が凄く気になってしまう。目が合うと酷く驚いた顔をしてから反らされてすれ違った後から気配を感じる。
段々と気恥ずかしい気分になって、葉っぱのカサカサがまた気になり始める。
ああ、やっぱり変なカッコウなんだ。
お姉ちゃんを見ると、注目されてるのが嬉しいって感じで大人しい性分だと思っていた姉の変態性を垣間見た気がして更にレッド。
もしかしなくても、私達は今、幻想郷一アホな痴女である。
だって葉っぱだけだもんね?
女性としての概念は神にもあるよね?
帰らないと!これダメだって!!色んな方向からダメ出しきてるよ!!!
「お姉ちゃんお姉ちゃんこれダメだよ帰ろういけない」
「疲れちゃったの? 呉服屋さんに見てもらわないと。ほら、すぐそこなんだから」
そういって手首を掴まれて私は完璧にお姉ちゃんに主導権を握られる。
うわぁ、人生楽しい真っ最中のショッピングデートって笑顔してらっしゃる。
ぶん殴って逃げたい勢いだけれど、村で秋の神様が喧嘩してたっていう方が山の偉そうな神仲間に酒の話にされかねない――いや、もうこの葉っぱ水着の段階でされてるのかな。
もう知らない。
私は目を閉じて姉の従うままに歩くことにした。やぶれかぶれだ。
やぶれかぶれだ!!
そうしてずんずんと意気揚々と歩いていたハズの私達は今、空を飛んでいる。
人力で。
―4―
呉服屋は大通りに何軒かあるが、私達が向かっていたのは一番奥の小さなおばあさんが経営するお店だ。
蚕作りの自然な昔ながらの糸を使って作っている呉服屋で、豊穣の神として蚕の世話を私がたまに手伝う。
あんまり実りがないから信仰は得られないし、おばあさんは私を孫かなんかと勘違いしているからお菓子をくれるぐらいで神様的には働き損だ。
それでも、数少ない仕事であるし放ってもおけないのでやれやれって感じでボランティア状態が続いていた。
さて、その呉服屋に向かう途中に役所があって、その隣に消防団がある。
体育会系代表でお祭り大好きイエイイエイって連中が揃う火消し一家だ。
実際の奉納祭も取り仕切る無骨で女っ気のない黒い肌の男たちである。
通りすがるだけでいいのに、わざわざ挨拶をしたのはお姉ちゃんだった。
「お勤めご苦労様ですー」
目を閉じて引っ張られていた私にもわかる、ざわめきとプレッシャー。
「か、神様が……葉っぱ一枚だぞ!」
「穣子様が葉っぱだぞ!!」
「静葉さんが葉っぱだぞ!!!」
「葉っぱ!!!!一枚!!!!!」
「やったぁあああああああああ!!!!」
「祭だ!!!!!!!」
「祭だ!!!!!!!!!!」
「うぉおおおおおおお!!!!!!」
そんなような雄叫びがあがって次の瞬間タックルを食らって思わず目を開けると男たちの肉という肉が見えた。
息をつく間も無く視点がぐるんとひっくり返されて、空は雲ひとつなくて限りなく秋晴れだった。
青がぐわんぐわん揺れる。いや、揺れてるのは私だ。
男集に担がれて胴上げされている。
ワッショイワッショイ言う声はもはや耳鳴りで遠くに聞こえる。
どこ触ってんのよとかそういうこっ恥ずかしい感情をふっとばしてこれ不味い状況だわ。
「お姉ちゃん!どうするのよコレ!」
「きゃー、きゃー」
「楽しんでる場合じゃないって!お祭りになっちゃってんのよ!!」
神々にとって、祭りというのは非常に意味を持つ。
それは死活問題レベルで、故に神々の間で勝手に縄張りや予定外に祭りをやるというのは大問題なのだ。
このマナーがなかったら、神様はこぞって毎日お祭りを開くだろう。私だってちょっとやれば、掘っ立て小屋生活ぐらいはおさらば出来る。
けれども、祭りが一般化してしまうとそれは習慣となり神の存在が忘れさられてしまう。
そして忘れ去られた神は、消失してしまうのだ。
この起こりうる自然の摂理を恐れた神々は、特定の日にちと段取りを組んで祭りを催すようにした。
そんなルールを私達ごときが手前勝手に引き起こしちゃうのは不味い。
何より「葉っぱだけまとった神様を胴上げする祭り」が浸透してしまったらもうお嫁にいけない。
神様も下ネタ好きな奴に結構偉いのがいるから、
「じゃあ、毎年葉っぱ祭りやれよなオマエラ」
とか言われたらどうすんのよお姉ちゃん!
すっごい楽しそうに黄色い声出してる場合じゃないのよお姉ちゃん!!
沈静化せにゃあかん。
「きけ!皆の衆!!」
「ワッショイワッショイ!!」
「静まれ静まれー!!!」
「ソイヤソイヤ!!!!」
「わぁー、ホント力持ちなのねすごいわー!」
「おねえちゃ、ちょ、楽しみすぎでしょ」
「ヤットットヤットット!!!!!」
「だー!!!!静まれって!!!!!おいオッサンお尻ばっか触んないでよ!!!!!」
「ヨイヤッサーヨイヤッサーッ!!!!!!」
「良くないつってんでしょッ」
すっかり村じゅうの人間が集まって私達を大玉ころがしのように扱う。
視界がぐるぐると移ろい、屋根と並行した視線が静まる気配がない。
あ、呉服屋のおばあちゃんこんにちはってお姉ちゃんは完璧にウキウキ気分で手を振ったりしてて、もう止められない。
あきらめた。
それならばと体を大の字にして、男どもにそこらじゅう触られながらの日光浴を満喫することにした。
秋の空も充分に日差しがキツいのだ。
村じゅうから野次馬のように人々が集まってきて、謎の掛け声は男女入り混じっててめちゃくちゃだ。
私達ってこんなに人気があったっけ?
優越感あるわこれ、それワッショイワッショイ。
胴上げしてる中には見知った顔もいたけど、もう恥ずかしさもなくなって楽しんでしまっている。
歴史家の稗田さん家の娘も参加してたし竹林にすんでる藤原さんも胴上げするのに何故かグーパンかましてきて痛いし寺子屋の上白沢さんなんか自分から脱ぎだして一緒に胴上げされてるし上空からカシャカシャと音が聞こえるからピースサインとったら射命丸文だった。
あ。射命丸文だ。
「そこの天狗!水着!!これ水着なのよ!!!」
「いやぁ、いいですねぇ。新しいお祭り実にいいですよ斬新ですねぇ。そのしわしわの葉っぱ外してもらえませんかねぇ」
「あんたは話聞け!これ水着なんだってば!!水着モデル募集してたでしょあんた!!!」
「あやや?」
「海に連れてって欲しいんだって!撮っていいからさ、ちゃんと連れてってよね!!」
「ふむ……」
天狗は頭をかきながら言った。
「それいったい何時の記事の話してるんですかねぇ? とっくにシーズンオフですよ」
―5―
秋の夕暮れは温泉も温州みかん色に染めていた。
山の最中にちょっと前に突然湧いた露天風呂。今日は私達姉妹の貸切だ。
「海は冷たくてキモチイイらしいのにね、これじゃ正反対だわ」
「私はこの方が落ち着くよ。お姉ちゃん、体ほっそいんだし海いったら冷たくて凍死しちゃうんじゃない」
「ふふ、でも私は穣子ちゃんと海いったら絶対やりたいと思ってた事があるの」
「へぇ」
「スイカ割り」
「いいね、お姉ちゃんの頭で割りたいね」
昼間のお祭り騒ぎは何となく静まって何となく私達が三本締めをして幕引きとなった。
締めてるってのに拍手の量がけたたましく鳴って、おいおい締めた意味ないよねってお姉ちゃんと笑いながら村を去った。
射命丸文もいつの間にかいなくなっていた。風のようなやつだ。
ともかく、新聞の記事は夏ごろのもので(そりゃそうか)時効もいいところだったらしい。
季節感考えてくださいよアホですかアホ祭りですか、と尤もな事も言われた。
で、恐る恐る山の神様の顔色を見に行ったら
「面白い事やってたねぇアンタ達。まぁ、神徳少ないあんたらだし大目に見るよう他の連中にも言っておいてやるよ……ところでそのカッコウ寒くないの?」
と、フランクで偉そうな神様の計らいで私は温泉にゆったり浸かって疲れを癒す事が出来る。
うーん、極楽だわー。
お姉ちゃんがお風呂から体を出す。
勿論水もしたたる素っ裸……って訳じゃなく見事に大事な部分は葉っぱで覆われており。
折角作ったのに本来の役目を果たさないなんて、という供養を込めて二人して葉っぱ水着を着たまま入浴しているのだ。
水に浸かるとカサカサ部分がねちょっとして、別方向に気持ち悪かった。
私は背中を向けて秋の木々を眺めているお姉ちゃんの背中に、
「ところでさ、どうして海なんて行きたかったの?」
と声をかけた。
振り向く横顔が絵になって美しい。葉っぱさえなければ。
「どうしてかしらね」
「ん、理由なし?」
「衝動っていうのかしら。私達、夏場は暇な上にとても貧しい思いをするでしょう」
「自分で貧しいって言っちゃうのどうかと思うけど、そうだね」
「パァーッとしたいじゃない、こんな風に!」
お姉ちゃんは突然、私に飛び込んでくる。
水しぶきがザッパーって炭酸水みたいに弾けて、一瞬水の中に顔が沈む。
顔を起こすと胸元にお姉ちゃんの顔があって、ニンマリしている。
「今日だって、楽しかったでしょ?」
私達は姉妹だから、そうだねって頷いてしまう。
きっとお姉ちゃんは馬鹿騒ぎがしたかったんだね。
私達が輝くのは秋の一瞬だけれど、もっともっと一年中楽しみたいのかもしれない。
私はまだしも、お姉ちゃんはそれこそ秋の終りにしか本領を発揮できない。
なんか溜まってたんだろうな、気づけば良かったごめんねって内心つぶやく。
お姉ちゃんはやわらかーいなどと言いながら私に寄りかかったまま、空を見る。
夕暮れも徐々に遠のいて、一番星が見え始めた。一日が終わる。
すると、赤くなったもみじの葉が音も立てずに水面に流れてきた。
はて、まだシーズンでもないのに?
と思っていたら吹雪のように、赤や黄色の葉がサラサラと流れこんできた。
色とりどりの葉でお湯は埋め尽くされて、私達を残してまるでステンドグラス細工みたいにドット柄を為していた。
不覚にも綺麗だなんて思ってしまう。
お姉ちゃんの能力だ。
「海じゃこんな真似出来ないでしょうからね、ちょっと無駄遣い」
「じゃあ、私も」
温泉の後ろ手に伸びている木が、おあつらえ向きに柑橘系の木々だった。
神通力でドサドサっと柚子を落としてやる。
お姉ちゃんと二人で皮を剥くと、清々しい香りが湯気の中に広がる。
一粒食べてみる。まだもう少し熟成した方がいいのだけれど、このぐらい若くて苦いのもいいだろう。
無駄遣いなんだし。若いうちしか出来ないのだ。
「ねぇ、穣子ちゃん。私ね、やっぱり海にいきたいわ」
「来年ね。冬がすぎて、春になって、夏がきたらね。秋を待つより早いわ」
「それまでに、水着買いましょう」
「あ、それ採用」
「来年かぁ。どうなってるのかしら」
「早いって考えるの。お祭りじゃないんだし、のんびりいこうよ」
「そうね、のんびりと水着作るのもいいわね。それに私もそろそろ結婚しないとかなぁ」
「どっちも不採用」
結局、私達は自分のシーズンを満喫してしまった。
そんなもんなんだろうと思う。
相応の事を相応に楽しめばいい。
今年も芋が甘くなってくれれば、文句なしって話なんだ。
「そういえば、穣子ちゃん……来年も葉っぱ水着で担がれないといけないのかしら」
「あ」
来年が待ち遠しいんだか、こないで欲しいんだか――
とりあえず、ダイエットはしないとなぁ……ぷにぷにしちゃってるものね。
自分の体とお姉ちゃんを見比べながら、柚子をもう一つ口にいれる。
こう爽やかには、私達の秋は終わらないだろう。
もういっそふやけちゃおうかな、このまま。
なんてね。
―おしまい―
そんな訳で、アホなノリではありつつもそこはかとないしみじみさが滲むお話、楽しく拝読させて頂きました。
可愛いぜ、天然爛漫な静葉お姉ちゃん。穣子さんはお疲れちゃん。
男衆の掛け声に「YATTA! YATTA! 」が入っていなかったことに多少の心残りはあるものの、
水着祭りは継続されるべきだと俺は強く念ずるのでした。
>それは神得が少なくて、ひもじい掘っ立て小屋で夏場を凌いだ私達にとっては →神徳
>見知った顔の活躍やちょっとえっちぃ姿が良く乗っている新聞である →良く載っている
>「水着なんて始めて造ったから、これでいいのかわからないのよ →初めて造ったから
>井戸から組んだ水で、まず自分の食べた分の食器を洗った →井戸から汲んだ
>呉服屋は大通りに何件かあるが、私達が向かっていたのは →大通りに何軒か
>あ、呉服屋のおばあちゃんこんにちはってお姉ちゃんは完璧にウキウキ気分で手を降ったりしてて →手を振ったりしてて
>山の最中にちょっと前に突然沸いた露天風呂 →突然湧いた?
途中の台詞群に大説のにほひを感じました。
なんだか終始和んでしまいました。これも秋の神徳か。